~ プロローグ ~ |
●黄昏の世界を生きる |
~ 解説 ~ |
【目的】 |
~ ゲームマスターより ~ |
近所のアジサイが咲き始めたので、季節感のあるシナリオを考えてみました。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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(さて。戦い以外に興味がないギー君をどうやって制服姿で連れ出すか…) (一応、聞いてみようかな) 夏至祭の警備を制服で行う、という指令がある 行こうか? (大分着崩しているけど、無理強いしても仕方ない) 祭りへ ギー君は花は好きかい? お腹は減った? ダンスは?今はいい (どれも興味なしか。どうしたものかなぁ) あ、! ガゼボに一目散に向かって行った 追いつけば、すでに待っているように座っている 隣に座っても?……ありがとう 好き?ああ、ガゼボが? 理由を聞いてもいいかい? 促されるように耳を澄ませば、祭りの音が遠くに聞こえる 詩的な表現だ。かっこいい、って意味だよ うん、僕も気に入ったよ …!ああ、勿論、喜んで |
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夏至祭って、素敵な催しですよね… 紫陽花が綺麗だって聞いたので…とても、楽しみです… あ、でも、警備なんですよね 浮かれすぎないように気をつけないと、でしょうか… クリスの言葉にちょっとホッとした表情を浮かべて 綺麗な紫陽花を見るのがとても楽しみだったのがバレていた事に目を瞠る 私、そんなに分かりやすい、ですか…? 恥ずかしいような分かって貰えて嬉しいような複雑な気持ち 誤魔化すように歩きながらハートの紫陽花を探す 幸運が舞い込むのなら…クリスにあげたいなって… だって、いつも…私を後ろに庇って前に出ていくから… お守りにって… 守られるだけは、いやなんですけど… 俯いてたら差し出された手 信頼も、好き、の一種ですよね… |
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目的 食べ歩きをしながらハートのアジサイを探します 愛華が響を半強制的に連行します 愛華:響!起きているか! 返答を気にせず、部屋に入り、 二度寝をしている響の胸倉を掴み揺らす 響 :お嬢、なんなんですかこんな朝っぱらから 愛華:ようやく起きたか寝坊助め、休日だからと弛み過ぎだ だから一つ仕事を受けてきた 依頼書を響に突き出す 響 :夏至祭の警備ですか。もうそんな時期なんですね 愛華:うむ!この時期はアジサイがとても見頃だそうだ もちろん来てくれるよな? 響 :…分かりましたよ。一緒に行きましょう、お嬢 仕方がないと言う様に苦笑する響 愛華:よし決まりだな! 響を引きずろうと手を引っ張る愛華 響 :ちょっ、まっ、せめて着替えさせて~! |
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制服で警備をすればいいですね!分かりました頑張ります。 気を張りすぎず楽しむくらいで…ですか? そうですね折角のお祭りですし難しい顔をするより笑顔の方がいいでよね。 アジサイ、百合、アイリス、ラベンダーどのお花も綺麗ですね。 アジサイの中にはハート型のアジサイがあるそうですよ!探してみてもいいですか? ハートのアジサイ…ハートのアジサイないなぁ…。 あ、確かに私がうろうろしてたらはぐれちゃいますね。 手を繋いでおきましょう。 ストロープワッフル大きいですね。私の顔くらいありますよ。 私食べてみたくて、よかったら半分こしませんか? あ、ラッパの音がダンスタイムですね。 ノグリエさんもよかったら一緒に踊りましょう? |
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祓: 警備に当たった夕暮れ時 ダンスに女子が、喰の手を引いた 自分の親友はこんなにも自慢に値する 誇れる想いと、一抹の寂しさ 「行ってくるといい、とてもよく似合っている」 「警備は一人でも問題ない。目に映る紫陽花と夕暮れの色合いも悪くないしな」 喰の隣には可愛い女性が似合う 器量だって悪くない自慢の親友 恋人の一人でも作ればいいだろうに ラッパの鳴り始め 珍しく僅かな不機嫌を滲ませ携えた喰が戻って来た 無言でこちらの手をダンスの輪の方へ引いた 「踊るのか?」 最後のダンス、その意味は聞いている …その好きは、友好か、もしくは『違う意味』なのか 初めて浮かんだ可能性に気付いても、浮かぶのは胸を擽る僅かな歓び ああ、どうぞ喜んで。 |
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制服はちっと窮屈だけど、楽しそうな祭りだな 孤児院にいたとき、花をきょうだいが育ててたんだ 懐かしいなぁ 歩きながら祭りをみてぶらぶらする そう孤児院 ルドは親いるんだろ?元気にしてるのか? …仲悪かったの? ふーん。なんか想像できねぇなぁ うちは深く関わってなんぼの世界だったからな でけぇ親父と、綺麗な母さんと、大勢のきょうだいがいた ん?なんかいった? (ダンスを見て) 踊る? 一曲だけ (ちょうどラッパが鳴る) (意味は知ってる。さっき通行人が話してたから) 大仰に振る舞い、誘うか ルドさん一曲いかがですか? んー腐れ縁? ルドって普段はクールぶっててツンデレだけど、最後には切れない良い奴だよな そういうとこ好きだぜ |
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◆目的 ・制服でお祭り警備巡回! 唯「夏至祭…とっても賑わってます、ね…!」 瞬「そーだねぇ凄い活気! それだけに問題行動とかあったら騒ぎになる前にちゃんと対処しないとねー」 唯「っはい!」 ・途中でストロープワッフルの誘惑に負ける 唯(あ…お、美味しそう…) 瞬「いづ?」 唯「ハッ!い、今は警備中でした…」 瞬「そんな堅苦しくないみたいだし、俺達も楽しもー! すみませーん!ストロープワッフル一つー!」 唯「ま、瞬さん!」 瞬「ふふ、食べたかったんでしょー?」 唯「うっ…はぃ…」 ・祭りが終わる頃ハート型のアジサイを見つけたい 唯(ハート型のアジサイ… 見つけられたらって思ったんですけど…もう無理…でしょうか …見つけたいな…) |
