【海蝕】名前を呼んで
とても簡単 | すべて
8/8名
【海蝕】名前を呼んで 情報
担当 瀬田一稀 GM
タイプ EX
ジャンル イベント
条件 すべて
難易度 とても簡単
報酬 なし
相談期間 4 日
公開日 2018-06-25 00:00:00
出発日 2018-07-02 00:00:00
帰還日 2018-07-10



~ プロローグ ~

 ベリアルの出現は確認されていないが、万が一のときに備えて、エクソシストの警備が必要。
 そう言われ、あなた達は、ベレニーチェ海岸を訪れた。

 ――と。
 話しかけてきたのは、一人の女性。
「やあ、エクソシストさん! フェアリーブを飲まないかい?」
「フェアリーブ?」
 首を傾げたあなたに、女性は液体が入ったコップを差し出してくる。
「ミルーチェっていう果実から作られたカクテルだよ。これを飲むと、素敵なことが起こるのさ」

 とろりとした琥珀色の液体は、甘いのに爽やかで、いくらでも飲めてしまいそう。
「おい、そんなにごくごく飲んで大丈夫か?」
「平気よ。だってこんなに美味しいんだもの」
 あなたは答え――目の前にいる女性の顔が、ぼやけて見えることに気がついた。

(なに、これ……)
 頭と体がふわふわする。
「おいっ!」
 パートナーが支えてくれたおかげで、なんとか倒れることはなかった、けれど。
(なんか変な感じ……)

 あなたは、「ねえ」と呼びかけようとして、自身の声に驚いた。
(えっ、なんで……彼の名前しか呼べないの!?)

 ※

「大事な人の名前しか、呼べなくなる……?」
 女性から果実の説明を聞き、パートナーが目を丸くした。
「なんだそれは……」
「ミルーチェっていうのが、不思議な効果がある果実なんだよ。まあ、今飲んだのはコップ一杯程度だし、一時間もすれば元に戻るから、心配はないさ」


~ 解説 ~

あなたは「大切な人の名前を呼ぶことしかできなくなる飲み物」を飲んでしまいました。
最初はフラッとしたけれど、体調に問題はありません。
言動も、記憶もしっかりしています。
なのに、口から出る言葉は全部、大切な人の名前だけ(フルネーム・愛称どちらでも可)なのです。

何もせずとも、一時間ほどで元に戻ります。
逆に言えば、何をしても、一時間の間は元に戻らないということです。

ちなみに書き言葉はこれまでどおり、なんの変化もありません。
ただ、メモやペンの支給はありませんので、ご注意を。

●ベレニーチェ海岸について
世界でも有数の美しい海岸です。
水は透明度が高く、海水浴を楽しむことができます。
現在、ベリアルの姿は確認されておりません。
海岸沿いには様々なフルーツや美しい花に囲まれています。

【以下は、このエピソードでの設定です】
・露天で、凍らせたフルーツや果実水などが販売されています。
・水遊びに必要なものをレンタルしてくれるお店もあります。
 水着はもちろんのこと、サンダルやパラソル、水鉄砲など。
 様々なものがありますので、お気に入りの品を探してみるのもいいかもしれません。
(プランに希望の品をお書きください)


~ ゲームマスターより ~

ゆるっとしたエピソードですので、どうぞゆるっとご参加ください。
パートナーとふたりきりの時間を楽しんでも、エクソシスト同士、交流していただいても大丈夫です。
大義名分は、海岸の警備(ベリアルが現れたときに対処するため)ですので、海岸を離れないようにしてくださいね。





◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇

鈴理・あおい イザーク・デューラー
女性 / 人間 / 人形遣い 男性 / 生成 / 魔性憑き
大事な人?
まずは目の前のイザークさん…※声に出ない

もしかして不良品で誰の名前もでないかも…
「お…とうさん」※声に出る
この年で大事な人がお父さんも恥ずかしいし
イザークさんにものすごく失礼すぎるっ

「おか……」
そんなはずない、あの人を呼べるなんて
やっぱりこれは不良品だ

声がでないだけで警備は問題な……どこへ連れて行くんですか
ですからお金は自分が…押し切られた

出会った頃は変な人と思っていたけれど、
ただのパートナーの私にも丁寧に接してくれる

頑張って名前を呼ぼうとするのに
どうして呼べないんだろう

「……ークさん」
「やっと呼べた」今、呼べたの?それとも時間切れ?
どちらなのかは分からないけど…名前、呼べて良かった
リチェルカーレ・リモージュ シリウス・セイアッド
女性 / 人間 / 陰陽師 男性 / ヴァンピール / 断罪者
周りの様子から状況に気づき きょとん
アリシアちゃんも サラちゃんも慌ててる
わたしたちは平気みたいね?
見上げたシリウスが 若干微妙な顔をしているのに気づいて目を丸く
え…?あ、どうしよう…!
慌てるが シリウスの動きに首を傾げ
大きな手に触れられて赤くなる
文字を書いているのに気づいて ゆっくり読み上げる

…そう?困らない?
シリウスがそういうなら… あ、でも何か言いたいことがあれば教えて?
わたしが通訳するわ

海岸沿いを散歩 花やフルーツを指差してお喋り
声はなくても 自分のさす方を見たり頷きを返してくれる彼に笑顔
…それでね、あの白い花はね…
急に名前を呼ばれ 引き寄せられて目を丸く
あ、ありがとうシリウス
あれ、今、わたしの名前…
アリシア・ムーンライト クリストフ・フォンシラー
女性 / 人間 / 陰陽師 男性 / アンデッド / 断罪者
・カクテルを飲むのはクリス
アリシアに差し出されたのをニッコリ笑って横から取る
「まさかアルコールじゃないよね?大人っぽいけど彼女はまだ17だからね」
確かめる為に口にする
クリスがふらついたのを見て支えるアリシア

「クリス…?だ、大丈夫、ですか…?もしかして…強いお酒でした……?」
「アリシア」(ん?酒じゃなかったって言おうとしたんだけど……おや?)

