~ プロローグ ~ |
その日、薔薇十字教団司令部に届いた一通の手紙には、短いながらも心がこもった文字がつづられていた。 |
~ 解説 ~ |
アチェーロ渓谷に赴き、紅葉狩りや秋の味覚を楽しんで生きていただく指令です。 |
~ ゲームマスターより ~ |
初めまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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来て シリウス 川が赤く染まってる…! つり橋の中央部分まで小走りで 水面に映る赤や黄色の色彩に目を輝かせる 静かな問いかけににこりと笑顔 ありがとう 大丈夫 ね 向こう側に行ってみましょう? 鹿や兎に会えるかもしれないんですって とても高い場所にいると我に返り 少し怖くなってシリウスの腕を掴む ーあ ご、ごめんなさい 笑う気配に頬を赤く そろり見上げる 渡るまで こうしていい? 鹿や兎を見つけると満面の笑顔 おいで 怖くないよ 友だちになろう? そっと手を伸ばす 触れられたら優しく撫で 可能なら兎を抱き上げる 暖かい シリウスも触ってみて 少し困ったような顔で でもそっと兎を抱く彼にくすくす笑い 最近張りつめることの多かった彼の 解けた表情が嬉しい |
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渓谷に踏み入って 美しい紅葉、あちこちで顔を出す動物達 故郷を思い出して懐かしくなり、はぐれたことにも気付かずどんどん歩いていく 少し開けた場所につき ふふ、なんだか自然のステージみたいね いらっしゃい動物さん達 座って歌い出す かさりかさり 赤い彩がはねる あなたの髪 触れたときみたいに 同じ赤の…♪ ふと振り向くとトールがいた き、聴いてたの!? い、今のは気まぐれよ!ただのお遊びでちょっと歌ってみただけだからっ! あ…叫んだら動物達が逃げちゃった… だ、駄目じゃないけど…仕方ないわね…もう他に観客もいないし どうせさっきの聴かれてたんだし、今更よね… 観念してもう一度歌う 今度は少し緊張気味 え?な、何? 触れられて固まる |
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【目的】 喰人に紅葉がどういう物か見せる 思い出に残る様に紅葉を栞にする 【行動】 売店でお弁当を買う 喰人がはりきり過ぎない様に手を繋いで歩く また、他の迷惑にならないように声を掛けながら歩く 野生動物が居たら脅かさない様に声をかけてみる 近づいてきてくれるようならミカゲちゃんと一緒に頭を撫でてみる 帰ったら栞にし谷の人達と教団の皆に配りに行く 【心情】 お菓子もいいけどご飯も買わないと 途中でお腹空いちゃうよ? ほら野生動物がいるよ 呼んだら来るかな? ふふ、紅葉は初めてって言ってたもんね 帰ったら栞にして飾ろう 目に見える思い出があるのは、やっぱり楽しいからね 栞にしたらありがとうの気持ちを込めて皆に配りに行こうね |
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~ リザルトノベル ~ |
