星送り
とても簡単 | すべて
8/8名
星送り 情報
担当 土斑猫 GM
タイプ EX
ジャンル イベント
条件 すべて
難易度 とても簡単
報酬 ほんの少し
相談期間 8 日
公開日 2020-01-10 00:00:00
出発日 2020-01-21 00:00:00
帰還日 2020-01-29



~ プロローグ ~

 長い一日が終わった。日が落ちた世界は徐々に冷気で満たされ、澄み渡った成層の中に星が瞬き始める。
 降り注ぐ、青い星光の舞台。そこに、一つの村がある。人の気がなければ、灯りが灯る家もない。この村の住人達は、昼間の内に全て隣の町へと避難していた。とある災い。その弔いに、居場所を譲り。
 静謐に包まれる村の、すぐ近く。村を覆い隠す様に、巨大な熾火が燃えていた。深々と燃える色は、黒。在る筈などない形を成す、焔。周囲を照らす事もなく、静かに燃える。まるで、抱く『彼女』の想いを癒す様に。

 巨大な焔塊の足元に、二つの人影が立っていた。一つは、明らかに成人。特徴的なカイゼル髭を生やした、男性。一つはどう見ても子供。ブカブカのローブを引きずる、琥珀色の瞳の少女。
 燃える黒炎を見上げながら、少女――『麗石の魔女・琥珀姫』は言う。その鈴音にはそぐわない、錆びた言の葉で。
「そうか……」
「ええ……」
 カイゼル髭の男――『道化の魔女・メフィスト』が頷く。
「『彼女』の魂は、浄化を拒みましたー。このままでは、ベリアルの鎖と共に延々と燃え続ける事になりまーす……」
「人の同胞の用意した救いなど……か……」
 見つめる、琥珀の視線。何処までも優しく、そして悲しげに揺れる。
「子を殺められた悲しみ……怒り……。この黒炎を持ってしても、癒す事は叶いませーん……」
「癒されなど、しないさ」
 古き同胞に返す言葉は、酷く空虚。
「いくら経とうと。いくら償われようと。癒えはしない。それを抱き続ける事が罪だと言うのなら、望んで罪過を踏みに行く。母親とは、そう言うものだ」
 メフィストが、彼女を見下ろす。一瞥もしない、琥珀の瞳。映るのは、いつかの悲しみ。遠き、星。
「……それでも貴女は、戻ってきたのですね……」
 聞こえぬ様に呟き、道化の魔女は思う。今宵は久方ぶりに、酒精の席へと誘おうか。消えぬ傷が、眠れる様に。例えそれが、ほんの束の間の微睡みであったとしても。
 黒い焔は燃える。絶えなき罪過を、弔いながら。



 そこより、遠く離れた教皇国家・アークソサエティ。場所は、薔薇十字教団本部。多くある研究室の一つ。魔術光が照らす薄闇の中に、二つの人影があった。
「どうぞ、お聞きいただきたい」
 片方の影、教団の礼服を着た痩身の男が口を開く。
「あの『二人』を、このままにしておくのは得策ではありません」
 胸に付けられた、班長である事を示す階級章。傲慢を形にした様な表情で、目の前に立つもう一つの人影に向かって言う。
「例え今回の件で貢献があったとしても、あの者達が犯した罪は重いモノ。同胞を傷つけ、数多の民を危険に晒した」
 語りかけられる人影は無言のまま。男は構わず、言葉を続ける。
「傷つけられた同胞には、かの者達を快く思っていない者もいます。民の間には、此度の災厄の元凶が、浄化師であるという噂も流れ始めています。そして何より……」
 濁った眼差しが、濁った光を放つ。
「此度の件で犠牲となった兵士達の遺族が、納得するとお思いか?」
「………」
 やはり、答えはない。構わない。
「これは、堤防に空いた小さな穴と同義。早急に対処せねば、割れ広がって、堤防そのものを崩しましょう。そう、これは教団の柱に関わる問題なのです」
 声のトーンが、昏く淀む。まるで、孕む悪意を現す様に。
「その事をもって、進言させていただきます……」
 灯る光が、震える様に揺れる。
「教団の信用と秩序を守る為にも、祓魔人『セルシア・スカーレル』と喰人『カレナ・メルア』を、極刑に処すべきと」
 対峙する人影の眼差しが、初めて男の姿を映した。

「どうだった?」
 研究室から出て一人歩いていた班長の男に向かって、小太りした男が駆け寄ってきた。豪奢に着飾った服装。一目で、貴族である事が見て取れる。
「困りますね。そう大っぴらに近づいてもらっては。辺りに人がいないから良いものの……」
 班長の男は嫌な顔をすると、辺りを見回す。
「そんな事は、どうでもいい。あの二人の処分は、どうなった?」
「大丈夫ですよ。『室長』は、了承してくださいました」
「そうか……」
 表情を緩ませる貴族の男に、班長の男は溜息をつく。
「全く。そもそも、貴方の悪趣味が原因でしょう。これに懲りたら、少しは控えてください」
「分かっている。それにしても、まさか逃げ出した二人が浄化師になっていたとは……。知った時は、肝が冷えたよ。てっきり、スラムで野垂れ死んでると思っていたから」
「名家の当主が、金で買った少女を玩具用に囲っているんですからね。バレたら、そりゃあ大事になるでしょうな」
「しーっ! 大きな声で言わんでくれ!」
「誰もいませんよ」
 連れ合って歩きながら、二人の話は続く。
「まあ、こちらの方は大丈夫です。名分は立っていますし、恋愛などにうつつを抜かす連中を引き締める事にも繋がりますから。教団としても損はありません。何やら例の二人に感化されている連中もいる様ですが、所詮一介の浄化師風情。いくらでも黙らせられます。それよりも……」
 班長の男が、チロリと貴族の男を見る。
「ああ、分かっている。次の大元師選出の際には、しっかりと手を回しておく」
「お願いしますよ」
 薄暗い通路。二人の下卑た笑いが響いて消えた。



「戦死者、105人……か……」
 手元の紙を見て、即席の玉座に腰を据えた大柄な男は深く息をついた。
「事の大きさに比べれば、奇跡的な数字……じゃな……」
 ノルウェンディ最北端の村、『ディーチ』。かの大災が、最初に到達しようとした場所。敷かれた対策本部の中心。座する彼の名は、『ロロ・ヴァイキング』。ノルウェンディを統べる王。事態の収拾の為に、王都からこの村へと来ていた。
「………」
 書類に落としていた目を、ふと上げる。視線の先には、御前に傅く浄化師達。
「そんな顔を、せんでくれな」
 彼は、言う。
「あいつらのことを思ってくれるんじゃったら、笑顔で送っちゃってくれ。あいつらは皆、民を守るために覚悟を持って名乗りを上げたんじゃ。後悔は、しちょらんよ」
 そう。今回の災厄、確かに被害は無いとされていた。けれど、それは一般人に限った話。実際には、戦いに参加した兵士達に犠牲が出ていた。
 民を身を持って守る事が、兵士の使命。けれど、それを必要だったものと割り切るには、集った浄化師達はあまりにも若かった。
 苦渋に満ちる彼らの顔を見て、ロロは言う。
「……今夜は、『星送り』がある日じゃ」
 突然の言葉。意味が分からないそれに、皆は顔を上げる。
「戦士が正しき道に死した夜、『軍神オーディン』がその魂を星に変え、永遠の地に召し上げるんじゃ。今夜、空を見てみぃ。亡くなった兵士の数だけ、空を昇る星が見える筈じゃ。資格がある戦士に限っての事じゃけぇがの」
 謳う様に紡ぎ上げる声は、強くありつつも優しい。
「見る事が叶うんなら、讃えてやってくれんかの? それが……」
 そう言って、天窓を仰ぐ。釣られて視線を上げれば、満天の星空。
「あいつらにとって、何よりの弔いになるんじゃ」
 見つめる夜空の彼方。何処までも、何処までも。綺羅々、綺羅々と。輝いていた。


