~ プロローグ ~ |
一年中雪に覆われているノルウェンディが、その幻想的な魅力を最も活かせる季節がやって来た。 |
~ 解説 ~ |
『スノーコンテストを楽しみましょう!』 |

~ ゲームマスターより ~ |
こんにちは。 |

◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
|
||||||||
![]() |
サクラ:コンテストがあるみたいよ。 キョウ:知ってます。 サクラ:参加しないの? キョウ:しませんよ。のんびり観光します。 サクラ:ふーん。そう。 【行動】観光をする サクラ コンテスト(雪遊び)したかったけどまあいいわ。 たまにはキョウヤに従ってあげましょう。 従ってあげましょう。 えいっ(雪玉をキョウに向かって投げた) 手が冷えてしまったわ。と(また雪玉を) キョウ 急に雪合戦になってはたまりませんからね。 サクラはそんなに子どもじゃない? まさかまさか!見た目で判断してはいけませんよ! サクラはかなぶっ(雪玉が顔面にあたった) 自業自とストップストップ! コーヒー飲みましょう!暖まりますよ!! |
|||||||
|
||||||||
![]() |
①コンテストに参加する 雪を使って教団の時計台を作る ナツキの希望で可能な範囲で大きく作る ナツキ:デカイ方がかっこいいだろ! ルーノ:(大がかりな作業になる事を想像して遠い目) ブロック状に固めた雪を積み重ねて大体の形を決め、そこから足したり削る事で目的の形に仕上げる 大まかな部分や力が必要な部分はナツキが担当 持ち前の体力で楽しみながら作業を進める 細かい部分はルーノが担当 時計台を飾る彫刻像や細部の装飾を削り出す 窓の部分をあえて空洞に仕上げ、周囲で明かりを点けた時に光が柔らかく通るように工夫 ナツキのアイディアを、ルーノの細工で形にしていく ルーノ:なるほど…よし、加工は任せてくれ ナツキ:頼りにしてるぜ相棒! |
|||||||
~ リザルトノベル ~ |
●雪在りて、姉弟水入らず 今日のノルウェンディは、まるで街全体から立ち上る気合を反映したかのように、平年よりもやや気温が高い。 曇天の空からは止め処なく牡丹雪が降り続き、フードや帽子を被った人々の頭を均等に白く染めていく。 「ねえ。コンテスト、始まったみたいよ」 【サク・ニムラサ】がわざとらしく首を傾げれば、着込んだ衣類の隙間から赤毛がひと房零れた。 「知ってます。見ればわかります」 一面に広がる銀世界とは対極にある色から目を背け、【キョウ・ニムラサ】は淡々と応える。 キョウの言葉通り、柵で区切られた向こう側――コンテスト会場では、参加者たちが目には見えないエネルギーを爆発させ猛然と雪と格闘していた。 「参加しないの?」 「しませんよ。今更もう遅いでしょう。のんびり観光します」 「ふーん。そう」 これで三回目となる、ニムラサ姉弟のこの遣り取り。 観光がしたい弟と、実際に催しに参加したい姉。 血気盛んな地元住民たちの喧騒に紛れるようにして静かに話し合った結果、優しい姉がたまには従ってあげる、という着地点に落ち着いた。 はず、なのだが。 「ねえ。雪遊びはしたくなの?」 「……自分はサクラと違ってそこまで子どもじゃないので」 「……、あらそう。ふーん」 既に参加は締め切られていることをきちんと把握しておきながら、サクは思い出したようにキョウへと誘いを投げかける。 雪で遊ばないのか? と。 姉の言動を理解するのはとうに諦めているキョウが、白い息を吐いて寄りかかっていた柵から離れた。 サクもそれを咎めるでもなく、斜め後ろにつき従うように歩き出す。 「サクラが柵から離れたわ。…………今、雪だけに滑ってると思った?」 