~ プロローグ ~ |
●ある少年の死 |
~ 解説 ~ |
■目的 |
~ ゲームマスターより ~ |
煉界のディスメソロジア、いよいよ開幕です! |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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ヴァレリアーノさんペアと共に、ベリアル1体と戦闘します。 マイスが前衛で、リンが後衛から攻撃を行う形で戦う。 ヴァレリアーノさんと共にマイスは攻撃を加えますが、ダメージをより与えられるのはヴァレリアーノさんになると思うから、どちらかと言えば敵の回避や防御を牽制して、ヴァレリアーノさんが攻撃しやすいように。 リンは、後衛から触手の動きを読んで触手狙いで通常攻撃による魔力攻撃を行う。 後は、足元が滑りやすい、というところも考慮したほうが良いみたいだから、リンは触手と一緒に、時々足元なども狙うようにする。 決められそうな雰囲気になったら、アブソリュートスペルを使って一気に倒してしまいたいところ。 |
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【目的】 ベリアルの発見及び討伐 アンネの心のケア 【全組共通行動】 敵が複数同時に現れた場合は二手に分かれて戦う Aチーム ヴァレリアーノペア マイスペア Bチーム ローザペア エマペア 【行動】 狼の足跡がないか注意して進む 敵発見後、すぐに【魔術真名】を唱えて戦闘開始 パートナーと協力して敵を挟み込むようにして敵を逃がさないように戦う ミハエルは仲間に攻撃がいかないよう常に敵の注意を引き付ける(無茶はしない) それでも仲間に攻撃がいくようなら【GK1】発動 エマは敵の触手を早々に切り落としてしまうか、それが無理なら敵の機動力を削ぐ為に足を集中的に攻撃 通常攻撃後 敵が怯んだところを【JM1】を発動 任務完了後、アンネと会話する |
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■祓 フード付き黒の外套着用 十字架に祈り捧げて森へ 常に警戒怠らない 兄に関して雪に残る血の量と跡でそれとなく察する 戦闘開始時スペル詠唱 前衛 仲間と連携 敵の位置をまず把握 触手を優先的に剣で切り裂き排除 敵の攻撃は回避か剣でいなす 噛みつかれたら蹴って振り解く 小柄な体躯生かして縦横無尽に駆け巡り翻弄 森の中なら障害物生かす JM1でトドメ刺す カイの死体を見つけたら弔う ■喰 フード付き白の外套着用 空中から狼捜索 中衛+前衛の支援 先手取れれば先に仕掛ける アーノに危険が及べばアーノの保護優先 声掛け合う 常に笑顔 触手が妨害すると予測しDE3で狼の胴体をボウガンで狙う 普通に射程距離内で攻撃しスキル節約 森の中なら身を潜ませて攻撃 |
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ベリアルの排除 少年の救済 ◆索敵 雪に私達以外の足跡や、雪の色とは違う何かの痕跡が無いか探しつつ、皆と共に索敵 何か発見した場合は声を抑えつつその旨を共有 ◆戦闘 狼二匹をAとBと呼称し狙いを分ける エマさん達と同じ狼Bを狙う 二匹と会敵した場合魔術真名を宣言 一匹ずつ会敵の場合二戦目で宣言 ・ローザ 中衛 敵と一定の距離を保つ様に動く 三名居る前衛の動きに合わせつつDE1を主に使用し戦う 可能ならば足を狙い機動力を奪えないか試す 足狙いを外した場合は次ターンから通常の狙いに戻す ・ジャック 前衛 接敵を行い近距離を保つ 主に通常攻撃 TM1は他前衛の動きに合わせ、当たり易い状況を狙い使用 魔術真名効果中はどんな状況でもTM1を使用 |
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~ リザルトノベル ~ |