~ 解説 ~

【概要】
 時系は、アジ・ダハーカの災禍の後。事後処理の為、ノルウェンディ国軍と共に件の村に滞在していたあなた達。王、『ロロ・ヴァイキング』に教えられた『星送り』の事。そして、夕刻に伝えられた『セルシア・スカーレル』と『カレナ・メルア』の極刑処分の事。様々な想いに苛まれながら、眠れぬ時を過ごします。深夜も過ぎた頃、風に当たろうと窓辺に近づくと、宿屋から出て行く二つの影。それが、セルシアとカレナと気づいたあなた達は、堪える事も出来ずに後を追います。
 その後、ルートが二つに分かれます。

【ルート1・弔いの熾火】
 セルシアとカレナを見失うルート。気づけば、村の外れ。静かに燃える古龍の足元。そこで、『軍神オーディン』と出会います。
 オーディンと会話が可能。モヤモヤする事があったら、訊いてみましょう。可能な範囲で答えてくれます。
 前話の終盤に残った謎を、知るルートです。

【ルート2・約束の丘】
 セルシアとカレナに追いつくルート。
 二人との会話が可能。まあ、色々と。言いたい事をどうぞ。
 これからの事と、ちょっとした『お願い』を託されるルートです。

【軍神オーディン】
 八百万の神の一柱。スレイプニルと呼ばれる天馬に乗り、ワイルドハントと呼ばれる軍勢を指揮しています。
 力を貸してくれた真意等、不明な点は訊いてみましょう。

【セルシア&カレナ】
 教団から極刑処分を受けた二人。
 処分の事は、本人達には未通告。同席するあなた達には、監視の指令が出されています(当然の様に、余計な事はしない様に釘を刺されています)
 逃げる等、不穏な素振りはありません。ただ、何かしら胸の内はある模様。
 託される『お願い』は、教団のささやかな闇に関するモノ。どうするかは、託される側の自由。


~ ゲームマスターより ~

 こんにちは。GM土斑猫です。長い事続いてきたシリーズも、これで一旦終了となります。お付き合い、ありがとうございました。

 今回に関しましては、エピローグ的なエピソードになります。難しい課題とかはありませんので、どうぞお気楽に。初参加でも大丈夫です。

 プランに関しましては、選択したいルートを提示した後、行いたい質問や会話内容等を明記してください。合わせた対応を行わせていただきます。

 それでは、どうぞ最後の幕引き。よろしくお願いいたします。





◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇

ヨナ・ミューエ ベルトルド・レーヴェ
女性 / エレメンツ / 狂信者 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
ルート1

ヨナ
二人の処分を言い渡され教団のあり方に改めて不信が募る
そもそも今回は私達浄化師の性質を コッペリアと呼ばれるベリアルが利用したのが発端
あの二人が起こした訳ではない 浄化師の誰もが起こしうる事態でした
その結果が 教団の決定が 極刑
自然と溜息が増える

ヨ 浄化師になればもっと…輝かしい名誉を手に出来るような…淡い憧れがありましたが
ベ 違ったか?
ヨ 夢から覚めた気分です


恐らく二人を捕まえようとする浄化師はいないだろう
俺達も追う立場だが こう二人足が速いとな 見失うのも仕方がない(わざと追いつかない
今回は教団も未だ旧体制の影響が大きいのも要因だろうとヨナを宥める
耐えるのも仕事の内だが…いざとなれば上の言う事 続
ショーン・ハイド レオノル・ペリエ
男性 / アンデッド / 悪魔祓い 女性 / エレメンツ / 狂信者
犠牲が出た上に見せしめのつもりか?
更に死を増やして何の意味がある?
ルート2

落ち着け!シリウス!
とりあえずシリウスを後ろから羽交い絞めにしないとどうしようもないな
っこいつ…筋力上がってるぞ…!
手続きが絡むことで目的は手段を正当化しないんだ
そもそも暴力は弱みにしかならない。だから止まれ
最終的に割を食うのはカレナとセルシアだぞ?
焦りを見せれば二人に余計な不安を与える
とりあえず止まったシリウスを取り押さえたままで

…二人共元気か?飯も食ってるか?
とりあえず不眠の種でも解消しようか?
世間話でもいいし、お前達が言いたいことでもいい
抹香臭い話もしたくないんでな
こういう静かな時は話し合いにおあつらえ向きだろうさ
リチェルカーレ・リモージュ シリウス・セイアッド
女性 / 人間 / 陰陽師 男性 / ヴァンピール / 断罪者
浄化を拒否したという古龍 
亡くなってしまった沢山の人たち
ーセルシアさんとカレナさんに下された処分
ただ悲しくてやるせなくて 隣にたつシリウスの袖を握る
…どうして こんなことに
小さく震える彼の腕に また涙が零れた

ルート2
そっとふたりの名前を呼ぶ
風邪をひいてしまうわ …眠れないの? 
わたし?わたしも そう
眠れなくて…
笑おうとして失敗 ふたりに抱きつく
ごめんね ごめんなさい
嫌な思いや怖い思いを沢山させて ごめんなさい
何の力にもなれなくて…

逃げてといいたい 
だけどそれが一番危険なのだと 皆でそう話し合ったから

わたし ふたりが好きよ
例え嫌われてしまっても
どこにいても 貴女たちの幸せを祈るわ

お願いを託されれば 涙を拭って大きく頷く
サク・ニムラサ キョウ・ニムラサ
女性 / ヴァンピール / 悪魔祓い 男性 / ヴァンピール / 陰陽師
サクラ:処分らしいわねぇ。
キョウ:当然と言えば当然ですが
サクラ:貢献しているのに極刑だなんて!って?
キョウ:言った所で意味はありませんが思うには思います。
サクラ:都合の良い考え方ね。惚れてるの?
キョウ:違います!!
サクラ:あら。噂をすれば何とやら。
キョウ:え?

【行動】2
サクラ
良かったわねキョウ。惚れてる女に追いついたわよ。
確かにそうだわ。まあ私達の所は500人くらいは入れる隙間があるから今からいつでも大歓迎よ。
所で何したい?

キョウ
今その冗談はダメです!
まあ冗談でも本気でも2人の間に他の誰かが入る隙間なんてありませんよ。
何を歓迎するのですか?!
……ふう。自分達の会話(茶番)楽しんで頂けましたか?
アリシア・ムーンライト クリストフ・フォンシラー
女性 / 人間 / 陰陽師 男性 / アンデッド / 断罪者
極刑……どう、して
だって、せっかく元に戻った、のに

部屋で泣いて泣いて、泣き疲れた頃にクリスから告げられた言葉
それが、本当に、そうなら…私は…

顔を洗おうと部屋の外に出たところで二人を見かけ
追いかけようの言葉に頷く

【ルート2】
他のメンバーの中にリチェちゃんを見つけ

私まで、泣いてはいけない…

きゅっと唇を噛んで

セルシアさん、カレナさん
もし、亡くなった方への責任を感じてるなら…
それは、私も同じ…貴女達だけの責任じゃ、ないです
陰陽師なのに…守ってあげられなかった…
だから、一緒に背負って、一緒に償っていきましょう…
それが私達にできる、これからの事
こんな悲劇が、繰り返されないように…

私は、貴女達が大好き、です
リューイ・ウィンダリア セシリア・ブルー
男性 / エレメンツ / 魔性憑き 女性 / マドールチェ / 占星術師
ルート1

オーディンと会話
アシ・ダハーカのこと 死んでしまったひとたちのこと
どうか魂の安寧をと願う
もうこんな思いをしなくてすむように どうか力をかしてほしいと頼みたい

>会話
静かに燃える炎と 軍神オーディンの姿に息を呑んで
セラに軽く手を引かれて我に返る
そっと彼に近づいて
リ:…ごめんなさい この国の人が沢山死んでしまった
  どうして助けてくれたんですか…?
セ:貴方は勇者の魂を 天の国へと召し上げるとか
  どうか彼らを導いてあげてください
  -彼女を癒してあげることは できませんか?
  このままでは 輪廻の輪に戻ることもできませんでしょう
人に言われることも彼女は嫌だろうけれど
眠らせてあげたいと思うのは偽りのない気持ちだから

