~ プロローグ ~ |
その日、薔薇十字教団本部を訪れた老人は、温かい珈琲をひと口飲んでから話し始めた。 |
~ 解説 ~ |
エトワール地区ヘーティア村に赴き、ヘスティアの火という行事に参加してください。 |
~ ゲームマスターより ~ |
はじめまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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少し早めに村へ よろしくお願いします と村長さんに挨拶 見て シリウス 冷えてきたし 雪が降るかもしれないわ 暖かい部屋の窓から外を見上げ 少し弾んだ声で ええ、すごく ホワイトクリスマスになったら素敵だもの 彼の顔を笑顔で見上げ ーシリウスは プレゼントは何がいい? クリスマスプレゼントよ 大好きなひとにプレゼントを贈る日だもの 翡翠の瞳がやや茫然と丸くなるのに 一拍遅れて赤く あ ち、違うの ううん違わないけど シリウスのこと大好きだけど あの、ええと 誕生日って… 知っていてくれたんだと 更に真っ赤に 嬉しくて どきどきして ーシリウスがくれるなら 何でも嬉しい 点火時の願い 大好きな人たちが幸せでありますように …シリウスの笑顔が沢山見れますように |
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火があるとはいえ点火の時は寒いでしょうから、待機中の今のうちにしっかり温まっておきましょう 腹ごしらえも必要よね これを持って火を灯せばいいのね よし、ぱぱっと終わらせて…えっ? な、なな何言ってるの!?だだ誰が結婚なんて…! 真っ赤になりながらも点灯へ 願い事は特にない…と思っていたけど、火が灯る様子に見入っていたら浮かんだ ベリアル化したママ、それに襲われて命を落としたパパ 二人の魂が救われますように そして、願わくばそれを成すのは私達でありますように それから…これは別に願い事じゃないから言うけど い、嫌じゃ、ないわ… あ、雪ね!寒いし、部屋に戻りましょう 照れ隠しのようにそそくさと背を向けて 寒いのに…顔は熱いわ |
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出番の1時間前くらいに部屋に到着 手順を確認し合って準備しながら話す 私、毎年、クリスマスの時期は部屋に籠もっていたので… こう言う行事、初めてです 灯した火はきっと綺麗なのでしょうね クリスが一緒にやってくれるから…とても楽しみにしてて… 火を灯す時の願いは「少しでもいいので記憶が戻りますように」 クリスに初めて会った時の既視感…ずっと気になっていて そんな事を考えていたら声を掛けられ はい、私で良ければ…喜んで 恥ずかしさに火の方へ視線を向けて 雪と火のコントラストが幻想的で見入っていたら頭にツキンと鈍い痛み 火の中 泣いてる幼い私 差し出された手 金の瞳と緑色の髪と でもクリスじゃなくてもっと年嵩の男性で これは……誰? |
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えっと、内緒でお願い事も考えなきゃいけないんでしたっけ。 私はもちろん「来年もグレンと一緒にいられますように」 これしかないですっ! グレン、ずっと火を見てますね…そんなに大事なお願い事なんでしょうか? 蝋燭、沢山灯ってるとすっごく綺麗ですねぇ グレンは何をお願いしたんですか? だって気になるじゃないですかー (グレンって普段からどうしたいのかとか、何を考えてるのか分かりづらいですし。いつもお世話になってる分もし何かお願い事があるなら叶えてあげたいじゃないですか) ケーキ…そういうお願い事もありだったでしょうか… あっ、グレン! 雪ふってきましたよ、雪ー! もー!これだけの雪でいくら私でも転んだりしませんってばー! |
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制服の上からコートを着ていても感じる寒さ 村長宅の一室に通されてお茶を入れて一息つく ベ こちらの寒さはまだ慣れないか ヨ そうですね… でも四季折々の景色がまるで違うのは新鮮ですよ 他愛ない話で暫らく過ごし点火へ ヨナ トーチを預かるも点灯場所が分からずおろおろ 喰人が大きな手で重ねるように握り トーチを持ったままふらふらするなと窘められ謝罪 そのまま引っ張られるように点灯場所へ 祈る行為はあまりしない自分が祈りの為明かりを灯す事に少し不思議な気分 平和な世の中になりますように 漠然とした願い 祈ってから もし世界から神の脅威が無くなれば 私は何をするだろうと詮無い事が頭をよぎり小さく笑う アドリブ歓迎 |
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~ リザルトノベル ~ |