「いや別に何も言ってないし、それならサクが柵から離れたが駄洒落として正しあいたっ!」 血の繋がる者同士特有の、独特な間のある会話のキャッチボールが、雪を丸めて作られたボールによって打ち切られた。 いつの間にか雪玉を作っていたのはサクで、遠慮なく雪玉をキョウの背中に投げたのも、もちろんサクだ。 優しい姉は、手が冷えるのも構わずにしゃがみ込んでせっせと雪玉を量産している。 優しい姉は、突然の攻撃に狼狽える弟に、懇切丁寧に説明してやる。 「キョウヤ。今、私のことサクって呼んだでしょう。だから投げた。それから私のことを子どもっぽいとも言ったでしょう。だからわざわざこうして子どもっぽいことをしてあげた。あなたの為に。他に何か質問はある?」 ――姉の行動原理は、いつだって弟には解せない。 「質問はないけど不満なら大いにぶぇっ!」 振り返って反論に出ようした矢先、キョウの顔面に容赦のない次弾が発射された。 手が冷えてしまったわ、などと呟きながらも新しい雪玉を振りかぶったサクをなんとか止めようと、川に落ちた可哀想な犬のように頭を振り雪を払い落としたキョウは叫んだ。 「コーヒー飲みましょう! 暖まりますよ!」 いつ三発目が来てもおかしくない状況で、しっかりと両目を閉じ左右の手で顔を防御してしまうのが、悲しいかな弟の性である。 きっかり五秒数えても攻撃がないのを待ってから、恐る恐る敵陣のほうを窺う。 そこには、背筋を伸ばしてカフェへと歩き出す後ろ姿があった。 へたに距離を開けるとまた一歩的な雪合戦を仕掛けられかねないので、キョウも慌てて雪を踏み締めて走り出した。 (今日はサクラの真横にずっと居よう……) 繁盛した店内でもぴたりと寄り添うキョウを一瞥だけして、サクはテイクアウトのブラックコーヒーとココアを注文した。 弟のココアには、たっぷりの砂糖のカスタムも忘れない。 かじかんだ手指でカフェの店名が可愛くプリントされているカップを持つと、まるで自分自身がじんわりと解凍されていくようだ。 「中で飲んだほうが良かったんじゃないですか? まあ確かに混んではいましたけど」 「え? だって観光するんでしょう。飲みながら歩いたほうがいい」 当然のようにそう言ったサクに素直に感謝するのも癪な気がして、キョウは黙って淹れたてのココアに息を吹きかける。 タイミング良く雪も小降りになっており、ちびちびと熱い飲み物を引っ掛けつつふたりは気ままに散策を開始した。 雪国なだけあって、建物の造りからしてここは他の街とは違っている。 屋根の形は片流れが多く、道の至る所に設置された消雪パイプからは四方に向けて地下水が細く噴出している。 間違ってもサクが『子どもっぽい』と評した『弟』の為、という口実を思い出してこの水を使って悪戯しませんように、とキョウは祈らずにはいられなかった。 何よりも目を引くのは、馬車の代わりにちらほらと見かけるトナカイと、彼らが力強く牽くソリだ。 そしてどうやら、トナカイたちはソリだけではなくサクの興味も大いに惹いたようである。 まだ半分ほど中身の入っているカップを無言でキョウに押し付け、足取りも軽くサクは一頭のトナカイに近づいて行った。 「こんにちは。もし良ければ、撫でてみても?」 「おう! ちょうど客もおらんで暇しとるけえ、可愛がったってくれ」 「では遠慮なく」 そつなく御者から許可を貰い、サクは両手をトナカイの背中に滑らせ、立派な毛の感触を堪能し始める。 固定氷塊で造られた巨大な木のオブジェの根元に行儀良く座り込んでいるトナカイは、こうした観光客からの接触にも慣れているらしく、優しげな瞳で瞬きを繰り返すだけだった。 「可愛いですね」 「ええ、おとなしくって可愛い。馴れた鹿だなんて書くわけだわ」 天に伸びる堂々とした角を繊細な手つきで撫でてうっとりとサクが返事をしたその瞬間、 「!」 