~ プロローグ ~ |
ミズガルズ地方の北に位置し、一年を通して、国土全体に雪氷が覆う国、樹氷群ノルウェンディ。 |
~ 解説 ~ |
◆場所 |
~ ゲームマスターより ~ |
今回のエピソードはまったり仲を深めることが目的となります。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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料理教室: まさか捌くところから始めるんですか!? 魚なら捌いたことはありますが、トナカイ…私に捌けるでしょうか …一瞬本気になりました 驚かされたお返しに、料理に少し多めのスパイスを仕掛けておきます 一口分ですが刺激強めです。どんな顔をするでしょうか? え、平気なんですか!? そんなに喜ばれてはお返しにはならないのですが… 警備 こっちが本題ですからしっかりやりましょう 牧場のご主人の努力の結晶に危害を加えられないようにしないと 地図で侵入者が出そうな場所を確認し、警備に向かいましょう 飾りですか?私は何も あぁ雪の結晶ですね いえイザークさんも充分頑張って…では、先ほどの料理教団に戻ったらまた作りますね |
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目的 牧場主さんの安心のためトナカイの見回りをする。 トゥーネ観光する。 行動 ・トナカイの見回り まず牧場主さんに聞き込み。 トナカイは普段どんなふうに過ごしているのかとか移動ルート、周辺の地理等。 聞き込みを元にトナカイのいそうな所を回り、トナカイや周囲の様子を観察。 できればトナカイそりの操縦を習ってみたい。(シルシィ、動物好きLv2) 帰ってきたら牧場主さんに報告。 ・トナカイ料理教室 料理教室に参加。主にマリオスが。(料理 Lv 1) シルシィは補助。鍋の見張りとか? できればお弁当になりそうな料理を作らせてもらえると。 他に温かい飲み物も水筒に準備。 その後、星空を見るのにいい場所を教えてもらって出かける。 |
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トナカイを1頭借り、それに乗って各群れを回る。(乗馬使用) 嬢ちゃんはそりにでも……何?二人乗り? 確かにそりより柔軟に動けるだろうが、しっかり掴まってろよ。 (いい体してやがる……じゃなくて、こんな密着してくるとは、どういう風の吹き回しだ) 捕食者はどこから来るか?わからん。正直、警戒はこいつら(トナカイ)任せだ。俺達の何倍も鋭くて速いだろうからな。俺達は来た時に戦えばいい。 何だ、血に飢えてるのか? 勝利なら十分してるだろう。今までの指令の大部分は勝ってると言っていいはずだ。まさか全戦全勝じゃなきゃ嫌なんて言わないだろうな。 (トナカイの上では振り返らず) 生活に追い立てられりゃいい。傷が塞がるまで。 |
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~ リザルトノベル ~ |
●君へのご褒美 『鈴理・あおい』と『イザーク・デューラー』が牧場に到着したのは、やっと日の傾き始めた昼下がりのことだった。 トナカイの肉を使用した料理教室に興味を抱いた二人は、そこで交代までの時間を過ごすため、会場となる食堂『となかいのもり』へ足を運んだ。 空は快晴。一面の銀世界が、降り注ぐ陽光を受けてきらきらと輝いている。 指示された通りの道を歩くこと数分、煙突からもくもくと煙を吐き出す一際大きな建物が見えた。丸太を積み上げて作られた屋根が特徴的な木造建築は、とてもノスタルジックな様子だ。 「こちらのようですね。トナカイ料理……いったいどんな味なんでしょう」 「ふむ。……あおい、見てごらん」 イザークの視線の先では、トナカイが二頭、繋がれている。 「立派なトナカイ達だな……これは料理教室で捌くのは大変そうだな」 神妙な面持ちで呟いたイザークに、あおいは思わずぎょっとした。 「まさか捌くところから始めるんですか!?」 「そりゃあ料理教室だから、新鮮な肉を用意するところから始めるんじゃないか?」 