●色のない森 一面の白の中に、ぽつんと落ちた黒。 雪に埋もれた村の外れに立つ黒、その正体は近づいて見れば外套である。 外套の持ち主は、小柄な少年であった。 少年の名を、ヴァレリアーノ・アレンスキーという。 黒の僧衣に同色の長い外套、さらに手袋までも黒く、雪景色に強いコントラストを残す。 首から下げた十字架に手を添え、ヴァレリアーノは静かに、祈っていた。 「――早くしないと皆行ってしまうよ、アーノ」 ヴァレリアーノは伏せていた目を上げた。 少し先で振り向いているのは、アレクサンドル・スミルノフ。半竜の青年である。 ヴァレリアーノと対照に真っ白な僧衣と外套に身を包み、背負った翼すら白い。 アレクサンドルが小首をかしげると、シャンパンゴールドの髪が揺れた。 「ああ、すまない。今行く」 足元に気をつけながら、ヴァレリアーノは小走りでアレクサンドルを追う。 針葉樹の森は静寂に包まれていた。時折、どこかで雪の落ちる音が聞こえるだけだ。 木々の幹は黒く、葉に積もった雪は白い。 モノトーンの世界を通る小径を、8人の男女がたどってゆく。 うち何人かがまとう闇色に赤を引いた制服によって、彼らの身分は知れる。 薔薇十字教団の浄化師たちだ。 彼らはそれぞれに武器――魔喰器を携え、言葉少なに道を進む。 最後尾に合流したヴァレリアーノとアレクサンドルを、先を歩くマイス・フォルテがちらりと振り向く。 マイスの足取りは起伏のある雪道でも危なげないが、表情は暗く沈んでいた。 俯いてため息をこぼしたマイスの肩が、不意にとんと突かれる。 「うわわっ」 隣を見ると、パートナーのリン・リレーロの青い瞳が彼を見据えていた。 「しゃきっとしなよ。自分で選んだ指令だろ」 「う、うん」 リンとマイスが契約したのはそれほど前のことではない。漂う空気は、まだ打ち解けているとは言いがたかった。 パートナーが頷いたのを確認すると、リンはにこりともせずに前を向く。 彼女はいつもこんな調子である。嫌われているのとは違うようだが、マイスにその真意はまだ理解できそうにない。 マイスはきゅっと唇を噛んで、道の前方へ視線を向ける。 (そうだ、僕だって頑張らないと) このソレイユ地区はマイスにとって馴染み深い。その一角で起きた事件を解決へ導くため、彼はここにいるのだ。 マイスとリンの前をゆくのは、ヒューマンの少女とマドールチェの青年である。 まだ幼さを残す少女、祓魔人のエマ・シュトルツは、村を出てからずっと沈痛な面持ちだった。 「想像して、みたんです……」 異常な痕跡を見逃さないように視線を動かしながら、エマはつぶやいた。 燕尾服風に改造した制服を優雅に着こなすエマのパートナー、喰人のミハエル・ガードナーが、エマに顔を向ける。 「もし、私の前から、ミハエルさんがいなくなったら……っ、て」 語尾が震え、声が詰まった。そんなエマに、ミハエルは柔らかく尋ねる。 「アンネ様のことを、気にかけておられるのですか?」 「……はい」 エマの脳裏に浮かぶのは、先ほど村で見た少女の姿だ。 兄を喪い、膝を抱えて虚空を見つめていたアンネ。 年頃も変わりないとあって、エマはアンネの痛みが他人事とは思えなかった。 「私……アンネちゃんの力になりたい」 ミハエルを見上げ、はっきりと口に出す。するとミハエルは、魔術人形とは思えない穏やかな笑みを浮かべた。 「それでは、まず指令をきちんと果たさないといけませんね。一緒に頑張りましょう、お嬢様」 「――はいっ」 今度は違う意味で熱くなった頬を自分で軽くたたき、エマは再び前へと目を向けた。 隊列の先頭で長身をかがめ、些細な痕跡も見逃すまいと神経を尖らせているのはローザ・スターリナだ。 すらりとした肢体に男物の衣装をまとっているが、れっきとした女性である。 アイスブルーの髪が、ともすれば雪に同化してしまいそうだ。 (気の毒なお嬢さんのために、必ず討伐しなければ) 氷のような美貌の奥で、その決意は堅い。使命感とこれから控える初めての実戦が彼女を緊張させる。 「震えてる暇があったら、目を凝らせ」 冷めた言葉をローザに投げたのは半鬼の男、ジャック・ヘイリー。痩せた中年男の風体だが、眼光は鋭い。 「……! 震えてなんかいない!」 「声を抑えろ。デカいのは図体だけで充分だこのガキ」 さらに言い募ろうとしたローザだったが、今やるべきことを思い出し、苛立ちをぐっと飲み込んで索敵に戻る。 一方のジャックは斧を担いだまま視線を泳がせる。 (あのガキ、ひでぇ顔してやがったな……クソ、この世はろくでもねぇことばっかり起きやがる) 彼もまたアンネのことを思っていた。 