~ プロローグ ~ |
静かな場所だった。何処か山間の、大きく切り込んだ谷。深い深いその中は、生き物の気配はおろか、風の通る音すらしない。まるで、何かの眠りを妨げぬ様に、万物が息を潜めているかの様な場所。昏い昏い、奈落の如き深淵。それを、遥か高みの空から見下ろす者がいた。漆黒の洋装を纏った姿は酷く小柄で、一見すると女児の様にも見える。けれど、その愛らしい顔に浮かぶ表情はゾッとするほどに美しく、そして恐ろしい。大きな深紅の瞳を陽炎の様に揺らしながら、彼女は谷の奥底を見つめていた。 |
~ 解説 ~ |
【目的】 |

~ ゲームマスターより ~ |
情報補足 |

◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
|
||||||||
![]() |
二人への呼びかけはまず仲間達に任せベリアルと対峙 ヨ スケール3が8体 それも組織的に ですか… ベ 押すのも引くのも至難の業 か。男女の駆け引きでもあるまいし 少しでも気をほぐす為の言葉としても特に笑うでもなく 厳しい眼差しをベリアルに 間違いなく激しい戦いとなる予感に心を引き締め ワイバーン型 遠距離から執拗にFN11を撃ち翼や尾の切断 バランス崩し墜落狙う 二体の死角に入らないよう攻撃で誘導 ハウエアは真っ向からFN16で相殺狙う 受ければ通常攻撃切替え 低空飛行状態なら喰人でジャンプし捕捉を試みそのままJM15 頭押さえ攻撃封じ 捕えてしまえば好き勝手にはできまい イカにはJM13等でネグラ対策 混戦なら味方の背中守る位置 |
|||||||
|
||||||||
![]() |
カレナさんを必ず助ける ふたりとも わたし達を助けてくれたもの 闇の中へなんて行かせない 魔術真名詠唱 事前に禹歩七星 敵が現れれば浄化結界 カレナさん説得班 封印への道へ立ち塞がり説得 敵ではない 攻撃する気はないとわかるよう武器は持たず 突破されそうなら鬼門封印 前に回り込む セルシアさんに カレナさんを助けます これ以上進むと戻れなくなる お願いセルシアさん、一緒にカレナさんを止めて 仲間の怪我は可能な限り治したい 天恩天嗣3を使用 ベリアルがくれば 九字で応戦しつつセルシアさんを守る カレナさん 蜃の幻の中で会ったよね こっちにきちゃダメと言ってくれた 今度はわたしの番 そっちへ行ってはダメ 一緒に帰ろう? セルシアさんと わたし達と一緒に |
|||||||
|
||||||||
![]() |
カレナちゃんとセルシアちゃんを待ち伏せ 「カレンちゃん、セルシアちゃん、止まって!話聞いてー!」 この先に、起こしちゃいけない災いが封印されてる事 カレナちゃんが、操られて封印の鍵にされちゃってる事 そして、カレナちゃんを元に戻せる人が見つかって、今急いで此処に向かってくれてる事を話す 「だからセルシアちゃん、カレナちゃん止めるの手伝って欲しいんだ!」 勿論、元に戻せる人が来なくても、上手くいけば僕らだけでもカレナちゃんをとり戻す事はできる! 「呼びかけよう、帰ってきてって」 とりあえず、力ずくでも止める 力ずくと言っても、ケガさせるとかじゃないからね? ナックルはしてるけど、カレナちゃんの武器へのけん制用だから |
|||||||
|
||||||||
![]() |
カレナさん…必ず助けてみせます 仲間達に兎歩七星を掛けた後 セルシアに向けて 話を聞いて下さい 私達は、絶対にカレナさんを助けたいです 一緒に、カレナさんを止めて、呼び戻して下さい このままだと、カレナさんは封印を、解いてしまうんです そんな罪を犯させたく、ないんです カレナさんを止めるために禁符の陣や鬼門封印を使います、けど 彼女を傷つけるためでは絶対にないので…! 禁符の陣でカレナを足止めし話掛け カレナさん、セルシアさんの為に…戻ってきて下さい、お願い…! 突破されたらベリアルに退治してる仲間の所へ カレナが近くにいれば禁符の陣 無理なら仲間の回復と支援に カレナさん、貴女は、このベリアル達と同じ物になる気です、か? |
|||||||
|
||||||||
![]() |
サクラ:うわー、あのベリアル嫌いだわー。 キョウ:同意です。戦いに参加しない辺り余裕みたいな……まだ他の手があるみたいな感じも……。 サクラ:上から見ちゃってさー。イライラする。 キョウ:あっそこでしたか。 【行動】対応:ワイバーン型 サクラ ずっと飛んでいるのね。困ったわ。翼をぶっ飛ばさないと。 攻撃方法はチェインショット。 MPが切れたら通常攻撃に変更するわ。 キョウ 浄化結界を使って抵抗力を上げます。 ですので今回はサクの近くではなく(なるべく近くにいたいですが) 皆さんに効果が行き渡るような場所をとろうかと思います。 効果が切れ次第再び使用。必要ないときは庇ったり通常攻撃してますね。 |
|||||||
|
||||||||
![]() |
何としてでも食い止めるわよ! 初手魔術真名詠唱 撃破優先はジャガーマン>ワイバーン>クラーケン 敵と接敵時JM7 出血成功後、敵の武器や武器を所持する腕を狙う 敵の視線や方向を観察、カレナ達の元へ向かう敵へJM8 進路上に割って入り攻撃 ラスとはお互いの死角をカバーするように立ち回り 敵味方の位置に注意、単騎突出しないよう 足止めの役目だが撃破する心構えで カレナが突破してきた際、JM7で彼女の下へ 攻撃時は彼女ではなく近くの地面を あくまで攻撃ではなく足止め、意識を向けさせる ベリアルの攻撃が向かう場合は彼女を庇う 前ばっか見てないで横とか後ろを見てみなさい 大事なもん見落としてんじゃねぇよっ! |
|||||||
|
||||||||
![]() |
カレナさんの奪還 彼女を取り戻すことが 封印を守ることにもつながるはず 生きて彼女を止める事を最優先に >行動 ベリアル側対応 カレナさん説得班へ ベリアルたちを向かわせない 他の人たちと連携して抑える 倒すことより 説得までの時間耐えきることを目標に リ:前衛位置 魔力感知も使いできるだけ敵(特にジャガーマン、ワイバーン)の位置を確認 仲間に周知 戦踏乱舞でメインアタッカーの能力上げ 敵急所が分かればそこを わからなければ目や武器破壊を狙う セ:中衛位置 ワイバーン>近づく敵 の優先順 全体を俯瞰 敵が溜めに出た場合仲間に周知 技を使わせないよう カードで攻撃 敵攻撃にはリヴァース・フォーチュンで対応 カレナさんが説得班を突破時は捕捉 |
