《悲嘆の先導者》フォー・トゥーナ Lv 41 女性 ヒューマン / 墓守


司令部は、国民から寄せられた依頼や、教団からの命令を、指令として発令してるよ。
基本的には、エクソシストの自由に指令を選んで問題無いから、好きな指令を受けると良いかな。
けど、選んだからには、戦闘はもちろん遊びでも真剣に。良い報告を待ってる。
時々、緊急指令が発令されることもあるから、教団の情報は見逃さないようにね。


祝福の日
普通|すべて

帰還 2022-05-13

参加人数 1/1人 土斑猫 GM
 とある夜の山中。小さな小さな小屋が一つ。窓には、まだ灯り。 『お休みにならないのですか?』 「式までもう間がないからね。頑張るんだ」  かけられた声にそう答え、『ハニー・リリカル』は手の中の布に針を通す。 『にしても、何でまた手縫いなんでっか? 魔法使えば、あっという間でしょうに』  カップを渡しながらの問い。『ありがと』と、啜る。 「確かに、魔法使えば一発だけどさ」  見つめる、出来かけのドレス。 「でも、コレだけはこの手で。だって……」 ――大切な、友達だから――。 『……そうですわね……』  理解してくれる仕事仲間に、訊く。 「君達は、やっぱり行かないの?」  まとめ役の、彼が言う。 「ええ、流石に某共が顔を出しては穏やかでいられない方々もいらっしゃるでしょうし」 「折角の姐さんの晴れ舞台や。わざわざ空気腐らせる必要はあらへん」 「招待状をいただけただけで、十分ですわ」  笑う彼ら。正直、寂しい。でも、気遣いは嬉しくて。 「じゃあさ、落ち着いた頃にお邪魔しよう? 琥珀様に頼めば、人に見られない様に飛ばしてくれるから」 「ああ、それなら問題ナッシングや」 「なら、とびきり美味しい蜜菓子をお土産に」 「楽しみですな」  嬉しそうな顔の『蜂狩り三獣士』。ソレでもハニーは願う。『いつかは』、と。  だってソレが、君達が遺された意味だから。 「……ね? ヨセフさん、リンファさん……」  彼方の空が白んでいく。  さあ、もう一踏ん張り。  ◆ 「あの娘らしいねぇ……」  合鍵で入った寮室。綺麗に整えられた様を見て、寮母の『ロードピース・シンデレラ』は感心した様に、けれど少しだけ寂しそうに独り言ちた。 「最後くらい、甘えてくれても良かったのに……」  この部屋は、ついこの間まで『タオ・リンファ』と彼女のパートナー『ステラ・ノーチェイン』が暮らしていた部屋。  でも、彼女達が此処に帰ってくる事はもうない。  それでも、この空っぽにロードピースが虚しさを覚える事もない。  住人が消えた部屋の整備は、彼女にとって最もやり慣れた仕事の一つ。けれど、その理由はいつもろくでもない事ばかりで。  寮母になりたての頃は、幾度片付ける毛布を涙で濡らした事か。  そんなもの、泥沼を泳ぐ様な生活の中でとうに枯れたと思っていたのに。  それほどまでに、寮で暮らす浄化師達は彼女にとってかけがえのない子供達。帰らぬと知らされる度に、どうかコレで最後にと。そう願いながら思い出の残る部屋を掃除した。  そんな、悲しみと抱き合わせの作業。  けれど、今回は違う。  彼女は正しく、この巣箱から巣立っていった。悲しみと苦しみの煉獄を生き抜き、新しい空へと飛び立って行った。  窓に歩み寄り、開け放つ。吹き込むそよ風と、初夏の日差し。遠い空の向こうに聞こえる鐘の音に、これでもかと言う祝福を。 「リンファ、幸せになれよーっ!!」  歩いていた浄化師達が、吃驚して見上げる。けれど、すぐに察して。同じ様に空の果てに向かって。  オーディンよ。アディティよ。世界の風を統べる神々よ。  どうか。  この祝福を、今日旅立つ彼女の元へ。 「よしっ……と!」  満足気に頷いて、ロードピースは仕事に取り掛かる。  思い出の向こうに在る、新しい出会いの為に。  哀しい涙は、もう流ない。  ◆  鋭い、けれど逸した威力の剣閃を紙一重で避ける。  追撃する刺突。何とか躱して距離を取る。 「にしゃら、逃げろ!」  少女の声に、躊躇いながらも逃げ出すのは数匹の鹿。ただ、普通の鹿ではない。刻まれた赤い文様と魔方陣。  ――ベリアル・スケール2――。  彼らの姿が森に消えるのを確認し、ホッと息を吐いたのも束の間。凄まじい殺気が『ブリジッタ』に迫る。 「このぉ!」  咄嗟に弾くが、ケタ違いの威力に手が痺れる。 「にしゃ、ほんなごと人間か……?」 「ベリアル(貴様ら)を狩る者が、人以外の何だと言うのだ?」  手にした豪剣を一振りし、『サー・デイムズ・ラスプーチン』はそう告げる。  同時に、また一撃。 「んぎっ!?」  衝撃を流し切れず、背後の木に叩き付けられるブリジッタ。彼女を、冷めた目で見下しながら。 「スケール5……。弱体化したモノだ。魂を喰らう事をやめた故か?」 「そーだ……」  何とか立ち上がりながら、ブリジッタは言う。 「ベリアル(うち達)ん役目は終わった。もう人ば喰う理由はなか。なんに……」 「だから何だと言うのだ? 貴様らが人を喰らった事実は変わるまい」 「……」 「如何に上部を取り繕った所で、罪禍は消えぬ。償うと言うのならば、大人しく滅びるが良い。ソレのみが、貴様らが遺した怨嗟を癒す術だ」  押し黙るブリジッタを見つめ、冷たく笑む。 「そう言えば、貴様は『最硬』の付き人であったな。ならば、奴も此処に来るか?」 「……!」 「丁度良い。一人で逝くのが寂しいと言うのならば、奴も共に逝かせてやろう」  敬愛する……否。『愛する者』へ向けられる殺意。諦めかけた心に、火が灯る。 「ギガス様に、手ば出しゅな!!」  武器を構え、突貫する。けれど、なお高みに達した闘将の剣技。ありったけの魂を込めたソレさえも、容易く打ち伏せる。 「カハッ!」 「終わりだ」  地面に転がったブリジッタの魔方陣に、刃を落とす。けれど。 「む?」  すんでで刃を止めたのは、琥珀が模るイバラの蔓。誰の仕業かを察したデイムズが問う。 「何の真似だ? 琥珀」 「いや、大した事ではないが……」  いつの間にか背後の大岩に腰掛けていた『琥珀姫』が笑う。 「今日は特別な日なんでね、血生臭い事は控えて貰いたいのさ。特に、『君』にはね」 「……言っている事が分からんな。邪魔すると言うのなら、貴様も切り捨てるぞ」  餓虎の殺気を軽く受け流し、琥珀の姫はまた笑う。 「まあ、そうガッツくな。コレは私だけの頼みじゃない。その子も、込みだ」 「何?」  瞬間、デイムズとブリジッタの間で閃く六彩の光。現れるのは、龍翼を羽ばたかせる巫女姿の少女。 「いんたは……」 「シャオマナ……」  二人の間に舞い降りた『太陽の命姫・シャオマナ』が、デイムズに向かって語りかける。 (猛き人よ。かの音をお聞きください) 「音……?」  念話に促され、耳を澄ます。聞こえて来たのは、遠く、けれど高く響く教会の鐘の音。 (婚姻の鐘の音でございます。ヨセフ様と、リンファ様の……)  二人の名に、デイムズの隻眼が細まる。 (人の怨嗟は、正しく道理の通るモノ。されど、どうか今日だけは……)  言葉が終わる前に、音が鳴った。  剣を収めたデイムズが、クルリと背を向ける。 「興が殺がれた。ベリアル、次は無いぞ」  言い残し、森の中へ消えていく。その背に、シャオマナは黙って頭を下げた。 「……助けてくれたと? お礼な、言わんけんっちね」  立ち上がったブリジッタが、そう言いながら礼をする。 「感謝するなら、新郎新婦にするんだな。でなけりゃ、正味知ったこっちゃなかったぞ?」  意地悪く笑う魔女を無視して、鐘の音の方向を見つめるシャオマナに問う。 「教皇しゃん、結婚しゅると? 相手ん名前にも憶えのあっけん。浄化師やったっけ?」 (うん) 「よかよかなと? 教皇っち部下の結婚げな、色々言われそうばってん」  その言葉に、嬉しそうに微笑むシャオマナ。 (心配してくれるの?) 「まいね。なんだかんだ、三強ん御方様達の託したばい人達やし……」 (ありがとう……)  そして、友達に言う様に。 (なら、私もお祈りさせてもらうね。貴女が、大好きな方とずっと共に在れる様に) 「はい!? なん言うてると!!?」 (良いでしょ?) 「ぐ……ぐむ……。ま、まあ……)  真っ赤な顔をするブリジッタを見て、シャオマナは笑った。  並んで果てを見つめる二人。眺めながら、琥珀姫は思う。  神と魔が並び、共に人を祝福する。本当に小さな、けれど確かな奇跡。  それも全て、彼ら彼女らが痛みと願いの果てに辿り着いたモノ。 「託した甲斐は、それなりにあったろう? なぁ、ネームレス・ワン」  語り掛けるのは、今は此の空の下。共に在る筈の『彼』。  その耳にも、どうかこの鐘が届く様に。  ◆  出席した者達は、正しく世界の喜びを受けた式であったと口を揃えて言った。  雲一つ無く晴れ渡った空。注ぎ降る優しい日差し。吹き渡る新緑の香満ちる涼風に、桜を始めとした彩とりどりの華が舞い踊る。  神々の慈愛と加護に包まれたヴァージンロードを、故郷の民族衣装の趣彩るドレス(ハニー渾身作)を纏ったリンファが歩く。手を引くのは、同じ趣の衣装で飾ったステラ。本来は両親が務める役なれど、此度に関しては彼女こそが相応しかろうと。  カチコチに緊張して手と足が一緒に出てるステラに微笑むリンファに、集った仲間達が心からの祝福を送る。  共に戦った者。時に衝突した者。一緒に、涙を零した者。  心に焼き付いたその顔が、今は至上の歓喜に満ちて。  囁く様に呼びかける声。顔を上げれば、先に壇で待つ彼の姿。かつての上司。永久の憧れ。そして、いつかの想い。その全てを抱き集め、今はただ彼女一人の為に。  差し出される手。取った手が引かれ、そのまま抱き止められる  沸き起こる拍手。  未来への歩み。示す扉。  最後に投げるブーケは、次へのバトン。  さあ。続くのは、誰?  ◆  その夜、関係者に提供された寝室の一つ。『カレナ・メルア』は微かな泣き声に目を開けた。 「盟友……?」  隣りのベッドを覗き込めば、枕を涙で濡らすステラの姿。 「……どうしたの?」 「……マーと離れて寝るの……はじめてなんだゾ……」 「……そっか」  ふふ、と笑って。ステラの隣りに潜り込む。 「じゃあ、今晩はボクが代わりかな?」 「めいゆう……」  小さな身体を抱き締めながら、囁く。 「大丈夫だよ。リンファさんは、君を置いてったりしないから。そして、ヨセフさんも君からリンファさんを奪ったりしない……」 「…………」 「家族が増えるんだ。君を包む、愛が増える。ボク達が、そうだったみたいに」 「…………」 「心配しないで。皆、一緒だよ。これからも、ずっとずっと」 「かれな……」 「幸せになろうね。皆で。『大好きな、ステラ』……」 「うん……」  程無く、安らかな寝息を立て始める二人。反対側で寝たふりしてた『セルシア・スカーレル』がギリギリ毛布を齧りながら、怨嗟を漏らす。 「……五年したら、容赦しないわよ……泥棒猫ぉ……」  コワイ。 「あ……」 「どうした?」  ふと声を漏らしたリンファに、ヨセフが訊く。 「ステラの声が、聞こえた様な気がして……」  その言葉に、フムと頷くヨセフ。 「一応、カレナ達が同室しているが……。気になるか?」 「はい……。別々の夜を過ごすのは初めてですから……」  フムフムと頷く。 「全く、お前達の絆は深い。さて、俺の割り込む隙など在るモノか……?」 「あ、いえ。ソレとコレとは……」  言い繕おうとした瞬間、スルリと抱き上げられた。ポカンとする間もなく、優しく置かれるベッドの上。 「へ? あ??」  混乱するリンファの上に、そっと覆い被さるヨセフ。 「まあ、ソレについては誠心誠意立ち向かうとしよう。取り合えず……」  リンファの寝間着のボタンを、手早く外す。手際が、良い。 「あ、あの……」 「拒否権はないぞ? 今夜だけは、俺一人のモノだ」 「は……」  『はい』と言おうとした口が、塞がれる。  甘く蕩ける熱の夢。リンファの切ない声。淡い光の中で、微かに鳴いた。
輪廻転生特例取扱事務入門
普通|すべて