口に出さないあたり、このふたり、ある意味似た者同士なのかもしれなかったが。 異変に気づいたのはローザだった。 「皆、あれを見てほしい」 声をひそめ、細い指で差した先。小路の脇の茂みが激しく踏み荒らされている。 「アンネちゃんが話していた場所でしょうか?」 「たぶん、そうでしょう。足跡も道を逸れて斜面に続いていますね」 エマとマイスがローザの横から覗き込む。ジャックが斜面を見上げた。 「するってぇと、ここの上が凍った池ってことか」 「では、少し見てくるとするかね」 アレクサンドルが言い、純白の翼をばさりと広げる。 「頼む、サーシャ」 「任せたまえ」 皆はここで待っていてくれたまえよと言い残し、アレクサンドルは雪を蹴った。 翼がすぐに冷たい風を捉え、アレクサンドルの身体は空中へ浮き上がる。 (ふむ、あれが凍った池のようだね) 目を細め、針葉樹林の上を見通す。 一同が立ち止まっているあたりから斜面を登ると、広くなった場所があるようだ。事前に聞いていたとおりである。 (――おや) 視界の端を黒ずんだものがよぎり、アレクサンドルは秀麗な眉をひそめる。 (ふむふむ、なるほど?) 彼はその場で目に映るものをひととおり観察したあと、翼を羽ばたかせて仲間のもとへ戻った。 ●森の死闘 凍った池の周囲を落ち着かなげに回る、2頭の獣。 狼の特徴を残す身体から無数の触手を生やしたそれらは、自然の生物とは別種の存在へ変質したモノだ。 殺戮衝動によって魂を囚え破壊を撒き散らすだけの、動く災厄。 ベリアル。人類の敵の一種である。 ともに紡ぐ、声。 「――この身はすべてを護らんが為に」 最初に動いたのはリンだ。 魔弾が飛ぶ。木々の合間を縫い、風を切って、あやまたず狼型ベリアルの脇腹へと命中する。 すさまじい悲鳴が冬枯れの森に響き渡った。 「貴方と共に希望の旋律を奏でましょう」 エマの手の甲にミハエルが口づけ、並んで駆け出す。 「委ねよ、夜の帳に紛れし契約の名の元に」 アレクサンドルがヴァレリアーノの耳に唇を落とし、散開する。 「己の為に利用せよ」 合わせた声はローザとジャック。 次々に魔術真名を唱え、浄化師たちは打ち合わせていた通りにふた手に分かれる。 注意深い進軍、また空からの偵察が効いた。 ベリアルたちは浄化師たちの存在に気づくのが遅れ、即座に対応できないようだ。 先ほどリンの魔弾を受けたベリアルが、唸り声を上げて触手を振り回す。 「甘いっ」 小柄なヴァレリアーノは触手をかいくぐって剣で振り払う。 逆に触手を切り落とそうと返す剣を薙ぐが、これはかわされた。 「ちっ、小癪だな」 ヴァレリアーノは素早く体勢を立て直すと、彼我の状況を把握すべく戦場に視線を走らせる。 凍った池を挟むような形で、2体のベリアルに4人ずつの浄化師が対峙している。 何人かの浄化師が心配していたような、絡みつく性質はこのベリアルの触手にはなさそうだ。 しかし意外と攻撃が遠くへ届く。それはそれで厄介である。 「早く! ぼんやりしてないで行きな!」 魔力のオーラをまとったリンが言い、マイスも慌てて駆け出した。 (ヴァレリアーノさんのほうが経験がある、けど、僕だって皆が戦いやすくするくらいは……!) ベリアルの脇から牽制の攻撃を仕掛ける。 そのマイスの横を、びょうと音を立てて何かが飛んだ。次の瞬間ベリアルが叫び声を上げて飛び退る。 見ればベリアルの肩から、矢が生えている。 「飛び道具を扱うのはなかなか慣れぬものよ。だが、命中なのだよ」 木を遮蔽に取りながらボウガンを構えたアレクサンドルが、笑みをたたえて言った。 もう1体のベリアルも矢を受けていた。 ローザの放った攻撃は狼の後ろ脚に突き刺さり、ベリアルが苦悶に身を捩る。 「逃しません、からっ!」 エマが負傷したベリアルの脚を剣で狙う。 それを嫌ってベリアルはエマの方へ身体を向けようとするが、ミハエルが反対側から大鎌を振るった。 「余所見なさらないでください。あなたの相手は私です」 「おらっ、食らいやがれ!」 さらにジャックの斧が叩きつけられ、ベリアルはギャアッと叫んで吹っ飛ぶ。 ベリアルは互いを活かすことを意識した浄化師たちの攻撃で、またたく間に満身創痍となった。 しかし無数の触手がひとつにまとまったと思うと、一斉にミハエルに襲いかかる。 「ミハエルさんっ!」 エマが剣で触手を防ごうとするが、わずかに遅れる。