二つ星
普通 | すべて
6/8名
二つ星 情報
担当 土斑猫 GM
タイプ EX
ジャンル 戦闘
条件 すべて
難易度 普通
報酬 多い
相談期間 6 日
公開日 2020-06-03 00:00:00
出発日 2020-06-12 00:00:00
帰還日 2020-06-22



~ プロローグ ~

 カツン。
 手から、注射器が落ちた。
 中身は、ヒュドラの血から精製した毒。
 低位であれば、八百万の神すら殺せると言う、顕界最強の猛毒。
 これを、濃度が十倍になるまで濃縮した。
 それを、通常致死量の十倍の量、注射した。
 注射器の半ば程まで入った時点で、苦悶の末に悶死する。
 通常で、あれば。
 けれど。
 だけど。
 生きていた。
 否。
 『生きている』というのは、語弊があろう。
 死んだのだ。
 確かに、死んだのだ。
 其に到達する、苦痛を経て。
 全ての生命活動の、停止を持って。
 彼女は、尚、生きていた。
 その記憶に、体感した死の全てを内包したまま。
 ドンと言う、音が鳴る。
 執行者が、壁によろけた音。そのまま、ズルズルと崩れ落ちて顔を覆う。
 七回。
 前の処刑人から役を引き継ぎ、執行した回数。
 先の者は、四回彼女の首を断ち、挫折した。
 物理的な方法では無理と分かり、薬殺に切り替えられた。それでも尚、彼女はこの世に在り続ける。
 毒。
 劇薬。
 魔術薬。
 あらゆる選択肢の中で、最凶のモノを選んで投与した
 『決して苦しめる事なきように』と言う、教団の意思に反してまで。確実に、死をもたらす筈のモノを。
 でも、彼女は死なない。
 否。死んで、そしてまた生きる。
 死に至る苦しみを、繰り返しながら。
 もう、駄目だ。
 執行人は、嘔吐しながら嗚咽する。
 一度の面識。一度の執行。極時折の、断罪の落刃。
 だからこそ、耐えられる。
 過酷だけど、耐えられる。
 けれど、彼女は……。
 己の意思で、担った職務。自他共に認めた、強靭な精神。
 罪を断するのならば、理において常に正しき者であれ。
 そう。
 だからこそ。
 彼はもう、耐えられない。
 理を。正しきを理解するからこそ。
 もう、壊れるしかない。

 死出の苦しみ。残る余韻に戦慄きながら、疲れ切った目で彼を見る。
 自分を殺す。殺し続けると言う苦悩に屈した、彼を見る。
 虚ろな、瞳。
 ゴポリ。
 薄く開いた口。零れる、血の塊。流れるそれに頬を濡らし、『レム・ティエレン』はハァと息を吐いた。

 蝶が、舞う。

 ◆

「春に桜が香る夜は……雲雀が恋歌歌うまで……父の背に乗り眠りましょう……。夏に蛍の灯火燃ゆる夜は……椎に空蝉止まるまで……婆の歌にて眠りましょう……」

 灯りの落ちた、教団の団員寮。その一室のベランダから、静かな静かな歌が聞こえていた。
 部屋から持ち出した椅子に立ち、小さな身体を手摺に預けて。長い白絹色の髪を揺らす少女が一人。遠い夜空を見上げて歌っていた。

「秋に雁が渡る夜は……サルナシの実が熟れるまで……爺の語りで眠りましょう……。冬に雪虫舞う夜は……雪が星に変わるまで……母に抱かれて眠りましょう……」

 口ずさむそれは、子守歌。教えてくれたのは、優しい先輩達。遠い日に別れた人が、最期の絆に置いていったモノだと。もう、顔も思い出せないのだけど。

「お目々覚めたら上げましょう……雲雀が歌った恋歌を……空蝉止まった椎の枝……青くて甘いサルナシを……雪色に光る星の屑……。だからお休み……可愛い子……お眠り……お眠り……愛しい子……」

 歌が、止まる。
 見上げる、朱い瞳
 満天の、夜空。
 浮かんでいたのは。

 朱い、陰陽。

「あら?」
 無邪気な、声が尋ねる。
「貴女は、だぁれ?」
 微笑む様に歪む陰陽。
 差し伸べられる、白い手。

 蝶が、舞う。

 ◆

「………」
 微かに聞こえた声が、浅い悪夢に微睡んでいた彼女を覚醒させた。
「………?」
 身を起こして、声のした方を見る。
 格子の向こう。誰かが、立っていた。教団本部の地下最下層。凶悪犯だけが監修される、大監獄。訪れる者など……ましてや、今の自分にそんな相手などいる筈もないのに。
「ねえ、貴女……」
 また、声。子供。それも、自分より幼い少女のモノ。
 目を凝らす。
 確かに、女の子。長い三つ編み。白絹の色。見つめる瞳。深紅。尖った耳は、彼女がエレメンツの血を引く証。
「こっちに、来て」
 招く。酷く優しく。澄んだ声。
 立ち上がって、歩み寄る。誘われる、ままに。
 歩み寄り、格子越しに見つめる。嬉しそうに微笑む、愛らしい顔。
「可愛い耳。獣人(ライカンスロープ)なのね」
「……誰だよ? お前……」
「知ってるわ」
 答えは、返ってこない。
「貴女、死なないんでしょう?」
「………!」
 自覚したくもない、現実。吐き捨てる。
「だったら、何だ!?」
「素敵。 貴女、最高に『良い人』なのね」
 思いもしない、言葉。目を、丸くする。
「何、言ってんだ? お前……」
「だって、そうだもの。 だから、貴女は『死なない』のだから」
「オレが、何をしたか……」
「死んだのは、その人達が『悪い人』だったから」
 水を流す様に紡がれた言葉。息を、飲む。
「そうでしょ? 良い人は、どんな事だって乗り越えて生きる。悪い人は、死ぬ。そういうものだもの」
 熱に浮く深紅の瞳。浮かぶ、色は……。
「皆が、証明してるわ。お姉様方も、お兄様方も。皆、皆、生きて帰ってくるもの」
「お前……」
「さあ……」
 少女が、格子越しに両手を伸ばす。
「証明しましょう」
 綺麗な声。危うい程に。儚い程に。
「わたし達が、良き者たる事を……」
 戸惑う彼女の耳に、別の声が響く。
 少女の後ろ。浮かぶ、モノ。
 朱い、陰陽。
 導く、ままに。
 合わせた掌。隙間も生じず、ピッタリと。喜びに満ちる、少女の顔。しっかりと、握り合う手。繋がって。

 同調率、100%。

 蝶が、舞う。

 ◆

「随分と、奇異な事で……」
「全くだ。そうなった過程も、理由も。彼女は答えてくれないしな……」
 教団本部の一室。卓についた男性と、立った女性が向かい合っていた。
「それでも、結果が結果だからな。捨て置く訳には、いかない」
 卓上に置かれた書類を、女性が取る。
「祓魔人は『ディアナ・ティール』、喰人は、『レム・ティエレン』。どちらの子も、結構な曰く付きですね」
「ああ……特に、レムの方はな……」
「かの無差別テロの、実行犯。そして、『数多の死を背負う者』」
「どうしようもない、罪人だ。だが、その『特性』は……」
 女性が、嘲る様に目を細める。光がない故、その所作は酷く心を穿つ。
「利用、するおつもりで?」
「……強硬派から、意見が出ている。『刑の執行が出来ぬなら、研究材料として有効利用し、償いとすべし』とな」
「上層部(あちら様)と、大差ないお考えの様で」
「全くだ。だが、これ以上教団の分裂を招く訳にはいかない」
 溜息をつくと、班長の男性は女性に告げる。
「彼女らの、有用性を証明したい。見聞役を頼む」
「他の方々も、追随なられるのでは?」
「彼らは、ディアナと縁が深い。余計な情が挟まると、困る」
 言って、班長の男は女性を見る。
「……正直、君の思想は好きではない」
「結構な事です。と言うか、貴方様方に同意されては困ります」
 悪びれなく微笑む女性。また、溜息。
「……だが、故に君は適任だ」
 差し出す、指令書。
「『ヘクトン村』近隣で、低スケールベリアルが多数闊歩している。殲滅を、『ディアナ・ティール』・『レム・ティエレン』ペアと他数チームに銘じる。ついては、『光帝・天姫(みつかど・あき)』。君は皆に追随し、彼女達の適正と可能性を見極めてくれ」
「……お受け、致しました」
 白魚の指で指令書を受け取り、凶骨の令嬢は恭しく頭を垂れた。

