~ プロローグ ~ |
昏く輝く月の夜。ねっとりと絡みつく様な夜気の中で、二つの咆哮が響き渡る。 |
~ 解説 ~ |
【目的】 |
~ ゲームマスターより ~ |
全ての浄化師が、いつかは向き合う恐怖。レゾンデートル(存在証明)の崩壊によるベリアル化のお話です。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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アウェイクニング・ベリアル。私たちにとってあり得ない事ではないわ。 だからこそこれは成功させるべきだわ。やりましょう。出来る事を全力で。 【行動】 施設防衛班 戦闘開始時に魔術真名詠唱 共に中衛 視界確保にゴーグル使用 近くにいるスケール1のベリアルを優先して狙うわぁ 同じ距離ならデス・ワーム型>フライングフィッシュ型 スケール1を倒し終わったら他の近くにいるベリアルを攻撃 サクラ:いつも通りにやるわよ。 『リンクマーカー』で命中力を上げて通常攻撃 フライング・フィッシュ型を攻撃する時は翼を狙うわ キョウ:言われなくてもわかってます。 『光明真言』で防御力をあげておきます 自分が未行動時にサクラへ攻撃が来たら庇護を行います |
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こいつら、普段見るやつと様子が違う? どっから沸いてきたわけ…? 敵出現を仲間と確認時魔術真名詠唱 初手JM9で攻撃力上昇 施設防衛役として行動 最優先は施設に最も近い敵>スケールの低い敵 仲間と足並みを揃えつつ、敵の早期撃破を意識 基本は仲間の指示を優先 「状況が悪いなら尚更ね 一匹たりとも入れてたまるか!」 デス・ワーム出現時はJM6 速攻撃破を狙う 出現地周辺は地面が荒れていると予想 迂闊に近づかないように注意 スケール1、2撃破後は早急にスケール3の元へ パートナーとは基本別行動 「大丈夫、今回ばかりは… …あーもう!あんた自分の心配しなさい!」 |
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目的 ベリアルにセルシアさんとカレナさんの邪魔をさせない。 行動 ランタンとゴーグルで視界確保の努力。 ランタンは縄で腰にくくる。ジークリートのランタンは予備。 施設の周りで、最終防衛ラインの役目を…。 近づいてくるのから狙う。スケール1と2を優先。 できればヨナさんからあまり離れずにいて。 最初の魔力探知でスケール3の位置を主に、途中では全体の状況を教えてもらい、フェリックスに魔術通信で他の皆に伝えてもらう。 戦闘 敵が近づいてきたら、魔術真名。 フェリックスは前衛。 施設(内?)へ抜けられそうな時には、亡者ノ呼ビ声で引き付ける(デス・ワームに注意?)。 ジークリートは中衛。 前衛の援護。 (ウイッシュに続きます) |
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全力を尽くします どうか諦めないで セルシアさんの声はきっとカレナさんに届きます 彼女の目を見て 強張ったシリウスの頬に触れ 大丈夫?ええ、ふたりをちゃんと守れるように 魔術真名詠唱 仲間に浄化結界 抵抗力上げ 光明真言で能力上げ 視界対策にゴーグル 引きつけ担当 ランタンを持って目立つよう 前衛で動く人を中心に 回復と支援 スケール3>近くにいる敵の優先順で 鬼門封印 前衛の人の体力に気を配る 全員に回復が行き届くよう ハウエアには十分注意 狙われれば回避を 魔力を封じられたら通常攻撃 カレナさんとセルシアさんはわたし達の仲間よ …連れて行かせたりなんかしない アウェイニング・ベリアルの力より 大事な人への想いは強い わたしはそう信じている |
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何よりセルシア達の邪魔をさせないよう、敵を近づかせないようにするのが最優先ね ヨナと手分けして魔力感知で敵の位置や動きを探り、遊撃に出るわ スケール3は他の味方に任せ、それとは離れた場所にスケール1,2がいないか探しつつ前進 魔術真名唱えて 敢えて明かりはつけず、他の味方の持つ明かりと魔力感知を頼りに近くにいる奴から攻撃していく 三身撃を惜しみなく もし敵が全部固まって来ていたら、スケール3対応班の方へ向かい、側面から奇襲を試みる 存在がばれたらこちらも明かりをつけ、戦踏乱舞で前衛の支援 私は魔術使えないし、ハウエアの体勢になったらチャンスと見て怯まず攻撃するわ カレナ…元に戻るといいわね 明日は我が身ですもの |
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魔術真名を唱えて、ヴォルフラムはクリストフと一緒にスケール3の相手 「今回はちょっと離れるから、すぐ助けにいけない…あまり無理しないでね」 「…解ってる。回復役が、倒れたら、意味ない」 カグヤはリコリス・トールと共に遊撃 ヴォル 基本戦法はヒットアンドウェイ TM7使いつつ、通常攻撃で殴る 能力的に一番弱いから、回避と命中重視 敵の行動に注視して、特殊攻撃の前振りである溜め行動を見たら 魔術主体の人へ注意喚起しつつ、大きく踏み込んでTM7でぶち殴る カグヤ 基本行動は回復 前衛から離れ、全体を見渡す 怪我の具合を見て、体力の減りが多い人へSH3をかけに行く 回復が要らなそうなら、通常攻撃をする 余力があればスケール3対応へ |
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目的 二人を守る 侵入させない為の施設防衛 ヨナ 魔力感知でベリアル達や味方の動きを把握しフェリックスに伝える 多くの情報を的確に伝える為神経を研ぎ澄ます この豪雨では視界の情報は返って邪魔かもしれないと目を閉じ集中 どう考えて動いてくる? 統率は誰がとっている? 人ひとりにこれほどの執着 自分達の仲間を増やそうとしているとでも…? 敵が分かれるようならそれに合わせるよう皆に動いて貰う 今回は集中の為、差し迫った場合以外戦闘には加わらない 戦いになれば魔力探知中断し雨を斬るようなFN11の一撃 食人 基本ヨナ達が集中できるよう近付く敵を倒すが 魔術通信により受けた情報を元にスケール1と2の対応も 優先順位はワーム>熊虎>蜻蛉 |
