~ プロローグ ~ |
世界が、朱に染まろうとしていた。 |
~ 解説 ~ |
【目的】 |
~ ゲームマスターより ~ |
こんにちは。土斑猫です。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
|
||||||||
魔術真名唱えて前衛へ 役割は主に前衛での撹乱 パーフェクトステップⅡで回避力を上げ 戦踏乱舞でシリウスとフェリックスの攻撃力を上げる 敵の近くを横切ったりして挑発し、引き付ける 後衛が魔方陣を狙いやすくなるように、敵の腕や尻尾を動かさせて隙を作らせる 捕まらないよう、常に移動し、同じ場所に留まらないように気を付ける 隙があれば自分でも攻撃 哀れな蛇さん、解放してあげるわ 敵の攻撃が後衛に向きそうなら…逆に私が攻撃するチャンスと見るわ こっちを向くまで全力で行くわよ 教義には全く賛同できないけど まず自分から死ぬって所は評価してもいいわ 徹底してるのね トール、お人好しの熱血漢だと思ってたけど、結構シビアな所もあるのね… |
||||||||
|
||||||||
シリウスの視線に ぎゅっと唇を噛みしめた後 ーええ 大丈夫 これ以上 誰も死なせないわ 魔術真名詠唱 皆 無理はしないで 後衛位置から鬼門封印 敵の回避力を削ぐ 切れるたびにかけ直し 光明真言2で防御力を上げ 天恩天嗣2で仲間の回復 仲間の体力 特に前衛の怪我には気を配る 後衛位置なので 戦況をしっかり見る 予期せぬ攻撃や 逃走しそうな素振りがあれば仲間に周知 自分の方へ攻撃がくれば 落ち着いて胸の魔法陣を狙って迎撃 人は綺麗なだけの存在じゃない だけどわたしは 自分のためじゃない、誰かのために戦う人を知っているから だから 世界を愛しいと思うの 壊させたりなんかしない シリウスの様子がおかしければ名前を呼ぶ 戦闘後は仲間の手当てを |
||||||||
|
||||||||
目的 ベリアルの討伐 戦闘 すぐに魔術真名を唱えます…。 わたし(ジークリート)は後衛、フェリックスは前衛。 わたしは、主にベリアルの魔方陣を狙って攻撃します…。 「天空天駆」も使って、角度を変えたり移動したり…。 …攻撃範囲内に高さのある構造物があれば、利用してみるとか…?攪乱も交えて向こうが防ぎにくくなるといいですけど…。 それから、前衛が危ないようなら援護と…。 トールさんと手分けして、回復役のリチェルカーレさんを守れるような立ち位置にいるようにして、何かあれば…。 フェリックスには引きつけと攪乱をお願いします…。 他の前衛のひとたちと協力して…。 敵の攻撃はなるべく回避するように…。 (ウイッシュに続きます) |
||||||||
~ リザルトノベル ~ |
――危ない! さがれ! ―― 最初に叫んだのは、誰だったろう。反射的に飛びず去る、身体。その目の前で、彼らが自らの手首に刃を向ける。何をしようとしているか。答えは簡単だった。思わず叫ぶ。 「やめて」と。 けれど、彼らは止まらない。しぶく鮮血。散った赤い雫が、光に変わる。顔に狂気の笑みを貼り付けて、倒れゆく彼ら。朱に染まる世界。中心で抱き合う、彼女達。展開する魔方陣が、全てを飲み込む。命の流転の様に回る、朱光(あけびかり)。それに染められる星々が妖しく禍しく閃いた。 「『サクリファイス・タナトス』……」 「あいつら、自分の命を……」 目の前で起こった惨劇に、『シリウス・セイアッド』と『トール・フォルクス』は呻く様に呟いた。 ドサリ! 鈍い音を立てて、少女の身体が堕ちる。周りの男達と同様、ピクリとも動かない。その身体に、もう命が宿ってない事は明白だった。 そんな彼女達を前に心を痛めたのだろう。『リチェルカーレ・リモージュ』の頬を、一筋の涙が下る。 「やめておきなさい。こんな奴ら相手に泣くなんて、水分の無駄よ」 そんな言葉を吐いたのは、『リコリス・ラディアータ』。心優しい盟友の涙を人差し指で拭うと、彼女は忌々しそうに吐き捨てる。 「ホント、ロクな事がないわね。神様なんかにかかずらわると……」 自分の生きる意味を神を殺す事と定める彼女にとって、神の意向に盲目的に従うサクリファイス(彼女)達の有り様は嫌悪の対象以外の何物でもない。 「教義には全く賛同できないけど、まず自分から死ぬって所は評価してもいいわ。徹底してるのね」 努めて平静を装いながら放つ、皮肉。けれど、彼女の心がやるせない怒りに燃えている事は容易に察する事が出来た。それをなだめる様に、パートナーのトールがポンポンと肩を叩く。 「リコは相変わらず、サクリファイス嫌いだな」 「あなたは、何も思わないの? トール」 「そうさな……」 極めて不機嫌そうなリコリス。その様子に苦笑しながら、トールは言う。 「哀れだとは思うさ。でも、やり直せない程狂っているなら、それは死んでいるのと同じだと俺は思う」 そして、彼はそっと手を差し出す。口にする言葉は、ただ一つ。 「楽に、してやろう」 それを聞いたリコリスが、少し驚いた様な顔をする。 「お人好しの熱血漢だと思ってたけど、結構シビアな所もあるのね……」 そう呟いてフフと笑むと、彼女もまたトールの手をそっと掴んだ。 始まりの刻まで、あと3秒。 空を朱く染めながら、魔方陣は回る。その中に、破滅の卵を身篭りながら。 