~ プロローグ ~ |
海に面したこの村では、昔から漁が盛んだ。 |
~ 解説 ~ |
『自分のパートナーに浴衣を着付けてあげましょう!』 |
~ ゲームマスターより ~ |
こんにちは。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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浴衣の柄はお互いに相手のものを選ぶことに トールは髪の色が目立つし、逆にシンプルな方が引き立っていいかも 海の近くだし青海波なんてどうかしら 私のは…わぁ、すごく綺麗 でもこんなに豪華っぽいの、いいのかしら 天女!?な、何言ってるのもう…ちょっと照れるけど嬉しい それじゃさっそく着付けしてみましょう 恥ずかしさはあまりないけど さすがに前を合わせる時や帯を締める時は体が密着してドキドキするわ 自分がされる時よりも、トールにする時の方が 自分から抱き着いているみたいに見えるし… 何とか着付けもできたし、少し海辺で散歩しましょう ねえトール、その天女っていうのは何…え? 抱き締められ 馬鹿ね、私の帰る場所は天なんかじゃないわ |
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◆ローザ 瞬く間に個室に押し込まれてしまったな… ヘイリーが相手だというのが癪だが、浴衣には心惹かれる ヘイリーを先に着付ける事にして…慌てて背を向ける 羞恥心が無いのかこのおっさんは…! 肌着を着たヘイリーに向き直り、マダムの指示に従い浴衣を着付ける お世辞にも手際は良く無いが真剣に着付けていく 驚く程に似合っているな…普段から浴衣で過ごしたらどうだ? ◆ 次は私の番だが…その、女性用の浴衣に代えて貰っても良いだろうか? 後ろを向けと釘を刺して、肌着を着る …村の娘が着ていた姿が、綺麗だと思ったんだ 背筋を伸ばし、着付けて貰う中 村の営みが聞こえる …この村は活気があり、温かい …貴方の故郷は、この村の様だったのだろうな |
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~ リザルトノベル ~ |
●天女の羽衣 着付け用の個室へと案内される前に、リコリス・ラディアータとトール・フォルクスはとある一室に揃って招かれた。 お互いの浴衣を選び合いたいと申し出たふたりの為に、そこには色とりどりの布が所狭しと広げてある。 こちらに背を向けるようにして女性用の――というより、むしろリコリス用の――浴衣を選んでいるトールをちらりと盗み見て、リコリスは考えを改めた。 これまではトールの明るく実直な性格や目立つ髪と渡り合えるような派手な柄ばかりに狙いを定めていたが、逆にあの見事な赤髪と対になるようなシンプルなもののほうが、トールの容姿により一層映えるのではいか、と。 そうして手に取ったのは、海辺の村に相応しい青海波が全面を飾る浴衣だった。 生地の衿元は濃い水色をしており、裾にいくにつれて白くなっていく。 それに合わせて青海波の色も白から水色へと変化していくという、たったの二色のみで緻密な美しさと威勢の良さを見せる浴衣は、きっとトールの髪を引き立てるだろう。 「リコ。決まった?」 返事の代わりにどことなく自慢げな表情でその浴衣を見せると、トールの顔が夏に咲くひまわりのようにぱっと明るくなる。 「俺の浴衣は海の模様なんだな。旅してて海を渡ることもあったし、これ気に入ったよ」 でしょう、と頷いたリコリスの瞳に期待の色を見つけ、トールは手にしていた浴衣をにっこり笑って広げる。 クリーム色の生地のそこかしこに、薄いピンクに色づく薔薇が本物そっくりに描かれていた。 奇しくも同じ考えだったのか、リコリスの髪の色とは真逆の色使いのそれは、嫌味にならない程度に豪奢な雰囲気を纏っている。 「綺麗……でもこんなに豪華っぽいの、いいのかしら」 「いいに決まってる。リコにはやっぱり花かなと思って、薔薇にしてみた。