【神契】天津神の旅風(たびかぜ)
とても簡単 | すべて
6/8名
【神契】天津神の旅風(たびかぜ) 情報
担当 土斑猫 GM
タイプ EX
ジャンル イベント
条件 すべて
難易度 とても簡単
報酬 通常
相談期間 6 日
公開日 2020-08-04 00:00:00
出発日 2020-08-13 00:00:00
帰還日 2020-08-24



~ プロローグ ~

「ほう、これはこれは。皆様、なかなかに良いお顔でありんすなぁ」
 大きな虹色の双翼が、パチリパチリと雷粉を散らす。雅な衣装を上品に着流して、優雅に煙管をくゆらす彼女は、艶やかな声でそう言った。

 ◆

 その日、薔薇十字教団本部の上空を大きな雷雲が覆った。
 奇妙な雲だった。そりゃあ、もう。
 何せ、覆ったのは本当に本部の真上だけ。他のアークソサエティ全域は、雲一つない青空だったのだから。
 この手の現象は大概……と言うか、確実にろくでもない事件の前兆である。ついでに言えば、強力多重の防御結界に守られる本部に易々と接近する存在。控えめに言って、『普通じゃない』。
 この間のエリニュスの件を忘れた者なぞ、浄化師には一人もいない。ちなみに、自慢の結界を素通りされた担当の魔女達は、プライド崩壊の果てにやさぐれして朝まで飲んだくれた。多分、今夜もそうなる。彼女達の肝機能が心配。
 はてさて。
 今度出るのは鬼か蛇か。はたまたもっと厄介なモノか。皆が息を飲んで見上げる中、果たしてソレは起こった。
 大音響と共に堕ちる雷光一閃。不自然な軌道の先に飛び込んだのは。本館の一室。
 アレ? あそこって……。
 一斉に青くなる浄化師及び関係者。途端、その不安を裏付ける様に鳴り響く鐘の音。
 緊急招集の合図。
 泡を食って駆け出す皆さん。這う這うの体で辿り着いたのは、先の雷光が飛び込んだ部屋の前。
 『室長室』。
 戦闘の者が、警戒しつつも急いでドアを開ける。急いた者達が、制する者達を振り切って飛び込む。
 途端――。
「おやおや。威勢が良いでありんすねぇ」
 そんな声と共に、舞って飛んだ雷帯が飛び込んだ者達を叩き伏せる。倒れる仲間を見て、他の者達も次々と飛び込むが、やっぱり軒並み薙ぎ払われる。
「キリがないでありんすなぁ。少し、落ち着くが宜しいかと」
「そうだ。皆、落ち着け」
 呆れ声の後に、続いた声。嫌と言うほど聞き慣れたそれに、皆の足がピタリと止まる。
 目の前には、卓に付き苦い顔をしている薔薇十字教団本部室長・『ヨセフ・アークライト』と、彼にしなだれかかる様にして笑っている見知らぬ女性。否、『女性』と言う表現すらどの様なモノか。
 その背に生えた大翼。放つ神気。あからさまに、人ではない。
 誰かが、『何者だ?』と問うと、彼女は妖艶な笑顔を浮かべてこれに返す。
「これはこれは、失礼を。わっち は『アディティ』と申しんす 。どうぞ、よろしく お願いしんす 」
 ――アディティ――。
 少なからぬ者が、知る名だった。
 伝承に。そして、数多の神と教団の橋渡しの旅を続ける同胞が伝えた名。
 息を呑む皆の様子に、クスリと笑うアディティ。
「素直でよろしい事でありんす。お可愛い部下さん達で、幸せですなぁ。旦那はん」
「……部下を褒めてくれるのは有難いが、そうベタベタしないでくれないか?」
 アディティの豊かな胸を頭に押し付けられたヨセフが、憮然とした顔で言う。
「おや? まだお若いでしょうに。もう枯れてありんすか?」
「パチパチパチパチ痺れてる状態で、そんな気になると思うか?」
「おっと、これは御免なんし」
 そう言って、彼にしなだれていた身体を話す。パチパチと雷紛を散らしながら、扇子で口元を覆って哂うアディティ。わざとである。絶対。
「残念ですなぁ。思ったより良い男故、対価にいただこうかと思いんしたが」
「対価? お前との、契りの対価か?」
 尋ねる言葉に、今度は酷く妖艶に笑む。
「然様。約定も取り付けてありんすよ? あの先駆けのお二人。ちょいとイキんした様子の銀髪娘と、エライ猪突猛進な朱毛の小僧っ娘」
「……セルシアとカレナか?」
「ああ、そう言いんしたな。ええ、その者らが、ハッキリ言いました故。対価はなんなりと、旦那はんからいただけと」
 皆の間に走る、緊張と動揺。
「慌てるな」
 浮き足立とうとする皆を宥める様に、ヨセフが言う。
「俺が、そう言えと指示した。何の問題もない」
 静まり返る、皆。それを確認すると、ヨセフは改めてアディティに告げる。
「人間(俺達)が創造神に打ち勝つには、高位八百万(お前達)の力が必要だ。その為ならば、贄でも愛玩動物でも喜んでなってやろう。ただし、事が全て済んでからの話だがな」
 毅然と言い切るヨセフを眺め、苦笑する彼女。
「おやおや。思いの外、猛しいお人でありんすなぁ。これは、迂闊に囲えば首根っこ咬み切られそうでありんす」
 『それもまた、一興でありんすが』などと言いながら、アディティは続ける。
「いいでありんしょう。その件は、一旦棚上げとしんす。此度来たるは、別用でありんすし」
「別用とは?」
「契り」 
 ヨセフの問いにさらっと返して、朱で粧した眼差しを流す。先には、固唾を飲んで見守る浄化師達。
「何、大方の話は先駆け二人と先だってのエリニュスさんの一件で片付いてありんす。大層な事、面倒な事は致しんせん。ただ……」
 艶がかっていた声。一瞬だけ、鋭くなる。
「事が事故、肝は改めて据えて貰おうと思いまして」
 瞬間、大きく広がる虹色の翼。空間の限りを超えて、浄化師全員を包む。
「少々、お借りしんす」
「ちゃんと、返せよ」
「ご心配なく」
 短いやり取り。そして、声が皆を向く。
「では、まいりんす」
 羽ばたく気配。浮かび上がる、感覚。
「なれ様方が、『背負うモノ』を見る旅へ」
 皆の意識を抱いて、天に上る羽風。
 遠くて短い、天津神の旅が始まる。


~ 解説 ~

【概要】
 アディティが皆を『命の旅』に連れて行きます。今の世界に生きる、あらゆる命の在り方・意味を刻を巡ります。その破壊と修正を願う創造神と戦う意味。そして、背負うモノの重さを改めて実感させられる旅となります。


【お願いする事】
 浄化師の皆さんもまた、『命』の一つです。当然、今回の旅で見る『命』の中に皆さんも含まれます。それは、生まれた時の記憶や家族との事。出会い、別れ。大事な思い出、学んだ事。今までの、生の軌跡です。
 参加PLの皆さんは、所持PCのそれらの設定・構想などがありましたらプランにて提示ください。描写し、パートナーと共有させ、絆と思いを深めさせていただきます。
 蜃やエリニュスの時と違い、痛みを伴う記憶やトラウマ体験などは対象ではありませんが、該当PCを語るに外せないモノがあるのなら、記載OKです。
 参考希望のEPなどありましたら、今回も提示お願いします。

 旅の最後、アディティが狙う首の顔くらい知っとけと皆さんを天界へと誘い、『創造神 ネームレス・ワン』に会わせます(と言っても、距離保ち、戦闘は無しでとっとと撤退します)
 その際、創造神に対して何を思う事。何か伝えたい言葉があればご提示ください。


