~ プロローグ ~ |
……春に桜が香る夜は……雲雀が恋歌歌うまで……父の背に乗り眠りましょう…… |
~ 解説 ~ |
【目的】 |

~ ゲームマスターより ~ |
いらっしゃいませ。GMを努めます土斑猫です。 |

◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
|
||||||||
![]() |
まずはできるところから 使徒を倒して 子どもたちを保護しなくては 現場についたら魔術真名詠唱 気をつけて 敵の方へ走るシリウスの背中へ告げて 中衛位置から鬼門封印 切れるたびにかけ直し シアちゃんと連携 切れ目のないよう 前衛の人を中心 仲間の体力に注意 6割切ったひとには天恩天嗣2 回復や支援の必要がない時は 小咒で攻撃 一番体力のない使徒のコアを狙う 舘に入れば子どもを探す 見つけたらぎゅっと抱きしめ怪我の確認 必要なら魔法や簡易救急箱で手当て 子どもを呼んだ人はなぜこんなことを 子守歌は 悪いものには思えなかった 子どもたちの安全を第一に お家へ帰してあげられるよう この家の人は?本当にもういないのかしら わたし達にできることは? |
|||||||
|
||||||||
![]() |
1.魔術真名を一斉に唱える 2.ラファエラは館に最も近い敵にDE6で攻撃、前衛の誰かが交戦するまで注意を引く。 3.俺は敵の一体をGK6で引き付けながら後退し、館から離す。 4.ラファエラは最初に狙った敵を誰かが受け持ったら俺と合流。敵のコアを見つけて撃ち抜く。敵の攻撃を流して体制を崩した所にGK4で反撃、敵の裏側を出す。決定的な隙をDE8で逃すな。 5.自分の相手を片付けたらより館に近付いてる敵に移る。GK6で俺の方を向かせ、味方に尻を向けさせる。 「君を横取りに来たよ、シュガー」 掃討後は速やかに要救助者を確保だ。 「冒険はどうだった。もう夕飯時が近いぞ、坊主」 |
|||||||
|
||||||||
![]() |
目的 ヨハネの使徒の討伐と子供達の保護 歌の正体を探る 敵の方向をしっかり見据えたまま掌を合わせ皆に合わせ魔術真名を唱え 注意を引き館から引き離して戦う ヨナ 前衛がおびき寄せた敵を威力の高いスキルでコアを攻撃 子供たちのいる館から離してしまえば大きな的みたいなものです ベルトルドさん しっぽが巻き込まれないように注意してくださいね ベルトルド より館に近い敵に向かい巨大な体躯に飛び乗り挑発的な攻撃 意識がこちらに向けば飛び降りてから敵が攻撃しやすそうな位置に立ちつつ JM5もしくは回避に徹し 徐々に館から離していく うまく釣られてくれよ ヨナの後ろからの容赦ない攻撃を避けるのも慣れたもの(参照#58) |
|||||||
|
||||||||
![]() |
子供達を、ヨハネの使徒が狙ってる… 絶対に、助けてあげたいです ヨハネの使徒が近くなったら、みんなと一斉に魔術真名を唱えて 子供達の魔力よりこちらへ引き付けられてくれるように… 更に、姿が見えたら、小咒で攻撃を加えます 前衛の皆さんが戦闘中は少し離れた場所から援護射撃で小咒を 鬼門封印はリチェちゃん協力して 全体を見渡して、リチェちゃんやルーノさんと対象が被らないように注意しながら 天恩天賜Ⅱで傷ついた方を回復します 抑えられた個体のコアの場所が判明したらそこを小咒で狙ってみましょう 安全が確保できたら館の中の調査、ですね 子供達を引き寄せてたのは…もしかして、幼い娘さん、とか? 寂しくてお友達を呼んだのでしょうか… |
|||||||
|
||||||||
![]() |
ヨハネの使徒と戦うのは初めてね 子供達も心配だけどトールのことも心配… さっさと片付けるわ 館に着いたら、皆とタイミングを合わせ魔術真名詠唱 即座に攻撃に向かう 敵の数は4体、揃っていなければ館への侵入の可能性も考えて空いた扉や破壊の跡等ないか確認し仲間に周知 突入は他にまかせて、私は見えている範囲での敵の数を減らすことを優先 敢えて担当は作らず、敵の中で一番ダメージを受けているものを狙う 接近して最初に三身撃、次に戦踏乱舞で前衛の支援 次の敵に向かった時も同じように 哀れなお人形さん、切り刻んであげる! 戦闘後子供達の保護 祓魔人か喰人がいるなら、教団に連れて行かなきゃいけないのかしら 家族もいるだろうし、すぐには… |
|||||||
|
||||||||
![]() |
■使徒 館に近付いたら魔術真名を仲間と同時に詠唱 より大きな魔力で使徒にこちらを狙わせ子供達から注意を逸らす ルーノはやや後方から敵全体を観察 通常攻撃かSH10、相性の良い方で行動妨害を目的に攻撃 館や子供達の被害阻止と敵同士の連携を邪魔する 手が空いたら弱った敵への追撃とSH11で回復 ナツキは前衛、子供の防護優先 敵が館や後衛に向かわないよう敵を押さえ、進路妨害と撃破を狙う 突進に仲間を巻き込まない位置で交戦 同じ脚の外殻隙間に集中攻撃 機動力を削ぎ隙を突いて体の下に潜りコアへJM9+JM3 押し潰しは下がって回避、JM3で再接近 ■子供達 声を掛け束縛を解き救助 祓魔人・喰人は早目に保護できるよう教団に手配したい |