ニコラ・トロワ ヴィオラ・ペール
男性 / マドールチェ / 拷問官 女性 / エレメンツ / 占星術師
【ルート1】選択
部屋の外
空を見上げながら二人で話す

セルシアとカレナ
これまでの報告書に目を通したし、一緒に戦いもした
確かに何か処分を受けても仕方ない部分も無くはないが、さすがに極刑は極端すぎないか?
先の戦いで初めて会ったばかりだが、彼女らがそう悪い奴らだとは思えないのだが

ヴィオラもそう思うか
そうだな、とりあえず室長殿がどう出るか見てからでも
ん?あれは
追うぞ、ヴィオラ

見失ったか
他にも追いかけていった者がいたから大丈夫だとは思うが
それよりも、あそこにいるのは

軍神殿とお見受けしました
先の戦いでは力を貸して頂き感謝します
神は人をとうに見捨てたのだと思っておりましたが
何故、今回は助太刀してくれたのでしょう
ラニ・シェルロワ ラス・シェルレイ
女性 / 人間 / 断罪者 男性 / 人間 / 拷問官
ルート1 軍神オーディンに会う

あたしあの二人にケーキバイキングの感想も聞いてないのよ
なのに処刑?監視?…ふざけてるわ、馬鹿にされてるじゃん
あ、二人が出ていく 追いかけないとよね
外へ出たはいいものの、やはり足が止まり
…ごめん ラス
やっぱり会えない、無理
どんな顔して会えって言うのよ

ラスと共にゆっくり歩き、村の外れへ
見つけた人影に思わず駆け寄り
…!あなたは、あの時の!
あのっ!ありがとうございました!!(頭を下げて)
あの時、ガラ…こほん、ヨハネの使徒を薙ぎ払ったの、あなたでしょ
ありがとう、あの村が消えなくて本当によかった

どうして助けてくれたの?
だって八百万の神様って隠れてたんでしょ
その、出てきてよかったの?


~ リザルトノベル ~

 澄んだ、星夜だった。深海の様に透明な大気の中を、砂粒の様に無数の星々が、月のそれを隠す様に輝く。
 そんな、夜だった。

 静まり返った宿屋の通路。細い灯りの中を、『クリストフ・フォンシラー』は歩いていた。行く先は、『アリシア・ムーンライト』の部屋。教団からの指令を受けて以降、一人泣き続ける彼女の元へ。一つの可能性を届けるために。

「浄化師になればもっと……。輝かしい名誉を手に出来る様な、淡い憧れがありましたが……」
 窓の傍に立ち、空を見上げていた『ヨナ・ミューエ』。漏らした呟きに、瞑想していた『ベルトルド・レーヴェ』は視線を向けた。
「……違ったか?」
「夢から覚めた、気分です」
 取り繕う事もなく、返す。
 そもそも今回の忌事は、浄化師の性質をコッペリアが利用したのが発端。誰もが駒になり得た。あの二人は、不運にも選ばれただけ。責められる罪など、在りはしない。
 幾度目かもしれない、溜息。吐き出す事は叶わない。不信も。憤りも。虚しさも。
 そんな相方を『教団も未だ、旧体制の影響が大きい故』と宥めたものの、ベルトルドは理解していた。
 いざとなれば、上の言う事など聞きはしないだろう。彼女も。そして、自分も。

 『ニコラ・トロワ』と『ヴィオラ・ペール』は、部屋のベランダで話していた。
「セルシアとカレナ……。これまでの報告書に目を通したし、一緒に戦いもした。確かに、何かしらの処分を受けても仕方ない部分も無くはないが、流石に極刑は極端すぎないか?」
 言いながら、ニコラは腑に落ちない思考を巡らす。
「先の戦いで初めて会ったばかりだが、そう悪い奴らだとは思えないのだが……」
 手繰る記憶。思い浮かぶのは、仲間と戯れ合う無邪気な顔と、守るべき命を想う真摯な姿。悪意を見出す事は、どうしても出来なかった。
「……あの二人、良い子達だと思います」
 応じる様に、ヴィオラも言う。
「元を正せば、彼女達だって被害者……。その後の諸々だって、極刑にされる程酷い事はしてませんよね?」
 いつもは屈託のない笑顔に彩られる顔に、疑念の影が射す。
「……どうしても、きな臭さを感じて仕方ありません」
「やはり、そう思うか……」
 互いの認識を頷き合う二人。佇む闇。真理は、まだ先。

 薄明かりが満たす部屋の中、『リューイ・ウィンダリア』はベッドに横たわっていた。疲れた様に細い腕を顔に被せ、浅い息をつく。
 夕刻、教団本部から告げられた事。
 納得なんて、出来ない。出来る筈もない。
 昏い視界の隅で、『本当は、何か言えない様なくだらない理由があるのよ』と呟く声が聞こえた。隙間から、視線を通す。隣りのベッドに腰掛けた『セシリア・ブルー』が、こちらを見ていた。微笑んではいたけれど、目は笑っていない。ああ、彼女も怒っているのだ。察して、また一つ息を吐く。
 連なる様に想起するのは、あの『悪夢』。背後に立つ、死の気配。冷たく。深く。残酷な記憶と声。蝕み囚われ、止まってしまった自分。解き放ってくれたのは、あの娘の声。あの家族の姿。それがなければ、きっと。もっと。
 時間にしては、ほんの二、三分。けれど。だけど。
「……僕が、惑わされなければ……皆、死なずに済んだのかな……」
 独白する、罪。そんな彼を、小さな姉が悲しげに見つめる。
「私も、同じ。もっと出来る事が、あったかもしれない……」
 責める訳ではなく、託宣の様に告げる静かな声。
「ロロ王は、『気にするな』と言ってくれたけれど……」
 頬に感じる、冷たい温もり。マドールチェ、特有の体温。
「覚えておきましょう……。亡くなった人達の事。悲しい、龍のお話も……」
「……うん……。忘れない……」
 きっと、それがせめてもの。
 頷いた顔を、小さな手が優しく撫でた。

「……あたし、あの二人にケーキバイキングの誘いも出来てないのよ……。一緒に行こうって、言えてない……」
 手の中のチケットをグシャリと握り締め、『ラニ・シェルロワ』は震える声で言う。
「なのに、処刑? 監視? ……ふざけてるわ! 馬鹿にされてるじゃん!!」
 届かない憤り。拳を叩きつけられたテーブルが、嘆く様に揺れる。傍らに立っていた『ラス・シェルレイ』。彼女の肩に手を置こうとし、止めた。どんな言葉も、慰めにもならないと分かっていたから。
(あの人を信じよう。きっと、どうにかなる)
 そう思いながらも、納得いかないのは自分もまた同じ。けど、何が出来る訳でもない。
(……オレ達は、何をしてるんだろうな……)
 窓の向こう。星が一筋、流れて消えた。

「犠牲が出た上に、見せしめのつもりか? 更に死を増やして、何の意味がある?」
 酷く、静かな声。けれど、確かに怒りの焔は燃えている。『ショーン・ハイド』。先の戦いで、決して犠牲は出さないと言っていた彼。結果、村は守られた。民間人に、犠牲は出なかった。
 けれど。
 だけど。
 それに、何の意味があろう。死した者達が、いる。国を。民を。家族を守る為に戦った兵士達。彼らを、生かす事が出来なかった。祈る家族の元へ、帰す事が出来なかった。守るべき者達の盾となる事が、兵士の務め。けれど、彼らとて一つの命である事に違いはなくて。
 加えて下された、仲間への冷酷な処分。
 守れない。救えない。誰も。何も。
 無力な自分への怒りを、ショーンは静かに拳の中に握り込む。
 苦悩する教え子の姿を見ながら、『レオノル・ペリエ』は思う。
(……教団、ショーンに命令で私の事、拉致させるぐらいだからな……)
 此度の件、やはりとしか思えない。そして、それはかの人に対しても同様。信用は、出来なかった。
 思い浮かぶのは、かの少女達の顔。無邪気に戯れつく声が、耳の奥で唄う。
 ああ、痛い。痛いな……。
 いっそ、彼の様に純粋に憤る事が出来たなら。
 長い時の中で成熟してしまった、己の心。それを、彼女は少しだけ呪った。