【実装する神】
 この共連れの旅をもって、『覇天の雷姫・アディティ』との契約が成ります。

〈名前〉
 『覇天の雷姫・アディティ』

〈効果〉
 現存する全ての敵に、基本体力の2分の1のダメージ。それによって体力が0になった敵はそのまま撃破扱いになる。
 ただし、ボス格及び特例措置のある敵は、体力減少は受けるが撃破はされない。

〈撤退条件〉
 一度権能を使うと、撤退。

〈フレーバー〉
 雷を操り、大空を翔る高位八百万。人をからかい、怒らせたり凹ませたりするのが好きな反面、義理には固い遊女さん。
 気に入った相手ほど、余計に弄る傾向あり。
 両刀使い。美形の男。純真な女の子が大好き。手が早いので(ついでに、貞操観念も緩い)ので注意。


~ ゲームマスターより ~

 こんにちはコンバンハ。土斑猫です。
 
 今回は天空の神、アディティさんとのお話です。
 ぶっちゃけ、戦闘とか指令とかの概念はなく、『組むんだから、少しドライブでもして親交深めね?』程度のノリ(神様基準)で連れていかれます。
 難易度は『とても簡単』。参加すれば、アディティの召喚実装が確約されますので、どうぞお気楽極楽でご参加ください。
 
 なお、途中で始まりの場所であり、天界(ヴァルハラ)への扉である『奇跡の塔』に突入します。周辺には、ヨハネの使徒が滅茶苦茶×100くらいの密度で飛び回ってます。これも、アディティの加護によって戦闘には至りませんが、個人的な事情があるPCでお望みであればアディティさんと一緒になってボコってOKです。やりたいという方、プランにてその旨を。

 それでは皆さんのプラン、楽しみにしております。





◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇

タオ・リンファ ステラ・ノーチェイン
女性 / 人間 / 断罪者 女性 / ヴァンピール / 拷問官
ス:すごいすごーい!飛んでるぞ!
ス:海、あおい!木、みどりい!山、ちっちゃーい!
リ:ニダヴェリール……こんなに美しかったのですね
リ:希望の塔が現れる前は住まう人々もいたのでしょうか?


アディティさん、その……ヨセフ室長への対価はどうするおつもりなのですか?
あの人は私達に必要な方です、返答によっては容認することはできません
大体なんですか、あんな恥ずかし気もなく……

……なっ、なななななななな何を言い出すんですか!?
そんなことはあり得ません!断じて!決して!


【見る『命』】
私が奪ったもの、私が殺した、命

メイ……お姉ちゃんのこと、もう少しだけ待っていて
かならずあなたを、迎えにいくから


ヨナ・ミューエ ベルトルド・レーヴェ
女性 / エレメンツ / 狂信者 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
命の旅 と言いましても 私にはそれほど面白い事も無いと思いますが…
それでも振り返れば何か思うことはあるかもしれませんね

間近の事から時間が巻き戻る
今でこそお互いを信頼して戦えると断言できるが最初はそうでもなかった
ベ お前はなかなか俺の話を聞かなかったな
ヨ 否定しませんけど ベルトルドさんはあまり変わらないですね
べ そうか?

契約の時
故郷から逃げるようにアークソサエティに移りそこで出会った彼
ヨ …よく断らずに契約してくれましたね
ベ 何だか危なっかしそうでなあ

それ以前 #9511549
それほど振り返りたくはない子供時代
不意に知られてしまったお互いの過去 が それも今更
それぞれの『傷』は全く別のもの (続
ルーノ・クロード ナツキ・ヤクト
男性 / ヴァンピール / 陰陽師 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
創造神を止められなかったとしたら
全てが失われるという事実を改めて考える

ルーノの少年時代を垣間見る
故郷シャドウガルテンで厄介者として扱われていた頃
ルーノ:この頃の私なら、こんな厄介事には関わろうとしなかっただろう
ナツキ:…今は、どうなんだ?

次に見えるのは二人が契約した時の光景
次はヴァンピール差別を自分の事のように怒るナツキと宥めるルーノ
一緒に戦って困難を乗り越える場面も次々と
ルーノ:…前と同じなら、君の隣に居るわけがないだろう

背負うものは重い
だからこそ、絶対負けられないと決意を固めるナツキ
ルーノも躊躇いなく同意

■創造神
ナツキが真っ直ぐに大声で宣言
ナツキ:絶対諦めねぇからな!待ってろよ、カミサマ!
リチェルカーレ・リモージュ シリウス・セイアッド
女性 / 人間 / 陰陽師 男性 / ヴァンピール / 断罪者
「命」の旅…わたし達が背負うもの
わたし達が守りたいもの
シリウスと顔を見合わせ こくりと頷く
ちゃんと受け止めてみせる
あなたといれば きっと大丈夫

アディティ様に深々と頭を下げる
今日は どうぞよろしくお願いします
虹色の翼に 眩しそうに目を細め

少しずつ少しずつ 自分たちの今までを遡る
在りし日の父の笑顔
妹や弟が生まれた時のこと
生まれたばかりの自分を抱いて 幸せそうに微笑む両親
とろけそうなその顔は シリウスのご両親と同じもので

わたし達… こんなに思われていたのね
沢山の人たちが出会って育んだ想い 
それがわたし達の手の中にも 
ね シリウス
どれだけ欠点があっても …わたしは人を失敗作とは思えない
今ここにいる命が好きよ

だから 負けない
サク・ニムラサ キョウ・ニムラサ
女性 / ヴァンピール / 悪魔祓い 男性 / ヴァンピール / 陰陽師
サクラ:あらあら飛んでいるわぁ……室長がやれば良いのに。
キョウ:変わった色ばかりです……人選間違っていますよね。
サクラ:ホントにね。キョウヤの事よ?
キョウ:寝言ですか。サクラの事ですよ?
サクラ:アディティ様ぁ。キョウヤがいじめてくるわぁ。
キョウ:え、こんな冗談真に受けませんよね。アディティ様。

サクラ
はいはい。じゃれあいはお終い。真面目にまじめに
あ、キョウヤが生まれた。ビャクヤ兄もいる。
父と母……面白みがない生。興味ないわぁ。
まあ見れるだけ見ないと。実感するも何もないもの。
……殺してから重さを知れなんて言われても
重すぎて私は潰れてしまいそうだわぁ。
赤赤赤。目も頭も痛くなる。
はぁ

消えてしまいたい。
ラニ・シェルロワ ラス・シェルレイ
女性 / 人間 / 断罪者 男性 / 人間 / 拷問官
ほぁー 八百万の神様って綺麗というか 迫力があるわねー
え?旅?ちょ、えええ!?