|||||||
~ リザルトノベル ~ |
……春に桜が香る夜は……雲雀が恋歌歌うまで……父の背に乗り眠りましょう……。 ……夏に蛍の灯火燃ゆる夜は……椎に空蝉止まるまで……婆の歌にて眠りましょう……。 歌が聞こえる。 終わる事なく。絶える事なく。 何処までも。いつまでも。 優しい、優しい、歌が聞こえる。 浄化師達がたどり着いた時、館はまだ無事だった。外壁に脚をかけたヨハネの使徒達は、何故かその動きを止めている。キュルキュルと、回転する頭部。その様は、まるで何かを探っている様に見える。 「あいつら、何してるの?」 その様を見た『リコリス・ラディアータ』が、訝しげに呟く。 「何かを探している様だね。理屈で言えば、子供達の中にいると言う、浄化師の玉子だろうけど……」 「おかしな話だな。”その為”に生まれた使徒なら、目標の場所などすぐに確定出来ると思うが……」 『クリストフ・フォンシラー』の言葉に頷く『ルーノ・クロード』。そんな彼らに、『ナツキ・ヤクト』ががなる。 「そんな事、どうでもいいだろ!? 早くあいつらを止めねえと、子供達が危ない事に変わりははねぇ!!」 「そうです。 今は何よりも子供達の保護を優先しないと……」 同意の意を示す、『アリシア・ムーンライト』。『ラファエラ・デル・セニオ』も、武器を構えながら言う。 「ごちゃごちゃ悩んでいても、仕方がないしね。とにかく、あいつらを片付けましょう」 「そうだな。元の生物の特徴が残るベリアルと違って、ヨハネの使徒は完全に機械のそれだ。俺達の魔力を感知させて、子供達から引き離そう」 「異論はない」 『トール・フォルクス』が矢をつがえ、『ベルトルド・レーヴェ』は両の拳を打ち鳴らす。 「ならば、魔術真名を一斉に唱えよう。そうすれば奴さん達、無視は出来まい」 「子供達のいる館から離してしまえば、大きな的みたいなものです」 『エフド・ジャーファル』と『ヨナ・ミューエ』の言葉を総意とし、全員が頷いた。 そんな中で一人、『リチェルカーレ・リモージュ』はジッと館を見つめていた。 「どうした? リチェ?」 声をかける、相方の『シリウス・セイアッド』。その問いに、リチェルカーレは言う。 「歌が、聞こえる……」 「ああ、不思議な歌だ。住人は、皆死んでいると言う事だったが……」 ヨハネの使徒達の、冷たい殺意。それに包まれてなお、歌は途切れない。優しく、切なく、奏でられる。リチェルカーレは、呟く。 「悪いものには、思えない……。誰が、歌っているの……?」 答えはない。その代わりの様に、歌は延々と続いていた。 「それでは、行くぞ。準備は、良いな?」 エフドの言葉に返る、「応」という声。そして―― 「黄昏と黎明! 明日を紡ぐ光をここに!」 「ドント・フォーギブ!」 「不退転!」 「月と太陽の合わさる時に!」 「闇の森に歌よ響け!」 「その牙は己の為に!」 一斉に唱和される、魔術真名。高まった魔力の奔流に、森の木々が揺れる。 それに反応する様に、ヨハネの使徒達の文様にピピピッと光が走る。頭がキリキリと回転し、朱い複眼が浄化師達の姿を映す。獲物の存在を認識したのだろう。館に向かっていた身体もグルリと回り、大きく長い角の切っ先をロックオンする様に浄化師達に向けた。 「乗ってきたな」 大鎌を構えながら、エフドが言う。 「俺が亡者ノ呼ビ声で誘い込む。お前は館に一番近い奴を狙い打って注意を引いてくれ」 「分かってるわよ。おじさん」 蒼弓を構えるラファエラを背に、昏い歌声を纏って走り出すエフド。 使徒の一体が彼を見る。呼ビ声に囚われたか、朱い複眼が昏く瞬いてこちらを向く。 キュルキュルキュル! 6本の脚が回転し、土煙を巻き上げる。そのまま、猛烈な勢いで突進。しかし、エフドは動じない。カイトサイズを巧みに繰ると、見事な体捌きと合わせて迫る巨体を流す。態勢を崩す使徒。一閃する、カイトサイズ。迎エ討チ。かち上がった使徒の身体が大きく反る。顕になるのは、巨体の中心で輝く朱いコア。瞬間、エフドがヒョイと頭を下げる。その上を走る、風切り音。音速で飛来した矢が使徒のコアを貫いた。全身から火花を散らし、倒れる巨体。エフドが振り向けば、そこにはソニックショットで狙い打ったラファエラの姿。 「おいおい。俺の獲物だぞ?」 「悪いわね。最初のお相手が、取られちゃったのよ」 見れば、先ほどラファエラとやりあっていた個体が2人の喰人相手に刃を打ち合っている。 「成る程。それなら、今度はこちらがいただくとするか」 そして、再び纏う亡者ノ呼ビ声。交戦していた使徒が、ビクリと動きを止める。 「ヘイ。君を横取りに来たよ、シュガー」 不敵に笑うエフド。その後ろで、倒れた使徒が派手に爆ぜた。 「ヨハネの使徒と戦うのは、初めてね……」 迫る敵を見据えながら、足慣らしをする様にトントンと爪先で地面を蹴るリコリス。そんな彼女に向かって、トールは言う。 「何。いつもと変わらないさ。気負う必要はない」 「そうね……。だから……」 走り出す瞬間、残す言葉には万感の想い。 「あなたも気をつけて。トール」 目を丸くするトール。少しだけ間をおいて苦笑した。 「いつもと逆だな。これじゃ……」 言葉と共に構える、サバトの短弓。