 冷たい夜風が吹き渡るベランダに、泣き声が響く。嗚咽の主は、『リチェルカーレ・リモージュ』。隣りに立つ『シリウス・セイアッド』の腕に縋り、彼女は泣き続けていた。
 浄化を拒否したと言う、古龍。
 失われた、沢山の命。
 抱きしめたのに、奪い取られた二人の友人。
 突きつけられた現実は、悍ましい程に残酷で。
 悲しくて。ただ、悲しくて。
「……どうして……。どうして……」
 嘆く彼女の横で、シリウスは空を見上げる。輝く、星々。間近に見えるそれは、届きそうで。だけど、届かなくて。
 思い知るのは、己の無力さ。
 何もない。何も、出来ない。浄化師としても。人としても。
 傷ついた、大切な人。その涙を、止める事さえも。
 小さな嗚咽。想い。拳を、握り込む。
 震える腕に、また涙が零れた。

「処分、らしいわねぇ」
「当然と言えば、当然ですが……」
 揺れるランプの灯りの中で愛銃を磨いていた『サク・ニムラサ』は、何処となく憮然とした弟の声に視線を上げた。
「思ってる?」
「何を?」
「貢献しているのに、極刑だなんて! って?」
「……言った所で意味はありませんが、思うには思います」
 不機嫌な様子の、『キョウ・ニムラサ』。自分と違い、まだ此方に近いその心。少しだけ羨ましく、故にからかいたくもなる。
「都合の良い考え方ね。惚れてるの?」
 ブッ!
 飲もうとしていた、お茶を吹いた。
「違います!」
 顔色こそ変わらないが、否定する声音は真面目。面白い。ついでに言うと、些か残念とも思った。あの手の変人が身内になるのも、また一興とか思っていたり。片方捕まえれば、漏れなくもう片方も付いてくるだろう。毎日が、修羅場。唸る鉄杭。閃くダガー。響き渡る呪詛と絶叫。マズイ。滅茶苦茶楽しそう。
「ちょっと、何ニヤニヤしてるんですか?」
 真面目に勧誘しようかと思った所で、ついにツッコミが入る。『変な事、企まないでくださいよ!?』と言うキョウに『はいはい』とか適当に答えた時、『ソレ』が視界に入った。
「あら。噂をすれば何とやら」
「え?」
 見下ろした窓の向こう。銀色のロングヘアと、朱いポニーテールが星灯りに揺れた。

 同時刻。アリシアは宿屋の廊下を歩いていた。泣いて。泣いて。泣き疲れた頃。部屋に入ってきたクリストフに、話を聞いた。
(それが、本当に、そうなら……私は……)
 どうなるかは、分からない。教団は、巨大な組織。如何に『あの人』の権限が強いとしても、思惑一つで事が動くかは怪しい。一歩間違えれば、彼女達どころか『あの人』の立場すら危うくなる。下部に過ぎない団員と、トップの一角。重要さなど、比べるべくもない。けど――。
 泣いている場合ではない。せめて、何か出来る事を。
 顔を洗おうとして、窓越しに『二人』を見た。思わず駆け寄る。澄む硝子の向こう。夜闇に消えていく姿。咄嗟に身を翻そうとした瞬間、肩を掴まれた。居たのは、真剣な顔をしたクリストフ。追いかけようの言葉。拒否する理由など、ある筈もなかった。

 気づいたのは、彼女達だけではない。皆の脳裏に届く、魔術通信。躊躇う者は、いない。



 人の気失せた、村の中。どれほど、走っただろう。彼女達の足は、速かった。否、ひょっとしたら、心の何処かが会う事を拒否していたのかもしれない。見失い、戸惑う。焦燥に駆られ、周囲を見回したその時。
「どうしたの?」
 不意にかけられた声。見下ろすと、一人の少女がいた。何で、こんな所に居るのだろう。村人は皆、避難している筈なのに。問いかけようとした時、少女が先に口を開いた。
「誰か、探してるの?」
 心を悟った様な、言葉。詰まる、答え。その様に、理解したのだろう。小さな手が、指差す。
「あそこ、だよ」
 戸惑う自分に向かって、少女は続ける。
「あそこに、『約束の丘』があるの。行けば、会いたい人に会える」
 歌う様に。囁く様に。少女は言う。
「急いで。星の光が、消えないうちに」
 ニコリと微笑む顔は、酷く。酷く。優しかった。



 走った。
 無人の村を。
 深い、林の中を。
 注ぎ落ちる、星の中を。
 最後の茂みを抜けると、広がったのは広い空間。夜の輝きの中、浮かび上がる小高い丘。その舞台の上に、彼女達はいた。
 愛しく。固く。寄り添って。

 気配を感じて見回すと、息を切らすのは自分達だけではなかった。
 ああ、想いは皆同じか。
 そう知って、クリストフは苦笑した。
「どうしたの? 出ておいでよ」
 声が、聞こえた。
 寄り添っていた影の片方。朱い、ポニーテール。『カレナ・メルア』が、こちらを見ていた。親愛だけが宿る、澄んだ瞳。
 抗う意味など、ありはしない。茂みを抜け、舞台の上へと歩み出る。
「良い雰囲気だったのに。馬に蹴られるんだから」
 膨れて見せる、『セルシア・スカーレル』。声に、怒りの色はない。嬉しそうな笑顔が、それを物語る。
「皆、来たんだ」
 微笑むカレナ。いつもの、笑顔。
 知って、いるのだろうか。
 知っている、筈はない。
 当人達に、知らせる道理はない。
「セルシア、ちゃん……。カレナ……ちゃん……」
 震える声が、二人の名を呼ぶ。
「貴女達こそ……どう、したの……?」
 リチェルカーレ。強張る顔で、呼びかける。
「風邪を、ひいてしまうわ。……眠れないの……?」
「うん。ちょっとだけ」
「リチェちゃんも?」
 問い返す、二人。あまりにも、無邪気な声音。必死に支える、心を揺らす。
「わたし……? わたしも、そう……。眠れ、なくて……」
「そうなんだ」
「怖い夢でも、見た? 例えば……」
 セルシアの瞳が、三日月の様に細くなる。