● 少し早めにヘーティア村に到着した『リチェルカーレ・リモージュ』と『シリウス・セイアッド』は、村長に挨拶を終え、待機部屋に向かった。 部屋を満たす暖かな空気にほっと息をついたリチェルカーレは、ガラス張りの窓の外に目を向ける。 「見て、シリウス。冷えてきたし、雪が降るかもしれないわ」 防寒着を脱いだシリウスも、カーテンが左右に分け開かれたガラス窓に視線をやった。 夜闇に沈んだ村は、しかし歩けないほど暗いというわけではない。 村長宅の窓からは村の中心で行われているヘスティアの火の灯りがかすかに見え、質素な家々も玄関先に蝋燭を置き、ささやかな光源としていた。 素朴で美しい村の上には、厚い雪雲がかかっている。道理で冷えるわけだと、シリウスはわずかに目を細くした。 「……雪がそんなに嬉しいか?」 屋外の空気と同じように冷え切っているだろう窓に指先を添え、期待に満ちた眼差しで夜空を見ていたリチェルカーレに問う。 少女は振り返ると、弾んだ声で応じた。 「ええ、すごく。ホワイトクリスマスになったら素敵だもの」 「そうか」 左右で色の違う瞳を輝かせ、頬を上気させるリチェルカーレの、子どもらしい一面にシリウスはほんの少し表情を緩める。 雪が降る瞬間を待つように、窓辺から離れない彼女の隣に、シリウスが立つ。燃え盛る暖炉の火が室内を暖めているため、ここにいても真冬の冷気を感じることはなかった。 「冷たくないか?」 「ええ。シリウスも触ってみて」 不思議と結露もつかない窓に、シリウスもグローブを外した手を触れさせる。冷たくも温かくもなかった。 「どうして冷たくないのかしら?」 首を傾けるリチェルカーレに、分からない、とシリウスは肩をすくめてから、 「雪国特有の、特殊な構造だろうが」 「そうね。寒い冬を乗り越える知恵だわ」 エトワール地区最西部に位置するこの村は、どういうわけか冬になると格別に気温が下がる。並の防寒設備では、たちまち凍えてしまうだろう。 「シリウスは、プレゼント、なにがいい?」 「……プレゼント?」 窓から少女へ、シリウスは視線を移す。リチェルカーレは彼を、笑顔で見上げた。 ゆるりとひとつ瞬いた青年に、少女は柔らかな声で言葉を重ねる。 「クリスマスプレゼントよ。大好きなひとにプレゼントを贈る日だもの」 翡翠の双眸を見開いて、シリウスが息をのみ、固まった。 (大好き……) 何気ないように放たれた一言が、頭の中で反響する。 呆然としたシリウスに、きょとんとしていたリチェルカーレは、一拍遅れて顔を赤くした。 「あ、ち、違うの、ううん、違わないけど」 両手を振ったり指を握ったり開いたりしながら、視線を泳がせる。 ほとんど表情を変えないまま動きをとめていたシリウスは、慌てふためく少女を見て我に返り、静かに息を吐いた。 「シリウスのこと、大好きだけど、あの、ええと……」 うまく言葉を見つけられないリチェルカーレは、上目遣いに青年の表情をうかがう。 心臓がうるさく騒いでいた。なにかを掴みかけていて、でも掴んでしまうのは怖いような、自分でもよく分からない気持ちになる。 困り果てたような顔をしているリチェルカーレに、シリウスは小さく噴き出した。 「ああ、分かっている」 「うぅ……」 熱くなった自身の顔を、左右の手で包んだリチェルカーレの大好きは、家族に対する感情と変わらない。 それでも。 てらいのない好意はくすぐったくて、向けられた笑顔と信頼は眩しかったのだ。 「ありがとう。お前こそ、欲しいものは?」 「ええと、そうね、クリスマスにほしいもの……」 「……誕生日なんだろう?」 クリスマスではなく。 誕生日に欲しいものを、シリウスは聞きたかった。 目を丸くしたリチェルカーレの顔が、さらに赤く染まる。そろそろ頭から湯気でも出そうだった。心臓も破裂しそうだ。 「知っていて、くれたのね」 「ああ。大丈夫か?」 当然だと頷いたシリウスが、今にも倒れそうなリチェルカーレを案じる。少女はどきどきとうるさく鳴る心臓に、重ねた両手のひらをあて、何度か首を上下に振った。 「大丈夫よ。私、とても嬉しくて」 「……そうか」 とろけるようにはにかむ少女を見ていると、シリウスの胸の奥が少しくすぐったくなる。リチェルカーレは暖かな空気を吸い、吐き出した。 「シリウスがくれるなら、なんでも嬉しいわ」 花のような笑顔とともに発せられた答えに、シリウスは苦笑する。 なんでもいい、が実は一番、ハードルが高いのだ。 本当になにを渡しても喜んでくれる、ということが分かっているからこそ、難易度はさらに跳ね上がる。 考え始めたシリウスを、リチェルカーレはにこにこと見つめていた。汗が出そうなほど上昇していた体温も、大きく脈打っていた心臓も、ようやく落ち着き始めている。 不意に、控えめなノックの音が部屋に響いた。 「リチェルカーレ様、シリウス様。点火のお時間です」 「はい。……行きましょう、シリウス」 「ああ」 思考はひとまず脇に置くことにして、シリウスが浅く頷く。リチェルカーレは微笑みを深くした。 春のように暖かい部屋を出て、ひやりと感じた廊下の冷気など、極寒の屋外に比べればなんでもなかったのだと、リチェルカーレは思い知った。 ちらりと隣に視線を向ける。シリウスも同じ寒さを味わっているはずなのに、全身を震わせ身を縮める気配はまるでなかった。もちろん、表情の変化もない。 「寒くないの?」 「寒い。リチェ、風邪をひかないように」 「シリウスもね」 早く終わらせて、部屋に戻って、しっかり暖まってから教団に戻ろう。 頬が切れそうなほど冷たい風に首を竦めながら、リチェルカーレは胸に誓った。 しかしトーチを受けとり、ヘスティアの火の会場を前にすると、帰りたいという気持ちが燃えつきる。 「わぁ……!」 感嘆の声が少女の唇からあふれた。 眼前に広がるのは、蜜蝋の蝋燭に点々と灯った火が揺らぐ、幻想的な光景だ。 空から見えれば国章の形になっているのだという、太い蜜蝋の数々は、まだすべてに火がついているわけではない。それでも、現実味を感じられないほど美しい。 冷えた空気には、蜜蝋特有の甘い香りが混ざっている。人々は二人で一本、トーチを持って、火を蝋燭に移していた。 「すごいわ……!」 