泣き止まぬあなたの頬にキスひとつ
普通 | すべて
8/8名
泣き止まぬあなたの頬にキスひとつ 情報
担当 瀬田一稀 GM
タイプ EX
ジャンル ロマンス
条件 すべて
難易度 普通
報酬 なし
相談期間 8 日
公開日 2018-09-23 00:00:00
出発日 2018-10-04 00:00:00
帰還日 2018-10-14



~ プロローグ ~

 突然の雷雨は、あっという間に山道を、泥の川へと変えてしまった。
 馬車の車輪がぬかるみにはまり、動かなくなってしばし後。
 御者は申し訳なさそうに、エクソシストたちに言った。
「今日はこれ以上は勧めません。近くに村がありますから、そこで宿をとりましょう」
 とはいっても、小さな宿はすでに満杯。
 指令の帰り。団服を着たエクソシストたちは、各ペアごとに別れ、村人たちの家に泊まることとなった。

 馬車をおき、徒歩で村に来るまでの間に、体は濡れ、冷え切っている。
 パートナーは、部屋にある暖炉と薪を見、ほっと安堵の息を吐いた。
「ああ、ありがたいな。これで濡れた体もあたたまる」
 だがあなたは、部屋の片隅に座り込み、黙り込んだまま。
「なぜ黙っている? あれが、お前のミスだと思っているのか?」
 ――思っている。でも、言えない。
「指令は無事完了したんだ。気に病むな」
 パートナーがおこした火が、暖炉の内で、ぼっと燃えた。
 彼が、振り返る。
「さあ、こちらへおいで。そこでは、火のぬくもりは届かないだろう」
 あなたは、いやいやと首を振った。
(だって、本当ならば、この指令はもっと早くに片がつくはずだった。私が、あんな失敗をしなければ)
 ゆっくりと近付いてくるパートナー。
 彼はあなたの隣にしゃがみこみ、涙に濡れた顔を覗き込んだ。
「考えるなと言っても、無理なんだろうな。何をしたら、お前は泣き止む? こうして抱きしめればいいのか? あるいは、ひとつきりのベッドで添い寝をして、寝かしつけてしまえばいい? 教えてくれ。俺は、どうしたらいいんだ?」


~ 解説 ~

あなた、もしくはパートナーは、指令でミスをしたと思い込み、落ち込んでいます。
指令はすでに無事に解決しているにも関わらず、です。

運悪く、帰路で雨に降られて、上記のような状態です。
部屋にあるものは

・暖炉
・シングルベッド1台
・毛布2枚
・木の椅子1脚
・小さな机ひとつ

他に、濡れた体をふくための布が2枚あります。
すでに食事はいただきました。

ここで朝まで、どのように過ごしますか?


~ ゲームマスターより ~

お久しぶりです。瀬田一稀です。

こちらのエピソードは、文字数多めのEXになります。
よって、アドリブも多めとなります。その点をご了承ください。

ジャンルはロマンスとしておりますが、シリアスでもコメディでも、自由にしていただいて構いません。
どうぞお好きな方法で、パートナーを元気づけてあげてください。

あ、泣かなくてもいいです。





◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇

ラウル・イースト ララエル・エリーゼ
男性 / 人間 / 悪魔祓い 女性 / アンデッド / 人形遣い
暖炉をつけるから、びしょ濡れの団服を脱いで(自身も脱ぐ)
それで毛布にくるまって、ベッドに入って。僕も入るから。

あれはララのせいじゃないよ。敵の行動が一枚上手だっただけだ(キスで涙を拭う)
もっと僕のほうへおいで(抱き締めて髪を撫でる)

(胸に視線を落とし)君の胸の孔の事で何か言う奴がいたら許さない。

(…酷い殺されようをしたララに、本当なら色々教えてあげたい。けれど彼女はまだ14歳で、子供で…道徳的にも良くないし…でも僕の我慢がきかないし…)

(ララエルの発言に)
寝るだけじゃできないよ。後でちゃんと体に教えてあげるから、今はこれでおやすみ(口づけする)

(ララは煽ってるとしか思えないよな…)
鈴理・あおい イザーク・デューラー
女性 / 人間 / 人形遣い 男性 / 生成 / 魔性憑き
※装備袋を落として動揺した隙に敵に突破された

今回は申し訳ありませんでした
たとえ指令は達成できても、周囲に被害が出てしまっては…

…袋には大した物は入っていなかったからいいんです

これは…あの時わざわざ拾ってくれたんですか?
教団に入ってから一度も父からの手紙は読んでいません
父とは縁を切ったんです

私がちゃんとしたエクソシストになるためには
もっとしっかりしないとダメなんです


本当にこの人は……
どんな顔をして何をいえばいいのか分からない
布で顔をかくしたまま、休んでくれと彼をベッドへ押しやる
(自分は机に伏して休む)


この人は優しい人だ
それは私だけに向けられるものではない
それでも私は…この人がパートナーで良かった
ニーナ・ルアルディ グレン・カーヴェル
女性 / 人間 / 占星術師 男性 / 人間 / 拷問官
潜入調査で古い館に突入できたのはいいですけど、
まさか服の裾を引っ掛けるとか……
どうにか引っ張り出して逃げようとしたら、
飾ってある鎧とかががしゃーんって。

た、確かに相手は捕まえられましたけど気にしますよぉ!
私だってグレンみたいに格好良く戦いたかったですー!
それに、あのままだったらグレンだって危なかったですし……
グレンが私のせいで怪我したら嫌です、大切な……
えーと?お友達?ですし?

あぁぁ髪ぐしゃぐしゃになっちゃいますぅぅ!
あのお店のアップルパイでもいいですかっ!?やったー!
……はっ!

あ、気がついたら私、いつもみたいにグレンとお話出来てます。
グレンのいつも通りの表情が、何だかとても嬉しいですね。
/ / / /
落ち込む側:灰

灰 あのときも、僕がミスを

 灯の家族が殺された 判断が遅れた
 村が襲われたとき 情報伝達ミス
 今回も灯の命に従い損ねた
 違和感ある利き腕のためミスと負傷

濡れた体をタオルで拭く灯は灰の背に白い死人花と剣と狼の刺青発見
両肩にまで及ぶ鮮やかな刺青

灯 この馬鹿
灰 僕の花は貴方です
灯 自分のせいだと思うのはお前の勝手だ 勝手に背負え 己を憐むな
 俺がお前と契約理由は呪いだ お前が過去の過ちを忘れず後悔して生き続けるための 浄化師も愛もその手段だ

