~ プロローグ ~ |
「久々の来客だね。さて、お手なみ拝見といこうか」 |
~ 解説 ~ |
【目的】 |
~ ゲームマスターより ~ |
こんにちは。GM・土斑猫です。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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アドリブ〇 ヨナ 自らの力で人々の魂を戻す術が無いのが歯がゆいですね 時間との戦いもありますし何とか琥珀姫の助力を得られれば。 ベルトルドさんも確か…(彼の経歴を思い返し ちらりと見上げると厳しい顔 共有出来ないであろう想いに聊かのもどかしさ 喰人 国の形は端から崩れていき、末端に近い程抵抗の手段が無い 安全の確保されてない場所の人々から犠牲になる 後手しか回れない事に辟易 サクリファイスも洒落た事をしてくれる かぶりを振る 戦闘 出来れば1匹ずつ仕留め 倒せそうな個体へは同士討ち狙い 避けつつ攻撃の方向を逸らせて他の敵にぶつけるなどし それが難しいなら止めを刺していく 呪いに耐える味方へ敵が行かぬよう妨害 敵殲滅のち魔女の元へ |
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■番犬討伐 ルーノ やや後方から味方の援護に回り、敵の位置の常時把握に努める 敵の数に任せた包囲や分断、木等の地形を利用しての不意打ちを警戒 見つけたら味方に加勢し被害を防ぐ 味方体力が半分以下でSH11 ナツキ 味方が対応してない敵、不意打ちを仕掛ける敵を押さえる 数を減らす事を優先、スキルは出し惜しみしない エフド達が狙う同士討ちにもできる限り協力する ■魂縛り 味方に魂縛りが発動したらパートナーの言葉の後押しを期待してSH7使用 自分達がかかったら、呼び掛けて解除を試みる ■琥珀姫 サクリファイスに乖離させられた魂を肉体に戻してもらえるよう頼む 頼み事があるのはこちら側だ、魔女の容姿に関係なく礼儀を忘れず丁寧に接する |
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◆目的 禁忌魔術発動の阻止。 琥珀姫の助力を乞うため 彼女の番犬や呪いを突破 ◆行動 番犬達が元々現地近くに棲息する種なら 道中で姿を見るかも。可能なら特徴を確認 番犬との戦闘になれば魔術真名宣言。 仲間が敵の同士討ちを狙って行動するなら これに協力。他個体を受け持つ リラは後衛から飛行型や物陰からの急襲警戒。 また、向かってくる敵へ符で通常攻撃、勢いを殺ぎ 前衛トウマルが疾風裂空閃。 できるだけトウマルが止めを刺す リラの天恩天賜はHP半分目安で使用するが 回復・解毒スキルは最低各一回分温存したい (目的上、復路も重要なので念のため ◆魂縛り どちらかが支配されそうな事態に陥ったら 弾き返すためもう片方が対処。呼びかけと、物理。 |
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俺はGK6で小さい敵を引き付けて戦い、ラファエラはDE3でより大きい敵を攻撃。 大きい敵がラファエラに攻めてきたら、彼女は回避に専念。 俺は敵と彼女の間に小さい敵をGK1で跳ね飛ばし、同士討ちを狙う。これで呪いを受ける回数を減らせるか? 大きい敵は直接倒すしかない。GK6で俺に注意を向け、ラファエラに攻撃させるのが基本戦術だ。 一人が2回以上呪いを受けないために、誰が敵を倒したかは把握しておこう。既に呪いを受けてる奴には優先的に加勢し、自分がまだ呪われてないなら代わりに仕留める。 琥珀姫には大仕事をしてもらう事になるが、その分教団にあれこれ要求できるだろう。隠居暮らしだって物要りだろう? |
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~ リザルトノベル ~ |
そこは、闇に満ちていた。 闇とは言っても、普通の闇ではない。琥珀。淡々と輝く琥珀色。光ではない。光は必ず、その反位に影を作る。けれど、そこに在るべき影はない。ただ延々と満たす輝き。まさに、琥珀色の闇。その中に、小さな人影があった。ダブダブのローブと体躯に不釣り合いな程に大きなつば広帽。その隙間から覗くのは、少女の様に可愛らしい、白い顔。その顔を綺麗に歪ませ、彼女は呟く。 「さあ、開演だ。楽しい歌劇を、見させておくれ」 亀裂の様なその笑みは、この上もなく無邪気だった。 木々が茂った山中は、昼間でも薄暗い。吐き出す息が、白く染まる。冬のアールプリス。装備をしていても、やはり寒い。悴みは、身体の動きを阻害する。戦いの枷にならなければいいが。降る雪を眺めながら、『ベルトルド・レーヴェ』はそんな事を考えた。 「きゃっ!」 後ろで響いた声。振り向けば、『ヨナ・ミューエ』が膝をついている。 近づき、「大丈夫か?」と声をかける。 「す、すいません……」 慌てて立ち上がるヨナ。動きがぎこちない。小柄な彼女には、深い積雪が応えるらしい。 「掴まれ」 手を差し出す。ヨナが、慌てて首を振った。 「だ、大丈夫です! 一人で歩けます!」 「いいから掴まれ。一歩進む度に転ばれていたら、日が暮れる」 「は、はい……」 正論だと思ったのだろう。今度は、素直に手を取った。 共に歩きながら、ヨナは言う。 「まだ、かかるのでしょうか? 『琥珀の墓』は……」 その問いに、地図を見ながらベルトルドは答える。 「報告が正しければ、もうじきの筈だ。どうした? 疲れたか?」 「いいえ。ただ、時間が惜しい……」 その思いは、ベルトルドも同じだった。 