行 き 止 ま り
普通 | すべて
7/8名
行 き 止 ま り 情報
担当 土斑猫 GM
タイプ EX
ジャンル シリアス
条件 すべて
難易度 普通
報酬 多い
相談期間 7 日
公開日 2020-04-06 00:00:00
出発日 2020-04-16 00:00:00
帰還日 2020-04-26



~ プロローグ ~

 その日の夕刻。教団本部の表門前で、男の遺体が見つかった。
 状況から外部から持ち込まれたモノと推察されたが、微量の魔力残滓以外犯人に繋がる痕跡はなく。
 所持品から、男がサクリファイスの支部構成員。それも、相応の立場にあった事が判明。さらに、集めた残党と共に無差別テロを計画していた事も分かった。
 内容より、本人が死亡していても実行に支障なき事は明白。実行予定の時刻までに間はなく、教団は急遽対応に追われる事になった。

 騒めきの中、より詳しい情報を得ようと行われた検死解剖。遺体の胸部を開いた執刀医の手から、メスが落ちる。
 開胸と共に溢れ出る、大量の血。奥にあったのは、『原型を留めぬ程に、溶け崩れた心臓』。
 行き着く死因、ただ一つ。
 ……『殺人現象(タナトス)』……。
 誰かの震え声が、呟いた。



 夜の始まり。『レム・ティエレン』は小高い丘の上から、広がる街を見下ろしていた。
 奥。耳を澄ませば、聞こえる喧騒。手前。ひっそり昏く、病んだ寝息。
「……くだらねぇ……」
 吐き捨てる。
 希望。未来。正義。愛。
 人を。街を。世界を飾る、色とりどりの造花。
 けれど、そのどれも、彼を抱いた事はない。
 知る術なく。
 得る術なく。
 求める術なく。
 眺める事すら、叶わなく。
 生きる事。ただ一日だけを、蛇蝎の如く生きる事。全て。ただ、それだけが全て。
 けど、それさえ今は意味がない。
 消えた。
 たった、一つ。繋がっていた筈の、絆が消えた。
 意味はない。
 もう、この世界に。何の意味も、未練もない。
 けど。
 だけど。
 遺してやる。
 取るに足らない蟲だけど。
 飛ぶだけで落とされる蠅だけど。
 おれが在った証。
 あの女(ひと)が居た証。
 おれ達が、確かに生きてったって証。
 上辺だけを攫って悦に入ってる、『アイツ等』に。
 遺してやる。
 刻んでやる。
 痛い。痛い。傷として。
 そして、地獄に堕ちる手土産に。

 せめても、神の生皮一枚。

「待ってて。『姉貴』……」

 写真もない。
 形見もない。
 在るのはただ、虚ろな虚ろな記憶の像。
 その彼女に口づけし、小さな獣人は丘を駆けた。

 誰も、いなくなった丘。
 小さな小さな、墓標が一つ。
 そこに、かの女(ひと)はいない。
 戻ってない。
 ずっと。きっと。永遠に。
 空っぽの墓標。
 刻まれた名は。

 ――『テナ・ティエレン』――。



 空は、いつしか漆黒の雨雲に覆われていた。
 夜の闇はより深く。より濃ゆく。照らす街灯も、虚ろな程に。
 雨の、気配。察した人々は、足を速める。急ぐ帰路。取り込む、看板。
 最後の家の戸が閉まり、街はほんの少し、早い眠りに落ちる。程なく降り始めた、雨。闇と水。二つの帳に包まれて、街は眠る。水底の様な褥の中で、混々。混々と。深く眠る。

 いつもより、深い眠り。だから、誰も気付かなかった。
 闇の向こうから迫る、真っ赤な光の群れに。

 雨音を破り、眠れる街に襲いかかったモノ。それは、激流の氾濫と見紛う程の『ネズミ』の群れ。双眼を殺戮の衝動に染め上げたソレらは、人々の居住に到達するや否や、ガチガチと鳴る歯牙で壁を穿ち始める。
 木板だろうと煉瓦積みだろうと、関係ない。瞬く間に齧り崩し、家の中へと雪崩込む。
 あちこちから響く、絶叫。断末魔。肉を喰み、骨を齧る音。街路に溜まった水溜りが、見る見る内に赤く染まる。
 魔鼠の食卓と化した家から、辛うじて逃げ出した人々。無数の噛み傷と叩きつける雨の痛みに怯えながら、見る。
 街に溢れる魔鼠。その身体で蠢く触手。光る赤紋。魔方陣。

 ――ベリアル――。

 到達した結論に、彼らは再び悲鳴を上げた。



 宣告された時間に対して、教団の動きは早かった。
 それでも尚、時間は足りず。
 大量のベリアルと被害者保護に対応するための、人員確保。
 状況を打開する為の、魔術道具の手配。
 大人数を短時間で転送する為の、準備。
 全ての見通しを立て、行動が開始されたのは事が起こってから一時間と少し後。届く報告は、現場の切迫した状況を伝え続ける。
 少しづつ浄化師を送り届けながら、練り上げる対策。
 男の遺品から判明した計画。それは、文字通りの無差別テロ。

 ラット・ベリアルを半永久的に召喚し続ける、『永続召喚符』六枚。
 ベリアルの召喚数に連動して起爆する、『簡易型ヘルヘイム・ボマー』六枚。
 そして、それら全てを街中に配置し、簡易型の起爆が阻止された場合、それを強制的に起爆させる『起爆装置』を所持した『実行犯』一人。

 広い街の何処かに散りばめられた、これらの要素(ファクター)。全てを潰さなければ、計画の完全な阻止には至らない。

 こうしている間にも、ラット・ベリアル達は魂を喰らい、進化する。
 こうしている間にも、召喚符はベリアルを吐き出し、起爆の条件を満たしていく。

 選ばれた浄化師チームに、術を託して送り出す。
 時は、ない。



 逃げ惑う人々に紛れ立ち、レムは地獄を見つめる。
 道々には、魔鼠に貪られる骸。齧り崩された家材に、ランプの火が引火したのだろう。幾つかの家々からは、火の手が上がっている。炎に照らされる水溜りは濁った赤に染まり、ギトギト、ギトギトと重く光る。
 人々の悲鳴。苦痛。断末魔。
 満ちる死臭。鉄錆の臭い。
 足元に、鼠に全身を集られた女性が倒れる。腕の中には、乳飲み子一人。もう、泣き声も上げない。それでも。せめてと言う様に、愛子の亡骸を差し出す。彼に、向かって。
「……見えてねぇ、筈なんだけどな」
 レムは、『カメレオンヴェール』を羽織っている。魔力による、光学迷彩。魔力探知系の能力がなければ、認識は不可能。だから、かの母親のした事。それはきっと、想いが成したささやかな奇跡。
 けれど。
「それだけだよな」
 事切れた親子。カリカリ、カリカリと齧られていくそれを見下ろしながら、レムの表情は変わらない。
 鼠に齧られる死体なんて、掃いて捨てる程見てきた。ドブ川の中か。街の中か。ただ、それだけの違い。
 視線を上げて、空を見る。
 降りしきる雨。その下に仕掛けた、召喚符とヘルヘイム・ボマー。もう少しで、ベリアルの召喚が設定数に達する。そうすれば、この街は終わり。
 まあ、そんな事に興味はない。
 人の生き死になんて、蠅のそれと同じくらいに意味がない。
 自分も、含めて。
 けど。
 それでも。
「ほら、来いよ」
 それでも。
「死んじまうぞ?」
 傷は、遺そう。
「皆、死んじまうぞ?」
 せめても。
「こんなチンケな街の連中でも、お前らには大事な御輿の一つだろ?」
 せめても。
「だから。だから」
 自分が。あの女(ひと)が。
「早く来い」
 この世界に、確かに在った証を。

「浄化師共――」

 雨が降る。
 爛れ切った心。
 行き止まりの、心に。
 シトシト。
 シトシト。

 雨が、降る。


~ 解説 ~

【目的】
 街の全滅を防ぐ事。

【成功条件】
 永続召喚符の破壊。
 簡易型ヘルヘイム・ボマーの停止。
 起爆装置の処理。
以上の三項目を全てクリアして、成功となる。

【永続召喚符】
 召喚魔方陣が描かれた呪符。機能している限り、ベリアルを召喚し続ける。
 六枚が設置。
 魔力の流れを魔力探知系の能力で辿る事によって発見可能。
 物理破壊で停止。
 近づくにつれてベリアルの数が増し、攻撃が激しくなる。

【簡易型ヘルヘイム・ボマー】
 符型ヘルヘイム・ボマー。召喚符と連動してベリアルの召喚数を感知。一枚の召喚数が千体をカウントした時点で自動爆発する。
 六枚が設置。
 魔力電波によって召喚符と連動している為、魔術通信系の能力によって受信・発見可能。
 土気の魔力を注ぐ事で停止出来る。
 スケール3が一匹ずつ張り付いている。

【起爆装置】
 機能停止したボマーを、強制的に爆発させる。レムの思考により、起動。
 実行犯であるレムが飲み込み、移動している。
 魔力電波によって子機と連動している為、魔術通信系の能力によって発見・追跡可能。
 土気の魔力によって停止可能。また、物理破壊によっても処理可能。その場合は、レムの殺害が前提となる(他に破壊の方法があれば、その限りではない)