見えたのは自分たちのはじまり
その前の 生まれた姿
もしかして、あれがおかーさん?
赤い髪の女性が 小さな赤子を抱えている姿を見る
女性は一人の少女に赤子を渡す
あ…シィラだ!そっか シィラはずっと
ううん シィラだけじゃない
みんなが あたしのこと育ててくれた
得た家族 失われた家族と故郷
…そして 教団に入って もう一度巡り合った家族たち
あたし達 もうふたりぼっちじゃないのね


神の姿を見て 決意する
やっと出会った大事な家族を
あんたなんかに あんたらなんかに
奪われて なるものですか


~ リザルトノベル ~

「え? 旅? ちょ、えええ!?」
 『覇天の雷姫・アディティ』を前に、『ほぁー。八百万の神様って綺麗というか、迫力があるわねー……』なんて言ってた『ラニ・シェルロワ』がテンパった声を上げる。
 『馬鹿! 舌噛むぞ!?』などと言って抑える『ラス・シェルレイ』の前で、変容していくアディティ。
 虹色の翼。唯でさえ大きかったソレが、更に大きさを増して皆を覆う。そのサイズは、すでに室長室に収まる筈のモノではなく……。
 皆を見下ろすのは、雷装の巨鳥。
 『雷源鳥・アルゲンタビス』。
 神が創りし原初の生命。生物第一世代。アディティの、真なる姿。
 雷鳴の如き声が鳴り、天を覇する翼が閃く。

 ◆

「ど、どうなってんだ!? コレ!」
「……空間定理を、無視しているのか……?」
 驚く『ナツキ・ヤクト』の横で、冷静に分析する『ルーノ・クロード』。
『ほうほう。なかなかに賢しいでありんすなぁ』
 かけられた声にギョッとして振り向くと、そこには今まさに自分達を包んで飛んでいる筈のアディティの姿。
「え? 何で?」
「……分身体か」
 狼狽えるナツキの横で、察するルーノ。
『まあ、そう言う事で』
 気づくと、アディティの顔が間近。驚く彼に、笑いかける。
『逃げなくていいでありんすぇ。 別に、獲って喰いはしんせん』
 妖しい口調が、耳を濡らす。
『それにしても、先の旦那さんといい。浄化師とおっしゃるのは、初心でありんすねぇ 。戒律でもあるのでありんすか?』
「そういう訳じゃない。獣でもあるまいし、そう容易く手を出すか」
 憮然とするルーノに、また笑う。
『ズレた事を。子種を遺す為の本能、必然のモノでありんしょうに。まあ、もつとも ……』
 歪む、金色の眼。
『生命の輪環から逃げ出した種らしいと言えば、らしいでありんしょうが』
 その言葉に、ルーノはキッと視線を向ける。
「生命の輪環と言うものを、自然の掟と言い換えるなら、そこから逃避した事は否定しない」
 肯定し、その上で『それでも』と続ける。
「それは、人が生きる為に選んだ道だ。生きる事が命有る者の使命と言うのなら、決して間違ってはいない筈」
 アディティの顔に杖を突き付け、キッパリと。
「私達が選び歩んできた道を揶揄する事は、許さない」
『フフ』
 それまでとは違った声で笑い、爪先でクイッと杖を退けるアディティ。
『良い啖呵を切りんすぇ。前でしたら、もつともつまらん返しをしたでありんしょうに』
「何……?」
 悪寒が抜ける。確かに、以前の自分なら。けれど、何故それを知っている? 今の今まで、会った事もない彼女が。
『怖がる事はないでありんす』
 揶揄う声音。
『それを知る旅でありんすから』
 沈黙するルーノ。しばし睨み合っていると。
「……なぁ、ルーノ……」
 横から申し訳なさそうな顔で割り込んでくる、ナツキ。
「何か、話が難しくてついて行けねぇんだけど……」
 困った顔で、頭を掻く。
『これはこれは……』
 フフフと、綻ぶアディティ。
『こちの方も、無垢で美味しそうでありんすねぇ』
 『筆おろしは御済みでありんすか?』などと、トンデモナイ事を訊き始めるアディティを見ながら、『合わない……』などと思うルーノだった。

 ◆

「命の旅……と言いましても、私にはそれほど面白い事も無いと思いますが…」
 景色を眺めながら、独り言ちる『ヨナ・ミューエ』。
「それでも、振り返れば何か思う事はあるかもしれませんね……」
「そう自分を安く見積もるな」
 『ベルトルド・レーヴェ』が、言う。
「お前の生きてきた道は、そんな空虚なものじゃないだろう。少なくとも、俺はそう思っている」
「ベルトルドさん……」
『まつたくでありんすねぇ』
 割り込んできた声に振り返ると、ニコニコしながら見ているアディティ。
「仲がいいでありんすねぇ。御契りは御済ましでありんしょうか?」
 ブッ!?
 余りと言えば余りな物言いに、思わず吹くヨナ。
「げ、下品な質問をしないでください! 私とベルトルドさんはそんな……」
「まだでありんすか?」
「だから!」
「早く済ませるといいでありんす」
「……怒りますよ?」
 剣呑な声と共に、手に収束していく魔力。けれど、意にも介さず。
「そうすれば、人生のコクも増しんす」
 止まったヨナにススと寄ると、妖艶な表情を寄せる。
『命とおっしゃるものは、酒と同じでありんすぇ。 時を重ね、溶かし込む程に妙なる味になる。もつとも……』
 白い指が、ツツとヨナの顎を撫で上げる。
『仕込みたての澄んだ若酒も、乙なものでありんすが』
 ニィと笑んで、『さて』と一言。
『男衆が御嫌なら、わっちが仕込んであげてもいいでありんすが?』
「……!?!」
 思わず張り飛ばしそうになった所を、グイと引き離された。
「やめとけ。遊ばれてる」
 ヨナの肩を掴んだベルトルドが、ジロリとアディティを睨む。
「まあ、趣味の良い遊びじゃないがな」
 冷ややかな眼差しに、わざとらしく肩を竦め。
『仲がいいでありんすねぇ』
 ケケと、笑う。

 ◆

「あらあら、飛んでいるわぁ……室長がやれば良いのに」
「人選、間違ってますよね」
「ホントにね。キョウヤの事よ?」
「寝言ですか。サクラの事ですよ?」
「アディティ様ぁ。キョウヤがいじめてくるわぁ」
「え、こんな冗談真に受けませんよね? アディティ様」
『……仲がいいでありんすねぇ』
 『サク・ニムラサ』と『キョウ・ニムラサ』のやり取りに、アディティ苦笑。
『族の違いもあるのでありんしょうが。別な意味で趣深いでありんすねぇ』
「……だそうよ。キョウヤ」
「面白いですかね。自分達……」
『踊る阿呆はわっちで阿呆と気付かないから、オツんでありす』
 顔を合わせるサクとキョウ。
「馬鹿って言ったわ」
「馬鹿じゃなくて、阿呆ですよ」
「同じじゃない」
「まあ、さしたる差はないですけどね」
「頭にきたかも」
「サクラも、こういう事で怒るんですねぇ」
「どうする? 処す? 処す?」
 イソイソと弓を取り出すサク。殺る気満々。アディティの方を見る、キョウ。
 向こうは向こうで、指をパキポキ鳴らしながら舌舐り。
 神気と、バチバチ鳴ってる光。静電気とかじゃなく、雷のそれ。触れたら、消し炭。
「うん」
 さしたる拘りもなく、決定。
「無理ですね! すいません!」
 ペコリと謝る。
「あら、もっと早く言ってほしかったわぁ」
 呑気な声に目を向けると、ハイパースナイプぶっ放したばっかのサク。
 まあ、飛んでった矢なんて、届く前に落とされる。
「あ~あ……」
「死んじゃうかしら? 私達」
 溜息つくキョウの横で、困るサク。
『しんせんよ。そんな無粋な真似』
 炭を通り越して塵になった矢をパタパタと扇子で払いながら、アディティは言う。
『小鳥とおっしゃるモノは、小気味よく囀ってこそ映えるモノ。世界とおっしゃる籠の中、せいぜい綺麗に歌ってくんなましな』
「綺麗ねぇ……」
「綺麗なんですかねぇ? 自分達……」
『言ったでありんしょう?』
 小首傾げ合う姉弟に、ケケと笑って言ってやる。
『阿呆はわっちで阿呆と気づかないから、愛いんでありす』
 二つの顔を見回して、趣深げに煙管をふかす。