けれどミハエルは大鎌を巧みに操ると盾代わりに構えた。 「この程度で私を貫くことはできません」 押し返されるベリアル。 追い打ちのローザの矢は外れたが、その隙に再び斧が風を切った。 「観念しろ、こいつでとどめだ!」 大振りした攻撃が頭部に炸裂する。ジャックの一撃が、ベリアルの魂の鎖を断ち切った。 かつて狼だったモノ。 それは数歩よろめいてその場にうずくまると、見る間に砂となって崩れていく。 一方、相方を喪ったことに気づいたのか否か。 もう1体の魔狼は遠吠えをひとつすると触手を振り回し、牙を剥いて闇雲に暴れ始める。 「気をつけろ、マイス。そっちへ行った!」 「は、はいっ!」 ヴァレリアーノの警告もあればこそ、避けそこねたマイスの腕にベリアルの牙が食い込む。 思わず顔をしかめたが。 (負ける、もんか) マイスはベリアルを睨んだ。 (こんな自然に反するモノを、そのままにしておいちゃ駄目なんだ……!) 踏みとどまるマイスの脇からヴァレリアーノが打ち込む。しかし触手で弾き飛ばされてたたらを踏んだ。 「気をつけたまえよ、アーノ」 いつの間に近寄っていたものか、ヴァレリアーノの背をアレクサンドルが抱くように支える。 「すまない、助かった」 「どういたしまして」 アレクサンドルは含み笑いを漏らす。 そのときベリアルの頭上に、ぼんやりとした人影が見えた。 魔狼に鎖で繋がれ、苦しげな表情を浮かべている。 見知らぬ少年だが、顔立ちにはどこか見覚えがあった。 ベリアルが弱ると、囚えた魂の姿が見えることがあるという。ならばあの少年は。 「これ以上悲しみを増やさせはしない……」 冷静に戦況を観察していたリンが、杖型の魔喰器を高く掲げる。 「塵に、帰れ!」 強化された魔弾が、ベリアルの胴を撃ち抜く。 幻影の鎖が砕けた。同時に、繋がれた人影も形を薄れさせてゆく。 「あ、あのっ……」 マイスは夢中で声を上げた。届かないだろう、それでも。 「妹さんは大丈夫です、きっと!」 一陣の風が吹き、雪が舞い上がる。 そうして風が吹き過ぎたあとには、何も残っていなかった。 ●寄り添う想い 浄化師たちが村へ戻ったのは、雲の晴れ間から傾いた日差しが顔をのぞかせた頃だった。 「皆さん、ご無事で!」 村長を先頭に、村人たちが次々と家から出てきて浄化師たちを出迎える。 しかし喜びと驚きのあいまった表情で駆け寄る人々を、微笑みを浮かべたミハエルが制した。 「村長さんの家へ、連れて行っていただけませんか」 玄関に人の気配がする。しかも複数だ。 さっき出ていった浄化師たちが戻ってきたのだろうか。 村長夫妻が迎えのために出ていったはずだから、この家に戻る理由はないはずだが――。 抱えた膝に影が落ちて、暖炉の脇に座っていたアンネは顔を上げた。 穏やかに微笑む若い男性が、アンネを見下ろしている。彼の後ろにも数人の姿が見えた。 「……アンネ様ですね。少し、よろしいでしょうか」 思わず頷くと、男性はしゃがみこんでアンネに視線を合わせてくる。 紫と藍色の、左右が異なる色の瞳をしていた。 「貴女の事情は、村長さんから聞きました。それで、少しお話をと」 「お前の兄を喰ったベリアルは俺たちが討伐した。兄の魂は、解放されたんだ」 黒い僧衣をまとった銀髪の少年が言う。 アンネの脳内で、少年の言葉がゆっくりと意味を成してゆく。 そうか、アレは、討伐されたのか。 だからといって、兄が――カイが戻ってくることはない。 自分のせいで。 「……そう、ですか」 力なく答えてまた目を伏せようとしたアンネの手が、不意に柔らかいものに触れた。 見れば漆黒の髪の少女が屈み込み、アンネの両手を自分のそれで包み込んでいる。 「あのね……アンネちゃん」 少女の瞳は赤い。今は白目の部分も少し赤くなっていた。アンネは彼女の睫毛に滲む雫を見た。 どうしてこの人は泣いているんだろう。 不思議に思うアンネに、少女は涙ぐんだまま微笑む。 「アンネちゃん……泣きたいときはね、泣いて、いいんだよ」 重ねられた手が温かい。この温度を知っている。 そうだ、アンネが両親が恋しくて眠れないとき、兄のカイはベッドの横に座ってこうしてくれた。 「全部わかるなんて、言えないけど……でも、でもね、想像は、できるから」 少女の瞳から、涙が一粒こぼれる。 