~ プロローグ ~ |
奇妙な事が起こっていた。 |
~ 解説 ~ |
【目的】 |
~ ゲームマスターより ~ |
こんにちは。GM・土斑猫です。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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ベリアルと行動を共に…? そんなことができるのかしら でも まずはベリアル退治ね 街へ向かわせる訳にはいかないもの 髪は編んで纏める 魔術真名詠唱 少し青く見えるシリウスの頬に触れ 名を呼ぶ 気をつけて 散会する前に全員に浄化結界 まず魔犬対応 中衛位置から支援と回復 キメラと合流しそうな敵 次に体力のない方と順に鬼門封印 仲間の体力に気を配り 3割を切れば回復 蜘蛛対応の2組も合流次第 回復 それ以外では体力のない敵へ九字で攻撃 魔犬討伐後はキメラに 天恩天嗣2の回復と鬼門封印の回避下げをシアちゃんと協力して 戦闘終了後 女性は確保 どうしてこんなことを? 貴女自身をも危険にさらすことなのに 甘い花の匂いに 不思議そうに周りを見渡す |
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こんなにたくさんのベリアルが… 被害に遭った方はどれだけ苦しく怖かった事でしょう もしまだ生きてる方がいらっしゃれば…と思うのは甘い希望でしょうか… はい、まずは、あれを何とかしないと、ですね… 髪を邪魔にならないように纏め クリスと手を重ね魔術真名を唱え 前衛のお二方の邪魔にならない中衛位置に立ち 鬼門封印でベリアルの回避力を下げたり蠱霧散開で毒を付与しサポートします 味方が傷を負ったときには天恩天賜Ⅱで回復を キメラバーンがケルベレオンと連携を取りそうなら通常攻撃でケルベレオンを攻撃、邪魔をします 少しでも、クリス達が戦いやすいように、サポートします、ね あの女性のあの雰囲気… 彼女はサクリファイスなのでしょうか |
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カタリナったらうっかりさんね こんなに大きな忘れ物をして逝くなんて 長い髪はまとめておいて帽子の中へ 魔術真名唱え前衛へ スケール2を担当 こいつらの連携ってどの程度のものかしら? スケール3の支援に回られたら厄介ね なるべく2だけが固まっている所に突っ込んで、連携をかき回すように立ち回る 攻撃は元気そうな奴を優先的に狙い、消耗させる とどめは他の味方に任せる 哀れなワンちゃん、地獄でご主人様が待ってるわよ! 2を全て倒したら3の方へ 前衛に混ざり戦踏乱舞で支援 魔法陣の位置を探し、その箇所が無防備になるように動く 手などでガードさせないように攻撃させたり 敵を全て倒したら女の捕縛 手荒な真似はしたくないわ、大人しくしてね |
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たいまつ、ランタンを灯りとして持ち込む フォンシラーと二人でスケール3を挟み撃ちにし、好きに動かさないようにする。 フォンシラーが危ない時、敵が連携戦法や俺とフォンシラー以外を狙うなど何かしようとしたらGK6で妨害。攻撃には鎌で受けてGK4で反撃。これで剣を奪えるといいが。 セイアッド達が小物を片付けて合流するまでは時間稼ぎが優先だ。 ラファエラは敵の足を撃って地面に縫い留め(あるいは他のどこかを障害物に縫い留め)、DE3で攻撃する。 とんだ魔性の女だな、色気一つで男は殺せるってか。なら俺も嬢ちゃんに命を握られてるんだろうよ。 あいつがその気になれば、俺を狂わせて破滅させることも十分できるだろうな。 |
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ふむ、ベリアルを操る女か どこかで聞いたような能力だがひとまず危険物の排除が先だな 魔術真名詠唱後、スカルスパイダーの一体(リューイ達が向かったのと別の方)へ向かう 墓石等を利用し敵の攻撃から身を避けながら接近 なるべく後ろに回り込んで狙いを付け【削岩撃】で攻撃 私は命中精度が今ひとつだからな 細かい狙いは付けず、とにかく身体の真ん中へめがけて武器を振り下ろそう スパイダーが片付いたらヴィオラに怪我が無いか確確認し ケルベレオンが残ってればそちらへ応援に 大丈夫そうなら周囲に生存者がいないか確かめながら女の方へ向かおう お前は一体何者だ 何を企んでいる 聞いても答えんだろうとは思うが それなら捕縛させて貰うまでだ |
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>目的 上位のベリアル討伐に当たっているひとたちが、そちらに集中できるよう スケール1や2の討伐と周囲の警戒を 万が一 一般人がいたときの避難誘導と謎の女性の警戒 …3との戦いでも 少しでも役に立てるといいんだけれど 戦闘開始時に魔術真名詠唱 スケール1>2>3の優先順 >リューイ 二コラさんたちと1体ずつ分担 前衛位置 スケール3のいる方角から分断するように 魔力の流れを確認 魔法陣がわかれば飛翔斬で攻撃 自分への攻撃は回避 >セシリア 髪は編み込む リューイから1歩ひいた位置から 牽制と攻撃 足や牙を狙い リューイが攻撃しやすいよう 魔法陣の場所がわかれば ワンダリングワンドで攻撃 スケール1討伐後は2へ合流 戦法は同じ 謎の女性に気を配る |
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~ リザルトノベル ~ |