【ラット・ベリアル】
 ドブネズミのベリアル。現在、各召喚符から300匹ずつが出現。スケール1~3が確認。

スケール1・2(1000体以上)
 数の暴力。
 噛み付き。
 雑魚。

スケール3(六体)
 低位であるため、Lv20以上或いは黒炎持ちであれば一人で対応可能。低Lvでも、ペアであれば倒せる。
 特殊能力は『シペック』。噛み付く事で発動。1ラウンド、HPが基本値の3分の2になる。

【タナトス】
 エピソードの何処かで出現。
 戦闘介入及び敵対行動は一切取らない。

【NPC】
 モブ浄化師(100名)
 余分なベリアルの処理を担当。後始末、任せてよし。

【補助アイテム】
 希望者には、魔力視認機・魔力受信機・魔力放出機(土気)をレンタル。


~ ゲームマスターより ~

追加情報。

【レム・ティエレン】
 獣人の子供。奴隷。『テナ・ティエレン』の血縁。
 テロの実行犯。サクリファイスの残党から請け負っているが、信者ではない。
 視認を妨げる魔術道具『カメレオンヴェール』を纏い、起爆装置を飲み込んだまま逃げ回る。魔力探知系の能力で追跡可能。
 攻撃能力は皆無。
 成功条件はあくまで起爆装置の停止であり、レム自身の処置はPLに任される。具体的な選択肢は、捕縛・殺害・見逃し等。他の提案も、当然可。
 これまでの境遇やテナの件から世界に対する憎悪、特に浄化師に対する憎悪は深い。再犯は、ほぼ確実。

【テナ・ティエレン】
 レムの姉で、拳闘家。
 レムを自由にする資金を稼ぐ為、某悪徳貴族の用心棒を勤めていた。
 獄中にて、死亡。

【追記】
 今後のPCの行動によって、タナトスの立ち位置が変化します。
 敵対は勿論、共闘の可能性まであり。
 結論はまだ先ですが、タナトスの行動からフンワリ傾向を考えてみるのも、一興です。





◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇

エフド・ジャーファル ラファエラ・デル・セニオ
男性 / 人間 / 墓守 女性 / ヴァンピール / 悪魔祓い
いくらかの浄化師を引き連れ、道行く鼠どもをなぎ倒しながら召喚符を目指す。
俺が中央の先頭で矢面に立ち、両脇に断罪者等攻撃役を置いて寄ってきた奴を駆除させる。
要救助者を見つけたら順次保護の為に何人か分離。必要ならGK13で鼠どもを吹っ飛ばす。
ラファエラは多数をなぎ倒すのに向かないので、魔力視認装置で符を探すのが主な役割だ。
符を見つけたら俺が突撃して敵を引き付けGK11、ラファエラに霧の外から符を攻撃させる。
符が全滅してもレム確保の報がなければ、急ぎ視認装置で奴を探す。単体では脅威にならないボマーは最後だ。

確保されてないあのクソガキを見つけたら、もう言葉はいらない。報復の時だ。
ヨナ・ミューエ ベルトルド・レーヴェ
女性 / エレメンツ / 狂信者 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
目的 起爆装置の停止 犯人捕縛

魔力感知と魔力受信機駆使し追跡
前方に攻撃スキルを放ち 襲いくる鼠を倒しつつ道を確保
ヨ 犯人は移動中 この速さは…まさか子供?
ベ 死んだ男の後釜だろうがこの規模では犯人も生き残れまい
  確かめるべき事は多い 急ぐぞ

断片的に分かっていく犯人像にどうしてか心が騒つく
喰人の様子をヨナも察し言葉少なく必死に追走

犯人近くまで来たら二手に分かれて徐々に袋小路か空家へ誘導
犯人の戦闘能力を測りながら迷彩を少し乱暴に剥ぎ取り正体確認

説得し魔力放出機で起爆装置を止めたい
逃走するようなら手加減土属性攻撃
気絶と装置停止同時狙い
最終手段ですが意識が無くしているうちに装置を

会話
そうか あの用心棒の血縁 か
ラニ・シェルロワ ラス・シェルレイ
女性 / 人間 / 断罪者 男性 / 人間 / 拷問官
何よこの騒ぎ…
数多すぎじゃない、ふざけてんの!?

開始時魔術真名詠唱
事前に魔力視認機と受信機のレンタル申請

召喚符破壊を目指し、視認機とベリアルの量で探知
ベリアルは道を塞ぐモノのみ最優先で対処
スケール3と遭遇すれば磔刺を積極的に使用
シペック発動されれば発動した方が下がり、相方が前に出て戦闘続行
MP切れ時はアイテム使用して回復
戦闘中に要救助者がいればその周囲のベリアルを最優先に討伐
治療や避難はNPC浄化師に任せる

タナトス出現時は目を合わせないように
あのさぁ!何しに来たのか知らないけど
無差別殺人とかやめてよね!マジで!
リチェルカーレ・リモージュ シリウス・セイアッド
女性 / 人間 / 陰陽師 男性 / ヴァンピール / 断罪者
わたしはきっと恵まれているのね
家族がいて 友だちがいて 大好きな人がいて
自分の在り方が 人を傷つけるのだと知った

まっすぐなシリウスの眼差しに
ありがとう
嫌われても 甘いと言われても
ひとりでも傷つく人が減るように 

魔術真名詠唱
初手で仲間に禹歩七星
切れる度に周囲にかけ直し
補助アイテムをレンタル
シリウスと召喚符の破壊へ
魔力の流れを見て位置を探る
向かってくる敵に鬼門封印
シリウスと 仲間や救助者を回復
余裕があれば九字で攻撃

一般人は保護し回復
応援の浄化師に託す

召喚符破壊毎に仲間に連絡 次の召喚符へ
全て片付けばスケール3討伐

魔術感知でレムを見つければ仲間に周知

タナトスへ もう殺さないで
殺すことは断罪にはならないと わたしは思う
リューイ・ウィンダリア セシリア・ブルー
男性 / エレメンツ / 魔性憑き 女性 / マドールチェ / 占星術師
可能な限り人的被害を抑える
召喚符の破壊を最優先に
仲間や他の浄化師とも協力し ボマー起動を阻止する

魔力放出機をレンタル
現場につけば魔術真名詠唱
周囲の仲間に戦踏乱舞を付与
魔力探知を使い 永続召喚符の探索、破壊を
進行方向にいるベリアルを倒しながら
生存者を発見すれば保護 
近くの浄化師に託す

リ:セラに背中を預けて 距離を開けすぎないよう
素早く確実に敵の駆除
セラへの攻撃は庇う
不自然な魔力の流れや レムの気配があれば仲間に周知
仲間と連携 一刻も早い全ての召喚符破壊を目指す
その後ボマー対応へ

セ:ペンタクルシールドをリューイに
ペンデュラムスピンで支援
要救助者がいれば 応急手当 
仲間に伝えることがあれば 魔術通信使用

レムは捕縛希望
ニコラ・トロワ ヴィオラ・ペール
男性 / マドールチェ / 拷問官 女性 / エレメンツ / 占星術師
そうか犯人はあの用心棒の
だからと言ってこの惨状を生み出した罪は消えんが
ひとまず、このベリアルを何とかするか

魔力放出機をレンタル希望

魔術真名詠唱
速力を上げて貰いヴィオラの指示で召喚符の一つへ向かう
行く手を阻むベリアルだけを相手し
進めないようならグラウンド・ゼロで数匹纏めて対処
一緒に来た浄化師達にはあまり近くにいると巻き込むので
少し離れて行動してて貰う

召喚符破壊後、残ってる物があればそちらへ
無ければボマーを守るベリアルの元へ
地烈豪震撃で攻撃を行う

途中レムの気配があれば魔術通信でレムを追いかける班へ連絡
起爆装置が停止した連絡でボマーを停止させる

レムと話ができるようなら
姉を守ってやれずすまない、と一言
クォンタム・クワトロシリカ メルキオス・ディーツ
女性 / エレメンツ / 断罪者 男性 / 人間 / 魔性憑き
相棒とレムを止めに行く
魔力放出器を借りて、自分の目で探す

道を塞ぐ鼠を魔術で切り伏せ進む



…相棒は

己も大量殺人者だと言う

己が生きる為に己の魔力を魔結晶にして売りさばき
結果、その魔結晶の多くがエリクサー生成の魔法陣に使われたから、と
その魔結晶の魔術はこの先、多くの喰人や祓魔人を救う術となると言われても
奴は己を罪人であると定義し続ける
そして、救う術は使い手次第で使い手を罪人にする



~ リザルトノベル ~

 雨が降っていた。
 禍しい紅に染まる帳の中を。
 グッショリと濡れそぼり。
 『レム・ティエレン』は駆けていた。
 笑いながら。
 泣きながら。
 行き場なんて当にない、行き止まりの道。
 知りながら。
 レムは、走る。
 終わりだけが待つ、その場所へ。

