~ プロローグ ~ |
夕刻、薔薇十字協会の鐘が鳴った。時告げの鐘ではない。悲しく、寂しげに響くそれは、鎮魂の音。人々は思う。ああ。かの者達が、贖罪の天道へ召されたのだと。 |
~ 解説 ~ |
【目的】 |
~ ゲームマスターより ~ |
~追加情報~ |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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屋敷内には班長級が居るとの情報もあります、どうかお気をつけて 始めのキメラ達には皆さんの攻撃に合わせスイッチで動き手早く一太刀を浴びせ沈黙させましょう 私は左へ!ステラは右をお願いします! 私達はルート3へ 魔術真名を解放し全力を以て番人を倒しましょう ただし彼らも貴重な証人、殺さないように ステラは素早く敵を翻弄するよう動き回り、合わせて私がエッジスラストで隙を突き攻撃 動きを止めたところをステラの暴撃でなぎ倒します 戦闘不能にしたら番人を逃げられぬよう縄で縛り、牢屋に残って子供達の護衛と屋敷の制圧後の避難誘導を担当しましょう ここで子供達を散り散りにしては危険です、大人として子供達をまとめ安心させましょう |
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ここの詳細はよく知らないし、カレナ達ともそこまで深く付き合ったわけではないけれど… 運が悪ければ私もここに捕まってたかもしれない 完膚なきまでに叩きのめしてやるわ 共通 魔術真名詠唱 前衛を戦踏乱舞で支援しつつ自分も攻撃 手負いの奴優先して一体ずつ確実に ルート3 スポットライトを使用、敵の目を引き付けて少女達からなるべく離れるように誘導 哀れな番人さん、あくどいご主人様にいいように使われて、胸糞の悪いお仕事をして ここで私達に倒されるなんて、いっとう惨めだと思わない? ルート4 スポットライトで亡霊を引き付け逃げ回り、味方が攻撃しやすいよう隙を作る 哀れな亡霊さん、もう少し鬼ごっこに付き合ってね すぐに解放してあげる |
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事前に入手した貴族の情報には耳を疑った その身分に相応しい責務が伴うからこその貴族でしょうに それを…こんな まずは中庭で仲間と協力しキメラ退治 少しでも異変に気付かれるのを遅らせる為極力隠密行動を取る FN15で這い寄るような攻撃をし 反撃にはJM17 倒すなら苦しませず一息に ヨ キメラ生成とて禁忌とされている術の筈… ベ しかも警護が主目的ではない 捕まえた子供を逃がさない為のものだろう(眉顰め その後分かれてルート3 狭い空間の中で小回りの利く喰人の拳を最大限に利用 攻撃を受け流しながら相手の懐を狙う その隙にヨナは牢の子供達の方へ向かい安全の確保 皆さんをここから解放します もう少しだけ 辛抱していてください |
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あの2人を苦しめて、今もまだ少女達を、苦しめてる…… そんなの、酷すぎます 早く助けて、あげないと…… 魔術真名詠唱後、庭園へ侵入 リチェちゃんと協力して禹歩七星を皆さんに キメラの的にならないように動きながら、前衛の回復を中心に 余裕があれば禁符の陣で足止めを その後、私はクリスと別行動で地下へ 私は大丈夫、です お友達と一緒、ですもの クリスこそ、あまり無茶しないでくださいね 安心させるように笑って見せて 牢屋では戦闘後、助け出した少女達の状態を見て回復を掛けて もう大丈夫、ですよ 頑張りましたね…… そっと頭を撫でて 回復が終われば他の皆を追って地下二階へ 戦闘 式神召喚で防御を固め、天恩天賜での回復中心 禁符の陣での支援も |
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これはあくまで任務だ 腹の立つ奴の鼻を明かせるなんて思わず動く 思うのは…全部、終わってからだ キメラに時間をかけている暇はない キメラはマッピングファイアでまとめて攻撃 キメラを倒し次第ルート1へと向かう ピンポイントショットで出来るだけ削るぞ ドクターにアンチーノミーショットが向かうなら盾になる デニファスを倒し次第袋に顔だけ出させて縄で両手と袋の口を縛って拘束しよう その間に鍵開けや証拠探しをするぞ …デニファス。俺が今単なる浄化師でよかったな? 昔はエージェントでな 失墜隠しのためにこの場で薬でも打って自然死に見せかけろ、と言われた案件だ ほざく言葉は裁きの場にでも取っておけ それで同情が買えるなら、の話だがな |
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カレナちゃん達をぎゅっと抱きしめ 無茶しちゃだめ わたし達で ちゃんと捕まえるから ぶん殴ってという言葉に瞬きひとつ わかった 頑張るわ 突入前に魔術真名詠唱 シアちゃんと協力 皆に禹歩七星 戦闘では中衛位置 天恩天嗣3での回復と鬼門封印での支援 余裕があれば 九字や退魔律令での攻撃 後衛や傷ついた人への攻撃は盾に 地上階対応 ルート1制圧後ルート2へ 禹歩七星は それぞれの戦いの前に 仲間の体力に注意 誰も倒れることのないよう エルヴィス卿ですね 教団本部で伺いたいことがあります 御同行ください カレナちゃんたちを侮辱する言葉があれば 平手を一発 ーわたしの友だちを 侮辱しないで まっすぐに相手を見て 震える声で 肩に置かれたシリウスの手を握りしめる |
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ルート3、4 地下へ 常時裁き発動 道中のキメラ撃破後はそのまま地下へ直行 魔術真名詠唱 攻撃時は仲間やラスと攻撃を繋げるように 万が一にでも人質に取られないようになるべく番人から離れない 乱れ斬りで油断を誘い、その間にラスに死角から攻撃してもらう あんたらみたいな変態にはこうよ!! 敵の攻撃後を狙う失敗作をぶつける 行動不能後は武器回収、及び縄で拘束 拘束後、そのままルート4へ ……OK、陰湿野郎はぶちのめす 亡霊へ乱れ斬り、MP消費は惜しまない 狙いはあんた達じゃないの、そこの陰湿野郎よ! 仲間の攻撃が届くように、只管道を切り開くように 少女たちの遺体は毛布で包んで運び 遅くなってごめんね さっこんな所からおさらばよ |