花の香りが、満ちていた。 深まりゆく、夜の闇。軽い目眩さえ起こす程に濃い、甘花の香り。それらが満ちる死者の褥の入口に、彼らは佇んでいた。 「墓に花は付き物だが、どうにも雅とは言い難いな」 ランタンで闇を照らしながら、『エフド・ジャーファル』はぼやく様に呟いた。 「あら? 舞踏の相手ならいる筈よ。求めて来るのは唇じゃなくて、喉笛だけど」 笑えない冗談を言いながら、『リコリス・ラディアータ』は長い青色の髪を手早くまとめていく。 「何をしてらっしゃるんですか?」 場違いにお茶目なコウモリ帽子。その中に髪をしまい込むリコリスを見て、『ヴィオラ・ペール』は小首を傾げた。そんな彼女をチラリと見ると、リコリスは手を伸ばして灰色の髪をサラリと撫でた。 「ベリアルの中にはね、相手の体毛を食べて力を増すって言う、気色悪い能力持ちがいるのよ。可能性は、潰しておいた方がいいでしょう?」 聞いた女性陣が、非常に嫌そうな顔をする。 「ホントに、気色悪いわね。ほら、お嬢ちゃん。汚されたくなかったら、ちゃんとしといた方が良いみたいよ」 「ですね……」 隣りに立っていた『ラファエラ・デル・セニオ』にそんな言葉と共に頭を撫でられ、『セシリア・ブルー』は素直に髪に指を挿した。 各々が準備を済ませると、皆は墓地の中へと足を踏み入れる。風一つない夜気の中、生けるモノの気配は何一つとしてない。 小さく喉を鳴らすのは、『リューイ・ウィンダリア』。その顔が微かに青ざめて見えるのは、か細く注ぐ月明かりのせいか。それとも、拭う事の構わない死者への畏怖のためか。 「大丈夫か? 坊主」 そんな彼の背中を、『トール・フォルクス』が軽く叩く。 「はい。大丈夫です」 躊躇なく頷く、リューイ。その瞳に宿る意思に心強さを感じながら、トールは言う。 「いいぞ。心は、強く持て。そうでなければ、死に飲まれる。ヤバいと思ったら、迷わずに頼れ。そのための、仲間だからな」 力強い、先達の言葉。リューイはもう一度、『はい』と力強く頷いた。 「ベリアルと行動を共に……? そんな事が、出来るのかしら……?」 漂う花の香の中、不思議そうに周りを見渡す『リチェルカーレ・リモージュ』。注意深くもう一歩を踏み出した時、甘い香りに混じる錆臭い異臭。 見下ろした『アリシア・ムーンライト』が声を漏らす。視線の先には、大きく広がった血溜り。『クリストフ・フォンシラー』が身を屈める。襲われた人達のものだろう。周辺に遺体はない。けれど、この出血量。恐らく、生きてはいない。眉を潜める彼の背後で、アリシアが言う。 「もし、まだ生きてる方がいらっしゃれば……と思うのは、甘い希望でしょうか…?」 可能性は低い。限りなく。それでも、彼女の優しさを無下にはしたくない。 「そうだね、もし生存者がいればアリシアの力があれば助かるかもしれない。だけど……」 眼鏡を軽く直しながら、身を起こすクリストフ。その視線が、墓地の奥を見据える。 「まずは、彼女達の相手が先の様だよ」 彼の言葉に、皆が見た。 些か離れた場所に並び立つ、数本の錆びた十字架。その向こうに、『彼女』は立っていた。 白い薄手のドレス。長く流れる白銀の髪。双眸は髪に隠れて見えないものの、その下に覗く鼻筋や口元は、女性の美貌を違える事なく伝えていた。 「あの方が……?」 呟くリチェルカーレの隣りから、『らしいな……』と、『シリウス・セイアッド』が歩み出る。 「お前は、何者だ? ベリアルを集めて、何をしている?」 静かだが、ハッキリと通る声。届いた筈。けれど、答えはない。代わりの様に、風に揺れた白銀の髪が花の香を散らす。 「まあ、聞いても答えんだろうとは思うが……」 そう言いながら、進み出てシリウスに並ぶ『ニコラ・トロワ』。眼鏡の奥の瞳が、剣呑な光を放つ。 「それなら、捕縛させて貰うまでだ」 反応が、あった。女性の、細く白い顔。それに、笑みが浮く。綺麗な、けれど亀裂の様に歪んだ笑み。そして――。 アハ、アハハハハハ……。 響きだす、笑い声。転がる鈴音の様な。それでいて、呻く病み人の様な。愛らしく、濁った声。 アハハ。アハ、アハハハハ……。 ひたすらに、笑い続ける女性。その様に、ラファエラがヤレヤレと髪をかき上げる。 「話にならないわね。まあ、ベリアルに襲われない時点で、話せる奴かどうかも疑わしいとは思っていたけど……」 そう言いながら、女性に向かって歩き始める。 「おい」 声がけてくる相方に『大丈夫』と返しながら、彼女は進む。 「一応、声くらいはかけてやりましょう。本部までご同行くださいとか、黙秘権がどうとか。もっとも、下手な動きすれば相応の手を使わせてもらうけど」 手の中で、サバトの短弓が舌舐りする様にキシリと軋む。 「さて、貴女は何かしら? ベリアルと組んで、ハニートラップ? ミステリアスねぇ。また、魔女ってオチじゃないでしょうね?」 薄く、笑む。視線は、散らす事なく。 「この墓地、調べてみようかしら。貴女が魔女なら、死後に化けて出て屑どもに報復、とかやってもおかしくないし」 近づく。ゆっくりと。女性は、動じない。ただ、ただ笑うだけ。 「お祓いの仕方は知らないけど、恨み言ぐらいなら聞くわよ。そういうのは、分からないでもないから。運に恵まれたスケベ男って、碌なことしないものね」 交錯する、言の葉と笑い声。交わらない会話が、夜闇を揺らす。 「でも、バカの掃除はこの辺にしときなさい。バレたんなら潮時でしょう。あんまり派手にやって知れ渡ると、寝床まで荒らされそうだし」 そう言って、弓の弦を引いたその時――。 「上!!」 気付いたセシリアが、叫ぶ。同時に、つがえていた矢が空へ向く。 「バレバレなのよ!!」 鋭い音と共に、放たれる矢。落ちて来たのは、異形の影。切っ先が突き刺さるが、微動だにしない。そのまま、ラファエラに向かって落下する。 「チッ!」 舌打ちと共に、飛び退く。響き渡る、鈍い音。立ち込める土煙の中から這い出て来たのは、無数の触手と八本の節足を鳴らす巨大な蜘蛛。素早く戦闘態勢を取ったクリストフが言う。 「ベリアル! スケール1か!!」 「気をつけて!! まだいる筈です!!」 アリシアの言葉に答える様に、白い何かが飛んでくる。反応したのは、ヴィオラ。宙を舞うタロットカード。防御魔術・ペンタクルシールド。展開した魔力の障壁が、粘る糸の束を弾く。 「そこか!」 矢を放つトール。それを、再び吐き出された糸が絡め取る。墓標の向こうから這い出す、もう一匹の大蜘蛛。その腹に、不気味な髑髏の模様を見たニコラが言う。 「スカルスパイダー! 糸には麻痺毒が含まれている筈!! スケール1だからと、油断するな!!」 