|
寝静まった林道に水気を帯びた靴音が続く。
夜露に濡れた落ち葉は柔らかく、豊かな土の柔らかさを足の腹に伝えていた。
燐光のような蛍の一群が浮かんでは消える。誰も口を開く者はいない。道すがら、絶え間なく流れ続ける小川のせせらぎを傍らを歩く片割れと共に聞いていた。
ややあって振り子提灯の行列が歩みを止めた。
藍を垂れ流した闇の中、茂った緑の羊歯が風に揺れている。
雲と葉影の切れ間から三日月が顔を出した。
林地に寂しげな乳白が射しこみ、苔むした石灯篭と石段を朧気に照らす。
下段の石灯篭に朱色の火が灯った。
「昇っておいで」
幽かに聞こえた緑の声には喜色の色が混じっている。
一段、そしてまた一段と、導くように薄墨の灯篭に朱が灯った。
段差を踏みしめるごとに足元に潜んだ影法師たちの数が増えていく。楽し気で虚ろ気な囁き声。好奇の視線が闇の中から浄化師たちを見つめている。
長い長い石段の終点で、燃える篝火が焚かれていた。
白い紙垂のついた注連縄。古びた社。そして、社に寄り添うように長い枝葉を伸ばした一本の巨木。
「よう来てくれた」
人の声がした。
否、人に非ず。
枝葉のような髪。千草と朽葉の色を重ねた大袖の着物。
フクシマ藩に住まう八百万が一柱、ミズナラである。
外界に対し無関心を貫く神もいれば好奇心を隠さない神もいる。
ミズナラは、どちらかと言えば後者よりの神と言えた。
海を越えてきた浄化師なる者たちに会ってみたいという彼、または彼女の願いは速やかに叶えられた。
満ちた腹に満足するかのような笑みを浮かべ、楽し気に海の外の話をねだっている。
しかし二刻ほど言の葉を重ねた頃であろうか。その表情に陰りが見えはじめたのは。
目端に留めたのは誰であったろうか。何にせよ、木器に注がれた甘い水と浮かれた気持ちがミズナラの口を軽くした。
「浄化師なる者たちが真に友誼に厚いと言うならば、その心を見込んで頼みがある。聞いてはもらえぬだろうか」
柳眉を少しばかり下げたミズナラが唇を湿らせた。
「我(わ)には古い友がいる。台地の地下に広がる洞穴を住処にし、奉納された村祭りの道具たちと共に暮らしている一匹の鬼だ。
そやつが気になることを文に書いておったのだ。最近、洞窟を訪れる人間がやけに多い、と。
大雑把な奴が言う事だ。何事もなければよいのだが、どうにも気になって仕方がない。先日、手紙を届けた雨降小僧がその者たちの姿を見たというのだが……」
ミズナラの言葉を遮るように傘をかぶった小さな鬼が一匹、浄化師たちの前へ飛び出した。
浄化師のコートをしげしげと見つめると頭にかぶった傘を目元の方へひっぱり、左手の甲に十字を書いては掲げて見せる。
数度一人芝居を繰り返すと、満足したのか出て来た時と同じようにミズナラの背中に隠れてしまった。
せっかちな部下に溜息を吐いたミズナラが話を続ける。
「そなたらに似た装束を纏った気風怪しげなる者どもらしい。そなたらの同志か、ただの迷い人であれば良いのだが悪意を持った人間であるとも限らぬ。どうか友に手紙を渡すついでに、さりげなく近くの様子を見てきてはくれぬだろうか?」
さて、どうしたものかと浄化師たちは顔を見合わせた。八百万の神に恩を売っておいて損は無いだろうが……。
|
|
|
天高く馬肥ゆる秋。
夏も間近の蒸し暑さを感じながら、【リオナ・マフガン】の脳裏に季節違いのそんな言葉が浮かんだのは、隣にいる相棒の【キース・メイビス】の腹から、ぐうぅ、と間延びした長い音が聞こえたからだった。
「ふ、ふふっ」
こらえることができずにリオナが笑いを漏らすと、キースは真っ赤に頬を染める。
彼は照れ隠しに、自分の身長よりも高いリオナの胸をぽかぽかと叩いた。
「わ、笑うなー!」
「あっはは! ごめん、ごめんって」
しかし、キースの腹が鳴ってしまうのも、よく分かる。
リオナはぐるりと周囲を見渡す。
「これだけ食べ物の屋台が並んでいれば、お腹が鳴るのもしょうがないよね」
同意するように、キースの腹が短くぐぅ、と鳴る。
リオナは今度こそ爆笑した。
東方島国ニホンにある、とある町。
そこでは昔からの慣習で、毎年この時期に豊穣祈願祭が行われる。
毎年、昨年に採れた新米を神に豊穣祈願の舞とともに贈る、今年も豊作であるようにと願うお祭りであるという。
しかしその伝統も、年を重ねるごとに形骸化してきている。
今では豊穣の神への贈り物とかこつけて、おいしいものを飲んだり食べたりしてどんちゃん騒ぎをするお祭りへと変わっていた。
「さあ! 今年も始まりました! 豊穣祈願祭グルメバトル! 今年はどの料理人が一番『美味い!』をもらえるのか!」
木板を組み合わせて作った簡易的な壇上に上がった司会は、マイクを片手に大声を張り上げる。
その声に合わせ、会場のあちらこちらから雄たけびが上がり、会場内は熱気に包まれた。
「さあ、毎年のことですが、ルールを確認します! この会場で屋台を出している料理人は、腕によりをかけた一品を、売って売って売りまくれ! この会場に来たお客さんは、それを食べておいしい! と思った料理に、『美味い!』と言って、入り口でもらえるシールを屋台に貼ってくれ! 豊穣祭が終わった後、一番美味い! シールをもらえた屋台が今年のチャンピオンだ!」
台本に書かれたセリフを勢いよく読み上げた司会も、会場の熱気に当てられてか、頬が上気している。
会場のざわざわと賑やかしい声が静まったころ、司会は指を三本立てる。
「ただし、注意事項が三点あります。ひとつ。場内は走らないこと。ひとつ。他の屋台の手柄を盗ったり、悪意ある噂を流したりしないこと。最後に」
司会は大きく手を広げ、満面の笑みでもって言い放つ。
「料理人も観客も! 思いっきり楽しみましょう!」
豊穣祈願祭グルメバトル、ここに開幕します!
