~ プロローグ ~ |
誰かが、聞いた。 |
~ 解説 ~ |
【目的】 |
~ ゲームマスターより ~ |
どうも。こんにちはこんばんは。土斑猫です。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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カレナさんとセルシアさんを、助けるためなら… はい、帰りましょう、一緒に… 神気が入った途端聞こえる罵声 「この子は悪魔の子だ」 「火をかけて殺してしまえ」 やめて…私は悪魔じゃ、ない……っ いやぁぁぁっ 祓魔人の力を発症した私を責めて焼き殺そうとした人々 私を庇って人々へ向かっていき行方知れずになった姉 記憶を失う切っ掛けになった場面に心がきしむ あの時ただ一人手を差し伸べてくれたのは、お日様色の瞳、樹木の葉色の髪をした… 名前を呼ばれて目にしたその色に安堵して息を吐き出す 私の、大切な… 抱き締めてくれてるリチェちゃんにお礼を言って 動けるようになったら戦闘中の皆へ回復と支援 カレナさん…貴女も、戻れるはず、ですよね… |
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洞窟で魔術真名詠唱 シリウスの呟きに 貴方は何も悪くない 大丈夫 まだ間に合うわ いつかのように(依頼94)真っ青な彼に 引きずられちゃ駄目 流れ込む恐怖と絶望に胸を押さえ 誰も好きにならない ずっとひとりでいい だから誰も死なないで 小さなシリウスの悲鳴が聞こえ 涙が零れる 何度も彼を呼び抱きしめる どんな時でも あなたはひとりじゃない 好きよシリウス あなたが大好き 彼の腕にしがみつく 貴方に何かあったらわたし死んでしまうわ …それは嫌と 思ってくれるでしょ? 対蛟 SH12 SH18で仲間の回復 未復帰の仲間の盾に 震えるシアちゃんを抱きしめ SH19で攻撃 ふたりだけで頑張らなくていい 一緒に帰ろう? 頼りないけど 力にならせて 蜃を見つけたら回収 |
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蜃の殻が開く前に魔術真名詠唱しておく 魔力感知も使用して蛟の配置、場所等を把握 前衛に立ち、いつでも反撃できるように備える 蜃の影響後、自分に向かってきた奴からスイッチヒッターで反撃 強酸は盾を構えておいて防ぐ その後、他に攻撃を受けている味方の援護 戦踏乱舞Ⅱで支援 蜃の試練では、これまでの過去が順に浮かぶ ママがベリアル化して、パパが食べられて スラムに逃げて、そこでも何度も死にそうな目にあって… 浄化師になったのは生き延びるためだった でも今は違う 仲間や友達、そしてトール…大切な人達を守るために戦っている カレナ!あなたはどうなの?セルシアの他には何もないの!? そんなことないはずよ、だって皆繋がっているもの! |
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『霧』が見せるのは8歳の僕 室長が今の室長さんじゃなかった頃 喰人がなかなか見つからなかった僕は 「…祓魔人といえど、そんなに魔力が高いと言う訳でもないみたいだし、 市民階級の子供なら、もし死んだとしても文句は出まい」 そう誰かが言った そこから放置という名の経過観察実験が始まる 息が苦しい 胸がいたい 暴れる魔力が、部屋の一部を壊す事もあった その後、少し楽になるを繰り返す 永遠にも思える時間 苦痛 死の恐怖 助けはないという絶望 …僕を呼ぶ声が聞こえた …そうだ、今は苦しくない 室長さんが実験中止させたから 僕の喰人が居るから カグちゃんが居るから 僕の大事なものを守らなきゃ 僕のカグちゃんを、守らなきゃ ※ベリアル化体験実習突入可 |
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サクラ:蜃という物を持っていけば良いのね。 キョウ:簡単に言わないで下さいよ! 狂って死ぬのなんて嫌ですがこれは……うーん。気を付けませんと。 また終焉の夜明け団が来るかもしれませんし。 早めに……頑張りましょう。 【行動】 サクラ ここを出るには蛟(コレ)を倒さないといけないの?仕方ないわぁ。 『チェインショット』で攻撃。 MPが切れたら通常攻撃に変更。 キョウ HPが7割を切りそうな人がいれば『天恩天賜』で回復。 いない時は通常攻撃をします。 サクを庇えるような位置取りをしますね。 ベリアル”達”ですか。一体何か御用で? 仲間を増やすために蜃を取りに来たんですか?あげません……誰も連れて行かせません。 サクラを守ります。 |
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不安と畏怖と決意を抱え 互いに目を合わせ頷き試練に備える 激しい情報の濁流に頭が割れそうになりながら 流されぬよう必死で自分自身たる『何か』に縋り ヨナ 期待に焦らされも結局得られない空虚な感情を振り切るつもりで故郷を離れ 人に過度に期待するまいと気を張って 浄化師として成果を上げれば認められると思っていた 誰に? 何を? ただぼんやり憧れ そこで何が手に入るかなど考えず さりとて小さなプライドも手放せず そんな私の隣に立っている人は いつも静かに側にいて 気が付けば寂しさとは縁遠く だから 今更知られたくない パートナーは誰でもよかった なんて 結局は情動に忠実で逆らえもしない自分を振り返り 私は欲張りなんだわ と気付き 自嘲気味の笑い |
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世の中には物騒な場所があるものねぇ? 行きましょ、あんなこと言われて引き下がるとかないない! 突入前に魔術真名詠唱 目視は…難しそうね、奇襲に注意しましょ 幻覚の中にある自分の過去を見つめ 何回見ても辛いし苦しい、ずっとこれを一人で背負ってきてたつもりだった …置いていかれることが、かなしくて 今にも憎しみに襲われそうになるのを、相方の言葉を思い出して耐える 先に正気に戻れば相方を引っ叩いて正気に戻す しっかりしなさいラス!起きろ!! あんた、あたしの側にいるんでしょ! 敵確認時、魂洗い発動 まだ正気に戻っていない仲間に近づけさせないよう速攻撃破を狙う 立ち回りはヒットアンドアウェイを意識 |
