炎熱の理想郷
普通 | すべて
8/8名
炎熱の理想郷 情報
担当 あいきとうか GM
タイプ EX
ジャンル シリアス
条件 すべて
難易度 普通
報酬 少し
相談期間 5 日
公開日 2020-04-08 00:00:00
出発日 2020-04-16 00:00:00
帰還日 2020-04-24



~ プロローグ ~

●炎天の魔術王
 仕方ないと思う。
 人類は過ちを犯すものだ。完璧の存在である創造神ではなく、全知全能の権能を与えられた守護天使でもないのだから。
 他の種族よりほんの少し上の知性と引き換えに禁断の果実を齧った。
 欲を抱き猜疑に浸かり争い、犠牲と悲哀が更なる骸の山と血の河を求める。
 それだけのことなのだ。ならば仕方ない。
 そういうものだと思いながら見守ってやるのが、守護天使の役目なのだろう。世界を脅かすほどの過ちを犯すときにこそ、咎めてやればいい。
 他は些事だ。
 長い歴史の中の、きわめてささやかな波紋のようなもの。

「父上のゲームだとか、世界の崩壊だとか、本当はどうでもいいんだ。父上が決めたことなら仕方ないし、人類がそれに抗おうとするのも仕方ない。世界と心中しろと言われて、素直に首を縦に振る『種族』はいないだろう?」
 個としてはあるかもしれず、こと人類においてはその『個』が寄り集まって『群』を作るかもしれないが。
 それが種族の総意とはならないだろう。むしろ圧倒的な少数派のはずで、多数派に淘汰されるに違いない。
「でもまぁ、俺は無関心なわけでもないんだ。滅ぼすというなら滅ぼしてみればいいし、抗うというなら神すら殺して完全なる人の世を創ってみればいい。俺は観客席からそれを見よう」
 サボテン酒でも片手に。
 燃えるような赤髪の男は人類の王が住まう建物のてっぺんで、そう嘯く。
 この国でも最近、大きな事件があった。全貌は知っているがそれを誰かに語るつもりはない。
 真実を後の世に伝えるのは今を生きる人類の役目だ。その過程で多少ねじ曲がったところで、男は気にしない。
「草の一本も育たないような熱砂の地で、水があふれた。世界で一番長い川。魔術師と呼ばれる者たちに価値を見出された川」
 懐かしいなと思う。
 この国の最初の王は魔術を用いて大河を氾濫させ、砂地を水浸しにした人類だった。
 以後、代々の子孫は王の証として年に一度、川を溢れさせ砂漠に水を撒いている。溢れた水は焼けた砂をいっときだけでも潤して、遥か底に命の種を埋めこむ。
 強い生命は灼熱の日差しにも凍えるような夜にも、平時は水の一滴を手に入れるにも苦労するような環境に負けず、芽吹く。
 この地に国を築くと最初に決めた人類が、そうであったように。
「俺にとっては瞬きのような時間だった。とはいえ、人類が歩むには十分だったのだろう。短命の種はいつも生き急ぐ。次の代により大きな功績を残すために」
 それもまた仕方ない。
 男は街を見下ろす。砂漠の街サンディスタム。ナーム川を命綱とする魔術国家。
 行き交う人々を眺め、呟く。
「仕方ないことだ。だが悲しいことでもある」
 シャドウ・ガルテンの守護天使である『きょうだい』から連絡がきた。地上で別れて以来、音信不通だったため、素直に驚き同時に喜んだ。
 内容はいたって簡潔で、曰く『人類に協力しろ』。
 他の『きょうだい』も受けとっていたなら、きっと鼻で笑いながら破り捨てただろう。現状、守護天使とはそういう存在になりつつある。
「どういう心境かは知らないが、カチーナもあちら側だという話もあるし。うん、いいんじゃないか」
 男はどちらでもよかった。
 世界がどうなろうと仕方ないことだから。
 最後に立つのが神でも人類でも、仕方ないことだと思うから。
「とはいえ。同じ父上に創られた『きょうだい』がそういうなら、試練のひとつくらい与えてもいいだろう。その結果、俺がどちらかに加担したいと思っても、それはそれで仕方ないことだ」
 男は炎だ。この砂漠にあり続ける、真なる太陽だ。
 人類の精神にも炎は宿る。男はそれを知っている。
 感情や意思と呼ばれる炎の美しさを、醜さを、知っている。
「ならば俺からの試練はただひとつ。――くるといい、人類の代表たち。俺はこの国の最初の魔術王にして、久遠の傍観者」
 すなわち。

「第五天使『炎の王』、アモン」

●夜の国より
 その日、一羽の鴉が教団本部の室長執務室に侵入した。
 細く開いていた窓に身をねじこませた鴉は、星を散りばめたような黒瞳で室内を見回し、不思議そうに自分を見ている人類を見つける。
 すっと近づいて、カラスは一輪の白花と一通の手紙に変わった。
 花は陽の光を浴びるとすぐに枯れて塵になってしまったが、手紙だけはヨセフの手に残った。

 それから一時間もしないうちに、指令が出された。

「シャドウ・ガルテンの守護天使ニュクス様よりお手紙を頂戴しました。サンディスタムの守護天使アモン様との謁見の約束をとりつけたため、すぐにでも向かってほしいとのことです」
 ただし、と続ける黒狐の司令部教団員の顔には、特大の緊張が宿っている。
「これまでの傾向から、なんらかの試練が課せられると予想されます。皆様どうか、万全の状態で向かってください」


~ 解説 ~

 砂漠の街サンディスタムに向かい、第五天使『炎の王』アモンと謁見してください。

●守護天使
 英雄や聖人の魂を核として、創造神ネームレス・ワンに創られた。
 創造神の権能である全知全能をいくらか分け与えられているため、膨大な知覚と能力を有している。
 役割は守護と審判。全世界で七名いて、各国に一名ついている。
 その国の住民が守るべきかどうか知るため、担当する国の民が過去に行った所業を見続けている。

●第五天使『炎の王』アモン
 サンディスタムの初代の王(ファラオ)。
 優秀な魔術師であり、魔術によってナール川を氾濫させ、一時的にとはいえ一帯を水で満たした。
 子孫の争いもその眼で見てきたが、「人類はそういうものだから仕方ない」とし、八百万の神の協力も仰ぎつつ国を守り支えてきた。

●試練
 サンディスタムに足を踏み入れた直後、皆様はアモンが創り出した『想焔結界』にとりこまれます。

 そこは『すべての争いが終わった後の世界』。
 あるいは『初めから神の裁きなどなかった世界』。
 
 前者の世界では。
 こうあってほしいと思った未来は「確実にそこにあって」。
 笑顔があり平和があり、浄化師という存在に疑問を抱いていた人々も「皆様を歓迎し祝福し」。

 後者の世界では。
 貴方が「生きていてほしい」と思った方は「生きていて」。
 あってほしいと思った故郷は「なにごともなかったように」存在しています。

 完璧な幸福。人が持つ炎のひとつである『欲』が満たされる幻想世界。

「至福の夢を見続けたいと願うのも、また人類。仕方ない」

●PL情報
『戦いが終わった後の世界』『戦いなんてそもそもなかった世界』のどちらかからお選びいただき、『浄化師様ごと』あるいは『祓魔人様と喰人様に別れて』幻想の世界を堪能していただけます。
 もし、この『ゆめ』を捨てて、過酷な現実を望むなら。
 アモンは疑問を呈するでしょう。


~ ゲームマスターより ~

 お久しぶりです、あるいは初めまして。あいきとうかと申します。

 今回は魔術国家であるサンディスタムの守護天使と対面です。
 幸せな夢を捨てて、死と隣り合わせの現実を直視する勇気はありますか?
 現実の価値は彼が創った『完璧な幸福』の価値を上回りますか?

