~ プロローグ ~ |
「困った」 |
~ 解説 ~ |
トマティーナ(トマト祭り)に向けてレシピの開発に励む料理人を助けてあげてください。 |
~ ゲームマスターより ~ |
はじめまして、もしくはお久しぶりです。あいきとうかと申します。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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◆アユカ 思うままにレシピを書き出して、いくつかかーくんに渡す かーくん、これとこれを作ろう! レアチーズケーキと、チョコマフィンと ん~、何かもうひとつ… 霧崎さんたちの所を見に行く わ、味見していいの?ありがとう~! わたしたちの作ったのも、よかったら味見して 何かもうひとつ作りたいんだけど… シャーベット…おお~、なるほど! 冷たいし今の時期に合ってるね ありがとう、早速作ってみるね ◆楓 レシピを受け取ると必要な食材と道具を手早く準備 菓子作りは彼女の独壇場 彼女が最大限に腕を発揮できるようサポート 出来上がった品はさすが、文句のつけようのない味 霧崎の所はカレーか 辛い料理は活力になる 暑い季節に食べるには適しているな |
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目的 アユカさんにシャーベットの提案、手伝いをしつつ自分も作る みんなで楽しく試食大会 行動 トマトを洗って、ゆでて、大葉とあわせたマリネ 味付けは酢、塩、ごま油 二品目トマトを薄くスライスしてチーズをのせて焼くだけ 腹ペコの時間稼ぎをしている間に、ひき肉(鶏肉)を鍋で焼いて塩コショウ。夏野菜は余っているものはなんでもいいですのでいれてください。トマトも! 味付けはカレー粉多め、トマトケチャップ、 ごはんにかけて、トマトカレー。酸味があってばてやすい夏はしっかり野菜をとってください ねぇパンドラさん、おいしいですか? スタイル 上着をとってネクタイは胸ポケットにいれて、腕まくり。青いエプロン 腹ペコの対応も慣れたもの |
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トマトとくると連想するものがある。 俺の故郷の味、アブグーシュトだ。 肉とジャガイモと豆、その他お好みの具を潰して、トマトベースのスープに混ぜて食べるシチューみたいなもんだ。 そう、潰すんだ、全部。年寄りとかにも食べやすいぞ? こんな風にな(小さい入れ物の中に具を入れ、ほぼすっぽり入る棒で豪快に潰して見せる) なんだ?ラファエラ。暑いからスープをサルモレホに? |
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~ リザルトノベル ~ |
● 依頼を受けた『エフド・ジャーファル』に、『ラファエラ・デル・セニオ』は怪訝な顔をした。 「明らかにお金にならないじゃない」 食事時ではないため、二人が席をとった食堂は空いている。それでも厨房では、次の繁忙時間に備えるためか、料理人たちがくるくると立ち動いていた。 「金にはならんが、飯にはなるだろう。試食かなにかを口実にして、食費を浮かせよう」 「浄化師ともあろうものが、貧乏くさいわね」 ふん、とラファエラが鼻を鳴らす。レシピを書きこんで依頼主である料理人に渡すため、彼女の手にはペンが握られていた。机上にはもちろん、飲み物の他に白紙が置いてある。 「お袋に仕送りすりゃぁ、そうもなる。それに正直、手どりもそれほどでもないしな」 (ご立派なことで) 淡々と話すエフドに胸の内で返し、ラファエラは肝心なことを聞いた。 「できるの? 料理」 今となっては不服ながら、かつてはお嬢様と呼ばれた身分だったラファエラも、簡単な料理くらいできる。今回はトマトを食材として必ず使用せよ、とのことだが、問題はなかった。ぱっと思いつくだけで数品は作れる。 食堂を日ごろから利用していれば、教団寮の自室の簡易的なキッチンで調理をする必要はない。しかし、自力で生きていかねばならないとさとったとき、身の回りのことは一通りできるようになるべきだと思ったのだ。 しかし仕事以外の会話はめったに行わないため、同じく寮生活だ、ということをかろうじて知っているだけのエフドがどうなのかは、不明だった。 