 雨が。
 雨が。
 雨が、降る。



「何よ、この騒ぎ……。数多過ぎじゃない! ふざけてんの!?」
「眩暈すらしてくるな……。この状況……」
 現場に着いた『ラニ・シェルロワ』と『ラス・シェルレイ』が、呻く様に呟く。
 燃える街。満ちる死臭。赤く濡れた道。蠢く無数の影。折り重なる、喰いかけの骸。
 幾多の戦場を超えた身であろうと、濁った疼きが胸を満たす。
 朦朧としかけた耳に、響く悲鳴。見れば、懸命に逃げる母子の姿。追いすがる、魔鼠の群れ。
「この……!」
「くたばれ!」
 磔刺で縫い飛ばし、グラウンド・ゼロで叩き潰す。牙の籠から逃れ、倒れる母子。
「大丈夫!?」
「しっかりしろ! もう、大丈夫だ!」
 噛み傷で血塗れになった二人を、抱き起こす。気づいて駆けてくるのは、先に到着していた浄化師達。
「お願い……!」
「アンタ達も、気をつけろ……」
 彼らに母子を託すと、二人は前を向く。事前に目に嵌めた、魔力視認機。視界の中、鼠達からなびく光の帯。この先にあるのが、災いの源泉。まずは、それを。
「行くわよ」
「おう」
 頷き合い、駆け出す二人。閃いた刃が、襲い来る鼠達をまとめて散らした。

「油断するなよ。低スケールとは言え、この数だ。足を取られて転んだら、あっという間に餌食だぞ」
 数人の浄化師を引き連れた『エフド・ジャーファル』が、鼠の群れを蹴散らしながら言う。要救助者を見つける度に保護に向かわせるが、限がない。それでも、生存者がいる事が救い。生きてさえいれば、どうにでもなる。先頭に立つ彼の行く手に、蠢く鼠の山。合間から覗く、半ば白骨化した手。ギリと歯を噛み締めると、大鴉ノ羽撃キで全てを吹き飛ばす。
「おじさん」
「どうした? 符の在り処が分かったのか?」
 苛立ちを隠そうともしないエフドに肩を竦めながら、隣りを歩いていた『ラファエラ・デル・セニオ』は答える。
「そっちはボチボチ。でも、面白い事が分かったわよ」
 見れば、先までなかった顔の浄化師。情報を、伝えに来たのだろう。
「何だ?」
「クソ野郎……改め、『クソガキ』の素性」
 その言葉に、黒い騎手は剣呑に目を細めた。

 調査を続けていた班が、実行犯の身元を特定。
 現場となった街の上級貴族。彼が所持していた奴隷達。記した名簿に、記録があった。
 名は『レム・ティエレン』。山猫の獣人(ライカンスロープ)。
 歳は10。男性。
 五年前より、奴隷として生活を送る。身内は、姉が一人。
 名を――。

「ティエレン……。あの、用心棒か……」
「移動の速さから、子供ではと思っていましたが……」
 実行犯を追う役を担った彼らにもまた、通達は届いた。受けた『ベルトルド・レーヴェ』の呟きに沿う『ヨナ・ミューエ』の声は、苦しげ。
「『テナ・ティエレン』と言うのは、確かゴドメスの共犯者の一人だったな」
 同行していた『クォンタム・クワトロシリカ』が問う。
「ええ。彼の護衛をしていた拳闘家です」
「ならば、隷属していた理由は……」
 飛びかかってきた鼠を切り伏せるクォンタム。同じく、数匹を叩き伏せながら、ベルトルドは頷く。
「恐らくは、『そういう事』だろう」
 倒しても倒しても、湯水の様に湧き続ける鼠達。聞いていた設定数まで、あとどれほどか。
「良かったのですか? こちらに来て」
 走りながらかけられた問い。向けた視線の先には、ヨナ。
「多分……いえ、必ず、辛いモノを見ますよ?」
 気遣う言葉にフッと笑みを返して、クォンタムは視線を変える。先にいるのは、彼女のパートナー。『メルキオス・ディーツ』。いつも、捉えどころない笑みを浮かべる彼。けれど、今の表情は、仮面の様に透明。
「奴は、己も大量殺人者だと言う……」
 静かな声が、唱う。
「生きる為に己の魔力を魔結晶にして売りさばき、結果、その多くがエリクサー生成の魔法陣に使われたから、と」
 道化の奥に、己を隠す。そんな彼が、相棒として漏らした思い。
「それはこの先、多くの者を救う術となると言われても、奴は己を罪人であると定義し続ける……」
 理屈は分かる。けれど、ならば彼はいつまで罪を負い続けるべきなのだろう。
「救う術は、使い手次第で使い手を罪人にする……」
 囁く言の葉。心が、騒つく。
 あの時。自分達は救った。かの二人の想いを。多くの、子供達を。それは、間違いのない事。後悔も、疑念もない。
 けれど。
 その時に、切り捨てたモノ。その答えが、この光景。
 救う術は、使い手を罪人にもする。
 救済とは、砂浜の砂を掬う行為に等しい。いくら指の隙間を細めても、零れ落ちる砂粒を留める事は叶わない。
 掬えたモノがあるならば、良いと言うべきなのかもしれない。だけど、それならば零れた砂の行く先は……。
「……この規模では、犯人も生き残れまい。急ぐぞ」
 ベルトルドの声に、我に返る。足を速める刹那、今度はクォンタムが問うた。
「貴女は、いいのか?」
「ベルトルドさんがそこまでするなら……私も、隣に……」
 逃避。先に待つのは、行き止まり。踏み潰した鼠が、嘲笑う様に鳴いた。

「そうか……。犯人は、あの用心棒の……」
「ご姉弟……」
 伝えられた、真実。『ニコラ・トロワ』と『ヴィオラ・ペール』の顔が、苦悩に歪む。
 二人の脳裏に浮かぶのは、あの夜の事。昏い邸宅の中、対峙した獣人の拳闘家。行き場のない悔しさを吐き出す様に、拳を叩きつけて来た彼女。意識を失う間際に想ったは、きっと……。
「あの方にも、いたんですね……。大事な、人が……」
 人は誰でも、一人で生まれる訳ではない。どんな悪人であろうとも、歩んできた道には血を分けた家族がいる。絆を結んだ、仲間がいる。当然の、事。
 救う為に、守る為に切り捨てた真理。かの者にとっては、これ以上なく残酷な道理。
 世界の全てを、見限る程に。
 だけど。
「だからと言って、この惨状を生み出した罪は消えん……」
「そうですね……。罪を、償って貰わないと……」
 ニコラが、地面に立てていた大鎌を引き抜く。
 ヴィオラが、ペンタクルシールドを展開する。
 そう。今すべきは、悩む事ではない。少しでも早く、この災禍を止める事。少しでも多く、無辜の命を救う事。
 雨と血に滑る地面を蹴って、駆け出す二人。
 押し寄せる魔鼠の群れ。疼く痛みを振り払う様に、ニコラは大鎌を振り抜いた。

「――浄化師です。救助に来ました。パニックにならず、落ち着いて。……必ず、助けます」
 降りしきる雨の中、『セシリア・ブルー』の魔術通信が静かに流れる。少しでも、住民達の恐怖を薙げる事を祈って。
「酷い……」
 『リューイ・ウィンダリア』が、足元に落ちていたヌイグルミを拾い上げる。母親の手作りであろうそれは、無残に咬み裂かれ、中の詰め物がはみ出していた。
 辺りに、持ち主の姿はない。避難したのだろうか。それとも……。
「……っ!!」
 身体が、震える。打ち付ける、雨のせいか。それとも、心にひび入る痛みのせいか。
「街一つを巻き込んだ、盛大な自殺……かしら……」
 呼びかけを終えた、セシリアの言葉。リューイは力なく、首を振る。
「お姉さんを、殺されたから……? だけど……でも、無関係の人がこんなに……こんな、事って!」
 ボタンで出来た、ヌイグルミの目。落ちた雨粒、涙の様に伝う。
「それだけ大切な、たった一人の肉親だったという事でしょう……」
「分かるさ……。 理解、出来る……。だけど……だけど!」
 伝わる、悲しみ。許せぬ、怒り。引き裂かれる想いに喘ぐ、純真。それを、少女は優しく包む。
「じゃあ、止めましょう。こんな事は違うと、伝えなければ」
 頷き、前を見る。紅に染まる、雨景の向こう。見据える、姿。
「僕は、君を殺さない……」
 少年は、誓う。
「君のした事は、許せない。だけど、同じ事で報いたら、僕達も同じになる……。それは、嫌だ」
 雨垂の向こう。騒めく影と、悲鳴。
「だから!」
 踏みしめた水溜り。底無しの、澱み。
 答えは、まだ。

 ズタズタに咬み裂かれた女性。傷に、手を当てる。天恩天賜。慈しみの光が、傷に染む。けれど、足りない。傷ついた人々の数は、一人の手が及ぶモノではなく。届いた所で、もうどうにもならない者も、また多い。
 触れていた手の先で、鼓動が絶える。息を呑み、目を伏せる。冷たくなった手。胸の上で、そっと重ねる。
 濁った鳴き声。飛びかかってきた数匹の鼠を、青い斬閃が切り払う。
「……大丈夫か?」
「ええ……」
 『シリウス・セイアッド』の問いに頷いて、『リチェルカーレ・リモージュ』は立ち上がる。滲む雫を拭う耳に、駆けてくる足音。他の浄化師達。
「後は、任せよう。符を、破壊しなければ」
 かけられた言葉に、もう一度頷く。と。
 耳にはめた魔力受信機に、微かなノイズ。目を向けた先。燃える町並み。その炎が、『彼女』の目に燃えていたそれと重なる。

 ――気に入らない――!