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●メアリ 教団医務制服 制服を着て歩いていればいいんですよね 私にも、なんとかできそうな任務でよかった、です 実戦とか、とても、とても… いや、任務は、こなせそうだけど… 知り合って間もない相手と一緒に行動はなかなかハードル高いなと思い ちらりと目線をやれば目が合い、すぐに逸らす アジサイ探し ハートのアジサイは見てみたい、ですけれど 見つかる気が全くしないです うう、人多い… ヴァンピールじゃない人が、たくさん 私、なんでここにいるんだろう… 若干ホームシックになりかけ お開きという言葉に少しほっとし えっ。あ、その。暗い方が落ち着くので、ちょっと安心したというか こちらは眩しい所ですよね その、日差しだけでなく、いろいろと… |
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~ リザルトノベル ~ |
●ガゼボのひととき 指令を確認して寮の自室へ戻ったナハト・フリューリングは、さて、と心の中で呟いて思案を巡らせた。 赴く先が戦地であれば、パートナーであるギー・ヒンメルは嬉々として出向くであろうが、今回は祭である。名目は防犯であるが戦闘の可能性は限りなく低い。誘いをかけたところで良い返事を得られそうになかった。 だが、すぐに諦める気にはなれない。 ギーという存在はあまりにも気質が違いすぎて、ナハトは正直なところ、どう接していいのか迷う時もある。戦いにおいては何の不安もないが、契約を交わした大切な存在としてこの先も行動を共にするのだから、戦闘の場面以外でも親交を深めたかった。これまでにも何度か交流を試みてきたのだが、充分にわかり合えたとは言えない。 (戦い以外に興味がないギー君を、どうやって制服姿で連れ出すか……) 考えてみたものの、実直なナハトには搦め手など思いつきようもなく、ともかく本人の意思を尋ねることにした。 「ギー君」 顔を上げると、思いがけず色素の薄い瞳と目が合って瞬く。どうやら、考え込んでいたところを見られていたようだ。 気を取り直してナハトが夏至祭に関する指令について説明すると、 「げしまつり? ああ、良いよ」 ギーは予想に反してあっさりと頷いたのだった。 夏至の日、二人は指示通り教団の制服姿でメイエル水路公園を訪ねた。白地の制服をきちりとまとうナハトに対し、ギーは到着早々に暑いと呟いて上着のボタンを開け着崩していたが、無理強いしても仕方がない。 二人は連れ立って祭で賑わう公園へと踏み入った。 木陰を明るく照らすように華やかな紫陽花がそこかしこに咲き、ハートの花を探す少女たちのはしゃぐ声がする。 ひとまず園内をぐるりと回ろうと歩を進めるナハトの後を、ギーは静かについてくる。 「ギー君、花は好きかい?」 「食えるやつなら」 食べられるなら何でも良い、という口ぶりだ。 戦闘、食事、――そして女。日頃ギーが関心を寄せるのは大体この三つで、その単純さがかえってナハトには不可解だった。いずれも生物の本能に根差した欲求で、『人』としてあまりにも無駄が無さすぎるような気がするのだ。 ただ生きていくだけなら必要のないもの。けれども、それがあることによって人生が豊かになるもの。例えば、美しい花。感動を呼ぶ物語。心地良い音楽。 ギーにも何かひとつくらい、そうしたものがあるのではないか。それを知りたいと思って、ナハトは園内を巡りながらあれこれと質問を投げかけた。 チューリップの看板を掲げた屋台からは、甘い香りが漂っている。スープがたっぷり入った大鍋も見えた。 「お腹は減った?」 「減ってない」 広場では、音楽に合わせて人々が思い思いに手を取り合い、体を揺らし、笑みを弾けさせている。 「ダンスはどう?」 「今はいい」 返事は毎回素っ気の無いものだった。 (どれも興味なしか。どうしたものかなぁ) 他に何か目を引くものは、と周囲を見廻した矢先、それまでナハトの半歩後ろを歩いていたギーが、ぱっと駈け出した。あっという間に、その姿は人ごみに紛れそうになる。 ナハトは慌てて後を追った。 梢の合間から覗く丸い屋根を見つけて一目散に駆けだしたギーは、目的のそこが無人であるのに満足げな顔をして腰を下ろした。 (ひんやりしてて、気持ちがいい) しっかりした屋根と石造りの椅子のおかげで、一際清涼な空間が作られている。何をするでもなく座っていると、少し遅れてナハトが白い柱に手をついた。 「隣に座っても?」 「いいよ」 「……ありがとう」 ナハトの乱れた呼吸を感じながら、ギーは何気なく口を開く。 「好きなんだ、ここ」 「好き? ああ、ガゼボが」 言いながらナハトが小さな屋根を見上げたので、ギーはこうした場所をガゼボと呼ぶのだと、初めて知った。 「理由を聞いてもいいかい?」 妙なことを気にするものだ、と思いながら答える。 「静かに座ってると、人の声が聞こえる。あと雨の日は屋根に雨があたる音が聞こえる」 今日の空はよく晴れているが、もし雨が降れば水滴が木々の葉やガゼボの屋根を賑やかに打ったことだろう。 「ひとりでいるような、大勢でいるような不思議な感覚になるんだ」 ギーの答えに、ナハトは碧眼を柔らかく細め、耳を澄ました。 行き交う人々の楽しげな話し声に、祭の音楽。それらが心地良く混ざり合って聞こえてくる。 「詩的な表現だ」 「してき? なんだそれ」 「かっこいい、って意味だよ」 「かっこいい、か」 詩的、かっこいい。言葉を噛みしめるように繰り返すギーに、ナハトは頷いた。 「うん、僕も気に入ったよ」 笑顔を向けられて、ギーはなんだか気分がよくなった。 