 蝶が、舞う。


~ 解説 ~

【目的】
 新米浄化師、『ディアナ・ティール』と『レム・ティエレン』を補佐し、ベリアルを殲滅。両者を無事に生還させる事。

【ディアナ・ティール】
 祓魔人。女性。9歳。エレメンツ(魔女と人間の混血)。狂信者。
 とある事件で保護された、魔女と人間の混血児。
 世間知らずで純真。反面、教団(ヨセフ派)や浄化師に対する親愛が異常に強く、狂信の域。
 約束した浄化師は、必ず帰ってくる。願いがそのまま、『善人は生き、悪人は死ぬ』と言う純粋かつ歪んだ認識に繋がっている。
 母親が魔女である為、内包魔力が強大。通常攻撃『暗澹魔弾』が異常な威力を持ち、一撃でスケール3に致命傷を負わせる程。
 狂戦士の気があり、無謀な行動を起こす。

【レム・ティエレン】
 喰人。女性。10歳。ライカンスロープ。魔性憑き。
 無差別テロの実行犯。
 浄化師及び世界に対する憎悪は健在。危険思考の持ち主として、注視されている。
 『イザナミ』により犠牲者に等しい数の『死』を付与された。残数がある限り、真意での死に至れない。
 『壁』になる。
 自暴自棄。何するか分からない。

【光帝・天姫(みつかど・あき)】
 盲目の女性陰陽師。
 戦闘参加はなし。ディアナ或いはレムが暴走した場合は制圧。

【ベリアル】
『スケール1』
 蝗型:全3000匹。集団捕食。
 戦闘開始後、10ラウンド経過すると消失。

※PL情報
『スケール4』
 飛蝗型:1体
 特殊能力『グリーザ』:超速進化。
 蹴りと長柄鎌で攻撃。
 蝗ベリアルの発生地である洞窟に潜伏。
 蝗ベリアルを操り、魂を捕食させては取り込み、進化を続けていた。

『スケール5』
 【蝗帝・アバドン】
 飛蝗型:1体。
 スケール4が戦闘開始から10ラウンド後に残存していた蝗ベリアルを捕食する事によって進化。
 エラーを起こした異常体。人型ではなく、10メートル程の巨大な蝗。
 知性はなく、暴走状態。捕食・尾先の針による毒効果・前脚の鎌状爪による攻撃を行う。
 防御力非常に高し。脳筋だがタフ。


~ ゲームマスターより ~

【追加情報】

【タナトス改め『イザナミ』】
 何処かで出てくる。
 敵対行動はなし。
 何かはするけど、成功判定には影響しない。

【PCの行動】
 村郊外からベリアルを倒しつつ、発生源である洞窟まで移動。
 ボスであるアバドンを倒し、全てのベリアルが消失すればクリアとなる。
 ディアナとレムはラウンド最後で戦闘行動を行う。補佐する形で動き、彼女達に戦果を上げさせる形を取れば成功精度が上がる。
 補佐が上手くいかず、二人が暴走してしまった場合は天姫が二人を制圧してしまう。この場合は失敗となる。
 スキルや戦闘での補助の他、話す事で安定を図る事も可能(塩梅間違えると逆もあり)

【備考】
 ディアナ・ティール 詳細:EP『木漏れる光の子守歌』参照。
 レム・ティエレン 詳細:EP『行 き 止 ま り』参照。
 光帝・天姫 繊細:EP『タナトス』参照。

【マスターより】
 毎度どうも。土斑猫です。
 レム君、天姫さん、再登場の回。懐かしい子も。
 語り合い等、大歓迎です。





◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇

ヨナ・ミューエ ベルトルド・レーヴェ
女性 / エレメンツ / 狂信者 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
初めての指令でこの量のベリアルの相手なんて指令部は一体何を考えて…

思う所は多々あれどあまり表に出さず浄化師となった二人の再開を喜ぶ
ディアナも気になるがレムの動向が非常に心配

レムはまだ心の準備など出来てはいないだろう
敵に対して無抵抗の可能性もあり得る 無闇に命を削るような行為は避けさせたい
しかも光帝天姫がお目付け役か どこまでも『死』が臭うな

二人が無茶せぬよう終始近くで護衛のように動く
ルーノさん達の索敵を魔力感知で補助
スケール1の大群は程よく集まって来たタイミングで喰人の特殊スキルで落としそこをFN20で焼く
新米に集る蝗もFN11の風圧で散らす
スケール4or5は受けを重視 少ない打数で尾や鎌の破壊狙う
エフド・ジャーファル ラファエラ・デル・セニオ
男性 / 人間 / 墓守 女性 / ヴァンピール / 悪魔祓い
俺は率先して敵に切り込み囮役になる。主にティールを狙わせないために。
味方が傍にいるときに敵が群がってきたらGK11。その間はそいつを霧の外に出さず、外の奴に攻撃させる。
ラファエラはDE10で狩りまくれ。

・スケール4
飛蝗って事は飛ぶの?その時の為にDE13を準備。GK12は敵が大勢の射程内に入るまで使わないで。スケール4は賢いから。

・アバドン
もう出し惜しみなしだ。GK12で止めれるだけ止めて、味方に攻めれるだけ攻めさせる。
タオ・リンファ ステラ・ノーチェイン
女性 / 人間 / 断罪者 女性 / ヴァンピール / 拷問官
あの二人、どうやら訳ありのようですね
まだ子供……ステラと近いぐらいでしょうか、何かを背負うには多くの痛苦を伴う時期です
私にも覚えはありますから……

ともあれ今は指令に集中を
スケール1のべリアルを倒しながら、村の近辺を探索して回りましょう
ルーノ・クロード ナツキ・ヤクト
男性 / ヴァンピール / 陰陽師 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
ディアナはルーノが援護
戦場全体を見てディアナに近付く敵を妨害
レムは自暴自棄故の突出をナツキが防ぐ
包囲阻止兼ねてレムを邪魔する敵を優先して倒す

群れを統べるベリアルが居ると予想
見た目や攻撃方法の違う、行動の不自然な敵を探す
ヨナ、クォンタムの魔力探知と併せて早い段階で強敵を探し出したい
発見後は位置を常に把握、不意打ち警戒
レム達の無謀な突進は策を尋ねて考えさせる事で止める
ルーノ:あれを倒す為の、敵を一掃し道を拓く方法は?
…考えながらでいい、出来る事から進めよう

ボスはナツキが黒炎解放、スキルと特殊能力で攻撃
傷を与えた部位を脆くし、レムとディアナの攻撃が通るように
ルーノは解毒と回復主体
禁符の陣で味方を補助
クォンタム・クワトロシリカ メルキオス・ディーツ
女性 / エレメンツ / 断罪者 男性 / 人間 / 魔性憑き
ヒトはヒトを害する前に想像してしまう

もし、害されるのが自分だったら、と

刺し殺すなら、刺された痛みを
首を絞めるなら、絞められる苦しさを

…まぁ、一部そういうのが想像できなくて他者を害してしまうのは居る
他を己と同じ人と思えないデイムスみたいのとか…

…メルキオスは…奴にとって死は恐怖ではないのだろう
消滅しても構わないのだろうか?
いや、己が無くなったとしても、どうとも思わない、のか?
「……私は、嫌なのだが」

ヨナとは違う方向からベリアルのリーダー格を探す
攻撃しながら、魔力感知でどれだけ探れるか…
位置が分かれば、他の仲間にも知らせよう

基本的に虫は平気な方だが…
数が居ると気持ち悪い
ニホン人はアレを食べるのか…
リチェルカーレ・リモージュ シリウス・セイアッド
女性 / 人間 / 陰陽師 男性 / ヴァンピール / 断罪者
必ずふたりを無事に帰そう
暴走なんて 粛清なんて させない

今日はよろしくね と二人に挨拶
天姫さんも よろしくお願いします
現場で魔術真名詠唱
ディアナちゃんたちの補佐をメイン
スケール5戦までは 回復と鬼門封印での支援
余裕があれば九字で足止め
スケール5戦 前衛の仲間を中心に禹歩七星
毒対策に浄化結界
回復 鬼門封印 解毒をメインに動く
ふたりが無茶をしそうなら声かけ

あなた達が生きているのは役に立つからじゃない
死なないで 生きてって
願った人がいたからでしょう?
お願い 無茶をしないで

ディアナちゃん レムちゃんも
わたしはふたりに生きてほしい
どうか生きて幸せに

イザナミ出現時は子どもたちを庇う
もうやめて
断罪も贖罪も 神様が与えたら呪いだわ


~ リザルトノベル ~

 酷く、暗い空だった。
 耳朶を覆うのは、凄まじい量の羽音。見上げた先には、飛び回る虫影。
「とんでもねぇな。こりゃ……」
 『ナツキ・ヤクト』が、感嘆とも呆れとも取れない調子で呟く。
「基本的に虫は平気な方だが……これだけ居ると、気持ち悪いな」
 蠢く空の様に、『クォンタム・クワトロシリカ』もぼやく。
「ニホン人は、アレを食べるのか……」
「佃煮に致しますが、アレは些か、趣きが違う様で」
振り向く。陰陽模様の着物を羽織った女性。
「見えるのか?」
「いいえ」
 かけられた問いに、『光帝・天姫(みつかど・あき)』は微笑んで答える。
「なら、何故分かる?」
「永いものでして」
 捉え所のない、返答。クォンタムはただ、小首を傾げるばかり。