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全く、貴族って奴は腐ってるな そんな奴らばかりではないとは分かってはいるが 今回の件は反吐が出そうだ ヴィオラを見れば私以上に怒っている 頼むから笑顔で怒るのは怖いからやめてくれ 魔術真名を詠唱して庭園へ キメラか たった3体でなんとかできると思うなよ 仲間と連携しながらパイルドライブで叩き潰す 一階書斎ではデニファスを隅に追い詰めるように迫り攻撃 終わったらデニファアスを捕縛 証拠調査はショーンとレオノルに任せて二階へ 拳闘家とは相性が悪そうだが 囲んでしまえば何とかなるだろう スキルを使い追い詰める さて、ゴドメス 引きずり出される前に素直に出てきた方がいいぞ 一応警告してみるが無駄だろうな ヴィオラのビンタを食らうといい |
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~ リザルトノベル ~ |
月が眠る新月の夜。今だ煌々と灯りの灯る館を遠目に、『二コラ・トロワ』は静かに息をついた。 「全く、貴族って奴は腐ってるな。そんな奴らばかりではないとは、分かってはいるが……」 声音に漂うのは、嫌悪と侮蔑。隠す気はない。必要もない。 「今回の件は、反吐が出そうだ」 「きな臭いとは思いましたけれど、まさかこれほどとは思いませんでしたね」 続く『ヴィオラ・ペール』の声も、また同じ。朗らかに微笑む顔とは、裏腹に。 「人の命を、何だと思ってるのでしょうか」 「……頼むから、笑顔で怒るのはやめてくれ……」 冷や汗を流すニコラを見て、ヴィオラはやっぱりニコリと笑った。 「……その身分に相応しい責務が伴うからこその、貴族でしょうに……」 「どんな箱の底にも、腐った林檎は転がっている」 唇を噛む『ヨナ・ミューエ』を宥める様に、『ベルトルド・レーヴェ』は呟く。 「大事なのは、その腐気から他の林檎を遠ざける事だ。そうすれば、新たに芽を吹く事も出来るだろう。そう……」 彼の目が、促す様に『彼女達』を見る。 「あいつらみたいにな」 自分を胡散臭げに見上げる深緑の視線。『タオ・リンファ』は困った様に問う。 「あの……何か?」 「ん? 品定めだけど?」 タオの顔をしげしげと眺めながら、『セルシア・スカーレル』はそんな事を言う。 「悪いけど、初見の相手は信頼出来ない。それに、貴女固そうだし。タイプじゃ、ない」 「そんな事言われましても……」 人生経験上、酷く疑り深いセルシア。心の裏まで見通そうとする眼差しに、タオは困惑する。 「どんなに綺麗事を並べても、根っこはわたし達の私怨。そんなのに協力してくれる事は、感謝する。けれど、それとこれとは別。わたし達、そんなに安くない。ね、カレナ……」 同意を求めようと、振り向いた先から飛んできたのは……。 「わぁ! これって、ウルトラレアのシークレットバージョンじゃん!!」 滅茶苦茶はしゃいでる相方、『カレナ・メルア』の声。 「ふふーん。どーだ、スゴイだろー」 目をキラキラさせる彼女の前で、得意げに胸を張ってるのは『ステラ・ノーチェイン』。両者の手の中には、数枚のカード。巷で人気のカードゲームのブツである。 「凄い凄い! これ、10万パックに一枚しか入ってないって噂だよ? 何処!? 何処のお店で買ったの!?」 「それは極秘事項だなー。マーとのひみつなんだぞ」 「えー! そんな事言わずにさー。ほら、こっちのスーパーレア対価に出すから! ね、お願い!」 「ぬぁ!? そ、それ、持ってないぞ!?」 「でしょでしょ!? ボク、ダブってるから! 一枚あげる! だから、ね?」 「む、むむ~!!!」 真剣に悩むステラに、必死で頼み込むカレナ。 「意気投合してる様ですが……」 「………」 喜色満面のカレナが、駆け寄ってくる。 「ボクのセルシアボクのセルシア、聞いて! 凄いお店の情報貰っちゃった! それとね、このノーマルレアも貰っちゃった! 封入率低いんだよ? コレ!」 「対価はびょーどーでなければいけないからな!」 フンスと威張るステラの手には、燦然と輝くカードが一枚。 と、はしゃぐカレナの頭を幽鬼の如く伸びてきた手が掴む。 「ん? なぁに?」 答えずに抱き込むと、手にしたダガーの柄尻で米神グリグリ。 「い、イタイイタイ! 何するのー!?」 「やかましい! 人がクールに決めようとしてるのに! このワンコロ気質が!! って言うか、何他の女にデレデレしてんの!? 刺されたい!? 刺されたいの!!?」 どうやら、11歳に嫉妬しているらしい齢16歳。 「違う! 違うよ! そんなんじゃないってば! ボクのセルシア!」 「そうだぞ! 誤解だぞ! ソイツとオレはマブダチなだけだぞ!」 「マブ……!! こ、この泥棒ネコ! いけしゃあしゃあと!!」 騒ぐ三人を見たタオが、慌てた顔をする。 「ま、待ってください! ステラはそんなつもりじゃ……」 「あ、平気平気。あれで通常運転だから」 「マジになると、あんなもんじゃないぞ。セルシア(あいつ)」 秘められたヤンデレの狂気を知る『ラニ・シェルロワ』と『ラス・シェルレイ』。動じない二人の様子に、タオは『はあ……』と納得するしかなかった。 「まあ、良かったよ」 「何が、ですか?」 『クリストフ・フォンシラー』の言葉に、『アリシア・ムーンライト』が首を傾げる。 「セルシアちゃんとカレナちゃんさ」 言いながら、夜闇の向こうの邸宅を見つめるクリストフ。 「ここは、彼女達にとって最大の忌地だ。漂う空気だけで、トラウマが抑えきれなくなる可能性もあった」 「!」 ハッとして目を向けるアリシア。その先には、変わらず戯れ合う二人の姿。 「でも、二人共しっかり自分を保ってる。『さっき』の発言からしても、心配はいらない様だね」 「二人とも、強い娘、ですから……」 「でなければ、トラウマを押さえつける程に強い何かがある、だね」 割り込んできた声に振り向くと、そこにはメモをめくる『レオノル・ペリエ』の姿。 「セルシアちゃんはあんな事言ってたけどさ、何かそれ、違うんじゃないかな~って思うんだ」 「目的は、復讐ではないと?」 隣りにいた『ショーン・ハイド』が、怪訝そうに問う。 「最初は、私もそう思ってたさ。けれど、知れば知る程、彼女達のイメージは『それ』から離れていく」 言いながら、メモ帳に挟んであった鍵を抜き取る。 「難解だよ。でも、面白い」 かざす手の中。揺れる鍵を見つめながら、レオノルはクスリと笑う。 「さて。彼女達を解く鍵は、今でも『あそこ』にあるのかな?」 