● 秋らしく色づいた景色に浮かれている様子だった『リチェルカーレ・リモージュ』が、ついに耐えきれなくなったように小走りになる。 「きて、シリウス」 「転ぶなよ」 渓谷の間にかかった細いつり橋を進む少女の背を、『シリウス・セイアッド』がゆっくりと追いながら声をかけた。リチェルカーレはつり橋の中ほどで足をとめ、感嘆の声を上げる。 「川が赤く染まってる……!」 欄干代わりのロープに手を添え、リチェルカーレは川を見下ろす。彼女の隣に立ったシリウスは、うっかり落ちてしまわないかと少女の身を案じながら、風景へと視線を移した。 息をのむ絶景、というのは、このような光景を指すのかもしれない。 ――視界を埋め尽くす赤と黄色。 目が痛むほど鮮烈でないにもかかわらず、いつか空の青さまでのみこんでしまいそうな、力強い生命力を感じる。すべての木々が色づいた葉を落としたら、世界のすべてが落ち葉の色に染まるかもしれない。 橋の下を流れるセーヌ川の支流は、その先駆けであるかのように紅葉色に変わっていた。 まるで燃えているようだ。音もなく温度もなく、渓谷も川も燃えている。 「綺麗ね……」 「……ああ」 アチェーロ渓谷が誇る、秋の眺め。 一幅の絵画でさえ敵わないだろうその景色を、二人で見る秋を、シリウスは記憶に刻む。 自身の呆然とした呟きで我に返ったリチェルカーレは、肩の力を抜いてシリウスを見上げた。 楽しんでくれているかしら、と内心で首を傾ける。見惚れては、いるようだけれど。 「寒くないか?」 渓谷内は秋に相応しい、ひやりとした空気が漂っていたが、ここは特に気温が低い。川風が原因だろう。 「ありがとう、大丈夫」 静かな声で発せられた問いかけに、リチェルカーレはにこりと笑んだ。そうか、とシリウスはロープから手を離す。 「ね、向こう側に行ってみましょう? 鹿や兎に会えるかもしれないんですって」 事前の調査で、野生の動物たちと触れあえそうな場所をリチェルカーレは確認していた。 この渓谷には無害な野生動物たちが数多く生息しており、人々に近づいてくることも多いらしい。 「ああ」 胸を躍らせていることが一目で分かる少女に、シリウスは翡翠の双眸を細くして頷く。 満面の笑みを浮かべたリチェルカーレは、握っていたロープを離し、さっそく歩き出そうとして、ぴたりととまった。 「どうした?」 少しばかり不思議そうなシリウスの声も、どこか遠い。 本当に一瞬だけなのだが、冷静になってしまったのだ。そして、気づいてしまった。 周りには、運がよかったのかそれほど多くはない見物客。 遥か眼下を流れる、韓紅に染まる川。 何人乗っても大丈夫なのか分からないが、人が歩くたびにわずかに軋んで揺れるつり橋。 「……っ」 自分が今、高いところにいて。 つり橋が落ちない可能性は全くないとは言いきれないのではないかと思ってしまって。 「リチェ」 「……あ、ご、ごめんなさい」 少し怖くなってしまったリチェルカーレは、無意識のうちにシリウスの腕を掴んでいた。名前を呼ばれ、状況を確認するが、拭いきれない恐怖心が指の動きを阻害する。 「そういうことか」 急に顔色を変えたリチェルカーレを心配したシリウスは、恐れの根底にあるものを把握して吐息だけで笑った。 下はもちろん、上も向けなかったリチェルカーレは、橋の先を見つめたまま、シリウスが笑う気配に頬を赤くする。 「さっきまで平気だっただろう」 「それは……」 そうだけど。口の中で小さくつけたす。でも今は、平気じゃない。 「渡るまで、こうしていい?」 見えるのはシリウスだから、怖くないと自分に言い聞かせて、リチェルカーレはそろりと視線を上げる。小動物のように不安げに揺れる瞳に、青年は小さく頷いた。 「構わない」 「……ありがとう」 恐々と歩く少女がいっそう怯えてしまわないよう、シリウスは気を配りながらつり橋を渡る。少しでも揺れると、青年の腕を掴むリチェルカーレの両手に力が入った。 ようやく足場が山道に戻ると、リチェルカーレは大きく息をついてシリウスから離れた。気疲れがにじんでいた少女の目が、ぱっと輝く。 「兎!」 歩いている人が少ないためか、野兎が山道のすぐ近くに顔を出していた。通行の邪魔にならない位置に屈んだリチェルカーレが、満面の笑みで野兎にそっと手を差し伸べる。 