・説明を受けた後
荷物に入っていたメモ帳とペンをクリスに渡す
「この間の依頼で使ったの、そのまま、バッグに入れてあったんです…ちょうど、良かった…」

一時間で終わるなら、その間、私が頑張らないと、ですね…
いつも、クリスが話してくれるのに、甘えてばかり、でしたし……
ガルディア・アシュリー グレール・ラシフォン
男性 / 人間 / 占星術師 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
祓:
寛ぎつつも警備も忘れず

飲むと素敵な事が起こるカクテルだという
俺は果実水がまだ残っているから、気にせず飲むといい
と、勧められたカクテルを深く考えずに、グレールに渡した
そう言えば『素敵な事』とは何か聞きそびれたな

ん、何だ? と自分の名前を呼ばれる都度不思議に応え
砂浜に指で文字が描かれる
…名前しか呼べない、と

「ふっ…ははっ、なるほど、そういう時もあるだろう
面白いな。気にするな、もっと呼んでも構わんぞ」

と、笑いながら
狼狽えて何度もこちらの名前を言い掛ける相手を楽しんで見ていたが

……ちょっと、待て。待て、なんだ、何か…待て、恥ずかしい、恥ずかし

呼ぶな! これ以上は呼ぶな! …恥ずかしいと言っているだろう!
トウマル・ウツギ グラナーダ・リラ
男性 / 人間 / 断罪者 男性 / 生成 / 陰陽師
◆トウマル

「グラ」
悪い、と。支えて貰った礼言って離れようとして。
「グラ。グラ」
何だこれ

説明聞いて黙る。大切な人。
浄化師だからとか
俺知り合い少ないし選択肢がほぼ無いからとか
自分で考えてて悲しくなるが。
気にしてなさそうなグラに安堵

警備続行。足下の砂にケイビって書くわ
怪しいとこ無いし店の様子見てみるか
グラ振り返りアッチと指差し。
グラって自分から話すこと稀だから会話なくなるな……

果実水。美味そう。
グラを見上げる。商品指す。ラズベリー?
いや支払い頼んだわけじゃ、って
……二度はねぇよ。
大体同じ症状出たらアンタ誰の名――俺には関係ないか
渡されて大人しく飲み
あ。
「グラ」
これ結構美味いな?の言葉は続かねぇけど。
テオドア・バークリー ハルト・ワーグナー
男性 / 人間 / 断罪者 男性 / 人間 / 悪魔祓い
ああもう!
先に説明しろよな!
でもハルが飲んだのが少量でよかったよ。

ん、どうした?
ああ、いや違うな…何か伝えたいことでもあるのか?
参ったな…何か書けるようなものでも持って来ていればよかったんだが。

連呼されてるってことは、多分俺に何かを伝えようとしてくれてるんだろうけど…
ハルのことは大体分かるって思ってた。
けど、そんなことなかったっていうのを思い知らされた気分だ。
ずっと笑顔だから、気持ちを汲み取ってやれないことを気にしてないとは思うんだが。
…あ、ごめんハル、今度はどうしたんだ。
心配してくれてるのか?
…よく分からないけど、ありがとな。

…なっ、お前っ、効果切れてるんじゃないか!
紛らわしいことするなよ!
ヨナ・ミューエ ベルトルド・レーヴェ
女性 / エレメンツ / 狂信者 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
思いの外平和な海岸の様子に拍子抜け
暑い
喉の渇きに負けてフェアリーブを飲んでいたのはヨナ
心持ち機嫌が良いのか脱いだブーツを手に持ち素足で砂と波の感触を楽しむ
故郷を思い出し なつかしいですね とぽつり

後ろを歩いていたヨナが声をかけてきた。転んでいる
(俺の)名前を呼び掛けて途中でやめたような?振り向くと口を抑え表現しがたい顔
どうした どこか打ったか
動揺しながら名前を呼ばれるがどこかおかしい
酔い過ぎたのか…?
逡巡し先ほどの飲み物を思い出す
笑いを押し殺し「時間で戻る」と伝え立ち上がるのに手を貸す
ガラスで足を切ったのか。応急セットは置いてきているしな…
(わざとらしいため息)仕方ない、ほら。休めそうな所まで戻る
サラ・ニードリヒ ハンス=ゲルト・ネッセルローデ
女性 / ヴァンピール / 占星術師 男性 / ライカンスロープ / 悪魔祓い
ハンスの名を呼ぶ事に抵抗は無いわ
でもちゃんと伝わるかしら

露店の果実水を見て
物欲しげにハンスの裾を引き
名を呼びおねだり
だって暑いんだもの

靴を脱いで波打ち際に?
そんな子供みたいな真似…ってハンスはやるのね
もう 一応警戒中なのよ?
けど 冷たくて気持ちいい

途中波に足を取られるが果実水を持っていて手を着けない
思わず切羽詰まった調子で「ハンスッ!」

ああ ちゃんと支えてくれるのね
やっぱりハンスは頼りになるわ
お日様…ハンスも何だかお日様みたいな人かも
熱血で突っ走りな所があったり
でも私が生きるためには欠かせない人で…

どうせ名前しか言えないなら
本音がバレる事は無いわよね
今のうちに何度も目一杯言ってしまおう
「大好き」って


~ リザルトノベル ~

●見えぬ心に名が響く

 女性が、アリシア・ムーンライトに、カクテルを差し出す。
 それを横から手に取ったのは、クリストフ・フォンシラーだ。
「まさかアルコールじゃないよね? 大人っぽいけど彼女はまだ17だからね」
 ね、のところでアリシアに笑顔を向けて、彼はそのまま、器に口をつける。
(うん、お酒は入ってない……けど……あれ?)
 爽やかで口当たりの良い液体に、一瞬くらりと、視界が揺れた。

「クリス……? だ、大丈夫、ですか……?」
 アリシアは、とっさにクリストフの二の腕に、手を添えた。
 長身で、しかも男性である彼を支えられるはずはないのだが、ただただ心配で、そんなことは思いいたらない。
「もしかして……強いお酒でした……?」
 アメジストの瞳で見上げて聞けば、クリストフの唇が、ゆっくりと動いた。
 そして紡ぐは――。
「アリシア」
「……はい?」
 漆黒の髪をさらりと揺らし、アリシアが首をかしげる。

 クリストフは、自らの指を口に寄せた。
(ん? 酒じゃなかったって言おうとしたんだけど……おや?)
 どうして、言いたいことと発する音が違うのか。
 もう一度、先ほど考えたことを口にしようとしてみたが、響く単語はやはり。
「アリシア」
「……はい?」
 アリシアの大きな瞳が、ぱちりと瞬く。

 彼女はただ静かに、クリストフの次の言葉を待っていた。
 いつも笑顔を絶やさぬ彼が、真剣な顔をして、考え込んでいる様子なのが気にかかる。
 が、何かあれば、説明してくれるはずだ。
(言えないことならば、名前を呼ぶなんてないでしょうし……)

 そこに、くだんの女性の説明だ。
(へえ、なるほど。ずいぶん面白い果実があるんだね)
 体に異常はなく、短時間で治るとなれば、過分に心配をする必要はない。
(いや、むしろこの状況は……)
 クリストフは、隣に立つアリシアに、視線を向けた。
 彼女の表情は真顔のままだが。
(びっくりしているのかな。それとも、思考が追いつかないのか)
 クリストフの口角が、わずかに上がる。

 アリシアは、ほうっと息を吐いた。
(……話せないんじゃ、大変ですよね)
 と、そこで、荷物の中にペンとメモがあることを思い出す。
 それを取り出し、アリシアはクリストフに差し出した。
「この間の依頼で使ったの、そのまま、バッグに入れてあったんです……、良かった……」
 クリストフはにこりと笑って、それを受け取った。
 そして少女の耳に唇を寄せ、囁く言葉は当然。
「アリシア」
「は、はいっ……」
 耳朶にかかった息に、アリシアの顔がかっと熱くなる。
(普通に名前を呼ばれるのは、平気……なのですが)
 いかにせん、この距離は近すぎる。