「ああ」 「全部に火がついたら、もっと綺麗な光景になるんでしょうね」 引きこまれるようにふらりと、リチェルカーレが一歩踏み出す。少女とともに白いトーチを持つシリウスは、その歩みを阻まなかった。 「ここにしましょう」 蝋燭が作る細い道の半ばで、リチェルカーレは足をとめる。真ん中まではまだ距離があった。東西南北で区切るなら、南西の一角だ。 「お願いごとをしてね、シリウス」 蝋燭に点火する際、願いごとを胸の内で唱えること。 それを一年間、誰にも言わなければ叶う。 ヘスティアの火はそういう行事だ。 「願いか」 一瞬だけ思案した様子だったシリウスは、それでも首肯する。リチェルカーレは淡く笑んだ。 二人で、蜜蝋の蝋燭に火を移す。 これから一週間、クリスマスの日まで、人々の願いがこもったこの灯火は消えないのだという。 (わたしの願いは) 目を閉じて、少女は祈った。 (大好きなひとたちが、幸せでありますように) そして。 (……シリウスの笑顔が、たくさん見られますように) 彼に告げた、大好き、という言葉がふわりと浮かぶ。同時に、近ごろは見る機会が少し増えた、シリウスのほのかな笑顔が閃いては消えた。 (来年は、もっと) 強く、少女は願う。 願いごと、と聞いて、胸の奥を探るように考えてみて。 見つかったのは、ひとつだけだった。 (どうか、彼女が傷つくことがないように) 少女の花のような笑みが曇らないように。 閉じていた目を開けると、白いものが視界の端を縦断した。 「シリウス、雪だわ!」 リチェルカーレが歓声を上げる。雪片はひらひらと、地上に落ちてきた。 「綺麗ね」 見惚れるように雪を見ている少女に、シリウスは目を細めて同意する。 ● 村長宅に入った『リコリス・ラディアータ』と『トール・フォルクス』は、屋外に比べ暖かな空気に包まれてほっと息をついた。 一通りの説明を受け、待機場所として用意された部屋に案内される。 外套を脱いでソファの背にかけ、トールは座って窓を見た。村の景観を見せるためか、緞帳のように重いカーテンは開かれたままになっている。 「雪が降りそうだな」 「そうね」 炎が燃える暖炉で冷えた手を温めたリコリスも、浅く頷きながら外套を脱ぐ。彼女がテーブルを挟んだ向かい側に座るのを見つつ、トールは持参した熱い紅茶をいれ、軽食を広げた。 「しっかり食べて、温かいお茶でも飲んで、点火に備えるか」 「ええ。今のうちにしっかり温まっておきましょう」 頬が切れるのではないかと疑うほど、外は冷え切っているのだ。 蜜蝋の蝋燭に点火するため、トーチを使うとはいえ、その程度の火では気休めにもならない。寒さで震え上がりながら行事に参加しなくてすむよう、待機中に暖をとっておきたかった。 「はい、リコ」 「ありがとう」 差し出されたカップを、リコリスは両手で包むように受けとる。じんわりと手のひらに伝わる温もりと、香辛料を利かせた紅茶の香りに心が緩んだ。 「寒いと味の濃いものが食べたくなるよな。まぁ、リコはいつものことか」 「おいしいじゃない」 「うんうん。リコがおいしく食べてくれるならそれでなによりだよ」 揶揄するような口振りにリコリスは半眼になる。トールは肩をすくめながら、冷めてもおいしい食事をつまんだ。 冷えと空腹にさいなまれたくはないので、リコリスも机上の料理に手を伸ばす。紅茶で温まったおなかが、しっかりとした味つけの料理を歓迎しているのが分かった。 「紅茶、なにを入れたの?」 「ん? おいしくないか?」 「おいしいけど。不思議な味がするわ」 「よかった。秘伝のレシピってやつだ」 「へぇ、そう」 教える気はなさそうなトールを上目でちらりとうかがい、リコリスはカップに口をつける。 一瞬だけぴりっとして、鼻から爽やかさが抜けて、最後に程よい甘さがやってきた。不思議な紅茶だ。体が内側からぽかぽかしてくる。 これなら、外に出てもしばらく凍えなくてすみそうだった。 「リコ、願いごとは決めたか?」 「特にないわよ。トールは?」 「内緒」 ヘスティアの火にこめる願いごとは、一年間、誰にも教えてはならない。 リコリスもこのルールは知っているため、追及はしなかった。 (あるのね、願いごと。まぁそうでしょうけど) 辛みの強いソースであえた冬野菜を咀嚼しながら、内心で呟くだけだ。全く気にならないと言えば、嘘になるが。 しばらくとりとめもない話をしたり、二人でぼんやりと窓の外を見つめたりしていると、扉が控えめに叩かれた。 「リコリス様、トール様。点火のお時間です」 「すぐに行くわ」 フォークを置き、手を拭いて紅茶を飲み干し、外套を持ってリコリスは立ち上がる。トールも身支度を整えた。 「ぱっと終わらせるわよ」 「そうだな」 夜の帳が降り、人々が背を丸めるようにして歩く屋外を一瞥して、トールは首を縮める。 空から見れば国章の形に並べられた蜜蝋の蝋燭には、まだほとんど火が灯っていなかった。それでも、招かれた浄化師たちや村人、観光客らの手により、次々と点火が行われていく。 蝋燭の炎が揺らぎ、ほのかに甘い香りを漂わせる。トーチを二人でひとつ持つ人々は、点火の瞬間、真剣な表情になることが多かった。 きっと、胸の内で大切な願いごとを繰り返しているのだ。 「やるか」 「ええ」 体からはどんどん温もりが消えている。冷え切る前に帰ろうと、リコリスはトーチをとりに行っていたトールに頷いた。 繊細な彫細工が施された、細長いトーチを二人で持つ。 「なんだか、結婚式のキャンドルサービスみたいだな……」 「えっ!?」 必然的に距離が近くなったトールが、不意に呟いた。リコリスは勢いよく青年の顔を見る。 