やや首をもたげたトナカイが、肯定の代わりだとばかりにべろりと頬を舐め上げてきたではないか。 撫で擦っていたサク、の隣に居たキョウの頬を。 「……なぜ自分」 「ふふふ、気に入られたのよ」 「光栄ですね」 御者とトナカイに礼を告げ、冷めきる前にカップの中身を空にしてから新たな発見を求めて再出発。 コンテスト会場直通の道から一本逸れると、どうやら商店街らしき通りに出たので、色とりどりのオーナメントや電飾がぶら下げられた店先を順繰りに覗くことにした。 パン屋とドーナツ屋ではお互いに相手の味覚に適う商品を探し。 「これ、あなた好みの甘そうなチョコレートがかかってる」 スープ専門店なるもので試食してみたところ危うくキョウが舌を火傷しかけ。 「あっつい! ……笑わないでくれます?」 服屋では立派な防寒具のこれまた立派な値段に沈黙し。 「……。ゼロが多い」 雑貨屋ではトロール・ブルーの食器の見事な色合いにまた沈黙し。 「……。買おうかな……でもサクラに投げられるかもしれないし……」 ペットショップでは普通にトナカイ用の餌が売っていることに驚き。 「私も家で飼おうかしら」 暖かな店内と温かい店員、そして冷たい外気の温度差。 或いは現地の人々や品々と出会えた興奮で。 ふたりの頬と鼻先がうっすらと赤く染まった頃に辿り着いたのは、清潔で慎ましい花屋だった。 バケツや鉢に入れられて所狭しと並べられた植物たちは、寒さにもめげずに凛と佇んでいる。 「ビオラにパンジーに椿……でもキョウヤの髪の色に椿は合わない……?」 顎に指を遣り真剣な眼差しで花を物色するサクに、返ってくる言葉を半ば予期しながらも一応尋ねてみる。 「自分に好みを聞いてくれたりはしないんですか?」 「うん、しない。私は姉だから。それより、」 やっぱり、と肩を竦めたキョウに向き直って、サクは薄く微笑んだ。 「こんなに寒くてもこんなにも美しく咲く花は素晴らしいと思わない?」 「ああ、サクが咲くだなんて口にして……やばっ」 眼前の微笑みが物騒に深まるのを尻目に、失言をかました自覚と後悔と共にキョウは一目散に逃げ出した。 折角穏やかに観光出来ていたのに、早くどこかに隠れなければまた雪玉の猛攻が始まってしまう。 ただ距離を開けるだけでは逆に的にされて終わりだと、先刻身を以て学んだキョウは、道なりに走ったりせずに曲がり角を見つけるたびにそちらへと逃げ込み、うまく物陰に隠れようと必死に足掻いた。 慣れない雪道でまだ一度も転んでいないのが奇蹟なぐらいに、やみくもに曲がって曲がって曲がる。 どうやらぐるりと回りまわって、コンテスト会場に戻って来たようだ。 「やっぱりここに来た。あなたもなんだかんだで参加したかったのね、キョウヤ」 雪の積もった地面では、急ブレーキはかからない。 路地裏から先回りしていたサクが、慌てて回れ右した背中へと大きく振りかぶる。 一歩的な雪合戦第二ランド開始までまであと二秒。 往来の多い道についたふたり分の足跡は、やがて見分けがつかなくなる。 ●進捗いかがですか この名物イベントとも言えるスノーコンテストには、明確な休憩時間というものは存在しない。 五名でチームを組んでいるところならば順番に昼食を摂りに行くのが定石だが、兎に角時間が惜しければ片手間に携帯食だけを口にする者もいるし、例えひとり参加でもがっつり中座してレストランに入る者もいる。 とはいえ寒さに体力を削られてしまうのは避けられないことなので、飲まず食わずという暴挙に出る者はほぼ居ない。 近所のスープ専門店が参加者に自家製のコーンポタージュを配る時間帯さえある。 この土地での飢えは死に直結するということを、外から来た参加者も重々承知していた。 「うめー! このハンバーガーめちゃくちゃ美味い!」 