絶対に似合うし、絶対に着こなせる。これを着たリコが松林に立っていたら、天女と見間違えそうだな」 自信たっぷりの断言。 上品さと可憐さを併せ持つ浴衣を前にして、衣装に“着られる”ことになるのでは、と心配していたリコリスの頬が、薄っすらと薔薇のように染まる。 「天女!? な、何言ってるのもう……ほら、着付けに行きましょう」 照れ隠しなのか、着付け教室の会場となる和室にさっさと逃げてしまった少女を追いながら、本気なんだけどなあ、とトールは首を傾げた。 ふたりが選び終えるまで待機していた着付けの講師は、それぞれが持ってきた浴衣を見て、 「あらあら、まあまあ。ふたりとも、お相手のことをよう考えてますねえ。最良の選択ですよ」 とのほほんと微笑み、更にリコリスの頬を熱くさせた。 ではまず女性の方の着付けから、と言われ、隊服の袖を捲り、トールは神妙に唸る。 「リコ。最初に謝っとくな、変な所に当たったらごめん」 「変な所?」 一蓮托生でもある相手に肌を見られることや着替えを手伝ってもらうことに関して、特に恥ずかしさを覚えないリコリスは、浴衣用の肌着に着替えながら不思議そうに聞き返した。 「あ、いや! 決してリコの体が変だと言ってるわけじゃなくて!」 「……わかってるわよ。トールったら」 優しい相棒の気遣いの真意をきちんと汲んで、リコリスは僅かに目尻を和らげた。 変な所だろうが、変でない所だろうが、彼に体を預けることに不安など一切ないのだ。 「はい、羽織らせて。衿は右前になるように。つまり左衿が上になるにように」 「左、って? 俺から見て?」 「ラディアータさんから見てですね」 「あ、こっちか。苦しくないか? リコ」 「平気よ」 この後。 裾の丈を決める際も、もちろん腰紐と胸紐を結ぶ際も、だてじめを巻く際も、はっきりとした濃いピンクの帯を結ぶ際にも、トールはひっきりなしにリコリスに苦しくないか、と問いかけた。 うんざりすることもなく、その度にリコリスは、平気よ、と答える。 帯を綺麗な蝶々結びに整え、トールは一歩下がってリコリスの上から下まで真剣に見つめた。 それはもう、見られている側がたじろいでしまうぐらいに。 「おはしょり、でしたっけ? もう少し長くしたほうがリコが可愛くなりますか?」 「いえいえ、これがベストな長さですよ。充分可愛らしいやない」 「……」 これ以上見つめられたら穴が開いてしまう、とリコリスは居心地悪そうに裸足の爪先で畳をなぞる。 ただでさえ、時折どうしても体が密着してしまう工程で心臓が喧しく騒いでしまったのに。 体を預けることに不安はなくとも、やはり相手が特別であればあるほど胸はどうしても高鳴ってしまうのだと、リコリスは学んだ。 「交代よ」 「ああ。よろしくな」 無理矢理にトールを鏡の前に押し出すと、信頼に満ちた屈託のない表情を向けられ、リコリスはそっと下唇を噛み締めた。 何故だか胸が痛い。 やっぱり、帯が苦しいのかもしれない。 攻守交代。 ただでさえ洋装とは異なる衣類を着て動きにくいだろうに、深い茶色の瞳にひたむきさを湛え体格差に負けずに手を動かすリコリスは大変に微笑ましい。 「そうそう。そのまま、衿先を押さえたまま腰紐を回して」 「こ、こうかしら」 細い腕が正面から腰骨の上にぐるりと回されると、トールはそっと窓の外に視線を逃がす。 これじゃあまるで、抱き着かれているみたいではないか。 健気に頑張っているリコリスのことを抱き締めたいのはこちらのほうで、その衝動を今は堪えているというのに。 身長差のせいだろうか、苦戦中のリコリスもまた、帯を締めつつ同じことを感じていた。 自分からトールに抱き着いているようで、どうにも気恥ずかしさを抑えられない。 ごつごつとした骨格を意識すればするほど、帯の長さの調整が困難になる。 「あ……苦しくない?」 「全然。楽しい」 遅ればせながら具合を尋ねてみれば、やけにきっぱりと否定されたが。 「うーん、ちょっと締め過ぎやねえ」 講師の一言を聞き濃紺の帯を急いで緩めるリコリスは今日一番可愛かった、とのちにトールはそう語る。 