バレンタイン・ショコラティエ
簡単 | すべて
5/8名
バレンタイン・ショコラティエ 情報
担当 狸穴醒 GM
タイプ ショート
ジャンル ハートフル
条件 すべて
難易度 簡単
報酬 ほんの少し
相談期間 4 日
公開日 2019-02-17 00:00:00
出発日 2019-02-24 00:00:00
帰還日 2019-03-06



~ プロローグ ~

●チョコレート職人の災難
 早朝のルネサンス地区、商業地域。
 しゃれた店舗が立ち並ぶエリアだ。優美な、あるいはシックな建物が、朝焼けに映えて美しい。
 しかし。
「いででででででででででででででっ!!」
 まったくもって相応しくない絶叫が、通りに響き渡ったのだった。

「パパ!? どうしたのよ!」
 若い女性が階段を駆け下りてきて、作業場へ駆け込んだ。
 独特の甘い香りが濃密に漂う。
 作業台の上には、ずらりと並んだチョコレート。丸や四角、白に茶に黒。どれも繊細な飾りつけが施されている。
「パパ!」
 そこで彼女が見たものは。
「シ、シモーナ……助けてくれ、立ち上がれん」
 つぶれたカエル――もとい、白い調理服姿の中年男性が、腰を押さえて苦しむ姿であった。

「もうっ! だから人を雇おうって言ったじゃない!」
 シモーナ・ヴァッレは怒っていた。
 父親のマリオ、少々体重オーバー気味の彼を助け起こすのが大変だったから――ではない。
「無理しすぎなのよ! 全部の商品を自分で作るなんて、無茶を通り越してただのワガママだわ!」
「す、すまん……だけど、今日の分の商品は作りきったんだよ」
 シモーナは眉を吊り上げる。
「それで!? 営業はどうするつもり!? 今日は1年で一番混む日なのよ、わかってるわよね!?
 いつもの人数じゃ足りないってさんざん言ってたのに、パパまで動けないなんて冗談じゃないわ!」
「ううっ……」
 マリオ・ヴァッレは娘の剣幕に頭を抱える。
 それに構わず、シモーナは両手を自分の腰に当てて胸をそびやかした。
「とにかく、手伝ってくれる人を増やさなくちゃならないわ。どうにかして探すから、パパは休んでて」
「だけど、まだホットチョコレートの仕込みが」
「休・ん・で・て!!」
「……はい」



●バレンタイン・デイ
 ――アルバイト急募!! 本日1日のみ 資格・経験不問
 詳しくはショコラティエ『ルチアーノ』まで――

 あなたとパートナーは、必死さが伺えるその張り紙を見たのかもしれない。
 もしくはたまたま、店の前を通りかかったのかもしれない。
 そうでなければ店の評判を聞いて、わざわざやってきたのかも。

 ルネサンス地区にあるショコラティエ『ルチアーノ』は、煉瓦造りの小さな店だ。
 表通りから少し入った場所にあるため超人気店というわけではないが、古くからの住人に好まれている。
 売りは多彩なボンボンショコラ。クリームやナッツ、果物、お酒が入っているものもある。どれも味は折り紙付き。
 落ち着いた内装のカフェスペースもあるから、チョコレートをお茶請けにのんびりするのもいい。

 だが今日は、この小さなショコラティエも混雑すること間違いなしだ。
 なにしろバレンタイン・デイなのだ。
 バレンタインといえば、親しい友達や好意を寄せる人、そして恋人に、思いを込めてチョコレートと手紙を贈るのが習わし。
 復興の進んだ近頃では商業的にも盛り上がりを見せ、チョコレート以外の贈り物を売り込む傾向もあるようだが……

 今日はバレンタイン・デイ。
 あなたは、どう過ごしますか?


~ 解説 ~

■目的
・ショコラティエ『ルチアーノ』で臨時のバイトをする。
 または
・ショコラティエ『ルチアーノ』のお客さんになって楽しく過ごす。

■現地情報
○ショコラティエ『ルチアーノ』

教皇国家アークソサエティのルネサンス地区にある古いショコラティエ。
ラグナロク後、国の復興と共に発展してきた歴史あるお店です。

入り口正面に、タブレット(板チョコ)やボンボンショコラ、ケーキなどが並んだ展示台と売り場。
チョコレートの種類は多いですが、ケーキはチョコレートに絡むものしかありません。

