~ プロローグ ~ |
「スターリー・ナイトをご存じですか?」 |
~ 解説 ~ |
●目的 |
~ ゲームマスターより ~ |
ここまでプロローグを読んで下さり、ありがとうございます。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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ルーノ:…まぁ思惑はともかく、スターリーナイトの準備なら協力は惜しまないよ ナツキ:そうそう、細かい事はいいじゃねぇか!今日はよろしくな、ニア! ルーノは香りの相性を気にしつつ故郷の外での体験を思い出しながら選ぶ ナツキは記憶にある良い香りを楽しみながら探す ナツキ:お、この辺の材料全部混ぜたら面白そう… ルーノ:それは流石に欲張り過ぎだ。それに、あまりふざけると後が怖い ナツキ:(総出で悪戯の一言を思い出して固まり)…お、おう ■レシピ 樹脂香:ドラゴンズブラッド ハーブ:ローズ、カモミール、ポムドールの果皮 スパイス:カルダモン 花と葉:月輝花、梅の花、ヒノキの葉 ドライフルーツ:林檎 お酒:赤ワイン 魔結晶:陰、光 |
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※アドリブ歓迎します (折角だし、ララエルをイメージした香りを作ってみようかな) ララ、これから材料をいれるから、ちょっと見てて。 『優しい水の流れのレシピ』 ・樹脂香:乳香 ・ハーブとスパイス:レモン、ローズ、ラベンダー ・花:バラ、月輝花 ・葉:クスノキ ・香木:白樺 ・果物の果皮:ポムドール ・ドライフルーツ:オレンジ ・お酒:果実酒、赤ワインを一滴 ・魔結晶:水、光 これを混ぜて、と… (なんだこれ、魔力が吸われてる感じがする…! 妖精たち、これが狙いだったな…!?) はあ、はあ…ララ、これを少しつけてみて。 ニア、これでいいかな? |
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【目的】 マタタビを使った香を作りたい 【行動・心情】 ミカゲちゃんがピクシーに興味を示してたのと 最近元気が良すぎる時があるからね マタタビを使った香を作れば眠ってくれるかなと思って ふふ、今日は宜しく御願いします せっかくなら、シャドウ・ガルテンの物は入れたいよね 月輝花は使って…どうせなら月にまつわる物を入れたいから 月下美人を入れてみたいんだけど…希少な花だから無いなら沈丁花に 『香レシピ』 樹脂香:乳香、エレミ(あれば) ハーブ:ポムドールの果皮、バレリアン、レモンバーム スパイス:スターアニス 花:月下美人(難しそうなら沈丁花)、月輝花 ドライフルーツ:イチヂク お酒:ジン、マタタビ酒 魔結晶:陰・水・光 |
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ベ 今年もスターリー・ナイトの季節か。早いものだな。ニア達も…相変わらずで元気そうで何より ヨ ポムドールの木はあれから虫が巣食ったりはしていませんか? あの振り香炉に使われる香は毎年変わるものなのですね。どんな香が選ばれるのか楽しみです ベ (去年のアロマキャンドル作りを思い出し)今回はご一緒しても問題ないか? ヨ も、勿論ですよ。根に持ってたんですか…!? ベ ほんの少し(楽しそうに) 沢山ある材料を一つ一つ確かめながらピクシー達の助言も受けながらああでもないこうでもないと香作り 意見は合ったり合わなかったり。それも含めて楽しい 乳香にヘリオトロープの甘い香りにアクセントでシナモンをほんの少し 続 |
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どんな食材でも美味しくなる魔法の香り、それがカレー …駄目? それじゃあ…とびっきり甘くてスパイシーな香りがいいわ でもどれを使えばいいのかしら? ホットワイン風、よさげだけど甘さが足りない気がするわ 何か甘そうなハーブもたくさん入れちゃいましょう(お任せ) せっかくだしもちろんポムドールもね 樹脂香は乳香をメインに甘めのものを 花、ドライフルーツはお任せで 魔結晶は火、陰、陽 ええ、いいわよ(手のひらを差し出し) 手の温度だけじゃない、何か温かいものを感じるわ…トールの魔力がこちらにも伝わっているのかしら ふふ、何だか適合診断の時を思い出すわね あの時はそっけなくしてしまったけど…今は何だか離れがたい ぎゅっと指を絡め |
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月輝花を使ったお香ですって 幻の花を摘むことができるなんて、夢のよう 妖精さんってすごいのね すてきなお香になるように頑張らなくちゃ どんな香りにしよう ね、シリウスはどんなものがいい? 少し恨めしそうな顔に 苦手そうかもと笑顔 新年が近いでしょう? 春の花を入れたいの 沈丁花に薔薇、レモングラスやカモミールも …あとは どんな物がいいかしら シリウスは? 香がイメージしにくければ 星月夜や月輝花と聞くと何を連想する? 変わらない表情 唯一感情を映す翡翠の瞳が困惑に揺れる 零れ落ちた言葉に目を丸く 彼の前で 歌った夜を思い出す 覚えていてくれたんだ 赤くなる頬を抑え笑う …じゃあ あの歌に似合う香りにしましょう 出来上がったら 愛おしそうに触れ |
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『優しい』って… それだけじゃ分からない …なるほど? 『甘い』感じ なんとなく分かった 俺はアンタが言うので良い はいはい、じゃ、材料はあれとそれとこれ、か? …にしても、寝る前に甘い香りを部屋中に満たすって… 変わってる、な…次の日、鼻が鈍りそうだ… てかなんか格が違う。アンタのとこ、かなりゴージャス… 貴族というか、金持ちのそれだろ …飲まなさそうな気はしてた けど、理由がまさかの母親とはね 別に。良いんじゃないか 俺は十七だし、そもそも無理だ …シキ、混ぜるの代わる(交代でまぜまぜ) …こういうの、好きなんだなアンタ 頬緩みっぱなしだぞ まあ…そうだな。雰囲気とか、悪くない |