「おいで、怖くないよ。友だちになろう?」 小さな生き物と触れあう少女から目を離さないようにしながら、シリウスは片手を握って、閉じた。 先ほどまでリチェルカーレを受けとめていた片腕が、隙間風でも吹きこむように空疎に感じた。 優しい重みも、かすかな温もりも、澄んだ秋の空気があっという間にさらってしまう。 「シリウスも触ってみて」 野兎を抱き上げた少女が両腕をシリウスに差し出す。白い毛玉のような生き物が、赤い目でシリウスを見ていた。 「動物は、嫌いではないが」 「このあたりを持ってあげると、落ち着いてくれるのよ」 にこにこと楽しそうに、リチェルカーレはシリウスに野兎を抱かせる。 こんな風に動物を持つ機会がなかったシリウスは、わずかに困惑した眼差しを少女に投げた。 心なしか困った顔で、しかし大切そうに野兎を抱く青年に、リチェルカーレはくすくすと笑う。近ごろ張りつめた雰囲気でいることが多かった彼が、緊張を忘れた表情を浮かべているのが嬉しかった。 「鹿も見つけたの。エサ、食べてくれるかしら?」 渓谷の出入り口で購入しておいた動物用のエサだ。ここに住む野生動物たちが人懐こいのは、こうして食事を与えられているからなのだろう。 軽快な足どりで木立の間を進む少女の背に、シリウスは野兎を抱えたまま従う。 すぐに鹿の姿が見えた。リチェルカーレがエサを与えると、しずしずと食べ始める。 「ほら、シリウスも」 野兎を引きとった少女は、代わりにエサが入った袋をシリウスに渡した。青年は少女と袋と、鹿を見比べる。 「大丈夫よ、おとなしいもの。ほら、こうやって……」 片腕で野兎を抱え直したリチェルカーレが、エサをとり出したところで。 「きゃあっ」 空からの襲撃があった。 タイミングを計っていたのか、小鳥たちがリチェルカーレの手にとまり、エサをついばむ。中には少女の頭にとまる小鳥までいた。 「待って、エサはあっちに」 嬉しそうな悲鳴をリチェルカーレが上げる。 エサはすでにとられていたが、少女の優しさを知っているのか、小鳥たちは離れようとしない。野兎と鹿はこの騒ぎに慣れているらしく、おとなしい。 「シリウス、エサをちょうだい」 「ああ」 眩しいものを見るように、リチェルカーレを見つめていたシリウスがエサを出す。少女に留まっていた小鳥が数羽、シリウスの手に移った。 鹿が一歩シリウスに近づいてくる。リチェルカーレが楽しそうに笑った。 「……リチェ」 「大丈夫。食べさせてあげて」 どうすればいいのかと視線で尋ねてきたシリウスに、少女は明るい声で応じる。 躊躇いつつシリウスは袋からエサを出した。鹿が咥えてとり、咀嚼する。催促するように小鳥たちが鳴いた。 「一緒に配りましょう?」 あとは任せた、は許されないらしい。 観念したシリウスは、リチェルカーレとともにエサを配る。入れ代わり立ち代わりやってくる野生動物たちを、少女は大輪の花が咲くような、可憐で柔らかな笑みで歓迎した。 その表情を見るたびに、シリウスは胸にこびりついたなにかが削ぎ落とされるような心地がして。 こんな日も悪くはないかもしれないと、思った。 ● 足元でかさりと落ち葉が音を立てる。 視線を上げれば赤と黄色の天蓋。柔らかに色づいた木々の葉が、少し冷たい風に揺れる。 小鳥が飛び立ち、枝が揺れた。ひらりと舞い落ちた紅葉が、木の根元で様子をうかがうように顔をのぞかせていた野兎の頭を滑る。 歩きやすいようにと踏み固められた山道を外れ、『リコリス・ラディアータ』は深く息を吸った。みずみずしい空気が体中をめぐり、清め癒していくような感覚を覚える。 「はぁ……」 一面の木々と、敵意を持たない野生動物たちに囲まれ、懐かしさを感じた。恐らく故郷を思い出す景色だからだろう。 「って、トール?」 