『ごめん、名前しか言えないの忘れてて。ありがとうって、言いたかったんだけど』
 クリストフは、メモにさらさらとそう書いて、アリシアに差し出した。
 真っ赤な顔のまま頷くアリシアの反応が可愛くて。
 思わずもう一度、名を呼びそうになる。

 一方アリシアは、体の脇で、こぶしを握った。
(1時間……クリスはずっとしゃべれないんだから、その間、私が頑張らないと、ですね……。いつも、クリスが話してくれるのに、甘えてばかり、でしたし……)
 メモがあれば会話はできるけれど、書く手間はある。
 できることなら少々のことは、クリストフの表情や様子から、察してあげたい。
(話すことは苦手でも、それくらいなら……)
 だが。

「アリシア」
「……アリシア」

 クリストフは、何度も何度も、話しかけてきた。
 メモを使うのは、決まってそのあと。
『ああ、いつもの癖で話しかけてしまったよ』
『メモに書くほどのことじゃないと思ったんだ』
 そのたび、アリシアの顔は赤く染まっていく。
(だって…私の名前って事は…大切に思ってくれてるって事で……)
 俯く彼女の耳には、また。
「アリシア?」
(頭のいい人だもの、絶対にわざとやっているに決まってます! もしかして、からかわれているんでしょうか)
 それでも、嫌ではない。いやむしろ、構ってもらえるのは、嬉しいけれど。

 ※

「……リチェちゃん、サラちゃん……どう思います……?」
 アリシアは胸に手を当て、はあはあと荒い息をしながら、友人たちに尋ねた。
 いたたまれずにクリストフのもとを駆け出して、彼女たちを探したのだ。
「でも、アリシアちゃんの名前を呼んでくれたんでしょう?」
「それが、ムーンライトさんのことを、大事に思っているという証ですよ」

 アリシアを追って歩いていたクリストフは、はたとその足を止めた。
(どうして、アリシアの名前が呼べたんだろう。俺はそこまで、彼女を大切に思っていたのか……)
 もしアリシアが、捜している相手だとしたら。
(絶対に契約したいと思ったんだから、納得だよね)
 でも、違ったら……?
 俺は、アリシアのこと……、と。呟いたつもりの声が「アリシア」と響き。
 クリストフは、友人たちとともにいる、少女を見つめたのだった。

●輝く貴方を燃やす声

 露店では、果実水が売られていた。
 陽光に輝く鮮やかな色は美しく、柑橘類の香りは、爽やかで心地よい。
(あ、飲みたい)
 サラ・ニードリヒは、ハンス=ゲルト・ネッセルローデの団服に手を伸ばした。
 指で裾を掴んでくいっと引けば、ハンスが振り返る。
「どうした、サラ。飲みてーのか?」
 ――ええ、だって暑いんだもの。
 想いはただ一言、名にこもる。
「ハンス」

 ハンスははっと、息を飲む。
 サラの声は、いつもと同じ。
 それなのに、ずいぶん甘く、切なく聞こえるのは、どうしてだろう。
(この暑さにやられたか。それとも――)
 サラの、ねだるような上目遣いがいけないのか。
「……ハンス?」
 空の瞳はまっすぐハンスを捕らえたまま。珊瑚の唇が、ゆったりと動く。
(くそっ、だめだ色々欲情する!)
 ハンスは、ぱっと目をそらした。
 心臓が、ばくばくと鳴っているのは、だめだと思ってからの一瞬で、『色々』を考えてしまったからだ。
 それはもう、人には話せない『色々』を。
「ハンス」
 さらに呼ばれるも、そちらを見ることなんて、できるはずもない。
 だが、反応しなかったことを、ハンスはすぐに後悔する。
「あなた達、買うなら早く選んでくださいよ。後ろ、並んでるんだから」
 露店の主に、そう言われたからだ。
「すみませんっ!」
 謝りすぐに、果実水を購入する。
 それをサラに押しつけ、手を引いた。

 ざあざあと、波が寄せる砂浜で、サラははっと息を吐いた。
 もうさっきの果実水は、すっかりぬるくなってしまっている。
 警備の指令とはいえ、ベリアルが現れる様子はなく、ただただ、夏の日差しが辛いばかり。

 そのサラを、ハンスは横目にちらりと見る。
(暑そうだな。ヴァンピールは、直射日光苦手なんだっけ?)
 思いつつ、子供時代までさかのぼり、サラとの記憶をたどる。
 と、思い出すのは、森の小川で遊んでいた、愛らしい少女の姿。
「ねえハンス、ここはとても涼しいわよ」
 そう言って彼女はハンスを、澄んだ水の中にいざなった。
(そういや、あの頃も暑いの苦手だったな)
 その後、ひやり、冷たい水に足を浸して、流れる水をぱしゃぱしゃ蹴って。
 びしょ濡れになりながら、小さな魚を取ったのだ。
(あのときは、水面もサラの髪も、きらきら輝いて、綺麗だったな)
 思い出しながら、ハンスは、靴下と靴を脱ぎ去った。
「うわ、あちっ!」
 飛び跳ねながら乾いた砂の上を走り、やってくる波に、素足を濡らす。
「ほら、サラも靴脱げ。気持ちいいぞ」

「ハンス……」(そんな子供みたいな真似……)
 笑顔を見せたハンスに、サラは苦笑する。
(もう、一応警備中なのよ?)
 思いながらも、波打ち際に立ち、靴下と靴を脱ぎ去った。
「俺も最初から、そこで靴脱げばよかった……」
 大げさに、がくりとうなだれるハンスの姿を見、声を上げて笑う。
 そのサラの白い足に、ざざ、と静かな波がかかる。
(本当に気持ちいい……)
 サラはうっとりと目を細め、一歩海の中へと、歩を進めた。
 足の甲を濡らしていた水が、足首を、脛を濡らす。
 ――と。

「ハンスッ!」
「サラッ!」
 予想外に大きな波に足を取られ、転びかけたサラに、腕を伸ばした。
 彼女の手の中で、果実水の器がぐらりと傾き、鮮やかな水が零れ落ちる。
 ――が、サラはハンスの胸の中。

「ハンス……」
 サラは、逞しい胸に身を寄せて、その名を呟いた。
(ああ、ちゃんと支えてくれるのね。やっぱりハンスは頼りになるわ)
 見上げる先には、太陽に照らされたハンスの姿。
 銀の髪が夏に染まり、眩しいほどに、輝いている。
(……ハンスも何だかお日様みたいな人かも)
 熱血で突っ走りな所があったり、こうして温かな体で、抱きとめてくれたり。
 時々はその熱さに、心が燃え上がり、おさえるのが大変だけれど。
(でも私が生きるためには欠かせない人で……)