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うーん…実はあんまり強い匂いって苦手なんだよね…お茶や料理は大丈夫だけど 香水とかはちょっとね 「そういえば、カグちゃんこういうの詳しいよね?」 確か、お茶や薬にするんだっけ? まぁ、確かに君の部屋にある薬草室に入りたくないかな 「あの部屋、色んな匂いが混ざってすごいよ?よく長々と居られるよね…」 それもあるけど、それ以前に異性の部屋だし長く居られないよ? 刻んだり粉末するのは任せて! 「…こういう調合みたいなのは大丈夫で、なんで料理になるとあぁなるんだろうね?」 小さい頃一緒に作ったりんご飴が 同じ材料の筈なのに、カグちゃんが作ったのだけ呻き声上げてたよね まぁ、それは置いとくとして どんなお香になるか楽しみだね |
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~ リザルトノベル ~ |
●『ヨナ・ミューエ』『ベルトルド・レーヴェ』 「今年もスターリー・ナイトの季節か。早いものだな。ニア達も……相変わらず元気そうでなにより」 「あなたたちも元気そうで良かったわ。うん、ベルトルドの毛並みもバッチシね。ヨナも久しぶり」 ニアが機嫌良さそうに二人に笑いかける。 「……今日は指令で来たんだぞ」 言外に触らせないぞ、とベルトルドは集い始めるピクシー達から逃れるようにヨナの背に隠れる。 「ベルトルドさん、大人げないですよ。ポムドールの木はあれから虫が巣食ったりはしていませんか?」 「今年は大丈夫よ、ヨナ。あの子のこと心配してくれてありがとう」 ――去年の反省をいかして虫除けを量産したんだ! ポムドールは元気よ。 ――またここに来てくれて嬉しいね。そうね、ヨナの耳飾りも懐かしいわ。 たくさんのピクシー達がポムドールの近況を話したり、ヨナ達を歓迎して、てんでバラバラに話しかける。 「あの振り香炉に使われる香は毎年変わるものなんですね。どんな香が選ばれるのか楽しみです」 「同じものだと飽きちゃうでしょ。飽きさせないようにしなくちゃ」 ニアが含みのある笑みを浮かべて答える。 沢山ある材料を一つ一つ確かめながら、ピクシー達の助言も受け、ああでもないこうでもないと選んでいく。当然意見が合ったり合わなかったり。それを含めてヨナは楽しいと感じていた。 「ちょっと意外ね。ヨナとベルトルドはさっぱりした香りを選ぶものとばかり思ってたわ」 何か心境の変化でもあったのかしら、とニアの鋭い指摘にヨナはどきりとする。 バニラに似たヘリオトロープにスパイシーな甘さのあるシナモン、優雅で甘美な月輝花。 「俺が柑橘系の匂いは得意じゃないんだ」 「ああ、なるほどね。でも、ベルトルドがカンパニュラの花を選ぶなんてねぇ」 ニアが納得すると、面白がるように笑った。 カンパニュラの別名は「風鈴草」。それを知って選んだのか、それとも花言葉で選んだのか。ベルトルドは普段通りなので何も知らずに選んだのかもしれない。 それにしても、これまで何気なく嗅いでいた香も、こうやって手間暇かけて作られていたのかと改めて実感する。 (『作る』って大変。一人なら迷っていたかも……) 「オレが居て良かっただろう?」 心の中を見透かしたような言葉にヨナは一瞬、動きが止まった。 ベルトルドは去年のアロマキャンドル作りのこと思い出し揶揄っただけだったのだが、 「も、勿論ですよ。根に持ってたんですか……!?」 「ほんの少し」 ヨナが心外だと言わんばかり声を上げ、ベルトルドは楽しげに口の端を上げる。 それを見てヨナはむぅ、とほんの少し頬を膨らます。ベルトルドの脇腹をつつきたい気分だ。 「でも……そう、こうやって誰かと一緒に何かをする行為そのものが尊いことなのかもしれませんね」 誰にいうわけでもなくヨナはぽつりと零した。 「さあ、下準備は終わり。これからが本番よ」 ニアがぱちんと手を鳴らし、別のテーブルに置かれた「銀の杯」と「銀の薬匙」の元へ飛んでいく。 「これは魔法道具の一種ですか?」 ヨナは魔力探知でこれらの品が魔術式ではなく別の原理で動いているのを見抜いた。 「そうよ、これに触れると魔力が自動的に吸い取られて、中にあるものを変容させるの」 「つくづく魔法とは出鱈目だな……で、これに入れればいいのか」 ヨナが観察に夢中になっているので、ベルトルドがこの場を仕切る。 銀の杯に下準備した材料を流し込み、魔結晶にベルトルドが手を伸ばすと、 ――ダメダメ。属性にも相性があるんだ。順番を考えなくちゃね。 「あ、教えちゃダメでしょ。実験なんだから」 他のピクシーやニアの言葉にヨナが真っ先に反応する。 「ということは、正しい順番があるってことですか?」 「正しいも間違いもないわ。正しさはこれまでの積み重ねで、間違いの中から新たなものが見つかるかもしれない」 ニアはそれ以上、助言するつもりはないようだ。ヨナは暫く考え込むと、 「まずは私が混ぜます。水と闇の魔結晶を入れた後、ベルトルドさん交代して下さい」 薬匙を握り、水気の魔結晶を入れると中に入ったものが徐々に変容していく。混ぜていると、賑やかなクリスマスの香りが漂い始める。 さらに陰気の魔結晶を投下すると、全てが溶けて混じり瑠璃を思わせる液体へと代わる。それと同時に夜のしじまの奥にある高潔な香りが鼻腔を擽った。 「ベルトルドさん、お願いします」 ヨナは薬匙を渡しても銀の杯から目を逸らすことなく好奇心に目を輝かせている。 「最後は陽気か。む……色が変わったな」 劇的な変化にベルトルドは目を丸くする。夜空がレモンを思わせる色へと変わり、香りもクリスマスを楽しんだ次の日の朝の名残を残していく。 妖精達は月輝花を入れると魔法を紡ぐ。歌い始めると、銀の杯入った液体はレモンクオーツの結晶と化し、鉱石の花を咲かせた。