|||||||
|
||||||||
![]() |
2人の命で惨劇を防げるなら… 一瞬彼等を殺せば終わるのではという暗い感情が廻ったが、ドクターの言葉に一瞬だけハッとする だが…事実としてこのままでは… ならば… 俺はワイバーンの対処をする いずれにせよベリアルは対応せねばならん訳だ DE13で集中的に狙ってやる あまりに敵が多いようならDE10で ドクターがデコイで動くようなら真名詠唱後DE10での攻撃に切り替え シリウスといいドクターといい本当に無茶を… 俺があいつらを大事にするように誰かにとって必要な人間がいる だから俺はカレナやセルシアを助ける!それでいい! カレナ!早く目を覚ませ!! これが終わったらシリウスには拳骨、ドクターにはデコピンだ! |
|||||||
~ リザルトノベル ~ |
「あら?」 佇んでいた彼女が、閉じていた瞳を開けた。見下ろすのは、背後に広がる針葉樹林。さして遠くない所に立ち上がる、八本の光。彼女の持つ膨大な知識が、その正体を看破する。 「お出ましの様で。お客人」 楽しげに歪む、深紅の瞳。 「歓迎しますの。共に、これから始まる宴を祝いましょう」 厳かに言って、彼女は優しく微笑んだ。 「皆、無事かい?」 「ああ」 「何回やっても、慣れないね。この転移の感覚」 『クリストフ・フォンシラー』の問いに皆が頷く中で、『リューイ・ウィンダリア』が顔を上げる。 「強い、魔力……。この獣道を、真っ直ぐこちらに」 彼の言葉に、『ベルトルド・レーヴェ』と『ショーン・ハイド』が林の向こうを見る。 「カレナか?」 「だろうな。前情報の通りなら」 「それなら……」 「セルシアさんも、一緒に……」 何かを思う様に唇を噛み締める『リチェルカーレ・リモージュ』と『アリシア・ムーンライト』。横では、ふんぞり返った『ラニ・シェルロワ』がフンスと、息を吐く。 「全く、こんなクソ寒いトコまで引っ張り出してくれて! お礼は、しっかりしてもらうわよ! とりあえず、スイートドリームで特製スイートポテトセット、奢りで!」 「おい……」 隣で呟くのは、相方の『ラス・シェルレイ』。『文句ある?』と睨みつけるが、彼も道の向こうを見つめながら微笑む。 「甘味だけじゃ飽きるだろ? 磯辺巻きも、付けてもらおう」 その返しにキョトンとして、吹き出す。 「そうね。賛成」 ひとしきり笑うと、キッと表情を引き締める。 「食い止めるわよ……。何としてでも!」 「ああ」 頷き合う二人を微笑ましそうに見ていた『レオノル・ペリエ』が、視線を背後に向ける。 「……やはり、いる様だね」 「ええ。六……八体。魔力の強さから察するに、恐らくは全てスケール3以上……」 彼女に倣う様に視線を巡らせた『ヨナ・ミューエ』が、相槌を打つ。 「スケール3が八体……。ウンザリしますねぇ……」 「ウンザリするのは、他の理由じゃない?」 ゲンナリしている『キョウ・ニムラサ』に、空を見上げながら『サク・ニムラサ』は言う。 「いる、みたいねぇ……」 「やれやれ、何を企んでいるやら……」 キョウが、何度目かも知れない溜息をついた時。 「皆……」 「来たよ」 『カグヤ・ミツルギ』と『ヴォルフラム・マカミ』の声に、皆が前を向く。 そこに、少女が立っていた。 ポニーテールに結んだ赤髪。 幼さを残す、凛々しい顔。 そして。 昏く輝く双眸。 牙を剥き、静かに唸る口元。 はだけた胸で輝く、朱い魔方陣。 アウェイクニング・ベリアルの証。『カレナ・メルア』。 その様子を見た、『セシリア・ブルー』が呟く。 「……大丈夫。まだ、堕ち切っていない」 「なら……」 虚ろな眼差しをまっすぐに見据えながら、『シリウス・セイアッド』が踏み出す。 「取り戻せる!」 その声を合図に、皆が魔術真名を詠唱。反応する様に、カレナの横に展開する魔方陣。ダラリと下がっていた右手が上がり、その中に突き入れられる。口寄魔方陣。浄化師が、魔喰器(イレイス)を呼び寄せる時に使う術式。 (忘れて、いない) 妙な安堵を思う皆の前で引きずり出されるのは、巨大な鉄塊。 指先から肩までをガードする、分厚い盾とも手甲ともとれる本体。先端から伸びるのは、太く無骨な鉄杭。それが、威嚇する様に唸りを上げて上下する。 杭打機(パイルバンカー)。魔力で打ち出される杭の威力は、凄まじい。 「ええ? 女の子が振り回す代物じゃないと思うんですが!」 「それ、差別発言」 思わず目を白黒させたキョウに、セシリアがチクリと釘を刺す。 「来る!」 クリストフの声と同時に、カレナが飛び出す。速く。真っ直ぐ。真正面から、突破する勢い。 咄嗟に武器を向ける、ショーンとサク。けれど、アリシアの声が彼らを止める。 「駄目です!! 武器を向けては、敵意があると取られてしまう!!」 同時に飛ばす呪符。禁符の陣。象られる結界が、カレナの動きを封じる。 「くっ……」 抵抗を抑え込みながら、語り掛ける。 「カレナさん……必ず、助けてみせます……」 答える事なく、身をよじるカレナ。人を超える膂力に、結界がギシギシと軋みを上げる。 「駄目!」 「させん」 リチェルカーレとカグヤが、鬼門封印を重ねる。さらに束縛される動き。突っ込んだベルトルドとヴォルフラムが、捻じ伏せる。 「カレナ。もういい」 馬乗りになったベルトルドが、言う。 「思い出してくれ。今まで、お前が何を守ろうとしてきたかを」 昏く光る視線が、彼を見上げる。 「その牙で救ってきた人々。セルシア。そして、お前自身。絆は、まだお前の中にある」 少女の目が、禍しく。けれど、儚く揺れる。ベルトルドは続ける。優しく、愛しい人に囁く様に。 「戻って来い。一緒に、帰ろう。また、繋がるんだ。セルシアと。俺達と」 一瞬、止まる動き。皆が、息を呑む。 「届くでしょうか?」 「分からないわぁ。ただ、確かなのは……」 キョウの問いに返事を返したサクが、バッと空を仰ぎ見る。 「今は、邪魔を入れる所じゃないって事!」 同時に放つ、チェインショット。連続で放たれた銃弾は、しかし小さな障壁一枚に全て遮られる。 「ご挨拶ですの。これでもわたくし、打たれ弱いんですのよ?」 銃弾を握り潰しながら、嗤うコッペリア。見上げたシリウスとクリストフが、息を呑む。 「奴は……!」 