「……ハンス」
 腕の中、サラの唇がゆっくりと動く。
「ん?」
「ハンス」
「なんだ?」
 呼ばれるたびに、ハンスはサラに、笑顔を向けた。
 長い付き合いとはいえ、言いたいことはわからない……でも。
(……やべー、すげー幸福感)

「……ハンス」
 ――好きよ。
「ハンス」
 ――大好き。
 本音がバレる事はないのだからと、サラは唇を動かし続ける。
 タイムリミットは、おそらくあと少し。
 その間にどれだけの『大好き』を重ねられるか。
 愛しい人の名に想いを隠し、サラはハンスを呼び続けた。

 そこにやって来たのが、アリシアとリチェルカーレだ。
「わっ!」
 ハンスは慌ててサラから身を離し、サラは平然と、困惑顔のアリシアに目を向けた。
「ちょっと相談したいことがあるんですが……。サラさんたち、仲良くて羨ましいです……」
 どうしたのかと問おうとしたサラが、唇を開きかけた、ところで。
「あっ、サラ今、あのカクテル飲んでっ……!」
 真っ赤な顔のハンスが、すかさず大きな声を出す。
「ハンスさんの名前を呼んじゃうってことですね」
 リチェルカーレの微笑みに、サラとハンスは顔を見合わせたのだった。

●呼んだ声がしめすもの

「わたしたちは平気みたいね?」
 リチェルカーレ・リモージュは、傍らに立つシリウス・セイアッドを見上げた。
 先ほど、慌ててやって来たアリシアやサラと、話したばかり。
 アリシアはこのカクテルを『大事な人の名前を呼んでしまう飲み物』だと言っていた。
「でもそれで名前を呼んでもらえたのならば、アリシアちゃんは、大事に思われているってことだもの。素敵よね」

 そうだな、と。
 自分が思っているからではなく、リチェルカーレの望み通りに、答えようとして。
 シリウスは口を開いた。が、喉から出てくるのは、息ばかり。
 二度三度、力を込めて、音をのせようとしても、だめだ。
 思わず眉間にしわが寄る。

 リチェルカーレは、彼の小さな変化を見逃さなかった。
「シリウス? 平気だと思ったけど、もしかして……!」
 え……? あ、どうしよう……! と。
 どうしようもできないのは、アリシアの話からわかっている。
 それなのに、リチェルカーレは慌てて、シリウスを見つめる。

 シリウスは、平気だという意味をこめて、首を横に振った。
 幸い、リチェルカーレの声はしっかり聞こえているし、一時間もすれば元に戻るのだ。
 にもかかわらず、リチェルカーレの瞳は、不安げに揺れている。
(……まったく、俺が喋らないのは、いつものことだろう)
 嘆息しつつ、彼は左手で、リチェルカーレの左手をとった。

 細い手首を、大きな手に握られる。
 その力強さに、温かさに、リチェルカーレの頬が、ほわりと熱くなった。
 が、ときめき浮ついてはいられない。
 シリウスの人差し指が、リチェルカーレの手のひらに、文字を書き始めたからだ。
「……問題ない」
 ゆっくり読み上げ、リチェルカーレはシリウスを見上げる。
「……そう? 本当に困らない?」
 彼は、こくりと頷いた。
「シリウスがそう言うなら……あ、でも何か言いたいことがあれば教えて? わたしが通訳するわ」

 言いながら、右手でこぶしを握る彼女に、シリウスは苦笑する。
 もしリチェルカーレの態度が、もっと押しつけがましいものであれば、シリウスはもう一度、首を横に振っていただろう。
 だがリチェルカーレは、いつだって寄り添うような、態度を見せる。
 けして人当たりがいいとは言えないシリウスにも、言葉で、心で、寄り添おうとするのだ。
(だから、放っておけない)

 ※

 鮮やかな花咲き、果実が実る海岸沿いを、二人は並んで歩いていた。
「……それでね、あの白い花はね……」
 リチェルカーレは、近くに咲く花を指さした。それを、シリウスの目線が追いかける。
 声はなくとも、彼はこうして、リチェルカーレの言動に反応してくれる。
 それが、リチェルカーレは嬉しかった。

 周囲には、楽し気な人の声。
 海の向こうに目を凝らしても、ベリアルの姿は見えない。

「このまま、平和に時間がすぎるといいわね」
 リチェルカーレは、そう言ってシリウスに目を向けた。
 陽光に、彼の翡翠の目が、きらきらと輝いている。
(綺麗……)
 思った一瞬、シリウスがぱちりと瞬いた。
『どうかしたか』
 問うようなまなざしに、またも顔が熱くなる。

(……まさか、熱中症ではないだろうな)
 赤くなった頬を見て、シリウスは、リチェルカーレの頭に手を置いた。
 空を映した髪は、見事に熱くなっている。
(帽子でも、持って来ればよかったか)
 熱でもあるまいなと、今度はリチェルカーレの額に、手を動かす。
 様子を見るため、顔を覗き込む――と。
 その頬の赤が、さっきよりもかなり、濃くなっていた。
『大丈夫か?』
 言おうとした唇からは、やはり言葉は、一切出ない。

 ただその表情から、リチェルカーレには、シリウスが心配してくれていることがわかった。
「あの、大丈夫だからっ……」
 紅潮する頬を隠すように、リチェルカーレは、速足で数歩、先へ進む。
 そこで、くるりと振り返った。
(ああやっぱり、シリウスは、綺麗)
 輝く瞳だけではなく、光を反射する黒髪も、まっすぐに背筋を伸ばして立つ姿も。

 微笑むリチェルカーレを、シリウスは柔らかな表情で見つめた。
 頬を染めたかと思えば笑顔になって、こうして後ろ向きに歩いてみたりもする。
 そんな無邪気にも関わらず、彼女はベリアルにも、勇敢に立ち向かうのだ。
(――守らなければ)
 改めて、思う。

 そこに。
 高い波が、押し寄せた。

「リチェ!」
 シリウスは咄嗟に砂を蹴り、リチェルカーレに駆け寄った。
 細い前腕を掴み、思い切り引き寄せる。
 小さな彼女は、ぽすり、シリウスの、腕の中へ。
「あ、ありがとうシリウス……」

 予期せぬ抱擁に、リチェルカーレの胸がどくりと鳴った。
 胸に頬寄せ、見上げる先。見下ろすシリウスと、視線が絡む。
 そこではたと気がついたのは。
「あれ、今、わたしの名前……」

(呼んでくれたっていうことは、シリウスにとって、わたしは)
(彼女の名を呼んだということは、つまり)