|
|
|
東方島国ニホンの小さな街の外れ。
そこには、たくさんの桜並木が、美しい花を咲かせていた。
見る者全てを感嘆させる、美しい花々は、街の人達の心をも虜にしていった。
近くに住む者達は考えた。
これは、我々だけで楽しむのは勿体ないと。
けれど、多くの者達が来たら、桜に被害が出るかもしれない。
万が一を考え、桜を維持している者達は、1日だけ一般に開放することを決めた。
たった一日の解放ではあるが、桜を楽しむには充分だろう……と。
と、薔薇十字教団の掲示板に一枚の張り紙が張り出された。
ニホンの町外れで行われる『お花見会』にて、警備を行って欲しいとの依頼だ。
とはいっても、今回はヨハネの使徒が出るという場所ではない。
どちらかといえば、酔っ払いや迷子といった、ちょっと困ったさんの対応をお願いしたいようだ。
また、初めての試みなので、教団の浄化師達がいれば、より、安心して楽しめるだろうとの配慮のようだ。
そのため、警備は交代制で行い、空き時間は、自由にして欲しいとのこと。
花見の安全を守るために、警備にいそしむか。
それとも、空き時間での花見を楽しむか……。
「ねえ、これ……行ってみない?」
「面白そうだね」
「夜桜も楽しめるそうよ」
「へえ、昼は広場で弁当広げたり、焼き肉やバーベキューもできるのか」
なにをするかは、あなた次第……。
素敵な桜を楽しみに生きませんか?
|
|
|
東方島国ニホンの北東部。
イズミ藩の氏神ビャクレンを祭る神社の長い石段を、小柄な少年が息を切らして上っていた。
「ひぃ……、はぁ……、な、ながい……」
頬を赤く染め、少年は視線を上げる。朱塗りの鳥居まであと半分といったところだ。
呼吸を整える間も惜しんで、彼はまた足を動かす。
その細い両腕は、白い風呂敷に包まれた荷物を抱えていた。横幅は少年の小柄な体より広く、縦も長い。ずっしりとした重さが、近ごろこもりがちだった少年の体力を余計に奪う。
だが置いていくわけにもいかない。
「ようやく、ビャクレン様にお返しできるの、だから」
この島国でも八百万の神々がお隠れになられて、どれほどが過ぎただろう。
無力な妖怪でしかなかったクモトは、ビャクレンが姿を消す前にこの荷物を預けられていた。
――いずれそれが必要となる。そのときまで、クモトカガミを守ってくれないか?
八百万の神の一柱は、少し疲れた顔でクモトにそう言った。
突然のことに理解が追いつかず、呆然としたまま頷いた幼い妖怪に美しき神は微笑んで、道具と、名を与えてくれたのだ。
イズミ藩の氏神、ビャクレンの宝であるクモトカガミを守る妖怪。ゆえにクモト。
今朝、クモトは夢の中でビャクレンに会った。
鏡を持ってきてほしい、と言う神に力いっぱい頷いて、起きてすぐにクモトカガミを持って走ってきたのだ。
時はきた。
具体的にどういうことなのか、なにが起こっているのか、クモトはよく知らないが、とにかくビャクレンが再び現れ、鏡を欲している。
「つい、たぁ!」
倒れそうになりながら鳥居をくぐる。すぐ目の前に、小さいながらも立派な拝殿があった。
目指すのはその奥、しめ縄で囲まれた白蘞だ。ビャクレンと同じ、独特の匂いがする。
「あっ」
不意に石畳のわずかな隙間に足をとられた。素足であるため、とても痛い。
だが、痛覚が働くより先にクモトの体が前のめりになっていた。腕に抱えていたものが飛び出していく。視界が急に変わり、顔から倒れる。
「ひぅっ!?」
ごん、と額を打った。痛い。
がしゃん、と嫌な音がした。血の気が引く。
「な、あ、あ……」
慌てて体を起こしたクモトが見たのは、風呂敷から飛び出して割れたクモトカガミだった。
絶句して震えるクモトの背後から、足音が聞こえてくる。
ぎこちない動きで振り返った妖怪が見たのは、見慣れない衣装に身を包んだ人々だった。
ふと、思い出す。
そういえば彼らは浄化師といって、最近、よく見かけるようになった。どうやら人助けをしているらしい。
「だず……っ、だずげで、ぐだざ……っ」
荒れ狂う感情に涙が出てきた。心の中で何度もビャクレンに謝りながら、妖怪は震える手を人間たちに伸ばす。
