~ プロローグ ~ |
ここは一代で財をなした豪商レイモンズ・ガネスの邸宅である。 |
~ 解説 ~ |
目的 |

~ ゲームマスターより ~ |
ハロウィンイベントエピソードとなります。 |

◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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周りの様子は勿論、ハルの様子に驚いていないといえば嘘にはなる。 でももし俺が原因でハルがああなったのなら、それを戻せるのも俺だけだ。 ハル、戻って来い。 今の俺には悔しいけれども、ハルが何を怖がっているのかは分からない。 だからハルが話してもいいと思ったことだけで構わないから、それを教えてくれないか。 ハルが何にも怯えなくていいように、俺にもハルのことを守らせて。 誰にだって秘密はある、無理矢理暴かれて辛かったよな。 ハルの過保護は今に始まったことじゃないだろ? どんな理由があってもハルはハルだ。 魔女を見つけたら何をおいても一発殴る。 こんなことされたら流石に俺だって怒る。 幻滅したか? つまりそういうこと、だ。 |
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どうしたのシリウス 顔色が悪い わからないじゃない わたしが怪物になるかもー 真剣な顔に眉を下げ ふわりと笑顔 わたしが間違えなかったら大丈夫なんでしょう? シリウス…っ! 使徒に似た姿 でも変わらない翡翠の色 先の会話を思い出す 武器は構えず手を伸べて 貴方を間違えっこない 近づいてくる牙や上肢の震えに気づき 笑顔 シリウスがわたしを傷つけないって知ってる 誰にだって黒い感情はあるの だけど 良い感情も悪い感情も含めて人でしょう? …シリウスは優しい わたし、ちゃんと知っているもの 溶ける様に変わる姿 一瞬見えた 子どもの影に息を飲む 怪我をした人に天恩天嗣 変化の術が解ければ 屋敷の人間で助かる人はいないか いたら治療を …あの子はいったい…? |
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ゾンビになったクリスを見て愕然 クリスは、いつも、腕が取れても大丈夫って笑って… だけどこれ、は… クリス? 私の知ってる貴方は、いつも笑ってて、 何事にも冷静で、動じなくて、強くて、優しくて… 負の心になんて負けたりしない人、だと… 私の…この髪が、貴方の心を、追い詰めてるの、ですか…? だったら、私の髪なんていらない…っ 貴方のその剣を貸して…! クリスから剣を奪い取り、髪をひとまとめに掴んで髪に当てる 止められて微笑みかけ ほら、やっぱり、貴方は優しい… クリスがその子を求めてるなら、私が身代わりになってもいい だから、もう苦しまないで… 母親が子供をあやすようにそっと抱き締めて 次は…魔女さん達を捕まえないと、ですね |
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■心の怪物 怪物化/祓魔人 負の部分/戦う事への強い恐怖心 外観/全身の毛を逆立てた巨大な白狐。二つに分かれた尾と大きな爪と牙を持つ リール:やだやだ怖いよ、こっちに来ないでぇっ! ユキノがリールを他の怪物から庇いつつ言葉をかける ユキノ:教えて下さいリール、貴方が何を怖れているのか。私が側でその全てから守ります リール:なんで…どうして守ってくれるの?側にいてくれるの? ユキノ:当然です、私は貴方のパートナーなのですから ■魔女 魔女は味方と協力し捕縛 ユキノ:リール、辛いようなら下がっていても… リール:…大丈夫。私、ユキちゃんのパートナーだもん! リールは隙を突いて接近、捕縛を狙う ユキノが正面から突っ込み気を引く |
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怪物:鎖に繋がれた黒い人型の影 負の部分:ドクターへの懺悔、後悔 わたしをころしてください わたしがいなければ わたしがあなたをさらわなければ あなたはじゆうだった いっしょにいたいという きもちも えごでしかない たとえみじかいいのちであろうとも あなたをひのあたるばしょに おけばよかった ドクターが自分を怪物から戻して安堵している様子を見て、他の怪物に襲われないよう身を挺して彼女を守る 怪物から戻った後、ぽろぽろと泣きながらドクターに謝る ごめんなさい…本当に… 許して下さることは分かっていました でも、貴女に一度でいいから謝りたかった…だから、ごめんなさい… 貴女が喰人で、私は本当に幸せだった… |
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怪物化するのは楓 ◆アユカ かーくん、魔女の変化の魔法に…! わたし、かーくんの過去についてはよく知らないけど…つらい思いをか抱えてきたことは知ってる それでも、わたしのこと何度も励ましてくれたよね 今度はわたしが…! かーくんの魔法を解くため、彼を抱きしめにいく どれだけ傷つけられても構わない 斬りたいなら斬ればいい、でもあなたに殺されたりしない わたしは生きて、あなたのそばにいる …かーくんを見捨てたりしないよ かつて彼に掛けてもらった言葉を口にする わたしも同じ気持ちだってこと、伝えたい ◆魔法打破後 魔女二人を捕縛 周囲の混乱に巻き込まれないよう注意 必要あればアユカがSH8で敵の動きを鈍らせたり、楓が威嚇射撃を行う |
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僕の中の怪物が出てきてしまう 「か、カグちゃん、はな、れて…!」 カグちゃんを見ないで ―それは僕のだ、勝手に見るな カグちゃんに触るな ―それは僕のだ、触るな 他を見るな ―僕だけを見て! それは、 狂おしいまでの嫉妬 蛇はその長い体を相手に巻き付けて、動けないようにするらしい だから僕は蛇になったのだろうか? 「カグちゃん…僕だけの、カグちゃんで、いて…?」 醜い蛇でも君は僕だと、僕が必要だと言ってくれるなら… 「僕は…!」 僕の中の怪物を受け入れよう さて。 人の秘め事を無理やりさらけ出すとか、趣味悪いよね 捕縛する方向で動くけど 「…一発くらい、殴ってもいいよね!」 |