 皆様がどのようなゆめを見て、どのような結論を下すのか。
 楽しみにしております。





◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇

ショーン・ハイド レオノル・ペリエ
男性 / アンデッド / 悪魔祓い 女性 / エレメンツ / 狂信者
戦いが終わった世界
ドクターのお母様の家に(53話)
畑仕事も終わった…!
…なんか俺が来るたびに野良仕事振られる気がするんだが…まぁいいか

ドクター、平和ですね
ここの人達は元々私達に友好的でしたけど…オクトみたいに
そこまで呟いて飲んでいた水を落とす

ヴァーミリオン…
そうだ
あいつに会わないと
あれだけ悪しき教団を嫌っていた奴が…なんであんなことを

どんなにいい夢に浸っても、現実が待っている
…受け入れなければ強くなれないし先には進めない

どうして拒否できたかって?
生憎俺は辛い現実に慣れすぎた
そういう奴にこういう幻はちょっとばかり、嘘くさく感じてしまうんだ
これは夢なんじゃないかってな
幸せ慣れしてないんだよ
リチェルカーレ・リモージュ シリウス・セイアッド
女性 / 人間 / 陰陽師 男性 / ヴァンピール / 断罪者
目の前に広がる光景に目を瞬かせる
緑の森 小さな広場
楽しそうに走る子どもたち
踏み出そうとして 強い力で引き止められる
シリウス? 
真っ青な顔に 名前を呼んで
重なるように聞こえた声に振り向く
長い黒髪に翡翠の瞳の 優しそうな女の人
掠れたシリウスの声に目を見開く

『ここにいたの 夕食の用意ができたわ
帰っていらっしゃい
リチェちゃんも一緒にどうかしら』
暖かな声
通り過ぎる人も 親し気に自分にシリウスに声をかける

ここはシリウスの故郷 
思い出すだけで呼吸ができないなるくらい 大切な 

悲痛な顔で それでも首を振るシリウスを抱きしめる

天使様 亡くなった命は戻らないの
辛くて苦しくて だからこそ愛おしくて
そのたったひとつを守ろうと そう思うんです
ヨナ・ミューエ ベルトルド・レーヴェ
女性 / エレメンツ / 狂信者 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
後者 喰人のスラム仲間か生きている世界線

見知った仲間と今日も日雇いの斡旋所へ
俺達のようなスラム育ちに大した仕事は回ってこないが辛うじてありつけている
肉体労働が多いので体力だけはついた
裏路地で喧嘩などしょっちゅう起こるような所で まあ…何とか暮らしている
大した趣味も無いが 仕事上がりに仲間と馬鹿言いながら飲むエールは最高の味だ

この街で生まれこの生活しか知らない
目を外に向ける程暇でも裕福でもない
そんなものだろう
家(借家)には妻と生まれたばかりの可愛い娘が待っている
泥水を啜って生き延びたガキの頃と比べれば上々な人生だ
…娘が年頃になる頃にはもう少し治安の良い場所に引っ越したいか
考えるのはそんなものだ
アルトナ・ディール シキ・ファイネン
男性 / 人間 / 断罪者 男性 / エレメンツ / 悪魔祓い
サンディスタムの、守護天使…

(親に捨てられなかった世界)
・ノルヴェンディにある小さな村
 ギード! と呼ばれて振り返り
(ギード…俺の、本当の名前…?)
何?
 これ運んじゃうから待ってて! と言う幼馴染らしきエレメンツの少女
そんなの俺がテキトーにやっとく
 ギードに任すとほんっとに適当だからダメ! だと笑う少女
はいはい… 
 なんでもない日常だが 何かが足らないことに、違和感に気づく
(シキが、いない…それに、)
 アルトナじゃない

…分かってる それでも俺は幸せなゆめってのを捨てて今を受け入れる
シキがいる。きっと平気だって思うから
アリシア・ムーンライト クリストフ・フォンシラー
女性 / 人間 / 陰陽師 男性 / アンデッド / 断罪者
今度は、サンディスタムの、アモン様…
どんな方、なのでしょう…

【戦いなど無かった世界】
私は、小さな村の村長の家で
優しい両親と大好きな姉と親切な村の人達と暮らしてて
時々往診に来る離れた村の診療所の先生と、その跡継ぎの若先生がいて
もしかしたらお姉ちゃんもあの人(クリス)を…?
なんて話をしてみたり

それはとても幸せな
こうだったら良かったと思える理想の過去

だけど…私は
今の私の、心は
辛いことが、あって
今でも、まだ解決しない事も、あって
でも辛いことばかりじゃ、なかった
クリスと出会って
たくさんの、お友達や、仲間達と出会って
少しずつ、だけど、強くなれた、気がして
この大事な絆は、辛い過去が、あったから、こそなんです
リコリス・ラディアータ トール・フォルクス
女性 / エレメンツ / 魔性憑き 男性 / 人間 / 悪魔祓い
パパとママ、弟と妹のリヒトとカノン
そして新しく家族になるトール
以前にもこんな夢を見たわ
とても幸せな夢…
ふふ、私がどうするかなんて、トールには分かりきっているでしょう?
さようなら皆、私起きなきゃ
起きて天使様に一言言ってくるわ
トールはどうするの…?ふえっ!?
地獄の果てまでなんて…絶対離さないってことじゃない…(真っ赤になり)

アモンに
何故、私がこうしたかって?
あなた、自分で言ったでしょう「人類とはそういうもの」だって
私も「そういうもの」の一人だったってだけのことよ
ただそれでも、この決断は私の心に従った、私だけのもの
神様にも天使にも、否定はさせないわ
でも…少しの間でも家族に会わせてくれて、ありがとう
ルーノ・クロード ナツキ・ヤクト
男性 / ヴァンピール / 陰陽師 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
変化した周囲に驚き、探索
目に移るのは、一つも失わず戦いが終わり
完璧な平和が実現した世界
ルーノ:もう戦わなくてもいい、か。いっそ、ここに留まって…
ナツキ:おいルーノ、まさか本気で言ってるんじゃ…
ルーノ:…冗談だよ

現実に戻る意思を互いに再確認
守護天使の疑問に答え、協力を要請

ナツキ:ここにいれば俺とルーノは幸せでも、他のみんなは違うだろ?
平和な世界で生きて欲しい人がたくさんいる。その為に俺は戻って戦いたい

ルーノ:見るもの全て救いたいなど、彼は欲張りでしょう
…けれど、私にとってその願いと共に戦う事は、平和な夢を見るよりも大切な事です
その為にも、あなたの力が必要なのです、アモン様

ナツキ:よ、欲張り…!?
クォンタム・クワトロシリカ メルキオス・ディーツ
女性 / エレメンツ / 断罪者 男性 / 人間 / 魔性憑き
熱砂の国に足を踏み入れた筈が瞬きの間に緑深い森林の只中に居た
目の前には平凡な集落
平和な営みに生きる人々