 触れる箇所から、熱が伝わる。
 その暑さは、夏の日差しのせいばかりではない。

●隠した想いが溢れる名

 寄せては返す波の音の間に、聞こえてくるのは賑やかな人の声。
 海岸の端に広げたパラソルの下で、グレール・ラシフォンは、額にかかる髪をかき上げた。
 このような穏やかな時間も悪くはない、が。
「……暑いな」
「その髪型でか」
 ガルディア・アシュリーが、グレールの紫の髪を指す。
「後ろでまとめているだけ、ましだろう」
「それならガルディアも、まとめてくればよかったじゃないか」
「お前がそうしたいというなら、させてやってもいいが」
「してくれということか」
 ガルディアは、そうだと言うように、グレールに背を向けてきた。
 手間がかかると思いつつ、この黒髪に触れるのだと思えば、けして嫌ではない。
 そうして髪を整えた礼ではあるまいが、ガルディアは、グレールにカクテルを渡してきた。
「飲むと素敵な事が起こるカクテルだという。俺は果実水がまだ残っているから、気にせず飲むといい」
「ああ、ありがとう」

 うまいな、とカクテルを飲み干すグレールを見、ガルディアは満足げに微笑んだ。
(そう言えば『素敵な事』とは何か聞きそびれたな)
 思うが『素敵』なのだから問題はないだろう。
 と思っているガルディアの視線の先で、グレールの体がぐらりと揺れる。
「グレール!」
 ガルディアはグレールに向かって手を伸ばした。
(俺が渡したカクテルのせいで……!)

 グレールは、顔色を変えたガルディアに、問題ないというように、手のひらを見せた。
 ガルディアは、不安げに赤い瞳を揺らしている。
 大丈夫だと伝えるべく、唇を動かして、出てきた言葉は。
「ガルディア」

「……ん、なんだ? 体はいいのか?」
「……ガルディア」(ああ、もう平気だ)
「……なんだ?」
「……ガ……ルディア」(……いや、おかしい)
「……どうした?」
 グレールは、自ら喉に手を添え「あー」と声を出してみた……つもりだった。
 が、口から飛び出た音は、なぜか「ガルディア」と響く。
「……なんだ、どうしたグレール?」
 訝しむガルディアを見つめ、グレールは嘆息した。
 いかにせん、このままではらちが明かないと、人差し指で、砂浜に文字を書く。
『……名前しか呼べない』

 それを見るなり、ガルディアは声を上げて、笑い出した。
「ふっ……ははっ、なるほど、そういう時もあるだろう。……いや、『素敵なこと』がそれだったのか? 面白いな。気にするな、もっと呼んでも構わんぞ」
 相手は唯一の友だ。名を呼ばれることには慣れているし、不快ではない。
 それになにより、まるで言葉ゲームのようで愉快ではないか。
 笑って乾いた喉を果実水で潤し、また笑う。
 その器を、グレールが奪い去った。
「おいっ」

 グレールが、ガルディアをじとりと睨みつける。
(こちらは、切にそちらへの迷惑を考えていたというのに……!)
 たった今聞いた「素敵なことがそれだったのか」という言葉から察するに。
 彼はこの効果については、知らなかったのだろう。
 だったら、勧めてくれたことに、罪はない。
 ただ困惑しているグレールを、こうも笑うというのは、どうかと思う。
(ならば、こちらにも考えがある)
 グレールは、奪った果実水を、ガルディアに差し出した。
 受け取るべく伸びてきた手を手でとらえ、深紅の瞳を見つめて告げるは。
「ガルディア」
 ――その在りようを、好いている。

『愛しい』
『あなたが大切だ、ガルディア』
『ずっとともに、いてほしい……』
 ガルディアの手を取ったまま、グレールは日頃胸に秘めている想いを口にした。
 そのすべてはガルディアの名になって、彼の鼓膜を震わせる。

「ガルディア」
「ガルディア」
「ガルディア……」

 名が重なるごとに、ガルディアの顔は真剣なものになり、頬は薄紅にそまっていった。
 そして――。
「……ガルディア」
 好きだ、という想いを込めて。
 グレールが、彼の手の甲をさらりと撫ぜたとき、いよいよガルディアは「ちょっと待て」と口にした。
「待て、なんだ、何か……待て、恥ずかしい、恥ずかし……」
 まさか、果実水を持っているのに、グレールを払いのけるわけにもいかないのだろう。
 ガルディアは、真っ赤な顔で、きょときょとと目を動かす。
(……通じるもの、だな)
 それならと、グレールは、掴んだままの手をぐいと引き寄せた。
「おい、こぼれ……」
 相手から抗議は出るが、こんな姿を前にしたら、些細なこと。

「……ガルディア」
 ――愛している。

 隠した想いを名で覆い、告げれば彼は、果実水などお構いなしに、グレールを突き放した。
「呼ぶな! これ以上は呼ぶな! ……恥ずかしいと言っているだろう!」
 ぱっと背けた顔は、首まで赤い。
 グレールはそんな彼を、より愛しいと思うのだった。

●心の奥底で望むのは

(大事な人?)
 胸の内で呟き、鈴理・あおいは、傍らに立つイザーク・デューラーを見上げた。
「お?」
 イザークは、彼女が自分に視線を向けたことに、内心驚く。
 真っ先にこんな反応をするとは、思わなかったのだ。
(さて彼女は俺の名前を……)

(……呼べない)
 あおいは、いったん開いた唇を引き結んで、うつむいた。
 イザークさん、と。
 頭の中では呼んでいるのに、声にならない。
(私は、イザークさんのことを、大事だと思っていないの?)
 たしかに、最初はただのパートナーだと思っていた。
(でも今は、他の人よりは特別だと感じているのに……)

(やっぱり、呼べないか)
 黙り込んだあおいに、イザークは苦笑する。
(まだ契約して間もないし仕方ない。信頼関係の構築はこれからだな)
 ただ、あおいが呼んでくれようとしたらしいことは、気になった。
(また変に考えて、自分を追い詰めないといいが……。真面目だからな)
 ここがたとえば教団内であれば、大丈夫だと言って、安心させてやりたいところ。
(でも今は警備中だからな)

 あおいはイザークに背を向け、自らの喉に手のひらを当てた。
 イザークさん。
 もう一度呼ぼうとするけれど、やっぱり声は響かない。
(もしかしてカクテルが不良品で、誰の名前も出ないかも……)
 確認するのは、簡単だ。大事な人を呼んでみればいい。
 そのとき、あおいの頭に浮かんだのは、療養中の父だった。
 誰にでも礼儀正しく親切な父は、あおいの模範。
 父を呼べなければ、このカクテルは不良品、確定だろう。
 ゆっくりと口を動かし、穏やかな笑顔を思い浮かべる。
 ――と。
「お……とうさん」
 呼べたことに安堵したのは一瞬。あおいはぱっとイザークを振り仰いだ。
(聞こえてなかった……よね? この年で大事な人がお父さんも恥ずかしいし
イザークさんにものすごく失礼すぎるっ)