「ナハト。もう少しここにいたら、ダンスしに行こう」 さっきは欠片も興味が無かったが、気が変わった。思いついたままに誘えば、ナハトは一瞬驚いた顔をしたあと、改めて笑みを浮かべる。 「ああ。勿論、喜んで」 小さな空間が、二人の距離を縮めたようだった。 ●祭の記憶 「響! 起きているか!」 愛華・神宮慈(あいか・じんぐうじ)は、返事を待つことなく扉を開け放った。予想通り二度寝していた響・神原(ひびき・かみはら)の胸ぐらを掴みあげ、遠慮なく揺さぶる。 うっ、という呻き声と共に、男の手が愛華の手を押さえた。 「お嬢、なんなんですか。こんな朝っぱらから」 寝起きの響は平生以上に子供に怖がられそうな目付きだが、愛華にとっては見慣れた顔だ。 「ようやく起きたか、寝坊助め。休日だからと弛みすぎだ。だから、ひとつ仕事を受けてきた」 ずい、と指令書を突きつける。 仕事を受けたら休日とは言わないでしょとぼやきながらも、響は起き上がって書面に目を通した。 「夏至祭の警備ですか。もうそんな時期なんですね」 「うむ! この時期はアジサイがとても見頃だそうだ。もちろん来てくれるよな?」 「……分かりましたよ。一緒に行きましょう、お嬢」 「よし、決まりだな!」 期待通りの応えに満足して、愛華は今すぐ出発する勢いでパートナーの腕を引っ張りあげる。 「ちょ、まっ、せめて着替えさせて~!」 慌ただしい出立となった。 一応仕事は仕事、制服着用ではあるが、賑やかな祭の空気は二人を休日気分にさせるのに十分だ。 「こういうのは、久しぶりだな」 「そうですね」 アシッドレインにより実質無尽蔵に生み出されるベリアルに対し、浄化師となれる才を持つ者には限りがある。教団は世界各地での情報収集に力を入れ素質がある者を集めているものの、まだ浄化師が定期的な休暇をとれるほどの余裕はなかった。 「今日一日、何事もないことを願おう」 問題さえ起きなければ、有給休暇も同然の任務だ。愛華は決して不真面目な性質ではないが、久しぶりに響と祭を楽しみたいという自身の気持ちに嘘を吐くつもりもない。 颯爽と園内を歩く愛華に、響は半歩遅れて付き従う。 石畳の遊歩道を彩るように、紫陽花の花が咲いている。濃い青や紫、淡い紅色や水色――七変化の異名に相応しく様々な色合いを見せる花は、愛華や響と同じルーツを持っている。どこか懐かしい景色だった。 「あれは何を売っているんだ? 響、行ってみよう」 チューリップが描かれた看板を掲げる露店へ人が並んでいるのを認めて、愛華はパートナーを促し、歩を速めた。だんだんに、甘い香が強くなる。 「ストロープワッフル……へえ、キャラメルを挟んだお菓子みたいですね。食べますかい?」 「そうだな」 二人とも、甘いものは好きな方だ。煮詰めた砂糖とシナモンの香りに包まれながら列に並ぶ。ほどなくして、想像以上に大きな菓子を受け取った。 「先に座る場所を確保すれば良かったな」 周囲にはテーブルやベンチが数多く設置されているが、さすが夏至祭というべきか、全て埋まっている。 戸惑う愛華に、響は助け舟を出した。 「お嬢、歩きながら食べたら良いんですよ」 「行儀が悪くないか?」 「そう畏まって食べるものでもないでしょう。ほら、皆、食べ歩きしてますよ」 響が言うように、視線を巡らせれば、菓子や飲み物を手に散策する姿があちこちに見てとれる。 「それに、今日は祭ですし」 祭の日は特別だ。林檎飴に綿菓子、串団子――故郷である東方島国ニホンの縁日でも、屋台で買ったものを食べながら歩くのはよくあることだ。 「それもそうだな」 愛華は納得して、立ったままストロープワッフルに齧りついた。 シナモンが効いているせいか、たっぷりのキャラメルシロップも甘ったるくない。薄焼きの生地の食感ととろりと溶けだすシロップに舌鼓を打ちながら、二人は水路に沿って歩き出した。 菓子の次は、喉を潤すレモネード。それから、ハートの紫陽花を探す通りすがりの少女たちにつられるようにして群生する花を覗きこんでみたり、アイリスの咲く区画を回ったり――愛華は興味の向くまま、響を連れ回した。 「響、今度はあちらへ行ってみよう!」 急かすように腕を引くことはあれども、愛華は響を振り返らない。必ず響がついてくると、誘いを断られることは無いと、心から信頼しているからだ。 事実、響は時折困ったように笑いながらも、愛華の後に従い、我儘を受け入れる。 故郷を偲ばせる花に囲まれて、愛華は幼い頃、響に手を引かれ初めて行った夏祭を思い出していた。あれからお互いに成長して、着ている服だって違うし、それぞれが背負う責任も増えた。 それでも、共にいることは変わらない。 今このときばかりは昔の気持ちに戻って祭を楽しみたいと、愛華は願った。 「広場でダンスタイムがあるらしい。踊るか?」 楽しげな表情の愛華に、響は曖昧な笑みを浮かべる。長年変わりなく寄せられる信頼を嬉しく思うが、その屈託の無さは、異性として意識されていない証でもあった。 「踊るにはまだ、早いでしょう」 「そうか?」 愛華は不思議そうに首を傾げている。 響の脳裏では、愛華の家族である女性陣の「このヘタレ!」という叱声がひびいていたが、今はまだ、踏み出せそうになかった。 ●心のいろ 「夏至祭……とっても賑わってます、ね……!」 行き交う人々を前に、杜郷・唯月(もりさと・いづき)は目を瞠る。その隣に並んで、泉世・瞬(みなせ・まどか)も頷いた。 「そーだねぇ、凄い活気!」 ここのところ、ちょっとした拍子に態度がぎこちなくなる場面もあったが、唯月の目に、今日の瞬は以前と変わらぬ明るくのんびり屋な彼に見えた。 「問題行動とかあったら、騒ぎになる前にちゃんと対処しないとね~」 「っはい!」 唯月を勇気づけるように、その声は優しい。もっとしっかりしなければと思う一方で、一緒に頑張ろうと励まされるのは嬉しくもあった。 園内では、老若男女が思い思いに夏至祭の出し物や散策を楽しんでいる。唯月と瞬は、困っている人はいないか、トラブルが起きていないか、注意しながら石畳の道を進んだ。 木陰の内であっても、歩いていれば段々と暑くなってくる。