~ プロローグ ~ |
果て無い蒼穹を純白の雲が千切れながら飛んで行く。茫漠たる草原は大海原の如く波打ち、木々は倒れんばかりにしなっている。 |
~ 解説 ~ |
【概要】 |

~ ゲームマスターより ~ |
御閲覧ありがとうございます。 |

◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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「…ヒューマン(敵)が望んでいる事を、邪魔していいの?」 「カラク、それ本気で言ってんなら怒んぞ」 「勿論、任務は真っ当する、けど…生物が必要としてるなら…」 「おめーの中で生物ってのは何よ?ヒトだけなのか? 俺らと同じように心臓動いて息してるあの竜はなんだ」 「……」 答え出ぬまま戦闘(魔術真名詠唱 カ:相方の前方で攻撃受け止める盾役(MP続く限りスキル発動 接近してくる敵へは盾で体当たり 相方へ近づけさせない ア:敵味方の動き見える中距離以上を保ち 短剣敵へ主に攻撃、動き削ぐ為全て足狙い。こっちを攻撃してきた瞬間の隙つき発射 成竜の元へ行こうとする仲間を狙う敵へのみスキルでの確実な援護射撃 双方、川へは近づかない |
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竜族の救出とワインドの死守 ヨナ ワインド、アリシアの前に防衛ラインのつもりで立つ 基本女へ注視しているが押され気味の場所へ攻撃 後ろを狙う女の魔術にFN9で迎撃態勢・相殺 未知の能力に対し魔力感知 前衛が減ってきたら女への攻撃に集中 「人と竜の和平の証であるあなたを失うような事は絶対にさせません」 ベ 敵後衛へ向かうメンバーの為手早く敵前衛と対峙 短剣持ち敵前衛への攻撃 通常攻撃で顎を打ち脳震盪を起こし水月にJM7を当てる 「神を前にして人間同士で争っていては世話がない」 竜族の安寧の地すら踏み躙ろうとする人間のエゴに苦い気分 ベ:彼らからすれば俺達も大して変わらないだろうな ヨ:せめて始末だけはしっかりやりましょう |
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◆目的 竜二頭とワインドの救出 ◆行動 現場到着後、魔術真名を発動 仲間が敵前衛を抑えてくれる間にグラナトの元へ 薔薇十字教団の浄化師であることを名乗り、味方であることを告げる 『ライトブラスト』の圏内に入り次第、攻撃開始 顔や足など相手が怯みやすい箇所を狙う 殺しはしまセン。が、容赦もしまセン! グラナトが自由になれば、怪我の具合や状況を見て離脱か待機を促す 万一、口寄魔方陣が発動しそうな状況になったら、魔方陣を壊せないか試す 術者を倒せるのが一番ですガ、最悪実力行使デス 逃げる敵は深追いしないが、顔や特徴などあれば記憶しておく 戦闘後は仲間に竜の回復をお願い ワタシも回復術が使えれば良かったのデスガ…(しょんぼり |
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◆目的 二頭の竜の救出 ◆行動 転移後、場所情報や敵と竜の位置把握。 攻撃対応とワインド救援しつつ情報共有し 簡単に役割分担。魔術真名宣言。 仔竜ヴァージャ救出担当。 仲間が敵前衛抑える間に敵後衛側へ移動。 ・トウマル エッジスラストで切り込んでいって道作る。 リラの消耗も避けたい。 敵後衛で口寄魔方陣施術してる奴狙い ソードバニッシュでとにかく魔方陣壊す。 竜と敵を引き離すよう攻撃重ねていく。 敵、特に雷女の動向は警戒し常に視界入れておく ・リラ ヴァージャの傍へ急行、 天恩天賜で回復し起きるよう仕向ける。 ヴァージャが目覚めたら態度に注意しながら 川から離れるよう誘導。 そのまま戦闘終了までヴァージャの護衛を。 必要あれば符で攻撃 |
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目的 二頭の竜の救出。 行動 担当は、敵前衛の対処。 1対1以上で抑えて、敵後衛に抜ける味方の邪魔をさせないようにする。 わたしたちは、魔導書を構えるひとを抑える。 目的地に着いたら魔術真名。 マリオスは前衛で攻撃、アライブスキルも使用。 シルシィは中衛から通常攻撃。味方前衛のHPが半分になったら天恩天賜。 敵の持つ魔導書を狙って攻撃してみるといいかも? 足元、川に入らないように注意。 敵前衛の数が半分位になったら、シルシィは深紅の成竜グラナトの近くへ移動。 天恩天賜でグラナトを回復。できるだけ。 グラナトさんの拘束が解けたら、魔方陣の上から移動して防御していてもらうようにお願いする。 マリオスは残りの敵前衛の対処。 |
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竜の渓谷で平和に暮らしてる竜達を、苦しめるなんて……仔竜にまで酷い事を…… 助けたい…いいえ、助けます、必ず……! 現場に到着したらワインドさんに駆け寄り庇います 仲間が間に入ってくれたらワインドさんに天恩天賜を 動けるようになったら、少しずつ後方へ移動 攻撃が飛んできた時は常に庇い、自分の体力にも気を配ります ワインドさん、結界維持、続けて貰えますか? グラナトさんとヴァージャちゃんを助けるまで頑張って下さい その代わり、攻撃のことは心配しないで、下さい 全部、私が、受け止めます……! 竜達にも仲間が回復術を施すと思うのですが もし、ヴァージャちゃんが目を覚ました時に、パニックになったら 声を掛けてあげて下さい、ね |
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どんなことを好むのかは人それぞれだとは思う。 だけど、他の奴を痛めつけて楽しむのを見過ごすことは出来ない。 後衛の信者の無力化に向かおう。 前衛の抵抗が激しい場合は、道中前衛担当の皆と共闘。 あくまでも後衛へ抜けることを優先に。 後ろに抜けたらハルに信者の足元を撃ってもらって、 回避しようと動くところで畳み掛けたい。 術のこと、回避、二つ以上のことを同時に考えるのって難しいと思うから。 武器は無力化させた後に手の届かない場所へ弾くなり蹴り飛ばすなり。 信者達は無力化後、術発動の時に手を使えないように、 あと後々の引渡しのため、縄で縛って陣から離しておくよ。 ここ、寝るにはあまり向かない場所だと思うけど、ごめんな? |