 ◆

 私達が、背負うもの。
 守りたいもの。
 彼と顔を見合わせて、頷く。
 思いは、同じ。
 ちゃんと、受け止めてみせる。
 あなたといれば、きっと大丈夫。

「今日は、どうぞよろしくお願いします」
 お辞儀する、『リチェルカーレ・リモージュ』。アディティが、感心した様に目を細める。
『随分と、純な娘御でありんすねぇ。その御歳で、珍しい事ですなぁ』
 そして、何やら思い出した様にパチンと扇子を打つ。
『そうそう。その御顔でありんしたぇ。あの御二人が思ったのは』
「え?」
 不思議そうな顔をするリチェルカーレを覗き込み、悪い笑みを浮かべる。
『いえね、先駆けの御二人……。そうそう、セルシアとカレナとか言いんしたぇ。あの御二人に、言ったんでありんす 。『協力して欲しけりゃ、清い乙女を対価によこせ』って。その時、御二人が揃って思い浮かべたのが、ぬしの御顔』
「はあ……」
『驚きんしたかぇ? まあ、あの御二方が言った訳ではありんせん。わっちが、読んだだけですので。心中の声とおっしゃる事なんで、そういう発想があった事に変わりはありんせんが。傷つきんしたかぇ? ならば、わっちが慰めて……ああ、元からそういう発想が出んせんか。そうでありんすか』
 顔を離し、苦笑する。
『何とおっしゃるか、純の極みにありんすねぇ。まあ、でありんすから仕込みがいがあるとも言えんすが。それに……』
 閃いた剣閃を、スルリと上がった扇子が受け止める。
『でありんすからこそ、こなたの様な御仁と相性がいいのかもしれんせんねぇ』
 確実な敵意を持って刃を振った『シリウス・セイアッド』。刺す様な視線を受け止めながら、アディティは笑む。
『おやおや。その剣、わっちと同じ性の様でありんすねぇ。ぬしの様な良い御方と、何の縁でありんしょうか?』
「……リチェから、離れろ」
 彼の目に、冗談はない。けれど、それすら覇天の姫には酒の肴。
『いいでありんすねぇ。その眼。己を愛せず、されど見切りをつける事も敵わず。光を求めて陽から逃げ、闇を拒んで陰に愛でられ。結局どちらにつく事も出来ず。せめても足掻いて縋り付くのは、か弱くか細い水連の茎』
 揶揄う声音に、鋭さを増すシリウスの眼差し。でも、糠に釘。
『水連は華奢でありんすが、根子は深いでありんす。一生懸命、支えてくれんしょう。そいで……』
 寄せる唇。耳の傍。
『最期はポッキリ折れて、諸共仲良く水の底。誠に、宜しい事で』
 渾身の力で振り抜く、シリウス。けれど、かの者の姿はすでになく。
『気に入りんせんかぇ? そうでありんしょう。そいで、それはこち も同じ事』
 背後から声。嗤いながら、煙管を揺らす。
『いかほど御強くても、溺れて負われてる様では。話になりんせん』
 ポンと落とす灰。燐雷となって消える。
『もう僅か、土台を定めないといけんせんぇ。小僧さん』
 金色の鷹眼。答えない彼を、何処までも見透かす。

 ◆

「すごいすごーい! 飛んでるぞ!」
 流れる景色に、『ステラ・ノーチェイン』が歓声を上げる。
「ここは……『ニダヴェリール』……。飛び立って、まださほども……」
 ステラの頭越しの後景に、『タオ・リンファ』も目を丸くする。
『空間を跳ばし跳ばし、飛んでんす。忙しいのは好きではありんせんが、ノンビリ旅情に浸りながらとおっしゃる訳にも、いきんせんので』
 傍らでプカプカと煙管をふかすアディティが、ノンビリとそんな事を言う。
「海、あおい! 木、みどりぃ! 山、ちっちゃーい!」
 はしゃぐステラ。リンファも、感嘆の声を漏らす。
「ニダヴェリール……こんなに、美しかったのですね……。希望の塔が現れる前は、住まう人々もいたのでしょうか?」
『人は強欲で貪欲でありんすから。巣食わぬ場所などありんせんでしたな。ご存じの通り、ここではすっかり狩られてしまいんしたが。まあ、お陰様で……』
 意地悪気に、歪む。
『こなたの辺りはすっかり、清浄な自然が戻りんした』
 その言葉に、リンファの顔が曇る。
「……やはり、人は世界に不要なのでしょうか……」
 苦悩の滲む問い。けれど、『人は賢しい割に、阿呆でありんすねぇ』と切って捨てる。
『そも、必要不必要で括る真似自体が、人の勝手な所業でありんすぇ』
 彼女は説く。己の存在に疑問を持つ事。それもまた、上から目線の愚行に過ぎぬと。
『蜘蛛の巣を奪って己の巣を縫う鳥もいんす。他所巣の女王を殺して国を奪う蟻もいんす。己の血筋を遺す為に、切った張ったは命の常。悩む事こそ、異端でありんすぇ。 ただし……』
 光る鷹眼。自分よりも、圧倒的な捕食者の如き存在。リンファの背中が、泡立つ。
『蜘蛛の巣を奪った鳥は蛇に喰われ、巣を奪った蟻は猪に国そのものを壊される。力で奪うのならば、力で奪われるのもまた然り。当然の帰結でありんすぇ。人のお頭に足りないのは、単純にその覚悟でありんしょうね』
 生きる為に力を振るうが命の真理。故に、力に潰されるもまた真理。理解は、出来るが。
「それでも、私達は……」
 悩むリンファ。アディティが、ニンマリと笑む。
『それはそうと……』
 ツツツと近寄り、顔を覗き込む。近い。
「な、何ですか!?」
『ぬし 、さっきからわっちに言いたい事があるのでは?』
「へ?」
『惚けてはいけんせん。女子の御心を読むのは得意ですので。洗い浚い、ぶちまけなんし』
 強い、魅了。頭がクラクラしてきて、つい。
「では……言わせていただきますが……」
『はいはい』
 目一杯の力を込めて、睨む。
「アディティさん、その……ヨセフ室長への対価はどうするおつもりなのですか?」
 ずっと、気にかかっていた件。
「あの人は、私達に必要な方です。返答によっては、容認することは出来ません!」
 言いながら、化蛇の柄に手をやる。その時の、覚悟と共に。ただ。
「大体、なんですか!? あんな恥ずかし気もなく……」
 勢いのあまり、余計な事まで言ったのがマズかった。
『ほうほう。わっちがあの御仁に粉をかけたのが気に食んせんと?』
「……へ?」
『成程成程、そう言う事でありんすか』
 納得して、愉快そうに笑う。
「な、何を言ってるんです?」
『何も蟹も、こうでありんしょう?』
 耳元に寄せた口を扇子で隠し、ヒソヒソ。真っ赤になって爆発する、リンファ。
「……なっ、なななななななな何を言い出すんですか!? そんな事はあり得ません! 断じて! 決して!」
『またまたぁ~』
「違うって言ってるんですー!!!」
 ギャーギャー姦しい女性二人。見ていたステラが、言った。
「マー、いつのまに仲良くなったんだ? たのしそーだなー」