左右を見回し、振り返って、ようやく側に『トール・フォルクス』がいないことに気づく。夢中で歩いているうちにはぐれたらしい。 「……大丈夫よね」 帰り道は分かる。敵性生物が現れれば一大事だが、その様子もない。 悲観的になることはない現状に、リコリスは伸びをした。大げさに一歩踏み出すと、靴底に落ち葉の柔らかな感触。同時に乾いた音が鳴る。 「ついてくるの?」 自分以外の足音に気づいて背後を見ると、先ほどこちらを観察していた野兎が距離を開けてついてきていた。 「エサ、持ってないわよ。トールなら持ってるかもしれないけど。……どこにいるのかしらね」 いつから別行動をとっていたのか、まったく思い出せない。彼はリコリスのことを探しているだろうか。 「山道に戻った方が見つけやすいんでしょうけど」 枝葉が重なる空を見上げて、リコリスはわずかに目を細めた。 今はまだこの光景に包まれていたい。きっと心配してくれているトールには、申しわけないが。 しばらく進むと少し開けた場所に出た。リコリスは真っ赤な葉をたっぷりつけた木の根元に腰を下ろす。 「ふふ、なんだか自然のステージみたいね」 積もっていた紅葉を一枚つまみ、野兎に向けてひらひら振る。招きに応じるように近づいてきた小さな生き物に頬を緩めていると、他の視線を感じた。 鹿や兎、リスなどに、遠巻きに囲まれている。 いつの間に、と瞬き、リコリスは口の端を上げた。 「いらっしゃい、動物さんたち」 全身から不要な力を抜き、リコリスは目を伏せて歌い始める。 「かさりかさり、赤い色どりが跳ねる」 胸に染み入るような清らかさと、慈愛を含んだ声が秋の渓谷の空気に混じった。 「あなたの髪、触れたときみたいに」 恐る恐るといった様子で、動物たちが距離をつめてくる。 リコリスは慎重に手を伸ばした。ずっとついてきていた野兎の頭に指先を添える。 歌に聞き入っているのか、撫でても逃げない。ふわふわしている。少女の胸に、じわりと喜びがにじむ。 「同じ赤の……」 目を閉じると、紅葉よりもなお鮮やかに朱い、トールの髪が目蓋の裏で閃いた。 「リコ?」 まずは腹ごしらえをして、アチェーロ渓谷きっての名所であるつり橋へ、と考えていたトールは、先ほどまで隣にいたリコリスがいなくなっていることに気づいた。 前後左右を素早く見回すが、少女の姿はどこにもない。 「一体どこに」 彼女が戻ってくるのを待つか、探しに行くか。 迷いなくトールは後者を選んだ。 「リコー、どこだー?」 迷子の名前を呼びながら歩き出す。しばらく見物客向けの山道を進んだところで、こっちじゃない、と直感した。 道を逸れ、木々の間を歩く。足元には赤と黄色の葉が積み重なり、上を見ても同じ色彩が青空を細かく区切っていた。 「こっちだ」 きっと彼女なら、つり橋に繋がる山道ではなく、こちらの景色を選ぶ。 小さく笑んだトールは、気の向くままに進んでいく。出会えないかもしれない、と危ぶまなかった。見つかるという予感を、清い秋の空気の中に覚えている。 不意に声が聞こえた。 話すのではなく、抑揚をつけて歌う声だ。 「この声は……」 歩を速め、トールは音の源に向かう。立ち並ぶ木々が途切れ、猫の額ほどの開けた場所に出た。 燃えるように赤く染まった葉をつける木の下で、少女が目を伏せて歌っている。 かすかな風がその、青に薄墨を溶かしたような色の髪を揺らした。彼岸花の髪飾りが、緩くうねる少女の髪に咲いている。 「リコ……」 心配したぞ、と言うつもりだった。 だが、動物に囲まれて歌う彼女を見て、唇からこぼれたのはそんな、呆然とした呟きだけだ。 聞き入り、見入る。 野兎を片手で撫でながら歌う少女が、ふとトールを見た。視線が交わり、声が途切れる。 は、とトールはとめていた息を吐き出す。