過去の失敗から守れなかったもの
今回で引き出される憎悪を知る
命掛けの戦場で 命も 希望も 喪う

灰は家庭を作る夢がある ベリアルもヨハネもどうでもいい 忘却の強さ
灯は復讐 憎悪 永劫戦場 責任の強さ
ヨナ・ミューエ ベルトルド・レーヴェ
女性 / エレメンツ / 狂信者 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
喰人
随分濡れてしまったと
常備している荷物から着替え取り出す

…そうだ。お前のは崖下に落としてしまったか
あー そんな顔をするな
ほら、少し大きいかもしれんが
濡れたままではな

ヨナにシャツを投げて渡し

適当に暖まったらベッドを使え
俺はまあ、何とでもなる

布で体を拭き 濡れた服をイスや机に掛け乾かす
着替えも無いのでトランス状態になり暖炉の前で丸くなる

ヨナの行動に床に爪立て振り向く
どうしたものかと暫らくヨナの周りをうろうろ
観念し 身体を一度擦り付けベッドの上へ

俺を慮るにしても ペットのような扱いは不本意なんだがなあ…
あれだけ違うと言い張っていてもまるで子供ではないか
暖かいからといって近(むぎゅう

*トランス中は喋らない
アユカ・セイロウ 花咲・楓
女性 / エレメンツ / 陰陽師 男性 / 人間 / 悪魔祓い
◆アユカ
今日の指令、わたしは何も役に立てなかった
それどころか、不用意に前に出て、かーくんに庇ってもらって…

かーくん、怪我大丈夫?
ごめんなさい、わたしのせいで…
少しは戦いに慣れたつもりでいたのに、やっぱり向いてないのかな
そうだよね…流されるように浄化師になって…何も覚悟ができてなかったんだもの

かーくんは戦いの経験豊富だって聞いたし、向いてないことないでしょ?

(楓の行動に真っ赤になって慌てるが、すぐにはっとする)
ど、どうしたのその傷…!
そっか…かーくんも、たくさん失敗を乗り越えてきたんだ

…ありがとう
かーくん、やっぱり浄化師に向いてるよ

これからも失敗することがあっても、二人で乗り越えていける…よね?
ルーノ・クロード ナツキ・ヤクト
男性 / ヴァンピール / 陰陽師 男性 / ライカンスロープ / 断罪者

ナツキはミスをしたと落ち込んでいるが無理に元気に振舞う
負い目からベッドを譲ると言い出し、ルーノに色々と見破られて動揺
ルーノ:…何か負い目を感じて譲るというなら不要だ。それと、その空元気はいつまで続けるつもりかな?

怒られたと思い更にへこむナツキに苦笑するルーノ
ルーノ:無理に笑わなくていい、妙な気遣いもいらない。なにより君が感情を隠すと面白くないからね
ナツキ:まて、面白くないってどういう事だよっ!


改めてベッドはどうしようと問うナツキ
ルーノ:そうだな、これで決めようか(トランプを取り出し)
ナツキ:よーし、受けて立つぜ!

二人でベッドに座ってトランプを始めるが、決着がつくまえに2人ともベッドで寝落ち
ショーン・ハイド レオノル・ペリエ
男性 / アンデッド / 悪魔祓い 女性 / エレメンツ / 狂信者
すみません。お気を使わせて…
ドクターは濡れてませんか?よかった…

気にかかることなんて…
……
さっきの任務、銃がジャムを起こしたんです
本当に一瞬、死を覚悟しました
それが嫌で…

…常に死と隣り合わせだった昔のことを思い出すんです
爆風で私一人を残して他の仲間が全員死んだことや
潜入しているとばれて何週間も拷問を受けて死を覚悟したことも…それに…

さっきも身体が凍りつきましたよ
手が震えてるのもそのせいでしょう…ははっ

…忘れよう、か…私にそんなことが――
そうか。ベッドが一つしか…

ドクターすぐに寝ちまったぞ…
…俺に比べてこんな華奢な身体なんだな
…今晩だけ抱きしめてもいいよな…?


~ リザルトノベル ~

●幼い君を守るのは僕 ラウル・イースト×ララエル・エリーゼ

 激しい雨が、家の壁を強くたたいている。
 隅にいれば、冷気も入ってくるだろう。それなのに、ララエル・エリーゼは、部屋の角から動かない。
「だって……っ、私が敵に近づかなければ、他の皆さんが怪我をする事もありませんでした……っ」
 青空を映す瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れる。

 そんなパートナーに、ラウル・イーストはあえて、冷静な声をだした。
「ララ、暖炉をつけるから、びしょ濡れの団服を脱いで」
 ララエルが、ぼんやりと顔を上げる。
 視線の先では、言った通り暖炉に火を入れたラウルが、てきぱきと、濡れた団服を脱いでいた。
「ほら、早く脱いで。それで毛布にくるまって、ベッドに入るんだ。僕も入るから」
「……ベッドはひとつしかない、ですよ?」
「うん。だから、一緒に使おう」
「でも……ラウル……あの、私……胸に孔があるから恥ずかしいです」
「僕は気にしない」
 ララエルの困惑は明らか。それでもラウルは、彼女の腕を引き、強引に立たせた。
 そしてぐっしょりと雨を吸った団服を、ばさばさと脱がしてしまう。
「ほら、これでいい。ほら、これ以上身体が冷える前に、ベッドに行くよ」

 もしラウルが少しでもためらったり、恥ずかしがったりすれば、ララエルも羞恥に頬を染めただろう。
 だが彼はどこまでも淡々と、ことを進めた。
 そう、ララエルに、迷いを生じさせないように。

 ララエルは、ラウルに促されるままシーツの上に横たわった。
「あれはララのせいじゃないよ。敵の行動が一枚上手だっただけだ」
 ラウルが、ララエルの頬にそうっと口づける。
 その優しい唇は、柔らかな肌を濡らしている涙の残骸を、丁寧にぬぐっていった。
 びくん、と一度、ララエルの肩が跳ねる。が、引き寄せてしまえば、震えなどわからない。
「ほら、もっと僕のほうへおいで」
「でも、私……」
「ああ……」
 呟き、ラウルは、髪を撫ぜていた手を、彼女の胸まで下ろした。
 指先で、そこに開いた孔のまわりをすうっとなぞる。
「この孔の事で何か言う奴がいたら、僕が許さない」
「あうっ……」
 その細く高い声に、ラウルは、はっと息を飲んだ。
(……酷い殺されようをしたララに、本当なら色々教えてあげたい。けれど彼女はまだ14歳で、子供で……道徳的にも良くないし……でも僕の我慢がきかないし……)
「ラウル……」
 腕の中で、ララエルがもぞりと動く。
 胸に押し付けられる頬にはまだ涙が光っていたが、その表情は、安らかだった。
 戦いの余韻も、孔についての戸惑いも手放してくれたようだ。
(だったら……僕はやっぱり、耐えなくちゃ。今はララが、穏やかな気持ちで、この腕の中にいてくれるだけでいいんだから)
 ララエルが苦しむ姿は見たくない。だからこそラウルは、18歳の情欲を、胸の奥へと抑え込んだ。
 それなのに、無邪気なララエルは――。
「あ、あの、ラウル……一緒のベッドで寝ると、赤ちゃんができるって本当ですか?」