 ◆

「うわ凄! 何コレ、雲の上じゃん! 下に見えるのアレ国? 大陸? フハハハハ、見ろ! 人がゴミの様だ……って、流石に見えないか。こんだけ高いとな~。ほら、ラス! 何してんの!? こっち来て見なさいよ! こんな光景、もう一生見れないわよ!? って速い速い! 運転手さん、もっとゆっくり! 運転手さ~ん!!」
『運転手さんとおっしゃるのは、わっちの事でありんしょうか?』
「……多分」
 珍獣でも観察する様な目でラニを眺めてる、アディティ。隣りでは、ゲンナリした顔を晒しているラス。
『陽気な娘御でありんすねぇ。快活な事は、いい事です』
「……馬鹿なだけですよ」
 ラスの疲れた声に、『いえいえ』と言葉が返る。
『結構な猫被りでありんしょう。あれほどの汚泥を、ごっそり飲み込み隠してるのでありんすから』
 唐突に変わった声音に、ラスの表情が凍る。
『中和剤は、ぬしの様でありんすねぇ……』
 流れる視線、心の深層。
『毒を毒で抑えるは、常套ではありんすが、良手ではありんせん 。舐め合っていれば、いずれ互いの毒で腑が腐りんす。そんな阿呆な事で零れられては、代えの矢じりにもなりんせん』
「……アンタ……」
 少なからずの敵意が籠った眼差しを、平然と受ける。
『まあ、今回でしっかり固めてもらいんしょう。膿の腐臭も。傷の痛みも。肝心な時に牙を鈍らせんすから。特に』

 ――あの小僧を、前にしましたら――。

「……?」
 微かに聞こえた呟き。そして、その時のアディティの顔。意味を図りかねた、途端。
『まあ、他にも良手はありんすが。ぬし方くらいの若人であれば、さっさと交わってしまうのが得策でありんすねぇ』
 唐突な雰囲気チェンジと共に飛び出す、爆弾発言。対応出来ずに、目、白黒。
『意中と交われば、肝も魂魄も落ち着きんす。まだなんでありんしょう?』
「ま……まだも何も……オレとアイツはそんなんじゃ……」
『そうでありんすか? まあ、番いでなくともする事くらいは出来ましょう』
「いや、だから……」
『近過ぎて、その気になれんせんかぇ? なら、代わりにわっちが摘まみんしょうかぇ?』
「…………」
『鳴かせるなら、もうちょい淑やかな方が好みではありんすが』
「話を、聞いてくれ……頼むから……」
 疲れ果てて、切に思う。
(あの二人……よく協力をこぎつけられたな……?)
 世界の何処かで、銀髪と朱髪の少女二人がドヤ顔で胸を張った。

 ◆

 星と極光の中を、流れていく。
 生命。
 その、姿。

 母の胎。芽生え。
 誕生。歓喜。
 成長。育まれ。
 出会い。愛し。
 結ばれ。満たされ。
 孕み。尊く。
 産み出し。抱き締め。
 別れ。誇らしく。
 老いて。穏やか。
 眠り。回帰。
 そして、また。

 海。母。遠い、記憶。
 大地。父。新たな、世界。
 戦い。
 殺め。
 継いで、生きて。
 戦い。
 殺められ。
 遺して。死んで。
 空。還る。懐かしい、腕。
 それでもまた、旅立って。

 生きて。
 死んで。
 栄えて。
 滅びて。
 繰り返す、輪廻。
 クルクルと。
 延々と。
 無限。
 地獄。
 けれど確かに。
 育んで。

 善も、悪も。
 聖も。邪も
 生も。死も。
 全ては、些事。
 全てが、同義。
 一つの、全。
 全ての、個。
 遺す事。
 繋げる事。
 永久に、紡ぎ続ける事。
 それが、たった一つ。
 大いなる、命のシステム。
 星の、理。
 世界の、真理。
 神さえも、また。

 生きて。
 死んで。
 また、生きる。

 やがて、気付く。
 流れゆく、星光。命の流転。その中に刻まれた、懐かしい声。証。
『当然でありんしょう』
 アディティが、言う。
『ぬし達も、命でありんすから』

 ◆

 間近の事から、時間が巻き戻る。
 見えた姿。出会って間もない、自分達。
 何処となく、よそよそしい自分と。さして気を向けてる風でもない、彼。
 苦笑する。
 今でこそ、お互いを信頼して戦えると断言出来るけど。最初はそうでもなかった。
「お前はなかなか、俺の話を聞かなかったな」
 意地悪げに言うベルトルド。ちょっとムッとする『振り』をして、横目で睨む。
「否定しませんけど、ベルトルドさんはあまり変わらないですね」
「そうか?」
「自覚、ないんですか?」
 笑い合う。彼のこんな顔、見れるなんて思ってなかった。

 流れる光。次の、光景。
 契約の時。
 何もかもが上手く行かなくて。
 己の無力を肯定してしまうのが怖くて。受け入れられなくて。
 故郷から逃げて。浮かぶ小枝に縋る様に行き着いた、アークソサエティ。
 そこで出会った彼は、寡黙で。捉えどころがなくて。
 それでも、彼しかいなくて。
 己の事しか考えずに伸ばした手を、彼は取ってくれた。
「……よく、断らずに契約してくれましたね」
「何だか、危なっかしそうでなあ」
 あの時、握り合った温もり。今でも、確かに手の中に。

 それほど振り返りたくはない、子供時代。不意に知られてしまった、互いの過去。望むモノではなかったけれど、それも今更。
 『傷』は、全く別のモノ。いかに近くなろうとも、本当の痛みを共有する事など構わない。真に慰めの言葉が出る訳でもなく、無理に取り繕った所でハリボテが重なるだけ。
 知ってくれたのなら、それでいい。
 ただの、思い出。
 共に紡ぐべきは、未来。
 
 砂漠の街。寂れた医院で上がる、産声。確かな、祝福。
 神の脅威に抗う手段は、まだなくて。
 故に、娘の両親は決意する。
 消える筈なき災禍。嘆き、祈り、座して、待った所で。
 ならば。
 この子の為に、刃を。盾を。
 創り出そう。。
 自分達が消えた後。この子が、一人になっても。生き行く為の術を。
 いつか、共に未来へ進む相手と出会い。道を定める。意味を知る。
 その時まで。いえ、その後も。ずっと。ずっと。
 この子が己の生を。微笑みと共に歩める術を。
 その為ならば。
 全てを。
 神の権能さえも。
 引きずり落そう。
 怖くて。
 傲慢で。
 そして、気高い。
 命の。意味。

 スラムの一角。降り頻る、雨。
 吹けば飛ぶ様な、狭いボロ屋。
 商売女が、たった一人で子を産んだ。
 白肌の人の子。
 黒々とした、獣の子。
 決して、望まれた生ではなく。
 でも、だからこそ。
 それこそが、せめてもの叛逆。
 命の対価。
 最期の最期。
 呪いを、一つ。
 女は静かに、息絶えた。
 遺したそれが、導く様に。
 人の子は、引き取られ。
 獣の子は、残された。
 けれど、獣は生きた。
 母の憎悪が、命の牙に変わった様に。
 幾つもの不条理。
 絶望。
 死線を、超えて。
 見上げるしかない、世界の中。
 獣の子は、友を知り。
 恋を知り。
 愛を知り。
 絆を得た。
 命が願った、光を得た。
 声が、聞こえる。
 温もりが、ある。
 見えないけれど。
 触れられないけど。
 温もりをくれた、彼らも。
 恋をくれた、あの娘も。
 絆を結んだ、あの人も。
 ずっと。
 ずっと。
 共に在る。
 呪いはいつしか、加護となった。

 そして、今度は自分の番。
 滾る命の中に託された全てを持って。
 次の世代を、守り継ぐ。
 そして、歩み続ける隣りには。

 小さく小さく。息を吐く。
 生まれた瞬間の事。
 知らなかった両親の、想い。情念。
 全ての生が祝福される訳ではない事実
 でも、それすらも生きる術。
 全て全てが。
 生きた、意味。
 目を瞑る。
 父と母に、顔を見せに帰ろう。
 伝えなきゃ、いけない。
 私が選んできた事は、間違いではなかったと。
 彼らに。
 そして、目の前のこの人にも。