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セルシアさん、待って下さい 戦闘前、カレナさんの所に向かう彼女を少し引き留め その傷…治癒させて下さい…… 天恩天賜Ⅱを掛け出血を止められないか試す 少しでも良い状態でカレナさんに会って欲しいからハンカチで血を拭ってあげる 大丈夫、きっと貴女の言葉、届きます 頑張って……! 魔術真名詠唱 ゴーグル着用 外灯の灯りが届かず仲間からあまり離れない位置をキープ 天恩天賜Ⅱで回復をしつつ鬼門封印でサポート どちらも必要無さそうな時と、空を飛ぶ敵には蠱霧散開で攻撃 スケール1・2が減ったらクリスの所へ リチェちゃんと共に回復、補助を ハウエアを受けてしまったら通常攻撃を このベリアル達…何か、変です… どうして、こんなに静か、なの…? |
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~ リザルトノベル ~ |
世界が、荒ぶ。逆巻く風。叩きつける雨。嵐の帳。向こうにいる筈の、月の白肌。其が、血に汚される事を拒む様に。夜は轟々と。そして飄々と。泣き叫び、猛っていた。 ガタガタと鳴る、ステンドグラス。浮かび上がる『彼女』を見上げ、『セルシア・スカーレル』は静かに呟く。 「時間が、ない……」 目の前で翻る、長い銀髪。 「あの娘を……迎えに行かなくちゃ……」 美しいながらも、まだ幼さの残る顔。悲壮な決意を滲ませ、戦場に向かう。右目を覆う包帯。そこから滲んだ朱い滴が、涙の様に白い頬を伝った。 「セルシアさん、待って下さい」 声をかけたのは、『アリシア・ムーンライト』。立ち止まったセルシアが、不思議そうに振り向く。 「その傷……治癒させて下さい……」 駆け寄ったアリシアが、朱い血の滲む右目に天恩天賜Ⅱを施す。頬に残る朱い跡をハンカチで拭いながら、声がける。 「大丈夫、きっと貴女の言葉、届きます。頑張って……!」 「……!」 聞いたセルシアが、無事な左目を少しだけ丸くする。強ばっていた顔が、少し気弱にはにかんだ。 「そう……かな……?」 「はい」 聞こえた声は、『リチェルカーレ・リモージュ』。彼女もまた、セルシアの目を真っ直ぐに見つめて、言う。 「全力を尽くします。どうか、諦めないで。セルシアさんの声は、きっとカレナさんに届きます」 精一杯の想いと願いを込めた言の葉。そして、それは後ろに控える者達もまた同じ。戦うのは、自分だけじゃない。皆もまた、共に戦ってくれる。冷え切っていた胸に灯る、焔。 「……ありがとう。頑張る」 傷ついた顔に、それでも万感の想いを乗せて笑顔を返す。そして、反転。もう、振り向きはしない。歩む先には、愛しい愛しい彼女の姿。『カレナ・メルア』。煉獄の中へと沈み行く想い人を救うため、セルシアは向かう。その背に希望を掴む決意を確かに感じて、皆もまた身を翻す。彼女達の戦いを汚す不遜との、もう一つの戦場へと向かうため。 開けた扉の向こうは、凄まじい嵐。吹き荒ぶ暴風と叩きつける豪雨で、視界すらも削られる。全ては、承知の上。ゴーグル・ワークグローブ等、各々に用意していた防水具を身に付ける。 「カレナ……元に戻るといいわね……」 ガラスの中の視界。少しだけ明瞭になったそれで周囲を見回しながら、『リコリス・ラディアータ』はポソリと呟く。 「明日は、我が身ですもの……」 確かな憂いを孕んだ声を聞いた、『トール・フォルクス』。彼もまた、思う。 (明日は我が身、か……。確かに……。リコを守りたい気持ちに囚われ過ぎると俺も……) 嫌な想像を振り払う様に、首を振る。 (気をつけないと、な……) そんな彼の思いを嘲笑うかの様に、逆巻く風が飄と鳴いた。 大切な人を失うかもしれない。その苦痛がどれほどのものか、それは痛いくらいに自分も味わった。 だからこそ、宿る想いもある。 「……どうか、諦めるなよ」 小さく呟く、『ラス・シェルレイ』。それが、聞こえたかは分からない。ただ、応じる様に相方の『ラニ・シェルロワ』は言う。 「大丈夫、今回ばかりは……」 言いかけて、隣の相方の視線に気づく。 「……あーもう! あんた、自分の心配しなさい!」 宿る気遣いを感じたのか、そんな事を宣うラニ。その顔が少しだけ、ラスの心の澱を溶かした。 浄化師の持つ魔力は、強さと同時に危うさも持つ諸刃の剣。忘れた事は、無かったつもりだけれど。 雨の帳の向こうに灯っていく、朱光(あけびかり)。それを見つめながら、『ヨナ・ミューエ』は思考を巡らす。思い出すのは、かの日の事。 不意に訪れた、あの時。苦い記憶が、おぼろげに蘇る。 自分の中に、制御しきれない力があるという現実。あの様なものを、ここにいる全員が抱えている。なら、浄化師とは一体何なのだろう。 過る、得体の知れない不安。顔を曇らせたその時、冷たい雨の中、確かな温もりが肩を包む。 見れば、隣に立つ『ベルトルド・レーヴェ』が彼女の肩に無骨な手を置いていた。寡黙な彼が、口にする言葉は一つ。 「考えすぎるな」 その一言が、思考に嵌まり込みかけていたヨナを引き戻す。 そう、対する相手は、内に眠る自分ではない。今、成すべき事は――。 濡れた草を踏み躙る音がする。見えていた光が、大きくなっていた。ベリアルの、眼光。しゃがれた声が、響く。 「浄化師ヨ……」 「去れ……」 朱い目をくゆらせながら、長柄を掲げた二つの影が囁いた。現れたのは、身長2メートル程の直立した大蜥蜴。『リザードマン』。手には、長柄の己を携えている。冷えた空気の中、裂けた口から白く漏れる呼気。微かに、鉄錆の匂いが香った。 「……喋りましたね……」 目の前の敵を注視しながら、『フェリックス・ロウ』が囁く。 「……スケール3……。易くはないけど、想定はしてた事……。でも……」 相方の言葉を継いだ『ジークリート・ノーリッシュ』は、怪訝そうに眉を潜める。 「『去れ』って、何故ベリアルがそんな事を……」 ベリアルとは、魂への渇望と絶えなき殺戮衝動によって繰られる存在。それが、獲物である筈の自分達に向かって退却を促した。彼女達の常識では、有り得ない筈の事。けれど。 「……汝ラに、用向きハない」 彼らは、またその常識外れを口にする。 「我ラが求めるハ、コレより祝福ヲ受ける同胞(はらから)ノミ」 「故に、去レ」 「サスレバ、我ら諸共、追いハせぬ」 聞いたジークリートは、目を見開く。 「ベリアルは、カレナさんを連れに来てるの…?」 「ベリアルが、仲間を求めてる? そんな事が……」 「本当かどうか、怪しいね。単に、動揺を誘ってるだけかも」 当惑する二人を諌める様に言ったのは、『ヴォルフラム・マカミ』。寄り添う『カグヤ・ミツルギ』も頷く。 「……スケール3は、賢しい……。言葉を信じれば、足をすくわれるかもしれない……」 「知れた事……とは言え、肝に銘じておく事は必要ね」 違う方向から飛んできた声は、『サク・ニムラサ』。紫の瞳で背後の施設を見やると、耳を隠す様に飾った花が揺れた。 