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ヨナが疑似ベリアル化 負の部分 浄化師としての価値しか見いだせていない己の希薄さ 心の割合 鳥籠は心のメタファー 二人組は捕縛 大きな黒い鳥籠に閉じ込められ 幻影のベリアルやヨハネの使徒が次々と沸いてくる 攻撃するが倒すごとに自らも徐々にベリアル化 積み重なる死体に籠の中で段々と後退 浄化師として生きる事が私の使命 成る他無かったが 決めたのは自分の筈 目的の為なら敵と刺し違えても構わないとさえ思っていた だから目の前の敵を殺さなくてはいけない 自らの肌が割れその間からどす黒い何かが現れても。 目の前にいる怪物は攻撃ではなく ヨナを仲間に引き入れようと触手を伸ばす やめて 私はちがう ベリアルじゃない 追いやられ籠に背中を押し付けると |
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~ リザルトノベル ~ |
気が進む指令ではなかった。 だが、薔薇十字教団が依頼を受けそれを指令として浄化師に発令したのであれば、やらねばならない。それが自分たちの責務なのだから。 「どうしたのシリウス。顔色が悪い」 『リチェルカーレ・リモージュ』が小声で隣に座る『シリウス・セイアッド』に話しかける。 「……俺が何かしでかしたら 躊躇しないで魔力弾を撃ち込め」 硬い表情でそう言うシリウスに、リチェルカーレはふわりと笑う。 「わからないじゃない わたしが怪物になるかもー」 しかし、シリウスは頑なに言い張った。 「いや 変わるとしたら俺だ」 「わたしが間違えなかったら大丈夫なんでしょう?」 リチェルカーレがそう言っても、シリウスの表情は変わらなかった。 現場に近づくにつれ、徐々に人々の叫びや未知の生物の咆哮が聴こえてきた。 「もうこれ以上は馬車を近づけることは危険です」 浄化師たちを乗せた馬事の馭者は、レイモンズ邸の門扉から数十メートル離れた場所で馬を止めた。 ここからなら徒歩でも支障はないだろう。 この指令が成功しようと失敗しようと、馬車は帰還するために必要な乗り物だ。 全てが終わるまで安全に待機してくれるよう言い置いて、浄化師たちは外へでる。 喧騒が一層大きく聞こえる。 浄化師たちはレイモンズ邸へと急いだ。 レイモンズ邸の広間へ足を踏み入れた『テオドア・バークリー』の眼前に、 「助けて!」 と、若い女性が悲鳴をあげてこちらに駆けてくる。テオドアの視線は、その後ろから追いかけてくる、巨大なナメクジのような化け物を捕らえた。 「これが……元々は人だったっていうのか?」 信じられないという面持ちながらも、反射的に女性の前に立ちナメクジに向かい両手剣を構えるテオドアだが、それを振り上げることを躊躇った。 目の前にいるのは間違いなく、人に危害を与える怪物。だが、こいつを討つとなると、元の人間はどうなってしまうのだ? 「テオ君!」 ぐい、と首筋を掴まれるようにしてその場から後退させられる。直後、『ハルト・ワーグナー』が斜めに構えた狙撃銃を両手で押し付けるようにして、ナメクジを後ろに突き飛ばす。 ナメクジが怯んだ隙にテオドアは女性を逃がし、ハルトに腕を引かれその場を脱する。 襲われている人々を見過ごすのは偲びないが、今は魔女を捕縛するのが先決だ。 「テオ君、俺から離れないようにね」 ハルトはテオドアを背に庇うようにして歩き出す。 行く手を遮る怪物たちは銃身で押し退けたり足払いを食らわせたりして遠くへ追いやる。 「ハル、手加減しろよ」 「わかってる」 (テオ君には、触れさせない!) 歩みを進めながら怪物を振り払ううちに、怪物たちの姿に、ハルトの記憶にある人物たちの姿が重なってきてしまう。 テオドアの友人、バークリー家の使用人、テオドアと関わりを持つ全ての人々。 「お前も、お前も、あぁ……お前もだ」 本当は誰にも、触れさせたくなかった。 だってあいつらは。 だってお前らも。 「俺からまた奪っていくつもりだろう?」 呪詛のように、低い声がハルトの唇から漏れる。 「人を平気で食い物にするかもしれない他の人間なんて要らない」 物心ついた頃から奪われるだけの人生で、テオドアとの出会いは、初めて得られた幸せだった。 他の何を奪われてもいい。けれどテオドアだけは駄目だ。 いっそ、近寄る者全てを殺めてテオドアを自分だけのものにしてしまえば。自分ならそのくらい可能だ。 「ハル、大丈夫か」 テオドアがハルトの肩を掴んだ途端に、その姿はそこから闇色に染まっていき、彼がこちらを振り向いた時にはどろりと輪郭が半分溶けた影のようになっていた。 「俺にはテオ君だけいればいい」 そう言ったハルトの瞳に、驚愕に眼を見張るテオドアが映った。 ハルトはばっと左手を広げて自らの目の前にかざす。 闇色をした左手。そこからぼたり、ぼたりと粘度の高いどす黒い色をした得体の知れないものが滴り落ちている。 この手がテオドアに触れる?この手でテオドアを守る? ハルトは大きく頭を振った。 自分の望みは、欲望は、こんなにも醜いものだったのか。 「……駄目だ。テオ君の前でこんな姿を見せたくなかったのに」 ハルトは逃げるように駆け出した。 テオ君には綺麗なままで、知らなままでいて欲しかったのに。 その思いが咆哮となり怪物と化した腹の底から放出される。 「ハル……っ」 テオドアはハルトの背に手を差し伸べる。 このままでは、ハルトは他人も自分も傷つけてしまう。 テオドアはハルトに向けて差し伸べかけた手でぐっと拳を握ると彼を追いかけた。 もしかしたら、ハルトがあのような姿になったのは、自分が原因かもしれない。 それならば。 (戻せるのも俺だけだ) 「ハル、戻って来い!」 