狙うは、館に最も近い個体。 「まあ、お前さんに当たっても仕方ないがな……」 前衛は厚い。防御を考える必要はない。ならば。 「付き合ってもらうぜ!! 少しばかりな!!」 猛々しい旋律と共に、白銀の閃光が飛んだ。 「気をつけてよ……本当に……」 相方の奏でる音を背に、リコリスは舞う様に疾走する。見定めるは、一体の使徒。それはナツキと対峙し、傷ついた個体。 「悪いけど、弱い所から崩させてもらうわ!」 肉薄すると同時に踏む、ステップ。 「哀れなお人形さん、切り刻んであげる!」 三身撃。光と見紛う剣閃が、唸りを上げて使徒を打った。 ギキキキキンッ! 連続して飛来した矢が、白い装甲を奏でる様に打つ。それに、鬱陶しそうに視線を向ける使徒。と、その頭部に黒い影が飛び乗る。 「気を散らしている暇があるのか?」 ゴッ! 振り下ろされたベルトルドの拳撃が、使徒の頭を揺らす。 「前のヤツよりも硬いな。一撃では、抜けないか」 そう独り言ちながら、もう一撃。使徒の複眼が明滅し、振り落とす気かキリキリと頭部を振る。 「おっと」 クルリと一転して飛び降りるベルトルド。間合いが近い。ここぞとばかりに、使徒が鎌の様な前足を振り下ろす。されど、詰めた間合いは故意。制裁。カウンターで、叩き込む。揺らぐ使徒。度重なる挑発に、朱い複眼が焦れる様にまた明滅。6本の足がキリキリと鳴って上半身を持ち上げる。意図は明白。巨体を使って、押し潰すつもり。しかし、一瞬早く飛来した矢がその動きを弾く。 「すまない」 矢を放ったトールに礼を言い、トンとステップを踏む。今度こそ、的確な間合いを取るベルトルド。彼の背後で、幾つもの魔方陣が展開する。 そこに立つのは、巻き起こる魔力(マナ)の波動に髪を波打たせたヨナ。片手に構えた、黄昏の魔道書。それが放つ光に、昏く顔を染めた彼女が言う。 「ベルトルドさん。しっぽが巻き込まれない様に、注意してくださいね」 「今更」 言葉と共に、身を翻す。同時に、 「エアースラスト!!」 凛と響く、ヨナの声。大気を揺るがし、嵐の様に飛来する魔力の鎌。剥き出しのコアを幾重にも切り刻まれ、ヨハネの使徒は無機質な叫びと共に爆散した。 ゴォン!! 硬質の音を立てて、長大な角とアスカロンが交錯する。 「お前らは、一匹残らず倒す! けど、それ以上に……」 使徒の刺突を、真正面から受け止めたナツキが吼える。 「子供達は守る!! 絶対に、傷付けさせねぇ!!」 弾かれ合う、角と刃。そのまま押し潰しに来る使徒を、一瞬早く後退して躱す。キリキリと鳴る駆動音。再び刺突の態勢に入る使徒。そこにぶつかる、小咒の炎。使徒の脚が止まる。 「あまり気負うなよ! ナツキ!」 「ああ、分かってるさ!!」 後ろを守るルーノに礼代わりにそう返すと、エッジスラストの勢いを利用して再び間合いを詰める。 「その脚、止めさせてもらうぜ!」 脚部関節に叩き込む斬撃。使徒が苛立ちの様な音と共に、前脚を振り回した。 「いつもより攻撃が荒っぽい……。意識するなと言う方が、無理か……」 ナツキの様子にルーノが眉を潜めたその時、 「お互い、パートナーがアレだと大変ね」 可憐な声が、風と共に彼の横を摺り抜ける。見れば、髪をなびかせたリコリスがナツキとせめぎ合う使徒に向かって駆けていく。 「ダンスの相手がいなくて、寂しいの。こっちに、混ぜてね」 言葉と同時に、軽やかに踏むステップ。戦踏乱舞。 「すまねぇ!」 力を得たナツキが、使徒の身体を押し返す。抵抗を試みる使徒。キュルキュルと激しく鳴く駆動音。そこに炸裂する、リコリスの三身撃。体勢を崩す使徒。その隙に、ルーノが天恩天賜を飛ばす。戦踏乱舞の効果に加えて、体力を回復したナツキ。一気に使徒の身体を弾き上げる。フワリと浮く巨体。 「もらった!!」 そのまま下に潜り込み、裁きによって威力を増幅させたエッジスラストを叩き込む。コアごと両断された使徒は、断末魔の呻きを上げて微塵と散った。 「気をつけて……」 リチェルカーレの呟きに頷くと、シリウスは使徒に向かって走り出した。後方に向かって流れていく大気と、風切る音。何倍もの速さで過ぎていく世界の中で、なおはっきりと聞こえるものがある。 子守歌。この刹那の瞬間において、なお優しく、愛しく、心に染むそれ。 彼は、思う。 (……何故、子供を集めている?) あの歌を、リチェルカーレは悪いものとは思えないと言った。彼女のそう言った勘は、外れない。では、この歌を奏でる者の真意は? 考えるべき事は、知るべき事は、いくらでも。大事な事。それを成すためにも、今は。 背後から力が飛ぶ。鬼門封印。彼女が放ったそれが、振り下ろされようとしていた鎌脚を封じる。 そう。今は、生き残る事。 意識を切り替え、シリウスはリバーススライスを抜き放った。 ガギィッ! 使徒の鎌脚と、ブラッド・シーの刃が弾け合う。後ろに下がりかけた足を力ずくで止め、クリストフはカチャリと眼鏡を直した。 「力比べでは不利の様だね……。ならば、搦手から攻めさせてもらおうかな?」 そう呟くと同時に、背後から聞こえる声。 「クリス!」 アリシア。悟ると同時に、身体が動く。敵の後方へ回る様に走り込む。追撃しようとした使徒の脚が、不可視の力に絡め取られる。 アリシアの、鬼門封印。