帰還 2022-05-10

参加人数 1/1人 春夏秋冬 GM
「ちょっと力を貸して下さーい」  メフィストに『桃山・令花』が頼まれたのは、よく晴れた日のことだった。 「もちろんです。私で、お役に立てることがあれば協力します」  快諾したあと、令花は頼みごとの具体的な内容を尋ねた。 「それで、何をすれば良いんでしょう?」 「死後の自己保存に関する規定を取りまとめて下さーい」 「死後、ですか?」  いきなり浮世離れした話になり聞き返すと、メフィストは事情を説明した。 「いま魔王のいる世界と繋がってますよねー」 「ええ。そちらの世界で、何かあったんですか?」 「そういうわけではないのでーす。あちらの住人に関することでーす。こちらとあちらの世界の協定を結んだ時にー、書類仕事で手伝ってくれた人がいますよねー」 「タスクさんのことですか? ……まさか、命に関わることがあったんですか」 「違いまーす。彼の親族に関わる事でーす」 「……え?」  状況が理解できず聞き返す令花に、メフィストは詳しく説明する。 「根本の原因はー、外なる悪魔のクソ野郎でーす」  メフィストにしては珍しく、嫌悪感を込めて言った。 「アレは向こうの世界にも侵入してたみたいですがー、そちらは向こうの学生さん達がどうにかしてくれたのですよー。それでそれに関わった人がー、人形遣いの本体を探し続けられるようになりたいと頼んできたのでーす」 「それは……」  令花は言葉に詰まる。  メフィストに説明されたことがあるが、人形遣いの本体である外なる悪魔は『世界』の外に存在し、創造神の域にある存在達から隠れているらしい。  それだけ聞くと大したことがないようだが、実際は洒落にならない相手で、本体であれば世界を滅ぼすことは容易いと聞いている。  数多の世界にばら撒かれた分体では無く、本体を見つけ出す手助けをするため、永遠とも思える時を在り続けられるようにしたいとのこと。 「人形遣いの本体を見つけ出すために、死後も転生などをせず、本人のままで在り続けられるようにしたいということですか?」 「そういうことでーす。何人かー、そうしてほしいみたいですがー、それには色々と問題があるのでーす」 「問題というと?」  令花が尋ねると、メフィストは詳細を語る。  それは次のような内容だった。  元々の申し出は、人形遣いの本体探しに従事している、リスク・ジムからだったらしい。  自分だけではなく、増員として2人分の推薦があったのだ。  それがリスクの元婚約者、マーニー・ジムと、リスクの双子の弟にしてマーニーの夫、リョウ・ジムだった。  冷静で危機管理に長ける自分には無いものとして、マーニーは思いやりと傾聴力。リョウには熱血と行動力があり、異世界を巡り本体に繋がる情報を収集する、という地道な任務を永遠に近い期間継続するためには、2人の協力が不可欠だと求められたのだ。  けれど実行するには、問題があった。  マーニーについては、リバイバルとしての消滅問題。  リバイバルは煉界で言えば幽霊のようなものらしいが、特定の条件が達成されない限り自己を維持し続けることが出来る。  だが、その条件の一部を満たしてしまったらしい。  マーニーはリスク、リョウに感謝を伝えることがリバイバルとしての消滅キーとなっており、すでにリスクの方は要件満たし済みで、リョウの方も時間の問題。  つまり消滅間近だというのだ。  一方、リョウには人としての寿命は残っているが、いつ尽きるかは未知数。  長い時を調査に費やすには、この2人を寿命や消滅から免れさせる必要がある。 「それをするための規定案を作るのを手伝って欲しいんですよー」 「規定案、ですか? 転生などから逃れる方法を作る事では無く?」 「そーでーす。方法についてはー、こちらでどうにかしまーす」 「方法があるんですか?」  興味深げに令花は尋ねる。  浄化師として、あるいは知人であるタスクの親族のために何かをしたいという気持ちも当然あるが、それと同時に、小説家としての好奇心が抑えられない。 「どんな方法なんですか?」  身を乗り出すようにして尋ねる令花に、メフィストは応えた。 「死後に地獄で獄卒になる契約術式を作りまーす」 「地獄の獄卒!?」  思ってもいなかった内容に、思わず聞き返す令花。 「地獄って、あの地獄、ですよね? 死後に悪いことをした人が落とされる」 「その地獄でーす」 「あの、それって大変なことなんじゃ……」  地獄というと、鬼などに罰を与えられている場面が浮かんでしまい、どうしても今回のことに繋げられない。 「マーニーさん達は別に悪いことをしたわけじゃないですし、地獄に落ちるような事にはならない方が……」 「別に地獄に落ちるわけじゃないでーす。あくまでも地獄の獄卒になることでー、転生から逸脱するってだけでーす」 (それって……)  メフィストの話を聞いた令花は想像力を働かせ、ひとつの結論に辿り着いた。 「死後に獄卒になることで、自己存在を維持し続けられるようにするってことですか?」 「そういうことでーす」  メフィストは説明する。 「地獄の獄卒はー、地獄からのバックアップがあるのでー、生前の記憶と性格と人格を維持したままー、在り続けることが出来るのでーす。あまり長く在り続けると精神が摩耗して自我が消滅しちゃうのでー、大抵一万年ぐらいで転生させることになりますがー」 「……それって、生前と変わらないまま活動できるってことですか?」 「そういうことでーす。地獄のバックアップがあるのでー、肉体が完全破壊されても時間を掛ければ元に戻りますからー、生前よりも無茶できるようになりますねー」 「それなら、マーニーさん達が求める要望に応えることが出来そうですね……でも、地獄の獄卒になるってことは、地獄から外に出られなくなるんじゃ?」 「そこら辺の融通をきかせるためにもー、色々と決める必要があるのですよー。というわけでー、地獄に行きましょー」 「……え?」  思わず聞き返す令花。 「地獄って、私もですか!?」 「そーでーす。地獄を管理してるハデスと直談判してー、融通つけて貰いましょー」 「そんなこと、出来るんですか?」 「でーきまーすよー。その代りキチンとした規定を作る必要がありますからー、その手伝いをして下さーい」 「規定、ですか……」  色々と話を聞いて、令花は考えを纏める。 「これってつまり、死後に地獄に就職する代わりに、色々と便宜を図って貰うってことですよね? そのために、獄卒になるための就労規則とか規定、それに契約文を作る必要があるってことですか?」 「そーでーす。きちんと決めておかないとー、しっちゃかめっちゃかになっちゃいますからねー」 「それは……そうですね」  やることは事務手続きに近いが、輪廻転生の枠組みから逸脱したりと大事に関わるので、綿密に作る必要があるだろう。 「それが巧く出来れば、マーニーさん達は消滅したりしなくても済むってことですね」 「そーでーす。リバイバルの人はー、その時点で一度死んでる訳ですからー、獄卒になる契約をして履行されればー、すぐに獄卒として在り続けることが出来るようになりまーす。まだ死んでない人はー、生前に契約を交わすことでー、死後自動的に獄卒になることで輪廻転生の輪から一時的に外れることが出来るようになりまーす」 「分かりました。でしたら、私で力になれることは全力でします。いつでも構いません」 「オッケーでーす。ではー、まずは草案を作っておいて下さーい。それを持って地獄に行きましょー。キョウトが入口になってますからー、準備が出来次第一緒に行きましょー」 「はい!」  気合を入れ応えた令花は一端寮に戻り、そこでメフィストから聞いた話を元に草案を作る。  その様子を見ていた家族は―― 「応援するぜ! ねーちゃん! 何か助けが要る時はいつでも読んでくれ。異世界だろうと、すぐに駆けつけるからよ」 「ママ、がんばれー」  草案作りは手伝えないが、『桃山・和樹』や叶花が応援してくれる。 「ありがとう」  励まされ元気を貰いながら、さらに内容を詰めていく。  1人では詰まりそうになったので、柔軟に助けを借りたりもした。 「変わったことやっとるのー」  魔女のラヴィには、術式として作る際の矛盾などが無いように。 「この理論に穴があるみたいね。補完するには、例えば――」  宝貝の製造に関わるマリエル達には、獄卒が現世で活動するために必要な部分を補うための理論形成を助けて貰った。  それでも足らない部分は、メフィストに尋ね作っていく。  それは生死と魂を扱う事務の基礎から、消滅と寿命の要件定義と場合分け。さらに輪廻から外すための例外規定の適用など多岐にわたる物だった。  色々と苦労しつつも―― 「これでどうでしょう」 「よく頑張りましたねー。死神科挙特級合格者でも手こずる案件でーす」  よく分からん褒め方をするメフィスト。 「この調子で研鑽を積み続ければー、叶花ちゃんをー、世界級決戦存在に書き換えることも出来るかもしれませんねー」 「そんなこと、出来るんですか?」 「あの子は本質が『魔導書』ですからねー。自身に刻まれた内容がー、能力の方向性やー、規模などに関わるのですよー。そのために必要な書式は膨大かつ矛盾のない物にする必要がありますがー。世界級ともなればー、記される書式の量はー、『世界』1つを表すのと同じぐらいには必要ですからねー」 「それが必要なことなら、やります」  令花は覚悟を込めるように言い切った。 「世界にとって必要で、あの子が望むなら。あの子がどんな存在になっても、母でいる自信が私にはありますから」 「そーのいきですよー」  応援するメフィストだった。  そして、獄卒契約書を作り終り、地獄へと令花は訪れる。  キョウトの山を転移門として、メフィストに先導され辿り着く。  事前に話をつけてくれていたので、恐ろしい場所ではなく、岩山のような場所に到着。  そこに現れたハデスに、令花は草案の要綱を渡した。 「ハデス様。これが草案となります」 「お疲れ様です。確認させて貰いますね」  ハデスは草案を手に取り、一瞬で把握。 「こことここと、あとこの部分の条項が他の部分に抵触するので書き直しをお願いします」 「え……あ、はい、分かりました」 (うぅ、何度も見直したんだけど……)  凄腕編集者に校正をされているような気持ちになりながら、書き直しマラソン開始。 「少し長くなりそうだから、時間が加速する階層に行きましょう」 「現世とは時間の流れが違うのでー、少々過ごしても大丈夫ですよー」 「貴女は生身ですから、肉体が時間の影響を受けないようにしておきますね」  さらっと超越的なことをするハデス。  そんなこんなで、地獄で館詰め(カンヅメ)をされる中、書き続け―― 「……これで、どうでしょうか……」  通算、126回の修正後―― 「はい、良いですよ。ではこれを元に、地獄に法則として組み込みましょう」  ハデスに認められ、獄卒として契約するための手順が整った。 (よかった……)  精神的にげっそりしながらも安堵する令花だった。  あとはマーニー達と契約を交わすだけ。  魔王との決着が過ぎ次第、それを可能にするとハデスと約束を交わした令花であった。
そして波は引いていく
普通|すべて