時間をかけて無事に着付けを終えてから、ふたりは海辺を散歩することにした。 下駄を履いた歩調はいつもよりも緩慢だ。 ちょうど昼時だからなのか、着付け中は室内まで聞こえるほど歓声をあげて遊びまわっていた子どもたちの姿もなく、眠気を誘うような波の音が辺りに響いている。 「リコって結構不器用なのか?」 「違うわ。着付けは……そう、初めてだったから。それにトールが、」 「? 俺が?」 「……無駄に大きいから手間取ったのよ」 あなたとの距離が近すぎて、なんだか落ち着かなかったから、とは言えずにそっぽを向いて誤魔化す。 穏やかな風が、リコリスの豊かな髪を宙へと遊ばせる。 折角だから髪も纏めてみてはどうかという有難い申し出は断った。 青い海面を眺めながら右手で髪を押さえ、そのまま無意識に大切な髪飾りにそっと触れる。 ふと。 何も言い返してこないトールを不審に思い振り返ってみれば、金色の双眸と視線がかち合った。 先程、浴衣を着付け終えた直後に凝視されたときよりも更に真剣な眼差しに、リコリスは怯む。 「何を考えているの」 「綺麗だなあって」 それを聞いて、密かに胸を撫で下ろした。 何か、とても大切なことを告げられるのかと思って身構えてしまった自分を恥じて苦笑した。 「またそんなことを……」 「だって本当に、やっぱり天女みたいだ」 優しい口調は、しかしリコリスが茶化して逃げることを許さないような雰囲気も持っていた。 まるで壊れ物でも扱うかのような加減で背後から抱き締められ、リコリスはくすぐったそうに肩を竦めた。 これじゃあ帯のほうがよっぽど強くリコリスを抱き締めているくらいだ。 「暑かったらごめんな。天女が天に帰ってしまわないように、少しだけこうさせてくれ」 (暑くはないわ、でも熱いの) 率直な感想を口にする勇気もなければ、そもそもこのようなことを思う自分に戸惑いさえ感じる。 帯の形が崩れない範囲で、ほんの少し、ほんの少しだけ、リコリスはトールの胸板に凭れかかった。 「馬鹿ね、私の帰る場所は天なんかじゃないわ」 この距離とこの言葉が、今のリコリスの精一杯だった。 「そうか」 「そうよ」 着付け中にも何度か鼻先を擽った甘やかな香りをゆっくりと味わうトールの浴衣と同じ色をした海だけが、ふたりを見守っていた。 「天女の羽衣伝説って知ってる? 私も詳しくは知らないのだけど、この地域にはそんなお話があるみたいよ」 「へえ、じゃあ一緒に聞きに行くか」 ゆっくりと体を離し、履き慣れない下駄のせいにして、ふたりは普段よりも寄り添うようにして歩き出す。 慣れない下駄で転んでしまっては、明日からの任務に支障が出るかもしれないという立派な理由があるのだから、誰もふたりを咎められないだろう。 ●あなたは知らない、誰かの故郷 すれ違った娘の、模様こそ決して派手ではないものの見事な染色が施された浴衣に目を奪われ、ローザ・スターリナは思わず立ち止まって振り返る。 折良く吹いた風はうっすらと潮の香りを纏いながら、娘の袂を羽のように膨らませた。 日に焼けた項と浴衣のコントラストを暫し眩しそうに眺めてから前に向き直ると、相変わらずの仏頂面でジャック・ヘイリーも何かを――誰かを注視していた。 それは青海波柄の浴衣を着た男性と花柄の浴衣を着た少女のふたり組で、特に少女は利発そうな顔立ちと綺麗な浴衣が危ういバランスの上で完璧な魅力として完成している。 (美しいお嬢さんだ。……美しいが、もしかして彼女に見惚れているのか? このおっさんが?) 靄が立ち込めそうな己の心情を無視して、ローザは長い脚で大股に歩き出す。 「おい、はえーよ。待て」 「これは失敬。だらしなく鼻の下を伸ばしているようだったから、邪魔しては悪いと思ってね」 「ハア?」 慇懃無礼な物言いのローザのあとに続きながら、ジャックは思い切り顔を顰めた。 「鼻の下だ? 俺ァああいうのじゃなくてもっと地味な浴衣がいいと思ってただけだが」 テメェ何言ってやがる、と訝しむジャックのほうを見もせずにローザは進む。 ああそうだ、こいつはこういう無粋な男じゃあないか、と自分自身に言い聞かせながら。 