「アウェイクニング・ベリアル。私達にとってあり得ない事ではないわ。だからこそ、これは成功させるべきだわ。やりましょう。出来る事を、全力で」 「そうですね。それが、スカーレルさん達を導く導になるかもしれませんし」 姉の言葉に頷く、『キョウ・ニムラサ』。そして、それは皆に等しき願い。 見ていたリザードマン達が、シュルリと焔の様な舌を出す。 「……引かヌか」 「愚カにして、愛おシき反逆者達ヨ……」 「ナれば……」 手にした長柄斧の石突きで、地面を打つ。すると、彼らの背後から湿った足音を響かせて、5頭の獣が現れた。見た『シリウス・セイアッド』と『クリストフ・フォンシラー』が呟く。 「スケール2……。あれは、『ビッグ・キャット』か……」 「あっちの方は、『グリズリー』だね。接近戦では、分が悪そうだ」 皆が武器を構え、身構える。 「視界が悪い。リコリスちゃん、ヨナちゃん。君達の魔力探知(マジック・アイ)で、奴らの位置を把握してほしい。闇と雨に紛れて間合いに入られると厄介だ」 「分かりました」 「了解。なら、私達はそのまま遊撃に出る。逆に、きりきり舞いさせてやるわ」 クリストフの言葉にヨナと頷き合うと、リコリスはトールに向かって手を伸ばす。 「行くわよ」 「おう」 紡がれる、魔術真名。2人はそのまま、荒ぶ夜闇の中を走り出す。近づくリコリスの姿を、2体のリザードマンは殺気立つ事もなく静かに見つめる。 ヒュン。 彼らの上で、微かな風鳴りが雨を裂いた。 「始まるよ……カレナ……」 施設の外の気配。それを察しながら、セルシアは話しかける。理性と狂気の狭間で眠る想い人に向かって。 「だから、わたし達も始めよう。わたし達の、戦いを……」 消えない傷へと満たされた、仲間の想い。それを、手綱にセルシアは向かう。紅く沸き立つ、汚泥の底へと。 「絶対に、君を放さない……」 そんな彼女の想いを嘲る様に、逆巻く風が飄々と鳴いた。 「オレも前線に出る。数はこっちが上だ。いくらスケール3でも、ヘマさえしなけりゃ抑え込める」 「じゃあ、あたしは施設を守る。じゃんじゃん指示して。状況が悪いなら、尚更ね」 ラスとラニの言葉が嵐にかき消されても、皆の動きに乱れはない。施設の防衛に入る者。前衛に向かい、7体のベリアルに対峙する者。培った経験が、彼らの動きをサポートする。その中で、アリシアとクリストフの二人は、確かな異変を感じていた。 「このベリアル達……何か、変です……。どうして、こんなに静か、なの……?」 「まるで軍隊だ……。何かに、統率されているのか……?」 自分の言葉に、クリストフは背中が泡立つのを感じた。 豪雨の中、戦う少女達の声が聞こえた気がした。施設を振り返る、シリウス。ベリアル化発症からの、隔離施設。辛い、経験。消し去りたい、記憶。目を伏せて、追い払う。気づけば、頬に触れるリチェルカーレの指。 「大丈夫……?」 伝わる、慈愛。冷えかけた心が、凪いで行く。彼女の手に、軽く息を吐く。 「……何とか、助けたい。他人事じゃ、ないから……」 頷く、リチェルカーレ。 「ええ。二人をちゃんと、守れる様に」 魔術真名、詠唱。走り出す、シリウス。リチェルカーレが、浄化結界を放つ。 「カレナさんとセルシアさんはわたし達の仲間よ……。連れて行かせたりなんかしない。アウェイニング・ベリアルの力より、大事な人への想いは強い。わたしは、そう信じてる」 漲る想いが、仲間達への盾と変じた。 先のラニの言葉が、脳裏を過る。自分の心配? 無理な事。大事な相方の言葉もろくに聞けない自分を嘲笑し、ラスは走る。施設を守る役についた相方とは、別行動。付き纏う不安を、最善のためにと振り払う。目指す標的は、リザードマンの一体。スケール3。この焦燥から、逃れるためにも。握り締めるギロチン・アックスがはやる様にカタカタと鳴く。猛スピードで流れる視界の横を、別の人影が併走する。同じ個体に狙いを定めた、シリウス。魔術真名を唱えたのだろう。その身に、力が満ち満ちている。そして、それはこちらも同じ。 (いける!) 確信、だった。 向かってくる、二人。見つめるリザードマンが、目を細める。ゆっくりと動き始める、長柄斧。 降りしきる雨を切り裂き、閃くリバーススライス。磔刺。迫る刃を、長柄斧が阻む。 「良き」 愉悦の息を吐く。鍔迫り合いながら、シリウスが低い声で言う。 「何をしにきた?」 隠す事のない、敵意を込めて。 「彼女は、堕ちない。呼んでも、無駄だ」 答えはない。ただ、朱い眼差しが僅かに歪むだけ。その顔に、影が落ちる。 「斧の使い方! 教えてやるぜ!!」 死角から踊りかかったラスが、斧を振りかぶる。狙いは、利き腕。動きは、シリウスによって封じられている。警戒すべきは、自由なままの尻尾によるカウンター。けれど、それもまた折り込み済み。この位置には、届かない。 「貰った!!」 必殺の意思と共に、振り下ろした。その、瞬間。 「避けて!!」 聞こえたのは、ヨナの声。彼女は、魔力探知(マジック・アイ)で敵の動きを探っていた筈。と言う事は――。 咄嗟に、身を逸らす。途端。 「かはぁっ!!」 鳩尾に抉り込んだ衝撃が、ラスの身体を弾き飛ばした。 「ラス!!」 「いやぁ!!」 悲鳴をあげる、ラニとリチェルカーレ。 謎の衝撃に弾き飛ばされた、ラスとシリウス。地面に転がった彼らに、それまで攻撃の素振りすら見せていなかったビッグ・キャットとグリズリーが襲いかかる。 まるで、この時を待っていたと言わんばかりに。 「おのれ!!」 「させません!!」 同じく前衛に出ていたベルトルドとフェリックスが、フォローに入る。攻撃を阻まれたベリアル達。深追いする事もなく、身を引く。 「こいつら……」 「戦況を、読んでいる……」 子供並の知能しかない筈の、スケール2。明らかに、そのスペックを超えた行動。二人の背に、悪寒が走る。 「右……いえ、今度は左上!!」 「くそ!! 速い!!」 リコリスの声に合わせて、矢を射るトール。けれど放たれた矢は、虚しく空を抉るだけ。リコリスやヨナの魔力探知(マジック・アイ)ですら、捉えきれないスピード。視認に至っては、不可能に近い。 「これは……一体……?」 スナイピニアンの照準を合わせる事すら出来ず、狼狽えるジークリート。彼女に向かって、ヨナは言う。 「残滓ですが、魔力が確認出来ます! 間違いありません! ベリアルです!!」 「ベリアルって……」 「速すぎる! これでは、攻撃もままなりません!!」 金切り声を上げる、ラニとキョウ。 「こいつら、普段見るやつと様子が違う!? 大体、どっから沸いてきた訳!?」 「先までは、存在の感知すら出来ませんでした!! 好機が来るまで、巧妙に姿を隠していたとしか思えません!!」 「まさか!! 様子から察するに、コレはスケール1か2の筈!! そんな知能、ある筈が……!!」 