 蘇る、声。

 ――綺麗な髪も! 真っ直ぐな目も! 世の中全部に肯定されてる様な顔も! 何もかも――!

 ギリギリの生の中、腐敗しきった負の想い。ぶつける様に叩きつけられた、拳の重さ。

 ――何が違う!? この女とあたしと、何が違う!? 生まれ!? 種族!? そんな事で、些細な事で――!!

 受けた腕が、痛む。軋む。忘れるなと。忘れる事は、許さないと。

 絶対に、許さないと。

「私は……きっと、恵まれているのね……」
 力なく、呟く。
「家族がいて……友達がいて……大好きな、人がいて……」
 当たり前の様にあった、温もり。当然と思っていた、世界。
 けど。
 だけど。
 それすらも、幻でしかない人達がいて。
 初めて、知った。
 そんな自分の在り方さえも、人を傷つけるのだと。
「……お前が暖かい家庭に育った事と、あいつらがそうではなかった事は関係ない」
 肩を抱く、シリウスの腕。
 深緑の眼差しが、真っ直ぐに二色の瞳を見つめる。
「……俺は、お前に救われている」
 少しだけ、場違いな高鳴り。罪と知りつつも、一時委ねる。
「……ありがとう」
 微笑んで、今度こそ前を向く。
 嫌われても。
 甘いと、言われても。
 一人でも、傷つく人が減る様に。
 それがきっと、自分が報いるただ一つの術だから。
 肩の手に己を重ね、禹歩七星の祈りをかける。
 共に歩み出すその先に、必ず答えがあると信じて。



 少年は走る。
 雨の中を。
 炎の中を。
 地獄の中を。

 血溜りを撥ね。
 骨を蹴散らし。
 死臭を掻いて。

 薄い、薄い。
 けれど確かな、笑みを浮かべ。

 気づいている。
 とっくの昔に、補足されている。
 追われている。
 確認した訳じゃない。
 だけど、分かる。
 追われる感覚なんて、嫌と言う程味わってきたから。

 向こうは手練。そして、複数。
 こっちは、餓鬼が一人。
 身は隠しているけれど、その術だって向こうが上手。
 逃げ切れるなんて、思っちゃいない。
 でも。
 ずっと、這いずり回ってきた街。
 知っている。
 表の道も。
 裏の道も。
 はぐらかすなんて、簡単。
 その気になれば、撒く事だって出来る。
 裏をかいて、街を出る事だって出来る。
 だけど、しない。
 もう、そんな事に意味はないから。
 今は。
 今は、ただ。

 走る。
 走る。
 向かう場所は。
 行き止まり。



 僕は、世界に歓迎されていた。
 僕は、世界から爪弾きにされた。

 僕は、罪人になった。

 借りられる力は借りて。
 止めに行くよ。

 僕は、避けるしか能がないけど。
 だからこそ。
 ぶち込んでやる。

 燃える街を見回すメルキオスの後ろで、仲間達が言葉を交わす。
「まだ、追いつかないか?」
「反応は近くにありますが……」
「姿が追えない。地の利が、向こうにある」
 ベルトルド達の焦りが、見て取れる。
 レムが所持している筈の、起爆装置。それを処理出来なければ、事態の収拾には至らない。そして、皆の焦りの原因はそれだけではない。
 エフドとラファエラ。
 彼らは、惨劇の実行者であるレムの殺害を決意していた。
 強固な信念を抱き、強い怒りを燃やす二人。レムが年端の行かない子供だったとしても、容赦はしないだろう。
 それは、確かな答えの一つ。命の対価は、命しか有り得ない。
 けど。
 それでも。
 足掻きたかった。
 別の答えを、見つけたかった。
 それが、勝手な自己満足だったとしても。
 一つの答えの為に打ち捨てた、可能性。
 それを、もう一度だけ。
「探知の精度を……」
 ヨナが言いかけた、その時。
「あっちだよ」
 静かな、声が聞こえた。
「……メルキオス?」
 クォンタムが向けた視線の先で、見つめていたのは家々の間。狭い、隙間。
「あれが、裏路地に続いてる。そこに、入ったんだ」
「……分かるのか?」
 かけられた問いに、頷く。
「僕なら、そうするからね」
 燃える瓦礫で点けた、煙管を一吸い。吐き出した、霞の向こう。辿るのは、いつかの自分。その、思考。

「セラ!」
 リューイの双剣が舞い、セシリアに追いすがろうとした鼠の一団を弾く。
「大丈夫!?」
「ええ! それより、貴方も」
 逆方向から雪崩込んできた一群。今度は、ペンタクルシールドが阻む。
「多いね……」
「召喚符が近い証拠……。油断、しないで」
 体中を噛まれ、ボロボロになった二人。互いに背を預けながら、周囲を見回す。
 無数の鼠。一体一体は脆弱でも、数の暴力は侮れない。
 流れる血。頬の血糊を拭ったその時。リューイの目が光る。
「見つけた! 援護、お願い!」
「分かったわ!」
 走り出すリューイの前に展開するシールド。同時に放たれるペンデュラムスピンが、襲い来る鼠達を混乱状態にする。
 目の前の曲がり角。袋小路に積み上げられた、廃材。払い崩した途端、濁流の如く溢れ出す魔鼠達。
「くっ!」
 シールドで凌ぐ。死角に回った個体が噛み付いてくるが、構わない。援護を受けながら、目の前の群れを舞踏で弾く。
 飛び散る群れの向こう。顕になる、壁に貼られた召喚符。
「リューイ!」
「うん!」
 走る斬撃。再び溢れ出そうとした鼠諸共、切り裂いた。舞った符が、青白い炎を上げて燃え尽きる。
「やった!」
 セシリアが、魔力通信を放つ。仲間に、情報伝達。同時に返る、他所の状況。
「シリウスさんとラニさん、エフドさんもやったわ。 一枚ずつ」
「そう……。良かった……」
 笑顔を浮かべて頷くリューイに、問う。
「大丈夫? 行ける?」
「平気。それよりも、急がないと」
「ええ」
 頷き合い、止まない雨の中を走り出す二人。
 気を休める暇はない。他の召喚符が稼働している限り、カウントは続く。急く、心。
 だから、彼らは気づかない。
 落ちる雫。混じって流れる、青い青い。燐の粉。

 展開したペンタクルシールドが、雪崩くる鼠を押し留める。軋む腕を、歯を食いしばって支えるヴィオラ。
「ニコラさん!」
 呼びかける声に応じて、ニコラが大鎌を振り上げる。
「落ちてもらうぞ!」
 振り下ろす刃が、貼られていた木ごと切り裂く。返す刃。グラウンド・ゼロでヴィオラが抑えていた群れを吹き飛ばす。
 息をつくヴィオラが、辺りを見回す。
「数が、減ってきましたね」
「ああ。他のチームが、既に四枚落としている。残りは、一枚だが……」
「それなら……」
 目を凝らすヴィオラ。持ち前の魔力探知と、装備したウィッチ・コンタクトの併用。底上げした能力で、残りの符の在り処を探る。と。
「ありました!」
 上げる声。いくつかの街路を超えた先。建物が燃え崩れたせいで、見える場所。浮かび上がる、魔術式の片鱗。
「よし。ならば、私達で潰すぞ。他のチームにはボマーの処理と犯人の捜索にシフトする様に伝える!」
「はい!」
 走り出しながら、ヴィオラが呟く。
「……ベルトルドさん達は、レムさんに追いつけたでしょうか? それとも……」
「連絡がない。エフドにしても、始末をつければ通達があるだろう」
「………」
 過ぎ去る視界の隅。倒れている、小さな姿。思わず、足を止める。
 少女。駆け寄ろうとして、気づく。華奢な身体。破れた服の合間から覗く、朱に汚れた白いモノ。齧る鼠をペンデュラムフォーチュンで打ち払い、近づく。見下ろした少女は、動かない。
「……駄目か……?」
 ニコラの問いに、頷く。
「……許されません。許されては、いけない事です……」
 地面にバラけた三つ編みを、優しく直す。
「それでも……いえ、だからこそ、彼は死なせてはいけないと思います……」
「私も、奴には伝えたい事がある。自己満足かも、しれんが……」
 絶えた少女に、しばしの祈りを。目を開き、立ち上がる。
「行くぞ」
「はい」
 走り去る二人。
 残された少女。
 その肩に、雨と共に舞い降りる彩一つ。
 漆黒の、蝶。
 青い燐が、小さな身体にハラハラと落ちた。



「……ニコラ達が、最後の符を落としたわ」
 ラファエラの報告に、『そうか』とだけ返すエフド。
「で、どうする?」
 問う言葉。籠るのは、求めではなく確認。
「餓鬼を、追う」
「OK」
 期待通りの答えに妖しく笑むと、憤怒の使徒は逃げようとした鼠を射殺した。