そこには私ではない「私」が居た
己を忘れることなく、剣を手にすることなく、ただの村娘の私
姿形と胸に光るペンダントが同じだけの、「私」

「…神罰が下されなかった世界、と言う奴か…?」
人々は神を狩る事無く、人は安穏の中にある世界…

「申し訳ないが、ここは私の居場所ではない」
私はあの「私」とは似て異なる者
神罰は下され、神狩りが行われ、集落が無くならなければ、私は生じる筈が無かった者

私の後ろは何もない
全ては忘却の彼方
だからこそ、私は先を夢見る
神罰の下されたこの世界の行く末を
この闘争の果てに何が生じるのか


~ リザルトノベル ~


 吹き抜ける風が涼しくて心地よい。
 物置に農具を仕舞った『ショーン・ハイド』は、手ごろな位置にあった切り株に腰を落とした。
 疲労が波のように押し寄せてくる。額から流れた汗を、手袋をつけた手の甲で拭った。
「畑仕事も終わった……!」
 もうすぐ昼食だ。『レオノル・ペリエ』とその母であるナターリエが、今ごろキッチンに立っているところだろう。
 すん、と鼻を鳴らす。微かに香ばしい香りがした。パイだろうか。
「こっちは夕飯に使ってもらうとして」
 収穫した野菜を入れた籠を見下ろす。みずみずしい食材に隠れるように、しかし決して押し潰されない絶妙な位置に、薄青色の小ぶりな花が数輪入っていた。
 森の中で見つけ、今日の空のようなその色が気になって、食卓にでも飾るつもりで摘んだのだ。
「ドクターも気に入ってくれるだろうか」
 脳裏に一瞬、微笑むレオノルがよぎった。同時に胸の奥に温もりを覚え、ショーンは咳払いをする。
 立ち上がり、ぐっと伸びをひとつ。籠を背負って、今更ながらに気づく。
「……なんか俺がくるたびに野良仕事振られてる気がするんだが……。まぁいいか」
 男手があまり足りていないことは事実だし、レオノルやナターリエの役に立てるなら素直に喜ばしい。
 帰路につこうとしたショーンの耳が、忙しない足音と明るい声を拾った。
「ショーン!」
 軽装にエプロンをつけたレオノルが小走りで近づいてくる。未だ見なれないが決して似合っていないわけではないその姿に、ショーンは目を細めた。
「お疲れ様! 水持ってきたよ!」
「ありがとうございます、ドクター」
 渡された水筒を開き、口をつける。畑の世話に出かける前にも一本持たされていたが、今日は特に気温が高いこともあり、すでに飲み干していた。
 喉を通る冷たさに、ショーンは息をつく。
「お昼はパイとスープだよ。食べ終わったら私と薬草園の世話だから、よろしく」
「はい」
 苦笑気味に引き受けるショーンの内心を悟り、レオノルは彼の背をぽんと叩いた。
「疲れた?」
「いえ、なんともありません。ただなんというか、いいのかと」
「ん? 母上に信用されてるなら、いいんじゃないかな? じゃなきゃ畑も薬草も任せないよ」
「……そうですね」
 胸の底から泡のように浮上した違和感を、ショーンは上手く言葉にできない。模索する間にそれは弾けて消えてしまった。
「ドクター、平和ですね」
「そうだね。つい最近まで神様相手に戦ってたのにね」
 一部の人と、人ならざるもの。その両方が、かつて浄化師と呼ばれた二人にとっての『敵』だった。
 しかし争いはついに幕を下ろし、世界は今この上ない平和に包まれている。
「ショーンはずっと苦労してたからね」
 感慨深そうなショーンの言葉にレオノルは小さく笑んで、歩き始めた。早く帰らないと昼食が冷めてしまう。
 彼女の半歩後ろを、ショーンも歩く。
「ここの人たちは元々、私たちに友好的でしたけど……、オクトみたいに」
 小柄な背を見ながら放った呟きが、途絶する。
 息をのみ、瞠目したショーンの手から水筒が落ちた。残っていた水が草と土を濡らす。
「ショーン?」
 もうこれからはゆっくりしたらいい、と言うつもりだったレオノルが、驚いて振り返った。ショーンの手が自身の胸を掴む。
 呼び覚まされたように首をもたげる違和感。今度は泡などと生易しいものではない。
「ヴァーミリオン……」
 掠れたショーンの声に、レオノルは瞬いた。
「そうだ、アイツに会わないと。あれだけ悪しき教団を嫌っていたやつが……なんで、あんなことを」
「ショーン……。君は……」
 強い意思が宿るショーンの目を見て、レオノルは口を閉ざす。
 一拍おいて、うん、と彼女は清々しく笑った。
「君はやっぱりショーンだね。よーし、私は頑張り屋の君の力になるよ」
「ドクター……」

「なるほど、それがお前たちの結論か」
 二人の眼前に、男がどこからともなく現れる。森林は炎の壁に、大地は砂へと変貌している。
「あらゆる欲が満たされる至福の夢を捨て、現実に帰ると?」
「ああ。生憎俺は、つらい現実に慣れすぎた。そういうやつに、こういう幻はちょっとばかり、嘘くさく感じてしまうんだ。……これは夢じゃないかってな」
 肩に感じるのは野菜と花の重さではなく、世界滅べども正義を行えと誓った銃の質量。
「幸せ慣れしてないんだよ」
「……なるほどな」
「私にとって理想は見るものじゃない」
 背筋を伸ばし、レオノルは告げる。
「叶えようと、乞い願い続けるものだ。叶えられた理想はもはや、理想じゃない。単なる現実だ」
「至福の現実なら、いいんじゃないか?」
 守護天使の言にレオノルは首を振った。
「分かってないね。私の理想は無限の先に在るものだから、叶えられたら、きっと世界は終わってしまうよ」
 二人の浄化師を、男は交互に見て。
「仕方ない」
 指を鳴らした。