「な、なななに言ってるの!? だだ誰が結婚なんて……!」 「いや、言ってみただけだって!」 激しく狼狽するリコリスに、トールは慌てて弁明してから眉尻を下げた。 「……そんなに嫌か?」 トーチを握り締めたリコリスは質問に応じず、蝋燭に向き直った。 「し、仕事するわよ! 点火!」 耳まで赤いのは、蝋燭の照り返しだけが原因ではない。 跳ね上がる心臓にも熱い顔にも気づかないでと、リコリスは揺らぐ炎を切なそうに見るトールに念じた。 深呼吸をひそかに繰り返して、トーチを蝋燭に近づける。蜜蝋の甘い香りが強くなったように感じられた。 (ベリアル化したママ、それに襲われて命を落としたパパ) じっと、リコリスは火を見つめる。 周囲の喧騒も寒さも、口の中に残る紅茶の味も、一瞬だけ遠くなった。 (二人の魂が、救われますように) 願いなんて本当に今の今までなかったけれど。 火が灯るように浮かんできた。 (そして願わくは、それをなすのが私たちでありますように) 幸福に満ちていた過去が刹那だけ脳裏をよぎり、嵐のように激しい情動で柔い部分を傷つけようとする。 リコリスは目を閉じて、それをやりすごした。 (嫌だったかな) ちょっと落ちこみながら、青年はトーチを握る。 ぽつぽつと蝋燭が灯っているとはいえ、他に光源はない暗がりの中だ。髪に隠れたリコリスの顔色は、よく分からない。 少女に知られないよう、トールは胸のもやをため息に変えて吐き出し、気持ちを切り替えた。 (一年間、ってことは、願いが叶うのは早くても一年後) 誰にも言ってはいけない願いごと。 誰にも言わなければ叶う、という伝承。 (一年経てば、リコもひとつ大人になる) 願っているのか、単に眼前の幻想的な光景に見惚れているのか、微動だにしない少女に視線を向けた。 (そうしたら、今より進展を望んでもいいのかな……) トーチの火が蝋燭に移る。 二人の願いを受けた灯火が、かすかな風に身を揺らがせた。 「……これは、別に願いごとじゃないから言うけど」 独り言のようなリコリスの声で、トールは我に返って瞬く。少女は青年を見ないまま、絞り出すように続けた。 「い、嫌じゃ、ないわ……っ」 「……え?」 「点火終わったわね、トーチを返しに行きましょう。あ、雪ね! 寒いし部屋に戻りましょう!」 矢継ぎ早に言ったリコリスがそそくさと背を向ける。 トーチをひとりで持ったまましばらく呆けていたトールは、慌てて少女を追いかけた。途中で係の村娘に儀式用の白い点火具を返しておく。 そのころには、リコリスはもうトールと大きく距離をとり、村長宅の玄関扉を開いていた。 「リコ、ちょっと待って。嫌いじゃないって、さっきの、えっ?」 「なんでもないわ!」 「いやいや、待って待って!」 空から舞い落ちてくる雪片と、地上に灯った蝋燭の火という幻想的な光景に感嘆している余裕などない。 照れと恥ずかしさでリコリスは頭から湯気が出る思いだった。 一方トールは思いがけない返事に驚きと動揺が収まらない。高鳴る鼓動はうるさいほどだ。 一足先に待機部屋に戻ったリコリスが、少し乱暴に外套をとって暖炉のそばに屈む。 赤々と燃える炎が紅潮しきった頬を隠してくれることを願ったのだが、顔の熱さが余計に増してしまい、喉の奥でうなった。 トールは部屋の外で少し気を落ち着けてから、中に入る。 「リコ」 「なにっ?」 気を抜くと緩みそうになる顔に精一杯、力を入れて、青年はリコリスが使用していたカップに香辛料を利かせた特製の紅茶を注いだ。 「冷えただろ?」 「……そうね。いただくわ」 騒がしい胸を互いに隠しながら、向かいあって席に着く。 すました顔で紅茶を飲むリコリスを盗み見ながら、トールは内心でこぶしを握っていた。 (これはもしかして、一年を待たずに叶うかもしれない) 「……なに?」 「いや、あ、ほら、雪、綺麗だな」 「そうね。蝋燭、大丈夫かしら」 「そんなに降らないといいけどな」 会話の終わりに、視線が交わる。 まだ気恥ずかしくて、二人は同時に目をそらした。 ● 一時間前に村長宅に到着した『アリシア・ムーンライト』と『クリストフ・フォンシラー』は、村長への挨拶を終え、待機部屋で手順の確認を始めた。 「ここでトーチを受けとって……」 「点火場所、どうする? どこでもいいそうだけど」 「そうですね……」 村長宅の使用人に用意してもらったお茶を飲みながら、アリシアは地図を見下ろす。 蜜蝋がどういった形に並べられているのか、大雑把に記したものだ。実際、蜜蝋を並べる際におおよその設計図として使用されたらしい。細かな指示は村長が、近くの民家の屋根から飛ばしていたのだとか。 点火は着々と行われているため、どこに火がついているのかまではヘスティアの火の会場に行かない限り分からない。 「できるだけ、火が少ないところは……、どうでしょう……?」 「いいんじゃないかな。ひとつでも火が灯っていたら、あとのひとたちも点火しやすいかも」 「はい……」 「この一角だけ真っ暗、なんて寂しいしね」 最終的にはすべての蝋燭に火が灯り、クリスマスまで燃え続けるとはいえ。 そこに至るまでの過程も、美しい方がいい。 他にも相談事をしているうちに、時間になってしまった。扉が控えめに叩かれ、お茶を持ってきてくれた使用人の女性の声が廊下からする。 「アリシア様、クリストフ様。点火のお時間です」 「はい。……一時間って、思ったより短かったね」 「もうそんな時間なんですね……」 カップに残っていたお茶を飲み干したアリシアが、外出の用意を整える。クリストフは暖炉の火が燃え盛る、暖かな部屋を名残惜しく見回した。 