帰還 2022-05-10

参加人数 1/1人 春夏秋冬 GM
「一体、何があったの!?」  慌ただしく走っていた全界連盟職員を捕まえ、『シィラ・セレート』は問い質した。 「只事じゃないみたいだけど」  連盟本部の家神であるシィラは、内部の状況をある程度把握できる。  だが詳細を知るには聞いた方が手っ取り早いので尋ねると、職員は応えた。 「ランク3の緊急事態が発令されました」 「いきなりランク3!?」  シィラは驚いて声を上げる。  全界連盟では危険度に合わせてランクを決めているのだが、ランク3は『界滅因子発生』に相当する。  すぐさま世界が滅ぶとは限らないが、放置すると世界崩壊に繋がりかねない危機のことだ。 「現状、手の空いている職員は現場に向かって貰っています。貴女達も可能なら向かって下さい」   言うなり、職員は慌ただしく離れていく。 (どういうこと? よりにもよって、こんな時に)  アプスルシアの話を聞いて浮かび上がっていた懸念が、今回の緊急事態で形を結び始めている気がする。 (そんなこと……ないとは思いたいけど)  嫌な予感は、当たるものだ。 「エフェメラ様」  不穏な物を感じたシィラが呼び掛けると、いつもとは違う強張った表情になっているのに気付く。 「……」  黙り込んだまま、深く考え込んでいるようにも見えた。 (エフェメラ様、何かに気付いたんじゃ……)  思いついたシィラは、エフェメラの手を引くと、アプスルシア達に言った。 「このままここに居るより、詳しい話を聞くために司令部に行きましょう」  そう言ってシィラは皆と走り出し―― 「状況はどうなってるんですか!?」  司令部に入り尋ねると、総司令である無名・一が応えた。 「時が来たってことだよ」 「どういうことです」  聞き返すシィラに、一の隣にいるメフィストが応える。 「フラグを回収する時が来たってことでーす」 「それは全て決まっていたということか?」 (エフェメラ様!?)  鋭く尖った声を上げるエフェメラに、シィラは驚く。 (本当の意味で、エフェメラ様に余裕がない……これは――)  自分のことであれば、こうはならないだろう。  つまりは、近しい大事な誰かの危機を感じているということだ。それは―― (……ルシア)  シィラが視線を向ければ、彼女は前を見上げている。  そこには指令部に設置された大判モニターがあり、今回の異常事態が起こっている場所を示していた。 「この場所って……」  シィラは思わず息を飲む。  モニターに映し出された場所は、アプスルシアが見つかった場所だった。 「何が起こってるんです!?」  ざわつく思いに突き動かされシィラが問うと、一が説明してくれた。 「界滅因子を感知し、それを元に見つけ出した現場が、今モニターで映し出されてる場所だ」  モニターを凝視するアプスルシアに視線を向けた後、一は続けて言った。 「現場観測している者からの報告だと、未確認の海洋生物が次々湧いて出ているらしい」 「海で生物? でもそれだけでこんな慌ただしくはならないでしょ?」 「真っ当な生物じゃないから問題だ。アレ、『生きて』ないぞ」 「生きてないって……死んでる? まさか地獄から?」 「いや、そういう意味じゃない」  一は軽い口調で否定する。 「あれらは生死の枠組みから外れてる。そもそも生物じゃなく、歪みが具現化したようなもんだ」 (歪み!)  シィラは、アプスルシアの言葉を思い出す。  突然、海の中に……ひずみ? のようなものが現れて (やっぱり、ルシアに関係してるっていうの?)  胸騒ぎを抑えながら、シィラはメフィスト達に問い掛けた。 「それで、どうするつもりなんです?」 「既に現場への転移門は開きましたー。場所は――」  メフィストが話した途端、アプスルシアは駆け出した。 「ルシア!」  気付いたシィラは、皆と共に追い駆ける。その途中―― 「どうしたんだ!? ルシアが走っていったが何かあったのか!?」  異変に気付いたラギアがシィラ達に同行する。 「クソっ、止められれてれば」 「まだ間に合う筈よ。急ぎましょう」  焦る中、皆は転移門に跳び込み――  嵐で荒れる海の前へと辿り着いた。 「ルシア!」  嵐の先、奇怪な海洋生物が湧き立つ場所を見詰めるルシアに、シィラ達は駆け寄った。けれど―― 「……」  アプスルシアは奇怪な海洋生物達が湧き立つ場所を見詰め続けていた。 「――そうか……そうだ、そういうことだったんだ」  全ての迷いが消え失せた、覚悟を決めた表情を見せている。 「ダメよ――」  気付いたシィラがアプスルシアを止めようとするが、すでに遅かった。 「ルシア! 戻って! その先は危険よ!」 「それは出来ない」  静かな声でアプスルシアは返した。 「私は、戻らなければならない。奴の言う通りに」 「何を言ってるの? ねぇ、誰と話しているの!? まさか……やめて!」  荒れ狂う海へと進むアプスルシアを必死に止めようとするが、彼女は止まらない。  そのまま進もうとして―― 「命じる。爆ぜよ、嵐」  エフェメラの極大魔法が、海を荒れ狂わせる嵐を消し飛ばした。 (凄い! これだけの魔法――エフェメラ様、奥の手を使ったわね)  エフェメラの域にある大魔女は、普段消費しない魔力を蓄積し、刻印として自身に刻んでいる。  恐らく今回使った刻印は、百年単位の物。  まぎれもなく切り札のひとつ。  それを惜しげもなく使ったエフェメラは、油断なく前を睨みつけている。 「エフェメラ様……?」  不倶戴天の敵を前にしているかのようなエフェメラに、シィラが理由を尋ねようとする。  だがその『答え』を示したのは、エフェメラでは無く悪魔だった。 「おやおや、気付かれましたか」  神経に触る不快な声と共に、邪悪は姿を現した。 「人形遣い!!」  幾度となく凶悪事件を引き起こした諸悪の権化に、シィラ達は一斉に戦闘体勢に移る。 「何しに来たの」 「ろくでもないことは確実だ」  シィラとラギアが魔力を励起させ、すぐにでも叩けるように準備する。  しかし人形遣いは、自分に向けられた敵意を愉しげに受けながら、アプスルシアを指差し言った。 「別に今日は、戦いに来た訳じゃありません。むしろ彼女を返してあげようというのですよ。元の世界に」 「どういうつもりだ」  大海の如き重々しさを込め、エフェメラは人形遣いに詰問する。 「シィラに何かするつもりか? そうであるなら、消す」  今まで以上に魔力を膨れ上がらせるエフェメラを前にして、人形遣いは涼しげに言った。 「言った通りですよ。彼女を元の世界に戻す、と。これは、この世界のためでもあるのですよ。何しろ彼女を戻さなければ、この世界に矛盾による歪みが存在し続けるのですから」 「何を言ってる……」 「おやおや、気付いてないのですか? それとも見て見ぬ振りですか? ふふ、かわいらしいですねぇ。だから、教えてあげますよ」  シィラ達が油断なく警戒する中、人形遣いは言った。 「彼女は、本来この時代に存在しない人間です。遠い過去から、現在であるこの時代に転移している。それによる矛盾が、世界に歪みを作り出している」 「タイムパラドックスか……」 「ええ、そうですよ」  愉しげに人形遣いは続ける。 「彼女の世界に渡った『私』の1人が、色々としてくれましてね。時間矛盾による界滅の誘発因子として、彼女を時間転移させた。それより、向こうの世界と繋がっているこちらの世界も影響を受け、本来なら存在しない筈のこの時代に、彼女は訪れたのです」 「貴様――」  エフェメラは、長い人生で数えるほどしかない本気の怒りを抱く。 「最初からそのつもりだったのか」 「ええ。笑えましたよ。世界の滅びの鍵となり得る彼女を、そうとは知らずに保護してるんですから。笑えますね? 笑えます」  くつくつと喉を鳴らすように笑う人形遣い。  それを断ち切ろうとするかのように、ラギアは召喚した大斧の切っ先を向ける。 「べらべらと余計なことを喋って何のつもりだ?」 「言ってるじゃないですか、彼女を帰すと。でないと、歪みは在り続けますよ」 「そんなことをしてお前に何の得がある」 「更なる滅びの手段を手に入れるだけです」  愉しげに人形遣いは応えた。 「彼女が戻れば、その揺り戻しで世界に大きな歪みが出来る。私はそれを利用します」 「それが本当ならさせるとでも――」 「止めますか? 御随意に。その時は彼女が存在することで歪みはあり続ける。どちらにしろ、私にとって役に立つ」  笑いながら人形遣いは選択を示す。  それはどちらを選んでも苦しい選択。  だからこそ人形遣いは話し、苦悩の顔を楽しもうとした。けれど―― 「ルシア!」  エフェメラの呼び止める声を背に受けながら、アプスルシアは前に出る。 「止まれ、その先が其方の故郷である保証はない!!」 「ルシア! お前ひとりが犠牲になる必要もないんだ」 「お願い、戻って……ッ!?」  皆の制止の声に、アプスルシアは笑顔を浮かべ応えた。 「ありがとう。私は、大丈夫だから」  人形遣いが引き寄せた歪みを前に、アプスルシアは万感の思いを告げる。 「シィラ、私に寄り添ってくれてありがとう」  姉に、あるいは母に言うように。 「ラギア殿、稽古をつけていただいたこと、感謝します」  師に、あるいは父に言うように。 「リホリィ、その騒がしさは嫌いじゃなかった」  友へと言葉を贈り―― 「エフェメラ様――」  思慕の念を抱きながらエフェメラを見詰める。それを受け―― 「駄目だ! ルシア!」  エフェメラは止めようとした。けれど―― 「残念。手遅れです」  笑いながら悪魔が、アプスルシアを歪みへと突き飛ばす。  必死に手を伸ばすエフェメラ。 (頼む、手を取ってくれ!)  けれどその思いにアプスルシアは応えられない。 (やめろ、やめてくれ、手を離さないで)  慟哭のような眼差しを向けるエフェメラに、アプスルシアは想いを告げた。 「――お慕いしていました」  伸ばした手は、届かない。  歪みへと落ちたアプスルシアは、世界から消え失せた。 「ルシア!」 「止めろじいさん!」  叫ぶ声が遠く響く。そして――  一瞬。あるいは宇宙がひとつ終る刻が流れ―― 「……ここ……どこ?」  彼女は浜辺に現れた。  彼女の記憶は、霞がかっている。  自分が誰であるか? ここが何処か? どこから来て、誰と居たのか?  分からない。解らない。  でも朧げに、ここではない世界の光景が一瞬よぎる。そこに―― 「どうしたの? 大丈夫?」  偶々近くを通り掛かったローレライに、彼女は保護された。  保護される中、来た場所や名前を尋ねられる。 「来た場所……異世界から来たの……名前は――」  ふと、ひとつの名前が浮かんでくる。 「――シィーラ。そうやって、だれかが、呼んでいたような……」  そうして彼女は、『シィーラ・ネルエス』として、この世界に帰還した。  しばし、自分を落ち着かせるような時間を過ごし、シィーラは運命へと繋がる場所へと訪れる。 「ここが――」  フトゥールム・スクエア魔法学園。  ここで何が起こるのか? そして得られるのか?  解らない。  けれど予感はある。 「……待っててね」  意識せず、小さく呟く。  これから新たに始まる、長い道のりの果ての再会。  知らずとも、魂は願っている。  いつか戻るべき場所、彼らの元に、帰るのだと。  波が寄せては、引いていくように。それまでは―― 「はじめよう」  シィラは学園生としての生活を、始めるのだった。
告白(くちづけ)はダンスの後で
普通|すべて

帰還 2022-05-09

参加人数 1/1人 春夏秋冬 GM
「2人とも、傷は残ってなかったんだな?」 「はい」 「バッチリだぞ」  ヨセフの問い掛けに、『タオ・リンファ』と『ステラ・ノーチェイン』が応える。 「そうか。好かった」  安堵するように、ヨセフは小さく笑みを浮かべた。  いま3人が居るのは教団本部の、元室長室。  教皇となったヨセフだが、実質的には今までと変わらず教団本部で指揮を取っているため、変わらず利用している。  そこにリンファとステラの2人を呼んだのは、マーデナクキスでの戦闘で負った怪我の経過を聞くためだ。 「腕と耳が切り飛ばされていたからな。元通りになって好かった。ネルに改めて礼を言っておこう」 「室長、他人事みたいに」  嗜めるように言ったのはリンファ。 「怪我の酷さで言えば室長の方が……」  その時のことを思い出し、リンファは表情を硬くした。  マーデナクキスでホムンクルス、ルシファーとの戦闘を行ったのだが、その時の戦闘でリンファは腕を斬り飛ばされ、ステラは耳を切り裂かれた。  そしてヨセフは、腕と耳に同じ傷を受けることになったのだ。  あの時ヨセフは自身の宝貝『黒聖母』の能力を使い、リンファとステラ、そしてネルを自身と繋げ共有化した。  黒聖母の能力は『共感』なのだが、これは繋げた者同士で傷や回復を共有することが出来る。  本来は、味方のダメージをヨセフが引き受けることで、傷を減らすことを目的とした能力だが、あの時は回復に重きを置いて使用していた。  アンデッドであるネルと共有化することで、アンデッドの特殊能力である『肉体再生』が皆に起り、切断された肉体を繋げることが出来たのだ。  とはいえ万が一後遺症が残ることも考え、教団随一の医療技術を持ったナイチンゲールの診断を受け、リンファとステラは報告に来たというわけである。 「室長も、傷は残ってないんですね?」  心配するリンファに、ヨセフは応える。 「問題ない。私もナイチンゲールの診断を受けた。すぐに追い返されるぐらいには傷も残ってなかったようだ」 「だとしても……室長は教皇なんです。私達のような教団員とは立場が違います。もう傷を引き受けるような真似は――」 「リンファやステラが傷つく方が、私は嫌だ」  珍しく頑固な口調でヨセフは言った。 「これからも2人が傷つくなら、私は同じことをする。リンファ、君が私のことを気に掛けてくれるように、私もリンファやステラのことを大切な人だと思っている。だからこれからも、君達と共にいさせてくれ」  まっすぐに見つめながら言うヨセフに、リンファの肌は上気しそうになる。 (な、何を考えてるんですか私は)  まるで『告白』されたかのような気持ちになってしまい、リンファが自分をたしなめようとしていると―― 「マーは、オレのマーなんだからな」  ステラが、ぎゅっとリンファの腕に抱き着いた。 「ステラ!? その、室長、これは……」  慌てるリンファと、警戒するような視線を向けるステラ。  2人の様子に、笑みを浮かべるヨセフ。  和やかな空気が流れる中、リンファはいつもの調子を取り戻そうと、浄化師としてヨセフに問い掛けた。 「室長、あのあとエア国王からは、何か申し出は無かったのですか?」  ルシファーの凶行を止めることの出来たリンファ達だが、エアは襲撃されたこと自体を教団側の不備とし、非公式で代償を払うことを求めていた。 「心配しなくても良い。あれも外交のひとつだ」  ヨセフは応える。 「どのみち、何らかの形でマーテナクキスには干渉したいと思っていた。エアも分かっていて、こちらが介入できる余地を作ってくれたようなものだ」 「介入……何か不穏な動きがあるのですか?」 「ある。マーデナクキスに限った事ではないがな」  ヨセフは説明する。 「マーデナクキスは各地の自治が過剰になり始めている。扱いを間違えれば独立戦争になりかねん。ルシファーをエアが確保したのも、そうした事に対応するためだろう。他の国でも――」  ヨセフは地図を広げ指し示しながら言った。 「アルフ聖樹森では、マーデナクキスから干渉を受けている節がある。サンディスタムは先王の配下達が動きを見せているし、アークソサエティ周辺では救世会の動きが活発だ。大華では複数の勢力の流入で混乱が起きかけているし、その余波でニホンも影響を受け隠密の派遣などをしているらしい。どこも不穏だ。だからこそ、連携を取れるようにする必要がある」 「……大変ですね」  どこか歯噛みするような気持ちでリンファは頷いた。  単純な戦闘ならともかく、政治も絡むより大きな流れに対応するには、リンファは何をどうすれば良いのか見当もつかない。  あまりにも大きなうねりに干渉するには、より大きな視点で世界を見なければならないだろうが、容易いことではない。  けれど、それでも―― 「室長」  リンファは、ヨセフのためにも何かがしたかった。 「私では微力でしょうが、出来ることは何でもします。どうか、室長の力にさせて下さい」 「ありがとう。ちょうど好かった」 「……え?」  苦笑するようなヨセフに、リンファが思わず聞き返すと、視線を合わせヨセフは頼んできた。 「今日、非公式に、各界の有力者が関わるパーティに出席する。そのパートナーとして、君を誘いたい」 「……え? ……ええっ!?」  驚き顔を赤くしながらリンファは言った。 「わ、私を……ぱ、パートナー……に、ですか」 「ああ。君が良いんだ。リンファ」 「――っ!」  熱を込めて言うヨセフに、リンファは声も上げられない。すると―― 「マーをとる気だな!」  ステラがリンファに抱き着きながら、ヨセフを警戒するように言った。  するとヨセフは、ステラを安心させるように返す。 「とる訳じゃない。パートナーになって欲しいんだ。ステラとリンファを引き離そうとは思わない。だから、ステラも一緒に来て欲しい」 「……パーティにか?」 「ああ。服装に関しては、こちらの伝手を使うから心配しなくても良い。それとパーティと言っても、あくまでも非公式の物だからな。そこまで格式を気を付けなくても良いから、好きに飲んだり食べたり出来る。色々と珍しくて美味しい物も出るから、それを楽しんでくれ」 「む~」  少しばかり心が揺れ動いたのか、ステラはリンファを見詰めながら言った。 「マーは、どうするんだ?」  これにリンファは、少し悩んだあと―― 「私でお役に立てるか分かりませんが、室長に恥をかかせないよう、精一杯頑張ります!」  これから決戦に出るかのような意気込みで応えた。 「好かった」  ヨセフは安堵するように苦笑すると―― 「なら、これから衣装を見に行こう。もう頼んであるんだ」  リンファとステラを誘い、大貴族であるバレンタイン家に訪れた。 「あ、あの、これ、背中が見えすぎじゃありませんか!?」 「大丈夫大丈夫、キミ筋肉付いててプロポーション良いから、映えるって」  試着したドレスの装いが気になるリンファに、セパルが応える。 「背中出すの嫌なら、胸元を広げるヤツにする?」 「い、いいです! その、そういうのじゃなくて、もっと大人しめのが……」 「え~、イブニングドレスだからこんなもんだって。特に今回のパーティみたいなのだと、これぐらいふつーふつー」  セパルはあっけらかんに言うと、ヨセフに言った。 「ヨセフくん、リンファちゃんのドレス姿、似合ってるでしょ?」 「ああ、綺麗だ」 「――っ!」  褒められて顔を真っ赤にするリンファと、苦笑するヨセフ。  2人を見て、セパルは言った。 「ドレスはこれで良いみたいだね。じゃ、あとは髪をセットして小物を選ぼう。ステラちゃんは、どういうのが良い?」 「マーと同じのが良いぞ!」 「オッケー。セレナ、用意してくれる?」 「ええ。ステラちゃん、それじゃこっちに来て。服を合わせるから」 「おう」 「女性陣はこれで良し。じゃ、ヨセフくんの着こなしは任せるよ、ウボー」 「ああ。教皇、ではこちらへ」 「頼む」  そうして着飾って、いざパーティ会場へ。 (うぅ……気後れしてしまいます)  会場は華やかだった。  格式ばった重苦しい雰囲気ではなく、適度に砕けた親しみ易い空気が流れている。  それに合わせて料理も立食で食べ易く、とても美味しい。 「マー、これ美味いぞ! 食べろ!」 「え、ええ」  受け取るも緊張で食欲が湧かない。  それはパーティの華やかさに当てられたのもあるが、参加者の様子を見て気後れした部分もある。 (このパーティ、カップル前提のものなんですね……)  恋人、あるいは夫婦といったパートナーが大半を占めている。  それに気付いて、胸の奥に疼くような感覚を覚えていると、会場に流れていた音楽が変わった。  どうやらダンスタイムに入ったらしい。すると―― 「リンファ。踊ってくれるか?」 「ぇ、あっ」  ヨセフに手を取られ、ダンスをする。  手を重ね、胸を高鳴らせながら一曲踊った。  それだけで体が熱くなり肌を赤らめていると、ヨセフに誘われる。 「外で、少し風に当たろう」 「――はい」  繋いだ手にドキドキしながら、少し人目から離れた場所に移動する。  そこで熱を冷ますように深呼吸して、リンファはヨセフに言った。 「今日のパーティ、私で、良かったんですか……」 「君と来たいから誘ったんだ」 「……で、でも、今日のパーティって……」 「恋人や夫婦が中心のパーティだ。だから、君を誘ったんだ」  ヨセフはリンファと向かい合い、視線を重ね告白する。 「リンファ」 「は、はい……」 「応えが遅くなって、すまなかった」 「……え」  それは、リンファからの告白への応え。 「あの時私は、すぐには応えられないと言った。だが、今ならはっきりと言える」  リンファの手を取りながら、ヨセフは言った。 「これからも傍に居て欲しい。結婚を前提に付き合ってくれ」 「……」  リンファは唇を震わせながら、すぐには応えられない。  代わりにどこか恐れるように言った。 「そんな……私、なんかで……」 「リンファが好いんだ。君に、傍に居て欲しい」  嘘偽りのない誠だと示すように、想いを告げた。だからこそ―― 「――はい」  消え入りそうな声で恥ずかしそうに、リンファは応えることが出来た。  リンファの応えに安堵したのか、ヨセフは小さく笑みを浮かべ、リンファと手を合せ指を絡める。  その感触に視線を上げたリンファにヨセフは顔を近づけ、恥ずかしそうに身体を強張らせるリンファ。  するとヨセフは、リンファの頬にキスをした。 「――ぁ」  肌が震えるような疼きを感じながら、リンファはヨセフと視線を合わせる。  求めるようなその視線に、ヨセフは嬉しそうに言った。 「かわいいな、リンファは」 「ぇ――ん……」  応えを口にするより早く、唇が重ねられる。  柔らかく重ね、熱が融け合うような間を空けて離れる。 「愛してるよ、リンファ」 「私も、です……ヨセフ」  ヨセフが腰に腕を回し引き寄せ、リンファはヨセフの首に腕を回し爪先立ちで少し背伸びしながら、2人は愛に応えるように、口づけを交わしたのだった。
やがて嵐が訪れ
普通|すべて