肌がうっすらと汗ばむのを感じる頃、一陣の風が人々の合間を通り抜けて行った。 「気持ち良いね~」 「はい……」 いかにも心地よさそうに言う瞬につられて笑いかけ、唯月はふと、またたいた。 甘い、それでいてどこかスパイシーな香り。 ほとんど無意識に目をやると、その先にはチューリップの看板を掲げる屋台があった。付近では、子どもやカップルが顔を覆うほどに大きな菓子を手に笑っている。 (あ……お、美味しそう……) ずっと、唯月は自分が好きなものを好きであると認めることを拒絶してきた。私なんかが、何かを好きだなんて感じてはいけない――その思いは、今でもある。けれども、先月、イースター特別列車でケーキを前にした唯月へ、瞬は言った。 『好きなものは目いっぱい楽しも!』 唯月が頷くと、彼は本当に嬉しそうに笑った。その記憶があんまりにも鮮やかだから、すこしばかり、甘いものを好きだと思うことに抵抗が少なくなっていたのかもしれない。 唯月が何に気を取られたのか、隣を歩く瞬はすぐに気が付いたらしかった。 「いづ?」 はっとして、顔の向きを戻す。 「す、すみません……い、今は警備中でした……」 「そんな堅苦しくないみたいだし、俺達も楽しも~! すみませーん! ストロープワッフルひとつ~!」 「ま、瞬さん!」 止める間もなく注文した瞬に、唯月は慌てふためく。瞬は微塵も動じることなく、さっさと会計を済ませてしまった。 「ふふ、食べたかったんでしょ~?」 「うっ……はぃ……」 列車で向けられたのと同じ、曇りの無い笑顔で言われると、否定できない。唯月は早々に降参した。 休憩を挟みながら見回りをしている内に、日が陰ってきた。公園を訪れる客は減るどころか、むしろ増えているようだ。 「もうひと頑張りだね~」 「はいっ!」 公園の中央を通る広い道を歩きながら、唯月はさりげなく左右へ目をこらす。公園の中でも、この道は特に紫陽花の植込みが多かった。水彩画を思わせるやわらかな青や水色、紫や紅色――どれも綺麗だが、唯月の関心は色ではない。 (ハート型の紫陽花……見つけられたらって思ったんですけど……もう、無理……でしょうか) 陰ってきた空の下では、花の曖昧な形を見極めるのは困難になりつつある。 (でも、見つけたいな……) 諦めきれずに群れ咲く花を注視していた唯月は、はたと歩を止めた。小さなガクを幾重にも広げ鞠状になった花の、上部が僅かにくぼんでいる。歪ではあるが、ハート型と言えないこともない。 「みっ、見つけました……!」 そうして隣を振り返ってから、唯月は途端に表情を硬くした。すぐそばにあると思っていた姿が、ない。紫陽花に気を取られながら行き交う人の波を避けているうちに、瞬を見失ってしまったのだ。 (はぁ……はぐれてしまうなんて、まるで小学せ……あっ) 幸い、瞬の姿はすぐに見つかった。路肩に寄っていた唯月に対し、彼は中央に近い場所で立ち止まっていた。 すぐに駆け寄ろうとして、思い留まる。瞬はひとりではなかった。若い女性が、なにやら熱心に話しかけている。祭に相応しく華やかに着飾り、臆することなく話しかける様は自信に満ちていた。 「ごめんね~、今は警備巡回中なんだ~」 誘いを断る瞬の声が聞こえてくるが、女性はなかなか離れようとしない。 (綺麗な人……。やっぱり……瞬さん、カッコイイですもん、ね……モテるなぁ) 意外なことではないのに、胸が痛い。 知らずしらず胸を押さえていると、瞬が唯月に気が付いてぱっと顔を上げた。 「あ、いづ! 良かった、そこに居たんだね」 「!」 当然のように唯月のもとへまっすぐ向かってくる姿に、押さえた心臓が、今度は別の意味で高鳴る。 「離れちゃってごめんね~、探してくれてありがと~!」 「い、いえ……あの、……瞬さんに見せたいものがあって……」 「えっ、なになに? あ、いづ、キラキラしてるね!」 顔が熱い、ような気がする。夕焼けの色が映っているだけだと思ってくれたら良い。 背後では、ラストダンスを告げるラッパの音が響いている。 ●光の国 「制服を着て、歩いていれば良いんですよね」 着慣れない教団の医務制服を改めて確認しながら、メアリ・シュナイダーはおずおずとあたりを見渡した。 「私にも、なんとかできそうな任務でよかった、です。実戦とか、とても、とても……」 祓魔人だと分かって不可抗力的にアークソサエティにやってきたメアリは、まだ日々の生活に順応するだけで手一杯だ。戦うなんて、とんでもない。 「少しでも抑止効果があると良いね。実際、なにか事件とか起きちゃったら、僕らじゃどうにもできないだろうし」 メアリのパートナー、ローウェン・アッシュベリーはのんびりと言う。 「まあ僕らのほかにも浄化師はいるようだし大丈夫なはず、多分」 なんとかなるさ、とは、ローウェンの口癖らしい。 多分、と心の中で不安げに復唱して、メアリは俯く。 (いや、任務は、こなせそうだけど……) 制服姿でうろつくだけの気楽な任務ではあるが、知り合って間もない相手と長時間行動を共にするのだと思うと、それはそれでハードルが高いように思われた。 そのことに関して、ローウェンはどう考えているのか――ちらりと見上げると、金の瞳と目が合ってしまい、慌てて逸らす。今のは感じが悪かっただろうか。メアリがぐるぐる無意味に思考を巡らすのをよそに、ローウェンは、じゃあ、と話を切り出した。 「目的もなくぶらぶらするのも味気ないし、噂のハートの紫陽花でも探す?」 「……ハートの紫陽花は見てみたい、ですけれど……見つかる気が全くしないです」 数多くの紫陽花が咲いているが、そう簡単に見つかるようなものなら、評判にはならないだろう。珍しいから価値があるのだ。 「こういうのは、見つかったらラッキーくらいの気持ちでいればいいんだよ」 「……まあ、そうですね」 代替案があるわけでもなし、メアリは小さく頷いた。 二人は他の観光客に混じって石畳の道を歩き始めた。 ハート型の紫陽花を探す、とは言ったものの、同様の目的を持った若者たちが花を取り囲んでいて、それほど熱心ではないローウェンとメアリはほとんど近寄れないまま通り過ぎることが続く。 