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やぁねえ。そんな共通項だけでお友達判定しないでほしいわ。少なくとも化粧品の趣味ぐらいは合わないと会話が成立しないじゃない 狙いは雷を操る女一人 パーフェクトステップで回避を上げた状態で挑発するわ あくまで敵を煽って引き付けることが目的よ 嫌ね。首取るなんて下品なこと考えないわよ 殿方のあしらい方を知らないみたいだからちょっと教えるだけ パパに教わらなかったのかしら?そんなうるさい音とまぶしさじゃロマンスの欠片もないじゃない その顔の入れ墨もどうなのよ?知的さが無いわ それだけの魔術を使う辺り教養はあるかもしれないけど、ちょっとその言葉遣いは品性を疑うわね 「品性」って言葉を辞書で引き直すところから始めたら? |
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~ リザルトノベル ~ |
●竜の渓谷へ 風が強い。 転移方舟による移動は、その距離に関係なく文字通り一瞬だ。魔方陣が設置された小屋を出るなり現れた大草原に、緊急招集された総勢十六名の浄化師は一様に目を細めた。 「嵐が来るまでに終わらせたいもんだな」 額に手をかざし、『トウマル・ウツギ』は辺りを見渡す。 広い空の彼方、灰色に陰る雲の塊がじわじわと近づいている。 「幸い、追い風のようですよ」 揃いの黒い額当てを付けたデモンの青年たち――ワインドと志を同じくする渓谷の警備隊から追加の情報を受け取って、『グラナーダ・リラ』は方角を指差した。 「皆さん、急ぎましょう」 真っ先に足を踏み出したのは『アリシア・ムーンライト』だ。なびく漆黒の髪から覗く横顔は、決然と前を見据えている。 「平和に暮らしている竜たちを苦しめるなんて……仔竜にまで酷いことを……」 きゅ、と華奢な手が胸の前で拳を作る。 「助けたい……いいえ、助けます。必ず……!」 「うん」 パートナーの思いを受け止めるように、『クリストフ・フォンシラー』の穏やかな声音が相槌を打った。 「そうだね、必ず助けよう」 アリシアたちの背を追いながら、『マリオス・ロゼッティ』は興味深く周囲を見回した。竜がいやしないかと微かに期待するが、緊急事態を察した竜たちはみな姿を隠しているようだ。 「もっと平和な理由で来たかったな」 「本当ね」 『シルシィ・アスティリア』も同意して頷く。竜をこの目で見たいという好奇心は大いにあるが、はしゃいでいられるような状況ではないのが心底残念だった。 「竜とお友達になれるといいですけど……」 今回のことで再び人と竜の関係が悪化することだけは、何としてでも回避せねばならなかった。渓谷はアークソサエティ本土から離れており、竜は遠い存在であるが、彼らと人との間にある歴史の明暗についてはデモンの起源と共によく知られている。 「まったく……」 足早に進みながら、『ヨナ・ミューエ』は苛立たしげな嘆息を漏らした。背を押す強風に長い金髪がひっきりなしに巻き上がるが、不快の原因は別にある。 青々とした下草が靴先を擽る。目を凝らせば、きっと小さな花のいくつかも咲いていることだろう。広大な砂漠に抱かれたヨナの故郷サンディスタムとは似ても似つかぬ生命力に溢れた土地は、雄大な竜の楽園として如何にも相応しい。 この美しい安寧の地を踏みにじろうとする人間のエゴに、苦い思いを隠せないのだった。 「彼らからすれば、俺達も大して変わらないだろうな」 ヨナの隣を行く黒豹の獣人、『ベルトルド・レーヴェ』は低く呟く。 竜の渓谷と教団は協力関係にあるが、教団は渓谷の維持を手助けする見返りとして死期を迎えた竜を引き取り、利用している。合意の上とはいえ、竜を魔術の材料としてみなしているには違いない。 「せめて、始末だけはしっかりやりましょう」 竜の救出に決意を固める浄化師がいる一方で、『カラク・ミナヅキ』は迷いを抱えていた。 「……ヒューマンが望んでいる事を、邪魔していいの?」 パートナーの口からこぼれた、どこか覚束ない響きの独語を聞きつけて『アーロイン・ヴァハム』は顔色を険しくする。 「カラク、それ本気で言ってんなら怒んぞ」 赤い翼を持つ半竜である彼にとって今回の一件は思い入れが強いこともあるが、それとは別に、日頃から種族を理由に善悪の基準や優先順位を揺らがせてしまうパートナーに対して憤りがあるのだ。 「勿論、任務はまっとうする、けど……生物が必要としているなら……」 「おめーの中で生物ってのは何よ? ヒトだけなのか?」 人工の魔術人形として始まった種マドールチェであるカラクは、自身の生命に他の種族と同じだけの尊厳があると信じきれずにいる。天然の命と人工の命があるのならば、前者が優先されるべきなのではないか――。 「俺らと同じように心臓動いて息してる、竜は何だと思ってんだ」 咎めるアーロインに、カラクは口を噤んだ。答えが出ぬまま、大地の裂け目――襲撃のあった渓谷が近づいてくる。 地底から轟く雷鳴に、アーロインはカラクの肩を掴んだ。 「アウト・ディスケ・アウト・ディスケーデ」 ほぼ同時に、アリシアとクリストフの声があがる。 「月と太陽の合わさる時に」 魔術真名の詠唱――平生は抑えられている魔力の生成能力が解放され、体の隅々まで活力が満ちていく。 「エリィ、僕たちも」 頷き合い、『レイ・アクトリス』と『エリィ・ブロッサム』も言葉を重ねた。 「右手に祝福を、左手に贖罪を」 万全となった浄化師たちは、崖下の戦場を一瞥して手際よく役割を分担すると、すみやかに散開した。 ●雷撃の支配者 雨の如く降り注ぐ雷に、ワインドは歯を食いしばって耐えていた。 野放図に魔力を放ちながら、女は一向に消耗した様子を見せない。 ヴァージャが目を覚まして逃げることを祈ったが、それよりも早く、信者に拘束されてしまった。ワインドは口寄魔方陣の起動阻止を最優先事項に定め、自身の周りにも結界を張っての防戦を選んだ。幾度も詠唱を重ね、結界を厚くする。避け損ねた雷が直撃する度、びりびりと振動が伝わり、結界の層が破損する。額から伝った汗が視界を曇らせたが、拭う余裕は無かった。 「あーあー、つまんねぇ戦い方すんなよなぁ! 折角盛り上がってきたのに、また退屈しちまう」 女の目から笑みが消える。純度の高い殺気を感じて、ワインドは反射的に水の杭を放った。ワインドの命があるのは相手が遊んでいる内だけだ。魔力を消費するのが得策でないとしても、女を退屈させてはならない。 