帰還 2022-05-08

参加人数 1/1人 春夏秋冬 GM
(なにか、出来ることは無いのかしら……)  徐々に焦りを見せ始めるアプスルシアの力になれないかと、『シィラ・セレート』は思い悩んでいた。 (今日もラギアに注意されていたし、何だか落ち着いていないわ)  この世界に訪れ馴染んだ頃から、戦闘訓練を教官であるラギアから受けているアプスルシアだが、最初の頃に見せていた精彩を無くしている。 (この世界に来てから時間もそれなりに経つし、焦る気持ちも分かるけど……)  少しでも技術を吸収しようと積極的に鍛錬に励んでいた彼女だが、今では他の事に気を取られているように見えた。 (ラギアも気にしてるみたいだし)  訓練中は冷然としたラギアだが、終わればそれとなくシィラに状況を伝え、力になれないかと気に掛けている。 (……年頃の娘を持った父親みたいよね)  そんなことを思い、小さく笑みを浮かべる。 (リホちゃんは……まぁ、ああいう子だから、そういう悩みとは無縁だったのよね、ラギア)  ラギアの弟子であり娘でもあるリホリィは、性格が色々とあっけらかんとしていることもあり、そうした機微にまつわる悩みとは無縁だったのだ。 (ラギアも気にしてるし……どうにかしたいわね)  色々と思い悩んだ結果―― 「というわけで、手伝ってください」 「何をなのだ!?」  シィラに頼まれ、挙動不審に返す大魔女『エフェメラ・トリキュミア』。  いつものことであるが、室内飼いのビビりな仔猫の如くおどおどしている。 「ルシアが思い悩んでいるなら、我も力になりたいとは思うが、我だぞ? 役に立つのか?」 「役に立ちます」  押し切るように応えるシィラ。  長い付き合いなので、いい加減扱い方には慣れている。 「みんなで一緒にお茶会をして、ルシアに悩みを話して貰おうと思います。エフェメラ様は、その場にいるだけで十分役に立ちます」 「そ、そうなのか?」 「はい。悩みは言葉にするだけで軽くなることもあるんです。でもそのためには、安心できる話し易い場を作らないと。だからエフェメラ様が必要なんです」 「ひ、必要か? 我?」 「要ります。絶対に一緒に来て下さい」 「う、うむ」  シィラの勢いに押し切られ、お茶会に参加することになったエフェメラ。  当然、直接連れて行くシィラ。  でないと、エフェメラはビビって逃げ出すのは分かり切っている。 (さて、探さないと)  エフェメラを引っ張りながら、家神であるシィラは能力を使いアプスルシアの居場所を探す。  全開連盟本部の家神なので、同調している本部内であれば知覚することが出来るのだ。  そうして探していると―― (いた――って、リホちゃん?)  アプスルシアに走り寄るリホリィに、シィラは気付いた。  その頃―― 「デートしよー♪」  いつもの如くいつものような勢いで、アプスルシアに抱き着こうとリホリィは駆け寄った。  何も考えてない能天気なように見えて、一応それなりにリホリィも考えている。  ここ最近、戦闘訓練に身が入らずラギアに注意を受けるアプスルシア(それでもリホリィより回数は少なかったが)を気に掛けているのだ。  だからといって結論がデートに行くというのが、リホリィらしい。 (楽しいことしたら気がまぎれるよね♪)  悪意はない。善意の塊である。本人にとっては。  それがアプスルシアにとってどうかという考えは、地平線の彼方にぶん投げているのでリホリィの意識の外だ。 「ルシア?」   応えが返ってこないので、覗き込むようにして顔を近付けるリホリィ。 (あれ?)  違和感を覚えるリホリィ。  ここ最近、悩むような表情を見せていたアプスルシアだが、今の彼女は惚けているように見える。  まるで、『現在(いま)では無いどこか』にいるかの如く、遠くを見ているかのような表情だった。  そんな彼女を見て―― (キスしちゃおっかな)  おい、ちょっと待て。  と言いたくなるような衝動が浮かぶリホリィ。  実際、顔を近づけて―― 「――ぇ、きゃあっ!」  気付いたアプスルシアに悲鳴を上げながら突き飛ばされた。 「なにしようとしてる!?」 「キスしてあげようと思って」 「訳が分からんぞ!!」 「えー、スキンシップだよー」 「何を言ってるんだ貴女は!」  笑顔で追いかけ回すリホリィと、逃げるアプスルシア。  そこに仲裁に入る様に、リホリィの首根っこを掴むシィラ。 「うぎゅっ」 「止めなさい、リホちゃん」 「エフェメラ様っ」  たたたっと走り寄り、エフェメラに抱き着くアプスルシア。  当然、ビビって顔を強張らせるエフェメラであったが、アプスルシアのことを思い声を掛けた。 「皆で、その、お茶をせぬか?」 「お茶、ですか?」  思いがけずエフェメラに誘われ、驚きで目をぱちぱちさせるアプスルシア。  自分を見詰める彼女に色々と緊張しつつも、アプスルシアの悩みを軽くしてやりたくて、エフェメラは言った。 「シィラから聞いたのだ。何か、悩みがあるのではないか? 役に立つかは分からぬが、我達に話すだけでも、気が楽になるかもしれぬ。嫌か?」 「それは……そんなこと、ありません」  自分を気に掛けてくれるエフェメラに、アプスルシアは薄らと頬を上気させ、とても嬉しそうに応えた。 「話を聞いてくれますか?」 「うむ。我で良ければ」 「はーいはーい! 私も私もー!」 「はいはい。それじゃみんなでお茶会しましょう」  アプスルシアに跳び付こうとするリホリィの首根っこを掴みながら、シィラは皆でお茶会をすることにした。  心地よい香りが湯気と共に立ち上る。 「おいしー!」 「ありがとう。淹れたかいがあるわ」  屈託なく喜ぶリホリィに、シィラは眦を下げる。  和やかな空気が広がる中、シィラはアプスルシアに声を掛けた。 「話を聞いても、良い?」 「ああ。大丈夫、落ち着いた」  シィラの淹れてくれたお茶を飲んだアプスルシアは、言葉通り落ち着いた表情を見せる。  彼女の様子に、安堵するように目を細めた後、シィラは言った。 「ルシア、今すごく焦っているでしょう?」 「……」  言葉を返すことは出来ず、けれど頷くアプスルシアに、シィラは続けて言った。 「それは元の世界に戻れないから? それだけじゃないでしょう」  悩むように目を伏せるアプスルシアが話し易くなるよう、穏やかな声で呼びかける。 「あなた、とても責任感がある子だもの」  それは戦闘訓練だけでなく、様々なことを吸収し役立てようとしていることからも見てとれる。 「良かったら話してほしいわ、ルシアが何を背負っているのか」 「……」  アプスルシアは、考えを纏めるような間を空けて、口を開いた。 「私の故郷では、魔王という強大な存在がいました」  ぽつぽつと、噛み締めるように話をしていった。 「今は勇者たちの手で封印されましたが……残党がまだ、多く残っているんです」  思い出しているのか、一瞬遠い目をしたあと続ける。 「私達『ネルエス』は、海を守護する精霊を守るために在る。だから、私は彼らと戦わないといけない」 「焦っておるのか?」  心配するエフェメラに、アプスルシアは小さくかぶりを振って応える。 「……不安、なのだと思います。戻った時に、何もかも無くなってしまっていないかが」 「そんなに強い相手なの?」  今にも加勢しようとするかのような表情で尋ねるリホリィに、アプスルシアは力を抜くように小さく笑みを浮かべ応えた。 「それもある。けど、一番気になっているのは、向こうとこちらの時間の流れが違うことだ」 「時間の流れが、違う?」  違和感を感じたシィラが尋ねると、何故かシィラの様子に『気付けない』アプスルシアが返す。 「こちらの世界と向こうの世界は、異なる時間が流れていると聞きました。だから思うんです。戻れた時に平和ならまだいい、だけど魔王軍が復活していたら? 自分の一族が滅んでいたら? それが怖くて、不安なんです……」  アプスルシアの話を聞いて、皆は黙ってしまう。  それはアプスルシアに掛ける言葉を悩んでいるからでもあるが、どこか違和感を抱いているからでもある。 (魔王? 精霊?)  エフェメラは、長い長い自身の記憶を掘り起こす。 (……どこかで聞いたような……だが欠けている。なんだ、この……意図的に生まれたような『空白』は)  なんらかの魔法や能力による影響をエフェメラは考える。  しかし妙なことに警戒心が湧かない。  何故かそれが、『必要なこと』であるかのような、妙な確信があった。 (この『空白』は、今埋めるべきではない?)  大魔女としての冷静な部分は肯定しているが、アプスルシアを気に掛けるエフェメラとしては、彼女のことを思い問い掛けた。 「ルシア。こちらの世界に来る直前のことは、覚えておるか?」 「……」  思い出す間を空けて、アプスルシアは応えた。 「元々、海で残党と戦っていた時に――」  その時を思い出しているのか、表情が硬くなる。 「突然、海の中に……ひずみ? のようなものが現れて。私はその中に落ちてしまって」 (歪み……まさか……)  アプスルシアの言葉に、エフェメラの脳裏で、鍵が開いていくような感覚が湧く。 「歪みと言ったが、その時に何か見慣れないものは見なかったか?」 「見慣れないもの……そういえば――」  エフェメラの言葉にアプスルシアは、はっとするような表情を見せ言った。 「――なんだか見慣れない敵がいたような……」 「見慣れない敵?」 「ああ」  シィラの言葉に頷きながら、アプスルシアは戦士としての顔を見せる。 「何かがいたんだ、もっと異質な何かが……」  今にも戦うために跳び出しそうな気配を見せ始めるアプスルシアに、シィラとエフェメラは宥めるように言葉を掛ける。 「落ち着いて。ルシアは1人じゃない。私達がいるわ」 「うむ。我も、力を貸す」 「……ああ、そうだな」  2人に宥められ、力を抜くアプスルシア。  そんな彼女に安堵しつつも、シィラは先を見据え言った。 「大丈夫……私達も、全力を尽くすわ」  シィラは、場合によっては全界連盟に力を借りることも考える。 (そういうことだったのね)  アプスルシアの事情に納得しながら、どうするべきかを考える。 (のんびりはしてられないのかもしれない。ラギア達にも声を掛けて――)  対応するための算段を付けながら、同時に疑念も湧く。 (それにしても、そんな話、彼女はどこで聞いたのかしら)  ふと胸をよぎる嫌な予感。 (なんだか、仕組まれてるような)  思わずエフェメラに視線を向けると、彼は頷くように目配せする。 (エフェメラ様も……なら) 「話し合いましょうか」  事態の打開を目指し、最善策を探し出そうとした。だが――  緊急警報! 緊急警報! 対応各部は至急集まって下さい!  風雲急を告げる警報と共に、大きく動き出そうとしていた。
愛知らぬ貴女へ1つの答え――後編
普通|すべて