「見つかる見つからない以前に、探せてませんね……」 「そうだね……でも、これだけあちこちに咲いているんだから、まだ可能性はあるんじゃないかな」 呑気なことを言いながら、分かれ道に行き当たるたびに一応は紫陽花の目立つ方へと進む。園内のどこを覗いても大勢の観光客が集まっているが、今のところ、騒動は起きていないようだ。 祭の明るい喧噪に包まれて、メアリは次第に顔色を悪くしていった。 ヴァンピールであるメアリの故郷は、深い霧に抱かれた常夜の国シャドウ・ガルテン。ヴァンピールたちだけの国だ。 それに比べたら、この公園は異世界といっても過言ではない。 (うう、人多い……ヴァンピールじゃない人が、たくさん……) 元々、望んで国を出たわけではなかった。故郷の穏やかな闇が恋しい。 一度気にし始めると、雑踏にあって自分だけがひどい異物のように感じてしまう。一目でヴァンピールだとわかる耳を隠したくなる。木漏れ日の煌めく公園で老若男女が憩っているのに、メアリはその景色に馴染めない。 「私、なんでここにいるんだろう……」 「ん、任務だからじゃない?」 声に出したつもりは無かった呟きに答えが返ってきて、ぽかんと相手を見上げる。あんまりにも自分の心情とはかけ離れた、あっけらかんとした軽い響きだったので、メアリは一瞬、煩悶を忘れた。 ローウェンは訝しげに首を傾げている。 「人に酔ったのなら、何か冷たいものでも買ってこようか?」 「……お、お願いします」 何一つ噛みあっていなかったけれど、メアリはほんのすこし、心が軽くなったのを感じた。 「暗くなってきたし、そろそろお開きかな」 先ほど、最後のダンスタイムを告げるラッパの音が鳴ったところだ。じきに空は朱から紺青へと色を変え、祭の終幕を報せることだろう。 「結局、ハートの紫陽花は見つからなかったね」 言いながらローウェンが隣を見やると、メアリは残念がるでもなく、ほっと胸を撫で下ろしたようだった。間違いなく、今日で一番穏やかな顔をしている。 何気なくそれを指摘すると、メアリはびくりと肩を震わせて、気まずそうに弁明のようなものを口にした。 「えっ。あ、その……暗い方が落ち着くので、ちょっと安心したというか」 わかりやすく目を泳がせる様が、すこし面白い。 「こちらは眩しいところですよね。その、日差しだけでなく、いろいろと……」 メアリの言う『いろいろ』が何なのか、ローウェンには分からない。アンデッドである自身のことすらよく分からないくらいだから、ヴァンピールのことなど尚更だ。 だが、分からないことは特に問題ではなかった。 「ともかく、無事に任務を終えられそうで良かった」 「……そうですね」 頷き合う二人を、ひんやりとした風が撫でていく。 昼と夜のあわいにある空へ、ほの白い月が顔を出していた。 ●お手をどうぞ 司令部を訪ねたところ、ちょうど良い依頼があると声を掛けられた二人は、顔を寄せて一枚の指令書に目を通していた。 「制服で警備、ですか? 確かに効果はあるでしょうが……」 「分かりました、頑張ります!」 快諾したシャルル・アンデルセンのやる気に満ちた笑顔を見遣り、パートナーであるノグリエ・オルトも頷く。 「シャルルがやると言うのなら、ボクもお供しますよ」 シャルルがやりたいという依頼を断ったり、彼女を一人だけ行かせたりするような選択肢は、ノグリエの中に無いのだった。 「でも、シャルル。気を張りすぎず、祭を楽しむくらいの気持ちでいきましょう」 「楽しむくらい……ですか?」 仕事なのにそれで良いのだろうかと、不思議らしい。きょとんと見返してくるシャルルに、ノグリエは微笑みを深くする。 「険しい顔をしているより、笑っている方が祭には似合いますから」 「そうですね! 折角のお祭りですし、笑顔の方が良いですよね」 笑顔、笑顔、と繰り返して、シャルルは自身の両頬へ手をあてた。 夏至祭当日、ノグリエと共に園内の半分ほどを歩いて回ったシャルルは、疲れも見せずに輝くような笑顔を振りまいていた。 この時期の主役である紫陽花はもちろん、空に向けてまっすぐに茎を伸ばし凛と咲く百合やアイリス、香の良いラベンダー。そのどれもがシャルルの心を明るく弾ませた。 「どのお花も綺麗ですね」 シャルルが楽しんでいるとなれば、それを見るノグリエも当然、同じ気持ちだ。ラベンダー畑の中に立つシャルルの姿を眺めて、しみじみと首を縦に振る。 「本当に、どれも綺麗ですね」 「ハート型の紫陽花があるそうですよ! 探してみても良いですか?」 「ええ、良いですよ」 ノグリエの返事を聞いて、早速シャルルは遊歩道の傍らへ植え込まれた紫陽花に駆け寄った。背伸びをしたり、しゃがみこんだりして一通り花の形を確かめた後、次の株へ移動する。 「……ああ、そんなにうろうろしては、はぐれてしまいます」 ノグリエは花を求めて転々とするシャルルに追いつき、呼び止めた。この区画はまだ空いているが、このまま紫陽花の多い方へと移動して行けば、どんどん人通りが増えていくに違いない。この広い公園では、一度はぐれてしまうと探すのは一苦労だ。 「さ、手を繋いでおきましょう」 ノグリエの提案に、シャルルは納得して差し出された手を取った。 「これなら、はぐれませんね。ノグリエさん、一緒に探してくださいね」 「もちろん。シャルルの力になりますよ」 二人はしっかりと手を繋ぎ、こんもりと茂って花を咲かせる紫陽花を順番に見て回った。 同じくハート型の紫陽花を求める子供たちやカップルを邪魔しないように気遣ったこともあって、二人はなかなか目的のものを見いだせずにいたが、シャルルは楽しげな様子を失わず、無論ノグリエも上機嫌のままだった。 広場の近くまで来ると、キャラメルの甘い香りがあたりに漂い、大きな円形の菓子を手にする人々の姿があちらこちらに見られるようになる。 「ストロープワッフル、大きいですね。私の顔くらいありますよ」 物珍しさに、シャルルはきらきらと目を輝かせる。 「ノグリエさん、良かったら半分こしませんか? 私、食べてみたくて」 でもとても大きいから、というシャルルに、ノグリエは、ふふ、と笑みを漏らした。