~ プロローグ ~ |
オレンジと黒、ふたつの色に街が埋まる夜がある。 |
~ 解説 ~ |
◆概要 |
~ ゲームマスターより ~ |
はじめまして! 新人マスターの桂木京介(かつらぎ・きょうすけ)と申します。よろしくお願いします。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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【目的】 喰人と一緒にハロウィンを満喫する 【衣装】 緑をベースにした魔女の仮装 【行動】 喰人に自分が着て貰いたい服を着て貰う ウィルにトリックと称して連れ出す 町の人達に「トリック オア トリート」しに行く 【心情】 ウィルってなんていうか…心から楽しんでるところを見たことが無いのですわ 私はウィルのおかげでこうやって初めてのハロウィンに出れたりとても楽しいのに ウィルにもどうにかして楽しんで貰いたけれど… 私ね、ハロウィンに参加するの初めてなんですの! でね、私が魔女の仮装をするから、ウィルは狼男はどうかしら? ねぇウィル 私と居るのは楽しくない? 私はウィルと楽しみたいわ 難しく考えないで 私が、ウィルと、楽しみたいのですわ |
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死者を見送るため蝋燭に火 灯 世間様が騒ぐみたいなことが俺とお前だとこう微妙に難しいからなぁ 灰 かぼちゃ料理でもゆっくり食べましょう 世間がお祭りムードだが指令は指令としてこなしつつ 本日は二人きりの久々のゆったりモード 酒を飲んで 料理を二人で食べて 故郷の風習とは違うが穏やかに死者を悼む 灯 …久々に夫婦らしいことするか 灰 (え、まぢでって顔 灯 実は世間ではかぼちゃ風呂というのがあってな 灰 は、はい…え、湯舟に浮かしたんですか! 意味あるんですかこれ 灯 わからんが楽しむぞ! 灰 (灯の背中の 柊の刺青を見て拳を握る 入浴 灯が下 灰が上で入る 灯 この刺青、どんな意味があんだ 灰 故郷の…仲間は狼、銃は俺が得意で、あなたは…死人花です |
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※病院へハロウィンの慰問 仮装:カボチャのかぶり物 イザークさんには言ってないけれど、ここには父がいる 教団に入る時にもう会わないと決めたけれど、こんな形で姿が見られて良かった ふふっ、イザークさん自分が楽しんでませんか? 入院中の子供達の仮装のお手伝いをしたり、マヤ(人形)を使いお菓子や小さなおもちゃを配ったりして一緒に楽しもう 大人にも配っていいんですか? 大人の患者には優しく声をかけながら、いたわるように接する 父には…声は出さずに、静かに背中をさすってから(父が好きだった)お菓子をおいていく イザークさん、知ってたんですね ありがとうございます さぁ今日は慰問で来たんですから、子供達の所へ戻りましょう |
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ハッピーハロウィン! …なんだよ、いいじゃないかお祭りの時くらい笑おうぜ(スティックキャンディ渡しつつ) 仮装しないんだろどうせ わかってるわかってる、お前そういう奴だって! じゃ、酒飲みながら飴配ろうぜ! (つけ耳に狼の尻尾をつけて狼男の仮装。スティックキャンディを多めに持って、配れるように) (相棒は魔法使いとか似合いそうなのにな、と思いながら) 通りで酒を飲みながら通りがかりの人にハッピーハロウィン!と声をかけて飴を配る 無愛想な相棒にも飴をくばらせつつ楽しんだり 楽しいのか?と聞かれ、笑顔で頷く 無愛想な相棒でも楽しんでくれてるかと思い顔を覗き込んだら …!!あ、ああああほか! にやりと笑う相棒に目を奪われる |
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いつもクリスが連れ出してくれるのでたまには私から…って思って 思い切って… あの、クリス、お暇があったら、い、一緒に、お出かけ…しません、か 段々小さくなる声に、自分が情けなくなるけれど クリスが返事を聞いてほっ あ、はい、あの…猫カフェって所に 行った事無いので、一度行ってみたくて… え、そんなルールがあるんですか? 用意してない、です… あ、そうですね、ハロウィンで良かったです えっと、黒猫の猫耳付けたら、それっぽいでしょうか… クリスは……これ、似合いそう、です グレーのちょっと垂れた猫耳を指差し え、好みって言うか…そう、かも… 猫カフェ、猫ちゃんたくさんで可愛いですね あの、クリス? どうして私を撫でるんです、か? |
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町の警備という名目で実家に戻る許可 シリウスも一緒に 父の部屋が空いているの 泊まる場所は心配しないで? 彼が一度だけ 家族について話した時の事が忘れられない(依頼34) 代わりにはなれなくても ほっとできる場所になれたら シンティ!リセ!どこにいるの? あ シリウス あの子たち知らない?お母さんがお茶にしましょうって… 微妙な顔で納屋の横に立つシリウスに首を傾げる ここにいるの? 扉を開けると 頭の上に何かが落ちてきて悲鳴 きゃあ!…え 花…? 弟妹の笑い声と 目を逸らすシリウスに状況を把握 ひどい!シリウスはあの子たちの味方なのね! 慌てたシリウスの声にくすくす笑う 後でお返ししますからね 自分を見る彼の顔に浮かんだ 小さな微笑にどきり |