「それなら!」 リチェルカーレが、浄化結界を起動する。 「皆の毒に対する抵抗力を上げます! 少しは、対応出来る筈!!」 「助かるぜ! 嬢ちゃん……って、うお!?」 驚きの声を上げるエフド。茂みの中から、別の影が飛びかかってきた。咄嗟に掲げたカイトサイズの柄に齧り付いたのは、爬虫類の鱗に三つ頭を持った犬。血の色に濁った眼差しと同色の模様が、その身体を鮮やかに彩る。 「スケール2か!!」 「汚ねぇヨダレ、付けるんじゃねぇ!!」 悪態をつきながら蹴り飛ばそうとしたその時、左右の墓石の影から更に二頭の狂犬が現れた。 「な!?」 驚くエフド。両手が塞がれた上の挟撃。対処が出来ない。 「おい!! ちょっと待て!!」 喚くエフドに、牙が食い込もうとした瞬間。 「調子に乗るんじゃないわよ!!」 「蠱霧散開!!」 高く跳躍したリコリスが、咬み裂こうとした一頭の頭を踏みつける。もう一頭はアリシアが放った蠱毒に中り、目眩でも起こした様にたたらを踏んだ。 「すまん!!」 感謝の声を返しながら、改めて柄を齧る一頭を蹴り飛ばす。痛手を食らった狂犬達が、忌々しげに唸りながら後退した。 「ちょっと! 大丈夫!?」 「ああ。少々油断したがな。しかし……」 「連携してきたわね。そのくらいの知恵は、あるか」 駆け寄ってきたラファエラに、冷や汗を拭いながら答えるエフド。そんな彼の隣で、ステップを踏みながらリコリスが言う。 背を取られない様に、円陣を組む浄化師達。周りを、ベリアル達が隙を伺う様に歩き回る。 「五匹か。面倒な数だな……」 鬱陶しそうに眉を潜めるニコラ。そんな彼と背を合わせながら、シリウスも言う。 「情報にあった、スケール3の姿がない。何処かで、様子を伺っているか」 「奴さん、人並みに知恵があるからな。戦力が分散した所を狙われると、厄介だ」 「何、大物が出てこないのなら、こっちにとっても好機だろう。今のうちに、雑魚を片付けよう」 「それなら、スケール1は僕達が対処します」 トールとエフドの会話に割って入ったのは、リューイ。若い浄化師は、緊張と決意の篭った眼差しで倒すべき相手を見据える。 「出来るかい?」 問うクリストフに、力強く頷く。 「はい。だから、皆さんはスケール2を!」 「なら、私達もお手伝いします」 そう言うのは、ヴィオラ。その横では、ニコラが天瞬を構える。 「抵抗力が上がっているとは言え、奴らの毒糸が厄介な事は変わりない。同時に吐きかけられては万が一もある。手分けして、確実に叩こう」 「ニコラさん、でも……」 「信用していない訳じゃない。単純に、削れるリスクは削りたいだけさ」 「一体は、私達が抑えます。だから、もう一体をお願い」 ニコラ達の言葉に引き締めた表情で『はい』と頷くと、リューイはセシリアに向かって手を差し出す。 「行こう。セラ」 「ええ」 彼と彼女の手が重なる。 「開け! 九つの天を穿つ門!」 響き渡る、魔術真名。滾る魔力を纏い、リューイとセシリアが走る。 大蜘蛛が、迎え撃つ様に糸を吐く。スレスレでかわし、リューイは呟く。 「目の前の敵を、確実に倒す事……」 「ええ。欲張っても仕方がないもの。私たちは私たちの役目を果たしましょう。無茶を、しないようにね。リューイ」 言葉を返しながら、目元をすがめて悪戯っぽく微笑むセシリア。瞬いた後、にこりと笑ってリューイは頷いた。 「頼もしいな……」 「はい。私達も、負けていられません」 ヴィオラの言葉に、ニコラも頷く。 「cooking and science!」 魔術真名、詠唱。斧を掲げ、ニコラは身構える大蜘蛛に告げた。 「時間が惜しい。早々に、沈んでもらうぞ」 大蜘蛛に向かうリューイ達を見て、リコリスが言う。 「向こうは任せて、大丈夫ね」 「つまり、俺達は……」 「あの、犬コロ達の相手って訳ね」 頷き合って、共に矢をつがえるトールとラファエラ。二人の後ろで、リチェルカーレが目を細めた。 「あれを!」 示した先は、唸る狂犬の舌。そこに、淡く光る刻印が一つ。 「魔方陣!」 「随分と、やりづらい場所にあるね」 認めたシリウスとクリストフが、頭を捻る。 「なに、難しい話じゃない。首を飛ばして、頭ごと叩き潰せばいい」 先の事を根に持っているのか、剣呑な言葉を吐くエフド。その後ろで、アリシアが注意を促す。 「何処かに、スケール3もいる筈です。どうか、気を緩めない様に」 「そうね。メインゲストをお迎えするためにも、掃除はしておかないと、ね!」 言葉と共に、走り出すリコリス。視線の先には、牙を向いて襲い来る三頭の姿。 「カタリナったら、うっかりさんね。こんなに大きな忘れ物をして逝くなんて!」 噛みかかる一頭の牙を飛び上がってかわすと、空中で影刃を逆手に構える。 「哀れなワンちゃん、地獄でご主人様が待ってるわよ!」 そのまま、三つの頭の内の一つに突き立てようとしたその時。 ドクン。 「く!?」 シリウスが呻きを上げる。気配が、満ちていた。血臭と凶気を纏った、おぞましい気配。過去の光景を。悲しみを。憎悪を。強く想起させる。意識が遠のく。彼方の記憶にたぐり寄せられる様に。唇を、噛み締める。広がる、鈍い痛みと血の味。それにすがり、揺らぐ意識を立て直す。今は呪縛に囚われる時ではない。対峙すべきはかの時ではなく、この時。そして、見つめるべきは――。 「避けろ!!」 「!?」 放った叫び。リコリスが、咄嗟に身を逸らす。狙っていた狂犬が、悲鳴を上げた。同時に、その背を突き破って伸びてくる一本の刃。それまで彼女の身体があった場所を、貫き通す。 「リコ!!」 叫ぶトール。地面に転がったリコリスが、体勢を立て直しながら『大丈夫』と合図を送る。そんな彼女が見据える先で、地面がボコボコと盛り上がる。 「ギャギゃぎゃッ!! はずレタァアアッ!!」 鼓膜をつんざく様な嬌声。土塊の中から現れたのは異形の人影。山羊の頭に猿の身体。黒い蹄が、足元の少女を踏み潰さんと宙に浮く。 転がり逃れる、リコリス。彼女のいた場所を、巨大な獣脚が踏み砕いた。 「ギャぎゃギゃギゃ!! チョロちょロ、ちょろちょロ、可愛げダァ!!」 もがく同胞を貫いた剣を振り回し、笑う。その額で、真っ赤な魔方陣が目にも鮮やかに輝いた。 