「……寝るだけじゃできないよ」
 ラウルの一瞬の沈黙に、ララエルは気づかず。
 戻ってきた回答に「ええええっ!?」と叫び声を上げた。
「できないんですか?」
「逆に聞くけど、できると思ってたのに、僕とベッドに入ったの?」
 至極当然の問いに、ララエルは頬を赤らめる。
「だって私、ラウルとの赤ちゃん、見てみたいんです! ……何だかこのお話、トイレの時にもした気がしますね……」

 へへ、とはにかむ姿に、嘆息したい気持ちを隠して。
 ラウルは少女の額に、小さなキスを落とした。
「後でちゃんと体に教えてあげるから、今はこれでおやすみ」
 そう言って、今度は少女の唇に、口づける。

 本当ならば、孔の開いた胸も、細く白い肢体も、触れてしまいたい。
 でも、やっぱり彼にとってララエルは、いまだ庇護対象である。こんな急に身体を暴くなんて、できるはずはない。

「はっ……んんっ……」
 深く入り込んできた舌に、ララエルは鼻から息を漏らした。
(これが、おやすみのキス……?)
 ねちねちと口の中を、喉の近くまで辿られて、呼吸が苦しい。
 しかも、なんだか頭がぼうっとしてきた。身体は奥の方が、ざわついているし――。
(これじゃ、眠れなくなっちゃう……)。
 それでも必死にキスを続けていると、ラウルは突如、顔を離した。
「ご、ごめんっ。つい……」
「いえ……」

 そう言う唇が、ラウルの唾液で、てらりと光っている。
 それなのに、ララエルは無邪気に言うのだ。
「さっきのこと、後で教えてくださいね!」

(ララは煽ってるとしか思えないよな……)
 いっそ、彼女を手に入れるまでのカウントダウンを始めてしまおうか。
 庇護欲と独占欲の間で、ラウルはため息をついたのだった。

●私はあなたに暴かれる 鈴理・あおい×イザーク・デューラー

「まずは髪とか、布で拭かないと……」
 部屋に入ってすぐ、暖炉に火を入れてから。
 イザーク・デューラーは、鈴理・あおいに、乾いた布を差し出した。
 しかし彼女は受け取らず。
「今回は、申し訳ありませんでした」
 と、深く頭を下げる。
 それこそ髪からも、団服からも、冷たい滴をぽたぽたと落としたままだ。
「今は、そんな話をするときではない。ほら、顔を上げるんだ」
 イザークが、布を彼女に、押しつける。
 だがそれを握っても、あおいは頑なに、布を使おうとはしなかった
「たとえ指令は達成できても、周囲に被害が出てしまっては……」
 と言って。

「こう言っちゃ悪いが、あおいが荷物を落とさなくても、あれくらいの被害は出ていただろう。袋を失った君の方が、損害は大きいんじゃないか?」
 イザークの言葉に、あおいは背を伸ばした
「……袋には大した物は入っていなかったからいいんです」
「そう言われると渡しづらいんだが……」
 イザークは困惑顔で、濡れた団服のポケットから、その『物』を取りだす。
「とっさにこれだけしか、拾えなかった」

「これを、わざわざ?」
 あおいは、目を見開いた。

 あんな戦いの中で。
 土砂降りの雨の中で。
 たった一枚の、封筒を?

 本当ならば、感謝の言葉を口にすべきだ。
 それなのに、口からは出たのは、ひどく低い声。
「教団に入ってから一度も、それは読んでいません。父とは縁を切ったんです」

「しかし、折れないように手帳にはさむのは見たよ」
 イザークは、事実としてそれを告げた。
 もしこれが本当に意味のない手紙ならば、他の荷物の間にでも放っておけばいい。
 しかし律儀で真面目な彼女は、そうしなかった。
 イザークにはそれが、彼女が父を想っている証に思えたのだ。
(そうだ、口では何だって言える。嘘も、強がりも)

 泥の中に埋もれていた封筒を見たとき、イザークは交戦中であった。
 でも、どうしてもこれを拾いたかった。
 そのために勝利を焦り、結果、少々怪我をすることになったが、それはまあ、言わねばわかるまい。
 でも、大事な父親からの手紙を失えば、彼女は心に、何らかの影響を及ぼすだろう。

 あおいはしばらく、イザークの手の内にある手紙を見つめていた。
 が、不意にその目を逸らした。
「私がちゃんとしたエクソシストになるためには、もっとしっかりしないとダメなんです」
「それならば、なぜこちらを見て、言わない?」
 少女の肩が、ぴくりと跳ねる。
(ここで言葉を重ねることは、あおいを責めることにつながる、だろうか。しかし、あおいはあまりにも……)
 イザークは、自らの思考を振り切るように、ゆっくりと唇を動かした。
「一度きちんと話をしようか。家族の情も切り捨てて、ささいな喜びも自分に許さない。そんな君が目指すエクソシストとは何だ?」

「それは……」
 言いかけ、あおいは黙り込んだ。

 勤勉に指令をこなし、社会に貢献すること。
 父の教えに従い、清廉潔白に、道を歩むこと。
 どちらも正しい。が、どちらもすべてでは、ない。

 イザークは、優しい口調で続ける。
「今でも父親は大切なんだろう? 縁を切ろうとしたのも、巻き込みたいという思いもあるんだろう? 何もかも捨てなくても、君らしいエクソシストの道はあると、俺は思うよ」
(そうなの、でしょうか)
 声には出せないまま、あおいはイザークに目を向ける。
 その彼女の気持ちを、どうとったのか。
「わかるよ。これでも、数ヶ月そばで見てきたんだから」
 イザークは、穏やかに微笑んだ。
(本当に、この人は……)
 イザークは、必死に隠している胸の内を、探る様子もせずに、暴く。
 そう、あおいは彼に、暴かれたのだ。

「そろそろ、休もうか」
 返事を求めず、イザークはそう切り出した。
 部屋には暖炉の温もりが満ち、体温はもう戻っている。
 あとは濡れた衣服を脱ぎ、ベッドに潜り込めばいい。
「あおいはベッドを……」
「イザークさんが、ベッドで休んでください。私は椅子で、平気ですから」