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今日は指令もないしのんびりしようと思ったらトールからお誘いが ハロウィンフェア?まあ、暇だしいいわよ 何を着て行こうかしら… 黒一色ワンピースに黒の猫耳尻尾 ちょっと恥ずかしいけど、トール猫好きみたいだったし… あの、確認するけど好きなのは猫よね?猫耳の女の子じゃなくて 南瓜をくりぬいたシチュー 濃厚なクリームの味がするわ、これなら美味しく食べられそう 付け合わせのサラダにはドレッシングをたっぷり…だからお野菜は味がしないんだもの… 食べながら なぜか落ち着かない、仮装のせいかしら…(そわそわ そんなことない よく似合ってるわ、本当に王子様みたい でもやっぱり、いつもの制服の方がいい (かっこよすぎてまともに見れない…) |
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結局、ハロウィンどころじゃなかったなぁ… 急な召集だったから仕方がないといえば仕方がないんだが。 もう日付けも変わるな… こんな時間まで開いてる店はないし、飾りも撤去されてる店ばっかりだ。 せっかくハルと店を見て回ろうと思ってたのに、ちょっと残念だな。 あ、それ俺も行こうと思ってた。 ハルがいくら食べても大丈夫だなって。 …いや、違う。 単に俺がハルと出かけたかっただけなんだ。 楽しい思い出は何があってもずっと残るから。 あーあ、ゆっくりハロウィンを楽しみたかったなー …えっ、菓子!? その、ごめん… く、くすぐるのだけは勘弁して欲しい! …な、何だよ、何で笑ってるんだ!? ハル、来年こそは一緒にハロウィン楽しもうな。 |
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~ リザルトノベル ~ |
頭にピンとつけ耳を立て、狼の尻尾をぷらんと下げる。手にした籐編みのバスケットには、スティックキャンディをたっぷり詰めてある。 「ハッピーハロウィン!」 陽気な狼男に扮し『アシエト・ラヴ』はおどけたポーズを取った。 ところが『ルドハイド・ラーマ』ときたら、ニコリともせず腕組みするだけだった。 「……楽しそうだな」 「そりゃもちろん楽しいとも!」 にぱっと笑いアシエトは即答した。 「本当にその格好で、リュミエールストリートを歩くつもりか」 ルドハイドは冷ややかな目をしているがアシエトはめげない。手元でくるっとキャンディを一回転して差し出すのである。 「なんだよ、いいじゃないかお祭りのときくらい笑おうぜ! ほら、キャンディ食べて食べて」 拒否するかもと思ったが、案外素直にルドハイドは、オレンジと黒のストライプ模様のキャンディーを受け取った。 「ところで、なあ」 ちら、とルドハイドの服装を見てアシエトは言った。 「仮装しないんだろどうせ……?」 でっかい三角帽をかぶった魔法使いとか似合いそうなのにな――と思いながら。 彼が答える前にアシエトは手を振った。 「わかってるわかってる、お前そういう奴だって!」 「……わかってるなら問題はあるまい」 「俺は酒飲みながら飴を配って歩くぜ!」 「知ってる、お前はそういう奴だな」 なぜだルドハイドは歩き出す。振り返って、 「行かないのか? のんびりしているとキャンディを余らせることになるぞ」 と告げると、いつの間にか開けていた棒キャンディをパキッと歯で折った。 「いいねいいねルド、その意気だよ!」 ――ミントキャンディか。 これならスパークリングワインにも合うな、とルドハイドは思う。 それにしても。 仮装しないわけじゃなかったのだが……答える前に納得されてしまったのでは、やると言い出せないではないか。 アシエトの阿呆も、もうちょっと会話の間合いというものを体得すべきだな――とまで考えたところで、ルドハイドは眉をしかめた。 これではまるで俺が、仮装をしたがっているみたいじゃないか! 首を振ると、ルドハイドは露天商からスパークリングワインを二本購入したのである。 ほどよくアルコールが回り、アシエトはご機嫌だ。 「ハッピーハロウィン!」 通りかかる人にキャンディを配る。もらうほうも慣れたもので、同じく陽気なあいさつを返すのである。ミイラ男や半魚人など、仮装をしている者も少なくなかった。 「そのおばけちゃん凝ってるねえ! 俺もカワイイって? 嬉しいなあ!」 瓶ごとワインをあおって、わははとアシエトは笑い声を上げた。やや足取りがおぼつかないものの、ずんずん大股で歩く。 よくもまあ、とルドハイドは思う。 誰にでも話しかけられるものだ。 少し、うらやましく思わないでもない――。 このとき、 「あ、狼さんだ」 親に手を引かれた小さな女の子が、アシエトを指さした。 だが背後だったので気がつかず、アシエトは歩き続けている。 「……」 ルドハイドは無言で相棒に近づくと、バスケットからキャンディを抜き取った。そして、 「ほら」 と女の子に手渡した。 「ありがとう。ハッピーハロウィン」 まぶしいくらいの笑顔だ。 ルドハイドはアシエトを一瞥し背を向けたままなのを確認すると、小声で早口に告げたのだった。 「ハ……ハッピーハロウィン……」 黄金の目を歪めて、笑みっぽいものも作ったと、思う。 こういうのは俺のキャラではない……子ども好きのアシエトの役回りだろうがっ……! と己に言い聞かせずにはいられなかったのは、彼なりの照れ隠しだろうか。 「ええい」 もうヤケだ。ルドハイドはアシエトのバスケットに手を突っ込み、ひとつかみのキャンディを取った。 「配るの手伝ってくれるのか?」 「余らせても困るからだ」 憂さ晴らしのように、ルドハイドは残りわずかになったワインを飲み干すのである。 もう一本買わなくては。 ストリートの端までたどり着いた頃には、キャンディはなくなっていた。 「配りきった! 大盛況だったな」 と満足げな狼男のすぐ正面にルドハイドは立った。 「おい、これがお前のハロウィンか。楽しいのか?」 アシエトは頬を緩める。 「おう! 楽しいぞ!」 ちょっとろれつが回っていないがご愛敬だ。 