歌が終わってしまったことが、残念だった。 「き……っ」 状況を把握したリコリスの頬が引きつる。 「聴いてたの!?」 「え? ああ、聴いてた」 叫んだリコリスに驚いたように、聴衆として集っていた動物たちが逃げ出す。トールはゆっくりと、夢の中から現実に踏み出すような足どりで、リコリスに近づいた。 「すごくのびのびとしてて、楽しそうだった」 「い、今のは気まぐれよ! ただのお遊びで、ちょっと歌ってみただけだからっ!」 地面を覆う落ち葉の層を叩き、リコリスははっとする。 「あ……。叫んだら動物たちが逃げちゃった……」 例の野兎もいない。 肩を落とすリコリスの隣に、トールが腰を下ろした。 「うんうん、気まぐれのお遊びでも、リコの歌が聴けて俺は嬉しいよ」 恨めし気な眼差しに、トールは両手を肩の高さに上げる。ついで、眉尻を下げて笑んだ。 「出来ればもう一回、今度は最初から聞きたいんだけど、だめかな……?」 「だ、だめじゃないけど……」 明後日の方を見たリコリスは、トールを横目で盗み見る。青年は太陽を思わせる金色の瞳を、少女にしっかりと向けていた。 「……仕方ないわね……。もう他に観客もいないし……。どうせさっきの聴かれてたんだし、今さらよね……」 照れとも不機嫌ともつかない声音で呟き、リコリスは咳払いをする。 「今回だけよ」 「ありがとう、リコ」 満面の笑みを浮かべたトールを一瞥し、リコリスは歌い始める。先ほどに比べ、少し緊張していた。 それでも心地よく歌い終えたリコリスの耳に、控えめな拍手の音が届く。 「冷えてきたわ。なにか買いに行くわよ」 「あ、リコ、髪に葉っぱが」 じっとしていられなくなり、移動しようとしたリコリスの髪にトールが手を伸ばす。 「え、な、なに?」 うろたえる少女の頭に、トールの手が触れた。 彼岸花の髪飾りがついている方の、ちょうど反対側だ。武器の扱いに長けた、男性らしい指先が赤い葉を摘まみとる。 「ほら、こっちだ。……どうした?」 固まってしまったリコリスに、トールが不思議そうな目を向けた。リコリスは勢いよく立ち上がる。 「なんっ、でもない、わよっ!」 熱くなった顔を隠すように、少女は髪と制服を翻して山道を目指す。トールは首を傾けながら、その背を追った。 「なぁ、リコ。二人きりのときだったら、また聴かせてくれるか……?」 祈りにも似た声音に、リコリスは立ちどまる。首を回して確認すると、トールはほんのかすかに、弱ったような微笑を浮かべていた。 「また聴きたいんだ」 「……どうしてもっていうなら、考えてあげてもいいけど」 ぱっとトールの顔に安堵と喜びが広がる。リコリスは口早につけ足した。 「気が向いたらよ。私、歌は嫌いなんだから!」 「うんうん。十分だよ。さて、温かいものでも飲んで、腹ごしらえして、つり橋に行こうか」 軽い足どりで先を歩き始めた青年を、少女は威嚇するような目つきで見る。 「リコ」 振り返ったトールにリコリスは毒気を抜かれたようになり、小さく頷いた。 ● 焼き菓子を主に販売している屋台に、少年と黒猫のライカンスロープの幼女が訪れる。 少年の手には、すでに大きめの袋がひとつ抱えられていた。中からはおいしそうな料理の匂いがする。 「メイプルクッキー、ひと口パウンドケーキ、あとワッフルとリーフパイとヌガーもほしいにゃ!」 「それと、ホットメイプルミルクを二つ、お願いします」 「はいよー。ずいぶん買いこむんだね?」 「紅葉狩りの前にごはんだにゃ! んふふ、おなかいっぱい食べるのにゃー」 きらきらと金色の瞳を輝かせる幼女の、元気いっぱいの返事に店主の頬が緩む。代金を払った少年も、目元を和めていた。 「メイプルミルク、熱いから気をつけるんだよ」 「ご主人、にゃーが持つにゃ!」 