「自らの力で人々の魂を戻す術が無いのが、歯がゆいですね……。時間との戦いもありますし、何とか『琥珀姫』の助力を得られれば……」 ヨナの言葉に答える様に、ベルトルドが言う。 「……国の形は端から崩れていく。末端に近い程、抵抗の手段が無い。安全の確保されてない場所の人々から犠牲になる……」 後手にしか回れない事に、辟易しているのだろう。彼は、大きく溜息をつく。 「全く、サクリファイスも洒落た事をしてくれる……」 かぶりを振るその顔には、苦悩の色が滲み出る。そんな彼の厳しい表情をチラリと見上げ、ヨナは思う。 (ベルトルドさんも、確か……) 共有出来ないであろう想い。それに、聊かのもどかしさを抱いた。 「ぶわ! 冷てぇ!」 背後から聞こえる間の抜けた声に、『ルーノ・クロード』はまた溜息をついた。 「学習しないね。何度転んだら気が済むんだい? ナツキ」 「好きで転んでる訳じゃねぇって! うう、寒ぃ」 身震いしながら立ち上がる、『ナツキ・ヤクト』。何度も転んでいるせいか、顔は霜焼けにでもなった様に真っ赤。 「おい、待てよ。そんな先にズンズン行くなって」 「分かってるだろ? 時間が、惜しい」 「そりゃそうだけどよ……」 素っ気ないルーノに、ブチブチいうナツキ。構ってもらえないのが不満なのだろうか。こういう所は、まんま犬。そんな事を思って、ルーノは苦笑する。と同時に、些か固くなっている自分に気づく。場合が場合故に仕方ないとも言えるが、過ぎた気負いは肝心な所でミスを招く可能性もある。少し、吐き出すか。そう考えたルーノは、久方ぶりに自分からナツキに語りかけた。 「ナツキ」 「お、何だ?」 仏頂面だったナツキの顔が、パアと明るくなる。話しかけられたのが、嬉しいのであろう。何となく、パタパタと振られる尻尾が見えた様な気がした。 「この先、琥珀姫との対話が待っている訳だけど、君はどう思う?」 「どうって?」 小首を傾げるナツキ。 「『番犬』さえ抜ければ、素直に言う事聞いてくれるって聞いたぜ?」 「魔女がすんなり承諾してくれるのは、意外だが助かったよ。それは僥倖と言っていい。ただ……」 ルーノは、思っていた疑問を口にする。 「果たして、本当に『素直』だと思うかい?」 「どう言う事だよ?」 「魔女と言うのは、狡猾かつ論理的だ。何かを成すには、必ず『対価』を求めてくる。この話には、その対価の部分がそっくり抜けているんだ。何か、裏がある様な気がする。もし、対価を求められて、それが尋常でないものだとしたら……」 「はあ? 難しい顔してると思ったら、そんな面倒くせぇ事考えてたの?」 これでもかというくらい、呆れた様な声。思わず、コケそうになった。 「いや、大事だろ? 魔女だよ? 魔女。一筋縄でいく筈ないだろ?」 「大した問題じゃねえよ。もし、その時にグチグチ言うなら、俺がゲンコしてやる」 「ゲンコって」 呆れるルーノに、ナツキは言う。 「余計な事、考えんな。俺達はただ、目の前の事に全力でぶつかりゃいい」 「………」 「大事なのは、魂取られた人達を何とか助ける事だろ? 今はそのためだけに、ガンガン行くだけ。余計な荷物は、背負うな」 全く。単純ここに極まれりだな。そんな事を思った時、ルーノは自分の心が軽くなっている事に気付いた。その生い立ち故に、彼は計算高く物事を考える事が出来る。しかし、それは転じて言えば物事を深く考えすぎると言う事も意味する。それ故の、思考の袋小路。そんな壁にぶつかった時、この相棒はいとも容易くそれを蹴壊してくれる。 全く、敵わないね。期待して話しかけた事とは言え、毎度毎度感心させられる。 「ん? どうした? 何か、可笑しかったか?」 言われて気づく。いつしか、ルーノは笑っていた。先の様な、苦笑いではない。本当の意味での、純粋な笑顔。心は晴れた。これでまた、歩を進められる。さて。礼を言うべきか。素直に言うのも何だか癪だし、ついでに釘でも刺しておこう。 「全く。その猪突猛進な所は、君の長所でもあるけどね。ただ、あまり暴走しないでおくれよ。頼み事があるのは、こちら側だ。魔女の容姿に関係なく礼儀を忘れず丁寧に接する。忘れないでくれ」 「心配すんな。分かってるって」 「誰も贄になる事など望んではいないはず。必ず、止めなければ」 「ああ」 そして、二人は拳を打ち合う。打ち合おうとして、ナツキの姿が消えた。 足元で、雪に埋まる相棒に訊く。 「……手でも、つなぐかい? 前の、二人みたいに」 「いや……。いい……」 雪にくぐもる声で、ナツキは言った。 「ケケケケケッ!」 「うるせぇ」 けたたましい鳴き声と共に飛びかかってきた『それ』を、『トウマル・ウツギ』は鬱陶しそうに打ち払った。 雄鶏の上半身に爬虫類の下半身を付けた様な生き物は、叩き落とされると慌てて逃げに回った。 前方から、ヨナの「大丈夫ですか?」と言う声が聞こえる。手を上げて「大事ねぇ」と答えると、トウマルは逃げていく生き物に視線を戻す。 「何だ? ありゃあ?」 「『コカトリス』ですね。この辺りが、縄張りだったんでしょう」 生き物の様子を注意深く見ていたトウマルに、相方の『グラナーダ・リラ』は言った。 「原生生物か? じゃあ、『番犬』の中にいるかもしれねぇな」 「可能性はありますね。今はこっちの数が多かったので引きましたが、時に人を襲う事もある輩です。数で来られたら、厄介ですよ」 「そうか。覚えとくぜ」 そう言うと、再び歩みだすトウマル。その後につきながら、グラナーダは思い出した様に問う。 「そう言えば、トーマ。番犬の事ですが……」 「ん? 何だよ?」 「本気ですか? 