「サンディスタムで、トールとか言うベリアルと一緒にいた……」 「見覚えのある子羊がいますの。その節は」 漆黒のドレスを摘み、優雅にお辞儀する魔姫。 「やはり、黒幕は貴女でしたか」 「あら、『貴女』だなんて。そう言えば、まだお名前を教えてませんでしたの」 キョウの言葉に小首を傾げて答えると、もう一度お辞儀。 「コッペリア。『最操のコッペリア』ですの。どうぞ、よしなに」 「ご丁寧にありがとう。で、そのコッペリアさんが黒幕と言うのは、間違いでなくて?」 ライフルでトントンと肩を叩きながら、問うサク。朗らかに笑みながら、コッペリアは返す。 「だとしたら?」 「貴女を落とせば、一番手っ取り早いって事よね!」 反転するライフル。素早く向けられた銃口が、再び火を放つ。 「まあ、そうですけど……」 動揺する事もなく、細い指がクイと上がる。 「すぐ終わっては、つまらないですの」 途端、林の中から何かが飛び出した。 「ジャアぁあア!」 大きく翼を広げた影が、何かを吐き出す。ぶつかった途端、失速して落ちる弾丸。 「皆!」 「来ます!」 瞬間、リューイとヨナが叫んだ。 「ヴぉおオオ!」 木々の間から、何かが火花を散らしながら突進してきた。その数、二体。 「散って!」 咄嗟に呼びかけるセシリア。飛び退いた皆の間を、青白い電光を纏った巨体が猛スピードで通り抜ける。その様は、まるで地面を走る稲妻。ぶち当たられた大木が、炎を上げながらへし折れる。 「ヴふぅ。今ノデ、二、三匹は仕留めらレるト思っタガ……」 「そう、易クはないカ」 野太い声と共に身を起こすのは、鼻先に巨大な角を掲げる獣人。 「一角獣か!」 「イかにモ」 「最操の御方ノ名に置イテ、汝らノ命貰い受ケル!」 手にしたランスを振り上げ、二体の一角獣は雄叫びを上げた。 「ちっ! こっちはそれどこじゃないってのに!!」 「言ってる場合か!!」 「分かってるっての!!」 言い合いながら、武器を構えるラニとラス。その頭上に、影が落ちる。 「痴話喧嘩かイ? 微笑まシいねぇ!」 「アタシらも、入れテおくれよォ!」 鋭い風切り音と共に降下してきたのは、先にサクの銃撃をいなした影。羽ばたく大翼の中で、曲剣がギラリと光る。 「くっ!!」 「こんのぉ!!」 咄嗟に掲げる刃。激しく打ち合い、火花を散らす。 「ワイバーン!!」 「アタリぃ!」 「ご褒美だよォ!!」 あざける口から放たれる、何か。迫る感覚に、悪寒が走る。 「ラニ、避けろ!!」 その声に、剣で叩き落そうとしていたラニが咄嗟に身を交わす。目標を失ったそれは、地面に着弾して拳ほどの窪みを残した。 「何よ!? 急に!」 「この感じ、覚えがある! ハウエアだ!!」 「げ!?」 相方の言葉に忌まわしい記憶を想起され、引きつるラニ。再び舞い上がったワイバーン達が、笑う。 「またまた、アタリぃ!」 「分かっテモ、ドウにもナラナイけどねぇ!」 響く哄笑に、ラニはギリと歯噛みした。 「これで、五体!」 「気を付けて! まだ、います!」 警戒するレオノルとヨナの声に答える様に、周囲の茂みがザザザと鳴る。 「リューイ!! 狙われてるわ!!」 セシリアの叫びと同時に飛び出す影。そのまま、一瞬でリューイに肉薄する。 「クッ!!」 咄嗟に構える双剣に叩きつけられる鉤爪。冷たく光る爪の向こうで、牙の並ぶ口がニヤリと笑む。 「ほう? なかナカやるナ! 坊主!」 「ジャガーマン!?」 「どれ? 腕の方ヲ、見せてミロ!」 一旦飛びず去る、ジャガーマン。その勢いのまま、猛スピードで襲いかかる。 必死に構え直す双剣を、重く鋭い閃光が弾く。 「上ゲルぞ! ついテこれるカ!?」 さらに増すスピード。姿を追うだけで、精一杯。四方八方からの攻撃に、反撃もままならない。援護しようとするセシリアも、あまりの速さに攻撃の照準が合わない。 「舐めるなぁ!!」 渾身の力で振るわれた一撃を舞ってかわすと、鋭い蹴りを叩きつける。 「あぅ!!」 強かに胸を打たれ、もんどり打って倒れるリューイ。見下ろす獣が、ニヤリと笑む。 「なかなかノものダッタゾ! 精進すれバ、さぞや良イ戦士ニなるだろう。 だが……」 大きく開いた手が、黒い光を放つ。 「デストルクシオン!!」 察したセシリアが、悲鳴を上げる。 「その道ハ、ココで終わりダ!!」 「逃げて!!」 必死の呼びかけにも、咳き込むリューイは動く事が出来ない。滅びの魔手が、彼の心臓を抉り出そうとしたその時。 「させん!!」 ショーンの放った矢が、遮る。 「ハハッ! 命拾いシタナ! 坊主!!」 掴み損ねた獲物を惜しむでもなく、手の中で崩壊していく矢を捨てるジャガーマン。 「悪魔祓いカ? 相性ガ悪いナ」 「ならば、諦めろ!」 素早く矢をつがえ、狙いを定める。スウィーピングファイア。集中する視界の中で、獣の顔が再び笑む。 「望ム所……と言イたいガ……」 途端、ジャガーマンがバックステップで背後の茂みに飛び込む。 「生憎と、オレの役目ジャナイ。付き合う事ハ、出来んヨ」 そのまま、草葉の中に消えていく。しかし、ショーンは動じない。スウィーピングファイアは貫通攻撃。植物の壁など、ものともしない。 「無駄だ!」 必殺の意思で、矢を放とうとしたその時。 「ウバっしゃア!」 突然、茂みの中から黒い煙の様なモノが吹きつけられた。 「何!?」 一瞬で闇に沈む視界。思わず動きを止めるショーンに向かって、何本もの触手が伸びる。 「ヒャあハハハ! ハマった! ハマったァ!!」 触手の先には、四本の大鎌。切り刻もうと、迫る。 「ショーン!!」 咄嗟に間に入ったレオノルが、ソーンケージを展開。幾条にも伸びる茨が、うねる触手を阻む。 「ヒャはは! やるねェ! お嬢チャン!」 「ジャあ、これナラどうだい!?」 重なる声。さらに十本の触手が飛び出し、襲いかかる。 「くっ!」 「させないわ!!」 今度はセシリアがタロット・ドローを放つ。 「オオ、痛い、痛イ」 「ははァ。こォんな可愛い娘ニ痛めツケて貰えるナンテ……」 「良い仕事ダねェ」 粘着く様な軽口と共に這い出してきたのは、二体の烏賊の怪物。 「クラーケン……」 「ひゃハ、ホント、二人共可愛いねぇ!」 「嬲りタイねぇ! 遊びタイネぇ!」 「……気持ち悪い……」 セシリアの心からの言葉に、二体のクラーケンは『ご褒美デス!』と声を揃えた。 「これで、八体」 「なら、これで全部だね」 頷くヨナを見て確認すると、クリストフはカレナを抑えるメンバーに声をかける。 