【ナツキ・ヤクト】の一時間に亘る空腹アピールに負けて、【ルーノ・クロード】が作業を中断して近所のバーガーショップで食料を調達して来たのが十分前。 分厚いパテが三枚も挟まれた贅沢なバーガーを齧る度に、ナツキの歓喜の声が響く。 受付で借りた折り畳み式の椅子に収まり、ふたりは潔く昼休憩をとっていた。 ナツキの要望で、規定範囲ぎりぎりの巨大なオブジェを造ることになり。 ナツキの要望で、バーガーとホットミルクに舌鼓を打つことになり。 「……まあ、私もそれなりに楽しんでいるからいいのだけどね」 行儀良く食べ進めて独りごちるルーノも実際、先程まで隠し切れない空腹に耐えていたのだ。 ナツキはいつも、絶妙なタイミングでルーノに何かを提案してくれる。 前半はひたすらに雪を煉瓦のようなブロック状に固めては組み立て、全体のバランスを見てはばらし、雪が足りなくなればまた固め、という作業に専念していた。 作業ひとつひとつはそう重労働でもないが、雪が降る冬の野外という環境が大きなハンデとなってふたりの前に立ちはだかった。 幸いにも腕力体力に優れたナツキがいたので途中で心が折れる事態にはならなかったが、明日には間違いなく筋肉痛になるだろう。 雪相手に使うのは、戦闘で駆使する筋肉とはどうも異なるようである。 「あら、いいもの食べてるわね」 湿布を持参しなかったことを悔やみつつホットミルクを啜るルーノの頭上から、聞き覚えのある声がした。 まるでコンテスト参加者のようにあちこちに雪片をくっつけたニムラサ姉弟が、柵の向こうからこちらを見下ろしている。 「おお、雪まみれじゃねぇか! サクラたちは観光するって言ってなかったか?」 「そうよ。観光と、子どもらしく少しだけ雪合戦もしたの。ねえ、キョウヤ」 「……」 諦めた目つきで押し黙るキョウの様子などお構いなしに、ナツキは目を細めて仲睦まじい姉弟に話しかける。 「そうかそうかぁ、ずいぶん楽しんでたんだな。でもサクラはこっちに参加したかったんだろ?」 「私は本当はコンテスト参加でも観光でもどっちでも良かったのだけど、弟が観光を選んだもんだから反対に参加したいって言うことにしただけ。姉としてね。ねえ、キョウヤ」 「初耳ですよ!」 「ちょっと様子を見に来たの。頑張ってね。さあ、私たちは他の作品も見に行きましょう」 「あぁぁ……すみません、失礼します。待ってよ、サクラ!」 静かな嵐のように去って行った姉弟の背中を、ルーノは一抹の同情心と共に見送り、ナツキは能天気に手を振って見送る。 肉親の絆というのは他人からは良くわからないと相場が決まっていた。 制限時間まで、残り半分。 胃袋を満たし、同業者からの応援も貰って、ルーノとナツキは戦場に赴くのと同じだけの意欲を漲らせて同時に立ち上がった。 ●ウルフドッグは喜び駆け回る 正午を過ぎた辺りから少しずつ降雪量は減り、今では晴天とまではいかないながらも薄明るい曇天模様にまで天候は回復していた。 「なー、もっとデカくしようぜ。そっちのほうがかっこいいだろ!」 「駄目だ。規定サイズをオーバーしたら失格になる」 不興げに唇を尖らせたナツキの肩を軽く叩き、ルーノは付け足す。 「大きいだけの作品ならたくさんある。ここは他の誰にも真似出来ないような細工でみんなをあっと言わせてやろう」 「! 確かにな!」 俺の相棒は目の付け所が違うぜ、と俄然やる気を燃やして時計塔の柱に使う雪柱の作成に取り掛かるナツキ。 時計塔。 ルーノとナツキは、薔薇十字教団本部の象徴とも言える時計塔を造っていた。 午前中いっぱいかけて土台となる塔と簡易的な正門部分が形になり、残りは柱や十字架や階段などの――手先の器用さが求められる作業が残っている。 即ち、次から次へと豪快に雪を固めて積み上げていったナツキには不得手な作業内容。 