止めは全て自分が請け負うと言うのは」 「ああ」 何でもない事の様に答える相方に、グラナーダは少しだけ困った様な顔をする。 「トーマが止めを刺すなら、呪いがかかりますが」 「そうだな」 これまた、何でもない事の様に答える。 ますます困った顔をする、グラナーダ。一応、訊いてみる。 「魂縛りへの具体的な対抗策は?」 「名前、呼べ」 「トーマの名を、ですか?」 「俺の事そう呼ぶの、グラしかいないからな」 「はあ……」 これは、当てにされているのだろうか。されているんだろうな、と思う。あまり深入りしない関係を保つ仲でいようと決めてはいるが、これだけ長く付き合っているとそうもいかないらしい。まあ、期待されてるのを無碍にする気も理由もない。しっかり、答えるとしよう。 そこまで考えて、ハタと思い当たる。 「トーマ。一応聞いておきたいんですが……」 「何だ?」 「……私が呪われた場合は?」 「いつも通り、殴る蹴るの暴行コースでいいか?」 何かとんでもない事実を、さらりと言った。 「待ってください! 貴方毎朝そんな事を!?」 「さあ?」 明後日の方向を向きながら、とぼけるトウマル。 「とにかく。呼べよちゃんと。俺の事」 向こうを向いたその顔が、不敵に微笑んでいる様に見えたのは気のせいだろうか。 「向こうは随分賑やかだな。雪崩でも起きなきゃいいが」 前から聞こえてくる声に、些か呆れた様な声で『エフド・ジャーファル』は言った。言ったはいいが、反応が返ってこない。別に何かしらの反応を期待した訳ではないが、漂ってくる空気が重い。何かと思って後ろを見ると、ついてくる相方が何か妙に真剣な顔をしている。いや、真剣なのはいいのだが、何というか思いつめた様な顔をしている。 不審に思い、声をかける。 「どうした? ラファエラ。何か不具合でもあったか?」 その言葉に、『ラファエラ・デル・セニオ』は俯き加減だった顔を上げた。表情がきつめなのはいつもの事だが、今日はいつにも増して険がある。 「別に……。何でもないわ……」 暗い、けれど棘のある口調。明らかに、何かが彼女の心を逆なでている。 これから先には、戦いが待っている。それも、単純な戦闘ではない。得体の知れない呪いとの戦いだ。冷静な状態でなければ、足元をすくわれる。思う事があるのなら、今の内に吐き出させておいた方がいい。エフドは、そう判断した。 「そんな顔をしておいて、何もない事はないだろう。言ってみろ。何か不満でもあるのか?」 「何でもないったら!」 「腹に溜めてるモノがあると、いざと言う時にヘマをするぞ。足でまといになられると困るんでな」 正論を言われ、ますます不機嫌そうな顔をするラファエラ。彼女とて、素人ではない。そんな事は、重々承知している。渋々と言った感じで、ラファエラは口を開いた。 「……気配がするのよ……」 「うん?」 「この辺り、気配がするわ。魔女の気配が」 『魔女』。その言葉が出た時、エフドは彼女の不審の理由を悟った。 「お前、まだあの事を……」 「忘れられる筈ないでしょう!」 話は、少し前に遡る。 ある作戦において、彼らは『アクイの魔女』という存在と対峙した。作戦自体は目的を達したが、その内容は惨敗に等しいものだった。魔女の掌で良い様に転がされ、挙句、その慈悲に救われる形で命を拾った。以来、ラファエラはかの魔女を必ず殺すと決めている。 「……これからもまだまだ一緒にやってく以上は、いい加減口に出して言うべきね」 鬼気迫る目が、エフドを見上げる。 「アクイの魔女だけは、絶対殺す」 孕む憎悪を隠す事もなく、彼女は言う。 「あんな負け方で、終わりにしたくないでしょう? あれは私だけじゃなくて、あなたの敗北でもあるんだから!」 「………」 エフドは、何も言わない。ただ黙って、相方の言葉に耳を傾ける。 「思えば琥珀姫も、見た目子供で厭味ったらしい婆さんなのよね。公的にも個人的にも、負けられないわ!」 一気にまくし立てて、大きく息をつくラファエラ。そんな彼女に、エフドはようやく言葉を返す。 「……今度の任務は、魔女を殺す事じゃない。履き違えるなよ」 「そんな事……」 「分かっているなら、切り替えろ。その調子じゃあ、肝心な所でヘマをしかねん」 あくまで淡々とした調子で言うエフドに、ラファエラは噛み付く。 「あなた、悔しくないの!? あの魔女は……」 「……今回テロを食らった地域は、お袋が住んでる所に近い」 投げつけようとした激高を、そんな言葉が遮った。 「ベリアルが大量発生すれば、お袋が危険だ。あの人がもっとマシなとこで暮らしてけるようになるまでは、死ねん」 エフドの唯一の肉親である母。彼女がスラムの周辺で暮らしている事は、聞いた事がある。たった一人の肉親に対する思い。それに比べれば、確かにラファエラの独りよがりな憎しみなど些細な事だろう。その位の事は、今の彼女にも分かる。反する言葉もなく、黙るラファエラ。そんな彼女を見て溜息をつくと、エフドはまた前を向いた。 「もうじき、琥珀の墓につく。魔女の呪いは厄介だ。どちらかが囚われたら、無事な方が呼びかける。取り決め通りでいくぞ」 「……分かってるわ」 そして、二人はまた進み出す。 「琥珀姫には大仕事をしてもらう事になるが、その分教団にあれこれ要求できるだろう。隠居暮らしだって物要りだろうしな」 その言葉に、ラファエラはつまらなそうにそっぽを向いた。 「む……」 先頭を歩いていたベルトルドが、足を止めた。 「どうしました?」 地図を見つめる彼に向かって、ヨナが問う。 「情報によると、ここが琥珀の墓らしいが……」 そう言って、もう一度前を見る。 そこに広がるのは、ただの雪景色。変わった所もない。せいぜい、同じ大きさの木が二本、対照的に生えているくらい。 