「初めての指令でこの量のベリアルの相手なんて、指令部は一体何を考えて……」
「少しでも二人の有用性を証明して、強硬派を黙らせたいのだろう。やつらの言い分を通してしまったら、こちらの大義が揺らぐ」
 『ヨナ・ミューエ』を宥めながら、『ベルトルド・レーヴェ』は視線を背後に送る。
 クォンタムと話していた天姫が、こちらを向く。会釈する笑顔は、変わらずに。
(……しかも、光帝天姫がお目付け役か。どこまでも、『死』が臭うな……)
 いつかの疑念。晴れては、いない。

「リチェお姉様! お久しぶりです!」
「きゃ! 落ち着いて、ディアナちゃん!」
 飛びついてきた、小さな身体。全身全霊の突撃を受け止めて、『リチェルカーレ・リモージュ』は軽く咽せ込みながら笑いかける。
「えへへ。ごめんなさい」
 笑い返す瞳は、真紅。揺れる二本の三つ編みは、白絹。
 『ディアナ・ティール』。
 とある事件の、生存者。リチェルカーレと『シリウス・セイアッド』、そしてこの場の何人かが、縁を結んだ存在。
「随分会えなかったけど、元気そうで良かったわ」
「はい! 正式に浄化師にもなれました! これで、お姉様達と一緒に戦えます!」
 その言葉に、複雑な思いを抱くリチェルカーレ。
 ディアナが保護された理由。両親がヨハネの使徒に殺されたと言う事情もあるが、最大の理由は彼女に浄化師としての素質が見出だされたから。
 民間ではなく、教団が見請け人となったのもそれが為。
 こうなった事は、必然。
 けれど、望まない想いがリチェルカーレにはある。
 浄化師が立つ場所。生と死がせめぎ合い、悪意が渦巻く混沌。そんな場所に、この無垢を沈めたくはない。
 それが、正直な想い。
 傍らに立つ、シリウスを見る。黙ったまま、ディアナを見つめる彼。同じ事を、思っているのだろう。
 懸念は、それだけではない。
 目を向ける。視線の先には、静かに佇む天姫の姿。こちらも、久方ぶりの再会。先に、挨拶を交わした時に向けられた笑顔。変わらない。あの時。悍ましい、事件の時と。
 今回の彼女の役目は、見聞と不測の事態が起こった時の収拾役。特に、『彼女』が何かを起こした時の。
 返した視線。そこに、彼女はいる。変わらない憎悪を、抱きながら。

「久しぶりだね。元気してた?」
 自分より、幾段も低い位置にある頭。見下ろしながら、『メルキオス・ディーツ』は声をかける。いつもと変わらない、お道化た調子で。
「聞いたよ。結局、死ねなかったんだねぇ」
 くふふ、と笑う。業とらしく。
「処刑人ってのは、案外マトモな人間しか居ないんだねー」
 癖の強い黒髪の中。ピコンと立つ、山猫の耳。苛立たしげに、揺れる。
「鉄の剣より脆いかな? 人の、精神(こころ)」
「……うるせぇ……」
 呟く様な、昏い声。誘う様に、囁き続ける。
「で、何度も死んでるみたいだけど。死んで直ぐに戦闘出来るの? 駄目なら、邪魔なんだけど?」
「うるせぇ! 黙ってろ! 馬鹿!」
「ああ、元気そうだね。重畳重畳」
 牙を剥いて睨む『レム・ティエレン』を見て、メルキオスはまた愉し気に笑った。

「レム・ティエレン……。今年最悪規模の無差別テロ。その実行犯、か……」
「二人共、訳ありですか……。まだ子供……。ステラと近いぐらいでしょうか? 何かを背負うには、多くの痛苦を伴う時期です。私にも、覚えはありますから……」
 『ルーノ・クロード』と隣り合って二人を見ていた『タオ・リンファ』が、何かを思う様に目を伏せる。
「ディアナ、と言う娘はご存知なのでしたね。魔女と人間の混血児と聞きましたが……」
「ああ。言い方は悪いが、不憫な娘だ」
 木漏れ日の光。優しく流れる、子守歌。子を想う、親の呪い。思い出す、初めて出会ったあの日。
 今の、ディアナ(娘)の姿。『彼女』は、どう思うのだろう。
「昔も、今もね……」
 空覆う、蟲の群れ。そこから少しだけ、光が落ちる。あの日の、木漏れ日の様に。

「何か、声かけなくていいの? おじさん」
 少し離れた場所で見つめていた『ラファエラ・デル・セニオ』が、近くの木に不機嫌そうな顔で背を預けている『エフド・ジャーファル』に尋ねる。
「話す事など、ない」
 答える、ぶっきらぼうな声が答える。
「殺そうとした奴に、言う事なぞない。ティエレン(奴)とは、自発的には話さん。だが……」
 黒い眼差しが、チラリと『彼女』を見る。
「墓守なんてのは、囮や盾として利用されるためにいるようなもんだ。精々、上手く使えばいい」
 そして、また黙り込む。そんな相方に苦笑いを返すと、ラファエラはディアナを見る。
「あの娘は、助けてと言えばね。それまでは、好きにさせておくわ」
(……でも、呼ぶなら早くね。生死の不確実性は、身をもって感じるしかないから)
 あの日、背に負った小さな温もり。それは、今も確かに。

 ◆

「お前、ぶっきらぼーだなー。もう少し、笑ったらいいぞ! ほらほら!」
「だーっ! うっせぇ! ベタベタすんじゃねぇ! 馬鹿か、てめぇ!」
「バカじゃないぞー! ステラだぞー!」
「そういう所が馬鹿だっつってんだ!」
「こら、レムちゃん! 先輩に乱暴な口きいちゃ駄目でしょ!」
「ちゃん付けで呼ぶんじゃねぇ! つーか、何で上から目線なんだよ! 年下だろディアナ(てめぇ)は!」
「一つ違いじゃ、歳の上下なんか関係ありません!」
「ちっさいヤツだなー。じっさい、ちっさいしなー」
「う・る・せ・ぇー!!!」

 妙に良いコンビネーションの『ステラ・ノーチェイン』とディアナ。
 引きずり込まれる、レム。
 そんな子供達のやり取りを複雑な思いで眺めていたタオに、背後から声がかけられる。
「浄化師様……」
 振り向くと、立っていたのは村の長。
「結界の処理が終わりました。これから、村門を開けます」
 聞いたタオが、ルーノに伝える。頷く、ルーノ。
「時間だ。気を引き締めてくれ」
 その言葉に、ピタリと声が止む。
「ディアナ。レム。今回の作戦の中心は君達だ。我々が全力でサポートする。君達の可能性を見せてくれ。ただし、決して無理はするな」
「大丈夫です! ルーノお兄様!」
 高揚した声で、ディアナが返す。
「わたし達は死にません! 『絶対』に!」
 輝く朱い瞳。その奥に微かに見える狂気の色に、ルーノは眉をひそめる。
「ね! レムちゃん!」
 同意を求められたレム。答える事もなく目を逸らすと、羽織った制服のボタンを一つ。毟って捨てた。

 防御結界内から外界への出入り口となる、村門。そこに向かいながら、皆は気力を高めていく。
 先頭のルーノについていく、ディアナとレム。高揚を、抑えきれないのだろう。ステップを踏む様に歩くディアナ。対して、レムのそれは酷く静か。重い訳でも、渋っている訳でもない。何の生気も気力も感じさせない、静かな歩み。まるで、処刑台に向かう罪人。いや、実際彼女は歩み続けているのだろう。数多の罪を背負い、幾重の死の門を潜り続ける為に。
 そんな彼女に、ナツキがしきりに話しかける。優しく、人の善性を信じる彼。その可能性を、レムにも繋げようとしているのだろう。もっとも、『黙ってろ!』とか『ウザイ』とか、挙句に『失せろ糞犬!』とか言われて、凹みまくったりしているのだが。
 それでもめげず、コミュニケーションを試み続ける。彼の性格信念が、成せる業。

 彼女達の後ろを歩きながら、リチェルカーレはチロリと後ろを見る。最後尾をついてくる、天姫。顔を上げ、微笑む。まるで、視線を送る事を知っていたかの様に。冷たい悪寒が走り、そっと視線を戻す。
 彼女の常軌を逸した力は知っている。あらゆる攻撃を。それこそ黒炎の炎さえ無力化した、告死の蝶。その群れを、一時的とは言え一瞬で焼き尽くした漆黒の雷。
 あの力を使えば、この空を覆う蝗の群れを焼き払う事も可能かもしれない。けれど、今彼女はそれをしない。それどころか、場合によってはその雷霆の矛先は、今前を行く幼い命に向けられるかもしれない。
 やるだろうか。
 いや。彼女はきっと、躊躇わない。
 確信があった。
 彼女の、目が語る。見えない筈のそれが見つめるのは、自分達とは違うモノなのだと。
 彼女は。レムは、死ねない。自分が殺した者達と等しい数の死を背負い、それを消費仕切るまで、幾度も死の苦しみを味わう事になる。
 全てを焼き尽くす、天姫の黒雷。
 それで焼かれたら、レムはどうなるのだろう。跡形も無くなれば、解放されるのだろうか。それとも、死の束縛に囚われたまま延々と……。
 悍ましい想像を、頭を振って払う。
 許される筈がない。
 そんな事、あっていい筈がない。
 生に必ず、意味が在る。
 だから。
「させない……。暴走も、粛清も……」
 彼女『達』がそれを、見つけるまでは。