左手にはカフェスペースがあり、チョコレートやケーキを食べていくこともできます。
飲み物は珈琲や紅茶。ホットチョコレートも人気メニューです。

店主は創業者の孫、マリオ・ヴァッレ。ちょび髭をはやしたおじさんです。
現在はぎっくり腰を悪化させて奥で唸っています。

■依頼人
○シモーナ・ヴァッレ
マリオの一人娘。20歳。
勉強熱心で、珈琲とホットチョコレートを淹れるのがとても上手です。
少々口が悪いのと、パニックになりやすいのが玉に瑕。
キッチンは任せておいて大丈夫ですが、人手が増えれば喜びます。

他に、キッチンスタッフが1名とフロアスタッフが2名います。
ただし本日は、かなりの混雑が予想されます。この人数で捌き切るのは難しいでしょう。

■特記事項
バイトしてくれる方には制服が貸与されます。
女性はミモレ丈のワンピースにエプロン、ホワイトブリム(メイドさんが頭につけているアレです)。
男性はシャツとスラックスにエプロン。
いずれもチョコレートを思わせる茶色をベースにしています。


~ ゲームマスターより ~

大変ご無沙汰しております。マミアナサトルでございます。
本業がやっと落ち着きましたので、戻ってまいりました。

陰惨なエピソードもまた出したいですが、まずはリハビリを兼ねて季節ものを。
チョコレート香るお店で、バレンタインの1日をお過ごしくださいませ。

バイトでヴァッレ父娘を助けていただいてもよし、カフェスペースでデートするもよし、贈り物を探すもよし。
パートナーさんと別行動でも構いません。
いつもと違うウェイトレス、ウェイター姿のパートナーを、ニヤニヤ眺めるのも楽しいかもしれませんよ。

では、どうぞよしなに。





◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇

トウマル・ウツギ グラナーダ・リラ
男性 / 人間 / 断罪者 男性 / 生成 / 陰陽師
◆トウマル(バイト)

イベントの季節って限定商品出るだろ
それ狙いで来たら「急募」の文字の必死さ加減に
どうせ暇だしとバイト応募
接客向かねぇしキッチン希望

しかし甘い匂いの充満するなか作業とか
わりと地獄では(食欲的な意味で)
終わったら少しは食いてぇもんだ

仕事はシモーナ嬢のフォローでいいのか
片付け、運搬、指示あれば何でも。
調理の覚えも多少はあるから
混ぜたり流し込んだり商品作りも手伝えると思う

トラブル対応も出来るだけ請け負いたい
あー、大丈夫大丈夫、こっちでやっとく
アンタは作業に集中しててくれってな感じに

そういやグラは結局店来るのかね
働くの向いてなさすぎて放置してきたが。
俺の分のチョコ購入頼んどけばよかった
鈴理・あおい イザーク・デューラー
女性 / 人間 / 人形遣い 男性 / 生成 / 魔性憑き
人手が必要なんですね、行きましょうイザークさん(即決)

キッチン担当
他の人と協力して作業

事前
ケーキの種類や材料を確認し、メモをイザークさんへ
「これ…お酒や材料を簡単にですけどまとめてます。子供が口にできないものもあるかもしれないので」

イザークさんは人当たりがし、広く周りをみてますよね
え?眉間ですか…す、すみません

広く見るのは得意ではないですが、細かい所なら自分もチェックできるはず
出来上がりを予測して、カップのセットや皿洗いを行う
雑用はこちらでしますので、シモーナさんは飲み物を作る作業に集中してください
あれこれしてもらうよりパニックにならずにすむかも

在庫や備品が無くなりそうな時はイザークさんへ依頼
シルシィ・アスティリア マリオス・ロゼッティ
女性 / 人間 / 陰陽師 男性 / 人間 / 断罪者
目的
ショコラティエ『ルチアーノ』で臨時のバイトをする。

行動
二人ともフロアスタッフをします。
経験は無いですが、フォローし合ってなんとか…。

開店前に『ルチアーノ』のフロアスタッフさんにお願いして必要なことを教えてもらいます。
仕事の手順とか、使う物の場所、商品の名前と簡単な説明、値段等々?

覚えるのに(仕事にも)ペンとメモ帳使用。
シルシィは記憶1Lvも。

最初は難しくない部分をさせてもらいます。
慣れてきたら他のことも。

後で、マリオさんにアライブスキルの天恩天賜Ⅱを使用。
ちょっとでも腰が良くなったりは…?
それよりは自分たちの疲労回復に必要…?