それは小さな星、カンパニュラの花だった。 ●『アルトナ・ディール』『シキ・ファイネン』 「どんなのが良い? 俺は『優しい』のとか良いなって!」 「『優しい』って……それだけじゃ分からない」 どんな香りがいいのか尋ねたところ、シキは抽象的な言葉を返してきてアルトナは呆れた表情を浮かべる。 「えー? ……あっ、『甘い』感じ!」 腕を組んで考え込んでいるシキは「!」がピコーンと頭に浮かぶ。 「……なるほど? 『甘い』感じ。なんとなく分かった、俺はアンタが言うので良い」 「やったー! ルーくんやさしー! このイメージでやってみよーぜ」 ぶっきらぼうにアルトナが告げると、シキは両手を上げて喜ぶ。アルトナはうるさそうに一瞥するが、シキは慣れっこなのかはしゃいだまま材料を選ぶ。 「これ優しい! でもって、これ甘くて爽やか! んー迷うな」 ――右手に持ってるのはラベンダーよ。左はオレンジスイートだね。 あれもこれもと手を伸ばして選びきれないシキを見かねたのか、ピクシー達がふわりと寄ってくる。 ――乳香は穏やかでほんのりレモンが香るの。安息香はバニラのようだよね。ええ、それにリンデンは甘くて落ち着くわ。 「アドバイスありがとなー! イメージに近づいてきたよな、アル」 「はいはい、じゃ、材料は乳香とラベンダーと安息香に……苺も、か」 苺のドライフルーツをたくさん持ってくるシキ。 「そんなにいらないだろ、戻してこい」 きっぱり切り捨てると、シキは残念そうに肩を落とした。 分量を量っていると不意に思い出したようにシキが話し出す。 「俺の実家じゃあさ、寝る前に甘い香りを部屋に満たして寝ることがあったんだぜ!」 「……寝る前に甘い香りを部屋中に満たすって……変わってる、な。……次の日、鼻が鈍りそうだ……」 「そうかあ? 起きた頃には香りは少し残るぐらいだし、気にならなかったぜ」 「てかなんか格が違う。アンタとこ、かなりゴージャス……貴族というか、金持ちのそれだろ」 アルトナはそういえば貴族だったな、と思い出す。クリスマスにシキが話したことだが、普段が普段なので忘れていることが多い。 「酒、俺飲んだことねぇんだよなあ」 シキは数種類あるワインをまじまじと見る。 「……飲まなそうな気はしてた」 アルトナがぼそりと呟く。 「母様……母親が二十になったってのにシキはダメって止めるから、な。アルは飲んだりすんの?」 「別に。良いんじゃないか。俺は十七だし、そもそも無理だ」 「アルは十代だった……!?」 シキが赤ワインを混ぜながら叫ぶ。ショックを受けた顔のシキにアルトナは渋い顔をする。 「……おい、混ぜ終わったなら次にいくぞ」 銀の杯と薬匙のあるテーブルにさっさと移動するアルトナに、慌ててシキはボールを抱えて追いかけた。 「おおー綺麗な品だな、シンプルな見かけだけど高そう……」 ――それに触ると魔力が吸い出されちゃうよ。魔力がカラカラになってもいいならいいけどね。 ピクシー達の言葉にシキは慌てて伸ばした手を引っ込めた。 「何コレ、そんな恐ろしい品なの?」 ――必要最低限しか触らないなら大丈夫。多分ね。 シキが覚悟を決め触る前に、アルトナがボールに入った材料を入れ、陰気と陽気の魔結晶を同時に加えてしまう。 「アルトナきゅん、俺の覚悟を返して!」 「ほら、覚悟が決まってんならさっさと混ぜろ」 アルトナが顎で指示すると、シキが真面目な顔で薬匙を混ぜ始める。 「マジ魔力が吸われていく……うわぁスライムになってんだけど、ねえ、コレ本当に大丈夫なの!?」 黄と紫のマーブル状態の粘液になり、シキが悲鳴を上げる。横で見ていたアルトナは絶句し、ピクシー達はぐっと親指を立てる。 恐ろしいことに見た目とは違い、ゆっくりと呼吸したくなるような澄んだ香りが漂ってくる。 「……シキ、混ぜるの代わる」 魔力を吸われぐったりとしたシキと交代し、アルトナは反発しあう魔力をねじ伏せる気持ちで混ぜると夕焼けのように時間が経つ毎に色合いが変化する。香りもまた穏やかで優しいながら奥深さを増す。 ――仕上げだね! 月輝花が光の粒子になり、ピクシー達が歌にも似た詠唱を紡ぐと変化は一瞬だった。 こんぺいとうのような星屑が降り注ぎ、銀の杯の中には夕焼けを閉じこめた宝石の原石が存在していた。 「すげーマーブルスライムから宝石になってんだけど!」 ――この町では練香鉱石(アロマオール)って言うんだ。まっ、香って縮めて呼ぶ奴が殆どだけどさ。 シキが練香鉱石をまじまじとあらゆる角度から見ていると、 ――この香を焚くとね、最初に混ぜたときに感じた香りがするんだ。一番はっきりとして短い香り。 ――次は本来の香り。最後は完全に混ざった時の香りがするの。練香鉱石は時間とともに香りが変化するんだ。 ピクシーが香について教えてくれる。 「頬ゆるみっぱなしだぞ」 「いや、だってさー、こんなのできると思わないじゃん。にしても興味深い文化? あるんだな」 「まあ、……そうだな。意外と悪くない」 ●『ルーノ・クロード』『ナツキ・ヤクト』 「……まぁ思惑はともかく、スターリー・ナイトの準備なら協力は惜しまないよ」 「そうそう、細かい事はいいじゃねぇか! 今日はよろしくな、ニア!」 ルーノも口ではそう言いつつも表情は朗らかで、ナツキは快活な笑みを浮かべた。 「おかえりなさい。そしてお久しぶりね、ルーノ。ナツキも相変わらず魅力的な尻尾と耳だわ」 ニアが親しげに挨拶を交わす。ナツキの獣耳を眺めながらニアは惚れ惚れとため息を付く。相変わらず月夜のピクシーはライカンスロープに弱い。 ニア以外にも見慣れた顔のピクシー達がちらほらと声をかけてくる。 おかえりなさい、と何気なく交わす挨拶が、去年のニアに言われた「おかえりなさい」と重なる。今でも祝祭の記憶とともに鮮明にルーノの脳裏に蘇る。 ルーノにとってシャドウ・ガルテンは故郷であると同時に複雑な想いのある場所だが、ここニュンパリアの町は特別だ。 「さあ、材料を選びましょうか。練香鉱石は時に思いも寄らぬことを引き起こすしね。同じ材料を使ったとしても同じものができるとは限らない」 「練香鉱石?」 