 美しい光景だった。
 緑色の森、小さな広場。子どもたちが楽しそうに走り回り、蒼穹にはしゃいだ声が吸われていく。
 ままごとをしていた少女たちが、目を輝かせる『リチェルカーレ・リモージュ』に気づいた。おいで、一緒に遊ぼう、と言うように手招く。
 微笑んで手を振りながら子どもたちの方に向かおうとしたリチェルカーレの肩が、後ろから強い力に掴まれ引き戻された。
「シリウス?」
 蝋のように顔色を失っている『シリウス・セイアッド』の様子に、リチェルカーレの表情も変わる。
「……め、だ……。ここ、は……」
「どうしたの」
 シリウス。
 二つの声が同時に彼の名を呼んだ。ひとつはリチェルカーレ。
 もうひとつは、二人に向かって近づいてくる優しそうな女性のものだ。
 瞬いたリチェルカーレは、その人物のことを知らない。長い黒髪を風に遊ばれないよう片手で押さえ、翡翠色の目を細めた優しそうな女性だった。
「……あ……」
 小さな声がシリウスの唇からこぼれる。
 彼にとって、彼女はよく知っている人だ。姿も声も、なにもかもが記憶通りで、しいて言うなら少しだけ背が低く見えるのはきっと、自分の背丈が伸びたせいだろう。
 呆然とする間に、すぐ近くまできた女性がふわりと微笑む。冬空に流れた星のように、綺麗で澄んだ笑みだった。
「母さん……」
 掠れて震えるシリウスの声に、リチェルカーレが瞠目した。
「シリウスの……!?」
「ええ。ふふ、あなたがリチェちゃんね? シリウスからいつも話を聞いていたの。とてもかわいい女の子だって」
「え、あの……っ」
「あらあら、照れてるのね?」
 愛しそうに彼女の手がリチェルカーレの頭を撫でる。当惑したリチェルカーレの視線が、シリウスに向いた。
 心臓の上を強く握り、シリウスは瞬きも忘れて母に見入る。翡翠の瞳がシリウスを映した。白く細い手が伸びる。彼の髪を梳き、頬に触れた。
「どうしたの? どこか痛いの?」
 心配そうに寄せられた眉。覗きこむ目。
 触れる手の温度は、質感は、間違いなく生者のそれだった。記憶の中の母と、寸分の違いもない。
「リチェちゃんも一緒にどうかしら、と思っていたのだけど……。夕飯、食べられそう? 二人とも顔色が悪いわ」
「だ、って」
「お、シリウスじゃないか!」
「戻ってきてたのね」
「おにーちゃんがおねーちゃんつれてきたー!」
「こいびと? こいびと?」
 か細いリチェルカーレの声をかき消すように、方々から弾んだ声音が上がる。
 通り過ぎる者たちがいた。返答を待つように立ちどまる者たちがいた。誰もが親愛の情を満面に浮かべている。
 二人は、確かに歓迎されていた。
 夢でいい、もう一度逢えたらとシリウスが願っていた、人々に。
 彼の叔父や叔母、幼馴染、優しかった隣人たちに。
 もはや確信を抱くしかない。ここは、シリウスの故郷だ。
 彼が、思い出すだけで呼吸ができなくなるくらい大切にしていた村。使徒やベリアルの襲撃に遭い、永遠に失われたふるさと。
「天使様……」
 これはだめだと、リチェルカーレが感じた瞬間。
 ひとりの男が、歩いてきた。
「シリウス」
 笑みを浮かべた男には、シリウスの母と同じように、彼の面影が――。
 父さん。
 声に出して呼ばなかった。
 歯を食いしばり、シリウスは母の手を、母を模した幻想の手を、払いのける。
「違う」
 軋むような声と『息子』の態度に母はきょとんとする。周囲の者たちも不思議そうな顔をして、父が一歩、迫った。
「違う違う違う! 俺の家族はもういない!」
 絶叫が喉からほとばしる。
 なかったことにできたらどれほどよかったか。この平和の中で、リチェルカーレと生きることができたなら、どれほど幸福か。
 だけど。――だけど。
「そんなことはできない。父と母の命は、そんなに軽いものじゃないんだ」
 目の奥が熱かった。それでもシリウスは泣けない。あの日から一滴も、涙はこぼせない。
「母さん、父さん。俺は、帰れない……!」
「シリウス……っ、天使様!」
 悲痛な顔で夢を拒絶したシリウスを、リチェルカーレは抱き締める。

 叫びに答えるように周囲の全てが炎に呑まれ、石畳は砂に変わり、赤毛の男が現れた。
「おとなしく受け入れればいいものを。望んだ光景だっただろう? 幸福だっただろう?」
「いいえ、いいえ……、天使様」
 目に涙を浮かべリチェルカーレは毅然と守護天使を見上げる。
「亡くなった命は戻らないの。つらくて苦しくて、だからこそ愛おしくて。そのたったひとつを守ろうと、そう、思うんです」
「疑似的なものであっても、手にしたいとは思わないか」
 力なく、それでも確かにシリウスは首を左右に動かした。
「幻想は幻想でしかない」
「そうか。まぁいい」
 火炎が勢いを増す。すでに村は影も形もないが、災厄の火を思い出しシリウスは拳を握った。
「それもまた仕方ない」
 男が指を鳴らす。


 決して、綺麗な街とは言えない。
 五感が慣れた道を行き、『ベルトルド・レーヴェ』は見知った仲間たちとともに日雇いの斡旋所につく。
「よぅ、いいとこにきたな」
 カウンターにだらしなく頬杖をついた男がベルトルドたちを迎えた。
「レッチェ兄弟とララゼ一家がついにドンパチ始めやがってなぁ」
「仲裁か?」
「いや、それは武装警備隊がやるってよ。お前らの仕事は騒ぎに乗じてオマツリしようとする連中の取り締まり」
 以前からこの街で睨みあっていた二大暴力組織が、ついに正面衝突を決めたらしい。とはいえ、これまでにも何度かあった小競り合いでしかないだろう。
 問題はそれに便乗して暴れ出すゴロツキだ。組織の者たちより、なんの関係もない癖にお祭り騒ぎを始めようとする連中の方が市民を傷つける。
「ってーわけで、西区にゴー」
 受付の男が追い立てるように手を振った。

 決して、安全な街とは言えない。
 毎日のように日雇いの斡旋所に行っても、ベルトルドを含め、スラム出身の者たちに大した仕事は回ってこない。今回のように命がけになる汚れ仕事も珍しくはない。
 ただ肉体労働が多い分、体力はつく。喧嘩もそれなりに強くなる、というか、弱くては生き残れない。
 それでも文字通り泥水を啜って生きた幼少期に比べれば、上々な人生だ。
「クズとドクズの自警団が動き出したってよ!」
「よっしゃ! 解散解散!」
 件の二大組織が今回も引き分けで争いをやめ、自分たちで編成した『オマツリ収束部隊』を町中に放ったと、情報通の仲間が叫ぶ。
 となれば自分たちにするべきことはもうない。これ以上関わるとこちらの命も危ういのだ。
 ぎりぎり営業していた斡旋所に報告に行き、報酬を受けとる。軽傷を負った仲間はいたが、大半が無傷だった。ベルトルドもシャツの裾が少し千切れた程度ですんだ。
「酒のみに行こうぜ!」
「ベルトルドも今日こそくるよな?」
「ああ」
「あの子にはちゃんと言ってあるんでしょうね?」
「遅くなると思うが夕飯は食べる、先に寝てていいと言ってある」
「ハーッ! いいよな、妻子持ち! 俺も結婚してぇ!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、夜道を歩く。路地裏で酔漢が殴りあっているのを横目に、いつもの店に入った。
 喧々早々とした店内の、丸テーブルを囲む。出てきたエールで乾杯。最高にうまい、とベルトルドは頬を緩める。
 店内でも店外でもすぐに乱闘騒ぎが起こり、料理がやたらと不味い酒場。明日死んでもおかしくない身でも、仲間たちは笑っている。ベルトルドも笑った。

 大した趣味はない。
 この街で生まれ、この生活しか知らない。外に目を向けられるほど裕福ではないし、暇でもない。
 一時間ほど飲んで、借家に帰る。玄関のカギを開き、足音を殺して部屋に入った。
 すやすやと、妻と娘が眠っている。テーブルに作り置きの夕飯。
 ささやかな幸せを、噛み締める。
 願いがあるとすれば、娘が年頃になるころにはもう少し治安のいいところに引っ越したい、ということくらい。

 朝がくる。
 家を出る。
「……ん?」
 ぽつんと立ちすくむ娘がいた。じっとベルトルドを見つめている。尖った耳から察するに、エレメンツだろう。
 誰だ、と首をひねる。
 初めて会ったはずなのに、あの青の目は――いっそ頑固なほど強い意思を宿す眼差しは、知っている、気がした。
 スカートの裾を一度強く握り、意を決したように娘が身を翻す。
「待て!」
 引き留めなくてはいけないと直感した。理由なんてわからないが、体は動いてくれる。
 開いていた距離をすぐに縮め、後ろから腕を掴む。ぎゅっと食いしばられた娘の口許が、小刻みに震えていた。
 ベルトルドを見上げる目からは、今にも涙がこぼれそうだ。それでも強く、真っ直ぐ、もの言いたげな瞳を向けてくる。
 ――ああ。
 この視線。この感情。向けられたもののすべて。
 分かっていて、相手にしないつもりだった。
「……参ったな」
 なんてことはない。
 ベルトルド・レーヴェはとっくの昔に、この目に落ちていたのだ。
「ヨナ」
「……ふぃ」
 奥歯を噛んで涙を堪え、それでも返事をしようとしたのだろう。妙な声が『ヨナ・ミューエ』の口端から出た。
 笑いそうになりながらベルトルドは改めて、ヨナの手をとる。
「お前がいるあの世界に、戻ろう」
「ベルトルドさん……」

