~ プロローグ ~ |
●ガエタン・ジラルド『魔女狩り』42-43頁 |
~ 解説 ~ |
●目的 |
~ ゲームマスターより ~ |
ハロウィンで楽しく盛り上がっているのに出遅れ、代わりにブラックなエピソードをぶちこんでみました。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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■目的 封印強化の楔を打つ D地区、洋館のあった場所へ向かう ■悪夢 ルーノが悪夢に迷い込み、脱出方法を探し歩く 過去の惨劇が繰り返される中、祓魔人だと判った時にルーノを拒絶した両親の声が聞こえる 異質である事で排除されたという点では自分も魔女も似たようなものだと、魔女の境遇にルーノ自身を重ねて立ち尽くす 普通ではない事は罪なのだろうか 彼等も私も、望んでこの身に生まれたわけではないのに… ■現実 ナツキが楔を打つ 楔の光や振動を頼りに場所を探す ルーノの姿が見えない事に気付くが、焦りを抑えて役割は投げ出さない ルーノを見つけたら思わず腕を掴む ナツキ:なぁ、ほんとに大丈夫か? ルーノ:ああ… ナツキ:…そうは見えねぇけどな |
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Cへ 悪夢に迷うのはラニ 封印されてるから当然だけど 寂しいところね 暫く歩いている内に悪夢に迷い込む ラス? あれだけ迷子になるなって… 目の前の光景を見て表情が引きつり 迷子はあたしってわけ 逃げ惑う魔女の幻が自分の過去と混ざる これはこの町の過去 でもそれはあの日の光景と酷く似ていて 町が燃える ヨハネの使徒が町の皆を殺す 人々が、浄化師が魔女を追い立てる 分かってはいるものの徐々に混ざっていく幻 逃げてと叫んでも誰も逃げない みんな誰かを庇いながら死んでいく ヨハネの使徒と人々の境界線が分からなくなってくる 憎い憎い憎い憎い!!(幻影に向かって剣を振り上げ (すべてが、全てが憎くて堪らない) (あれ?これは誰の憎しみ?) |
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目的 楔を打ち込んで封印を強化する 行動 行き先は、A区画。 渡されたランタンは失くさないよう、それぞれ縄でランタンと服のベルトを余裕をとって結んでおく。 もし戦闘とか邪魔になるようなことがあれば切る予定。 楔はマリオスが持つ。 とりあえずA区画の真ん中辺りを目指して移動、その後円を描くように。楔の様子を見ながら、魔力の吹き溜まりがある場所を探す。 周囲と足元に注意。 会話 マリオス 魔女狩りの町、か。今まで普通に暮らしていたのが一変というのは…。 シルシィ ?マリオス? マリオス エクソシストも…、ああ、いや、なんでもない。 封印は、きちんとしないとな…。 悪夢に迷い込むのは喰人。 町の過去の情景と、自分の過去が混じった悪夢。 |
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悪夢→喰人 B区画 ヨナ 魔力感知で吹き溜まり探し楔を打つ こんなにうなされて…呪いが強く作用しているようです… 早く楔をどうにかしないと 夢 スラム時代の過去 14歳位 グループ抗争理不尽な私刑、やばい仕事でのヘマ等 様々なシチュで追われている 仲間も一緒に逃げているが一人また一人と脱落 どうしてこんな目に 俺たちはただ生きているだけ 捕まる恐怖でただ逃げる事しかできない 速さにはは自信があった あの門の向こうまで行けば追ってを振り切れるはずだ 門を越えた先に雪の積もった小さな広場 はぐれた時はここで落ち合う約束の場所 仲間の赤毛の少女がベリアルと共にそこにいた 真っ白な雪の上に赤黒い花を咲かせて 立ちすくみ動けない |
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~ リザルトノベル ~ |
ここは魔女狩りの町カンジョンリア。 不義、偽善、欺瞞、貪欲、軽信、迷信、嫉妬、歪曲、暴力が蔓延していた町だ。 それ故に呪われた。 最初から決まった脚本を繰り返し演じ続けるしかない――呪いをかけた私達も含めて。 さあ客人が来るぞ! 終わらない舞台を続けよう。いつか幕が下ろされるそのときまで。 ● 誰も住んでいないがらんどうの町は静かに佇む。 カンジョンリアを取り囲む強大な壁はまるで町を閉じこめているようだった。 昔は白かったであろう壁は薄汚れ、手を入れるものがいなくなっても尚、大きな崩壊もなく堅牢なままだ。 深い乳白色の霧が廃墟に絡まりながら漂い、町全体に帳を下ろしていた。 浄化師達の来訪を拒むように町は余所余所しかった。 老朽化し崩れた家屋を覆う植物だけが長い年月閉じられていたことを教えてくれる。 閉じられた町は廃墟であることも相まって荒廃した陰が強く残っていたが、なんだか、それだけではない淀みが密かに蠢いている気がした。 「うへぇ……思ってたより無気味なところだな」 「ああ、気をつけた方がよさそうだ。霧なんて出ていなかったのに、中に入った途端これだ」 『ナツキ・ヤクト』が薄気味悪そうに周囲を見渡すが、霧に阻まれ先が見えない。彼の相棒である『ルーノ・クロード』はうんざりとしながら頷くと、辺りを警戒するようにランタンを掲げる。 「……これも呪いの影響でしょうか? そもそも呪いをどうにかできるなら封印強化なんてまどろっこしい真似をせずに済んだでしょうし」 「実際のところ封印するしか手がなかった、ということか……」 『ヨナ・ミューエ』は今回の指令について考えていたことを口にする。