帰還 2022-05-05

参加人数 1/1人 春夏秋冬 GM
「そこまでです!」  ルシファーを見据え、『タオ・リンファ』は言った。 「最初からエア王が狙いだったのですね」 「はっ、だったらどうした。今さらお前らが来たぐらいでどうにかなると思うな!」  ルシファーは黒翼の刃を広げ、槍のように鋭く尖らせた尻尾を向けながら威嚇する。 「お前ら全員ぶっ殺して、俺様の国を作ってやるよ!」  宣言するルシファーに、ヨセフが静かな声を掛けた。 「子供達のためにか?」 「はぁ?」  鼻で笑う様にルシファーは応える。 「見縊んじゃねぇぞ! 俺様は傲慢のルシファー! 誰がガキ共なんぞのためにこんなことするか! 俺様の思い通りにならねぇこの国がムカつくから奪ってやるだけだ!」  何者も顧みないと言わんばかりに、まさしく傲慢に言ってのける。  しかし傲慢さで言えば、この場にいる『王』も負けていなかった。 「教皇。今日の失態は貸しにする」  今にも殺し合おうという中で、エアはヨセフに言った。 「お前、なに勝手に喋って――」  噛み付くようにルシファーが止めようとするが、それより先にヨセフが応えた。 「エア。お前の意図が絡まない結果なら受け入れる。だが違う。全てでは無いが、今の状況になるように誘導したな」 「なに言ってんだ?」  不審な者を見るような視線を向ける『ステラ・ノーチェイン』の問い掛けに、ヨセフは皆に応えるように言った。 「ルシファーが狙っている、エアの『魔術通信の制御統制』は、マーデナクキスのマドールチェ全ての魔術通信を聞き、それをエアは同時に情報処理している」  元々が戦争の指揮個体のプロトタイプとして作られたエアは、魔術を併用することで無意識下で情報処理し、マーデナクキスという国限定ではあるが、リアルタイムに起っていることを知る事が出来るのだ。 「エアは、問えば答える魔法の鏡のようなものだ。それだけの性能を持っている。だからこそ、自分が狙われていることを知った上で、それを利用した。教皇である私に貸しを作らせるために」 「教皇。推論は正しくとも証拠にならない。貸しは貸しだ」  エアはヨセフの言葉を認めながら、自分の意見を押し付ける。  自分を無視して進む話に、ルシファーは激怒した。 「ふざけんな!」  エアの腕を貫こうと鋭い尻尾を伸ばす。  しかしネルが大鎌で弾いた。 「危ないです。殺されちゃったら、これでも王様ですから大変です」  にこにこ笑顔で言うネルに調子を崩されそうになりながらも、ルシファーは苛立たしそうに言った。 「調子に乗んな王様。全部掌の上のつもりか!」 「訂正を求める。その認識は、僕を買いかぶり過ぎ」  どこか生徒に教えるようにエアは言った。 「僕はマーデナクキスの動向を同時処理してるけど、優先度で意識化する物は分けている。僕の安全より重要なことがあったから、そちらに意識を取られ気付いたら手遅れだった。これは損失。でも利用も出来るから利用した。タイミングよく僕が程よく襲われた所で教皇達が間に合ったのは、それが理由」  自分が襲われるのが分かった時点で手遅れだったので、それを利用して教皇に貸しを作らせようとした。  そんな説明をするエアに、ルシファーは呆れたように言った。 「お前、それ自分の思い通りにしようとしてるってだけじゃねぇか。見た目ガキのくせに、どんだけ傲慢だよ」 「それが王というもの」  平然と応えたエアの言葉に、一瞬ルシファーは惚けたような表情になったが、すぐに大笑する。 「はっ! だったら俺様にピッタリじゃねぇか!」 「そうでないと困る」 「はぁ?」  訝しげに声を上げるルシファーに、エアは応えた。 「別に、貴女が僕よりも王に相応しいなら、なれば良い。むしろこの状況、教皇達が負ければ選択の余地は無い。貴女が勝てば、僕は貴女に従う。貴女が王になれ」 「……本気か?」 「本気。貴女の能力に抵抗した状態だと僕の性能が落ちる。それより貴女に協力した方が効率的と判断した。もちろん、貴女が教皇達に勝てたらの話」 「本気ですか!」  思わずリンファが問うと、エアとヨセフの応えが返ってくる。 「本気」 「リンファ。エアは、こういう奴だ」 「面白くなって来たじゃねぇか!」  事態を理解したルシファーが楽しげに言った。 「お前らを殺せたら俺様が王になれるってわけだ。こいつァちょうどいい、あとで殺しに行く手間が省ける上に、一挙両得じゃねぇか!」  殺意を漲らせ、ルシファーは標的を完全にリンファ達に合せる。  それを真正面から迎え撃つ。 「ステラ!」 「おうッ!」  蒼天の下に正義の花束を――!  最初から全力。  真名解放し、上乗せで黒炎も解放。 「加減できる相手ではありません、全力でいきます!」  リンファは重心を落とし、一気に加速。  呼吸ひとつで距離を詰め化蛇を振り抜く。 「はっ!」  迎え撃つルシファーは防御をしない。  右腕を、化蛇を振り払うように打ちつける。  当然右腕は切り飛ばされるが、衝撃で化蛇の軌道は逸らされ、体勢を崩されたリンファに、左腕の黒翼の刃が襲い掛かり―― 「させるか!」  距離を詰めたステラが戦鎚を叩きつけ粉砕。  2撃目を放とうとした所に、顔面目掛け伸びた尻尾が迎撃する。 「ステラ!」  これをリンファが弾く。  その隙にルシファーは後方に跳び退き、一瞬で両腕を再生させた。  紙一重の攻防。  それを後方で見極めていたヨセフは、自身の宝貝の能力を解放する。 「ネル。頼む」 「死なないようにして下さいね」  ネルと一言やりとりしたあと、口寄せ魔方陣で漆黒の長剣を召喚。  解号を口にする。 「因縁結べ、黒聖母(ブラックマリア)」  黒炎解放。  膨大な黒炎が長剣より吹き上がり、リンファとステラ、そしてネルを包み因果線を結んだ。 「なにしやがった!」 「答えるつもりは無い」  警戒するルシファーにヨセフも参戦。  リンファとステラの連携を邪魔しないよう支援に徹して攻撃してくる。  限られた閉所で遊び半分だった列車での交戦と違い本気を出すルシファーに、連携の強みを活かし攻撃を重ねるリンファ達。  一瞬たりとも止まることなく続く攻防は苛烈を極めた。 (こいつら――!)  リンファ達の攻勢に、ルシファーは焦りを見せる。  超速再生がある以上、時間を掛ければ勝てるが、相手は捨て身に近い。 (負ける気はしねぇが、万が一がある。なら――)  ルシファーは、リンファ達の攻撃をわざと受ける。  リンファの化蛇で胸を切り裂かれ動きが止まった所に、ステラの戦鎚を回避することなくあえて受け、その勢いに逆らわず吹っ飛ばされた。 (拙い!)  ルシファーの意図を読んだリンファが即座に判断する。 (距離を取るために、わざと今の一撃を受けた。なら次の行動は――)  リンファは、両耳を叩くかのような勢いで塞ぐ。  それを見てルシファーは勝ちを確信した。 (無駄だ、耳を塞いだくらいじゃ俺様の声は防げねェ) 『仲間を殺せ』  列車の時とは違い、殺意の高い命令で確実に操ろうとするルシファーは勝利を確信する。だが―― (なんだと!)  リンファは正気のままルシファーに照準をつける。 「波濤に呑み干せ、化蛇!」  振り抜きと共に放たれた黒炎が、水流で象られた寅と化しルシファーを飲み込む。 (こいつ――!)  水の寅に翻弄されながら、ルシファーの視線はリンファに向く。 (耳を塞いだわけじゃない……自分の鼓膜を破ったのか!)  過信していたルシファーは水流で素速い動きを封じられ、リンファとステラが挟撃に走る。 「舐めんなあ!」  憤怒と共にルシファーは自らを捕える水の寅を黒翼の刃で切り裂く。 (上等だ)  迎撃するルシファー。 「ぶっ殺してやる!」  先行して踏み込んできたリンファに、ルシファーは黒翼の刃を振り―― 「なっ!!」  リンファが化蛇を持たない左腕を叩きつけ、刃の軌道を逸らした。 (こいつ、俺様と同じことを――)  それはルシファーがリンファの刃を防いだ時と同じ方法。  だが超速再生できるルシファーと違い、リンファはただでは済まない。だというのに―― (迷いがねぇ!)  決死の覚悟のリンファの一撃。  それがルシファーの動揺を誘い、化蛇の刃を受けることに繋がる。  首を断つ一撃。  それに合わせるステラを止めようと、ルシファーは鋭い尻尾を伸ばすが―― (こいつもかよ!)  決死のステラは避けず耳を切り飛ばされながら、リンファに切り裂かれ宙を舞う首に戦鎚を叩きつける。  粉みじんに吹っ飛ばされたルシファーは、核である魔方陣が宿った喉だけになり―― 「エア! ネル!」  ヨセフの呼び掛けで瞬時に意図を理解した2人が動く。 「いきますよ」 「封印する」  ネルが喉をエアに向け蹴り飛ばし、エアは自身の人形を再召喚し、胸部を開く。  人形の内から無数の糸が跳び出すとルシファーの喉を包み込み、胸部へと取り込み封印した。  そしてヨセフが動く。 「室長、腕が!」  リンファと同じ個所の腕が斬り飛ばされ、ステラと同じ個所の耳が斬り飛ばされている。 「大丈夫だ」  ヨセフはリンファ達に言うと、同じように腕と耳が切り離されているネルに言った。 「繋げられるか?」 「もちろん」  アンデッドのネルは切断箇所を繋げ元に戻し、ヨセフやリンファ達も同じように戻った。  それがヨセフの宝貝、黒聖母の能力。  共有により味方の怪我を引き受け、同時に、癒されれば同じように回復する。 「無茶をするのは分かっていたからな」  ヨセフは苦笑しながらリンファに応え、人形に捕えられたルシファーの前に近付く。すると―― 『何で俺様を殺さねぇ』  人形からルシファーの問い掛けが聞こえてくる。  それにヨセフは応えた。 「子供達と会った。彼らからお前を奪っては、俺の教皇のポリシーに反する」  ヨセフが応えると、同じようにリンファも言った。 「……あなたがしたことへの報いは受けてもらいます。でも、あの子供達の笑顔は本物でした。隣でステラを見ているのでよくわかります。それを容易く奪えるほど、私達は傲慢にはなれません」  言いながらリンファは、よろめきそうになる。 「くっ……少し、失血しすぎましたか……」  それを支えるヨセフ。 「大丈夫か? リンファ」  心配するヨセフに、リンファは気丈に振る舞う。 「だ、大丈夫ですから室長……いえ」  安心させるような笑みを浮かべ、リンファは言った。 「……ヨセフさん」  安堵するように、微笑み返すヨセフだった。  2人の様子にルシファーは―― (耳、聞こえてねぇ筈なのに……それに教皇の野郎も、どう動くか判ってやがった)  言葉が無くとも通じ合っている2人に、ひとつの愛の形を知る。  それは否応も無く感じる敗北でもあった。 『ちくしょう……好きにしろ』  投げやりなルシファーに、エアが言った。 「分かった。なら貴女は僕が貰う」 「王にする気か?」  即座に理解したヨセフの問いにエアは応える。 「可能性のひとつ。彼女は僕よりも死ぬ可能性が低い。王として長い耐用年数が期待できる。国をより良く長く維持するのに効率が良い」 『はっ、人殺しだぞ俺様は』 「僕も同じ。教団から逃げ出す時も、王になってからも。貴女には罪を償うためにも、これから苦労して貰う」 『……好きに言ってろ、傲慢野郎』  腹立たしげに、同時にリンファとヨセフの輝きから逃れるように、悪態をつくルシファー。  それを寄り添うようにして見詰める、リンファとヨセフだった。
平安なき約束の地
普通|すべて