ルーノがニアの話の中で気になった言葉を繰り返す。 「香の正式名称よ。最終的は鉱石みたいな見た目になるからそう呼ばれてるの。折角だし、作業工程も楽しんでいってちょうだい」 ふふっと楽しげにニアが笑い口元に人差し指を当てる。 「……どうやら普通の香作りではないみたいだな」 「おー、自分だけのオリジナルっていいよな! ルーノ、とりあえず材料を選んじまおうぜ」 全力で楽しむナツキを見て、ルーノもなるようにしかならないかと気を取り直す。 「お、この辺の材料全部混ぜたら面白そう……」 「それは流石に欲張りすぎだ。それに、あまりふざけると後が怖い」 「……お、おう」 総出で悪戯するの一言を思い出しナツキは固まった。 ルーノは香りの相性を気にしつつこれまでの体験を思い出しながら選び、ナツキもまた記憶にある香りを楽しみながら宝物探していく。 「宵闇達を連想するドラゴンズブラッド入れようぜ」 「樹脂香は決まりか。祝祭の場でもある月輝花に……そうだな梅の花も入れようか」 ルーノは手に取った梅の枝とニホンから贈られた美しい梅と重ね合わせた。 「ポムドールは絶対入れる!」 「はいはい、ならドライフルーツは林檎がいいんじゃないかな」 ポムドールの果皮を指さしながらナツキが主張する横で、ルーノがさらりとナツキが好きな果物をどさくさに紛れて選んでいた。 「この匂い、確かサンディスタムで……カルダモンっていうのか。こっちはノルウェンディの温泉の……そうだヒノキだ! 両方入れようぜ!」 カルダモンの種とヒノキの葉を手に取りナツキは鼻をくんくんと利かせる。 「お酒はルーノの好きな赤ワインだ!」 他にも記憶に残る香りを選んだ二人は材料を下準備し、ニア達が用意した銀の杯にまとめて入れてしまう。 「さあ、魔力を込めるわよ。最初はナツキ、陽気の魔結晶を入れたら薬匙で混ぜて」 ニアが銀の杯の縁に座り、他の妖精達も触れ始める。 ナツキが慌てたように薬匙を握り混ぜると、確かに魔力が吸い取られていくのを感じる。 「大丈夫か、ナツキ? それにニア達も」 ――平気、平気! よほどムチャクチャやらなければ問題ないよ。 「戦闘の時に比べりゃ問題ないぜ。それよりルーノ、これを見ろよ」 さっそく変容を始めたのか、銀の杯は太陽のような黄金の液体でキラキラと輝いていた。朝日を浴びて光り輝くローズやカモミールの香りの中にきりっとした清涼感あるカルダモンが気を引き締めてくれる。かすかに香るのは青林檎の爽やかな香り。 その美しさとかぐわしい香りにルーノは言葉もない。 「さて、次はルーノよ。魔結晶を入れてみて、どんな変化を起こすかしらね」 ルーノが陰気の魔結晶をそっと入れると太陽は隠れ夜の帳が落ちる。夜を煮詰めたような液体からは、先程とは正反対の香りがする。 ドラゴンズブラッドの甘くもなくきりりとした香りがエキゾチックでありながら、どこでもない普遍的な夜の訪れを感じさせる。月の光を浴びて咲き誇る花のほのかな気品ある甘みから、心落ち着くヒノキの香りへ。 「最後の仕上げね。――月輝花の花よ、かぐわしい香りの糧となり永遠に咲き誇りなさい」 ニアがそう告げると月輝花は崩れるように光となり、妖精達の聖歌が響きわたる。 「おお、すげー!」 ナツキが歓声を上げる。銀の杯の中は渦巻き光と闇が一体化したような結晶が産声を上げる。紫と黄色がかったグラデーションの練香鉱石が出来上がっていた。 練香鉱石から発せられる光の粒が弾ける度に香る。まるで自分たちが歩いてきた道を思い起こす香り。 「まるで朝がやってきて夜に沈むように一日がやってくる。それが当たり前ではないのだと気づかせてくれる香りね。シャドウ・ガルテンの香りもするのに、どこでもない香りだわ」 ニアがあなたたちらしい香りね、と祝福するように囁いた。 ●『リコリス・ラディアータ』『トール・フォルクス』 「どんな食材でも美味しくなる魔法の調味料、それがカレー」 「美味しいけど、さすがにカレーそのものの香りはちょっと……」 「……駄目?」 リコリスが辛くて美味しそうなのに、と上目遣いで見てくる。トールは内心ぐうっと呻きながら、 「スパイスとして、よく使われるものを少し入れるくらいなら大丈夫だと思うけど」 「それじゃあ……とびっきり甘くてスパイシーな香りがいいわ」 リコリスが艶やかに微笑みながら提案するが、すぐに首を傾げた。 「でもどれを使えばいいのかしら?」 「んー、それじゃあ、いくつか使いたい材料を選んでみて、後はお任せにしようか」 リコリスもトールも香料について知らないのだ。分からないならば、最低限の材料を選んで後の細かい部分は専門家であるピクシーに任せてしまった方が早い。 「甘くてスパイシーなら、シナモンかな。それに合わせるならホットワイン風にしてみるのもいいかも」 「ホットワイン風、よさげだけど甘さが足りない気がするわ」 その提案に相槌を打つが、リコリスはまだしっくりとこないでいる。 「それならりんごの果皮と、ワインは数種類もあるな。濃いめの赤ワインを入れてみようか。他に、入れたいものはある」 トールは数種類のワインから甘口のものを選び、リコリスの方へ振り返る。 「折角だしもちろんポムドールもね……後はそうね何か甘そうなハーブもたくさん入れちゃいましょう」 ――スパイスの女王「カルダモン」は? それより甘くてオレンジの香りがする「マンダリン」がいいわ。 いつの間にか現れたのかピクシー達が一斉に喋り出す。 「じゃあ、そのハーブ全部入れちゃいましょ」 トールが感心している横で、リコリスが大胆な決断をする。 「えっ!? いいのか、リコ?」 「折角紹介してくれたんだもの使わなくちゃ。さらに甘くするならドライフルーツもたくさん入れた方がいいわよね」 下準備を終え、リコリス達はピクシーに案内され銀の杯に材料を入れる。 「リコ、空いてる方の手のひらを合わせてみようか。混ぜやすくなるかも」 「ええ、いいわよ」 リコリスが手のひらを差し出す。 「手の温度だけじゃない。何か温かいものを感じるわ……トールの魔力がこちらにも伝わっているのかしら」 合わせた手のひらをまじまじ見つめ、リコリスは懐かしむように口元を綻ばせた。 