ヨナの言葉を受けて『ベルトルド・レーヴェ』も得心がいったとばかりに頷いた。 「厄介なことになってるって、こと?」 「最悪封印が綻んでいる可能性も考えておいた方がいいだろうね……」 『マリオス・ロゼッティ』は最悪の事態を危惧したように深刻な表情を浮かべる。そんなマリオスを心配そうにパートナーである『シルシィ・アスティリア』が見つめる。 仲間の話を聞いていた『ラス・シェルレイ』は腕を組みながら、 「そもそも封印したのが百年ぐらい前なんだろ? むしろよく保っているというべきだよな」 「確かにね。……これにそんな力があるのかしら?」 『ラニ・シェルロワ』は疑わしそうにラスの手にあるものを見つめた。封印の楔はただの鉄にしか見えない。 「大丈夫だと思います。複雑な魔術式が込められているのが見えますから」 エレメンツであるヨナは魔力探知で繊細で美しい魔術式が楔に込められているのが見えていた。魔術に精通するファナッティックであるヨナでさえもその魔術式全てを理解することはできない代物なのだと説明すると全員が興味深げに楔を見つめた。 ガタンッ。 振り返ると開けていた筈の巨大な門扉が固く入口を閉じていた。唯一の出入り口である重々しい門は風で閉じる程軽くはない。 扉は閂がかかっていないというのに岩のように固く男性陣がいくら押しても微動だにしなかった。 「……閉じこめられてしまいましたね」 「これじゃあ、教団に連絡するのも無理だろうな」 ヨナは呆然と呟いた。その顔は顔を青ざめているが、本人は動揺を表に出さないよう必死だった。門を開けるのを諦めたベルトルドが肩を竦めた。 「これは……ホラーの定番現象ね!」 「何でお前はそう脳天気なんだ?」 ラニは先程の現象に恐怖よりも思わずこんなことがあるのかと感心してしまう。そんなラニに呆れた目で突っ込むラス。 「何ラスってば、……怖いの?」 「怖くない!」 ラニはからかうように問いかけると、ラスはムキになって否定する。 「まずは封印を優先させましょう。呪いを弱めれば出られると思いますが……」 マリオスは困った表情を浮かべながら、そう提案すると、 「とにかく封印の強化すればいいってことよね!」 「単純でいいな……」 ラニとラスは対照的な反応を返し、またもや仲良くケンカし始めた。 「なぁルーノ、俺が楔は打つからな!」 「君には緊張感というものはないのかい……?」 マイペースなナツキの発言にルーノは呆れ混じりに溜息を吐く。 周囲の気の抜けるやりとりに内心恐怖を感じていたヨナの顔色が少し良くなってきた。それを見計らってベルトルドが口を開く。 「それじゃあ当初の予定通りに分かれるか」 「そうするしかないですね……長時間ここにいる方がまずそうですし」 ここに長居したくないという私情が交えながらも指令を投げ出す気のないヨナが頷く。 また門で落ち合おうと約束して浄化師達は行動を開始した。 ● 町は静寂だった。それが逆に不穏さを掻きたてる。 廃墟の町には死んでも尚死にきれぬ惨めさのようなものが染み着いていた。中には黒ずんだ家屋も幾つかあり、教団の記録通りここは一度燃えたのだ。 崩れた家屋の中には突然平穏な生活が壊されたのかのように、家具や日用品がそのまま残っている。 「おい、尻尾をそんなに強く掴まれたら痛いんだが……」 「すみません、つい……」 そう言いながらも離す気配のないヨナにベルトルドは溜息を吐く。 当のヨナは全身から警戒心剥き出しで周辺を小動物のようにきょろきょろと見渡しながら歩いていた。 (怖いなら怖いと言えばいいものを……指令を受けた以上、ヨナが投げ出すわけもないしな……困ったものだ) 背後の怯えるヨナを持て余しながら、先頭を歩くベルトルドは密かに頭を抱えていた。 さっさとこんな指令終わらせてしまおうとベルトルドはそう思った。 そんな折に、どこからか鐘が聞こえてくる。町全体を揺り起こすような鐘の音が殷々と鳴り響き続けた。 「ひぁ……っ!?」 思わぬ大きな音にヨナはびくりと肩を震わせ、振り返る。 心臓に悪い。 ヨナは思わず身構え、ライトブラストを発動しそうになった。 内心またやってしまったと反省しながら、おそるおそるベルトルドの方を向くが、 「……ベルトルドさん?」 目の前にいた筈のベルトルドが忽然といなくなった。 「……冗談は止めてください、ベルトルドさん!」 ヨナも分かっている。ベルトルドがこんなからかいをしないことぐらい。それでも口にせずにはいられなかった。 「どこですか!? いるなら返事して下さい!」 ヨナは取り乱し、周辺を探して回るが、ベルトルドの姿は見つからない。魔力探知でベルトルドの魔力を見ても彼の痕跡は残されていなかった。まるで最初からいなかったかのようにベルトルドは消えてしまった。 ヨナは途方に暮れた表情で一人取り残された。 ● 「ナツキとはぐれてしまったか……これも呪いの影響なのだろうか?」 ルーノが大通りの真ん中で立ち尽くしていると、居ない筈の通行人と肩がぶつかる。 ――ああ、すまないね。 通行人が帽子を取って謝るのをルーノは呆然と見ていた。 いつの間にかルーノは人気のない廃墟から往来の激しい大通りの中にいた。商店街は活気づき、売り子の声が響く。 「これは一体……」 幻覚にしてはぶつかった時の感触がはっきりしすぎている。行き交う住民も生きているようだ。それがより一層、危機感を強める。 ここがかつての滅びる前のカンジョンリアだと気づくのにそう時間はいらなかった。 「迷い込んだのは私なのか、それとも――」 仲間全員が同じ状況なのだろうか。分からないことだらけだが、ナツキと合流するべきだとルーノは判断を下す。 そう考え込んだ一瞬の隙を突くように、手に持っていたランタンが奪われた。 「なっ……待て!」 