帰還 2022-05-05

参加人数 1/1人 土斑猫 GM
『アハ、あはハ、アははハはハハハ!』  最期に響いたのは、苦痛の悲鳴でも屈辱の怨嗟でもなく。  ただただ喜びに満ちた狂声。 『着いた! 辿り着いたよ! アははハはハ! 門! 解錠の儀! 銀狼! ボクの銀狼! 君の場所! 胎内!!! やっと! あは! 今日こそ今こそ今宵こそ! 秋の終わり冬の始まり死者の祭りボクの君のボク達の!』  終わりを迎え。おわりを受け入れ。それでもヲワリは訪れない。 「五月蠅い!」  『ラファエラ・デル・セニオ』は喚いて、貫いた心臓にさらに矢を。  けれど。 『あはハハははは! 今行くよ! 迎えに来て! 向こう!! 此方! すぐ傍! 溶けよう! 混ざろう!! ウロボロスの輪環! 永久永遠永久無限銀狼ぎんろうアハハ、あはは、アハハハハ!!!』  また、一刺し。  頬を濡らす血。  抉り取る様に引き抜いて。  止まらない。  怒りも。  屈辱も。 『アハハハハははは、あは、はははははは!』 「黙りなさい!」  殺すと、決めたのに。  ずっと。  ずっと。  なのに、どうして。 『アは……』  見ていた。  アクイが。  血塗れの顔で。 『ありガとう』  声。 『ありガトウ、アリガトウ。綺麗な、君』  感謝を。  至上の謝意を。 『至れるよ。君のお陰で。ああ、何て愚かだったんだろう』  そう、求めていたのは。 『死は摂理。絶対の理。神じゃないボクが、干渉する術など在りはしない。ねぇ、銀狼。ボクが君を手繰れないのなら、ボクが其処まで沈めばいい。簡単。あまりにも、基本。だから、だから気づけなかった。許しておくれ。愚かなボクを』  やめろ。 『ありがとう、綺麗で浅慮で哀れな君。ボクの泥濘を救ってくれた。示してくれた』  やめて。 『ありがとう有難うアリガトウ。返す対価は』  求めてない。 『大好きな君に』  嬉し涙の様に血を流し、最後で最期の贈り物。 『永久に輝く、燈火を』  焔が灯る。  心と言うランタン。  絶える事無く溢れる、感情と言う種油。  狂気は染みつき沁み込み。  ソレを抉り取ろうと。  また、手を振り上げた。 「ラファエラ」  肩を掴まれ、我に返る。 「もう良い。終わった」  同じ様に、血に顔を染めた『エフド・ジャーファル』。見れば、組み敷いていた筈の小さな形は既に崩れ。 「あ……」 「俺達の、勝ちだ」 「私達の……勝ち……?」  込み上げるモノは何も無く。ひしゃげた弓矢が、コロリと落ちる。  カラカラと泣く風の中、遠く近く。笑う声。  復讐と言う、虚しい旅路。その終わり。  ◆ 「約束は果たした」  夜、宿屋のバーカウンター。安物のジンを揺らしながら、エフドは告げた。 「次は、お前の番だ」  大戦前夜に交わした盟約。  断る権利も、理由も在りはしない。 「……分かってるわ……」  虚ろに返して、グラスのカルーアミルクを舐める。  誤魔化しを求めた甘味も、また虚ろ。  ◆ 「……この手の場所は任務では何度も来たが。主賓となると今だに落ち着かんな」  週末、エフドの姿は郊外のコテージにあった。  約束の履行の為、ラファエラはわざわざ場所を用意していた。  父の庇護下にあった頃から所有していた別荘。相応に込み入った誘い。  それならばと。  ラファエラは、先に風呂に入っている。彼女の本気がどちらの方向にあるのかは不明だが、まあ結果にさしたる違いはない。  ベランダで夜風に涼みながら、大事の前に『邪魔者』にお暇して貰う。 「出て来い。場合によっては、見逃してやる。舞台を、血で飾る趣味はないんでな」 「結構な事だ。あんなじゃじゃ馬だが、悪趣味に溺れては外面が悪いからな」  現れた男を見て、少なからずの驚きを覚える。 「やぁセニョール。義理の息子になりそうだから、挨拶に来たよ」  『エフライン・デル・ゴダード』。アクイの居所を突き止めるにあたって、莫大な資金と広い人脈で多大な貢献をした協力者。そして。  かつて娘の告発によって監獄送りになった、重き業を重ねし父。  ◆  熱いシャワーの雫を受けながら、ラファエラは考えていた。  アクイの息の根を止めてから、脳漿を揺らす笑い声。無視出来るでもなく、かといって狂気に至るまでもなく。まるで真綿で縊る様に逆撫で続ける。  これは、遺品。対価と言う名の、呪い。  正気は、負念へ。  狂気は、獣念へ至らせる。  共に彼女が嫌悪するモノ。  故にアクイは、その狭間が在るべき場所と。  喘ぐ様に息を吐き。コックを閉めて浴室を出る。  濡れた身体にバスローブを羽織り、エフドの待つ部屋へ。  今後の関係など、泡沫程にも。それでも、今は彼を求める。  情欲に溺れれば。一時は苦悩の忘却が叶うのではと。  辿り着いた部屋のノブにかけようとした手が、聞こえて来た会話に止まる。 「はっきり言っておく。あいつと暮らすなら、平和は諦めろ」  知り切った声。 「結婚が決まった様な言い方ですね?」 「違うのか?」  紡がれた単語に、震える。悟られる様子も無いのに、恐れて壁に張り付く。  彼が、身体の関係だけを求める男では無い事は理解していた。  全て、承知した上での筈だったのに。 「俺はあいつに自分ほど危ない橋を渡らない様にさせたかったが、伝わったのは腐った世の中の渡り方だけだった。俺自身が無難な暮らしを分かってなかったからな」  自嘲の笑みを浮かべながら、父は語る。 「俺の子育て方針のちぐはぐさは、あいつを見れば分かるだろう? 極端に男好みな見た目で気を惹きながら、舐めるなと突き落として手綱を握る。そんな風に仕込みながら、俺は自分と同じ生き方をさせまいとした。今思えば俺は妻がもういないのをいい事に、ラフィーを自分好みな女にしようとしていた。だからあいつは俺を見放したんだろうよ」  自身と娘が生きる為、敢えて人道を外れた男。彼が息子になる男に伝えるのは、そんな生き方が娘に嵌めた歪な翼。そして、もはや自身にその飛び方を矯正も制御する術も無い事実。  彼は娘の厄介さを話す事で、認めながらも覚悟を求める。  ラファエラは、眩暈を覚える。  自分が話すべきだった事。  話さねばならなかった事。  ソレを、話された。  此の世で最も蔑視していた父に。 (パパは君が思う程、愚かじゃなかった)  屈辱と罪悪感。  内なる悲観思考が蠢いて、『彼女』の声で嘲り出す。 (君はパパの籠を破ったつもりだったけど)  嘲笑か。 (備え付けの鍵で開けただけ)  哀れみか。 (自覚しなければならなかった。何せ君は)  ソレまでが嘘の様に、理路整然と。 (綺麗過ぎて、分かり易い)  いっそ、笑い続けてくれれば良いモノを。 (この親子は揃いも揃って、やる事がいちいち仰々しいな。確かに俺はそのつもりだ。多分あいつも。わざわざこんな所を用意するぐらいには、本気だろう)  そんな事を思いながら、エフドは返すべき答えを返す。 「俺は戦士でいるのが嫌じゃない。そういう奴でなきゃ彼女は預かれないでしょうし、そういう奴はザラにはいない筈です。それに、俺には主体性がないので。彼女がいないとやる事を見つけれないんですよ」  満足気に、ニヤリと笑う。 「止やしないさ。俺にはもう止められんからな」  確かな、譲渡契約の履行。 (割り込めない?)  深層の、『彼女』は説く。 (正しく、此処で縮こまって無力な女子を演ずれば。彼を更に飼いならせよう。こんな格好で震えて魅せれば、効果的。雌としての戦略ならば正道。とは言え……)  講義は、冷ややかに。 (末長い契りを結ぶのに、なおこの様な獣式?)  五月蠅い。 (ソレならソレ。先に述べた通り、雌の生存戦略としては頗る正しい。ただ、人と見れば下賤の一言)  黙れ。 (それでも構わぬと言うのなら、一興。精々、身体磨きを頑張る事)  堪らず上げようとした声を制する様に、ドアが開いた。  竦む前に立ったエフドは、穏やかな声で言った。 「お節介な父上殿は、お帰りになったぞ?」  ◆  差し出された指輪を前に、ラファエラは動く事も出来ずにいた。 「俺達が生きてる内は、戦うべき奴らは無数にいるだろう。実の所、俺も平和な暮らしって奴に覚えがない」  そんな彼女を前に、エフドは告げる。 「地獄行きも決まってる。だから、道連れが欲しいんだ」  ただ、ハッキリと。 「一緒に、なってくれ」  答えは、出なかった。何を出しても、愚劣と思えた。こう言うのが精一杯だった。 「今は……もっと目先の目的を果たして。あいつを黙らせれれば、考えれるから……」  精一杯に絞り出し、逃げ出した。  『あいつ』が誰の事なのかすら、曖昧なのに。  ◆  逃げ込んだ自室の中で、嗚咽を零した。  響くアクイは、また遠い笑い声。見放された気がして、それさえも。 「随分と酷いザマじゃないか」  声に、身が凍る。 「本懐は遂げたのだろう? なら、万々歳じゃないか」  エフドではない。父でもない。アクイですらない。  琥珀の、姫。 「そう言う事ね……」  振り返る事は出来ず。 「パパを、連れて来たのは……」 「大事な娘をやるんだ。当然の権利だろう?」  テーブルにあった花瓶を掴んだ瞬間。 「消してやろうか?」  ビクリと、止まる。 「消してやろうか? その、呪い」 「何を……?」 「簡単だ。 『上書き』すれば良い」 「上書き……?」 「ソレは、アクイの命の残滓を媒体にした呪いだ。より強い命で上書きすれば、容易に消える」  嫌な予感がした。  とてもとても、嫌な予感。 「丁度良いのが、手近にあるな」  待て。 「『アレ』なら、強さ、執着、嗜好性。全てにおいて、申し分ない」  何を。 「アレの命なら、呪いに変えても君の害にはならない。寧ろ、『護呪』となるだろう」  何を。 「アレとしても、本望だろうさ」  何を! 「エフドの、命ならな」 「やめろ!!!」  激昂と共に投げつけた花瓶が、琥珀の粒子と化して溶け消える。  その残滓の向こうで、『麗石の魔女・琥珀姫』はクスクス笑った。 「そうそう、ソレで良い」  目深に被った魔女帽子の奥で、とてもとても嬉しそうに。 「そんな方法に逃げた所で、君の屈辱も怒りも消えやしない。結局は、『魔女に対する敗北』に変わりは無いからな」  睨みつける瞳を、愛しく愛でて。 「そうさ、その目のままで這いずり回れ。命の限り足掻いて、アクイを捻じ伏せろ。それを成して初めて君は勝利し、屈辱や怒りから解き放たれる」  クイと動く人差し指。 「何、そう気張る事は無い。共に戦う伴侶は決まっているのだから」  小さく弾ける音。壊れた戸の鍵が、床に落ちる。 「さて、私もお暇しようか。後は若い者同士、よろしくやると良い」  笑う小さな姿が、琥珀の煌めきと共に消える。  入れ替わる様に、ドアが開く。見れば、戸口に立つ彼の姿。  つかつかと近づいたエフドが、彼女の前に跪く。 「ラファエラ……いや、ラフィー」  初めて、その名で呼ぶ。 「俺はまだ戦えるぞ。お前となら。それに、戦うだけで終わらせない」  そして、再び差し出す証の輝石。 「俺に、道を示してくれ」  今度こそ、真正面から見つめ。 「終わらないの……」  こちらも初めて、曝け出す。 「怒りも、屈辱も……」  弱さと共に、最後の尋問。 「いつまで、付き合えるの?」 「地獄の、底の底まで」  一瞬の躊躇も無く、返った言葉。  微笑んで、受け取る指輪。 「なら、始めましょう。永遠の、腐れ縁を結ぶ儀式を」  指輪が光る指で誘う先は、悪趣味な程に飾り立てた寝具。  その意地汚さが、正しく相応しい。 「望むところだ」  ニヤリと笑い、誘いに応じる。  妖しく燃える燭台の焔。影の向こうで、軋む音。  混じる呼気が紡ぐ約束は、ただ一つ。  ――Dont forgive――。
愛知らぬ貴女へ1つの答え――前編
普通|すべて

帰還 2022-05-03

参加人数 1/1人 春夏秋冬 GM
 機械都市マーデナクキス。  魔術よりも科学をベースとした、魔導科学と呼ばれる新しい技術体系を元に、近年発展が目覚ましい都市だ。  近郊から産出される膨大な魔結晶による好景気――マナ・ラッシュにより、近年ではアークソサエティすら凌駕する高層建築物が次々建てられ隆盛の只中にあった。  だが、その恩恵は全ての者に等しくもたらされる訳ではない。  光が強ければ、それだけ闇が深くなるように。  アークソサエティの貴族筋を背景に持つ一部の資本家が繁栄の大部分を独占し、富を吸い上げられた者達の中には地を這うような貧困にあえぐ者も少なくない。  国王であるエアは是正に動こうとしているが、元々が象徴としての『王』としての側面が強く、下手に強硬策に出れば特定地域単位での『独立戦争』に発展しかねないため、取れる手 段は限られていた。  けれどそれを、社会の底辺に追いやられた者達は知らない。  いや、知っていたからどうだというのか?  彼らは今すぐ、食べる物や、誰かを蹴落とさなくても済む安全が欲しいのだ。  それが出来ないなら無能であり、何の意味も無い。  追い詰められるとは、そういうことだ。  そうしたマーデナクキスの現状を、『タオ・リンファ』や『ステラ・ノーチェイン』は知る。  ホムンクルス、ルシファーの凶行の原因を探る内、否応なしに知る事となったのだ。  そして、今。  調査を終わらせた彼女達は、ヨセフと共にとある建物の前に来ていた。 ◆  ◆  ◆ 「ここが、ホムンクルスの潜伏場所……」  罅の入った建物を見上げ、リンファは気を引き締めるように言った。  いま彼女達がいる場所は、マーデナクキスの郊外。  口さがない都市の人間からは、ゴミ溜め町(ダストスラム)と呼ばれる犯罪者の巣窟、の筈だったが―― 「警戒は必要だが、思っていたほど治安は悪くないようだ」  ヨセフが周囲に視線を向けながら言った。  よく見れば、遠巻きに人々の姿が見える。  敵かどうか観察するような視線ではあったが、今すぐに襲い掛かってくる様子は無い。  それはスラムの支配者を畏れてのことだった。 「ホムンクルス達に命じられて、こちらを探っているのでしょうか?」  疑問を口にしたリンファに、ヨセフが応える。 「いや、それはないだろう。恐らく、状況を見極めたくて見ているだけだ」  ヨセフはホムンクルス達の情報を探る中で、あえて自分達の情報が周囲に広がる様に調整していた。  それはホムンクルス達の反応を見極めるためと、情報を知らせることで敵対者ではないことを間接的に知らせるためだ。  同時に、スラムの住人達が余計な争いに巻き込まれないようにするためでもある。  そうしたことを、リンファとヨセフが話していると―― 「なぁ、入らないのか?」  暢気な声で、『ステラ・ノーチェイン』が言った。 「早く行こう」  待ってるのは飽きたと言わんばかりの彼女に、リンファとヨセフは苦笑すると中へと入る。 (罠は……ないようですね)  ヨセフを守るように先に入ったリンファは、周囲を見渡し判断する。  建物の中は外見と同じようにくたびれているが綺麗にされていた。  それでいて使い込まれた様子もある。  言ってみれば、生活臭がする場所だった。 (噂通り、ここに住んでいるということでしょうか?)  来る前に集めた情報を、リンファは確認する。  どういう経緯かは知らないが、ある日突然スラムにやってきたホムンクルス達は、スラムを牛耳るギャング団を壊滅させ居付いたらしい。 (最初は3人で一緒に居たようですが、なぜかルシファーだけが単独で離れ行動している。仲違いしたのか、それとも他の理由があるのか分かりませんが、ここには2人残っている)  強さで言えば、単純な破壊力であればベルゼブブが最も強く、対生物で見ればルシファーが特化しており、ベルフェゴールは安定した強さを誇る。 (ルシファーも、あれだけの強さをしていたのです。決して油断していい相手じゃない) 「注意して進みましょう」  リンファにヨセフとステラは応え、上階へと進んでいく。  襲い掛かられることも用心してゆっくりと進んでいくが何も無く、代わりに―― (子供の声?)  予想もしてなかった声が聞こえる。  複数の子供の声。  明らかに幼い者も混じっている。 (どういうことです?)  子供達の声は随分と楽しげで、怯えている様子は無い。  怪訝に思いながら進んでいくと―― 「つぎ、ベルねーちゃんのばん~」 「あら~、負けちゃったわね~」 「次も私が1等賞ー」  子供達と楽しげに遊んでいるホムンクルス2人――ベルフェゴールとベルゼブブの姿があった。 (こ、子供……? ホムンクルスと一緒に目撃されていたというのは、この子たちですか)  予想外のことに混乱するリンファだったが、それは悪いものじゃない。 (……だけど、みんな楽しそう)  張り詰めていた表情が少し柔らかくなる。  そんな彼女に気付いたベルゼブブが声を上げた。 「あ! 見てみてフェっちゃん、おいしそうなお客さんがいるよ!」 「アポなしとは随分ね、薔薇十字教団さま?」  余裕のある2人に、ヨセフが応えた。 「ルシファーの件で話しに来た。少なくとも今日の用件はそれだけだ」  ヨセフが、ルシファーの名を出した途端、子供達の視線が向けられる。  それは警戒心と、敵対心が滲むものだった。 「……ルシファーおねえちゃんに、なにするの?」  暗い瞳で問い掛ける女の子に、ヨセフは近付き腰を落とすと視線を合わせながら応えた。 「今日は話をしに来ただけだ。何もしない」  それでも警戒を解かない子供達に、ベルフェゴールが間に入る様に言った。 「心配しなくても良いわ。おねーちゃん達は、この人達と大人の話があるから、みんなは上の階に行ってちょうだい」  宥めるように言うベルフェゴールに、子供達は気にしつつも言うことを聞き、上の階に移動した。 「さて、それじゃお話しましょうか。ご用件は……まあ、察してるわ」  そう言うとベルフェゴールは、2階フロアに置かれていた椅子を勧める。  大きなテーブルを囲むようにしてある椅子は、大小様々な上にデザインも違っている。 「壊れて捨てられてたのを直したりした物だけど、問題ないから安心して座って」 「これ直したのか? 器用だな」  ベルフェゴールに勧められ、ステラがすとんと座る。  屈託のないステラに小さく笑みを浮かべるベルフェゴールを見て、リンファも座った。  皆が席に就く中、最初に口を開いたのはリンファだった。 「私達はルシファーを探しに来ました。正直に居場所を教えてもらえれば、子供達へ相応の支援も惜しみません」 「性急ねぇ」  小さくため息をつき、ベルフェゴールは言った。 「別に応えてあげても良いけど、聞き方があると思うわ」 「なら、まずは君達の話を聞かせて欲しい」  ヨセフは柔らかな声で言うと、口寄せ魔方陣で沢山のお菓子を出した。 「子供達への手土産だ。よければ受け取って欲しい」 「あら、用意が良いわね」 「ここに来るまでに、君達の情報は聞き込みをしていた。その中で幾つか想定していた可能性のひとつに合せただけだ」 「ふ~ん。それでどう思ったの?」 「一番好ましい結果だった。なにより、用意していたお菓子が無駄にならずにすんで喜ばしい」 「……そう。なら、こちらも持て成さないとね。ルゼ、お茶の用意する?」 「する~」  朗らかにベルゼブブは言うと、お茶を淹れてくれる。  お茶会といった雰囲気が漂う中、ぽつぽつとホムンクルス達は今へと至った話をし出した。  教団から逃れ脱獄し、泳いでマーデナクキスに辿り着いたこと。  そこで出会った子供達と共に過ごした日々を静かに語る。 「――というわけで、今もこうしてあの子たちと過ごしてるってわけ。今の生活も悪くないし、少なくも私達は争う気は無いわ」  ベルフェゴールは話し終えると、薄い笑みを浮かべ言った。 「それでもここでやり合うつもりなら……私も本気で殺しにいくけれど?」 「そのつもりはありません」  リンファが応える。 「必要のない争いならする気は無いです。それに、あの子達には貴女達が必要に思えました。けど――」  断言するように言った。 「車掌さんや運転手さんを殺害し、教皇の暗殺未遂、そして駅での惨事を招こうとしたルシファーは赦すわけにはいきません」  決して退くことなく尋ねる。 「ルシファーの居場所に、心当たりがあるなら教えて下さい」 「なら、ここで油を売ってる場合じゃないかもね?」  ベルフェゴールの応えは、間を空けず返って来た。 「この国の王様に、早く会いに行った方が良いわよ。手遅れになる前に」 「どういうことです!? 一体ルシファーは、何を目的に動いているんですか!?」 「『国盗り』よ」  ベルフェゴールの答えに、リンファは息を飲んだ。  その答えが事実であると証明するように、ルシファーはエアを襲撃していた。 「やるじゃねぇか王様!」  人形の操り糸で腕を切り刻まれたルシファーは、楽しげに笑う。 「もっと踊ろうぜ!」 「不要。議会が踊ってるのを散々に見せられてる。僕の趣味じゃない」 「はっ、つれないこと言うな!」  人形に体を刻まれながら、ルシファーは無視して距離を詰め―― 「それはダメです」  にこやかな声と共に、ネルに大鎌で足を切り飛ばされた。  動きが鈍った所に、エアが追撃。  人形で首を刎ねる。だが―― 「残念。死なねぇんだわ」  瞬く間に足と、失った頭さえ再構成したルシファーが攻勢を強める。 「お前ら2人とも強ぇな! 俺様と互角じゃねぇか」  讃えるように言いながら、心を折ろうとする。 「だが残念、互角じゃ勝てないんだわ」  すでに趨勢は決している。  エア達は真名解放し、ルシファーが人間であれば数回は殺している。  しかしホムンクルスの超再生を押し切るほどではなかった。  このままでは敗北する。  それを悟ったエアは戦闘を止め、人形を口寄せ魔方陣で避難させた。 「なんのつもりだ?」 「敗北を高確率で予測した。それに妹の人形を巻き込む気にはなれない」  超然とした様子のエアに、ルシファーが訝しんでいると―― 「今日の襲撃が成功したのは、教皇との会談日だと知ってたからだな。好かった。これで教皇に借りを作れる」 「何の算段してんだ、王様よ」  眉を寄せるルシファーに、エアは変わらぬ口調で続ける。 「僕は効率を大事にしているだけ。どのみち貴女は僕を殺せない。それに、無用な抵抗は無駄」 「……だから、なに言ってんだ」  苛立たしそうに問うルシファーに、数手先を読みながらエアは言った。 「わざわざ僕を直接襲った理由。最大可能性は、僕の性能利用。貴女は、魔術通信の制御統制が出来る僕を利用するつもりだ」 「……分かってんなら話は早ぇ。お前を掌握してマドールチェを支配下に置いて、新たな国を作ってやるよ」 「不可能。僕は協力しない」 「お前の意思は関係ねぇ。俺様の『声』を聴けば、喜んで手を貸すようになるんだからな」 「それも不可能」 「はぁ?」  今にも能力を使いそうなルシファーを前にして、エアは言った。 「僕は、『無用な抵抗は無駄』と言った」  その言葉と共に、駆けつけてくる3人の足音。 「テメェ――」 「僕が抵抗する必要はない。代わりは、もう来ている」  エアの言葉にルシファーが振り返ると、そこにはリンファ達の姿があった。
双誓
普通|すべて