だが彼は何ひとつ心配することなく、自分が出来る範囲の仕事を熟す。 『力仕事は俺に任せろ。で、細かい作業はルーノに任せた! 俺はそういうのは不得手なんだ。でも相棒に任せりゃ間違いない。だろ?』 この街への道中、相談して時計塔を造ることを決めた際に、自信満々にナツキはそう言った。 己の得意なことも不得意なことも、どちらも自信満々に。 己が請け負う作業についても、ルーノが請け負うことになる作業についても、なんの心配もなく。 相棒とはいえ他人は他人だ。 他人であるところのルーノが失敗することなぞ微塵も考えていないような真っすぐな目だった。 そんな目で言われて断れるほどルーノは薄情では――これはルーノ本人にとっても驚くべき事実なのだが――ないし、失敗するほど安いプライドも持ち合わせていない。 だからソリに揺られながら、渋々と言ったふうに頷いた。 『やれやれ……細かな装飾は私が覚えている、再現してみよう』 その途端、雪国には似つかわしくない笑顔になったお人好し。 お人好しが服を着ているかのようなナツキの為にも、優勝に導いてやらねば気が済まない。 愉快な笑い声、はたまた苛立たしさが滲む怒声。 多種多様な声が溢れ返った会場で、この作業場だけがやけに静かだった。 まるで薄い膜を張ったように、どことなく周囲からは隔離されている。 膜の正体は、ふたりの集中力と熱気だった。 均一な柱を全て造り終え、ナツキはそれらを慎重に並べる。 脚立に乗り、塔本体の形も整えていく。 少しばかり離れて位置を確認し、記憶の中の本部と照らし合わせて調整、確認、調整。 一方、地べたに直接座り込むルーノは、いくつもの美しい十字架飾りに着手していた。 ノミで雪を削り、時には手袋を取った白い手で繊細に撫でて具合を確かめる。 身に纏うウインタースポーツ用のウェアは撥水性にも防水性にも優れ、何枚も重ねたインナーも熱が籠り易い素材で出来ている。 だから全身を動かす作業に追われていた午前中などは暑いぐらいで、風邪をひかぬようルーノはこまめに汗を拭いていたし、同じ頻度でナツキにもタオルを使わせていた。 じっと座り込んで作業している今もまた、極度の集中と細かい作業への緊張により、じんわりと発汗し始めていることに、ルーノ本人は気付いていない。 「ルーノ、汗」 ぱちん、と膜が内から破れる。 十字架に続いて彫刻像を完成させ一息ついた瞬間、徐にタオルが差し出された。 ふと見上げれば、平素よりも布地が分厚い上着と手袋だけで防寒した気になっているナツキと目が合う。 「汗かいてんぞ。風邪ひくから拭いとけよ」 「そうだね、ありがとう。……朝とは真逆の立場だな」 「誰かさんが口うるさく汗拭け汗拭けって言ってたよな」 「君の為をおもって言っていたんだが。でもそうだね、ナントカは風邪をひかないんだった」 「ナントカってなんだよ?」 「忘れたよ」 汗を拭って凝り固まった筋肉を解そうと伸びをすると、すっかり慣れた冷たくも気持ちのいい空気が肺を満たした。 つい先程まで呼吸さえ忘れていたような感覚。 「……さっきはなんだか世界には君と私しか居ないみたいだった」 発音するつもりはなかった言葉が、新鮮な酸素に押し出されて舌先に乗る。 ナツキに届く。 撤回するより先に、とろりと垂れる蜂蜜と同じ色の瞳が輝いた。 「おっ、それ! 俺も感じてたんだ! 集中してたからか? なんか不思議だったよな」 (――私にこれは甘すぎる) ルーノが感じ取ったのは、同意を得られた甘美さなのだろうか。 「……ふうん。それはさておき、進み具合はどう?」 眩しいくらいの瞳から顔を背けて話題をすり替えると、褒められるのを待つ犬の如くナツキの尻尾が大きく揺れた。 手袋に包まれた指に誘われて視軸を向けた先。 二メートル弱の大きさにまで縮んだ時計塔が、そこに鎮座していた。 