テオドアはハルトの咆哮に負けじと声を張り上げた。 「今の俺には悔しいけれども、ハルが何を怖がっているのかは分からない!」 全速力で駆けながら叫び続けるのは苦しい。けれどハルトの方がもっと苦しんでいる。 「だからハルが話してもいいと思ったことだけで構わないから、それを教えてくれないか……っ」 テオドアの必死の呼びかけに、ハルトはようやく足を止める。 「ハルが何にも怯えなくていいように、俺にもハルのことを守らせて」 追いついたテオドアは、息を整えながらもそう言った。 影の化物は、居心地悪そうに身を縮めている。テオドアは宥めるように話しかけた。 「誰にだって秘密はある、無理矢理暴かれて辛かったよな」 そして、目を細めて言う。 「ハルの過保護は今に始まったことじゃないだろ?」 誰もテオドアに近づけたくない。そんなハルトの独占欲を、テオドア本人は『過保護』として受け取っていたらしい。 本当は、そんな可愛いものじゃないけれど。 いや、可愛いものじゃない、なんて勝手に思って勝手に壁を作ろうとしていたのはハルトの方なのかもしれない。 「どんな理由があってもハルはハルだ」 雨に洗い流されるようにハルトの体を覆う影が消え去った。 リチェルカーレは、広間のあちこちに蹲る怪我人に声をかけて回った。 「大丈夫ですか。この事態を収めるために尽力しますから……もう少し、待っていてくださいね」 リチェルカーレは呆然と座り込んでいる人に声をかけ、怪我をしている人には天恩天嗣を施す。 「急いで魔女をなんとかしなくちゃ」 でも、出来るだけ多くの人を助けたい。 背中はシリウスが守ってくれているはずだから。 忙しさと信頼とで、リチェルカーレはしばし、シリウスに気をかけることを忘れた。 シリウスは駆け回るリチェルカーレの細い背中を見つめた。 こんなか弱そうな少女まで戦場に送り出す……それが薔薇十字教団だ。 目的の為には人を人とも思わない扱いをする。シリウスも身に覚えがある。 世界の安寧と秩序のためという大義名分さえ振り翳せば何をしてもいいというのだろうか。 そんな組織は果たして必要なのだろうか。 この世界には、不必要なものがたくさんある。教団も、その一つではないのか。 消そう。消してやる。過去の忌まわしい記憶と共に。 消してやる。要らないものを。 「大丈夫ですか? 立てますか?」 リチェルカーレが負傷者に声をかける。 すると、その負傷者は恐怖に怯えた表情でリチェルカーレの後ろを指差した。 「あ……あ、そんな、ヨハネの使徒まで……!」 「え……?」 まさか、と思いつつリチェルカーレは振り返る。 ヨハネの使徒? いいや、これは。 「シリウス……っ!」 その頭部、額には教団の十字架が刻まれ、眼球部分に見覚えのある翡翠の色を確認し、リチェルカーレは馬車の中での会話を思い出す。 シリウスの瞳を持つヨハネの使徒は、その身体に慣れていないかのようにヨロヨロとぎこちなくリチェルカーレに近づいてくる。 「教団の……制服……」 その頭部からくぐもったような声が響く。彼は今、リチェルカーレを彼女と認識していない様子である。 「教団なんて浄化師なんてなくなればいい」 リチェルカーレを敵と判断したのか、翡翠の瞳のヨハネの使徒は、彼女の方へと歩みを進める。 「浄化師さん、に、逃げなきゃ」 腰を抜かしている負傷者が震える声で言う。 「その必要はないわ」 リチェルカーレはふるりと首を振った。その表情はどこか、覚悟を決めたようでもあった。 そして、武器は構えず『ヨハネの使徒』に手を差し伸べる。 「貴方を間違えっこない」 リチェルカーレの瞳が、愛しいものを見るように細められる。 その瞳を、翡翠の瞳はしっかりと捉えた。絶望色の世界にその少女の姿だけが色づいて見えた。 けれども『ヨハネの使徒』の歩みは止まらない。 「皆みんな消えてきえて、ちがう」 その意識は、答えを求めて混乱しているのだろうか。 「消えて、きえてちがう。消えなくてはいけないのは誰より」 リチェルカーレの顔に、牙を剥いた『ヨハネの使徒』の影がかかる。 (嫌だ) その牙、上肢が微かに震えている。それに気づいたリチェルカーレは柔らかく笑った。 「シリウスがわたしを傷つけないって知ってる」 (彼女は。リチェだけは) 震えながら、じわりと牙がリチェルカーレに接近する。けれど、リチェルカーレはその場から動かない。 「誰にだって黒い感情はあるの。だけど 良い感情も悪い感情も含めて人でしょう?」 『ヨハネの使徒』の上肢は獲物を捕らえた蜘蛛の脚のようにリチェルカーレの肩にかかり、牙の先が彼女の首筋に触れる。 それでもリチェルカーレの笑顔は変わらない。 「……シリウスは優しい。わたし、ちゃんと知っているもの」 (リチェだけは守ると) 「そう決めた……っ」 内側から光が溢れるように『ヨハネの使徒』の体がひび割れ、そこから溶けるように、その姿は変わる。 (……男の子……?) 現れた姿にリチェルカーレは息を飲み目を瞬くと、すでにそこに少年はなく、蹲るシリウスがいた。 「シリウス……良かった」 リチェルカーレはシリウスを抱き締めた。 優しい温もりがシリウスの身体を包み込み、シリウスはそのまま安堵で崩れ落ちそうになる。 だが、シリウスはぐいと脚に力を込めて立ち上がる。 「魔女を、なんとかしなくては」 『アリシア・ムーンライト』と『クリストフ・フォンシラー』は広間へ駆け込むと魔女の姿を探す。 そこでは、おぞましい怪物へと変貌を遂げた者たちが徘徊していた。 あのような魔法にかかるのは、おそらく自分の方だろうとクリストフは覚悟していた。 だから、胸を内側から真っ黒な手でむんずと掴まれるような言い知れぬ不快感を覚えた時に、やはりそうか、という思いが頭を過ぎった。 これから自分がどうなるのか……いや、そんなことよりももっと心配なことがある。 アリシア。 生真面目な彼女のことだ。思い詰めて早まった行動をしなければ良いが……。 自我の全てが闇に染まり切ってしまうその瞬間まで、クリストフが案じていたのは己の身ではなくアリシアのことであった。 「魔女は、どこにいるのでしょう」 視線を巡らせながら、アリシアは言う。 