「残された者のつらさは貴女にしかわからないのかもしれませんが、それでも私たちは、貴女の心に寄り添いたい」 そう言ったのは、最初に話しかけてきた男性だ。 「貴女を独りにはしたくないのです」 「……自分を責めすぎるな。どうか、道を違えないでくれ」 銀髪の少年が真剣な表情で続ける。 「兄の望まないであろうやり方は、誰も救われない」 少年の整った顔に走る痛々しい傷に、アンネは気づいた。 兄の望まない、やり方――カイは、何を望んでいたのだろう? 『俺、アンネに笑っててほしいんだよ。そのためなら何でもする』 耳の中にカイの声が蘇る。 そうだ、笑わなければ。それこそがカイの望んでいたことだから。 アンネは無理やり口角を上げようとして、失敗した。唇が震えてうまく笑えない。 それどころか、しゃくりあげるような変な声が出てしまう。 「う……っく……」 すると漆黒の髪の少女が、アンネの首に両腕を回してきた。 柔らかな温度と、優しい匂い。 「……つらいね。悲しい、よね。だいじょうぶ、泣いていいんだよ。私……私たち、ここにいるから、ね?」 「っく、ひっ……」 アンネの肩が震える。 「悲しければ泣け。子供の仕事だ。そして、そんなお前を助けるのは大人の仕事だ」 ぶっきらぼうだがどこか気遣うような調子を含んだ言葉は、少し引いた位置から見守っていた中年男のもの。 男は痩けた頬をかくと、肩越しに振り返る。 「おいガキ、いつまでそこに突っ立ってやがる。てめぇが渡してやれ」 「わ、わかった」 アイスブルーの髪をした中性的な人が近寄ってくる。 その人が、宝物を扱うような手つきでアンネに何かを差し出した。 受け取ると、それは狩猟用のナイフだった。 亡き父が使っていて、カイが受け継いだ、古びたナイフ。 それを見て、アンネはついに声を抑えられなくなった。 「うぅ……うぇ……うえぇぇ!」 涙が後から後から溢れ出し、自分でも驚くような大きな声を上げて泣き出してしまう。 「貴女の勇気があったからこそ、村の人々は危険を知ることができた。よく、頑張りましたね」 紫と藍の目の男性がねぎらうように言う。 彼の後ろで、中年男が言葉を継いだ。 「アンネ、兄との思い出を忘れるな。楽しかった思い出が、お前を助けてくれるときが必ず来る」 「さぞつらかったであろう。すぐは無理かもしれぬが、今は心身ともに休むといいのだよ」 白い僧衣の長身の男性が言い添えた。 黒髪の少女がアンネをぎゅっと抱き寄せてくれる。 アンネは彼女の背にしがみついて、ひたすらに泣いた。声が枯れるまで。 ●次の季節へ 「こんなことまで浄化師さんにしていただいて、よろしいのですか?」 「いえ……こんなことしかできませんので」 「ありがとうございます、助かります。まだ雪が多いものですから」 マイスから薪の束を受け取り、村長は何度も頭を下げた。 頃合いを見計らい、マイスはおずおずと口を開く。 「僕が言うのもおかしいかもしれませんが……あの子のこと、よろしくお願いします」 「ええ、ええ、もちろんです。アンネは村の大事な子供です。皆で支えますとも」 目尻に皺を寄せて村長が言う。 マイスはそれを見て、少しだけ心が軽くなるのを感じた。 リンは薄く雪の積もった木に背をもたせかけていた。マイスが近づくと、視線だけをこちらへ向ける。 「アンタは、あの子のところへ行かなくていいのかい」 「うん、僕はいいんだ」 「ふぅん……」 さほど興味もなさそうにリンは続ける。 「なんで薪集めなんか手伝ってたんだい」 「少しでもアンネさんが暮らしやすくなればいいな、と思って」 マイスの返答に、リンは不思議そうに眉をひそめた。 「……よくわからない」 「うん、自分でもわかりにくいと思う」 マイスは頭をかいて笑う。 上を向いた彼は、あるものに目を留めた。 「あ、花芽が出てる」 「花芽?」 リンの寄りかかっていた木。 葉は一枚もなく枯れているように見えるが、しかし上の方の枝には、かすかに薄紅を含んだ芽がついていた。 「それでは、くれぐれもお大事になさってくださいね」 声が聞こえた。 見れば村長の家の扉が開いて、仲間の浄化師たちが出てくるところだ。 アレクサンドル、ジャック、それからローザ、ミハエル、ヴァレリアーノ。 最後に出てきたエマが、何度も振り向いて手を振っている。 戸口に立ってエマに手を振り返すのは、泣きはらした目をしたアンネだ。 仲間たちの姿に目を細めながら、マイスは言った。 「――もうすぐ、春が来るんだよ」 悲しみを置いて、季節は巡る。 それぞれの想いを抱え、浄化師たちは雪深い村をあとにした。