「しっ……」 邸宅を見つめていた『トール・フォルクス』が、皆を制する様に声を上げた。ピタリと止まる、話し声。 「明かりが、消えた」 見れば、それまで明かりが付いていた邸宅が夜闇の中にトップリと沈んでいた。 「夜更かしさん。やっと、おねむ? なら……」 シューズの先がトントンと地面を叩く音が響く。 「パーティーの、始まりね」 そう言って、『リコリス・ラディアータ』は妖しく光る瞳を細めた。 それぞれが魔術真名を唱え、戦闘態勢に入る。付与される、禹歩七星。 「無茶しちゃ駄目よ……。私達で、ちゃんと捕まえるから……」 そう言って、『リチェルカーレ・リモージュ』はセルシアとカレナを抱き締める。 「えへへ。大丈夫だよ」 「心配性なんだから……」 死地に向かう前。絆を確かめる少女達。その姿を見つめながら、『シリウス・セイアッド』は闇の向こうを一瞥する。 ……だから、貴族という連中は信用できない……。 幼い頃から抱き続ける懐疑。消える事など、ありはしない。けれど。 視線を戻せば、そこには確かに灯る暖かな光。そう、今はただ……。 「……気をつけて……」 囁いた声は、自分でも驚く程に優しかった。 ◆ 薄闇満ちる庭園の大気が、微かに揺れる。 切られた結界。沈黙する門を乗り越えた浄化師達は、広い庭園を邸宅に向かって走る。 「馬鹿みたいに広い庭だな」 「何で金持ちってのは、無駄にデカくしたがるのかねぇ?」 トールとラスがそんな軽口を叩いた時、先頭を行くセルシアとリコリスが気付く。 「来た」 流れてくる、強い獣臭。闇の向こうで揺れる、巨大な影。キメラ。存在は既に、認識済み。 「悪いが、あまり構っている暇はないんでな」 ショーンがマッピングファイアを散蒔く。降り注ぐ銃弾の中、たたらを踏む三頭のキメラ。その隙に切り込む、前衛陣。 「ステラ、右を」 「おう!」 標的を定めた、タオとステラ。何とか迎え撃とうとするキメラの足に突き刺さる、ダガー。神経を侵す、毒華鳥(ピトフーイ)。 体勢を崩した所を、タオとラスに切り伏せられる。ステラと威嚇し合う個体に飛ぶのは、アリシアの禁符の陣。 「たった三体で、何とか出来ると思うなよ」 振り下ろされるニコラのパイルドライブとの同時攻撃で、沈黙。その脇を走り抜けたクリストフが、残りの一匹に氷結斬を当てる。凍てつき、止まった所をヨナのナイトメアが視界を奪う。最後はカレナの暴撃を脳天に食らって昏倒した。 「キメラ生成とて、禁忌とされている術の筈……」 「しかも、主目的は警護じゃない。恐らくは、捕まえた子供を逃がさない為のもの……」 白目を剥いて泡を吹くキメラ。憐憫と憤りの視線で一瞥すると、ヨナとベルトルドは止まる事なく駆け抜けた。 「バレなかったみたいね。呑気なんだか豪気なんだか……」 沈黙したままの邸宅を見て、リコリスは呆れた調子で呟いた。 「両方、かな」 聞こえた声に、横を見る。いつの間にか並走していたカレナが、彼女を見ていた。 「おじさんは、まんま。只の、素人。他の人は、気づいても動かない。外で騒ぐよりも、中で始末した方がバレないって知ってるから」 (へえ……) こんな重量武器を持った身で、走る自分についてくるなんて。感心しているリコリスに、カレナは言う。 「リコさん、『下』まで行ってくれるの?」 「……? 決めたでしょ? そのつもりよ」 聞いたカレナが微笑む。酷く、嬉しそうに。 「じゃあ、聞いて」 そして、リコリスの耳に口を寄せて囁いた。 「……それ……」 「秘密の呪文」 『やばいかなって思ったら、使って』と言って、カレナはまた笑う。 「……大事なモノじゃ、ないの?」 「そうだよ」 「どうして、私に?」 「リコさん、だから」 間を置かずに返ってきた答え。キョトンとする。 「あと、ベルトルドさん」 言って促す視線の先には、同じ様にベルトルドに並走するセルシアの姿。 「『貴女達』の声なら、きっと届く」 「……私、貴女達とはリチェほど深くないわ」 微笑んだままの、カレナ。 「それでも?」 「リコさんの声も、聞こえてた」 「!」 見つめる紫の瞳は、何処までも透麗。 「ありがとう」 紡ぐ言の葉は、真の想い。 『やっと、言えた』。嬉しそうな、顔。 「それに、ボク好きだよ。エレメンツの人も。魔性憑きの人も」 「……口説いてるの?」 「まさか。トールさんに怒られちゃう」 「でしょうね。私も、只じゃ済まないかも」 視線を向ければ、こちらをジト目で睨むセルシアの顔。肩を竦め、笑い合う。 「信じるから。ボクも、ボクのセルシアも」 並走していた身体が、離れていく。 「だから、リコさんも信じて。『みんな』の事」 頷く。頷き返す顔が、追い抜いていく。もうすぐ、『予定』の場所。 「何、話してたんだ?」 追いついてきたトールが、問う。心配そうな顔に、少しだけ差す魔。 「口説かれてたの」 「え゛……」 引きつる顔を見て、クスリと笑う。憮然とする彼に向かって、言った。 「あの娘、以外と悪い娘ね」 ◆ セルシアとカレナの姿が、闇の向こうに消えていく。しばしの間。そして。 ガォンッ! 大きな破砕音と共に、邸宅が揺れる。カレナのパイルバンカーが外壁をぶち抜いた音。一気に騒がしくなる邸内。ざわつきが、音のした方向に向かって移動していく。少し経って、裏口の戸に耳を寄せていたショーンが言った。 「……頃合いです。ドクター」 呼ばれたレオノルが進み出る。手に持つのは、カレナから託された鍵。 「さて。まずは、『一つ』」 戸の鍵穴に挿して、回す。小さな音が響いて、鍵が開く。 「ピッタリですね」 「抜け目のない奴らだ」 覗き込んでいたヴィオラとニコラが、感心した様に言う。 「そう。ピッタリさ」 抜き取った鍵を眺めながら、レオノルは呟く。 「ここまで精巧な合鍵、どうやって手に入れたのかな?」 「……何の事です?」 「さてね。多分、あと『二つ』かな」 「………?」 酷く愉しそうに笑むレオノル。ショーンはただ首を傾げた。 ◆ 裏口を通り、広い通路に出る。誰もいない。遠くから聞こえる、大人数の怒声や悲鳴。時折邸宅を揺らすのは、パイルバンカーの衝撃だろうか。 「派手にやってるわね」 「警備兵達は粗方あっちに……。計画通りだな」 ラニとラスの言葉に、リチェルカーレが不安に満ちた視線を向ける。 「こんな見え透いた陽動に引っかかるレベルの連中だ。心配いらない」 彼女の肩に手を置きながら、シリウスが言う。 「行こう。少しでも早く終わらせれば、それだけ彼女達の負担が減る」 クリストフの言葉に頷く皆。地上階と地下階、先んじて決めていたチームに別れる。 地下組の方へと行くアリシア。地上へ向かうクリストフが、声がける。 「アリシア……やっぱり、行くのか?」 頷く、彼女。 