「スケール3!!」 飛びずさって距離を取る浄化師達。苦しむ同胞を剣から抜き取りながら、ベリアル・スケール3は彼らを値踏みする様に見回す。 「ギャギャギャギャぎゃ! イイなぁ!! 餌ダよぉ。餌ガイッパイだよぅ。でもォ、男ハ要らないねェ。女ガ、良いネェ。甘くてェ、柔コクテぇ、美味いモノねぇ」 その言葉に、ラファエラが嫌悪も顕に顔を顰める。 「何よ、それ。あんた達が食べるのは、魂でしょ?」 聞いたスケール3が、歪な笑みを浮かべる。 「あア、そうダねぇ。喰ウよゥ。魂ハぁ、喰うよぅ。糧ダモノ。大事なだぁいジなぁ、糧だものォ。デモねぇ……」 赤い舌が、ベロリと口を舐めずる。 「美味いンだモノぉ。肉モぉ血もぉ、トぉってもぉ、美味インだものォお!!」 ゲラゲラと笑う。周りにはべる狂犬が、同意する様に唾液を垂らす。言葉を聞いた皆が、顔を引きつらせた。 「こいつら、血の味を覚えてるのか!?」 「……そいつぁ、愉快なジョークだぜ……」 戦慄するトールとエフドの鼓膜を、鈴音が震わせる。 アハハハハ、アハハ、ハハハハハハ……。 暗闇の中、絶える事なく響く笑い声。 「……流石に、冗談事じゃ済まないわよ……」 かの女性を見つめ、リコリスはギリと歯噛みをした。 スケール3の声は、リューイ達にも聞こえていた。 「……血の味を知る、ベリアル……」 「じゃあ、こいつらも……」 彼らの言葉に答える様に、大蜘蛛がギチギチと牙を鳴らす。 「そんな事をするものが村へ、町へ出たら……。必ず、今ここで倒してしまわないと……」 「その通りだ」 ヴィオラの呟きに頷くと、ニコラがフォンと斧を振るう。 「潰すぞ!! 必ず!!」 「はい!!」 短刀直入を構え、走り出すリューイ。その背後で、セシリアが手の上のクラウド・ディスクを回す。フワリと浮かび上がる、数枚のタロットカード。 「ワンダリングワンド!!」 鋭いエッジを閃かせたカードが宙を走る。リューイを追い越し、向かう標的は大蜘蛛。 蜘蛛が、身を縮める。次の瞬間。ボンと言う音と共に、巨体が跳ね飛んだ。カードの何枚かがその身に刺さるが、意にも介さない。そのまま、八本の脚を広げて襲いかかる。 「うわ!!」 「くっ!!」 咄嗟に伏せる、リューイとセシリア。上を猛スピードで通り過ぎた蜘蛛が、地面を掴んで反転する。同時に吐きかける糸。起き上がる間もなく、転がって回避する。セシリアが放ったカードが、追いすがる蜘蛛を止める。 「速い!!」 「気を抜いては駄目!! 隙を見せれば、囚われる!!」 青息を吐くリューイに、セシリアはそう呼びかけた。 絶え間なく吐きかけられる、糸。それを立ち並ぶ墓標の影に隠れて避けながら、ニコラ達は少しずつ蜘蛛に近づいていく。 「あのスピードは、厄介ですね」 「徘徊性の蜘蛛は、脚力に長ける。毒糸と合わせて、遠中距離はヤツの間合いだ。このまま近づいて、無防備な背後を狙う」 「はい」 ニコラの言葉に頷くと、ヴィオラは飛んできた糸をペンタクルシールドで弾いた。 一方、リコリス達はスケール3、そして狂犬達と対峙していた。 「おい、フォルクス……」 エフドが、隣のトールに呼びかける。 「何だい?」 「あの犬コロ、どれくらいで片付けられる?」 「5分……いや、7分ってトコか?」 「7分か。なかなか、ハードだな」 「……何を考えている?」 トールの問いに、エフドは不敵な笑みを向ける。 「よし。あのイカレ山羊は俺達が抑える。その間に、お前達は犬コロを殺ってくれ」 「何!?」 慌てるトールをそのままに、走り出すエフド。 「奴らに連携組まれるのが、一番面倒なんでな!!」 「そういう事!!」 相方の意図を察していたのだろう。後を追う様に、ラファエラもまた走り出す。 「おい!! 待て!!」 「なるべく早く、来てくれよ!!」 向かってくる二人を見て、スケール3が嬉しそうに顔を歪ませる。振り上げられる、大剣。 「ギャぎゃ!! 君ハ、硬そう。犬ノ餌。女は、柔ソう。僕ガ、喰う!!」 「ほざいてろ!!」 振り抜く、カイトサイズ。鎌と剣が、火花を散らして打ち合った。 「なるほど。妙案だな」 「そうですね」 エフド達の行動を理解したクリストフとアリシア。迷う事なく、前に出る。 「シアちゃん!?」 「待て、クリス!! それなら、俺が!!」 慌てて止めるシリウス達を制して、クリストフは言う。 「シリウス。スケール2は、動きが素早い。命中精度が高い君の方が適任だ。大丈夫。スケール3の危険さは理解している。俺もアリシアも、無茶はしない」 「クリス……」 「じゃあ、頼む!!」 そう言って、走り出すクリストフとアリシア。すれ違う瞬間、アリシアがリチェルカーレに囁く。 「リチェちゃん……。シリウスさんを、助けてあげて……」 「!」 言葉の意味を解し、頷く。そして――。 「月と太陽の合わさる時に!!」 想いを繋ぐ真名が、高らかに響いた。 「迷ってる暇はないわ!! 早くアイツ等を片付けて、援護に行かなくちゃ!!」 「分かった!! 一気に決めるぞ」 差し伸べられたリコリスの手を、トールが握る。 「シリウス!! 私達も!!」 「ああ!!」 リチェルカーレとシリウスも、互いの手を合わせる。 唱えられる、魔術真名。満ちる力を感じながら、リコリスが駆け出す。 「行くわ!! 援護を、お願い!!」 「任せろ!!」 素早く矢をつがえたトールが、狂犬に向かってハイパースナイプを放った。 続いて走り出そうとする、シリウス。その頬を、温かい感触が撫でた。見れば、自分を見つめるリチェルカーレの心配げな眼差し。声が、囁く。 「気を、つけて……」 ほんの、少しの間。微かに血の気が引いた顔が、微笑む。 「大丈夫」 同じ様に想いを込めた言葉を返し、彼は再び走り出す。見れば、二頭の狂犬が互いの身体を交錯させる様に走ってくる。狙いを、定めさせないつもりか。しかし――。 背後から走る、風切り音。飛来した矢が、違う事なく、一頭の三つの頭。その真ん中の眉間を捉える。たまらずよろめく、狂犬。残った一頭が、三つの口で牙を剥く。けれど、それも不可視の力に阻まれる。鬼門封印。シリウスとリコリスの顔に、浮かぶ笑み。 「連携で、私達に勝とうなんて!!」 「叶うと思うな!!」 閃く、三つの剣閃。