「外、寒いよね」 「今日は……、殊更に、冷えますね……」 「もともと、ここは気温が下がりやすい地域らしいけどねぇ」 肩をすくめたクリストフも、外に出る準備を終える。アリシアは雪が降り出しそうな外を見て、期待とも憂いともつかない表情を微かに浮かべた。 トーチを受けとり、ヘスティアの火の会場に足を踏み入れる。 同じ任務を受けた浄化師たちや、観光客、村の者たちが、思い思いの場所に火を灯したり、散策するように歩いたりしている姿が見えた。 光源となっているのは、並べられた蜜蝋の蝋燭に点々と灯るはかなげな火だけだ。素朴な民家の門前にも蝋燭が置かれているが、蜜蝋の火の前ではかすむ。 「綺麗ですね……!」 震えるほどの寒さに身を縮めていたアリシアが、わずかに表情を輝かせた。期待以上に幻想的な光景に、クリストフは満足気に頷く。 「冬の夜の冷たい空気と蝋燭って、けっこうあうね」 「はい……」 (自分で火を灯したら、きっともっと、綺麗に見えるのでしょうね) 感嘆の息をつきながら、アリシアは人々の願いがこもった火の数々を見つめる。 「アリシア、クリスマスって毎年、どうしてる?」 「毎年、この時期は部屋にこもっていました……。ですので、こういう行事も、初めてです」 「そうなんだ」 なんでもない風を装いながら、クリストフは胸の内で手ごたえを感じていた。今夜中に、アリシアのクリスマスの予定を聞いておきたかったのだ。 今のところ、問題はなさそうだった。 「火、どこに灯そうか」 「えっと……」 二人で白いトーチを持ちながら、できるだけ火が少ない場所を探す。やがて、比較的暗い一角を見つけた。 「願いごと、忘れないようにね。アリシア」 「大丈夫です……」 口の端を上げて、アリシアがほんのかすかに笑む。クリストフは彼女の表情を、目を細めて見ていた。 繊細な彫刻が施された白いトーチを、二人で蝋燭に近づける。 (本当に、素敵な光景……) 今日のこの指令を、アリシアは楽しみにしていた。クリストフと一緒に、願いをこめて火を灯す、というのがなんとも素晴らしく思えたのだ。 願いごとも、決めていた。 (少しでもいいので、記憶が戻りますように) 出会ったときに抱いた、クリストフへの既視感。十歳以前の記憶がないアリシアは、それをずっと気にかけていた。 きちんと思い出して、向きあいたい。だから、どうか。 願いの火を灯す。蜜蝋の、ほのかに甘い香りが鼻先をくすぐった。 (願いらしい願いって、ないけど) それでもひとつ、クリスマスの日まで燃え続けるというこの蝋燭の火に、こめていいのなら。 (アリシアが危険な目にも、悲しい目にもあわないように) それをなすのはクリストフの役目だ、という自負はある。しかし、祈っておくのもいいだろう。 (このあとは……。早く部屋に戻らないと、アリシアが風邪をひくかな。途中でクリスマスの予定を聞いて。戻ったら、教団に帰る時間までのんびりしよう。お茶の用意をお願いして) ちらりとアリシアを確認する。彼女はなにかを必死に願っているようだった。 内容が少し気になったが、ヘスティアの火にこめた願いは一年間、誰にも教えてはならない。それさえ守れば、一年後に願いが叶うといわれている。 (なんて、ただの言い伝えだろうけど) こんなにも懸命なのだから、アリシアの願いが叶いますようにと、クリストフは目を伏せた。 吹いた風の冷たさに、アリシアは身を小さくする。クリストフは小さく笑んだ。 「戻ろうか」 「そうですね……」 トーチを返しに向かう途中で、そうだ、とクリストフが声を上げた。 「アリシア、クリスマスはあいてるかな? よかったら、俺と出かけないか?」 喪失した記憶について考えていたアリシアは、ゆっくりと瞬いて彼を見る。向けられた言葉を咀嚼し、のみこんだ。クリストフは静かに返事を待ってくれている。 「……はい。私でよければ……、喜んで……」 じわじわとこみあげてきた恥ずかしさと嬉しさをごまかすため、アリシアは右手に広がる蜜蝋の群れに視線を向けた。クリストフはにこりと笑みを浮かべる。 「よかった。どこに行こうか……、あ」 「雪……」 ひらひらと、雪が舞い降ってきた。アリシアは思わず足をとめ、クリストフも立ちどまる。 「火が……」 「消えるほど降らないのかな。どうなんだろうね」 ヘスティアの火が消えてしまわないよう、村では策を練ってあるのだろうが、二人はそこまで知らされていない。 「でも……、いっそう、幻想的ですね……」 「そうだね」 揺らめく火に、白い雪。蜜蝋の甘い香りと、一瞬で消える霧のような呼気、人々の話し声。 寒ささえも、この一瞬を彩るためにあるような――。 (いた……っ) つきん、とした鈍い痛みがアリシアの頭を走る。 急速に全身の感覚が消え、眼前の光景が遠くなった。 それに代わり、別の景色が見えてくる。 火の中。 泣いている幼いアリシア。 差し出された手。 金色の瞳、緑色の髪。――クリストフに似ていて、でも彼ではない。もっと年嵩の、男性。 (あなたは……、誰?) 声が出ない。問いたいのに問えない。手を伸ばしたいのに体が動かない。 目まぐるしく移り変わる眼前の情景に、現在のアリシアは介入できなかった。 「アリシア!」 アリシアの双眸に精気が戻る。クリストフはほっと息をついた。 急に様子がおかしくなった彼女の肩を片手で掴み、何度か呼びかけたのだが、見開いた目でじっと見つめてくるばかりで、一切の反応がなかったのだ。 「クリス……?」 「そうだよ。もしかして、なにか思い出した?」 「あ……。私、火の中で……」 緩やかに、アリシアの呼吸が乱れていく。血の流れさえとめてしまいそうな寒さの中で、彼女は額に薄く汗を浮かべていた。 