クモトカガミの破片は石畳の上だけでなく、その左右の玉砂利や、拝殿の段の前、猫の額ほどの草むらにまで散ったらしい。
クモトカガミは神宝。たとえ粉微塵になっても破片が揃っていれば元に戻るようだが――果たして。
|
|
|
教皇国家アークソサエティの、とある郊外。
そこで終焉の夜明け団が暗躍していた。
「陣の構築を急げ」
リーダー格の男の命に従い、魔方陣を起動していた終焉の夜明け団信者達は行動を早める。
四方を囲むようにして起動させている魔方陣は、直径10mほど。
魔方陣の中には、呪いと化した幽霊たちが10人ほどいた。
薄らと身体を透けさせている幽霊たちは、輪郭がとろけたようにおぼろげだ。
辛うじて分かる輪郭からすれば、大人だけでなく子供もいる。
恐らく男女や種族もバラバラで、見ただけでは統一感は無い。
だが、唯一ひとつ。
共通しているのは怨念だった。
「憎……ぃぃぃ……み……ぃ……」
途切れることなく、幽霊たちは呪詛の言葉を吐き出していた。
それを耳にしながら、淡々と終焉の夜明け団信者達は作業を続けている。
今、彼らが居るのは廃墟の前。
ロスト・アモールの時に建てられたという石造りの屋敷は、当時の面影など見る影もなく崩れ去っている。
崩れた屋敷の前には広場があり、そこで終焉の夜明け団信者達は魔方陣を起動していた。
しばし時が過ぎ、魔方陣が安定した頃、リーダー格の男に副官役の男が声を掛ける。
「あとは自動的に、魔方陣は効果を発動する筈です」
「そうか」
言葉少なに返すリーダー格の男に、副官役の男は少し迷うような間を空けて問い掛けた。
「……ひとつ、質問をしても構いませんか?」
「なんだ」
「この魔方陣は、なんなんです? 指示された通りに作業を行いましたが、これで何が起こるんです?」
「知らん」
「……それは、一体……」
「そのままの意味だ。この場に訪れ、ここに居た幽霊を魔方陣の中に入れて発動させろ。それが上から受けた命令だ。それ以外は聞いていない」
「……」
「不満か? 自分達が何をしているのか知らされていないことが」
リーダー格の問い掛けに、副官の男は返す。
「不満、というより、不安です。何をしているのかが分からないのは」
「そうか……なら、その気持ちは心の中で飲み込んでおけ。殺されるぞ」
「……」
淡々としたリーダー格の言葉に、それが真実なのだと理解させられ、副官の男は黙る。
そこにリーダー格の男は、静かに返した。
「ここだけでなく、ニホンやサンディスタムでも、我らが同士の活動は活発になるそうだ。それら以外の国でも、動きを進めるらしい。おそらく、噂にある『計画』の段階が進んだのだろう」
「それは、今ここで我らが行っていることも関係していると?」
「……分からん。だが、無関係とも思えん。重要視されている気配もないから、取るに足らん枝葉の部分かもしれん。それでも、我らは命じられたことを遂行するのみだ。不満か?」
「いえ……私が不安だったのは、自分のしていることに意味がないことです。どのような意味があるのかが分からなくとも、意味があるのなら構いません」
「そうか……なら、早く終わらせるぞ」
「はい」
副官の男が静かに頷いた時だった。
能天気な声が響いたのは。
「そこまでですよー!」
唐突に頭上から聞こえてきた声に、その場に居た者達は視線を向ける。
視線の先には、半ば崩れた屋敷の屋根に乗る、1人の男が。
なんというか、胡散臭い。
黒のマントを羽織った、タキシード姿の男。
口元は、ほっそりとしたカイゼル髭をしている。
そして頭にはシルクハットといった出で立ち。
サーカスの司会か手品師を思わせる。
「何者だ! 貴様!」
「ははははははっ!」
終焉の夜明け団の誰何の声に、カイゼル髭の男は高笑いしたあと返した。
「笑止でーす! このメフィスト! 貴方達のような輩に答える名など持ちませーん!」
答えてんじゃねぇか。
そんな突っ込みを入れるよりも早く、メフィストと名乗った男は屋根から跳んだ。
「トウっ! でーす!」
屋根から跳び出すと、空中で回転しながら――
ごめしゃっ!