「わたし達が、処刑されちゃう夢とか?」

「――――っ!」
 息を吞んだ。その場にいる、全員が。
「あは、ビンゴみたい」
「皆、嘘が下手だなぁ」
 驚く事もなく、笑う二人。レオノルが、問う。
「気づいて、いたのかい……?」
「何となく。そうなるんじゃないかなって、思ってたから」
「なら、何故……」
 逃げない?
 シリウスが詰め寄ろうとした時、カレナが言った。
「だって、ボク達が逃げたら、皆が処罰されちゃう」
「!」
 今度こそ、言葉を失う。
 そう。監視は、皆に課せられた命令。二人が姿をくらませば、責は皆に降りかかる。
 人質なのだ。自分達は。
 誰かが、歯を噛み締める音がした。
「受け入れるんですか? 結構……と言うか、かなり理不尽な話だと思うんですが」
「理不尽なんて、生まれた時からの付き合いだから。もう、慣れっこ」
 キョウの言葉に、セルシアは淡々と返す。
「それに、そんなに無茶でもないよ」
 カレナも、続く。
「理由はどうあれ、古龍(あの子)を起こしちゃったのはボク。そして……」
 紫紺の瞳が、空を仰ぐ。
「沢山の人を死なせたのも、ボク」
「違います! 貴女だけの責任じゃ、ないです! それは……」
「『私も同じ』ってのは、無しね」
 吐き出そうとしたアリシアの叫びを、先取る様に制す。
「皆、やるべき事をやった。沢山の人を守って、ボクの罪まで削ってくれた。もう、十分。後は、ボクの分だけ。ボクだけが、持って逝く」
 聞いたサクが、セルシアを見る。
「なんて事、言ってるわよ。いいの?」
「だから、わたしも逝くし」
「躊躇ないわねぇ」
 感心とも呆れともつかない調子で、苦笑する。
「わたしも、今回の件じゃ結構やらかしてるし。無罪放免は、無理。遺されるのは嫌だし。だから、一緒に」
「……本気、か?」
「これは、わたしとカレナの約束。例え貴方達でも、割り込みは許さない」
 問うショーンに向けられる、昏い笑み。この時に至っても、彼女は彼女。
「ふむ。これは、駄目ね」
「何がですか?」
「この娘達よ。これは、割り込めないわ。残念だったわね、キョウヤ。惚れたのにね。って言うか、どっちに惚れてたの?」
「そのネタ、続いてたんですか!?」
「……何それ。聞いてないんだけど?」
 唐突に始まった会話。セルシアの目が、剣呑に光る。
「いえね。キョウヤ、貴女達のどっちかに惚れたらしいのよ」
「……へぇ……」
 ジャキッと言う音を立てて、両手に展開するダガーの束。
「ちょ、ちょっと! サクラ!? 今、その冗談はダメです!」
「性格からすると、好みはカレナの方かしらねぇ? どう? 私達の所は500人くらいは入れる隙間があるから。いつでも、大歓迎よ」
「何を歓迎するんですか?!」
「ふうん。そうなんだ……。で、何処刺されたい? 脳? 心臓? それとも、大動脈? お好みなら、脊椎弄って生き人形にしてあげるけど?」
「やめてください! 茶番! 茶番ですって!! って言うか、ベリアルより怖い殺気、ぶつけないでください!! サクラ、笑ってないで止めてください!!!」
 騒ぐ三人を置いといて、カレナは話す。
「まあ、多分理由はそれだけじゃないかな? あちゃ~って思ったんだよね。ボク達の顔が、知れちゃった時」
「……心当りが、あるのかい?」
「うん。ちょっとだけ。嫌な思い出が、あるんだ」
 クリストフの言葉に、頷くカレナ。少しだけ、悔いの気配。
「あ、そうだ」
 思いついた様に手を打つと、歩き出す。向かう先には、レオノルとショーン。
「レオノルさん。これ」
「?」
 渡されたのは、一冊のメモ帳と一本の鍵。
「何、かな?」
「『嫌な思い出』の、中身」
 目を通したレオノルとショーンの顔が、険しくなる。
「ドクター、これは……」
「うん……」
 視線を上げるレオノル。先には、薄く微笑むカレナの顔。
「どうして、これを私達に?」
「うん。お墓まで持ってくのも癪だし。お願いだけ、しておこうかなって」
 お墓。その言葉に、アリシアとリチェルカーレが震える。
「本当はね、二人でやるつもりだったんだけど。もう、無理かもしれないし」
「カレナ……」
 何かを言おうとしたショーン。カレナが、慌てて言う。
「ああ、無理はしないで。嫌だったら、無視していいし。誰にも見られない様に、捨てちゃって」
 その言葉に、レオノルが苦笑する。
「思ったより、悪い子だ」
「?」
 小首を傾げる、カレナ。
「こんなモノ見せられて、黙っていられる筈がないよ。計算済みだろ?」
「うん」
 悪びれもなく、頷く。
「ちなみに、貴女に渡すのは耐性がありそうだから」
「何だい? それ」
「だって、アリシアさんやリチェさんには刺激、強過ぎるもの。精神衛生上、良くないでしょ?」
「酷いなぁ。私は、いいのかい?」
「鋼鉄の麗人」
「ぷっ!」
 吹き出したレオノル。ひとしきり笑って、カレナの肩を叩く。
「セルシアちゃんも面白いけど、君も大概だなぁ。でも……」
 止まる笑い声。青い目が、カレナを見つめる。
「皆を、甘く見ちゃいけない」
「?」
 小首を傾げる少女に向かって、レオノルは言う。
「刺激が強い? そんな情けない理由で挫ける奴は、浄化師には一人だっていやしない。もちろん、リチェちゃんも、アリシアちゃんも。そして、ここにいない皆も」
 紡ぐ言の葉。まるで、教え子を諭す様に。
「カレナちゃん。例え、君達が遠くに行っても。私達は、忘れないよ。君達の願いも。想いも。だから……」
 上がる両手が、カレナの両頬を包む。見つめ合う形になる、二人の視線。
「君達も、見て欲しい。逸らさずに、私達の事を」
「そうだよ」
 一歩下がった所で見ていた、クリストフも言う。
「失われた命には、尽力への感謝を捧げよう。君が何と言おうと、それは俺達が皆で背負う罪だ。そして、俺達は君達を助けた事を後悔してないよ。もし、君達が困ってる様なら、
またお節介をしに行くよ」
 優しい言葉と共に、傍らのアリシアの背を撫でる。
「そう、です……」
 堪える様に俯いていた顔が、上がる。一生懸命に、けれど心から作る笑顔。
「私達は、貴女達が大好き、ですから……」
「………!」
 カレナが、戸惑う様に顔を背ける。
「どうしたんだい?」
「あの……ね。初めて、なんだ……」
 問いに答える声は、困った様で。恥ずかしがる様で。
「セルシア以外の人に、こんなに真っ直ぐに『大好き』なんて、言われるの……」
 微熱に浮かされる様に、紡ぐ。溢れるのは、純粋な歓喜。
「あり、がと……」
 子供の様に、はにかむ顔。アリシア達も、笑い返す。
「何? 今頃?」
 呆れた様子で歩み寄ってくる、セルシア。キョウの方は、締め終わったらしい。
「わたしは、とっくに気づいてたよ? ね? リチェちゃん」
 言って、佇んでいたリチェルカーレに向かってウィンクする。
 限界、だった。
「わ!?」
「ひゃん!」
 駆け寄ったリチェルカーレが、二人に抱きついていた。
「ごめんね……。ごめんなさい……。嫌な思いや、怖い思いを沢山させて……。ごめんなさい……」
 嗚咽に震える声。誤魔化し切れない悲しみと後悔を吐き出す様に、力いっぱい抱き締める。
「何の力にもなれなかった……。守って、あげられなかった……。ごめんね……。ごめん……」
 青く透麗な髪が揺れる。くすぐられたカレナが、甘える様に喉を鳴らす。
「二人が、好きよ……。例え、嫌われてしまっても……何処にいても、貴女達の幸せを祈るから……」
「あはは……ヤダな……。泣かないでよ。リチェさん……」
「駄目だよ……。わたし達の『好き』は、重いよ……? あんまり優しくされると、連れてっちゃうかもよ……?」
 笑う二人の声も、濡れていく。まるで、頬を伝う彼女の涙が染み渡っていく様に。
「ごめんね……。本当に、ごめんね……。せっかく……せっかく、助けてくれたのに……」
「……嫌いになんか、ならない……。友達……わたし達の、初めてで……最後で、本当の……お友達……」
 抱きしめ合う腕。重なり合う、涙。
「――――っ!!」
 見守っていたシリウスが、弾ける様に走り出す。向かう先は、背後の茂み。飛び込もうとして、駆けつけたショーンに羽交い締めにされた。
「落ち着け! シリウス!」
「……っ放せ!」
 見開いた眼差しは、茂みを凝視する。気づいていた。潜む気配。視線。教団の、監視役。
「今なら、逃がせるかもしれない! あいつらさえ……あいつらさえ、黙らせれば……!」
「暴力は弱みにしかならない! だから、止まれ!」
「上層部の言う事なんて……!!」
 聞く耳など、持ちはしない。渾身の力で、身を攀じる。
「割を食うのは、カレナとセルシアだぞ!?」
「!」
 叱り飛ばす様な声に、我に返る。
 そう。あえかだけど、残る希望。暴走すれば、それすらも潰してしまうかもしれない。押さえつける、想い。噛み締めた唇。鉄錆の味が、虚しく滲みた。

 大人しくなったシリウスを抱え、息をつくショーン。視線を感じて、振り返る。
「すまないな……」
「ううん。ショーンさん、グッジョブ」
 泣き腫らした目で、笑うセルシア。ショーンも、笑い返す。
「駄目だね。シリウスさん。もっと、自分大事にしないと。でないと、リチェちゃんがまた泣いちゃう。そしたら、呪うよ?」
「そうだよ。そんな事よりも、夜はまだ長いよ。ボク、話をしたい。皆の声や顔。しっかり、覚えたい。持っていきたいから。少しでも。だから、お話、しよう」
 提案されたのは、ささやかな。本当に、ささやかな願い。ショーンは、『そうだな……』と頷く。
「なら、とりあえず不眠の種でも解消しようか? 世間話でもいいし、お前達が言いたい事でもいい。抹香臭い話は、したくないだろう? こういう静かな夜は、話し合いにおあつらえ向きだろうさ」
「そうだね。賛成」
 頷くレオノル。『じゃあ、私から』と言って、咳払い。
「……こないだは、お疲れ様。この星空、見た? 綺麗だよねー。仕事とか、ごたごた抜きで見に来たかったなぁ。色々、あったよね。疲れたでしょ? お互い、頑張ったね」
 謳う様に綴る、何て事もない話。それに、二人の少女は目を綺羅々させて聞き入る。まるで、いっぱいの希望が詰まった宝箱を開ける様に。
「あ、そうだ。いつか、私の部屋にお茶を飲みにおいで。そういう、平凡な約束からだよね。友達っていうのは。取って置きのお茶請け、用意するよ。待ってるよ。いつでも。ずっと。待ってる、からね……」