「そうか」 おっ、とアシエトは思う。無愛想なルドも楽しんでるということか。 アシエトがひょいと顔を上げ相棒の顔をのぞきこもうとしたとき、事件は起こった。 いや事件というより、悪戯だ。 「これでもか?」 驚かせてやりたくなって、ルドハイドはアシエトの顎をとり頬に口づけたのである。 さあ、もう大変だ。 「……!! あ、ああああほか!」 アシエトの体温は急上昇、みるみる顔は真っ赤になった。 「ちょ、おま、質問に素直に答えたらキスって……! この酔っ払い!」 どうしたらいいのかわからなくなり、アシエトはその辺を走り回ってしまう。 「酔っ払い? それはお前もだろう」 ルドハイドはまた腕組みする。 だが今度は、口元に薄笑みを浮かべている。 ● 今日はオフの日、指令のない、カレンダーも真っ白の日。 のんびりしようかな、と壁掛けカレンダーのブランクを見つめて『リコリス・ラディアータ』は思った。 軽く部屋掃除でもして、ジャンクなポテトチップスでも買い心ゆくまで食べるとしようか。……問題はポテチを、バケツ一杯は食べそうなところだが。 玄関の扉が、トントンと叩かれる音がした。開ける。 「トール」 頭一つ分ほど身長差があるので、リコリスはどうしても、『トール・フォルクス』を見上げる格好になる。 「今夜だけど」 トールはリコリスの鼻先に、橙と黒のチラシをつきつけた。 「食堂ボ・ナ・ベティでハロウィンフェアがあるって話だ。ほら」 そういえばここ数日、カボチャだのコウモリだのが、街のほうぼうに飾り付けられていることをリコリスは思いだした。 「そうなの」 楽しそうね、とも、誘ってくれるの? ともリコリスは言わない。言わないがトールにはわかっている。彼女は感情表現の幅が人より小さいだけで、よく観察すれば興味関心の有無は、ちゃんと言葉尻に表れているのだと。 興味がないわけじゃなさそうだ――。 「せっかくだし行ってみないか?」 「まあ、暇だしいいわよ」 それで、とトールは言い加える。 「仮装をして行くと割引になるんだってさ」 ふーん、とリコリスは瞬きして、特に悩まずつぶやいた。 「何を着て行こうかしら……」 トールは内心ガッツポーズだ。ためらったり尻込みしたりするよりも、まずはやってみる、というあたりがリコリスらしい。 思い出のひとつくらい作りたいじゃないか。 今日はただの『オフの日』ではない。『ハロウィンかつオフの日』なのだから。 軍服状のチュニックに黒檀のサッシュベルトを合わせる。なびくサーコートは雪白、フェイクレザーのブーツを合わせれば、まさしく正統派王子様、腰に佩いたサーベルも、刃引きだが鉄製という本格志向だ。 トールの仮装である。 なぜこれを強く勧められたのだろう――。 自身の選択ではない。相談した同僚の一押しがこれだった。 トールは少し、面映ゆく思いつつ待ち合わせ場所に立った。 間もなく通りの向こうから、黒衣の美少女が姿を見せたのである。 トールは目を疑った。 夜より黒いワンピース、黒の猫耳猫尻尾、愛らしくもあり魔性の妖しさも有すその姿こそ、まぎれもなくリコリスの仮装だったのである。 「王子……」 こんばんは、の代わりにぽつりとリコリスが告げたのはこの一言だった。 魅了されそうになった、と言いかけて咳き込み、トールはこう返す。 「リコは化け猫の仮装かな? 似合ってるよ」 「ちょっと恥ずかしいけど、トール猫好きみたいだったし……」 「え? ああ、猫は好きだけど」 本音は閉ざしておいたほうが良さそうだ――トールは思った。 好きなのは『猫耳のリコ』なんだ、なんて言ったら、たぶん怒られそうだから。 まさか彼の心を読んだわけでもあるまいが、 「あの、確認するけど好きなのは猫よね? 猫耳の女の子じゃなくて」 かすかに怪訝な様子をリコリスは見せたのだった。 もちろん! と慌ててトールは声を上げる。 いつもの大衆食堂も今夜は特別仕様、飾り立てられまるでパーティ会場だ。 限定メニュー、カボチャづくしをいただくとしよう。 メインはカボチャをくりぬいて器にしたシチュー、それと、外はサックリ中はホクホクのパンプキンパイ! つけあわせのパンすらカボチャ型だったりする。ボ・ナ・ベティらしく高級な食材は特にないが、工夫を凝らした楽しいコースだ。 「濃厚なクリームの味がするわ、これなら美味しく食べられそう」 リコリスは言いながら、どぼどぼとドレッシングをサラダにかけている。 「かけすぎでは?」 「お野菜は味がしないんだもの……」 結果、ドレッシングに野菜が浮かべたような状態になったが、ま、それはそれでとトールは思うことにする。 やがて、 「美味しかったな」 食後の珈琲に手を伸ばしたトールだが、正面に座るリコリスが、さっきから視線をさまよわせていることに気がついた。 右を見たり左を見たりうつむいたり……とにかく、こっちを見ない。 「リコ、どうしたそわそわして? 慣れない格好で落ち着かないとか?」 ここで彼は、自分が王子に扮していることを思いだした。 「もしかして、俺の仮装がイケてない……?」 よく見たら酷くて直視できないとか……だとしたら哀しい。 「……そんなことない。よく似合ってるわ、本当に王子様みたい」 褒められた? 安堵するもつかの間、次の彼女の一言は、トールをさらに惑わせた。 「でもやっぱり、いつもの制服の方がいい……」 かっこよすぎてまともに見れない、これがリコリスの本心だ。 もちろんそんなことは言わないし、言えないけれど。 こういう格好が嫌なのか? いや、もしかして逆に――。 一瞬トールはそう考えたのだが、まさかとこれを打ち消した。 ――自意識過剰だな、どう考えても。 リコの気持ちがわからない。 わからないからこそ知りたくなる。彼女に、惹かれる。 ● 勇気が必要だった。 彼女、『アリシア・ムーンライト』がパートナーの『クリストフ・フォンシラー』を誘うためには。 「あの、クリス、お暇があったら……」 声が震える。インクの切れかけたペンのようにだんだんか細くなっていく。 