「……今のうちに、何か出来ないでしょうか……」 「……駄目。今近づけば、魔方陣に巻き込まれてしまう……」 感情の吐露が少ない相方が、珍しく漏らしたもどかしそうな声。それに気の利いた返事も出来ない事を少し寂しく思いながら、『ジークリート・ノーリッシュ』は『フェリックス・ロウ』と片手を合わせる。 「……自分から、ベリアルに魂を喰われるなんて……」 やるせない思いに胸を疼かせながら、ジークリートは言う。 「……たぶん、もうきっと、大事なものは、何もないのですね……。でも、わたしはまだ……。だから、ベリアルは、倒します……」 そして、かの言葉を唱える前に囁くは、大切な相方への想い。 「……フェリックス、ごめんね。こんな所に連れてきて……。……気を付けて……」 それに答える、彼の言の葉も一つ。 「はい、リート」 そして二人は、強く手を握りあった。 終わりの刻まで、あと2秒。 リチェルカーレは見つめていた。朱い光の中に倒れ伏す少女達を、今にも泣き出しそうな眼差しで。そんな彼女の前に立ち、シリウスは問う。 「……行けるか?」 その問いかけに答えるのは、強い瞳の輝き。シリウスの視線に、ぎゅっと唇を噛みしめて、リチェルカーレは言う。 「……ええ、大丈夫。これ以上、誰も死なせないわ」 返ってきた応えに息を吐き、シリウスは小さく頷く。 そして、二人は互いに手を合わせて目を伏せた。 運命の刻まで、あと1秒。 そして―― バキィイイイイイン! 甲高い音と共に、朱光(あけびかり)の中に佇んでいた影の表皮が弾け飛ぶ。 同時に唱うは、絆の調べ。 「闇の森に歌よ響け!」 「わたしは貴方を守ります!」 「黄昏と黎明、明日を紡ぐ光をここに!」 その響きにくさびを打たれる様に、魔方陣が崩れていく。まるで、乱れ散る花弁の様に。神々しい光片の中で、『それ』が蠢く。 愛らしい少女を模した身体。その下でおぞましくうねる蛇身。そして、その全てを禍しく彩るは、血色の模様と胸に輝く真紅の魔方陣。 かくて顕現せしは、滅び願う神意の代行者。 「キァアアアアアアアアアアアッ!」 産声と呼ぶにはあまりにも壮絶な叫びを上げ、蛇身の女妖・『ベリアル・スケール3』は己の全てを世へとさらけ出した。 「進化してやがる……」 「という事は、スケール3……?」 吹きつける邪気に、皆の足が一瞬竦む。瞬間―― 「ジャアァアアアアアアアア!」 身をバネの様に縮めたベリアルが、その反動を利用して飛びかかる。 「避けろ!」 トールの叫びに、皆が散開する。そこに、大砲の弾の如く着弾するベリアル。モウモウと、土煙が立ち込める。 「殺る気満々て訳ね! 上等じゃない!」 「リコ!」 「トール、後衛を! 私が隙を作るから、貴方は魔方陣を狙って!」 いの一番で前衛に飛び出したリコリスが、そうトールに呼びかける。 「分かった!」 相方の意思を確認し、トールはサバトの短弓に矢を番えた。 走るリコリスの前で、土煙の中からゆっくりとベリアルが身を起こす。紅く濁った双眼が彼女を捉えるが、リコリスはひるまない。 タタン! 小さな足が、軽やかにステップを踏む。纏う魔力。己の身が軽くなるのを感じながら、リコリスはさらに走る。 「哀れな蛇さん、解放してあげるわ」 囁く彼女の右手で、影刃が冷たく光った。 「リチェ、後ろへ。援護を頼む」 「はい!」 リチェルカーレを後衛に下がらせると、シリウスはベリアルに向かう。抜き放つリバーススライス。意識を集中し、膂力を上げる。さらに一歩を踏み出した時、地面に倒れる信者の顔が目に入った。 ……安らかな顔だった。自分の矜持を貫き通した。そんな、誇りに満ちた死に顔だった。シリウスは思う。彼は。彼らは何故、サクリファイスの教義に身を染めたのだろう。何故、人の滅びを願ったのだろう。 人と言う存在の醜さに、絶望したのか。 それがもたらす世の不条理を、許せなかったのか。 等しい思いは、自分にもある。 『人』を護る組織。教団。それが孕む闇。それに身を晒された、あの思い。 彼は囁く。この世の全てを否定した者達に。 「……教団を『正義の組織』だとは思わない。……思えない。だが!」 その時、背中から感じる力の波動。振り返れば、そこには自分を見つめる彼女の姿。 「シリウス!」 呼びかける声。揺らぎかけた意思が、抱きしめられる。 そう。今の自分には―― 「仲間とリチェがいる!」 冷静になれと自分に命じ、彼はベリアルに向かって跳躍する。そして、リチェルカーレの放った願いが届く。突然ぎこちなく軋んだ己の身体に苛立つ様に、ベリアルは怖気立つ咆哮を上げた。 「鬼門封印! 届いた!」 ベリアルの動きが鈍るのを、空に舞っていたジークリートがしかと見る。 「フェリックス! 皆! 今!」 自分もスナイピニアンに矢を番えながら、叫ぶ。 その声に応じる様に、皆が動く。狙いは一箇所、ベリアルの弱点である胸の魔方陣。そこへの道を開ける様に、三方から肉薄したリコリスとシリウス、フェリックスがベリアルの両腕と尾を叩き伏せる。顕になる魔方陣。それ目がけ、トールとジークリートが矢を放つ。 (仕留めた!) 場にいる皆がそう思った。しかし―― 突然、ベリアルの髪がざわめいた。背中を覆う程の長さの髪が蛇の様に蠢き、飛んでくる弓矢を片端から叩き落とす。 「何!?」 