「私は大丈夫、です。お友達と一緒、ですもの」 紡ぐ言葉には、強い意思。 「クリスこそ、あまり無茶しないでくださいね」 安心させる様に、笑う。だから、彼も返す。漏れかける言葉を、飲み込んで。 「気をつけて」 信じてるから。どうか、無事に。 ◆ 明かりの落ちた通路を、皆は進む。足音を忍ばせる必要もない。阻む者達は、全て寄せ餌へと集まった。僅かな取りこぼしなど、障害にはなりえない。最後の一人。峰打ちで気絶させたシリウスが、扉の前に立つ。 一階、書斎。握ったドアノブは、回らない。 「ま、当然だろうね」 進み出たレオノルの手には、例の鍵。 「ドクター、それは裏口の合鍵では……?」 「見ててごらん」 訝しがるショーンにほくそ笑むと、鍵の柄を弄る。滑らせた指に合わせて、先端の凹凸が回る。カチリとはまる音。鍵山の形が、変わっていた。 「そんな仕掛けが……」 「さて」 目を丸くする皆の前で、鍵を差し込む。響く、開錠音。 「二つ目」 呟いた瞬間。 「!」 リチェルカーレが退魔律令を飛ばす。扉の向こうから呻き声が聞こえ、扉を貫いてきた銃弾がレオノルの頬を掠める。 「おっとと」 「大丈夫ですか!?」 「平気だよ。リチェちゃんが弾道をずらしてくれなかったら、危なかったけど」 滲む血を指で拭いながら、壁の影に退避する。体勢を整えたショーンとニコラが、扉を蹴り開ける。同時に飛来する銃弾を低い姿勢で避けながら、クリストフとシリウスが書斎に滑り込んだ。 「嫌な予感がして張って見れば……」 忌々しげな声。鈍く刃を光らせる、銃剣。それを構えたデニファスが毒蛇の様な目で皆を睨めつけていた。 「デニファス……」 「知った顔があるな。ヨセフの指示か? あの奸狐が……」 「貴様が言えた義理か」 大鎌を翳したニコラが突入する。同時に、ヴィオラが前衛陣にアーク・ブーストをかける。 「都合が悪いから、彼女達を消せばと思ったんだろうけど……」 書架に身を隠して接近しながら、クリストフが言う。 「生憎だったな。その驕り、消し去ってやるよ」 「ぬかせ」 デニファスの銃剣がクルリと上を向く。発砲。天井に当たった銃弾は跳ね、不規則な軌道を描いて襲いかかる。 「トリックショット!」 転がって躱すが、ニコラとシリウスが傷を負う。 「くっ!」 「反射角度の計算が精密に過ぎる!」 何とか障害物の影に隠れる三人。嘲笑う様に火を吹く銃剣。跳弾の嵐が空間を蹂躙する。 「このままじゃ……」 「ジリ貧ですね……」 壁の影で跳弾を避けながら援護を行うリチェルカーレとヴィオラ。けれど、天恩天嗣は立て続けに傷を穿つトリックショットに回復が間に合わず、ルーナープロテクションは高い命中精度を誇るデニファス相手には効果が薄い。 「たかが下部構成員に過ぎん貴様らが、班長である私に敵うとでも思ったか?」 勝ち誇る様に乱射を続けるデニファス。 「やってみなければ、分かるまい!」 飛び出したショーン。弾が身を削るのにも構わず、ピンポイントショットを放つ。しかし、それも冷静にクリムゾンストックで切り払われる。 「!」 「馬鹿め」 返しで放たれる一射。ショーンの太腿を打ち抜く。 「くっ!」 膝を突く彼の額に照準を合わせながら、酷薄に笑うデニファス。 「誰かと思えば、『犬』ではないか」 「………」 「犬なら犬らしく、強い者に尾を振っていればいいものを」 攻撃のチャンスを伺うクリストフ達。けれど、隙がない。迂闊に飛び出せば、銃口は即座にこちらを向く。せせら笑いながら、デニファスはショーンに語りかける。 「チャンスをやろう」 「………?」 「隠れている女共を殺せ」 眉を顰めるショーン。反応を楽しむ様に、話は続く。 「そうすれば、部下にしてやる。美味い餌で飼ってやるぞ?」 「……悪いが……」 間など、空く道理もない。跳ね上がる、ライフル。 「犬にも飼い主を選ぶ権利があるんでな!!」 「駄犬が!」 「うぉおおお!」 二人の声に重なる、雄叫び。 大鎌を構えたニコラが、突進する。 「見え見えだ!」 ショーンが放った弾丸を再び弾いたデニファスが、すかさずニコラに銃口を向ける。引き金が引かれようとした瞬間。 視界を覆う、闇。 「何!?」 一瞬を見定めていたレオノルが放った、ナイトメア。虚を突かれた所を、献魂一擲で逃げ場のない部屋の隅に弾き飛ばされる。 「ぐぉあ!?」 初めて出来た隙。すかさず突撃したクリストフとシリウスが、連続で斬り付ける。 「おのれぇ!!」 最後の足掻きの様に上がる銃口。狙いは、屈辱を招いたレオノル。収束する魔力。最強の、アンチノミーショット。 「死ねぇ!!」 唸りを上げて疾走する弾丸。起動に割り込むショーン。弾丸は腹に構えたライフルに当たり、半壊させた所で停止。血を吐いて崩れ落ちる彼の後ろには、凛と立つレオノル。 「……何で私が物理の信奉者か、話してなかったね」 翳した手には、展開済みの魔方陣。 「物理は、物質を抽象化する」 重ねられたダメージ。消費した魔力。対応は、ままならない。 「つまり、貴族だろうと奴隷だろうと物質は物質」 最期の宣告。 「同質量であれば、同量の運動エネルギーで一様に吹っ飛ぶからだよ!」 弾けた魔方陣から迸る茨の拳。 悲鳴を上げる事すら、叶わなかった。 ◆ 同刻。地下一階、牢屋前。 「ひゃあ!」 奇声と共に飛びかかってくる、毛皮と鎧を纏った男。振り下ろされた曲剣が、ラニの剣と激しく打ち合う。 「こんのぉ!」 伸し掛ってくる身体を、渾身の力を込めて押し返す。 「ラス!」 「よし!」 ラニの後ろから回り込む様に斧を振るう。 「おおっと。あぶねぇ」 身軽に舞って交わすと、距離を取って着地する。 「悪いヤツ!」 そこを狙って暴撃で薙ぐステラ。ポンと飛び上がって避けると、追撃するタオのエッジスラストを交差した曲剣で受ける。 「なかなか良い腕してるなぁ! 姉ちゃん!」 「子供達を開放してもらいます!」 「アンタが夜の相手してくれるんならなぁ!」 「汚らわしい!」 せめぎ合う二人の後ろで、また別の剣撃が鳴る。 「くそ! ピョンピョンうるせぇ女だ!」 身軽に舞うリコリスに、苛立つもう一人の男。スポットライトで意識を引きつけながら、挑発する。 「哀れな番人さん、悪どいご主人様にいい様に使われて、胸糞の悪いお仕事をして。ここで私達に倒されるなんて、いっとう惨めだと思わない?」 「うるせぇ! ブチ犯すぞ!」 振り払う曲剣が、舞いの間を縫う様に飛んできたソニックショットを叩き落とす。 「あんたは心からゴドメスに従ってるのか?」 「ああ?」 自分に矢を向けるトールの言葉に、目を向ける。 「違うなら降伏しないか? 悪い様には、しない」 「何寝ぼけた事言ってやがる?」 