「………」 いつもなら、アリシアの問いには迅速に明確な答えをくれるはずのクリストフから返答がない。 「クリス?」 アリシアは邸内の様子を窺っていた視線をクリストフに戻し、愕然とする。 確かにクリストフは一度命を落とした身である。復活後は身体に孔こそあれど、一般人とほぼ変わらない容姿で生命活動を維持していた。 だが、今のクリストフの姿は、「生命」としての機能を放棄していた。 どす黒く変化した肌の色、今にも腐り落ちそうにぶらりとしている両腕。 幸い顔の腐敗は軽度で、衣服にも損傷がないため見るに耐えないだろう部分は露見していない。 だが、その死臭すら漂うのではないかと思われる姿はアンデッドというよりも……。 「クリスは、いつも、腕が取れても大丈夫って笑って……。だけどこれ、は……」 「そうさ、これがきっと俺の本来の姿。俺はあの時アンデッドじゃなくてゾンビになるべきだった」 自嘲気味の笑いを含む声色。 「クリス?」 アリシアの知っているクリストフは、こんな喋り方をする人ではない。 「私の知ってる貴方は、いつも笑ってて、何事にも冷静で、動じなくて、強くて、優しくて……負の心になんて負けたりしない人、だと……」 アリシアはクリストフの太陽を思わせる笑顔を思い浮かべる。 「買いかぶっていただいて光栄だよ」 アリシアは頭を振った。豊かな黒髪がふわりと広がる。 クリストフはその艶めく髪を切なげに見つめた。 「俺は……魔力があったのにあの子を助けられなかった」 静かに語り始めたクリストフだったが、すぐにその口調は乱れる。 「なのに俺はそれを忘れ、同じような黒髪のアリシアを、その子じゃないかと思って、自分の罪を忘れる為に君を利用しようと……っ」 苦しげに頭を掻き毟るクリストフの様子に、アリシアの胸が軋む。 「私の……この髪が、貴方の心を、追い詰めてるの、ですか……?」 髪をひと束、ぎゅっと掴む。 「だったら、私の髪なんていらない……っ」 アリシアは喉の奥から絞り出すように叫ぶと床を蹴り、クリストフとの距離を詰める。 「貴方のその剣を貸して……!」 クリストフの腰に携えられた片手剣をスラリと抜き取り、ひとまとめに掴んだ髪に当てる。 「何してるっ!」 アリシアが髪に当てた刃を引く前に、クリストフの手が彼女の細い手首を掴んだ。 「君が自分の身の一部を切り離す必要なんか!」 それでも間に合わずにぷつりと切られた何本かの髪がはらはら落ちる。 それを悲痛な面持ちで見遣るクリストフにアリシアは微笑みかける。 「ほら、やっぱり、貴方は優しい……」 アリシアは剣を掴む手を下ろす。 「クリスがその子を求めてるなら、私が身代わりになってもいい。だから、もう苦しまないで……」 「身代わり?」 違う、と、クリストフは首を振る。 「記憶は戻ってなくてもアリシアがあの子じゃないのはすぐに理解してた」 アリシアが、そうなの?と問うようにクリストフの瞳を覗き込む。 「そうだよ……俺は、アリシアがアリシアだったから一緒にいたいと思うようになって……」 その言葉が嬉しくて、アリシアは丁寧にクリストフの剣を鞘に戻すと、彼の背中に両腕を回した。それは、母親が我が子をあやすかのような優しい抱擁だった。 「君は暖かいな……」 クリストフだって暖かい、とアリシアは思った。 「もう大丈夫だ。ありがとう」 クリストフがぽんと両肩に手を置く。アリシアははっとして、両腕を広げ一歩下がる。 クリストフの無事を確認するとともに、抱き締めてしまったことに今更ながら恥ずかしさが混み上がり。 「次は……魔女さん達を捕まえないと、ですね」 不自然に視線を逸らせてそう言った。 『リール・アスティル』は入口から先へ進めずにいた。 浄化師として戦いたい。その気持ちに偽りはないのに、もう1人の自分が囁いている。 相手は強いよ? ケガは痛いよ? 痛いのは、イヤだよね? 「大丈夫ですか」 平坦な口調に乏しい表情だが、『ユキノ・スバル』がリールを気遣っていることはわかる。 「大丈夫大丈夫。ほら、先輩たちもいるし」 という言葉とは裏腹に、白い耳はぺたんと寝て尻尾は脚に巻きつくようにぴったりくっついている。 意気揚々と歩き出しているように見せかけて、右手と右足が一緒に出るぎくしゃくとした歩き方。 「リール……」 ユキノが心配のあまり声をかけたその時、ぐおおおお、と怪物の咆哮が響く。 「ひゃあっ」 リールはぴょんと跳ねると獣化し、狐であるにも関わらず脱兎の如く駆け出した。 「待ってください、1人で行っては危ないですよ」 ユキノはリールの後を追い、広間に脚を踏み入れた。 白い狐はテーブルクロスが床まで垂れている下へ潜り込んでしまった。 一度はリールを見失いきょろきょろと辺りを見回すユキノだったが、やがてテーブルクロスの端から白い尻尾がちょこんとはみ出ているのを見つけた。 「……2匹?」 ユキノは首を傾げた。そう、はみ出ている尻尾は、2本。それに、リールのものより大きいような。 ユキノはぱたんぱたんと動く2本の尻尾が見え隠れするテーブルクロスへ近づくと、躊躇いなくそれをめくり上げた。 「……あ」 テーブルの下いっぱいにみっちりと巨大な白狐が丸まっている。全身の毛を逆立てて。その巨躯から、2本の尻尾が伸びていた。 ユキノと目が合うと、体との対比で考えると不自然に大きな牙を剥き、 「来ないでっ」 と叫んだ。 牙だけではない、四肢の先から伸びている爪も異様に長く大きい。 「リール、私です」 と、ユキノは巨大な白狐に向かって手を差し伸べるが、混乱しているのだろう、一声鳴くとテーブルをひっくり返して逃げ出した。 しかし、テーブルの下から出ればそこはまた怪物だらけの戦場だ。 「やだやだ怖いよ、こっちに来ないでぇっ!」 リールは広間の隅まで走ると、そこで身を縮め震えながらも大きな牙を打ち鳴らし周囲の怪物に威嚇する。 ユキノはリールの様子を冷静に観察し、結論を出した。 あの大きな牙と爪は恐怖心の表れだろうと。 ユキノはリールのそばまで行くと、近くにいた怪鳥の化物を斧の柄で押しのけ、彼女の前に立つ。 「教えて下さいリール、貴方が何を怖れているのか。