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~ リザルトノベル ~ |
気づいた時には、そこにいた。先までの光景とは違う。仄かに昏い、空間。荒い岩肌には、ビッシリと光る苔が生えている。何処かの、洞窟の中。見下ろせば、澄んだ水がサラサラと流れている。 恐らくは、口寄魔方陣の応用。準備も、伴う危険も意に介さず。易々とこなす手腕は、『最古の魔女』の力あってのものか。まあ、法律違反と言う面が気になるが、場合が場合。目を瞑っておく事にする。 それよりも、意識すべきモノは目の前。 『貝殻』、だった。 一抱え程もある、二枚貝。薄闇の中で七色に輝くそれは、静かに岩の玉座に座していた。 「……これが、『蜃』と言う事で、いいのでしょうか?」 見つめながら、『キョウ・ニムラサ』は呟く。 「これを持っていけばいいのね」 「簡単に言わないでくださいよ」 あっけらかんと言う『サク・ニムラサ』に溜息をつく彼の横で、『ヴォルフラム・マカミ』は相方の『カグヤ・ミツルギ』の前に立つ。 「カグちゃん、下がって。話の通りなら、相当碌でもないモノだ」 「大丈夫。全部、承知の上だから」 「まあ、碌でもない事なら、もうそこら辺にいるがな」 周囲を見回しながら、『トール・フォルクス』がマッピングファイアを放つ。降り注ぐ矢の雨を避ける様に、鰐の様な姿をした生き物がパッと散った。 「多いわね」 「アレが、『蛟』……蜃の眷属でしょうか?」 魔力探知(マジック・アイ)で相手の位置・場所を感知しながら、『リコリス・ラディアータ』と『ヨナ・ミューエ』が言う。 「だろうな。けど、何で襲ってこないんだ?」 「俺達がああなるのを、待っているんだろう」 首を傾げた『ラス・シェルレイ』に、『ベルトルド・レーヴェ』が奥を示す。あったのは、遺体。そして、それを貪る蛟達の姿。恐らくは、先に侵入したと言う終焉の夜明け団の成れの果て。 「……なるほど。蜃に負ければ、今度はオレ達が夕飯って訳か」 「そう言う事だ」 「世の中には、物騒な場所があるものねぇ? でも……」 腰に手を当てた『ラニ・シェルロワ』が、宙を仰ぎ見る。 「行きましょ。あんな事言われて、引き下がるとかないない!」 そこにかの者の小悪魔の如き笑みがある様に睨むと、フンスと鼻息も荒く啖呵を切る。 「そうだな。諦める選択肢なんて、ない」 相方のどこか能天気な言動に呆れつつ、ラスもまた頷きながら振り返る。そこには、すでに蜃の前に立つ4人の姿。 「何が起こるかは分からない。準備は、いいかい?」 「ええ……。カレナさんとセルシアさんを、助けるためなら……」 蜃に近づきながら問う『クリストフ・フォンシラー』に、『アリシア・ムーンライト』は迷う事なく頷く。 「大丈夫。一緒に帰って、あの二人を助ける手段を手に入れるんだ」 「はい、帰りましょう、一緒に……」 その二人の隣では、『シリウス・セイアッド』が沈痛な面持ちで蜃を見つめていた。真珠の様に輝く貝殻。その表面に、一人の少女の顔が映る。 長い白銀の髪を揺らす、エレメンツの少女。悲しみと絶望に歪んだその表情が、シリウスの心を責める。 「……俺が、追い詰めたかもしれない……」 苦しげに呟いたその時。 「……貴方は、何も悪くない……」 優しい声が、彼を包む。傍らを見れば、『リチェルカーレ・リモージュ』が真っ直ぐな瞳で、彼を見つめていた。 「大丈夫。まだ間に合うわ……」 微笑む彼女に、シリウスは小さく息を吐く。 「そうだな」 自分に言い聞かせる様に、そう言った。 ◆ 「では、行くよ。魔術真名は唱えたかい?」 皆が頷く中、クリストフが蜃に向かって手を伸ばす。 「狂って死ぬのなんて嫌ですが、これは……。うーん、気を付けませんと」 遠巻きにこちらを伺う蛟達を警戒しながら、キョウがブツブツ言う。 「また、終焉の夜明け団が来るかもしれませんし。早めに……。頑張りましょう」 クスリと苦笑する、クリストフ。 「ああ。全く同感だよ」 そして、彼の手が淡く輝く貝殻に触れた。 瞬間、開く殻。 溢れ出すは、虹色の霧。 途端、全てが開放された。目。耳。鼻。口。皮膚。あらゆる感覚は。存在は。魂は。混じり合い。溶け合い。全の個と化す。何処までも。いつまでも。無垢でありて、無限。薄く。脆く。儚い。 打ちつけられる、暴禍。 命が。地が。星が。世界が。この世の全ての存在が紡いだ、記憶。記録。証。そして、傷。 生まれ。生き。滅し。また生まれ。続き果てぬ、無明の輪転。 連なるは業。 重なるは罪。 繰り返すは、報い。 獣は獣を貪り。 人は人を殺め。 星は星を砕く。 そして、下される鉄槌。 果てに響く。悲鳴。慟哭。怨嗟。断末。そして、絶望。 其は、地獄。終わらぬ煉獄。擬せる事すら叶わぬ、正しく煉界。 彼らは嘆く。助けてと。 彼女らは泣く。救ってと。 全ては呻く。痛い、憎いと。 捕まれ。 噛まれ。 引き裂かれ。 焼かれ。 穿たれ。 潰され。 切り裂かれ。 別れ。 奪われ。 また、堕ちる。 続く痛み。癒えぬ傷。万物に刻まれた、悲しみの記憶。 果てに問う。問いかける。 命は、生きるに値するか。 人は、救うに値するか。 そして。 ――世界は、在るに値するか。と――。 ◆ 気づけば、クリストフはいた。 『何処に』とは、言えない。 意味はない。 ただ、彼はいた。流れ続ける、記憶の中に。まるで、嵐の中で巣に取り残された雛鳥の様に。弄られ。いたぶられ。蹂躙される。ともすれば、押し寄せる狂夢に飲まれそうになる自我。流されれば、終わり。なけなしの理性が、泣き叫ぶ。必死に掴み。手繰り寄せ。掻き込む。まるで、吐き散らした吐瀉物を飲み込む様に。 そしてその中に、それはあった。 ポツンと灯った光。覗き込んだ、そこにあったのは、想い。親しき者達の、記憶。