「魚なら捌いたことはありますが、トナカイ……私に捌けるでしょうか」 顎に手をやって真剣に考え込み始めたあおいを見たイザークが、思わず吹き出すようにして笑う。 イザークとしては軽い冗談のつもりだったのだ。 (揶揄われてしまったようですね……!) 彼の思惑に気づいて、取り繕うように咳払いをする。 「……一瞬本気になりました」 あおいは腕の中の人形――マヤを少し強く抱きしめてから、少し厳めしい面を作って見せる。 イザークがそれを見てまた小さく笑って、二人、食堂の入り口へ向かって歩き出した。 カウンターキッチン型の厨房には、あおいとイザークを含め、6人ほどが集まっていた。 大きな作業テーブルの上には、大きな肉の塊と新鮮な野菜、卵に小麦粉――ありとあらゆる食材が並べられている。 「さあさあよく来てくれたねえ! 今回はトナカイのをメインに作っていくよ!」 生徒を前にした女将が威勢よく言って、シンプルなエプロンを手渡してくれる。 基本的に個人作業となり、その様子を見ながら女将が指導するシステムだという。 簡単なレシピが提示されて、一通りの説明を受けた生徒は、それぞれの下準備のために散っていった。 「イザークさんも調理に参加するんですか?」 エプロンを結びながらあおいが問うと、イザークが静かに首を横に振った。 「俺は料理はあまりしないからな……とはいえただ待っているのも味気ない。皆が作業しやすいように、準備や片づけを手伝うことにしよう」 「わかりました。では、色々とよろしくお願いします」 「ああ」 あおいは包丁を手に取ると、きっちり分量を量りながら、調理を進めていく。 (――几帳面な彼女らしい手さばきだな) 使用済みの調理器具を拭っていたイザークは、そんなことを思って、無意識のうちに微笑みを浮かべた。 「ええと、次は玉ねぎでソースを……」 「……えい!」 隣で調理をしていた同じ年ごろの女性が、トレイに大量の塩をぶちまける。驚いて思わず手を止めたあおいは、そっと彼女の様子をうかがった。 「あの、大丈夫ですか?」 困惑した表情の女性の手元を覗き込むと、トナカイの肉をコーティングした小麦粉がだまになって凝固している。あおいと視線が交差したイザークも、食器を置いて歩み寄って来た。 「何かあったのか?」 「あ、……驚かせてしまってすみません。実は料理が苦手で……おおさじ、ってこれで合ってました?」 「そ、そうですね……あ」 そう語りながら、女性はどこから取り出したのか、木製のおたまを掲げた。あおいは面食らった後に、自分の手元にあった計量スプーンを示す。 「これが大さじ、これが小さじです。ですから、それだとすごくしょっぱいんじゃないかなと……」 「そうだな。……というかこれは砂糖じゃないか?」 「えっあれっ間違えちゃった! これが大さじ……なるほど……あ、あはは……」 「あおい、一緒に調理したらいいんじゃないか?」 イザークの言葉に、女性が期待を滲ませた目で2人を見比べた。 「その、私に力添えできることがあれば、喜んで」 あおいが微笑すると、女性は「ありがとうございます!」と頭を下げた。 それから滞りなく作業が進んでいく。 具材の味をととのえる段階になって、あおいはぴん、と閃いた。 (先ほど驚かされたお返しに、イザークさんの料理に少し多めのスパイスを仕掛けておきましょう。一口分ですが刺激強めです。どんな顔をするでしょうか?) 幸いイザークは別の方向を見ている。反応が楽しみだ、とあおいは心の中で笑った。 ノルウェンディの名産、トロール・ブルーを使用した美しい食器に、トナカイのソテーと季節の野菜が添えられ、ベリーの利いたソースをかける。さながらコース料理のメインディッシュのような見た目だが、イザークのものにだけスパイスを効かせてある。 「さて、どんな味がするのやら……」 あおいの向かいに座ったイザークが、切り分けた肉を口に放り込んだ。 「……いかがでしょう?」 「……うん、美味しい。ほどよい刺激がちょうどいい」 「え、平気なんですか!?」 素っ頓狂な声をあげたあおいを訝しげに見つめながら、イザークは平然とした様子で食事を続ける。 見る見るうちに空いていく皿を見て、あおいは苦笑した。 (そんなに喜ばれては仕返しにはならないのですが……) そんな言葉を胸に秘めながら、濃厚なトナカイ肉と、美しいトロール・ブルー、そして和やかなひとときを堪能したのだった。 室内と一転――外では身も心も凍り付かせるような夜寒が待ち構えていた 降り注ぐような満点の星空の下、二人の視線はトナカイの群れを追っている。 牧場主から地図を受け取り、侵入者の出やすい箇所を中心に警戒することにした結果、予定していた地点に気まぐれなトナカイたちがやってきたのだった。 「牧場のご主人の努力の結晶に危害を加えられないようにしないと」 そう気負うあおいをの横で、イザークは何となく空を仰いだ。 (彼女は星空も見ず、真面目に警備をして――ん?) ふとあおいを見やったイザークは、きょとんと目を丸くした。 高く結い上げられた彼女の髪に、その白はよく映えて見えた。 「……ああ、あおい、髪飾りがついてる」 「飾りですか? 私は何も――」 「ついてるよ、マヤにも。お揃いだ」 あおいは反射的にマヤを見下ろした。 その帽子の上には、確かに、覚えのない繊細な意匠の飾りが添えられている。 「ああ、雪の結晶ですね」 「そのようだね。警備に出るときに少し降ったから、それかな」 イザークが空を見上げたのにつられて、あおいも天を仰いだ。 星空には雲一つ見当たらず――気づけば、緑色の透き通ったカーテンが、不規則に揺らめいて、幻想的に空を彩っている。 「オーロラだですね……見られるとは限らない、と聞いてましたけど……!」 「これもその髪飾りも、頑張ってるあおいに、誰かからのご褒美かもしれないな」 そう言いながらゆっくり視線を戻すと、至極真面目な表情のあおいと視線が交差した。 「いえ、イザークさんも頑張って……では、本部に戻ったら、先ほどの料理をまた作ります。私からのご褒美ということで」 「それは楽しみだな」 二人は小さく笑いあいながら、去り行くトナカイの群れを、見送ったのだった。 ●トナカイと徒然 急遽、日中の警備を担当するエクソシストとの交代を命じられた『シルシィ・アスティリア』と『マリオス・ロゼッティ』は、朝もやの煙る中、牧場の主人の元を訪れた。 シルシィは間近でトナカイを見るのが楽しみな様子で、幾分か表情が華やいで見える。 「トナカイについてお聞きしてもいいですか。普段どんな生活をしてるのかとか、行動範囲とか」 シルシィがそう訪ねると、牧場主は何かを考えこむそぶりを見せて、大きな地図を広げて見せた。 「そうだなあ、うちは基本的に放牧でな。小高い丘とか森を群れが自由にうろついてる。まあだいたい溜まりそうなとこは見当がついてて、昨日はこの辺りに居たみてえだから、――」 「へえ……本当に広いんですね」 マリオスはそう相槌を打ちながら、目的地と現在地の距離を見て思案した。 (長時間、外で活動することになりそうだけど……シィにどう防寒してもらおうかな。任務とはいえ辛い思いはさせたくないしな) 「……なるほど、ありがとうございます。では、時間が来たらご依頼通り報告に戻ります」 「おお、すまねえなあ! こんな小さなお嬢ちゃんに大変な思いさせたかねえんだが……」 「小さな……いえ、そんな。お気遣いありがとうございます」 静かにそう返したシルシィを見て、マリオスは苦笑した。それに気づいたシルシィが少しだけ不満そうに口を尖らせる。 2人は早速、主人に見送られながら家を出て、凍った大地を踏みしめた。 表には主人の用意したトナカイぞりと御者が待機している。彼らの手を借りながら駆け回り、任務を遂行していくことになっていた。 「では、この地点までよろしくお願いしますね」 「あいよ、任しとけ!」 2人が木製のバスタブ状の簡易そりに乗り込むと、緩やかに景色が動き出す。二人並んで腰を下ろすと、膝や肩が触れ合うほどの広さしかない。 「トナカイたち、何もないといいな……」 「ああ。いざとなったら、僕たちが何とかするまでだけれど」 呟いた2人の不安をかき消すように、明るい日差しが燦燦と降り注いでいた。 一通り周り終えたところで、中継小屋にて休憩をとることになった。シルシィがトナカイの頭をなでてやると、腕にすり寄って甘えたような仕草を見せた。 「……いい子ね」 「シィのことが好きみたいだね」 思わず頬を緩ませた二人のもとに、御者が「おお!」と声を上げて近寄ってくる。 