「何だ何だ?」 「どうした?」 後続の皆が到着する中で、グラナーダが前に出る。 「ちょっと、失礼」 そう言って、並び立つ木の間に手を伸ばす。途端、その空間が水面の様に揺らいだ。 「え?」 「何だ? こりゃあ?」 手を引きながら、グラナーダが言う。 「境界線ですね。この向こうに……」 「琥珀の墓があると言う訳か……」 ルーノの言葉に、頷くグラナーダ。彼が、皆に問う。 「皆さん、準備はいいですか?」 「何を今更」 「言われるまでもないわ」 不敵な表情を浮かべる皆を見て、グラナーダはもう一度頷く。 「では、行きましょう」 そして、浄化師達はかの場所へと踏み出した。 通り過ぎる時間は、一瞬だった。 水中に飛び込む様な違和感。そして、 「わぁ……」 目の前に広がった光景に、ヨナが思わず声を上げた。 そこは、異様の輝きに包まれた世界。木々は全て石化し、琥珀に染められている。木の体内から滲み出たそれは地面にまで溢れ、覆い尽くしている。射し込む陽光が木々や地面に散らされて、キラリキラリと閃いていた。 「高尚なのか悪趣味なのか、分からん意匠だな」 「全くだ」 エフドの言葉に頷きながら、ベルトルドが足先で地面を叩く。拳闘術使いの彼。慣れない感触の地面が気になるのかもしれない。 「すげぇな。琥珀が木を包んでるのか!」 いかにも興味津々と言った様子で辺りを見回していたナツキ。ふと我に返って叫ぶ。 「って見とれてる場合じゃない! 早く琥珀姫に会わねぇと……贄なんて冗談じゃないぜ!」 「だな。スラムにゃ別に思い入れがある訳じゃないが、本人の意思なくこんな目に遭わせるとか……」 ナツキに応じる様に言うトウマル。いつも気怠げな目に、剣呑な光が灯る。そして、 「気に食わねぇよなあ!」 突然、トウマルが刀を抜き放つ。 「疾っ!」 疾風裂空閃。 空を裂いて飛んだ斬撃が、木の陰から飛びかかってきた影を叩き落とした。 「よく、気づきましたね」 「お前の視線が動いたからな。そのくらいの判断は出来る」 感心した様なグラナーダの言葉に頷きながら、トウマルは落とした相手を見る。 「ビンゴ。コカトリスだぜ。でも、何か様子が違うな」 確かに、地面でもがいているのはコカトリス。ただ、その全身は揺らめく琥珀色の焔の様なモノで覆われていた。 それを見た、グラナーダが言う。 「これが、魂縛りでしょうね。殺せば、この焔が乗り移って……」 「新しい番犬の出来上がりって訳か……って、うお!?」 驚くトウマル。 深手を負ったコカトリス。それが突然跳ね上がり、再び襲いかかってきた。 「何だ、こいつ! もう動けねぇ筈だぞ?」 距離をとる、トウマル。それを見た、ルーノが呻いた。 「まさか、『死ぬ』まで攻撃を続ける様に支配されているのでは……」 「何?」 「そんなのありか?」 「ちょっと!」 驚く皆を追い詰める様に、ラファエラが叫んだ。 見れば、木々の間から新たな影がゆっくりと姿を現してきていた。 コカトリスが二体。そして、その後ろからより巨大な獣が二体、歩み出る。体長は3m程。全身を、鱗に覆われた獅子の様な外見をしている。 「あれは、何だ?」 「『ベヒモス』かと思います。まさか、こんな所で……」 ゆっくりと迫ってくるベヒモスから間合いを取る様に動きながら、ベルトルドの問いにヨナが答える。 「そんな事、どうでもいいわ。殺す事も止める事も出来ないなら、どうするの?」 ラファエラの言葉は、皆の思い。対抗策が見つからないまま、ジリジリと後退する。 「しようがねぇ。やっぱり、殺るしかねぇか」 「だな」 刃を抜く、トウマルとナツキ。 「やむを得ないか」 彼らに続き、ベルトルドも拳を鳴らす。 「おい、ナツキ!」 「ベルトルドさん!」 慌てるルーノとヨナ。その横で、グラナーダが背後の空間を探って言う。 「境界が見つかりません。どうやら、入る事は出来ても出る事は出来ない様ですね」 その言葉に、前線に立つ3人は苦笑する。 「は、行きは良い良い帰りは怖い、か」 「元より、退却などありはしない!」 「ルーノ! 後は頼んだぜ!」 そして、番犬達に向かって走り出そうとする3人。しかし――、 「待て!」 その背を、エフドが引き止める。 「何だよ? おっさん」 番犬達に刀をむけながら、トウマルが問う。 「奴らを倒しても、お前らが成り代わったら同じ事だ。それよりも、一案がある」 「本当ですか? エフドさん!」 「それは僥倖。で、その案とは?」 問うヨナ達に、エフドは言う。 それは、番犬同士での相討ちを促す事。魂縛りは宿主を殺したものに対して、発動する。ならば、止めを同じ番犬に刺させればいい。そうすれば、自分達が魂縛りの標的になる事はない筈だった。 「道理は通ってるな。手法は?」 「俺とラファエラが担う。お前達は、サポートを頼む」 「分かった」 意思の疎通はなった。皆は、改めて番犬達に向き直る。そこでは、5体の番犬が焦れた様に唸り声を上げていた。 その様子に、ラファエラが首を傾げる。 「あいつら、何で今の内に襲って来なかったのかしら?」 「多分、お客様が歓談してる間は静かにする様に躾けられているんだろう。『番犬』とは、よく言ったもんだ」 そんなエフドの言葉に、心が疼く。この、人を食った様なやり口。それはまるで、あの日の『彼女』の様で―― (魔女め) 胸の内で、ラファエラはそう毒づいた。 「では、行かせてもらう」 言葉と共に、ベルトルドが疾走する。狙いは、ベヒモス1体。獣は雄叫びを上げると、地を蹴ってベルトルドに襲いかかる。 「させません!」 一瞬早く、ヨナが魔方陣を展開。生み出した光球をベヒモスの鼻先にぶつける。怯む懐に潜り込むベルトルド。右足を軸に身体を捻り、捻り込む様に拳を突き上げる。 