一つは一頭の魔方陣を貫き、二つは頭ごと切り飛ばす。響く断末魔。縛魂の鎖が微塵と散り、二頭の狂犬が塵に還った。 牙を鳴らした大蜘蛛が、毒糸の塊を幾つも吐きつける。けれど。 「そんな、ワンパターンな攻撃!!」 「いつまでも、通用するとでも!?」 走るリューイが、乱れ飛ぶ糸の間をかいくぐる。瞬く間に肉薄すると、短刀直入を鋭く振り抜く。鈍い手応えと共に、脚に入る傷。忌々しげに牙を軋ませた蜘蛛が、触手を伸ばす。セシリアが放ったカードが、阻む。その間に、リューイは再び距離を取った 先から繰り返されるのは、高度な連携が織り成すヒット&アウェイ。重いとは言い難い、二人の攻撃。けれど、堅実に重ねられるそれは、今や確かなダメージとなって大蜘蛛の動きを鈍らせる。 リューイは思う。動きは封じつつある。ならば、『それ』を見つける事も叶う筈。精神を集中し、魔力の流れを感じ取る。そして――。 「見えた! 魔法陣の位置は、腹部上部! 髑髏の眉間!!」 「了解。攻撃を叩き込みましょう」 止めを穿つべく、二人が身構えたその時。 蜘蛛が、身を屈めた。覚えのあるモーション。もう出来る筈がないと思っていたそれに、初動が遅れる。次の瞬間、蜘蛛が跳躍した。 「うわ!!」 「きゃ!!」 弾むゴム毬の様に、四方八方に飛び回る。その度に脚に刻まれた傷が開き、黄色い体液を流し散らす。けれど、構わない。ベリアルとしての殺戮衝動と捕食本能が、全ての痛みを凌駕する。動きが、掴めない。戸惑うリューイとセシリア。感情のない蜘蛛の顔が、微かに歪む。クワと開いた口が、無数の糸の雨を二人に向かって吐き降らした。 ――セシリアは、幼い外見に反して精神は大人のそれ。如何なる時も、冷静に戦況を見て周りに周知する。今も、そう。敵の動きは速い。このまま粘っても、捕らえる事は出来ない。ならば、どうするか。速いのが駄目なら、止めてしまえばいい。そして、餌に執着する獣を止めるには。 答えは、簡単だった。 セシリアが、その足をピタリと止める。 「セラ!?」 気づいたリューイが、青ざめる。当然、蜘蛛が見逃す筈もない。放つ毒糸。セシリアを捕らえる。倒れるセシリア。狂喜に牙を鳴らし、飛びかかる。あっという間に組み敷かれる、小さな身体。間近に感じる、極上の生命の香り。飢欲のままに、牙を突き立てようとした瞬間――。 「飛翔斬!!」 高く跳躍したリューイが、腹の魔方陣に刃を突き立てた。弾け飛ぶ、縛魂の鎖。セシリアの香りに酔いながら、魔性の蜘蛛は塵へと散じた。 「全く……。いつも言ってるだろう? 無茶はしないでおくれよ……」 膝を突いて息を切らすリューイ。そんな弟分に、セシリアはしれっと返す。 「大丈夫よ」 「何で?」 「貴方が、いるもの」 そう言って、マドールチェの少女は綺麗に微笑んだ。 魔方陣の位置を告げるリューイの声は、その意図通りニコラ達にも届いていた。 「聞こえましたか?」 「ああ。助かる」 ヴィオラの言葉に頷くニコラ。墓標を利用して攻撃を避ける作戦は功を奏し、彼らは大蜘蛛の背後に回り込む事に成功していた。蜘蛛はまだ、気づかない。見失った獲物を探す様に、キョロキョロと辺りを探っている。 「好機だな。仕掛けるぞ」 「はい」 次の瞬間、身を隠していた墓標の裏から飛び出すニコラ。大上段に構えた天瞬を、その重量のままに振り下ろす。削岩撃。岩をも削る威力が、夜気を割って襲いかかる。しかし、蜘蛛とて無力ではない。本能の導か、咄嗟に危険を感じると持ち前の跳躍力で迫る斧刃をかわす。目標を失い、地面を割る斧。大技の反動で動きが止まるニコラに向かって、大蜘蛛が触手を伸ばす。 「させません!!」 すかさずペンタクルシールドを展開するヴィオラ。突きかかる、触手を阻む。苛立たしげに牙を鳴らす蜘蛛。その巨体が、ググッと縮まる。跳躍の前兆。シールドを跳び越え、邪魔なヴィオラを襲う腹積もり。けれど。 「駄目ですよ」 声と共に、舞い上がるカード。一斉に、蜘蛛に向かって殺到する。タロット・ドロー。カードの雨を叩きつけながら、ヴィオラは言う。 「もう少しだけ、いい子にしていてください」 動きを封じられ、後退する蜘蛛。その背後で、黒い影が幽鬼の様に揺らぎ立つ。 掲げられる斧。痩身の拷問官が告げる。 「生憎、私は命中精度が今一つでね」 叩きつけられるカード。蜘蛛は、動けない。 「少々手荒いが、悪く思わないでくれ」 冷徹な言葉の結びと共に、振り下ろされる斧刃。身体ごと両断される魔方陣。哀れな蜘蛛が、己が存在を支える鎖もろとも微塵と散った。 ガキンッ! 「うおっ!?」 振り下ろされた剣をカイトサイズで受けたエフドが、顔をしかめた。凄まじい膂力。支える両手の筋肉が、ミシリと悲鳴を上げる。 「おいおい、冗談じゃないぜ! 何て馬鹿力だ!!」 辛うじて迎エ討チを発動させるが、あまりの負荷に受け流しは不十分。反撃を与える事は叶わない。それでも、何とかスケール3の体勢を崩す事には成功する。 「フォンシラー!! 今だ」 すかさず張り上げる、声。 「怒鳴らなくても、聞こえるよ」 背後に回っていたクリストフが挟み打つ様にブラッド・シーを振り上げる。 「ギャっぎャっ! 甘ァい!!」 嘲る声。 一瞬早く、スケール3が持っていた狂犬を振り回した。その身体が、斬りかかってきたクリストフを弾き飛ばす。 「くそっ!!」 攻撃の不発を悟ったエフドが、間髪入れずにカイトサイズを振り下ろす。しかし、それもまた、突き出された狂犬の身体に食い込んで止められる。 「ぎゃギゃギャっ!! 馬ァ鹿!!」 嬌声と共に蹴り上がった蹄が、鳩尾を強打する。たまらずに転がる、エフド。 「ほんとォ、友達ハぁ!! 大事だよネぇ!!」 笑いながら、剣を振り上げるスケール3。間一髪、ラファエラのチェインショットが阻む。 「エフドさん! 早く、こちらへ!!」 身体を引きずり、離れるエフド。駆けつけたアリシアが、天恩天賜Ⅱで回復を図る。 「すまない……嬢ちゃん……」 「いえ……。でも……」 苦しげに礼を言うエフドを気遣いながら、アリシアは油断なくスケール3を見つめる。その手には、もがく狂犬の身体が握られたまま。エフドの一撃で皮一枚遺して両断された狂犬の身体。