「ふふ、何だか適合診断の時を思い出すわね」 「適合診断懐かしいな。確か90%くらいだったっけ。今計ったら数値変わってるかな?」 そんなことを話しながらトールはそっと恋人繋ぎにしてみる。トールの耳が真っ赤に染まっているのにリコリスは気づいていた。 (あの時はそっけなくしてしまったけど……今は何だか離れがたい) リコリスはぎゅっと指を絡めると、 「さ、さあて後は魔力を込めるだけだな」 トールは上擦った声を上げた。薬匙を握りしめると魔力が徐々に吸い込まれていくのを感じる。 火気の魔結晶を入れ下準備した材料ごととろりと溶け混じり合うのに時間はかからなかった。ルビー色の液体は爽やかでキレのあるレモンとポムドールといった果実の濃厚さ。 「美味しそうな香りね、フルーツタルトみたい」 リコリスがそう呟き陽気の魔結晶を入れると、 「あらワインがオレンジジュースになっちゃたわ」 サングリアの香りへと変化し、フルーティーなのにシナモンやカルダモンのように甘い、東洋のエッセンスを持った温かみのある気配。 「ふう、疲れたがホットワインっぽい香りになったんじゃないか?」 「そうね、見た目は別物だけど。でも後一つ魔結晶が残ってるわよ」 リコリスが陰気の魔結晶を見せると、トールは後一踏ん張りだと気合いを入れ直す。 最後の一個を入れると、オレンジジュースは溶けたチョコレートへと変わる。 甘い乳香の香りが冬の星空を見上げているような静謐な空気を余韻を残して去っていく。 最後の仕上げにピクシーが月輝花の花びらを持ってきて、熟成の魔法を楽しげに歌い出す。すると花びらは光の粒子になり、少年とも少女ともつかない歌声が響く度にチョコレートは固まっていく。 最後には鉱石のようなチョコレートだけが残されていた。 「すごい。これが七変化って言うのかしら。匂いからしてチョコっぽくてスパイシーで甘い香りがするし、魔法で本物のチョコになったんじゃない。……食べちゃ駄目かしら」 「見た目はチョコっぽいけど、チョコじゃないから。リコ、食べるのは止めておこう、な」 リコリスはチョコっぽい香から目を逸らすことなくじっと見つめている。 いい香りに仕上がったと思う。ある意味リコリスの望み通りの香りだ。 カレーとは違うが、極上のお菓子を前にしているような美味しそうな香り。疲れた時には甘いものはどうだと誘惑されている気分だ。さらに身体の内側からがぽかぽかと温かく、ホットワインを飲んだような錯覚に陥るのがヤバい。 「リコが楽しんでくれて良かったよ……」 満更でもないリコリスの姿を見てトールは呟いた。 ●『ヴォルフラム・マカミ』『カグヤ・ミツルギ』 「うーん……実はあんまり強い匂いって苦手なんだよね……お茶とか料理は大丈夫なんだけど、香水とかはちょっとね」 香の材料が置いてあるテーブルからは様々な香りが漂ってきてヴォルフラムは眉根を寄せる。 「そういえば、カグちゃんはこういうの詳しいよね?」 「私がやってるのは、ミツルギの家に伝わっている漢方っていう使い方だから、芳香療法はやらないけど……」 「確か、お茶や薬にするんだっけ?」 カグヤはこくん小さく頷いた。やっぱりカグちゃんってすごいね、とヴォルフラムは全身で語り掛けてくる。 「まぁ、確かに君の部屋にある薬剤室に入りたくないかな……」 ヴォルフラムは少し困った表情を浮かべ、狼耳と尻尾が項垂れている。 「あの部屋、色んな匂いが混ざってすごいよ? よく長々と居られるよね……」 「ヴォルが、私の部屋に長く居ないのって、薬の匂い、強いから?」 (薬の匂いって苦い感じがするから、かな?) ヴォルフラムはカグヤの考えたことを読んだようなタイミングで口を開いた。 「それもあるけど、それ以前に異性の部屋だし長く居られないよ?」 「……じゃ、苦い匂いのしない様なの使おう」 カグヤは植物学の知識を用いて迷いない手つきで材料を選んでいく。 「樹脂香はそのままで、クローブは荒く砕くだけでいいけど、シナモンは細かく砕いて欲しいの」 「刻んだり粉末にするのは任せて!」 ヴォルフラムはカグヤが秤で計った材料を乳鉢で砕いていく。 「匂い大丈夫? 砕いた後が強く匂うから……」 「うん、大丈夫。スパイスは料理でも使うから平気だよ」 カグヤにとってシナモンとクローブは漢方の材料として使うので馴染み深いものだが、ヴォルフラムの鼻は大丈夫だろうかとそっと横目で見る。 ヴォルフラムは手際よく砕いてしまうと、次はドライフルーツのりんごを細かく切り刻み始めた。 「……ポムドールの果皮って金箔みたい」 カグヤの珍しい材料に興味深そうに見ながら切り刻む。ポムドールの果皮は金箔にしては分厚く萎びていた。 「……こういう調合みたいなのは大丈夫で、なんで料理になるとあぁなるんだろうね」 「……料理は……うん、何でだろう?」 「覚えてる? 小さい頃一緒に作ったりんご飴が同じ材料の筈なのに、カグちゃんが作ったのだけ呻き声上げてたよね」 「あのりんご飴で台所の黒い悪魔が死んだものね……何故あぁなるのか……」 ヴォルフラムが遠い目をしていると、カグヤも死んだ目で答える。 「まぁ、それは置いとくとしてどんなお香になるのか楽しみだね」 りんご酒「シードル」材料に加え、魔結晶を混ぜる専用器である銀の杯に材料を全て入れる。準備は万端だ。 「魔結晶は……私達の属性だと、火を消しちゃいそう……」 カグヤが顎に手を当て考え込んでいる間に、ピクシー達がやってきた。 「うーん……木を入れてから火を入れて陽入れたら、あったかい?」 ――おねーさんは水、おにーさんは土。 ――水を吸って木は育ち、火は木によって勢いを増し、燃えた灰は土へと還る。光は日差しそのもの、変容の性質を持つんだ。 ピクシー達が歌うように助言する。 「……ということは私が最初に魔力を注いで、火の魔結晶の時にヴォルが注ぎ込むのが、ベスト?」 ――さあ、始めようよ。 ピクシー達が数人がかりで木気の魔結晶をぽーいっと投げ込む。 ――早く早く! カグヤ達が呆然としていると、薬匙を指さしてピクシー達は銀の杯の縁に座り込む。 「……っ!」 