「聞いたね!? アリシア! 奴らは俺達が抑える! だから、君達はカレナちゃんを!」 「はい!」 「必ず!」 三つの結界と二人の浄化師に押さえつけられ、惚けた様な顔で宙を見つめるカレナ。その様が、アリシアの胸を締め付ける。 「カレナさん……。貴女は、このベリアル達と同じ物になる気です、か……?」 カレナを縛る陣。繰る手に力を込めながら、祈る。 「カレナさん! 貴女の為に……セルシアさんの為に……戻ってきて下さい! お願い……!」 昏がりに沈む瞳。それが、微かに揺れた。 「皆、敵をアリシアさん達に近づけないで!」 地上の敵を牽制しながら、上空から降るハウエアをライトレイで相殺するヨナ。そんな彼女に向かって、声が降る。 「随分と、頑張りますの。可愛いお人形さん」 「!」 見上げると、ワイバーン達よりも高い所にいるコッペリアが、面白そうに見下ろしていた。彼女は、問う。 「分かりませんの。どうして、そんなに嫌がりますの? カレナ(その娘)は、とても美しいモノになろうとしていますのに」 「美しいモノ……?」 「そうですの」 幼く美しい顔に浮かぶ、亀裂の様な笑み。 「身体は人間。心はベリアル。清純にして純真。『人の身体を持ちながら、人としての邪心を一切持たない存在』。これこそ、真に神が望みたもうた形」 「………」 「祝福して差し上げるべきではなくて? 友人の、新たなる誕生を」 その言葉が、ヨナの心を逆立てる。 「ふざけないでください!!」 一瞬、周囲の動きが止まるかと思える激高。手を血が滲む程に握り締め、叫ぶ。 「浄化師の……カレナ(彼女)の想う心を利用して、何が『一切の邪心を持たない人間』ですか!! その誰かを想う気持ちこそが、人間(ひと)を人間(ひと)たらしめる根拠でしょうに!!」 嵐の様に吹き付ける怒りを、けれどコッペリアは可笑しそうに受け止める。 「愛らしい割に、激しい方。けれど、賢しい。一度、お茶でも飲みながら、じっくりお話したいものですの」 「……いいでしょう。その時には、完膚なきまでに論破して差し上げます」 「あら? 嬉しい」 コロコロと笑うコッペリア。けれど、ふとその鈴音が止まる。 「ではその前に、一つ間違いを訂正して差し上げますの」 「………?」 「貴女、さっき『これで八体』と言いましたけど」 細い指が、ツと下を向く。 「数え違えて、ますの」 ヨナの背筋を這い上がる悪寒。視界の端を、何かが走った。 振り返った目に映るのは、戦場を猛スピードで駆け抜けていくもう一体のジャガーマン。 今になって、理解する。上空のコッペリアは、魔力を発していない。元から、数に入っていない。ヨナ達エレメンツの魔力探知を惑わすための、囮。 「いけない!!」 咄嗟に放つ、エアースラスト。けれど、ただでさえ素早い相手。むやみに打った所で、当たる道理もない。それどころか。 「余所見ハ、駄目だヨぉ!!」 降り落ちる声と同時に、衝撃が背を打つ。 短い息を吐き、地に転がる。失態を悟った時には、もう遅い。襲う、脱力感。 「まずい!!」 「ヨナさん!!」 近くにいたラニとラスが、駆け寄る。追撃をかけようとするワイバーンから自分を庇う二人に、苦しい息の下から言う。 「わた、しは、いい……奴を、奴を止めて……」 「!」 ハッと振り返る二人。視線の先には走るジャガーマン。その先には――。 「あいつ!!」 「アリシアさんを!!」 カレナを止める為に、術をかけ続けるアリシア。動く事は、出来ない。 「アリシア!!」 「くっ!!」 一角獣と対峙していたクリストフとシリウスが、迎撃しようとする。しかし。 「無理ダナ!」 電撃を纏い、突進する一角獣。二人まとめて跳ね飛ばす。 「ぐぁ!!」 「うぁ!!」 軽々と宙を舞い、木に叩きつけられる。そのまま、地に落ちた二人。立ち上がろうとするが、電撃を受けた身体は言う事を聞かない。 「アリシア! 逃げろ!!」 血と共に飛んだクリストフの叫びが、虚しく響いた。 アリシアは、自分に向かってくる敵には気づいていた。しかし、対応する為に陣を切れば、その隙にカレナは束縛を破るだろう。出来なかった。ようやく、腕の中に留めた希望。それを守るために、彼女は覚悟を決めた。 迫るジャガーマンが、腕を振り上げた。悪魔の様に開いた手が、黒い光を放つ。 「要! まずハ一つ!!」 滅びの爪が、アリシアの首筋を抉る。 ――風切る音が、鳴いた――。 「きゃあ!!」 「ヌぉ!?」 二つの悲鳴が重なる。突然、切れた陣。反動で後方に飛ばされるアリシア。訳が分からず起き上がると、獲物を失ったジャガーマンが腕を押さえて呻いていた。深く突き刺さった、二本のダガー。ハッと視線を走らせると、そこには同じダガーに穿たれた呪符が二枚。 「あれは……!」 思考がまとまる前に、重い音が響く。ベルトルドとヴォルフラムに押さえつけられていたカレナが、右腕を振り上げていた。地面に、叩きつける。打ち込まれる、鉄杭。激しい、反動。浮かび上がる、身体。残りの鬼門封印を引きちぎり、押さえつける二人諸共に。 「うぉお!?」 「ま、マジ!?」 驚愕する二人の声に重なって、リチェルカーレとカグヤの悲鳴が響く。封印を弾かれた反動で弾き飛ばされる二人。 クルリと身を回して着地するカレナ。その勢いのまま、パイルバンカーを振り被る。鉄杭の切っ先が向けられるのは、まだ起き上がれないカグヤ。 「カグちゃん!!」 叫ぶヴォルフラム。助けも、回避も間に合わない。目をつぶるカグヤ。けれど。 「………?」 痛みも、衝撃も。襲っては、来なかった。 目を開ける。 彼女の額を吹き飛ばす筈だった鉄杭は、すれすれで止まっていた。先には、微かに揺れる瞳。 「カレナ……」 思わず、手を伸ばす。途端、振り払う様に横凪ぎされるパイルバンカー。 「グォあ!?」 鈍い音と共に殴り飛ばされたのは、もう一体のジャガーマン。いつの間にか、接近していたらしい。呆然とするカグヤを一瞥すると、カレナは踵を返して走り出す。 「カレナさん!!」 起き上がったリチェルカーレ。後を追おうとして、立ち止まる。振り返れば、そこには傷つき、それでも尚戦線を維持する仲間の姿。躊躇する彼女の背を、シリウスが押す。 「行くんだ! リチェ!」 「でも……」 「止めるんだ!!」 「!」 今だ、麻痺の残る身体。渾身の力で立ち上がりながら、叫ぶ。 「死なせはしない!! ベリアルの……上層部の思惑に通りになんて、させはしない!!」 