それから『ルチアーノ』のボンボンショコラを買って帰りたいです。
エリィ・ブロッサム レイ・アクトリス
女性 / 人間 / 狂信者 男性 / エレメンツ / 占星術師
ぎっくり腰、通称『魔女の一撃』
…別にワタシのせいではないのデスガ、何故か申し訳ない気するのデス
なので、微力ながらお手伝いしマス!

店員さんやったことないデスガ、大丈夫デース!
暗記と計算は得意ですシ、セリフもばっちりデス!
こういう衣装の時は「おかえりなさいませ、ご主人様」というのデショウ?
そうなのデスカ?

フロア担当
料理は自信ないので、接客をがんばりマス!
(最初はレジ以外は下手だが、慣れれば人並み

バレンタイン、恐るべし…デス(訳:疲れた
そもそもワタシも疲労回復のため糖分摂取にきたはずなのデスガ(ぶつぶつ
(ご褒美をもらって)さすがです、レイさん!
やはり疲れた時には甘いモノが一番デース(にこにこ
ヴォルフラム・マカミ カグヤ・ミツルギ
男性 / ライカンスロープ / 拷問官 女性 / 人間 / 陰陽師
早朝
必死な張り紙を見て来店
料理や菓子作りはできるけど、素人だし無難にフロアで接客
パートナー?あぁ…うん、黙ってきちゃった
伝言残して来たけど、彼女社交性ないから…
それに…カグちゃんのウェイトレス姿、他人に見られたくないし
「まぁ、接客なら任せて!」

珈琲と紅茶はフロア担当が用意するでいいのかな?
本当に今日一日だけで大丈夫?とか言ってたら
「カグちゃん?」
入り口にぼうっと立ってるパートナー発見
「うん、仕事してるの」
とりあえずカフェスペースにご案内

娘さんに
「紅茶とザッハトルテ1人分、僕のお給金から天引きしてくれる?」
と伝えて、カグちゃんの席へ持っていく
「はい、僕のおごり」
ウインク一つして他の客の所へ行くよ


~ リザルトノベル ~

●その日
 バレンタイン・デイ。
 親しい友人、大切な人、そして恋人へ、日頃の想いを込めてチョコレートを贈る日。
 それはきっと、甘く幸せな日――けれどサービスを享受するには、その提供者も必要なのが世の常で。

 教皇国家アークソサエティのルネサンス地区に、早春の夕日が沈む。
 バレンタインの一日が終わる頃。
 ショコラティエ『ルチアーノ』の店頭では、10人のエクソシストが、疲労困憊の様相であった。

「バレンタイン、恐るべし、デス……」

 天井を仰いだ『エリィ・ブロッサム』の言葉が、彼らの心境を的確に表していた。



●急募
 ――アルバイト急募!! 本日1日のみ 資格・経験不問
 詳しくはショコラティエ『ルチアーノ』まで――

 その日の早朝、ルネサンス地区の商店街の何箇所かに掲示された張り紙。
 誰でもいいと言わんばかりの内容に加え、文字も走り書きで、明らかな必死さが伺えた。

 張り紙を眺めて、何やら思案する青年がひとり。
「ふうん……?」
 左右で色の違う瞳がきらりと光った。
(やったことはないけど……もしかして僕も役に立てそう、かな)
 彼、『ヴォルフラム・マカミ』は、黒狼の尻尾を揺らしてその場を歩き去る。



 同じ張り紙を見た者は、他にもいた。
「……なんだか大変そう、なの、ね?」
 小さく背伸びをして、『シルシィ・アスティリア』がぽつりと言う。
「急に欠員でも出たんだろうけど……バレンタイン・デイ当日に、か……」
 シルシィのパートナー、『マリオス・ロゼッティ』は、たおやかな容貌に憂いを滲ませた。
 今日はバレンタイン・デイ。贈り物を求めてくる人は多いはずで、店員が足りないショコラティエの運命が心配になる。
「店員さん、見つかるといいけどな」
「そうね、見つかると……」
 マリオスは張り紙の店名を確認し、わずかに眉を上げた。
「『ルチアーノ』か……」
「マリオス、お店知ってるの?」
「聞いたことはある気がする。確かボンボンショコラが売りだとか……」
 シルシィの大きな青い瞳に興味の色が宿る。
「ボンボンショコラ、おいしそう……」
 マリオスはそっと口元を綻ばせた。
「とりあえず、行ってみるか? そういえば、カフェもあるらしいし」
「カフェ……」