「なんだ、こりゃ珍しい! そいつらなかなか他人にゃあ懐かねえんだがな!」 「彼女は動物が好きなんです。ね、シィ」 「うん」 「そうかあ、それがそいつらにも伝わってんのかもしれねえな!」 豪快に笑った御者は、どすどすとトナカイの背中を叩く。トナカイの方は心なしか迷惑そうな顔をしていた。 そんな姿を見ていたシルシィが、ぽつりと呟くように言う。 「……トナカイぞりって、どうやって操縦するんですか?」 「そうだなあ、手綱をこうやって……うーん説明しづれぇな! ちょっとやってみるか?」 御者の提案に、シルシィが期待に目を瞬かせる。 「いいんですか」 「でも、危険はないんでしょうか?」 「ん? ああ、こいつらも暴れるような真似はしねえよ。ま、ちょっとだけ!」 そう言って御者は二人を御者台に呼び、シルシィに手綱を握らせた。 「こう引っ張ると動き出して」 少し緊張した面差しのシルシィが、マリオスを盗み見る。きらめくブルーの瞳が揺れた。こちらを見守る彼の視線が、ひどく穏やかで、優しかったからだ。 (なんて目でわたしを見るの……) 「……?」 視線に気づいたマリオスが小首を傾げる。 シルシィははっと我に返って、御者の指示に意識を集中し、トナカイぞりを御することに成功したのだった。 本部への帰還は翌日になることが予想され、それまで自由な行動が許されることとなった。 主人の話では、ちょうどこれから、近くの食堂でトナカイ料理の教室が開かれるという。 シルシィは触れ合ってきたトナカイの姿を思い浮かべながら、小さく手を振り返していたマリオスを見上げた。 「……トナカイ料理ってどんな感じ?」 「それは……、行ってみるか?」 金色の瞳を眇めて、マリオスが問う。シルシィは一抹の不安を表情に滲ませた。 「料理……。星も見たいかも」 シルシィの呟きに、マリオスはああ、と思い至って思案した。 (シィは料理が得意じゃないっけ……どちらの要望も叶えてあげたいけれど) 幸い、マリオスは多少料理の腕に覚えがあった。 「シィは見てるだけでもいいんじゃないか? 僕はちょっとやろうかな。それを弁当にして星を見に行くのもいいかもなあ」 星が空に瞬き始めるまで、まだ時間があるのだから。 マリオスの提案を聞いたシルシィは裏に隠された彼の気遣いを察して、小さく頷く。そしてにこりと微笑んだ。 「……ありがとう、マリオス」 調理教室は小規模なものだが、女将の指導が的確だと巷で人気らしい。 女性と見紛うほど繊細な面差しの青年が手際よく料理をするさまは人目を引くようで、ちらちらと同じ生徒の女性が盗み見ているのが分かる。 (……みんな女将さんより、マリオスの方を見てる気がする) シルシィは苦笑を堪えて、彼のアシスタントに徹する。 当のマリオスはそんな視線を露も気にせず、上機嫌で調理を続ける。 今日のメニューは、トナカイのパイ包みだ。冷めても美味しいらしく、持ち運びもしやすい。お弁当にうってつけだ。 細かく刻んだ野菜と、薄切りのトナカイ肉を混ぜてタネを作る。シルシィ好みの味になるよう、スパイスの量は調整している。 手持無沙汰になったシルシィがひょっこり手元を覗き込んでいるのを見ると、つい苦笑してしまった。 (――喜んでくれるといいな。ああ、パイで包むぐらいならシィにも手伝ってもらえるかな) 近づく夜に少しだけ心を弾ませているうちに、いつしか、空は赤く染まり始めていた。 「ふう、この辺りがちょうど良さそうだね。シィ、大丈夫か?」 「うん。……すごい、星が綺麗」 差し伸べられたマリオスの手をとって、シルシィが真っ白い息を吐いた。 夜になったら星が見たい――そう口にした二人に、女将が教えてくれた『秘密の場所』は、小高い丘の上にあった。高い樹木のないその丘は、遠くにそびえる山々の際まで、満天に広がる星空を望むことが出来るのだ。 きらめく星空を眺めながら、二人並んで、柔らかく穢れない雪の上に腰を下ろす。 寒さに身を縮めながら二人寄り添って、料理教室で一緒に作ったお弁当を広げた。女将がくれたスープとお茶を水筒から注ぐと、芳醇な香りと共に湯気が立ち上る。 シルシィがほっと一息ついてそれを口にした瞬間、マリオスが「あ」、と空を指さした。 「シィ、流れ星だ」 「……お願い事はした?」 