いけない、とはアリシアも思っていた。 いつもクリスが連れ出してくれるのでたまには私から――そう考え、思い切って声をかけたのではなかったか。 なのにどうしても、ごく当たり前のように話しかけることができない。 けれどアリシアの中の勇気は、彼女を見捨てはしなかった。 「い、一緒に、お出かけ……しません、か……」 末尾は蚊の鳴くような声だったとはいえ、アリシアはなんとか、すべて言い切ることができたのだった。 珍しくアリシアから誘ってくれたと思ったら――クリストフは思う。 どうして声が小さくなってるんだろう? けれど不思議に思う反面、まあそんな姿も可愛いけど、と考える余裕もあった。一生懸命なのも素晴らしい。 だからクリストフは茶化したりせず、注意深くアリシアの発言をすべて聞き取ったのだった。ふふっと笑う。承諾の笑みだ。 「いいよ。どこか行きたいところがあるのかな?」 ほっとアリシアは吐息を漏らす。 それを耳にしてまたクリストフは、可愛さのあまり微笑をこぼした。ここまで頑張って言うのだから、よほどの想いがあるのだろう。できるだけかなえてあげたいところだ。 よし、ここまで言えたのだから――アリシアは勢いを付けて言い切った。 「あ、はい、あの……猫カフェってところに。行ったことがないので、一度行ってみたくて……」 猫カフェ? おやまあ、とクリストフは意外に思う。 行こうと思えばすぐ行ける場所ではないか。ぱっと思いつくだけでも二、三店舗は候補が出てくる。 「あれ、アリシア行ったことないんだ?」 こく、と彼女はつややかな黒髪を揺らしうなずいた。 そんなのお安い御用なのだが――いや待てよ。 このときふと、クリストフの中に悪戯心が湧いてきたのである。ついっと眼鏡の位置を直して言う。 「アリシア知ってる? 猫カフェって猫の格好して行かないといけないんだよ。猫の中になじむためにね」 なんてね、冗談! と言うつもりが、 「え、そんなルールがあるんですか?」 白雪のように純真無垢なアリシアは、一点の曇りもなくこれを信じた。 「衣装……用意してない、です……」 うなだれてしまったではないか。びっくりするほどの落ち込みぶりだ。 あれ、ここまで信じてしまうとは……まあ、いいか。 クスっと笑うと、それはそれで、とクリストフは決めた。 「ちょうどハロウィンの時期だし、仮装グッズも売ってるじゃないか。買ってから行こうか?」 ショッピングモール内。クリストフとアリシアはパーティグッズより、本格志向のコスチュームを売っているところを中心にショップをいくつかのぞいた。 最近ではブランドショップもハロウィンの服を売っている。 そのうちひとつ、品揃えが豊富な店でじっくりと見ることにした。 「えっと、黒猫の猫耳付けたら、それっぽいでしょうか……」 猫耳つきのカチューシャを着け、恐る恐るアリシアは振り返った。 一瞬、クリストフは言葉を失う。 いまのアリシアはまるで猫妖精、黒い猫耳はあたかも、最初から生えていたかのように似合っているではないか。照れているのか伏せた瞳が、猫の物憂い雰囲気を醸し出している。 「うん、黒猫似合うよ」 力強くうなずいて、自分の仮装を選び忘れていたことに気がついた。 「おっと、俺はどれにしよう」 すると静かに、アリシアはグレーのカチューシャを手渡してくれたのだった。 「クリスは……これ、似合いそう、です」 「これかい? よし」 ひょいとつけて鏡に向かい合う。 ちょっと垂れた猫耳だった。なんだか眠そうな感じ。しかし猫はたいてい眠そうにしているものだからして、これも良いと思うのだった。 「アリシアの好みなら喜んでこれを着けさせてもらうよ」 「え、好みって言うか……」 と、言葉を句切って、 「そう、かも……」 恐る恐るアリシアは付け加えたのだった。 なるほど、心のメモに記しておこう。 こうしてアリシア猫とクリス猫は、そろって猫カフェを訪れたのである。 「猫ちゃんたくさんで可愛いですね」 本当に楽しみにしていたのだろう、アリシアはさっそく、猫たちのいるカーペットに正座した。すると仲間と思ったか、三毛猫、キジトラが狛犬よろしく、彼女の左右にちょこんと収まった。 「わあ……」 ハロウィン期間ということもあり、店内の他の客も配布された猫耳をしており、彼らが浮くということはまったくなかった。逆に言うと、クリストフの軽い嘘がアリシアに事実認定されきってしまったとも言えるが。 まあ、それはそれ。 猫を膝にのせたアリシアを、思わずクリストフは撫でている。 「あの、クリス? どうして私を撫でるんです、か?」 「おっと、可愛すぎて、つい」 仕方ないじゃないか。 アリシア猫が、どの猫よりも断然可愛いのだから! ● 陽が落ちれば、冬の足音が聞こえる。 しっとりとした霜の気配、指先から冷えていく感覚。風が吹くたび、外套の合わせ目を押さえなければならない。 「……緊張している」 ぽつりと『シリウス・セイアッド』が告げた。短い言葉だったが、間違いなく本心だろう。 大丈夫よ、と『リチェルカーレ・リモージュ』は言う。 「シリウスは普段通りにしていればいいから。言い忘れていたけど、父の部屋が空いているの。だから泊まる場所は心配しないで?」 彼女の父親が数年前に亡くなったことは聞いている。家族に見守られながらの最期だったと。 大切な思い出の残る部屋に、自分なぞが足を踏み入れていいのか――そう言いかけるもシリウスは言葉を飲み込んだ。 そんな言い方をリチェは好むまい。そればかりか悲しむだろう。たとえそれが、シリウス自身の偽らざる想いだったとしても。 少なくともリチェが悲しむところは見たくない。 これもまた、シリウスの偽らざる想いだ。 だから彼は言った。 「……すまない。世話になる」 と。 この日リチェルカーレは、町の警備という名目で実家に戻る許可を得ていた。シリウスも伴ってだ。今はその道中である。 「家族に紹介させて」 とリチェルカーレは告げて幼子のように微笑む。