 直後。
 涙も乾かすほどの熱風と、炎が二人の周囲で渦を巻いた。
 荒れた道は砂原になり、ひとりの男が現れる。
「帰るのか? 至高の夢を捨てて?」
「ああ」
「……そちらの娘は、そもそも帰る気だったようだが。そうか、お前もか」
 そうなのか、とベルトルドが視線で問う。
 ベルトルドがこの世界線を望むなら、彼を残して去ろうと思っていたヨナは目を背けた。
「それもまた仕方ない、か」
 思案気に目を伏せ、男が指を鳴らす。
 守護天使の焔のように赤い髪に妻子の影を重ね、ベルトルドは目を閉じた。


「ギード!」
 後ろから呼ばれ、『アルトナ・ディール』は振り返る。
 少し離れたところに、薪の束を両手で抱えた少女がいた。アルトナと目があうと明るく笑う。
「これ運んじゃうから、待ってて!」
「そんなの俺がテキトーにやっとく」
「ギードに任すとほんっとに適当だからダメ! そこでおとなしくしてること!」
「はいはい」
 嘆息交じりにアルトナが了承すると、少女は満足そうに頷いて家の裏手に回った。
 ゆっくりとアルトナは瞬く。
 珍しく晴れた日だった。積もった雪の表面が少し溶けて、水のきらめきを宿している。吐き出す息は白い。ノルウェンディはいつも凍えるように寒くて、だから住人はある程度慣れているし、防寒対策も身に沁みついている。
 周囲を見回す。
 小さな村だ。ほとんどが顔見知りだった。幼馴染のあの少女は気が強くて、しっかり者で、薪を積むのがうまい。たぶん、アルトナより。
(……ギード。そう呼んでいたな……)
 それはたぶん――、
「お待たせ!」
「……ああ。それで?」
「この前、ギードのおばさんが雪饅頭たくさんくれたでしょ? すごくおいしかった!」
「そうか」
「でね、昨日うちのパパが霜鹿を狩ってきたから、お礼にお肉をお裾分けし」
 嬉しそうに話す少女の言葉を切るように、雪玉が飛んできた。
 歩き出そうとしていた二人の鼻先を走った玉が、民家の壁にあたって砕ける。
 攻撃が行われた方向にアルトナは目を向けた。やっべ、と言いながら走っていく少年たちの姿が見える。いたずら小僧として有名な集団だった。
「あたらなくてよかっ」
「……て」
 隣から激しい怒りを感じ、アルトナはとっさに半歩引く。
「まぁてこらぁ!」
 両手を振り上げ、悪鬼の形相で少女が走り出した。少年たちの悲鳴がいっそう高くなる。
「鹿肉は……あとでいいか」
 壁に背を預け、雪玉の痕跡を指先で擦り落とす。
 なんでもない日常だった。
 物足りない、日常だった。
(なんだ、この違和感は)
 思案しながら何気なく手を握って。
 納得した。
(シキがいない。……それに)
 たとえその名が『本当』であろうとも。
「ここにいるのはアルトナじゃない」

「なんて顔してんの? ほんとマヌケ面」
 冷笑的な声に『シキ・ファイネン』は顔を上げる。
 見慣れた廊下。見慣れた、顔。
「……メイナード……?」
「他の誰かに見えんの?」
 外気温よりなお低温の目を向けられ、シキは力なく両手を振った。
「あ、いえ……。ええと、父上に注意受けちゃったと言いますか……」
「それだけ?」
 しどろもどろに説明し、視線をさまよわせるシキに、メイナードは大げさに息をついてみせる。
「そんなんで柱の陰で落ちこんでるわけ。お前はほんとに甘えたちゃんだね」
「う……」
 呆れを隠そうともしない長兄に、シキは押し黙った。メイナードは腕を組み、末っ子を見下ろしている。
「そんなんって……。俺にとっては、重要なんです」
「はいはい雑草ちゃん。せいぜいそこでじめじめしててね」
「待って!」
 立ち去ろうとするメイナードを反射的に呼びとめた。なに、と実に不機嫌そうな目で問うてくる。
 この先を考えていなかったシキは、唇を引き結んで兄を見つめた。
 ベリアルに殺され、二度と会えるはずなかった兄を。
(メイナードが俺のこと嫌いでもいい。もっかい話がしたいって思ってた)
「あのさ。雑草ちゃんと違ってこっちは忙しいんだけど?」
「……うん」
 伸ばしてしまいたくなった手を、握り締める。ここには欲しかったものがあって、必要なものがない。
 ゆめ。
 幸せな幻想。願った世界。ベリアルも使徒も神の裁きもない世界。
「お会いできて、よかったです」
「は?」
 なにを言っているのか分からないと、心底からの疑問をメイナードが顔に浮かべる。それでいいとシキは笑った。
 名残はある。だから胸は痛む。それでもシキ・ファイネンは誇りをもって、柱の影から抜け出した。
(ここにはアルがいない)
 窓から差し込む日差しの中、振り返る。
「さようなら」

 ごう、と燃える炎に二人はとり囲まれていた。氷雪の国の寒さはどこにもなく、靴底は乾いた土を踏んでいる。
「幸福な夢だっただろう。現実などより、よほど価値のある幻想だっただろう」
 赤い髪の男が、憂いた目で二人を見下ろしていた。アルトナがちらりとシキを見る。
「……分かっている。それでも俺は、幸せなゆめってのを捨てて、今を受け入れる」
 訣別と覚悟を、言葉に乗せた。
「シキがいる。きっと平気だって、思うから」
「キャー! アルかっこい……、じゃなくて!」
 ごほん、と咳払いをして、シキも守護天使を見た。
「死んだ兄貴は、もう戻ってこない」
 声音は柔らかい。悲壮感は、痛切さは、少なくともそこにはなかった。
「それなら俺はアルと、過酷ないまを乗り越えてやるぜ」
「そうか」
 男が目を細める。
「それも仕方ない」
 言って、指を鳴らした。