「甘イ……」 「拙い……」 ヨナの言葉に引きつるキョウの声を遮る様に、リザードマン達が言う。 「正しク、此奴等はスケール1ヨ……」 「されド、『カノ方』に繰らレし威力ハ我らと等しキ……」 「虫ケラ風情と、侮ルでないぞ……」 初めて浮かべる、笑み。そして、その間にも見えない敵は空を走り、浄化師達へと襲いかかる。 攻撃は短調な体当たり。ウェイトが軽いせいか、威力は低い。時折、鋭い何かが肌を切り裂く。けれども、それも深傷にはならない。驚異はやはり、そのスピード。しかも、こちらが攻撃態勢をとる瞬間を狙って仕掛けてくる。スキル発動時の隙を突かれれば、成す術はない。直撃を受けて体勢を崩したり倒れたりすれば、そこを攻撃力に長けるスケール2が狙ってくる。何とか凌げるのは、数に勝る仲間のフォローがあってこそ。 「ぐあっ!!」 直撃を受けて倒れるヴォルフラム。見逃す道理もなく、襲いかかるグリズリー。 「ヴォル!!」 「鬼門封印!!」 咄嗟に駆け寄ろうとしたカグヤを制する様に前に出たリチェルカーレが、術を飛ばす。途端、動きを強ばらせるグリズリー。その隙を見逃さず、拳を突き上げるヴォルフラム。 剛袈紅蓮撃。 顎を打ち上げられたグリズリーが、もんどり打って倒れた。 「……ありがとう……」 「大丈夫。援護は、私達が。あなたは、あなたのすべき事を」 暗い表情で礼を言うカグヤ。そんな彼女を励ます様に、リチェルカーレが告げたその時。 感じる視線。振り向けば、頭を振るグリズリーの向こう。リザードマン達が、彼女を見つめていた。 「やはリ、厄介」 「恐るベシかナ。術繰りノ蝶」 「ナれば、その羽根」 「モガセテ、もラおう」 途端、リザードマン1体の喉が大きく膨らんだ。 「カァッ!!」 濁った声と共に、何かが吐き飛ばされる。迫り来る、異様の波動。魔力の塊と気づいた時には、もう遅くて――。 「リチェ!!」 咄嗟に間に入る、シリウス。弾は、彼の左肩へと被弾する。 「くっ!!」 「シリウス!!」 「……大丈夫だ。大したダメージじゃない」 リチェルカーレにそう告げると、そのまま返す勢いで磔刺を放つ。しかし――。 「何!?」 確かに放った筈のスキルが、発動しない。そして、気づく。身体にまとわりつく、違和感に。 「これは……」 「……『ハウエア』……」 答えたのは、魔弾を放った側のリザードマン。彼は、厳かに続ける。 「我らガ賜りシ福音……。コノ御魂を受けシ者、コレより魔力繰る事能わず……」 「!?」 強張る浄化師達を睥睨し、其は笑う。 「矛ハすでニ構えル事叶わズ。盾モこれニテ砕けタ」 「サテ、如何に足掻ク? 哀れナル、反逆者達よ……」 嗤う彼らの口から伸びる舌。降りしきる雨の中、それが焔の様に揺らめいた。 「カレナ……分かる? 分かるよね……?」 墨よりも黒い闇の中。ステンドグラスの向こうから注ぐ、微かな光。それを、示される導の様だと思いながら、セルシアは眠るカレナに向かって呼びかけていた。 「いるよ……。わたしは、ここにいる……。君の元を、離れはしない……。だから……」 白い手が、白い頬を撫でる。ゆっくりと、近づく顔。 「君も、わたしを一人にしないで……」 重なる、唇。 眠るカレナの目尻から、滴が一つ。 スケール3の特殊能力、『ハウエア』。その驚異は、フェリックスの魔術通信(マドール・コール)で全てのメンバーに通達された。特に、陰陽師や狂信者の受ける衝撃は大きかった。彼らは戦闘行為の大半を魔術に頼る。それを封じられる事は、丸腰で虎や熊に対峙しろと言われるに等しい。 「魔力封じ……」 「全く……洒落にならないのも、程があります……」 皆の口から洩れる言葉は、苦笑か。それとも絶望か。 「今のままではいけない! 一旦引くんだ! 体制を立て直す」 クリストフの呼びかけに、前衛に出ていた者達が戻ってくる。 ベリアル達の追撃はない。彼らは静かに、浄化師達の動きを見守る。まるで、一個の脳髄が盤上の駒の動きを読む様に。 「すまない、シリウス。怪我は?」 リチェルカーレの回復を受けるシリウスに、ヴォルフラムが駆け寄る。 「大丈夫だ。あの魔弾、威力事態はさほどじゃない。しかし……」 手を握り、魔力循環を試みるシリウス。けれど。 「駄目だ……」 その様に、見ていたカグヤがブルリと身を震わせた。 他の面々は、アリシアやヨナを守る様に陣形を組む。沈黙するベリアル達の動きを注視していた、サクがぼやく。 「気味の悪い奴らね……。こんなに気持ちの悪い戦いは、初めてだわ」 同意する様に、ベルトルドも言う。 「同胞(カレナ)を迎えに来たと言っていたが、どうも釈然としない。俺達を突破しようとする、貪欲さを感じない」 「他に、目的があると言う事ですか?」 「分からん」 「やれやれ。お手上げか」 フェリックスの問いに頭を振るベルトルドを見て、トールが溜息をついた。 「浄化師よ……。哀れにシテ、愛しキ反逆者達よ……」 唐突に響く声に、皆が目を向ける。注目を得たリザードマン達が、言の葉を紡ぐ。 「もはヤ、戦況ハ決した……」 「天ノ利。人の利。ソシて、地の利。全テが、我らニ在る」 「汝らニ勝ちハ、ない」 「故ニ、今一度言う」 「去れ」 「サスれば、見逃そう」 聞いたキョウが、皆を見る。 「だ、そうですが?」 「論外」 「寝言は寝て言えっての」 一斉に返ってきた答えに、苦笑。 「悪いですね。多数決で、答えはNOです」 放り投げた答えに返ってきたのは、見えない敵の叱咤。打たれたキョウの頬には、一筋の傷。朱が滲むそれを見たサクが、灰と紫の双眸を細める。 「……やってくれるじゃない」 言いながら、一歩前に出る。 「スケール1は、私とキョウヤで抑えるわぁ」 「へ? ちょっと、サクラ? って、痛い痛い」 少し慌てるキョウの耳を引っ張っていくサクに、クリストフが声がける。 「大丈夫かい?」 「心配いらないわ。どのみち、『あれ』をどうにかしないと、ジリ貧でしょう?」 「……分かった。ならば、俺はあのトカゲに向かおう。君達への干渉を防ぐ。だが、無理はするな」 「後輩と思って、舐めてもらっちゃあ、困るわぁ」 そう言ってニヤリと笑むと、サクは走り出す。連れ立つ様に続く、キョウ。 「いつもどおりにやるわよ」 「言われなくても、分かってます」 唱える、光明真言。防御力を上げる。 「私達は最高であれ。命を持つ敵を。夢を。壊せ」 サクが歌う。 「自分達は至高であれ。命よ燃えろ。儚き者よ。殲滅せよ」 キョウも歌う。 無造作に中衛に飛び出した彼女達。その愚行を嗤う様に、微かな風鳴りが雨を切った。 「俺も行くよ。アリシア」 「クリス……」 ブラッド・シーを構え直し、リザードマンの1体を見据えるクリストフ。何かを言おうとするアリシアを制する様に、先に言葉を放つ。 