~ プロローグ ~ |
肥沃な農業地帯ソレイユ、その片隅にある小さな農村モワソンでは一年で最も晴れがましい祝祭がはじまろうとしていた。 |
~ 解説 ~ |
【概要】 |
~ ゲームマスターより ~ |
御閲覧ありがとうございます。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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悲しみの連鎖…でも 無関係の人に酷いことをする理由にはならないわ ちゃんとわかってほしい うん 大丈夫 今は村の人を助けないと 村に急行 惨状に眉を下げる A担当 ジゼルさん こんなことは止めて こんなことをしても 誰も幸せになれない 初手は 浄化結界 中衛位置からゴーストを小呪で攻撃 怪我をした仲間は天恩天嗣で回復 浄化結界の効果が切れたらかけ直し ジゼルさんが宙に逃げられないよう 足場のゴーストを優先で狙う 前衛のシリウスやリコちゃんに当たらないよう 声をかけて 戦闘後 魔女ふたりも含め村にいる怪我人の手当て 怪我をしている人へは手当てをするわ 当たり前でしょう? 収穫祭ではポレットちゃん達と遊んだり 音楽が鳴れば リコちゃんと一緒に歌ったり |
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Bクロエの方へ 魔女の方にも、色々な方がいるのは聞いてました、けど… この村の方達は何もしてない、のに…どうして… 手を取り合うことはできないんでしょうか… はい、今は…村の方の救出が優先です、ね 浄化結界で仲間達を包みゴーストへ向けて九字(通常攻撃)で攻撃 クロエがゴーストを足場にしている時は、足場になってるのを優先で狙う 仲間が傷ついた時は天恩天賜で回復を施す 命までは取りたくない、です もうこんな事を二度としないでくれれば… クリス、お願い 私は…甘いのかもしれませんけれど…でも… 収穫祭 あの後少し気まずくて…仲直りしないと… クリス、あの、これ…(スープを差し出して この間は…その… え、私…意見言っていいんですか |
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A 魔術真名唱えて前衛へ ゴーストを引き付けて回避に専念 戦闘乱舞で味方の攻撃力を上げる 特にリチェがゴーストに攻撃しやすくなるようサポート 私は飛べないけど、ジゼルが作った岩壁、 せり上がってくるタイミングに合わせて飛び乗れたりしないかしら? 目立つから敵の攻撃が私に向いてきたら、囮役としては使えそうよね ゴースト撃破後はジゼルを攻撃 同じく戦闘乱舞を使用して、シリウスをメインに支援 おいたが過ぎたわね ジゼルの名と同じように踊りなさい 戦闘後は手当てや片付けのお手伝い その後は収穫祭 リチェが言うなら、一緒に歌おうかしら… 流れてくる音楽に合わせて歌う 歌はママのことを思い出して辛いから嫌いだったけど 今は少し楽しいわ |
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B 魔女に遭遇次第魔術真名詠唱。 今のところ被害は略奪と村人の拘束にとどまっていますし…しっかり反省してもらうためにも捕縛するのがいいですかね。 もちろんしちゃいけないことをしてるんですからお仕置きもしないとですけど。 私はゴースト攻撃を中心に。 メンバーの回避力を上げたり敵の攻撃力を下げてサポートを。 どちらかというとMG7を中心にスキル使用。 魔女への攻撃はクリストフさん達にお任せします。 戦闘が終わったらまずは壊れたものとかを片付けてお祭りの再開ですね。 せっかくのお祭りですから中止させてしまうのも悲しいですし。 怖い思いをしたんですたくさん楽しんでほしいですね。 私達もパンプキンパイをいただききましょう! |
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B商店街 あらウィンドウショッピング?楽しそう でもそういうのって店員さんと楽しくお話してするものじゃない? 貴女、そんなので楽しいの?本当の楽しみを知らないなんてカワイソウ BD1で回避上昇 ゴーストやクロエの注意をこちらに引き付ける ちょっとぐらい掠っても木気相手でしょ?火気の私が囮をやるのが順当よね シロスケ、浮遊している相手なら飛んで応戦できないの?(※からかい) あと商店街や広場の人達も解放してあげなきゃ シロスケ、『壊れた』魔女達の相手は程々にしなさいよ …ま、変に暴れられるよりシロスケが相手して抑えてくれた方がいいかしらね? あ。そうだ。私、ポレットの売ってるりんご食べたいわ。 当然お代は払うわよ? |
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~ リザルトノベル ~ |