 あおいは、先ほど無理やり渡された布で顔を隠しながら、イザークをベッドへと押しやった。
「……分かった押さなくていいから」
 ベッドに腰を下ろしたイザークは、苦笑しつつ、あおいを見上げる。
「いくら部屋が温まっていても、濡れたままでは風邪を引く。ちゃんと乾かしてから休むように」
「……わかりました」

 ありがとうとも、ごめんなさいとも言えないまま。
 あおいは適当に髪を拭い、団服の上着だけを脱ぐと、椅子に座って、机に突っ伏せた。
(せめて、おやすみなさいと言えばよかった)
 まだ眠りにはついていないだろうに、あおいの心情を察してか、イザークは息をひそめている。
(……この人は優しい人だ。それは私だけに向けられるものではない、けれど)
 ちらり、背後の気配に気を向けて、あおいは細く、息を吐く。
(……それでも私は……この人がパートナーで良かった)

●普段通りが一番 ニーナ・ルアルディ×グレン・カーヴェル

「信じられません……」
 嵐のような雨風の音が響く、部屋の中。
 たった一つの椅子に腰かけ、ニーナ・ルアルディは呟いた。
 ぐっしょりと雨に濡れた団服のスカートは、一部が大きく破れている。
 先ほどの指令で、うっかりひっかけてしまったのだ。
 しかし今は、それを憂いているわけではない。
 そうなるに至った状況が、問題だった。

「お前のドジの一つや二つくらいもう慣れてる」
 暖炉の火をおこしながら、グレン・カーヴェルが口にする。
 しかしその顔は、笑顔。いや、呆れ顔と言うべきか。
 肩がふるふると震えているから、本気で笑いたいのをこらえているのかもしれない。
 ニーナは「あっ!」と声を上げた。
「グレン、もしかしてさっきのこと、思い出してますね!?」
「そりゃあ、あれだけのインパクトがあれば、忘れられないだろ。お前が無理やりスカートを引っ張ったおかげで、鎧やらインテリアやら崩れて、相手は下敷きに……って。作り話でも、なかなかああはうまくいかないぞ。正直、相手に同情した」
「うう……」
 ニーナは、もともと丸い頬をぷっくりと膨らめて、グレンを睨みつけた。
 ぼっと燃える炎を見ているグレンは、ニーナの視線には気づかず、話を続ける。
「つーか、よく倒れたな、アレ。相手もびっくりしただろうなあ」
「私だって、びっくりしました……」
 ぼそぼぞと、わずかな反論を試みて見るものの、グレンはやっぱり、くすくすと笑っている。
 そしてその笑みを含んだ声で、こう言うのだ。
「まあ、結果的にいい方向に働いたんだ、気にするな」
 そこでやっと、グレンはニーナに視線を向け――真顔になった。
 いつもの軽口を続けていただけ。それなのに、ニーナはいつもと同じ、ではなかったからだ。

「た、確かに相手は捕まえられましたけど、気にしますよぉ! 私だって、グレンみたいに格好良く戦いたかったですー!」
 細く小さな手のひらで、ぎゅっとこぶしを握る彼女は、はた目には怒っているようにも見える。
 しかしその瞳には、うっすらと水の膜がはっていた。

「それに、あのままだったらグレンだって危なかったですし……」
 必死に言い募る彼女は、グレンの視線に気付いているのだろうか。
 いや、おそらくはわかっていない。ニーナは今、うつむき、じっとりと重くなっているだろう団服のスカートを見下ろしている。
 彼女は、寒さに色の失せた唇を動かした。
「グレンが私のせいで怪我したら嫌です、大切な……」
(大切な、なんだ)
 一体何を言い出すのかと思い、見ていると、ニーナはそこで、口の動きを止めてしまった。
 ふわり、顔が上がって、戸惑いの眼差しと、ともに。
「えーと? お友達? ですし?」
「だーかーら、俺はお前と友達になりに来た訳じゃねえって何度も言ってんだろ」
 やっと温まってきた部屋で、乾いた布を突きだしながら言えば。
 彼女は、むうっと口を引き結んだ。

「別にお前が俺に迷惑だのなんだの気にする必要もねえし、仲直りだとか面倒なことを考えることもねえ。俺はただやるべきことをやるだけだ」
 内容を反芻すれば、彼が怒っていないことは、わかる。
 でも厳しい口調に、ニーナは思わず、肩を震わせた。
 グレンのことは、嫌いではない。むしろ好きだし信頼している。
 でも、だからこそ。
(迷惑をかけたくないのに)
 ――と、彼はニーナの頭に、トントンと手を置いた。
 火の近くにいるからだろう。その大きな手は、あたたかい。
「お前は何も考えずに笑ってろ」
「……え?」
「ま、じっとしててもらえるんならそれに越したことはねぇがな」

 グレンは、うつむいたままのニーナの髪を、くしゃりと撫ぜた。
(飼い主に叱られた後の犬ってこういう感じだよな)
 濡れそぼった髪の手触りと、しゅんとしたニーナの姿に、そんなことが頭に浮かぶ。
 ただもちろん彼女は、素直で従順なペットの犬などではない。
 今だって。
「あぁぁ髪ぐしゃぐしゃになっちゃいますぅぅ!」
 そうやって、グレンの手から逃げようとしているのだから。
「とりあえず、帰ったら好きなケーキ調達してやる」
 ニーナの顔が、ぱっと上がる。
「え、それって、あのお店のアップルパイでもいいですかっ!? やったー!」
 雨空に、突如陽光が射すかの如くの笑顔に、グレンはふっと笑った。
「ホント、単純な奴」

 だが、喜ぶニーナにその言葉は聞こえない。
 ただ彼女の方もまた、気づいたことはある。
「あ、私、いつもみたいにグレンとお話出来てます」
 ちらと見やれば、グレンはひっそりと微笑んでいて。
 ニーナはその、いつも通りの表情が、何だかとても嬉しいと感じたのだった。

●時の止まった一夜 灯・袋野×灰・土方

 雨風が、小さな家の狭い部屋を揺らしている。
 ごうごうと響く音は、灰・土方の小さな声を、消してしまうほど。
 だが、彼は確かに、呟いた。
「あのときも、僕がミスを」
 灯・袋野には、聞こえない。
 いや、聞こえないと思ったから、言ったのか。
 灰は床を見つめ、拳を握る。

 あのとき。
 灯の家族が殺されたとき。
 ――判断が、遅れた。
 村が襲われたとき。
 ――大切な情報を、伝えることができなかった。
 そして今回は……灯の命に、従い損ねた。
 彼は、利き腕の違和感が災いし、ミスをして、怪我まで負った。