案の定、攻撃された女は満足げに喉を逸らして大笑する。 ――パンッ! その無防備な右肩に、穴が開いた。 「あ……?」 目玉がぎょろりと動き、鮮血を見下ろす。 咄嗟に弾道を辿ったワインドは、待ちかねた救援の到着を知った。安堵と共に片膝をつき、手の甲で汗を拭う。 「隙だらけだぜ。驕れる者久しからずってね」 ショットライフルを構えた『ハルト・ワーグナー』は、立て続けに引き金を引く。 最優先事項は竜の保護。終焉の夜明け団に関しては状況に応じて現場での殺傷も許可されているが、生きたまま拘束出来るのであればそれに越したことはない。だからこそ、頭や心臓は狙わなかったのだが――。 「あはっ……は、はははは!」 女は天を仰ぎ、哄笑する。 「全ッ然、足りねぇっての。もっと胎の奥から熱く、芯を焦がすくらい、シビれさせてくれよなぁッ!」 雷光が弾ける。 「うわー、テオ君はあんま聞いちゃだーめ。何か色々汚れるから!」 ハルトは続けて急斜面を滑り降りてきたパートナー『テオドア・バークリー』ともども身をかわす。 入れ違いに、暴力的なピンヒールが焼け焦げた地面を踏みしめた。 「品が無いわねぇ」 腰まで伸びた艶やかな黒髪を波打たせ完全無欠のステップを踏むのは、ヴァンピールの『スティレッタ・オンブラ』だ。 「スティレッタ、お前そっくりのサディストな女だぞ? お友達になれそうじゃないか」 隣へ靴先を並べた『バルダー・アーテル』は、片手剣を構えながら軽口を叩く。 「住所でも交換してきたらどうだ? 文通も楽しいぞ」 「勝手にお友達判定しないでほしいわ。少なくとも、化粧品の趣味ぐらいはあわないと会話が成立しないじゃない」 この近辺で翼無くして渓谷へ降りられるルートは限られており、残念ながら竜を囲む信者の背後へ回り込むのは不可能だった。先行して降り立った彼らは、竜への接近を手助けする陽動役である。 ここに来て、流石に信者も動き出した。武器を構え、殺気を放つ。 喊声を上げて飛び出した信者の一人に、バルダーは自身も大きく前に踏み出し、急速に詰まった間合いにたじろぐ敵の胴体を一薙ぎにした。 「すまんな、通りすがりのドラゴン愛護団体だ。大人しく斬られてくれ」 黒衣が千切れ飛ぶ。着込んだ鎧のおかげでまっぷたつとはいかなかったが、牽制には充分だ。 「なんだ、なんだ、ぞろぞろと湧いてきやがって。ちゃあんとアタシを楽しませてくれるんだろうなぁ?!」 女が叫ぶ。 空気が震えた刹那、その脚を暗紫色の光弾が襲った。陰陽の魔力が衝突し、爆風を巻き起こして河原の石を吹き飛ばす。 「すみません。私、次元が低い方の喜ぶようなことはわからなくて」 これでよろしいかしら、と魔導書片手に微笑むヨナはコートの裾をはためかせ、女の視界からワインドを隠した。 「神を前にして人間同士で争っていては、世話が無い」 ベルトルドは血の滲むナックルダスターを握りしめ、両の拳を構える。 雷撃は不発に終わり、巻き上がった塵埃が落ち着くと右足が酷く引き裂けた女が俯いて立っていた。長い髪が表情を隠す。次の反応は激昂か、それとも焦燥か――信者の動きも含めて凝視する浄化師の前で、女は意外にも静かだった。 くつくつと、低い笑い声が漏れる。 可笑しくて可笑しくてしょうがないとでも言いたげな明るい響きが、次第に、愚かで愚かでどうしようもないと告げるように、ぞっとするほど暗いものになる。 「もっと深く、奥まで来てくれなくっちゃあ、アタシのハートには届かない」 浄化師は一様に目を瞠った。 飛び散った肉片が、流れ出た血液が、さらさらと砂状になって霧散する。その一方で晒された肉の断面がみちみちと盛り上がり、数秒と掛からず元の白い肌と質量とを取り戻したのだった。 「再生、した……?」 回復魔術が発動した気配は無かった。だが女の脚には血の赤すら見当たらない。よく見れば、ハルトが銃弾を撃ち込んだ右肩も黒衣に破れがあるばかりで、奥には傷一つない肌が覗いている。 「ホムンクルスです……!」 遅れて降り立ったレイが一行の抱いた疑惑を裏付けた。エレメンツである彼の碧眼は、女の心臓部から溢れ出て負傷部位を修復する魔力の流れをしっかりと捉えていた。 「カルタフィルスではなくてデスカ?」 エリィは好奇心に煌めく深緑の瞳を瞬かせる。 禁忌の魔術によって作り出された人工の生命体、ホムンクルス。喰人同様アシッドに抗体を持ち、人並み外れた魔力と魔術センスを備え、身体に刻まれた魔方陣を核としてその肉体は何度でも再生する――その存在については魔術学院に収められた資料にも記されており、浄化師であれば一通りの知識はある。 だが、実際に遭遇したことがある者はごく稀だった。 カルタフィルスであれば、ここ半年ほどで幾度か指令報告書に名が挙がっている。ホムンクルスが外部から魔力を補充してほぼ際限なく再生できる充電式の存在だとすれば、カルタフィルスは持って生まれた魔力が尽きた時点で朽ち果てる使い捨てだ。 両者では魔力の流れ方が違う。 「……ホムンクルスで間違いありません」 同じくエレメンツであるヨナの硬い声が、レイの発言を補強する。 粗暴な舌打ちを漏らして、女は顔をあげた。 「あんな出来損ないと一緒にすんじゃねぇよ」 そして獣が吠えるがごとく高らかに、傲慢に、名乗りを上げる。 「アタシはサタン、ホムンクルスのサタン! お前らを焼き尽くす至高の怒り!」 受け止め切れたら、愛してやる。 女――サタンはそう囁いて、凶悪に口角を吊り上げた。 ●戦闘開始 緊張に張り詰める空気の中、真っ先に動いたのはアーロインだった。 「相手がなんだろうと、やるこた一緒だろ!」 崖の中腹から飛び降りざま、ボウガンで矢を連射する。信者が反撃に出る前に、カラクは防御魔術を発動させた。 「防いでみせる……っ!」 アーロインを狙って投擲された短剣が、突如立ちはだかった奇怪なシールドに跳ね返され地に落ちる。 敵がホムンクルス――人工の生命体であったからかどうか、仕事に徹するパートナーの顔つきに、アーロインはひとまず安心し、防御を任せてさらに矢を放つ。 「えいっ!」 いささか降りて来るのに手こずったシルシィは、遅れを取り戻すように敵の魔導書に向け呪符を放った。 距離を詰めようとする敵には、マリオスが片手剣を振るって突き放す。女性的とも言える穏和な面差しとは裏腹に、金の瞳は鋭くサタンを注視している。 雷を操るホムンクルス。刺青の意匠は能力と合致しているが、他の属性を持つホムンクルスも存在するのだろうか? 全く衰えることのない雷撃の威力は無尽蔵の魔力を思わせるが、狙いは甘い。