●魔女クロエの主張 騒音の激しい方角を目指して進んだ三組の浄化師は、そこかしこで荒らされた店舗を見ることとなった。略奪者は好みにうるさいようで、お眼鏡に叶わなかったらしい服や鞄、宝飾品などの類がところ構わず散乱している。 「なんていうか……困ったちゃんな魔女だな」 とっちらかった商店街を見回し、『ロメオ・オクタード』はやれやれと呟いた。その隣で、『シャルローザ・マリアージュ』も状況を確認して頷く。 「被害は略奪と村人の拘束に留まっているみたいですね。もちろん、しちゃいけないことをしてるんですから、お仕置きもしないとですけど」 今のところ、という注釈つきではあるものの、幸い死者は出ていないようだ。報告どおり、魔女の目的は略奪であって虐殺ではないのだろう。魔女の取り扱いは生死不問というお達しではあるが、これなら捕縛を目的とした方針で十分対処できそうだった。 「やたら邪悪な魔女じゃなくて良かったなとは思うが……迷惑には変わりないから、反省はしてもらわないとな」 店先で身動きできなくなっている村人に大きな怪我がないのを確かめ、シャルローザは、必ず助けますからと声をかけて元気づける。飾りのついたとんがり帽子や蝙蝠の羽をあしらった鎧を身に纏うシャルローザに村人は驚いたようだったが、浄化師だと聞くと安堵の息を吐いて頷いた。 魔女の魔法により一般人の目にも可視化するほどに魔力を得た悪霊は、接しているだけで精神面に悪影響を及ぼす。すぐに解放できれば一番良いのだが、そこら中にゴーストが飛び交う現状ではまたすぐ新たな敵に襲われる可能性が高い。普段の倍近くに膨れ上がった村の人口すべてを保護するだけの人手はないため、彼らには今しばらく辛抱してもらうほかなかった。使役している魔女本人を倒せば、村中のゴーストも無力化されるはずだ。 「魔女の方にも、いろいろな方がいるのは聞いてました、けど……この村の方たちは何もしてない、のに……」 どうして、と『アリシア・ムーンライト』は悲しげに目を伏せる。 黒、橙、紫のガーランド。南瓜のランタンに、星柄の大きなリボン。祭を祝い、観光客をもてなすために商店街は目いっぱいの飾り付けがなされ、そして、今その大半がゴーストによって台無しにされていた。 「手を取り合うことは出来ないんでしょうか……」 「魔女の言い分もわからなくはないけど」 アリシアがそれ以上俯くのを防ぐように、『クリストフ・フォンシラー』は口を開いた。 「それは今生きている村人や、俺達には関係ないことだ。悪事の言い訳に使ってるようにしか見えないね」 激しい魔女への迫害があったことは事実だ。だが、ヨセフ・アークライトの室長就任から約十年間、魔女狩りや魔女を対象にした非人道的な研究が止んでいるのも、また事実。世間における魔女――魔法使いの立場を回復しようとまっとうに動く『世俗派』と呼ばれる存在もある中で、クロエとジゼルの行為に正当性があるとは到底認められない。 「今は村人を助けるのが優先だよ」 「はい、……そうですね」 どんな理由であれ、平穏を乱す者を見逃すわけにはいかない。悩むのも考えるのも、後回しだ。アリシアは気持ちを切り替えて頷いた。 「暴挙に理由を求めるなんぞ、馬鹿らしい」 魔女の言う“おあいこ”とやらの中身がこれか、と『バルダー・アーテル』は面白くなさそうに鼻を鳴らした。 「結局、暴れて物を奪いたいだけだろ」 「そうねぇ。……本人に確かめてみたらどう?」 磨いて尖らせた爪の先で、『スティレッタ・オンブラ』は一つの店を指差した。レリーフの施された木の扉が傾いた向こう、周囲にゴーストを漂わせ、いくつもの首飾りを手にとっては床に投げ捨てる女の姿――魔女クロエだ。 「嘘とお菓子は甘いもの」 シャルローザとロメオは即座に魔術真名を詠唱する。 「あら、ショッピング?」 武器を構える仲間たちを背に、スティレッタは率先して前に進み出ると扉越しに声をかけた。 「良いわね。でもそういうのって、店員さんと楽しくお話しながらするものじゃない?」 魔女の魔法は強力だが、クロエの属性は木気。火気の魔術を使うスティレッタは相性の観点から言えば有利にある。ゴーストによる影響を最小限に抑え、店舗への被害を減らすためにも、狭い店内で戦うのは得策ではない。通りに魔女を誘い出すべく、スティレッタは挑発の言葉を重ねた。 「それに、商品の扱い方もなってないみたいね。貴女、そんなので楽しいの? 本当の楽しみを知らないなんて……」 プラチナブロンドの三つ編みが揺れ、ゆっくりとクロエが振り返る。まだ目の前の一行が浄化師であると気が付いていないのか、それとも自身の優位を確信しているのか、その横顔に焦りは見られなかった。 スティレッタはここぞとばかりに笑みを浮かべる。 「カワイソウ」 言い終わるや否や、耳が痛くなるほどの叫びが奔流となって傾いた扉を吹き飛ばし、浄化師たちを襲った。スティレッタは軽快なステップで身をかわし、鈍器となった扉をバルダーが蹴り飛ばす。シャルローザの放ったタロットが、突進するゴーストの勢いを削る。 「清浄なる空間を、此処に」 アリシアの詠唱と共に、邪気を拒む結界が仲間たちを包み込んだ。 「はぁっ!」 ゴーストが輪郭を失った瞬間をついて、クリストフは大胆に間合いを詰める。実体を持たない悪霊相手に、剣や銃では効果が薄い。浄化師が扱う魔喰器は通常の武器と異なり例外なく魔術的な力を帯びているために、まったく効果がないというわけではないが、それでも決定的な一打を与えるのは難しい。となれば、狙いはひとつ。 サーベルの切っ先を眼前にして、魔女の唇が動いた。 「邪魔よ」 瞬間、どっと四方から湧き上がった木の枝が刃を跳ね返し、絡め取ろうと触手の如き動きを見せる。 「クリス!」 「大丈夫……っ」 寸でのところで剣を引き、自身も飛びずさって距離を取る。 魔法を掛けられた建築材が魔力を糧に芽吹き、爆発的な勢いで成長していた。一度は入口を塞ぐように折り重なった枝葉が左右に開き、中からクロエが姿を現す。そのさまは見た目だけを言うならば、さながらお伽噺の挿絵のようだった。だが、そのプラム色の双眸は冷え冷えとして、見るもの全てを拒絶する。 「あたし、楽しいことが好きなの。戦うのは好きじゃないけれど……邪魔をされるのはもっと嫌い」 淡々とした声音とは裏腹に、激情を思わせる素早さで生ける槍となった枝が繰り出される。 バルダーとクリストフの剣がそれを斬り下げる間に、ロメオは魔女目掛けて引鉄を引いた。ベリアルから作り出された魔喰器は、本能的に心臓を狙う。それに加えて魔術によるマーカーのお陰で精度は抜群――しかし、弾丸を受け止めたのは太い木の枝だった。 