不変の力を宿すそれは、見る間の内に再生していく。 「仲間のベリアルを、盾に使うとは……」 「とことん、胸糞の悪い奴ね……」 回復中のアリシア達を庇う様に、間に入ったクリストフとラファエラ。様子を伺うが、隙がない。攻めても、狂犬の盾に阻まれる事は明白だった。攻めあぐねる二人に、スケール3が笑いかける。 「どゥしたのぉ? 来なイならァ……」 ベリアルの盾を引きずりながら、ゆっくりと歩み来る。クリストフとラファエラが身構えた、その時。 大気を切り裂く、鋭い音。飛来した矢とカードの雨が、スケール3にぶち当たる。 「うォお!?」 堪らず後退する隙を突く様に、走る二つの影が肉薄する。 「そこ!!」 「もらうよ!!」 リコリスとリューイ。舞い踊る、二人の魔性憑き。閃く剣閃。スケール3の両太股から、血がしぶく。崩れる体勢。瞬間、気づく。背後に立つ、殺気。咄嗟に振り上げる、ベリアルの盾。けれど。 「悪いな」 その声は、冷徹に告げる。 「元から、狙いはこちらだ」 振り下ろされる天瞬。鈍い音と共に、狂犬が握る手ごと切り飛ばされる。振り仰いだ時、駆け抜ける風が囁いた。 「大事なお友達に、サヨナラなさい」 近くの墓標を飛び越え、走り来る影。シリウス。放たれたソードバニッシュが、宙を舞う狂犬を魔方陣ごと切り裂いた。 塵と化す狂犬。呆然と見つめる、スケール3。気づけば、彼は12人の浄化師に囲まれていた。 「大丈夫!? シアちゃん!!」 「待たせたな!!」 リチェルカーレとトールが、アリシアとエフドに呼びかける。 「リチェちゃん……」 「は、遅かったじゃないか」 ホッと息をつくアリシア。憎まれ口を叩くエフドの顔にも、安堵の色が浮かぶ。 「すまない。クリス。遅れた」 「いや。十分、間に合ったよ」 「あんた達、大丈夫なの? ヘロヘロの足手まといなら、ゴメンだからね!!」 「大丈夫です!!」 「リチェさんに、しっかり回復してもらいましたから」 口々に、交わし合う言葉。疲弊していた面々にも、覇気が戻っていく。 「もう、貴方に勝ち目はないわ……」 「大人しくすれば、苦痛は減らせるぞ?」 背後に立つ、セシリアとニコラが告げる。 「ギャひ?」 聞いたスケール3が、カクリと小首を傾げる。 「ギャぎゃギゃ。何デぇ? 僕ニ、勝ち目ガなイぃ?」 赤い舌が、ベロリと口を舐める。 「皆、ミぃんな、喰えバ良いダケだろぉ?」 「……出来ると、思ってるの?」 リコリスが、呆れた様に問うたその瞬間。 ドンッ! 山羊の蹄が、強く地面を叩く。気づいた時には、その姿はリコリスの目の前にあった。 「!?」 「よ・コ・せ」 いつの間に、再生したのか。切り飛ばされた筈の左手が、掴みかかる。けれど、リコリスの動きは速い。身を交わすと、逆に相手の懐に入り込む。気づけば、影刃の切っ先がスケール3の喉元に突きつけられていた。 「残念でした」 不敵に笑むリコリス。対するスケール3は、困った様に息を吐いた。 「……あんた、髪を狙ったわね?」 かけた問い。赤濁した瞳が、肯定する様に細まる。 「聞いてるわよ。あんた達の中には、体毛を食べて力を増すタイプがいるって。ひょっとして、そのクチ?」 「……『ペルセべ』……」 聞きなれない単語に、怪訝そうな顔をするリコリス。くぐもった声で笑うと、スケール3は続ける。 「『ペルセべ』って言ウんダァ……。僕ガぁ、神様ニ頂いタぁ祝福ダよぉ……」 「そう。なら、生憎ね。髪は、女の子の命なの。容易く盗られたりは、しないわよ?」 「そウかい?」 ニタリと、笑む。 「ならァ、『こっち』ダァ」 全員の目が、彼女達に向いていた。次の動きに備え、ある者は距離を縮め、またある者は魔術の術式を組み立てる。誰一人、油断している者はいなかった。 故に、その事に気がつかなかった。 「ぐっ!?」 リコリスの口から漏れる、くぐもった声。思わず視線を下ろすと、脇腹にえぐり込む異物が見えた。一瞬の間の後、それが何かを悟る。 『手』。 先刻。ニコラが切り飛ばした左手。それが生命ある様に蠢いて、彼女の脇腹を鷲掴みにしていた。 「こ……この……」 苦痛に喘ぎながら、引き剥がそうと手を伸ばす。けれど、それよりも早く跳ね動いた手が脇腹の肉を千切り取った。 「はぅっ!!」 ほとばしる鮮血。脇腹を抑えて、倒れ込む。 「リコちゃん!!」 「いけない!!」 一斉に向けられる刃。しかし、スケール3は山羊特有の跳躍力で飛び上がると、攻撃をかわして間合いを取った。 「リコ!! しっかりしろ!!」 駆けつけたトールが声をかけるが、答えはない。彼女はただ、傷を抑えて苦悶するだけ。見る見る広がっていく血溜りに、皆の顔から血の気が下りる。 「トールさん!!」 「治療を!!」 駆け寄ったリチェルカーレとアリシアが、同時に天恩天賜Ⅱを施し始める。それに頷くと、トールは「頼む」と言って立ち上がった。 「貴様……」 向ける視線の先には、楽しげな顔のスケール3。 「高く、つくぞ……」 怒りに燃える目で見据え、つがえた矢を突きつける。そして、それは他の皆も同じ。各々が武器を構え、対峙する。 けれど、スケール3は動じない。ニヤリニヤリと笑んだまま、再生したばかりの左手を晒し上げる。そこに摘まれるのは、ポタポタと赤い雫を落とす端切れ。引きちぎられた、リコリスの肉片。 「ドウセぇ、喰うナラぁ、美味イ方が、良いヨなぁ」 そう言って、ゆっくりと口を開ける。 「させるか!!」 意図に気づいたトールが、その口に向けて矢を放つ。けれど。 「食事のォ邪魔はぁ、駄目ダァ!!」 言葉と共に、何かを蹴り上げる。宙に舞ったのは、断たれた右手。クルクルと回るそれが、飛んできた矢を絡め取る。その隙に、スケール3は口に肉片を放り込んだ。 噛み潰す、おぞましい音。山羊の顔が、恍惚に蕩ける。 「あア、甘いナぁ。女ノ肉ハぁ、甘イなぁあ」 ゴクリと鳴る喉。へばりついた皮膚。そこに生える、微かな和毛と共に。 ドクン! スケール3の身体が、大きく振れる。全身の筋肉が膨れ上がり、その姿が一回り大きくなる。鋭い牙を剥いた口から汚らしい唾液を散らし、壮絶な雄叫びを上げた。 「くそ!! 発動された!!」 トールの言葉の意味に、緊張が走る。禍しく笑む、スケール3。 「さあ、終ワりだァ!!」 