彼らが。彼女達が。刻み刻んだ、悲しみ。痛み。苦しみ。その全てが、一つとなった彼の中に流れ込む。 何処までも痛く。深く。悲しい。軋む魂に、読み込まれる。 (そうか……。君達は、こんな想いを抱いて……) 衝動の様に、感覚だけの手を伸ばす。 叶わないかもしれない。けれど、せめて。僅かでも。分かち合える様に。 ふと、視界が開けた。見えたのは、真っ赤な空。燃える、家。沢山の、人々。彼らが、叫んでいた。狂気に浮かされた声で。 「この子は悪魔の子だ!」 「火をかけて、殺してしまえ!!」 投げつけられる、石や松明。その狂気の輪の中心に、『彼女』がいた。 「やめて……」 彼女は泣く。 「やめて……」 救いを、求めて。 「私は悪魔じゃ、ない……っ」 輪の中の男が、手にした鍬を振り上げる。それまで彼女を守る様に抱きしめていた少女が、その男に飛びついた。そのまま、群衆の中に倒れこむ。殺到する人々。狂気の波が、あっという間に少女を飲み込んで――。 「いやぁぁぁっ!!」 響く、慟哭。 記憶はそのまま暗転し、消えた。 (……俺は……つくづく、平和な家庭で育ったんだ……) 伝わる、悲しみ。絶望。記憶を失う切っ掛けになった、出来事。つながるそれに、心を軋ませながらクリストフは理解する。 (記憶だ……。あの子の……アリシアの、記憶だ……) 記憶は、記憶。癒す事も、やり直す事も出来ない。どうしようもない、無力感が襲う。 その時、真っ暗だった彼女の記憶に一筋の光が射した。 狂気の炎の中で、唯一見た光。 お日様色の瞳。樹木の葉色の髪。けれど、それもまた記憶。彼はいない。今ここに。彼女の隣に、いない。暗闇の中で泣く、彼女の。皆の隣に。 なら。それなら。 そう。自分は知っている。人の優しさも。温もりも。確かにある、その光を。だから。だから――。 「だからこそ、俺がアリシア達を助けられなくてどうするんだ!!」 突き破る様に、闇が弾ける。抱き締める腕の中、薄く開いた、紫の瞳。彼女が、微笑む。 「私の、大切な……」 聞こえた言葉は、幻だろうか。 ◆ 嵐の中、咆哮が響き渡る。叩きつける雨に濡れながら、叫び続ける赤毛の少女。その胸に、禍しく光る魔方陣。 あの日、目にした光景。 (そうか……そうやって、お前は……) 壊れかけの少女。至る、想い。それを知り、トールは恐怖に身を震わせた。 (同じだ……。俺と……) 愛し。愛され。故に狂い。壊れる。あまりにも、救いなき予定調和。 (俺も、いつかはああなって……?) 人ならぬ存在へと崩れていく少女の姿が、己に重なる。 (駄目だ……駄目だ!!) 血を吐く様に喚き、崩れ落ちる。 (もしそうなったら、一体誰がララを守るんだ?) 守る? それすらも、甘い願い。少女の後ろに見える、過去に同じ道を辿った者達。その末路が、物語る。堕ちた自分。その爪が、真っ先に求めるモノを。 (やめろ!! やめてくれ!!) 頭を掻き毟り、叫びを上げる。この想いが。捨てる事の叶わない、この想いの行き着く先が。こんなにも、無残なモノだと言うのなら。 絶望だった。絶望しか、なかった。もう、それしか見えなかった。 なら、いっそ――。 全てを手放しかけた、その時。 声が、聞こえた。 歌、だった。 寂しく。切なく。けれど、愛しく響く。 間違える筈もない。彼女の、歌だった。 顔を、上げる。 彼女が、いた。 迷子になった子供の様に膝を抱え、歌っていた。 立ち上がる。フラフラと。歩み寄る。やっぱり、フラフラと。まるで、救いを求める様に。傍らに、立つ。彼女は、俯いたまま。歌は、止まない。 「……ララ……」 呼びかける。流れる旋律を、壊してしまわない様に。 「何で……歌ってるんだ……?」 知っている。彼女は、歌を忌んでいる。歌手だった母親。思い出すから、嫌いだと。なのに。 「何で……」 「見つけてくれると、思ったから」 答えが、返った。彼女が。リコリスが、顔を上げていた。 「……見たの……」 「何を……?」 「昔の、あの時の、記憶……」 瞳が、揺れる。雨に揺らぐ、水面(みなも)の様に。 「ママがベリアルになって……、パパが食べられて……、スラムに逃げて、そこでも何度も死にそうな目にあって……」 辛い、声だった。無理もない。彼女にとっては、最大の傷。それを、再びなぞられた。そう。きっと、彼女も……。 襲う無力感。再び、崩れ落ちそうになったその時。 「でも、思い出せた」 声音が、変わった。今までとは違う。か細い、けれど強い声。 「歌は嫌いだった。ママを。この記憶を、思い出させるから。でも、違う。歌は、繋げてくれるの。あの頃に。あの幸せが、偽りじゃなかった証として」 「ララ……?」 「ママの歌は、繋げてくれた。私を。パパを。家族を。だから、歌ったの。きっと、繋げてくれると信じたから。そして……」 温もりを、感じた。虚ろだった感覚が、明瞭になる。リコリスの手が、彼の手を握っていた。 「あなたは、来てくれた」 「!」 「繋がってる。皆……。皆!」 立ち上がる。 「浄化師になったのは、生き延びるためだった。でも今は違う。大切な人達を守るために戦ってる。仲間や友達、そして……」 手に、力がこもる。リコリスは。ララは、言う。 「トール(貴方)……」 瞬間、世界に光が満ちた。トールは、リコリスを抱きしめていた。まるで、全ての希望がそこにあるとでも言う様に。 「そうか……そうなんだな……」 浄化師として戦ううちに、彼女にはいつしか仲間や友達が出来ていた。一人ぼっちのララは、もういない。 歩いて行こう。 守るだけでなく、そんな彼女と。取り巻く世界と、共に。 強く、抱き締める。彼女も、抱き締め返す。輝く世界の中で、懐かしい声達が祝福を歌った。 「行こう」 「ええ」 連れ立って歩き出したその時、リコリスが振り返った。見つめる視線は、遠く揺らぐ霧の向こう。 「カレナ!」 呼びかける。そこにいる筈の、彼女に向かって。 「あなたは、どうなの? セルシアの他には、何もないの!? そんな事、ないはずよ!だって、皆、繋がっているもの!」 願う声が、霧に遠く溶けては散った。 ◆ サクは、空を見ていた。横たわって、見ていた。桜色の、夜空。蒼い蒼い、月の光。いっぱいの、桜が舞っていた。