ギシリと固まる、脚。その隙に、背後を取る。 「もらった」 裁き。攻撃力を上げた一撃を叩き込もうとした、その時。 ギョン! 発条が跳ね上がる様な音と共に、使徒の頭が縦に回転した。 「何!?」 予想外の動き。剣で受け止める事も、アリシアの鬼門封印も間に合わない。必殺の軌道を描いて迫る、使徒の角。鋭いエッジが、冷たく光る。アリシアが、悲鳴を上げる。そして―― ガキンッ 響いたのは、絶望の斬音ではなかった。迫る鉄角を阻んだのは、二本のリバーススライスと、別方向から飛んできたもう一つの鬼門封印。 「シリウス!」 「リチェちゃん」 ギリギリと角を受けた双剣を持ち上げながら、シリウスが問う。 「無事か?」 「ああ、すまない」 返礼と共に、走るブラッド・シー。動きを止められた角を、強かに打つ。三本の刃に弾かれ、流石に耐えかねたのか使徒の頭が元に戻る。 「封印が解けます! シリウス!」 リチェルカーレの呼びかけに、飛び退ける二人。その場所を、身体を回転させた使徒の角が鋭く凪いだ。 「ありがとう……。リチェちゃん……」 「いいえ。それよりも、一緒に援護を」 「ええ……」 頷き合い、共に前を向くアリシアとリチェルカーレ。その向こうでは、クリストフとシリウスも共に刃を構える。 チラリと隣りを見れば、シリウスの肩にはザックリと付いた傷。先刻、自分を庇った時に付けられたものだろう。 クリストフは、言う。 「大丈夫かい? 借りが出来たね」 「気にするな」 「いや。それでは俺の気がすまないよ。どうだい? 今夜、リチェちゃんと食事でも?」 その言葉に、苦笑するシリウス。 「分かった。なら……」 「ああ。さっさと終わらせよう」 瞬間、左右に分かれて疾走する二人。そこに、叩き落ちる使徒の角。相手の態勢が整う前に、シリウスは脚を。クリストフは背後を狙う。キュルルルル。明滅する使徒の複眼。状況を、瞬時で判断。右のシリウスは鎌脚が。後ろのクリストフは再び跳ね上がった角が襲う。しかし―― 「同じ轍を」 「踏むと思いますか……?」 迫る角を、アリシアの鬼門封印が封じる。同時に閃く、ブラッド・シー。硬質の音が響き、切断された角の先端がクルクルと宙を舞う。 もう一方。シリウスに振り下ろされる鎌脚。けれど、今度は飛んできた火球が炸裂し、鎌脚の軌道をずらす。リチェルカーレの小咒。絶対の信頼をおいていたシリウスは、その隙を逃さない。 「貰うぞ」 走る、リバーススライス。二本の刃が、使徒右体側の前肢一脚と二脚の関節を切り裂く。飛び散る火花。機動力を削がれた使徒の巨体が、傾ぐ。しかし。 キュイイイン。低く響く駆動音。膝を突いた一脚の付け根が、猛スピードで回転を始める。それを軸に独楽の様に回転し、シリウスとクリストフの二人をまとめて切り飛ばす魂胆。意図に気づいたアリシアとリチェルカーレが、三度(みたび)鬼門封印の構えを取る。どちらの発動が早いか。刹那のせめぎ合い。しかし―― オォン……。 響いたのは、昏い昏い、亡者の叫び。使徒の動きが、ピタリと止まる。瞬間、放たれる鬼門封印。二重の枷に囚われた使徒が、悲鳴を上げた。 「悪いね」 冷たい声でそう言って、クリストフが使徒の身体を蹴倒す。ひっくり返る巨体。そこに放たれる、磔刺。地面に縫い付けられる、使徒。 「終わりだ」 仰向けになった使徒。剥き出しになったコアに炸裂する、シリウスのソードバニッシュ。足掻く様に宙を掻く、6本の脚。それが、最期。長く尾を引く声を残し、使徒はその機能を停止した。 「やれやれ。これで最後かな?」 「ああ。他も粗方片付いた」 停止した使徒を注意深く確認していたクリストフに、かけられる声。見れば、そこには大鎌を肩に担いだエフドの姿。 「さっきの呼ビ声は、君かい? 助かったよ」 「何、気にするな。ちなみに、今夜の予定は空いてるぞ?」 「は?」 気づけば、エフドと彼の後ろに立ったラファエラが揃ってニヤニヤ笑っている。 「やれやれ。今夜は散財だね」 ずれた眼鏡を直しながら、クリストフは溜息とも苦笑ともつかない息をついた。 「さて、冗談はそれくらいにして……」 蒼弓でトントンと肩を叩きながら、ラファエラが館を見上げる。 「いよいよ、こっちの番ね」 「ああ。これからが、メインディッシュって言う訳だ」 そう言うエフドの後ろに、戦いを終えた他の浄化師達も集まってくる。 「歌は……続いていますね……」 耳を傾ける様に目を閉じるアリシア。その横で、ヨナも宙を仰ぐ。 「綺麗な声ですね。こんなに優しい歌を聴くなんて、いつぶりでしょう?」 「うむ。歌の事は分からないが、悪いものではないな」 ベルトルドも、顎に手を添えながら感心している。なんとも呑気な反応ではあるが。 「幾ら綺麗だからって、事の元凶はこの歌でしょう? どうせ、ロクなもんじゃないわよ」 「でもなぁ……」 いかにも嫌そうな顔で言い捨てるリコリスに、首を傾げながらナツキが言う。 「……この歌、悪意はない気がするんだよなぁ……」 「あら。なら、歌ってる誰かさんに頼んでみる? 子供達を返してくださいって」 「そうだな。子供達がいなくなって街の人が悲しんでるって話して、歌を止めてもらえるように頼んでみるか」 嫌味で言った言葉に素直に返されて、毒気を抜かれるリコリス。