制裁、発動。 強化された拳撃を腹に食らったベヒモスが、胃液を散らしながら宙に舞った。 「よし。支障はないか」 琥珀の地面と自分の功夫の相性が悪くない事を確かめ、ベルトルドは再び地を蹴った。 トウマルとグラナーダは、コカトリスを相手にしていた。既に魔術真名は宣言済み。力が満ちるのを感じながら、蛇鶏の群れと向き合う。 「何だ、こいつら? さっきみたいに来ねぇのか?」 「警戒しているんでしょうね。知恵がついているのか、それとも何処からか魔女が操作してるのか。どちらにせよ厄介な事です」 「面倒くせぇ! こっちからいくぞ!」 グラナーダは後衛。トウマルは前衛。突っ込むトウマル。そんな彼を囲い込む様に散開したコカトリスが、三方から飛びかかる。それを、グラナーダが飛ばした符で勢いを殺ぐ。すかさず、疾風裂空閃。吹き飛ばされる、1体のコカトリス。その行方を目で追い、グラナーダが頷く。 「上手く届いた様です」 「じゃあ、残りを畳むぜ!」 「無謀な事は、しないでくださいよ?」 「知るか。 取り敢えず、飛んでくる奴や物陰からの急襲は警戒しとけよ」 「はいはい」 そして、トウマルは次の獲物へと目を向けた。 「作戦は順調な様だね。後は、相討ちが上手く機能するかどうか……」 やや後方から援護に回り、敵の動向を見つめていたルーノ。彼が口にした言葉に、ナツキが剣を構えながら笑む。 「そうか! じゃあ俺達はこいつを押さえりゃいい訳だな!」 「そう言う事だね。出し惜しみしてもしようがない。アライブスキルはバンバン使っていくよ」 「ああ、サポート頼むぜ」 そんな彼らの前には、唸りを上げる二匹目のベヒモス。生気のない瞳を見て、ナツキは言う。 「やっぱ、操られてんだな。恨みはねぇが、こっちも余裕がねぇ。勘弁してくれよ!」 裁きⅡにより十分に高まった膂力で、突っ込むナツキ。 ベヒモスが牙を剥き、突進する。 「……本当に、上手くいくと良いんだが……」 激突する両者の後ろで、ルーノは小さく呟いた。 「随分、大きなプレゼントを送ってくれたわね」 目の前に落ちてきたベヒモスを見て、ラファエラは剣呑な笑みを浮かべた。 「ちょうどいいわ! 気分がクサクサしてたのよ! 憂さ晴らしの相手、してもらうわよ!」 そう言って弓を構えると、起き上がるベヒモスに矢を向ける。 「チェインショット!」 瞬間、連続して叩き込まれる矢。ベヒモスは苦痛の声を上げると、怒りのこもった目でラファエラを見る。 「あら? 怒った? なら、ついてきなさい!」 挑発すると、背を向けて走り出す。怒声を一声上げると、ベヒモスはその後を追った。 同じ頃、エフドは同様に飛ばされてきたコカトリスと対峙していた。 「どうした? ほら、こっちに来い」 低く響く呻きを身にまといながら、囁く。 亡者ノ呼ビ声。生者を誘う死者の声に囚われ、コカトリスはエフドに向かって走ってくる。その時、 「連れてきたわよ!」 見れば、これまた走ってくるラファエラ。その後を、地響きを立ててベヒモスが追ってくる。薄笑みを浮かべると、エフドは盾を構えて、コカトリスに叩きつけた。 「シールドタックル!」 弾き飛ばされたコカトリスが、クルクルと宙を舞う。落ち行く先は、ラファエラの後ろ。ベヒモスの、すぐ前。そして―― 響く断末魔。巨体に踏み潰された、コカトリス。口から血反吐を吐いて、動かなくなる。 注視する、エフドとラファエラ。息絶えたコカトリスから、琥珀の焔が離れていく。浮かび上がった、それ。しばし彷徨うと、満ちる輝きに溶ける様に消えていった。 見回す。異常を来たした者は、いない。 「いける様だな」 「みたいね」 エフドとラファエラは、頷きあった。 「どうやら、上手くいった様ですね」 エフド達の様子を見ていたグラナーダが、言う。 「そりゃ、重畳。なら、このまま……ん?」 トウマルが怪訝そうな顔をする。 相手にしていたコカトリスの1体が、遠ざかっていく。 (何だ? あいつ) 不審に思ったものの、残り1体の攻撃をさばくのに忙しい。戦線を離脱すると言うのなら、手間が減るまで。 そう考えたトウマルは、目の前の相手に意識を向けた。 「どうしたのよ? 傀儡のくせに、怖気づいたの?」 ラファエラは、大人しくなったベヒモスに焦れた様に声をかけた。 「様子がおかしいな。亡者ノ呼ビ声にも反応しない。何か、別の力に縛られているのかもしれない」 エフドの言葉に、ラファエラが言う。 「別の力?」 「決まっている。『お姫様』さ」 「!」 途端、ラファエラの表情が険しさを増す。 「琥珀姫……」 視線をキッとベヒモスに向ける。獣は、動かない。その身から立ち上る、琥珀色の揺らぎ。それが自分を嘲笑う、魔女のシルエットの様に見えた。 「仕方ない。こいつは放っておいて皆の加勢に行くぞ」 「え? どうして?」 背を向けるエフドに、ラファエラは不満げな声を投げつける。 「相手が、何を企んでいるか分からん。迂闊に手を出せない以上、こだわっても時間の無駄だ」 「でも……」 「行くぞ。時間が惜しい」 反論する術はない。舌打ちをすると、ラファエラはエフドの後を追おうとした。その時、 「随分と、ご機嫌ななめだね」 奇妙な、声が響いた。 下を見ると、1体のコカトリスがいた。嘴をパクパクさせて、ソレは言う。 「さて、君は何と戦っているのかな?この子達?わたし?それとも――」 琥珀に輝く瞳が、ニタリと笑む。 「可哀想な、『あの娘』?」 それは、明確な対象を指さない代名詞。けれど、イメージは明確に引きずり出された。 アイボリーの髪。赤い頭巾。真っ白いドレス、そして、幼い娘の顔。 「ビンゴかい? でもね、それは八つ当たりと言うものだよ」 姿が見える。