思いっきり地面に激突した。
「ああああああっ! 足っ、あしがああああっ! いたいでーす!」
痛みのせいか、ごろんごろん転がるメフィスト。
あまりのことに固まる終焉の夜明け団。
その状況で、いち早く反応したのは、リーダー格の男だった。
「伏兵だ!」
即座に戦闘態勢を取るリーダー格の男。
しかしその時には既に、2人ほど背後から背中を刺され地面に倒れていた。
「ちっ!」
リーダー格の男は舌打ちをしながら、炎弾の魔術を発動。
高速で撃ち出す。
狙いは、部下を背後から刺した仮面の男。
連続して炎弾を撃ち出すが、その全てを避けられる。
(俺1人では仕留めきれんか)
炎弾を避けられたリーダー格の男は、素早く判断すると部下に指示を飛ばす。
「魔方陣は一時放棄! 隊列を組め!」
リーダー格の男の声に従い、部下の終焉の夜明け団は周囲に集まると隊列を組む。
その間に、仮面の男はメフィストの傍に移動し、声を掛けた。
「とっとと起きろ。あと援護しろ」
「オッケーでーす!」
転げまわっていたメフィストは、仮面の男の言葉にすくっと立ち上がる。
そんなメフィストに、仮面の男はげんなりした声で言った。
「……とりあえず、足を治せ。変な方向に曲がってるぞ」
「おう、これはソーリーね!」
魔法で回復するメフィスト。
「完全回復でーす!」
「なら、奴らを仕留めるぞ」
「オッケーでーす。でも、どうせなら助っ人が欲しい所ですねー。間に合わなかったのですか?」
メフィストの問い掛けに仮面の男は、終焉の夜明け団達の背後に視線を向け返した。
「指令が出るように手配はした。こちらの身元がバレないよう、複数の経路を経由したから、どうなるかと思ったが……引き寄せるのは成功したようだ」
仮面の男の言葉に促されるようにして、メフィストは視線を向ける。
視線の先には、終焉の夜明け団達の背後から現れた浄化師達の姿が見えました。
この浄化師がアナタ達です。
アナタ達は、廃墟に現れる幽霊を開放して欲しい、という依頼を受けた教団から指令を受け、この場に訪れています。
この場に訪れる少し前に、戦闘音に気付いたアナタ達は走って訪れると、終焉の夜明け団とメフィスト達が対峙している状況に出くわしたのです。
この状況でアナタ達は、どう動きますか?
|
|
|
枢機卿。
それは教皇を補佐する大貴族達により構成される。
教皇国家アークソサエティの政治の中枢を牛耳る集まりだ。
そんな彼らが、いま集まっていた。
「いささか、軽率だったのでは?」
円卓に座する者達の内、初老の男が嗜めるように言った。
これに赤毛の男が返す。
「馬鹿なことを。奴の勢力は日に日に増している。今の内に抑えておくべきだ」
「大げさですよ。あのような小僧に、何も出来はしませんよ」
呆れたような声で初老の男が返した。
いま、この場で枢機卿たちが話しているのは、浄化師達がニホンへの航海中に、スケール4べリアルに襲われた件についてだ。
「ナハトの人員を使い潰してまで、することではありませんでしたね。べリアルに、浄化師達を襲わせるなど」
初老の男が口にしたナハトとは、国の暗部に属する者達のことだ。
教皇ならびに枢機卿の命令があれば、暗殺に誘拐、人体実験や情報操作など、平然と行う。
それが出来るよう「教育」された部隊である。
だからこそ殺されることが分かりきっていても、スケール4べリアルに浄化師達を殺させるべく情報提供を行ったのだ。
「ナハトの育成には、時間も金もかかる。軽々しく使い潰されては困ります」
初老の男の言葉に、赤毛の男が苛立たしげに返す。
「だから! それはヨセフの小僧を、これ以上つけあがらせないために――」
「良いではないですか。このまま好きにさせておけば」
激昂する赤毛の男に、初老の男は言った。
「いずれ、我々の物になるんですから。家畜は、肥え太らせてから潰すものです」
部下の手柄を横取りする上司よりも悪辣なことを、初老の男は続けて言った。
「ヨセフの小僧と浄化師達のお蔭で、来たるべき時に必要なものは揃いつつある。強力な魔法を使うことの出来るドラゴンや魔女だけでなく、八百万共すら接触しているのです。集められるだけ集めさせ、あとは収穫すれば良い」
「そこまで巧くいくと――」
「いきますよ。その時が来れば」
確信を持って、初老の男は続ける。
「ヨセフの小僧は殺し、浄化師達は新たな室長を置き管理すれば良い。逆らう者も居るかもしれませんが、なに、その時は罪人として処刑すれば良いだけです」
「……そんなことが可能だと――」
「出来ますとも。あの御方なら。疑うのは、不敬ですよ」
狂信者の眼差しを向けながら、初老の男は言った。
「あの御方なら、出来ますとも。全てを従え、傲慢なる神すら下し。あの御方自身が神として世界を支配することが」
迷いなどみじんもなく、初老の男は歌うような晴れやかさで続ける。
「そして我々は、その世界で、あの御方の元で永遠を手に入れる。何か間違っていますか?」
「……いや」
初老の男の言葉に、赤毛の男は否定の言葉を飲み込む。
なぜなら、それを口にすれば殺されることは分かっていたからだ。
今この場に居る枢機卿たちは、一枚岩ではない。
むしろ何かあれば積極的に、地位や権力を食い潰し取り込もうと狙っている。
枢機卿。いやそれどころか、教皇国家アークソサエティの支配者である『あの御方』を疑うような事を口にすれば、口実を与えることになりかねない。