 目を開く。白昼夢から覚めたような感覚だった。
「アリシア」
 笑い交じりに眼前の彼女が、『アリシア・ムーンライト』の姉、エルリアが自身の左の髪を指す。首を傾けながらアリシアも自分の頭の右側に触れて、少し跳ねていることに気づいて慌てた。
「あ、わ……」
 どうしよう。これから若先生がくるのに。
 手櫛で寝癖を直そうとするアリシアを、エルリアが椅子に座らせる。
 すぐに自分の部屋から持ってきた髪留めで、アリシアの髪の跳ねを誤魔化してくれた。
「どう?」
「かわいい……。ありがとう、お姉ちゃん」
 エルリアが渡してくれた手鏡に、花の髪飾りをつけたアリシアと満足そうな笑顔のエルリアが映っている。
 きゅっと唇をかみしめたアリシアの耳に、温かな感情に満ちた歓声が届く。エルリアの目はいち早く、窓の外のにわかに活気づいた村に向けられていた。
「到着したみたい」
「うん」
 姉妹はこの小さな村の、村長の娘だ。優しい両親、つまり村長とその夫人は、朝から不在だった。
 というのも、今日はときどき往診にきてくれる離れた村の医師親子がくる日なのだ。往診の日は早い時間から村の代表たちは忙しい。
「お茶の時間、とれるかな」
 ぽつりとアリシアがこぼす。エルリアが微笑んだ。
「大丈夫。重い病気の人もいないし、はやり病もないから」
「うん」
「アリシアは『若先生』が大好きね」
「それは……っ」
 ぱっと頬を赤くして、誤魔化そうとしたアリシアは姉の目の奥に灯った慈愛に気づく。喉から出かけた言葉は、それだけで消えてしまった。
 代わりに、問いが唇を割る。
「お姉ちゃんも、あの人を……?」
「内緒」
 エルリアが悪戯っぽく人差し指を口元に寄せる。アリシアは彼の姿を探すふりをして、外を見た。
 胸が切なく締まる。
 これが本当の未来ならよかったのに。
 でも。
「私は浄化師になって……。お姉ちゃんは、オクトにいるはずなんです……」
 だからこれは、遠いゆめ。

 馬車を降りた途端、歓声に包まれた。
「先生! ようこそ!」
「若先生、相変わらず男前ねぇ」
「村長の家においしいお茶を届けておいたから、あとでみんなで召し上がってくださいね」
「最近足の調子が悪いんだ、あとで診ておくれよ!」
「子どもが風邪っぽくて……!」
「はい、あとで順番に診ますからね」
 小さな村の、ほぼ全員が遠い村からやってきた白衣の二人を歓迎する。父は慣れたもので、片手を上げて村人たちに微笑みかけ、迷いのない足どりで村の中央を目指した。
 笑顔の奥に旅の疲れを隠し、『クリストフ・フォンシラー』は父の背を追う。
 しばらく歩いたところで走ってきた村長と対面した。書類の整理で手間取ったらしい彼に連れられ、今日限定で簡易診療所となった村役場に通される。
「もう慣れたか?」
「走り回ることに? それとも診察に?」
「両方だ。いつか往診は全部、任せるからな」
 持参した薬や器具を確認しながら、父がにんまりと笑う。クリストフは苦笑した。
「父さんが楽しいだけだろ、それ」
 とぼけるように父は肩を竦める。
 診療所を継ぐために医者になり、父が診ていた患者を引き継ぐためにともに村々の往診に回る日々。悪くはないと、クリストフも思っている。
 ただまぁ、様々な技術において、まだ父を越えられないとも痛感していたが。
「夕方には終わるかな」
「いつも通りならな」
「じゃあ、頑張ろうかな」
 この村の村長の娘たちとは、幼馴染だった。姉のエルリアと、妹のアリシア。
 アリシアは顔こそ姉によく似ているが、引っ込み思案でおとなしくて、でもときおり見せてくれるはにかんだ笑顔が可愛くて。
「戦いがなかったら、こんな感じに出会っていたんだろうな」
 植えつけられた『設定』に、目を閉じる。
 列をなす村人の喧騒。一仕事を終えたら、村長一家とお茶をする。
 それはきっと、とても幸せなゆめ。

 ごう、と炎が吹き荒れる。
 穏やかな村から一点、二人は炎壁に囲まれ、砂の上に立っていた。
「苦痛なき出会いを、拒絶するのか」
 宙に浮く男が憂いと疑問を混ぜた視線を投げてくる。
「はい」
 両手を握りあわせ、アリシアはしっかりと顔を上げて答えた。
「私は、今の私の、心は……。つらいことが、あって。今でも解決していないことも、あって。でも……つらいことばかりじゃ、なかった」
 クリストフとの出会い。たくさんの友達や、仲間との出会い。
 それらが少しずつ、アリシアを強くしてくれている。
「この大事な絆は、つらい過去が、あったからこそ、なんです……」
「うん。二人で乗り越えてきたからこそ、今の俺たちがある。出会いや関係を、ただ与えられるだけじゃだめなんだ」
 仲間との絆もね、とクリストフは目を細めた。
「俺は、浄化師としてアリシアと出会ったことに感謝してる」
「……そうか」
 火炎の守護天使は一度瞑目し、
「それもまた、仕方ない」
 ぱちんと指を鳴らした。


 森の中の小さな村は、収穫祭を目前に控え、活気に満ちていた。
 木工細工と小ぶりの花が飾られた窓辺から室内に、『リコリス・ラディアータ』は視線を移す。母が鼻歌交じりに昼食を作っていた。父はもうすぐ戻ってくるだろう。
 弟のリヒトと妹のカノンが『トール・フォルクス』の気を引こうと騒いでいる。幼い二人はリコリスの婚約者である彼に、あっという間に懐いてしまった。
「収穫祭の歌姫だって!?」
 勢いよく扉を開き切る前に、驚きと喜びに満ちた父の声が響いた。
 床に座ったトールの膝を陣取るカノンと、彼の肩に上ろうとしていたリヒトがとまる。リコリスも戸口に目を向けたまま、ただ瞬いた。
「そうよ。ね、ララ?」
「あ、うん。そうなの。私が今年の歌姫なの」
「すごいじゃないか!」
 食卓にサラダを置いた母の言葉に、リコリスはぎこちなく肯定する。まだ驚きが尾を引いていた。
 父は娘の反応に構っている余裕がないらしく、リコリスのことを抱き締める。苦しすぎない力にリコリスは笑った。
「パパ、木くずがついてる」
「おっとそうだった、食事の前にシャワーを浴びてくるよ。それと、今夜はお祝いだ!」
「大喜びね」
 父が走っていく。呆れと愛しさを綯交ぜにした口調で謡子が言い、リコリスの髪についてしまった木くずを払う。
「ララなら大丈夫よ」
「……うん。ありがとう、ママ」
 にっこりと笑った謡子が手を打ち鳴らした。
「皆、ごはんの時間よ、お手伝いして!」
「はーい!」
 リヒトとカノンがトールから飛び退き、我先にとキッチンに駆けていく。
「走らないの」
 幼子たちの後ろを、母がのんびりと追いかけた。
「前にも同じような夢を見たわ」
 肩を回しながら隣に立ったトールに、リコリスは目蓋を伏せる。
「とても幸せな夢」
「ああ。これは夢だ」
 空は青く澄んでいて、収穫祭当日まで雨は降りそうになかった。
 きっと、楽しい祭りになるだろう。
 ささやかで明るく、人々の幸福に満ちた一日になるはずだ。恵みに感謝して、次の豊作を願って。人の想いを、リコリスの歌声が人ならざるものに届ける。
 トールの舌先がわずかに迷い、それでも言葉を紡いだ。
「どんな選択をするにしても、俺は最後まで君と一緒にいるよ」
 見覚えのある風景。リコリスの故郷の村。
 穏やかで平和で、誰もが笑って日々を営んでいて。
 例えば。
 現実を捨ててここに残れば、もう二人の心身がひどく傷つけられることはないだろう。
「もし……、リコがララとして、ここに残りたいって言うなら……」
「ふふ」
 穏やかな笑声にトールは口を閉ざした。リコリスのダークブラウンの瞳が、トールを映す。
「私がどうするかなんて、トールには分かりきっているでしょう?」
「……はは。愚問だったな」
 リヒトとカノンのつまみ食いの瞬間を謡子が見てしまい、お叱りが飛ぶ。幼子たちが首を縮めた。
 その光景に頬を緩め、リコリスは躊躇ってから聞いた。
「トールはどうするの……?」
「俺はもちろん、リコとともに行くよ。地獄の果てにだって」
「ふえっ!?」
 真っ赤になったリコリスが大きく目を見開く。トールはきょとんとした。
「変なところで照れるんだな?」
「へん……っ、だってそれ」
 絶対に離さないと、同義ではないか。
 気づいていないトールが不思議そうな顔をしている。リコリスは咳払いをして、食卓に顔を戻した。
「み、皆揃ったわね」
「二人ともそこでなにしてるの?」
「ごはんー!」
 エプロンで手を拭いた母が、早くもスプーンを握っている弟妹が、シャワーを終えた父が。
 おいで、と二人を招く。
 踊るような足どりで、リコリスは一歩前に出た。
「さようなら、皆」
 一様に浮かぶ疑問の表情。少女は口の端を上げる。
「私、起きなきゃ。起きて天使様に一言、言ってくるわ」
「俺も行きます」
 誰かが、なにかを言うより早く。
 ごう、と炎が渦を巻いた。