 ルネサンス地区の表通りを一本入った、閑静な通り。
 煉瓦造りのクラシックな外観をした店が、ショコラティエ『ルチアーノ』である。
 その店頭にも、バイト急募の張り紙が貼られていた。
「人手が必要なんですね、行きましょうイザークさん」
 見るなり即決したのは、『鈴理・あおい』だ。同行していたパートナーに背を向け、開店前の表示が出ているドアを押す。
 からん、と軽いベルの音がして、甘い香りが流れ出てきた。
「ちょっと待ったあおい、そんな急に……」
 置いていかれる格好になったのは、あおいのパートナー、『イザーク・デューラー』。
 堂々とした態度を崩さない彼だが、あおいと一緒のときはそうもいかない。
「……仕方ない」
 あおいが決めてしまったのだ。ならば見届けるしかない。
 イザークは肩をすくめて苦笑すると、あおいの後を追った。



 ――ひとり、ふたり、3人……5人。
 ショコラティエ『ルチアーノ』三代目店主の娘で本日の店主代理シモーナ・ヴァッレは、地獄に光明を見た心持ちだった。
 集まったバイト志望者を数えて、である。
「まさか、こんなに来てくれるなんて! ほんっと助かる!」
「あの、私、未経験なんですけど」
 あおいが言うと、その場に集まった他の4人――イザーク、シルシィ、マリオス、ヴォルフラムも頷く。
「料理や菓子作りはできるけど、店員はやったことないし、素人なんだよね。大丈夫かな?」
 尋ねるのはヴォルフラムだ。
 なお他の4人はパートナーと一緒に来ているのだが、彼だけは1人だった。
「大丈夫! ちゃんと説明するわ。手伝ってほしいのは、まずはフロアの方。ウチは販売の他にカフェもやってて……」
 マリオスはペンを取り出し、メモを取り始めた。シルシィもそれに倣う。
 シモーナの説明を、エクソシストたちは各々の真剣さで聞いている。



「ん? まだ開店前だよな?」
 ドアは閉ざされているが、どこか活気のある店内の様子が通りまで伝わってくる。
 ショコラティエ『ルチアーノ』の前で首をかしげているのは、『トウマル・ウツギ』だ。
「さあ。バレンタイン・デイだから賑わっているだけではないのですか」
 トウマルのパートナー、『グラナーダ・リラ』はあさってを見ながら答えた。
 グラナーダの背にある竜の翼も、いかにも興味なさそうにゆっくり開閉している。
「わざわざ混む時期を狙って、チョコレートの店を訪れなくてもいいでしょうに……」
「イベント時期って限定商品出るだろ? なら行かないわけにいかないだろ」
 気怠げな風貌のトウマルだが、実は食に関しては一家言あるのだ。
 そのとき、急造らしき張り紙がトウマルの目に入った。
「あ、もしかしてコレか?」
 トウマルはしばし腕組みをする。
「……よし。ちょっとバイトしてくるわ」
「は?」
 グラナーダが振り向いたときにはもう、トウマルはドアの中に消えていた。

「どういうことですか……」
 大概慣れてきたものの、パートナーの活動量の多さはグラナーダにはまったく理解不能である。
 と、そこでドアが開いて、トウマルの顔がひょこっと覗いた。
「グラも来るなら来いよなー」
 再びドアが閉まる。
「……」
 グラナーダはしばらくそこに立ち尽くしていた。
 やがて彼はドアに金文字で掘られた営業時間を確認すると、溜息をついて踵を返した。



 一方の『ルチアーノ』店内では、さらにバイト志望者が増えていた。
「なるほど、『魔女の一撃』デスネ!」
 エリィ・ブロッサムがぴっと指を立てる。
 彼女は店主の娘シモーナから、バイトを急募しなければならなくなった事情を聞いていた。
「そうなの。それでパパが動けなくなっちゃって」
「ぎっくり腰ですか……つらいんですよね、アレ……」
 なぜか遠い目をしているエリィのパートナー、『レイ・アクトリス』。
 一見すると王子様然とした若々しい面持ちの彼だが、身に覚えでもあるのか。多くは問うまい。
「別にワタシのせいではないのデスガ、何故か申し訳ない気がするのデス」
 エリィは細い眉を寄せる。
 一部の地域ではぎっくり腰を「魔女の一撃」と言い習わす。大魔術師を目指すエリィには、思うところがあったようだ。
「微力ながらお手伝いしマス!」
「まあ、困っている人を見過ごすわけにはいきませんから」
 勢いよく言うエリィに、レイも同意する。
「ありがとう! 本当に助かるわ!」