そんな彼女に苦笑したトールが、館の扉に近づく。 「とにかく、ここでこうしていても仕方がない。中に入ろう」 ドアノブにかかる手。 シリウスは気づく。その様を、リチェルカーレが真剣な眼差しで見つめている事に。彼女が、この歌に何かを感じているのは知っていた。せめて、その想いが裏切られる事がない様に。そう願い、そっと彼女の肩を抱く。 「さて。鬼が出るか、蛇が出るか……」 回るドアノブ。そして、扉は開いた。 上がり込んだ館の中は、すっかり荒れ果てていた。踏み込んだ何人かが、舞い上がった埃で咳き込む。 「ここに子供達は……いないみたいですね……」 ベルトルドの背に隠れながら見回していた、ヨナが言う。どうやら、怪奇現象の類は苦手らしい。 積もった埃。張り巡らされた蜘蛛の巣。黴の生えた、壁。 そこに、人の生活の気配はない。 「この様子、やはり、家人は……」 「まだ、分からないよ。あの歌が、聞こえる限りは」 ルーノの言葉にそう釘を刺したクリストフが、上を見上げる。 「二階……ですね……」 同じ様に見上げたアリシアが、そう呟いた。 上がる階段は、酷く長く感じられた。歌は、変わらずに流れてくる。優しく、愛しく、安らかな眠りに誘う調べ。時間すらも、泡沫の微睡みに沈んでいるのではないか。そんな疑念すら浮かぶ中、浄化師達は油断する事なく階段を上がっていく。 「ねえ、トール……」 隣りを歩く相方に向かって、リコリスが言う。 「祓魔人か喰人がいるなら、教団に連れて行かなきゃいけないのかしら……」 それは、この場にいる誰もが思っている事。ヨハネの使徒は、魔力(マナ)の強い人間を探知し、攻撃する。その使徒に狙われたと言う事は、この館の中に強い魔力(マナ)を持った人間がいる可能性が強い。そして、館の中にいるのは、消息を絶った子供達。 推測するのは、簡単な事。 魔力(マナ)の強い人間は、祓魔人か喰人である可能性が強い。そうであれば、教団で保護するのが通常の流れ。必然的に、子供は親から引き離される事になる。その事が、皆の心を責めていた。 「家族もいるだろうし、すぐには……」 悩む様子のリコリスに、トールは返す。 「確かにそういう子がいれば、いずれは教団に所属することになると思う。けど……」 紡がれるのはまた、また彼も悩んでいる証。 「いったん、街に戻ってからでも、遅くはないんじゃないか……?」 その言葉に、リコリスは少しだけ微笑んだ。 そんな二人を、背後から見ていたリチェルカーレ。その瞳の憂いを感じ取ったのだろう。シリウスが、問う。 「大丈夫か? リチェ」 本来なら、訊く必要もない事。彼女の心は、誰よりも理解している。少しでも心を刺激しないための、言葉のクッション。頷く、リチェルカーレ。そして、彼女も問う。 「シリウスは、どうしたいですか……?」 「無理やり連れて行きたくは、ない……」 彼の想いも、また同じ。 「家が、待っている家族がいるのなら、まずはそこへ……」 頷く、リチェルカーレ。願わずには、いられない。例えそれが、難しい事だとは分かっていても。 どんなに長い時も、いずれは終わる時が来る。階段の終わりが、見えてきた。近くなる、歌声。皆が、不慮の事態に備えて身構える。 後、三段。二段。そして―― そこにあった光景に、皆が絶句した。 大きく広がった空間。元々、大きな館ではあった。けれど、それを加味しても異常な広さ。天井があるべき場所に広がるのは、満天の星空。下で回るのは、大きな大きなメリーゴーランド。クルクルクルクルティンティン。穏やかに巡り踊る、木馬の馬車。その両脇には、幾重もの白いレースのカーテン。風もないのに、サラサラと揺れる。 異様な光景だった。 けれど、とても安らぐ光景だった。 ただただ、呆然と見とれる皆。 「何だよ……? こりゃあ……」 ナツキの呟きは、皆の思い。その中で一人、アリシアだけは、それを感じ取っていた。 「この、魔力(マナ)の波長は……?」 「どうした? アリシア」 「あの……」 クリストフの問いに、彼女が答えようとしたその時。 「皆、あれ!」 ラファエラが、声を上げた。 空間の中心で回る、馬車。その車の中に見える人影。眠っている様に見えるそれは……。 「子供だ!」 真っ先に駆け出したのは、ナツキ。皆も慌てて後を追う。回る馬車。数は七つ。その中に一人ずつ。子供が眠っていた。 そんな彼らを、浄化師達は一人ずつ助け出す。 手に抱いた少年の頬を、ペシペシと叩くエフド。少年が、薄らと目を開く。 「冒険はどうだった。もう夕飯時が近いぞ、坊主」 優しい呼びかけに、少年はパチクリと瞬きをした。と。 「おじさん。あまり気を抜かない方がいいわよ……」 「ん?」 視線を上げると、そこには険しい眼差しでメリーゴーランドの向こうを見つめるラファエラの姿。 「どうした? 何かあったのか?」 「感じない? 気配がするわ。物凄く、嫌な気配が」 「?」 「生まれる所を選べないのは、最悪の災難の一つだけれど……」 例え様もなく忌々しそうに、彼女は言う。 「おじいちゃんは、孤高の隠者ではいられなかった様で」 その言葉の意味をエフドが理解するには、今少しの時間が必要だった。 「よーし、怪我はねぇな。坊主。すぐに、家に連れてくからな」 寝ぼけ眼を擦る少年。