せせら笑う。 「たまに人バラすだけで、金が貰える! 酒も飲める! 女にも不自由しねぇ! こんな美味い口があるかよぉ!?」 「世話される女ってのが、使用済みで小便臭ぇのがたまに傷だがなぁ!!」 ゲラゲラと唱和する笑い声。トールの目が、冷ややかに細まる。 「成程……真性の外道って訳か……」 照準は、右胸。心臓と肺の間。 「なら、容赦はしない!」 「おおっ!?」 躊躇なく放たれた矢を、紙一重で避ける。 「結構な事だ」 背後から聞こえた声に、ギョッと目を向ける。肩越しに見えたのは、鋭く光る緑の眼光。次の瞬間、脇腹にめり込む拳。 「心置きなく、叩きのめせる」 抑揚なく言って、ベルトルドは拳を振り抜いた。 「アリシアさん、今です!」 「はい!」 吹っ飛ぶ男の横を走り抜けるヨナとアリシア。そのまま、牢屋の扉へと向かう。 「おい! 待ちやがれ!」 アリシアの背に向かって刃を振り上げる男。 「させるか!」 阻むラスの斧。 「あんたらみたいな変態にはこうよ!!」 「うべぇ!?」 たたらを踏んだ所に、ラニが悶絶していた相方をぶつける。無様な声を上げて、諸共に転がった。 「待ちなよ。今、開錠の法をかける」 扉の向こうから聞こえた声に、ヨナは手を止めた。 バチッと走る光。重い音を立てて扉が開く。 「やあ。思ったより早かったじゃないか」 薄闇の奥から顔を覗かせた少女――琥珀姫――に礼を言うと、二人は中に入る。 わざとらしい程に強い、香の香り。白い煙が漂う中に、10人程の少女がひしめいていた。淀んだ瞳が、一斉にヨナとアリシアを見上げる。 「怖がらないで……」 言いながら近づく、ヨナ。 「皆さんを、解放します……」 伸ばす手の先で、細い肩が竦む。 「もう少しだけ、辛抱していてください……」 触れた肌。見えたのは、幾つもの被虐の痕。アリシアが、息を呑む。 「癒して、おやり」 彼女を励ます様に、琥珀姫が言う。 「わたしみたいな得体の知れないのじゃ、怖がられるだけでね。君なら、適任だろうさ」 涙を堪え、震える手を伸ばす。 「もう大丈夫、ですよ……。頑張り、ましたね……」 怯える少女を包み込み、抱き締める。 「向こうのフォローは、わたしがしよう」 灯る癒しを見ながら、告げる。けれど、途端に聞こえてきたのは下卑た二つの悲鳴。 「何だ。終わってしまったか」 つまらなそうに呟いて、麗石の魔女はクスリと笑んだ。 ◆ 「大丈夫かい? ショーン」 「ええ。リチェがしっかり回復してくれましたから」 太腿に巻いた布をもう一度締め直すと、立ち上がるショーン。 「皆、行きましたか?」 「うん。『おじさん』の確保は必須じゃないけど、もう収まらないさ」 「無事に済めばいいですが……」 「彼らなら大丈夫。私達は私達の仕事をしよう」 そう言って向ける視線の先には、顔だけ出して袋詰めにされたデニファス。真っ赤に腫れた両頬は、ヴィオラの制裁の証。 「良い恰好だな」 「貴様ら……こんな真似をして……」 「ほざく言葉は、裁きの場にでも取っておけ。それで同情が買えるなら、の話だがな」 毒づこうとした顔に、己の顔を突き付ける。 「貴様が守っていたと言う事は、よほど大事なモノがあるんだろう? 教えて貰うぞ」 沈黙するデニファス。詰め寄る。 「俺が今、単なる浄化師でよかったな? 昔はエージェントでな」 言いながら、懐から小瓶を取り出す。 「失墜隠しの為に、この場で薬でも打って自然死に見せかけろと言われた案件もあるぞ?」 デニファスの口角が、ヒクリと引きつる。 「口を割るなら、今の内だよ?」 ショーンの後ろからヒョイと顔を覗かせたレオノルも言う。 「何も話さないなら、ショーンから拝借した薬を飲ますよ?」 見せた手の中には、沢山の小瓶。中身はラム酒を小分けにしたモノ……だが、一気に飲まされたら、それなりにヤバそうな量。 「さあ、どうして欲しい? って、どしたの? ショーン。青い顔して」 「い、いえ……」 非常に怖い顔だった、と後に彼は語った。 ◆ 「子供達を頼みます」 「はい。ご武運を。嫌な気配が蠢いている感覚があります」 少女達の為に残るタオが、下に向かうヨナ達と話す。横では、琥珀姫が少女達の治癒で消耗したアリシアを回復していた。 「これで大丈夫だろう」 「ありがとう、ございます」 頭を下げるアリシアに、琥珀姫は言う。 「本当に行くのか? 下に在るのは、真正の『毒』だ。君みたいのには、キツイぞ?」 「大丈夫、です。皆が、いますから」 「まあ、言うと思ったがね」 「けけ、行けよ」 割り込んでくる、声。縛られた男が、ニヤニヤしながら見ていた。 「行って、『ホー』に殺られちまえ。そうすりゃ、お前らも可愛い餓鬼共のお仲……グェ!?」 更に軽口を叩こうとした所を、『黙れ! 変態!』とラニに蹴っ飛ばされた。 「『ホー』?」 「それが、下にいる術師の名か……」 「字名だろうさ」 頷きあっていたトールとラスに、琥珀姫は言う。 「真名ってのは、操魂の魔術において重要な要素だ。そう……」 琥珀の瞳が、チラリと『二人』を見る。 「全ての可能性を、手繰る程にね」 呟いた言の意。知る者は、いただろうか。 ◆ 二階、寝室。 「ちぃえぁああーっ!」 鋭い声と共に放たれた蹴りが、リチェルカーレを打つ。咄嗟の退魔律令も、威力は殺せずに壁に叩きつけられる。 「かはっ!」 「リチェ!」 「邪魔!」 金の鬣を振り乱す獣女の拳が、阻もうとしたニコラを挫く。その上で狙うのは、またしてもリチェルカーレ。 「ちょっと! 何でリチェちゃんばかり狙うんですか!?」 「気に入らない!」 ヴィオラの叫びに、タロットを蹴散らしながら吼える。 「綺麗な髪も! 真っ直ぐな目も! 世の中全部に肯定されてる様な顔も! 何もかも!」 「妬みかい!? 少々、みっともないんじゃないかな!?」 「そんな殊勝な気持ち、捨てた!」 クリストフの声を、表裏斬を捌きながら切り捨てる。 「学んだ! 励んだ! 正道を歩んだ! けれど、手に入らなかった! 何も! 何もかも! 女ってだけで! 獣人だからって!!」 怨嗟の叫び。クリストフの襟首を掴み、放り投げる。 「届かなくて! 流れて! 行き着いたのが、こんな反吐の溜まり場! 豚の足を舐める毎日!!」 燃える目が、リチェルカーレを睨みつける。 「何が違う!? この女とあたしと、何が違う!? 生まれ!? 種族!? そんな事で、些細な事で!!」 唸りを上げる拳。狙いは、リチェルカーレの顔面。 「壊れろ!!」 部屋を揺らす衝撃。拳は、止まっていた。翳された、小盾に阻まれて。歪む、顔。 「何で……止める……?」 泣き出しそうな、声。 「何で、止められる!? そんな真っ白な手で! 