話す蛇鶏の後ろに。その姿が。 「君は、罪を憎んでいる。だけど、『その』罪じゃない」 手が、震える。震える手が、矢に伸びる。知らず知らずの、うちに。 「君が他者を憎むのは、あくまで代償行為でしかない。分かるかい? 分かるだろう? それを自覚しない程、君は愚かではないのだから? ああ、違うかな? 愚かだから、解き放つ事が出来ないのかな? その、滑稽な憎しみを」 やめろ。言うな。それ以上、言うな。 「辛いだろう? 苦しいだろう? なら、代わりに解き放ってあげようか。その憎しみの、本当の有り様を」 やめろ! やめろ! やめろ! 「そう。君が真に『望む』罪は――」 「やめろー!」 突然の絶叫に振り向いたエフドが見たものは、今まさにコカトリスに矢を放たんとするラファエラの姿。 静止の声と、矢がコカトリスを射抜くのは同時。 倒れるコカトリスの身体から、ユラリと伸びる焔。それが、一瞬でラファエラに絡みつく。 「うあ……あぁああああ!」 悲鳴を上げて、膝をつくラファエラ。彼女の元に駆けつけた、エフド。肩を掴み、揺さぶる。 「ラファエラ! 気をしっかり持て! 許すな! 弾き返せ!」 必死に呼びかけるその声は、虚ろとなった意識を虚しく通り過ぎていく。それでも彼女を信じ、エフドは声を張り上げる。しかし―― 「ラフ……!」 その声が、途絶えた。ラファエラが握った矢が、彼の脇腹を貫いていた。 急に響いた仲間の悲鳴に、皆がその方向を見る。 そこにあったのは、腹に矢を突き立てて倒れるエフド。そしてそれを見下ろす、ラファエラの姿。 「エフドさん! ラファエラさん!」 その有様を見たヨナが、叫ぶ。思わず駆け寄ろうとした彼女に、襲いかかる巨体。それは、今まで動きを停止していたベヒモス。同胞と化したラファエラには目もくれず、ヨナを次の標的に選ぶ。ラファエラ達に気を取られていた彼女。成す術もなく、立ち尽くす。そんなヨナを噛み抉ろうと、ベヒモスが牙を向いたその瞬間、 「ヨナ!」 黒い疾風が、その間に割り込んだ。 気合の声と共に、拳が獣の牙を弾く。たたらを踏むベヒモスの前で、構えを取ったベルトルドが息を吐いた。 「ベルトルドさん!」 「ラファエラ……奪われたのか?」 向こうの仲間の姿に、ベルトルドは怒りで牙を剥く。 「許さん!」 裁きⅡ、発動。力を漲らせた拳を、ベヒモスに連続で打ち込んでいく。 「これ以上、奪わせはしない!」 (怒ってる……ベルトルドさんが……) 彼の心にヨナが痛みを感じたその時、ベルトルドの死角から飛びかかる影が見えた。 「コカトリス!」 咄嗟に放つ、エアースラスト。コカトリスの首が、跳ね上がる。瞬間、琥珀一色に染まる世界。 「ヨナ!」 遠くで聞こえる、声。足手まといになる訳には……。遠ざかる意識。そして、全てが暗転した。 「くそったれ! やられた!」 琥珀の焔に包まれ、崩れ落ちるヨナ。それを見たトウマルが、歯噛みをした。 「油断しましたね。まさか、己の死まで戦略的に使ってくるとは……」 苦々しげに呻く、グラナーダ。そんな彼に、ヨナの横を抜けて走ってくるベヒモスを見たトウマルが言う。 「グラ。俺は、あいつを殺る」 「トーマ?」 刀の切っ先を、ベヒモスに向けるトウマル。その瞳は、決意の色に輝いていた。 「こいつぁ、俺の油断が招いた事だ。けじめを付けなきゃ、夢見が悪ぃ。せめても、『あいつら』が相棒に集中出来る様に、敵を減らす」 「………」 「ちゃんと呼べよ。俺の名前」 沈黙するグラナーダに念押しすると、トウマルは走り出す。 そして、真紅と琥珀の華が咲いた。 「まずい! 崩され始めた!」 「くそ! 切っても切っても、立ち上がって来やがる! まるで、ベリアルとやってるみたいだ!」 戦況を見ていたルーノの言葉に、2体目のベヒモスと戦うナツキが呻く。しかし、一瞬考えるとすぐに言葉を発した。 「ルーノ! 皆の所へ行ってくれ!」 「ナツキ?」 驚くルーノに、ナツキは言う。 「皆、相棒を引き戻すために戦う筈だ! お前の力が、後押しになるかもしれない!」 「しかし……」 「頼む! 俺を信じろ!」 相棒の瞳に、強い意思を見たルーノ。「分かった」と言い、皆の所へと走り出す。その背を見送ると、ナツキはありったけの声で吠えた。 「さあ、来やがれ! むざむざ飲まれはしねぇぞ!」 対峙するベヒモス。琥珀の焔に包まれたその顔が、ニヤリと笑んだ様な気がした。 後ろから聞こえた相棒の声に、ルーノは彼の覚悟を知る。噛み締める唇。それでも、戻る事はしない。それが、信じると言う事だから。 皆から等間隔の場所にたどり着くと、ルーノは手にした杖に念を込める。 「浄化結界!」 広がる、陽気の輝き。それが、琥珀色の闇に包まれた世界を優しく照らした。 「ガハッ!」 胸に光球の一撃を受け、ベルトルドは息を吐いて後退した。 「あいつ……」 彼の前には、琥珀の焔に包まれたヨナが光のない眼差しで立っている。その手に掲げられた黄昏の魔導書が、静かに輝く。魔術攻撃の兆し。歯噛みしたその時―― 輝く波動が、彼らの周囲を包んだ。一瞬、ヨナの身体が揺らぐ。見れば、離れた所で杖を掲げるルーノの姿。 「浄化結界か!」 理解するのに、時間はいらない。 「すまない! 後は、俺が何とか抑える!」 そして、呼びかける。 「おい、ヨナ!」 しかし、反応はない。ヨナの前に、再び浮かぶ魔方陣。 駄目だ。声が届かない。理性の箍が外れているのか。容赦が、ない。呪いの非情さに苦笑する。 一度息を吸い、身を屈める。その姿勢のまま、疾走。 ヨナが、幾つもの光球を乱れ飛ばす。それを掻い潜り、距離を詰める。拳を一閃。魔導書を弾き飛ばす。瞬間、熱い痛みが肩を襲う。見れば、ヨナの手には護身用のナイフ。