彼女にとって、実家は心からくつろげる場所なのだろう。 だったら俺も。 シリウスは静かに息を吐いて思った。 くつろぐ……少なくともそのフリはするべきなのだろうな。 用件を済ませてからの出発となったため、リチェルカーレの実家についた頃は、すでに夕食時をいくらかすぎていた。 ドアがひらくと「おかえり!」という声がふたりを迎えた。 「はじめまして、リチェルカーレの母です」 と名乗った女性にシリウスは驚いた。リチェにそっくりなのだ。とりわけ優しそうな目元が似ている。かなり若い。これならリチェとは、姉妹といっても通りそうだ。 「はじめまして。お世話になって……」 原則的に使わぬ敬語ながら、ぎこちなくそう言いかけたものの、たちまちシリウスの発言は遮られるはめとなった。 「はじめましてー!」 「ましてー!」 どすどすっとシリウスの腹と脚に、突進してくる者たちがあったからだ。 まるで豆魚雷、これにはシリウスも面食らった。 「えっと、こちらは弟と妹で……」 「うん、元気なのはいい」 これだけ言うのがやっとだ。なぜならリチェルカーレの弟と妹は、たちまちシリウスを質問責めにしたからである。 リチェはおりこうにしてる? おしごとはどう? どこにすんでるの? すきなたべものは? ……エトセトラ、エトセトラ。 「ふたりとも! シリウス困ってるじゃない。質問はあとあと!」 「そうだな、後で……うん」 まず部屋に案内するね、とリチェルカーレに部屋に連れて行かれ、飾り気はないがよく整理された品のいい寝室に入る。ドアを閉じ旅装を解く段になって、やっとシリウスは一息つくことができた。 困惑した。それが正直な感想だ。 どうして無愛想な自分などに懐くのかわからない。 リチェと同じだ――。 母親も、シンティ、リセという名の幼い弟と妹も、リチェと同じでまっすぐな好意を向けてくれた。 くすぐったいと思う。けれどその一方で、嫌じゃない、とも思った。 この感覚に負けてしまいそうだ、とシリウスは額に手を当てる。 人には近づくまい。大事なものは作らない。 ……そう思ってきたのに。 そのときドアが、小さくノックされる音をシリウスは聞いた。 ノックはふたつ。うちひとつは、ドアノブより下の位置だ。 「シンティ! リセ! どこにいるの?」 シリウスは廊下でリチェルカーレと出くわした。 「あ、シリウス。あの子たち知らない? お母さんがお茶にしましょうって……」 さあ、と言いながらシリウスは視線だけ裏口に向けた。きっと自分はいま、微妙な顔をしているだろうと思う。 「そっちは納屋だけど……ああ」 わかった、と合点して彼女は納屋に向かった。 「ここにいるの?」 と扉を開けると、頭の上にバサッと何かが落ちてきたではないか。 「きゃあ! ……え、花……?」 たくさんの花びらだった。秋の花々、とんだ花の妖精に仮装させられてしまった格好だ。 納屋の二階から弟妹の笑い声がする。振り返ると、着いてきていたシリウスが明らかに不審な様子で目を逸らした。 「ひどい! シリウスはあの子たちの味方なのね!」 むくれるリチェルカーレに、シリウスは言いにくそうに語ったのである。 「悪戯を手伝えと言われて……いや、あれは断れないだろう」 あくまで『シリウスの基準からすると』という注釈がつくものの、狼狽している様子だ。 そんな彼がおかしくて、こう言ってよければ、可愛らしくて、リチェは笑ってしまった。 「後でお返ししますからね」 怒ってはいない――。 ほっと息をつくと、シリウスは彼女の髪に絡んだ花をつまみ上げたのである。 無意識ながら微笑みを浮かべて。 その微笑を目の当たりにしてリチェルカーレがどきりとしたこと、それはハロウィンの秘密としておきたい。 ● 目に鮮やかな明るい緑、そんな緑青(ろくしょう)色をベースにした魔女の衣装だ。大きなとんがり帽子も、長いマントもスカートも、黒と白と緑青で彩られている。手にしたホウキだって、緑青のワンポイントが入っているのだった。 緑青の魔女の瞳の色は、緑青よりなお透明度の高い翠玉(エメラルド)、髪は黄金、歩くたびなびく軽やかな三つ編みだ。薔薇色の頬、整った顔立ちも目を惹かずにはおれない。 そんな愛らしい、可憐な魔女は誰だろう。 それはアリス、『アリス・スプラウト』の仮装である。ハロウィンの。 待ち合わせ場所に指定した噴水の前、いかがでしょう? と黄金の三つ編みを揺らしアリスが問うと、ごく当然のように『ウィリアム・ジャバウォック』は膝を折り、 「アリス、あなたはどんな衣装をお召しになっていても素敵です」 うやうやしくもかく述べた。 賞賛されているのに、賞賛するウィリアム自身嬉しそうなのに、アリスの心にはひとつ、薄いヴェールのような影がさしている。 また、いつもの微笑みね……。 いつもの微笑み、それは彼が「アリスの御心のままに」と考えているしるしだ。 ウィリアムは、自身のことはいつも二の次にする。アリスがどう思っているか、そればかり気にかけるのだ。もちろんアリスも彼の気持ちは嬉しい。けれど決して、手放しでは喜べない。 ウィルってなんていうか……心から楽しんでるところを見たことがないのですわ――。 どうしても、気になってしまうから。 「ねえウィル、私ね、ハロウィンに参加するの初めてなんですの!」 「おめでとうございます、アリス」 何でも命じて下さい、とでも言わんばかりにウィリアムは答える。 「教えてもらえません? ウィルはハロウィン、初めてなの?」 「ええ、私も参加するのは初めてですね。アリスが参加しなければ参加しなかったでしょう」 またそんなことを言う。アリスは顔を曇らせた。 「私は、ウィルにも楽しんでほしいと思ってるの。初めてのハロウィンを」 「滅相もない。アリスが楽しんでくれれば、私はそれで十分です」 もどかしい。どう言えばわかってもらえるのだろう。 「ねぇウィル、私といるのは楽しくない?」 悩みがそのまま口調と、言葉に出ていた。 「失礼ですが質問の意図がわかりません。