片手でトーチを持ったクリストフは、逆の手でアリシアを抱き寄せる。 「大丈夫、大丈夫だ、アリシア」 失われていた記憶が断片的に戻っているらしい。混乱するのも無理はない。 「俺がついてる」 縋るようにクリストフの胸元を握っていたアリシアの指先から、徐々に力が抜けていく。呼吸も穏やかなものに変わっていった。 落ち着いたアリシアは、自身がどういう状況にいるのか、自覚して目を回しそうになる。 (え、これ、どういう……!?) もう平気だが、それを伝えればクリストフは離れてしまうだろう。それはひどく惜しい気がして、アリシアはしばらく葛藤していた。 ● 村長宅でしばらく休み、暖をとった『ニーナ・ルアルディ』と『グレン・カーヴェル』は、トーチを受けとって点火場所を探していた。 「どこにしましょう」 「どこでもいいんじゃねぇか?」 「そんなことありません。七夕だって、笹の一番上に短冊を吊るした方が、願いが叶うというじゃありませんか」 そうだったか、とグレンは内心で首を傾ける。そんなことはなかった気がする。ニーナが高いところに吊るしたがるだけだ。 そしてたいてい、なんらかの被害がグレンの身に降りかかるのだった。 「えっと、内緒でお願いごとも考えなきゃいけないんでしたっけ」 「口に出すなよ」 「分かってますよ! ちなみにグレンはもう決めたんですか?」 「さぁな」 「教えてくれてもいいじゃないですか、あ、教えないでください!」 「どっちだよ」 「うー、内緒にしなきゃいけません!」 ヘスティアの火にこめる願いごとを叶えるには、一年間、それを秘密にしておかなくてはならない。気になるが聞いてはいけない、というもどかしさにニーナはうなった。 「で? どこにするんだ?」 「うーん。やっぱり真ん中のあたりがいいんでしょうか?」 国章の形に蜜蝋が並べられた会場には、先に到着していた浄化師たちや村人、観光客らの手により、ぽつぽつと蝋燭の火が灯されている。 全員、思い思いの場所に点火したらしく、火がまばらに見えるところもあれば、密集しているようなところもあった。 中央部も、そこに至るまでの細い道の左右にも、火がついた蝋燭が点在している。 「服、燃やすぞ」 「燃やしませんよ!」 うっかり外套の裾を火に近づけてしまいそうなニーナに、グレンが淡々と指摘する。少女は頬を膨らませた。 「決めました。真ん中にしましょう。ほら、あそこあいてますよ」 「そうだな、端にするぞ」 嫌な予感を覚えたグレンは、トーチを片手にさっさと歩き出す。外套が燃えるか、それ以上のなにかが起こりそうな予感がするので、真ん中には行きたくなかった。 「私の話、聞いていました?」 「置いて行くぞ」 「待ってくださいよー!」 小走りで追いかけてきたニーナは、端でもいいと妥協することにしたのか、グレンがひとりで持つトーチに手を伸ばす。 「それ、持ちますよ?」 「いい」 「軽いと聞きましたし、私も持ってみたいです」 「あとで持つことになる」 ニーナにトーチを持たせたらどうなるか。考えただけでも、これまでの経験が頭痛を生む。 不服そうなニーナがまたなにか言い始める前に、グレンは足をとめた。 「このあたりでいいだろ」 「むぅ……。そうですね」 「真ん中に行こうとするな」 「鋭いですね。さすがグレンです!」 足をとめたと思ったら、直後に中央に続く細い道を歩き出そうとした少女を呼びとめる。ニーナは振り返り、満面の笑みを浮かべた。 身を裂きそうなほど寒い夜でも、元気いっぱいの主人の姿に、グレンは小さく息をつく。 「ほら、さっさと終わらせるぞ」 「はい!」 彼女が持ちやすいよう、グレンはトーチの位置を調節する。ニーナは白い点火具に手を添えてから、表面の繊細な彫細工を指で撫でた。 「見事ですねぇ」 「そうだな」 ひとしきり驚嘆したニーナが、トーチを持ち直す。 「では、点火です!」 凍えているようだった蜜蝋の蝋燭のひとつに、火を近づける。 (願いごとねぇ) 一応、ないわけではない。 ちらりとニーナを見下ろす。少女は目をつむり、なにかを願っていた。 (一年後に明かされるか?) それとも、帰り道あたりでうっかり聞いてしまうだろうか。 ないとは言い切れない可能性を考慮し、重大な願いじゃなければいいとグレンは思う。叶わない、と落ちこむニーナはあまり見たくなかった。 (俺の願いは、無病息災ってとこか) ありふれており、しかし重要な願いだ。 (これからも、なにひとつ変わることなく) いろいろなことがあるだろうが、それでも。 じっと火を見つめて、グレンは願う。 (願いごとは決まっています。これしかないですっ!) 晴れ渡る空のように青い双眸をきらめかせていたニーナは、強く目を閉じて願った。 (来年もグレンと一緒にいられますように) ぱっと目蓋を上げる。隣を盗み見ると、グレンは火を見ていた。しばらく間をおいて、再び盗み見ても、瞬きさえしていないのではと疑うほど視線が動いていない。 (……そんなに大事なお願いごとなんでしょうか?) とても気になる。 しかし、それをニーナに告げればグレンの願いは叶わなくなる。 (でも……) もしも、彼の願いがニーナの手で叶えられるものなら。 (言ってもいいじゃないですか。それにグレンって、普段からどうしたいのかとか、なに考えてるのかとか、分かりづらいですし) たいていのことを表に出してしまうニーナに対して、グレンは秘めてしまう部分が多い。従者、という家系と身分ゆえのことでもあるのだろう。 (でも、いつもお世話になってますし。お願いごとがあるなら、私が) 表情から読みとれたりしないだろうか。 