「そうだよ……リチェちゃん……」 同じ様に剣で身体を引きずりながら、クリストフも言う。 「このままでは、カレナちゃんは封印を解いてしまう。そうしたら、セルシアちゃんも……。そんな悲しい事を、許しちゃいけない」 「そうです……」 別の声と共に、身体に力が注がれる。禹歩七星。アリシアが、真っ直ぐな瞳でリチェルカーレを見つめていました。 「います。セルシアさんも、この場に。そして、その心は……」 手に握るのは、先刻彼女を救ったダガー。抱きしめる。そこにある想いを、刻み込む様に。 「まだ、私達の傍に……」 「シアちゃん……」 「だから!」 再び放つ、禁符の陣。背後から襲いかかろうとしていた、ジャガーマンを縛る。 「行ってください! 二人に、私達の想いを!」 その言葉が、リチェルカーレを決意させる。放つ、天恩天嗣と浄化結界。せめても、皆の力に。 「すまない! 行ってくれ!」 「ベリアルは任せて! だから、必ず!」 託される想いを背負い、リチェルカーレは走り出した。 自分達にも、アリシアの禹歩七星が宿るのを確かめ、カグヤとヴォルフラムは頷き合う。 「ヴォル、カレナは……」 「分かってる。行くよ!」 「きゃっ!」 カグヤを抱き抱えると、走り出すヴォルフラム。その背にも、皆の願いが飛ぶ。 「カレナに会ったら、言ってやってよ! 『前ばっか見てないで、横とか後ろ見ろ! 大事なもん、見落としてんじゃねぇよ』ってね!」 「カレナさんが戻るまで、持たせてみせます!」 確かに受け取り、走る。獣道に入る寸前、戦場へ戻るベルトルドとすれ違う。 「頼む」 「ああ」 寡黙な戦友に誓い、ヴォルフラムは駆ける足に一層の力を込めた。 「効果は、十秒程か……」 戻った視覚を確かめる様に、視線を巡らせるショーン。そこに、林の奥へと走っていくカレナの背中が見えた。 (抜けられたか) 理解すると共に、気づく。 射程距離。 (彼女の命で、惨劇を防げるなら……) 巡る、昏い感情。冷徹な思考が、身体を動かそうとした時。 「安易な判断は、やめた方がいいよ」 傍らから聞こえた声が、彼の手を止めた。 「一人の人と五人組がいて、どちらかを見殺しにしたらもう片方を救えるって思考実験があるけど。私、アレ嫌いなんだよね」 ショーンと同じモノを見つめながら、聡明な彼女は言う。 「人一人の命は、この世界より重い。その思想が無いと、権力は人の命を湯水の如く犠牲にする。だから、絶対助けなきゃいけないんだ」 理解している。理解している、つもりだった。けれど。 そんな葛藤を見透かす様に、レオノルは言う。彼に。 「私は大丈夫。ショーンが助けてくれるって、信じている」 そして、彼女達に。 「カレナ! セルシア! 君達だってそうだろう!? パートナーを信じる心を思い出せ! それが一番大事なものじゃないのか!?」 届いただろうか。今だ蠢く思いを抱えたまま、ショーンは思う。と、その視界にあるモノが映った。それは、クリストフの制止を振り切り、何かを飲み下すシリウスの姿。 「あれは!」 全てを察し、ショーンは呻く。 「馬鹿な真似を……」 駆け寄って殴り飛ばそうとしたが、すぐに思い止まる。 そう。自分が彼らを想う様に、誰かにとって必要な人間がいる。なら、失う痛みも同じ筈。ならば――。 カレナやセルシアを助ける。難しい事じゃない。それで、いいのだ。 照準を、空を舞うワイバーンに向ける。 「カレナ! 早く、目を覚ませ!!」 決意の叫びと共に走る矢が、雄叫びの如く風を裂いた。 「シリウス! よせ!!」 友人の制止を無視して、苦い錠剤を飲み下す。目の前には、再び突進してくる一角獣の姿。躊躇すべき時では、なかった。 「万が一の時は、頼む」 そう言い残すと、胸の中で蠢き始める黒い脈動と共に駆け出す。満ちる力を吐き出す様に、制裁発動。正面からぶつかる。 「ぬゥ!?」 異変に気づき、呻く一角獣。 「お主……!?」 「溺れはしない……。だが、恐れもしない!!」 拮抗する力。ギリギリと角と剣が押し合う。 「あの二人を! 仲間を助けるためなら!」 「その意気ヤ良シ!」 歓喜を顕にする一角獣。 「ナラバ、その意思諸共、薙ぎ倒シテ見セヨウ!!」 しかし。 「おイ、オッサン! 一人で、興じてんジャねぇよ」 下卑た声と共に、伸びる触手。いつの間にか、影の様に接近していたクラーケンが死角から襲いかかる。 「余計ナ真似を!」 「ヒャははは! ちームプレイだろ!」 唸る同胞をからかいながら、大鎌を振り上げる。上げたはいいが。 閃く剣閃。 鎌を掴む触手が二本、ポーンと飛ぶ。 「あリゃ?」 「調子に……」 「乗ってんじゃないよ! ゲソ野郎!!」 切り飛ばした勢いのまま、顔面にぶち込まれる蹴り二発。 「げびャー!!」 ひっくり返るクラーケンをさらに踏みつけながら、ラニとラスが言う。 「こっちはオレ達が面倒を見る!」 「あんた達は、そいつらを!」 「すまない!」 アリシアと共にジャガーマンと対峙していたクリストフが、礼を返す。 「アリシア! こいつは向こうの狩り手! 確実に抑える!」 「はい!」 「舐めるなァア!!」 かけられた拘束を引き千切りながら、ジャガーマンが吼えた。 「良いのカイ? アノ二人、行かセチまってさぁ!」 「シリウスさんは私達の要! 失う訳にはいきません!」 いたぶる様なワイバーンの攻撃を紙一重で避けながら、ヨナが暗澹魔弾を放つ。 「オット、ちょっと戻ってきたカイ?」 「ナラ、こうだ」 魔弾を避けた一体の影に、もう一体。放たれたハウエアが、再びヨナを打つ。 「カハッ!」 「キハははは! また、役立タズだねぇ!」 撃たれた腹部を押さえ、転げるヨナ。嘲りながら、降下してくるワイバーン。 「足手まといハ、死んで貢献しなァ!」 愉悦と共に、曲剣を振り上げる。 「誰が、足手まといだと?」 頭の上から、声が聞こえた。 「へ?」 瞬間、漆黒の手がワイバーンの頭を掴んだ。高く跳躍したベルトルドが、不用意に下降したワイバーンを捕らえていた。 「て、テメェら!! 図りやガッタなァ!?」 「ヨナが、貴様より上手だっただけだ」 喚く相手を無視し、左手を振るう。削斬。無残にちぎれ飛ぶ翼。 「ギャアあア!!」 「ヨナ! 受け取れ!」 下にいるヨナに向かって、ベルトルドが何かを投げる。咄嗟に受け止めたモノは、一振りのダガー。 「これは!」 「アイツが託した! セルシアが!」 全てを理解したヨナが、ダガーを構える。