見知らぬ土地に降り立ち、見慣れぬ衣装を目にしたせいで、どうも思考回路がおかしくなってしまっていたらしい。 戦闘中以外ならば、ジャックが何に見惚れようがこちらには一切関係ないのだ。 指定された一軒家を訪れ、出迎えてくれた騒がしい婦人にローザが普段通りスマートに振舞えたかどうかと言えば、答えは否。 お喋り好きらしい婦人にあれよあれよと中へあげられ――玄関で靴を脱ぐように指示されジャックと共に僅かに戸惑い――、気が付けばふたり揃ってこじんまりとした畳敷きの部屋に放り込まれていた。 「瞬く間に押し込まれてしまったな……」 似合う浴衣をすぐに用意するわねと言い捨てて台風のように去って行った婦人のパワフルさに圧倒されていたローザがぽつりと呟くと、珍しくジャックも同意した。 「ああ……こうなったら断れる状況じゃねぇな」 「ごめんねえ! お待たせ!」 すぱーん! と開いた襖にまた珍しくもふたり同時に肩を揺らして驚き、 (待つ暇もなかった) (待ってねぇよ) 珍しく心の声も同じだった。 「おにいさんらふたりともイケメンさんやからなんでも似合いますよお。どちらから着られます?」 どうやらローザのことを男性だと勘違いしているらしい婦人に、本人はその間違いを指摘するつもりはない。 いつものことだし、その間違った認識が狙いでこの格好をしているのだ。 ジャックに着付けてもらうのは癪でしかないが、元より男物の浴衣を着るつもりだった。 「俺からだ」 ローザに対して協調性というものを一切見せないジャックが、相談もなしに立候補する。 そしてなんの抵抗もなく服を脱ぎ出した。 特に異存もないので口を挟まずにいたローザの真ん前で、だ。 他人の着付けに慣れている婦人は動じることなく肌着を差し出しがてらジャックの筋肉質な体を褒めている。 つまり内心取り乱しているのは、この場ではローザだけ、というわけだ。 (羞恥心がないのか、このおっさんは……!) 咳払いをして、羞恥心もデリカシーもない男に背を向ける。 「おい」 短く呼ばれ、いつもの隊服を脱ぎ上下に涼しげな肌着のみを纏ったジャックと向き直る。 そこに在るのは、どれだけ完璧に男装しようとも、どれほどの女性を大切に扱おうとも、ローザには手に入らない肉体だった。 「さあ始めましょう! ヘイリーさんは体格で着こなせる方やと思いますので、無地のシンプルなものにしましたよ」 風通しのいい素材なのか、その藍色の浴衣はローザの手や腕にも爽やかな触り心地を与えてくれる。 なんの恥じらいも見せないジャックにそれを羽織らせ、流石に世間話の類を引っ込めた婦人の説明に耳を傾けた。 まずは背縫いを体の真ん中に合わせろと言われ、後ろに回って厚みのある背中を小突く。 「おい、マダムが言ったように袖を引っ張れ」 「今やろうとしたんだよ」 「喧嘩はあかんよ~」 「「……」」 「次は前に来て。衿は右前になるように。つまり左衿が上になるにように合わせてね」 「左とは? 私から見てかな」 「あら、嫌やわ。ヘイリーさんから見てですよ」 「ああ、なるほど。……馬子にも衣裳だな」 「うるせぇ」 喧嘩をする前に衿先を腰骨に当てて裾を調整しろと言われ、ローザも徐々に平素の対抗心を治めて集中していく。 しゃがんだほうがやり易いという助言を受け、素直に畳に膝をついたローザは、仁王立ちになってされるがままのジャックよりも当然目線が下になる。 片手を絶えずジャックの腰の上に固定し、初心者特有のもたついた動きで紐を結んだり生地を引っ張ったりするローザの銀髪を、ジャックは黙って見下ろしていた。 彼がローザのつむじを見下ろすなど、めったにないことだ。 真面目に作業に没頭するローザは黙々と手だけを動かしている。 やけに白い手だと、ジャックは常日頃から思っていた。 「……、ちときつい」 無駄な諍いをする場面ではないと判断したジャックが、幾分角の取れた口調で申告すると、 「ん、そうか。すまない」 やはりローザも棘のない言葉を返し、結んだばかりの紐を解きにかかる。 