小枝みたいな腕で! あたしの拳を! あたしの、たった一つを! 何で! 何で!」 「私は……弱いから……。どうしようもなく、無力だから……」 絞り出す声。軋む腕に、全てを賭けて。 「きっと、癒す事は出来ない……。理解してあげる事すらも、叶わない……。貴女の悔しさも、悲しさも……。でも……でも、だから……」 押し返す。戦慄く拳を。想いを。同じだけの、願いをかけて。 「だから、守らなきゃいけないんです……。 せめて、せめて届いたモノは……抱き締める事が、出来たモノだけは……。だから……」 ――ごめん、なさい――。 息を呑む。真っ直ぐに見つめる瞳。眩く、気高い。よろめく。後ずさる。恐れる様に。怯える様に。離す事の出来ない視界の隅。影が、揺れる。 「……すまない」 シリウスの振るう剣の峰が、腹を打つ。崩れ落ちる。 「ああ……」 遠のく意識の中で、呟く。 「……あな、た……」 想い求めたのは、誰の手か。 「大丈夫か? リチェ……」 シリウスの問いに頷いて、立ち上がる。切れた口に滲む血をグイっと拭って前に出る。見据える先には、豪奢なベッドの影で震える無様な姿。 「エルヴィス卿ですね」 呼びかける。何処までも澄み渡る、その声で。 「教団本部で伺いたい事があります。御同行ください」 足掻く術は、もうなかった。 ◆ 「くぅっ!」 暴風の様に叩きつける銃弾。盾にする、パイルバンカー。耐えるカレナの頬を、銃創が抉る。 「撃ち方、止め!」 男の声に、ピタリと止まる弾嵐。荒い息をつきながら、カレナが膝をつく。 「カレナ!」 「大、丈夫……」 後ろで守られる、セルシア。その両肩にも、銃弾の跡。 「ふん、何が亡霊だ。くだらない手に翻弄されおって」 周りには、気絶して転がる警備兵達の姿。 「久しぶりだな。『12』と『8』」 取り囲む部下達に銃を構えさせたまま近づいてくる、男。暴力の愉悦に浸る、視線。 「そちらこそ、お元気そうで……。警備長さん」 「……その呼び方、やめて。わたし達には、ちゃんと名前がある」 睨むセルシア。男はフンと鼻を鳴らす。 「貴様らが小屋の中で慰みに付け合った名など、知るか。貴様らの呼称は……」 腰を屈める。手には、一本のナイフ。鈍い音を立てて、カレナの服を裂く。 「『これ』だろうが」 顕になった、白い肩。そこに刻まれた8の焼印を啄いて、男は冷たく笑った。 ◆ 「……10、6、21……」 冷気と死臭に満ちた、闇色の空気。錆びた声が揺らす。騒ぐ、気配。 「痛っ!」 「トール!」 短弓を落とすトール。リコリスが、スポットライトで追いすがろうとする影を引き寄せる。震える腕には、黒く小さな手の痕。凍傷の様な痛み。 「印は付けた。次で、其方の魂、貰う」 奥に座した、黒装束。髑髏を模した頭巾の奥から響く、抑揚のない声。 「7、2、9……」 紡ぐ度、積み重なった屍の焼印が光る。響く悲しみ。怨嗟。苦悶。 「数が、多い……」 「買い集められただけの数では、ないな……」 「教団の人体実験に使われた者も、いる」 ヨナとベルトルドの呟きへの答え。息を、呑む。 「何、だと……!?」 「この、陰湿野郎!!」 怒りに堪えかねたラニとラスが突撃するが、無数の亡霊が阻む。 「狙いはあんた達じゃないの!」 「オレ達は終わらせに来たんだ!」 呼びかける。届かない。やむなく乱れ斬りを放つが、効果は薄い。 「無駄」 ホーが、言う。 「真名は、握っている。声は、届かぬ」 「真名!? そんな、只の番号が! この娘達の名だと言うのですか!?」 「道具には、十分」 アリシアの叫びに返る声。何処までも、冷たく。 「人の命を……何だと……」 憤るヨナの、声。聞いた眼光が、嘲る。 「その命に、拒まれた」 「……え……?」 「命に、拒まれたのだ。この者達は。故に、ここに来た」 錆びた声がなぞる、爛れた理論。 「在るのだ。元より、糧となるべく生じる者が。虎に喰まれる、鹿の様に」 「何を、言っているんですか……?」 「糧となるべき者。命に拒まれし者。摂理に、習うが真理」 「貴方は……」 「いずれ、分かる」 「!」 「行き着く答えよ。『探求者』」 絶句する。立ち竦む彼女に、亡霊が殺到した。 ◆ 広い寝室に、甲高い音が響いた。 「ひぎぃ!」 縛り上げられたゴドメスが、大袈裟な悲鳴を上げて転がる。見上げる視線の前には、頬を打ったリチェルカーレの姿。 「私の友達を、侮辱しないで!」 震える声と、真っ直ぐに見つめる瞳。目を逸らすと、ゴドメスはぺっと唾を吐く。 「ふん! 何度でも言ってやるわ! あの雌餓鬼共め、飼ってやった恩を忘れおって! いいか! アイツ等は毎晩私の……」 「――っ!」 再び手を振り上げるリチェルカーレ。けれど、打つ前にスレスレに落ちた刃がゴドメスの口を塞いだ。 「……次に口を動かしてみろ。痛覚がある事を、後悔させてやる」 冷たい視線に竦み上がるゴドメス。一瞥して、シリウスは震える肩に手を置く。 「裁きの場にと言うのが、あいつらの願いだ」 リチェルカーレは頷いて、彼の手を握り締めた。 そんな二人を、憎々しげに睨むゴドメス。と、落ちる影。 「安心するのは、早いですよ?」 「?」 振り向くと、物凄いオーラを纏って立つヴィオラの姿。 「今度は、私の番なんですから」 ボキボキと鳴らす拳。変わらず朗らかな、笑顔。 「あの2人に悲しい笑顔をさせた罪。リチェちゃんやシアちゃん、妹の様な彼女達を泣かせた罪。その身に刻んで貰いましょう」 「――――っ!!!」 耳障りな悲鳴が、部屋いっぱいに響いた。 繰り広げられる地獄絵図から離れた所で、クリストフとニコラは他の班と通信を取っていた。 「……不味いな」 「どうしたんだい?」 ニコラが眉を潜めるのを見て、クリストフが問う。 「ヨナ達と連絡が取れん」 「!」 「例の部屋だ。何か、あったか……?」 「アリシア……」 残滓はまだ、鼓動を止めていない。場を動く事は、出来ない。出来る事は、ただ皆を信じる事だけ。 ◆ 「く、う……」 苦しげなアリシアの声。 全霊を振り絞って展開した式神召喚。同じ位相の存在である雷龍が、無数の亡霊を阻む。 「無駄」 冷ややかな声。 「領域は『籠』で閉じ、『鎖』で縛っている。魂は、逃げられぬ。諦めよ」 守る龍の体が軋む。決壊すれば、全ては終わり。アリシアは抗う。仲間と、少女達を救うため。あるかも分からない、奇跡を信じて。 「……ベルトルド……」 「ああ」 声が、響いた。目を向ければ、そこには並び立つリコリスとベルトルド。 「リコ……? ベルトルド、さん……?」 ポカンとするラニ達の間を通り、二人は前に出る。 「?」 訝しげな目を向けるホーを見つめ、リコリスは言う。 