おかしいわね。桜なんて、咲く季節じゃないけど。でも、桜は舞っていた。まるで、儚い雪の様に。ヒラリヒラリと、舞っていた。 落ちてきた花弁を、掴もうとした。けれど、手は動かない。代わりの様に疼く、鈍痛。折れてるのねぇ。同じ様に痛む頭で、他人事の様に思う。紅く染まっていく、思考。舞い散る桜も、紅い。何で、こうなったんだっけ。ふと、気づく。定まらない世界の中で、誰かが見下ろしていた。良く、見知った顔だった。大好きな、顔だった。とても、懐かしい顔だった。まるで、血溜りに沈む様に揺らいでいるけど。 あら。いたのねぇ。 かける言葉は、形を成さない。ただ、口に満ちた血だけがコポコポと鳴る。代りに、見下ろす顔が口を開く。 ――羨ましい――。 ――妬ましい――。 ――邪魔だ――。 ――死んで、しまえ――。 聞こえないけれど、聞こえた。ああ。だから、突き落としたの。でも――。 何で? 問いかける。コポコポと、泣きながら。 どうして? 私が、悪いの? 気付けない、私が悪かったの? ねえ。 ねえ。 何で? 私の。 ――『親友』――。 顔が、喋る。ユラユラと。声なんて、聞こえはしない。けれど、モヤモヤしていたモノが晴れた。ホッと、した。ああ、良かった。これで。これで、安心して――。 影が堕ちた。 見下ろす顔の向こうに、『それ』が見えた。 キリキリ。キシキシ。キリキリ。キシキシ。 廻る音。駆動音。白い殻。キラキラ。光る。 キリキリ。キリキリ。 真っ白な、脚が上がる。キラリキラリと、光る鎌。 何してるのよ? 問う。答えない。 やめてよ。 答えない。 やめなさい。 答えない。 その子は、私が……。 朱い複眼が、光る。嘲る、様に。 ――私が、殺すんだから――。 走る、閃光。 ポトリと、堕ちた。 キョウは、見ていた。突き落とされ、血塗れで横たわる姉に駆け寄る、自分を。 「サクラ! 血が!!」 血の気が失せた顔で治療を始める様を、酷く覚めた心持ちで。 「……また、これですか? もう、効きませんよ」 あの日から、幾度も繰り返す悪夢。どんな苦痛だろうと、幾百も繰り返されれば萎えてしまう。何処か、虚しい気持ちで溜息をついたその時。 「ク、うぅウうウウ……」 壊れかけの、声が聞こえた。 振り返る。サクが、いた。血塗れのサクとは違う。苦しげに身をかき抱く、彼女が。 「……サクラ?」 呼びかけに、答えはない。ただ、その頬に浮かぶ魔方陣が代わりの様に紅く輝いた。 「アウェイクニング・ベリアル!?」 叫びに重ねる様に、咆哮が響く。同時に火を吹く、ホーンテッドライフル。頬を掠める銃閃。穿たれた使徒の身体が、記憶の彼女諸共硝子の様に砕けて散った。身体に浮かぶ凶紋を輝かせ、壊れかけのサクは吼える。 「ここハ、何処!?」 「サクラ!!」 「コんな所ニいてはいケないわ!! 早ク出てヨハねの使徒ヲ倒さナイと!! ベりアル!? 蛟!? 邪魔ヨ!! 興味ガないわ!! 私ノ邪魔をする奴ハ全員殺す!!」 「いけません!! サクラ!!」 「殺ス!!」 再び火を吹く銃口。直撃を受けた肩が、抉り飛ばされる。 「ぐっ!!」 剥き出しになった精神。実体のそれよりも、純粋な痛み。 「サ……サクラ……」 もう一度、呼びかけようとしたその時。 ゾクリ。 背後に感じる、悪寒。振り返った先に、『彼女』がいた。 「……貴女は……」 知った顔だった。灼熱の砂漠。戦場で出会った、恐ろしきモノ。嵐の夜、仲間を奪った、忌まわしきモノ。 「……一体何か、御用で?」 彼女が、笑む。美しい顔で。愛らしい顔で。禍しく、笑む。 「蜃を、取りに来たんですか……? 仲間を、増やすために……?」 ザワリ。揺らめく。悪夢の様に。悪意のままに。襲う悪寒。湧き上がる、恐怖。けれど、揺るがない。 「あげません……」 ザワリ。手が、上がる。影。奈落の様に、黒い手。向ける先は、サク。 「あげません……」 響く、銃声。背後から、貫く。飛び散る、血。込み上げる鉄錆を、飲み込む。 「誰も、連れて行かせません……」 伸びてくる手を遮る様に、立ちはだかる。銃声。立て続けに。幾重にも穿たれる、身体。けれど。崩れない。退かない。 「もう、誰も……」 叫ぶ。血反吐を、散らしながら。 「守ります……。僕を……。皆を……。そして……」 この日。この時。定め決めた想い。揺るぐ事なき、決意の言葉。 「サクラを、守ります!!」 弾ける、願い。奈落を、狂気を飲み込む。白く変わる世界。輝きの中で、サクの目が嬉しそうに笑んだ。 ◆ 昏い部屋の中に、ヴォルフラムはいた。病の様に蝕む、記憶の果て。気づいた時には、そこにいた。手を見る。小さな、手。幼かった頃の、自分の手。ああ、そうか。 理解する。 戻って、きたのか。 ここは、あの場所。あの頃の、時間。 忌まわしく。けれど決して消えない。 あの頃の、記憶。 昏く、小さな部屋。閉ざされた扉の向こうから、聞こえる声。 「……祓魔人と言えど、そんなに魔力が高いと言う訳でもないみたいだし。市民階級の子供なら、もし死んだとしても文句は出まい」 そう。 室長が、今の室長さんじゃなかった頃。喰人がなかなか見つからなかった僕は、実験台になった。 『放置』という名の、経過観察実験。 息が、苦しい。 胸が、痛い。 時折、暴走する魔力。 破壊。 少しだけの、安息。 繰り返す。 繰り返す。 遠々と。 延々と。 苦痛。 恐怖。 絶望。 ……嫌だ。 嫌だイヤだ嫌だ嫌だ嫌だイヤだ嫌だいやだいやだいやだイヤだ嫌だ嫌だイヤだ嫌……。 助、け、て。 誰、カ。 いっそ、壊れてしまえれば。そう思った、時。 ……呼ぶ声が、聞こえた。 優しい声。 温かい声。 愛しい、声。 ……そうだ。今は、苦しくない。 室長さんが、実験中止させたから。 僕の、喰人がいるから。 カグちゃんが、いるから。 そう。カグちゃんがいる。 カグちゃんがいる。 カグちゃんがいる。 カグちゃんがいる。 僕の大事なものを、守らなきゃ。 僕のカグちゃんを、守らなきゃ。 マ モ ラ ナ キャ。 いつしか、濡れる瞳に紅く魔方陣。一つ。 声が、聞こえる。 生まれたばかりの耳。知る筈のない言葉。覚えている筈のない会話。 けれど、刻み込まれる。 無垢な魂に。痛く。痛く。 