事実、それを口にしたために事故死に見せかけて殺された者さえいるのだ。
そうして父親と、家督の継承権を持つ兄達を次々に殺された人物が、口を開いた。
「パーティをしましょう!」
能天気な声を上げたのは、1人の青年だった。
「……なにを言っている? ファウスト殿」
げんなりとした声を上げる赤毛の男に、ファウストと呼ばれた青年は返した。
「パーティですよ、パーティ。楽しいんですよ、パーティ。女の子一杯呼んで、みんなで大騒ぎです! 知りません? パーティ?」
「……知っている。そんなことを聞いているのではなく、何故そんなことをするのかを聞いているのだ」
「やだな、そんなの簡単ですよ。今の室長の勢力が伸びるのが拙いんですよね? だから、パーティをして、今の室長の手足になってる浄化師達をこっちに引き抜けば良いんです!」
「……」
無言になる赤毛の男。
もちろんこの無言は、こいつ馬鹿だ、と絶句しているからだ。
それは、この場に居る他の枢機卿たちも同じである。
皆に、かわいそうな者を見る目線を向けられながら、ファウストは続けて言った。
「だから、お金ください!」
清々しい勢いで言うファウストに赤毛の男は、めまいを抑えるような間を空けて返した。
「……なぜ、金が要る」
「だって、お金ないとパーティ開けないじゃないですか! ひどいんですよ! 私が当主になったってのに、好きに使えるお金ないんですから! 家令の爺が、使っちゃダメって言うんですから!」
子供が拗ねるように言うファウストに、枢機卿たちは呆れて言葉を無くす。
そして胸中で、こう思っていた。
(こいつの家を乗っ取るためとはいえ、まだ生かしておかねばならんのは頭が痛いな)
いずれ血縁の誰かを嫁がせて、家を乗っ取る。
そのために、この場に居る枢機卿の大半が画策して、ファウストの父や兄を殺したのだ。
だからこそ、ファウストの便宜を図ろうとする者も出て来る。
「金は出せませんが、浄化師共を取り込もうとしている輩の舞踏会に参加できるよう、取り計らいましょう」
「そんなことしようとしてる所があるんですか!?」
興味津々といった風に尋ねるファウストに、初老の男は返した。
「バレンタイン家が開くそうですよ。次期当主になる筈だった長男が魔女と相討ちし、その後継を長女の息子に継がせるためのお披露目の舞踏会に、浄化師達を招くそうです」
「そうなんですか? あ、でもバレンタイン家って、アレですよね? 現体制に批判的なとこですよね?」
「ええ。だからこそ、警告の意味で、誰かが行く必要がある。それを、お任せしますよ」
敵陣に宣戦布告代わりに突っ込んで来い。
初老の男の言葉の真意は、そんな容赦のない物だったが、能天気にファウストは返す。
「分かりました! ふふっ、バレンタイン家って、色んな種族の血が入ってるせいか、可愛い子とか美人が身内に多いから楽しみですよ!」
好色めいたことを言うファウストに、軽蔑しきった声で赤毛の男は言った。
「亜人や獣人どもを貴族の血に入れる汚れた輩です。戯れもほどほどに」
「ははっ、分かってます!」
明らかに分かってそうにない声でファウストは返し、件の舞踏会に参加することにした。
そんな、色々と背景が黒々した舞踏会に、アナタ達は参加するよう指令を受けました。
服装や装飾品は、アナタ達を招くバレンタイン家が全て用意するとの事ですので、好きなものを頼むことが出来ます。
アナタ達を舞踏会に招いた目的は、そうすることで敵対する貴族などがどういう反応をするのか見極めるためとの事です。
ですのでアナタ達は、普通に舞踏会に参加してくれれば良いとの事です。
この指令に、アナタ達は――?
|
|
|
人がいなくなってから長い年月が経った屋敷にて、一つの人影が動いていた。
よく見るとそれは、メイド服を着ている。
なるほど、彼女は今仕事をしているのだろう。
仕える主のために、せっせと仕事をしているのか。
……だが、今その屋敷には彼女が仕えるべき主はいないらしく、その屋敷にいるのは彼女一人のようだ。
屋敷の中をたった一人で掃除するのは大変だろうに……しかし彼女は疲れる素振りを見せずに、文句の一つも呟かずに働いている。
――ふと、彼女がポツリと呟いた。
「主様……我ガ主様……『シェラ』ハ、イツマデモ待ッテオリマス」
……彼女が話す言葉はカタコトだ。
言葉を発するのが不慣れなのだろうか……否、そうでない。
彼女が何かをするたびに、彼女の体からはギシギシと音が聴こえる。
テーブルの上を拭く時も、窓を拭く時も、廊下を掃除する時も……何か動くたびに、何かが軋むような音が。
それは一体、何の音なのだろうか。
太陽の光に照らされた彼女の顔を見ると、とても整った顔……だがどこか、無機質にも感じられる。
まるで――『生きていない』かのように。
カタコトの言葉、体から軋むような音、無機質な顔……ここから導き出される答えとは――。
■■■
本日、新しい指令が入った。
その指令の目的は、古びた屋敷の調査らしい。
話を聞くと、その指令の主は屋敷を購入したお金持ちらしい。
ということは、その屋敷の中を綺麗にすればいいのだろう。
……だが、そんな単純なものではないらしい。
曰く、その屋敷には長いこと誰も住んでいないのに、何故か中はとても綺麗になっているとのこと。