魔力は攻撃だけでなく肉体の修復でも消費されるはず――。 「勝機は充分にある……!」 まずは信者を無力化するために剣を振るった。 遠近両方からの攻勢に怯んだ信者の隙をついて、トウマルを先頭に四人の浄化師が一斉に動いた。トウマルとグラナーダは仔竜ヴァージャを、エリィとレイは成竜グラナトを目指してサタンの脇を駆け抜ける。 「通させてもらう!」 ハルトは距離をとったまま、敵の足元を狙撃して仲間の移動を助けた。なおも襲い掛かろうとする敵は、テオドアが重い一撃を見舞って退ける。当初は自分たちも竜を取り囲む信者の排除に向かうつもりだったが、サタンの突出した戦闘力が明らかになったため、この場に残って臨機応変な援護に徹することに決めていた。 「ハッ! 良いねぇ、あがく奴は嫌いじゃねぇ。全身全霊であがいてこそ、シビれるってもんだよなぁ!」 雨霰とばかりに雷撃が降り注ぐが、照準はひどく雑だ。サタンに、味方であるはずの信者を守ろうという様子は見られない。自らの力に絶対の自信があるからこその横暴さ。癪に触りはするが、好都合でもある。 「悪いけど、貴女のお相手は俺達がさせてもらうよ」 クリストフはにこりと笑みを浮かべて、サタンが余計なことを考えぬよう、鋭く斬り込んだ。 「くらいな!」 「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」 間合いを詰めた鋭い斬撃と、九字による烈風のごとき衝撃。竜を取り囲んでいた信者らは抵抗を試みるものの、あえなく体勢を崩した。 程なくして、竜と信者の間に割り込むことに成功する。 「引き離しただけでは、術は解除されないようですね」 未だグラナトの巨躯の下で不穏に輝く魔方陣を認めて、レイは目を細める。陣そのものの破壊を試みる手もあるが、今のままでは竜を傷つけてしまう。 幾重にも拘束されたグラナトは荒い呼気を繰り返し、長い首をぐったりと横たえていた。 「我に構うな、奴を倒せ……」 「そうは行かないのデス。あなた方を助けるのがワタシたちの使命、そして敵の討伐もこなすのがプロというものデース」 エリィは『開祖の大行進』と名付けられた杖を掲げる。終焉の夜明け団が盲信するアレイスター・エリファスが彫刻された一品だが、エリィにとっては単なる道具の一つに過ぎない。魔術への旺盛な探究心こそあれど、死人に執着するような趣味は無いのだ。 「レディの言う通りですよ」 レイもまた占星儀を構える。魔力探知により、どの信者が拘束術を維持しているのか、その目には見えている。レイの示した信者目掛け、エリィは展開した魔方陣から光弾を打ち放った。 同時に、レイは一枚のカードを手に取って呪文を詠唱する。リヴァース・フォーチュン――運命を定める魔力がエリィの身体を包み込む。彼女を攻撃する者があれば、その身に同じ不運を被ることになる。反射魔術の発動に、信者らの反撃に躊躇いが生じた。 「すみやかに投降することをオススメしマース!」 命まで奪うつもりはないが、容赦するつもりもない。エリィは敵の顔や足を狙って光弾を放った。 「ほいっ!」 東方島国ニホンで鍛え上げられた片刃の長剣が、敵の挙動を一拍早く制して閃光の如き一撃を見舞う。 「ほら、グラ。その無駄に良い外面使う絶好の機会だぞ」 信者を威圧して遠ざけると、トウマルはパートナーを仔竜の傍らへ促した。 「……種族故に割り振られたかと思っていましたが」 褒め言葉とは思えぬ言いように、グラナーダは微かに眉をひそめる。 「まあ、それもある」 一向に悪びれる様子の無いトウマルに敵との交戦を任せ、グラナーダは川底を踏んだ。水の流れに鼻先を埋めて気を失う仔竜に手を触れ、天恩天賜の呪文を唱える。 竜に対しても充分な効力を発揮するか一抹の不安はあったが、間もなく、その瞼が震えて深緑の瞳が露わになった。はっとしたように身じろぐ竜の体躯を軽く押さえる。まだ拘束の術が解けていない。無理に動けば傷つくだけだ。 「安心してください。私たちは浄化師、あなたの味方です。彼を助けるために来ました」 グラナーダは努めて穏やかな声色で語りかける。彼、とワインドを指し示すと、仔竜はキュウと喉の奥で小さく一鳴きした。傷つき疲弊した様子のワインドに驚くと同時に、それを庇うようにして立つヨナやアリシアの姿を見て、浄化師が味方であると納得してくれたらしい。 「ワインド、ナカマ……タスケル……」 「そうです。あなたも、あの竜も助けます。ですから今はじっとしていてください。私がそばにいます」 「イッショ」 ええ、とグラナーダは頷いた。 「イッショに、ここに」 ヴァージャは微かに首先を動かすと、こつんと自身の角をグラナーダの角にあてた。それから、力を抜いてじっと身を伏せる。 仔竜が落ち着いたことを確認し、グラナーダは体の向きを変えた。純粋な戦闘力でいえば信者よりもトウマルの方が遥かに勝っているように見える。にも関わらず決着がつかないのは、敵が異常なまでの執念で立ち向かってくるからだ。命を賭してでも竜たちを拉致する心積もりらしい。グラナーダは脇から不意を突こうとした信者に符を放ち、行動を阻害する。 暫くそんなことを続けているうちに、キュィィ、と鳴き声が上がった。 流れ弾があたりでもしたかと一瞬ひやりとするが、そうではなかった。ヴァージャを拘束していた黒い帯が消失している。 「よっし!」 状況を把握してトウマルは上機嫌に口角を上げた。 グラナトの周囲で交戦していた信者の一人が倒れ伏している。その手から離れた杖を、エリィの光弾が打ち砕いた。術を維持、強化していた魔力が途絶えたのだ。グラナトを拘束する帯も数が減っている。 「この調子で行くぜぇ!」 トウマルは目の前に一人に狙いを定めると、迷わず刀を振るった。今まさに魔力を放出しようとしていた杖の先を斜めに斬り飛ばす。 「あと一歩デス!」 エリィも勢いに乗り、立て続けに魔弾を生み出す。 攻勢を受けて、それまで個々に独立して動いていた信者の様子が変わった。 「エリィ、気を付けて! 何か仕掛けてくるかもしれません」 倒れたまま動かない一人のもとに四人の信者が集まる。レイは妨害のために符を放ったが、二人がかりの防壁によって相殺された。 「何をするつもりだ?」 敵がにわかに移動したため、トウマルもエリィとレイに合流する。グラナーダはヴァージャの傍に残り、仔竜を河原へ誘導している。 「開祖の力を見よ!」 それまでほとんど言葉らしい言葉を発さなかった信者が、高らかに声を上げた。 開祖の力を! 開祖の力を! 開祖の力を! 粘ついた執念を感じさせる大合唱。