見つめるは、落ちくるワイバーンの腹。そこに輝く魔方陣。 「や、やメ……!!」 「あの娘の、怒りを!」 全てを込めて突き上げるダガー。煌く刃が、魔の血印を貫いた。 「一匹! 落とした!!」 それを見たラニが、叫ぶ。 「よし! これで……」 見回したラスが、固まる。 いない。 敵が、一体。 「まさか!」 強張る彼の顔を見たクラーケンが、ニヤリと笑んだ。 その頃、リチェルカーレはカレナを追って林の中をひた走っていた。山路に慣れない足は靴擦れを起こし、一歩踏み出す毎に鈍い痛みが走る。けれど、止まらない。皆に託された願い。それを、彼女達に届ける為に。 「必ず、助ける……」 胸にあるのは、蜃の霧の中での出来事。記憶の闇に飲まれかけた彼女とシリウスを、彼女達は押し返した。その顔に、確かな笑みを浮かべながら。 「二人とも、私達を助けてくれた……」 信じる。あの時、二人の願いは、確かに共にあったのだと。 「闇の中へなんて、行かせない」 鈍い痛みを飲み込み、さらに一歩を踏み出した時。 殺気が、貫いた。 「!!」 振り向いた視界に、猛スピードで接近してくる影が見えた。 「ジャガーマン!」 「見ツケたぞ。小娘」 獲物を補足した獣が、舌舐りをする。 「くっ!」 走りながらに放つ、九字。しかし、ジャガーマンはそれを尽く爪で弾く。 「無駄ダ!」 跳躍。一気に距離を詰めると、回し蹴りを叩き込む。 「きゃああ!!」 小柄な身体はあっけなく宙を舞い、木に叩きつけられる。 「か……ふ……」 ズルズルと崩れ落ちる、リチェルカーレ。近寄ってきたジャガーマンが、ゆっくりと手を伸ばす。 「先に逝っテ、仲間ヲ待つがイイ」 昏い光を灯す手が、細い喉に伸びる。けれど。 「む?」 喉を抉ろうとした手を、リチェルカーレの両手が掴んでいた。必死に、押し返す。けれど、それはあまりにも儚い抵抗。 「抗えバ、苦痛ガ増すゾ」 かけられる言葉にも、従いはしない。ただ、懸命に足掻く。 「……イイだろう。その想イとやらを遺シタまま……」 押し込まれる手が、ついに喉を掴む。 「逝け!」 最期の三秒が巡る、寸前。 「グォ!?」 呻きと共に、手が離れる。霞む目を開ければ、ジャガーマンが苦痛に顔を歪めていた。血を流す両肩に突き刺さっていたのは、二振りのダガー。 咄嗟に振り向いた先で、長い白銀が揺れる。ほんの、数歩離れた距離。そこに、彼女が立っていた。 「セルシア、さん……」 「追ってこないでって、言ったのに……」 苦々しげな、けれど、悲しげな声でセルシアが言う。 「誰カと思えバ……」 ジャガーマンから向けられる、殺意に満ちた視線。けれど、セルシアは動じない。ただ、冷ややかな眼差しだけを返す。 「今更、何のつもりダ。貴様ノ役目は、当ニ終わってイル。拾った命ヲ抱えて、サッサと消えろ」 動かない。叩きつけられる殺気を、そよ風の様に受け流す。 「イイだろう……」 如何程の事もないと言う様に、ダガーを突き立てたまま、ジャガーマンが構えを取る。 「貴様カラ、逝くガいい」 「駄目……逃げて……」 絞り出す声も、届かない。ジャガーマンの両手に、光が灯る。 「……毒華鳥(ピトフーイ)」 セルシアが、呟いた。酷く小さく、消え入る様に。 途端、ジャガーマンの両腕がガクンと落ちた。 「な、ニ……?」 獣人の口から漏れる、当惑の声。ダラリと下がった腕。力が入らない。動かない。大切な何かが、切れた様に。 「き、貴様! 何ヲ……」 答えを聞く事は叶わない。その時にはもう、一本のダガーが眉間を貫いていたから。 「グ……お……」 よろめいた先。そこは、深く切り立った崖。踏み外す。断末魔の声が、遠く深く。響いて消えた。 「セルシア……さん……」 木の幹にすがりながら、立ち上がるリチェルカーレ。呼びかける声に、応えはない。よろめく足に力を込めて、近寄ろうとする。 「来ないで!」 拒絶の言葉が飛ぶ。 今にも泣きそうな顔をしたセルシアが、手にしたダガーを突きつけていた。 「もう、言った! あの娘を、カレナを殺そうとする奴は、わたしの敵だ!」 「そんな事、しない……」 「嘘だ!!」 騙されないと言う様に、首を振る。 「そう言って、最後はカレナを殺すんだ!!」 「セルシアさん……」 「信じない!! 教団も!! 浄化師も!!」 駄々をこねる子供の様に、喚く。その様が、覚悟を決めさせる。 近づく。一歩。また一歩と。 「来るな!」 一歩。もう、一歩。 「来るなーっ!」 突き出されるダガー。突き刺さる、肩。足は、止めない。そのまま、進んで。 抱き締めた。 「……ごめんね……」 息を呑む気配を感じながら、囁く。 「本当に、ごめんね……」 優しく。愛しく。そして、いたわって。 「証は、示せない。資格も、術も、ないけれど……」 腕の中の彼女は、傷だらけ。あの時の怪我が、癒えていない。心と、同様に。唱える、癒し。せめても。ただ、せめても。 「それでも貴女は、助けてくれた。私を。シアちゃんを」 共に贈るのは、友から預かったモノ。 「だから、助けさせて。カレナさんを。そして、貴女を」 手が、震える。小さな身体が、震える。 「これ以上進むと、戻れなくなる……」 抱き締める手に、力を込める。 「お願い……」 きっと、これが最後だから。 「一緒に、行こう」 ダガーが、落ちる。氷が、溶ける様に。抱き締めてくる。縋り付く様に。 「……届かないの……」 か細い、声が言う。 「わたしだけじゃ……届かないの……」 救いを、求め。 「助けて……」 光を、求め。 「お願い……」 最後の、希望を。 「助けて……」 願って。 小さな背中が、嗚咽に揺れた。 ――たすけて――。 「ぬ!?」 止めの一撃を加えようとしたジャガーマンの動きが、止まった。禁符の陣。傷だらけのアリシアが、地に伏しながら放ったもの。 「愚かナ」 せせら笑う。 「こんなモノ、幾度デモ……」 引きちぎろうとした手が、止まる。動かない。違う。先までとは。 困惑するジャガーマンの前で、同じ様に満身創痍のクリストフが立ち上がる。 「……聞こえたかい……?」 「……はい……」 立ち上がる。アリシアまでもが。 恐れを知らない、ベリアルの戦士。その背を、初めて冷たいモノが走った。 「う……オ……?」 押し戻される。優位だった筈なのに。あと一押しで、踏み潰せた筈なのに。 「お主……何ヲ……!?」 知らずに震える視線。己の角の向こうに、かの若者の瞳が見えた。力が、満ちていた。