「できないこともない」 「じゃあだめじゃない」 「だが、俺がやる必要もないようだしな」 嫌な予感がラファエラの背を滑った。 「私だって嫌よ?」 「レシピを書いて出すだけでいいんだろう?」 つまり互いに作る必要はない。 忘れていたのか、と揶揄するようにエフドの目が細められる。ラファエラは口の端を下げて、ペン先で紙をつついた。 「そうね、作らなくていいわ。さっさと出しておしまいにするわよ」 「試食は?」 「……いらないわよ」 美味しい料理には、少しばかり興味がある。とはいえ、試食の場にはエフド以外の浄化師もいるのだろう。 別に彼のことを心底、信頼できて、側にいると安心する相手だとは思っていない。だが、自分の性格を十分に把握しているラファエラは、人づきあいが得意ではないのだ。 よく知らない複数の浄化師と食卓を囲み、意見を言いあう、なんて考えただけで退席したくなってくる。 「そうか? それなりの料理が揃う予感がするのだがね」 目をそらしたラファエラに肩をすくめ、エフドは話題を少し変えた。 「アブグーシュト、という料理がある」 「なにそれ」 「トマト料理。俺の故郷の味だ」 今は亡き故国を想うと、エフドの胸は焦げるように痛む。永遠に癒えない傷口を想像の指でそっと撫で、男は目蓋をかすかに伏せて説明した。 「肉とじゃがいもと豆、その他お好みの具をつぶして、トマトベースのスープに混ぜて食べる、シチューみたいなもんだ」 「つぶすの? 全部?」 「そう。つぶすんだ、全部。お年寄りでも食べやすいぞ」 「へぇ……」 提出されたレシピを元に、行きづまっている依頼主は新メニューを生み出すらしい。そして、それが披露されるのはトマティーナにおいてだ。 ならばきっと、若者だけでなく老人でも食べやすいレシピを提案してやった方がいい。 (懐かしいな) 久しぶりに、母が作ったアブグーシュトが食べたくなった。自分で作れないことはないが、どうも違うのだ。材料や手順を真似ても、慣れ親しんだ最良の味にはならない。 「ああ、違う。鍋ではなく、こんな、小さな壺のような器具を使うんだ」 「壺?」 鍋の中に食材を入れる、と書きかけていたラファエラが瞬き、つい見せてしまった無防備な表情を恥じるように口を曲げる。 懐古から現実に戻ったエフドは、いつも通りの彼女の様子に微苦笑を浮かべてから、両手で小さな壺状の容器を表した。 「食材を容器に入れて、こういう棒でな、つぶすんだ」 壺の入り口の直径とほぼ同じ太さの棒で、中身を豪快に押しつぶす仕草をする。 「あとはトマトスープを注いで煮こむ。長時間、弱火で煮こんだ方がうまいぞ」 「熱くない?」 「熱い方がうまい」 「そうじゃなくて。夏でしょ」 トマティーナは今から少し先、八月の下旬に開催される祭りだ。 老若男女が食べられそうな料理で、教団寮の食堂である程度、仕込んで行けば用意も簡単だろうが、季節を考えると熱くて暑い。 「そこは料理人がどうにかするだろう」 だいたい、提出したレシピがそのまま使用されるわけではないのだ。あくまで参考、というのが依頼内容のはずだった。 「そうだけど、スープをサルモレホにしたらいいじゃない」 「……ほう?」 書きかけていた文字に二重の線を引いて消し、ラファエラはアブグーシュトにアレンジを加える。 調理方法を少し変えて、熱いトマトスープをサルモレホ――トマトの冷製スープに。 「これなら、お年寄りも食べやすくて、涼しいわ」 「ふむ。いいんじゃないか?」 「じゃあ提出して……」 得意気にほんのわずかに笑ったラファエラが、レシピを書いた紙を持って立ち上がりかけたところで、横から声をかけられた。 「あっ、もしかしてきみたちも依頼を受けたの?」 「ふむふむ。おいしそうですね?」 びくりとラファエラの体に力が入る。彼女とほぼ同い年に見える紫髪の少女と、レシピを覗きこんだ有翼の女性に、エフドが端的に問うた。 「二人は?」 制服を着て教団寮の食堂にいるのだから、同じく浄化師であることは間違いない。 「ワタクシサマたちも同じです」 有翼の女性が紙を提示した。紫髪の少女もエフドとラファエラにレシピを見せる。 「料理教室を借りて、いろいろと作ってたの。ねぇ、もしよかったら、二人で試食にこない?」 「……私はいらない」 小声で遠慮したラファエラに被せるように、エフドが頷いた。 「お言葉に甘えよう」 「やった! じゃあみんなで、レシピを提出しちゃおう!」 「みんなでごはん、楽しいですね」 満面の笑みを浮かべた少女と楽しそうな有翼の女性が、厨房の依頼人の元へ向かう。 