「カグちゃん、大丈夫!?」 カグヤが薬匙を握ると一気に魔力を持って行かれ、軽い倦怠感を感じる。 「平気、それよりヴォル見て、……すごい」 カグヤが薬匙で混ぜ始めると、魔結晶がとろりと溶けだし、二人で下準備した材料を巻き込んで青緑の粘り気のある液体へと変化する。 ――次は火だよ! 慌ててヴォルフラムへと交代する。ヴォルフラムは丁寧に混ぜると、まだ形を残していたドラゴンズブラッドが火の魔結晶に反応して溶けだし、赤く変化していく。まるで血が煮えたぎっているよう。 「最後に陽気だね、カグちゃんお願い」 カグヤが陽気の魔結晶を入れると、夕日を連想される色へと変わる。その頃には全ての材料が混ざり合い、朱と金に染まった液体が鎮座していた。 「……すごく興味深い。後は月輝花と熟成。どんな香りになるのかしら、ね」 カグヤの伏し目がちな目が好奇心に輝いているのを見て、ヴォルフラムも嬉しそうに尻尾を振る。 ――最後の仕上げね! 月輝花の花びらをピクシー達が銀の杯へと入れると光の粒子へと代わり、ピクシーは魔法の旋律を編み上げる。 銀の杯を覗き込んでいた二人は驚く。液体はみるみる凝縮し、ぴしぴしと音を立てて琥珀の原石へと生まれ変わる。 ふと黄金色の落ち葉が二人に降り注ぐように落ち、触れる前に香りだけを残して消えていく。 親しみやすいりんごの甘酸っぱい香りが通り過ぎると、森の中で朽ちゆく枯れ葉の奥底に温かな大樹の香りが残った。 ●『ラシャ・アイオライト』『ミカゲ・ユウヤ』 「ピクシーちゃんとお友達になれるかにゃ?」 「きっとミカゲちゃんなら友達になれるよ」 「にゃー、友達になりたいにゃー!」 ミカゲが尻尾をしたしたと床に叩きつけていると、黒猫のライカンスロープがいると聞きつけたピクシー達が燐光を散らしながら姿を現した。 「ふふ、今日は宜しく御願いします」 ラシャは驚きながらも穏やかな物腰を崩さず挨拶をする。 ――よろしくね。本当に黒猫さんなのね! つやつやの耳に揺れる尻尾! 「ミカゲっていう立派な名前があるのにゃ! 黒猫さんじゃないのにゃ」 ミカゲがふんすと息を吐きながら胸を張る。 ――ミカゲって言うのね! 初めまして。僕らは月夜のピクシー! 「ところで、何をすればいいのにゃ?」 「いい香りのする香を作るんだよ、ミカゲちゃん」 ピクシーを頭に乗せたままのミカゲに、ラシャは目線を合わせて説明する。 「わかったー! にゃー、頑張るにゃー!」 ミカゲの頼もしい返事にラシャは笑顔を浮かべる。 「ピクシーちゃんと一緒に作るのにゃ! 手伝って欲しいにゃー!」 ――いいよー! タリもほら客人の頭で昼寝しない。……ネリうるさい。 それでどんな香りにする、とピクシー達に聞かれたラシャは少し考え込んで答える。 「最近元気が良すぎる時がありますから。マタタビを使った香を作れば眠ってくれるかなと思って」 ――なるほどね。策士ね、ラシャは。微睡みの香りね。惰眠なら任せろ。 ――それにマタタビを使うなんて初めて! 面白そうだな! 「……お手柔らかに御願いしますね」 気分屋のピクシーの琴線に触れたのか一気に盛り上がる。ラシャは内心困ったことになったぞ、と思いながらも穏やかに微笑んだ。 (折角なら、ここならではのものを入れたいよね。月輝花は使うし……どうせなら月にまつわるものを入れたいから……) ラシャの脳裏にある花が思い浮かぶ。 「……月下美人を入れてみたいんだけどあるかな……希少な花だからないなら沈丁花に――」 ラシャが話し終わる前にピクシー達がピタリと止まり、 ――ますます面白くなったね! あれ、酒漬けにしておいた奴あったろ? 持ってきたよ! 「あ、ありがとう……」 突如現れた瓶詰めされた月下美人。ますますテンションを上げるピクシー達になんとかラシャは言葉を返す。 材料のあるテーブルを見て回っていたミカゲがラシャの服をくいくいと引っ張る。 「ど、ドライフルーツ……食べちゃダメかにゃ?」 「今食べたらご飯が食べれなくなっちゃうよ」 「食べないにゃ! 食べない、食べない」 そう言いつつもじっとドライフルーツから目を離さないミカゲ。 「ミカゲちゃん、めっ!」 「だ、大丈夫にゃ!」 ラシャが目を離した隙に、 「……ちょっとだけ、ちょっとだけイチジクをつまみ食いするのにゃ」 こっそりと隠れるようにつまみ食いするミカゲだったが、ラシャには丸見えだった。 (本当はちゃんと叱った方がいいんだろうけど……ピクシーと半分こしてるから今日は見逃そう) 「あまーいにゃー!」 ――甘い。もっと酸味のあるやつがいい。 ミカゲのうまーと言いたげな声と眠たげなピクシーの声が聞こえてくる。 材料選びが終わり、ミカゲが楽しそうに尻尾を揺らしながらかき混ぜる。 「混ぜて混ぜて……にゃ?」 さっとラシャがマタタビ酒を入れると、 「ご主人様、今何をいれたのにゃ?」 ボールの中をミカゲはくんくんと嗅ぐと、すぐに酔っぱらったのか顔が赤くなりくたーとなってしまう。 「うーん、マタタビの効果はすごいな」 椅子にもたれかかるミカゲが寒くないよう上着を掛けておく。 ラシャは銀の杯に材料と水の魔結晶を入れて混ぜ始める。 暫くすると、他の材料はどこへいってしまったのか青く澄んだ水だけが残っていた。 純粋無垢な気配を感じさせるレモンバームの澄み切った香り。 陰気の結晶を入れれば青空が広がる。バレリアンに乳香、エレミが森の揺りかごとなって穏やかに眠りに誘う。 最後に陽気の魔結晶で全てが一変した。 「え、……えぇ?」 ラシャが戸惑うのも無理はない。 明らかにヤバい色へと変化したからだ。そう、まるで媚薬のようなピンク色の液体へと変わり果て、濃厚で甘い香りが漂ってくる。 「ミカゲもやるにゃん!」 突如、酔っぱらいミカゲは銀の杯を掴み、火気の魔力を思いっきり注ぎ込む。 さらに酩酊感を覚えるような香りが強くなり、その匂いを直接嗅いだミカゲは昏倒するように倒れる――寸前でラシャが抱き留めた。 ――とにかくこの香りを押さえるぞ。 月輝花の花を用いて、熟成の魔法をピクシー達が使うと拡散し始めた香りは収まった。残ったのは可愛らしい桃色の鉱石だけ。 