「気をつけてね、ミカゲちゃん」 「任せるにゃ」 温かな飲み物を注ぎ、蓋をつけた容器が二つ入った袋を、『ミカゲ・ユウヤ』が持つ。他は『ラシャ・アイオライト』が引き受けた。 アチェーロ渓谷は今、紅葉の一番の見ごろを迎えている。見物客や地元の住人たちが、赤や黄色に染まった景色を堪能していた。 「すごいにゃ!」 「綺麗だね」 感動のあまり走り出しそうになったミカゲの手を、ラシャがさり気なく握る。大はしゃぎするミカゲが暴走しないように、という配慮だった。 しかし、おとなしく手を繋いだものの、ミカゲはもっと周囲を見て回りたくてうずうずしている。ラシャは柔和な笑みを浮かべた。 「先にご飯にしようか」 「にゃ!」 大きく頷いたミカゲが山道から外れ、林立する木々の方に向かう。 噂には聞いていたが本当に見事な紅葉だと、大人びた感想と落ち着きを抱きながらラシャは引っ張られた。 「ご主人、ここにするにゃ!」 「そうだね」 色づいた葉を枝につける樹木の密度が、あまり高くない一角だ。荷物を広げて昼食にするには、ちょうどいい空間だった。 「葉っぱが積もってるにゃ」 てきぱきとラシャが購入した軽食をある屋台の店主から借り受けた敷布に並べる間、ミカゲは地面を覆いつくすほどに積もった落ち葉の上で跳ね回っていた。首につけた鈴が動きにあわせて鳴る。 かさかさと乾いた音が、澄んだ鈴の音色の合間に響く。そのたびにミカゲは歓声を上げた。 「準備できたよ」 「ありがとうにゃ! お菓子にゃー!」 「ご飯も食べようね。途中でおなかすいちゃうからね」 立ち並ぶ屋台を発見したミカゲが、真っ先に菓子店を目指したのを思い出しながらラシャは微笑む。 ご飯も食べないとおなかがすく、とラシャが言うと、ミカゲはちょっとだけ真剣な顔で頷いて、先に軽食を買い求めたのだ。 「食べるにゃ! おいしそうにゃ!」 靴を脱ぎ捨てたラシャが敷布に膝と手を突いた。視線はせわしなく、あちらへこちらへと動いている。 購入時に温かかった軽食はまだ湯気を上らせていた。お菓子からはメイプルシロップの甘い匂いが漂ってくる。アチェーロ渓谷近辺の名産品であるメイプルシロップは、ほとんどすべての菓子に使用されていた。 「ミカゲちゃん」 「……おいしいにゃ!」 食べやすい大きさに切ったキノコバターを、ラシャがミカゲの口に入れた。ミカゲの目が陽の光を吸いこんだように輝く。 「メイプルミルクも甘くて美味しいよ。でも熱いから気をつけようね」 手渡された容器から蓋をとり、ミカゲは慎重に吹き冷ましてそっと飲む。 直後、少女の顔に喜びが満ちた。 「甘くておいしいにゃ!」 「体も温まるし、いいね」 青い目を細めるラシャに大きく頷き、ミカゲは山菜の炒め物を頬張る。ラシャもキノコバターをつまんだ。 「ほら、ミカゲちゃん。リスがいるよ」 「どこにゃ?」 「あそこだよ。近づいてくるかな?」 煮詰めたメイプルシロップにアーモンドを混ぜて冷やし固めたヌガーの端を少し割って、ラシャはリスに差し出してみる。 二人の様子を落ち葉の間からうかがっている様子だったリスが、少しずつ近づいてきた。 「リスはヌガー、食べるにゃ?」 「どうだろうね?」 「食べないにゃ!」 ラシャの指先にあるヌガーの欠片を一瞥したものの、リスは受けとらない。しかし離れる様子もなかった。 「おいで」 代わりにラシャがヌガーの欠片を口に入れ、逆の手をリスに差し出す。 渓谷に住まう小さな生き物が、慎重な動きで乗った。 「ご主人! すごいにゃ!」 「あまり騒ぐとびっくりして離れちゃうよ。ミカゲちゃん、手を出して」 慌てて手を拭いたミカゲが、おっかなびっくり両手で器のような形を作って差し出す。ラシャはそこに、そっとリスを移した。 「すごいにゃ……!」 「可愛いね」 ぶんぶんとミカゲが首を上下に振る。 