「待って、私は」 「もう聞いていないぞ」 冗談でしょ、とラファエラは頬を引きつらせた。 ● 指定された料理教室の一室は、想像していたよりも少し広かった。 ダッチオーブンなどの調理器具やカウンターつきの調理台だけでなく、四人掛けのテーブルと椅子も置かれているのに、手狭に感じない。 「綺麗なところだね、かーくん!」 目を輝かせた『アユカ・セイロウ』は、真っ先に冷蔵庫を確認した。申請してあった食材と、大量のトマトが入っている。冷やす必要がない物は、カウンターに並べられていた。 「そうですね」 悪くはない場所だと、『花咲・楓(はなさき・かえで)』は頷いた。 「うん、材料も揃ってるね。じゃあ早速!」 椅子に座ったアユカが、机上のペンをとって白紙にさらさらとレシピを書きこんでいく。迷う素ぶりをいっときも見せず、心底から楽しそうに文字をつづる彼女の姿を、楓は斜め後ろから見守っていた。 (指令を受けたときから、ずっと考えていたんだろうな) 彼女が作り出すのはきっと、トマトを使ったお菓子のレシピだろう。実際に作って味見をして、微調整をしなくても恐らく完璧においしい物ができあがる。 (アユカさんの菓子はいつだっておいしい) 誇らしく思った楓を、アユカが笑顔で仰ぎ見た。 「できたよ、かーくん! これとこれを作ろう!」 書き出したレシピをアユカが見せる。丁寧な文字を読みながら、自分にできることを考えていた楓は、紙片の下部に不可解な空白が残っていることに気づいた。 「あと一品、作りたいんだけどね」 困ったようにアユカが眉尻を下げる。 「レアチーズケーキと、チョコマフィンと……。ん~、なにかもうひとつ……」 指定食材であるトマトを使った、美味しいお菓子。悩んでみるものの、どうも思いつかない。アユカだけでなく、楓も同じだった。 「とりあえず、作りましょうか」 「そうだね!」 大きく頷いたアユカが立ち上がり、壁にかけられていたエプロンを手早く装備する。 「かーくんも、はい」 「ありがとうございます」 流されるようにエプロンを身につけた楓は、製菓の助手として認められたような気持ちになり、面映ゆさを咳払いでごまかした。 「まずはレアチーズケーキからかな」 「了解しました」 メモを見た際に必要な食材と道具を記憶していた楓は、このあたりにしまわれているだろう、とあたりをつけて調理器具を出して行く。同様に、食材も用意した。 「ありがとう、かーくん」 少しの驚きと心からの感謝をこめて、アユカは微笑む。当然のことをしただけだと、楓は浅く頷いた。 「器具や食材の準備と、力仕事は任せてください。それくらいしかできませんから」 「十分だよ~」 応じつつ、アユカはクリームチーズを火が入った石窯に近づけ、少し柔らかくする。 「トマトはね、細かくしてクリームチーズと混ぜようと思って。あと、最後に蜂蜜を使ったトマトジュレを敷くんだよ」 「チョコマフィンには、トマトジャムを入れるんですよね?」 「そう。わたし、両方の作り方、レシピに書いたっけ?」 「書いてありましたよ」 「よかった~」 蜂蜜入りのトマトジュレも、甘すぎないトマトジャムも、この二品には必須の材料だ。なにより、きっと様々なお菓子に応用できる。 楓の保証にアユカは胸を撫で下ろした。 「というわけでかーくん、クリームチーズを混ぜてください」 「はい、アユカさん」 照れくさそうに笑ったアユカから、ボウルに入ったクリームチーズと泡だて器を受けとる。アユカはジュレ用のトマトを湯剥きするため、水を入れた鍋の下に調理用発火符を敷き、ぱん、と軽く手を打ち鳴らした。 魔術道具から火が上がる。鍋に手をかざすことで火加減を調節して、水を沸かしている間に別の場所で多目的発水符と多目的発氷符を発動。氷水を用意しておく。 (さすがに手際がいい) クリームチーズを混ぜながら、楓は教団寮の厨房にいる料理人たちのようにくるくると動くアユカに目を奪われる。 (菓子作りが心底好きなんだな) 記憶を失っていても、まるで魂に刻まれているように、そこは変わらないのだ。 鼻歌を奏でながら、アユカは材料をはかり必要な工程を確実にこなしていく。楓はできる限り補助して回った。 「かーくん、エルピスさんたちのところ、覗いてみよっか」 レアチーズケーキを寝かせ、焼き上がったチョコマフィンを冷ましている、という段階になって、アユカが提案する。断る理由もなかったので、楓も隣室でトマト料理を試行錯誤している浄化師の元に向かう。 「こんにちは~、カレーのにおい!」 