思わぬ失態に苛立ちながらルーノは慌てて追いかける。 盗んだのは黒いフードを着た子供だった。一瞬の事で顔は見えなかったが、人混みの中でも目立つフードだ。 子供の足と大人の足では、いくら地の利が向こうにあっても追いつきそうなものなのに、逆に引き離されていく。 子供を見失いそうになる度に子供は姿をふっと現し、また見失う。その繰り返しだ。 その頃には、ルーノも相手に何らかの意図があることに気づいていた。 辿り着いた場所は、当初向かう筈だった洋館であった。 「……これは、誘い込まれているのか?」 逡巡の末にルーノは屋敷に踏み込むことにした。その先に相棒の姿がいるのを祈って。 ● 「魔女狩りの町、か。今まで普通に暮らしていたのが一変というのは……」 「マリオス?」 沈んだ表情をしたマリオスに気遣うようにシルシィが声をかける。 「浄化師も……、ああ、いや、何でもない」 マリオスは自分が口走ろうとしていたことに気づき、すぐに口を噤んだ。 「封印は、きちんとしないとな……」 それは自分に言い聞かせるような口調だった。 マリオスはその危惧を口にすることはできなかった。 浄化師以外の生きる道がなかったシルシィの前では、尚更その危惧を口にしたくなかった。 かつて魔女が人々に頼りにされていたのなら、今の浄化師と何の違いがあるだろうか。いつか同じことが繰り返されないと誰が言えるのか。 その不安に共鳴するように、どこから鐘が鳴り響く。 鐘の音に気を取られたのはマリオスだけでなく、シルシィも同じだった。 大きな鐘の音にシルシィは驚き、身構えてしまう。 カツンと石畳に何かが落ちる。 「マリオス?」 マリオスがいた場所には楔だけが残されていた。 シルシィは自分の血の気が引く音を呆然と聞いていた。 マリオスの姿がどこにも見当たらず、シルシィは何度も彼の名前を呼ぶ。 シルシィの声が町の静寂に吸い込まれていくだけで、マリオスから返事は返ってこなかった。 シルシィは何か言い知れない胸騒ぎを覚える。 不意に地面に落ちたままの楔が目に入る。 シルシィは思い出した。 万が一呪いの影響が出た場合、この楔をあるべき場所に打ち込めば、呪いを押さえることができると事前に司令部から伝えられていたことを。 封印が強化されればなんとかなるかもしれない。 地面に落ちた楔を拾い上げ、ぎゅっと握りしめる。楔はシルシィを励ますように仄かに光を放った。 一人取り残され心細くなるが、それ以上にマリオスが心配だった。 「私が、やらなきゃ……」 渡されたランタンは無くさないよう、それぞれ服のベルトに余裕を持って縄で結んでおいた。だから、ランタンはマリオスが持ったままの筈だ。 シルシィは不安になる心を落ち着かせるように一つ一つ状況を確認していく。 担当区画の真ん中辺りを目指してから、楔の様子を確認しながら円を描くように移動しようと事前にマリオスと話し合っていた。 もしかしたらマリオスがそこにいるかもしれないと、かすかな希望を持ってシルシィは一人歩き出す。 ● 「封印されてるから当然だけど、寂しいところね」 「お前ぼんやり歩いてると迷子になるぞ。迷子になってもオレは探さないからな」 「ならないわよ、人のことなんだと思ってんの」 ラスの言い草に腹を立てるが、いつもなら即座に返ってくる返事がない。 「ラス? あれだけ迷子なるなって自分で言っと……」 ラスに文句を言おうとしたラニの言葉が途切れる。目の前に広がる光景を見てラニは表情を引き攣らせた。 「迷子はあたしってわけ」 あの寂れた廃墟ではなく、活気のある町が霧の中から幻のように浮かび上がった。 やがて霧が剥がれ、往来する人々の賑やかな商店街にいた。 ――これは本当に幻なのかしら? そんな疑問が頭に浮かぶ。 ぐらつく椅子に座っているような心許なさ。 こんなにも賑やかで平穏なのに、悪夢の前触れだというようにひたりと冷たい不安が忍び寄ってくる。 ざっと風景が揺れると、町は悲鳴と怒号に包まれていた。 その生ぬるい風と鉄錆の匂いが鼻腔を擽る。 ぞわりとつま先から冷たくなる。 覚えのある気配がする。死の足音が遠くから聞こえた。 肌に伝わる感覚がこれは単なる幻ではないのだと本能が訴えてくる。 底を踏みしめる感覚は明確になり、戦場の空気をはっきりと感じ取った。 ラニが次に目にしたのは炎に包まれた町だった。 炎で焼き尽くされてゆく町から逃げようと門へ向かう人々が激しい火の手と煙に巻かれる。 門が開かない。どこに逃げたらいいの。助けて。殺される。死にたくない。ちくしょう。あの子を助けて。 すぐに叫びは複数になって、魔女は行き場を失ったように逃げ惑う。 捕らわれた魔女は泣き叫びながら、どこかに連行され、残された者は生きる為に血を流しながら逃げ、めいめいに死にものぐるいで隠れ場所を探していた。 何もかも焼き尽くす業火。陽炎の向こうにはかつての故郷が重なり合う。 違う。違う。違う! これはこの町の過去。そう自分に言い聞かせても、感情が納得してくれない。 そうだと分かっていても溢れ出す憎悪を押さえきれないのは、ラニ自身が過去だと割り切れていないからだ。 ラニの過去も魔女狩りも一緒くたに悪夢は混ざり合う。 ラニの目の前に二度目の地獄が出現した。 誰かを呼ぶ声。泣き叫ぶ声。絶叫と怒号。苦痛と絶叫。様々な声が混じり合って溶け出す。 耳の奥底にこびりつき、記憶に焼き付き、幾度となく夢の中で見た光景だった。 ただ闇雲に逃げ回る人々の大部分はヨハネの使徒に無惨に殺されていく。 ただでさえ動揺していた人々は浮き足立ち、大混乱に陥っていた。 逃げてとラニが叫ぶが届かない。 あの時と同じだ。みんな誰かを庇いながら死んでいく。 親を殺され泣き叫ぶ子供。亡くなった女性の虚ろな眼孔。焼け落ちた建材の下敷きになった老人。 