私が側でその全てから守ります」 牙の間から唸り声を漏らすリールのそばへ、一歩近づく。 警戒はしているものの攻撃するつもりはないようだと判断し、もう一歩。 リールの様子を見ながら注意深く距離を詰める。 広間内を跳ね回る巨大蛙の怪物がリールにぶつかりそうになり、ユキノは一気に駆けた。 そして、蛙からリールを背に守るように両腕を広げて彼女の前に立つ。 どす、と蛙の体当たりを受けよろめくが、脚を踏みしめ転倒を堪えた。 「なんで……どうして守ってくれるの? 側にいてくれるの?」 リールが、か細い声で問う。 「当然です、私は貴方のパートナーなのですから」 ユキノは振り向きそう言うと、右手を上げてリールの眼前に自分の小指を差し出してみせる。 2人は契約してまだ日が浅い。浄化師として未熟なことは自覚している。 だから、ユキノはリールを守り支えていかなければ、と思っていた。 リールの瞳に、ユキノの細く白い指が映る。 「共に成長していこうと『約束』したでしょう」 魔術真名を決めたあの時に。 「うん……うん、そうだったね」 まだちょっと怖いけど二人一緒なら頑張れる、戦える。ユキノが、パートナーだと言ってくれるから。 ユキノの小指に、リールの小指が絡められた。その指先にはもう他者を攻撃する巨大な爪はなかった。元の姿に戻ったのだ。 「リール……良かった」 ユキノのその声で、リールも自身が元に戻ったのだと気づき確かめるように自分の体のあちこちを触る。ちゃんと、尻尾も1本だ。 ホッとするのも束の間、そういえばユキノは自分を守って怪物の体当たりをくらったりしていたんだった、と思い出す。 「ユキちゃん、ごめんね、ケガしてない?」 「問題ありません、私は頑丈に出来ていますから」 と、ユキノは抑揚の少ない声ながらも安心させるように言った。 煌びやかな装飾や豪華な食事が残ったままの広間に、『レオノル・ペリエ』は視線を走らせる。 その目が、一点で止まった。 楽団の為設置された壇上に、魔女の2人はいた。女性の方は、指揮台に脚を組んで座り、楽しそうに指揮棒を振って遊んでいた。 「行くよ、ショーン!」 レオノルはパートナーに声をかける。 が、返ってきたのは『ショーン・ハイド』の返答ではなく、じゃらじゃらと重い鎖の音だった。 レオノルは眉を顰める。 漆黒の人影が、首と両手首、両足首を鎖に繋がれゆらゆら揺れていた。 背格好がショーンと同じくらいだ。 唸るように漏れ聞こえる言葉を注意深く聞けば、「わたしをころしてください」と聞こえる。 「……厄介なことになったな」 レオノルはくしゃりと前髪を掴むように頭を掻いた。 いつも影のようにレオノルを守ってくれていたショーンだが、本当に影になることはないではないか。 鎖に繋がれた影は、見た目こそ怪物のようであったが、誰かに攻撃するような素振りは全くなかった。 ただ延々と、地に響くように呻いている。 「わたしがいなければ……わたしがあなたをさらわなければ……あなたはじゆうだった」 聞き取りにくいその言葉を、レオノルは懸命に聞いた。 ショーンの心の叫びのように思えたのだ。 (『私があなたを拐わなければ』か……) 確かに、レオノルが教団に来た背景には、ショーンが「拐った」と認識するような経緯はある。 「後悔してるんだね……」 ショーンはずっと、そのことを気に病んでいたのか。こんな姿になるほどに。 「許すよって断言しなかった私にも責任の一端があるね」 教団に来たきっかけは本意ではなくとも、ショーンと過ごす日々は有意義なものであった。 パートナーとして共に歩んでいることで、レオノルのそれは伝わっているものと思っていたが、ショーンは明確な答えを欲していたようだ。 ショーンがこうなる前に、ちゃんと言えば良かった。今のショーンに、果たして言葉は届くだろうか? 「いっしょにいたいという『きもちも』えごでしかない……たとえみじかいいのちであろうとも、あなたをひのあたるばしょにおけばよかった」 レオノルへの懺悔、自分の行動の後悔。そういったものが、ショーンを漆黒に塗り潰してしまっている。 レオノルは子供に絵本を聞かせるように、ゆっくりと語りかける。 「君が命令に忠実なのは立場上仕方ないし……」 レオノルはショーンの体を捕える鎖に視線を向けた。 この鎖が、教団や、教団に対するショーンの忠誠心、諸々のしがらみを象徴しているようだった。 「それにさ、結果的に私の命を長らえたことも幸運だったし、何より君の傍にいられてよかった……って言っても通じないよね」 聞く気がないのか聞こえないのか、未だ「わたしをころしてください」と呻き続ける影に、レオノルは息をついた。 「分かってる」 レオノルは唇の端をきゅっと上げた。 「最後に物を言うのは正しさじゃない。圧倒的な力だ」 くるん、とヤドリギの杖を一回転半させつつ眼前に掲げる。 杖の先はピシリと漆黒の影の怪物に向けて。 レオノルは相手を見据えると声を上げた。 「ショーン・ハイドの怪物よ! 望み通り暗い慙愧の念ごと……」 意識を集中させると杖を持つ手が熱くなる。杖の先に火気の魔力が集まって魔力弾を生成する。 「消えろ!」 吠えるように言うと同時に魔力弾も放たれ、影にぶつかり霧散した。 怪物と化していたショーンも跳ね飛ばされ、壁に背中を打ち付ける。 荒っぽいやり方ではあった。だがこのくらいやらなければ、後悔に雁字搦めになったショーンは正気に戻らないだろう。 鎖がその結合を緩め、がしゃがしゃと崩れ落ちて消えていった。 徐々に色を取り戻し、元に戻ったショーンは壁に背を預けたまま俯き座り込んでいた。 レオノルはゆっくりと彼に近づく。ショーンは顔を上げない。傍に膝をつき、静かに声をかける。 「……泣いてるの?」 「ごめんなさい……本当に……」 ショーンは掠れる声で言葉を紡ぐ。その膝を、ぽたぽたと雫が濡らした。 「許して下さることは分かっていました。でも、貴女に一度でいいから謝りたかった……だから、ごめんなさい……」 「……辛かった、だろうね……ごめんね」 「貴女が喰人で、私は本当に幸せだった……」 ショーンは頰を拭うと立ち上がる。