衝撃に引き裂けた枝の向こうで、無傷の魔女が微笑む。華奢な靴先が、たん、と音を鳴らし、マーメイドドレスを纏う身体が宙に浮いた。 「かぼちゃの雨を降らせてあげる!」 危うげなくゴーストを踏みつけ、クロエは爛々と見開いた双眸で浄化師一行を見下ろした。 街を飾るかぼちゃのおばけから次々に蔓が伸び、葉が茂る。植物は見る間に石畳を覆い、家屋の壁を伝って天高く伸びると、クロエの合図で牙を剥いた。魔女の宣言通り、雨霰とばかりに降り注いだ南瓜が、投石機で発射された大石の如き威力で舗装を砕き、屋根を粉砕する。 南瓜を避ける、或いは打ち砕くのはそう難しい事ではなかったが、浄化師たちはいまひとつ攻めあぐねた。目の回るような速さで成長する植物と突進してくるゴーストとが、魔女への接近を許さない。 「ゴーストはお嬢ちゃんたちに任せる」 「はい! ……幸運を、あなたに」 悪魔祓いであるロメオは遠距離から直接魔女を狙えるが、その間どうしても隙が出来る。シャルローザは特殊呪文を唱えた。運命の振り子の力により、しばしの間、攻撃を受けにくくなる魔術だ。 「大人しく撃ち落とされてくれると嬉しいんだが……」 的確な狙撃で南瓜の軌道を逸らし、砕けた実と木片が舞う中を魔女目掛けてもう一発。瞬時に蔓とゴーストが動いたが完全には防げず、ドレスの肩が弾ける。 「このドレス、お気に入りなのに。なんて酷いひとなの」 心底悲しそうな声音で言った魔女の指の動きに応じ、ゴーストが一直線に迸った。 「させません……っ!」 ロメオは反射的に銃弾を撃ち込むが、ゴーストには効きが悪い。シャルローザがタロットを放ち、アリシアも九字を切る。援護に出た女性陣を狙って放たれた南瓜を、サーベルが叩き斬った。 「クロエ、だったかい? 美しいものを欲しがるのは、自分の醜さを隠すためかな」 ふ、と馬鹿にするような表情を作り、クリストフは笑う。魔女は感情的で短絡的な性格に見えた。ドレスを纏い、宝飾品を漁っていたことからも、自身の見栄えにこだわりがある性質なのだろうとも。だが意外にも、クリストフを見返したのは無感動な瞳だった。 「何とでも言えばいいわ。あたしたちは、楽しいもの、素敵なもの、綺麗なもの、そういうもののことだけを考えて生きようって、決めたの」 戦うのは楽しくない。クロエは繰り返し呟いて、苛立ちをぶつけるように南瓜を放った。 関心は惹けたがクロエ本人が下りて来るまでは至らず、思惑が半ば外れたクリストフは左右に跳躍して落下物を避けた。 「っ……高所に陣取られると、どうにも分が悪いね」 「引き摺り下ろそうにも、こう足場が悪くちゃな」 バルダーは悪態をつきながら足元を這うかぼちゃの蔓を斬り落とす。実ばかりでなく、植物全体がクロエの思うままだ。頭上に気を取られていると、身動きを封じられかねない。 軽やかな身のこなしで凶器と化した南瓜を避けながら、スティレッタは軽口を飛ばす。 「シロスケ、飛んで応戦できないの?」 「無茶言うなっ!」 ふふ、と頭上で笑い声が零れた。 「喧嘩はだめよ、仲良くしなきゃ。みんな一緒に、這いつくばりなさい!」 漂っていたゴーストが融合し、巨大な塊となって浄化師の間を駆け巡る。道幅とほぼ同等の大きさ、そして疾風の如きスピードは、瞬時に防げる規模を超えていた。 おぉぉぉおおおぉおぉぉ……。 「みなさん、気を付けて……っ!」 咄嗟にアリシアが再度浄化結界を張るが、完全には間に合わない。 クロエが勝利を確信して笑みを浮かべる――そのほんのわずかな油断をつき、シャルローザの投擲したタロットが魔女の足場となっているゴーストに炸裂した。 「下りてきてもらいます!」 「っ! しぶといのね」 「褒め言葉として受け取っておくよ」 教団では日々たゆまぬ研究が進められている。より魔術攻撃に強い防具、より状態異常を防ぐのに優れた防具を――そうした努力の成果が浄化師を守り、ひいては国家の安寧を、人々の暮らしを護るのだ。 苦し紛れに差し向けられた蔓をクリストフが難なく斬り払う脇から、アリシアが九字を切って追撃する。 「皆、動けるかい」 もっとも影響を大きく受けたのはスティレッタとバルダーのペアで、顔色がひどく悪い。だが、たとえ悪寒が背筋を震わせ手足が鉛のように重くなろうとも、その戦意は衰えない。 「これくらいで舞うのを止めたら、バトルダンサーの名折れよ」 「問題ない」 決然と敵を見据え、這い寄る蔦を、ずだんと断ち切った。 「ロメオさん」 「大丈夫だ」 シャルローザに気遣われたロメオは、いくらかの怠さを覚えながらも口角を上げて応え、ウィッチ・バスターの名を冠する銃を改めて構えた。だがその銃口は奇妙な方角を向いている。 「ふふ、本当は辛いんじゃなあい? 一体どこを狙っているのかしら」 嘲るクロエにも構わず、黙って引鉄を引く。弾丸は魔女の靴先にも届かぬ高さを飛び――そして、街灯の鉄柱にあたった。 「!」 鋭角に方向転換した弾道は、寸分違わず魔女へと続いている。 侮りきっていたクロエは反応が遅れた。ゴーストと植物に指示を出すが、その焦りを反映するように両者の動きは不安定なものとなり、体勢が崩れる。 「あぅっ……!」 銃弾が魔女の右脚を貫く――シャルローザとアリシアはどちらからともなく息を合わせ、魔力を込めた攻撃を放った。足場を成していたゴーストの右半分が大きく消失する。最早、魔女に浮遊状態を維持する余裕は無かった。 落下の衝撃を和らげるように茂った枝葉を、大股に距離を詰めたクリストフの一閃が両断する。 「なによ……っ」 尚も起き上がろうとした魔女を制し、バルダーの剣がその頬に触れんばかりの位置に突き立てられた。幾筋かの髪がぷつりと断たれ、クロエは気圧されたように頭を地に付ける。三つ編みはすっかり乱れ、無残に砕けた石畳の上へ広がっていた。 