あとはルーノによる仕上げをばつかりだと雄弁に語る時計塔が。 かちり、とルーノのどこかでスイッチが入った。 「よし、完璧だナツキ! あとは任せて。ああ、脚立を借りるよ。まずは十字架と彫刻像を配置して、それから文字盤と装飾を彫らないと」 「なあ」 「ナツキは階段部分を磨いてくれ」 「なあ、ルーノ。今更言うのあれだけどよ、あそことあそこは窓になるだろ?」 「屋根の丸みをもっと削ったほうが……窓がなんだって?」 「あそこ、くり貫いて空洞にすんのはどうだ? 夜になったらここライトアップされるらしいし、そしたら光が、あー、なんつーかこう、綺麗に通るんじゃねぇかな」 返ってきたのは、長い沈黙。 己の大雑把な説明では伝わなかっただろうかと、小さな不安を胸に、ナツキはルーノを覗き込む。 するとどうだ、俯いた相棒の肩が細かく震えているではないか。 細工は任せると言ったにも関わらず差し出がましい提案をした己に気分を害したのかもしれない、と。 肝を冷やしたナツキの両の二の腕に、が! っとルーノの指先が食い込んだ。 「す、すまねぇ、今のは忘れ、」 「すごいよ君! 天才的な閃きだ! 任せてくれ、絶対に君も納得する出来にする」 いつもは中心から一歩下がった場所から全体を優しく、且つ興味もなさそうに見守る赤い瞳がきらきらと輝き、ナツキだけを映す。 予想以上の賛辞に珍しくナツキがまごついている間に、ルーノはてきぱきと脚立に上り、今度はノミだけでなく錐まで持ち出して猛然と時計に数字を刻み始めた。 抜かりなく着膨れした後ろ姿をぽかんと見詰めていたナツキの尻尾が、下のほうで控えめに左右に揺れる。 あれがやりたい、これがしたいと言えばなんだかんだで付き合ってくれるし、なんだかんだでルーノなりに楽しむ姿を見るのが好きだった。 どうやら今回はうまいことルーノの起爆剤を押せたようで、まだ完成してもいない時計塔を前にナツキは既に満足げだ。 (納得だって? そんなもん、ルーノが手を貸してくれたならどんな形になろうがするに決まってんのに) だが妥協は許されない。 特に言い出しっぺには。 平になったシャベルを掴み、脚立の邪魔にならない場所に陣取って、仰せつかった通りに階段の仕上げに入る。 上空で手を動かすルーノの真剣な目つきを最初こそは時折下から窺っていたが、徐々に没頭して、また例の膜が出来ていく。 喧騒から切り離された空間で、ふたりだけでひとつのものを造りあげる。 二回目の濃密な時間は、作業終了を告げるアナウンスがあるまで続いた。 ――翌日。 怪我人もなく、今年もスノーコンテストは大盛況のうちに無事幕を閉じた。 たくさんの作品たちの前で、審査委員長は語る。 「こちらを最優秀賞にした理由ですか? まずはなんといっても作品自体の出来ですね。確かに粗削りで素人らしさも多々見受けられますが、それをカバーするほどに細部まで気合の入った構造になっています。遠くから見ても近くから見ても楽しめますよ。特に、そう。夜! 周囲の光とこんな形でコラボレーションしているのはとても斬新です。そして何より……チームワークも素晴らしいものでした。審査員が声をかけても気が付かないほど集中していました。あれは完全にふたりの世界でしたね。おふたりは昨夜出発されましたが、早速商品券を使ってお仲間たちと共に商店街で郷土料理をめいっぱい楽しまれたそうです」
|
||||||||
![]() |
![]() |
![]() |
*** 活躍者 *** |
|
![]() |
|||
該当者なし |
| ||
[4] ルーノ・クロード 2019/12/11-20:37
| ||
[3] キョウ・ニムラサ 2019/12/10-22:30
| ||
[2] ナツキ・ヤクト 2019/12/10-20:55
|