その頭を撫でる、ナツキ。傍らで見ていたルーノが考える。 「子供を捕らえる為にしては、束縛が弱い……。目的は、別にあるのか?」 「目的って、何だ?」 「分からない。ただ……」 屈めていた腰を上げると、ルーノはメリーゴーランドの向こうを見る。 「害意は無い可能性もあるが、実害がある以上放置はできないな……」 その声音から、警戒の色はまだ消えない。 「ごめんね……遅れて……。怖かったでしょう……?」 助け出した少女を抱き締めながら、リチェルカーレは話しかける。けれど、返ってくるのは思いがけない答え。 「ううん。ぜんぜん、怖くなかったよ」 「え……?」 「おばさんが、ずっと傍にいてくれたから……」 「おばさん……?」 首を傾げる、リチェルカーレ。と、その背に声をかける者がいる。 「ええ……。この子達は、守られていました……」 振り向けば、そこにいたのはアリシア。彼女の瞳は、真っ直ぐにメリーゴーランドの向こうを見つめている。 「シアちゃん……?」 「行きましょう……。答えは、あそこにあります……」 そしてアリシアは、そこに向けて足を踏み出した。 「確かか? ヨナ」 「はい。間違いありません。7人の子供達の中には、祓魔人も喰人もいません」 ベルトルドの問いに、ヨナは答える。 彼女は、イレイス研究者の家系の生まれ。相応の知識もある。見立てに、間違いはないだろう。しかし……。 「なら、ヨハネの使徒は何に引き寄せられてきたんだ?」 「分かりません。ただ、可能性があるとしたら……」 ヨナが、何かを口にしようとしたその時。 「みんな!!」 メリーゴーランドの向こうから聞こえたリコリスの声が、皆の鼓膜を震わせた。 「どうした!?」 「何か、あったのか!?」 駆けつけた浄化師達の動きが、止まる。 彼らの目の前にあったもの。空間の奥に飾られた、巨大なステンドグラス。足元からそこに伸びる、朱いカーペット。そして、そこここに転がる、三つの純白の塊。 「ヨハネの使徒!!」 その正体を察した皆が、一斉に武器を構える。けれど。 「落ち着け。よく見ろ」 皆から一歩前に立っていたトールが、手前のラファエラが構えていた弓の端を掴んで下ろさせる。 その言葉に、もう一度目を凝らす。 白い攻殻に包まれた身体。間違いなく、ヨハネの使徒のもの。大きさは、3体ともに、一メートル前後。先に外で戦ったものよりも、随分と小さい。その分機動力は高い筈で、戦えば手こずる事は、明白だった。ただし。 「……死んでる、のか……?」 ナツキが呟く。 そう。床に崩れる様に伏した身体は微塵も動かず、その外郭には埃が積もっている。目には光がなく、頭部にあるコアは破壊されている。機能を停止している事は明白だった。 「どうして……」 呟くリチェルカーレ。その横で、シリウスが何かに気づいた。 「皆、あれを……」 彼が示したもの。それは、空間の奥。煌々と輝く、ステンドグラスの下。そこには、一体の使徒の屍がある。そして、その奥にもう一つ何かが。 そして、皆が気づく。件の子守歌。それが、その何かの場所から聞こえている事に。 「!!」 リチェルカーレが、動いた。何かの元へ、脇目も振らずに駆け出す。 「リチェ!!」 後を追う、シリウス。皆も、慌てて続く。 目指す場所。辿り着いた、リチェルカーレが、目を見開く。 「うお!?」 「これは!!」 後から来た者達も、次々に驚きの声を上げる。崩れ落ちた、使徒の骸。その前肢はスピアの様に伸びていて、先端に『それ』を貫いていた。 純白の槍に刺し貫かれたもの。それは、一体の遺体だった。 数ヶ月が経過しているであろうそれは、既に粗方白骨化している。残った髪は長いブロンドで、それが女性だった事を如実に表している。けれど、経験を積んだ浄化師達を驚かせたのは、そんな些細な事ではない。事象は、三つ。 一つ。その遺体が伸ばした右手。それから伸びた、黒鉄の茨蔦の様なものが、使徒のコアを貫いている事。 一つ。既に死している筈のその口が、カタカタと動いて子守歌を奏でていた事。 一つ。かき抱く様に曲げられた左腕。その中に、息づく者があったという事。 「何だよ……。これ……」 呆然とするナツキの横で、ルーノが遺体の手から伸びた茨蔦を確かめる。 「これは……魔術によるものか? しかし、この状況は……」 「そうだね。どう見ても、この方が使徒を倒したとしか思えない」 ルーノの言葉を継いで、クリストフが言った事。それに、リコリスが目を丸くする。 「冗談でしょ!? いくら魔術が使えるからって、普通の人間が使徒を三体も……」 「不自然じゃ、ないわよ」 思わず口に出した事を否定され、リコリスが振り返る。そこにいたのは、苦虫を噛み潰した様な顔をしているラファエラと、歩み寄ってくるアリシアとヨナ。そして、先刻助け出した子供達。リコリスは、問う。 「どう言う事?」 「説明してやって」 ラファエラが、促す様にアリシアとヨナを見る。 「確認しました……。この館にかかっている術は、魔術由来のものではありません……」 「え……?」 「これは、紛う事なく『魔法』によるものです」 「な……!?」 アリシアの言葉を聞いた皆が、一斉に息を呑む。それが意味する事を、誰もが理解出来たから。 