「分かってる、でしょ?」 「無論」 「あの娘達の、大事なモノ。本当にいいのか、分からないけど」 「それでも、あいつらは託した。俺達に」 「信じて、くれた」 「同じ想いを知る、俺達を」 「なら、答えましょう」 「応」 腐敗した空気が、揺れる。 ◆ 「確かに、復讐と言う要素はあったさ」 手の中の鍵を弄りながら、レオノルは歩く。見つけた書類と、行為の場を写した写真に眉を潜めていたショーンが、何の事かと彼女を見る。 「でも、それはあくまで一要素に過ぎない。彼女達は、過去に拘らない。そんな事をしていたら、さっさと死んでしまう世界にいたから」 回る柄。クルクルと鍵山が形を変える。 「だから、本質はもっと別だ。そもそも、彼女達はどうやって逃げられた? こんな鍵(モノ)を、手に入れた?」 カチカチ、カチ。鍵が、泣く。 「簡単さ。言ってたろう? 『相変わらず、人件費ケチってる』と。『おじさん』は、兼用してたんだ。金のかからない労働力として、囲った娘達を」 カチリ。はまる、音。 「協力者がいた。館の事。鍵の事。そして、『仕組み』の事。全てを知って、教えてくれる仲間達が」 歩く。 「そして、彼女達は託した。皆が、逃げる事は叶わない。だから、最も可能性が高い彼女達に」 足が止まる。 「いつでもいい。どんな形でもいい。自分達が、人としての尊厳を取り戻す、その術を」 「ドクター、では……」 「ああ、ここだ」 屈む。何の変哲もない、床。 「メモに、邸宅の見取り図があったよ。それによると、『ここ』が中心だ」 奇妙な形になった鍵を、床に当てる。途端――。 「うお!?」 驚きの声を上げるショーン。鍵を中心に、巨大な魔方陣が浮かび上がっていた。 「そうさ。この為に、あの娘達は戻ってきたんだ」 巻き上がる光の中で、レオノルが言う。 「『仲間達』との『約束』を、守るために!」 鍵が、回る。『籠』を閉ざす、扉の鍵。 「『三つ目』だ!」 瞬間、魔方陣が光粒となって散った。 ◆ 「何?」 その感覚に、ホーが宙を仰ぐ。 「『籠』が、開かれた?」 「どうしたのかしら?」 「何か、不都合でも起こったか?」 声をかける、リコリスとベルトルド。下ろした視線が、二人を見る。 「まあ、いい。『鎖』は、健在。開けられたのなら、閉じればいい」 「そうか」 「なら、その前に逃がしてあげる。囚われの、小鳥達を」 「!」 意を悟ったホーが動く前に、二人が叫ぶ。 「『シェミー』! 『レミリー』! 『ジェシカ』!『ニケ』!」 「『メリアル』! 『ナタリー』! 『エレノア』!『アルティナ』!」 唱えられたのは、『名前』。かつて、『彼女達』を紡いだモノ。 亡霊達が、震える。悪夢から、覚める様に。 二人は、唱える。託されたモノを、届ける為に。 「『セルシア』と、『カレナ』からの伝言だ!」 「『迎えに来たよ。さあ――』」 結ぶ言の葉は、共に。 ――『行こう』――。 解き放たれる。鳴り響く、歓喜と共に。 嘆きと嘆きを繋いだ『鎖』。輝きの中に、微塵と散った。 ◆ 「戯れの名が、真名を?」 ラス達が残していった毛布で少女達を包んでいたタオが、首を傾げる。 「そんな事が、有り得るのですか? 子供の付けた空名が、術師の刻印を凌駕するなど……」 「真名と言うのは、どれだけ魂と強く結びつくかで決まる」 安堵からだろうか。膝の上で微睡む少女の髪を梳かしなら、琥珀姫は言う。 「道具としての名札と、絆で刻んだ名。どちらが強く魂に根ざすかなど、考えるまでもないだろう?」 琥珀の瞳が、促す。向けた視線。そこには、自分が想いを結んだ彼女の姿。 「あの子は、良く心得ている様だが?」 「………!」 ――ステラ・ノーチェインは、見上げていた。昏い地下室の天井。その向こうに広がる筈の、星空を。まるで、見送る様に。優しい眼差しで。ずっと。ずっと――。 ◆ 「ひぃいいい!」 「……思ったよ? 何度も。何度も。『死んじゃおうか』って。意味、分からなかったから。死んじゃった方が、良いんだって」 仰向けに引っ繰り返った男。伸し掛ったカレナが呟く。構えた、凶器。鈍く光る、鉄杭。 助けは、ない。部下達は、苦悶の声を上げて転げ回っている。足だけで疾走したセルシア。彼女が咥えたダガーに、尽く足の腱を断ち切られて。 「でもね……」 カレナは唄う。微熱に、酔う様に。 「言ってくれた。リチェさんが。シアさんが。ヨナさんが。ラニさんが。リコさんが。カグさんが。サクさんが。リートさんが。セシリアさんが。レオノルさんが。ヴィオラさんが。タオさんが。皆、皆、皆が」 収束する、魔力。鳴く、鉄杭。 「『生きろ』って。ボク達は、生きてて良いんだって」 「よ、よせ……」 「だから、生きる。何があっても。何をしても。そうやって……」 「頼む……」 「今度は、皆を守る」 充填、完了。冷たく光る、深紫の瞳。引きつる、男の顔。 「邪魔、させない」 男の顔面に向かって落ちる、鉄杭。炸裂音。そして――。 「……お人好し」 傍らで見ていたセルシアが、呟く。 落ちた鉄杭は男の顔スレスレを通り、深く床を穿っていた。 「えへへ」 泡を吹く男に跨ったまま、笑うカレナ。セルシアが、息を吐く。 「殺っちゃえば、良かったのに」 「嫌がるから。リチェさんとか、シアさんとか」 「浮気者」 「そんなんじゃないって……」 セルシアの口が、カレナの口を塞ぐ。 しばしの間。ゆっくりと、離れる。 「想いは、残さないでね……」 「大丈夫……」 囁く声に、答える。 「進むから。ボク達の為に。そして、皆の為に」 「ええ……」 見上げる、二人。微かな祝福が、聞こえた。 ◆ 昏い部屋。放たれた風の刃に刻まれた身体が、キリキリと舞う。何の抵抗もなく落ちて、もう動かない。 悲鳴はなかった。これから、響く事もない。 一撃を撃った体勢のまま、ヨナは震えていた。籠を失い、鎖も砕かれたホー。一切の術を失った彼を、屠った。 許せなかった。 耐えられなかった。 聞こえていた。制止する、ベルトルドの声。けれど、それすらも。 「あ……ああ……」 手を見る。血の気のない、白い手。けど。だけど。 「私は……私は……」 戦慄く肩に、置かれる手。ベルトルドが、酷く優しい目で見ていた。何も言わず、促す。晒されたままの、少女達。 ああ、そうだ。 今は。 今すべき事は……。 フラフラと遠ざかるヨナを見届けると、ベルトルドは横たわる彼を見た。 捲れた頭巾の下から除く、やせ細った顔。 「命に拒まれる……か」 哀れむ様に、目を伏せる。 「拒まれていたのは、お前だったな……」 応じる声は、もうない。 放置されて、どれだけ経つのか。朽ちかけた少女達に、ラニとラスは毛布を掛けていく。 「遅くなって、ごめんね……。