「ちょ、そんなのあり!?」 驚く皆に、リチェルカーレが叫ぶ。 「いけない! 鬼門封印が切れます! 一度、離れて!」 けれど、その声が皆に届く前にベリアルが動く。 「キィアアァアアアア!」 全身の朱紋を箒星の様になびかせ、蛇体がうねった。 「うおっ!」 想像以上の膂力。思わず声を上げるシリウス。抗う術もなく、跳ね飛ばされる。 「ぐあっ!」 地面に叩きつけられ、転がるシリウス。反撃は終わらない。ベリアルはそのまま猛スピードで身体を捻り、リコリスとフェリックスをも弾き飛ばす。 「あうっ!」 「うあっ!」 シリウスの後を追う様に地を転がる二人。 「フェリックス!」 「リコ! 無事か!?」 追撃を試みるベリアルを矢で牽制しながら、ジークリートとトールが駆けつける。何とか身を起こしたリコリスが、血を吐き捨てながら言う。 「大丈夫……このくらい……。でも、アイツ……」 「ええ……3人がかりを……力ずくで……」 咳込みながら立ち上がるフェリックスを気遣いながら、ジークリートが畏怖のこもった眼差しで自分達を睥睨するベリアルを見つめる。 「これが……スケール3……」 「相変わらず、やってくれるな……」 呟くトールに、リコリスが問う。 「何、青い顔してるのよ……。初めてじゃあるまいし……。今更、怖気づいた訳じゃないでしょうね……?」 「馬鹿言え。この手応え。ゾクゾクしてたところさ」 流れる汗を拭いながら、笑みを見せるトール。少し離れた所でフェリックスを肩で支え上げたジークリートも言う。 「……あれはもはや、スケール1や2とは別次元の存在ですね……。恐らく、相応の覚悟をしてかからなければ、敵いません……」 「かと言って、本部や街を前に尻尾を巻く訳にもいきませんしね……」 ジークリートの肩から離れ、シールドサイズの柄を杖代わりに立ったフェリックス。いつもは表情の薄いその顔に、微かな恐怖の色を浮かべながら構えを取る。 「リート。天空天駆を使えるあなたなら、逃げられるかもしれません。もしもの時は……」 言葉は最後まで紡げない。彼女の手が、その口を塞いだから。 「……変な事を言わないで。あなたとわたしはパートナー。一心同体。そうでしょう……?」 「でも……」 「……それ以上言うなら、舌を引っこ抜くから……」 珍しく剣呑な言葉を口にしながら、ジークリートは弓をベリアルに向ける。 「……あれを野放しにすれば、どれだけの人が殺められるか分からない。そんな事は、わたしの故郷だけで沢山だから……」 それを聞いたフェリックスが苦笑する。 「そうですね。忘れてましたよ。あなたの矜持を」 「……駄目よ。女の子の意地を、甘くみちゃあ……」 「分かりました。それなら、行きましょう。この地の、人々のために」 「ええ。この身に変えても……」 そして、二人が駆け出そうとしたその時、 「待ってください」 そんな声と共に、フェリックスの背中に温かい感覚が走る。振り返ると、いつの間にか近づいたリチェルカーレが淡く光る手をフェリックスの背に押し当てていた。 「リチェさん……」 フェリックスの傷に慈愛の力を注ぎながら、リチェルカーレは言う。 「止めてください。そんな悲しい決意は。生きるべき命の中には、あなた達だって含まれている筈です」 「でも……」 「聞いてやってくれないか。これもまた、こいつの矜持だ」 リチェルカーレの後を追ってきたシリウスが、ジークリートの肩に手を置く。 「人々を守るのがお前の願いなら、こいつの願いは命あるものを護る事。その心、お前達なら理解出来る筈」 「………」 「先は、油断しました。もう、見誤りはしません。皆さんは、私が守ります。だから……」 自分達を見つめる、真摯な瞳。それに根負けした様に、ジークリートとフェリックスは相好を崩す。 「……ふふ。敵いませんね……」 「リートも大概ですが、あなたもなかなかですね」 その言葉に、シリウスが「全くだ」と同意する。笑い合う四人。そこに飛んでくる、リコリスの声。 「ちょっと、いつまでも和んでないで!いい加減にしないと、おいてくわよ!」 先に回復を受けていたのだろう。いつもの調子に戻っている彼女に苦笑して、皆は前を向く。 「……それでは、せいぜい……」 「死なない程度に、気張りますか」 そして、再び駆け出そうとしたその時、 「ヒカカカカカカ……」 怖気立つ様な哄笑が、その足を止める。 見れば、それまで浄化師達の様子を見ていたベリアルが背を仰け反らせて嗤っていた。地獄の血池が泡立つ様な声が、言の葉を唄う。 「最期の談笑は済んだかシラ? 哀れデ愛しイ子羊達ヨ」 「……あら? 事の前におしゃべり? 随分余裕なのね。哀れな蛇さん」 「お陰様デ。可愛い娘ラノ命が、私に力ヲクレタ故」 リコリスとの間に、何の不具合もなく交わされた会話。その事に、ジークリートとフェリックスが、目を丸くする。 「彼女……」 「言葉を、理解出来るのですか……?」 そんな彼らに向かって、リコリスが言う。 「そういえば、あなた達は初めてだったわね。なら、覚えておいて。スケール3(こいつ)、1や2と違って相応の知恵があるわ。どうぞ、そのつもりで」 「それはまた……」 「嫌な、事実ですね」 改めて、警戒の色を濃くする皆。そんな彼らを見回して、ベリアルはなおも嗤う。 「かの者達ハ正しく理解シテイタ。真なル神ノ教えを。