●開店!
 ドアの札が「営業中」に変わり、ショコラティエ『ルチアーノ』の1日が始まった。
 開店してしばらくすると、ぽつぽつと客が訪れ始める。

「いらっしゃいませ。お決まりでしたら、お声がけください」
 チョコレート色のスラックス、揃いのボウタイとエプロンに身を包んだイザーク。
 醸し出す威厳、姿勢のよさと相まって、まるでベテランスタッフのようだ。
「わぁ、きれい。どれにしよう……」
「彼、喜んでくれるかな?」
 展示ケースに並ぶのは色とりどりのチョコレートとケーキだ。
 さまざまな形のボンボンショコラや、チョコレートを使ったケーキ、ザッハトルテもある。
「贈り物をお探しでしょうか?」
 イザークの横でにこやかに言うのはレイだ。彼の風貌と人当たりの良さは、実に接客向きといえる。
 レイを見て息を呑む女性客たちにとびっきりの笑顔を向けると、歓声めいた溜息が洩れた。
「こちらのショコラ・オランジュは、少しお酒が強いかもしれません。苦手な方でしたら、こちらのほうが……」
 慣れた様子で説明するイザークだが、実は時折メモに目を落としている。
 各チョコレートやケーキの材料、注意点などを、開店前にあおいがまとめてくれたものだ。
(本当に、よく気がつく)
 イザークは営業スマイルだけではない笑みを、口元に浮かべた。



「負けてられませんネ!」
 男性陣を見て気合を入れ直すのはエリィである。
 店員は初体験だが、暗記と計算は得意だ。ここは本来の能力を十全に発揮したいところ。
「それにワタシ、知っているのデス。こういうとき用のセリフもばっちりデス!」
「……セリフ、とは?」
 首をかしげるレイ。なんとなく嫌な予感がする。
 そこへ軽いベルの音がして、新たな客がやってきた。ここぞとばかりにエリィは言う。いい笑顔で。

「おかえりなさいませ、ご主人様!」

 レイは額を押さえた。
「あれ、違いましタ?」
 二人組の女性客が目を丸くしている。
「こういう衣装のときは、こう言うのが正しいと聞いたのデスが。
 あ、女性のお客様にハ、お嬢様と言わないといけないデス?」
 どこから突っ込んだものかわからない。
 エリィは制服のワンピースにフリルつきのエプロン、頭にはホワイトブリムを着用し、とても可憐だ。
 確かに見ようによってはメイド風にも見えなくはないが……
「レディ……ここはそういう店ではないので、そういうのはいりません」
「そうなのデスか?」

 一通り説明するとエリィは納得してくれたようだが、レイはどっと疲労を感じる。
(というか、どこでそんな知識を仕入れてきたのですか……)
 しかし先の二人客は、そんな彼らを微笑ましいと思ったのか、くすくす笑いながらショーケースを眺めている。
 引かれなくてよかったと、レイはそっと胸を撫でおろした。



「カフェのご利用ですね。何名様ですか?」
 徐々に混み合ってきたカフェスペース。
 テーブル席は埋まり、キッチンに近いカウンターの席もいっぱいになりつつあった。
 バイトの女性陣を視界の端に収め、ヴォルフラムは思う。
(ここの制服、かわいいなあ……)
 といっても見とれたりしているわけではない。
(やっぱりカグちゃん、連れてこなくてよかった。カグちゃんのウェイトレス姿、人に見られたくないもんね)
 彼が思うのはパートナーのこと。
 そこでなにか尋ねたそうにしている客が目に入り、ヴォルフラムはさっと近寄っていく。
 未経験だがこういうのは得意だ。長身でスタイルの良い彼は、制服も颯爽と着こなしている。
「メニューをお持ちしましょうか?」
「飲み物の追加をお願いしたくて……おすすめ、ありますか?」
 ヴォルフラムは輝くような笑顔をつくった。
「でしたら、ホットチョコレートはいかがですか。この時期にはとても人気ですよ」
「じゃあ、それをお願いします」
 かしこまりました、と一礼する仕草もさまになっている。
(ふふっ、接客なら任せてってね)
 新たな注文を伝えに、ヴォルフラムはキッチンへ入った。