 イザークは、突然振り返ったあおいに、目を瞬かせた。
 ひどく驚いた顔をしているが、なにやら考え込んでいるわけではなかったのか。
(それとも、余計なことでも気づいたのか?)
 どちらにせよ、彼女のことだから、声が出なくても警備に支障はないというだろう。
 だが、万が一にも、何かあったら。
 いやそうでなくても、日頃真面目なあおいは、少しくらい休んだ方がいい。

 あおいはまた、イザークに背を向けた。
 父が呼べるなら、もう一人の親も――なんて。
 どうしてそんなことを思ったのか。
「おか……」
 言いかけ、思わず唇に、手を当てる。
(そんなはずない、あの人を呼べるなんて……私の前から、姿を消したあの人を)
 いなくなった母よりは、今目の前にいるイザークの方が、よほど大切なはず。
(やっぱり、あのカクテルは不良品だったんだ)
 そう結論づけ、あおいは振り返った。
(いつまでもこうしてはいられない。警備をしなくっちゃ)

 だがその前に、イザークが立つ。
「有事の際に連携が取れないというのは、よくないよな……という訳で、少し休憩しよう」
 いきなり手首を握られて、あおいの視線がそちらに向いた。
 イザークがにっこりと笑う。
「Noとは言わないね、じゃあ了解という事で」
(声が出ないだけで、警備は問題な……どこへ連れていくんですか)
 余計な名を言わぬよう、あおいは唇を閉じたまま、イザークを睨んだ。
 が、彼はすぐにあおいを露店の前まで引っ張っていく。
 そして「これでも食べるといい」と、売っていたフルーツを渡してきた。
(私たちは警備中なんですよ!)
 瞳で語るが、伝わるはずはなく。彼は店の主に、代金を渡している。
(お金は自分が……っ)
 あおいが彼の団服の裾を引くも、相手にしてくれない。

 フルーツとイザークの顔を順に見て、あおいはうつむいた。
(イザークさんは……出会った頃は変な人と思っていたけれど。ただのパートナーの私にも、こうして丁寧に接してくれる)
 ……イザークさん、と。
 もう一度唇を動かしてみたけれど、何の音も、出てこない。
(イザークさん。イザークさん)
 もしこれが声になっていたならば、それは怒声ともとれただろう。
(どうして、呼べないんだろう。こんなに……呼びたいのに)
 あおいは顔を上げ、イザークを見つめた。
「どうした?」
 イザークが問う。その声はいつもと同じ。
 そう、あおいが声をなくしても、イザークの名を呼べなくても、彼は変わらず接してくれている――。
 気づけば彼女はまた、口を開けていた。
「……ークさん」
 聞こえた声に、あおいが目を見開く。
 続く言葉は。
「やっと、呼べた」
 唇には、無意識の笑みが浮かんだ。

(嬉しいと、思ってくれたのだろうか)
 微笑みに、イザークは思う。
 大事な人だから、名前を呼べたのか、それとも単に、果実の効果がきれたのか。
 それは、あおいにもイザークにも、わからない。

●好きしかないから

「ああもう! 先に説明しろよな!」
 立腹するテオドア・バークリーの前で、ハルト・ワーグナーはご機嫌だ。
(それって、テオ君の名前呼び放題ってことだよね!)
 一定時間で戻るのならば、その後の生活に問題はないし、ハルトにとってはご褒美にも近い。
「へへ、テーオ君!」
 思わずにこにこ呼びかけると、テオドアははあっと息を吐いた。
「……でもハルが飲んだのが少量でよかったよ」
 さっきまでの剣幕とは違い、穏やかな表情に、ハルトはふふと口角を上げる。
(テオ君、そんなに心配してくれてたんだ)
 そう思えば、心も体も、ついでに言えば声も弾むというもの。

「テオ君! テオ君!!」
 いきなり背後から抱き着いてきたハルトに、テオドアは、びくりと肩を揺らした。
「もうびっくりするだろ。どうした? ああ、いや違うな……なにか伝えたいことでもあるのか?」
 胸の前に回ったハルトの腕に、自らの手のひらを添えて。
 テオドアが、首だけ回し、振り返る。

(あーやっぱ、テオ君優しい!)
 口を開けば、当然音が伝えるのは「テオ君」で、テオドアが困ったように、眉を寄せる。
(戸惑ってる姿も可愛いなぁテオ君)
 ハルトは笑いながら、テオドアの髪にそっと触れた。
 あまりに可愛くてつい撫ぜてしまったというのが、正解なのだが。

「髪? 髪が、どうかしたのか?」
 ハルトは真剣に受け止め、案じるように、テオドアの腕をそうっと撫ぜた。
「参ったな……何か書けるようなものでも持って来ていればよかったんだが」

(テオ君、本気で困ってる……)
 さすがにこれは、ハルトの本意ではない。さてどうするかと考え、テオドアはハルトから体を離した。
 渋面の彼の前に回り、右手の親指と人差し指で、小さく丸を作ってみせる。もちろん、笑顔をつけることも忘れない。
「テオ君!」
(俺は大丈夫だって伝われ~)

 そのしぐさに、テオドアは笑みを浮かべた。
「とりあえず、問題はないということだな?」
 聞けば、ハルトがこくこくと頷く。
「わかった」
「テオ君!」
 ハルトが嬉しそうに、テオドアの手を取る。

 そして二人は、予定通り、海岸の警備を続けた。
 つないでいた手は、砂浜を歩き始めたときに離している。
 ただずっと、ハルトはテオドアを呼び続けていた。
「テオ君」と言うたびに、彼はハルトの方を向き、なんだと聞いてくる。

(さっき、テオ君に心配させちゃったときはどうしようかと思ったけど、やっぱりこれはこれでいいかなー)
 こちらを見るテオドアに笑みを返しながら、ハルトはそんなことを考えた。
(こうやって名前を呼んでる間はテオ君、俺のことだけを見てくれてるしな)
 もしこんなことがテオドアにばれたらきっと、「呑気に楽しんでないで、きちんと戻ることを考えろ馬鹿!」などと怒られるのだろう。
(でも、1時間だよ? その間くらい、夢見たっていいよね。テオ君)
 しかし。
「テオ君」
「テーオ君!」
 呼ぶたびに、テオドアの顔は、暗くなっていく。

(連呼されてるってことは、多分俺に何かを伝えようとしてくれてるんだろうけど……)
 テオドアは、ハルトにばれないように、小さなため息をついた。
 幼少期からともに過ごし、今はパートナーとして、教団に暮らしている。
 常に一緒に行動し、ハルトの部屋の掃除をするくらい、親しい関係だ。
(――それなのに、ハルが何を求めているか、分からない)
 テオドアは、ぎゅっと唇を引き結んだ。
(ハルのことは大体分かるって思ってた。けど、そんなことなかったっていうのを思い知らされた気分だ)
 ちらと、隣を歩くハルトを見る。
(ずっと笑顔だから、気持ちを汲み取ってやれないことを気にしてないとは思うんだが)
 ――と、ハルトと目があった。
「テオ君?」
 笑顔が真顔になり、瞳がぱちぱちと瞬かれる。
「……あ、ごめんハル、今度はどうしたんだ」
 問えばハルトは、体の脇で揺れる手に触れてきた。
「……心配してくれてるのか?」