「研究……材料……」
 小さく呟き、無表情に拳を握り込むシリウス。
 教えたのは、天姫だった。
 ディアナとレムを見つめていた彼に近づき、耳元で囁いた。まるで、子供の悪戯を言いつける様に。
 嘘では、ない。そんな、確信。
 思惑は、知らない。
 知る必要も、ない。
 答えなんて、一つしかないのだから。
 リチェの、呟きが聞こえた。
 深く、頷く。想いは、同じ。
「あいつらは、道具じゃない」

「お久しぶりですね。天姫さん」
「ええ、お久しぶりでございます。ヨナ様」
 驚く様子もなく返され、眉を潜める。気配を消して近づいたのに。本当は、見えるのではないだろうか。そんな、疑念。
「今回の件、どういうつもりで受けたのですか?」
「命令でございますので」
 かけた問いには、立て板に水を流す様な返答。
「貴女なら、異論ぐらい唱えられそうなモノですが。それとも……」
 問い詰める。
「教団の意にそぐわなければ、排除するも当然と?」
「ありません」
 淀みなく、返る言葉。困惑も、憤慨もない。
「教団は、システムでございます。人の意思を束ね、行使する為のモノ。個人の想いより優先されるべきモノではございません。やつがれはただ……」
 見えない目が、薄く開く。
「見極めたいのでございます。あの子達が、如何なる意思を持ち、其れを行使するのかを」
「……では、『もしも』があっても排除には動かないと?」
「……デニファス様」
 唐突に出て来た、忌まわしい名前。怪訝に思う、ヨナ。
「やつがれがあの方と結べた理由は、一つだけ。たった一つの、価値共有故でございます」
「……価値共有……?」
「――『人の命は、平等ではない』――」
 声の色が、消える。
「人には、二つがございます。人足り得る者。人成り得ぬ者。後者は、人の成す世には害悪なモノ。消えて頂くのが、相当でございましょう。デニファス様も、同様のお考えでございました」
 淡々と、唱える。まるで、機械の様に。
「残念なのは、デニファス様が最期まで理解してくれませんでした事」
 薄く開く眼差しは、何処までも透明。
「やつがれ達自身が、人足り得る者である確証。それもまた、何処にも有りはしないと言う事を……」
「!」
 ヨナは、戦慄く。
 理解したから。
 天姫が、透明な理由を。彼女は、持っていない。数多の人間に、自分にさえも。確かな、価値を。まるで、全く別の次元から見る様に。
 異質。
 明確なる、『異質』。
「……もう一つ、意見を伺いたい事があります……」
 それでも、震えを隠しながら尋ねる。
 真に近づきたかった、疑問。
「何で、ございましょう?」
「『イザナミ』が、暗躍しています」
「その、様で」
「アレは……」
 視線を、しっかりと彼女に向ける。
「罪人に死を与える現象……にしては随分と人の法に倣った理で動いています。その程度の判断で命の采配をしているのなら……随分と俗な事と言わざるを得ません。そうは、思いませんか……?」
「ああ、それは……」
 声の中。初めて混じる、『何か』。
「『人』で、在りたいのでしょう」
「……え?」
 思わぬ言葉。ポカンと、する。
「人は、人の理で生きてこそ、人であれるモノ。もし、人が罪と成す事を罪と図れなくなるのであれば……」
 クスリと笑う。自嘲の、様に。
「それはもう、唯の『化け物』でございましょう」
「…………!」
 絶句。
 返すべき言葉は、ない。

「……特に有益な情報は、無しか……」
「天姫の事だ。勘付かれていた可能性もある」
 耳に差し込んでいた通信用の魔力石を外すルーノに、ベルトルドが潜めた声で言う。
「ただ、あれらの言葉は、真実だろう。あえて、異質性を装う意味はない。むしろ、伝える機会を探っていた様にも思える」
 ルーノの言葉に、頷くベルトルド。
「『人の命は平等ではない。己も含めて』……か」
 思い浮かべる、能面の様な笑顔。
「どの道、要注意対象である事に変わりはないな。アイツとは、別な意味で……」
 後ろに視線を送るベルトルド。
 レムが、昏い瞳で睨み返した。

 ◆

 門の外には、地獄が広がっていた。
 視界を覆う、蝗の群れ。
 一本の草もなくなった大地に、転がる白骨。逃げ遅れた村人か。迷い込んだ旅人か。
 一瞥したレム。思い出すのは、己が導いた地獄。
「……何処も、やるこたぁ変わりねぇな……」
「そうさ。変わる訳ないじゃん」
 被さってきた声に、見上げる。
 隣りに立っていた、メルキオス。見下ろして、言う。
「同じだよ。君も、僕も。街の豪邸でふんぞり返ってる豚も、下水で泥水啜ってるお仲間も。この世って言う糞の中を這いずり回って、最後はまとめて、『アレ』」
 手にした煙管が、骸骨を示す。
「意味ないんだよね。羨む事も。憎む事も。腹が減って、金が飛ぶだけ」
「……何、言いたいんだよ?」
「不経済な話って事。君の、憎悪とやらもね」
 くふふ、と笑うメルキオス。
 ふかす煙管。白煙の向こう。ただ、ジッと見つめた。

 匂いを察知したのか。数十匹の蝗が向かってくる。
「来たわね」
「取り敢えず、落としますか」
 ラファエラとタオが身構える。と、トコトコと前に出る小さな身体。
 ディアナ。
「あ……」
「ちょっと、貴女……」
 二人が静止しようとしたその時、持っていた杖を掲げる。
「見てて。お姉様方」
 浮かれる声。そして。
「暗澹魔弾」
 瞬間生じた、巨大な魔力の渦。蝗の群れを、飲み込む。
「!」
 息を呑む皆。ナツキが、ヨナに尋ねる。
「な、なあ。『暗澹魔弾』て確か……」
「ええ、狂信者の基本魔術。初歩中の初歩です。それが、こんな……」
 本来なら、低レベルの敵を単体落とせる程度の術。それが、無数のベリアルを一撃で死滅させてゆく。
「前情報で聞いちゃいたが……」
「魔女の血が成せる業、か……」
 エフドとクォンタムが感嘆の声を上げる中、近くにいたラファエラが気づく。
「……春に桜が香る夜は……雲雀が恋歌歌うまで……父の背に乗り眠りましょう……。夏に蛍の灯火燃ゆる夜は……椎に空蝉止まるまで……婆の歌にて眠りましょう……」
 ディアナが、歌っていた。燃え尽きていく蝗の群れを、熱に浮かされる様な目で見つめながら。静かに。囁く様に。
(この歌……)
 繋がるのは、木漏れ日が照らすあの日の庭。