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*** 活躍者 *** |
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該当者なし |
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[22] エマ・シュトルツ 2018/03/27-23:33
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[21] ローザ・スターリナ 2018/03/27-23:29
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[20] マイス・フォルテ 2018/03/27-19:46
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[19] ヴァレリアーノ・アレンスキー 2018/03/27-11:52
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[18] エマ・シュトルツ 2018/03/27-06:52 | ||
[17] ローザ・スターリナ 2018/03/27-01:46
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[16] ヴァレリアーノ・アレンスキー 2018/03/26-22:04
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[15] マイス・フォルテ 2018/03/26-20:58
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[14] ヴァレリアーノ・アレンスキー 2018/03/26-12:13
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[13] エマ・シュトルツ 2018/03/26-01:47 | ||
[12] ヴァレリアーノ・アレンスキー 2018/03/26-00:33
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[11] ローザ・スターリナ 2018/03/26-00:18 | ||
[10] ヴァレリアーノ・アレンスキー 2018/03/26-00:14 | ||
[9] エマ・シュトルツ 2018/03/25-17:20
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[8] エマ・シュトルツ 2018/03/25-17:12
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[7] ヴァレリアーノ・アレンスキー 2018/03/25-00:47 | ||
[6] エマ・シュトルツ 2018/03/25-00:41
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[5] マイス・フォルテ 2018/03/24-22:33
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[4] マイス・フォルテ 2018/03/24-22:29
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[3] エマ・シュトルツ 2018/03/23-23:32
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[2] マイス・フォルテ 2018/03/23-00:54
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