私の話は関係ないのでは?」 ウィリアムの言葉には迷いがない。そしてやはり、仮面のような微笑を浮かべている。 「違うの!」 一瞬、声を荒げてしまったことを悔やみ、すぐにアリスは口調を戻す。 「私はウィルと楽しみたいわ。難しく考えないで……私が、ウィルと、楽しみたいのですわ。言い換えれば、一緒にハロウィンの楽しみを分かち合いたいってこと。そう言えばわかります?」 たとえどんな豪奢な料理であろうと、一人で食べるのは味気ないものだ。 二流、三流の料理であろうと、誰かと分かち合うほうがずっといい。 「アリス……」 ウィリアムは言葉を探す。 気をつかわなくていいのに、というのが、このときの彼の正直な気持ちだった。 「……私は、今この場にいるだけで救われているんですよ。成り行きとはいえ、ね」 「それは」 ウィルの手をつかみたい。しっかり握って、嘘などないことを伝えたい――そんな気持ちに駆られるも、アリスはこらえて続けた。 「私にもあてはまることですわ。ウィルが連れ出してくれなかったら、私は今でも、ベッドから出られないままだったかもしれません」 だからね、とアリスは言う。 「私がウィルを救ったというのなら、ウィルだって私を救ったのですわ。救いあった同士、楽しみを共有するのは最良のことではなくって?」 「……そういうことであれば」 従いましょう、と言いかけてウィリアムは口をつぐんだ。それはきっと、アリスが聞きたい言葉ではないはずだから。 「では、今宵は町の人たちに『トリック・オア・トリート』をしに行きません? だからウィルも仮装してはいかがと思うのですけれど」 「わかりました。いえ、私もそうしたいと思っていたのですよ」 ウィリアムの言葉は偽りだった。最低でも九割は。 しかしこう告げたとき、本当に自分の心が、ほんのわずかとはいえアリスとともに仮装することを望んでいるとウィリアムは感じた。 心の機微は表情にも影響する。やはり微笑は微笑だったけれど、それでもこのときウィルの顔は、 ――いつもの微笑、じゃないようですわ。 とアリスには思えた。今日、もっとも嬉しかった瞬間かもしれない。 「でね、私が魔女の仮装をするから、ウィルは狼男はどうかしら?」 「いいですね」 ウィリアムの赤い瞳にルビーのような光が宿った。 ショップに入り、狼の仮装を探しながらウィリアムは思う。 やはりアリスに気をつかわせてしまった。 また、救われてしまった。 だから怖い。逆に怖い。 ――命の危険に晒されたとき、あなたを選べるかどうか。 それを考えると、ウィリアムはひたすらに怖くなるのだった。 黒く冷たい底なし沼に、音もなく引き込まれていくかのように。 ● 「依頼といってもボランティアなんだが」 と『イザーク・デューラー』は切り出した。 「病院への慰問だ。ハロウィンのイベントらしい」 どうする? と訊かれ『鈴理・あおい』は迷わず応じた。 「ええ、喜んで」 教団の活動目的は、力なき人の力となることにある。 力は戦いだけを意味しない。人々の心を癒やすことだって立派な力だ。 「よし、じゃあ病院はこれだ」 イザークは要旨を書いた印刷物を出してきた。 書かれた病院の名を見るや、あおいは小さく息を呑む。 ――ここって……! 「どうかしたか?」 「いえ、なんでもありません……」 「今日は俺たち、ハロウィンの精霊って役割だからな」 イザークは海賊に扮した。といっても恐いものではない。刀だって紙製で愛嬌がある。同じくオモチャまるだしの眼帯もつけて、「どうだ?」とポーズを決めてあおいを笑わせた。 「では私はジャック・オ・ランタンということで」 あおいはすっぽりとカボチャのマスクをかぶった。眼はまん丸でなんともユーモラスだ。さらに、黒いローブで全身を覆っている。 「いいけど、それだと男か女かすらわからないな」 「ふふ、低コストですから」 カボチャ覆面だけはワンコインショップで買ったが、他はすべて廃品利用や手製というエコノミックな仮装なのである。 ――まあ、誰だか全然わからなくなった、ってのは好都合だ。 イザークは静かに微笑んでいる。 癌などで入院が長期化している患者の病棟をめぐった。ずっとここにいる患者、とりわけ子どもには、彼らの来訪は大いに歓迎された。 イザークは張り切っている。 「トリック・オア・トリートだ! お菓子をあげるのはこっちのほうだけどなー」 ただそんなことを言って歩き回るだけなのに、ほとんどの患者に驚くほど喜んでもらえる。変化の少ない入院生活というのは、それほど寂しいものなのだろう。 「ふふっ、イザークさん自分が楽しんでませんか?」 と言うあおいは人形のマヤを使って、お菓子や小さなおもちゃを配っていた。 「ま、自分が楽しくなけりゃ、見ている人にも楽しんでもらえないってもんだ」 ある病室の前でイザークは足を止めた。 「悪い。俺は子どもたちの海賊仮装を手伝ってくるから、あおいはあの部屋に行ってきてくれよ」 「わかりました。大人ばかりの病室ですね」 と病室に入ったところで、あおいは自分のいる場所に気付いたのだった。 ――お父さん……! 何人かいる入院患者、その一人はあおいの父親だった。一番奥のベッドで半身を起こしている。 病院の名を知ったとき、あおいはこの瞬間を予期していた。だが彼女は、イザークには父のことを告げていない。 教団に入るとき、もう会わないと決めたのだから。 けれど、こんな形で姿が見られて良かった――。 「お菓子です。どうぞ」 マスクとローブに身を隠し、父親のベッドへ近づいていく。 手が震えないよう注意して。マヤをしっかり抱いたまま。 「精が出るねえ」 「ありがとう」 他の入院患者に、ひとりひとりうなずきつつ歩いた。 そうしてついに、あおいは父親の前にたどり着いたのだった。 あおいの父親は軽く咳をしていた。丸めた背を少し伸ばすと、やあ、とあおいを見上げた。 優しい声だった。顔つきも。 けれどあおいが知っていた頃よりずっと痩せている。