「おあいこってのは、やらかした本人にやり返して初めておあいこと言えるんじゃないか?」 強大な呪いを受けて重い体を剣で支えながら、バルダーは目を細める。この村が受けた苦しみを今クロエに返すことこそが“おあいこ”ではないか。そう凄めば、プラム色の瞳が泣きそうに歪んだ。けれど乾いたまなざしのまま、クロエは声を震わせて笑い、 「また、あたしたちから奪うのね。好きにしたら良いわ」 投げやりな口ぶりで言い捨てた。 思えば戦闘中から垣間見せていたこの空虚こそが、無邪気に笑いながら暴虐を成すクロエの本質なのだろう。彼女にとって、加害者は生きとし生ける人間全てであり、社会であり、世界なのだ。いくら理屈を説いたところで響くことのない深淵がある。 「反省がないのなら……」 この場での処断も止むを得ない、と剣先を持ち上げたクリストフの腕を、アリシアは反射的に掴んで引き留めた。 「命までは取りたくない、です……」 クロエの所業が許されないものであることはわかっている。魔法に長け悪霊を自在に操る魔女の危険性、村の人たちが受けた恐怖や痛みを思えば、この場でその命を絶つことが正しいのかもしれない。でも、とアリシアは思うのだ。 「私は……甘いのかもしれませんけれど……」 殺すという行為、死ぬという現象、そのどちらも不可逆なものだ。一度実行してしまったら、もう取り返しがつかない。 「クリス、お願い」 アリシアの必死な瞳を見返し、クリストフは一拍置いて嘆息した。 「わかった」 目配せを受けたバルダーは突き立てた剣の柄を握ったまま、沈黙した。クロエの戦意消失に伴い、悪霊たちは哀れな余韻を響かせながら姿を消し、浄化師が受けた悪影響も俄かに薄らいでいる。やろうと思えば、息の根を止めるのは簡単だ。 「シロスケ、壊れた魔女の相手はほどほどにしなさいよ」 窘めるような、咎めるような声でスティレッタが言う。彼女もまた、魔女と同じく迫害の歴史を持つヴァンピールだ。だが、そのことについて言及するつもりは欠片もないようだった。 「……血の匂いがしちゃ、酒がまずくなる」 言い訳のようにぼやき、バルダーはクロエの手首を掴んで体を起こすと後ろ手に拘束した。 「戦闘終了、ですね」 シャルローザはほっと胸を撫で下ろす。 「広場の方も気になるけど、村の人たちの様子も見て回らなきゃ」 スティレッタの言葉に頷き、それから、と周囲を見渡す。 「壊れたものも片付けないとですね。せっかくのお祭りですから、これで中止になってしまうのは悲しいですし」 「簡単なものなら直せると思うぞー……とはいえ、日曜大工でどうにかなるものばかりでもない、か」 投擲された南瓜によって破壊された屋根や壁を見て、ロメオは語尾をすぼませた。 ●魔女ジゼルの主張 恐怖に支配された村の空気を肌で感じて、『リチェルカーレ・リモージュ』は青と碧の瞳を物憂げに伏せた。 敵が疑う余地もない悪であれば、ただ憤り、奮起するだけで良い。けれど、現実にはそう単純な戦いばかりではない。 「悲しみの連鎖……でも、無関係の人に酷いことをする理由にはならないわ」 「……始まりがどうあれ、他人を攻撃したらそれまでだ」 魔法を使って人を襲い、略奪する。それはまさに人々の間で語られてきた忌まわしい魔女の所業だ。謂れなき迫害を受けてきたと主張したところで、免罪符にはならない。『シリウス・セイアッド』は呟くように言い、パートナーへ静かな眼差しを向ける。 行けるか、と暗に問われたリチェルカーレは努めて表情を明るくし、頷いた。 「大丈夫。今は、村の人を助けないと」 二人は向き合い、掌を合わせて瞼を下ろす。 「黄昏と黎明、明日を紡ぐ光をここに」 全身に魔力が満ちていくのを感じながら、シリウスは路地から飛び出してきたゴーストを斬りつける。剣ではいささか手応えが鈍いが、すぐさまリチェルカーレのタロットが追撃を行い、消滅させた。 「広場へ急ぎましょう」 窓の割れる音や家具をひっくり返すような音がしていた通りに比べて、広場の方角は静かだった。剥がされた石畳が屋台を乗せ、宙に浮いている――滑稽な悪夢めいた光景が見えたところで、『リコリス・ラディアータ』はきゅっと口を結んでパートナーへ手を差し出した。その手を、『トール・フォルクス』がすかさず握り返す。 「闇の森に歌よ響け」 武器を構え、歩を速めて広場に突入する。三つほどの塊になって拘束されている村人たちは悄然としていたが、救援が来たことを悟っていくつか明るい顔が上がった。目視できる範囲で、怪我人は一人。拘束されながらもどうにか手を動かすことに成功したらしい村人が、血に濡れた頭部に布を当てて押さえている。 早く助けなければ、と浄化師たちは改めて胸に決意した。 「あら、来てしまったのね」 魔女ジゼルは宙に浮いたかつての地面に腰かけ、葡萄の粒を摘まんでいた。通りを走ってくる浄化師の姿はとうに見えていただろうに、今初めて気が付いたような物言いをして首を傾ける。 「わたしたち、戦うのは好きじゃあないのよ。見逃してくれないかしら」 悪びれた様子もなく笑う魔女に、トールは呆れたように眉を上げた。 「それは虫が良すぎるってもんだろう」 「そうよ、観念なさい」 ジゼルは微笑んだまま、葡萄色に染まった指先を小さく動かす。漂っていたゴーストが意図を持って集まりはじめる。 「ジゼルさん、こんなことは止めて」 敵対の意思を感じ取り、リチェルカーレは思わず声を上げた。 「こんなことをして、誰も幸せになれない!」 「素敵な帽子のお嬢ちゃん。わたしたちの幸せは、とうに奪われてしまったの」 残念ね、という言葉は煩悶する悪霊の叫びに掻き消された。 「っ……清浄なる空間よ!」 浄化結界は悪霊による影響を軽減するが、それ自体を弾くものではない。シリウスはリチェルカーレの前に立ち、急降下してきた不穏な塊を双剣で斬り散らす。