そしてレオノルの体を引いて、何処からか飛んできた花瓶の破片から彼女を守った。 「ありがとう、ショーン。安心している暇はなかったね」 そしてレオノルはキッと魔女たちを睨みつけた。 怪物に身をやつした者たちが、暴れ回っている広間。 そういう性質の魔法なのだろう、怪物の主たるターゲットは自身が連れたパートナーだった。思考能力が落ちているのか、パートナー以外も手の届く範囲に入れば攻撃する、といった様子だ。 怪物から距離を保てば攻撃されることもないのだろうが、人と怪物とがごった返している中でそれは困難であった。 『花咲・楓』は『アユカ・セイロウ』を守りながらも、なるべく無駄な交戦はしないよう、広間を進む。 怪物たちは皆、誰かを恨み、羨み、嫉妬し、自身に絶望し、その感情を撒き散らしていた。 それは見るも聞くもおぞましいものであったが、さらにおぞましいことに、楓にはこの怪物どもの気持ちが理解出来てしまった。 所詮、信用できる者などいないだろう? 同調してはならないと、理性は告げているのに。 お前のそばには、誰も残らなかったじゃないか。 引き摺られる。胸の内に燻っていた気持ちが。 欲しいものがあるんだろう?手に入れてしまえ。そうしないと、また、消えてしまうぞ。 そうか、自分の中にもいるのか。怪物が。 楓の理性はついに、抗うことを諦めた。 「かーくん、魔女の変化の魔法に……!」 アユカの悲痛な声が聞こえる。もはやそれも、何処か夢の中のもののような気がする。 楓は真っ黒に染め上げられた鬼のような姿に変化した。 頭骨が額から突き出たかの如き歪な角。身体中無数に走る傷。普段の楓からは想像できない、憤怒と怨嗟が滲み出た表情。指先の爪はその一本一本が研ぎ澄まされた短剣のようであった。見た者誰もが恐怖を覚えるに違いない姿。 「………だろう?」 牙の並ぶ口からくぐもった声で問いかけられ、アユカは問い返すように楓を見返した。 「皆、俺の元から去っていった。家族も、友人も……お前もそうなんだろう?」 鬼と化した楓の身体中にある傷は、彼の心の傷そのものだ。恐ろしい表情は、悲しみの涙を隠すためのものだ。アユカには、そのように思えた。 楓の過去についてはよく知らない。けれど、彼がつらい思いを抱えてきたことは知っている。 (それでも、わたしのこと何度も励ましてくれたよね) アユカは胸の前でぎゅっと拳を握り締める。 (今度はわたしが……!) けれど、アユカになにが出来るだろう。 過去をなくしたアユカが、過去に苦しめられている楓に、なにが。 「俺は所詮、お前の記憶が戻るまで孤独を紛らすだけの存在。だから……そうなる前に、お前を斬る」 アユカはふるふると首を振った。 孤独を紛らすだけの存在だなんて、悲しいことを言わないで。 今のアユカにとっての楓は、とても大きな存在なのに。 けれど、どんなに言葉で「違うよ」と言っても、今の楓では信じてはくれないだろう。 「お前を殺せば、お前は永遠に俺のものだ」 楓の爪が高く振り上げられギラリと光る。アユカは弾かれたように駆け出した。楓に向かって。 どれだけ傷つけられても構わない。 どん、と体当たりのようにして楓の体に抱きつく。 「斬りたいなら斬ればいい、でもあなたに殺されたりしない」 アユカは、彼の血肉、脈拍、呼吸、体温、全てを自らの全身に感じた。 「わたしは生きて、あなたのそばにいる」 楓もその胸にアユカの温かさを感じる。生命の、その温もりと力強さを。 過去は変えられないけれど、2人には、共に居るという『今』がある。 振り上げた爪が、力なく下げられた。殺意が薄まっていく。 「……かーくんを見捨てたりしないよ」 かつて彼に掛けてもらった言葉を口にする。彼はその時のことを覚えているだろうか? (わたしも同じ気持ちだってこと、伝えたい) 伝えたい、いいや、伝われ! とばかりに、アユカはぎゅうと抱き締める腕に力を込める。 ぎゅうう、と。 「アユカさん……少し、苦しいです」 聞き慣れた声がアユカの耳に振ってくる。 はっと顔を上げれば、いつもの楓がそこにいた。 元に戻ったのだと安堵した途端、彼を抱き締めているこの体勢に今更ながら赤面し、腕を緩めた。 「そ、その、非常事態だったから……でも、元に戻ってよかった」 一方、先程まで自身の弱い心と戦っていた楓は、今は必死で衝動と戦っている。この戦いに負ければアユカを抱き締め返してしまう。 「……ありがとうございます、アユカさん」 なんとか戦いに打ち勝ち、楓はアユカに感謝の気持ちを伝えた。 「どうしてかな」 広間の様子を見て、ぽそりと『カグヤ・ミツルギ』は呟いた。 「何が?」 『ヴォルフラム・マカミ』は問い返す。 「なぜ、魔法は2人一緒にかからないのかな、って」 「あ~~……たしかに」 何かしらの意図があるのだろうか。 「本人達に、直接聞くまでだよ」 ヴォルフラムは壇上の魔女たちを睨む。 魔女2人は酒を煽りながら楽団員が置いて逃げた楽器で遊んでいた。 ヴォルフラムと、男の魔女の目が合う。魔女はにやりと笑うと、視線をカグヤに移した。 「随分可愛い浄化師さんだね?」 「!」 ヴォルフラムはばっと腕を伸ばして魔女の視線からカグヤを隠す。 「何? 君、ナイト気取りなの?」 女の魔女もくすくす笑う。 「誰のために、何のためにその子を守るの」 「何が言いたいんだよ!」 ヴォルフラムは叫ぶ。 守らないと。誰にも触られないように。誰の目にも触れないように。そうしないと、とられちゃう。だって僕のものだから。 「……っ」 ヴォルフラムは足がすくんだ。 なんだ、今の感覚は。 僕のだからね。お前が掴まえておかないのなら、僕がやるよ。 自分の中に、自分とは違う何かがいて、そう言っている。 僕のだからね、僕の、僕の、僕のもの!!と、暴れている。 ヴォルフラムは必死に口を動かし、やっとのことでこれだけ告げる。 「か、カグちゃん、はな、れて……!」 僕の中の怪物が出てきてしまうから………! カグヤの目の前で、ヴォルフラムが変貌を遂げる。 ふわふわした髪も、大きくてふさふさの尻尾もなくなって。毒々しい柄のつるりとした蛇に変わっていく。 魔女たちの高笑いが響いた。 