血色も悪い。 「来てくれて嬉しいよ」 彼はそう言ってあおいを見つめた。 あおいは声を漏らさぬよう唇を噛み、手を伸ばす。 そうして、静かに父親の背中をさすってから、そっとお菓子を置いたのだった。 くるりと反転すると、あおいは出入り口に目を向ける。 戸口にもたれるようにして、眼帯を外したイザークが立っていた。 イザークは目を細めた。 いいのか? と言うように。 父の元に駆け寄りたい! この瞬間、強い衝動があおいを襲った。 しかしその気持ちは、現れると同時に消えた。 より正確に言えば彼女は、意思の力でこれを押さえ込んだのだった。 あおいはまっすぐ進んでイザークの前に立つと、彼に耳打ちした。 「知ってたんですね……?」 「すまない。だがこのボランティアを受けたのは偶然だ」 「お気づかい、ありがとうございます」 さあ、とあおいは明るく告げる。 「今日は慰問で来たんですから、子どもたちのところへ戻りましょう」 「俺は少し、ご挨拶してくるよ」 「先に……行っています」 あおいは振り返らなかった。 彼女が立ち去るのを見届けて、イザークはあおいの父親のもとに向かった。 「あなたがあおいのパートナーですか?」 イザークがうなずくと、父親は柔和な笑顔を見せた。 「顔は見えなくとも娘だとすぐに分かりました。何よりあの人形は私たちがあげた物だからね」 「やっぱり呼んできたほうが……」 しかし彼は首を振った。 「一度言いだしたら聞かない子です。自分のなかで区切りがついたとき、また会いに来てくれることでしょう」 そして彼はイザークの手を握ったのである。 「強情なところもある娘ですが、どうかよろしくお願いします」 細い、本当に細い手だった。 ● 蝋燭に宿るともしびは、死者を見送るためのもの。 か細い炎だが幾本も、ぐるりと食卓を囲むように配されれば枯れ木も山の賑わい。 葡萄酒をたたえた杯が、蝋燭を深紅に照り返す。 「世間様が騒ぐみたいなことが、俺とお前だとこう……微妙に難しいからなぁ」 自嘲気味の皺(しわ)を口元に寄せ、『灯・袋野』はパイ皮にナイフを入れる。 「それも一興というものでしょうよ」 灯の正面に座る『灰・土方』は、頼まれもしないのにフォークでパイを押さえた。 「なんでぇ、ホロにしちゃいっぱしのことを言うもんだ」 「いっぱしにもなりますよ、灯さんみたいなのと付き合ってるとね」 パイを八つに切り分けると、灯はその一つを持ち上げた。当たり前のように灰は、自分の皿を出しこれを受ける。 「生意気が板に付いてきたな」 ふんと灯は、微苦笑混じりに鼻を鳴らした。 「生意気結構。世間に馴染めない同士、かぼちゃ料理をゆっくり愉しむことにしましょう」 灰は軽く笑って、既に半分空いてしまったボトルを傾け、新たな一杯を灯のグラスに注ぐのである。 ハロウィンだからといって街に出ることもなく、この日も指令を受けて淡々とこなし、ふたりは遅めのディナーを楽しんでいた。 普段、灯の自室は殺風景といえば殺風景なのだが、今宵は無数の蝋燭に囲まれ、中央の食卓がぼうと浮き上がっている。 食卓の主役はミートパイ。サクサクのパイ皮の内側には、トロトロにしたカボチャと、肉汁たっぷりの挽肉が固めて詰めてある。ジャック・オ・ランタンを摸して目鼻が切り抜いてあるものの、舌が火傷するほど熱く、赤ワインで締めてあるため甘すぎることもない。大人のハロウィンパイなのである。 「ハロウィンの主役は」 ぽつりと灯が言った。 「……死者だからな。穏やかに死者を思いだすための夜だ。もっとも、酒と料理で悼むというのは、故郷の風習とは微妙に違うがね」 灰は、黙ってうなずいた。 「さて」 食事が終わると、おもむろに灯はテーブルの上の灰の手に自身の手を重ねた。 「……久々に夫婦らしいことするか」 えっ、と灰は目をしばたたく。まさかと灰が言うより早く、灯は楽しそうに告げた。 「実は世間にはかぼちゃ風呂というのがあってな」 はい? と訊き返す灰の手を取って、灯は風呂場に案内するのである。 言葉からイメージされるまさにそれが、浴槽に展開されていた。 湯船に沈んでいるのだ。飾り用のオレンジカボチャがたくさん。ごろごろと。 「意味あるんですかこれ!? っていうかどこの『世間』ですか……馴染めてないにもほどがある!」 「わからんが楽しむぞ!」 「なにを言って……」 と言いかけるも口を閉ざし、黙って灰は拳を握った。 柊だ。 すでに灯は諸肌脱で、鋼のように引き締まった上半身をさらしている。 灰が目にした柊は、その背中にひろがる刺青だ。 かぼちゃ風呂がなんだ! これを見て灰の物怖じは消え去った。 もどかしく衣服を捨て灰は湯に向かったのである。 灯が下、灰が上でつかる。 「この刺青、どんな意味があんだ」 寝物語のように灯が問いかけた。 「故郷の……仲間は狼、銃は俺が得意で、あなたは……死人花です」 吐息のように灰は答える。 すると灯は灰の手をとって自分の胸にあいた孔――心臓に触れさせたのだ。 「俺は死人だ。人らしいもんをなくしたから、ここに孔があいたんだ。お前の悲鳴も聞かずに、敵を殺すことを優先した……」 孔は空間である。 孔は語らない。鼓動はない。すなわち、音がない。 「灯さん……」 それでも、そこに何かがあると思いたくて、灰は手を握り、開いた。 だったら空間を埋めるまでだ――灰は思った。 音がないなら、自分が音になる。 「夫婦らしいことをしましょう。今度は俺が旦那らしくリードします」 ほぉ、と口笛でも吹くように灯は言った。 「成長したなぁ」 「……茶化さんで下さい! そんなことを言う口は……」 俺の唇で塞(ふさ)ぐまで。 もつれ合うようにしてベッドへ向かう。 シーツの海で、さらにもつれることになる。 ――どれくらい眠っていたのだろうか。 目ざめたとき、灰は暖かいと思った。独りでいるときより。 蝋燭の火は消えていた。しかし暗闇のなかに、ぼうと白い光があった。 ふたつ。 白いものの中央に、それぞれ人間の顔が浮かんで見えた。 