「今回も男子ではなかったか……」 「何故女子ばかりなんだ……」 生まれた事への、否定。 消える事なき枷。今も、外れない。 だから、カグヤは本を読んだ。知識を。術(すべ)を。貪った。 ひたすらに。 ただ、ひたすらに。 刻まれた傷口を、埋める様に。 沢山、読んで。 沢山、魔術を使えたら。 きっと。 きっと。 末に手に入れた、証。 溺れながら掴む小枝の様に、それにすがった。 けれど、掴んだ小枝はあえなく折れた。 接がれた親木とは、交わる事は叶わず。 「厄介な……」 「使えないな」 残されたのは、新しい傷跡だけ。 気づけば、沢山の影が見下ろしていた。 影達は囁く。ペチャクチャ。ペチャクチャと。 失望。 卑下。 侮蔑。 呵呵。 そして、無関心。 降り注ぐ、声。 穿ち続ける、爪。 ごめんなさい。 要望に添えない子で、ごめんなさい。 耳を押さえ、崩れ落ちる。 けれど、解放された魂。剥き出しの精神。阻む、術はない。聞こえ続ける、声。刻まれ続ける、傷。 もう、耐えられない。そう思った、瞬間。 「グゥるァアああアアっ!!」 咆哮が、響いた。 上げた視線。見慣れた、背中。悍ましい鬼気を揺らがせ、彼は影達を引き裂いていく。 「ヴォル……?」 呟く様に、呼ぶ。聞こえないのだろうか。返事はない。ヴォルフラムはただ、無数の影を引き裂き続ける。紅い魔方陣の光る眼差しから、同じ色の涙を流しながら。 「ヴォル……どうして……」 彼が、アウェイクニング・ベリアルを発症しているのは明らか。けれど、命を求める筈の爪は、ただひたすらに影達を引き裂き続ける。 同化した魂。溶け合う意識。それが、伝わる。 ――カグちゃんを、守らなきゃ――。 ない筈の、心臓が高鳴った。瞬間、流れるのは彼との日々。血溜りに堕ちてなお、その魂は――。 そう。私はいらない子。求められない子。でも。でも。 でも、私の祓魔人に会えた。 「……ヴォル」 弛緩していた足に、力が篭る。 私を望み、大事に思ってくれる貴方がいる。 立ち上がり、歩み寄る。 ヴォルが居るから、私は生きる 伸ばす手。真っ直ぐに。 ヴォルと一緒に――。 「生きる!」 抱き締めた。力と、想い。全てを。いっぱいに、込めて。 カレナ……。 白く溶け合っていく意識の中、送るのは何処かにいる盟友へ。 好きな人と一緒に居る為に、浄化師になったんだよね……。 ベリアルの姿じゃ、一緒に居られない……。 だから……。 ――戻ろう――。 虹色の霧。溶けた想いが、繋がる事を。 ◆ (ああ……まだ、これを見るんだ……) 目の前に広がる光景に、ラニは胸元を抉る様に握り締めた。 燃える町。 聞こえてくる、耳慣れた人達の悲鳴。断末魔。そして、駆動音。 炎と鮮血。二つに染められて、真っ赤に染まっていく世界。 目に焼き付き。脳漿に混じり。心に染み付いた、光景。ラニと言う存在に、深く根を下ろした禍夢。幾度も繰り返した、悪夢。 世界の全てが暗転した、あの日。それはまだ、褪せる事なく。 こちらに逃げてきたのは、近所の少年。よく遊んだ、友達。恐怖に歪んだその顔が、落ちてきた脚に踏み潰される。 生々しく香る、鉄錆の匂い。 虚ろな視線を上げれば、開いた瞳孔に映るのは白い甲殻。純白の機体に鮮やかな血化粧を施して、身を起こす神の使い。 キョロキョロと動く複眼と、視線が合う。感情など無い筈のそれが、ほくそ笑む様にキュイと鳴った。 「―――――っ!!」 汚泥の様に爛れた心が、沸騰する。込み上げる、嘔吐感。濁った胃液をぶちまける様に、絶叫する。落ちていた石。抱え上げて、振り被る。狂い荒ぶ想いのままに、眼前で蠢く使徒に叩きつけた。 鏡の様に割れ砕ける、使徒の姿。粉々に散っていく向こうで、倒れる音がした。 見下ろすと、倒れていたのはラスだった。あの日の格好をした、ラスだった。 朱い髪を、より濃い紅が染めていく。呆然とする視界の向こうに、もう一つ。広がる血溜りに浮かぶ、うつ伏せの少女。朱に染まった右手には、一振りのナイフ。それで喉を突いたのだろう。一際朱いその場所からは、断末魔の様にプクリプクリと泡が浮く。 「ラス……。シィラ……」 倒れる二人に、フラフラと歩み寄る。 「行かないで……」 震える、手を伸ばす。 「置いて……逝かないで……」 もう、届く筈もない言葉。せめても。せめても……。 指先が、ベットリと濡れた赤毛に触れようとしたその時。 「置いていく……?」 不意に背後から聞こえた声。悪寒が、走る。振り向けば、ラスがいた。今の姿をした、ラスがいた。 「置いていく……? オレが、お前を……」 「ラス……?」 呼びかけに、答えはない。焦点の合わない虚ろな目で、ラスは呟く。 「……ああ、ラニ……何、叫んでるんだよ……何だこれ……どうして、こんな……シィラ……シィラ……ああ……」 まるで、熱病にうなされる様に繰られるうわ言。その様に、理解する。そう、ここは全ての魂が溶け合う場所。ラスが見るのはラニの絶望。そして、繰り返すは自身の絶望。今だ、心に生しく残る傷。それを二重に抉られる痛み。それが、彼を狂わせる。 「最初に、置いていこうとしたのは、オレ……?」 上向いていた頭が、カクンと落ちる。濁った、眼差し。 「ああ……でも、お前だって……置いていこうとしたじゃないか……」 震える手が、ユラリと上がる。その甲に、うっすらと浮かび上がる魔方陣が見えた。 「オレにハ……お前しカいなくて…… オ前にハ、オレしか……いナい……」 頬に触れる手。両側から、包み込む。冷たい。まるで、水底に沈む屍蝋の様に。 「そウダろ? ラニ、なァ……」 血の気の失せた唇が、ゆっくりと近づく。瞬間、流れ込むのはあの時聞いた彼の想い。 ――今のオレにとって、一番大切で手放したくないのはお前だけだ―― それが、共に憎悪と狂気に溶けようとしていたラニの意識を我に帰す。 グッ! 唇が触れる瞬間、ラニの手がラスの手首を掴んだ。 「……そうね……。あたしには、あんたがいる……」 ギリギリと引き離す、手。戸惑いを見せるラスを、ギッと見つめる。 「なら……今だけは、憎しみに蓋をしてやる……」 まとわりつく、虹色の霧。もう、惑わされない。 「だから……」 今度は、こちらが手を伸ばす。