さ、こんな所からは、おさらばよ……」 「……怖かったろ……。ごめんな……」 悼む言葉と、落ちる雫。 答える様に、刻まれた印が音無く崩れた。 ◆ いつしか、邸宅は大勢の浄化師に囲まれていた。ヨセフの指示だろうか。全てを察した様子で、咎人達を連行していく。 「これで、室長の肩も少しは軽くなる筈です」 「あれだけの証拠に、子供達の証言付きだ。言い逃れは出来ん」 ショーンと話していたタオが、ふと視線を動かした。その先には、連行されるデニファスの姿。 「……哀れですね。彼とて、かつては清い志を持っていたでしょうに」 「同情すべき道理はない」 「そう言う訳ではないのですが……」 少し、考える。 「デニファスのパートナーは、どうしたのでしょう?」 「ん?」 「彼にも、パートナーがいた筈です。名は、確か……」 「聞いた事があるな。中々の手練らしいが……」 「……現れませんでしたね。止めにも、助けにも」 「だな……」 しばしの間。やがて、ショーンは言う。 「まあ、そう言う事なんだろう」 それだけ残して、ショーンはレオノルの元へと戻っていく。 見送るタオ。ふと気配を感じて、傍らの梢を見る。 何も、いない。 ただ、羽音だけが遠ざかっていく。 (夜鷹……?) 小さな、疑問。塗り潰す様に、朝焼けが空を染め始めていた。
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*** 活躍者 *** |
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[34] シリウス・セイアッド 2020/02/06-23:57
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[33] リチェルカーレ・リモージュ 2020/02/06-23:57
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[32] クリストフ・フォンシラー 2020/02/06-23:51
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[31] ショーン・ハイド 2020/02/06-23:51
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[30] タオ・リンファ 2020/02/06-23:42
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[29] リチェルカーレ・リモージュ 2020/02/06-22:57
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[28] ショーン・ハイド 2020/02/06-22:52
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[27] タオ・リンファ 2020/02/06-22:33
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[26] タオ・リンファ 2020/02/06-22:23 | ||
[25] リコリス・ラディアータ 2020/02/06-13:48
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[24] ニコラ・トロワ 2020/02/05-22:50
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[23] アリシア・ムーンライト 2020/02/05-22:27
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[22] リチェルカーレ・リモージュ 2020/02/05-22:24 | ||
[21] リコリス・ラディアータ 2020/02/05-09:23 | ||
[20] クリストフ・フォンシラー 2020/02/04-22:39 | ||
[19] リチェルカーレ・リモージュ 2020/02/04-21:34 | ||
[18] ショーン・ハイド 2020/02/04-20:11
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[17] ラニ・シェルロワ 2020/02/04-19:51
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[16] タオ・リンファ 2020/02/04-17:43 | ||
[15] リコリス・ラディアータ 2020/02/04-07:52
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[14] アリシア・ムーンライト 2020/02/03-22:07
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[13] リチェルカーレ・リモージュ 2020/02/02-22:14 | ||
[12] リコリス・ラディアータ 2020/02/02-21:25 | ||
[11] ニコラ・トロワ 2020/02/02-13:57
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[10] クリストフ・フォンシラー 2020/02/02-10:39
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[9] ヨナ・ミューエ 2020/02/02-01:38 | ||
[8] レオノル・ペリエ 2020/02/01-22:25 | ||
[7] ニコラ・トロワ 2020/02/01-22:01 | ||
[6] ラニ・シェルロワ 2020/02/01-20:04 | ||
[5] リチェルカーレ・リモージュ 2020/02/01-19:06 | ||
[4] リコリス・ラディアータ 2020/02/01-10:25 | ||
[3] クリストフ・フォンシラー 2020/02/01-09:01
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[2] クリストフ・フォンシラー 2020/02/01-08:59 |