そう叫ぶと、角と剣を振り立てて突進する。 セシリアとヴィオラが、カードを飛ばして牽制。ラファエラがチェインショットを撃ち込み、トールがハイパースナイプで額の魔方陣を狙う。 けれど。 「止まらない!?」 「防御力が増してるのか!?」 カードや矢を蹴散らしながら迫るスケール3。その向かう先を、リューイが察する。 「あいつ、リチェさん達を!?」 「ソノ娘らを潰せバぁ!! 後ハぁ、ないよネェ!!」 リチェルカーレとアリシアは、リコリスの治療に当たっている。動く事も、反撃も出来ない。 「させるか!!」 飛び出すシリウスとクリストフ。同時に放つ、磔刺。足を止めようと試みるが、それすらも蹴散らされる。 「邪魔!!」 「ぐぁ!!」 「うぁ!!」 振り回された角に打たれ、二人の身体が宙に舞う。 「シリウス!!」 リチェルカーレの、悲鳴が響く。 「他人ノ心配、しテル暇ガアルのカナァ!?」 迫る、嘲りの声。必死で押し留めようとする、後衛陣。けれど、それは蟷螂の斧も同然。角と大剣が、彼らをなぎ倒そうとしたその時。 オォン……。 響き渡る、昏い声。スケール3の足が、初めて止まる。 「んン?」 振り向いた先には、亡者の声を纏うエフドの姿。彼は、言う。 「女子供に、粋がるなよ。相手なら、俺がしてやる」 スケール3が、ニヤリと笑んだ。向きを変え、歩み寄る。 「鬱陶シイ……」 振り上げる大剣。狙う先は、エフドの脳天。 「死になヨ!!」 轟音と共に、振り下ろされる刃。そして――。 「何!?」 上がる、驚きの声。一瞬早く動いたカイトサイズが、振り下ろした刃を受け止めていた。 ――迎エ討チ――。 「馬鹿な!! さっきハ――」 「覚えておきな……」 今度は、エフドが笑む。 「人間にはな、火事場の馬鹿力ってのがあるんだよ!!」 甲高い音と共に、弾かれる大剣。宙に舞ったそれに気を取られた瞬間、視界を鈍く光る刃が覆った。 重い音と衝撃。全重量をかけた斧刃が、額の魔方陣にめり込んでいた。 「ぐぁあァア!?」 上がる、悲鳴。スケール3の額に削岩撃を食らわせたニコラが、冷たく告げる。 「流石に、これは効いた様だな。このまま、決めさせてもらう!!」 そう言うと、天瞬の背に足を乗せて押し込む。しかし、スケール3も大人しくしている道理はない。 「侮るなァ!!」 「うお!!」 大きく突き上げる頭。衝撃で、ニコラが振り落とされる。地面に転がった彼を踏み潰そうと、蹄を振り上げる。けれど。 「ガッ!!」 今度は、違う衝撃が額を襲う。 「リューイ!!」 叫ぶ、セシリア。 宙に舞ったリューイが、渾身の力を込めて短刀直入を叩き込んでいた。刃の切っ先は、違う事なく先に付けられた傷を捕えている。 「ぐぅおォあ!! 小僧ぉお!!」 「もう、誰も殺させやしない!! 絶対に!!」 「ほザけぇエ!!」 響き渡る、怨嗟の咆哮。猛然と、振り回す。必死でしがみつくリューイ。分かっていた。これが、最後のチャンスだと。荒ぶる、スケール3。その暴威に、誰も近づく事が出来ない。リューイの腕が、悲鳴を上げる。このままでは、振り落とされる。彼がそう思った、その時。 不意に、動きが止まった。 束縛する、不可視の力。鬼門封印。思わず向けた視線の先に、凛と立つリチェルカーレとアリシアの姿。いつの間に。そう思ったスケール3の肩に、トンと軽い衝撃が走る。短刀直入の柄を掴む、リューイの手。それに、温かい手が重なる。顔を上げると、優しく微笑むリコリスがいた。彼女は、言う。 「決めるわよ」 「……はい!!」 二人の手にこもる、力。短刀直入の刃が、一気に魔方陣に沈み込む。 何かが、割れる感覚。途端、スケール3の身体から弾け飛ぶ縛魂の鎖。邪なる神の使徒。その断末魔が、長く尾を引いて消えた。 「リューイ……」 へたり込むリューイを、セシリアが抱きしめる。 「よくやったな。坊主」 トールの手にわしゃわしゃと髪を嬲られ、リューイは照れくさそうにはにかんだ。 「いや。気を抜くのは、まだ早いぞ」 傷の手当てを終えたニコラが、墓地の奥を見つめる。 「そうだな。あの女の正体を、確かめなければ」 「あの女性の雰囲気……。彼女は、サクリファイスなのでしょうか……?」 治癒したばかりのクリストフと、彼を労わるアリシアが呟く。 「確かに、ベリアルを操ると言えばサクリファイスでしょうけれど……」 「こんな所でグダグダ言っていても、仕方ないわよ。あの女をふん縛れば、全部解決でしょう?」 悩むヴィオラにそう言って、ツカツカと歩き始めるラファエラ。確かに、そう。皆が、後に続こうとしたその時。 「ギャぎゃ……。サクり、ファイスぅ……?」 虚ろな声が、響いた。 振り向くと、そこには崩れかけたスケール3の姿。顎を空回せ、彼は言う。 「アレはァ、そんなヌルイモノじゃあ、ないサァ……」 怪訝そうな目を向ける皆に、消えかけの魔性は笑う。 「行クが、良いヨぅ……。そしテぇ、知るガいい……」 今際の筈のその声が、酷く愉快そうなのは気のせいだろうか。 「コノ世界のォ、本当ノ歪みヲねぇ……」 そう言い残し、スケール3は一握の塵と散じた。 捜索は、さしたる時を要しなかった。女性は、すぐに見つかったから。否。ひょっとしたら、端から逃げる気などなかったのかもしれない。墓地の奥の、そのまた奥。一際古びた墓標の前に立つ彼女。皆は、声をかける。 「お姉さん。君が誰なのか、教えて貰うからね」 「手荒な真似はしたくないわ。大人しくしてね」 答えはない。近づくリコリス。伸ばした手が、彼女に触れようとしたその時。 姿が消えた。まるで、儚い幻の様に。 「え……?」 そこにあったのは、一輪の花。目眩を誘う程に甘く、死を思わせる程に紅い、見た事もない花だった。 「何よ……。これ……」 「これは……」 呆然とするリコリスの隣に歩み出たアリシアが、言う。 「『アルラウネ』……」 聞いた事のない名前。リコリスが、『何よ。それ』と問う。 「死した人の血を糧にして育つ、妖花です……。糧にした人の想いを継ぎ、代わってそれを成そうとすると言われているのですが……」 アリシアの手が、花の傍らに立つ墓標を払う。幾重にも重なった苔の下から現れる、文字。それを読んだ彼女が、目を見開く。 