ソシテ享受した。誠ナル神の愛ヲ。故ニ汝らも受け入れよ。深キ慈悲の掬い手を!」 唄われる調べに乗る様に、朱紋が、魔方陣が、紅く輝く。その様は、まるで鮮血を纏って生まれた神の御子を思わせる。 彼女は奏でる。終わりの宣告を。どこまでも、慈悲深き声で。 「さあ、罪深く、故ニ愛しキ子羊よ。今こそ慈悲を以テ与エよう。神なる救い……」 瞬間、蛇身が走る。狙うはリコリス。白い手が、彼女に向かって伸びる。素早い動きだが、彼女は反応した。 「させる訳ないでしょ!」 咄嗟にかざす、小型盾。それをベリアルの手が掴む。 「残念だったわね」 青息を吐きながらも、不敵に笑うリコリス。しかし、盾越しに見たベリアルの顔は、それ以上に禍しく笑んでいた。その口が、紡ぐ。 「受け取りタマヘ……」 盾を掴む手が、朱く輝く。 「死を」 走る悪寒。リチェルカーレが、「駄目!」と叫ぶ。途端―― ボロッ! 「え!?」 リコリスが構えていた盾が、崩れた。ボロボロと崩壊していく盾。驚く彼女の眼前には変わらずに笑む、ベリアルの顔。白い少女の顔に、亀裂の様に浮かんだ笑み。それが、バキキと裂けていく。顕になる、鋭い歯牙。 「あれは!」 「『デストルクシオン』か!」 「ちぃ!」 咄嗟の事。一瞬遅れる、リコリスの初動。そんな彼女に追いすがりながら、滅び神の御子は言う。 『逃げてハ駄目よ。可愛イ娘』 魔性の牙が、リコリスの顔を剥ぎ取ろうとしたその瞬間、 「リコ!」 突進してきたトールが、ベリアルに体当たりをかました。体勢を崩すベリアル。しかし、別の生き物の様にうねった蛇体がトールに絡みつく。 「トール!」 「リコ! 離れろ!」 駆け寄ろうとしたリコリス。彼女に向かって、ベリアルが再び手を伸ばす。 あの手は、やばい! 宙に舞ったジークリートが、その魔手からリコリスを救い出す。同時にその視界が、捉えたトールを締め上げる蛇体の姿を捉えた。 骨が軋む、嫌な音が響く。 「うおおおお!」 「トールぅ!」 苦悶の声を上げるトールに、リコリスが悲鳴を上げる。 「……調子に、乗らないで……!」 ジークリートが、弓矢を放つ。近距離から飛んだ矢が、眉間を貫く。仰け反る、ベリアル。リチェルカーレが、力を放つ。鬼門封印。不可視の力が、蛇体を絡める。そこに、シリウスが至近距離から信号拳銃を打ち込み、蹴りを入れる。ひるんだ所に、フェリックスが大鎌を横薙ぎに叩きつけた。 飛び散る鮮血。重ねられた痛打。流石に耐えかねたのか、ベリアルはトールを放して後方に下がった。 「ゴフッ、ガッ! す、まない……。皆……」 血を吐きながら咳き込むトール。リチェルカーレが、急いで回復を試みる。そんな二人を守る様に、残りのメンバーはベリアルを囲む様に陣取る。 「ヒカカカカカカ! 痛い痛イぃ! 気持チいぃい!」 狂った嬌声を上げながら、額の弓矢を無造作に抜き取るベリアル。その手の中で、弓矢は見る見る崩壊し、崩れていく。 「あれが……」 「デストルクシオン……」 その情報は、以前スケール3との交戦経験があるリコリスやリチェルカーレ達はもちろん、事前知識としてジークリートやフェリックスも知ってはいた。 しかし、話だけで聞くのと実際に見るのとでは、その衝撃が違う。 「……全く。嫌なものを、これでもかと見せてくれますね……」 「……本当……」 溜息をつく、ジークリートにフェリックス。 「何。どうって事ないだろ」 そんな彼女達に声をかけたのは、トール。傷の回復が終わったのだろう。大きく息を吐いて、立ち上がる。 「トール、大丈夫なの!?」 駆け寄ってくるリコリスに、笑顔を向ける。 「ああ、お陰様でな」 傍らのリチェルカーレに礼を言うと、トールは前方のベリアルを見据える。 「触ったものを崩壊させるって言う事は、触られなきゃいいって事だ。奴の手の動きに気をつければいい」 「それと、尾だな。巻き付かれたら、一人ではどうにも出来なくなる。そうしたら、デストルクシオンの餌食だ」 隣りに立ったシリウスも、分析する。 「とにかく、手の内を晒してくれたのは僥倖だな。もう一度、陣形を組み直す」 その言葉に、頷く皆。リコリスが言う。 「それなら、私達近接組は前衛を担うわ。あいつを攪乱するから、トール達は……」 「ああ。遠距離から魔方陣を狙う。嬢ちゃんは、援護と回復。頼んだぜ」 「……あなたはわたし達が守るから。サポートに、専念してね……」 語りかけるトールとジークリートに、「はい」と頷くリチェルカーレ。そして皆が大きく息を一吸い。 「行くわよ!」 「おう!」 そして、再び時は動き出す。 「行くわよ!皆!」 リコリスの呼びかけに応じて、シリウスとフェリックスが散開する。迎え撃つベリアルが、嬌声を上げた。 「ヒカカカカカ! 愛しき娘らヨ! 委ネよ! 我に! 全てヲ! さスレば救ワレるノダ!永久ニ! 永遠にぃ!」 「言ってなさい!」 言葉と共に、リコリスが軽やかにステップを踏む。戦踏乱舞。その美しい舞いに己の士気が上がるのを感じながら、シリウスとフェリックスはベリアルを挟撃する。 「ヒカカ!」 嘲笑いながら、シリウスに向かって手を伸ばすベリアル。しかし、シリウスはそれをかいくぐり、間合いに踏み込む。 「ソードバニッシュ!」 一瞬不可視となった剣閃が、鋭い痛みをベリアルの脇腹に刻み込む。 「キァ!?」 