 もっとも、如何にディアナの魔力が強大であろうと、蝗の数は千を超える。いくら大砲を撃った所で、単騎では何も変わりはしない。
 加えてあからさまになったのは、ディアナとレム。両者の精神の不安定さ。
 ディアナは、明らかに戦いの高揚に飲まれている。
 盲滅法に術を放ち、魔力残量の管理もへったくれもない。放っておけば、魔力枯渇に陥いるのは明白。
 レムに至っては。
「うぜぇ……うぜぇうぜぇうぜぇうっぜぇ!!」
 突発的に激情し、無防備に突っ込んでいく。彼女が使える技能は、魔性憑きの基本技能である『舞踏』だけ。この数に対抗し得るモノではなく。けれど、躊躇する事もなく。その度に、シリウスやナツキが前に回り込んで止める。自身の特性を過信しているのか。それとも、少しでも死の残数を減らそうとしているのか。
 とにかく、捨て置く事など選択には入らない。
「退けよ! 冷血面!」
 立ち塞がるシリウスを罵倒するレム。ただ、聞き流す。
「あれを倒す為の、敵を一掃し道を拓く方法は? 考えながらでいい。出来る事から、進めよう」
「己の能力を過信するんじゃない。敵に、釣られるな」
 飛び交う、ルーノやベルトルドの指示。
 ディアナの暗澹魔弾が飲み込み、レムの舞踏が落とす。
 前衛班も援護をしながら蹴散らすが、、敵の数は減らない。
「キリがないな……」
「ルーノ」
 戦況を確認していたルーノに、ナツキが話しかける。
「二人とも、危なっかしくてしょうがねぇ。幾ら援護しても、時間かかるとヤバイかもしれないぜ?」
「そうだな……」
 頷きながら、視線を送る。静かに佇む、天姫。戦闘には、参加してこない。時折襲いかかる蝗達が、パチリパチリと発火して落ちる。魔喰器を、出してすらいないのに。
(……欺く事は、無理か)
 如実に伝わる、不視の圧力。件の二人が間違えれば、裁定の雷霆は即座に落ちる。恐らくは、守る事も阻む事も叶わない。
 目の前の幾千の敵よりも、後ろに控えるたった一人の味方が脅威。
 何という、皮肉だろうか。
(まあ、愚痴を言っても仕方ないな)
 気を取り直し、思考を巡らす。
 そも、何故蝗達はここに集中しているのか。まるで、村と言う大きな餌箱を取り囲む様に。スケール1は、知能を持たない。獲物を逃さない為に団結するなど、通常は有り得ない。ならば……。
「クォンタム! ヨナ! 来てくれ!」
 呼ぶ声に、二人が駆け寄る。
「どうした?」
「何か?」
「恐らくだが、この群れを統べる上位ベリアルがいる」
 ルーノの言葉に、目を細める二人。
「下位ベリアルを操る事が出来るなら、スケール4以上だろう。君達の魔力感知で、居場所を発見して欲しい」
「分かりました」
「試してみよう」
 散開していく二人を見送り、息をつくルーノ。と。
 背後から飛びつこうとした蝗が一匹、焼かれて落ちる。振り向くと、天姫が笑顔を向けていた。
「賢明なご判断でございます。ルーノ様」
「……ありがとう」
 返す声に、色はない。

 急に脱力した様に、ディアナが膝を突いた。
 待っていた様に襲いかかる、蝗達。
「ディアナちゃん!?」
「おい!」
「言わんこっちゃない!」
 咄嗟に鬼門封印を放つ、リチェルカーレ。動きが止まった蝗達。ステラがグラウンド・ゼロでまとめて潰し、ラファエラがスウィーピングファイアで撃ち落とす。
 攻撃が途絶えた所で、駆け寄るリチェルカーレ。フチュールプロメスを取り出し、花弁をディアナに食べさせる。
「だいじょーぶか?」
「全く。手を出すのは求められたらって決めてたのに」
 心配するステラと、渋い顔のラファエラ。
「……ディアナちゃん」
 彼女の息が整うのを待って、リチェルカーレは語りかける。
「貴女達が生きているのは、役に立つからじゃない。死なないで。生きてって、願った人がいたからでしょう?」
 解れかけた三つ編みを、優しく撫でる。
「お願い……。無茶を、しないで……」
 想いを込めた、願い。
 けれど。
「わたしは……死にません……」
 否定する、ディアナ。
「死ぬのは……その人が悪い人だからです……。死んだら、その人は悪い人なんです……。だから、わたしは死なないんです……。死ぬ訳、ないんです……」
「おまえ……」
「ディアナちゃん……」
 ステラとリチェルカーレが言葉に詰まった、その時。
「なら、あの歌はやめなさい」
 響いた、厳しい声。見上げるディアナ。険しい顔をしたラファエラが、見下ろしていた。
「お姉様……」
「貴女のご両親は、死んだわ。貴女を守って。けど、貴女の考えが正しいのなら、ご両親は悪い人だった事になる」
 ビクリと震える、ディアナ。構う事なく、続ける。
「そう言う事でしょ? ご両親が悪いから死んだなら、あの歌はもうやめなさい」
「……」
 言葉を失う、ディアナ。リチェルカーレとステラは、ただ見守るだけ。
「だっ……て……」
 途切れ途切れの、声が漏れる。
「だって……だって……そう、じゃない……」
 か細く。
「悪い人じゃ、なきゃ……生きてたら、駄目な人……じゃ、ないなら……」
 悲しく。
「どうして……どう、して……」
 吐き出す。
「パパと、ママは……死んじゃった、の……?」
 想い。
 息を飲む。リチェルカーレも。ステラも。そして、ラファエラも。
「おかしいじゃない!」
 そして、迸る激情。
「おかしいじゃない! 悪くないなら! 悪い人じゃないなら! 死んで当たり前じゃないなら! 何で死んじゃったの!? パパも! ママも!」
「ディアナ、ちゃん……」
 リチェルカーレが、伸ばしかけた手。それを、振り払う。
「おかしいよ! おかしいよ! 助けてくれるんじゃないの!? 浄化師は! 良い人を! 優しい人を! 正しい人を! 助けてくれるんじゃ、ないの!?」
 崩れた堤防。もう、止まらない。止められない。
「助けてくれなかったじゃない! お姉様も! お兄様も! ヨセフ様も! パパとママ、助けてくれなかったじゃない!」
 枯れる声。消え入る、様に。
「だから……だから、悪い人なの……悪い人じゃなきゃ、いけないの……パパも……ママも……だって、だって、そうでなきゃ……」
 続くのは、慟哭。行き場を失った、悲しみと呪い。哂う羽音。嘆き。混じり合い、虚しく歌う。

 レムは、見ていた。
 泣き崩れる、ディアナの姿を。
「行って、あげないのですか?」
 視線を、向ける。
 剣に着いた蝗の残骸を振り落とすタオ。少しの間が空いた事を確認して、レムに言う。
「どんな経緯があったにせよ、今あの子のパートナーは貴女です。支える、義務があります。どうか、その事だけは……」
「……死んだ奴は、悪党だとさ」
 返ってきた言葉。タオとレムの視線が重なる。
「アンタは、どう思う? あーゆーの」
 何かを、試す様な声音。ほんの少し考えて、タオは答える。
「……そんな事は、ありません」
「へえ?」
「私には、妹がいました。けれど、もういません……」
 見つめる黒い眼差しが、『妹』と言う単語に、少しだけ揺れる。
「もしそうなら、妹は今でも活躍していて。私はきっと、死んでいる筈なのですから……」
「ふうん、そんな感じか。アンタは」
 昏い表情が、ニヤリと笑んだ。まるで、嘲る様に。
「じゃあ、駄目だな」
 そう言って、トコトコと無造作に歩き始める。反応した蝗の群れが、動く。
「あ……」
 思わず止めようとしたタオ。瞬間、湧き出した白い霧が蝗達を遮る。
「やめておけ」
 背後から黄泉ノ霧を吹いたエフドが、言う。
「アイツを理解するにしろ、諭すにしろ、お前は『甘過ぎる』」
「エフドさん……」
「どんなに頑張ろうと、アイツが居るのは底無しの血の池だ。無闇に手を伸ばせば、引きずり込まれるぞ。諸共にな」
 一閃する、短剣。半月の斬閃が、霧の中の蝗達を切り裂く。
 バラバラと落ちる残骸の向こう。レムが、ディアナに手を差し出す。
「いつまでもメソメソすんじゃねぇよ。うざってぇ」
「レム、ちゃん……」
「お前、『こっち側』か。いいよ。付き合ってやる。だから、立て」
 少し戸惑って。自分と同じ、小さな手を取る。
「それとな」
 立ち上がらせながら、言っておく。
「『ちゃん』は、やめろ」
 少し、考えて。頷く。
「うん……レム……」
「よし」
 そして、二人は一緒に歩き出す。
 見つめるタオの手を、温もりが包む。
 いつの間にか隣に立ったステラが、手を握っていた。
 青い瞳が、言う。
「マー、覚えてるか? オレ達が契約した日のこと」
「忘れる筈ありません。その日も丁度、低スケールの掃討任務でしたね」
 思い出す、かの日の記憶。
 契約の必要もないほどの指令。起こった、想定外の事態。結ばれた縁。全ては、運命の繰るまま。
 けれど。
 運命がしてくれるのは、きっとそこまで。
「アイツらも、なれるか? オレと、マーみたいに」
「ええ、必ず」
 ただの縁を、真の絆に変えるのは。
 共にする時間と、互いの心。
 たとえ、住まう場所が違うとしても。
 それだけは、同じ筈。
 だから。
「ステラ、行きましょう」
「おう!」
 今は、行こう。
 並んだばかりの、小さな背中。
 それを、次の世界へ送る為に。
 二人の後を追う、タオとステラ。
 見ていたエフドが、頭掻き掻き溜息をつく。
「全く、どいつもこいつも……」
 そのどいつもこいつもに、自分もガッツリ含まれる事も自覚して。
 彼もまた、歩を進める。
 『墓守の仕事なんざ、少ない方がいいからな』などと言い訳しながら。

「ルーノ」
 かけられた声に、目を開ける。
 立っていたのは、ヨナとクォンタム。
「当たりです」
「いるぞ。近くに。恐らくは……」
 ――スケール、4――。
 細まる、ルーノの眼差し。
 見えたのは、チェックメイトへの道筋。