 暖炉の火を起こし、互いに背を向け、濡れた団服を脱ぐ。

 あとは乾いた布で身体を拭けば、体温もじきに戻るだろう。
 そう思い、ふと。
 灯は、振り返った。
 その行動に意味はない。しいて言えば、なんとなくだ。
 だが彼は、その気まぐれにより、灰の背に、見事な芸術を見つけた。
 見つけてしまった。
 白い死人花と、剣と、狼の入れ墨を。
 背の前面、両肩にまで広がった、鮮やかな色。

 なぜこんなことを。こんなものを。と、灯は問わない。
 ただ一言。
「この馬鹿」
 言えば灰は、背を向けたまま、声だけを寄越した。
「僕の花は、貴方です」
「自分のせいだと思うのはお前の勝手だ。勝手に背負え。己を憐むな」
 灯はきつく、言い放つ。
 気遣いなど、あったものではない。
 ――たしかに、過去のあれは、灰のせいではあった。
 でもその代償は、エクソシストとしての契約という形で、十分に与えている。
 彼が責任を負う必要は、ない。
 だから。
「お前を利用した俺に復讐するように子を作って幸せに――」
 灯は口を開いた。雨に濡れ、水分が満ちているはずなのに、口の中が乾いている。
 が、かすれたその言葉を遮り、灰が声を上げた。
「子を作るだけが夫婦ではないでしょう!」

 背に結婚相手に見合う入れ墨を彫るのが、灰の村の掟だ。
 だがそのためだけに、この絵を背負ったわけではない。
 ここの含まれるすべてに、自ら捕らわれたいと思った。
 そのために、この花を負った。望んで、肌に傷をつけた。それなのに。

 灯は、冷酷に言い捨てる。
「何を勘違いしている? 俺がお前と契約した理由は呪いだ。お前が過去の過ちを忘れず後悔して生き続けるための。浄化師も愛もその手段だ」
 すなわち、その花は枯れるのだと、彼は示している。

「いいえ」
 灰は即座に否定し、首を横に振った。
「あなたは僕の花です。命、人生、戦場、後悔、呪い……すべて、あなたのものだ。僕が生きる間、貴方も死なないなら、この呪いを僕は利用する、すべて背負って貴方を幸せにする」
 すなわち、花は、生き続けると、灰は言う。

 そして灰は、灯の腕をとった。
 暖炉の炎が燃えている部屋は、しかしまだ温まってはいない。
 乾いた布で拭った上半身はまだしも、下半身、足指の先などは、痺れるほどだ。
 だが、いや、だからこそ。
 その凍えるほどの寒さを、言い訳にはしないと、強く思う。

 ――分けあうのだ。命を。今を。

 灰は、一度命を失った、傷だらけの身体を抱き寄せた。
 黙し、動きを止めた唇に、キスをする。
 同性同士のこの行為は、何も生まない。子供は当然のこと、未来につながる道すらも。
 当然、過去を消す術ももたない。あるのはただ、今だけだ。
 でも、ただこの一瞬。世界を照らしたいと、灰は思う。
(――この、灯で)
 灰の唇を受け止めた、この男で。
(たとえ運命はない呪いでも、この人を好きになったことだけは、後悔しない)

 灯は、灰の背に自らの腕を回した。
 ぎゅっと力を込めると、部屋に満ちる空気よりも温かな温もりが、素肌から沁み込んでくるようだ。
 そして耳には、灰の声が。
「貴方を愛しています」
 言葉と同時、灰は灯を、たったひとつのベッドに押し倒した。
「あっ……」
 思わず声が漏れたのは、背に感じた衝撃ゆえ。
 乙女のように大事に扱えとは言わないが、まさか灰が、こんなことをするとは思わなかった。
 それでも、灯は素直に、それに応じた。

「灯さん……」
 一度、呼びかけられる。二人の裸の胸が、重なる。
 胸に開いた孔に触れる空気が、ひやりとしたのは、最初だけ。
 あとはどこが触れても、熱いまま。

 ※

 濡れた団服をすべて脱ぎ去り、シーツのしわが増える頃には、素肌にじんわりと汗をかいていた。
 雨はいつの間にかやみ、ただときおり、風だけがひゅうと鳴く。
 それは悲しみに満ちた、女性の声のようであった。
「馬鹿だよ、本当に」
 灯が、疲れ切り、眠りについている灰を見て、呟く。
「あんなものを彫って。あのサイズじゃ、消すこともできない」
 ――と。
 閉じた彼の瞳、その目じりに、透明な滴がのっていることに気がついた。
「わかんねえな」
 灯は手を伸ばし、涙の残骸を指で拭いかけ……その手を引いた。

●子供と大人 ヨナ・ミューエ×ベルトルド・レ―ヴェ

 嵐を思わせる雨風が、小さな家を揺らしていた。
「随分濡れてしまった」
 団服の上着だけを脱ぎ、冷え切っている部屋に暖炉の火を起こしてから。
 ベルトルド・レ―ヴェは、自らの荷物を探った。
 そこで、ヨナ・ミューエがこちらを見つめていることに、気がついた。
「……そうだ。お前のは崖下に落としてしまったか」
 ここで反論が来ないあたり、そうとう弱っているらしい。
 まったくこれでは勝手が違う、と思いながら、ベルトルドは、乾いたシャツを手にとった。
「ほら、少し大きいかもしれんが……濡れたままではな」

 ひょいと投げられたそれを、ヨナは黙ったまま受け取った。
 のろのろと、団服を脱ぎ始める。
(あのとき、私が落ちてもおかしくはなかったんですよね)
 いつも、敵を前にすると、それしか見えなくなってしまう。
 嘆息しつつ、ベルトルドの乾いたシャツに袖を通した。
 肩はあわず指先は袖の先から、出もしない。
 小さく丸いお尻を超えた裾からは、すらりと細い足が伸びていた。

「おっきい……」
 当たり前だ。だってこれは、男性としても長身な、ベルトルドの物なのだから。
 そう思った瞬間、ヨナは目頭が、じんわりと熱くなるのを感じた。
(失敗をするといつも、ベルトルドさんに、こうして気を使われる……)

「適当に温まったらベッドを使え。俺はまあ、何とでもなる」
 ベルトルドは、濡れた服を椅子にかけ、暖炉の傍へと置いた。
 これでしばらくすれば、乾くはず。
「お前も、机にでもかけておけよ」
 そう言ってから、トランスをし、暖炉の前に丸くなる。
 艶々とした毛並みは美しく、こんな状況でなければ、見惚れるほどだったかもしれない。

 だがそのとき。
 振り返ったヨナが気にしたことは、彼の毛並みの下に直接、床が見えていることだった。
「だめです、ベルトルドさん」
 ヨナは、ベルトルドの肩をぎゅっと掴んだ。
 ベルトルドがびくりと身体を揺らし、床に爪を立てる。
 声はない。ないが、目に怒りを浮かべ、ヨナを睨みつける。
 それでもヨナは、彼の湿った温もりから手を離さなかった。
「ベッドは、ベルトルドさんが使ってください」
 言いながらベルトルドの身体を、ずりずりと引きずろうとする。
 ベルトルドの尻尾が床をぱしりと打った。
 と、ヨナの肩が跳ね――。
 彼女は、全身の力を失ったように、床にしゃがみこんだ。