憎悪と言う記憶に、奪われつつある彼に向かって。 「だから……」 もう、行かせない。逝かせは、しない。 「しっかりしてよ!! あたしの側にいるんでしょ!?」 掴んだ魂は、もう放さない。 ◆ シリウスは、村の中にいた。いつか見た光景。幾度も見た風景。繰り返して。繰り返して。それでもまだ。 響き渡る怨嗟と憎悪。そして、絶望。満ちる死臭の奥に、見えるは更なる地獄。 彼らの。彼女らの後ろに続くのは、無数の亡者。故郷の者達だけではない。過去。現在。未来。全ての歴史の。全ての死者。それが、延々と伸びる血の川の中でもがいていた。 憎い。痛いと、泣きながら。 シリウスは、理解する。これは、自分が与える死の全て。もたらしたモノ。もたらしているモノ。そして、これからもたらすモノ。 ああ。ああ。俺は。俺はこんなにも。 耐え難い頭痛。破鐘の様に喚く心臓。込み上げる嘔吐を必死に堪え、意識の中の『彼女』にすがる。 そうだ。俺には、彼女がいる。いてくれる。だから、だから――。 へい、き このくらい――。 答えたのは、首に絡む冷たい感触。背後に立つ気配。耳元にかかる吐息。懐かしく、悍ましい声。笑いを含んで、囁く。愛しき母のそれ、そのままに。 「次ハソノ子ヲ殺スノ? シリウス』 瞬間、見えたモノ。亡者の群れの中で、諸共に苦しみ泣く『彼女』の姿。 血と汚泥と、涙に濡れた緑と青の瞳。キョロリと向いて、ゴボリと言う。 ア・ナ・タ・ノ・セ・イ・デ。 「!!」 停止する思考。沸騰する、魂。 俺と、いるせいで――。 抗う術など、ありはしない。 暗転。腐り堕ちる意識の果て。浮かび上がるは、深紅の紋章。 虹色の霧が満ちる中、リチェルカーレは必死に歩を進めていた。周囲を濁流の様に渦巻く、恐怖と絶望の記憶。剥き出しの精神を蹂躙される苦しみ。耳朶を塞ぐ怨嗟と憎悪の声に、今にも止まりそうな思考。それを奮い立たせながら、彼女は『彼』を探していた。 聞こえたのだ。逆巻く無限の叫びの中で、確かに『彼』の声が。 悲痛と、責罪に満ちた叫び。 何が起きたのか。即座に理解出来た。 蝕まれているのだ。また、あの悪夢に。行かなければいけない。寄り添わなければいけない。彼の。シリウスの側に。 「駄目……。引きずられちゃ、駄目……」 今、行くから。 ただ、その想いだけが頼り。痛む胸を押さえ、リチェルカーレは暴雨の中を浸進む。 気づけば、嵐は止んでいた。疲弊し、霞む視線を上に上げる。そこに、彼はいた。今の彼ではない。あの頃の。あの時の。小さな、シリウス。 彼は、泣いていた。漏れる嗚咽を、噛み潰す様にして。 (誰も、好きにならない――) 小さな、彼は言う。震える、声で。 (ずっと、ひとりでいい。ひとりで、) (だから。だから――) ――だから、誰も死なないで――。 幼い、けれど悲痛な悲鳴。 リチェルカーレの眼差しから、涙が零れた。 いつの間にか、小さなシリウスはシリウスに変わっている。けれど、いつもの彼ではない。昏い輝きに満たされた眼差し。牙を向いた口から漏れる、人ならざる声。そして、頬に浮かんだ真っ赤な魔方陣。 堕した彼は、リチェルカーレに気づかない。それとも、気づく事が叶わないのか。ゆっくりと、前に揺蕩う霧の帳へ歩いてゆく。 その中に、『それ』が在った。 小さな。けれど、黒い。奈落よりも。地獄よりも黒い。虚無色の、影。それが、招く。小さな手を上げ、招く。堕ちつつある、シリウスを。おいで。おいでと。誘い、誘う。 理解出来た。あれの手を取った時。あれの腕に抱かれた時。シリウスは、堕ちるのだ。本当の意味で、あれの同胞となるのだ。 そう。 カレナ(彼女)の様に――。 「駄目ぇ!!」 考えるよりも早く、彼の身体にしがみつく。それでも、シリウスは止まらない。誘われるまま、霧の向こうへと歩み続ける。 「駄目!! シリウス、行かないで!!」 必死に引き止める、リチェルカーレ。黒い眼差しが、鬱陶しそうに見下ろす。伸びた手が、彼女の頭を掴んだ。 「ぐっ!!」 ギリギリと、万力の様に締め付ける。引き離す等と言う、生易しいモノではない。そのまま、握り潰すつもりなのだろう。けれど、怯まない。 「シリウス!! シリウス!!」 何度も呼び、抱きしめる。 「どんな時だって、あなたは一人じゃない!!」 叫ぶ想い。溢れるそれが、虹の霧を揺らす。 「仲間がいる!! 皆がいる!! 私がいる!!」 心を溶かす霧。それは、切なる願いもまた。 「好きよ、シリウス!! あなたが、大好き!!」 歩みが止まる。離れる、手。それが、今度は苦しげに己の頭を覆う。 「戻ってきて!! 私の、シリウス!!」 叩きつける、想い。シリウスの目に、戻る光。 「リチェ……?」 痩せた瞳が、リチェルカーレを映す。その腕にしがみつきながら、告げる。 「貴方に何かあったら、わたし死んでしまうわ……」 掴んだ心。たぐり寄せる。 「……それは嫌と、思ってくれるでしょ……?」 虚ろな顔が、それでも強く頷いた。 ザワリ。 影が、苛立たしげに蠢く。伸びてくる、闇色の手。二人まとめて、引きずり込むつもり。絡めとろうとした、その時。 突然、影が弾けた。突き破り、代わりに伸びてきたのは、二本の白い腕。それが、シリウスの胸をトンと押した。 「あ……」 フワリと傾く、二人の身体。ゆっくりと落ちていく視界の向こうで、虚しく宙を掴んで霧散していく影。その向こうに見えたのは、こちらを見下ろす二つの人影。 長い銀髪と、朱いポニーテール。知っている、顔。リチェルカーレは、理解する。 (……ありがとう……) ゆっくりと落ちながら、呼びかける。 ……二人だけで、頑張らなくていい……。 ……一緒に、帰ろう……? ……頼りないけど、力になるから……。 ……だから……。 ……待ってて……。 温かいモノが、頬に落ちる。シリウスが、涙を流していた。頬に浮かんでいた魔方陣は、もうない。涙を拭いながら、思う。 (シリウス……。分かってくれてたわ……。あの娘達も……) もう一度、見上げる。 霧に霞む向こうで、二人の顔が微笑んだ様な気がした。 ◆ 蜃が吐き出したのは、万物の記憶。凄まじいと言う表現すら生易しい、情報量。精神を飽和させ、破壊する。その暴威に、ヨナは必死に耐えていた。 