「カグちゃんを見ないで!」 ――それは僕のだ、勝手に見るな 魔女たちに、周囲の怪物たちに、牙を剥いて威嚇する。 「カグちゃんに触るな!」 ――それは僕のだ、触るな カグヤを守る、その大義名分の裏で自分勝手な欲望が渦巻いている。もはやそれを自覚せざるを得ない。 蛇の首がしゅるりとカグヤに巻きついた。 カグヤはぴくりと体を震わせる。 しゅるしゅるとカグヤの腕を登り詰め、囁く。 「他を見るな」 ――僕だけを見て! これは自分の意識か化物の意識か、最早2つの意識は同調しているのか……。 「ヴォル……」 カグヤが悲しそうな顔でヴォルフラムを見た。 きっとカグヤは、激しい嫉妬心を剥き出しにした化物に失望したに違いない。 それもそうだろう。こんな醜悪な蛇の化物になったのだから。 蛇はその長い体を相手に巻き付けて、動けないようにする、と、昔何かの本で読んだ。 だから自分は蛇になったのだろうか? 嫉妬心と束縛心とでいっぱいの自分には似合いの姿だと、自嘲気味に思った。 こんな自分はカグヤに相応しく無いとわかっているのに、それでも気持ちは求めてしまう。 蛇の口から、弱々しいヴォルフラムの声が漏れた。 「カグちゃん……僕だけの、カグちゃんで、いて……?」 カグヤは蛇が巻きついているのと反対の腕を上げると、そっとヴォルフラムの首筋を撫で、頷いた。 「…………いいの?だって僕は……もう、蛇の化物だよ?」 「ヴォルはヴォルだもの」 「カグちゃ……!」 ヴォルフラムは歓喜に尻尾を振りそうになって、はっと気がつく。いつもの尻尾じゃないことに。 ヴォルフラムはまたもや落胆し頭をがくりと下げるが、カグヤはヴォルフラムの毒々しい色をした鱗に覆われている胴体を、躊躇いなく撫でながら言った。 「大丈夫。ふさふさのヴォルも、つるつるのヴォルも気持ちいい」 「カグちゃん……」 「蛇でも狼でも、ヴォルはヴォル」 カグヤが目を細める。 嫉妬心も束縛心も、ヴォルフラムの一部。それら全てを含めて、大切なパートナー。 「だから悲しまないで。ヴォルが悲しむと私も悲しい」 「~~~っ」 ヴォルフラムはつるつるの尻尾を今度こそぱたぱた振った。 醜い蛇でも君は僕だと、僕が必要だと言ってくれるなら……。 「僕は……!」 僕の中の怪物を受け入れよう。 誰のために、何のためにその子を守るの、と魔女は聞いた。 自分のためだよ。それの何が悪い。カグヤを守ることが自分の幸せなんだから、カグヤがそれを受け入れてくれるのだから、いいじゃないか。 蛇はするりとカグヤから離れると、手足に尻尾、耳が生えあっという間に元のヴォルフラムの姿に戻った。 「カグちゃん、さっきの疑問なんだけどね、僕わかったよ」 どうして魔女たちは、2人組の片方にだけ魔法をかけるのか。 「あいつらがめちゃくちゃ性格悪いからだよ!人の秘め事を無理やりさらけ出すとか、趣味悪いよね」 ヴォルフラムはびしっと魔女たちを指差した。 広間の奥に2人組の魔女を見つけた『ヨナ・ミューエ』と『ベルトルド・レーヴェ』だったが。 「っ、これは!?」 駆けようとするヨナの前方の床から槍のような格子が何本も突き出し、その足を止める。右へ回避しようとすると右にも、ならばと左に回避すればそちらも同様に格子が現れ、苛立ちながらも踵を返すと、後方も格子で塞がれた。 突き出て伸びた真っ黒な格子は上方でぐにゃりと曲がり、一点で結合する。 まるで、ヨナを捕らえる黒い鳥籠だった。 「っ!」 目の端で動くものを捉え、ヨナは咄嗟に体を引く。間一髪、ヨナの鼻先を黒い影が掠めていく。 それは、猫を元の形とした異形の生き物。ぐるりと見回せば、1体だけではない。複数のベリアル、それに、ヨハネの使徒まで檻の中に出現している。 「なんだこれは?」 ベルトルドは鳥籠の外から格子の1本を掴み揺さぶるがビクともしない。 鳥籠の中の異形たちはヨナに襲いかかる。ヨナは小型盾と片手本を掲げて応戦する。 放たれた陰気の魔力がベリアルを弾き飛ばすと、ベリアルは通常とは違い、その死骸を床に横たえたまま残った。 だが、倒しても倒してもベリアルもヨハネの使徒も次々に床から湧いて出る。 それに、倒せば倒すほどに、ヨナの体を言い知れぬ疲労が襲う。 突破口を探るため事態を観察していたベルトルドは、「なるほどな」と小さく唸るように低く呟く。 格子の影と檻の中の敵の影が、全てヨナに繋がっていた。 これは全てヨナが作り出したものだ。いいや、怪物化したヨナの一部だ。 ベルトルドの目の前で、ヨナの肉体が赤黒く変色していく。ざわり、と、首筋や手の甲から黒い触手が伸びてくる。 自らの触手を見てヨナは震えた。 自分はこのままベリアルになってしまうのか。 「私は浄化師です。意識の消えるその時まで……いいえ、意識と体が消え失せても!」 大きく頭を振り恐怖を打ち払うと、再び片手本を掲げる。 浄化師の道を選ぶ他無い境遇であったが、最終的に浄化師になると決めたのは自分自身。 目的の為なら敵と刺し違えても構わないとさえ思っていた。 たとえ自らが異形と成り果てても、目の前の敵を殺さなくては。 ベリアルたちが一斉に囃し立てる。 「浄化師でいることしか、お前には価値がない」 「ベリアルにでもなっちまった方が気が楽ってもんだ」 「お前はもう『こっち側』さ」 ケラケラ笑うベリアルがヨナを取り囲む。仲間に引きずり込まんと、その触手を伸ばす。 「やめて。私はちがう。ベリアルじゃない」 エアースラストがベリアルたちを襲う。 床にベリアルが斃れる数と比例して、ヨナの体は重くなり、自由を失っていく。 さらに、ベリアルの死骸とヨハネの使徒の残骸が床に積み上げられ、ヨナが移動できる場所が狭められていく。 追い詰められるように檻の端まで後退したヨナの腕が鳥籠の外から強く引っ張られた。 「しっかりしろ。心を敵に埋め尽くされるな」 「ベルトルドさん……?」 朦朧としていく意識の中、ヨナは彼の声を聞いた。 「何であるか決めるのは自分だ」 「決めるのは私……」 しかし、すでにヨナの思考は思うように働かない。 