ミカゲは穏やかな顔で熟睡していてラシャは安堵する。その横でピクシー達がこっそり話し合っていた。 ――どれが原因だと思う? いや、組み合わせに問題だろ。がつんとくる甘い香りなのに不思議とぬくもりのある官能的な香りに仕上がってたし。 ――ヤバかった。うん、温めると酔いそうになるのヤバいな。 お蔵入りとなった香はピクシー達によって回収されていくのだった。 ●『ラウル・イースト』『ララエル・エリーゼ』 「えへへ、ラウル。ワクワクしますね!」 目の前の溢れかえるような材料を前にして、ララエルは楽しそうにしている。バラの匂いを確かめてみたりと、たくさんある香料に夢中になっていた。 「ララ、そのバラが気に入ったならそれも入れようか?」 「いいんですか! えっと、……ラウル、どんな香りにするのか決まったんですか?」 純白の淑やかな女性を思わせるバラを手に取ると、なぜだかララエルの顔が赤くなっていた。 (王子様、ううんバラを持った騎士様……すごく様になってます) ララエルが熱くなった頬をさますように両手を手に当てていると、 「水、かな。優しい水の流れを感じられるような……」 ラウルは考え込むように香りのイメージを口にする。 「え、水をイメージしたかおりを作るんですか?」 「うん、後はイメージに近い材料を選ぼうと思うんだ」 ラウルは材料の持つ香りを一つ一つ選んでいき、時にはララエルが持ってきた材料に首を振ったり、満面の笑みを浮かべたりした。 「ララ、これから材料をいれるから、ちょっと見てて」 「じゃあ、かおりに水が宿るように、水をイメージした曲を弾きますね」 ハープで奏でるアリア。水が揺蕩う音に弾かれるように妖精達がララエルの元へと集まってくる。 その傍らでラウルはレシピの手順をぶっ飛ばし、直接銀の杯に「これぐらいでいいか」と計りもせずに入れていく。バラの生花もそのままだ。 ここでも壊滅的な料理の腕がいかんなく発揮されている。 ――うわぁ、参加者の中で一番ムチャクチャだよ。大丈夫かしら? 大丈夫じゃないと思う。 ――分量って言葉を知ってるか? 私達よりも直感的だわ! 妖精達がラウルの背後でひそひそと話していると、 「よし、これを混ぜて、と……」 集中しきっているラウルは水と光の魔結晶を妖精達が止める間もなく投下する。 薬匙で混ぜると全ての材料がどろどろと溶けていくが、ラウルが料理を作ると大抵こうなるので気にしていなかった。 (なんだこれ、魔力が吸われてる感じがする……! 妖精達、これが狙いだったな……!?) 当の妖精達は慌てて銀の杯に触れて、ラウルの補助をしている。 粘液状に溶けた黄緑色の液体にラウルは首を傾げ、近くにあった水気の魔結晶を二個程追加する。 さらに魔力を吸い上げられるが、ララエルを想い耐える。妖精達も声なき悲鳴を上げる。 すると、ラウルが思い描いていた海を思わせるコバルトブルーへと変化する。ラウルは満足げに頷くと魔力の殆どを持って行かれたことに気づき、テーブルへと寄りかかる。 「ら、ラウル、大丈夫ですか!? ……妖精さんたちも!?」 銀の杯付近で伸びた妖精達とラウルを見比べてララエルはオロオロとする。 惨事を聞きつけた妖精達が同胞を回収していく。妖精達が怒るよりも早く、 「こんなに過酷なものを毎年だなんて……君達のことを尊敬するよ」 「みなさん、すごいです!」 ラウルが真剣な眼差しで言い、ララエルが感動で目が潤んでいるのを見て、妖精達は怒る気も失せ、もはや遠い目をしている。 ――……早く終わらせようぜ。そうね、早く終わらせましょう。 月輝花を銀の杯に放り投げ、妖精達が歌う。まるで聖歌隊のような歌声が響く。歌声は人の言語で理解できない発音はグラスハープにも似ていた。ララエルもそれに合わせるようにハープを奏でる。肌で感じるような神聖な空気感。厳粛で壮大なのに全てを洗い流す聖水のように清らかな調べが天に届いたのか、それとも執念が奇跡を起こしたのか。 「……ララ、出来たよ! 宝石みたいだ」 「うわぁ……きれい……使うのがもったいないです」 銀の杯をのぞき込むと夕暮れの海を思わせるタンザナイトの原石が完成していた。 「はいはい、……いつまでも眺めてないで香りを確かめなくちゃ」 「お久しぶりです、ニアさん!」 「久しぶりね、ララエル。それにラウル……まさかやらかすのがあなただなんて思わなかったわ」 いつの間にか現れたニアの生温かい目に二人は揃って首を傾げる。 香炉にはチャコール(タブレット状の炭)が用意され、練香鉱石を入れる。 「ニア、これでいいかな?」 香炉に練香鉱石を入れ、ラウルが火を付けると、 「え? 雨粒?」 室内に小雨が降り始めたかと思うと触れるとぱちんと香りを放って消えていく。 「わぁ……いい香り……まるで海の中にいるみたい」 「……ララエルをイメージして作ってみたんだ。本当は水のつもりだったんだけどね。でも、気に入ってくれて良かった」 透明感のあるさわやかな香りは海の波を反射する陽光をイメージさせるレモンの香り。高貴な花々が海の慈愛と安らぎを感じさせ、白樺の香りが波に流される流木と静かな海の余韻を残す。 「すごく素敵な香りです。香作りって過酷だったのに……ありがとうございます、ラウル」 新たな勘違いが生まれていたが誰も訂正するものはいなかった。 ●『リチェルカーレ・リモージュ』『シリウス・セイアッド』 「月輝花を使ったお香ですって、幻の花を摘むことができるなんて夢のよう」 リチェルカーレはほのかに輝く月輝花にそっと触れ、パートナーであるシリウスの方を振り返った。 見ているこちらがほんわりとする雰囲気をまとった少女が柔らかく微笑む。シリウスも彼女につられるように僅かに口の端を上げる。 不意に甘い香りが鼻腔を擽る。 一度だけ見たことのある月輝花の香り。 淡い光を放つ純白の花畑の中で「星の海にいるみたい……」とスカートをふわりと浮かせ、微笑みながら振り返る彼女の姿を思い出す。 月輝花のことを語る彼女は本当に幸せそうで、無意識に自身の表情も緩む。リチェルカーレの澄んだ歌声が今でも耳に残っている。 「シリウス、すてきなお香になるように頑張りましょう」 名前を呼ばれてシリウスは我に返る。