先までの様な、負の力ではない。生きる者の。命の覇気に満ちた力だった。 「やったな……リチェ……」 押し返す。成す術なく、押しやられる巨体。 「聞こえるか……? 聞こえる、だろう……?」 紡ぐ言の葉。虚言ではない。 「全力で抗え……手を伸ばせ……」 目の前の者を、しかと見つめる言葉。 「引き上げる! セルシアが! そして、俺達が!!」 轟く、シリウスの咆哮。断ち切られた角が、空高く舞った。 「ぎゃヒャあぁア!!」 突然落ちた視界。クラーケンが悲鳴を上げる。 「何ダァ!? 何ヲしやがッたァあ!?」 「ハ……試してみるもんだな……」 手の中でひび割れる呪詛返しを握り締め、笑うラス。鎌で切り刻まれた身体は、ボロボロ。けれど、待っていた。来るかも分からない、勝機。 「……聞こえたわね……ラス……」 巻き付き、締め付けていた触手。力づくで引き剥がしながら、ラニは問う。血だらけの顔に壮絶な、けれど美しい笑みを浮かべて。 「ああ……。届いたんだな……」 「なら、もうこんな奴に構ってる時じゃないわね……」 「何!? 何ヲ言ってヤガル!?」 喚くクラーケンにかけられるのは、冷ややかな声。 「聞いてなかったのか……?」 「さっさと消えろって、言ってんだよ……。 この……」 「ゲソ野郎!!!!」 「うぉおおおおお!!」 「ぬぁアああ!?」 ベルトルドの雄叫びと共に、一角獣の巨体が宙を舞う。 「馬鹿な!? 我が『ビリアラ』ノ洗礼を受けナガラ!!」 「この程度の痛み、アイツ等に比べれば如何程のものか!」 蝕む雷禍を血飛沫と共に蹴散らしながら、手負いの黒獣は吼える。 稼いだ時間。呪いが失せるには、十分。 ヨナが握るダガーに収束していくのは、アビスブリザードの冷気。 「私達の、そしてあの娘達の痛みの意味、悟れなかったが貴方達の不覚!!」 猛る意思と共に、輝く氷槍が鋼の如き鎧を貫き通した。 「馬鹿、カ……? お前……」 青い血反吐を吐きながら、クラーケンが呻く。目の前には、胸を切り裂かれて倒れたセシリアの姿。落ちるのは、裂けたカード。 リヴァース・フォーチュン。 苦痛を受ける運命を、相手に投影する術。運命に従い、裂けたクラーケンの胸。割れた魔方陣が、崩れていく。 「テメェが、邪魔しなけ、リャあ……」 恨めしげに移す視線。膝をつき、息を切らすリューイ。ズタズタの身体。目も、呪いで見えない。引き換えに散らばるのは、切り落とされた触手。 「ち……くシょう……」 最期の声に耳も貸さず、セシリアがリューイに寄り添う。 「そこに……いるのかい……? セラ……」 「ええ……」 「行こう……あの人達が、待ってる……」 支え合う様に立ち上がる二人。向かう先は、かの者達の元。 「……分からナイネぇ……」 幾重にも伸びた茨。絡め取られ、縫い付けられたワイバーンが、諦観した様に呟く。 「同胞たっテ、所詮他人ダロウ? 自分可愛イノガ、人間だろうニ」 「……それが理解出来ない限り、君達は私達には敵わないよ。永遠に」 見下ろすレオノル。眼鏡の奥の瞳に微かな憐憫を感じ、ワイバーンは笑う。 「知りタクも、ないねェ……」 「そうか……」 番える矢。祈りを捧げる様に目を伏すと、ショーンは静かに引き金を引いた。 「不甲斐ないですのねぇ……」 「なら、参加した方が良かったでしょうに。すぐ、終わったかもしれないわよ?」 宙に浮かぶコッペリアに向かって、サクが声をかける。 「どういたしまして。わたくし、肉体労働は苦手ですの」 「そんな事言わないで、降りてきなさいよ。って言うか、そんな上から見られていると、イライラするんだけど」 そんなサクを見下ろしながら、コッペリアは言う。 「貴女方も、変わってますの。その思考傾向、どちらかと言ったら『こっち』側でしょうに」 かけられた言葉に目をパチクリとして、サクはニヤリと笑む。 「だから、『こっち』にいるのよぉ」 「?」 「『こっち』には、私達が置き忘れてしまったモノがある。綺羅々として、とても綺麗なもの。忘れたく、ないから」 その言葉に、コッペリアも笑む。 「貴女も、面白い方。お名前は?」 「サクラよ。ぜひ、サクラと呼んで」 「分かりましたの。サクラ」 そんな言葉と共に、展開する魔方陣。 「あら? 何処へ行くの?」 「内緒ですの」 悪戯な笑みと共に、姿が揺らぐ。 「わたくしの足止めと、お友達の補助。ご苦労様。ご無事であれば、またいずれ」 声の余韻が残る空間を、数発の銃弾が貫く。 当てるつもりもなかったのだろう。硝煙を上げる銃を肩にのせ、サクは息をつく。 「行きましたね」 「行ったわ」 駆け寄ってきたキョウの言葉に、素っ気なく返す。 「嫌な相手です」 「ホント、見下してばっかで、嫌な奴」 「そういう意味じゃ、ないんですけど……」 呆れる弟など何処吹く風で、サクはかの者が消えた空間をいつまでも見つめていた。 その先は、深い谷だった。遥かな奈落。それ自体が、封印。『慟哭の柩』。ここに『鍵』が身を投じれば、封印は解ける。その命、諸共に。 「だから……」 振り下ろされた鉄塊。渾身の力で受け止めながら、ヴォルフラムは言う。 「行っちゃ、駄目だよ……。カレナちゃん……」 後ろ。谷への、道。全身で塞ぎながら、カグヤも言う。 「戻ろう……。このままじゃ、セルシアと一緒に居られない……」 紡ぐ。己の。皆の願いを。 「考えて……。これからも、ずっと未来も。セルシアと一緒に歩む事を」 谷から吹き上げる風。それに、朱い髪が揺れる。まるで、その心の様に。 「明日が明るい日だなんて、限らない。違うかもしれない……。でも……」 届いて欲しい。あの娘に、届いた様に。 「生きていれば……後悔しない様に、精一杯生きれば……きっと……きっと……」 どうか。どうか。 「明日は、来る筈だから!」 揺らぐ、カレナの身体。落ちる、パイルバンカー。震える手が、顔を覆う。 「あ……あぁ……」 「分かるよ……。君は、同じだから。僕と」 ヴォルフラムも言う。穏やかに。諭す様に。 「何も無くて。探して。求めて。やっと見つけて。放したくなくて。恐れて、傾ぐ」 カグヤの顔が上がる。目に映るモノ。それを、知って。 「でも、怖がらなくていい。放しは、しないから。ずっと、受け止めてくれるから。一緒に、いてくれるから。カグちゃんが、そうである様に。必ず……」 銀色の、風が走る。皆の手に癒され。紡ぎ直され。託された。絆を握って。 ヴォルフラムとカグヤが、共に言う。静かに。