「あ、間に合わなかった」 そうはにかむ彼の横で、トナカイのパイを一口かじってみる。食べたことのない香ばしさの裏で、心に染み渡るような、どこか懐かしい不思議な味が広がっていく。 「……美味しい……!」 「それはよかった。僕も嬉しいよ」 呟いたシルシィを見て、マリオスは満足げに笑みを深めた。 そんな二人を見守っていたのかもしれない――空で一際大きな星がきらりと瞬いた。 ●声なき慟哭の夜明けは 雪上の表面に残った粉雪が、風にさらわれぶわりと舞い上がる。仕方なく露出させた肌を撫ぜた風は凍てついていた。針で刺したような鋭い痛みが広がると、まるで芯まで凍えてしまうかのような錯覚を覚えさせる。 満天を飾る星空の下――『エフド・ジャーファル』と『ラファエラ・デル・セニオ』は、警備に使うトナカイを調達するため、トナカイぞりの中継小屋を訪ねた。 「トナカイを一頭、貸してくれ。そりはいらない、直に乗らせてもらう」 エフドの言葉を受けた小屋の管理人は、外に繋がれたトナカイたちの様子を見分し始めた。一番利口で足の速いトナカイを選んでくれるという。 そうして、他の個体より頭一つ突き抜けていて、一際大きな体躯を誇るトナカイを渡された。男二人が馬具代わりのものを装着していくさまを、ラファエラは何を言うでもなくじっと見つめていた。 準備が整ったのだろうか、「これでいいだろう」と満足げに頷いたエフドの傍に歩み寄ったラファエラが、彼の腕を小突く。 「トナカイに乗るの? 二人乗りで走れる?」 「ああ。嬢ちゃんはそりにでも……何? 二人乗り?」 エフドが虚を突かれた様子でラファエラを見やった。 彼女ははどこかきまり悪そうに視線を逸らしながら、不遜な面持ちで頷いて口を開く。 「ええ、そりはだめよ。小回りが利かないもの」 「確かにそりより柔軟に動けるだろうが――いいだろう、しっかり捕まってろよ」 「分かってるわよ」 逡巡を見せたエフドが言い放つのを聞いて、ラファエラは胸の内で安堵の息を漏らした。 先にトナカイに跨ったエフドに引き上げられて、彼の後ろを陣取る。 指示通り、彼の身体をきつく抱きしめて、彼がこちらを見ていないのを良いことに、静かに目を伏せた。 (――本当は、しがみつくのに忙しくしていたいのよ。付きまとう屈辱を一時でも誤魔化すために) あの日の汚辱が、口惜しさが、胸の奥底でぶすぶすと燻って消えない。職務に身を投じてなお、思考を、心を苛んでくる。立ち直るには、まだ、時間が必要だった。 「……行くぞ。振り落とされるんじゃねえぞ」 普段と変わらぬ声でエフドが言うと同時に、トナカイが走り出す。 ラファエラは一頭と一人にその身を委ねた。そしてむき出しの心傷が吹きすさぶ風に抉られぬよう、痛みから顔を背けるように、きつく目を閉じて、ただただ、身を固くしていた。 トナカイの影を探し、異常がないか目を光らせて、夜の帳を裂いて駆ける。 冴えた重苦しい空気に取り囲まれて、二人は終始無言だった。 触れ合った場所から生まれる熱。柔らかな感触。何より、どこか危うく頼りなげな態度に、エフドは僅かながら動揺を隠せずにいる。 (いい体してやがる……じゃなくて、こんな密着してくるとは、どういう風の吹き回しだ) 普段の勝気さが和らいで、例えるならば、縋り付くような、甘えるような――弱り切った人間の纏うそれに変化しているような気がした。 まあ、何が原因かは考えるに難くないのだが。 トナカイの静かな足音だけが耳を打つ。 その沈黙を破ったのは、ラファエラだった。 「……トナカイの敵って、どこから来ると思う?」 突然の問いかけに、エフドは少しだけ思案した。 「捕食者はどこから来るか、か? 分からん。正直、警戒はこいつら任せだ」 「何よそれ、無責任にもほどがあるじゃない」 歩みを止めぬトナカイの首筋を撫でまわしたエフドに、ラファエラは思わず口を尖らせた。 エフドは前を向いたまま、苦笑して首を横に振る。 「獣の直感とやらは、俺たちの何倍も鋭いだろうからな。足だって速い。俺たちは、敵が来た時に戦えばいい」 「…………」 ラファエラはばつが悪そうに口を噤んだ。 (分かってるわよ、可能性は低いって。でも……) 戦いに身を投じれば、少しは気分が晴れる気がした。