音叉に似た特殊な剣身に裂かれたゴーストは四体に分裂し、四方へと飛ぶ。その一体をさらに双剣が引き裂いた。一撃の効果が薄いというのなら、その分、数を重ねるまで――シリウスは自身を鼓舞し、間を置かずに剣を振るう。悪霊が小さくなれば、接触時の悪影響も軽減される。いずれは魔力を消耗しきって消滅するだろう。 「援護するわね!」 青鈍色の髪を揺らし、リコリスは軽やかに跳ねた。魔法で石畳を剥がされた足場は極めて悪かったが、その程度のことで魔性憑きのステップが乱れることはない。特殊なリズムを持った体の動きが、仲間の士気を高める。 パートナーの踊りが邪魔されないよう、トールはボウガンを構えた。飛び交う悪霊どもで視界は悪いが、魔術のマーカーが狙いの精度を高める。 「急所に当たってくれるなよ……」 倒すべき敵だとは理解しているが、話の通じる相手だと感じられるうちは、命までは取りたくなかった。優雅に揃えられた脚に狙いをつけて引き金を引けば、たちまち矢はゴーストを突きぬけて宙を飛ぶ。 「あら、こわい」 揺らいだゴーストの悲鳴に目を向けたジゼルは、椅子から立ち上がるような、何の変哲もない仕種で空中に足をつけた。ゴーストの塊を足場にしているのだ。矢は石畳に突き刺さり、砕けた小さな破片がぱらぱらと零れ落ちる。 「今度はわたしの番」 ぱん、と白い両の手がささやかな音を立てる――宙に浮いていた地表のひとつがハンマーで叩いたチョコレートのように割れ、支えを失った露店が酷い音を立てて落下する。直後、大小の礫が鋭く浄化師を襲った。 「くっ……!」 広範囲に降りかかるそれを避ける術は無く、当たれば深手となりそうな大きな塊を優先して武器や盾で弾く。小さな礫が浄化師たちの防具を撃ち、露出した顔や手に無数の擦過傷を作る。 「っ……ノウマク・サンマンダ・バサラダン・カン!」 片腕で顔を庇いながら、リチェルカーレは火を呼ぶ祈りの句を唱えた。肌を炙る高温と共に炎の蛇が出現し、石くれを焼き落としながら魔女を支えるゴーストへ飛びかかる。礫の雨が止み、代わりに地面の一部が尋常ならざる速度で盛り上がって防壁を形成した。そこへ、炎が黒い焦げを作る。 「見逃してくれる気になったら、いつでも言ってちょうだいね」 ふふ、と魔女ジゼルは笑って浄化師たちを見下ろした。 靴裏に微かな振動を感じたかと思うと、突如思いもよらぬ場所が隆起して攻撃を阻む。或いは陥没して、浄化師たちを陥れようとする。 「危ないわね……っ」 リコリスは飛びのいて地形変動を避け、目の前に屹立した壁を睨んだ。見上げれば、壁のてっぺんと同じほどの高さに、魔女の姿がある。 ジゼルは終始穏やかな表情を崩さず、仄かに微笑んだまま、大地を鳴動させた。 魔術と異なり、魔女の操る魔法は行使する者の魔力量には関係がない。大気中の魔力を糧に奇跡を発現させる特異さこそが、魔法を魔法足らしめる所以だからだ。つまるところ、体内の魔力量を計算しながら魔術を行使せねばならない浄化師に対し、魔女ジゼルは躊躇なく魔法を連発してくるということだ。 おまけに、ゴーストは完全に消滅するまで分裂も融合も自由自在でひっきりなしに襲い掛かってくる。どう考えても分が悪い。 だが、諦めるなどという選択肢は誰の心にも浮かばなかった。 「天よ、慈しみたまえ……!」 リチェルカーレの回復呪文がシリウスを癒す。痛みを払ったシリウスは、降ってきた石塊を右手に持った剣で弾き、左手のそれでゴーストを掻き切った。 ゴーストに最も有効なのは陰陽師であるリチェルカーレの攻撃だ。それだからか、魔女の攻撃もリチェルカーレに集中する傾向にあった。少しでも負担を分散させるため、リコリスは完璧な足運びで攻撃を避けながら、敵の気を引こうと試みる。 対してトールは、敵の関心が薄いのを幸いに再度ボウガンの照準をジゼルに定め、鋭い一矢を放った。並外れた集中力により放たれた矢は、吸い込まれるようにしてジゼルの左腕に突き刺さる。 「っ……痛いわ」 「おっと……!」 報復として立て続けに投げつけられた岩を、後方へ二度飛びのいて避ける。悪霊の影響で幾分身体の怠さを感じており、もう一投あれば避けきれなかったかもしれないが、リチェルカーレのタロットがジゼルの足元を攻撃したことで敵の気が逸れた。ほっとしたのも束の間、地面の一部が不自然に振動するのに気が付いて声を上げる。魔女の魔法が作用する予兆だ。 「リコ、十時の方向!」 「ええ!」 淡い色彩のアーモンドトゥをしならせ、リコリスは跳躍した。デモンの跳躍力や飛翔力があれば浮遊する魔女に仕掛けることもできるのだろうが、生憎とこの場にはいない。だから、魔女の魔法を利用する方法を先ほどから考えていたのだ。着地と同時にせり上がった土壁の上で、器用にバランスをとる。 「いや……」 トールは呆気にとられてパートナーを見上げた。注意しろという意味であって、上で戦えと言ったつもりはないのだが――しかし、戦地において高低があったとき、有利なのは高所に陣取っている側だ。同じ高さを得るというのは悪い発想ではない。ただ、魔女との距離が近くなった分、攻撃の的にされることは想像に難くない。トールはすぐさま援護のために矢をつがえた。 意表を突かれたのはジゼルも同じらしく、初めて余裕の表情が崩れた。白面に、微かな驚きが浮かぶ。 「おいたが過ぎたわね……!」 彼我の距離をものともせず、リコリスは短剣を握る手を振り上げてジゼルへ飛びかかった。間に入ろうとしたゴーストをトールのボウガンが牽制する。短剣の柄が魔女の肩を強かに打ち、その勢いのまま二人は揃って落下した。 「くぅっ……!」 くるりと一回転して着地したリコリスに対し、ジゼルは背面を打ちつけて息を呑む。 「リコちゃん、頭下げて!」 反射的にしゃがみこんだリコリスの頭上を、轟、と高温の気流が走る。