「……ベルトルドさん」
「何だ?」
 見下ろす顔。緑色の瞳に映る自分。ちょっとだけ、躊躇い。
 でも、足踏みはしない。
「あなたは、私の運命の人だわ」
 自分が、こんな少女みたいな言の葉を綴るなんて。
 思ってもいなかったけど。
「あなたと出会えて……」
 これもまた、命の証。
「本当に、良かった」
 受け止めた、彼の顔。
 一生。いや、来世も。そして、次の世も。
 ずっとずっと。
 持っていく。
 そう、決めた。

 ◆

「はいはい。じゃれ合いは、お終い。真面目にまじめに」
 そう言って、伸びをするサク。見回して、気づく。
「あら、アディティ様は?」
「そう言えば、いませんね」
 キョウも、キョロキョロ。
「いないわね」
「でも、乗ってるのもアディティ様ですよ?」
「忘れてたわ」
「なら」
「無問題?」
 そう言って頷いて。虹の向こうを覗く二人。
 流れる時間の、走馬燈。
 サクが、目を凝らす。
「あ、キョウヤが生まれた。ビャクヤ兄もいる」
 見慣れた顔と、懐かしい顔。でも、それだけ。
 流れ続ける光景。
 想起はされど、心は動かない。
「父と母……面白味がない生。興味ないわぁ……」
 それでも、目は離さない。
「まあ、見れるだけ見ないと。実感するも何もないもの」
 まるで、何かを求める様に。空っぽの何かを、求める様に。
 流れ行く顔。血が繋がる縁ではなく。
 血に染まる顔。
 無念。
 憎悪。
 悲哀。
 死の顔。
 終わりの声。
 目の前で、死んだ者。
 この手で、殺めた者。
 でも、思うべき言葉も。感慨も。
 ただ、空回る。
「……殺してから重さを知れなんて言われても……重すぎて、私は潰れてしまいそうだわぁ……」
 視界が、染みていく。
 赤く。
 朱く。
 ただ、赤く。
「赤赤赤。目も頭も、痛くなる……」
 空っぽの赤。
 その中に、意味はあるのだろうか。
「はぁ……」
 つく溜息も、空っぽ。
 ――消えて、しまいたい――。
 呟いた空声。何処へ、行くのか。

「自分が生まれて、サクラが生まれて、父様と母様……。ヤシェロ兄様。……無駄な時間が多い……無駄にした分の重さを、知れという事でしょうか……? あー、この頃から変わったキョウダイなんて言われてましたね……」
 何だかんだ言いながら、キョウは見入っていた。自分の知らない軌跡。それを追いながら、ポツリポツリと、独り言。
 自分にないモノ。
 自分の空っぽ。
 求める形は同じだけど。
 求める術はまた別で。
 だから。
 だから。
 彼女の呟きには、気付かない。
 気づく、筈もない。
 それが、二人だから。
 ずっとの、二人。

 何処かで雷禍が、ケケと嗤う。

 ◆

「綺麗……」
 ラニの口から洩れるのは、心からの感嘆。星霜と共に流れゆく、命の調べ。
 残酷で。苛烈で。厳しいけれど。だからこそ、純粋で。気高くて。美しい。
 その清流の中に、人がいる。
 人の営みが、確かにある。
 幾つもの罪を犯した筈。
 数多の過ちを辿った筈。
 それでも世界はまだ、人を己の一部と。
 抱き締めていた。
「あ……」
 極光の彩の中に、ソレが見えた。
 自分の。そして、大事な相棒との始まり。
 流星と共に流れ、また、光。
 誰かの、生まれた姿。
 赤い髪の女性が、小さな赤子を抱える。
 懐かしい。
 温かい。
「……もしかして、おかーさん……?」
 笑いかける顔。笑い返す顔。
 例え、一時であろうとも。
 確かな幸福に満ちた時間。
 と、一人の少女が駆け寄ってきた。女性は微笑んで、少女に赤子を渡す。不器用ながらに、一生懸命にあやすその顔。
「あ……シィラだ!」
 間違える筈もない。自分の。そして、相棒の。一番の親友。
「そっか……シィラは、ずっと……」
 世界が、広がる。幾千幾億。星の地平。
「ううん! シィラだけじゃない!」
 遠い空まで、広がる星界。分かる。その一つ一つが、絆を結んだ人々。
「皆が! あたしの事、育ててくれた!」
 そこには、失われた人も。戻らない故郷もあるけれど。証は確かに刻まれて。そして、その先。ずっと先。
 得た家族。教団に入って、もう一度巡り合った家族達。
「あたし達、もう二人ぼっちじゃないのね!」
 意味は確かに、そこにあった。

「……そうだな。オレ達は、二人だけじゃない」
 聞こえた相棒の歓喜に、目を細めて頷いた。
 ラスが見る星光は、彼女のモノとは違う。
 当たり前。いくら似ていても、二人は別の人間。
 受けた傷は違うし。誤魔化す事は出来ても、癒す事は出来ない。
 だけど。
 流れる極光の狭間に、目を凝らす。
 父と、母。忙しいという理由はあったにせよ、あまりに関係は希薄で。でも、気付けばそうだったから。それが、当たり前だと思っていた。
 棚引く極光は、青の彩。寒色の中、一人で歩く。
 だから、喰人だと分かった時も。一人、連れ出されたのも。心のどこかで、当然だろうなと思っていた。
 無意味で。希薄で。薄っぺらな、命。
 けど。
 彩が変わる。赤い。赤い。獄炎の色。
 待っていたのは、地獄。
 哄笑と共に武器を振るい、同じ年頃の子供達をいたぶる師の姿。
「……何度、死にかけただろうな……」
 吹き飛ばされて、血を吐く自分。
 けれど、覚えている。
 この時、燃え上がった炎を。
 それは、空虚でしかなかった心を満たした願い。
 明確な死を前にして、初めて得た生への渇望。
 死にたくない。
 そう思っていたのは、ラスだけじゃなくて。
 だから、皆で逃げた。
 獲物を狩る狼の様に、嬉々として追ってくる死。
 一人。また一人。殺される。死んでいく。
 最期の悲鳴が響く度、皆の心を満たしていくもの。
 怖い。
 死にたくない。
 そして。
 ――生かしたい――。
 死ぬのは、嫌。生きたい。けれど、もしそれが叶わないなら。
 ――誰かが生きて、オレ達の証を――。
 それはきっと、命の根源。
 自分が。
 自分達が。
 生きた証を。
 生きた意味を。
 次へ。
 未来へ。
 継いで欲しい。
 限りしかない命が、永遠へと至る術。
 始原の。
 そして、永久の願い。
 その炎が、儚く小さな命を燃やした。
 皆の想いは、一つ。
 ――仲間が、生きてくれれば――。
 そして、願いは結実し。
 ラスは、生き残った。
「……生きてるよ。オレは、ここに」
 握り締める手の中には、友から継いだ命の証。
 絶やさない。
 終わらせない。
 絶対に。
 それが、生きると言う事だから。

 同じじゃなくて。
 重なる事なんてまやかしで。
 癒し合う事も出来ないけれど。
 想う願いが同じなら。
 それはもう、一人じゃない。
 進もう。
 戦おう。
 互いに継いだ、命と共に。

 ◆

 見つめてくる、二色の瞳。見つめ返して、少し間を置いて頷く。
 自分に『守る』力があるなんて、思えない。
 けど。
 それでも。
 彼女が、望むなら。
 同じ世界を、見てみたい。
 一緒に。

 星が、流れる。
 棚引く、極光。
 少しずつ。少しずつ。遡る、道。
 その中で、リチェルカーレは見る。
 在りし日の、父の笑顔。
 妹や、弟が生まれた時の事。
 生まれたばかりの自分を抱いて、幸せそうに微笑む両親。
 そう。
 否定しちゃいけない。
 間違いなんて、言っちゃいけない。
 だって。確かなものなのだから。
 この喜びも。
 この幸せも。
 確かな、命の輝き。
 どんなに残酷で。
 どんなに醜悪で。
 どんなに悲しみに満ちていても。
 ここだから。
 この世界だからこそ生み出せた。
 唯一無二の、奇跡だから。