 夜空に溶けていく、かけがえのない時間。絆を紡ぐ、言語り。せめてもの、計らいか。いつしか、監視の気配は消えていた。束の間の安息の中、冷たく鳴る撃鉄の音。気づいた者は、いただろうか……。



 星が降る。星が流れる。広い夜空。透明な大気。見上げた先で、幾筋も。幾筋も。
 かの王は言った。
 『正しき戦士の魂が、星となりて空を昇る』と。
 ならば、アレは違うのだろう。
 誰かが言った。
 昇る星が死者ならば、落ちる星は新たな命。
 けれど、今は。今宵だけは。
 見送る事は、叶うだろうか。
 守れなかった、魂達。届かなかった、明日。
 だから、せめて。せめて――。
 星が巡る。命の繰輪をくるくる回し。きらきら。きらきら。星が、巡る。



 追いかける、足が止まった。
「ラニ、どうした?」
 振り返った先。佇む相方に向かって、ラスが問う。
「……ごめん、ラス……」
 返ってきたのは、らしくない。泣きそうな、声。
「やっぱり、会えない……。無理……。どんな顔して、会えって言うのよ……」
 細い肩が、震えている。まるで、あの時の様に。
「……あぁ……」
 察して、手を伸ばす。握る華奢な手は、酷く冷えていた。
「……少し歩こう。星でも見上げて、な……」
 二人は歩き出す。大切な人達を失った、かの記憶。その気配から、目逸らす様に。

 当てもなく、歩いた。近づく、村の外れ。『彼女』が、いる。延々と。深々と。燃える、黒い熾火。黒炎と呼ばれる、浄化の焔。喪服の様に身に纏い、『彼女』は眠っていた。
 『慟哭龍 アジ・ダハーカ』。
 彼女の、名。人に子を殺され。人を殺し。もっともっと、殺そうとして。縫い止められた、悲しき古龍。
 黒炎は、憎悪に染まった彼女を解き放つ、最後の術。けれど、彼女はそれを拒んだ。悍ましい敵の施す救いよりも、永久に続く裁きの痛みを選んで。
 自然と、足が向いた。何が、出来る訳ではない。分かっていたから。自分達には、贖罪の資格さえないのだと。
 それでも。例え、そうでも。
 近づく、黒の弔火。せめて。せめて――。
 村の外へ、出る。そこに、『それ』がいた。

 青く燃える隻眼が、世界を映す。地に降りた星の様に輝く毛皮は、銀。白い呼気の向こうに見えるのは、鋭く光る歯牙の群れ。
 狼。
 体長五メートルはあろう、銀雪に輝く巨狼。
 咄嗟に身構える、皆。燃える古龍を見上げていた『彼』は、静かな声で言った。
「怯える事はない。人の子らよ。我に汝らを害す意思など、ありはしない」
 息を、呑む。
「しゃべっ……た?」
「コイツ、知恵があるの……?」
 呆然と呟いたリューイとラニを見下ろすと、巨狼は苦笑する様に口角を曲げる。
「この姿では、不信は解けぬか? なれば……」
 途端、巻き起こる突風。奪われる、視界。けれど、一瞬。風は止む。目を開ければ、すでに巨狼は居らず。代わりに在ったのは。

 ――銀無垢の甲冑に身を包み、長柄の直槍を携えた騎士が一人――。

「此れなれば、如何か?」
 厳かに語る姿。忘れる筈もない。あの瞬間。村と人々を焼き尽くそうとした使徒の群れを、一撃で滅ぼした者。
「オー、ディン……」
 呆然と呟いたヨナの言葉に、騎士は静かに頷いた。

「あ、あのっ! ありがとうございました!!」
 沈黙を破ったのは、ラニ。上ずった声で言うと、これでもかと言うくらいの角度で頭を下げる。
「あの時、ガラ……こほん。ヨハネの使徒を薙ぎ払ったの、貴方でしょ? ありがとう。この村が消えなくて、本当に良かった……」
 続く様に、ラスも頭を下げる。村の『もしも』。重ねるのは、自分達の過去。痛い忌憶。救われた、想いは深く。
「でも……」
 頭を上げた、ラニが問う。
「どうして、助けてくれたの? だって、八百万の神様って隠れてたんでしょ? その、出てきて良かったの?」
「そうです」
 重ねるのは、ニコラ。
「先の戦いでは、力を貸して頂き感謝します。しかし、神は人をとうに見捨てたのだと思っておりましたが。何故、今回は助太刀してくれたのでしょう?」
「『対価』だ」
「対価?」
 返ってきた言葉に、首を傾げる。続ける、軍神。
「我は、年経た『氷狼(フェンリル)』の化身。この古龍と共に、創造神の創りたもうた生物の起源種にして第一世代。故、この者とは旧知の仲」
「なんと……」
「汝らは友の過ちを止め、罪加の道を閉ざしてくれた。其の、対価だ」
 言って、燃える古龍を見上げる。兜の奥で光る隻眼が、優しく揺れた。
「でも、それなら……」
 言葉を継いだのは、ヴィオラ。詰め寄る様に、問いかける。
「何故そのお力で、過去に古龍を……その子を、助けてあげなかったのですか?」
 少なからずの不信と非難の籠った声。軍神は、揺らぐ事なく受け止める。
「恐れたのだ」
「え……?」
「確かに惨劇の時、我はいた。人を滅ぼし、友とその息子を救わんとした。だが、気づいてしまった」
「何に?」
「集まった人々の中に、堕ちかける我が子を救わんとする母がいた」
「!」
「龍であろうと、人であろうと、子を愛する想いに尊卑など在りはしない」
 言葉を失う皆から、目を逸らす。見えるのは、紛れも無き苦悩の色。
「故に、我は恐れた。どちらかを選び、見捨てる罪を犯す事を」
 見上げる目が、悲しく瞬く。
「軍神たる貴方が、恐れたと……?」
「見誤ってくれるな」
 問いに返す声。自嘲。
「八百万は所詮、歳経た万物の化生に過ぎぬ。地に縛られ、天を仰ぐ身。恐れも抱けば、過ちも犯す。何も変わらぬ。汝らとな。とは言え……」
 御声が、揺れる。微かに。ほんの、微かに。
「その愚かな迷いの結果が、『此れ』だ。全く、情けなき事」
 軍神は哂う。虚しく。罪過は、己にこそあると言う様に。
「……恐怖こそ、人の蛮行を助長しているのではないかと感じます……」
 歩み寄りながら、ヨナが言う。
「人々が恐怖に打ち勝つためには、もっと脅威に対する知識が必要です。それは、アシッドへの対抗策であり、ベリアルを元に戻す方法……」
 彼女もまた、燃える古龍を見上げる。思い願うのは、届かなかった命。それを、掴み取る術。
「教えてください……」
 故に問う。己より、高みにあろう存在に。
「アシッドとは、一体何なのですか……?」
「アシッドは創造神が創り出した、『神方術』……」
 間を置かず、返る答え。まるで、用意していたかの様に。
「世界を可能な限り破壊せずに命を刈り取り、その魂を捕獲するための『器』を創造する権能の顕現だ」
「世界を壊さずに、命を……?」
 静かな、けれど悍ましい言葉。皆の背を、冷たいモノが走る。
「創造神の理想は、争いなく、あらゆる命が善良たるまま生きて死にゆく世界。人(お前達)を始め、現たる全ての命はその筋を外れた。故に、かの者は『やり直し』を望んでいる」
「……私達は、『失敗作』……だと……?」
「かの者の認識は、そうだ」
 知らずの内に、震えが走る。まるで、信じようとしていた親に別離を言い渡された子供の様に。
「故、至高意思の具現たるベリアルを元の生物へ還元する術は、『今は』ない。そして、防ぐ術もまた然り。其を担う『天使』の力が十分足れば、八百万(我ら)の権能を加して成す術もある。されど、要たる『天使』が今は不全。かの者達が、人(汝ら)に不信を抱くが故に。まして、中心たる地の守護は、かの『アレイスター』に囚われている。成せる事は、ない」
 つまりは、八方塞がり。唇を噛むヨナの後を継ぐ様に、ベルトルドが前に出る。
「……貴方は、どうなんだ?」
 青い隻眼が、彼を見る。
「貴方は、八百万の神々はどう思っている? そう、思うのか? 俺達は、滅びるべきだと。今のこの世界は、失敗作だと」
「………」
 降りる、沈黙。
 誰もが、待つ。軍神の、答えを。まるで、天の判決に怯える咎人の様に。
「……先にも言った」
 声が響く。静かに。淡々と。
「八百万は、万物の化身。その思考もまた、万別。至高の意を是とする者もあれば、否と答える者もあろう」
 どちらとも言える、玉虫色の答え。けれど、恐らくはそれが真理。だから、ベルトルドは再度尋ねる。せめてもの、証を求めて。
「なら、貴方自身は……?」
「……我は、『軍神』」
 持つ槍が、星明かりを反して煌く。煌々と、主の意を示す様に。
「司りしは『戦』。戦い無き世に、我の居場所など在ろう筈もない」
「……自分の存在の為に、平和は望まないって言うんですか……?」
 リューイが言った。戦慄きながら。嫌悪を、隠す事すらせずに。
「神の調停を良しとせず、なれど今世の業たる争いは否定するか?」
 あくまで淡々とした口調。違う位相からの響きが、若い彼を憤らせる。
「僕達は、チェスの駒じゃない!!」
「リューイ!」
 激高するリューイを、セシリアが制する。けれど、純粋な想いは止まらない。
「だって……だって、それじゃあ、僕達は何のために……今度の戦いで死んだ人達は、何のために……」
 言葉には出せない。
 矛盾は理解している。それでも受け入れる事は出来なかった。争い無き世界では否定され。在れる世界では、争いは消えない。
 それは、人と人が追い求めてきた夢。双方の否定。あまりにも、残酷な真実だった。
「なれば……」
 俯き、肩を震わせるリューイを見下ろし、軍神は告げる。
「その解、本人に訊くがいい」
「……え……?」
 思わず上げた視線。その先で、淡い光が舞った。