穴が開きそうなほど彼の顔を凝視していると、視線に気づいたグレンがゆるりと瞬き、ニーナを見た。 「なんだ」 「あ、いえ」 火はすでに移っているため、グレンはトーチの先端を蜜蝋から離す。さり気なくニーナの手からも点火具を遠ざけた。 「ちゃんと願いごとはできたか? 点火に夢中になって、忘れてねーだろうな」 「大丈夫です。しっかりお願いしました!」 「そうか」 背中の方で結んだ手を、ニーナはせわしなく組み替える。グレンはまた、火が灯った蝋燭に目をやっていた。 身を切り裂きそうなほど冷たい夜の空気に、甘い蜜蝋の香りがほのかに混じっている。 「蝋燭って、たくさん灯ってると、すっごく綺麗ですねぇ」 「ああ」 「……グレンはなにをお願いしたんですか?」 夜空のような瞳が、呆れたように少女を見下ろした。 「馬鹿。願いごとは内緒にしないといけないって、ついさっきお前が言ったばかりだろうが」 「そうですけど。だって気になるじゃないですかー」 (うっかり口を滑らせたり、してくれないですよね) 困ったことに優秀な従者なのだ。ニーナ自身が言ってしまうことはあっても、恐らく逆はない。 (まぁいいです) そのうち分かるかもしれない。分かったときは、全身全霊で助力する。 ひそかに決意を固めるニーナに、グレンはかすかに笑んだ。 「お前はアレだろ、限定物のケーキを山ほど食いたいとか、色気のない願いごとだろ?」 「ケーキ……!」 衝撃を受けたようにニーナが固まった。 「そういうお願いもありだったでしょうか……」 「……いや、自分から降っておいてなんだが、お前的にアリなのか、それ……」 真剣に悩み始めた少女に、頬を引きつらせたグレンの声は届かない。 不意に、二人の視界の端に白いものが映った。ニーナがぱっと空を見上げる。 「あっ、グレン! 雪降ってきましたよ、雪ー!」 「雪か……。寒くはないか?」 「平気です!」 白い息を吐き出す姿はなんとも寒そうだったが、ニーナは舞い落ちる雪片を手のひらで受けとめるため、上機嫌で右に左に動き始める。 「あんまりはしゃぎすぎて、滑って転ぶんじゃねーぞ」 「もー! これだけの雪でいくら私でも転んだりしませんってばー!」 「そっちに行きすぎるな、燃える」 「燃えませんー!」 動きにあわせてひらひら揺れる外套の裾と、今にも足をもつれさせそうな主人を案じつつ、グレンは肩をすくめた。 「程よいところで切り上げて、部屋に戻るからな」 「はーい」 返事を寄越しつつも、雪に夢中のニーナが転ぶのが早いか、走り回って疲れるのが早いか。 「グレン、蝋燭の火が消えたりしませんか?」 「しないだろ、たぶん」 「そうですか」 安心したように笑ったニーナが、また雪を追いかけて駆け出す。その姿を見守りながら、さて、とグレンはわずかに目を細めた。 実は、ニーナの願いごとを先読みして、ケーキの手配をすませてある。 (今からあいつの反応が楽しみだ) 歓声を上げる主人を想像し、自然と緩んだ口許をそっと隠した。 ● 外套をまとっていても、歯の根が噛みあわなくなってくるほどに寒い。 色の白い肌をさらに白くしながら、玄関で簡単な説明を受けた『ヨナ・ミューエ』は、どこか頼りない足どりで村長宅の待機部屋にたどり着いた。 その背を『ベルトルド・レーヴェ』が心配そうに見守る。 「こちらの寒さはまだ慣れないか」 「そうですね……。でも、四季折々の景色がまるで違うのは、新鮮ですよ」 唇を紫色に染めたヨナが、外套を脱いでソファに座る。 暖炉の火が燃え盛る個室は、玄関よりも暖かかった。今にも雪が降りそうな屋外とは比べるまでもない。天と地ほども違う。 徐々に精気をとり戻していく彼女を扉の前で見ていたベルトルドは、廊下を通りすぎようとしていた使用人の女性に声をかけ、お茶の用意を頼んだ。 「まだしばらく時間がある。ゆっくりするといい」 「はい。ベルトルドさんもくつろいでいてください」 「そうだな。……ああ、きたか。早かったな」 とんとんと扉が控えめに叩かれる。ベルトルドは少女が運んできたティーセットを受けとり、礼を言ってから扉を閉めた。 「ありがとうございます」 「ああ、内側からも暖まっておくといい。また外に出ることになるからな」 「……そうですね」 氷像になりかねない寒さを思い出し、ヨナが複雑な表情を浮かべる。地域柄に加え、今日は特にひどく冷える夜であるようだった。 「ふぅ」 ベルトルドがポットからカップに注いでくれたお茶をひと口飲み、ヨナは一息つく。固まっていた全身の筋肉が、熱されることで解れていくようだった。 彼女の対面に座ったベルトルドも、熱いお茶を吹き冷まして飲む。 「願いごとは決まったか?」 「ええ、まぁ。ベルトルドさんは?」 「俺も、まぁ」 じっとヨナはベルトルドの表情をうかがう。読みとれないだろうかと試みたのだが、さすがに無理がある。 「一年後、教えてくださいね」 「大した願いじゃない」 「私もです」 「……分かった。一年後に発表しあおう」 じゃあいいです、とは言わなかったヨナにベルトルドが折れた。 その様子を見てゆるりと瞬いたヨナが、小さく咳払いをする。心持ち言いづらそうに告白した。 「嘘をつきました。実はまだ決まっていません」 「願いごとか?」 「はい。あまり願ったり祈ったりしたことがないもので」 カップを両手で包みこみ、少し前まで感覚を失うほど冷えていた指先を温めながら、ヨナは淡々と告げる。青の双眸がベルトルドを映した。 「そういった経験は、多い方ですか?」 「いや。誰かと比べたことがないから確かではないが。