「君はリチェちゃんと一緒に、皆のサポートを頼む。奴らの能力には、十分に気をつけてくれ。アレを喰らえば、いくら君でも成す術がなくなる」 「……はい……」 頷くアリシア。クリストフは、微かに笑いかける。 「セルシアちゃん達も、頑張っている筈だ」 「!」 「引き戻す事は、俺達には出来ないから。出来る事を、やろう」 「はい」 頷き合う二人。そして、クリストフは走り出した。と。 「!」 彼の横を、もう1体のリザードマン目掛けて走り抜ける影が一つ。 シリウス。 (スキルは、使えないだろうに……) 無茶だとは思いつつ、止めても無駄と知って苦笑する。辛い過去を背負い、故に何処までも優しい彼。戦う仲間を前に、とぐろを巻くなど出来る筈もない。それを知るからこそ、かの相方もあえて止めなかったのだろう。だから。 (帰る事は、絶対だぞ……) そう心の中で呟いて、それが盛大なブーメランである事に気づく。送り出してくれた相棒の顔を思い出し、彼もまた肝に銘じた。 「今回はちょっと離れるから、すぐ助けに行けない……。あまり、無理しないでね」 「……解ってる。回復役が倒れたら、意味ない」 自分の手を取って、屈むヴォルフラム。そんな彼に答えるカグヤの声は、少し暗い。その事に少しの憂いを覚えながら、ヴォルフラムは彼女の指先に口づける 魔術真名、詠唱。 同時に、別々の方向へと走り出す。 ヴォルフラムは、クリストフに続いてリザードマンの片割れの元へ。カグヤは、遊撃に出るためにリコリスとトールの元へ。 (別れて行動は、初めてかな?) ヴォルフラムは思う。 本当は、離れたくない。 命の恩人。大切な人。大好きな人。 何時だって傍に居たい。何時だって傍にいて欲しい。 君は、悲観的だから。役立たずは、傍に居れないと言う。 僕は、傍に居てくれるだけでも十分なんだ。 僕はね、カグちゃんの姿を見るだけで力が出るんだよ。 カグヤは、思う。 自分の力が役に立つなら、と陰陽師になった。思考的には、狂信者の方がお似合いだろう。でも、この力なら。他者を傷つけるだけじゃなく、癒す事が出来る。 ヴォルを、助ける事が出来る。 必要であると、理由が出来る。 (だって。役立たずなんて、いらないでしょう?) それは、紛れもない強さですよ。 共に走るヴォルフラムに向かって、クリストフは囁く。 大事な人がいて。その人を守りたいと思う。この上なく尊くて。この上なく気高い想い。敵うモノなど、ありはしない。 そして――。 あんたは、役立たずなんかじゃない。 揺るがぬ表情でついてくるカグヤを見て、リコリスは囁く。 大事な人を助けたいと願い。必要でありたいと思う。この上なく強く。この上なく純粋な願い。 届かない筈など、ありはしない。 だから――。 ――どうかその姿が、彼女達の導べになる様に――。 そう。もしも、叶うのならば。 確かな奇跡を夜闇に願い、浄化師達は滅びの使者達へと浸走る。 「フェリックス!! わたし達で最終防衛ラインを担う!! 前衛を!! わたしが、中衛を守るから!!」 「分かりました!!」 暴風に逆らい、宙へと舞い上がるジークリート。天空天駆(スカイワード)。広げた翼は叩きつけられる風に嬲られて、細い体が揺らぎ揺れる。 隙だらけ。 夜闇を飛び走る敵達にとって、絶好の獲物。けれど、フェリックスは理解している。 そう。あれは故意。餌場の中に己を放り、見えぬ敵を惹きつける算段。効果的。けれど、この上なく危険。けれど、フェリックスは止めようとはしない。彼女の思いも、理解の範疇。そして、それはまたフェリックスも同じ。 ――セルシアさんと、カレナさんの邪魔はさせない――。 その為に、例えどんなリスクを負おうとも。 (でも……) 金色の眼差しが、嵐の中に立つジークリートを見つめる。 (守るべきは、彼女達だけではないんです……) オォン……。 フェリックスの体を、響く亡者の声が覆った。 「おぉおお!!」 振り下ろされた斧が、足元の地面を狙う。怒槌(いかづち)。防ぐ斧。足場を崩されたリザードマンは、それでも取り乱す事なく『彼』を見下ろす。 「懲りヌな。若き咎人」 「物分りが悪いのは、生まれつきなんでな!!」 「ソレが、主ノ牙か」 燃える瞳を返すラスに、リザードマンは冷ややかに言う。 「ナレバ、ソの牙。折らセテもらオう」 緑青色の鱗に包まれた喉が膨らむ。間に合わない。 「カァッ!!」 「ぐぁッ!!」 吐き出された魔弾に直撃され、地面に転がる。 「終わりダ」 リザードマンが、掲げた斧を振り下ろす。しかし、十字に組み合わされた双剣が、それを阻む。 「うヌ」 再び眼前に立った相手。シリウスを見て、リザードマンは呻く。 「屈せヌか?」 「この身が、動く限りは!!」 渾身の力で押し返しながら、背後のラスに向かって言う。 「無茶をするな!! お前にも、守るべき者がいる筈だ!!」 けれど、振り払う様に頭を振ってラスは立ち上がる。 「アイツは、守られるだけの奴じゃない!」 「!!」 「アイツは、オレを信じてる!! だから、オレもアイツを信じる!!」 リザードマンの背後から、1頭のビッグ・キャットが襲いかかる。それを、力だけで弾き飛ばして、吼えた。 「オレは答えなきゃいけないんだ!! この戦いにかける、ラニの想いに!!」 身を打つ雨を弾く程の気迫。 シリウスは笑み、転がる獣は無様に震えた。 「……そう。あたしを信じて。ラス……」 呟きながら、降りしきる雨の中で佇むラニ。そんな彼女に向かって、声がかけられる。 「お前は、行かないのか?」 視線を向ければ、同じ様に立つベルトルドの姿。 「あんたこそ。黒豹のお兄さん」 「……些か、気になる事があるんでな」 その返答に、目を丸くするラニ。 「あんたも?」 「お前もか」 彼らの思考に引っかかっていたもの。それは、先のリザードマンの言葉。 ――天ノ利。人の利。ソシて、地の利。全テが、我らニ在る――。 天の利。これは、宙を駆る見えない敵の事だろう。人の利は、奴らの完璧な布陣。なら、『地』は? 地の利とは、何の事なのか。 ベルトルドが、後ろに控えるヨナに向かって言う。 「ヨナ。探ってくれ」 「空を?」 「いや。地面だ」 「地面?」 怪訝な顔をしつつ、足元に向かって魔力探知(マジック・アイ)を向ける。 途端。 「!?」 バッと顔を上げるヨナ。声を張り上げて、叫ぶ。 「います!! 地面の中に、『何か』が!!」 「!!」 瞬間、身構えるベルトルドとラニ。響く轟音。揺れる世界。そして、大地が爆ぜる。 崩れる轟音と共に現れたのは、悪夢の様に巨大な2匹の蚯蚓。体に生える無数の触手を蠢かせ、形容し難き音で吼える。 「うわ!! 醜悪!!」 「これが、『地の利』か!?」 掘り上げた土砂を蹴散らし、うねる蚯蚓。それが、戦う皆に向かって鎌首をもたげる。それぞれの敵に対峙する事で、精一杯の皆。