「ホットチョコレート2つ、お願いできるかな?」
「はーい、ただいま!」
 答えたシモーナだが、彼女は珈琲のドリッパーに湯を注いでいるところだった。
 鍋と砕いたチョコレートを手に、トウマルがフォローに入る。
「こっちでやっとく。アンタはそっちに集中しててくれ」
「あ、ありがとうっ」
 鍋を火にかけ、トウマルはホットチョコレートの準備を始めた。
 接客は向かないとの自己申告によりキッチン担当となったが、器用な彼は手際よく対処している。
 とはいえトウマルの内心は、少々複雑で。
(……いい匂いしてきたな……もしかしてこれ、割と地獄……)
 そもそも彼はチョコレートを買いに来たのである。甘い匂いが充満するキッチンは誘惑的だった。
 ミルクにチョコレートを溶かし、適切な温度に。カップの準備も万端。
 休みなく手を動かしながらも、容赦なく食欲を刺激される。スタッフがつまみ食いするわけにはいかないが……
(終わったら、少しは食えっかな)



「トウマルさん、こっち洗っときますね」
「ああ、助かる」
 あおいは髪をきりりと結い上げ、キッチンの裏方作業に集中していた。
 視野が広いほうではない自覚はあるが、きっと雑用だって役に立つはずと思う。
(あ、ティースプーンが足りなくなりそう)
 あおいはキッチンを抜け出し、下げられてきた食器を回収に向かった。
 そこでちょうど、フロアから戻ってきたイザークとすれ違う。端正な制服姿に、一瞬どきりとした。
「……あおい」
 と、イザークが自分の眉間を指さしている。
「ここ、ここ。表情が強張ってる」
「あっ……! す、すみません」
「忙しくなってきたのはわかるけど、そういう表情は他の人に伝染するよ」
「そう、ですね。気をつけます」
 あおいは眉間を指先でもみほぐした。ついでに深呼吸を2、3度。
「……イザークさんは人当たりがいいし、周りがよく見えますよね」
 確かにイザークの性質は、このような接客業には向いているといえるだろう。
 可愛げの足りない自分とは違う――とあおいは思ったのだが。
「俺は逆に、あおいが細かいところ見えてるなと思ってるよ」
「……! ありがとうございます」
 あおいの胸の奥が温かくなる。
 イザークは彼女の肩に軽く触れて一瞬だけ微笑を見せ、大股で立ち去った。



●一方そのころ
 『カグヤ・ミツルギ』は、自室で目覚めた。
 猫のように伸びをして、まだぼんやりする頭のまま布団から這い出す。
(ええと……昨夜の記憶がない……)
 サイドテーブルには魔術の研究書が何冊も積み上がり、カグヤ自身のメモが散らかっていた。
(たぶん、ヴォルが連行してくれたんだろう)
 カグヤのパートナーであるヴォルフラムは、契約して以来何かと彼女の世話を焼いてくれるのだ。

 教団寮の廊下へ出ると、顔見知りの職員が話しかけてきた。彼女に伝言があるのだという。
「ヴォルは、出かけた……?」
 どうやら彼は、朝からどこぞへ行っているらしい。カグヤは一人で食事をすることにした。
 食堂へ向かう途中で、華やかな包みを持った他のエクソシストを目にする。
(そういえば……今日は、バレンタイン・デイ……)



●千客万来
 午後になると、ショコラティエ『ルチアーノ』はいよいよ混雑の様相を見せ始めた。

 販売カウンターには列ができ、それをイザークがさばく。
「ご来店順のご案内になります。先にお決まりの方は、お申しつけください」
 イザークは混乱が起きないよう、客の出入りをよく見て動線を誘導する。
 カウンターではレイたちが対応していた。エリィが素早く金額を計算している。
「はい、ボンボンショコラのミニボックス3つですね。ご用意させていただきます」
「こちら20ジュールのお返しになりマス! ありがとうございましタ!」



「ふわ……混んできた……」
 カフェスペースはずっと満席の状態が続いていた。
 少し気後れしつつも、シルシィはトレイを抱えてくるくると立ち働く。
(先に、開いたテーブルを片付けて……向こうのテーブルには、お水……)
 自分でとったメモを確認しながら、ひとつひとつ片付けていく。
 こういう状況ではむしろ慌てず丁寧にやることが、きっと大事。
 テーブルの片付けをしていたら、抱えきれないと思われたカップ類がひょいと持ち上げられる。
「シィ、半分持っていくよ」
「マリオス……ありがとう」
 シルシィと同じくマリオスも未経験だが、彼は手際がいい。家事全般を得意とするからかもしれない。
「……? どうかした?」
 マリオスがじっと見ている気がして、シルシィは問いかけた。
 するとマリオスは、目を細めてふわりと微笑む。
「うん……制服、可愛いなと思って」
「えっ」
「シィのその姿が見られただけで、ここで働くことにして良かったなって思うよ」
 慈しむような口調は少々子供扱いのような気もする……が、褒められたことには変わりない。
 くすぐったい気持ちを感じて、シルシィはほのかに頬を染めた。