瞠目する浄化師の前で、一人の信者が先の鋭利に欠けた杖を構えたかと思うと、意識の無い仲間の鳩尾にずぶりと突き立てた。四肢が跳ねあがり、そして地に落ちる。 「なっ……?!」 鮮血が噴き上がる。その血を受けた杖が、手早く地面に円を描いた。禍々しい、赤黒い魔力の壁が立ちあがる。 「……結界のようデス」 「血を核にして、かなりの量の魔力が込められています」 「どうやら、面倒なことになっちまったらしいな」 三者三様に感想を述べる。 ワインドと同じく、敵は防戦を選んだのだ。グラナトの拘束と口寄魔方陣を維持する術師二人は強固な結界の中。その結界をさらに守るように二人の信者が立ちはだかっている。 じわじわと溢れ出た血液が、結界内の地面を丸く染め上げる。流れた血の分だけ、結界は強度を増していく。 気分の悪い光景だ。 三人は気を引き締めて武器を構えた。 「ワインドさん、ヴァージャちゃんは無事ですよ」 自衛の結界を解き、広域の結界維持に専念するワインドを励ますように、アリシアは声を掛けた。膝をついたままのワインドの眉間には深い皺が刻まれ、相当に消耗していることがわかる。だが未だ口寄魔方陣を解除できない以上、彼の術は欠かせない。 「もう少し、頑張ってください」 負担を肩代わりできない申し訳なさが声に滲む。アリシアが何度目かの回復魔術を唱えると、ワインドは浅く息を吐いた。 「こちらこそ、すまんな……この結界は、来るもの拒まず去る者許さずだ」 襲撃者を閉じ込める代わりに、浄化師たちの退路もない。背水の陣だ。時間さえ稼げば竜の拉致自体は防げるだろうが、その後、不死に等しいホムンクルス相手にどう立ち回るか。それが問題だった。 「どうか、安心なさって……。私たちが必ず、助けます」 決意を示すように、アリシアは真言を唱えて精神を安定させ、集中を高める。冴えた感覚が捉えた敵意の方角へ、すかさず魔力弾を放った。 クリストフはアリシアの攻撃でよろめいた信者を剣の柄で殴って完全に昏倒させると、携帯していた縄に手を掛けた。これまではサタンの対処を最優先として倒れた信者は放置していたのだが、遠目にエリィたちが対峙する敵の動きを見て、考えを改めた。何かあってからでは遅い。 「少し時間を稼いでくれるかな」 「任された」 ベルトルドは軽く頷くと、サタンと対峙するヨナへ目配せした。自身も敵を見据え、闘志と共に魔力を四肢に漲らせる。 「そろそろ、貴女の粗雑な雷撃にも飽きました。馬鹿の一つ覚えという言葉をご存じ?」 陰陽は互いに方陣相生の関係にある。ヨナの攻撃がサタンに有効であるのと同じだけ、サタンの攻撃がヨナにとって痛手になるリスクがあった。再生能力がある分サタンの方が有利と言えるが、構わず挑発する。 「へえ? それじゃあ、特大のを食らわせてやるよ!」 拳に電撃を纏わせ、サタンは喰らいつくように身を躍らせる。肉薄する陽気に向け、ヨナはあえて火気の魔力弾――巨大な火球を打ち放った。圧縮された魔力が互いを喰らい合い、爆風を生む。巻き上がる粉塵と炎にけぶる中、ベルトルドは跳躍して拳を振り下ろす。 「こちらが本命だ」 火球を防ぐ女の隙を突く作戦であった――が、あてが外れた。 常軌を逸した苛烈な黄色と目が合い、ベルトルドは息を呑む。 「あっは!」 サタンは防御態勢など取っていなかった。焼け爛れた右腕を気にした様子もなく、心底楽しげな笑みさえ浮かべて地を蹴り、握った左手をぞんざいな仕種で振るう。 「がは……っ」 「ベルトルドさん!」 空中では咄嗟に体勢を変えられず、ほとんどまともに殴打をくらった。吹き飛ばされた先で辛うじて受け身をとり、咳込みながらすぐさま身を起こす。 「保身ってのはなァ、弱い奴がするもんだぜ? アタシには関係ない」 そう話す先から、右腕が再生していく。ベルトルドに近づこうとするその脚へ、ヨナは闇の光弾を放った。魔力防御に優れた盾を構えるカラクが駆けつけ、間に割り入る。その背に守られて移動してきたシルシィが、ベルトルドへ回復魔術を施した。 それでも歩みを止めようとしない女の背を、後方からハルトの銃弾が穿った。どうやら、残りの信者も捕縛し終わったようだ。足元に縄で締め上げられた黒衣が積み重なっている。 間を置かずアーロインの矢が放たれ、煩わしげに振り返ったサタンに向かってテオドアとマリオスが左右から斬りかかる。 「鬱陶しいんだよ……ッ!」 怒気が、比喩ではなく爆発した。 網膜が灼けるほどの雷光が迸り、再生を終えたばかりの女の右手が尋常ならざる怪力でもって断罪者たちを吹き飛ばす。 「くっ……!」 追撃を避けるため、今度は用を終えたクリストフと持ち直したベルトルドたちが攻勢に出て、女の意識を引きつける。 飛びずさって体勢を立て直しながら、マリオスは背筋を冷や汗が伝うのを感じていた。 「力が、増してる……?」 「感情の昂ぶりに比例しているのかもしれない」 呼吸を整えながら、テオドアは呟く。何を好むかは人それぞれとはいえ、他者を痛めつけて愉悦に浸り、邪魔をされて怒りを募らせる存在など到底見過ごせない。だが、容易に否定できない強さが女にはある。信者の方はハルトの狙撃とテオドアの剣技で十分に制圧できたが、サタンは別格だ。 降り注ぐ雷撃を避けるのは、そう難しいことではなかった。狙いが甘く察知も容易い。だが次第に、サタンは自身の拳に密度の高い魔力を籠めて襲いかかってくるようになった。再生能力は言わずもがな、高い身体能力に、増していく一方の膂力。人の形をした嵐のようなものだ。まともに打ち合えば、押し負ける。 その隣へ歩み寄ったバルダーは、場違いな、いっそ呑気にも見える様子で口を開いた。 「あー、一つ閃いたことがあるんだが」 「あら、良いじゃない。言ってみなさいよ、シロスケ」 体についた煤を払いながら言うスティレッタに、バルダーは嫌そうな顔をしてから咳払いする。 「あれを」 と言って、まずはカラクの大鎌を跳躍して避けるサタンを指差す。 「あれに」 くい、と曲がった指が示す先には、血の結界。 「ぶつける」 バルダーは、にやりと笑った。 ●タイムリミット 破壊、再生、また破壊。そして再生。 ホムンクルスの魔力には果てが無い。そんなはずはないが、そうと思わせるほどの破壊力、そして再生力だった。 真新しい手で髪をかきあげ、サタンは焦れた声を上げる。 「あ~、つまんねぇ。それにもうすぐ時間じゃねぇか? なあ?」 彼女には拘束されて転がる信者も、決死の結界を張っている信者も、見えてはいないようだった。興味が無いのだ。虚空に向けて大きな独り言をこぼし、もののついでのような気軽さで二方向から放たれた呪符を焼き落とす。 