 昏い裏道を、レムは息を切らしながら走っていた。
 少しの、誤算。
 追ってくる連中の気配が、変わった。
 的確に、後をついて来る。まるで、こっちの思考をなぞる様に。もう少し、余裕を持って動ける筈だったけど。
 それでも、地の利はまだこっちに分がある。
 まだだ。
 まだ、足りない。
 もっと。もっと。
 浄化師に。
 あいつらに、傷を刻まなければ。
 仕掛けたボマー。爆発の気配がない。時間から言って、鼠の召喚数は設定数を数えていい筈。
 召喚符が破壊された?
 それとも、ボマーの機能が止められた?
 相手は、戦いと魔術のプロ集団。どっちの可能性も、想定済み。
 鳩尾に、手をやる。事を始める前。胃に収めた、起爆装置。思念を送れば、停止したボマーを強制起爆させる。もっとも、その時に生じる魔力波動で身体に修復不能な障害が生じるらしい。それこそ、即死してもおかしくない程の。
 けど、それとて大した問題じゃない。
 生き延びる事なんて、端から考えちゃいない。未練なんて、ない。
 今は、傷を。
 ただ、ただ。
 少しでも、深い傷を。
 だから、もう少し。
 もう少し、だけ。
 息を整え、傍らを流れるドブ川に降りる。暗い下水を通り抜け、もう一度表道へ。これで、また少し時間が稼げる筈。そう考えながら、燃える街中に踏み出した瞬間。
 微かに聞こえた、風切りの音。
 熱い痛みが、痩せた身体を貫いた。



「……やったか?」
「ええ。バッチシ、『抜いた』わ」
 物陰から出てきたエフドとラファエラが、近づく。見下ろす地面。ブレる様に、震える。何処からともなく広がる血溜り。
 ラファエラが目を細め、手を伸ばす。
 引き剥がす、『カメレオンヴェール』。現れたのは、小柄な身体。矢に貫かれた腹部を抑えて苦悶するレムを、足でひっくり返す。
「飲み込んでたのね。端から、そういうつもりだったのかしら?」
 抑揚のない声で言いながら、観察。『どうだ?』と問うエフドに、頷く。
「電波が消えたわ。確実に、壊した」
 『そうか』とだけ答えて、連絡の準備をするエフドに訊く。
「それにしても、よく読めたわね。このクソガキの行動」
「……俺も、似た環境にいたからな」
 通信を始める彼を横目に、新たな矢を番える。
「片付けるわよ」
「あまり、痛めつけるなよ」
「喉を、潰してからね。耳障りな戯言、聞きたくないから」
 言いながら、仰向けに転がるレムを固定する様に踏みつけて。
「あら?」
 素っ頓狂な声を、上げた。
「どうした?」
「『女』よ。コイツ」
 聞いたエフドが、顔を向ける。
「男って、聞いてたんだけど?」
「……偽ってたんだろう。女と分かれば、性的暴行を受ける可能性がある。よくある、話だ」
「ああ……」
 だからと言って、罪が軽くなる訳でもない。構わず、矢を向ける。
「終わりよ。せいぜいあの世で、懺悔なさい」
 見下ろした視線が、レムのそれと合う。
 笑っていた。
 命乞いも。
 正当化の言葉も。
 居直りも。
 呪いの、声さえも。
 想像していた一切を、漏らす事もなく。
 笑っていた。
 口から溢れる鮮血で濡れた顔。子供のそれとは思えない、壮絶な笑み。
 ラファエラの背を這い登る、怖気。
 馬鹿な、事。
 罪は、裁かれなければいけない。
 正義は、成されなければならない。
 執行者である自分が、怖じけてはいけない。
 振り払う様に、引き金を引く。
 放たれる、矢。レムの喉元めがけ、真っ直ぐに――。



「シャあぁああアアっ!」
 牙を剥いて飛びかかってくる、スケール3。一瞬早く束縛する、鬼門封印。
「シリウス!」
 リチェルカーレの呼びかけと共に、吼えるアステリオス。炸裂する、過ぎた威力。ボロ切れの様になったベリアルが、砂へと還る。
 蒼剣をダラリと下げて、荒い息をつくシリウス。疲れの為ではない。やり切れない、思いの為。エフドから、通達があった。起爆装置を、破壊したと。
 彼らは、魔力放出機を所持していない。
 決意、していたから。
 つまりは、そういう事。
 分かっている。理解している。
 あまりにも、重い罪。
 許される事など、有り得ない。
 生きて捕縛したとしても、恐らくは……。
 けど。
 それでも。
 せめて、伝えたかった。
 あの時。彼の姉が遺した、想いを。
 リチェルカーレが、伏せていた顔を上げる。視線の先。壁に張られた、符。朱と緑の二色に輝く、魔方陣。簡易型ヘルヘイム・ボマー。止めなければいけない。それが、最後の仕事。手に嵌めた、グローブ。魔力放出機。押し当てる。放出される土気の魔力が、符に染みていく。魔方陣の、輝きが消える。
 機能停止、確認。
 小さく息を吐いて、壁に持たれる。
 何度も、経験した事。
 何度も、思い知らされた事。
 分かりきった事。
 また一つ、消えない傷が増えただけ。
 でも、慣れる事のない、痛み。
 虚ろに揺らぐ、視界
 彼はまだ、雨の中で佇んでいる。濡れそぼる肩が、震えている。
 街が、燃えている。
 まるで、彼ごと全てを飲み込もうとする様に。
 不安な幻想を振り払い、彼へと向かう。せめても。せめても、彼の痛みを。触れようと、手を伸ばしたその時。

 火が、消えた。

「……え?」
 街のあちこちで燃え盛っていた炎。降りしきる雨の中でさえ衰えなかったそれが、消えた。まるで、命の灯火が絶える様に。周囲だけではない。遠く。もっと、向こう。街中の火が、消えていく。
 最初は、他の浄化師達が消火活動を始めたのかと思った。けど、違う。あれだけの火勢。あれ程の数。一斉に消す術など、ある筈もない。
「何が……」
 言いかけて、気づいた。
 シリウスが、顔を上げている。呆然と。見上げている、空。
 追う様に、見上げる。落ちてくる、雨。青い、燐。
 蝶が、舞っていた。
 降りしきる雨の中を、無数の蝶が。漆黒の蝶の群れが、舞っていた。青い燐火を、散らしながら。
「……何を、しに来た……」
 シリウスが、呟く。知っている。そう。知っているのだ。彼は。そして、自分も。
 戦慄く、唇が紡ぐ。
「タナ……トス……」
 唱う響きは、どこまでも忌ましく。
 あの夜。昏く冷たい牢獄で出会った、絶対たる告死の現象。
「どう、して……」
 蝶が舞う。落ちる雨粒の影響など、まるでない様に。ヒラヒラ。ヒラヒラと。
 向かう方向は、一つ。まるで、目的がある様に。
 何?
 何処に、向かっているの?
 思い、至る。
 アレは、死を告げる。
 死を、与える。
 人に。
 罪ある、人に。
 と言う、事は――。
「生きて……いるの? あの子が……」
 そう。今、ここにいる罪人は、ただ一人。
「待って……」
 駆け出す。思考よりも、早く。
「お願い……」
 蝶は舞う。聞く意味は、ないと言う様に。
 それでも。
「殺さないで……」
 それでも。
「もう、殺さないで!」
 殺す事は、断罪にはならない。
 せめて、そうあって欲しいから。
 蝶が舞う。その場所へ。罪火の命を、摘み取りながら。
 呆然と、見送る空。
 願いは、届いただろうか。



 舌打ちの音が、小さく響いた。
 レムの喉めがけて放った矢。届く瞬間、伸びてきた黒い手がそれを掴み取っていた。
「遅かったわね。ブラックパンサー」
 矢を捨てるベルトルドに向かって、ラファエラが言う。
「ヨナ、応急でいい。手当てを」
「はい」
 応じて、レムに駆け寄るヨナ。
「矢は抜かない方がいい。内蔵を傷つけるし、血が出てしまう」
 クォンタムとメルキオスも、歩み寄りながら言う。
 そんな皆を見ながら、大袈裟に息をつくラファエラ。
「条約違反よ。最初に見つけたのは、こっち。始末は、つけさせてもらうわ」
「言いたい事がある筈だ。言わせてやれ」
「おじさん?」
 かけられたエフドの言葉に、ラファエラが振り返る。
「起爆装置は壊した。焦る必要はない。それくらいの時間、良いだろう」
「……分かったわよ」
 不満そうながらも、弓を下ろすラファエラ。
「すまない」
 礼を言ったベルトルドが、頭だけで後ろを見る。
「聞こるか? レム」
 荒い息をつく少女が、瞳を向ける。意識がある事を確認し、言葉を続ける。
「話は聞いた。お前を解放する為に、テナはあの貴族の元にいたのか」
 『テナ』。届いた名に、レムの身体がピクリと動く。
「神は、不公平だ。生きていく事すらままならない者に尚過酷な道を示し、及ばなければただ死に導く。やるせない、事だ。だが……」
 ――委ねる必要は、ない――。
 告げる。
「この世界に一矢報いたいのなら、神を直接殴る術を探す方が余程爪痕を残せるぞ」
 漏れる、荒い息。喉の奥で血が鳴る音が混じる。無理に、答えは求めない。ただ、選択の道を。
「俺は、やる。お前が望むなら、共にその道を」
 そして、伝えたい事はもう一つ。
「ただ、テナの仇を取りたいのなら、それでもいい。生きて、いつか俺の背を狙え」
 感じる視線。答える。
「……俺も、あの事件に関わった」
 動揺の気配はない。察していたのか。それとも、区別をつける事も意味がないのか。
「姉(テナ)を死なせて、すまない」
 向けた言葉の先は、彼女か。それとも、己か。