もしかしたら勝手に誰かが住み着いていて、そこで暮らしているのかもしれない。
万が一のことに備えて、浄化師に頼んだ――ということのようだ。
誰も住んでいないのに、何故綺麗な状態のままなのだろうか、興味が尽きない。
好奇心半分でその指令を受けた浄化師はすぐさま目的の場所に向かった。
■■■
――主様、主様。
朝日が昇り、夕日が沈み、また朝日が昇る――それを一体どれほど繰り返しただろうか。
時の概念は既に彼女の中には無く、また彼女も時間のことなど気にしない。
彼女の中にあるのは、ただ主を待つことと――あと一つ。
「……我ガマスター、我ガ主様。ワタクシハ、タダ貴方様ニ尽クスノミデゴザイマス。ソレコソガ、ワタクシの使命――『願イ』ナノデスカラ」
ダカラドウカ、マタアノ笑顔ヲオ見セクダサイ――と、彼女は願う。
……彼女は知らないのだ、仕えるべき主は既にこの世にいないということを。
主がいなくなってから誰も彼女の『手入れ』をしていないのか、彼女の姿はボロボロだった。
服装が……ではない、身体的な意味でだ。
頬はところどころに穴が開いており、そこからは黒い空間が見えている。
指を見ると、小指と中指が欠けている。
そこからは血が流れず、あるのはただ内部の空洞のみ。
痛みという感覚を持たない『人形』は、たった一つの願いをその胸に抱きながら、ただひたすらに主の帰宅を待ちわびているのだ。
だが――今日。
「――ヨウヤク、オ戻リニナラレマシタカ」
彼女はようやく、一休みができるようだ。
久方ぶりに開かれた屋敷の扉――そこから入ってきた浄化師達に、彼女は頭を下げて迎える。
「オカエリナサイマセ、我が主様。サア、『シェラ』ニナンナリトオモウシツケクダサイマセ」
無機質なその顔には、心なしか嬉しそうな笑みが。
ああ、ようやくまたあの笑顔が見られるのだ。
しかしそれは、どうやら今回で最後かもしれない、と。
命を、意思を、心を持った人形は、けれども全力で、いつも通りに尽くすのみだ。
|
|
|
奇妙な事が起こっていた。
世界の何処にも。時代の何時(いつ)にも、夜の時間を遊び歩く輩はいる。酒を飲み歩いたり、一夜を共にする異性を求めたり。その目的は他者多様。とにかく、如何に夜の闇が深かろうとその闇の向こうに好奇を求めるのは、人の性なのだろう。
ここ、教皇国家アークソサエティでもそれは例外ではない。
ただ、最近それに奇妙な事象が絡み始めていた。快楽を求めて夜に繰り出した者達。その中に朝日が登ってもなお帰らない者がいた。
こういった嗜好を持つ者は、得てして近所の鼻つまみである事が多い。最初は、付近の者達もさして気にはしなかった。むしろ、厄介者がいなくなってくれて幸いだとすら思う者も少なくはなかった。行方をくらましたのは、酔って歩いて沼にでも落ちたか。それとも、同様に夜に遊ぶ異性に迷って駆け落ちたか。その程度の事にしか、思ってはいなかった。けれど、事態は日に日に悪化する。行方を眩ませる者は増えていく。流石に異常なのでは? そんな意識が、街の中に満ち始めたある夜。事態は動いた。
『アルベルト・スクレィニー』は、街でも有名なチンピラだった。毎晩不良仲間と飲み歩き、博打で小銭を稼いでは女性と遊ぶ。そんな日々を送っていた。
その日の深夜も、彼は仲間とつるんで夜の街を徘徊していた。
「何だぁ。最近は女もろくにいねぇなぁ」
「みんな、例の話でビビってんだろうよ」
「けっ!! どいつもこいつも、腰抜けばかりだぜ!!」
仲間とそんな事を言い合いながら、アルベルトは持っていたバーボンの小瓶をあおった。と、その時。
「うん?」
彼は、気づいた。何やら鼻をくすぐる、甘い香りに。
「おい? 何だ? この匂い」
「そうだな……。何だか、花の匂いの様な……」
「おい! あれ見ろよ!」
仲間の声に前を見ると、道の向こうに人影が見えた。
女性だった。歳は10代後半から20歳前半ほどだろうか。薄手のドレスを纏い、長い白銀の髪を夜風に流している。その下から覗く顔は、ゾッとするほど美しい。
「おい、女だぞ!」
「こんな時間に、同好の士ってやつか?」
「ちょうどいい。一丁、相手してもらおうぜ!」
そんな彼らに答える様に、女性が手招きをする。蠱惑的な笑みを男達の目に焼き付けると、女性は踵を返して道の向こうへと走り出す。
「あ、おい! 待てよ!」
「逃げるなよ! 遊ぼうぜ!」
口々にそんな事を言いながら、女性の後を追う。足が、速いのだろうか。四人の男の足が、一向に追いつかない。とは言っても、女性の姿が見えなくなる事はない。付かず離れずの距離を保ちながら、彼女は走る。時折こちらを振り向いては、クスクスと笑うその様に、男達は確信する。誘われている、と。女性の色香と、甘い花の香りが思考を鈍らせる。半ば、夢うつつの様な心持ちでアルベルト達は走った。何処までも。何時(いつ)までも。
その後、何程走っただろう。いつしか、先頭を走る男と女性との距離は、腕一本ほどにまで縮まっていた。男が、舌舐りしながら腕を伸ばす。
「さあ、捕まえたぜ」
男がそう言おうとした瞬間――。
鈍い音と共に、赤い飛沫が散った。
首を握り潰された男の頭が、ゴロリと地面に転がる。突然の事に、立ち尽くすアルベルト達。その視界の向こう。吹き上がる鮮血の向こうで、ユラリと動く影がある。