「こっちですよ!」 揺らぐベリアルの後ろで、フェリックスが跳躍する。振り下ろされる大鎌。白い背が裂かれ、まっかな血がしぶく。後ろに気を取られた瞬間、今度は懐にリコリスが潜り込む。 「トールのお返しよ!」 切り上げる刃が、少女の型を模した身体を抉る。 「シァアアア!」 苦し紛れに振り回される尾と髪。深追いはしない。3人はそれを避け、一瞬で距離を取る。追い縋ろうとするベリアル。けれど、リチェルカーレが放った魔力の枷がその動きを止める。 「邪魔ナ子羊!!」 ベリアルの目が、リチェルカーレに向けられる。軋む身体をうねらせ、襲いかかる。しかし、そこに立ちはだかるのはトール。 「悪いな! それも織り込み済みだ!」 同時に、ハイパースナイプ発動。狙い研ぎ澄まされた矢が、次々とベリアルの身体に突き刺さる。 「イケなイ子だ!」 喉に突き刺さった矢を抜き取ったベリアルが、血反吐を散らしながら叫ぶ。 「おっと! トサカに来たか!」 牙を向いて迫ってくるベリアルを見て、ほくそ笑むトール。 「走るぜ! 嬢ちゃん!」 「はい!」 リチェルカーレの手を引き、走り出す。追いかけてくるベリアルに逃げ撃ちしながら叫ぶ。 「いいのかい? 後ろがお留守だぜ!」 「ギ?」 瞬間、肩に走る痛み。振り向けば、背中に乗ったリコリスが肩に刃を突き立てていた。 「つれないわね! 私とも、踊ってくれない!?」 「お望ミなら!」 ベリアルの髪がざわめき、リコリスを絡めとろうとする。しかし、今度は上空から降ってきた矢がその動きを阻害する。 見上げれば、翼を広げたジークリートが宙を駆け巡りながら矢を降り落としてくる。それに視界を攪乱され、ベリアルは苛立たしげに唸る。 統率された、一連の戦術。それはベリアルを翻弄し、確実に力を削いでいた。 「大丈夫。こっちのペースです。このままなら」 「ああ、いける筈だ」 戦況を見定めていたリチェルカーレの言葉に、トールが頷く。 そう。今の戦術は、あくまで陽動。 真の狙いはただ一つ。ベリアルの心臓部である魔方陣。そこを貫く事さえ出来れば、この戦いは終わる。時は、必ず来る。その事を信じて、リチェルカーレは仲間達に天恩天賜の祝福を送った。 「煩わしイネ! 可愛イ娘!」 「なら、さっさと観念なさい!」 リコリスが、からかう様にステップを踏む。掴みかかる腕。しかし、伸ばしたそれに鋭い斬撃が喰い込む。 「ギ……!?」 向けた視線の先で、シリウスが笑む。 「ふ……。煩わしいのはお互い様だからな。しばし使えなくしてやろうと思ったが……」 細腕の筋を断ち切らんとしたそれは、ざわめく髪に絡み取られ、寸でのところで止められている。 「そう容易くはいかないか!」 「小賢しイ!」 伸びてくる、もう一方の手。けれど、届かない。風切り音が響き、飛来した矢がその掌を貫く。思わず仰ぎ見たベリアルの顔を、ジークリートの足の裏が強打した。 「……あなたの刃は届かせません!もう、誰にも……!」 仰け反るベリアルに向かって、再び1射。狙いは僅かに外れ、右の膨らみを貫く。 怒りに満ちた、ベリアルの叫びが響いた。 「大分、イラついている様ですね。このまま翻弄出来れば、”隙”を見せるかもしれません」 「ええ。そろそろ、”詰み(チェック)”ね」 ベリアルの周りを駆け巡りながら、フェリックスとリコリスが言葉を交わす。 実際、彼らの言う事は的を得ていた。現時点において、浄化師達は完全に戦況を支配している。ベリアルには再生能力が備わっているが、それが間に合わない程に前衛の3人は立て続けにダメージを叩き込む事に成功していた。体力の配分も、防御もろくに考えない強攻策。それを可能にするのは、リチェルカーレの回復術とトール、ジークリートの援護。仲間やパートナーに対する、絶大な信頼。それを以て、彼らは戦いを有利に進めていた。 「無駄に苦しめるのは趣味じゃない。決めるぞ」 すれ違いざまに、信号拳銃を構えたシリウスが呟く。 それに頷く、リコリスとフェリックス。意思を確認し合うとシリウスは振り向きざまに信号拳銃をベリアルの顔面に向かって撃った。 「!!」 炸裂する閃光と紫煙が、ベリアルの視界を奪う。 「行く!!」 そこへ走り込むリコリス。煙の中から見下ろすベリアルの目が、憎々しげに彼女を睨んだ。 「そんな顔をしても駄目よ。蛇さん。恨むなら、友達のいない自分を恨みなさい」 「煩イよ! 愛しイ娘」 懐に入ってきたリコリスを迎え撃つ様に、ベリアルが掴みかかる。しかし、答えるのは悲鳴ではなく不敵な笑み。 「そんな所よ。蛇さん」 「!」 瞬間、紫煙を切り裂いて現れた大鎌がベリアルの首を捉える。信号拳銃のみならず、リコリスの特攻さえも囮。二つに気を取られた隙を狙い、フェリックスが大鎌を振り抜いてきたのだ。 首を半ばまで断ち切られたベリアルの身体から、一瞬ガクリと力が抜ける。瞬間、 ボボッ ベリアルの身体から、何かが浮かび上がった。 「出ました!」 叫ぶ、フェリックス。 宙に浮かぶのは、鎖に束縛された幾人もの人間の姿。それはベリアルに殺され、喰われた人々の魂。 浄化師達は、これを待っていた。 彼らの武器、『魔喰器(イレイス)』を使い、この魂達を開放する事。それが、不死身であるベリアルを葬り去る唯一無二の方法。 躊躇する理由はない。浄化師達は、己の武器を一斉に振るう。 