些細なことでも自分を偽らない、まっすぐな彼女の物言いが好ましかったのだ。 「良いですよ、食べましょうか。飲み物は、紅茶で良いですかね」 露店で望みのものを買い求めた二人は、運よく空いていたテーブル席に腰を落ち着けた。 「はい、半分こです」 薄い焼き菓子をぱきりと割り、ノグリエはやや大きく割れた片側をシャルルに差し出した。 「半分でも、まだ大きいですね」 シャルルは笑って、さっそくシロップの垂れる端っこに齧りつく。 「美味しいですか?」 「はい!」 気に入ったらしい様子を確認して、ノグリエも手元に残るワッフルを一口齧る。 焼きたての菓子は温かく、キャラメルシロップはとろけて熱いほどだった。 長時間の任務ではあったが、シャルルは倦むことなく園内の花や出し物を楽しみ、ノグリエもまた退屈することなく刻限を迎えようとしていた。 「あ、ラッパの音……ダンスタイムですね」 鮮やかな夕焼けのもと、広場には続々と人が集まってくる。気の早いことに、音楽が始まる前から手を取り合って体を揺らすカップルの姿もあった。 「ノグリエさんも、よかったら一緒に踊りましょう?」 歌と踊りを生業にしてきた少女が朗らかに誘うのに、ノグリエはほんのすこし、いつもの微笑へ困った色をのせた。 夏至祭のラストダンスに込められた意味を、シャルルは知っているのかどうか。 (ボクとは違って、単純にダンスを楽しみたいだけなんでしょうねぇ) 残念ではあるが、その天真爛漫さこそが彼女の魅力でもある。 もちろん、その手を取らないという選択肢は、ノグリエの中に無いのだった。 ●名前をつけるなら 花壇に囲まれた広場には、演奏者や大道芸人など、様々な出で立ちの人間が集まっている。 アシエト・ラヴは、へえ、と感心した呟きを漏らした。 「制服はちっと窮屈だけど、楽しそうな祭だな」 「アシエト、埃がついているぞ」 久しぶりに引っ張り出した制服を、ろくに確認もせずに着てきたのだろう。言うだけ無駄だとは思いつつも、ルドハイド・ラーマは指摘する。 案の定、アシエトはおざなりに制服の裾をはたいただけだった。 「孤児院にいたとき、花をきょうだいが育ててたんだ。懐かしいなぁ」 目を細めるアシエトの隣で、ルドハイドは静かな視線をまっすぐ広場へと据えた。 ほどなくメイエル水路公園の責任者であるアニタ・メイエルが舞台に立ち、来園者を歓迎する挨拶を述べる。まず最初のパフォーマーである楽団が紹介されると、観客の拍手と共に賑やかな音楽が流れ始めた。 祭日の始まりだ。 演奏が一旦終わり、観客が広場から方々へ散らばるのを見計らって、二人も園内を巡回することにした。 淡く滲むように咲き誇る紫陽花と、それを楽しむ人々。甘い匂いを漂わせる露店に、客引きの声を高らかに響かせるレモネード売り。目に映るのは穏やかな祭の光景ばかりで、少なくとも当分の間、浄化師としての出番は無さそうだ。 その長閑さにつられて、ルドハイドは落ち着きのない視線を四方に投げているアシエトへ、指令とは何ら関係の無い話をふった。 「孤児院で育ったんだったな」 「そう、孤児院。ルドは親、いるんだろ?」 アシエトは何でもない風に軽く答え、同じ軽さのまま問い返す。 「……ああ、いる」 「元気にしてるのか?」 「わからんが、生きてはいるだろう」 淡泊に過ぎる返答に、アシエトはその黒目をきょとりと動かしてパートナーを伺った。 「……仲悪かったの?」 「悪くもなければ、良くもなかった。関係が希薄というか、深く交わることが無かったからな」 ルドハイドは正面を向いたまま、答える。その横顔はいつも通り冷静沈着で、親という話題に対する熱量が感じられない。 「ふーん。なんか、想像できねぇなぁ」 アシエトは前に向き直り、頭の後ろで手を組む。制服姿なので、いつもより肩のあたりがごわつくのに、ちょっと顔を顰めた。 「うちは、深く関わってなんぼの世界だったからな。でけぇ親父と、綺麗な母さんと、大勢のきょうだいがいた」 喋りながら、アシエトはその一人一人の顔を思い出す。 孤児院の暮らしは決して豊かとはいえなかったが、不幸なものではなかった。皆で暮らす『家』、面倒を見てくれる『親』、共に育つ沢山の『きょうだい』。あそこには、『家族』を形作るものがすっかり揃っていた。アシエトが仕送りをしているのは、独り立ちしてなお、あの孤児院に『家族』があると思うからだ。 「だからお前は、いちいち絡んでくるのか」 家族のことを考えていたアシエトは、ルドハイドの呟きめいた言葉を聞き逃した。 「ん? なんか言った?」 「なんでもない」 もう一度聞き返したところで、答えてくれそうにない。まあいいか、とアシエトは周囲の景色へ意識を戻した。 日が陰りはじめるにつれ、人の波は再びメイエル広場へと集まり出す。不慮の事故や騒ぎを防ぐため、アシエトとルドハイドもまた、広場へと足を向けた。 篝火に照らされ、手を取り合った人々が好き好きに体を揺らし、笑顔を弾けさせている。 「踊る?」 楽しそうだ、と思った流れで、アシエトは尋ねた。 「冗談だろ」 「一曲だけ」 即答にも構わずに食い下がってみる。 「……一曲だけだぞ」 ルドハイドが渋々了承するのとほとんど同時に、最後のダンスタイムを報せるラッパの音が響いた。わっと歓声が上がる。 (意味は知ってる。さっき通行人が話してたから) アシエトは、にぃと笑うと、膝を軽く曲げて大仰に一礼した。 「ルドさん、一曲いかがですか?」 ルドハイドは、平生のアシエトらしからぬ振舞いに、軽く片眉をあげる。 (逆だろう、ここは) 受け身に徹するのは不本意だ。簡単に乗ってやるのは癪で、口を開いた。 「一つ問う。この関係に名をつけるなら?」 アシエトはぱちんとひとつ瞬いて、思案気に空を見上げる。 「んー、腐れ縁?」 「いい答えだ。誘いを受けよう」 二人の手が重なった。 今日一番の熱気に包まれた広場で、手を取り合い、身体を寄せたり離したりしながら、ステップを踏む。気取った社交場ではないから、ただ音楽に身を任せて揺らめいていればそれで良かった。 「ルドって普段はクールぶっててツンデレだけど、最後には切れない良い奴だよな」 「なんだその言い回しは。