現れたのは、上半身は猿、頭部と下半身は山羊の怪物。『キメラパーン』と呼ばれる生物だった。常時でも人を襲う事がある危険な存在だが、真の驚異はそこではなかった。アルベルトは見る。キメラパーンの身体に走る、朱い文様と魔方陣。それを見た、誰かが叫んだ。
「ベ……ベリアルだー!!」
その悲鳴を楽しむ様に、山羊の口が笑みの形に歪む。そして、キメラパーンのベリアルは手に付いた血糊をベロリと舐めた。恐怖に狂乱したアルベルト達は、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。その後を追ってくる、複数の足音。仲間の悲鳴が、次々と聞こえる。チラリと見た視界の端に、倒れた仲間を貪る数体の影が見えた。1匹じゃない。いるのだ。あの化け物が、何匹も。走る。走る。夢中で、走る。耳朶に聞こえるのは、鈴を転がす様な女性の声。あの女が、笑っているのだ。何なんだ。アレは。人がベリアルを繰るなんて、聞いた事もない。訳が、分からない。逃げる。ただ、逃げる。この、悪夢の晩餐から抜け出すために。満ちていた花の香りは、いつしか濃い血臭に変わっていた。
気づけば、アルベルトは朝焼けの中をボロボロの身体を引きずりながら、一人で歩いていた。振り向くと遠くにそれが見えた。とうの昔に打ち捨てられ、今は訪れる者もいない古墓地だった。
何とか街にたどり着いた、アルベルト。彼の話を聞いた人々は、震え上がった。墓地は街から離れているとは言え、歩いて半日ほどの距離しかない。そんな場所にベリアルが。それも、複数体。しかも、話から察するに内一体はスケール3。一般人にどうこう出来る話ではない。ただちに、教団に対して連絡が取られた。
何人かが、街外れまで行ってみた。
地面に点々と付いた血痕。恐らくは、アルベルトのものだろう。それが続く先に、かの墓地がある筈だった。吹き渡る空風の中に、何かを感じる。
甘い花の香りと、鈴音の様な女性の笑い声。
彼らに出来る事は、迫る夜闇に怯える事。そして、浄化師達の救いを待つ以外にある筈もなかった。
|
|
|
『竜の渓谷に、ヨハネの使徒が出現した!』
薔薇十字教団の指令部に緊張が走る。
この情報を持って来たのは、『サリウス・ブラント』と名乗る遊牧草原を管理するデモン・半竜の一人。
話によれば、ヨハネの使徒は、どこからともなく現れ、遅い動きながら遊牧草原を歩き進め、ニーベルンゲン草原の方向を目指しているという。
「ということは地上稼働型のヨハネの使徒。だがなぜだ?基本的にヨハネの使徒は魔力(マナ)の高い者を狙う」
「……それは」
情報を持って来たデモンは表情を曇らせ、仕方がないといった感じで話をし出した。
「一人……一人我々の中で、マナが高い者がいる、俺の息子『トシュデン・ブラント』だ。多分ヨハネの使徒は息子を狙っている。そして息子が今居る場所は……ニーベルンゲン草原の集落だ」
話を聞いた指令部の教団員は、なるほどと納得する。
ヨハネの使徒に狙われるほどのマナの持ち主は、当然浄化師候補として教団に保護される。
だが、このサリウスという男は、息子を教団に取られたくなかったのだろうと。
「ヨハネの使徒の討伐および軍事的支援は教団の義務。すぐに浄化師を向かわせることになるが、あなたの息子の保護も視野に入る」
「……やはり」
予想通りの答えに、男は肩を落とすが、こればかりは世界のためにも、トシュデンのためにも、致し方ないことだと教団員は話を続けることにした。
「結論から言えば危険。息子さんも、あなたも、そしてドラゴンたちも。そう考えると、息子さんの保護が一番の対処法になってしまう」
「そうですか……。ヨハネの使徒の討伐と……トシュデンをよろしくお願いします」
「全力をつくすと約束しか出来ませんが」
肩を落として部屋から出ていく男を、いたたまれなく見つめつつも、教団員は男が置いて行った情報を報告するために、集約を開始した。
待つこと一日。
すぐに竜の渓谷に待機しているレヴェナントに連絡を取り、情報収集した結果がこの司令部に集められた。
「ヨハネの使徒は地上稼働型一体、推定体長は三メートルほど。低速で移動をしているので、移動速度は10㎞から20㎞。ただ今まで見た中でも巨大な部類に入るそうです」
次々と読み上げられる報告の数々。
「これは見た目からの判断でしょうが、四脚の足の右方向、その付根に魔方陣が見えたと報告にあります。おそらくこれがコアでしょう」
「付根とあるが、それは地面に接している場所なのか、それとも地面に近い場所なのか、それにより対処も大きく変わる」
確かに教団員の言う通り。
もし、地面に接している場所ならば、ヨハネの使徒が足を上げない限り、魔方陣を狙うのが難しい。
達人ならば、四脚の一本ごと斬り落としてしまうだろうが。
「草原という障害物がない場所というのが辛いが、浄化師を向かわせれば、少なくともヨハネの使徒はターゲットを、サリウスの息子トシュデンから浄化師離すことが出来る」
それにはこの会議に出席している司令部の教団員全員が同意。
「対象の保護と、ヨハネの使徒の討伐そしてパーツの回収。やることは多い」
天使の姿をした悪魔のような生物から、貴重な素質を持った子供を助けつつ、討伐しなければならない。
そして浄化師に指令が下る。
――ヨハネの使徒が子供に手をかける前に討伐しろ!!