閃く剣閃。 バキバキッ! バキン! 断ち切られ、砕かれる鎖。その度に、ビクンビクンとベリアルの身体が震える。やがて、現れた魂が全て天に帰ると、そこには立ち尽くすベリアルの姿があった。再び距離をとったリコリスが呟く。 「どう……?」 「ガ……ヒャ……」 引きつった呻きを上げ、痙攣するベリアル。 死を迎えれば、その身体は砂となって消える。身体が残っていると言う事は、まだ開放されない魂が残っていると言う事。それを、解放する手段はただ一つ。心臓部である魔方陣を、貫く事。 皆が注視する中で、震えるベリアルの手が下がっていく。顕になる、魔方陣。 「トールさん! 今です!」 それを見とめたリチェルカーレが叫ぶ。同時に、サバトの短弓を構えるトール。 「これで、終わりだ!」 そして、必殺の矢は放たれた。 彼女は笑んだ。 待っていた。 待っていたのだ。この時を。 心地よい苦痛も。 陶酔を呼ぶ屈辱も。 悲しき別れさえも。 全てはこの時のための布石。 さあ。踊ろう。 愛しき子らよ。 私と共に。 滅びの輪舞(ロンド)を。 「な……!」 その場にいる皆が、息を呑んだ。 過たず、魔方陣を貫く筈だった弓。それを、力なく垂れていた筈の腕が掴んだ。同時に、崩れかけていた身体が跳ね上がる。血塗れの顔。そこに、壮絶な笑みを貼り付けて。 気を抜いていた訳ではない。 油断していた訳でもない。 それでも、虚をつかれた。確実に掴んだと思っていた勝利が、疲弊した心身を枷となって束縛していた。 「ジャアッ!」 鋭く一閃する、緑鱗の尾。次の瞬間、 「ぐあっ!」 「あうっ!」 胸に刻まれた裂傷から血を散らしながら、リコリス達が弾き飛ばされた。 「シリウス!」 「リコ!」 思わず身を乗り出す、リチェルカーレとトール。それが、隙となる。 気づくと、彼女達にベリアルが肉薄していた。 「うお!」 咄嗟に弓を向けるトール。しかし、遅い。ベリアルの右手が、彼の右肩を掴む。3秒。輝く妖光。トールの肩口が、血飛沫を上げて崩壊する。 「ぐぁあっ!」 肩を押さえて倒れ伏すトール。 「トールさん!」 咄嗟に駆け寄ろうとするリチェルカーレ。しかし―― ザグゥッ 「あ……!」 それよりも早く、鈍い痛みが彼女を襲う。見れば、彼女の左肩にベリアルが喰らいついていた。 「捕マぇたよぉ……」 口の端から鮮血を零しながら、ベリアルが嗤う。そして、 「きゃあっ!」 短く響く、リチェルカーレの悲鳴。彼女を咥えたまま、ベリアルが身体を振り回す。その暴威に、リチェルカーレは成す術もない。ベリアルは彼女の血の味をしかと味わうと、そのまま地面に叩きつけた。 「あ……あ……」 例え様もない激痛に、身体を仰け反らせて苦悶するリチェルカーレ。その白い首に、赤く光る手がゆっくりと伸ばされる。その時、 「やめてー!」 悲鳴の様な絶叫を上げながら、急降下してくるジークリート。ベリアルの脳天を狙い、矢を番える。 「アあ、ソウだッタ……」 突然、ベリアルが顔を上げた。真正面からかち合う、二人の視線。 「汝も、イたねぇ!」 瞬間、真っ赤な双眼が輝いた。 「え……?」 途端、真っ白になるジークリートの思考。突然ぶれる、視界。隙をつく様に伸びてきた蛇尾が、彼女の羽を貫いていた。 「ああっ!」 そのまま尾に巻き付かれ、これまた地面に叩きつけられる。 「お馬鹿サァン……。めでゅーさガ、『思考硬化の瞳』を使エル事クラい、知ってオキナサイなぁ……」 勝ち誇る様に哄笑する、ベリアル。ほんの数分の間に、状況は180°覆されていた。 「リ……リチェ……」 「あいつ……最初から、この時を……」 口に溢れる血を拭いながら、シリウスとリコリスが呻く。 そう。戦況を支配され、このままではジリ貧になると悟ったベリアルは、戦術の要であるリチェルカーレに狙いを絞っていた。故に、彼女を排除するために大きな芝居を打った。それは、滅びの意思のみが導き出す、悪魔の奸計。 「まさか……自分の命を、囮にするなんて……」 ガクガクと震える身体を必死に引きずりながら、ジークリートが言う。 ベリアルは考えた。標的は、二人の後衛が守りを固めている。真正面から向かっても、易くはない事は道理。では、どうするか。彼ら自ら、守りを解かせればいい。それを成すには、餌がいる。子犬につきそう親犬を引き離すには、美味そうな餌をぶら下げるのだ。その餌にあたるモノは何か。答えは、簡単だった。 「クソ……。三味線弾いてやがったとは……。やられたぜ……」 仰向けに倒れたトール。何とか弓を拾おうとするが、抉られた肩。腕が、言う事をきかない。 「サア。お休ミの時間ダヨ。可愛い子羊……」 ベリアルが言う。組み敷いた少女に、慈悲深い眼光を向けながら。朱く光る手。ゆっくりと、リチェルカーレの首へと伸ばす。 「や……めろ……」 剣を支えに立ち上がるシリウス。深く刻まれた胸の傷から、ボタボタと血が滴る。踏み出す足。鉛の様に重い。届かない事は、明白だった。 「ンん?」 ベリアルが、怪訝そうな顔をする。少女の首を握り崩す筈だった、手。それが、止まっていた。その行く手を遮る様に伸ばされた、小さな手によって。 リチェルカーレは、戦闘における自分の身体の脆弱さをよく理解している。故に、守りの準備は欠かさない。手にはめた防具、『栄光の手』もその一つ。