 ◆

 場所は、すぐに知れた。
 脆弱なスケール1の魔力の中、明確に異質な動きをする巨大な魔力。
 群がる蝗を叩き落としながらたどり着いたのは、村から大分離れた場所にあった洞窟。
 阻む様に集まってきた蝗達。確信を得、ベルトルドの竜哭で群れの動きを止める。ステラのグラウンド・ゼロと、ラファエラのスウィーピングファイアで一掃。開いた道の先。暗闇の奥に、確かな気配。

 洞窟の中には、一匹の蝗もいなかった。不意打ちを警戒しながら進む事、しばし。
 クォンタムが、皆の足を止めた。
「……いたぞ」
 正しく、淀む闇の奥の奥。
 『ソレ』は、怯える様に蹲っていた。
「……浄化師、か……もう少し、粘れるかと思ったんだが、なぁ……」
 干からびた声で言い、モゾリと立ち上がる。
 誰かが灯した、魔力光。照らされた姿に、エフドが眉を潜めた。
「随分と、酷い成りだな?」
「だろう……?」
 自嘲の響きが、答える。
 人型の身体。包む鎧の様な甲殻は、確かにスケール4の証。けれど、その鎧は歪み。腹部から生える副脚は曲がり。背から伸びる羽根に至っては、握り潰した紙の様にグシャグシャに縮れていた。
「……『グリーザ』……」
「?」
「俺の能力さ……。他の連中に比べて、少ない魂量で進化が出来る……。だが……」
 見せつける様に、手を握る。ギシギシと軋む、耳障りな音。ヒビけた鎧から、ポロポロと落ちる欠片。
「対価は見ての通りだ。エラーばかりで、まともな進化が出来ねぇ。しかも、肝心の戦いには全く無意味と来てる。正真正銘の『ハズレ』。クソ能力だよ」
 クックッと哂う、投げやりな声。
「全くよう……。せっかくベリアルになっても、こんな様じゃあ主の望む世界の人柱にもなれやしねぇ……。せめて、スケール5になればと思ってよぉ。イチバチで雑魚共繰って魂かき集めてたが、浄化師(てめぇら)の方が先に来ちまった……。全く……」
 ――上手く、いかねぇ――。
 そう言って、またクックッと哂った。
 少しの間、沈黙が下りる。やがて。
「な~んだ……」
 響いたのは、レムの声。
「『お仲間』じゃねえか。コイツも」
 酷く呆れた様な。でも、少しだけ嬉しそうな。
 そんな、声だった。

「事情は分かった。だが……」
 静かな声で、シリウスが言う。
「お前が、沢山の人々を殺した事に変わりはない」
 カチャリと構える、アステリオス。
「滅ぼさせて、もらうぞ」
 蒼い刀身に、光が走ったその時。
「……わたしが、やる」
 トコトコと歩み出たのは、ディアナ。
「ディアナちゃん……」
「邪魔しないで!」
 駆け寄ろうとしたリチェルカーレを、拒む。
 立ち止まった彼女の目を見ない様にしながら、ディアナはベリアルに杖を向ける。
「わたしには、もう……」
 渦巻く、魔力の塊。今までのそれを上回る大きさに、皆が息を飲む。
 ――と。
「ク、ククク、ククククク……」
 響く、昏い笑い声。身を震わせて哂う、スケール4。
「何だぁ……? 餓鬼じゃねぇか……」
 ディアナを見つめる、真っ赤な複眼。憎悪に彩られたそれが、彼女を竦ませる。
「殺す? お前が? 俺を? 主が定めたる、スケール4を?」
 哂う声。ディアナを縛る、確かな恐怖。そして――。
「舐めるんじゃねぇえええっ!!」
 激怒の叫びと共に、袈裟懸けに振り上がる何か。幾本もの棘が生えた、長大な蝗の脚。竦み上がるディアナを蹴り裂こうと迫る。ディアナが成す術なく目を瞑った瞬間。
「殺すんなら、逆もありだろ。馬鹿」
 鈍い音。目を開ける。鮮血を散らしながら吹っ飛ぶ、小さな身体。
「レム!」
「死にさらせぇえええ!!」
 絶叫に被せる様に持ち上がる、大鎌。振り下ろされたそれを、滑り込んだシリウスが受け止める。
 吹っ飛んだレムは、メルキオスが抱き止める。
「世話が焼けるねぇ。全く」
「上出来だ」
 手短く労ったクォンタムが、そのまま走る。
 皆の攻撃を受け、怯むスケール4。
 震えるだけのディアナを、シリウスが見下ろす。
「……教団なんて、関係ない」
「……え……?」
「お前達の家族は、お前達が生きる事を望んでいた。その望みは、お前達にとって無視出来るほど軽いのか?」
 息を呑むディアナを残し、彼もまた敵に向かう。呆然と見送るしかない彼女の肩を、優しく叩く手。振り返ると、穏やかな目で見つめるルーノとリチェルカーレ。
「勇敢なのは結構だが、戦線は乱さない様に。教団の指令を遂行する為にも。そして……」
 身体に染みていく、天恩天賜の慈しみ。
「いつかは、分かって……。お母さんが遺した、歌の意味を……」
 祈る、姉に等しき女(ひと)の声。懐かしい、いつかの響き。

 僕の中に、『味方』と言う概念はない。
 必要か。不必要か。
 それだけ。
 必要なら、身内とか仲間とか。好きとか嫌いとか。関係なく、殺す。
 多分、僕は人間として壊れてるんだろうね。
 初めて殺した時、特に何もなかったし。
 寧ろ、替えの武器探すのが大変だった。

「……何、ブツブツ言ってんだよ? 気持ち悪ぃ……」
「ああ、戻ってきたの? 以外と、早いんだねぇ?」
 自分を抱いてヘラヘラ笑うメルキオスを見上げて、レムはチッと舌打ちする。
「人が死んでる間に、妙な事吹き込むなよ。ってか、マジで何言ってんだ?」
「別にぃ。隙あらば、自分語りってヤツ?」
「……馬鹿じゃねーの……?」
 『放せよ。変態』等と言って立ち上がるレム。裂けてはだけた胸元を気にもせず、口元の血を拭う彼女にメルキオスは問う。
「ねぇ、君……。今でも、死にたい?」
 レムの目。彼を、見る。
「ねぇ。死にたいなら、僕が殺してあげるよ?」
 何の躊躇もなく、そう告げる。
「僕なら君の死に様、全部見て。それを、詩にしてあげるよ? 詩なら、僕が死んだ後も残せるからね」
 レムは、何も言わない。
 ただ彼を。
 己の写し身の様な目を。
 ジッと見る。

「がぁあああああっ!?」
 折れた大鎌が宙を舞う。ベルトルドの爆裂斬とタオの乱れ切り。黒炎を纏った、技の挟撃。胸の鎧を砕かれたスケール4が、苦悶の叫びと共に吹っ飛ぶ。壁に叩きつけられて、ズルズルと落ちて。横たわる。
「……終わりだな」
「羽根があるから、一応エアーズスナイプの用意してたんだけど。所詮、『不良品』ね」
 クォンタムの呟きと、ラファエラの言葉。届いた一言に、崩れ落ちたスケール4の肩がピクリと揺れる。
「あまり長引かせるモノでもないだろう。このまま……」
「……な、ねぇ……」
 微かに聞こえた声に、止めを刺そうとしたエフドの足が止まる。
「死な、ねぇ……。死なねぇぞぉ……俺、はぁ……」
 怨嗟の声と共に、起き上がるボロボロの身体。血走った複眼が、浄化師達を睨む。
「死なねぇ! まだ、果たしてねぇ! 終わらせてねぇ! 満たしてねぇ! 人間(てめぇら)を殺す事も! 他の連中を見返す事も! 主の御心に添う事も! 俺の意味を証明する事も! 俺は! 俺は!」
 ナツキの耳が、ピクリと動く。振り向き、叫ぶ。
「気をつけろ! 何か、来る!」
 途端、爆発する羽音。雪崩込んできたのは、大量の蝗の群れ。
「こいつら!」
「助けに来たの!?」
 そんな叫びを無視する様に、皆を素通りする蝗の群れ。向かう先は――。
「捧げろぉお――――――っ!!!」
 絶叫と共に、スケール4の胸部がバクリと開く。口を開いた奈落に吸い込まれていく、蝗達。
「これは……『捕食』!?」
「まさか!!」
 意図を察したヨナが、エクスプロージョンを放つ。けれど、それよりも速く全ての蝗を飲み尽くした奈落が閉じる。
 蠢く、鼓動。そして――。
「ごぉあああああああああ!!!」
 大きく膨らむ、スケール4の身体。ミチミチと引き攣れる筋肉と外殻が、爆炎を弾く。
「いけない! 『進化』します!」
「では、スケール5に!?」
 ヨナの叫びに、タオが青ざめる。だけど。
「いや……」
 緊張が走る中、ベルトルドが気づいた。
「様子が、おかしい」
 目の前で膨らみ続ける、ソレ。
 スケール5は、本来完全な人型を成す筈。なのに、皆の前に晒された姿は――。
 醜く膨らんだ巨体。継ぎ接ぎの様に連なる甲殻。脈打つ血管。申し訳程度の、縮れた羽根。歪に捻くれた、蝗の脚。醜悪な頭部の額に、疽の様に張り付いた人面が、耳障りに呻いた。
「これは……何……?」
「先に彼自身が言っていた、『エラー』かと……」
 呆然と見上げるリチェルカーレに答える様に、ヨナが呟く。
 脈打つ巨体が、ズズと蠢く。額の人面疽が、嬌声を上げる。掲げられる前脚。鎌状の爪が、閃く。
「うおお!?」
「あっぶねぇ!!」
 避けるエフドとナツキを追って、蠍状の尾が伸びる。
「危ない!」
 リチェルカーレが呼び出した雷龍が、尾に噛み付く。滴り落ちる毒液が、白い煙を上げて地面を溶かした。
「……正気を失っても、殺戮衝動はそのままか」
「外に出られては、相応の被害が出ますね」
「なら、ここで潰すしかねぇ!」
 シリウスとタオ。そしてナツキが黒炎を解放する。けれど。
「待て」
 かけられた声に振り向くと、そこにいたのはエフドとベルトルド。
「コイツを倒すのは、俺達じゃない」
「倒すべきは……」
 見上げる皆の前。人面疽が嘆く様に鳴いた。