 トウマルを置いてどこぞへ姿を消していたグラナーダだが、再びふらりと『ルチアーノ』へやってきていた。
 アークソサエティの風習では、バレンタインの贈り物は男女どちらがしても構わない。
 そのため店内には男性の姿も多いのだが、際立った長身のグラナーダは、人混みから頭ひとつ抜け出している。
(私、浮いてますかね)
 ゆるりと店内を見渡した。トウマルの姿はない。キッチンだろうか。
 販売カウンターの列に並ぶと、思ったよりも進みはスムーズで、グラナーダの順番が巡ってきたのだが――
(そういえば、好き嫌いを把握していませんでした)
 トウマルは健啖である。何でも美味しそうに、大量に食べる。
(仕方ありません、こうなったら)

「全種類ください」

 剛毅な注文だ。『ルチアーノ』のチョコレートの種類は多いし、ケーキもザッハトルテなど数種類はある。
 カウンターに立つレイは一瞬表情を固まらせたが、すぐに営業スマイルに戻った。
「ケーキは1ピースずつでよろしいでしょうか?」
「ホールでお願いします」
 ――彼ならきっと食べます。多分。



 カグヤが『ルチアーノ』にやってきたのは、店内が少し落ち着き始めた頃。
 入り口付近でぼんやりしている彼女を、パートナーのヴォルフラムが目ざとく見つけた。
「カグちゃん?」
「ヴォル……何、して……?」
 カグヤは表情の薄い顔にわずかに驚きを滲ませている。
「うん、仕事してるの」
 ヴォルフラムは端正な顔に笑みを浮かべ、制服の胸元に手を当ててみせた。
「ここで……?」
「ほら、カグちゃん、こっち来て」
 状況をどう理解したらいいのかカグヤが結論を出す前に、ヴォルフラムがさっさと彼女を案内していく。

 気づいたらカフェスペースの1人用テーブルに座らされてしまっていた。
(私は……チョコレートを買いに、来たのだ、けど……)
 カグヤの家事能力は壊滅的である。
 バレンタイン・デイの贈り物をしようと思ったら、しかるべき店で買うしかない。
(……前にヴォルが、ここは良い店だと、言っていたから)
 その店でヴォルフラムが働いている事情はよくわからない。彼のことだから、世話焼きの性質を発揮したのだろうか。
(ヴォルは、黒っぽい服が多いから……違う服着てると、新鮮)
 ウェイターの制服は、ヴォルフラムの精悍な体格によく似合っていた。

「はい、カグちゃん。僕のおごりだよ」
 その言葉と共にテーブルに出されたのは、紅茶とザッハトルテ。
 カグヤが何か言う前に、ヴォルフラムはウィンクひとつ残して去っていく。
 小さく溜息をつく。せっかくだ、ありがたくいただくことにしよう。
「こ、これは……」
 ザッハトルテに、小さなハート型のチョコレートが添えられている。しかも、やけにたくさん。
(このハート……どうしたら……いいだろう……)



●アフター
「ありがとうございました!」
 最後の客が店を出る。

「お……」
 窓から見える空は、すでに茜色。
 店主代理のシモーナは、ドアにかかっている札を「閉店中」にした。
「終わったああああ~」
 誰からともなく、大きく溜息をつく。
「今日は本当に本当にありがとう!」
 シモーナが改めて頭を下げた。
「急なバイトだったのに、皆手際がよくて……すっごく助かったわ!
 その上、パパの腰痛の心配までしてもらっちゃって。この恩は忘れない!」

「皆、おつかれさん」
 トウマルは1日使い込んだ鍋を棚へ戻す。その隣で、あおいが銀のカトラリーを拭いていた。
 もともとの『ルチアーノ』のスタッフたちも、やりきった表情で各々片付けに専念している。
 今日の戦場をすっかりきれいにするところまでが、仕事というものだ。