それが今、ほんの一時の猶予をリチェルカーレに与えていた。 「往生際ガ、悪いネェ。愛しイ子羊よ」 「私は……まだ、死ぬ訳には……いかないん、です……」 少しずつ侵され、崩れていく栄光の手。それに全てを託し、震える手で死の招きを押し返すリチェルカーレ。そんな彼女に、ベリアルは不思議そうな顔で問うた。 「何故、拒絶する? 死こソ、神が与えたモうた至高ノ救いダト言うノニ」 「そんな、事……ありませ……ん」 今にも、消え入りそうな声。それでも、ハッキリと。 「人は……生きているからこそ、綺麗に輝けるんです……。死こそが、救いだなんて……そんな事……」 「輝ク?」 素っ頓狂な声を上げたベリアル。間を開けず、ケラケラと嗤い出す。 「人の、何ガ輝クと言ウノ?」 「………」 降り落ちる嘲笑に。強い視線を返すリチェルカーレ。そんな彼女に構わず、ベリアルは嗤い続ける。 「人ハ、醜い。人ハ、悍マしイ。己の、欲望ノままニ。憎み合イ、殺シ合い。イつノ世モ、負の輪廻カラ抜け出セヌ、愚かナ存在……。ソれガ、輝クなド……」 「違います!」 「違ワナイよ」 リチェルカーレの言葉を押し潰そうとするかの様に、ベリアルがグイと顔を付き寄せる。 「知ってイルのではなイのかい? 知ってイルのダろう? ダカラこそ、汝ハ在るのダカラ。だからコそ、私ハ在るノだから」 「!」 その言葉が意味する事を察し、リチェルカーレは息を呑む。 「人ハその醜サ故ニ、神ニ捨てらレタ。見限らレた。故ニ、私達ハ生まれた。故ニ私達は、『世界(ここ)』ニ在る。ソシて、私達ガ在るからコソ、『浄化師(お前)』達モ在る」 「それは……」 ベリアルは嗤う。滅びの御子として。神の意思の具現として。紛れも無き、真理を。救い様もない、事実を。 「分かルだロウ? 浄化師(お前)達ノ存在コソが、神ノ意思の証! 浄化師(お前)達ノ存在コそが、人の醜サの証」 リチェルカーレは、何も言わない。その事に興を得たのか、ベリアルはさらに嗤う。 「だから、私ハ滅ボス! 壊す! コの世界ヲ! 人ト言う存在ヲ! ソレが、崇高ナル神の御意思なレバ!」 勝ち誇った様な叫び。リチェルカーレは、目を閉じる。何かを巡らす様に、息を一吸い。一拍の間。そして―― 「違う!」 その哄笑を、少女の声が押し返した。 「!」 ベリアルが、驚いた様に嗤いを止めた。 「そう……。人は綺麗なだけの存在じゃない……」 リチェルカーレは唱う。己が抱く、その想いを。 「だけど、私は知ってる……」 シリウスが進む。想う者のために。途切れかける意識を、刃で縫い止めて。 リコリスが立ち上がる。友と認めた者のために。鉄錆に満ちる口を噛み締めて。 「自分のためじゃない、誰かのために戦う人を知っているから……」 ジークリートが這う。友と呼んでくれた者のために。硬い地に爪を剥ぎながら。 トールが矢を番う。守るべき者のために。動かない右手。代わりに口で弦を噛み引いて。 「だから……だから、世界を愛しいと思うの!」 少女は叫ぶ。己の全てを、言の葉に乗せて。 「壊させたりなんか、しない!」 「……救えないネ。子羊」 己の意思。神の意思に等しきそれを否定する、小虫。それを崩し壊そうと、ベリアルが腕に力を込める。ついに崩壊する、栄光の手。全てが終わると思われた、その時―― オオン……。 昏い声が、世界を満たした。 「ぐ!?」 唐突に身体を縛る旋律。ベリアルが震える。 「……やっぱり、流石ですね……。リチェさんは……」 背後から、かけられる声。ギギ……と首を巡らす。そこに、幽鬼の様に立つ人影が一つ。 「ベリアルさん……。その中にいる、サクリファイスの皆さん……。あなた達の言い分も、一理あるかもしれません……。いえ、実際事実なのでしょう……」 フェリックスだった。 先の尾の一撃で受けたものだろう。その胸は、真っ赤な鮮血で染まっている。けれど、彼は立つ。その身に、この世に亡き者達の声を纏いながら。 「でもね、僕はやっぱり、リチェさんの意思に賛同します……」 オォン……オォオン……。 亡者の声が招く。優しく、誘う様に。昏い褥に。おいで、おいでと。 「ガ……がが……」 身体が軋む。行きたい。逝きたいと。 恐怖に顔を歪ませて、ベリアルは呻く。 「キ……さマ……!」 「その人は……、皆は……、信じていたいんですよ……。それが、どんなにちっぽけでも……。どんなに、不確かなものでも……。人が持つ、光を……」 「がぁ……ああ……」 ベリアルが、フェリックスに向き直る。 「僕は、『人形』ですから。この想いが本物なのか、紛い物なのかも分かりません。それでも、思うんです」 そして、フェリックスは言う。表情の薄い顔に確かな微笑みを浮かべて。 「リチェさんの想いを、尊いと。皆の願いを、信じたいと」 「ア、あぁあアアあぁアあ!!」 絶望の叫びを上げて、ベリアルが跳躍する。迫る蛇体。フェリックスは動かない。そんな彼に、ベリアルが掴みかかる。全てを滅ぼす両手。それを、毒蛇の様に開いて。そして―― ガクン! 失速した。後ろを見る。目に入るのは、身を起こしたリチェルカーレ。鬼門封印。歯噛みした、その瞬間―― ズバン! 響く、鈍い音。 クルクルと宙を舞う、二つの手。 一閃したフェリックスの大鎌が、ベリアルの両手を切り飛ばしていた。 「ひぃヒヒぃいいいイ!!」 