(心配? 俺はいつだって心配してるよ。俺にはもうテオ君しかいないから)
(テオ君までいなくなってしまったらって……)
(だから、ちゃんと傍にいてよ)
「……テオ君」
 重ねるようにつないだ手。
 その指と指をしっかり絡めて、ハルトはテオドアの手を、ぎゅうっと握る。
 そして、真正面から顔を見つめれば。
「……よく分からないけど、ありがとな」
 テオドアの唇が、ゆっくりと綻んでいった。

 好きで好きで、どうしようもなく好きで。

 だからハルトは、口を開いた。
 だって今なら、すべてはテオドアの名に変わる。告白したっていいはずなのだ。
 ――それなのに、発した音は。
「大好きだよ、テオ君」

「……あ」
 呆然とするハルトの前で、一瞬にして、テオドアの顔が、真っ赤に染まった。
「……お前っ、効果切れてるんじゃないか! いつからだよ! 紛らわしいことするなよ!」
 だが繋がれた手は、振り払われない。
「ごめんね、テオ君。ね? そんなに怒らないで?」
 ハルトは、引き寄せたテオドアの耳元に、そう囁いたのだった。

●意外な姿に貸しひとつ

 ベリアルの出現に備え、警備を。
 そう言われてやって来た海岸には、驚異の欠片も存在していなかった。
 砂浜では子供が砂遊びに興じ、沖では若い男女が、楽し気に泳いでいる。

「懐かしいですね……」
 ヨナ・ミューエは、視界に映る光景に、故郷を思い出していた。
 が、夏の炎天下はいかんせん暑い。
 髪をまとめるくらいすればよかったかと思いながら、ヨナは手に持つ器に唇を寄せた。
 カクテルを、こくりと一口。その冷たさに、思わずいっきに飲み干すと、ふらり。体が揺れた。

「ヨナ?」
 ベルトルド・レ―ヴェが振り返ったとき、ヨナは素足で、砂と水を踏んでいた。
 右手にカクテル、左手に脱いだブーツ。
 白く細い足首には、ざざ、と波が寄っている。それをぱしゃりと蹴り上げたヨナの、口角が上がった。
(……めずらしいこともあるもんだな)
 しかし、真面目すぎるほどに真面目な彼女だ。指摘すればきっと不満な顔を見せるだろうと、ほうっておいて、前を向く。

 それから少し後のこと。
「ベルト……!」
 聞こえた声に、ベルトルドが振り返ると、彼女は濡れた海岸に、膝をついていた。
 すぐそばには、ブーツと割れた器が落ちている。
「転んだのか」
 近寄る途中、彼女が口を押えて、何とも言えない表情をしていることに気がついた。
(そういえばさっき、俺の名前を呼びかけて途中でやめたような……)
 はてと首をひねりつつ。
「どうした、どこか打ったか?」
 聞けば彼女は、眉間にしわ寄せ、彼を見上げた。
「ベルトルド、さん……」
 ヨナらしくない動揺しきった声。そしてなにより、そんな状況で名を呼ばれることに――困惑する。

 理由はすぐにわかった。
 ヨナが飲んだカクテルに、不思議な効果があったのだ。
 ちょうど仲間のエクソシストが、騒いでいるのが聞こえてきて、その効果を知ることができた。
(まさかヨナが、そんなものに引っかかるとはな)
 笑いたいのをなんとか押さえ、どうやら効果は時間で消えるらしいと伝えてやる、と。

 ヨナは、安堵の息を吐いた。
 が、差し出してくれた彼の手を取り、立ち上がったところで――。
「あっ……」
 鋭い痛み。足を上げて見てみると、薄桃の土踏まずのあたりが、ざっくりと切れていた。
「カップの欠片で切ったのか」
 応急セットはおいてきているしな、と言うベルトルドに、首を振って大丈夫だと伝える。
 しかし彼は。
「仕方ない、ほら、休めそうなところまで戻る」
 言うなりこちらに背を向け、ヨナの前にしゃがみこんだではないか。
(おんぶってことですか!?)
「ほら、早くしろ」
 ベルトルトが、首を回してヨナを見る。ヨナはぶんぶんと首を振った。
「そのままじゃ衛生的にもよくない。それとも、抱き上げられる方がいいか」
 今度は立ち上がり、腕を広げたベルドルドに、ヨナはまた、首を振る。
(抱っこされるくらいなら、おんぶの方がまだましな気がします)

 ――結局。
 ベルトルドは、ヨナを背負うことに成功した。
 小柄な体は、それほど重いものではない。
 それが、ベルトルドに昔を思い出させた。
「俺の居たスラムは子供が多くてな。手の空いてる奴がチビ共の面倒を見ていたんだ。腹がすいたと泣く子らを、こうして背負ってやると、そのうちに眠り込んでな」
「ベルトルドさん!」
 背中からの鋭い声に、ベルトルドは苦笑した。
(どうせ、子供じゃないです! とでも言ってるんだろう)
 もちろん、ヨナが見た目以上の年齢なのは、ベルトルドも知っている。
 が、その重さも温もりも、見た目相応なのだから、仕方あるまい。
 ――それに、いつの間にやら、聞こえてくる寝息も。
「……酒、弱いんだな」
 脱力し、ずしりと重くなった体に呟き、ベルトルドは、砂浜を歩き続けた。

 ヨナが目を開けたのは、海岸近くに用意された、休憩所でのことだった。
 具合が悪くなった人のためのものだろうか。粗末なベッドは、少し動いただけで、ぎいときしんだ。
「ああ、目が覚めたか。おはよう」
 半身を起こし、ぼんやりしていたところに、ベルトルドの声がかかる。
「おっ……」
 はようございます、と言いかけて。ヨナは慌てて、口を閉じた。
「大丈夫だ。もう時間は過ぎている」
 そう言うベルトルドと目があって、かっと頬が赤くなる。
 その顔を見られまいとそらした目線の先には、布を巻かれた自身の足。
「指令中に飲酒と昼寝して、気分はどうだ?」
「あ……これは……その……貸しということでお願いできませんか」
「いやなに、パートナーとして当然の事だ。気にするな」
 いかにも『やってしまった』という表情をしたヨナに、ベルトルドはにいっと笑った。
 おんぶも治療も、手間ではない。
 だが、日頃真面目なヨナの、今日みたいな貴重場面は、逃せまい。
 ヨナはがっくりうつむき、ため息を吐いたのだった。