「ふっ……ふええ……」
 瞳からは、大粒の涙が、ぼろぼろとこぼれ落ちる。
「だって そんな所で寝たら、また風邪引いちゃうでしょう。いや、いやです」
 ヨナは、濡れた頭を左右に振った。
 ぽたぽたと雨の雫が床に落ち、しみを作る。

 ベルトルドは床の上から身を起こし、ヨナのまわりをうろうろし始めた。
 どうしたらいいか、わからない。
(ベッド……に行けば、いいのか?)
 ちらり、目線を上げて、たった一つしかない寝台を見る。
 粗末なそれは、おそらく、長身のベルトルドが寝れば、いっぱいになってしまうだろう。
(だが……)
「いや、ベルトルドさんが、かぜをひくのは、だめ、だめなんです」
 ヨナは、ただただ、泣きじゃくっている。
 外見は幼くとも、中身はしっかりしていたヨナが。
 今は、外見よりも幼い心を晒して。

(わかった、わかったから)
 ベルトルドは、小さなヨナの背後にしゃがみこんだ。
 いつもとは違う顔を見られるのは嫌だろうと、背にそっと自らの身体をすり寄せる。
 泣いているヨナの身体は、着替えを貸し与えたにもかかわらず、驚くほどに冷たかった。
 自分の毛はすでに渇き、ぬくもっているのに。

(泣くな)
 数歩でたどり着くベッドに向かい、清潔なシーツの上に、身を横たえる。
 やはり、足先がベッドの端から飛び出した。
 それでも、ヨナは、ベルトルドが寝台に入ったことに満足したのか。
 首の半ば以上を隠す襟もとを持ち上げ、頬に伝う涙をぬぐう。
 胸元が大きくいびつに開き、中の白い肌が見えた。
 ヨナは、ベルトルドが意図的に開けているスペースに潜り込んだ。
「よかった……ベルトルド、さん……」
 ヨナが寝息を立てはじめるまでは、そう長い時間はかからなかった。

 大人しく寝入ったかと思えば、彼女は温もりを求めてか、ベルトルドの胸に、顔を押し付けてきた。
(暖かいからといって、近すぎでは……)
 ヨナは、泣き濡れた頬を、強くこすったからだろう。白い肌はすっかり赤く染まっていた。
(ほら、あれだけ違うと言い張っていても、まるで子供ではないか)

 せっかく眠りについたのに、まさか起こして、やめろと言うこともできず。
 ペットのような扱いを責めることもできず。
 ベルトルドは、ただ、小さなベッドの壁際に身を寄せ、まんじりともしない夜を過ごしたのであった。

●その痕はあなたの歴史 アユカ・セイロウ×花咲・楓

 ランプをつけても、どこか薄暗い部屋で。
 アユカ・セイロウは、ぼんやりと立ち尽くしていた。
 本当は、早く濡れた服を脱いだほうがいいのは、わかっている。
 冷えきった身体はきしむようだ。
 でも、どうしても。さっきまでの戦いの記憶が、頭から離れない。

「今日の指令、わたしは何も役に立てなかった」
(それどころか、不用意に前に出て、かーくんに庇ってもらって……)
 言えば、パートナーは「気にしないでください」と言うだろう。
 いつだってまっすぐで、アユカを気遣ってくれる、立派なエクソシスト。
 それが、花咲・楓という男だ。
 今だって、せっせと、暖炉に、火をおこしてくれている。

 でも、アユカは知っているのだ。
 そのいつもと変わらない所作をしている彼が、怪我を負っていることを。

「かーくん、大丈夫? ごめんなさい、わたしのせいで……」
 よろりと一歩を進んで、アユカは楓の隣に寄った。
 火を見つめていた彼が、顔を上げる。
「怪我は問題ありません、あなたの手当てのおかげです」
「でも……」
「気に病まないでください。本当に、大したことありませんから」
 楓はそう言って、立ち上がった。団服からは、ぽたぽたと水が滴っている。
「ほら、アユカさんも、いつまでもそんな恰好をしていたら、風邪をひいてしまいますよ」
 だからせめて、上着だけでも脱いでくださいと。
 彼は続けた。
「幸いこの部屋は、そう広くはありません。すぐに暖まるでしょう」

 いつだって、楓はこうして冷静に、物事に対処する。
 アユカを助けるために怪我を負ったが、もしこれが、逆の立場だったなら。
 アユカは、彼と同程度の傷では、すんでいないだろう。

「少しは戦いに慣れたつもりでいたのに、やっぱり向いてないのかな」
 気づけばアユカは、そう呟いていた。
「そうだよね……流されるように浄化師になって……何も覚悟ができてなかったんだもの」

(違う、本当は、こんなことを言っちゃダメなのに)
 楓が一緒にいてくれる。助けてくれる。だからこそ、エクソシストとして立っていられる。
(それなのに弱音を吐くなんて……)
 なんて、情けない。
 とても楓の顔を見ていることができず。アユカはうつむいた。
 ――と。

「……アユカさんだけではありませんよ」
 耳に、楓の声が、届く。
「私も浄化師に向いていないとつくづく思っています」
「かーくんは戦いの経験豊富だって聞いたし、向いてないことないでしょ?」
 アユカは顔を上げ、目を瞬いた。
 もし楓がエクソシストに向いていないのだとしたら、大半の仲間は、向いていないことになるのではないか。
 彼女は今、本気でそう思っていた。

 そんな、アユカの気持ちがわかったのかもしれない。
 楓は薄く笑うと、団服の上着を脱ぎ、椅子にかけた。
「えっ、ちょっと、かーくん!」
 アユカは、真面目な楓の突然の半裸姿に、頬を真っ赤に染める。
 そして、すぐに目を逸らそうとしたが――。
「え……?」
 呟き、息を止めた。
 彼の素肌には、それこそ数えきれないほどの傷痕が残っていたからだ。
「ど、どうしたのその傷……!」
「これはニホンにいた時についたものです」
「ニホンに……」
 それならば、アユカと出会うかなり前のこと、ということになる。
 楓は続けた。
「全て未熟さゆえの不名誉の負傷です。私は戦いは不得手ですが、それでも、戦うことしかできなかった」
「そっか……かーくんも、たくさん失敗を乗り越えてきたんだ」
 アユカの言葉に、楓は、一度、こくりと頷いた。
「向き不向きでなく、私達はこの道を進まなければならないのです」

 いつもの口調で、いつもの表情で。
 淡々と語られる言葉は、楓がこの過去を、しっかり自分のものとして、受け止めていることを伝えていた。
 彼は、今のアユカのように迷ってはいない。
 遠い昔には、悩み苦悩し、苦労もしたことを、傷痕が伝えているとしても。
 
「私はパートナーに気の利いた言葉もかけられない、浄化師に向かない男ですが、それでも、あなたを見捨てたりしません」
「……ありがとう。かーくん、やっぱり浄化師に向いてるよ」
 アユカは微笑んだ。
 自分が通っている道を、楓も通ったのだと思えば、強くもなれる。
 そうだ、この人とならば――。
(これからも失敗することがあっても、二人で乗り越えていける……よね?)