「……みっともねぇなぁ……」
 全てを見つめていたレムが、呟く。
「あんななってまで、恨み言かよ。ホント……」
「同じさ」
 振り向く。メルキオスが、笑っていた。
「結局、『アイツら』も『僕達』と同じなのさ。考えるし、怒るし、憎む。ただ、住んでる世界。居心地良い場所が、違うだけ。だからね……」
 冷たく光る、金色の瞳。
「殺し合うしか、ないんだよ。互いの居場所、拘るなら」
 そして、告げる結論はただ一つ。
「だから、せめては……」
「ああ」
 継いだのは、レム。
「『同じ穴の狢』で、だろ?」
 ニヤリと笑む、メルキオス。差し出す、手。
 鈍く光る、ナイフが一本。

「メルキオスから、何か言われたか?」
 進む途中で、声。クォンタム。
「ヒトは、ヒトを害する前に想像してしまう」
 視線を宙に向け、話す。
「刺し殺すなら、刺された痛みを。首を絞めるなら、絞められる苦しさを」
 誰に、向けているのか。
「もし、害されるのが自分だったら、と」
 誰に、届けるのか。
「……まぁ、一部そういうのが想像出来なくて、他者を害してしまうのは居る。デイムスみたいのとか……」
 そも、そのつもりもないのか。
「たまに、思うのだ」
 少しだけ、声音が変わる。
「なら、メルキオスは……奴にとって死は、恐怖ではないのだろうと」
 足を止める。見上げる顔。相変わらず、虚空を見て。
「消滅しても、構わないのだろうか? いや、己が無くなったとしても、どうとも思わない、のか?」
 誰に、言ってんのかな?
 そう、思う。
「……私は、嫌なのだが」
 ああ、『ソレ』。
 ちょっとだけ笑って、また歩き出す。
「余計な、お世話なんだよなぁ……」
 呟く言葉も、また誰に向けてか。

「大暴れねぇ。低スケールの方が、まだお利口じゃない?」
 足止めされる、スケール5。眺めていたラファエラが、ウンザリした声で言う。
「そう言うな。聞いた話、なかなか不憫な奴だぞ?」
「おじさん、いつの間にそんな博愛主義になったの?」
 呆れる彼女を横目で見て、フッと笑うエフド。
「名無しで終わらせるのも、哀れだな。名前くらい、付けてやるか」
「はあ……。お好きにしたら?」
 呆れるラファエラを他所に、考えるエフド。
「……アバドン。蝗だからな。『蝗帝(こうてい)・アバドン』とでも呼んでやるか」
「アバドンねぇ。ラッパを聞いた覚えはないけど。これは何の五番目? これまでとこれからの解説はなし? 推理するほど暇じゃないんだけど」
「……ツッコミきついぞ。お前」
「こんな時に、いちゃついてんなよ」
 割り込んで来た声に見下ろせば、ジト目で見上げるレム。
「あら? その気になったの?」
「うっせー」
 ぶっきらぼうに言って、通り過ぎる。見送って、ラファエラは言う。
「どうなるのかしらね……。アレ」
「さてな……」
 進む先は、地獄か。それとも……。

「来たか」
「殺り方、分からねぇ。教えろ」
 嫌そうに頼む顔に笑いかけ、ベルトルドは言う。
「ついてこい」
 走り出すと、レムも愚直についてくる。
 声で、導く。
「ここまで来たなら、成果を上げないと帰れんぞ?」
「帰りたくもねーけどな」
「さあ、動くんだ」
「動いてるだろ!」
「姉は、どう戦っていた?」
「姉貴の事、言うな!」
「思い出せ。それが、これからのお前になる」
「……うぜぇ」
 交わし合う、導きと悪態。
 少しだけ満ちる、懐かしい記憶。
 何処かで、声が聞こえた。

「来たわ!」
「よし、やるぞ」
 頷き合う、ルーノとリチェルカーレ。
 禁符の陣。
 鬼門封印。
 暴れるアバドンを、縛る。
 引き千切ろうともがく巨体。地から伸び上がった幾本もの手が、押さえ込む。
 搦メ手。
「結局、手を出すのね」
 知らない振りをするエフドを、茶化すラファエラ。
「レムちゃんが、行ったわ」
 リチェルカーレが、傍らのディアナに伝える。
「選んで。貴女が、望む道を」
 虚ろだった朱い目。前を、見る。

 近づく巨体。束縛を免れた鎌爪と毒尾。タオとステラ、ヨナが薙ぎ払う。
「硬いです。しっかり、力を込めて」
「集中を」
「がんばれよー!」
 流れる声。何故か、温かい。
「アステリオス」
「ホープ・レーベン!」
 猛る黒炎を纏い、シリウスとナツキが跳ぶ。
「防御を、吹っ飛ばす!」
「魔方陣を、狙え」
 閃く炎閃、二条。開く、道。
 エラーを起こした進化。魔方陣は、剥き出しのまま。人面疽の額。
 全身をバネにして、跳ぶレム。
「行け」
 それを、ベルトルドが拳で打ち上げる。けれど。
(届かねぇか?)
 小さな身体。まだ、足りない。舌打ちした、瞬間。
 飛来した魔力の渦が、アバドンの身体を抉る。
 暗澹魔弾。
 放ったディアナが、叫ぶ。
「レム!」
 崩れるアバドン。魔方陣。レムが、振りかぶる。
「ま、先に待ってろよ。『同類』」
 全力を込めた切っ先が、哀れな魂を貫いた。



「うぜぇな。離れろって」
 抱きつくディアナに、鬱陶しそうに言うレム。
 でも、何か嫌そうじゃない。
「……何とか、無事にすみましたね」
「ああ。これで、文句を言われる筋合いもない」
 安堵した声で会話を交わす、皆。ふと、リチェルカーレが気づく。
「……天姫さんは?」
「そう言えば……」
 常に近くで見ていた筈の、天姫の姿がない。
「かまってもらえなくて、拗ねたんじゃないかー?」
 ステラがそんな事を言った、その時。

 悲鳴が、響いた。

「!」
 振り返った、先。
 倒れたディアナ。
 立ち尽くす、レム。
 そして。
 白痴の仮面に蒼い燐火を燃やす、黒い影。

 怖気が、走る。

「イザナミ!」
「てめぇ!!」
 飛び出したナツキが、ホープ・レーベンで切り払う。
 無意味。
 解けた、蝶の群れ。からかう様に舞い、消えた。

「ディアナちゃん!」
 駆け寄ったリチェルカーレが、抱き起こす。
 呼吸が、ある。
 ホッとするリチェルカーレの横で、ヨナが気づいた。
 奇妙な、魔力の蠢き。
 予感に駆られ、ディアナの服をはだける。
「!」
 息を、飲む。
 幼い少女の、幼い胸。白い肌に輝くのは。

 朱い。
 朱い。
 陰陽の、図。



 光帝天姫は、洞窟の外に立っていた。
 誰にも知られず、立っていた。
 綺麗な顔に、笑みを浮かべて。
 たった、一人で。
 とてもとても。
 嬉しそうな笑みを、浮かべて。

 蝶が、舞う。



二つ星
(執筆:土斑猫 GM)



*** 活躍者 ***


該当者なし




作戦掲示板

[1] エノク・アゼル 2020/06/03-00:00

ここは、本指令の作戦会議などを行う場だ。
まずは、参加する仲間へ挨拶し、コミュニケーションを取るのが良いだろう。  
 

[12] クォンタム・クワトロシリカ 2020/06/11-18:05

魔力感知でスケール4探しするなら、私の方でも探ってみよう。
……別方向からやれば、特定しやすいだろうし。

とりあえず、メルキオスはレムから離れない、らしい。
…奴自体は盾になるとかには全く使えないが…
その代わり、私はある程度自由に動けるだろうし、ベリアル狩りを積極的にやっていこうと思う。
 