帰還 2022-05-02

参加人数 1/1人 土斑猫 GM
 扉を開けたら、目の前に物凄い仏頂面があった。 「うぉ!?」  腰を抜かしそうになる『ラス・シェルレイ』。冷ややかな眼差しで睨みながら、『珠結良之桜夜姫』はパシリと手にした扇子を閉じる。 『失礼な奴じゃな、物の怪でも見た様な顔しおって』  八百万なんて物の怪の延長線みたいなモンですよ? 「いや、夜中にトイレに行って突然そんな風に出て来られたら大概の奴が驚きますよ!? てか、ホントに何やってんです痴女ですかアンタは!?」 『言うに事欠いて痴女とは何じゃ痴女とは!? 祟るぞ!?』 「夜中に男子トイレで待ち構えてる女が痴女でなくて何なんです!? 人を呼びますよ!?」 『ふはははははは! うつけめ! 何処に人なぞ居る!?』 「何処って……」  言われて見回すと、広がるのは雅な造りの和座敷。トイレじゃない。 『お主が来るのを見越して空間を連結して待っとったんじゃ! 神を舐めるでないわ!』  待ち構えてた事は否定しない。  一人得意そうな顔してるの見て、やり取り続けるだけ不毛と気づく。 「分かりました。用向きを伺います」 『ふむ、物分かりが良くて結構』 「ただし、条件があります」 『何じゃ?』 「トイレ行かせてください」  それがそもそもの目的だし。 『我慢せんか!』 「無茶言わないでください! 神(貴女達)とは違うんです。一時一時が全て! 刹那の中で生きてるんですよ!? 人間(オレ達)は!」  文字通り命を燃やすが如くの叫びに、たじろぐ姫。 『ええい! 何かカッコよさげな事を言いおって! 行ってこい! 廊下に出て左にまっすぐじゃ!』 「どーも」 『ちょっと待て』 「ハイ?」 『逃げるなよ?』  ……チッ。  ◆ 『ようやっと戻ったか。アッチの方かと思ったぞ』 「その見た目でおっさん臭い台詞連発するのやめてもらえません?」  まあその方、樹齢5000年のロリババァだけど。 『まあ良い。座れ』  促され、座る。 『無理をしたのは承知しとる。だが、どうしてもお主に訊きたい事があったのでな』  神妙な顔で頭を下げられ、恐縮する。  ラスも理解していた。  普段は我儘で短気でオヤジ臭くて高飛車なメスガキだが、本質は気高い八百万神。  その彼女がこんな手段を取ってまで自分を招いたのだ。  何かしら、事情がある筈。  改めて、気を引き締める。 『それで、話と言うのはな……』 「はい……」 『話と言うのはじゃな!』 「はい!」 『ラニ公との祝言はいつじゃ?』 「………」 『これ、何故畳に頭なぞ突っ込んどる? 巫山戯とらんで、早う教えろ』  巫山戯てる訳じゃないと思うんだわ、ソノ惨状。 「あ……アンタ、何事かと思えば……。言うに事欠いて……」 『何言うとる? 人の、こと女(おなご)にとっては文字通り一生事ではないか? 日取りを聞かんと調整も出来ん。アディティやエリュニスからも急かされとるんじゃ』  どうやら八百万の間ではいつの間にかそう言う事になってるらしい。普通に怖い。  と言うか出席する気なのか、ヤンキー神エリュニス様。  襲い来る恐怖と焦燥に抗いながら、必死に訊き返すラス。 「いやいや、ちょっと待ってください……。何でそんな事に……?」 『惚けるでないわ。此度のでーと旅行の発案はお主であろう? 男(おのこ)が意中の女(おなご)を旅に誘うなど、相応の魂胆があるに決まってると古の書物にも書いておる』  焚書に処したいソノ書物。  ソレはともかくとして、誤解を解かねば。 「ちょっと話を聞いてください。俺はまだそんな……」 『まだ?』  姫の米神がピクリと動く。 『何じゃ、旅行ももう終盤じゃろうに。まだ決まっとらんのか。意は告げたのじゃろう? なら、グズグズするでない。『時は金なり』と言うのは人(お主ら)の言葉じゃろうに』 「いや、だから……」 『は? 求婚もしとらんの?? そりゃいかんぞ。誓いも立てずに褥を共にするなぞ、物事には順序と言うモノが……』 「してませんよ! そんな事!!」  真っ赤になって否定する。  だが、吃驚するのは姫の方。 『はあ!? マジで!?? マジで手ぇ出しとらんの!!? 好き合うとる女(おなご)と夜な夜な一緒の宿に泊まっとって!? お主、ついとんのか!!??』 「だから! 神々(アンタ達)と一緒に考えないでくださいよ!!!」  神様と言うのはソッチの方、非常に大らかである。色んな神話、読んで見ると良い。ガチでちょん切りたくなるから。  ソレはソレとして、『まてまて』と米神を押さえる姫。 『ちょっと訊くが、お主ら何処までいっとるんじゃ? Dか? Cか? Bか? 流石にAはしとるじゃろう???』 「…………」 『……ちゃんと、告白はしたんじゃろうな???』 「…………」 『ラニ公とは何時からじゃ?』 「幼馴染です」 『お主ら、今幾つじゃ?』 「17と19です」 『成程! そんだけ一緒におって『らしい事』はまだ何にもないと?』 「ええ、まぁ……その……」 『いや、コレは参った! 若いくせして奥手じゃのう!? お主ら!』 「いえ、それ程でも……」 『アッハッハッハ』 「あははははは……」 『主ゃあ、ワシを舐めとるんか……?』  襟首掴まれて凄まれた。  年季が入ってるだけあってヒジョーに、怖い。 『お主な、なんぼ気心知れ切った仲だ言うても限度があろうが!? 待たせ過ぎじゃ待たせ過ぎ!! ラニ公の気持ち考えた事あるんか!?』  言ってる内容は最もだが、流石にカチンときた。 「分かってますよ! ラニの事は!! 誰よりも!!!」 『はあ!? ほぉ!? じゃあ何か!? ラニ公は待ってくれると!!? おんどれのクッソ温い優柔不断もぜ~んぶ受け入れて、決心着くまで何十年でも、ジジィババァになっても待ってくれると!? そりゃ~随分都合の良い女じゃなぁ!!?』 「そんな事、考えてない!!」 『じゃあ、何じゃ!?』 「コレは俺とラニの問題だ! ラニを一番分かってるのは俺だ!! 他人が口を出すな!!? 勝手にラニを騙るのは、例えアンタでも許さない!!」 『ほぉ!? 随分と抜かすではないか!? 人の生半分も生きとらん小僧っこが!』 「侮るな! 例えそうでも、俺達の密度は神(アンタ達)にだって劣りゃしない!! 俺も、ラニも、絶対に『俺達』を間違えたりしない!! 裏切ったりしない!!」 『なら、良い』  急に毒気が抜けた声。ポイと放される胸倉。  呆気にとられるラスに向けられる、嬉しそうな眼差し。 『よく妾の神気にビビらんかったな。その気合がありゃあ、ラニ公も安泰じゃ』 「アンタ……」 『まあ、分かっちゃいたんじゃがのぅ。どうにも『最後』に確かめんと気が済まんでな。暇を持て余した神々の何とやらじゃ。いや、すまんかった』  言葉に秘められた意に気付き、問う。 「気づいてたんですか……?」 『言うたろ? 神を舐めるでない』  笑って、扇子をパチパチと弄ぶ。 『ラニ公は誠、良い娘じゃ。強くあるが、脆くもある。支えてやっとくれ。ま、お主なら心配なかろうが』 「……何か、母親みたいだな」  そんな言葉にクスリと笑い、『ラニ公は、愛いからな』と。 『ほれ、もう良いぞ。寝屋に戻れ。ラニ公を一人にするな。明日は、大舞台じゃろう?』  結局、何もかも見通しの上。本当に質が悪く、そしてお節介な事だ。 『まあ、念は押しとくが。ラニ公を泣かすなよ? もしそんな事しおったら……』  また『七代祟る』とか言われるんだろうかと思ったら……。 『妾が、ラニ公をNTRからな?』  思わず崩れ落ちるラスを愛しげに見つめ、夜桜の姫神は優しく囁く。 『おやすみ、ラス坊。良い、夢を……』  ◆  気づけば、元の旅館の廊下に立っていた。時計を見れば、時間はほとんど経っていない。文字通り、泡沫の夢。  小さく息を吐き、部屋へと向かう。  戻って見れば、変わらず眠りこけてる『ラニ・シェルロワ』の姿。男と泊っていると言うのに、全く無防備。まあ、今更と言えば今更なのだろうけど。  はだけられていた布団を、そっと掛け直す。と、ラニがムニャムニャと薄目を開いた。 「ラス……」 「ごめん、起しちゃったか?」 「……何処、行ってたの?」  どうやら、ラスが出ていく事に気付いていたらしい。夢うつつのまま、待っていたのだろう。  仄甘い、愛しさが込み上げる。 「トイレに行っていただけさ。俺も寝るから、お前も寝ろ。明日は早く出て、夜明けを見るんだろ?」  近場に日の出が良く見える場所があると聞いて、『見に行きましょーよ』と提案したのはラニ。折しも、旅行の最終日。  ラスは、密かに決心をした。 「ラス……」 「……何だ?」 「……桜の香りがする……」  確かに、部屋の中を優しい桜の香が満たしていた。  あの方の、残り香か。それとも……。  気づくと、ラニは寝入っていた。この香りに、安眠の効果があるらしい。  明日、寝坊しない様にと。  細やかな心遣いを受け取って、ラスも床に着く。母の腕に抱かれる様に、眠りの帳はすぐに降りた。  ◆  夢を見た。  小さい頃。  怖ろしくて。  けれど、とても大事な記憶。  訓練施設。悪夢の権化の様な教師の手から逃がれ、転がり込んだ隠れ村。  出会った彼女は、そっくりな顔で開口一番。  『ドッペルゲンガーだー!!』と恐怖に喚いた。  そんな奇妙な縁も、蓋を開ければ『魂の双子』と言う文字通りの『運命』。  その時から、二人の糸車は回り始めた。紡ぎ始めた。  途切れる絆を、永久に。 「一番最初……? 覚えてる。当たり前……」  朝霧が揺蕩う高台。朝を待つ間、そっと身を寄り添う二人。大切な、寝ぼけ眼の相方。その身が、冷えてしまわない様に。温もりを移した、上着も着せて。 「あたしが叫んだからね……。本当に、あの時はびっくりした……」 「……そうだな、お前の大声には驚いたよ……」  笑い合い、言葉を交わす。  夜明けを迎えるのに、良い場所があると聞いて。  提案する前に、提案された。  本当に、そういう情報には早い。  小さな幸せを掴み取る。  それはきっと、沢山の涙を飲んだ対価。  桜の加護でもまだ足りず。寝ぼける彼女を、真面目な話がしたいと起こす。 「色んな事があったけど、お前が傍にいてくれて……本当に良かったって思ってる……」 「本当に、あり過ぎよね。お腹いっぱいだっての」  当然の様に。当然の事だから。 「あたしも、そうだよ。だって、ずっと一緒にいたんだもの」  沙羅と流れる、そよ風の様に。 「ね。今更離れるとか、ありえないし」  笑う顔。  ああ、何でそこで先に。  苦笑いして。でも、止める事は無い。 「ラニ……好きだ」  囁く様に。けれど、ハッキリと。  抱き締めた肩が、小さく跳ねる。 「お前が、好きだ。大事な、オレの片割れ。これからも、一緒にいてくれ」  想いは、堰き止めていた時が解け行く様に。 「パートナー、として……」  ちょっとの間。そして。 「……ラス」  回した腕に絡む様に、彼女の手。 「あたしもね、好きよ」  ずっと前から決まってたけど。  ずっとずっと、聞きたかった言葉。 「あんたが好き。世界で一番、大好き」  跳ねる鼓動。  今更と思っていたのに。でも、やっぱり。 「さっきも言ったけど……」  それでも、頑張って。 「今更ね、あんた以外が傍にいるとかムリだし」  願いに、終わりを。 「だから、一生」  想いに、未来を。 「よろしく、ね?」  満たされる胸の喜びを、伝える為にギュッと。 「うん、ずっと一緒だな……」  そう、ずっとずっと。 「今までも……これからも……」  世界を染め行く、朝焼けの煌めき。  消えゆく霧の中に、祝福の花弁がサラリと舞った。
Replica tre
普通|すべて