炎の蛇が空気を揺らめかせ、ゴーストを焼き払ったのだ。叫びが一瞬激しくなったのち小さくなり、そして途絶える。無防備になった魔女に、シリウスの双剣が肉迫する――。 「……絶体絶命、というやつね」 面に再び笑みをはりつけて、ジゼルが言った。形成しようとした土壁はすっぱりと切断され、双剣の切っ先がジゼルの首に突きつけられている。シリウスは荒れた地面を踏みしめ、魔女を睨みつけた。 「……ジゼルさん、もう止めましょう」 リチェルカーレは、戦闘前の言葉を繰り返すようにジゼルを諌めた。 「戦うのは好きじゃないっていう、あなたの言葉。本当でしょう?」 真に残虐で自己中心的な魔女であるなら、もっと違う惨状が広がっていてもおかしくないはずだった。ジゼルは拘束した村人を人質にすることも出来たし、浄化師を攻撃するついでに殺すことだって出来た。だが実際は、村人たちに対し礫ひとつ降り注ぎはしなかったのだ。 戦いや殺生を厭う気持ちがジゼルにはあるのだと、リチェルカーレは信じた。 「どうやら、向こうも勝負あったみたいだな」 魔女の背後から油断なく照準を定めたまま、トールはもう一つの戦場――商店街の方角を見遣って言った。いつのまにか、戦闘音が止んでいる。ゴーストの姿もかなり減っていた。浄化師が勝利を収めたとみて間違いないだろう。 「……クロエを殺さなかったのね」 ジゼルはぽつりと呟いた。 「わたしたちのどちらかが死んだら、きっと今度こそ世界中を呪って、一人でも多く殺してやろうと思っていたのだけど……」 軽い口ぶりに反して、プラム色の瞳に浮かんだ感情には見る者をぞっとさせるような真実味があった。ふ、と魔女が笑う。それと同時に、村人を拘束していたゴーストの姿が掻き消えた。叫びの余韻まで霧散すると、途端にあたりは静かになる。 「良いわ。降参よ」 浄化師たちは、知らず知らず詰めていた息を吐きだした。 ●浄化師の主張 広場で合流した浄化師たちは、まず解放された村人たちを教会に集めた。怪我人と老人、子どもを優先的に屋内へ入れ、休ませる。 「怪我をした人はいるかしら? いたら、手を上げて」 「怪我は無くても、気分が悪いやつもな」 リコリスとトールは人々の間を声を掛けて回り、未だ震えている子どもたちに毛布を掛けてやる。 頭部を負傷し気を失っていた司祭がアリシアの回復呪文を受けて意識を取り戻すと、村人たちの不安は大分落ち着いたようだった。幸い、悪霊による呪いが重篤化した者はおらず、温かいお茶でも飲み一晩ぐっすりと眠れば充分に回復するだろうという見立てだった。 一足先に気力を回復した若者たちが街の状況を見て回ると言うので、シャルローザとロメオはそれに同行を申し出た。家々から工具を持ち寄り、片付けだけでなく、早速今から修復まではじめようという心づもりらしい。 「私も、私に出来ることをしないと」 思ったよりも人的被害が少なかったことでひとつ安心を得ると、リチェルカーレは簡易救急箱を手に広場へ向かった。 双子の魔女たちは、戦闘の傷跡が残る広場に拘束されていた。バルダーとシリウスの二人が見張る前で、クロエは癇癪を起こす一歩手前の子どものような顔をして、対照的にジゼルは澄まし顔で落ち着き払っている。二人とも大小の怪我を負い、ドレスは破け、髪も乱れて、もうお伽噺の住人という雰囲気は無かった。 リチェルカーレは彼女たちの傍らにしゃがみ込むと、救急箱の蓋を開けた。 「一体、なんのつもり?」 「怪我をしている人へは手当てをするわ。当たり前でしょう?」 警戒心と苛立ちを滲ませていうクロエに、リチェルカーレは本心から答え、手際よく手当をはじめた。 村人たちを解放できて良かった。魔女を殺さずに済んで良かった。回復呪文が使えて良かった。少しでも医学を習っていて良かった――すべて、リチェルカーレの偽らざる気持ちだ。 「甘いのね……」 「クロエ、もう良いじゃない。わたしたちは負けたのだもの、あとは流れに身を任せるだけよ」 善意を素直に受け取ろうとしない魔女の態度に、バルダーは苦虫でも噛んだような顔で首を横に振る。 「シリウス、近いうちに酒付き合え」 急な誘いに瞬いたシリウスは、小さく頷いた。 そのやりとりに、くす、と笑ったのは魔女ジゼルだ。 「良いわね、お酒。わたしも好きよ。きっと、この村にも美味しいお酒を作ってくれる人がいるんでしょうね」 捕縛された咎人とは思えぬ気楽さで良い、ジゼルは右足を軽くタップした。浄化師たちが警戒する間もなく広場の地面全体へ魔力が行き渡り、土壁は均され、陥没した穴は塞がり、ばらばらになった石畳がパズルのように元の位置へと整列する。壊れた露店ばかりはどうしようもなかったが、それを除けばほとんどが元通りになった。 「こんなものかしら」 「ジゼルったら……」 クロエは拗ねたようにそっぽを向いた。 「改心したのか?」 真意を探らんとするバルダーの強い視線を受けて尚、ジゼルは微笑む。そうして、問われたこととは違うことを答えた。 「壊す方が簡単だけれど、こういうことが出来ないわけじゃあないのよ。村の開拓が捗るって、重宝がられたこともあったわね」 過去を振り返るように、ジゼルは目を細める。その肩口へ顔をうずめ、クロエは声を押し殺して泣きはじめた。ジゼルは拘束されて動かせない手の代わりに頭を傾けて、半身の額に頬をつける。そうやって二人きりで、ずっと寄り添い生きてきたのだろうと思わせる姿だった。 「わたしたち、ちょっぴり長生きだから、こう見えても随分生きてきたのよ。逃げ隠れするのに疲れて奪い返すことにしたけど……でもそれにももう、疲れてしまったの。ねえ、クロエ。だから、丁度よかったわ」 もうこれ以上伝えることはないとばかりに、ジゼルはそれきり口を噤んだ。 魔女の胸中は伺い知れない。ただ、彼女たちの持つ力は本来、破壊や略奪のためのそれではないのだということを、修復された広場が物語っていた。 ●モワソンの収穫祭 物騒な事件の記憶を吹き飛ばすような、心地の良い秋晴れの空が広がっている。 十人の浄化師たちは、再びソレイユの農村モワソンの地を踏んでいた。本来の日取りから二日遅れて、改めて収穫祭が催されることになり、感謝の証として招待されたのだった。 「子供がすっかり怯えてたからな……楽しめれば良いんだが」 ロメオの懸念は、杞憂に終わった。村の中へと進んで、シャルローザは感嘆の声を上げる。 「わぁ……すごく賑やかですね!」 浄化師たちは襲撃後の街並みしか見ていないが、気のせいでなければ、最初よりもさらに力の入った飾り付けになっているのではないだろうか。 「……これ、魔女の片割れが残していった南瓜か?」 やたらと増えているかぼちゃのおばけに、もしや、とバルダーは呟く。 商店街をたくさんの花や秋草が飾っているのは、直しきれなかった壁や窓の穴を花束で塞いでいるのだと知れた。なんとも逞しい限りだ。村の片付けや修復には浄化師も手を貸したが、なによりも、一年の集大成となる祝祭を中止してなるものかという村人たちの気概が、この二日遅れの収穫祭を実現させたのだろう。 「おばけだ!」 「おばけだー!」 先日この村を占拠したゴーストとは比べるべくもない可愛らしい仮装した子供たちが、通り過ぎ様にリコリスとクリストフの持つ食いしん坊お化け――鍛冶師が目撃したお化けをもとにして作ったユーモラスな形の盾をつつき、笑いながら駆け抜けていく。先頭を歩く子供が持つ籠には、クッキーやパイといったお菓子が零れんばかりに入っていた。 人々の明るい気持ちに反応するシャルローザの帽子の先っちょが、ぴょんぴょんと楽しげに跳ねる。シャルローザも嬉しくなってパートナーを振り返った。 「私達もパンプキンパイをいただきましょう!」 「ん、そうだな」 「向こうのお店で売ってるみたいですね」 二人は和やかな人々の流れに加わり、のんびりと目的の店を目指す。ハロウィンのためだけに用意されたらしい、蝙蝠の羽が生えたかぼちゃ型の看板の下で、恰幅の良い女性から紙に包まれたパイを受け取った。周囲にならい、歩きながら食べることにする。 「ん……」 幾重にも折り重なったパイはさっくりと香ばしく、バターの風味が豊かで、中に入ったかぼちゃ餡は優しい味わいだ。まさに農業と酪農の盛んなソレイユの美味しさが詰まっている。 「美味しいですね」 「同感だが、パイに気を取られて転ぶなよ、お嬢ちゃん」 「はい、転びませんよ」 子どもじゃないんですから、とシャルローザは心の中で続ける。それでも本当に転んでしまったら恥ずかしいから、しっかりと前を向いた。 「ポレットちゃん、こんにちは」 「こっ、こんにちは!」 広場の露店で店番をしていたポレットは、村を助けてくれたヒーロー――浄化師の姿を認めて林檎のように顔を赤くし、繰り返し頷いた。初めは緊張していたが、次第におっとりとしたリチェルカーレの雰囲気にうちとけて、 「その羽、さわってみても良いですか?」 と、好奇心に目を輝かせる。リチェルカーレが纏うフェザーローブが気になっていたらしい。どうぞ、と答えれば、嬉しそうに白い羽を撫で、その触り心地の良さにぱちぱちと瞬いた。 「元気そうで何よりね」 その様子を見ていたスティレッタは微笑み、あ、そうだ、と思い出したように口を開く。 「私、ポレットの売ってるりんご食べたいわ」 「はい! もちろん、食べてくださいな。甘酸っぱくてとってもおいしいの!」 ポレットは満面の笑みで応じ、一番よく色づいて美味しそうな林檎を選びはじめる。そうして見つけた林檎を、両の手で包み込むように持ち、大事そうに差し出した。 「ありがとう、とっても美味しそうだわ。お代を払わないとね」 「えっ、でも、あの、わたしたち、みんな浄化師さまに助けてもらったから……」 「それとこれとは話が別よ。ポレットたちがこの一年間頑張った証が、この林檎なんだもの。ね?」 そう、この林檎も、隣に並ぶ梨も葡萄も、この村にあるもの全て、やすやすと奪われたり軽々しく扱われたりして良いものではないのだ。スティレッタは慌てるポレットを微笑ましく見つめた。 その斜向かいにある露店では、大きな鍋にオレンジ色のかぼちゃスープがくつくつと煮られていた。良い匂いの湯気が漂い、通行人を引き留めている。 二人分のスープカップを受け取ったアリシアは、少し俯いて躊躇いを見せた後、深呼吸をして足を動かした。向かう先では、パートナーのクリストフが子どもたちにおばけの盾をつつかれている。 魔女クロエの対処で意見が割れたことが、アリシアの心を重くしていた。揉めたというほどではないし、双子はどちらか片方が死んだら命の限り呪いを撒き散らすつもりだったと供述しているから、結果としてアリシアの訴えは正しかった。この二日間、クリストフの態度がおかしいということもない。 けれど、少しの気まずさが拭えずにいるのだ。 「クリス、あの、これ……」 アリシアが声を掛けると、クリストフは子供たちに手を振り、見送ってから向き直った。 「この間は……その……」 ごめんなさい? 仲直りがしたいです? どんな言葉が正しいのか、アリシアが答えを見つける前に、クリストフはスープを受け取って笑みを浮かべた。 「気にしてないよ。今回は、アリシアが止めてくれて助かったしね」 そう言って、片目を瞑る。 はっとして、アリシアは目を瞠った。 「え、私……意見、言っていいんですか」 「むしろ、意見をぶつけてくれるのは嬉しいな」 クリストフは戸惑うアリシアを穏やかな表情で見つめ、ぽん、とその頭に優しく手を置く。 「折角だから、スープを頂こうか」 「は、はい……!」 並んで口をつけたかぼちゃスープは南瓜本来の甘さを尊重した優しい味付けで、二人の身体をほこほこと温めたのだった。 