「セイロウサマと花咲サマ!」 「こんにちは、お二人とも」 テーブルでトマトをつまんでいた『エルピス・パンドラ』が立ち上がり、調理台で鍋をかき混ぜていた『雄逸・霧崎』が会釈した。 「霧崎のところはカレーか」 「はい。夏野菜たっぷりのカレーです」 辛い料理は活力になる。暑い季節に食べるには適している、と楓は内心で称賛した。 「他にも二品、作ったんですけど」 「ワタクシサマ、食べてしまいました!」 苦笑した雄逸に、エルピスが両手を頬に添えて固まる。 「カレーの味見してもいいかな?」 「どうぞ。もう少し煮こんだ方が美味しいと思いますけど」 お礼を言いながら、アユカと楓は味見用の小皿とスプーンを受けとった。 「おいしい」 声が揃う。野菜の甘みとトマトの酸味、そして程よい辛さが絶妙に調和していた。 「ワタクシサマもセイロウ様たちのお料理、味見したいです!」 「もちろん! ぜひ味見して」 「では、後ほどここで試食会を行うのはどうでしょう? 残りの二品も作り直しておきますから」 材料はあるのだと、雄逸は積み上げられたトマトを一瞥して言う。 「いいの? やりたい~!」 「では、あとで持ってくる」 「それとね、わたしもあと一品、作りたいんだけど、いい案が浮かばなくて」 元気よく挙手したのは、エルピスだ。 「シャーベットがいいです!」 「パンドラさん、さっきカレーを食べたからでは?」 「シャーベット……。細かくしたトマトを、砂糖とレモン汁と混ぜて冷やして……」 思案気に呟いたアユカの表情が、ぱっと明るくなった。 「ありがとう、素敵なお菓子ができそう!」 「ここで作って、一緒に食べるといいのです」 エルピスの提案にアユカは笑みを深める。楓はまばゆそうに、アユカを見ていた。 ● 「おおー! ゆーいち、広いです!」 「そうですね。設備もしっかりしています」 調理器具に冷蔵庫、四人掛けのテーブルに椅子、カウンターつきの調理台。それだけあって窮屈に感じない空間を、雄逸はざっと見回す。 「ところでゆーいち、なにをつくるんですか?」 「マリネとチーズ焼きと、カレーの予定です。とりあえずご飯を炊きましょう」 「ワタクシサマも手伝いますよ!」 「はは……、お手柔らかに……」 黒い翼を極限まで畳んだエルピスが、壁にかかったエプロンを身につけようと奮闘する。数秒後、手早く自分の用意を整えた雄逸が、エルピスのエプロンを結んだ。 「準備できました!」 「はい。ではパンドラさんには書きとりをお願いします」 「はい! 味見と力仕事もまかせるのです!」 やる気たっぷりに返答したエルピスが席につき、机上のペンを持って雄逸に期待の視線を送る。 雄逸は慣れた手つきで米をといだ。土鍋に入れ、その下に敷いた調理用発火符を発動させて、じっくりと炊き上げて行く。 その間にマリネの用意だ。 「トマトを洗って、茹でます」 「ワタクシサマ、おなかへりましたよ? ゆーいち」 「待ってくださいね。すぐに二品できますから」 はらぺこエルピスの相手には慣れている。なにせパートナーで、仕事以外でも行動をともにすることはたびたびあるのだ。 だからこそ、最初の二品はおいしくて、早くできて、腹の虫を刺激するにおいがしない料理がいい、雄逸は作戦を立てていた。 「ボウルに塩と酢とごま油を入れます」 「ふむふむ」 トマトを湯剥きしてひと口大に切り、大葉と一緒に調味料を入れたボウルに投入。 よく混ぜて、ガラス製の器に盛ってフォークを添える。 「マリネの完成です」 「食べてもいいですか!?」 「どうぞ」 言いつつ、雄逸は手元を見ずにトマトを薄く切っていく。エルピスはカウンターに置かれたマリネを席に持ち帰って、食べた。 「さっぱりしてるです」 「トマティーナは夏の催しですので」 「冷やすともっとおいしそうです」 幸せそうにエルピスはマリネを食べ進める。その間に雄逸はトマトを専用の皿に盛り、チーズを振りかけて、石窯に入れた。数秒後に出し、トマトのチーズ焼きを盛りつける。 「次ができましたよ」 「これもおいしそうです!」 エルピスがとりにきて、戻る間に調理用発火符を鍋の下で起動させ、鳥のひき肉を炒めつつ、冷蔵庫からとり出したトマトを始めとする数種の夏野菜を切っていく。 「んー! チーズがトロトロです!」 手際よく、休む間もなく調理をし続けることを、雄逸は苦に思わない。目の前で、恋心を抱いている相手が幸せそうに食べてくれるのだ。それだけで十分すぎるほどだった。 「いい香りがしてきました」 「カレー粉を入れましたからね。