力尽きたように血に伏す男性の手は助けを求めるように伸びていた。おもちゃの兵隊のように男性が奇妙に捻れたまま倒れている。 炎に包まれ、辺りの地面にはいくつもの死体が散らばっていた。 人が蛾のように死んでいく。叩き潰され、痙攣しながら息たえる。 どこもかしこも悲劇が繰り広げられる。 その絶望の中心にいるのは、ヨハネの使徒だった。 ヨハネの使徒は人々を処刑すると、冷酷に次の獲物を見定める。 ラニは自分の視界が狭くなるのを感じた。鼓動が早鐘を打つ。 逃げ惑う人々の流れに逆らい、足は自然とヨハネの使徒の元へと駆け出した。 ヨハネの使徒がラニの目の前で人々に襲い掛かる。 だが、後一歩のところでラニは間に合わなかった。目の前で人が真っ二つに切り裂かれる。胴体と下半身がずれ、そのまま崩れ落ちる様から目を離すことができない。 生温かな鮮血が顔に飛び散るよりも先にむせかえるような血の匂いを感じた。 視界が赤く、赤く染まる。 殺意にも似た衝動がとぐろを巻き身体の一部と化していた。 憎い憎い憎い!! ヨハネの使徒の幻影に向かって剣を振り下ろす。 ――全てが、憎くて堪らない。 (あれ? これは誰の憎しみ? あたしの? それとも――) 頭の片隅で疑問が過ぎるが、すぐにそれも憎悪に呑まれていく。 ヨハネの使徒をひたすら斬りつける。何度斬りつけてもヨハネの使徒は減らない。ラニの憎悪に感化するように人々とヨハネの使徒の境界線がなくなっていく。 ラニが進んできた道の後には柘榴を潰したような塊が倒れていた。 ● 「封印を優先してばらばらに行動していたのが裏目に出ましたね。……ベルトルドさんの安否が分からない以上、私がしっかりしないと……」 心細さが重石のように沈む。それ以上にパートナーのことが心配で仕方がなかった。無事だろうか。怪我はしていないか。不安ばかりが脳裏を過ぎる。 封印さえ強化してしまえば呪いも弱まる筈だとヨナは自分に言い聞かせる。 必ず帰ってくると信じて、挫けそうになる自分を叱咤した。 「早く楔をどうにかしないと……ダメですね」 門から出ることはできず、外部に助けを求めることもできない。仲間はどこにいるかも分からない。八方塞がりだが、やるしかない。そう覚悟を決めると少しだけ気持ちが楽になった。 今は自分に出来ることだけを考えよう。 楔を打ってからベルトルドと仲間達を捜し出すことにした。幸い霧の中でも魔力探知は問題なくできる。 魔力の吹き溜まりがある場所を中心に渦のような流れがある。流れに沿って行けば必ず辿り着く。魔力の流れと楔が光る方向は一致し、ヨナは確信を深める。 濃密な魔力の気配はもう近い。 ● 気まぐれに変化する悪夢は万華鏡のように過去の光景をマリオスに見せ続ける。 (そうか、これはかつてのカンジョンリアなのか……) 古き良き時代。まだ魔女が魔法使いと呼ばれ、人々と共存していた頃。怪我や病気を治癒したり、失せ物を探し出して感謝の印だと農作物を大量に渡されて困ったように受け取る魔法使いは人々と笑い合っている。 また場面が移り変わる。 「ロスト・アモール」大戦に巻き込まれ、力のある魔法使い達が死んでいく。町に残ったのは老人と子供ばかり。力が強かったもののまだ幼い魔法使いバルバラは仲間達を守るように言い聞かせられていた。 戦乱が終わった直後で、町の雰囲気も刺々しい。魔法使いはいつしか魔女と呼ばれ始めた時、町に流行病が蔓延する。それを「魔女の呪い」だと口々に言う人々。町に潜んでいた教団員も冒険者の振りをして噂を煽る――怪我や病気を治せるのだから、逆のこともできるに違いない、と。 それを信じた住民は魔女に余所余所しくなり、八つ当たりする者も出てくる。店で食料を買おうとしても「魔女に売るものはないよ!」と追い払われる。時には魔女に石を投げたり、燃えた松明を投げつけたりされた。 まるで自分が魔女にでもなったようだった。 カンジョンリアに住むのは普通の人々だった。今まであった指令で会った人々と変わらず、自分の生活で精一杯の人々。 人を人と思わない悪人ではなく、ただ単に少しだけ噂に左右されやすいどこにでもいる住人が魔女狩りを行ったのだ。 今度見せる幻は何だろうか。見覚えのある既視感に目を瞬かせる。 幼い頃に住んでいた自分の家だとすぐに分かったが、すぐに違和感を覚えた。自分の住んでいた町ではなく、もっと古い時代の町並みと継ぎ接ぎされている。 「あそこの息子ようやくいなくなるのか」 「もう怯えながら生活することもなくなるな」 「ヨハネの使徒を引き寄せられたら堪んねえしな」 住人はマリオスが浄化師としての資質を持つことが分かってから随分と冷ややかなものだった。 後少し教団に引き取られるのが遅ければ、マリオスの家族は村八分にされていたに違いない。 熟した実が落ちるように家族との別れの時がやってきた。 教団の人間に別れの挨拶はいいのかと問われ、マリオスは首を振った。 父と母に縋りつき涙を流す弟妹。泣きながらまた会えるよねと尋ねる弟妹に自分はなんと答えただろうか。 父と母は何かを押し殺した表情を浮かべたまま最後まで目が合わなかった。 町の人間の態度よりも教団に逆らわない両親の態度がマリオスの心を打ちのめした。それが自分の為だと分かっていても、きっと引き留めてほしかったのだ。 何もかも諦めた表情で俯いたまま教団員の後について歩き出す。 あの時両親に向かって何か言いたいことがあったが結局言葉にならず、一度も振り返ることはなかった。今生の別れかもしれないと知っていても。 何故だか、背後から感じる家族の視線と教団員の気遣う視線が煩わしかったのをよく覚えている。 ここで起こった魔女狩りの記録と自身の過去が溶けて混ざり合い、万華鏡のように再現されているのだ。 起こったことも起こらなかったことも全てが拡散され霧となって広がっていく。 