「トリック、オア、トリート!」 「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ!」 合唱する子どもたちの声と笑い声が響いている。 いつかと同じように、シリウスはざわめきから一歩引いて祭を楽しむ人々を眺めていた。陽気な喧噪を厭うわけではないが、どうにも所在無く思えて苦手なのだ。邪魔にならぬよう壁際にでも立っていようとしたところを、親しんだ手に引き留められ、足を止める。 「シリウス、あなたも楽しんで」 他ならぬパートナーから穏やかに誘われては、逆らいがたかった。体の向きを変えれば、リチェルカーレの背後で、丁度こちらに気が付いたバルダーが葡萄酒のボトルを掲げている。そういえば、酒に付き合う約束をしていたのだった、とシリウスは思い出した。 「どれも美味しそうだな」 食べ物の露店をいくつか回ったトールは、南瓜の練り込まれたパンを一口頬張って満足げに目を細めた。パン屋の娘に、一番のおすすめですよ! と言われた一品だ。まだほんのりと温かいパンはやわらかく、噛みしめればじんわりと甘い。その横で、同じパンを齧ったリコリスは不服そうな顔をしている。 「味がしないわ」 「あー……リコには、ミートパイの方が良いかもしれないな」 南瓜や芋を使った料理は、素材が持つ風味を活かした素朴な味付けが多いようだった。ジャンクフードを好むリコリスの舌には味が薄いのだろう。トールは皿の上の、少しでも味の濃そうなものをリコリス用に選り分けてやった。 なんだかんだと言いながら食事を続けていると、広場の一角から一際にぎやかな歓声があがる。揃いの正装に身を包み、楽器を手にした音楽隊がやってきたのだ。 ほどなくして陽気な演奏が始まった。人の流れが変わり、広場の中央に空間ができる。人々が手を取り合って輪を作り、簡単なステップを踏みながら左右に行ったり来たり、回り始める。小太鼓が小気味よくリズムを刻み、音楽隊の一人が高らかに声を響かせたのをかわぎりに、方々から歌声があがった。アークソサエティで暮らしていれば誰でも自然と覚えてしまうような、ありふれた歌だ。 「リコちゃん、私たちも歌おう?」 「え、えっと……」 歌声を聴きつけてやってきたリチェルカーレに誘われて、リコリスは口ごもる。迷っているのが分かって、トールはにんまりと笑うとリコリスの手から食べかけのパイを取り上げた。歌いたくないとはっきり拒絶するようなら無理強いなどすまいが、少しでも歌いたいと思うのなら、その気持ちに従えばいいのだ。 なにしろ、今日は祝祭なのだ。美味しいものを食べて飲んで、歌ったり踊ったりする、特別な日だ。 ほら、と背中を押されて、リコリスは逡巡の後、おずおずと頷いた。 「リチェが言うなら、一緒に歌おうかしら……」 歌を生業としていた母がアシッドに冒されて以来、リコリスはずっと歌というものに背を向け続けてきた。歌と母の記憶は密接に結び付いており、ベリアルとなった母を思い出すのが辛いから、歌が嫌いだった。けど、今は少し――。 リチェルカーレとリコリスの声が重なる。二人だけではない、この収穫祭を楽しむ多くの人の声が、晴々と同じ旋律をなぞる。 今は少し、楽しいわ――リコリスは、そう思うことが出来た。リチェルカーレと目が合い、自然と微笑みを交わす。 トールはそんな二人の歌う姿を眺めて、笑みを深くする。皿を持つ手を動かさないように気をつけながら、靴先でリズムをとった。 秋の盛りと実りを祝う歌は、素直な歓びに満ちていた。
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*** 活躍者 *** |
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該当者なし |
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[12] リコリス・ラディアータ 2018/11/03-21:22
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[11] リチェルカーレ・リモージュ 2018/11/03-20:46 | ||
[10] スティレッタ・オンブラ 2018/11/03-00:30
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[9] リチェルカーレ・リモージュ 2018/11/02-23:21 | ||
[8] シャルローザ・マリアージュ 2018/11/02-22:05
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[7] リコリス・ラディアータ 2018/11/02-21:23
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[6] リコリス・ラディアータ 2018/11/02-13:26
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[5] アリシア・ムーンライト 2018/11/01-22:42 | ||
[4] リチェルカーレ・リモージュ 2018/11/01-21:44
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[3] シャルローザ・マリアージュ 2018/11/01-16:08 | ||
[2] クリストフ・フォンシラー 2018/11/01-00:04
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