挟撃を受ければ、ひとたまりもない。 「させるものか!!」 蚯蚓に向かって飛び出すラニ。蚯蚓の出現によって崩れた足場を飛び越え、肉薄。閃く、ユーサネイジア。魂洗い(こころあらい)。粘液に滑る体表を、強かに打つ。瞬間、青白く光る粘液。 「!」 「痛っ!?」 想定外の刺激に飛びずさる、ラニ。ビリビリと痙攣する腕を抑えて、呻く。 「な、何よ!? これ!!」 「そうか!!」 入れ替わる様に飛び出すベルトルド。眼前では、今まさに1匹の蚯蚓が鎚の様に頭部を地面に打ち付けようとしている。 「これもまた、『天の利』!!」 一拍早く、漆黒の蹴足が蚯蚓の頭を蹴り上げる。仰け反る蚯蚓。途端、雷の如き轟音と共に蚯蚓の環帯から青白い閃光が幾条も放たれた。 「な!?」 「電撃!?」 驚くラニとヨナに向かって、ベルトルドが叫ぶ。 「やらせるな!! この雨の中で打たれれば……!!」 理解する。先からの風雨。地面は、湿地と見紛う程に濡れている。この中で電撃を放たれれば、水を伝わった電気が周囲一帯を焦土と化す。 「そういう事か!!」 「止めます!!」 放たれる、エアースラスト。2匹の蚯蚓を、容赦なく切り裂く。のたうつ巨体。顕になる、環帯に刻み込まれた魔方陣。 「そこ!!」 「かぁ!!」 叩き込まれる、ベルトルドとラニの一撃。2体の蚯蚓は、あえなく白い砂と散じた。 「さあ、どうしたの!? そんなんじゃあ、抜けないわよ!?」 サクとキョウに向かって、幾重もの衝撃が重ねられる。揺れる障壁を支えながら、キョウが問う。 「どうするんです!? 徹すれば防ぐのは何とかなりますが、このままではらちがあきません!!」 真剣な顔で奮闘するキョウに対し、サクはちょっと楽しそう。 「どうするって? こうするのよ」 言うやいなや、障壁の外に無造作に左手を突き出す。 「サクラ!?」 静止する暇もない。襲いかかる、スケール1。ズタズタに傷を受ける、左腕。 息を呑むキョウ。けれど、苦痛に歪む筈のサクの顔には壮絶な笑み。残った右腕が、素早くホーンテッドライフルを構える。 覗き込むスコープの奥で、歪む紫眼。見えていた。感じていた。 「丸見えよ」 ヴァンピール。一族の本能に刻まれた、恍惚の美香。 「血の、香りがね!!」 リンクマーカー発動。放たれた銃弾が、先読みする様に雨を切り裂く。響く、悲鳴。ボロボロになった『それ』が、キリキリ舞いをしながら落ちてくる。 「……『フライング・フイッシュ』ですね……」 認めたキョウが呟く。その横で、カチャリと鳴る音。2連の銃声。落ちてきたフライング・フイッシュ2体が、魔方陣を貫かれて砂へと還る。 「大丈夫ですか?」 訊く弟に、サクが返すのは妖しい笑み。 「当たり前よ。死ぬには、少しだけ早いわ」 そして、チラリと施設を一瞥。 「まだやりたい事があるのでしょう? 終わらせないで」 紡いだ言葉は、届いただろうか。 「やっぱり、速い……」 呟いた瞬間、ジークリートを強い衝撃が襲う。 「く……」 歯を食いしばり、耐える。自分達が倒れれば、セルシア達を守る者はいなくなる。それだけは、避けなければならなかった。 「でも、どうすれば……」 その時、一際強い風が吹いた。空にある、全てが揺らぐ。雲も。雨も。ジークリートも。そして――。 「……そうか!」 先の敵の言葉が過る。天の利。天は、全てに平等。理解すれば、それは自分の武器にも。体に穿たれる、幾つもの衝撃。けれど、軽い。覚悟さえあれば、耐えられる。ひたすらに、待つ。その時を。 「来た!!」 風向きが、変わっていた。向かい風から、追い風へ。それは、つまり――。 降りしきる雨の帯が、確かにぶれる。『それ』にとっての向かい風が、確かに動きを制約していた。 見える! 構える、スナイピニアン。ハイパースナイプ。放たれた矢は風に乗り、スピードと威力を倍加させる。全ては一瞬。真正面から貫かれたフライング・フイッシュは粉々になり、嵐の中へと散っていった。 「やりましたね」 息をつくジークリートを見上げながら、フェリックスは呟く。 「天の利とは、良く言ったものです」 雨と共に額を流れる血。それを、グイと拭う。 「風が、『呼ビ声』を空まで運んでくれました」 そんな彼の足元には、サラサラと砂に還っていくフライング・フィッシュが1体。 「スケール1の魔力が消えたわ!!」 リコリスの声が、戦況の変わり目を伝える。 「よし!!」 信号拳銃を放つトール。状況を悟った皆に、気力が漲る。 「スケール2の殲滅を!! 抜けた奴から、シリウス達の加勢に回れ!」 言いながら放つ、ハイパースナイプ。向かってきたビッグ・キャットの眉間を貫く。 「散々やってくれたわね!! お返しは、しっかりさせてもらうわよ! 哀れな猫さん!」 すれ違いざまに叩き込む、三身撃。魔方陣を潰されたビッグ・キャットが、あえなく沈んだ。 「行けます!」 「みんな!!」 「受け取って!!」 リチェルカーレ、アリシア、カグヤの3人から、天恩天賜の加護が飛ぶ。それに加わる、リコリスの戦踏乱舞。 上がる士気。次々と打ち倒されていく、スケール2。 大局は、決していた。 「カァ!!」 ハウエアを放とうとしたリザードマンの体が、クリストフによって流される。逸らされた魔弾はもう1体に当たり、その魔力を封じた。 「気づいていないと思ったかい? その能力、放つのに溜めが必要だろう」 自分を見つめるリザードマンに、告げる。 「おおよそ、5秒と言った所かな? 実戦向きでは、ないな」 「……ふム……」 対峙するリザードマンが、息を漏らす。その顔は、まるで感嘆している様に見えた。 「『かの方』ノ策に溺レ、慢心しタハ我らデアッタか」 言いながら、見回す。いつしか、2体のリザードマンは16人の浄化師達に囲まれていた。 「そう言う事だ」 矢をつがえながら、トールが言う。 「勝負は決まった。どうする? 死に花に何人か道連れにとか言うなら、容赦はしない」 突き付けられる矢の向こうで、2体が笑う。彼らが初めて見せる、明確な感情。 「カカ……。道連れカ」 「成程。ソレも、一興。しかし……」 リザードマン達が、長柄斧を掲げる。身構える、浄化師達。と、リザードマン達が持つ斧が、妖しい光を放った。 それを見た、カグヤとアリシアが叫ぶ。 「待って!! あの斧は!!」 「魔喰器(イレイス)です!!」 皆が、驚きに目を見開いた瞬間。 リザードマン達は、自らの魔方陣に斧を叩きつけた。 弾け飛ぶ、魂縛の鎖。解き放たれる、無数の魂。 「……『最操』ノ、御方様……」 「全てハ、あなた様ノ繰リ糸のままニ……」 満足気に言い遺し、2体のリザードマンは砂へと散じる。 残された浄化師達は、その様を茫然と見つめるだけだった。 「ベリアルが……自死……?」 「そんな事が……」 信じられないと言った体(てい)で呟く、ジークリートとフェリックス。