 炎の壁、足元は砂。ゆめは消えた。
「なぜ拒む?」
 宙に浮く男が物憂げに問う。
「あなた、自分で言ったでしょう。人類とはそういうものだって」
 胸を張ってリコリスは応えた。
「私もそういうもののひとりだったってだけのことよ」
 ただそれでも、ゆめを拒むという決断は彼女が自分の心に従った、彼女だけのものだ。神にも天使にも、否定はさせない。
 黙する守護天使に、でも、とリコリスは続ける。
「少しの間でも家族にあわせてくれて、ありがとう」
 ほんの微かにではあったが、男の目に逡巡が見えた。
「お前は?」
「俺はただの少女のララじゃなく、浄化師リコと生きる。世界で一番輝いてる、戦う俺のお姫様と」
 真剣なトールの発言に、隣のリコリスの耳の先がまた朱に染まる。
「幸せな夢より、そういうのを選ぶ奴がいたっていい。それが人ってものさ」
「……そうか」
 青い炎のように揺らめく空を、男は見上げた。
「それもまた、仕方ない」
 ぱちんと、指を鳴らす音。


 花吹雪が温かな空気の中で躍る。風に散らされ、くるくる舞う。
 子どもたちの活気に満ちた声が澄み切った青空に吸いこまれ、なにを見つけたのか木々にとまっていた小鳥たちが羽ばたく。
 買い物袋を抱えた婦人たちの軽やかな談笑。ベンチでは陽気に睡魔を誘われた男が舟を漕いでいて、恋人たちは肩を寄せあい、このあとの予定の話をしながら通り過ぎる。
「シャドウ・ガルテン産のぶどうをふんだんに使った、新作のケーキはいかがですかー!」
「昼食なら蒼鳥亭へ! 今日はアルフ聖樹森から届いた珍しい野菜のコース料理がおすすめだよ!」
 呼びこみの声が方々から響く。
 くい、と袖を引かれ、『ルーノ・クロード』は視線を下げた。ふわふわしたワンピースを纏う少女が、にこりと笑う。
「ヴィイニをお配りしています。いかがですか?」
 とっさに反応できなかったルーノに代わり、『ナツキ・ヤクト』が膝を折って片手にバスケットを提げた少女と視線をあわせた。
「サンディスタムの郷土菓子だったか?」
「はい! 今度、パパがあっちにお店を開くんです」
「その宣伝の手伝いか。偉いな!」
 えへへ、と褐色の肌の少女が照れる。
「ぜひきてくださいね!」
 二人に揚げパンのような一口サイズの菓子の包みを渡し、少女が大きく手を振りながら走っていく。
 それにしばらく応えてから、さて、と冷静さを取り戻したルーノが周囲を見回した。
「戦いが終わった世界か……」
「そうみたいだな」
「国交も盛んのようだ。もう少し調べないと、断言はできないが……」
「ああ。行こうぜ、ルーノ」
 街のつくりから推測するに、ここはルネサンス地区の一角だ。様々な国の者たちが賑やかに行き交っている。裏道に入ってみたが、乱闘が起こる気配も、誰かがなにかに怯えている様子もなかった。
「南部のスラム街?」
「ええ、それに奴隷らしき人々も……」
「あはは、なに言ってんだい。そんなのとっくになくなったよ。奴隷はみんな解放されたし、スラム街も今じゃ綺麗な住宅街さ」
「子どもたちはどうしたんだ?」
「施設や里親に引きとられたよ。なんだい、あんたたち、記憶喪失ごっこでもやってるのかい?」
 気になるなら行ってみな、と海鮮焼きの屋台の主人が身を乗り出して旧スラム街の方を指す。
 話を聞きつつ軽食で小腹を満たした二人は、礼を言ってから歩き始めた。
「あらゆる争いが失われた、平和な世界か」
「ああ。もう誰も、危険な戦いに身を投じなくていい。……失う恐怖を味わうことも、ない」
 夜の国の守護天使が、ルーノの目の前でナツキを殺したのはまだ記憶に新しい。
 この世界では、そのようなことも起こり得ないのだ。
 ルーノの足がとまる。
「いっそ、ここにとどまって……」
「おいルーノ。まさか本気で言ってるんじゃ……」
「冗談だよ」
 同じく歩みをとめたナツキの言葉を遮った。自分に言い聞かせるような口調のルーノに、ナツキの表情が一瞬、複雑なものになる。
「俺は、戻りたい」
「そうだね」
「みんな笑ってて、悲しい顔してる人は誰もいなくて、でもそれは、俺が現実にしたいと思って戦ってきた光景だから」
 恐らく本気で、ルーノはこの世界に惹かれているのだ。
 だからこそナツキは、彼に手を伸ばす。
「一緒に戦うって言ったの、忘れてねぇからな!」
「私も忘れていないよ。戻ろう、ナツキ」
「おう!」
 ごう、と炎が渦巻く。
 完璧な世界は剥離するように消え失せて、二人のポケットに入っていた菓子の重みも、なくなった。

「完璧な平和。永遠の幸福。理解していただろうに」
 炎の壁と砂原。
 浮遊する男が不可思議そうな声を上げる。
「ですが、知ってしまった現実から目をそらすことは、今の私にはできません。……それに、ナツキが受け入れないのであれば、意味はないのです」
「確かにあそこにいれば、俺とルーノは幸せかもしれない。でも、他のみんなは違うだろ? 平和な世界で生きて欲しい人がたくさんいる。そのために、俺は現実で戦いたい」
 守護天使の目に興味の色が閃いた。
「目に見えるもの全てを救うと?」
「はい。彼は欲張りでしょう?」
「よ、欲張り……!?」
 相棒からの評価にナツキが衝撃を受ける。
 小さな笑みを口元に刻んだルーノはちらりと彼を見てから、誇らしげに言を継いだ。
「けれど、私にとってその願いとともに戦うことは、平和な夢を見るよりも大切なことです。そのためにも、あなたの力が必要なのです。アモン様」
「手を貸してくれ」
「……そうか」
 初代魔術王の目は、彼方を見ていた。
「俺も仲間たちを守りたかった。ともに歩んできた者たちを喜ばせたかった。故に大いなる河の水を溢れさせ、王として祀り上げられることを受け入れた」
「……似た者同士だな」
「不敬である、と言いたいところだがな」
 目を輝かせたナツキに苦笑してから、守護天使は指を鳴らす。
「それも仕方ない」