 トウマルに続いてあおいがキッチンから出ると、イザークが待っていた。
「お疲れ様。おいしいもので糖分補給しよう」
 カフェスペースの隅で、2人して『ルチアーノ』自慢のチョコレートをつまむ。
 売れ残りは少なかったが、今日のお礼にとシモーナから分けてもらっていたのだ。
「そっちの味も気になるな。半分もらえるか?」
 言うなりイザークはチョコレートを取り上げ、ぱきりと2つに割る。
 それからわずかに逡巡し――半分にしたチョコレートを、あおいに差し出した。
(……わ)
 お菓子を分け合う、それだけのこと。そう、それだけだ。
 あおいはチョコレートを受け取り、そっと口に含む。
「あ、中身、ラズベリーですね」
「こっちは珈琲味だな」
 笑みがこぼれた。2人で分け合えば、1人で食べるよりもきっとおいしい。



「……そもそもワタシ、疲労回復のため糖分摂取にきたハズなのデスガ」
「そう言うだろうと思っていました」
 カウンターに突っ伏したエリィ。彼女の前に皿が差し出される。
「コレは……」
「バイト代の一部です。頑張ったレディへの、ご褒美ですよ」
 皿に並んでいるのはもちろん、『ルチアーノ』のチョコレートだ。
「さすがですレイさん! 気が利くのデス!」
 先程まで年頃の女子としてどうなのかという疲労困憊の有様だったエリィだが、途端に満面の笑顔になる。
 チョコレートをつまみ、ひょいと口の中へ。
「んー! やはり疲れたときには、甘いモノが一番デース!」
 その幸せそうな顔を見て、レイも半分呆れたような笑みを浮かべるしかなかった。



 自分たち用のチョコレートを確保したメンバーは多かった。
 シルシィも、ボンボンショコラを包んでもらった。
 過酷な1日だったが、小さなボックスを手にすると嬉しくなった。自分の頑張りが、形になったようで。
「シィ、お疲れ様」
「ふふ……ちょっと、大変だったね。楽しかったけど」
 シルシィを労ったマリオスが、ふと首をかしげた。
「シィは、どうして今日、ここで働きたいって思ったんだ?」
「……困ってるみたいだった、から」
 そう答えたが、その返答はすべてではないような気もした。
(他の仕事が、してみたかったの……かな?)
 エクソシストになるためだけに生きてきたシルシィ。そのことに疑問を持ったことはない。
 1日のアルバイト経験が彼女の今後に、どんな影響をもたらすのか。それはまだ、これからの話。



(……ん?)
 店を出たトウマルは、宵闇の中で待っている背の高い人物に気づいた。
「よぉ、グラ」
「お仕事お疲れ様です、トーマ。では、これを」
 トウマルの前にずいと突き出されたものは――『ルチアーノ』の印章の入った箱だ。
 正確には、箱のタワー。
「……なんだこれ。めっちゃ多いんだけど」
「チョコレートです。ケーキもありますよ。どうせ忙しくて、食べる暇なんかなかったんでしょう?」
「え。嬉しいけど……全部?」
「遠慮は要りません。どうぞ食べてください」
「どう見ても多いよな!? お前も食うの手伝えよ?」
「私は自分用を確保していますので」
「グラ、逃げるな!」



 ショコラティエ『ルチアーノ』の1日は、こうして終わったのだった。


バレンタイン・ショコラティエ
(執筆:狸穴醒 GM)



*** 活躍者 ***


該当者なし




作戦掲示板

[1] エノク・アゼル 2019/02/17-00:00

ここは、本指令の作戦会議などを行う場だ。
まずは、参加する仲間へ挨拶し、コミュニケーションを取るのが良いだろう。  
 

[5] シルシィ・アスティリア 2019/02/23-19:11

シルシィ・アスティリアとマリオス・ロゼッティ。
どうぞ、よろしく。

わたしたちは、フロアのお手伝いするつもり。
わたしは、初めてなんだけど…。  
 

[4] トウマル・ウツギ 2019/02/23-00:42

飴もいいけどチョコもいい。
トウマル・ウツギに、グラナーダ・リラ。よろしくどーぞ。

俺はキッチン手伝いにいこうかと思ってるが、グラはどうすっかな。
リラ:「…………」
いや無言で拒否すんな。その外面活かす機会だろうが。  
 

[3] トウマル・ウツギ 2019/02/23-00:42

 
 

[2] 鈴理・あおい 2019/02/22-22:05

鈴理あおいとパートナーのイザークさんです。
店主さんが大変なんですね、イザークさん手伝いに行きましょう!(ダッシュで店内へ)
お客で来られる方もお店の手伝いの方も皆さんよろしくお願いします

イザーク「予想通りの反応だったな…。確かに放ってはおけないし、俺達はキッチンとフロアに1人づつ入る予定だ。」