|
栄光と挫折が入り混じり、熱気と狂騒に浮かれる冒険者達が集まる場所。
それが冒険者ギルド「シエスタ」だ。
酒場を兼ねた情報交流の店だけあって、いたる所で酒盛りに余念がない。
中には、酒をおごる者も。
もっとも、おごる理由が純粋な好意だけとは限らないのが、シエスタという場所ではあったが。
「どうぞどうぞ。今日は私の奢りです」
にこやかな笑顔に含みのある眼差しを混ぜ合わせ、ギルドの紹介業者であるクロアは、テーブルに就いた冒険者達に気前よく言う。
「わぁ、嬉しい。タダってことなんだ、クロさん」
冒険者の1人、20そこそこの見目良い美女といった姿をしたセパルがクロアに返す。
「タダより怖い物は無いって言うけど、その辺どうなの?」
「いやですねぇ」
笑顔でクロアは言った。
「おごるだけでタダじゃないですよ」
「必要経費ってことね。おごるから仕事引き受けろってことでしょ?」
そう言いながら店のウェイトレスを呼んだのは、セパルの仲間である涼やかな美女セレナ。
「セパルはカルアミルクで、私はサザンオレンジで。ウボーは、どうする?」
セレナに訊かれたのは、冒険者仲間の最後の1人であるウボー。
20代半ばの厳ついにぃちゃんといった見た目のウボーは、見た目に反して甘めのお酒を注文する。
「ルシアンを頼む。あとツマミにチーズとサラミと枝豆」
注文を受けたウェイトレスが離れたのを見計らって、セパルはクロアに言った。
「それで、今日は何の依頼? 最近、儲かってるみたいだけど」
「ええ、お蔭さまで。貴女達が手に入れてくれた試練の塔までの地図と内部の情報は、よく売れましたからねぇ」
いまクロアが口にしたのは、以前セパル達が浄化師達の手助けを受けて訪れたダンジョンのことだ。
島ひとつが丸ごとダンジョンとして認定されている虚栄の孤島。
その中にある魔法使いが建てたと言われている試練の塔。
そこに行くまでの安全な道のりと、塔内部の情報を記した物をクロアはセパル達から買い取り、それを写した物を冒険者達に売ったのだ。
「貴女達への情報料が、思いのほか安かったですからねぇ。お蔭で薄利多売が出来ました」
「お礼なら、あの時一緒に行ってくれた浄化師の子たちにも言ってあげて」
セパルは、お酒を持って来てくれたウェイトレスに笑顔で返しながら続けて言った。
「途中までの道のりやダンジョンの様子を一緒になってメモを取ってくれたからね。あの子たちの頑張りを、勝手にこっちがお金に変えて受け取る訳にはいかないもの」
「おや、人が好い」
「そういうクロさんだって、薄利多売にしてくれたんでしょ?」
「その方が、長い目で見ると旨味がありましたからねぇ」
「どういうこと?」
カルアミルクを一口飲んで尋ねるセパルに、クロアは笑みを浮かべ返す。
「薄利多売にすれば、それだけ多くの冒険者が試練の塔に行ってくれますから。あのダンジョンは、2階まで踏破する度に魔結晶が手に入りますからねぇ」
「……なるほど。魔結晶の売買で儲けるってことか」
唐辛子の効いたサラミを摘まみながら、クロアの言葉に返したのはウボーだった。
「直接売買しても良し。取引情報を売り買いしても良し。トーマス・ワットとセレスト・メデュースが関わって蒸気船が出来たらしい、という噂話も聞くしな。その蒸気船の燃料に魔結晶が使われているなら――」
「魔結晶の相場は大きく動くってことですからねぇ」
クロアは、ほど良い塩味の枝豆を摘まんでから続けて言った。
「上がるにしろ下がるにしろ、動きさえあれば儲けられますから。そのためにも、試練の塔で魔結晶を冒険者の皆さんには取って来て欲しいんですがねぇ」
「なにかあったの?」
セパルの問い掛けにクロアは返す。
「少しばかり、試練の塔に出て来るゴーレムに可笑しなのが混ざるようになったらしいんですよ」
「オカシイって?」
セパルの問い掛けにクロアは応える。
「ゴーレムを破壊すると、魔法らしい何かが掛けられるらしいんです」
「それって、何か危ないことでもあったの?」
これにクロアは返した。
「ネコ耳が生えるらしいです」
「ネコ耳」
「あと語尾が、にゃーになったり」
「にゃー」
「バニーガール姿になったりするそうですよ」
「コスプレ?」
クロアの応えを聞いて、セパルは頭痛を堪えているような表情になる。
「ホント、イイ趣味してるよ、あの塔を作った魔法使い」
「愉快な人だったんでしょうねぇ」
「人だったのかどうかは知んないけどね。それで、そういうのが出たからって、何が問題なの?」
セパルの問い掛けに、クロアは変わらぬ笑みを浮かべて返した。
「気味悪がって、試練の塔に行ってくれる冒険者が減ってるんですよ」
「それはしょうがないんじゃない?」
サザンオレンジを飲み干したセレナがクロアに返す。
「浄化師みたいに、怪我とかした時に助けてくれる当てがあるなら良いけど、冒険者は自分の身一つだもの。その分、慎重になるわよ」
「もっともで。だから今回も、浄化師の方達に御足労願っていただこうと思ってるんですよ」
「……試練の塔の魔法のトラップを調べて来て貰うってことね。で、その案内と、その時の情報を仕入れて欲しいってこと?」
セパルの問い掛けにクロアは頷いた。
「ええ、そういうことです」
「手伝ってくれるかな?」
「少しでもやる気を出して貰えるように、依頼料は弾むつもりです。というわけで、よろしくお願いしますよ」
にっこり笑いながら言うクロアに、肩をすくめるようにして頷く冒険者達だった。
そんなやり取りがあった数日後、教団に一つの指令が出されました。
内容は、次の通りです。
試練の塔と呼ばれるダンジョンを調査して欲しい。
試練の塔の概要は次の通り。
魔法使いが作ったとされる塔。
現在は、2階までしか進めない。
各階の広さは、50m×50m。
1階は、訪れた人数×2の小型ゴーレムが出現する。
ゴーレムは対応する人物の不利属性を持つ。
ゴーレム出現時に、落とし穴で地下に落とされる可能性あり。
地下は、落下の瞬間は床がぽよぽよしてるので、落ちても怪我はしない。
1階のゴーレム全てを破壊すると、2階への階段が降りてくる。
2階に移動すると、1階と同じように訪れた人数×2の小型ゴーレムが出現する。
1階と同じく、対応する人物の不利属性を持つ。
一定時間以内に全て倒し切れないと、追加でゴーレムが発生する。
2階に出現したゴーレム全てを倒すと、地下に落ちた者達は解放され、その際に魔結晶を手に入れることが出来る。
なお、ゴーレムを倒すと何らかの魔法的なトラップが発動される可能性あり。
どんなトラップなのか、詳細を求む。
指令書の内容は、こんな感じでした。
魔法のトラップは、どうやら大したことは無いようですし、出て来るゴーレムもそれほど強くはないので、新規に浄化師になった人にもお勧めとの事でした。
この指令に、アナタ達は――?