「魔法って、それじゃあ……」 「はい」 戦慄くリコリスに、ヨナが答える。 「この館のご婦人であろうこの方は、人間ではありません」 「そう。この女は」 最後を継いだラファエラが、遺体を見て面白くもなさそうに言った。 「『魔女』、よ」 と。 「……恐らくは、スケープゴートだったのだと思われます……」 回るメリーゴーランドを示しながら、アリシアは説明する。 「この馬車は、魔力(マナ)で構成されています……。これに、子供を乗せれば、強い魔力(マナ)を持っている様に偽装出来る……。これを複数用意する事によって、使徒の感知能力を惑わしていたのではないでしょうか……」 「使徒達が、迷って館への侵入をしかねていたのは、その為か」 納得した様に言う、ベルトルド。アリシアは頷き、話を続ける。 「きっと、最初に使徒の襲撃を受けた時、撃退はしたものの、同時に致命傷を受けたのでしょう。それで、今際の際に最後の力を使って己と、この館に魔法をかけた……魂囲いの術と、守り歌の二つを……」 「それでは……」 リチェルカーレが、『彼女』の腕の中へと視線を落とす。 「はい……。全ては……」 細い指が、リチェルカーレの視線の先で寝息を立てるものに伸びる。 「この子を、守るため……」 言いながら、アリシアは眠る少女の頬を撫でた。 「間違いありません。この子から、強い魔力(マナ)を感じます」 「それじゃあ、この子が……」 「はい。祓魔人か、喰人の素質を持つ子かと……」 ヨナの言葉に、皆が納得した様に溜息をつく。 「人間と魔女の間に出来た子……。当然と言えば、当然と言うべきかな……」 「この事を予見していたから、人里離れた場所に居を構えていたのか……」 呟くクリストフとトール。エフドが膝をつき、『彼女』に語りかける。 「奥さん、これが愛の結果なら、流石にあんまりですぜ……」 その横では、ラファエラが疲れた様に頭に手をやっている。 「全く……。いくら人間嫌いだからって、魔女に手を出すなんて……」 「そうね。確かに、愚かかもしれない。けど……」 『彼女』の薬指にはまる指輪を見た、リコリスが言う。 「それでも、一人は、寂しかったんでしょうね……。お互いに……」 呟くその声は、何故かとても優しかった。 「もう、休ませてあげましょう……」 リチェルカーレが、そっと手を伸ばす。抱き取ろうするのは、『彼女』の胸に眠る幼子。 「……連れて、いくのか?」 問いかけるシリウスに、頷くリチェルカーレ。 「もう、この子に家族はいない。居場所もない。それなら、私達がなります。この子の、新しい家族に。新しい、居場所に」 リチェルカーレが、『彼女』の腕から子供を取ろうとしたその時。 ガクン! 突然『彼女』の頭が下がり、リチェルカーレの腕に噛み付いた。 「!」 「リチェ!!」 「待って!!」 思わず剣を抜こうとしたシリウスを、リチェルカーレの声が止める。彼女は、言う。 「大丈夫。この女(ひと)は、お母さん……。誰よりも、この子の事を想っている筈……。話せば、きっと分かってくれます……」 ギリギリと喰い込む歯。滲み出す血。痛みに耐えながら、リチェルカーレは『彼女』に語りかける。 「お母さん……お気持ちは、分かります……。辛いですよね……不安ですよね……。こんなになってまで、守ろうとした娘ですから……。けど……」 伸ばした、もう一方の手。それが、遺体の手を握る。 「分かってください……。あなたには、もうこの子を育てる術はない……。この子の、帰る場所になる事も出来ない……。悲しいけれど、それが確かな事……」 語りかける。優しく、諭す様に。 「信じてください……。私達を……。確かに、辛い事や……寂しい思いを、させてしまうかもしれません……。けれど、私達は必ずこの子の傍にいます……。戻る場所で、あり続けます……。だから、どうか……」 隣りで、誰かが座る気配がした。見れば、シリウスが彼女に寄り添う様に座している。 「言葉だけで信じろと言うのは、無理かもしれない……」 そう言って、剣を抜く。冷たく光る刃を己の首に押し当て、その柄を『彼女』の手に握らせる。 「ならば、俺はその証として、この命を置こう。もし、リチェの誓いの結果が貴女の想いにそぐわなければ、その手でこの刃を引いてくれ」 「シリウス……」 「言うな。俺達は、パートナーだ。お前の願いは、俺の願い。全てを賭けるのは、当然の事だろう」 その言葉に、少しだけ瞳を揺らすとリチェルカーレはもう一度、『彼女』の手を握る。 「お母さん、どうか……」 その様を、他の浄化師達も見つめる。想いは、同じ。皆の目が、それを語る。 そして、その想いを紡ぐのは、彼らだけではない。 いつしか、七人の子供達がリチェルカーレ達の周りに集まっていた。彼らは口々に言う。 「大丈夫だよ。おばさん」 「この人達、優しいよ」 「おばさんと、同じ目をしてる」 「おばさん、言ってくれたよね。『ごめんなさい。でも、あなた達は必ず守るから』って」 「だから、わたし達、怖くなかった」 「その時のおばさんと、同じ目をしてる。だから……」 「信じて、あげて」 子供達の手が、『彼女』の手を握るリチェルカーレの手に重なる。そして―― カツン。 リチェルカーレの腕から、『彼女』の口から離れた。