それでも、たまには祈るし、たまには願う」 今回の、ヘスティアの火にこめる願いも、決めている。 「そうですか」 難問に直面したような表情で、ヨナは半分ほど減ったお茶の水面を見下ろした。ベルトルドは皿に盛られた焼き菓子をつまむ。 「難しく考えることはない。願いなんてなんでもいいだろう」 「秘密にしていたら、一年後には叶うといわれているんですよ」 「ただの伝承だ」 「分かっていますが」 「ならば、叶っても問題ないことを願えばいい」 個人のことでなくとも。漠然としたことでも。 「まぁ、無理に願うこともないだろう。そうしなければならない行事ではないのだ」 「蜜蝋の蝋燭に火を灯す、というのが主ですからね」 「指令としては、点火と警護だ」 「物騒な事件は起こりそうにありませんが」 それでも浄化師が配されるのは、念のためだ。人が集まればそれだけ、騒動が起こる可能性が増えるという懸念からだろう。 ヨナが真剣に悩み、ベルトルドが夜闇に包まれた窓の外を眺めていると、再び扉が叩かれた。 「ヨナ様、ベルトルド様。点火のお時間です」 「はい。……行きましょうか」 「手短に終わらせて戻るぞ」 外套をしっかり着たヨナが、重々しく頷く。 係の村娘から、火がついた白いトーチを受けとる。 国章の形に並べられた蜜蝋の蝋燭に、他の浄化師たちや村人、観光客たちが次々と火を灯していく。甘い香りが、きんと冷えた冬の夜の空気に混ざっていた。 「さ、寒い」 ぽつぽつと灯る蝋燭の火も、はかなく揺れるトーチの火も、暖をとるにはあまりに頼りない。早速冷え始めたヨナは、右へ左へと行き来する。 早く点火して暖かい部屋に戻りたいのだが、どの蝋燭に火をつければいいのか、分からない。 気がつけば、隣にいたはずのベルトルドがいなくなっていた。 「あれ? ベルトルドさん?」 「トーチを持ったままふらふらするな」 「すみません」 人ごみの中から抜け出してきたベルトルドにたしなめられ、ヨナは謝罪する。首を縮めたのは単に寒かったからだ。 「こっちだ」 トーチを持つヨナの手を握り、ベルトルドは歩き出す。間もなく、まだほとんど火がついていない蜜蝋の群れが見えてきた。 そのうちのひとつに、二人で並んで立つ。 ヨナの手を強く握ったままだったことに気づいたベルトルドは、さり気なく離して、トーチに添え直した。 「ベルトルドさんの手、温かいですね」 「そうか」 ぼんやりと蝋燭を見つめるヨナの横顔をちらりと見てから、ベルトルドはトーチに視線を落とす。 彫細工が美しい白くて細長い点火具に、ヨナと自分の手が添えられている。比べて見ると一回りは大きさが違った。 「点火、しましょうか」 「ああ。早く戻ろう」 このままでは、ヨナが凍りついてしまいそうだ。 (大した反応はなかったな) 蝋燭にトーチの火を移しながら、ベルトルドは内心で苦笑する。 気にしていないのか。それとも慣れたのか。あるいは人目が少ないからか。 (多少は配慮すべきか……。不毛か?) 違うなと、すぐに結論を下した。 (今さら、か) 息は吐いたそばから白くなる。 思考を打ち切り、ベルトルドは目を伏せて胸の内で願った。 (心身健全、無病息災であるように) 浄化師にとって、健康な心と体は必須の条件だ。戦闘だろうと雑用だろうと、この二つがなければ満足にこなせない。 これからも浄化師であるために、ベルトルドは願う。 (祈りや願い、ですか) ちらりと隣を見ると、ベルトルドは目を伏せていた。きっと揺らぐ蝋燭に願いをくべているのだろう。 (私は……、そうですね) 焦点を絞ったものでなくてもいいのなら。誰かのための願いであっていいのなら。 (平和な世の中になりますように) 自分なりに強く願ってから、ふと気がついた。 (もし、世界から神の脅威がなくなれば) きっと浄化師という存在の必要性は希薄になっていく。完全になくなる、ということはないかもしれないが、数は減るだろうし、教団を去ろうとする者も現れるかもしれない。 (私は、なにをするでしょう) なにを、どうするのか。 それでも浄化師であろうとするのか。 別のなにかを目指すのか。 詮なきことを考える。そんな自分に、小さな笑いが漏れ出た。 トーチの先端を蝋燭から遠ざける。二人が願いをこめて灯した火が、はかなく揺らいだ。 「人々の祈りの数だけ、命の歌が聞こえるような。そんな光景だな」 「……詩人みたいですね」 瞬きさえ忘れて灯火に見惚れていたヨナは、緩慢に目蓋を上下させてから、ベルトルドを見上げた。黒豹の獣人は、緑の瞳で彼女を見下ろす。 「似合わないか」 淡泊な声音にわずかな切なさが混じっている気がして、ヨナは慌てて首を左右に振った。 「あ、いえ、素敵な言葉だと思います」 「……そうか」 「はい」 力強く頷いてから、眼前の光景に視線を戻す。 ひらりと、夜空の果てから純白が舞い落ちてきた。 「寒いはずだ」 「今夜は雪でしたか」 灯る蝋燭、舞い散る雪。 幻想的な光景を、ヨナは言葉もなく眺める。 「戻るか」 「いえ、もう少し……、っくしゅ!」 彼女が小刻みに震えているのを見てとったベルトルドが提案した。赤面し、思ったより冷えていたことを自覚した彼女を、それ見たことかと男は見下ろす。 「……戻りましょうか」 「また来年、くればいい」 「そうですね」 後ろ髪を引かれながら、ヨナは身を翻す。トーチの火に気をつけながら、ベルトルドもその場をあとにした。
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*** 活躍者 *** |
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