「これ……まさか!」
「タナトス……か!?」
 空を舞う、無数の黒蝶。見上げたラニとラスが、戦慄く様に目を見開く。
 少し前、エフドから届いた起爆装置破壊の報告。複雑な想いを抱きつつも、振り切る様にボマー処理に回った二人。明らかに勢いの衰えた、鼠達。せめてもの安堵を覚えた時、異常に気づいた。
 過る不安と、恐怖。
 警戒しながら、動向を見守る。
「何しに来たのか知らないけど、無差別殺人とかやめてよね! マジで!」
 引きつる様な、ラニの声。
 しばし。蝶の群れが降りてくる様子は、ない。見つめていたラスが、思い切った様に言った。
「行くぞ! ラニ」
「え!? でも!」
「タナトス(あいつ)が狙うのは、犯罪者だけだ。恐らく、一般人には手を出さない」
「あ……」
 確かに。前に調査した時も、犠牲者は犯罪者ばかりだった。けれど……。
「そんな事、分かんないじゃん!」
「やらなきゃならない事を、見失うな!」
「!」
 そう。街中にはまだ、稼働中のボマーが幾つもある。ベリアルの召喚が止まったとは言え、何をきっかけに爆発するか分からない。
「行くぞ」
「う、うん……」
 不安を残しながら、進める歩。雨幕の向こう。聞こえてくる、唸り声。現れたモノ。大型の類人猿の様な、異形。
 ラット・ベリアル。スケール3。
「出たわね」
「アレがいるなら、ボマーは近くだな……」
 牙を鳴らしながら身構える、ベリアル。走る、二人。
 噛みかかる牙を受け止めながら、ラスは思う。
 タナトスを放置した理由。
(アイツは、罪人を狩る。そういう、存在だ)
 ならば、現れた理由は明確。
(生きているんだな。レムが……)
 それは、暗闇の中のあえかな灯火。掴めるかもしれない、あの日の欠片。
(役目を終えたら、すぐに行く。だから、ベルトルド。メルキオス……)
 担う仲間に願う。
(踏ん張ってくれ!)
 ラニが放った磔刺が、跳ね回るベリアルを壁に縫い止める。
「ラス!」
 応じて、走る。
「急用が出来た」
 振り上げる、斧。
「さっさと、終わらせてもらう!」
 渾身の粉骨砕心が、魔性の権化を粉々に砕いた。



「君が世界に牙を剥いた理由は、何?」
 見下ろすメルキオスが、問う。
「汚れ仕事で稼いだ金でも、金は金。養い手という絶対の味方が居たんだから、いいじゃん」
 息が、荒い。過ぎる時間。流れる血。命は少しずつ、消えていく。
「たった一人だけにした世界に、思い知らせてやりたいんだろう? でもその選択肢、間違えてるよ」
 それでも、目の光は揺るがない。終わって、いない。だから、続ける。
「思い知らせる方法は、他にもあった筈だ」
 今だ燃える、炎。その熱に、呼びかける。
「と言うか、本当にそれで思い知らせられると思ってるの? 別に世界は君が居ようが居まいが、関係なく日は巡るのに」
 そう。所詮は神の掌で回る一人舞踏。悟らねば、ならない。それを、願うのなら。
「僕は君を殺さない。そんな簡単な終わりなんて、あげない」
 だから、突きつける。残酷で、虚しい答えを。
「何で人殺しちゃいけないか、知ってる?」
 その炎が、真に向くべき先を得る様に。
「罪を犯すのは、人しかいないからさ」

 血に汚れた、幼い顔。
 笑った。
 儚く。
 悲しく。
 嘲る、様に。



 魔力放出機から出た魔力が、ボマーの魔方陣に染みる。停止を確認したリューイが、膝をつく。
「リューイ」
 駆け寄ったセシリアが、簡易救急箱を取り出す。深い噛み傷。縛る包帯の下から滲む、血。
「ありがとう」
 お礼を言って立ち上がろうとした足が、ふらつく。支える、セシリア。
「無理、しないで」
「大丈夫……。それに、行かないと」
 スケール3が消滅間際に遺した呪い。『シペック』。一時的に生命力を減退させるその効果が、消えていない。それでも、急ぐ理由は一つ。
 空を仰ぐ、二人。
 舞い続ける、告死の蝶の群れ。
 目的は、きっと。
 頷き合って、歩き出す。死が向かう、その先へ。

「間違いないな」
「ええ。話に聞いた通りのモノです」
 喪の群れを見上げるニコラの問いに、ヴィオラが答える。
「殺人現象、タナトス……」
「現象……ではないな。明らかに、意思を持って動いている」
 流れる様に統一された動きを見たニコラが、判断する。
「……行くぞ」
「相当、危険な存在ですよ?」
「だからこそだ。報告書の通りなら、現れた理由も知れる」
 あの先に、かの者がいる。確信を持って、言う。
「言っただろう。奴には、言いたい事がある。それに……」
 眼鏡越しの視線が、ヴィオラを見る。
「それは、お前も同じだろう?」
 向けられた言葉に、当然の様に微笑む。
「ええ。せめても、してあげたい事が……」
「ならば」
「はい」
 成すべき事は、終えた。だから、今は残りし思いを届ける為に。

 停止したボマーに背を向けたシリウスが、見上げるリチェルカーレに歩み寄る。
「どうだ?」
「蝶が、まだ。多分、顕現はしていないわ……」
 頷いて、問う。
「行くか?」
「ええ……」
 予想通りの答え。
 危惧は、ある。『アレ』の恐ろしさは、身に染みている。黒炎すら及ばない、超常の存在。対する術は今だなく、戦いになれば今度こそ危うい。
 それでも……。
 真っ直ぐに見つめる、二色の瞳。
 止める事も、出来る。
 諌める事も、出来る。
 けど、それを彼女は良しとしない。今手を引けば、それは深い傷となって心を蝕む。
 ならば、遂げさせよう。
 その想いを。
 願いを。
 例え、待つのが絶望であったとしても。
 アステリオスの柄を握り締め、告げる。
「行こう」
「ええ」
 返る声。迷いなど、ある筈もなかった。

 最後の報告。全てのボマーの停止を、確認する。
「終わった」
「それなら……」
 振り仰ぐ、空。雨の向こう。舞い続ける、蝶。
「召喚符は壊した。ボマーも、止めた」
「ああ」
「火は、『アイツ』が消した。鼠は、他の皆が駆除してくれる」
「ああ。だから」
「やり残しは無し! 行って、大丈夫!」
 頷き合う、ラニとラス。揃って、走り出す。
「全く! このまんまじゃあ、気持ち悪いのよ! 色々と!」
「同感だな」
「取り敢えず、ブチまけるわよ! 生きてる、ガキんちょに!」
「当然だ」
 だから、少し。もう、少しだけ。
 繋がる、時間を――。
 届ける、術を――。

 蝶が、飛ぶ。
 全ての想いを、誘う様に。



「分かって、ねぇ……」
 途切れ途切れの、声が言う。
「分かって、ねぇよ……。アンタ、達……」
 見下ろす、皆の視線。精一杯の嘲りで、受ける。
「世界なんて、どうでも……いい……。神様は、嫌い……だけど、やっぱ、いい……」
 声が、上手く出ない。喉の奥が、ゴボゴボと鳴る。咳き込むと、溜まっていた血がコポっと溢れた。
 金髪のエレメンツが、ハンカチで血を拭う。痛そうな、目。
「キレイ、だよ……な……。アンタ、達……」
 拭う手が、ピタリと止まる。
「ホント……キレイ……。生きて、て……燃えて、て……キラキラ、して……。でも、さ……」
 振り絞る。皆に、聞き取れる様に。
「生きて、たんだ……。オレも……姉貴、も……」
 降り落ちる雨が、血を流す。まるで、命を溶かす様に。
「キラキラ、してない……燻るだけの、焼け滓、だけど……生きて、た……」
 目尻から、何かが流れる。
「だから、殺したん……だ……」
 涙なのか。雨粒なのか。もう、分からないけれど。
「こう、すれば……殺す、だろ……? 殺して、くれるだろ……?」

 ――浄化師(アンタ)達が――。

 息を飲む、気配がした。少しだけ、笑う。
「いつも、言ってる……。『命の価値は、同じ』って……。だから、コレで……」
 振り絞る。最後の、力。

 ――本当の、同じ――。

 答えは、なかった。
 そう。それが、レムが成したかった事。
 証明、したかった事。
 命の価値が、同じなら。
 殺した、自分。
 その自分を、殺す者達。
 その価値も、また同じ。
 そうやって、己の価値を。姉が、生きた証を。
 証明する事。

 酷く、幼稚な道理。
 酷く、稚拙な理論。
 故に、限りなく純粋な思考。
 正義も、悪もない。
 正しく、レムは小娘だった。
 蟲を千切り殺し、その行為によって命を学ぶ。
 ごく普通の、幼い子供だった。