 二人、温まった部屋で見つめあい、数分後。
「あっ、私は、アユカさんの前でこんな格好を……!」
「かーくん! はやく毛布にくるまって! 風邪ひいちゃうよっ!」
「アユカさんこそ、早く団服を脱いで……ああ、あっち向いてますから、ベッドにはいってくださいね」
「ええ!? かーくんこそベッド使ってよ」

 そんなやりとりを交わし、二人はそれぞれ、ベッドと部屋の隅に別れて、一夜を過ごしたのだった。

●温もったのは、心のほう ルーノ・クロード×ナツキ・ヤクト

「おっ、結構しっかりした暖炉があるな。これならすぐにあったまりそうだ」
 ナツキ・ヤクトは、濡れた団服のまま、暖炉の前にしゃがみこんだ。
 すぐに、暖炉の中に、ボッと火が燃え始める。
「お、ついたついた。やっぱりあったかいな」
 手のひらを火にかざし、ナツキがほうっと息を吐いた。狼犬の耳がぺたりと倒れ、尻尾はぱたぱたと床を叩く。
「なあ、ルーノもこっち来てあったまれよ」
「うん、そうさせてもらうよ」
 一歩、二歩。大股で歩いて、ルーノ・クロードはナツキの隣に立った。
 たしかに温かい。凍え切った身体が、熱をおびていくのがわかる。
 ――が。
 ルーノが視線を向けたのは、燃え盛る炎ではなく、ナツキだった。
「あー、なんか食べ物でもあれば、焼けるのになあ」
「食事はもう終わったよ」
「あれだけじゃ足りねえよ」
 口調も仕種も、いつもと同じ。

「ん~、あったかいけど、やっぱ濡れた服乾くのは時間かかるか。脱いでさっさと寝る方がいいのかも」
 ナツキはふわっ、と大きなあくびをした。
 戦闘で散々動いて雨に濡れて、やっと身体がぬくもってきたとなれば、眠気が訪れるのも納得はできる。
 しかし、だ。
「ってことだからさ、ベッドはルーノが使えよ」
 そう言われて、ルーノはついに、ナツキを見る目をすっと細めた。

「……何か負い目を感じて譲るというなら不要だ。それと、その空元気はいつまで続けるつもりかな?」
「えっ……」
 ナツキは目を見開いた。床を叩いていた尻尾が、ぱたりとその動きを止める。
「もしかして、気づかれてないと思ってたのかい?」
「あー……」
 そのとおり、なのだろう。
 ナツキはそう声を発したきり、うつむいてしまった。
 さっきまでの元気の欠片もありはしない。
(そんなに落ち込んでいたのか、たったあれくらいのミスで)
 苦笑しかけ、真顔になって。いや、とルーノは首を振った。

 むしろ、ナツキがミスなど気にならないように、フォローできなかった自分自身にも、問題がある。
 エクソシストはパートナーと戦うのが当たり前。
 一人で背負うものなど、ないはずだ。

 それでも、それをそのまま言えば、ナツキは「そんなことはない」と声を上げるだろう。
 彼はどこまでもまっすぐで、情に厚い人だから。
 だからあえて、こんな言い方を。
「無理に笑わなくていい、妙な気遣いもいらない。なにより君が感情を隠すと面白くないからね」

「まて、面白くないってどういう事だよっ!」
 案の定、ナツキは勢いよく顔を上げた。
 ぐっしょり濡れた髪から、ぽたた、と雨の雫が降る。
「ああ、とりあえず拭いた方がいいね。君も、私も」
 ルーノは、自らの濡れた横髪を、そっと耳にかけた。それは塊になって、やはり水を、ぱたぱたと落とす。

 ナツキはがしがしと適当に髪を拭き、濡れた団服を脱ぎ去った。
 下も濡れているにはいるが、脱いだら着るものがないから、当面はこれで我慢だ。
(にしても、落ち込んでるの、隠してたんだけどな)
 ナツキは、隣で、ナツキよりは丁寧に髪を拭いているルーノを見やる。
(なんでわかったんだろ、ルーノは。なんか全部見通されてるみたいで、ちょっと悔しいんだけど)

 そこでナツキが、くしゅんとくしゃみを、一度。
 ルーノもまた、ぶるりと身体を震わせる。

 部屋は温まりつつあるけれど、まだもうちょっと、温もりが足りないようだ。

「なあ、ベッドどうする?」
 ナツキが問うと、ルーノは一瞬考えるようなそぶりを見せてから、その後、にやりと笑って見せた。
「そうだな、これで決めようか」
 彼が取り出したのは、荷物の奥にあったおかげで、なんとか雨から守られたトランプである。
「よーし、受けて立つぜ!」
 ナツキの目が、きらりと輝く。

 ベッドの上に二人で座り、勝負をしながら、ナツキはルーノの顔をちらちら見やる。
 カードの勝敗のためではない。彼の様子を確認するためだ。
(会話をして少しは気が晴れただろうか。……全く世話が焼ける)
 正面にいる相手にわからないように、そうっと細く、息を吐く。

 対してナツキは、真剣に手持ちのカードを見つめていた。
 その胸から、もやもやはすっかり消えている。
(ルーノに無理しなくていいって言われたら、なんかすっきりしたな)
 そこで、はたと思うのは。
(これって慰めてくれたのか?)
 ルーノは面倒くさいことがキライなはず。それなのに。
(結構世話焼きだよな~……なんて言ったらマジで怒られそうだから言わねぇけどさ)
 ナツキの口角が、ふふっと上がる。無意識のことであったが、ルーノはそれを見つけて。
「へえ、それは勝利宣言ってことかな?」

 とはいえ、結局二人は、揃って寝落ち。
 翌朝、ナツキの片足は、ベッドから床に落ち。
 ルーノは壁際に、身を押し付けていたのだった。

●消えない記憶を消す方法 ショーン・ハイド×レオノル・ペリエ

「ショーン、服を脱いだ方がいい。髪も拭こうか?」
 レオノル・ペリエは、普段よりも大きな声で、ショーン・ハイドに声をかけた。
 そうでもしないと、この雨風では、声が届かないと思ったのだ。
 彼は暖炉に火をおこしたきり、その炎をじっと見つめている。
 でもその手が――。
「震えてる。握って温めてあげるよ」