それが、灯の妻と娘であると直観的に灰は悟った。 なぜならいずれも、恨みがましい顔をしていたから。じっと灰を見ていたから。 夢か妄想か、それとも――。 「罰は受けます」ふたつの光源に灰は言う。「ただそのときまではお前らに用はない」 ふっ、とふたつの顔は消えた。 しかしこのとき、灰は鈍痛を利き腕に感じている。 またか。 利き腕を酷使しすぎだ、と医師に言われたばかりだ。 こんなことを続けていたらじき使い物にならなくなる、切り落とすことになるかもしれない、と医師は断じた。 ――戦えなくなったら浄化師でいられなくなる。 そうなったら、俺は……。 やがて灰の意識はふたたび、眠りの混濁へと墜ちていった。 ● 結局……と『テオドア・バークリー』はぼやく。 「ハロウィンどころじゃなかったなぁ……」 本日、彼と『ハルト・ワーグナー』は、丸一日オフのはずが緊急招集を受け、現場に急行して指令を果たしたのだった。 今は帰り道、一日がかりの業務となったためボロ布のようにくたびれている。このままベッドに倒れ込んだりしたら、きっと明日の昼まで目は覚めるまい。 「急な召集だったから、仕方がないといえば仕方がないんだが」 とテオドアは自分を納得させようとしていたが、これを聞くとハルトは「まさかだろ」と緑色の右眼をすがめた。 「いくら緊急事態だからってオフの人間を呼び出すとか、どうかと思うわー」 どうやら不満を隠す気もないらしい。声が苛立っている。 あえてそれに返事せず、 「とっくに日付けも変わったな……」 確認するようにテオドアはつぶやいた。 リュミエールストリート、その入り口にふたりはたどり着いている。 だがもうこんな時間だ。文字通り後の祭り、開いている店はゼロである。人っ子一人歩いていない。つぶれた酔っ払いすら、寒くなって場所を移したらしい。 ゴミだらけとは言わないがそれなりに散らかっており、取れてしまった飾り付けや、逆さになったランタンがあちこちに転がっている。 風で飛ばされたのだろう、バニーガールの耳が木の枝に引っかかり、ゆらゆら揺れているのがもの悲しかった。 「せっかくハルと店を見て回ろうと思ってたのに、ちょっと残念だ」 「ねえ、テオ君」 ハルトが、抑えた低い声色で告げた。飛びかかる寸前の狼のような。 「どうかした?」 「……教団からなんてさ、とっとと逃げちゃおうよ」 ハルは冗談や思いつきで言っているんじゃない――テオドアにはわかる。 だからこそテオドアは落ち着いた口調で返した。 「そんなこと言うな」 声を荒げたりしない。優しく、言い聞かせるように告げたつもりだ。けれど、 「やだね」 ハルトはそっぽを向いたのである。だが考え直したのか、前髪をかき上げて続ける。だだっ子みたいな口調になって、 「ハロウィン限定カボチャの特大モンブランパンケーキを食い損ねた恨みは深い! ……と、いうことにでもしとくかな」 最後は笑いに紛れさせると、テオドアが緊張を緩めたのがわかった。 教団への不信感そのものが消えたわけじゃない。 むしろ今日のことがきっかけで、より強まったと言っていい。 しかし今は、そのことを真剣に討議するときではないとハルトは思っている。 少なくとも、今はまだ。 もやもやしたものを吹き飛ばすように、声のトーンを明るく保ったままハルトは言った。 「それにしても、逃したのは年一回しか出ないという特大モンブランパンケーキだよ。ちゃんと下調べもしたのに」 「そうだったのか」 「そうだよ。といってもまあ、俺もその店を知ったのは昨日だったんだけどさ。テオ君を連れて行ってあげたら喜ぶかなって」 実は俺も、とテオドアは応じた。 「行こうと思って調べてた。特大なら、ハルがいくら食べても大丈夫だなって」 「俺ってやつはテオ君に心配かけてるんだねえ」 ハルトが拗ねたような口調になったので、すぐにテオドアは訂正した。 「……いや、違うな。単に俺がハルと出かけたかっただけなんだ。楽しい思い出は、何があってもずっと残るから」 「何があっても、か……」 テオにそこまでの意図がないことは理解している。けれども。ハルトにとっては重い言葉だった。 いけないな、とハルトは思った。こんなムードは。 ――辛いことを思いだしそうになるじゃないか。 だからハルトは、肩をすくめて苦笑するのだ。 「……ま、残念ながら俺らはハロウィンできなかったわけだけど」 だよな、とテオドアも釣られてため息する。 「あーあ、ゆっくりハロウィンを楽しみたかったなー」 ハロウィンを楽しむ? ハルトはテオドアに顔を向ける。 いや待てよ、今からでもできることはあった。 大きく息を吸って、くす玉を割るようにパンと吐き出す。 「テオ君、トリックオアトリート!」 無人のストリート、その真ん中にハルトの声が響き渡った。 「お菓子をくれないとイタズラするぞ!」 「えっ、菓子!?」 テオドアは懐を探るも、あいにくと持ち合わせてはいない。 「……持ってないんだ。ごめん……!」 「ざーんねーん!」 と言うハルトの口調は、言葉に反してやたら嬉しそうである。 「ならイタズラ決定っ! さあて、テオ君をどう好きにしよっかなー」 ハルトは両手を前に出し、わきわきと指を動かした。 「く、くすぐるのだけは勘弁してほしい!」 「えー、どうしよっかなー?」 と言いながらハルトは笑い出してしまった。 「……な、何だよ、何で笑ってるんだ!?」 「やっとハロウィンの気分になったな、って」 「そうだな」 仮装やカボチャ料理、お菓子はハロウィンの要素にすぎない。 楽しむこと、それがハロウィンなのだ。 「ハル、来年こそは一緒にハロウィン楽しもうな」 「うん、来年も再来年も……ずっと俺と一緒にいてよ、テオ君」
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*** 活躍者 *** |
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