 ラファエラが、弓を構える。
 遮る様に立つ、ベルトルド達。
 彼女は、言う。
「退きなさい。ブラックパンサー」
 狙いは真っ直ぐに、レムの心臓。
「聞いたでしょ。コイツは、手遅れ。いいえ、『早過ぎる』わ」
 けれど、ベルトルドは動かない。ヨナも。メルキオスも。そして、クォンタムも。
「そうだ。『早過ぎる』。生きるのも、そして死ぬのも」
「コレは、僕達に、浄化師に殺される事を願ってる。それで、自分達と僕達が同じである事を証明しようとしてる。殺れば、思う壺だよ?」
「それでもだ」
 ベルトルドとメルキオスに対峙する様に、エフドが前に出る。
「どんな事を望んでいようと、多くの殺しをした事に変わりはない。始末は、つけさせる」
「殺した所で、成就を手伝うだけだぞ?」
「死んだ連中の弔いには、なるわ」
 クォンタムの言葉を、蹴り捨てる。決意は、揺るがない。
「それが、私達……浄化師の矜持を損なう事になっても?」
「今更だな。サクリファイス。終焉の夜明け団。今まで、どれだけの人間を殺めてきた? 俺も、お前達も」
 返された事実。押し黙る、ヨナ。
「罪も偽善も、背負うと決めた筈だ。浄化師となった、その時から」
「退きなさい。今必要なのは、慈悲じゃない。断罪よ!」
 それでも、ベルトルド達は動かない。
 エフドが、溜息をつく。構える、双剣。
 応じる様に、ベルトルド達も構えを取る。
「どうしても、か?」
「どうしても、だ」
「……味方同士なんて、後味悪いんだけどね」
 張り詰める空気。弾けようとした、瞬間。

――償イヲ、望ムカ――?

 響いた音が、全員の身体から熱を奪う。
 咄嗟に向けた視線。崩れた瓦礫の山。陽炎の様に揺らめく、影。
 青い燐と黒い蝶。二色の虚無を纏う、白痴の仮面。
「――――っ!!」
「タナトス!!」
 『ソレ』を知るベルトルドとヨナが、怖気と共に身構える。
「タナトスだと!?」
「コイツが!?」
 動揺する、皆。目を見ないようにと告げようとした、ヨナが気づく。
「目が、ない……?」
 黒影の中に浮かぶ仮面。そこに描かれている筈の、青燐の単眼。告死の魔眼。それが、なかった。
「攻撃の意思が、ないの……?」
 応じる様に、鳴る。
 リィイイ、リィイイと。啜り泣く。

――望ムカ――?
――償イヲ――。
――断罪ヲ――。
――サレド、生ヲ――。
――望ム、カ――?

 声ではない。音。形を成さない音が、型を成して耳を撫でる。
 答える者は、いない。けれど。

――然リ――。

 瞬間、暗い空。尚深い、闇に沈む。
 見上げる。燐火を纏いて落ちくる、黒の群れ。
「きゃあ!」
「うぉお!?」
 雪崩落ちる、無数の蝶。渦巻き、向かう先は――。
「レム!?」
 横たわる少女。矢に穿たれた、腹の傷。潜り込んでいく。次々と。上がる、苦悶の悲鳴。動けない。誰も。ただ、竦む。
 永遠の様で。けれど、一瞬で。
 悪夢の如き告死の群れは、消えた。少女の小さな、身体の内へ。身動きしなくなったレムに、クォンタムが駆け寄る。確かめる、鼓動。呼吸。
「生きて、いる……」
 ほんの少しの、安堵。ベルトルドが、問う。
「何を、した?」

――千ト、六七八――。

「何……?」

――千ト、六七八――。
――今宵、此方ニテ死シタ数――。

 音が鳴る。静かに。冷たく。

――等シキ死ヲ、与エタ――。

「どういう、意味だ……?」

――今宵至リシ、死。其ヲ経ネバ、ソノ者ハ至レヌ――。

「え……?」

――等シキ数ノ死ヲ得ネバ、黄泉ニ渡レヌ――。

「――!!」
 理解した、意味。凍る、背筋。
 音は、鳴る。二人の、断罪者に向けて。

――求ムナラ、与ウガイイ。千ト六七八、等シキ数ノ苦痛。サスレバ――。
――其ハ、確カナ罰トナル――。

 音は、鳴る。希望に足掻く、皆に向けて。

――望ムナラ、生カスガイイ。時ノ果テ、育チシ心ハ知ルニ至ル――。
――終ワル事無キ、罪業ノ責メ苦――。

「貴様……」
 誰かの、呻き。
 二つの風切りが、鳴る。
 半月の剣閃と、憤怒の矢。
 放った、ラファエラが言う。
「気に食わないわ……。何様よ。アンタ……」
 振り抜き、メルキオスが問う。
「君は何? 神? 悪魔? どの道、碌でもないモノだよね?」
 苦痛の色は、ない。そも、届かない。
 ユラユラと揺らぎながら、『ソレ』が鳴る。

――……『いざなみ』……――。

「!!」
 ベルトルドとヨナが、目を見開く。

――我ハ、『いざなみ』――。
――現世(うつよ)ニ零レタ、『地獄』ノ欠片――。

「地獄の……」
「欠片……?」
 瞬間、解ける型。無数の黒蝶。青と共に、舞い上がる。
「行かせない!」
「待て」
 駆け寄ろうとしたヨナを、クォンタムが止める。
「何か……居るぞ」
「え……?」
 解けゆく、蝶の群れ。その中に、細い人影。灯る、光。
 朱い、朱い、陰陽の図。それが、言う。音ではない。確かな、『声』で。

「その子は、砥石。あなた方の命を、研ぎ上げる」
「研いで。磨いて。輝いて」
「尊く。美しく。もっと、もっと」

 何処かで、聞いた声。ヨナは、呟く。
「あなた、は……」

「お待ちしております……。愛しい、方々……」

 最後の一節。残し、舞い解ける。
 散り散り。散り散り。雨の中。
 綺羅々。ひらひら。溶けて、消えた。

「ベルトルド! エフド!」
「無事か!?」
 聞こえる声。シリウスと、ニコラ。
 駆けてくる、ボロボロの皆。
 倒れているレムに気づいたリチェルカーレとセシリアが、治療を始める。
 リューイとラスが、空を仰ぐエフドに問う。
「タナトスが……。何が、あったんですか?」
「終わった、のか?」
「……終わらん……」
 答えて、首を振る。
「……もう、永遠にな……」
 呟く声は、ただ虚しく。

 雨が降る。
 雨が降る。
 身体に。
 心に。
 濡れそぼるまま、立ち尽くす。
 何処にも行けない。
 行き止まり。



 『イザナミ』の言葉は、程なく実証された。
 収監されたレム。
 下された裁きは、彼女の命を絶つに至れなかった。
 ただ、死に等しい苦痛を与えるだけで。
 数回の苦慮を経て至った判断は、放置。
 千を超える死を与え続ける役など、課せられた者達が耐えられないと。

 深い深い、監獄の中。
 少女は眠る。
 ヴィオラが教団に願い、戻したテナの腕輪。ニコラの意と共に渡されたソレを抱き。
 今日も少女は、ただ眠る。
 何処にも行かない。
 何処にも行けない。
 行き止まりという名の、迷宮で。



行 き 止 ま り
(執筆:土斑猫 GM)



*** 活躍者 ***

  • エフド・ジャーファル
    粋な人生だぜ、クソ……
  • ラファエラ・デル・セニオ
    私は殺し屋よ。それも自発的な。
  • クォンタム・クワトロシリカ
    ・・・メルキオス、騒がしい。
  • メルキオス・ディーツ
    やぁ!こんにちわ、こんばんわー

エフド・ジャーファル
男性 / 人間 / 墓守
ラファエラ・デル・セニオ
女性 / ヴァンピール / 悪魔祓い

クォンタム・クワトロシリカ
女性 / エレメンツ / 断罪者
メルキオス・ディーツ
男性 / 人間 / 魔性憑き




作戦掲示板

[1] エノク・アゼル 2020/04/06-00:00

ここは、本指令の作戦会議などを行う場だ。
まずは、参加する仲間へ挨拶し、コミュニケーションを取るのが良いだろう。  
 

[18] ベルトルド・レーヴェ 2020/04/14-22:04

召喚符対応が多いならヨナは犯人捜索に同行させよう。
カメレオンヴェールには魔力感知も有効のようだしな。

ご期待に備えるよう努力はしよう(肩竦め  
 

[17] クォンタム・クワトロシリカ 2020/04/14-22:03

起爆装置の破壊方法が明確になったようだな。
ニコラはお問合せ、お疲れ様だ。ありがとう。

……私は説得するほどの言葉を持ってないと思うが、相棒が言いたいことは言いたいらしい
故に、犯人の…レムに直接行かせていただこうかと。  
 

[16] ラファエラ・デル・セニオ 2020/04/14-01:24

私も含めてもう多くが召喚符行きになるようね。
改めて言うわ。私とおじさんはあのマザー〈ピー〉を許さない。確保されてないあいつに会ったら問答無用で殺してやる。
上手くやってね、ブラックパンサー。  
 