「えーと? 男を殺せばいいんだったよなぁ」 ワインドを捉える眼差しに、緊張が走る。 そこへ、 「あら、まあ」 剣呑な空気を追い払うように、華やかな声が響いた。 「愛だのなんだのと言った割には、殿方へのアプローチがなってないのではなくって?」 「あぁ?」 振り返ったサタンの険しい視線を真正面から受け止めて、スティレッタは婉然と微笑む。 「パパに教わらなかったのかしら? そんな騒音と下品な眩しさじゃ、ロマンスの欠片もないじゃない」 くすくすと笑うスティレッタの挑発に、サタンは迷うことなく乗った。 これもまた、強さ故の軽率な行動だった。これまでは退屈凌ぎに遊んでやっていたが、いざとなれば女一人焼き殺すのにさほどの時間は掛からない。サタンは本気でそう思っている。課せられた仕事を最低限こなすつもりはある。しかし、だからといって使命感を優先して怒りを収めるなどということは、彼女には有り得ない話だった。憤怒こそがサタンの原動力である以上、怒りに逆らうことは無い。 「あなた、見るからに知的さが感じられないもの。仕方がないことかしら」 「うっぜぇ」 飛びかかろうとした敵の脚を目掛けて、アーロインとハルトがそれぞれ銃弾と矢を撃ち込んだ。サタンは止まらない。どうせ治る、と負傷を無視して前進する。その凶悪な拳がスティレッタに届くより一拍早く、横から踏み出たテオドアの剣が女の手首を叩き斬る。サタンは手を喪った腕に電撃を纏わせ、邪魔者を跳ね飛ばした。 蠱惑的な足運び――サタンにとっては苛立たしいばかりのステップで後退したスティレッタを、さらに追う。 「その言葉遣いも、品性を疑うわね。『品性』って言葉を辞書で引くところから始めたら? 頬の刺青も、どうかと思うわよ」 「うっぜぇ、うっぜぇ……うるせぇなぁッ!!」 右が駄目なら左だ。振りかぶった左手を、今度はバルダーが狙う――が、これは刃が骨にあたった時点で横薙ぎに振り払われた。衝撃に逆らわず、バルダーは転がるようにして退いた。入れ替わりに、マリオスの剣が目にもとまらぬ速さでサタンの前腕を両断する。 「ハッ! ばァか、この程度でアタシは止まらねぇっ!」 すでに右手が回復している。怒りによって増大した雷電をこれでもかと拳に蓄える。 「焼け、死ね!」 「お断りよ」 最後までスティレッタは優雅に振舞った。その姿が、ふっとサタンの前から掻き消える。 そして、目の前には――。 筆舌に尽くしがたい轟音が、渓谷中に響き渡った。 「な、なにが起こったのデス?」 「さぁ……」 血の結界に苦戦していたエリィとレイは、呆気にとられて立ち尽くす。 「おー、すげー。結界消えたな」 「耳がおかしくなりました……」 感心するトウマルの横で、グラナーダは顔を顰めて耳を覆う。 サタンと交戦する仲間が徐々に近づいてきているのには気が付いていたが、まさか敵が結界に突っ込むとは思わなかった。 「やれやれ、どうにかなったな」 打ちつけた肩をさすりながら、バルダーが言う。 「肝心な時にしくじるような真似、しないわよ」 サタンを誘導し直前で退避したスティレッタが胸を張った。実を言えばあちこちに火傷を負っていたが、おくびにも出さない。 やがて爆音の余韻と粉塵が収まると、折り重なって焼け焦げる四人の信者と、その上へ覆い被さるサタンの姿があらわになった。魔力の衝突によって右手はもとより、右腕、右肩、それに胸の半ばまでが抉れている。 地面ではしゅうしゅうと音を立てて血液が蒸発し、嫌な臭いの煙と黒いシミを残した。 「ご注意を。魔方陣がある左胸は無傷のようです」 「この状態から、まだ再生するのか?」 レイとトウマルの会話が聞こえでもしたように、長い髪に覆われた頭がぴくりと動いた。浄化師たちは隙なく武器を構える。 「て、メェら、ぜっ、てぇ許さねェ……コろす……!」 焼けた喉から絞り出された歪な声が、溢れんばかりの殺気を伝える。憤怒こそがサタンの力。血の結界を蒸発させた雷よりもさらに強い魔力が、瞬時に湧きあがる。 「まずい……!」 テオドアが注意を促すも、対処する術がない。異変を察して防衛に優れたカラクが駆け寄ってくる。到底、間に合わない。 ――キィァァァァ! 暴風、それに圧倒的な熱量が浄化師の身体を打った。何事かと把握する間もなく、頭上から炎が滝の如く降り注ぐ。 サタンは絶叫した。 シビレるような熱さではなく、焼けるような痛み、否、事実燃えている。破れた皮膚が捲り上がり、肉が焼けて骨が見える。その骨さえ焼かれて、再生が追い付かない。 自由を取り戻したグラナトが口寄魔方陣の上から飛び上がり、火炎を吐いたのだった。竜は魔法を使う種族。その威力は人間が扱う魔術の比ではない。 「穢らわしい痴れ者め。燃え尽きよ」 実際、もう一息炎が続けばサタンは燃え尽きていたかもしれない。だが、グラナトも本調子からは程遠かった。果たせぬまま体勢を崩し、水面へ落下する。激しい飛沫が上がり、大地が揺れた。 その隙をサタンは逃さなかった。肉より先に骨が再生を始めている。脛骨で地面を蹴りあげ、サタンは驚くべき敏捷さを発揮して走り出した。体のあちこちが欠けているせいで体勢が安定しないが、止まらない。追走を妨ぐため、でたらめに雷光を放つ。 目指すは、口寄魔方陣――術者は既に亡いが、一旦完成した陣はまだ生きている。その光が増していた。刻限が来たのだ。 「結界は……?!」 サタンと竜の攻防に気を取られていたヨナとベルトルドは、同時に振り返った。 「ワインドさん……!」 ぐらりと揺らいだ肩を、アリシアとシルシィが支える。 もともと限界が近づいてきたところへ、自由を取り戻したグラナトを見て気が緩んだのだろうか。ワインドは気絶していた。しかし、誰が彼を責められよう。竜たちを守るため、彼は一人で広域の結界を保持して耐え続けていたのだ。 レイは自身も飛び込む覚悟で口寄魔方陣に向かいかけたが、エリィに引き留められ、その場に踏みとどまった。 通常、口寄魔方陣は人間に使うものではない。仮に五体満足で転移できたとしても、敵の本拠地にひとりで乗り込む羽目になる可能性が高い。そこでサタンが再生を果たせばどうなるか。勝率は限りなくゼロに近い。 『あ』『ば』『よ』 半分だけ再生された醜悪な唇が、声の無い捨て台詞を残す。 せめてもの試みにマリオスが陣の内側へ向けて信号弾を撃ち込んだが、意味を成したかどうか。 次の瞬間、サタンの姿は魔方陣もろとも跡形もなく消えていた。 ●静かな暮合 闘争の騒乱が嘘のように、渓谷は穏やかな夕暮れを迎えていた。