残った砂の傍らに膝をつきながら、クリストフが言う。 「妙な事を、言っていたね」 「はい……。確か、『最操の御方様』とか……」 傍らの、アリシアの言葉。それに頷きながら、彼は続ける。 「そもそもが、最初から奇妙な連中だった。全く持って、ベリアルらしくない。まるで、別の意思に操られている様だった」 「操る? ベリアルを?」 ヴォルフラムが、カグヤに向かって問う。 「そんな事、出来るの? カグちゃん」 「聞いた事ない……。でも、そうであれば、辻褄は合うと思う……」 「しかし、他の連中はともかく、こいつらはスケール3だ。高い知能と確とした自我を持っている。そんな奴らが……」 トールが言いかけた、その時。 「掴みかけた真理を手放すのは、愚か者のする事でしてよ。若き仔羊」 突然響いた声に、場の全員が総毛立つ。 「誰だ!?」 振り向いた先にあったのは、まだ辛うじて原型を残していたグリズリーの頭。それが、崩れかけた口をパクパクと動かしていた。 「その問いに答えてもらおうと思うには、まだ高みは先ですの。愚かで愛しい仔羊達」 声は女性。けれど、幼さが宿る。声にも、口調にも。 「もう少し。もうしばし。精進するがいいですの。さすれば、いずれ全ての未知に答えてあげる」 声が、語りかける。まるで、遥かな玉座から見下ろす様に。けれど、それを不遜と憤る者はいない。分かっていたから。この声の主が在り様は、確かに及ばぬ場にあると言う事を。 「さて、お喋りは楽しいけれど。遊んでばかりもいられませんの。早く、この子達の御霊に応えなければ」 「何……?」 「何の事だ……?」 幾人かが、絞り出す様に問いかける。答えはない。ただ、気配だけが哂った。 荒び泣く、嵐の声。怯える様に震える、ステンドグラス。暗闇に落ちる、極彩の光。その中で、セルシアは見つめていた。 成す事は出来ず。 出来る事も無く。 戦慄きながら。 咽びながら。 ただ、その情景だけを見つめていた。 光の中には、純銀に彩られた十字架が1本。それに抱かれる、少女が1人。名を、カレナ・メルアと言う。 決まっている筈だった。 定められている筈だった。 カレナの側にいる者は。 彼女の傍らに立つ者は。 セルシア・スカーレル。 彼女だけの、筈だった。 けれど。だけど。 違った。 今は、違った。 彼女には。カレナの前には。 『それ』が、在った。 あるべき理を狂わせて、『それ』は歌う。 静かに、歌う。 優しく彼女を、誘う様に。 血は甘く。 死は愛しく。 全てを、委ねよと。 そう。 望んで散った、『あの子ら』の様にと。 セルシアが、足掻く。 震える足を引きずり。 青ざめた爪で床を噛み。 呼びかける。必死に。 全てを、賭けて。 でも。 けれど。 届かない。 届かない。 想いは阻まれ。 願いは潰され。 ただ。 ただ。 歌だけが響く。 『それ』が振り向いた。 深い奈落が、微笑む様に。 セルシアが、叫ぶ。 ステンドグラスに刻まれた、教団の紋章。 走る、亀裂。 まるで、分かつ様に。 まるで、違う様に。 そして――。 瞬間、施設の窓と言う窓が一斉に爆ぜた。 「な!?」 「何だ!?」 驚く皆の前で、割れた窓から真っ赤な光が射す。 「あれは!?」 「魔方陣の……ベリアルの光!?」 「まさか……」 「カレナさん!! セルシアさん!!」 咄嗟に施設の中に走り込もうとする、アリシアとリチェルカーレ。しかし、その手がドアにかかる前に、そこからも真っ赤な光が溢れる。 弾け飛ぶドア。弾き飛ばされる、アリシアとリチェルカーレ。倒れた2人に駆け寄る皆。真紅に染まる視界の中、降り立つ1つの影。 それは、かつてカレナと呼ばれた少女。そして、今はカレナでなくなった存在。 漆黒に輝く眼差し。 薄い唇から除く歯牙。 はだけた胸。淡い膨らみの上で輝く魔方陣。 「カレナ……さん……」 呆然と呟く、ジークリート。答える様に、カレナが低い唸り声を上げる。 「くそ!!」 悲痛な声と共に、トールがサバトの短弓を『彼女』に向ける。 「トール!! 何するの!?」 「放せ!! ララ!!」 腕にしがみつくリコリスに、血を吐く様な声で言う。 「彼女は、堕ちたんだ! もう、救う手段は……!!」 「違う!! まだ、終わってない!!」 らしくなく取り乱す彼女。トールはただ、歯噛みする。 「くそ……」 「こんな結果……」 皆が絶望に崩れ落ちる中、トールと同じ思いを選んだ者達が刃を抜く。 「……許せ……」 双剣を構えたシリウスが、『彼女』に向かって走る。せめて、苦しまぬ様に。必殺の一撃が、魔方陣を貫こうとしたその時。 飛来したダガーが、シリウスの肩を穿つ。 「ぐ!?」 呻きを上げて、膝を屈するシリウス。見上げた先。壊れた施設の入口に、幽鬼の様に立つ姿があった。 「……カレナは、殺させない……」 聞き覚えのある声。リチェルカーレとアリシアが、声を上げる。 「セルシアさん!!」 「無事で……」 しかし、綻びかけた想いは止められる。セルシアが、手に持ったダガーの切っ先を彼女達に向けていた。 「近寄らないで。カレナを殺そうとする奴は、私の敵……」 「セルシア……さん……」 「カレナは、わたしを殺さなかった!! あの娘はまだ、カレナのまま!! なら、わたしはあの娘の側に!!」 鬼気迫る怒号。皆が立ち竦んだ隙に、『彼女』が走り出す。苦しげに、頭を抱え。まるで何かから、逃げ出そうとする様に。止めようとしたラスとフェリックスを弾き飛ばし、走り続ける。深い。深い。雨の向こうへ。 「カレナ!!」 セルシアもまた、後を追って走り出す。後に残る仲間。それを、想いに留める素振りも見せず。 「待ちなさい!!」 遠ざかる背に向かって、九字を放とうとするキョウ。その腕を、サクが掴んで下ろした。 「サクラ……」 「行かせて、あげて……」 呟く声は、何処までも悲痛。 もう、追う者はいない。二人の姿は見る見る小さくなり、夜闇の中へと消えていった。 「あちらにいなくて、いいんですの?」 「……訊きたい事がある……」 全身を濡らして佇むベルトルド。その視線の先には、崩れかけた大熊の頭。 「何をした?」 「あの子の世界を、導いてあげただけ。もっとも、もう1押し、足りなかった様だけど」 悪戯を失敗した子供の様な言い様。ベルトルドの牙が、ギシリと鳴る。 「目的は、何だ?」 「その真理に達するには、まだ未熟」 「そうか……」 静かな声。ベルトルドの足が、熊の頭にかかる。 「ならば、待っていろ。必ず、辿り着く。そして……」 寡黙な彼。その双眸が、燃える。 「貴様を、踏み砕く」 「それはそれは」 転がる声。楽しそう。 「お待ちしてますの」 瞬間、猛る黒獣の足が熊の頭を踏み砕く。 気配は、もうない。 いつしか嵐は止み、覗く月が皆を冷たく照らしていた。