叩きつける情報の濁流が、頭蓋を破鐘の様に軋ませる。苦痛に屈して流されれば、二度と『己』は戻ってこない。必死で伸ばす、手。何かに、触れる。縋った途端、流れ込むのは更なる記憶。 幼い頃。鏡の前で髪をときながら思いに沈んだ夜。 故郷を離れた日。期待に焦らされ、結局得られない空虚。それを振り切るつもりで歩み出した青空の下。 他人に、過ぎた期待するまいと思い定めた曇天。 成果を上げれば認められると信じ、歩き続けた日々。 目の前を。脳内を。心の中を。 流れゆく過去(きのう)。現在(きょう)。未来(あした)。 それぞれの自分が、問う。 認められる? 誰に? 信じる? 何を? ぼんやりと、曖昧な憧れ。 何が得られるか。得るべきモノは何か。己に問う事もせず。 さりとて、ちっぽけなプライドはそのままに。 滑稽。 滑稽。 ただ、滑稽。 過ぎ行く記憶。幼い自分が。今の自分が。老いた自分が。 せせら笑う。 ああ、やめて。やめて。やめて。 全身を走る、悍ましい疼痛。耐え難い。もう、流されてしまえ。そう思った時、流れ込んだのは『彼』のイメージ。 そう。 その人は、そんな私の隣に立っていた。 いつも、静かに側にいて。 気が付けば、抱いていた空虚は遥か果て。 でも。でもね。いえ、だからこそ。 今更、知られたくない。 パートナーは、誰でもよかったなんて。 イメージの中の、彼が見下ろす。いつもどおりの、顔で。いつかの、言葉を。 ――それは、欲張りな事だ――。 その一言で、全ては終わり。 そうね。私は、欲張りなんだわ。 あっさり気づかされて、自嘲。クスリと笑う。 全部の自分も、同意する様に微笑んだ。 ◆ 目を開いた瞬間、飛び込んできたのは幾重にも並んだ牙の群れ。 「危ない!!」 声と共に飛んできた矢が、襲いかかろうとした蛟を弾き飛ばした。 「大丈夫か!?」 トールの呼びかけに、我に帰るヨナ。慌てて見回すと、いつの間に近づいてきたのか。無数の蛟が、牙を鳴らしながらこちらを見据えていた。 「皆、しっかりして!!」 響き渡る、カグヤの叫び。見れば、まだ意識を取り戻していない者もチラホラと。 「シリウス! しっかりしろ、リチェちゃんを泣かせる気か!」 震えているアリシアを抱き締めるリチェルカーレの前で、クリストフの手がシリウスの頬を打つ。己の喉に突き立てようとしていた剣が、ポトリと落ちる。 「しっかりしなさい、ラス! 起きろ!! あんた、あたしの側にいるんでしょ!」 ラスの顔に往復ビンタをかましているラニの横では、サクとキョウが飛びかかってくる眷属達を迎撃していた。 「ここを出るにはコイツラを倒さないといけないの? 仕方ないわぁ」 「こっちも大概、ガタガタなんですけどねぇ……」 言葉のとおり、皆の疲弊は大きい。立っている者も、顔面は蒼白。武器を構える手も、震えている。 「ベルトルドさんは!?」 振り向いた先には、今だ昏睡したままの彼の姿。 「ベルトルドさん!!」 這って近づき、手を握る。同時に聞こえる、ヴォルフラムとリコリスの悲鳴。振り向けば、二人の肌に火傷の様な痕。蛟が吐きかける液体が、リコリスの持つ小盾に当たって煙を上げる。咄嗟に放つ、アビスブリザード。猛攻に晒される皆に、呼びかける。 「下がって! ここで餌になる訳にはいかないんです!!」 牽制をしながら、呼びかける。 「ね、ベルトルドさん。蜃に飲み込まれないで。あなたを信じてる。だから!!」 走る激痛。肩から上がる煙。皆の間をすり抜けた蛟が一頭、走ってくる。狙いは明白。守る様に、身体を置く。 「戻ってきて! ベルトルドさん!!」 ヨナの声が、虚しく響いた。 ◆ 「やめてくれ!!」 霧の中に、ベルトルドの叫びが響く。 彼の周りには、沢山の躯があった。皆、子供。皆、知った顔。かつて共に生きた、仲間の顔。彼らの目が。朽ちた眼差しが。ベルトルドを見る。責める様に。咎める様に。 「忘れようとした事なんて、ない!!」 放つ慟哭は、ただ虚しい。 のたうつ彼の周り、記憶の滑車がクルクル回る。 師に拾われ。共に生き。 ヨナと出会い。迷う彼女の指針と成るべく、道を定めた。 昔の事も。悲しみも。苦しみも。飲み込めるように。そう出来ればいいと。そう思って歩んできた。 ヨナを。 人々を。 守るために。 救うために。 けど。 だけど。 ひとたび掘り返されれば、何も変わる事なく。全ては、あの日のまま。 記憶が巡る。 魔女狩りの町で見たもの。 図書室での他愛ない会話。 霧満ちる森の中での幻想。 クルクル回って、結局行き着くのはこの光景。 分からない。 分からない。 俺は、誰かを救いたいのか。 己が、救われたいのか。 ――分からない――。 誰かが、肩を叩いた。 抱えていた頭を、上げる。 あの娘が、いた。もう遠い、けれど近い、日々。初めて想いを寄せた、あの娘が。 茫然とする彼の前で、あの娘は向こうを指差す。向けた視線。そこで、一片の雪が舞う。広がる光景。知らない場所。けど、知っている。薄暗い路地。薄汚れた道。塵屑だらけの、世界。 ――貧困街(スラム)――。 その、懐かしい世界の中で、彼女達は泣いていた。 長い銀髪。後ろで結んだ、朱髪。ボロボロの衣服に、痩せこけた身体。それを寄せ合い、抱き合って。幼い彼女達は泣いていた。 彼女達の前には、横たわる数人の子供。歳はきっと、彼女達より下。痩せこけた身体に浮かぶ、水泡。弾けたいくつかが、ドロリとした血膿を流している。 疫病。治るモノ。けど、死に至るモノ。二つに一つの道。片方しか、選べなかった。術など、なかったから。 「そうか……」 ベルトルドは思う。 「お前、達も……」 やりきれない思いに、目を逸らそうとした時。声が、聞こえた。 ――こんな事は、もう嫌――。 ――嫌だ――。 「!」 戻した視線。彼女達の、想いの記録。そう、気付く。 ――救おう――。 ――守ろう――。 それは、何処までも純粋で、無垢な願い。 ――わたしが――。 ――ボクが――。 「お前達……」 (あれが、あの娘達の始まり……) 振り仰ぐ。あの娘が、見ていた。あの頃と変わらない、優しい瞳で。 (それから、あの娘達は救ってきた。守ってきた。ずっと。ずっと。けど……) 記憶の中の瞳が、見つめる。