帰還 2022-04-30

参加人数 1/1人 春夏秋冬 GM
 第四章 襲撃  その日、平穏は壊された。 「襲撃……!」 「また!? しかも前よりひどいって……!」  休日、平穏な日々を過ごしていた『ラス・シェルレイ』と『ラニ・シェルロワ』は、緊急の知らせを受け教団本部に駆けつけていた。 「場所は?」 「被害どれくらい? 相手誰?」  矢継ぎ早に尋ねるラスとラニに教団員は答えた。 「場所は市街地です。犯行グループは、救世会を名乗っています」 「また救世会なの!?」  うんざりするようにラニは声を上げる。  だが隣りで聞いていたラスの反応は違った。 (救世会……襲撃……まさか彼女が言ってたのは……なら、何故知ってる?)  ラスの脳裏に浮かぶのは1人の少女。  彼女は、ラスだけでなくラニの事すら知っていることを示唆し、救世会との関わりをほのめかした。  警戒するべき相手。けれど―― 「にいさま、今度はねえさまと、ご飯食べましょうね」  信頼するような笑顔を浮かべ、ねだるように願った彼女のことを、ラスは敵だとは思えなかった。そんな彼に―― 「ラス?」  どこか訝しそうにラニが呼び掛ける。 「どうかした?」 「……いや、大丈夫だ。それより、現地に向かおう」  強引に話を逸らすラスをラニは気にしつつも、事態は予断を許さない。  今ここで余計な時間を取れば、犠牲が増えていくのだ。だからこそ―― 「分かった。行きましょう、ラス」  ラニはラスと共に現場に向かう。  魔女達が作り出した、現場へと転移する門を通り、そこで目に跳び込んで来たものは―― 「なによ、これ」  憤りをラニは飲み込む。  至る所が破壊され、血を流し倒れる者が数多い。  その光景に、ラスは一瞬息を飲むが、すぐに浄化師として動き出す。 「行くぞ、ラニ」 「ええ、もちろんよ」  2人は手と手を重ね、魔術真名を解放。 「叫びよ、天堕とす憎歌となれ」  出し惜しみはしない。  状況を掴む必要があるかもしれないが、今は目の前で傷付けられている人達を助ける方が先だ。 「前に出る。ラニは要救助者の避難を」 「任せなさい」  短く言葉を交わすだけで意図を読み合った2人は、流れるようなコンビネーションで動く。 (まずは切り離す)  ラスは、魔術を放とうとしている襲撃者の間合いを一瞬で詰める。  襲撃者は気付くも、ラスの動きの方が早い。  大斧の腹で殴り飛ばす。  肋骨が砕かれた襲撃者は、一瞬で戦闘不能にされた。 「貴様ら!」  襲撃者の仲間が気付き魔術を放って来るが、それをラスは大斧で弾くと、最初の1人と同じように戦闘不能にしていく。  そうしてラスが襲撃者を倒してくれている間に、ラニは親子連れを逃がす。 「今の内に逃げて。大丈夫、あっちに行けば守ってくれるから」  避難経路を伝え、礼を言いながら走り出す親子を守るようにラニは動く。 「掛かって来なさい!」  襲撃者を引き付け、要救助者が避難したことを確認してから、ラスと協力して本格的に敵を倒していった。 「これで――お終い!」  片手剣の柄尻で襲撃者の顎を打ち抜き気絶させたラニは、周囲を確認する。 「ここは、これで大丈夫みたいね」 「ああ、だが他にも――」  ラスが言いかけた瞬間――  ドンッ!  重い爆発音が響き、そちらに視線を向ければ巨大な炎の柱が上がっていた。 「なにあれ魔術!?」 「分からん。だが只事じゃない、行くぞ」  2人はすぐに走り出すが、そこに更なる襲撃者達が向かって来る。 「なんなのよ!」 「数が多い、気を抜くな!」  2人は、お互いの死角をカバーするようにして戦いながら先へと進む。  幾度となく戦場を潜り抜けた2人にとって、敵の襲撃は苛烈だが対処が出来ないほどではない。  だがそれでも、次から次に現れてくる襲撃者達に、何か嫌な物を感じずにはおれなかった。 「ねぇ、何か前より激しくない?」 「……あぁ」  襲い掛かってくる敵が途切れた所で、一息つくように話しかけてきたラニに、ラスは同意する。 「前にも同じようなことはあったけど、ここまでじゃなかった」 「そうよね。それになんだか手際も良いような気がするし……準備してたか、手引きした奴でもいるんじゃない?」 (手引きした?)  ラニの言葉に、ラスの脳裏に浮かぶのは1人の少女。 (……分からない。そういうことをするようには見えなかった……それとも――) 「―――あの狂人がまた来ますよ」 「――っ!」  沸き立つ恐怖に、思わずラスは息を飲む。  それは心の底の底にまで刻まれた、『死神』への恐怖。 「ラス!?」  動揺するラスに気付いたラニが声を掛けた瞬間だった。  2人に向け、無数の魔力弾が撃ち込まれる。  「ラス!」 「大丈夫だ! 怪我は無い!」  反射的に2人は跳び退くように回避するが、そのせいで離れてしまう。  それを見計らったように、新たな襲撃者達が向かって来た。 (どういうことだ?)  襲撃者達の目を見て、ラスは確信する。  それは朧げな敵意では無く、明確な殺意。  ラスをラスだと意識した上で、殺そうとしているのが伝わって来た。  (何故だ?)  殺意を向けられラニと分断されながら、ラスは冷静に考える。 (ここまであからさまに憎悪を向けられれば、否が応でも分かる。俺を殺すために、こいつらはここにいる)  一瞬視線をラニに向ければ、そちらも同様だった。 (俺だけじゃない。ラニにも同じように殺意を向けている。なら俺とラニの共通点があるということ、それは――)  襲撃者達を打ち倒しながら、ラスは『答え』に辿り着く。 (まさか、レプリカントが関係してる?)  そう思った瞬間だった。 「それでいい」 「――!!」  忘れようのない、聞き覚えのある声に、反射的に視線を向ける。  それは、辛うじて視認できるほど離れた場所にいた。 (師匠)  幼い記憶と変わらない、死神の――レインの姿があった。  魂を鷲掴みにされるような衝撃が走るが、それをラスは振り払う。 (震えるな、大丈夫)  今するべき事は、怯え振るえる事なんかじゃない。 (ラニと合流しなきゃいけない)  成すべき事を、成し遂げるために。  ラスは恐怖を飲み込み戦闘に集中する。  それが死神を歓喜させた。 「そうだ。それでいい」  静かな、だが壊れた笑みを浮かべ、満足げにレインは場を離れる。 「いずれ、また。ラス」  再会を誓い、ラス達の邪魔になるモノを排除に動いた。  そうとは知らないラスは、ラニと合流するべく、襲撃者達を撃退しながら駆け続ける。 (ラニ、すぐに行くからな)  全力で駆けるラスに合流するべく、ラニも動いていた。 (何で睨んでくるのよ)  襲撃者達の攻撃を捌きながら、彼らの視線がラニに突き刺さる。 (思い当たる節は無い――わけじゃないけど、だからっていい迷惑よ)  ラニは、どこか普段と変わらぬ様子で、襲撃者達を倒していく。  彼女は疑問はあるも、だからといってそれに囚われる気は無かった。 (とっととラスと合流して、有給でも取って遊びに行くんだから)  前を向いて戦う彼女に、襲撃者達は苛立たしそうに声を張り上げた。 「貴様っ!」 「罪人が!」 「神の手によらぬ人造物の分際で!」  それは呪いの言葉。  ラニを汚し堕とそうとする怨嗟が込められている。 (ああ、やっぱり)  彼らの呪いの言葉に、ラニは納得する。それでも―― (だからなんだっていうのよ)  そんな物は知らぬとばかりに、ラニは戦う。それは―― (ラスと合流しなきゃ!)  勝手に憎悪をぶつけるどこかの誰かなんて、ラスと一緒にいる事と比べれば些事でしかない。 「邪魔よ、どいて」  切り捨てるようなラニの言葉に、襲撃者達が激昂した瞬間―― 「さすが、ねえさまです」  嬉しそうな少女の声が聞こえて来たかと思うと、無数の魔力の刃が襲撃者達を切り捨てた。 「誰……ってベルちゃん? 危ないわよこんなとこで!」 「嬉しい。気に掛けてくれるんですね、ねえさま」  場違いなほど晴れがましい笑顔を浮かべ少女は――ベルヴァは、ラニに言った。 「こいつら、全部潰しちゃいますね、ねえさま」  そう言うと同時に、襲撃者達は高重力に囚われ地面に倒れ伏す。 「ベルちゃん何してるの! 死んじゃうわよ!」 「構わないです。こいつら、ねえさまとにいさまを殺そうとしてるんですから」 「なに言ってるの。だからってこんなことしてたら居場所が無くなっちゃうわよ」 「だったらこんな世界捨てて、にいさまと一緒に他の世界に行きましょう」  ベルヴァは夢見るように言った。 「知ってますよ、ワタシ。異世界と今繋がりを作ってるんでしょ? いきましょう! こんなツマラナイ世界よりも、もっと先に!」 (なんで、そんなこと知ってるの)  訝しむラニ。  それを邪悪の化身が離れた場所で見ていた。 「子供は素直で良いですねぇ。実に都合よく転げてくれる」  ソレは魔術で全体の状況を確認しながら楽しそうに言った。 「さてさて、どう踊らせましょう」  ほくそ笑んだ瞬間、胸を黒剣で貫かれた。 「おやおや」  おどけた声を上げながら、胸を貫かれたまま黒剣で持ち上げられ、頭を砕く勢いで叩きつけられる。だというのに―― 「誰の差し金です? 救世会? それとも、私以外の『私』ですかね?」  身体を元に戻しながら笑う邪悪の化身。 「煩い。死ね」 「貴方会話しないタイプですねぇ」  容赦なく殺しに来るレインに、身体を変形させながら応戦する邪悪の化身だった。  至る所で戦いが繰り広げられる中、ラスはラニと合流する。 「ラニ! それに――」  ベルヴァが居ることに驚くラス。 「何でこんな所に」 「お2人を守るためです」 「……どういうことだ?」 「もう解ってる筈です。にいさまも、ねえさまも」  ベルヴァは地に伏した襲撃者に視線を向け言った。  それにラニが応える。 「そうね。目を背けただけ、知ってる。でもどうして?」  襲撃者達と視線を合わせ問い掛けた。 「なんであたし達なの?」  同じ問い掛けを、ラスも口にする。 「なぁ教えてくれ、本当にオレしか残ってないのか?」  怨嗟の視線を向ける襲撃者に、絞り出すように言った。 「他にだっていただろ!!」  ラニとラスの問い掛けに、応えは返ってきた。 「アナタたちが神を殺したから」 「お前達が神を殺したから」  ベルヴァと襲撃者達、その全ての応えを聞いて、ラニとラスは決意する。 「……違う、あれは皆の力だった」  ラニはベルヴァと視線を合わせ、伝える。 「生まれや生き方は関係ない。皆と力を合わせたから出来たことよ」 「……ねえさま?」  嘆くように声を上げるベルヴァに、ラニは彼女を引き寄せるように言った。 「ベルちゃん、もうやめましょ」  ラニが決意を口にするのと同じように、ラスも襲撃者達に意志を示す。 「違う、あれは仲間と成し遂げたことだ」 「罪から逃げる気か! 神殺しの大罪を知れ!」 「逃げる気は無いし、どの道逃げられないは分かってる」  ラスは過去を、レインも含めた因縁を意識し、宣言する様に言った。 「だから今は、あんたらの凶行は止めるけど、戦わない。それよりも大事な物がある」  ラスはラニに寄り添うように近付き、言った。 「俺も、俺達も、独りじゃない。だから皆の力で止める。あんたらも、あんたらをそそのかしてる誰かも、全部止める」 「解ってるじゃない、ラス」  握り拳を向けるラ二に、ラスは拳を合わせ―― 「行くぞ、ラニ」 「あったり前でしょ! ラス!」  ラニとラスは、2人で前へと踏み出すのだった。