最大の切り札を失った。再生するまで、浄化師(やつら)は待ってはくれないだろう。 咄嗟に、踵を返す。向かう先は、門の向こう。街に紛れ、人を喰らうのだ。そうして、回復すれば―― オォン……! また、声が響いた。 生ける者を誘う、亡者ノ呼ビ声。 身体が止まる。引かれる。引き寄せられる。振り向いた先で、死神の鎌を持った墓守が笑んでいた。 「どうしました? 肯定するのに、怖いんですか?」 薄い唇が、紡いだ。 「――滅びが――」 ヒュン! 聞こえる、風を切る音。見れば、一本の矢が真っ直ぐにこちらに向かって飛んでくる。トールが、渾身の力をもって放った矢だった。猛スピードで向かって来る筈のそれは、酷くゆっくりに見えた。掴もうと、腕を伸ばす。けれど、手はなかった。素通りする矢。そのまま、一直線に胸の魔方陣に吸い込まれる。 「あ……」 呟いた瞬間、 ザス! 淡いふくらみの間から、刃が生えた。いつの間にかたどり着いていたシリウスが、背後から胸を貫いていた。 「もういい……。逝け……」 倒れる身体を抱き止める様に支えながら、静かな声でシリウスが呟く。 矢と刃。二つに貫かれた魔方陣が、崩壊していく。ベリアルの身体から浮かび上がる、最後の魂。鎖に束縛されたそれは、少女だった。間違える筈もない。あの時、朱染の光に身を捧げた少女だった。 フェリックスが、大鎌を振りかぶる。 「終わりです……」 振り下ろされる魔喰器(イレイス)。弾け飛ぶ鎖。キラキラと煌く破片の中で、蛇体の少女が呟く。 「終わり……かぁ……」 まるで、今際の言伝を頼む様に。 「楽し……かったよぉ……」 誰に向けたのかも分からぬ声と共に、滅びの御子は砂塵となって散り消えた。 「シリウス……酷い、傷……治療を……」 「構うな。今は、休んでいてくれ……」 腕の中のリチェルカーレにそう言って、シリウスは深く溜息をつく。 「すまない……。守れなかった……」 「そんな事、ない……これだけで、十分……」 全身に感じる温もり。それを思う存分に受け止めて、リチェルカーレは嬉しそうに微笑んだ。 「……役得だな。シリウス(あいつ)……」 「何よ。やってほしいの?」 「馬鹿言え……」 地面に横たわったトール。その隣りに座ったリコリスは、少し不満げに頬を膨らませた。そんな彼女に苦笑しながら、トールは言う。 「休んでなくていいのか?お前の傷だって、浅くはないだろう?」 「何言ってるのよ。あんたなんか、半死じゃない。目を離して、その間に逝かれたりしたら困るのよ」 「へいへい……」 溜息をついて目を閉じるトール。と、その瞼の上を温かい感触が覆う。リコリスが、手を置いたらしい。「何だ?」と問うと、少し恥ずかしそうな声が言った。 「……格好、良かったわよ……」 正直、顔を見てみたいと思った。 「羽、壊れちゃいましたね……」 「……大丈夫。少しすれば、治るから……」 自分の膝上に頭を乗せて横たわるフェリックス。こんな状態でも他人を気遣う彼を誇らしく思いながら、ジークリートはそう言って微笑む。 「ねえ、リート……」 「何……?」 小首を傾げるジークリートに、フェリックスは問う。 「僕に……資格は、ありますか……?」 「え……?」 「人形の僕に、リート達と同じ想いを持つ資格は、ありますか……?」 その言葉に、ジークリートは少しだけ悲しそうな顔をして、そしてすぐに微笑んだ。 「当たり前でしょ」 そう言って、自分を見つめる相棒の頭をコツンと小突く。 「あなたは、人形なんかじゃないわ。わたしと想いを共にする、れっきとしたパートナーよ」 それを聞いたフェリックスも、微笑んだ。とても。とても嬉しそうに。その顔を、ずっと覚えていよう。ジークリートは、そう心に決めた。 夜が、明け始めていた。戦乱の気配に満ちていた街には、いつしか静寂が戻ってきている。教団とサクリファイス。女神がどちらに微笑んだのかは、まだ分からない。 けれど、確かなのは多くの命が失われたであろう事。 リチェルカーレが、チラリとリコリスを見た。「文句なんか、言わないわよ」と言った顔をするリコリス。リチェルカーレは感謝する様に頷くと、昇る朝日に向かって両手を握り合わせて、目を閉じた。 その祈りが、望む者達に届いたかは分からない。 そして、朱染の聖夜は終わりを告げた。
|
||||||||
*** 活躍者 *** |
|
|
|||||
|
| ||
[11] リコリス・ラディアータ 2019/01/16-21:26
| ||
[10] リチェルカーレ・リモージュ 2019/01/16-20:24 | ||
[9] ジークリート・ノーリッシュ 2019/01/16-20:01
| ||
[8] リコリス・ラディアータ 2019/01/16-00:38 | ||
[7] リチェルカーレ・リモージュ 2019/01/15-21:22 | ||
[6] ジークリート・ノーリッシュ 2019/01/15-21:01 | ||
[5] リコリス・ラディアータ 2019/01/13-21:07 | ||
[4] リチェルカーレ・リモージュ 2019/01/11-22:57 | ||
[3] リコリス・ラディアータ 2019/01/11-10:07 | ||
[2] リチェルカーレ・リモージュ 2019/01/10-21:14 |