ただ、まっすぐに。 (それなら、あの娘達を救うのは、誰……?) 「え……?」 (あの娘達は、『今』に在る) 声が聞こえる。 (僕達は、過去。戻れない。届かない。けど) 懐かしい。そして、優しい。 (今には届く。明日は、変えられる。お前の命で、俺達の証を紡いでくれ) いつしか、ベルトルドは囲まれていた。かつての仲間に。友達に。 そこにはもう、闇はない。 共に生きた時が、導べを示す。 (ねえ、ベルトルド……) あの娘が、笑う。 (あなたは、あたしを救ってくれたよ……) あの頃の、ままに。 (あたしは、あなたを救えてた……?) ああ、そうか……。 答えは、簡単。 救うだけじゃ、傷つける。 救われるだけじゃ、悲し過ぎる。 救い。救われて。人はそうして、紡ぐのだ。明日への、道を。 ずんぐりとした手が、ベルトルドの肩を叩く。 (行け。馬鹿弟子) いつかの様に、強く背を押す。頷く。手を伸ばす。微笑む、あの娘に向かって。そして、その先で待つ、未来(彼女)に向かって。 ――ベルトルドさん――。 導く、声が聞こえた。 ◆ 「ウォオオオオッ!!」 雄叫びと共に、ねじ込まれる拳。ヨナの喉笛を咬み破ろうとした蛟が、悲鳴と共に吹き飛ぶ。 「ベルトルドさん!」 「すまない! 待たせた!」 震える拳を握り、豪と吼えるベルトルド。疲れ切ったヨナの顔が、歓喜に輝く。 「戻ってきましたか!」 「遅いよ! 黒豹の兄さん!」 試練を乗り越えた他の仲間達も、彼の帰還に奮い立つ。 「アリシア!」 「はい!」 クリストフの声に、アリシアは震える身体を引きずって手を伸ばす。その先にあるのは、貝殻の中で輝く水晶の鱗。蜃の本体。 喰いかかる蛟を、クリストフの裁きが叩き落とす。 「お前達なんかに、大切な人を食われてたまるか!!」 吼える。満身創痍の身体と心。それを、猛る想いで奮い立たせて。霞む視界。霧の残滓。映るのは、禍しく蠢く影。それが、記憶に垣間見た二人の姿に重なる。 「二人は……あの娘達は絶対に助ける!! その為の蜃だ!! 貴様の思い通りになんて、させてたまるか!!」 「二人は返してもらう! 俺達の生きる世界を、お前如きに指図される謂れはない!!」 シリウスもまた、叫ぶ。想いは、同じ。残された力を振り絞り、立ち上がる。 霧の向こう。嘲る様に歪む、影。その意思を代弁する様に、蛟達が襲いかかる。 しかし――。 「そこまでだ!」 皆の背後から伸びた琥珀色の剣が、蛟を切り飛ばす。狼狽える蛟達の前に現れたのは、彼らの数に倍する程の琥珀の騎士隊。冷たく構えられた剣列の奥から進み出た少女。琥珀姫が厳かに言い放つ。 「この子達は、わたしの客でね。どうしてもと言うのなら、相手をするが?」 彼女の意に従い、騎士達がガシャリと歩み出る。 「この子達は、覚悟を見せた」 怯む蛟達に向かって、麗石の魔女は冷たく笑いかける。 「それに値するだけの覚悟、お前達にあるか?」 所詮は、下賤たる死体喰い。そんな覚悟など、持ちうる筈もなかった。 「いつの時代も、人は愚かだ。そして、浅ましい」 力尽き、眠りについた浄化師達。それを妨げぬ様に歩きながら、琥珀姫は独りごちる。 「何度も裏切られ、何度も見限った。だが……」 立ち止まり、見下ろす先には眠るアリシアの姿。その手の中には、淡く輝く水晶の鱗。 「結局は、『今度こそ』と思わせられる。全く、困った存在だよ」 開いた掌。幾重にも展開する魔方陣が、蜃を琥珀の輝きの中に封じ込んでいく。 「なあ。メフィスト」 呟いた言葉は、届いただろうか。
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*** 活躍者 *** |
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該当者なし |
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[15] リコリス・ラディアータ 2019/10/06-23:03
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[14] リチェルカーレ・リモージュ 2019/10/06-22:15
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[13] クリストフ・フォンシラー 2019/10/06-22:09
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[12] リチェルカーレ・リモージュ 2019/10/05-21:14
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[11] ヨナ・ミューエ 2019/10/03-19:02
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[10] リコリス・ラディアータ 2019/10/02-23:18 | ||
[9] リチェルカーレ・リモージュ 2019/10/01-22:58
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[8] ヨナ・ミューエ 2019/10/01-19:38
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[7] ヴォルフラム・マカミ 2019/10/01-18:13 | ||
[6] クリストフ・フォンシラー 2019/09/30-22:09 | ||
[5] リチェルカーレ・リモージュ 2019/09/30-19:20 | ||
[4] リコリス・ラディアータ 2019/09/30-09:26 | ||
[3] クリストフ・フォンシラー 2019/09/29-21:41 | ||
[2] リチェルカーレ・リモージュ 2019/09/29-21:24
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