嫌味か」 ルドハイドが何か言い返してやろうとする前に、アシエトは続ける。 「そういうとこ、好きだぜ」 息が掛かりそうな程近い距離で笑顔を向けられて、ルドハイドは黙り込んだ。 (殴りたいと思いつつ、良い笑顔だと思ったなど、口が裂けても言えない……) 空がすっかり夜に塗りかえられるまで、二人はゆらゆらと踊り続けた。 ●好意の種類 「夏至祭って、素敵な催しですね」 今日限り広く開放された門から次々と入ってくる人の流れを見守って、アリシア・ムーンライトは自身もまた期待を胸に呟いた。 今の季節は紫陽花が綺麗だと聞いていたので、指令を受けた時から楽しみにしていたのだ。 「あ、でも、警備なんですよね。浮かれすぎないように気をつけないと、でしょうか……」 生真面目に自戒を口にするアリシアへ、クリストフ・フォンシラーは小さく笑う。 「制服着て歩いてれば抑止効果があるって事なんだし、そんなに固く考えなくてもいいんじゃないかな」 浄化師にも祭を楽しんで頂けたら嬉しい――そう添え書きのある依頼だったはずだ。 アリシアは、ほっとしたように表情を緩め、そうして、 「綺麗な紫陽花を見るのが楽しみだったんだろう?」 すっかりお見通しな言葉を掛けられて、軽く目を瞠った。 「私、そんなに分かりやすい、ですか……?」 一目でわかるほど、あからさまに感情を表に出していたのだろうか。自身の頬に手を当ててみるが、自分ではよくわからない。 「アリシアは、表情は変わらないけど案外分かりやすいよ?」 不思議そうに瞬いているアリシアへ、クリストフはからかうように笑いかけた。 (まあ、花好きなアリシアなら喜ぶだろうと予想は付くけどね) クリストフにとっては、何も不思議なことではないのだ。契約を結びパートナーとして赴いた指令は、もう両手の指では足りない数になる。それだけ長い時間行動を共にしているということだ。普段のアリシアを見て知っていれば、彼女が花を好きであることも、紫陽花を楽しみにしていたことも、簡単に分かることだった。 「もうこの辺りは大丈夫そうだね。そろそろ園内を見て歩こうか?」 「……そうですね」 見通されていたのが恥ずかしくも嬉しくもあり、アリシアは複雑な気持ちを誤魔化すように歩き出した。 そんな風にして始まった夏至祭の指令であったが、時間が経つにつれ、クリストフはアリシアの様子を意外に思うようになった。 任務をないがしろにするほどではないが、紫陽花が目に入るたびアリシアは飽くことなく近づいて行った。ほっそりとした指先が手毬に似た花のひとつひとつをそっと持ち上げては、優しく離す。 昼休憩を挟んで園内の巡回を再開し、もう日暮れが近づきつつあるというのに、ずっとその繰り返しである。 単に花を観賞しているのではなく、何やらありがたい謂れのあるハート型の紫陽花を探しているのだろうとはすぐに分かったが、それにしても熱心だ。 「随分、一生懸命探してるね? そんなにハート型のが見たいの?」 今度の株にも、求める花は見つからなかったらしい。どことなく意気消沈しているアリシアに声を掛けると、深い紫の瞳がクリストフを見つめた後、そっと伏せられた。 「幸運が舞い込むのなら……クリスに見せたいなって……」 「アリシア?」 「だって、いつも……私を後ろに庇って前に出ていくから……お守りにって……」 歪に育った紫陽花がハート型に見えるだなんて、それを見たら幸運があるだなんて、新しいものや珍しいものが好きな若者が言い出したであろう、他愛ない話だ。 けれど、アリシアは真剣だった。 今日一日、何度も花を確かめていたアリシアの指先がどれだけ誠実なものだったかを、クリストフは振り返った。すぐそばで見ていたから、クリストフは知っているのだ。 「……ありがとう」 呟くように言った自分の声が思った以上に素の響きをしていて、クリストフはすぐさま言葉を継いで取り繕った。 「じゃあ、これからもアリシアを守らないとね?」 笑みを向けられたアリシアは、なんとなく誤魔化されてしまったように感じて俯く。 (守られるだけは、いやなんですけど……) そう思っていることは、見通してくれないのだろうか。それとも分かった上でアリシアが頼りないから、はぐらかしているのだろうか。 「ってことで、アリシア、一緒にダンスを踊らないか?」 差し出された手に、アリシアは顔を上げる。 視線の先で、クリストフは普段通りの人当たりが良い笑みを浮かべていた。眼鏡の奥、金の瞳は優しくこちらを見つめているようにも思ったが、その本心をアリシアに見通すことはできない。 それが少し、もどかしい。 二人が篝火の焚かれた広場へ移動したとき、丁度ラッパの音が響き渡った。熱気は最高潮に達し、歓声が上がる。 「最後のダンスだね」 「ええ……」 ハートの紫陽花がただの花ではないように、最後のダンスもただのダンス以上の意味を持つ。 口をつぐんでその意味を曖昧にしたまま、アリシアとクリストフは向かい合った。 (信頼、も、好きの一種ですよね……) アリシアは男の手へ、己の手を重ねる。 間もなく、祭の終盤を飾る音楽が流れ出した。 クリストフは周囲の客と体がぶつからぬようアリシアをリードしながら、簡単なステップを踏む。 (自分の『好き』は、一体どの辺なのだろう) そう、思案を巡らせながら。 ●想いを秘めて 涼やかな色合いの紫陽花を囲み、若い男女がなにやら楽しげに笑い声を響かせている。 (片想いが実る紫陽花……) ゆったりとした歩調で石畳を踏みしめながら、グレール・ラシフォンは紫陽花を見遣り、その形を確かめようとして思い留まった。顔を正面に向け、視界から花を追い出す。 グレールの胸中には、埋び火のごとく燻る想いがある。 だが、その結実を願うことは、許されない気がした。この望みは、親友――想い人であるガルディア・アシュリーの心を陰らせるだけではないのか。 「グレール?」 「いや……何でもない。気にしないでくれ」 ガルディアが訝しげに声をかけて来るのへ、小さく首を横に振る。 穏やかな平時にあっては肩を並べ、険しい戦場にあっては背を預け合うことを許されている。その信頼だけで、満足するべきだった。 