 レオノルが、ショーンの手に触れると、ショーンの肩が、ピクリと跳ねた。
「あ……。すみません。お気を使わせて……」
「いや、気にしないで」
 ショーンの大きな手のひらは、氷のように冷たくなっている。
 レオノルは、それをもみほぐすように、指を動かした。

「……何か気にかかるの?」
「気にかかることなんて……」
 ありません、と。
 いつもの彼ならば、あるいは語ることが事実ならば、そう続くはず。
 しかしショーンの言葉は、途切れてしまった。

 レオノルは、再び目線を落とし、分厚い手のひらを揉み続ける。
「こうしてると、私の手も温まるから、お得感があるね。それにしても、ショーンの手はかたいな。私のと、全然違う」

 彼女が、ショーンが話しやすいように、何気ない話をしてくれているのは、確実だ。
(本当に、俺はドクターに、気を使わせて……)

「ほら、ちょっとあったかくなった。左手も揉もうか?」
 レオノルが、ぱっと開いた手のひらを、ショーンの左手に伸ばす。
「いえ……ありがとうございます」
 ショーンは呟き、意を決して、顔を上げた。

「さっきの任務、銃がジャムを起こしたんです。本当に一瞬、死を覚悟しました。それが嫌で……」
「ジャムはメンテ不足とは限らないじゃん。第一すぐに対応したのは立派じゃないかな?」
 レオノルが、ショーンが先ほど引いた左手を握る。
 彼女はそれを引き寄せると、また両手で、揉み始めた。

「……常に死と隣り合わせだった昔のことを思い出すんです」
 ショーンは、今度はレオノルの手を見つめたまま、言った。
「爆風で、私一人を残して、他の仲間が全員死んだことや、潜入しているとばれて、何週間も拷問を受けて死を覚悟したことも……それに……」
 そこで彼は、ひゅうっと息を吸った。
「さっきも身体が凍りつきましたよ。手が震えてるのもそのせいでしょう」

 レオノルは一瞬、手の動きを止めた。
(……嫌? ショーンって2年前に記憶喪失に……)
 本当は、忘れているわけじゃないのか。
 気づいたが、レオノルは何も言わず、また手を動かした。

 ――そして。
「はい、こっちもちょっと、あったかくなった」
 ショーンの大きな身体を抱きしめる。
「わざわざ自分で、傷を広げる必要はないよ」
 彼女は腕を上げて、長身の彼の頭を、くしゃくしゃと撫ぜた。
「ショーンの真っ直ぐさは好きだけど、自分を追い込むほどの正しさを持っちゃだめだよ。嫌なことがあったら寝よう。眠ると頭が整理されるよ」

 まるで子供に言い聞かせるような、穏やかな声だった。
 それでいて、彼女は子供には言えないことを、口にする。
「ラム酒持ってたよね? それを飲むといいよ。血行がよくなるからね。それで、眠って、忘れてしまおう」
(……忘れよう、か……私にそんなことが――)

 ショーンは、立ったまま動かない。
(……まいったね)
 動かぬならば、いざなわねばならない。
 どこへ?
 ベッドへ。そして、未来に続く場所へ。

「一緒に寝よ?」
 できるだけ普段通りの声で、しかし優しく、レオノルは、ショーンを誘う。
 それでも、彼の足は止まったまま。
(なら、しかたないか)
 レオノルは、わざと身体を、震わせた。
「ほら、まだ寒いから。ベッドに入ろう」

「あっ、すみません、私はまた……」
 あなたに、迷惑を? あるいは、気を使わせて?
 言いかけた彼に首を振って、レオノルはベッドへの一歩を踏み出す。
 そこで彼は、はたと気付いたように。
「そうか。ベッドが一つしか……」
「大丈夫だよ。くっつけば、十分寝られるよ」
 レオノルが、なんでもないというように笑う。

 結局。
 ショーンは、言われた通り、ラム酒を少しだけ飲んで、ベッドに身を横たえた。
 隣には、レオノルもいる。

「ドクター、狭くないですか」
「ショーンこそ、身体が半分落ちてたりしない? もっとこっちに来ていいんだよ」
 レオノルは、相当疲れていたのだろう。その語尾は、眠気に負けて消えつつあった。
 それでも彼女は、ゆっくりゆっくり、言葉を紡ぐ。
「私は死なないよ。エレメンツだし、ショーンがずっと守ってくれるって信じているから」

 すうすうと寝息を立てるレオノルの顔を、ショーンは覗き込んだ。
「ドクター……俺に比べてこんな華奢な身体なんだな」
 それなのに、共に戦い、ショーンの話を聞いて、元気つけてくれようとしたのか。
(ああ、この人は、なんて――)
 ショーンは、眠るレオノルに、恐る恐る手を伸ばす。
 今夜だけ、その身体を抱きしめるために。



泣き止まぬあなたの頬にキスひとつ
(執筆:瀬田一稀 GM)



*** 活躍者 ***

  • アユカ・セイロウ
    わたしに、何ができるのかなあ?
  • 花咲・楓
    俺には戦いが全て……今も、だ。

アユカ・セイロウ
女性 / エレメンツ / 陰陽師
花咲・楓
男性 / 人間 / 悪魔祓い




作戦掲示板

[1] エノク・アゼル 2018/09/22-00:00

ここは、本指令の作戦会議などを行う場だ。
まずは、参加する仲間へ挨拶し、コミュニケーションを取るのが良いだろう。  
 

[4] ベルトルド・レーヴェ 2018/10/03-23:30

部屋を借りられただけでもありがたいか。
さて、と…。  
 

[3] ルーノ・クロード 2018/10/02-22:17

ルーノ・クロードだ。よろしく頼むよ。
パートナーのナツキ…は、先に部屋に戻ってしまったか。

…やれやれ。少し様子を見にいってみようか。  
 

[2] 灯・袋野 2018/09/27-06:50

はじめまして。断罪者の灯・袋野と同じく断罪者の灰・土方だ。
各々、よろしくお願いします。

ホロが指令のあとから部屋の隅で謝罪し続けている。いかん、あのままでは大変うざ…ごほごほ。なんとかして立ち直らせなければなぁ

灰「めそめそめそめそめそ…ごめんなさい、ごめんなさい。全部僕のせい、全部僕のせい…夕飯のパンが堅かったのも…!」

…うざい。

他のご一緒の方も風邪などひかぬように、指令、がんばってください。