あの時と変わらない微笑みを見ながら小さく頷いた。 「どんな香りにしようかしら。ね、シリウスはどんなものがいい?」 そう尋ねられたシリウスは表情こそ変わらないものの瞬き一つして黙り込んだ。苦虫を噛み潰した表情を浮かべながらも困惑した声で尋ね返す。 「……俺が、そういう話題にのれると思うか?」 リチェルカーレの微笑みには苦手そうかもと言葉にせずとも顔に出ていた。 「新年が近いでしょう?」 暖かな日差しのような優しい声。 「春の花をいれたいの。沈丁花に薔薇、レモングラスやカモミールも……後はどんな物がいいかしら?」 リチェルカーレは嬉しそうに顔を輝かせ弾むような声で話しかける。シリウスもまた楽しそうに語る声に耳を傾けながら、 「……イメージと言われても」 ぽつりと呟いた。 「シリウスは? 香りがイメージしにくければ、星月夜や月輝花と聞くと何を連想する?」 変わらない表情。水面に一滴の雫が落ちたように唯一感情を写す翡翠の瞳が困惑に揺れる。 星も花も教団に来てからの自分にはあまりにも遠すぎてイメージがわかない。それでも彼女の為にシリウスは頭を悩ませる。 唯一浮かんできたのは、彼女の歌声だった。 「……セレナーデ……」 彼から零れ落ちた言葉にリチェルカーレは目を丸くする。 「前に月輝花の別名はセレナーデなのだと教えてくれただろ」 「覚えていてくれたの」 リチェルカーレは赤くなる頬を手のひらで抑えて笑う。 月輝花の花畑の中、彼の前で歌った夜のことを思い出す。 『深き思いを 君や知る わが心 騒げり』 優しく澄んだ調べ。仄かに甘く響いた小夜曲。 「……じゃあ、あの歌に似合う香りにしましょう」 シリウスは居たたまれなさに視線を逸らした。一瞬見たその目尻が赤く染まっていたのは気のせいだろうか。 ――下準備が終わった? なら、コレに材料と魔結晶を入れるんだ。後は二人で魔力を込めるだけ。 「妖精さん、ありがとう。シリウス、手を繋ぎましょう」 「ああ、かき混ぜるのは俺がやる」 小さく相槌を打ったシリウスは彼女に負担をかけまいと薬匙を奪うように取っていく。リチェルカーレは目を丸くすると、すぐにありがとう、と微笑む。 シリウスがかき混ぜていると月の雫を集めたような色合いへと変化する。 しんと静まりかえった夜を乗り越え、春を告げる沈丁花のかぐわしい香りが心に切ないほど響く。 春の宵、鐘霞み花の香りが柔らかに香り立つ。 幻想的な夜は仄かに甘さを含む優しい白檀の香りと深く穏やかな乳香の香りが手を招いているよう。 「春の香りだわ……」 春のかぐわしい花の香りにリチェルカーレはうっとりとする。 「リチェ、中を見てみろ」 月は寡黙なまま刻々と見える顔を変えていく。銀の杯の月は冴え渡るように鋭い時もあれば、白梅の月のごとく透き通っていたり、時には幸福な金貨みたいな月相を見せる時すらあった。 「これが妖精の作るお香なのね、まるで魔法みたい……」 リチェルカーレは喜びのあまり繋いだ手をぎゅっと握りしめる。一瞬の動揺を隠し、シリウスはその手を離すことはなかった。 ――本当の魔法はこれからよ! 見ていて! 月輝花の花びらがゆっくりと光へと代わり、妖精達の聖歌が始まった。 月灯りのように繊細に響き重なり合う詠唱。夜の美しさを歌い上げるように詠唱は広がっていく。 月のきらめきが細やかな光の粒子となって何重もの白いヴェールに優しく包まれていく。 幻想的な光景と香りが広がり、二人は言葉もなく見つめていた。 ヴェールは室内全体へと広がり、銀の杯が見えるほど薄れた頃、練香鉱石ができていた。 月の光を宿した月長石の荒々しくも美しい原石だった。 「これは……鉱石か?」 ――ちゃんとした香だよ。練香鉱石! 「きれいな宝石……お香として使うのがもったいないぐらい」 リチェルカーレが感嘆の声を上げる。 妖精に勧められ香を焚けば、冬から春へと移り変わる香りがした。小夜曲が奏でられているように月のヴェールが揺蕩う。ヴェールの向こう側には月輝花の花畑が見えた気がした。
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*** 活躍者 *** |
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[11] ルーノ・クロード 2019/12/18-23:51
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[10] カグヤ・ミツルギ 2019/12/18-16:59
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[9] ヴォルフラム・マカミ 2019/12/18-00:26
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[8] ミカゲ・ユウヤ 2019/12/17-21:25
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[7] ベルトルド・レーヴェ 2019/12/16-17:18
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[6] シキ・ファイネン 2019/12/16-03:50
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[5] リコリス・ラディアータ 2019/12/16-00:23 | ||
[4] リチェルカーレ・リモージュ 2019/12/15-23:17
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[3] ナツキ・ヤクト 2019/12/15-19:41
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[2] ララエル・エリーゼ 2019/12/15-13:27 |