夏至祭の一番の目玉は、やはり夕暮れ時のダンスタイムだ。空の端が赤味を帯びると同時に、人々は篝火が灯されたメイエル広場へと集まり出す。 園内を巡回していたガルディアとグレールの二人も、広場へと足を向けた。 「凄い活気だな」 「ああ。園内中の観光客がここに集まっているようだ」 篝火の傍らに立って辺りを警戒しながら、小さく会話を交わす。 そこへ、あの、と軽く腕に触れられて、グレールは振り返った。紫陽花を思わせる淡青色のワンピースに白いレースのショールを羽織った女性が立っている。 「何かお困りだろうか」 もうじき終いだからと、少しばかり気を抜いていたのを反省する。だが、女性が口にしたのは相談事ではなく、ダンスへの誘いだった。 「俺……が?」 その場に居合わせた者同士で踊ることもよくある話だとは聞いていたが、まさか声を掛けられるとは思っていなかった。 グレールが戸惑っていると、その横からガルディアが背を押した。 「行ってくると良い。とても、よく似合っている」 同伴者の後押しに、女性は嬉しそうに笑ってグレールの腕を引く。 「警備は一人でも問題ない。目に映る紫陽花と夕暮れの色合いも、悪くないしな」 ガルディアが重ねて言うのに、グレールはたおやかな力に抗うことなく踊る人々の輪へと加わった。 残されたガルディアは、ほのかな笑みを唇に残したまま、踊るパートナーの姿を眺めた。 似合っている、と言ったのは何も世辞ではない。逞しい長身に制服を纏うグレールと華奢で可憐な女性――日頃はガルディアとばかり共にいるが、グレールの隣には可愛い女性がよく似合う。品のある女性が彼に誘いをかけたことを、ガルディアは自分のことのように自慢に思った。 (恋人の一人でも、作ればいいだろうに) 体格だけでなく、器量だって悪くない。その気になれば、すぐにでも相手が見つかるだろう。 魅力的な親友を誇りに思うと同時に一抹の寂しさも感じるが、それはガルディアの勝手な感傷だった。 予想外の誘いではあったが、グレールは思いのほか、見知らぬ女性とのダンスに安らぎを覚えていた。 時折、浄化師の仕事について無遠慮に聞いてくる市民もいるが、彼女は違った。はにかむような笑顔でグレールに礼を言い、純粋にダンスを楽しんでいる。身なりも清楚で、教養が感じられた。 祭の喧噪のただなかにあるのに、静けさを感じるひととき。このような息抜きも悪くないと、そう思った。 お上手、と彼女が笑う。それに礼を返しながら、グレールは一瞬、ぎこちなく歩調を乱した。 (ガルディア……?) ふと、輪の外にいる親友の姿が目に入ったのだ。送り出してくれた時同様、こちらを見て微笑んでいる。それがどうしてか、ひどく遠いものに感じられて、俄かに焦燥が湧いてきた。 様子が変わったグレールに女性が口を開こうとした矢先、高らかなラッパの音が鳴り響いた。周囲から、歓声と拍手が上がる。 「失礼。俺は、これで……」 僅かに名残惜しさを感じながらも、グレールは女性に礼を言い手を離した。 ラッパの余韻を掻き消すような歓声が上がる中、ガルディアはこちらへやってくる親友の姿に瞬いた。僅かではあるが、珍しく不機嫌さを滲ませている。和やかに踊りを楽しんでいるように見えたが、あの女性と何かあったのだろうか。 怪訝に思っている間に、グレールはすぐ目の前まで辿り着き、そしてガルディアの腕を掴んだ。 「踊るのか?」 無言で広場の中央へ連れ出そうとする親友に、問いかける。腕を掴む力が心なしか強くなった。 「一緒に踊ってはくれないか」 藍色の双眸が、まっすぐにガルディアを貫く。 最後のダンスを共にするのは、『好き』の合図――グレールが示すそれは、友好か、それとも。 初めて気が付いた未知の可能性に浮かんだのは、戸惑いでも嫌悪でもなく、胸を擽るような仄かな歓びだった。 ガルディアは心を染める感情のまま、唇をほころばせる。 「ああ、喜んで」 二人は手を重ね、旋律に身を任せた。 踊る人々の頭上で空は刻一刻と色を変え、やがて太陽が沈み切るのに合わせて最後の一音が星空に散る。 カティンカの夏至祭は、こうして終幕した。
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*** 活躍者 *** |
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該当者なし |
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[9] 杜郷・唯月 2018/06/20-04:17
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[8] メアリ・シュナイダー 2018/06/20-02:03
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[7] シャルル・アンデルセン 2018/06/19-13:47
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[6] ガルディア・アシュリー 2018/06/18-00:31
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[5] アシエト・ラヴ 2018/06/18-00:03
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[4] アリシア・ムーンライト 2018/06/17-15:27
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[3] ナハト・フリューリング 2018/06/16-21:58
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[2] 響・神原 2018/06/16-13:09
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