同時に、幼子の身体がスルリと抜けてリチェルカーレの腕に収まる。 「分かって……くれたんですね……」 頷く様に、崩れ落ちていく彼女。同時に、周囲の光景も変わり始める。星空が、メリーゴーランドが、なびくレースのカーテンが。まるで、水をかけられた絵画の様に溶けていく。 「術が……解けます……」 アリシアが、呟く。 全てが溶け落ちた後に残るのは、埃にまみれた普通の寝室。 いつしか、子守歌は止んでいた。 「わりぃな。ルーノ」 「止めた所で、聞かないだろう」 館の庭にあった、桜の木の根元。そこに、ナツキとルーノが穴を掘っている。館の住人を、弔うための墓穴。 館の主人であり、『彼女』の夫であった男の遺体も、件の寝室で見つかった。家族を、守ろうとしたのだろう。その手には、折れた剣が握られていた。 「……愛して、いたのね……」 男性の薬指にはめられていた、結婚指輪。それを見つめながらラファエラが呟いた言葉が、何故か酷く心に残った。 助け出された子供達は、リコリスとトールが街まで送っていった。住民達の弔いは、今ここで行っていく。残りは、事後処理だけ。 件の幼子は、まだ眠っている。 リチェルカーレの腕の中で寝息を立てる彼女を見つめながら、ヨナが言う。 「この子が目を覚ましたら、私が話をします。浄化師に関する待遇や規則を隠さず教えて、その上で来て欲しいと……」 幼子の頬を撫でながら、ヨナは微笑む。 「……良い所かはわかりませんが、悪い所ではないですよ……」 囁く言葉は、届くだろうか。 「よーし。これでいいだろ」 二人の亡骸を葬ったナツキが、額に滲む汗を拭う。 「……これを……」 かけられた声に振り向けば、そこには花を持ったアリシアとクリストフの姿。送る手向けを、積んできたのだろう。 土の上に掲げられた、一本の十字架。手近の木材で作られたそれの根元に、花を置く。 「……こんな事しか、出来ませんが……」 「十分だよ。共に眠る事が、出来るなら……」 俯くアリシアの肩に、クリストフがそう言って手を置いた。 その場にいる皆が、祈りを捧げる。その時、吹き渡る一陣の風。雲が流れ、太陽が顔を覗かせる。輝く光が桜の梢を通り、木漏れ日となって墓の上に落ちた。と、 ……春に桜が香る夜は……雲雀が恋歌歌うまで……父の背に乗り眠りましょう……。 ……夏に蛍の灯火燃ゆる夜は……椎に空蝉止まるまで……婆の歌にて眠りましょう……。 何処からともなく流れ始める、メロディー。皆が、空を仰ぐ。 「歌だな……」 「別れる我子への、手向けと言った所か……」 ベルトルドとエフドの呟きに答える様に、歌は続く。 ……秋に雁が渡る夜は……サルナシの実が熟れるまで……爺の語りで眠りましょう……。 ……冬に雪虫舞う夜は……雪が星に変わるまで……母に抱かれて眠りましょう……。 シリウスは、ふと気づいた。流れる調べに、リチェルカーレが真剣な面持ちで耳を傾けている。 「リチェ?」 「歌を、覚えておこうと思って……」 そう言って、彼女は腕の中の幼子を見る。 「この子が眠れない夜は、私が歌ってあげます。あの女(ひと)の代わりに……」 「そうか……」 そして、シリウスはそっと彼女の肩を抱く。 揃って心に刻むは、想いの調べ。 ……お目々覚めたら上げましょう……雲雀が歌った恋歌を……空蝉止まった椎の枝…………青くて甘いサルナシを……雪色に光る星の屑……。 歌は続く。木漏れる光の中で。優しく、愛しく。全ての心を、包む様に。 ……だからお休み……可愛い子……お眠り……お眠り……愛しい子……。 帰らぬ時。母の記憶を、抱く様に。一つの雫が、キラリと落ちた。
|
||||||||
![]() |
![]() |
![]() |
*** 活躍者 *** |
|
![]() |
|||||
|
| ||
[17] リチェルカーレ・リモージュ 2019/03/16-21:20
| ||
[16] リコリス・ラディアータ 2019/03/16-20:28
| ||
[15] ルーノ・クロード 2019/03/16-12:50
| ||
[14] ヨナ・ミューエ 2019/03/16-04:11
| ||
[13] クリストフ・フォンシラー 2019/03/16-00:10
| ||
[12] ルーノ・クロード 2019/03/15-00:12
| ||
[11] リチェルカーレ・リモージュ 2019/03/14-23:56 | ||
[10] ヨナ・ミューエ 2019/03/14-21:24
| ||
[9] リコリス・ラディアータ 2019/03/14-13:47
| ||
[8] クリストフ・フォンシラー 2019/03/12-23:59 | ||
[7] リチェルカーレ・リモージュ 2019/03/12-23:15 | ||
[6] ヨナ・ミューエ 2019/03/12-17:45
| ||
[5] リコリス・ラディアータ 2019/03/12-06:36
| ||
[4] エフド・ジャーファル 2019/03/11-23:26
| ||
[3] リチェルカーレ・リモージュ 2019/03/11-22:08
| ||
[2] アリシア・ムーンライト 2019/03/11-21:46
|