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*** 活躍者 *** |
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[50] サク・ニムラサ 2019/08/30-23:12
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[49] ラス・シェルレイ 2019/08/30-23:12
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[48] リチェルカーレ・リモージュ 2019/08/30-22:55
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[47] ヴォルフラム・マカミ 2019/08/30-22:45
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[46] ベルトルド・レーヴェ 2019/08/30-22:43
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[45] クリストフ・フォンシラー 2019/08/30-22:24 | ||
[44] ラニ・シェルロワ 2019/08/30-21:41
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[43] ラニ・シェルロワ 2019/08/30-21:41
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[42] ジークリート・ノーリッシュ 2019/08/30-21:40
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[41] カグヤ・ミツルギ 2019/08/30-21:23
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[40] リコリス・ラディアータ 2019/08/30-19:59
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[39] シリウス・セイアッド 2019/08/30-19:44 | ||
[38] リチェルカーレ・リモージュ 2019/08/30-19:28 | ||
[37] ヴォルフラム・マカミ 2019/08/30-18:28
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[36] クリストフ・フォンシラー 2019/08/30-18:01 | ||
[35] リコリス・ラディアータ 2019/08/30-16:35
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[34] ヨナ・ミューエ 2019/08/30-10:50 | ||
[33] ヨナ・ミューエ 2019/08/30-09:13 | ||
[32] ジークリート・ノーリッシュ 2019/08/30-07:01
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[31] リチェルカーレ・リモージュ 2019/08/30-01:16 | ||
[30] クリストフ・フォンシラー 2019/08/30-00:43 | ||
[29] クリストフ・フォンシラー 2019/08/30-00:36 | ||
[28] ヴォルフラム・マカミ 2019/08/30-00:27 | ||
[27] ジークリート・ノーリッシュ 2019/08/30-00:25 | ||
[26] ヴォルフラム・マカミ 2019/08/29-23:55 | ||
[25] ジークリート・ノーリッシュ 2019/08/29-22:41 | ||
[24] カグヤ・ミツルギ 2019/08/29-22:36 | ||
[23] リチェルカーレ・リモージュ 2019/08/29-22:34 | ||
[22] リチェルカーレ・リモージュ 2019/08/29-22:17 | ||
[21] リコリス・ラディアータ 2019/08/29-21:30 | ||
[20] ヴォルフラム・マカミ 2019/08/29-21:20 | ||
[19] ヨナ・ミューエ 2019/08/29-03:25
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[18] ヨナ・ミューエ 2019/08/29-03:19 | ||
[17] サク・ニムラサ 2019/08/29-01:28
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[16] アリシア・ムーンライト 2019/08/29-00:39 | ||
[15] クリストフ・フォンシラー 2019/08/29-00:17 | ||
[14] リチェルカーレ・リモージュ 2019/08/28-23:41 | ||
[13] リチェルカーレ・リモージュ 2019/08/28-23:25 | ||
[12] ラニ・シェルロワ 2019/08/28-22:14 | ||
[11] キョウ・ニムラサ 2019/08/28-02:02
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[10] リチェルカーレ・リモージュ 2019/08/27-22:06 | ||
[9] ジークリート・ノーリッシュ 2019/08/27-21:01 | ||
[8] カグヤ・ミツルギ 2019/08/27-15:26 | ||
[7] リチェルカーレ・リモージュ 2019/08/27-00:28 | ||
[6] リコリス・ラディアータ 2019/08/26-20:36 | ||
[5] リチェルカーレ・リモージュ 2019/08/25-21:45 | ||
[4] ラニ・シェルロワ 2019/08/25-21:04 | ||
[3] ジークリート・ノーリッシュ 2019/08/25-00:14
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[2] サク・ニムラサ 2019/08/24-04:50
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