もう少し待ってください」 多めのカレー粉にトマトケチャップも入れ、弱火でくつくつと煮こむ。マリネとチーズ焼きを早くも食べてしまったエルピスは、待ちきれないらしく雄逸の側にやってきた。 「ゆーいち、ワタクシサマ、おなかがげんかいです」 「えっと……」 三分も経たないうちに、エルピスがしょんぼりと肩を落として空腹を主張した。雄逸は土鍋の様子をさっと確認する。 ご飯は炊けている。カレーも煮こみ足りないが、材料に火は通っているだろう。 「……分かりました」 「ゆーいち、はやくはやく」 歓喜を満面に浮かべたエルピスに急かされながら、雄逸はご飯を混ぜ、深さのある皿に盛る。上からトマトカレーをたっぷりかけて、完成だ。 「ちょっと酸味があると思います。ですが、暑い日には辛さと酸味も嬉しいかと。夏野菜は夏バテの防止にも効果的ですよ」 「いただきます」 聞いているのかいないのか、微妙なところだが、エルピスはとにかく手をあわせてカレーとご飯を口に入れる。 「美味しいですか? パンドラさん」 「野菜がごろごろでとってもいいです! 旦那サマにも食べさせたいのですよ!」 何気なく放たれたのだろう、嬉しそうなその言葉に。 一瞬、呼吸を忘れてしまうほど雄逸の胸が痛んだ。 「ゆーいち、どうかしたのですか?」 「……なんでもありませんよ」 笑顔を、作れているだろうか。 締めつけられた胸に切なさの雲がかかって、罪悪感の雨が降っているようだった。エルピスは雄逸の親友の妻で、自分はそんな彼女に恋をしていて、パートナーになった。 親友を差し置いて。一方で、想いの消し方も知らなくて。 「むむ。ワタクシサマ、料理というものは不得意なのですが」 席を立ったパンドラが、雄逸を押しのけてトマトを茹で始める。別の鍋には卵を入れて、こちらも火にかけた。 「トマトを湯で煮ると、おいしいのです」 先ほど理解した知識を披露しながら、湯で煮たトマトを引き上げて砂糖をかけ、半熟の状態で殻を割り皿にのせた卵にも砂糖をかける。 「ワタクシサマの特製料理です!」 「……いただきます」 「どうですか? ゆーいち」 見た目から想像できたことだが、砂糖が口の中でじゃりじゃりした。甘すぎて素材の味など少しも分からない。 それでも、雄逸は。 「おいしいです。とっても。とてもおいしいです、パンドラさん。貴方の料理、とてもおいしくて、嬉しいです」 渦巻くような感情を閉じこめて、雄逸は笑う。エルピスも安心したように、誇らしげに笑んだ。 それから間もなく、アユカと楓がやってきて、試食会が決まった。 二人が完成していた菓子を運びこみ、エルピスが歓声を上げる。雄逸とアユカでシャーベットを作り、凍らせる段階になって、楓と話していたエルピスが紙を掲げた。 「セイロウサマ、この間に提出に行くのです!」 「え、でも味見をして、もうちょっと書き換えとか」 「大丈夫です、おいしかったです!」 「あれ、食べちゃった?」 「すみません、もう少しお待ちくださいと言ったのですが」 とめられなかった、と楓が沈痛な面持ちになる。仕方のないことです、と雄逸は苦笑した。 つまみ食いをしてしまったエルピスは、小さく笑ったアユカを引っ張って、部屋から出て行こうとする。 「待ってくださいパンドラさん、それ書きかけですよね。続き書きますから」 「おっと忘れていました。うっかりです」 踵を返すエルピスを、雄逸は暗い感情に楽しさで蓋をして、待ち受けた。 ● レシピを提出しに行った二人が、さらに二人連れてきた。 「エフドさんとラファエラちゃんだよ~」 「同じ依頼を受けていたのです。試食会に連れてきました!」 「エフド・ジャーファルだ。お招きいただきありがとう」 「……ラファエラ・デル・セニオよ」 あれこれと話していた雄逸と楓が顔を見あわせる。背の高い男は武骨そうだが、挨拶から礼儀の正しさが伝わってきた。 その隣で斜め下に視線を向けている少女は、外見だけならアユカとそう変わらない。照れているようにも、ばつが悪そうにも見える。 どこかでかかわった気がする、と楓はしばらく考えて、思い出した。 (お化けヒマワリの調査報告のときに、すれ違った) あの指令は浄化師ごとに個別で行うものだったため、直接的なやりとりはなく、名前も聞いていなかったのだ。 「ゆーいち、カレーはできていますか?」 「はい。食べごろですよ」 有無を言わせない強引さでラファエラを座らせたエルピスが、高揚を隠し切れないまま尋ねる。