切りかかってくる、彼女。避ける暇はない。片腕を盾にして、受け止める。消えた距離。無事な方の腕を伸ばし、華奢な身体を抱き留める。互いの呼吸が交わる程に顔を寄せ、もう一度。 「ヨナ!」 瞬間、虚ろだった彼女の瞳に光が揺れた。 「浄化結界ですか。如何程の効果が望めるかは分かりませんが、有難い事です」 自分達を包む力を感じながら、グラナーダは前を見る。そこには、琥珀の焔に抱かれ、刀を構えるトウマルの姿。 「全く。いつも、面倒事を押し付けて。いい加減ウンザリですよ。トーマ」 「………」 「本当に、深入りしない様にと勤めているのに。結局こうなってしまうのは、何故なんでしょうね。トーマ」 「………」 「一度、じっくり話し合う必要があると思いますよ。私達は。なのに、勝手に行かれては困るんですよ。トーマ」 「………」 唐突に、トウマルが走り出す。突き出す刃。彼の、喉笛を狙って。けれど、グラナーダは動かない。 「聞こえてますよね。聞こえているんでしょう。トーマ」 真っ直ぐに伸びてくる刃。首だけを、動かしてかわす。首筋に走る赤い線。 「だから……」 上がる手。トウマルの手首を掴む。そして―― 「帰って来なさい!『トーマ』!」 トウマルの中で、何かが弾けた。 「ぐ……む……」 霞む視界の中に、琥珀に染まる彼女の顔が見えた。 彼女は自分に馬乗りになり、矢を持った手を掲げている。止めを、刺すつもりなのだろう。 まだ、死ねないんだがな……。そんな事を思う彼の頬に、温かい雫が落ちた。視線を上げる。それを見て、彼は問うた。 「何で、泣いてるんだ……?」 彼女の動きが止まった。色を失った瞳が、微かに揺れる。 「おい……。泣くな……。泣いてたって……」 自然に、手が上がった。彼女の涙を、拭う。そして、一言。 「――――。」 気づくと、彼女はまだ泣いていた。手から矢を落とし、彼の胸に顔を埋めて。 身を覆っていた琥珀の焔は、消えていた。 エフドはもう一度手を伸ばし、震えるラファエラの背をポンポンと叩いた。 「皆、戻ってきたよ」 ルーノが言う。倒れたベヒモスの傍らに立つ、相棒に向かって。 その身体には、琥珀の焔がまとわりついている。その蠱惑に必死に抗う様に、彼は身体を掻き抱き、唸り声を上げていた。 「皆、打ち勝った。君だけが、負ける筈ないよね」 一歩、近づく。 彼の両手が、力なく下がる。 「簡単に、身体を明け渡すつもりか?」 近づく。もう一歩。 下がった手が、傍らに突き刺さっていた剣を掴む。 「私の相棒は、そんなに弱くはないはずだよ」 構わず、もう一歩。 持ち上がる、剣。そして―― 「打ち勝て! ナツキ!」 叫ぶと同時に、真っ赤な血飛沫が散った。 「私……私……何て事を……」 気がついたのは、彼の腕の中。荒い呼吸と、手に残る肉を切る感触。それが、自分のした事を如実に物語る。 「ようやく、お目覚めの様だな」 余裕気に言うベルトルド。けれど、流れる脂汗のせいで、痩せ我慢なのは見え見えだった。 「ごめんなさい……ごめんなさい……」 震える手で、止血をするヨナ。言うべき事は多々あるのに、形にする事が出来ない。そんな彼女の背を叩きながら、ベルトルドは言う。 「気にするな。それよりも、今は指令を……」 彼の思いを知り、ヨナは涙を拭って頷いた。 「やれやれ。毎度、手間をかけさせてくれますよ。貴方と言う人は」 地面に大の字になったトウマルに、グラナーダは軽く嫌味を言う。 「うるせぇ……」 返す言葉もない。しようがないので、鬱陶しそうに手を振る。 「俺は、どうって事ねぇ。他の奴らの所に、行ってやれ。ヤバイのが、いるんだろ?」 「言われなくても、行きますよ。大人しくしていて下さいね。言いたい事は、まだあるんですから」 そう言って、背を向けるグラナーダ。その背に、ボソリと呟く。 「グラ……」 「何ですか?」 「呼んだな……。名前……」 「私しか、いないんでしょう?」 「おう……」 遠ざかっていく相棒に向かって、トウマルは微かに笑いかけた。 「あ~、痛ってぇ!」 「相変わらず、無茶をするね」 自分で傷つけた腕を止血するナツキに天恩天賜Ⅱを施しながら、ルーノは呆れた様に言った。 「けど、目は覚めた! 仕方ねぇだろ! 多少無茶でも!」 「はいはい」 そう言うと、ルーノは立ち上がる。 「では、行ってくるよ。他の皆が待ってる」 「ああ。ルーノ」 「何だい?」 「ありがとな」 その言葉に少しだけ微笑むと、ルーノは他のメンバーの元へと走った。 「……大丈夫……? おじさん……」 「ああ、何とかな……」 きつく縛った腹の傷を確かめながら、エフドはラファエラに答えた。 「頑張って……。今、ルーノとグラナーダが来てくれるから……」 「心配するな……。言っただろ?俺は、まだ死ねん……」 「でも……でも……、私が、私は……」 何かを言おうとするラファエラ。その手を、エフドの手が包む。 「気にするな……」 「!」 「あれは、お前に気をやれなかった俺のミスだ。お前が気に病む必要はない……」 見れば、少し疲れた様な顔がラファエラを見つめていた。 「俺達は、まだ未熟だ……。お互いの、真の心さえ知れん……。だが、いつかは……」 「おじさん……」 「その時まで、待とう……。無理に入らず、入り込まず……。それが、俺達だからな……」 「………」 頷くラファエラ。握り締めた大きな手は、とても温かかった。 「どうやら、一段落ついた様ですね」 「すまない。手間をかけた」 グラナーダとルーノの天恩天賜によって回復した皆が、立ち上がる。 「時間を食った。急ごう」 ベルトルドの言葉に、ヨナ達が頷く。 「そうです。早く、琥珀姫に会わなくては」 「会ったら、説得もしなけりゃいけないしね。