●貴方が呼ぶ名は、こんなにも

 一口、口に含んだカクテルは、とろりと喉に染み入った。
 が、直後。
 トウマル・ウツギの体が傾ぐ。
 それを支えるのは、グラナーダ・リラだ。
「トーマ」
 グラナーダは、色白の手を伸ばし、よろめく肩に、そっと添えた。

 悪い、と。
 トウマルは告げるつもりで、唇を動かした。
 が、そこから出る音は「グラ」
「グラ。グラ」
 何度繰り返しても、グラナーダの名前しか呼べない。
(何だこれ)
 思わず、グラナーダの顔をじいと見る。
 ……そこで、店主の説明を聞いた。

 グラナーダは、小さく細く、息を吐いた。
(トーマも警戒心は人並みにあると思うのですが、時折好奇心に負けるようですね……)
 内心呆れつつも、彼が持ち込む刺激は、なかなか愉快でもある。
 なにせグラナーダは、一人なら、睡眠と読書で一日を構成してしまう。
 新しいことに、自ら首を突っ込むタイプではないのである。
(でもトーマの大事な人が私というのは、不思議ですね……。それほど近い距離ではないと思うんですが)
 ちらと見やれば、楽しみを与えてくれるトウマルは、今は黙り込んでいる。

(大切な人……)
 彼の頭は、その言葉でいっぱいだった。
(グラが……大切な人……)
 浄化師だからか。
 知り合いが少なくて、選択肢がほぼ無いからか。
(グラのこと理解してるとは言えないし、よくわからない奴だと思ってるくらいなのに)
 トウマルは、グラナーダに視線を向けた。
 が、彼は特に気にした様子はなく、いつもと同じように、穏やかに笑んでいる。
(よかった……もしすごく嫌な顔をされていたら、どうしようかと思った)

 なにやら悩んでいたらしいトウマルは、渋面の後に、安らいだ顔を見せた。
(大切な人っていう言葉に、動揺してるんでしょうね)
 それなら触れない方が良かろうと、グラナーダは、黙ったまま。
 その足元にしゃがみこんだトウマルが、砂の上に『ケイビ』と書いた。
「警備ですね」
 グラナーダは頷き、歩き始めた彼に続く。

 真夏の日差しを浴びながら、海岸を歩いて十数分。
(特に怪しいとこないし、店の様子見てみるか)
 トウマルは振り返り、グラナーダを見てから、アッチと行き先を指さした。
「あちらですね」
 そう言ったきり、グラナーダはしゃべらずトウマルについてくる。
 あたりを見るときも、一緒に視線は動かすが、声は発しない。
 いや、唇は開きかけるのだが、そこで止まってしまうのである。
(グラって自分から話すこと稀だから、会話なくなるな……)
 しかもいつもにこにこ笑顔。
 本当に、何を考えているかわからない。

 グラナーダの方は、この状況に満足していた。
 トウマルは、アッチコッチと指でさし、とことこ歩いては、きょろきょろと顔を動かしている。
 真面目なくせに、その動きが、ゼンマイ仕掛けの人形のようで、面白いのだ。
(本当に、私とは住む世界が違うというか)
 ――と、彼の足が、露店の前でぱたりと止まった。
 店先に並ぶカラフルな果実水に視線を止めて数秒後、グラナーダを見上げてくる。
 指がさすのは、紫色の水。ラズベリーを絞ったものだ。
(……懲りていないのでしょうか)
 グラナーダは、小さなため息を吐いた。
 が、欲しいというなら仕方がないと、彼の代わりに声を出し、果実水を買い求める。

「グラ……」
 ――支払いを頼んだわけじゃ。
 そう言ったつもりのトウマルの唇は、またもグラナーダの名を紡いだ。
 グラナーダが一度ぱちりと目を瞬いて、手に持つ器を、自らの唇に寄せる。
「……甘いですね」
 一口飲んで、彼はそのまま、トウマルに器を差し出してきた。
「どうぞ。しっかり話せますよ」

 その言葉に、トウマルは赤面した。
 この大して互いを知りもしない、それなのになぜか名を呼べるパートナーに、一体なんだと思われているのか。
 二度はねぇよ、と思いつつグラナーダを睨むが、彼はふふ、と笑うだけ。
 その唇は、いつだって微笑みを絶やさず、肝心なことはしゃべらない。
(こんな、つかず離れずの距離だから、問題もおこらねぇんだろうな)
 にしても、同じ症状が出たら、グラナーダは誰の名を口にしたのだろう。
 考えたところで、トウマルはふるりと首を、横に振った。
(ま、俺には関係ないか)
 手に持つ器に口をつけ、果実水をごくりと一口。
「グラ……」
 ――これ、結構美味いな。
 トウマルの顔に、笑みが浮かぶ。

 その呼び声は、ひどくあたたかに、幸せそうに、名を響かせた。
(きっと、美味しいとか、また飲みたいとか、感想を伝えたのでしょうが)
 グラナーダは、声の主を、じっと見る。
(――そのように名を呼ばれたことなど)
 グラナーダのいつもの微笑が、その頬で一瞬固まったことに、トウマルは気づいただろうか。



【海蝕】名前を呼んで
(執筆:瀬田一稀 GM)



*** 活躍者 ***

  • 鈴理・あおい
    やるべき事を成す、それだけです。
  • イザーク・デューラー
    彼女の行く末に祝福があらんことを

鈴理・あおい
女性 / 人間 / 人形遣い
イザーク・デューラー
男性 / 生成 / 魔性憑き




作戦掲示板

[1] エノク・アゼル 2018/06/25-00:00

ここは、本指令の作戦会議などを行う場だ。
まずは、参加する仲間へ挨拶し、コミュニケーションを取るのが良いだろう。  
 

[6] グラナーダ・リラ 2018/07/01-13:35

……グラナーダ・リラと申します。
パートナーはトウマル・ウツギ。よろしくお願いします。  
 

[5] イザーク・デューラー 2018/06/30-23:15

あおい:(ぱくぱくはく)

あおいが何か言いたげなので代わりに。
イザークとパートナーのあおいだ。よろしく頼む。

……さて、彼女は誰の名前を口にするのかな?  
 

[4] ガルディア・アシュリー 2018/06/30-03:07

ガルディア・アシュリーとグレール・ラシフォンだ。
先程から、グレールの様子がおかしい。
名前以外の単語が出てこないが…たまにはそのような時もあるのだろう。構わない、さあもっと呼べ。

…という訳で、どうかよろしく頼む。  
 

[3] アリシア・ムーンライト 2018/06/28-21:57

こんばんは、アリシアです…。パートナーはクリス、なんです、が……
さっきから名前しか……(真っ赤になって俯く)


よ、よろしく、お願い、します……  
 

[2] リチェルカーレ・リモージュ 2018/06/28-21:33

リチェルカーレです。パートナーはシリウス。
どうぞよろしくお願いします。

…シリウス、何かいつにも増して静かね?どうかしたの?(首傾げてパートナーを見上げる)