幻の境が崩れていき、また別の光景が現れる。 住民達が集会所に集まって魔女狩りの決行日について話し合っている。その中には見覚えのある顔がある。マリオスが住んでいた近所の者も混ざっていた。 唐突に住民達はマリオスの方を一斉に見た。 今まで観客に過ぎなかったマリオスはぎょっとした。 「なあ、君もそう思わないかい?」 親しくもないのににこやかに擦り寄るような話し方にマリオスは薄気味悪さを覚える。 いくつもの目が、住民達の視線がマリオスに集中していた。 観客席から見ていた筈のマリオスはいつの間にか舞台へと引き上げられていた。 「浄化師さん、俺は今日魔女に石を投げつける予定なんだ」 一体何を言われているのか理解が出来なかった。 懺悔している口調ではなかった。まるで今日の天気でも話している気楽さだ。 得体のしれないものを感じると同時に声だけでここまで不安を煽るのもある種の呪いであるかもしれない。そう頭のどこかでマリオスは冷静に考えていた。 「私、明日夫に殺されるのよ」 婦人の言葉に夫がそっぽを向きながら口を開く。 「そうだ、俺は魔女だと思って妻を椅子で殴り殺すんだ」 「私が死んだ後も死体を蹴り続けたのよね、あなたは」 婦人は仕方ないと言いたげな様子で夫を見る。夫は所在なさげに頭を掻いた。 「俺も魔女だと思って、近所の奴を刺しちまったよ」 「お前さんにいきなり刺された時は驚いたぞ」 隣人同士が他愛ないことでも話すようにお喋りし出す。 「俺は火達磨になったんだ、参ったぜ」 「私もよ」 狂気じみた会話が続く。 穏やかに話し続ける住人に氷の刃を差し込まれたように背筋が冷える。 誰もが笑みを浮かべているが、目に温度がない。 マリオスは無意識に後退りしていた。 彼は気づいてしまった。この町の住民は互いを魔女だと思って殺し合ったのだと。 夫婦で、兄弟同士で、隣人同士で、あるいは恋人同士で刃を突き付けあった。 その悍ましさに耐えるように口元を押さえる。 売り子の女が勢いよくマリオスの肩を掴む。 「あなた浄化師でしょ! 魔女を退治にしに来てくれたのね!」 笑顔を浮かべた女のその目の奥に狂気が宿っているのを見てしまった。 「っ!? 離せっ!」 湧き上がった嫌悪感からマリオスは思わず腕を振り払う。 その勢いで背後にいた人にぶつかる。いや、マリオスはいつの間にか大勢の人に囲まれていた。 町の住民が叫ぶ。 「私達待ってるのよ!」 「私達は繰り返すのずっと!」 「浄化師だろ、助けてくれるんだよな!」 「私達が何をしたというの!?」 住人の目からどろりとタールが涙のように流れ、自身の体もどろどろに溶けだしていく。 滴るような悪意が広がっていく。 タールは同化しようとマリオスすら呑みこもうとする。逃げ場はどこにもなくマリオスは黒い海の中へと引きずり込まれていく。 ● ――追いつめたぞ! ――分かっているな、一人も生かしておくな! 異様な熱気と興奮が屋敷の中にいても聞こえる。殺意、怒声、罵倒、中傷が絶え間なく響きわたる。 ――こちらには浄化師がついている! ――邪悪な魔女を殺せ! まるで自分たちが正義だと確信している声。浄化師は彼等にとって正義の象徴なのだ。 ルーノは顔を顰め、複雑な思いでその声を聞いていた。 ただの幻だと分かっていてもやるせない気持ちになる。 荒れ狂う狂乱の嵐を前にして魔女達は息を潜めて洋館に閉じこもっていた。 魔女達は青ざめ、縮こまるように身を寄せ合う。 ――突然襲いかかってくるなんて、町の奴らが教団の手引きをしたに違いない。あれだけバルバラ様に助けられたっていうのに! ――人はすぐに恩を忘れる生き物。魔女の迫害を煽り立てているのは民衆じゃない。もっと上の連中だ。彼等が私達を「人間ではない」と言っているのを無知な民衆が追従しているに過ぎない。国家ぐるみで動かれれば、少数派である魔法使いは追いつめられて行くばかりだが、……だが、お前たちは私が守ろう。 そう悔しそうに言った少年の頭を白き魔女バルバラが悲しげに撫でる。 ――お前は賢い子だ。皆を守ってくれるな、エリック。 少年の目が潤む。それでも彼は泣くことなく強く頷いた。 ――せめて子供達だけでも逃がさねば! ――こちらにいるのは老人や女子供達ばかりだ。子供達を守る安全な地を見つけるにはお前さんの力が必要だ。 ――老い先短い身でも時間稼ぎにはなろう。その間に地下通路からお逃げ。 老いた魔女達は柔らかな絶望に包まれ穏やかですらあった。 ここに皆と残ると駄々をこねる子供達に言い聞かせると、老人達は大広間に残った。 「酷いものだ……」 この光景が実際に起こった事なら、今も復讐に燃える魔女がいるのも当然かもしれない。 ルーノは洋館に入った時からこの光景を傍観し続けた。まるで自分が透明にでもなったように魔女たちは誰も目をくれない。 浄化師を先頭に武器を持った住民達が館に押し寄せてくる。たくさんの足音と共に彼らは扉という扉を開け続ける音が響く。 とうとう老人達が立て籠もる大広間の扉を乱暴に壊し、バリケードを寄ってたかって破壊し押し入ってきた。 老人達は祈るような面持ちで手を繋ぎ、廊下へと扉の前で通せんぼするように立ち塞がる。 ――屠殺者共よ、災いあれ。 ――災いあれ! 老いた魔女達は呪いをかけるように唱和する。 それが民衆の怒りに火をつけた。 老いた魔女達は死を覚悟していたに違いない。 老人達は一様に穏やかな諦観と死相を浮かべている。 無抵抗の老人達を狂乱の最中にいる人々が殺す。 あらゆる暴力が降り注ぎ、老人達は死んでいく。 口にも憚られるような凶行に浄化師は目もくれず、指令を果たすために忠実に動いていた。能面のように表情を動かすことなく、目的の為に屋敷をくまなく探す。 ルーノもこの場から立ち去りたかったが、この惨劇を見終わるまで出さないと言わんばかりに部屋から出られない。 ――やったぞ! 勝ち鬨を上げ喜ぶ人々の姿を直視することはルーノにはできなかった。 あの老人達は生きてはいないのは明白だった。人とはこれほど残酷になれるのか。 彼らの行為はあまりに非人間的なものだった。 集団となった人々は魔女よりもよほど残忍で無慈悲だった。 普通でないことは罪なのだろうか。 (彼等も私も、望んでこの身に生まれてきたわけではないのに……) 異質である事で排除されたという点では自分も魔女も似たようなものだと、魔女の境遇に自分自身を重ねて立ち尽くす。 しかし、すぐに異常が起こった。 突然ある人々がまだ魔女が生きていると青年を指を指す。その青年は魔女狩りに来た町の住人だった。 指を指された青年は何が起こったのか分からない様子で殴り殺された。 そして、まだ魔女が潜んでいると叫びながら人々が互いに殺し合う。そこに正義などなかった。 これこそ老いた魔女の呪いだった。 目の端にランタンを持った子供が廊下へと走り抜けていく。ようやく部屋から出られたルーノは地下通路に入った子供の後を追う。その先でルーノを待ち受けたていたものは、惨劇の続きだった。 白き魔女は血を流しながら、守ることができなかったと慟哭する。 あれだけ純白だったケープは薄汚れ、真っ赤に染まっていた。 子供達の名前を呼んでも返事はない。だって、全員死んでしまったから。 ――どうしてだ!? 私達が何をしたというんだ! 生きていることさえ罪なのか!? 血の滲むような声。 守るべき者を失った白き魔女の悲痛な泣き声だけが響いた。 子供の亡骸を抱いた白き魔女は数十人もの永遠に動かなくなった子供達に囲まれている。少し離れた場所には浄化師の死体が転がっていた。 魔女自身も浄化師に腹を穿たれ、致命傷だった。むしろ生きているのが不思議なほどの傷だ。 ――人間性を放棄し、慈悲を知らぬ暴君に成り果てた教団よ。命じられたままにしか動かぬ浄化師よ。貴様等が踏みにじり葬り去った真実の代償を払うだろう。 この狂乱に燃料を注いだのは貴様等だ。私達がそうであったようにいつまで特別でいられるかな? 我々が何もしなくとも、いつか貴様等もお前達が救った民衆に追いやられるだろう。その時、貴様等の悪徳に対する復讐は成される。その罪業ゆめゆめ忘れることなかれ。 バルバラは、はっきりとルーノを認識していた。断罪の視線で貫いた。 そう予言者のように粛然と告げられた災いの言葉はルーノの心に黒い染みを落とした。 ――貴様等には髪の毛一本たりともやらぬ。 最期の力を振り絞り、彼女は業火に包まれる。 ルーノが魔女の方へ向かおうとしても炎の壁が立ち塞がり、竜が吐き出す炎のように襲い掛かってきた。 燃えさかえる炎は幻だと思ってもルーノは咄嗟に顔を庇う。ルーノは魔女が炎の中消えていくのを呆然と見ていることしかできなかった。 轟々と燃えさかえる炎の中でルーノを拒絶した両親の声が聞こえてきた。 ――お前は危険だ、この家には必要ない。 ――なぜ普通に生まれてこなかったのか。 怒号と悲鳴が鳴りやまない中、ルーノはあの時のように冷たい眼差しを向ける両親と対峙していた。 ● 「ラニの奴どこに行ったんだよ!? 勝手に消えやがって!」 ラスは悪態を吐きつつも動揺の色は隠せなかった。 楔を道標に封印場所を見つけるまでラスはもどかしくて堪らなかった。一刻も早くラニを探したいのにできない。 楔を打ち込んで安堵するも束の間、彼女は姿を現さない。 まだどこかを彷徨っているんじゃないかと思えば、いても立ってもいられずラスは廃墟の町を駆けずり回る。焦りと不安は募るばかり。 ラニが消えた地点に一度戻ってみれば、そこから少し離れた場所にランタンが落ちていた。 ラニはこの町のどこかにいる。そう確信を深めると共にあれだけ手放すなと言われていたランタンを落としてしまう状況なのかと新たな不安が芽生えてくる。一人で戦っていなければいいが、ラニはそれでも立ち向かうに違いないと容易く予想がついた。 ここはやって来る者に悪夢を見せる町だと聞いた。それが事実ならば―― (魔女狩りの光景だけならまだしも、あの日の光景と重なっていたら?) 「……急がないと」 ランタンを拾い上げ、ラスは駆け出した。 ● 荒い呼気が乱れる。 肺が痛いほど苦しくても、足が悲鳴を上げても走り続けた。 視界が妙に低い。手足の長さの違いに足がもつれそうになる――いや、疲労で足がもつれそうになっているだけだ。 見覚えのない町を逃げているのだとベルトルドは気づけない。 ――逃げなければ。でも、何からだ? どうして俺は走っている。 頭のどこかで自分が問いかけてくるが、その疑問もすぐに端へと追いやられる。 「ぼさっとすんな、ベルトルド! あいつらに捕まったら終わりだぞ!」 ――そうだ。あいつらに捕まれば只では済まない。仕事でヘマをした自分たちを許すわけがない。 ヤバい仕事に手を出しているのは分かっていた。物乞いや盗み生きるためならば何だってしてきた。明日が拝めるかも分からぬ生活。数日後には路地で野垂れ死んでいるかもしれない。 ベルトルドが生きているのは、そういう世界だ。 一人、一人と脱落していく仲間を気にかける余裕すらなく駆け抜ける。 (どうしてこんな目に……俺たちはただ生きているだけだ) 憤りも恐怖の前では無力だった。捕まる恐怖でただ逃げることしかできない。 まるで猟犬に追われて逃げまどう羊の群そっくりだった。 速さには自信があった。冬の寒さと衰弱した体でどこまで逃げ切れるか。 破裂しそうな心臓の鼓動に追い立てられ、死にたくない一心で足を動かす。 ここで倒れることができたらどんなに楽だろうか。 ベルトルドが仲間と違いその一線を踏みとどまれたのは、約束があったからだ。あるいは約束を守らねばと言う執念だったのかもしれない。 ――……まだ死にたくない…… ――手こずらせやがって……やっと捕まえたぞ ――やったぞ! 魔女を一人殺した! 背後から上がる誰かの命乞い、悲鳴、絶叫。 立ち止まれはしない。足を止めたら、次は自分の番だ。 逃げ惑う中、暴動や私刑らしき様子が見えても足を止めるわけにはいかなかった。 すまない。何度も謝りながら走り抜ける。 雪が静かに降り注ぎ始めた。寒さと疲労のせいで足は余計に動かなくなり、肩や頭に雪が降り積もる。 雪が視界を遮る。路上に積もる雪が町の陰惨な傷口に包帯を巻くように何もかも覆い隠していく。 あの門の向こうまで行けばきっと追っ手を振りきれる。 門を超えた先には雪景色の中に小さな広場が埋もれていた。 はぐれた時はここで落ち合おうと仲間の赤毛の少女とそう約束した。その約束があるから逃げ切れた。 それなのに――赤毛の少女はベリアルと共にそこにいた、真っ白な雪の上に赤黒い花を咲かせて――ベルトルドは結局間に合わなかった。 その鮮明な雪上の血の鮮やかさを一生忘れることはないだろう。 ベリアルは少女の首を愉しげに持ち上げる。お気に入りのおもちゃを手に入れたような無邪気さだった。 虚ろな目をした少女と目が合った。あの輝きはどこにもなく、ただどこまでも虚ろな眼球には死だけしか映されていなかった。 目を逸らすこともできず、ぐらりと視界が歪む。もはや立ってなどいられなかった。膝から力が抜け、頭を抱えて蹲る。 耳元に獣の唸り声が木霊した。それが自分の慟哭だと気づくのにそう時間はかからなかった。 ――誰か、誰か、俺を殺してくれ。 生まれて初めて目に見えない誰かに祈った。 そうでもしなければ、一人生き残った苦痛に押しつぶされてしまいそうだった。 お前がいたから。お前のせいで。お前さえいなければ。 後ろから囃し立てる声は、自分の声でもあり、誰とも知らぬ声でもあった。 誰かが自分の名を呼ぶ。その必死さに、のろのろと顔を上げた。 「ベルトルドさん!」 最初それが誰の声か分からなかった。 ヨナだ、ヨナの声。 「気が付きましたか? 大丈夫……ではなさそうですね」 頭を抱えるように膝を突いたベルトルドを心配そうに覗き込むヨナの姿があった。 (酷い顔……こんな顔したベルトルドさん初めて見た) 何か言葉をかけたいが気の利いた言葉も出ない。それでも辛さに寄り添おうとヨナは遠慮気味に頭を腕で包み込むと、優しく撫でる。 ベルトルドも黙り込んだままじっとしていた。 「すまない……」 震える吐息で何か呟くとベルトルドは胸に頭を預け、現実を確かめるようにヨナの背に手を回した。 ● 楔の光が強弱を示し行くべき方向を示しだす。それを頼りに辿り着いた場所は、当初の目的地であった洋館と偶然にも一致していた。 洋館があったとされた場所は燃え尽きていた。骨組みや煉瓦だけを残した洋館の残骸が残され、植物がその名残に蔦を伸ばすように生い茂っていた。 もしかしたらルーノがいるかもしれないと思って真っ先にやってきたが、どこにも彼の姿はなくナツキは肩を落とした。 「心配して仕事を放り投げたりしたら後で文句言われちまうからな! 途中で投げ出したりしたらルーノにどやされちまう」 それは明らかに空元気だったが、ナツキは自分に言い聞かせるように明るい声を上げる。 ナツキは焦燥感が頭をもたげながらも冷静さを辛うじて保っていた。 封印の場所を示すように楔の表面に魔術式が浮かび上がり、強い光を放つ。だが、楔は光を放ちつつもここではないと示している。 ナツキは頭を抱えながら叫んだ。 「ここが一番光ってんのに振動しねぇ! だぁー! どうなってんだよ!?」 (こんな時、ルーノがいてくれたら……) 弱気になりそうな自分を振り払うように頭を振る。 霧が漂い手を伸ばした先が分からなくなるほどの深さだったが、よく視界を凝らせばぼんやりと光るものがある。 「うん? ランタンか、何でここに……」 植物の茂みに隠されるように落ちていたランタンを拾い上げる。直感的にルーノがここに来たのだと思った。 「もしかして、下か!?」 ランタンが落ちていた辺りを調べると、ここだけ叩くと響く音が違う。もしかしたらと思い、床を丹念に手で探ると煉瓦だと思っていた場所が押せることに気づいた。そこに力を込めると、がこっと音がして地下室への扉が開く。 ナツキはランタンで辺りを照らし出しながら、地下へと続く階段へと降りていく。地下通路は何年も人が入っていなかったせいか空気は濁っており、ナツキは口元を覆う。 暫く歩いているとようやく楔が振動し始めた。 「ここか! 待ってろよ、ルーノ!」 楔を地面に勢いよく振り落す。楔は自動的に地面に固定され、周囲に魔方陣が浮かび上がり、地面に吸い込まれるように打ち込まれていく。 楔が眩いばかりに光を放ち、ナツキは思わず目を閉じる。 暗闇が隠していたものを楔が取り払う。 光が弱まったのを感じ、おそるおそる目を開くと、そこにはあれだけ探していたルーノが目の前にいた。 ナツキは驚いた。いきなりルーノが目の前に現れたこともそうだが、それ以上にようやく見つけたルーノは蒼褪めた顔で立ち尽くしていたからだ。 思わずルーノの腕を掴む。 尋常ではない様子の相棒の姿に心配になる。 「なぁ、ほんとに大丈夫か?」 「ああ……」 「……そうは見えねぇけどな」 どこか上の空のままルーノは頷く。ルーノにしては珍しく動揺を露わにしたままで不安になったナツキは強引に手を繋ぐ。そのままルーノを強引に引っ張って歩き出す。 (ぼんやりして様子が変だし……ほっといたらまたいなくなりそうだ) ルーノもまたナツキの手の温度を感じて安堵していた。 (ナツキ……君の声はちゃんと届いていたよ) 両親の責める声が聞こえてきた時、ナツキが自分を呼んでくれる声にどれだけ安心したか。