「人でも物でもいい 大切なものを思い浮かべろ」 「そんな 咄嗟には」 取り囲むようにヨナに迫るベリアルたちは、早くおいでよとばかりに触手を伸ばす。 「何でもいいから!」 焦りベルトルドは吠えた。 「そんなの……ベルトルドさん位しか思いつきませんよ!」 ヨナがやけ気味に言い放つと共に、鳥籠の格子が硬度を失う。 この機を逃さずベルトルドは鳥籠の中へと侵入した。 ベリアルの触手が萎縮するように縮こまる。 後ずさるベリアルたちは、鋭い目付きのベルトルドがどん、と足音大きく一歩を踏み出すと、悪餓鬼が逃げるように小さくなって消えていった。同時に、ヨナを捕らえていた鳥籠も消失する。 その場に座り込んだヨナの身体には、もう、ベリアル化の徴候は見られなかった。 「ヨナ……少しばかし。手っ取り早い所で選んだな……」 大切なもの、としてベルトルドの名を出したのは熟考した末のことではない。 たまたまそれしか思いつかなかったから取り敢えず言いました、というこの雰囲気。ベルトルドとしては複雑な心境である。 「言わないでくださいっ。何でもと言われて他に思い浮かばなかったんです」 ヨナは頰を赤らめぷいと視線を逸らす。彼女の心境もまた複雑だった。彼を頼ってしまう事への悔しさ7割、咄嗟といえど彼の名前が出てしまった事への羞恥3割といったところか。 浄化師たちは次々と魔法を打ち破り魔女に迫る。 「さて、こんな情けない姿を晒すハメになったんだ。魔女達、覚悟はできてるだろうね?」 クリストフはにっこり笑うが、見る者が見れば彼からゆらりと怒気が湧き上がっているのがわかっただろう。 シリウスも殺気立った視線を魔女に向ける。 「リール、辛いようなら下がっていても……」 ユキノがリールを気遣うが、リールは怖さを押し殺し笑ってみせた。 「……大丈夫。私、ユキちゃんのパートナーだもん!」 魔女2人は逃走を試みる。 アユカが鬼門封印の手印を結ぶ。 そこへレオノルがライトブラスト放つと、光の弾が背中に当たった女の魔女が前のめりに倒れる。 「ドクター、やり過ぎでは」 心配するショーンに、レオノルはなんてことないという表情で答える。 「加減くらいはできるよ。そうでなければショーンだってさっき私の一撃で大怪我だよ?」 「確かに、そうですね」 「それにね、私は怒っているんだよ。これくらいは喰らってもらうよ」 ショーンの進歩に一役買ってくれたことは感謝してもいいけど、彼を傷付けたことは許せなかった。 女の魔女を見捨てて逃げようとする男の魔女の頰を楓の放った銃弾が掠めた。 男の魔女が頰を押さえて尻餅をつく。 魔女2人の前に、ユキノが立ちはだかった。 そこへ、獣化したリールが突進し、女の魔女を後ろから突き倒すとその背中を前脚で押さえ込む。 横から現れたシリウスが、男の魔女の脇腹に当身を食らわせる。 呻く魔女に「本当は殺してやってもいいんだが」と耳打ちすると、魔女の顔がさっと青くなった。 ベルトルドとクリストフが魔女を捕縛しようと縄を持ち駆けつける。 尚も暴れる魔女をテオドアが力任せに殴りつけた。 「わぁ、テオ君のそーゆートコ初めて見た」 と、ハルトは目を丸くした。 「……一発くらい、殴ってもいいよね!」 と、ヴォルフラムも拳を入れる。 すっかり反抗する気も失せた魔女は、完全に捕縛された。 魔法も効力を失い、広間から怪物は消えた。今はリチェルカーレが怪我人の手当てに走り回っている。 「こんなことされたら流石に俺だって怒る」 テオドアはまだ残っている怒りをなんとか抑えてそう言うと、ハルトに向き直る。 「幻滅したか?」 「テオ君に幻滅? まっさかー」 ハルトはブンブン左右に頭を振った。 「つまりそういうこと、だ」 ふっとテオドアは笑う。 ハルトは目を瞬くと、 「……ああ、そっか、テオ君も同じなんだ」 と、ほっとしたように笑った。 魔女も無事捕縛し、怪我人の応急措置も済んだ。 全てが終わると、シリウスは、 「リチェ、すまなかった」 と、短く謝罪する。 リチェルカーレは、気にしないで、と微笑んだ。だが。 (……あの子はいったい……?) 一瞬見えた、あの少年のことが気にかかっていた。 残念ながらティリカの命は失われ、レイモンズ家もしばらくは信用を落とすであろう。 だがザムは、気落ちしていたらティリカが浮かばれない、と、父と共に家を立て直すことを誓うのだった。
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*** 活躍者 *** |
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該当者なし |
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[8] ユキノ・スバル 2018/11/07-20:28
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[7] テオドア・バークリー 2018/11/07-00:42
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[6] リチェルカーレ・リモージュ 2018/11/06-23:24
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[5] アリシア・ムーンライト 2018/11/06-22:53
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[4] ユキノ・スバル 2018/11/06-22:03
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[3] アリシア・ムーンライト 2018/11/06-21:55
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[2] リチェルカーレ・リモージュ 2018/11/05-21:09
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