体のあちこちを触る手に不快感はなく、むしろ欠伸が零れそうな心持だ。 跪く相方の観察も飽き、村の喧騒が届く窓へと退屈そうにジャックが視線を転じた矢先、 「終わったぞ」 晴れ晴れとした様子でローザが立ち上がった。 藍色の浴衣の裾が、ジャックのくるぶしのやや上で揺れている。 不格好ながら貝の口に結ばれた金の帯に掌をあてがいながら、ローザと一緒に鏡を覗き込んだ。 「驚く程に似合っているな……普段から浴衣で過ごしたらどうだ?」 「……まぁ楽だな、この格好も。悪かねぇ」 浴衣が悪くないのか、着付けの仕方が悪くないのか。 そんな野暮なことを聞く代わりに、ローザは申し訳なさそうに婦人に声をかけた。 「次は私の番だが……その、女性用の浴衣に代えて貰っても良いだろうか?」 ジャックに用意したものと同じ浴衣を広げていた婦人は、まじまじとローザの端正な顔を凝視したあとに、箪笥から引っ張り出した女性用の下着を手渡すと騒がしく謝罪して部屋から飛び出して行った。 「男物じゃなくて良かったのか? 何時も男の格好してんだろ」 「おい、後ろを向け。…………村の娘が着ていた姿が、綺麗だと思ったんだ」 白いワンピースのような肌着を身に着けながら、ローザは小さくそう付け足す。 それを聞いたジャックは否定も肯定もせず、そうか、とだけ不愛想に返した。 室内に沈黙が満ちた、かと思いきや。 「スターリナさん! ごめんなさいね! 確かに男の方にしては線の細い綺麗な方やなとは思ってたんですけど~」 またもや即座に再登場した婦人が持ってきたのは、淡い水色の地に白で麻の葉模様が染め抜かれた目にも涼やかな浴衣。 一目で気に入ったローザは、いつものパンツスタイルとは大きく異なる衣装への不安を抱きもせず、一刻も早く着付けを完了してもらう為に背筋を伸ばしておとなしくジャックに協力することにした。 婦人の説明にぶっきらぼうな相槌を打つジャックの手つきも視線も、実に遠慮のないものだ。 迷いなく異性であるローザの肢体に触れる。 だからといって、乱暴でも雑でもない。 調節した下前を腰に巻く為に浴衣の前を開いたときも、ローザに羞恥心を抱くような動きではなかった。 腰紐を結ぼうとしてローザの細い腰を抱いた逞しい腕。 ぐ、と背中を固定する大きな掌。 背縫いを持って衣紋を抜く節くれだった指。 そのどれもが武骨な優しさを纏っており、ローザは文句をつけようとすら思えなかった。 開け放った窓からは、遊びまわる子どもや、商人、漁から帰ってきた漁師とそれを出迎える家族たちの声が聞こえてくる。 「この村は活気があり、温かい。……貴方の故郷は、この村のようだったのだろうな」 ぽつりと。 ほとんど独り言のように洩らした素直な心境が聞こえたのか聞こえなかったのか、返答はない。 返事の代わりに、ジャックは必要以上にきつく帯を締めた。 背後に回っていたおかげで、故郷の二文字を聞き一瞬強張った顔を誰にも見られずに済んでよかったと、少しばかり安堵しながら。 「き、きついぞ」 「そーか」 すぐにいつもの仏頂面に戻ったジャックは、今度こそ程良い加減で帯を結び終えた。 婦人に勧められ、またもや揃って鏡を見る。 今度はローザも浴衣姿だ。 ジャックの浴衣の色と同じ藍色の帯が、ローザのきめ細やかな白い肌を美しく引き立てている。 「……確かに、綺麗なもんだな」 喧嘩腰でもなければ貶す意味合いでもない素直な誉め言葉に、ローザは目を瞠った。 しどろもどろになったローザを置いて、お茶を用意してくれるという婦人のあとに続き、ジャックはさっさと行ってしまう。 元から着ていたのではないかと勘違いしてしまうほど、素っ気ない彼の背中にはやはり浴衣が似合っていた。
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*** 活躍者 *** |
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該当者なし |
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