嵐を呼ぶかと思われた暗雲は、束の間激しい雨を齎したかと思うと未練なく過ぎ去って、清々しい風ばかりを残したのだった。 額当てをしたデモンたちの手を借りて、浄化師一行はワインドと二頭の竜の身柄を渓流沿いに建てられた見張り小屋まで運び込んだ。本当は崖の上へあがりたかったのだが、グラナトの怪我と疲労が酷く、大事をとって無理な移動は控えた。川の方も、あの程度の夕立であればそれほど増水しないだろうと言う話だった。 信者のうち、息のある者は改めて拘束して小屋から少し離れた崖の窪みに置いた。まだ気を失ったままだが、仮に目覚めてもテオドアとハルトが見張っているので問題ないだろう。 渓谷特製の気付け薬によって意識を取り戻したグラナトは、小屋の前の開けた地面へ静かにその身を横たえる。苛烈に燃え滾らせた怒りが埋火のように頭の奥で疼くのを感じるが、意識的に見て見ぬふりをする。傍らにはヴァージャが寄り添い、その鼻先にはデモンであるグラナーダとアーロインが立って、仔竜が今回の恐ろしい記憶に囚われないよう、他愛ない言葉をかけている。そこへ、途中からクリストフが加わった。罪のない話し声を音楽のように聞き流しながら、グナラトはゆっくりと瞬きを繰り返す。 「ワタシも回復術が使えればよかったのデスガ……」 少しでも楽になるようにと竜たちへ回復魔術を施すシルシィとアリシアの横で、エリィは悄然と肩を落とした。 「やれることをやるしかあるまい。俺は奴らが残した舟を回収してくる。もっとも、一隻は大破したようだったがな」 「僕も行く……」 言い置いて歩き出すベルトルドに、カラクも三歩遅れて後に続いた。襲ってくる信者の熱、ホムンクルスが生む雷の熱、竜が吐いた炎の熱、敵に立ち向かう仲間たちの熱――戦闘中、各々の命の温度を感じ続けたカラクは、『この場にいる全員と自分では、何が違うのか』と新たな疑問を抱いていた。今に至るまで考え続けているのだが、答えは見つからない。いつまでも思案に耽っていれば、その内アーロインに見咎められるような気がして、すこし体を動かすことにしたのだった。 小屋の中では、ワインドがマリオスに手当を受けていた。一番酷いのは魔力の消耗による疲労であるから気休めみたいなものだが、それでも無いよりはましだ。 「すまん、俺が不甲斐ないばかりに……」 「いいえ」 戦いの顛末を聞いて悔恨に沈むワインドに、ヨナははっきりと首を横に振った。 「人と竜の和平の証であるあなたを失わずにすみました。充分な成果です」 無論、いつの日か再戦する時が来るだろう。だが、それが今日の勝利の価値を貶めることは、決して無い。 強く言い切ったヨナに、ワインドは微かに笑って息を吐いた。ちらりと警戒の色が浮かぶ目を室内に走らせてから、口を開く。 「奴らはバリケードを乗り越えてきたはずだ。だが、侵入に気づいた者はいなかった」 渓谷を囲むバリケードは物理的なものであるが、同時にそこには異常を察知する魔術を施してある。破壊されれば、そうかからずに報告が上がるはずだ。けれど、未だにその報せは無い。そもそも破壊などされていないのか、それとも術式が何らかの方法で無効化されたのか。 「侵入経路について、気にしている奴がいたな」 「レイね」 部屋の隅で覚書を制作していたバルダーとスティレッタが会話に加わった。 「奴らはまずバリケードの内側へ侵入して、適当な場所に口寄魔方陣を敷いた。推測だが、これも予め打ち合わせて刻限が決めてあったのだろう。転移させた舟で川を下り、渓谷の奥深くまでやってきた。そしてグラナトを見つけて……」 皆まで言わず、ワインドは言葉を途切れさせた。 バリケードの魔術に反応が無いこと、グラナトが殆ど日課のようにしている水浴びの時間帯と場所を知っていたこと――それは、竜の安寧を護るために集ったはずの青年たちの中に内通者がいる可能性を示している。 「侵入時の痕跡が見つかるかどうか。考えるのはそれからだな」 ワインドの重苦しさを払うように、バルダーは努めて軽い声音で言った。 いずれ捕えた信者を尋問することになるだろうが、十中八九、素直な供述は望めまい。 「レイが何か見つけてくれると良いけれど」 グラナトが襲撃を受けた際の詳細を知りたがったレイは、竜がまだ回復していないのを知ると、痕跡を探すべく川伝いに探索へ出た。魔力を辿るにはエレメンツの能力がむいているため、ヨナもこのあと合流する予定である。 なんにせよ、まだ判断を下すには時期尚早だ。ワインドにもそれはわかっている。ただ、出来る限りの手を打っておく必要があった。 「内か、外か。わからんが、敵がいる。それは確かだ。そこで……後日、正式に要望書を送るつもりだが……教団員の出入りを増やしてもらいたい」 理由は警備でも、それ以外でも、なんでも良い。ただ浄化師が行き来する機会を増やすだけで、牽制になる。 「ここはな、ピクニックにも最適だぞ」 深い疲労の合間に誇りを覗かせて、ワインドは笑みを浮かべた。 ●常夜の国にて 天井の高い壁を飾る薔薇窓越しに、柔らかく色づいた月光が差しこんでいる。 深紅の絨毯、植物の紋様を打ち出した壁紙、磨き上げられた艶の良い木製家具――気品ある調度で誂えられた一室は瀟洒な雰囲気であったが、光源は銀の燭台に立てられた数本の蝋燭ばかりで、部屋の隅には暗闇が落ちていた。 黒絹の手袋を嵌めた指先が、とっ、とっ、と紫檀の肘掛けを叩く。 椅子に深く腰掛け優美に脚を組むのは、かつて激しい迫害を受けたヴァンピールたちの楽土、シャドウ・ガルテンを統治するウラド・ツェペシェだ。 ほのかな灯を受け、銀の髪が赤味を帯びて煌めく。どこか冷ややかな印象のある秀麗な顔のつくりとは裏腹に、その表情は愛嬌を滲ませて柔らかい。ピジョンブラッドの双眸は、月明かりも灯火も届かぬ傍らの暗がりをひたと見つめている。 単なる空虚にすぎないと思われたその影が、声を発した。 「忌々しい……」 強すぎる憎悪にそれ以上の言葉が浮かばないといった様子で途切れた呟きに、ウラドは肘掛けを叩くのを止め、愛想よく相槌を打つ。 「まったくもって、仰る通りです。……竜ともなれば、良い神の兵器と成り得るでありましょうに」 二人は、竜の渓谷で起きた騒動とその後の措置――浄化師に対する渓谷への往来解放について、情報を交わしていたのだった。 客人へ丁重な言葉遣いで同調を示し、ウラドは続けた。 「竜の渓谷とリントヴルムの結束は、今後ますます強くなることでしょう。ちまたでは、浄化師を救世主の如く讃える声も……」 「救世主!」 感情が破裂したような声に、口を噤む。 「なんと愚かな。