「サクラさん……何を……」
 震える、アリシアの声。その視線の先で、サクが銃を構えていた。銃口が向けられる先には、セルシアとカレナの姿。
「……どう言う、つもりだい?」
「見て、分からない?」
 底冷えのする様な、クリストフの眼差し。受け止めながら、平然と答える。
「殺すの。この娘達。『私』が」
 確たる意思が籠った声。皆が、息を呑む。
「サクラ……!」
「黙ってなさい」
 駆け寄ろうとした弟を一瞥すると、視線を眼前の二人に戻す。
「貴女達。このままなら、殺されるわ。貴女達の言う所の、『嫌な思い出』って奴に」
「………」
「嫌じゃない? 私なら、真っ平だわ。そんな奴の手の内で、殺されるなんて」
「………」
「だから、私が殺す。貴女達が、また汚される前に」
 セルシアも、カレナも。何も言わない。怯えるでもなく。怒る訳でもなく。ただじっと、サクを見つめる。そんな彼女達に、問う。『どう?』と。
 途端、二人が破顔した。嬉しそうに。この上なく、嬉しそうに。
「ああ。それ、名案かも」
「セルシアちゃん!?」
「そうだね。ボクも、その方が良いや」
 驚く皆を他所に、二人は言う。
「やっぱり、ムシャクシャはしてたから」
「サクさんになら、いい」
 向けられる、無垢。少しだけ、笑う。
「……ホント、アッサリしてるわねぇ」
「だって、思わなかった。友達に、看取ってもらえるなんて」
「友達……。そうね。友達だわ」
 震えも、振れもしない。それは、苦痛を与えるだけ。定めるのは、心臓。顔は、駄目。女の子。傷つけられるのは、悲しいから。
 『ありがとう』と微笑みながら、セルシアが言う。
「サクさんも、傷にはしないで。大丈夫だと、思うけど」
「ええ、心配いらないわ。だから、ちゃんと化けて出なさい」
「うん。必ず」
 もう一度、交わす笑顔。引き金を、引く。
 誰かが、『やめて』と叫ぶ。飛び出す者。武器を構える者。でも、全ては遅くて。
 冷たい銃声が、星を震わせた。



 目の前に立つ彼を、リューイは呆然と見上げた。
 見た事のない男性。その格好から、ノルウェンディ国軍の兵士だと分かる。
 けど。
 だけど。
 その姿は、淡く輝いていて。向こうが、透けていて。
「これは……」
「死者の……魂……?」
 ニコラとヴィオラが、呟いた。
『ああ。やっと、会えた……』
 透明に澄む瞳に少年を映し、彼は優しく微笑んだ。



 発射の瞬間、グイと下げられた銃口。吹いた火は、少女達ではなく地面を穿つ。誰かが、成した訳ではない。その場の誰もが、間に合わなかった。目を丸くするサクをニコリと見つめて、半透明の彼女はニコリと笑む。
『そうだな……。やめてほしい……』
 風に震える声は、星の音。
『貴女達の誰も、ここで果てるべきではない』
 男の様な兵装に身を包んだ彼女は、そう言って下ろしていた銃身から手を離す。
『間に合って良かった……。ありがとうございます。オーディン殿……』
 祈る先は、見晴らす村の向こう。黒い、熾火。
 誰も、彼女を知らない。たった、一人を除いては。
「貴女は……」
 驚きを含んだ声に、アリシアが振り返る。在ったのは、目を見開くクリストフの姿。



「貴方は……誰、ですか……?」
 戸惑うリューイの前で膝を突き、視線を合わせる男性。懐から、何かを取り出す。手に握られたのは、一つのロケット。それを開けると、リューイに向ける。
「………!」
 見たリューイの顔が、驚きに満ちる。ロケットの中にあったのは、写真。赤ん坊を抱いて微笑む女性と、満面の笑顔の少女。
 忘れる筈も、ない。
 それは、あの最後の瞬間。最操の魔姫の声に囚われた彼を解き放った、家族の姿。
「貴方……は……」
 戦慄くリューイに、彼は頷く。
『君が、守ってくれたんだ。私の妻と、子供達を……』
 言って、男性はリューイをそっと抱き締めた。



「まさか……」
『約束、守ってくれたな……。ありがとう……』
 そう言って、頭を下げる女性。クリストフは、知っている。彼女は……。
 ――浄化師(貴方)達にしか出来ない! 娘がいるんだ!――。
 あの時、駆けつけた隊の中から、彼に想いを託した兵士。そして、争乱の中で命を落とした者。
『旅立つ前に、お礼を言いたかった。君に。貴方達に。そして……』
 背後の茂みが、揺れる。
 飛び出した、小さな影。皆の間を走り抜け、立ち止まるのは、彼女の前。見たアリシアが、呟く。
「あの娘は……」
 それは、少し前。村の中で迷った彼女にこの場所を示した少女。
 彼女は微笑み、少女を見下ろす。
『この娘に……』
「お母さん!」
 母を呼ぶ声が、静かに鳴った。