 

[11] ルーノ・クロード 2020/06/10-23:25

ああ、スケール4は注意して探してみよう。ディアナとレムの暴走の警戒も、出来る限り。
解毒の準備はこちらも念の為準備しておく。
ヨナの魔力感知は助かる、頼りにさせてもらうよ。

それと、朱の陰陽。もしもあれがディアナをレムの所へ導いたのだとしたら
彼女たちの出会いと契約にはイザナミの関与があった、という事かもしれない
…まぁこのあたりは予想でしかない上、“私達”は現時点では知りようがないものだけれどね  
 

[10] リチェルカーレ・リモージュ 2020/06/10-22:06

スケール5が出る前に制圧できれば一番いいと思いますが、皆さん仰るようにスケール1の数が膨大ですのでなかなか難しそうですね。
スケール1を倒しきるよりも、向かってくるものを倒しながら4へ向かい体力のあるうちにこちらと戦闘をするという方法もあるのかも、とちょっと思いました。
ええと、ルーノさんたちが先に索敵されるのはよいと思います。ディアナちゃんレナちゃん、突っ込んでしまいそうですし…。お願いしてもよろしいでしょうか?
わたし達はその分、ふたりの支援と声かけにつとめたいと思います。
スケール5が毒持ちですので、浄化結界と解毒の準備はしていきます。  
 

[9] ヨナ・ミューエ 2020/06/10-12:56

纏めてになりますが後から来た方も宜しくお願いします。

スケール1はとにかく数が多いですからね。
すべて倒すのは難しいとしても数は減らさないといけませんし、そうすると私達で出来そうなことは…、
ベルトルドさんの竜哭の「敵の動きを止める効果」をスケール1の群れに打ち込んで、
気絶なり麻痺なりすれば恐らく地面に落ちる筈なので、それをエクスプロージョンで焼くつもりです。

ルーノさん達がスケール4を先んじて見つけに行くつもりなら魔力感知で方角だけでも探ってみますね。
私たちは二人から離れないようにするので、そちらは宜しくお願いします。
リンファさんのおっしゃるように進化の事も念頭に入れておくつもりです。

蝶はイザナミの象徴のようですから、それがある場所に死の匂いがあるのでしょうね。
ディアナさんレムさんの二人の近くに現れるのならそういう事かなと。

赤い陰陽図はディアナさんの魔女の血が何か作用している気もしますが、
その意味まで推し測るのは難しいですね…。  
 

[8] ルーノ・クロード 2020/06/10-00:58

スケール4の索敵はできるかもしれないが、先んじての撃破や10R以内にスケール1を倒しきるのは難易度が高いな。
決して不可能とは言わない。
だが三千の敵の壁を10R以内に突破して、更に討伐まで討伐まで持っていかなくてはならないとなると…

しかし、ディアナとレムに先んじてスケール4を見つけておきたいとは考えている。
一方は狂戦士の気があり、もう一方は自暴自棄。
強敵を見つけて突っ込んでいかないとも限らない。
念の為、先回りしての警戒くらいはできるようにね。

>イザナミ
蝶は使役する召喚式だろうか。
いずれにしても、ベリアルが大量発生する場所に平然と存在する蝶など普通ではない。
現れたら警戒するべきだろうね。

陰陽の図は、簡易陣の類のようにも…しかし今はまだ、何とも。  
 

[7] タオ・リンファ 2020/06/09-23:48

すみません……顔を出すのが遅くなってしまいました……
断罪者のタオ・リンファと、拷問官のステラ・ノーチェインです。よろしくお願いします。

スケール4ベリアルの進化を止めるならば、スケール1、三千体を掃討しなくてはなりません。どの程度の残数で進化するのかは判りませんが、ちょっと難しいかもしれませんね……
それに、GMよりの項を見た感じだと、まず進化すると考えた方がいいのかも。

戦闘では、ステラは仲間を巻き込まないように注意して、グラウンド・ゼロを使ってみます。
私はそれを補いしつつ倒していくといった予定です。
私はお二人との面識はないですが、そうですね……私は主にディアナさんに気を配ってみます。
悪人なら死ぬという思考は……私にはとても容認できないものです。そういったこともあり、彼女に関わろうかと。

イザナミはこちらでも何か訊ねてみます。少しでも情報が欲しい相手でもありますからね。  
 

[6] リチェルカーレ・リモージュ 2020/06/08-22:54

途中参加失礼します。
リチェルカーレです。パートナーはシリウス。
どうぞよろしくお願いします。

ここまでの相談、読みました。
ディアナちゃん…元気にしていてくれればと思っていたのに…。
ふたりを補佐し、戦果をあげられるよう動きたいと思います。
わたしもシリウスも、支援や回復メインのスキル構成でいくつもりです。
言葉もできるだけ、かけたいと。

イザナミは…会話というか、こちらも言葉はかけようかと思いますが。
対処法、難しいですね。  
 

[5] メルキオス・ディーツ 2020/06/08-17:02

こんにちわ、こんばんわー
魔性憑きのメルキオスとー、断罪者のクォンタムだよー

くっはははっ
処刑されてたら、喰人だったと……しかも魔性憑きって…順番が逆なだけでどこまで僕とおそろいがいいのかな、この子

まぁ、兎に角同じような元犯罪者同士だし、先輩としてレムちゃんの方は僕の方でお話してみるよー。
もう一人の子の事はよく知らないから、お任せしまーす。

>ベリアル
とりあえず、スケール5になるとめんどくさそうだし、スケール5にならない内にカタを付けたいね~
…リーダー格を探すってすれば、スケール4見つけられるかな?

>イザナミ
……イザナミが能力使う為に出てくる前は蝶の姿、なんだよね?
「朱い陰陽(図?)」ってなんだろね。  
 

[4] エフド・ジャーファル 2020/06/08-03:19

墓守のエフドと悪魔祓いのラファエラだ。

不死身のクソアマを早速使う事にしたか。まぁいいだろう。ずっと監禁しとく方が無茶だしな。
こちとら奴を殺そうとした身だ。かける言葉はないし、はっきりわかるような助け方はしない。
精々墓守らしく真っ先に突っ込んで、スコアを稼ぐ機会ぐらいは作ってやる。
あいつだって10歳でヤバイ界隈を生き抜いたような奴だ。おまけに規格外な相棒(これまた素直に喜べねぇ再会だな)もいる。上手く使ってもらおう。  
 

[3] ルーノ・クロード 2020/06/08-01:09

ルーノ・クロードとナツキ・ヤクトだ、よろしく頼むよ。
ディアナというのはあの時の魔女の子か…確かに偏っている。全く、両極端なペアだな。
だが強力な攻撃が可能な固定砲台と、それを強化しつつ守る事ができる『壁』。
そう考えると悪くはない組み合わせか。

こちらはディアナとレムに戦果を挙げさせるように、補佐としての行動を考えているよ。
レムは何をするかわからない、正直警戒はしている。
それでも一応現場に出て来るところを見ると、全くやる気がないというわけでもないだろう。
無理に指示を出して協力させるより、こちらから合わせる形で結果的に協調行動を取れるように動いてみるつもりだ。

もちろん、ヨナ達が護衛として動くなら、私はそれで構わない。
スケール1はともかく、この状況でスケール5を相手にする事になるなら、
その時には特に守りが必要になるかもしれないからね。

イザナミは…さて、どうしたものか。
私達やディアナとレムに何かするつもりなら、阻止に動くかもしれないが。
…というより、ナツキが勝手に飛び出していく可能性が非常に高い。  
 

[2] ヨナ・ミューエ 2020/06/07-16:08

狂信者ヨナ・ミューエおよび断罪者ベルトルド・レーヴェ。宜しくお願いします。

以前森の中の館で保護された魔女の子、それにこの間の無差別テロの犯人の少女が浄化師に…?
テロ犯…レムさんはそもそも素直に協力するのか分かりませんし、
ディアナさんは保護した時は分かりませんでしたが大分…偏っている様子ですね。
こんな状態の彼女らにこれほど大量のベリアルの相手をさせようなどと、無茶にも程が…。

ともかく。彼女らの補佐との命令を受けていますが、
私達としては補佐というよりは護衛のつもりでベリアルを倒す方向で動きたいです。
ベリアルを倒せるなら教団としては文句も出ないでしょうし。

天姫さんも同行しますが、彼女はこう…あまり信頼するわけにはいきませんね。
敵ではないと思いたいのですが、何と言うか、私達とは違う理で動いているようなので。

あとはイザナミの存在ですね。
こちらも予測不能すぎて何とも言えませんが、方向性くらいは(PL視点で)要望を出して良いのではと。