[15] リューイ・ウィンダリア 2020/04/13-22:19

僕たちのところにも連絡がきていました。
二コラさん、問い合わせありがとうございます。
殺さなくてすむ、起爆装置破壊の方法がわかって安心しました。

タナトス…出てきても対処の方法がわかりませんが。とりあえず今回は戦闘にはならなさそうでほっとしています。
僕たちも目は合わせたくないです…。
探索中に何か情報を掴んだら、セラが魔術通信で皆さんに伝えるようにしたいと。  
 

[14] ラニ・シェルロワ 2020/04/13-20:02

本部から連絡が来たわね
魔力放出機でもいいし、手加減した攻撃でもいいんですって

んっと…特に説得っつっても言えるような事思いつかないし
あたしも召喚符を破壊しようかな
とりあえず、無限沸きを止めなきゃ話にならないし
一緒に来てくれる浄化師の人達に避難とかお願いするの、アリだと思うわ

って…あの訳わかんないの(タナトス)来るかもしれないの?
流石に横からいきなりやってくるとか無いとは思うけど、うぇー…見かけても目は合わせないようにしとこ  
 

[13] ニコラ・トロワ 2020/04/12-22:10

では私もまずは召喚符の破壊に行こう。
100名の浄化師がいてくれるようだから、既に街中にいるベリアルはそちらに任せ邪魔な者だけ相手にしながら行くとしよう。

起爆装置は「土気の魔力によって停止可能」とあるから、魔力放出機の魔力を浴びせれば停止するのかと思っていた。ただ、
「土気の魔力によって停止可能。また、物理破壊によっても処理可能。その場合は、レムの殺害が前提となる(他に破壊の方法があれば、その限りではない)」
の部分を読むと、魔力・物理破壊のどちらでも殺害前提とも見える気がしたので、現在本部(運営さん)に問い合わせを行っている。
返事が来たらまた書き込みに来る。  
 

[12] シリウス・セイアッド 2020/04/11-23:14

レム探索を最優先する者と、永続召喚符破壊を優先する者に分かれるのはいいと思う。
優先度がレム>召喚符>ボマーなら とりあえず俺たちも召喚符の探査と破壊を希望で。
人数や作戦によっては動くので言って欲しい。

…街の人間の避難は、まだ済んでいないのだろうか。リチェが、もし要救助者を見つけたら応急手当て後NPCの浄化師たちに託したいと言っている。
特に見つからなければ、リューイのあげたように向かってくるものだけ倒し、召喚符を探すつもりだ。  
 

[11] リューイ・ウィンダリア 2020/04/11-20:40

書き込みが遅れました。
魔性憑きのリューイと占星術師のセシリアです。
どうぞよろしくお願いします。

レム担当と召喚符破壊に別れる感じでしょうか?
では、僕たちは召喚符破壊の方を希望します。
向かってくるベリアルだけ倒して、捜索メインで動く認識ですがこれでいいでしょうか?
違っていたら教えてください。
起爆装置、ラニさんの言うように物理破壊じゃない方法で止められるといいんですが…。  
 

[10] ベルトルド・レーヴェ 2020/04/11-19:09

いや、エフド。ラファエラにも譲れない部分があるのだろう。
そうは言っても、俺も引き下がれない話だ。
ただ、一方の主張だけ通すのもフェアではないし、
この話題で水掛け論を起こすのを避けたいのにはこちらも同意する。

つまり、エフドの案に乗ろうと思う。
ただその場合、俺は犯人の元に真っ先に向かう事を希望する。
⋯⋯正直、提案が無くとも同じ事を言ったとは思う。
どうか行かせて欲しい。
ヨナを連れていくか迷う所だが、そこは他の意見や希望を聞いて決めようと思う。

100人の浄化師には、既に発生したラットベリアルの退治にあたって貰うのがいいだろうか?
スケール3ベリアルはボマーに張り付いているお陰か被害は少ない状態だろうし、召喚符の後でじっくり、でも良いように思える。

タナトスはおそらくジョーカーみたいなものだろう。
今回はある程度こちらの希望に沿う予感はする。  
 

[9] エフド・ジャーファル 2020/04/10-21:38

おいラファエラ、そこまでだ。次は何をほざく気だ。殺してほしいならそうしてやるってか?これ以上の無礼は許さんぞ。

(頭を下げた)
初っ端から喧嘩腰で申し訳ない。だが正直な所、俺も奴を生かす気にはなれない。一鉄砲玉の背後関係に期待できるかは疑わしいしな。だから泥沼の水掛け論になる前に提案したい。

ここにいるメンバーには、困難な説得をやり遂げた者が何人もいる。奴を殺さずにどうにかできる自信があるなら、俺達よりも先に見つけて対処してくれ。
この自制心のないアマへの罰として、俺達は召喚符を優先する。一組か二君は、奴を重点的に探すことを提案する。
どのみち奴への対応は急務だ。召喚符が全滅した時に起爆装置がまだ動いてれば、爆破されかねないからな。
俺達が先に会ったら、……奴のクソみてぇな人生は終わりだ。

どうだろうか。  
 

[8] ラニ・シェルロワ 2020/04/10-19:48

はいはーい、断罪者のラニと拷問官のラスです。えらいことになったけど、今回もよろしく

あたしも優先度的にはレム、永続召喚符>ボマーに思うわ
停止したボマーだけなら、スケール3だけ倒して後回し…とかでもいいかもね
それをやる余裕があるかはともかくとして

実行犯だけど、あたし個人としては捕縛で済むならそっちの方がいいんじゃないかしら
見逃すのは論外、っていうのは同意だけどね
…物理衝撃じゃなくてもいいなら、それこそかなり手荒だけど、土属性の攻撃ぶち込んでみるとか?
あ、でも飲み込んでるなら意味ないかしら。魔力放出機をぶつける…とか…?だめね、流石に頭悪すぎるわこれ…  
 

[7] メルキオス・ディーツ 2020/04/10-19:44

やぁ!こんにちわ、こんばんわ。
魔性憑きのメルキオスと断罪者のクォンタムでっす。よろしくね~

えーと、順序とすると、ネズミ召喚符をどうにかしてから、レムって起爆装置持ってる奴をどうにかする感じか、もしくは同時にどうにかする感じかな?
まぁ、うん。殺すのは簡単だよ。 でも、レムって奴を殺しても、こいつと同じ様な考えの奴はごまんといる。
同じ様なのを探してきて同じ様なことをまたされるだけだねぇ~

とりあえず捕縛して腹殴ってでも起爆装置吐かせる、くらいかな。
その後にヘルへイムボマーどうにかする感じかな。

……問題はその後だよね。
例え生かして独房にぶちこんでも、多分タナトスに殺されて、背後関係も洗えずにこの件は終了、しちゃうかも。
個人的にはそっちをどうにかしたいなぁ

あぁ、そうそう。
大量殺人鬼って言うならね、君は僕も殺さなきゃならなくなるよ。  
 

[6] ニコラ・トロワ 2020/04/10-04:03

拷問官のニコラ・トロワと占星術師のヴィオラ・ペールだ。
よろしく頼む。

そうだな、ひとまず永続召喚符を何とかするのが先だろう。
ベリアルが増えなければヘルヘイム・ボマーは起動しないようだしな。
レムの持つ起動装置もボマーが停止してなければ使うことは無さそうだ。
補助アイテムがあれば魔術通信・魔力探知と同じ能力が使えると言う事らしいし、召喚符もボマーも共に6つあるようだから、現在の人数だと1ペア1つずつ担当していくのが良さそうだろうか。

レムだが、私もひとまず捕縛の方針を推させて貰う。
以前受けた指令でこいつの姉に会った事があるのでな、少し話がしたいのだ。  
 

[5] ラファエラ・デル・セニオ 2020/04/10-00:52

手遅れよ、ブラックパンサー。
その背景とやらが、この惨状の言い訳になると思ってんの!?
あのサノバ〈ピー〉はもう未遂じゃない、紛れもない大量虐殺犯よ!そんな野郎の何を掬い取ろうってのよ!  
 

[4] リチェルカーレ・リモージュ 2020/04/09-23:49

リチェルカーレです。パートナーはシリウス。
アライブは陰陽師と断罪者です。
どうぞよろしくお願いします。

レムさんですが、わたしも殺害、は、したくないです。
捕縛方針を希望させてもらいますね。
捕縛アイテムが貸してもらえるのは探査に役に立ちそうですね。ラファエラさんのいうように召喚符は早めに破壊したいと思います。  
 

[3] ベルトルド・レーヴェ 2020/04/09-22:22

断罪者ベルトルドと狂信者ヨナだ。宜しく頼む。

ラファエラならそう言うだろうと思った。
だが、俺は実行犯を殺すのには賛成できないな。
犯人は所謂、社会の枠組みからこぼれ落ちた社会的弱者だ。
そういった者を掬い取る事も出来るのが浄化師だと、俺は思っている。
背景も鑑みず、ただ殺すのでは強権による粛清でしかないしな。
もはやそんな時代でもあるまいよ。  
 

[2] ラファエラ・デル・セニオ 2020/04/09-00:25

召喚符を急いで潰すべきなのは間違いないわね。
実行犯の起爆装置は「機能停止したボマーを」強制爆発させる。て事は、停止した時しか使えないって事かしら。
だったらボマー自体は後回しにしてもいいかもね。
何にせよ、実行犯は殺してやる。