「これは……かつてこの周辺で行き倒れた者達を、まとめて葬った墓です……」 「え……?」 驚く、皆。その中で一人、エフドが『なるほど』と呟いた。彼は、言う。 「所謂、難民ってやつだ。事情は色々だがな。行き場を失った、放浪の民。運が良ければ、何処かのスラムに潜り込める事もあるが、受け入れられずに行き倒れる奴も多い。ここに葬られてるのも、そういう奴らなんだろう」 何かを思う様に眉を潜めると、エフドは言葉を続ける。 「その手の奴らには、人間らしい扱いすらされずに死んでいくってパターンもある。もしも、この墓の下にいるのがそんな連中だったら……」 詳しいのね。そんな相方の問いに、エフドは「分かるさ」と返す。 「一歩間違えれば、俺もそうだったんだ」 「……!!」 その言葉に、ラファエラはただ沈黙した。 「……分かったわ……」 リコリスが、呟く。 「この下の子達は、そんな扱いをされて、死んでいったのね。自分達を見捨てた世界を。人を。ただただ、憎みながら」 「ええ。その血を糧に咲いたアルラウネは、遺志を継いで……」 「人々に、世界に、復讐を企てた……」 そう。アルラウネは、ベリアル達を操っていた訳ではない。彼らは、あくまで共生の関係にあっただけ。アルラウネは人を誘い。ベリアルはその人を喰らい。そしてアルラウネは、己が内に眠る人々の憎しみを癒す。ただ、それだけの話。 リコリスが、アルラウネに向かって手を伸ばす。 「リコちゃん……?」 アリシアの言葉に、彼女は言う。 「この子達の、想いは分かる。痛いくらいに。だけど……」 伸ばした手が、細い茎をくびる様に掴む。 「それでも、それは許されない。罪を負うのは、今の人々じゃあ、ない筈だから……」 頷く、アリシア。そしてその想いは、皆も同じ。 「ごめんね……」 言葉と共に、リコリスが真っ赤な花を千切り取る。途端――。 アハ!! アハハハハハハ!! アハハハハハハハハハ……。 響き渡る、哄笑。 嘲る様に。 呪う様に。 泣き叫ぶ様に。 アハハ……アハハ……。 笑い声は、暗闇の中に響き続けた。 いつまでも。 いつまでも。 響き続けた。
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*** 活躍者 *** |
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[25] ニコラ・トロワ 2019/05/20-22:50
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[24] リューイ・ウィンダリア 2019/05/20-22:45
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[23] リチェルカーレ・リモージュ 2019/05/20-21:14
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[22] アリシア・ムーンライト 2019/05/20-20:53
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[21] リチェルカーレ・リモージュ 2019/05/20-20:47
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[20] リューイ・ウィンダリア 2019/05/20-00:04
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[19] ニコラ・トロワ 2019/05/19-22:41
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[18] リコリス・ラディアータ 2019/05/19-01:03
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[17] リコリス・ラディアータ 2019/05/19-01:02 | ||
[16] シリウス・セイアッド 2019/05/19-00:49 | ||
[15] リューイ・ウィンダリア 2019/05/18-13:27
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[14] クリストフ・フォンシラー 2019/05/18-09:01 | ||
[13] エフド・ジャーファル 2019/05/18-00:51 | ||
[12] ニコラ・トロワ 2019/05/17-22:59
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[11] シリウス・セイアッド 2019/05/17-22:46 | ||
[10] エフド・ジャーファル 2019/05/17-15:29
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[9] クリストフ・フォンシラー 2019/05/16-23:09 | ||
[8] リコリス・ラディアータ 2019/05/16-22:15
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[7] リコリス・ラディアータ 2019/05/16-22:14
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[6] シリウス・セイアッド 2019/05/16-21:31 | ||
[5] エフド・ジャーファル 2019/05/16-02:20
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[4] クリストフ・フォンシラー 2019/05/15-23:36 | ||
[3] リコリス・ラディアータ 2019/05/15-23:08 | ||
[2] リチェルカーレ・リモージュ 2019/05/15-22:21 |