 眩い光に、シリウスは目を伏せる。
 満ちた想いは、切なく痛い。
 リチェの、家族。
 光の具現。
 暖かい、居場所。
 自分にはもう、届かない。
 自分が、壊した。
 自分が、殺めた。
 資格は、ない。
 ずっと。
 ずっと、そう言い聞かせてきたけれど。
(……嫉妬、しているのか? リチェに……)
 行き着いてしまった、滑稽な事実。
 俺は、彼女にさえ……。
 自嘲の笑いを零しそうになった、その時。
「シリウス!」
 驚いた様な、リチェルカーレの声。引き戻され、顔を上げる。見開いた目に涙を浮かべ、指差す彼女。示す先を、目で追う。
 星々の照明。
 極光の帳。
 数多の彩に彩られ、より強く。美しく輝く光。
 その輝きの中に、シリウスは見る。
 懐かしい顔。
 愛しい顔。
 そして……。
 そこにあったのは、とうに失った筈の光景。
 自分の罪と思い。
 夢に見る事さえ、拒み続けた聖画。

 ――幼い頃の自分を抱き上げる、母。愛しく髪を撫でる、父。
 鍵をかけた記憶。その通りの、両親の笑顔。
 箱の底にさえ残っていなかった、温もりまでも。

 声が、響く。
『どうか、健やかに』
 優しい、子守歌。
『あなたのこれからが、幸せな道行きである様に』 
 尊い、導きの歌。
 忘れようとした。
 逃げようとした。
 それが、自分への罰だと思って。
 けれど。
 世界は、残していてくれた。
 夢ではない。
 罰でもない。
 あの時の温もりも。
 あの時の幸せも。
 全部。
 全部。
 ただ純粋に。
 ただ懸命に。
 皆が生きた。 
 確かな、証として。
 懐かしい笑顔。
 春の微睡みに開く、可憐な華。
 温もりに抱かれる様に。
 息が、止まる。

 気が付くと、リチェが抱き着いていた。今までにないくらいの、歓喜の涙に濡れた目で。
 震える手で、抱き止める。
 あの人達が、そうしてくれた様に。
 ――自分達は、生かされている――。
 彼女が、言う。
 子供の様に、しゃくりあげながら。
 ――優しい、願いに――。
 ――気高い、想いに――。
 ――この、世界に――。
 ――だから、だから――。
 嗚咽で形を成さない、言葉。けど、小さく頷く。
 分かっていた。
 理解出来た。
 ようやく、本当の意味で。
 父が。
 母が。
 友が。
 与えてくれた、明日。
 あえかで。
 か弱い。
 けれど、確かな証を。
 継ぎ、伝える事。
 それが、自分達が生まれた理由。
 命を得た、意味。
 ならば、向き合おう。
 愛してくれた、あの人達へ報いる為に。
 そして。
 いつか、同じ様に。
 君と。

 重なる影を、瞬く星達が祝った。

 ◆

 昏く輝く極光の中に、リンファは見ていた。
 夢でもなく。
 昔でもなく。
 証は、確かにそこにあるのだと。
 痛く。
 痛く。
 噛み絞めながら。

 世界は、システム。
 優しいけれど。
 残酷で。
 気高いけれど。
 暴虐で。
 美しいけれど。
 醜い。
 それは、確かなる命の形。
 戦いも。
 憎しみも。
 殺意でさえも。
 命を、継ぐため。
 己の存在を、守るため。
 全ては些事と。
 受け入れて。

「私が……奪ったもの……私が、殺した……」
 虚ろな呟き。空ろの星光。混じって、消える。

「メイ……お姉ちゃんの事、もう少しだけ待っていて……。必ず貴女を、迎えにいくから……」
 冷たい水面。
 深淵の、淵。
 沈んでいく妹に語り掛けるのは、あの時の自分か。
 それとも。
 今の、自分か。

「大丈夫だよ。お姉ちゃんにもきっと……すぐに、パートナーが見つかる筈だから……」
 悪意がないのは、分かっていた。
 そんな子じゃない事なんて、理解し切っていた。
 けど。
 それでも。
 中途半端な慰めなんて、いらなかった。
 幼いあの子が、他に術なんて知る筈ないのに。
 自分だって、気の利いた言葉なんてなかったろうに。
 それでも。
 それでも。
 私は、ただ……。

 星の馬燈が、クルクル回る。
 あの時を、回す。
 証を、晒す。
「……あの子がいなくなれば、私を選んでくれるのかな……?」
「……私は絶対に、エクソシストにならなきゃいけないの……」
 誰も知らない、独り言さえ。
 繰る繰る。
 狂々。
 光が、回る。

 命が、嗤う。
 命が、走る。
 己が存在を守るため。
 己が意思を、遺すため。
「ふふ、あはは……」
 戦え。
 壊せ。
 踏み潰せ。
 生きる事こそ、命の意味。
 遺す事こそ、命の意義。
 それを、邪魔するのであれば。
 血の絆など、足らぬ些事。
 そう。 
 狂気も。
 殺意も。
 命の。
 片鱗。

「お姉ちゃん……どうして……?」
 浮かび上がる、断末の泡。
 届いた声が、正気に返した。

 ――違う――!
 ――これじゃない――!
 ――私が、本当に望んでいたのは――!

 最期の最後、あの子に手を伸ばした。
 瞬間、爆ぜた。 
 蓮が、華開く様に。

 もう、戻らない。

 違う……。 
 私……違うの……
 ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……!!!

 最期の声。
 怖くて、今も。
 鍵のまま。

『己の域を侵す者を排除する……。生き物としては、至極当然な事でありんすぇ。 人(ぬし方)の法だの道徳だのでどうかは知りんせんが』
いつの間にか後ろに立っていたアディティが、煙管を揺らしながら言う。
『相方の小娘さんは、向こうではしゃいでんす。知られたくは、ないでありんしょう?』
 声もなく頷くリンファに、問う。
『さて、どうしんす? 怖けりゃ、降りても構いんせんが?』
 静かに。けれど、迷う事なく首を振る。
「……これが、私の命の意味です」
 歯を食い縛り、立ち上がる。
「私が己の証を遺す為にあの子を絶ったと言うのなら、あの子が遺すべきだった証もまた、私が負っています」
 昏い光の中の、彼女。もう一度、真っ直ぐ見つめ。
「それを成すまで、この世界を終わらせる訳にはいきません」
 凛と、言い放った。
『……結構』
 満足気に呟いたアディティの顔。
 何故か酷く、優しげだった。

 ◆

 流れていたのは、ルーノの少年時代。
 故郷のシャドウガルテンで、厄介者として扱われていた頃。全てを諦観する様な自分の顔に、苦笑する。
「この頃の私なら、こんな厄介事には関わろうとしなかっただろうな……」
「……今は、どうなんだ?」
 不安そうに訊くナツキに、『ふむ?』と言いながら、視線を流す。
「……祓魔人が使徒を引き寄せる事を、両親は知っていた。だから、私を危険視して遠ざけた……」
 愛し愛されるべき者に拒まれた自分。全てを物語る、空虚な眼差し。
「自分を拒む世界全てを、恨んだ事もあった。だが今は……」
 流れる光。
 軌跡。
 契約した時の、お互いの顔。
 ルーノに向けられた差別を、自分の事の様に怒るナツキ。宥める、ルーノ。
 戦いの日々。
 共に困難を乗り越えた、幾つもの記憶。
 ナツキが、照れ臭そうに鼻を擦る。
「そういや、ヴァンピールの差別で怒った事あったなぁ……。ルーノが全然怒らねぇから、ヒートアップして……」
 ルーノは、何も言わない。ただ、穏やかな目で彼を見る。
「なあ、ルーノ……」
 また、不安げな声。相変わらず察しの悪い相棒に、今更と笑って。
「……前と同じなら、君の隣に居る訳がないだろう」
 そう。
 それこそが、今の自分が在る意味なのだから。