時間が、厳しいな」 「あ、姫様への事情説明は頼む。俺は、ストレートにお願いしますしか言えねぇぞ」 「とにかく、行こう。姫に会わない事には始まらない」 そう言い合い、歩を進めようとしたその時、 「それには、及ばないよ」 突然に響く声。同時に、地面がグラグラと揺れた。 「な、何だ?」 「地震か?」 戸惑う皆の前で、バキバキと音を立てて木々が倒れた。 「うお!」 「こ、こいつは!」 現れたのは、身の丈5m程もある巨人。琥珀の焔に包まれた身体を揺らし、ズシリズシリと歩いてくる。 「ここに来て、とんでもねえのが出やがった!」 「これも、番犬?」 慌てて距離を取る皆を追う様に、巨人は尚も近づいてくる。 「やるしかないか!」 「だな!」 覚悟を決めた様に、ベルトルドやナツキが武器を構える。しかし―― 「そんなに怯えなくてもいいよ」 再び響く声。上を見上げると、巨人の肩にチョコンと座る小さな影。巨人が肩に手をやると、影はその掌に乗り移る。腰を屈める巨人。地に下ろされた手から、『彼女』はチョンと飛び降りた。 「『ビルドギース』は初めてだろう。後学のために、じっくり見ておおき」 ブカブカのローブを引きずりながら歩いてくる彼女は、不釣り合いに大きなつば広帽の下で小悪魔の様な笑みを浮かべた。 「え、あの……あなたは……?」 問うヨナに、彼女は小馬鹿にした様な声音で言う。 「時間がないんだろ? 無意味な質問は不要さ。わたしは、君達が求めていたモノだ」 「それじゃあ……!」 「そう。琥珀姫さ」 そう言って、少女の姿をした魔女はケタケタと嗤った。 「それでは、私達の頼みはすでに承知済みだと?」 「言ったよ。この琥珀の墓自体がわたしの意識領域だ。ここに入った者の心は、全て掌握出来る。」 グラナーダの言葉に、何でもない事の様に言う。そこに敵意はおろか、欠片ほどの警戒もない。 「害意がない事を、知っていたんですか?」 「それなら、何故この様な真似を?」 非難めいた声でヨナとルーノが詰め寄るが、小さな魔女は悪びれもしない。 「それが、対価だからさ」 「対価?」 「そう。願いの代わりに、それに値する歌劇を舞ってもらう。それが、わたしの求める対価。魔女は狡猾かつ論理的。何かを成すには、必ず対価を。正しく、君の言う通りだよ。ルーノ君」 そして、魔女はまたケタケタと嗤う。絶句する皆。その顔を面白そうに眺めると、琥珀姫はフワリと浮かび上がった。 「お、おい!」 「何処に行く気だ?」 慌てて声がける皆を睥睨し、琥珀姫は言う。 「決まっているだろう?君達の、願いの場さ」 「じゃあ、やってくれんのか?」 ナツキの問いに、小さな魔女は頷く。 「君達の劇は、まあまあ見事だった。ルールは守る。君達は一休みしてから、ゆるゆると帰り給え」 と、その琥珀の瞳がピタリと止まる。何故なら、その視線の先に”彼女”の姿を捉えたから。 (さて) 琥珀姫は考える。 (この先、君がどの様な生き方を選ぶのか。興味深いが、流石にそこまでは管轄外だ) 未だ消しきれない、敵意と憎悪。それを抱いた視線を、心地よく思いながら。 (その憎しみの果てが見えたなら、いつでも来たまえ。歓迎しよう。もっとも……) 白い顔に、ひび割れる様な笑みが広がる。 (対価は、いただくがね) そして、魔女の姿は消えた。鈴音の様に響く、笑い声だけを残して。 見送ったビルドギースが、ゆっくりと踵を返す。琥珀の輝きの中に帰っていく巨体。それが、全ての終わりを告げる。脱力した様に崩れ落ちる、浄化師達。その中で、彼女だけは立ち尽くしたまま、かの魔女が消えた空間を見つめていた。 いつまでも。いつまでも。見つめていた。 その日、スラム街に雨が振った。誰も見た事がない、琥珀色の雨が。 雨が止んだ時、スラムの住人達は一斉に目覚めた。まるで、悪い夢から逃れる様に。 待ち受けていた浄化師達によって、避難は瞬く間に終わった。 時限設置されたサクリファイス・タナトスが発動したのは、それから一時間後。 虚しく回る朱光の中で、琥珀の水滴がキラキラと光っていた。
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*** 活躍者 *** |
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[10] トウマル・ウツギ 2019/01/17-22:42
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[9] ベルトルド・レーヴェ 2019/01/17-21:05
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[8] ナツキ・ヤクト 2019/01/17-16:30 | ||
[7] ヨナ・ミューエ 2019/01/16-21:14 | ||
[6] エフド・ジャーファル 2019/01/16-05:15
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[5] トウマル・ウツギ 2019/01/15-22:50
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[4] ヨナ・ミューエ 2019/01/14-23:24 | ||
[3] ルーノ・クロード 2019/01/14-00:39 | ||
[2] ヨナ・ミューエ 2019/01/13-21:49
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