優しく。最後の導べを、示す様に。 「彼女が!!」 吹き渡る風。包み込む。全てをかけて。想いを乗せて。しっかりと、掴まえて。伝えるべき言霊は、ただ一つ。 「大好きだよ。カレナ」 追いついた彼は、悟った。己らの敗北を。計画の瓦解を。ならば、残された道は。 息を飲んで、見つめる。セルシアの腕の中で、戦うカレナを。苦痛の息遣いの中で、明滅を繰り返す魔方陣。移ろう、人と魔。セルシアは、何も言わない。ただ、抱き締める。彼女の帰還を、信じて。 リチェルカーレも。 カグヤも。 ヴォルフラムも。 そして、この場にいない皆も。 願う。 祈る。 二人の絆が、再びつながる事を。 背後の林から、飛び出した者があった。 落ちた筈の、ジャガーマン。 不意を突かれた皆には目もくれず、抱き合う二人に向かって疾走する。振り上げる鉤爪。狙うのは。 紅い飛沫が散る。咄嗟に押しのけた、想い人。喰い込む痛みが、意思を明確にする。繰り出す、パイルバンカー。迎え撃つ、滅びの手。ぶつかり合う、死と命。 ――ボクのセルシアに――。 叫ぶ。 ――ボク達の、仲間に――。 吼える。 「手を出すなぁー!!」 唸りを上げる鉄杭が、死を撃ち貫ぐ。魔方陣を吹き飛ばされた獣人が、宙を舞う。逝く先は、谷。歪な笑みを、浮かべながら。 突然、展開する魔方陣。場にいる皆と、向かう皆。その、足元に。 「転送しまーす! 辛いでしょうが、踏ん張ってくださーい!」 意識に響く、聞き覚えのある声。らしくなく、切迫したそれ。感じた怖気は、何だろうか。 落ちていく。一振りの、鉤爪。ベットリと血に塗れた、爪。主は、もうない。落ちる。纏った紅は、かの少女のもの。人でもなく。魔でもなく。狭間だった少女の血。その、一部。亡き主の憎悪を願い、爪は落ちる。柩の、腕の中へ。鍵の血を、贄の欠片を、道連れに。 世界が、止まった。響き始める、地鳴り。苦痛に戦慄く谷の口から立ち上がる、六色の光。禍しく照らす極彩の中、遠くに在る人々は見た。崩れゆく山脈の中、うねり動く、あまりにも、あまりにも巨大な影を。 コッペリアは見ていた。遥かな、空から。己の願いと。手下(てか)の忠誠の成就を。 吹き上げる豪風が、長い黄金の髪を巻き上げる。それに乗せる様に、彼女は奏でる。 かの存在に捧げる、祝福の歌を。 遠く、雷鳴の様に轟く咆哮。 噴煙の如く立ち込める、瓦礫と氷嵐。ゆっくりと、歩み出す。 全ての命に、あるべき贖罪の意を示す為に。 大災たる存在。其が真名は、一つ。 ――『慟哭龍 アジ・ダハーカ』――。 十二の目から落ちる滴りが、怯える大地を緋色に汚した。
|
||||||||
![]() |
![]() |
![]() |
*** 活躍者 *** |
|
![]() |
|||||||||||||||||
|
| ||
[41] リチェルカーレ・リモージュ 2019/11/10-22:54
| ||
[40] クリストフ・フォンシラー 2019/11/10-22:46
| ||
[39] ショーン・ハイド 2019/11/10-22:25
| ||
[38] キョウ・ニムラサ 2019/11/10-21:58
| ||
[37] シリウス・セイアッド 2019/11/10-21:03 | ||
[36] ラニ・シェルロワ 2019/11/10-19:54
| ||
[35] リューイ・ウィンダリア 2019/11/10-19:08 | ||
[34] クリストフ・フォンシラー 2019/11/10-18:09 | ||
[33] ヴォルフラム・マカミ 2019/11/10-16:45
| ||
[32] ヨナ・ミューエ 2019/11/10-00:28 | ||
[31] アリシア・ムーンライト 2019/11/09-23:35
| ||
[30] リチェルカーレ・リモージュ 2019/11/09-22:56
| ||
[29] シリウス・セイアッド 2019/11/09-22:51 | ||
[28] リチェルカーレ・リモージュ 2019/11/09-22:34 | ||
[27] キョウ・ニムラサ 2019/11/09-22:15
| ||
[26] リューイ・ウィンダリア 2019/11/09-22:02 | ||
[25] クリストフ・フォンシラー 2019/11/09-21:28 | ||
[24] ヨナ・ミューエ 2019/11/09-02:25 | ||
[23] アリシア・ムーンライト 2019/11/08-23:18
| ||
[22] クリストフ・フォンシラー 2019/11/08-21:58 | ||
[21] ラニ・シェルロワ 2019/11/08-20:55
| ||
[20] リチェルカーレ・リモージュ 2019/11/08-20:07 | ||
[19] シリウス・セイアッド 2019/11/08-20:03 | ||
[18] ヨナ・ミューエ 2019/11/07-18:46 | ||
[17] カグヤ・ミツルギ 2019/11/07-00:50 | ||
[16] シリウス・セイアッド 2019/11/06-23:19 | ||
[15] クリストフ・フォンシラー 2019/11/06-22:54
| ||
[14] クリストフ・フォンシラー 2019/11/06-22:35 | ||
[13] クリストフ・フォンシラー 2019/11/06-22:11 | ||
[12] シリウス・セイアッド 2019/11/05-22:30 | ||
[11] ヨナ・ミューエ 2019/11/05-21:55 | ||
[10] ヴォルフラム・マカミ 2019/11/05-20:28 | ||
[9] ラニ・シェルロワ 2019/11/04-23:39 | ||
[8] クリストフ・フォンシラー 2019/11/04-22:42 | ||
[7] リチェルカーレ・リモージュ 2019/11/04-21:26 | ||
[6] ヨナ・ミューエ 2019/11/04-12:05
| ||
[5] ヴォルフラム・マカミ 2019/11/04-10:36
| ||
[4] サク・ニムラサ 2019/11/04-06:44
| ||
[3] リチェルカーレ・リモージュ 2019/11/03-19:51
| ||
[2] クリストフ・フォンシラー 2019/11/03-08:21
|