『君の嘆きは、確かだ。世界から争いは消えなくて、そして争いは悲しいもの。けれど……』
 抱く、逞しい腕。その中で、彼は囁く。息子を導く、父の様に。
『それでも、あの日の戦いが。散った命が、無意だったとは思わないでくれ……』
「でも……でも、僕は、貴方を……貴方達を……」
 戦慄くリューイ。一層強く、抱き締める。
『証なら、在るだろう? 私の、皆の家族と言う、証が……』
「!」
『君達と、私達。どちらが欠けても、守る事は出来なかった。それが、答えだよ』
 いつしか、気配が満ちていた。リューイを、そして、皆を。沢山の。沢山の、光る人影が囲んでいた。
『貴方達が、守ってくれた』
『俺達の家族を。子供達を』
『僕達の命の意味は、子供達が紡いでくれる。築いてくれる』
『意味はあるから。必ず、あるから』
『ありがとう』
『ありがとう』
『私達の、明日を。守ってくれて……』
 気づけば、ヨナが顔を手で覆っていた。震える肩に、そっと手を置く。
 ――人は救い、救われて――。
(ああ、そうだったな……)
 ベルトルド……。
 声が聞こえる。
 あなたは、あたしを救ってくれたよ……。
 あの微睡みの中で、聞いた声。
 あたしは、あなたを救えてた……?
(ああ、勿論だ……)
 光の中に、懐かしい姿が見える。
 ベルトルドはそれに、そっと微笑んだ。



「会えると思ってた……。ここなら、絶対会えるって……」
 見下ろす彼女を見上げ、少女は言う。
「あのね、お母さん。あたし、お医者さんになる」
 伝える言葉。想い。
「あたし、お母さんみたいに強くはないけど……。代わりにお医者さんになって、村を、皆を守る! 守るから!」
 それは、何処までも強く。気高く。
「だから、だからね」
 伸ばす手。頷き、迎える手。
「安心、してね……」
 抱き合う、母子。永久の温もりを、繋げる為に。
「……シリウス……」
 ショーンが、見つめる彼の肩を叩く。
「無力じゃ、なかったぞ……。俺達は……」
「……ああ……」
 頷く。
 そこには、未来があった。彼らが守ったものが。確かにあった。



「『戦』とは、刃を交えるのみにあらず!」
 黒い天馬に乗った、オーディンが言う。
「其は、不理不条に抗い、未来を勝ち取ろうとする意志! 生なる意味を、見出す力!」
 輝く青眼。皆を映す。
「人よ! 知恵と心持つ者共よ! 理に叶わぬ力が未来を閉ざそうとするならば、明日を閉ざそうとするならば! 剣を抜け! 牙を向け! 食らいつけ! 例え其が、至高の意思であったとしても!」
 ヨナが。ニコラが。顔を上げる。伝えられし、意思を。意味を受け取って。
「忘れるな! 至高を凌駕する奇跡! 叛逆する意思! 其が、人(汝ら)に与えられた唯一無二の権能たる事を! そして、果てに汝らが御旗掲げしその時は!」
 破邪の神槍、グングニルが天を突く。その誓いを、意思を、高々と示す様に。

「我らは隣友となりて、握りし穂先を揃えよう!」

 途端、空が揺れる。瞬く星々が叫ぶ。雄々しき神将の決意へ、同意の雄叫びを捧げる様に。
「ワイルド……ハント……」
 呟くセシリアを、天に昇る軍神が見下ろす。
「繰り人の娘よ」
「?」
「汝が抱きし、我が友への想い。従いて、道化が術を導いた。其の対価、今ここに示そう」
「どう言う、事ですか……?」
「神隠しは、八百万(我ら)が十八番よ」
 兜の奥の碧眼が、不敵に笑んだ。



「ボク、達が……?」
「そんな事を……?」
 呆然と呟く、セルシアとカレナ。二人に向かって、彼女は微笑む。
『ああ。その為に、貴女達はまだ送らせない』
「本当、ですか……?」
 問いかけるリチェルカーレに、頷く彼女。
『顕界切っての賢人と、軍神との共同作戦だ。小悪党の及ぶ所じゃ、ないさ』
「……!!」
 喜びを溢れさせた顔で、リチェルカーレとアリシアが二人に飛びつく。見守る女性に近づくのは、クリストフ。
「ありがとう……。対価が、こんな大きなものになるなんて……」
『馬鹿を言え。これには、先払いの分も入ってるんだ』
「先払い?」
 頷いて、彼女は娘の頭を撫でる。
『守ってほしい。この子の……子供達が生きる、未来を』
「!」
 頷く、クリストフ。笑う彼女が、光の中に溶け始める。
『頼むぞ。その時には、私も……』
「ああ……」
 結ぶ誓い。光となった彼女が、舞い上がる。

『信じてるよ。あなた達の、奇跡を!』

 頷く、皆。
 願いを残し、彼女は星となる。
 天を昇る彼女を追う様に、流れ走るは幾つもの星。
「……星送り……」
 呟く声は、誰のものか。

 その夜、天に昇った流星は百と五個。
 満天の清空を、星は走る。確かな希望と、絆を抱いて。
 小高い丘の上で、それを一人の少女が見つめていた。
 いつまでも。
 いつまでも。
 見つめていた。



星送り
(執筆:土斑猫 GM)



*** 活躍者 ***


該当者なし




作戦掲示板

[1] エノク・アゼル 2019/12/31-00:00

ここは、本指令の作戦会議などを行う場だ。
まずは、参加する仲間へ挨拶し、コミュニケーションを取るのが良いだろう。  
 

[9] ヨナ・ミューエ 2020/01/20-23:55

色々考えていたらすっかり遅くなってしまいました。
ヨナ・ミューエおよびベルトルド・レーヴェ。

迷った末にオーディンの向かいます。
お二人にかけたい言葉も色々ありますが、私たちは黙って見送ろうと思います。  
 

[8] サク・ニムラサ 2020/01/20-23:29

危ない危ない。寝てしまっていたわぁ。
サクラとキョウよ。よろしく。

私達は二人の方へ行かせてもらうわ。

 
 

[7] ショーン・ハイド 2020/01/14-22:36

室長が何らかの方策を考えている様子とはいえ……とんでもないことになったな……。

悪魔祓いのショーンと狂信者のドクター・ペリエだ。
…俺達はカレナたちと話をしたいと思う。
突然のことなんで俺もまだ何を言うべきかまとまってないが…まだ時間はある。
少し考えてみようと思う。  
 

[6] リューイ・ウィンダリア 2020/01/14-21:55

魔性憑きのリューイと、占星術師のセシリアです。
どうぞよろしくお願いします。

…ちょっと、色々なことが一気に起きすぎて。
考えがまとまらないです。
亡くなった人もいて、一緒に頑張ったカレナさんたちにこんなー。
うまく、ふたりにかける言葉が見つからないので。僕たちもオーディンに会いに行こうと思います。  
 

[5] ニコラ・トロワ 2020/01/14-20:48

ニコラ・トロワとヴィオラ・ペールだ。
よろしく頼む。

我らはあの二人とはそこまで関わっていないが、今回の決定には何やらきな臭さを感じて嫌な気分だ。
かと言って、前回のアジ・ダハーカとの戦い以外では関わってないだけに、言う言葉も思い浮かばない。
二人の所に行く者はいるようだし、そちらは任せたい。私達は軍神に会いに行こうと思う。  
 

[4] ラニ・シェルロワ 2020/01/14-11:07

はいはい、ラニ・シェルロワとラス・シェルレイよ。今回もよろしくね

思うところは色々あるけど…あたし達は折角だからオーディンと話してみたいかなって
助けてもらったお礼も言いたいし、ね  
 

[3] シリウス・セイアッド 2020/01/13-23:38

…リチェルカーレとシリウス。
今回も、よろしく頼む。

ここに到って極刑命令…この場で言っても仕方ないか。
リチェはまだ喋れる状況にないが…カレナたちと話したいと言っている。
…何を言えばいいのか、まだわからないが…。  
 

[2] クリストフ・フォンシラー 2020/01/13-18:33

断罪者のクリストフと陰陽師のアリシアだよ。よろしくどうぞ。

なんと言うか……
まあ室長の言葉を信じるなら大丈夫なんだろうとは思うけど、
それをカレナちゃんとセルシアちゃんに言ってはいけなそうなのがなあ……
アリシアは未だに何かあれば泣き出しそうだし。

俺達が監視役らしいけど、もしかして俺達にも監視が付いてたりしてね。

とりあえず俺達はあの二人を追って行って話をするつもりでいるよ。
軍神オーディンも気にはなるんだけどね。