彼は知らないだろう。 現実に戻っても悪夢に呑まれそうな気がして、早く町から立ち去りたいと心から思った。もう悪夢の中を彷徨わないようにルーノはナツキの手を力を込めて握り返した。 ● 「愚か者のせいで! ヨハネの使徒のせいで!」 ラニは憎悪のまま哮る。 悪夢に捕らわれたままのラニは執拗に攻撃する。まるでそこにヨハネの使徒がいるというように。 錯乱したラニは廃墟を何度も何度も斬りつける。そんな剥き出しの憎悪を露わにしたラニの見たことのない姿にラスは一瞬怖じ気付く。 (ラニお前、何抱え込んでんだよ……) 「全部全部お前らのせいで!!」 「落ち着け! もう終わったんだ!!」 殺意を辺りに振りまくラニを羽交い締めにするが、ラニに気づいた様子もなく暴れ続ける。 「殺す、絶対に殺してやる……!!」 「……ここはあの町じゃない」 ラスは根気強く言い聞かせる。 「帰ろうラニ、帰ろう」 返事はない。それでもラスの言葉が届いたのかラニは剣を下ろした。 羽交い締めを止め、ぼんやりとしたままのラニと向き合う。 黒い空洞のような双眸の奥には激しい業火が燃え続けているのが見えた。その身を焦がすような激情は、いつか彼女自身すら焼き尽くしてしまいそうでラスは不安になる。 ラニは暫くすると、抜け殻のように力なく座り込んだ。 虚ろな目をしたラニを強く抱きしめながら、ラスは密かに決意した。 (やっぱりオレは思い出さないといけない……こいつの為にも) 自分に欠けた記憶があるのを知っていながら、見て見ぬ振りをしていた。そうして何も言わないラニに甘え続けていた。でも、それも終わりなのだ。 ● いつも隣にいた人がいない。どうしようもない心細さが心を苛んでもシルシィは諦めることはなかった。 楔を打ち込んだのに彼は戻ってこない。もしかしたら、四本の楔を打ち込むまでは完全な封印にならないのではないかという危惧もあった。 本来なら仲間たちを探して楔を打つのを手伝うのが浄化師として正しい姿だったのに、シルシィはそうしなかった。彼女はマリオスを探すことを優先した。 ようやく彼を見つけた時、泣き出しそうになるのを必死で耐えた。疲れ果てた表情をしている彼に負担をこれ以上掛けたくなかった。 涙を気取らせまいとしたが、シルシィの声は震えていた。 「やっと、見つけた……」 「……シィ、か?」 弱弱しい声。いつも穏やかな表情を浮かべた彼が疲弊しきった表情で座り込んでいる。 何を見たのだろうか。彼は酷く固い表情で顔面蒼白していた。 その震える指先にシルシィは真っ直ぐに手を差し出す。 本当に怖かった。無事で帰ってきてくれて本当に良かった。 言いたいことはたくさんあったのに言葉にならなかった。だから、一言だけ告げるのでシルシィは精一杯だった。 「帰ろう」 「……ああ、ようやく帰ってきたのか」 マリオスはようやく生還したかのように安堵の吐息を漏らすと、シルシィの手を取った。 マリオスの手は冷たかった。けれど、ようやく彼が帰ってきたのだとシルシィは実感できた。 浄化師は町を去る。 それでも残響の町は眠らない。今もまだ惨劇の舞台を繰り返し続けるのだ。
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*** 活躍者 *** |
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該当者なし |
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[12] シルシィ・アスティリア 2018/11/08-23:47
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[11] ルーノ・クロード 2018/11/08-22:50
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[10] ヨナ・ミューエ 2018/11/08-00:35
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[9] ナツキ・ヤクト 2018/11/07-20:36
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[8] シルシィ・アスティリア 2018/11/07-01:07
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[7] ラニ・シェルロワ 2018/11/06-23:32
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[6] ナツキ・ヤクト 2018/11/06-22:15
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[5] シルシィ・アスティリア 2018/11/06-19:16
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[4] シルシィ・アスティリア 2018/11/06-00:12
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[3] ラニ・シェルロワ 2018/11/05-11:57
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[2] ルーノ・クロード 2018/11/03-20:38
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