しばらくリスと戯れ、昼食と大まかな片づけを終えた二人は、あたりを散策してみることにした。 「こっちは赤くて、こっちは黄色にゃ!」 「紅葉と、イチョウだよ」 「全然色が違うにゃ! この前にゃーが拾った葉っぱ、緑だったにゃ。同じ葉っぱなのに、不思議だにゃー!」 「秋になると、こうやって色が変わる葉っぱもあるんだよ」 山道から離れた木立の中は、人影がほとんどない。 それでも、はぐれたり木の根につまずいて転んだり、勢い余って幹に激突しないよう、ラシャはミカゲをしっかり見ていた。 「気に入ってくれた?」 「気に入ったにゃ! 栞にしたらきっと綺麗だにゃ!」 色を変えた葉を初めて見るミカゲは、自らの名案に喜び跳ねる。 「そうだね。綺麗な葉っぱを集めて、帰ったら栞にして飾ろう」 目に見える形で思い出が残れば、やはり楽しいだろう。 「いっぱい作って、みんなにあげるのにゃ!」 「招待してくれた人にも贈ろうか」 「屋台のおじさんたちにもあげるにゃ!」 「そうだね。ありがとうの気持ちをこめて、配りに行こうね」 「にゃ! 早速探すにゃ!」 屈んだミカゲは紅葉やイチョウを拾っては、真剣な目つきで審査していく。少しでも破れていたり、濃淡の斑があったりするものは捨て、次の葉を手にとる。 彼女が首を左右に振るたびに、高い位置でひとつに結われた長い黒髪が揺れた。 「これはどうかな?」 「綺麗だにゃ! にゃーも見つけたにゃ!」 「真っ赤で綺麗だね」 得意げに胸を張ったミカゲが、立派な紅葉を片手で持って立ち上がる。 移動しようとした少女は、木の根元の食材らしきものを発見してしまった。 「キノコもあるにゃ! キノコバターを作れるにゃ!」 「あ、キノコはやめておこうね。危ないのもあるから。ほら、あっちも探してみよう?」 駆け出そうとしたミカゲの手を、ラシャが素早く掴む。 きょとんとした幼女は、少し悩んだ末にキノコよりも葉っぱ集めを優先することにした。 「そうだにゃ!」 唐突に、なにかを思い出したように叫んだミカゲが集めた葉に鼻先を寄せる。赤や黄色に染まる葉は、同じ形のものもあれば、異なる形のものもあった。 「こっちは甘酸っぱい? にゃ。こっちは……、甘いにゃ!」 「甘酸っぱい方がモミジ、甘いのはカツラかな」 「イチョウは……よく分からないにゃ」 「実がね、すごいにおいなんだけど」 「探すにゃ!」 「えっ……」 あれはさすがにやめた方が、ととめるより早くミカゲが走り出す。黄色い、鴨の足のような形の葉をつけている木を見つけると、その根元を注意深く探し始めた。 「見つけたにゃ!」 「あー……、うん……」 「くさいにゃ!?」 すんすんと鼻を動かしたミカゲが悲鳴じみた声を上げ、銀杏を投げ捨ててラシャに抱き着いてくる。 またひとつ秋を知った幼女を抱きとめながら、少年は穏やかに笑った。 「葉っぱ集め、再開しようか」 「するにゃ!」
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*** 活躍者 *** |
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[4] ミカゲ・ユウヤ 2018/11/28-23:17
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[3] リチェルカーレ・リモージュ 2018/11/28-21:30
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[2] リコリス・ラディアータ 2018/11/27-00:57
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