 吹き抜ける風に梢が揺れる。鼻先をくすぐるのは、草花のみずみずしい香り。
 そこは太陽が苛烈に照る砂漠ではなく、平凡な集落だった。
「どうしたんだ?」
 心配そうな顔つきの男が『クォンタム・クワトロシリカ』を覗きこむ。なんでもない、と首を振ると、安心したように離れて行った。
「ここは……、私は」
 自らの服装を見下ろす。
 ごく普通の軽装。戦闘に向いているとはとても思えない。唯一、胸元で光るペンダントだけが記憶にある自分と同じだった。
「ねーぇ、手あいてるなら洗濯手伝ってー!」
 同じくらいの年頃の娘が、離れた場所からクォンタムに声をかける。気さくで明るい語調から、親しさが窺えた。
 両手で大きな洗濯籠を持った彼女に、クォンタムは首を横に振る。
「すまない。やることがある」
「そっか。じゃああとで、いつもの広場に集合ね!」
 気分を害した様子もなく、彼女は洗濯籠を抱え直して井戸の方に向かった。
 大きく息を吸い、細く長く吐き出す。
「私はこの村のことを知っている」
 気がついたらいたあの村、ではない。
 ここはきっとクォンタムが生まれた場所。彼女の中には今、記憶がある。本来ならアルフ聖樹森の某所で意識をとり戻した段階で喪失していたはずの過去が、ある。
「これが正しいかはともかく、ならばここは、神罰が下されなかった世界、というやつか……?」
 平和に、穏やかに、人々は生きている。
 神を、その使徒を狩るなど、考えもせずに。その必要さえなく。
 安穏を享受している。
「私は己を忘れることなく、剣を手にすることもない、ただの村娘か」
 自身の手のひらを見る。
 炊事の手伝いをしたことはあっても、なにかを敵と認識し打ち滅ぼそうとしたことなどなさそうな手だった。
「ああ」
 ならば。
「申しわけないが、ここは私の居場所ではない」
 この『私』を、とある天然石の俗称をその名に頂く浄化師は似て異なる者と断定する。
「神罰は下され、神狩りが行われ、集落がなくならなければ、私は生じるはずがなかった者」
 ゆめを受け入れることは、自分を否定することに等しいと。
 言い切ったクォンタムの視界で、業火が燃えた。

 家から脱走した『メルキオス・ディーツ』は、オアシスに生えた木の陰で腕をさすった。
「いやもう怖すぎでしょ! 悪夢すぎ!」
 世界はどうやら平和らしい。
 争いは残らず終結して、その代わり誰も彼もが頭に花でも咲いてしまったのか、性格が変わっている。
「ガメツイ母さんがお祝いだってタダ飯食わせようとしてきた? 生は闘争だっていつも言ってる父さんが剣を持ってない?」
 思い出しただけでも総毛立つ。
「うわー! ないない! きもちわるい!」
 全てが終わり完璧な平和が訪れたからといって、真逆の人格を獲得するなどありえない。ただひたすらに不気味だ。
「分かってないなぁ。ウチの部族はさ、まだ見ぬ地へ商売に行こう、強い奴がいたら尚いい、そいつと戦って勝鬨を上げよう、そしてその戦いを詩にしよう、って感じなんだよ」
 目に見えない砂漠の守護天使に向かって、メルキオスはやれやれと肩をすくめる。
「こんなのするワケないじゃん?」
 ごう、と炎が渦巻いた。

「おー、クォン!」
「メルキオス」
 互いにまるで心配していなかった顔で再会を果たし、眼前に目を向ける。
 炎の壁の中、砂原に浮く男を。
「サンディスタムの守護天使って、アモンって聞いたけどほんと?」
「……いかにも。俺が初代魔術王アモンだ」
 敬意の欠片も見られないメルキオスの問いに、守護天使が億劫そうに応えた。大げさにメルキオスが瞠目する。
「現在『貪欲』の人? 元『計り知れぬ者』の?」
「いやそれは初耳……ではないな、なんだったか、あの戦闘部族の……」
「ウチの教本に載ってる」
「お前のところか」
 額に手を添えた男と納得した風のメルキオスを、クォンタムが見比べた。
「およそ理解した」
「ナールを氾濫させたはいいけどウチのオアシス潰しちゃって、『彼の王は計り知れぬ者に非ず、彼の王は貪欲なる者。我ら滅びようとも歌い伝えよ』って初代がキレて貶すことにしたやりすぎ王、アモン・ラーじゃん」
「……申し訳ないことをしたという思いはあるが」
「やらかしてくれたよねー」
 にやにやと説明し、果てにはくふふと怪しい笑声を上げるメルキオスから目をそらし、男はクォンタムを見た。
「お前はゆめに浸ってもよかっただろう」
「私の後ろはなにもない。全ては忘却の彼方。だからこそ、私は先を夢見る」
 逃げ道にされたということを察しつつ、クォンタムは淡々と言い放つ。
「神罰の下されたこの世界の行く末を。この闘争の果てになにが生じるのかを」
「そうか」
「相手が悪かったね、炎の王」
 守護天使が重い息をつく。
「この想焔結界は一方通行を前提とする。ゆえに結界から出る際には負荷がかかる。耐えろよ」
 二人の返事を待たず、ぱちんと指が鳴らされた。


「夢も見続ければ現実と相違ないだろうに」
 呟く男の頭上に、白い炎塊となって耀く太陽があった。足元の砂原では浄化師たちが、膝を突いたり辛うじて立っていたりする。
 幻想から脱した十六名の人類の視線を受け、『炎の王』アモンは首を傾けた。
「ひとりくらいは我が結界に囚われてくれると思ったのだが」
 お前たちは癒えないほど深い傷を負いながらも、それを増やすかもしれないと理解していながらも、先に進むのかと。
 かつてヒトであった魔術王は、口の端を上げる。
「父上は悪意を以てこの世界を滅ぼそうというのではない。あれは慈愛だ。お前たちはあまりに欠陥が多すぎた。――ただまぁ、その欠陥だらけの人類を元にしている守護天使も、やはり穴だらけ、というのは道理だろう」
 たとえば。
「神が滅びよと定め、挙句に遊戯盤と化したこの世界で、顔を上げて未来を掴みとろうと進む『同族』の手をとったところで、おかしくはない」
 はは、とアモンは笑う。
「とはいえ期待はしてくれるなよ。俺にできることはほとんどない。他の守護天使たちもお前たちにつくかは分からない。父上は怖いからなぁ」
 砂を含んだ風が吹く。
 赤い髪を火炎のようになびかせ、アモン王は姿を消していた。


炎熱の理想郷
(執筆:あいきとうか GM)



*** 活躍者 ***

  • ルーノ・クロード
    まぁ、ほどほどに頑張ろうか。
  • ナツキ・ヤクト
    よーし、やるか!
  • クォンタム・クワトロシリカ
    ・・・メルキオス、騒がしい。
  • メルキオス・ディーツ
    やぁ!こんにちわ、こんばんわー

ルーノ・クロード
男性 / ヴァンピール / 陰陽師
ナツキ・ヤクト
男性 / ライカンスロープ / 断罪者

クォンタム・クワトロシリカ
女性 / エレメンツ / 断罪者
メルキオス・ディーツ
男性 / 人間 / 魔性憑き




作戦掲示板

[1] エノク・アゼル 2020/04/06-00:00

ここは、本指令の作戦会議などを行う場だ。
まずは、参加する仲間へ挨拶し、コミュニケーションを取るのが良いだろう。