|
|
|
樹氷群ノルウェンデイでの指令の帰り道、トナカイに引かれたソリ馬車に乗りながら、『ジャネット・マイヤー』はゴクスタの街を通過している時、見えた店の中の『ある物』が気になった。
「あれって、トロール・ブルーよね?」
トロール・ブルーまたはアイスブルーと呼ばれる、ノルウェンディを代表する工芸品で、水気の魔結晶を魔術で水に溶かし、それを凍らせて象った物。
よりアイスブルーの色合いを増した、陶器のような質感と強度を持った固定氷塊と言われればそれまでだが、その見た目の綺麗さと儚さから、観光客には大人気の一品。
勿論ノルウェンディでも、トロール・ブルーを保護し、その手法は極秘扱いなのだから需要も高い。
「私も一つくらいトロール・ブルーが欲しいな」
そういうジャネットを、パートナーである『ユリアーン・ファン』は、向かい側に座りながら見詰めている。
「どんな形のトロール・ブルーが欲しいんだい?」
そう優しく声をかければ、ジャネットは真剣にユリアーンを見つめ返した。
「私たちの証、アブソリュートスペルに因んだ形がいいわ」
「魔術真名……『死の舞台を君に』をかい?」
「そう、死の舞台……ダンス・マカブル。それをモチーフとしたトロール・ブルー。二人の記念になると思って……だめ?」
それにユリアーンは、ゆっくりと首を横に振る。
「いいや、僕たちを繋ぐものを形に……。いいよジャネットのために」
「ありがとうユリアーン」
ユリアーンは御者を呼びソリ馬車を止めさせ、少し街を歩いてから気になった店へ、ジャネットと一緒に入ってみた。
店の中には色とりどりのトロール・ブルーが置いてあり飾られているが、ジャネットが気に入る物はなに1つない。
「あの店主さん、トロール・ブルーはオリジナルを作れないのでしょうか?」
思い切ってジャネットが店主にたずねてみれば。
「いいえ、絵か何かで形を決めることは出来ます。ただし魔結晶を溶かす技術は秘密ですがね」
後、オーダーメイドの一点物になりますので、少々お値段は張りますが……などと言い、店主はにこやかに笑っている。
「それは当たり前だと思います。でも、あれを絵に出来るかしら?」
「やってみようジャネット。君なら出来るから」
店主に用意して貰った白いキャンパスに、ジャネットとユリアーンは、二人を繋ぐダンス・マカブルを、少しずつだけど絵にしていく。
「今すぐ出来なくても、絵が完成して『こうしたい』という説明つきで送って下さっても構いませんよ、浄化師のお嬢さん」
確かに絵を1枚描き上げるのには時間がかかる。更にジャネットたちが作ろうとしているのは、形のないアプソリュートスペルなのだから、それを表現するのは殊更難しい。
「ではこうしませんか店主。僕たちは教団本部に戻ってから絵を完成させて、こちらに送ります。ただしオマケが沢山つきそうですがね」
「オマケ……ですか??」
ユリアーンの言葉に、店主はなぜという感じの不思議顔。
「教団は寮での集団生活なので……。こんなことをやっていると知ると、みんなやりたがるのです。沢山の注文……大丈夫ですか?」
それには『店の儲けになるから』と、店主は大喜び。
確認を取ったジャネットとユリアーンは、絵を送りトロール・ブルーを作ってもらうという楽しみ半分で、教団に戻ることになった。
教団寮に戻ってからは、絵心のあるジャネットが主に絵を描き、ユリアーンはそのアドバイスというのを、教団寮の共有スペースでよく見るようになり、その噂は教団内に広まっていく。
絵が出来上がり、ゴクスタの店に送った後に届いた、二人のトロール・ブルー。
その形は、数人の女性が輪になって踊るという、青く綺麗な置物。
「思った通りの形になったわ」
「輪になって死の舞を踊る蒼き女性たち。僕たちのアブソリュートスペル『死の舞踏を君に』に、ぴったりだね」
「店主さんの技術も上手いです」
出来上がったトロール・ブルーを、一目見ようと沢山の浄化師たちがジャネットの部屋に押し寄せ、そして自分たちも欲しいと、二人に店の名前をたずねるのが恒例になったよう。
勿論みんなに真摯に対応し答えるジャネットとユリアーン。
だって店主との約束だから。沢山注文して、店主を喜ばせたい気持ちでいっぱい。
こんなに綺麗なのだから……欲しいでしょう?
アイスブルーの色をした二人だけの置物。あなたたちも欲しくはありませんか?
|
|