苛立ちと拭い去れないみじめさをやり過ごすため、失ったプライドを取り戻すため、彼女には『敵』が必要だった。 「何だ、血に飢えてるのか?」 エフドの声を聞いて、はっと我に返る。無意識のうちに噛み締めていた唇から、じわりと血が滲んでいた。 「そうね。飢えてるかも。――血じゃなくて勝利に」 そう口にしてから、しまった、と思った。 (まずいわよ、こんなこと言っちゃって。弱ってるの丸出しじゃない) ラファエラのエフドを掴む手が、少しだけ緩んだ気がした。 エフドは少し思案して、言葉を探して、選んで、毅然と、語りかける。 「勝利なら十分してるだろう。今までの指令の大部分は勝ってると言っていいはずだ。まさか全戦全勝じゃなきゃ嫌なんて言わないだろうな」 それが果たして、彼女の望んだ返事なのかは分からない。ただ、事実を告げた。慰めを口にしたところで彼女の鬱屈が取り除かれることはない。そもそも気の利いたことを言えるような舌は持っていないのだ。 ただ、これまでの日々を通して、何となく、彼女の抱える屈辱の重みは、理解できる気がした。 ラファエラは水底であえぐ魚のように、口を開いては閉じるのを繰り返した。彼の言葉は正論だった。世間的な評価を鑑みれば、きっと自分たちを責める者はそう多くはない。 そのうえ、この先、これまで以上の苦難が待ち受けている可能性だってある。そんな状況で、いつまでも過去の失態を引きずり続けるのは、けして利口とは言えないのだろう。 ただ、自分で自分が許せず、この件に折り合いをつける方法が分からない。 それを言葉にするのは躊躇われて――ラファエラは、エフドから見えないのをいいことに、苦し気に表情を歪ませた。 「……次、行きましょ」 握られた手綱の意のままに、トナカイが駆けだす。 絞り出した声が上擦っていたことを、エフドは黙殺した。 トナカイの行動範囲を一通り巡回し終えた。 空は依然として晴れ渡っているにも関わらず、ちらちらと淡雪が舞い始めている。 けれど辺りに敵の影は無く――平穏そのものだった。 ラファエラはエフドの身体に回した腕に、無意識のうちに力を込める。 悔しい。敗北を喫したことで開いた傷は、きっと、勝利を得ることでしか塞がらない。それなのに、今ここに、目に見えた勝利は存在しないのだ。 ラファエラは歯噛みした。 目頭が熱い。視界がぶわりと滲む。湧き上がる感情を、抑えきれない。 「っ――!」 とめどなくあふれ始めた涙が、歪められた彼女の頬を伝い落ちる。 ああ、怒りと悔しさに、この魂ごと焼き焦がされてしまいそうだ。 ラファエラは今にもしゃくりあげそうになるのをぐっと堪えて、押し殺した声で、叫んだ。 「……エフド、あなたは屈辱にどう耐えてるの? 自分がひ弱な能無しとしか思えない時に。成功はすぐ冷めるのに、失敗だけはいつまでも傷むときに」 エフドは一瞬だけ目を剥いて、背後を振り向きそうになるのを堪えた。 初めて、彼女に名を呼ばれた。 彼女は意識していなかったのかもしれない。けれどパートナーとして、年長者として、少しは頼られているのだろうかと――彼女に与えるべき助言を返す。 祖国を追われアークソサエティに流れ着いた後、身を粉にした彼が身につけた知恵の一つを。 「――生活に追い立てられりゃいい。傷が塞がるまで」 か細くすすり泣く声を聞き過ごして、エフドはその背中を存分に貸し与えてやることにする。 遠くの山際がにわかに紫色に染まり始めた。 ――どれだけ苦しみ嘆いた夜にも、朝は、必ず訪れるのだ。
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*** 活躍者 *** |
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該当者なし |
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[3] シルシィ・アスティリア 2019/01/10-22:45
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[2] 鈴理・あおい 2019/01/10-22:36
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