 二人の眼下を、命の証が流れゆく。
 悲しみも。
 怒りも。
 喜びも。
 全てを命と内包し。
 束ねて、未来へと繋げ行く。
 
 創造神を止められなければ。
 この全てが、失われる。
 背負うものは、重い。
 でも、だからこそ。
「あのさ……」
 ナツキが、言う。
「昔のルーノが辛そうで、つい聞いてみたけどさ」
 ちょっとだけ、躊躇して。
 それでも。
「一緒に戦ってくれる事がルーノの意思表示だって言うなら、どんな相手でも諦めない!俺は……」
 突き出す、拳。
「ルーノの、パートナーだからな!」

 打ち合う拳。
 あの、始まりの時の様に。

 ◆

 突然、極光の帳が晴れた。
 同時に視界に入ったのは、高くそびえる純白の塔。そして、数え切れない程に飛び蠢くヨハネの使徒。
「ガラクタ共!」
「あら、殺されに来てくれたの?」
 因縁を持つメンバーが身構えるが、アディティの声がそれを遮る。
『少うし、退いてくんなまし』
 瞬間、空間全てを青白い雷禍が走る。
 無数の使徒はその一撃で焼かれ、砕かれ。一つ残らず落ちていく。
「すげぇ……」
「少しくらい、残して欲しかったわぁ」
 感嘆と不満の声を置き去りに、アディティは真っ直ぐに塔に向かう。
「希望の塔……!」
「アディティさん、何を……」
『まだ、お会いしていないでありんしょう?』
 困惑と疑問に、あっさりと返る答え。
『狙う首の顔くらい、覚えておきなんしな』
 その言葉に、察した皆の顔が強張る。
 希望の塔は、天界への接合部。つまりは――。
 気持ちを整理する間もなく、アディティは窓の一つへと飛び込んだ。

 ◆

 広がったのは、真っ白な空間。
 塔の巨大さと比べても、明らかに不自然な程に。
 そんな、上も下もない世界の中心に、『彼』はいた。
 少年。
 それも、幼い。
 優しい笑顔で迎える彼に、アディティは呼びかける。
『御察しでありんしたか。父様』
「ああ。折角のお客様にご足労願うのも非礼だからね。こちらから出向かせて貰ったよ」
 見た目も、声も。全ての困惑が、一瞬で塗り潰された。
 全てを教えたのは、彼の気配。
 アディティやオーディン。果ては、地獄の王・ハデスすら凌駕する神気。
 そして、途方もない。
 ――慈愛――。
 皆が、理解した。
 彼は。創造神は。自分達を。人を。
 ――愛している――。
 侮蔑も。
 敵意も。
 卑下すらも、していない。
 ただ。
 ただ。
 親が子に抱くそれと同じ愛を。
 途方もない規模で。
 人に向けていた。
「嬉しいよ。アディティ。本当に久しぶりに、顔が見れた」
『父様も御障り無き様で。結構でありんす』
 二神の間で交わされる、親子そのものの会話。
 存在を賭ける戦いの気配など、何処にもない。
「どうだい? まだ戻ってこないのかい? 座は何時でも、空けているよ」
『すいんせん。父様。少うし、乗る訳には行けんせん。矜持がありんす。わっち達にも、こなたの者達にも』
 指し示す、気配。皆と、創造神の意識が合う。
「ああ、人間の浄化師達だね。いつも、見ているよ。僕の先任が迷惑ばっかりかけて、すまないね」
 何処までも親しげで。
 穏やかで。
 優しい声。
 心が、溶けていく。
 その腕に、抱かれたいと。
 全てを、委ねたいと。
 けれど。
「駄目だよ」
 叱咤の声は、その創造神から放たれた。
「君達は、僕の示した救いに抗った筈だ。それは、僕の選んだ道を過ちと思い、より良い道を進む覚悟を持っての決意だ。その矜持を、こんな一時の甘さで溶かすモノじゃない」
 神は説く。
 まるで、挫けかけた愛し子を励ます様に。
「僕は、僕の定めた救いを曲げる気はない。正しいと、確信しているから。だから、君達も立ち向かっておいで。今の世界と。今の命の全てを背負って。矜持を。自分達の正義を牙にして。そして、それが叶わなかった時こそ……」
 無限の慈愛が、微笑む。
「僕の救いを、受け入れておくれ」
 この時に至り、皆は知った。
 この戦いは、討ち滅ぼす為の戦いではない。
 これは、巣立つ為の戦い。
 親の愛と言う鎖を絶ち、一つの生命として飛び立つ為の。
『そう』
 アディティが、言う。
『雛はいつか、飛び立たねばなりんせん。いつまでも親の嘴から餌を貰っていれば、ただ肥えて、意味もなく在り続けるだけ。一個の命。矜持があるなら、打ち払いなんし。親鳥の、翼を』
 そう。
 今、この時こそが。
 シリウスが、告げる。
「俺達は、お前に反旗を翻す」
 リンファが、説く。
「貴方の想いは分かりました。それでも、私達は今を選びます」
 ヨナは、わざとらしく冷ややかに。
「毒親に支配されるのは、どうにも」
 ラニとラスが、喚く。
「やっと出会った大事な家族を、あんたなんかに、あんたらなんかに! 奪われてたまるもんですか!!」
「あいつらの死も、生も、否定させない! やっと出会えた家族の為にも、戦ってやる!」
 そして、ナツキが大声で宣言。
「絶対、諦めねぇからな! 待ってろよ、カミサマ!」
 創造神の周りを旋回するアディティ。今にも吹き出しそうな声音で。
『だそうです。父様』
 創造神もまた、楽しそうに。
「ああ、受け取ったよ。しっかりと」
 アディティが、舵を切る。
『では。次にお会いする時はそっ首、頂きんすから。父様』
「ああ、楽しみだね。子供達」
 頭上を抜ける瞬間、サクとキョウが顔を出す。
「地盤が固まったら」
「また会いましょう」
 手を振って、振り返す。
 それで、別離の儀式は終わった。

 ◆

『皆さん、いい啖呵でありんしたねぇ』
 白の世界。
 進むアディティは、上機嫌。
『お蔭様で、腹が膨れんした 。ヨセフの旦那も、もう用無しでありんすかねぇ』
 誰かさんの反応を楽しんで、翼を一打ち。
『では、帰るとしんしょう』
 白い世界の、向こう側。
『わっち達の、世界へ』
 飛び出した夜空は、数多数多の命に満ちて。

 綺羅綺羅、綺羅綺羅と。
 輝いていた。



【神契】天津神の旅風(たびかぜ)
(執筆:土斑猫 GM)



*** 活躍者 ***

  • ルーノ・クロード
    まぁ、ほどほどに頑張ろうか。
  • ナツキ・ヤクト
    よーし、やるか!

ルーノ・クロード
男性 / ヴァンピール / 陰陽師
ナツキ・ヤクト
男性 / ライカンスロープ / 断罪者




作戦掲示板

[1] エノク・アゼル 2020/08/04-00:00

ここは、本指令の作戦会議などを行う場だ。
まずは、参加する仲間へ挨拶し、コミュニケーションを取るのが良いだろう。