真の救世主は、神をおいて他におりません」 ええ、とウラドは頷いたが、相手の意識には届かない。 「一体、どれだけの叛逆を重ねれば気が済むのか……これでは、世界の救済が遠のくばかりです」 神は既に決心したのだ。世界の初期化、大いなる破壊、平等なる破壊を。それに抗うことは許されざる大罪である――神の敬虔なる信徒が滔々と述べるのに、ウラドは逐一頷き、相手が望む通りの言葉を差し出した。 「冒涜者たる浄化師には、我々の手で鉄槌を下さなければなりません」 そこで初めて、影の目がウラドを見据えた。 「何か、考えがあるのですか」 「役立ちそうな魔術があります。おそらく、ご期待にそえるかと……」 声を潜め、強い関心を得たことを確信してから薄い唇に笑みを刷く。 実のところ、二人の思想は必ずしも一致しない。信頼し合っているわけでもない。そんなことは互いに承知の上だ。 だが、利害の重なる部分はある。 「ですので、……段取りをお願いしても?」 夜が支配する国で、ひとつ、暗い企みが結ばれた。
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*** 活躍者 *** |
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該当者なし |
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[40] アリシア・ムーンライト 2018/08/30-23:58
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[39] ヨナ・ミューエ 2018/08/30-23:26
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[38] エリィ・ブロッサム 2018/08/30-22:41
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[37] テオドア・バークリー 2018/08/30-21:57
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[36] アーロイン・ヴァハム 2018/08/30-21:12
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[35] ヨナ・ミューエ 2018/08/30-19:37 | ||
[34] トウマル・ウツギ 2018/08/30-06:34
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[33] クリストフ・フォンシラー 2018/08/29-22:57 | ||
[32] アーロイン・ヴァハム 2018/08/29-22:46 | ||
[31] バルダー・アーテル 2018/08/29-22:35
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[30] スティレッタ・オンブラ 2018/08/29-21:32 | ||
[29] シルシィ・アスティリア 2018/08/29-20:36 | ||
[28] ヨナ・ミューエ 2018/08/29-17:54 | ||
[27] テオドア・バークリー 2018/08/29-14:18 | ||
[26] トウマル・ウツギ 2018/08/29-06:42 | ||
[25] クリストフ・フォンシラー 2018/08/29-00:01 | ||
[24] エリィ・ブロッサム 2018/08/28-21:53 | ||
[23] アーロイン・ヴァハム 2018/08/28-11:41 | ||
[22] アーロイン・ヴァハム 2018/08/28-08:59 | ||
[21] トウマル・ウツギ 2018/08/28-02:57 | ||
[20] ヨナ・ミューエ 2018/08/28-02:33 | ||
[19] シルシィ・アスティリア 2018/08/28-01:40 | ||
[18] テオドア・バークリー 2018/08/27-23:34 | ||
[17] バルダー・アーテル 2018/08/27-23:30
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[16] クリストフ・フォンシラー 2018/08/27-22:22 | ||
[15] トウマル・ウツギ 2018/08/26-23:48
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[14] テオドア・バークリー 2018/08/26-23:41 | ||
[13] アーロイン・ヴァハム 2018/08/26-21:38 | ||
[12] エリィ・ブロッサム 2018/08/26-15:28 | ||
[11] シルシィ・アスティリア 2018/08/26-02:11 | ||
[10] クリストフ・フォンシラー 2018/08/25-22:32 | ||
[9] ヨナ・ミューエ 2018/08/25-19:58 | ||
[8] アーロイン・ヴァハム 2018/08/25-11:16 | ||
[7] トウマル・ウツギ 2018/08/25-00:00
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[6] エリィ・ブロッサム 2018/08/24-22:32
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[5] アリシア・ムーンライト 2018/08/24-22:18
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[4] シルシィ・アスティリア 2018/08/24-21:55
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[3] アーロイン・ヴァハム 2018/08/24-10:34 | ||
[2] ヨナ・ミューエ 2018/08/24-00:46
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