すでに魔術道具の火を消していた雄逸は、笑みを口元にたたえて頷いた。 幸いなことに、アユカたちも雄逸たちも、料理は多めに作っている。二人増えても問題はなく、食材もまだいろいろとあるので、なくなっても作ればいいだけだ。 「かーくん、どこに行くの?」 「机と椅子を隣から持ってきます」 しかし、テーブルは四人掛けで、椅子も四脚なので足りない。 「手伝うよ」 「いえ、アユカさんはここにいてください」 「では俺が手伝おう。力仕事なら得意だ」 当然のように名乗り出たエフドに、ラファエラが慌てた。 「私も行くわ」 「いい。こっちでなにか手伝うか、おしゃべりでもしていろ」 「ちょっと……っ」 引きとめようとするラファエラの前で、無情にも扉が閉められる。 「ラファエラちゃん、もしかして嫌だった?」 「ワタクシサマたち、ごーいんでした?」 叱られてしまった子どものような顔になったアユカとエルピスに、ラファエラはうっとつまった。 「嫌……っていうか、別に、そこまでじゃ……ないかもしれないけど……」 こんな弱い態度を見せるべきではない、毅然と振舞って主導権を握ろう、と自らを叱咤したラファエラの前で、エルピスとアユカははしゃぐ。 「よかった! あのね、わたしはお菓子を作ったんだよ」 「ゆーいちがいろいろと作りました!」 「はじめまして、雄逸・霧崎です。お騒がせしてすみません。マリネ、食べますか?」 自己紹介の機会を逃していた雄逸が挨拶して、冷蔵庫から冷えたマリネをとり出す。 「……おいしくなかったら、承知しないわよ」 「チーズ焼きとカレーもありますよ!」 「デザートはね、レアチーズケーキとチョコマフィンと、シャーベットだよ」 「あっ、セニオサマたちが出していた料理も作りますか?」 「それはおじさんに言って」 聞いたばかりのレシピなのだから、うまく作る方法なんて知らない。 (置いて行った罰よ) 本当に作らせそうな二人を見ながらエフドを鼻で笑い、ラファエラはマリネを口に入れた。 「いかがですか?」 「……悪くはないわ」 カレー用のお皿を出していた雄逸に、ラファエラはぶっきらぼうに応じる。エルピスが心から嬉しそうな笑みを口元に刻んだ。 「盛り上がっているか?」 ようやくエフドと楓が隣室から家具を手に戻ってくる。一番近かったアユカが、二人が入りやすいよう扉を大きく開いたまま固定した。 「ありがとうございます」 「いえいえ、かーくんこそありがと」 「おっそいわよ、おじさん」 「これでも急いださ」 反ばくする代わりに、少女は男を睨む。 「試食会の始まりですよ!」 「たくさん召し上がってください」 間もなく、机上にはたくさんのトマト料理が並び、賑やかな試食会が始まった。
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*** 活躍者 *** |
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[10] 雄逸・霧崎 2018/08/28-22:50
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[9] アユカ・セイロウ 2018/08/28-21:54 | ||
[8] エルピス・パンドラ 2018/08/28-20:22
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[7] 雄逸・霧崎 2018/08/28-12:10 | ||
[6] アユカ・セイロウ 2018/08/28-02:34
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[5] 雄逸・霧崎 2018/08/27-07:42
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[4] エルピス・パンドラ 2018/08/27-07:40
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[3] アユカ・セイロウ 2018/08/26-22:21
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[2] 雄逸・霧崎 2018/08/26-17:48
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