|
|
|
「今回任せる指令は……ここ最近浄化師としての志しに悩むことも多くなったし、いいチャンスだろう。
お前たち、アムネシア・ベリアルの疑いのある者の対応にあたってほしい」
ロリクの言葉に集まった浄化師たちは緊張の面持ちになる。
浄化師には大抵自分の生きる道があるのだが、あまりにも意識しすぎると精神的におかしくなってしまうことがある。
「今回、俺の同期なんだよなぁ」
え、ロリクさんの知り合い!
「その問題の奴のパートナーが今来てる。ほら挨拶しろ」
「あらあら、あらあら、みなさん、かわいらしい人たちねぇ」
車いすに乗って、点滴している婦人……って、え! 病人ですよ。この人!
「はじめまして。私、アライブは墓守のエマです。今回はよろしくお願いしますね。……ええっと、こんな状態でごめんなさい。私、もともと体が弱いうえ、ごぼっ!」
血、血を吐きました!
ロリクさん、この人、大丈夫ですか。
「エマは昔から病弱、貧弱、貧相、教団では知る者はみな吐血のエマと呼ぶ女だ。
あ、吐血については気にしなくていいぞ。いつものことだ。墓守としては優秀なんだが……いつもよりひどいな、なんで車いすに点滴?」
「それはおいおい話しますけど、今回は私のパートナーを助けるのに協力してほしいんです」
エマのパートナーであり、喰人の名前は陸奥という。
アライブは悪魔祓い。隠密行動を得意とし、スナイパーとして優秀だ。また絶対に前線に出ないことで一部の浄化師たちには知られている。
戦い方も、エマが墓守として注意と防御を引き受け、その隙をついて陸奥が敵を根絶やしにするという息の合ったコンビネーションを発揮する。
「陸奥は自己防衛を信条とし、絶対に自分から敵に近づかないし、見つからないようにしていた。
自分が見つかれば味方全体を危険に陥れることを危惧して……ひどく慎重な奴だったんだが」
ただし。とロリクが付け加えた。
「あのバカ、最近、なぜかその戦い方をせずに前線に出まくっているんだ」
「理由はわかっているんです。私が指令中に倒れてしまってベリアルに襲われそうになったんです。
そのとき、陸奥は私や仲間を守るために前線に出て戦って……。
もともと、ベリアルに生まれた村を滅ぼされて必要以上に失うことを恐れていたんですけど……、
それから陸奥はぼーっとすることが増えて、必要以上に手を洗ったり、眠れてないことがあって」
「典型的なアムネシア・ベリアルの症状だな。といっても、陸奥の場合は幸いにもまだ危険領域に来たに過ぎない。
今回山のなかにベリアルが出たんだが、その退治に陸奥が参加することになっている。
お前たちはベリアルを倒し、さらに彼に自己防衛をとるように促すこと」
「すいません。私も一緒にいきたいのですが、こんな有様で……ごふぅ」
「おい、もともと体が弱かったが、どうしたんだ、本当に」
「前の指令で倒れた原因にもあるんだけど……実は、妊娠しちゃったみたいなの」
「は」
は。
え、あ、あの、えーーー!
「だから、陸奥との赤ちゃんが出来ちゃったのよ。んふふふ、結婚してはや十年、諦めていたんだけど、ようやく!」
「お、おめでとうって、いまいうべきなのか! え、まて、それ、陸奥は」
「……言おうとしても、ぼーっとしていて、それに私が倒れてからますます混乱しちゃって、言うタイミングが」
「……」
……。えーと。これってさりげなく重要なことに重要なことが増えましたよね。ロリクさん。
「お、おう。ど、どうしよう、これは」
こつん、と足音がしたのに、はっとして全員が振り返る。
黒い外套に身を包んだ、白髪の男がやってくる。整っている顔立ちはどこか陰気ともとれるほどに疲れが滲んでいる。
ぽたり、と何かが落ちた。
血だ。
よく見れば彼の両手は血まみれで、包帯がまかれていた。
「……エマ? 君は安静にしないといけない……と、先生が……っ……病室にはやく……手を、手を洗わないと、きたない……」
「陸奥、お」
「ロリク? ……今回組む浄化師たちだな? ベリアルとの戦闘……せいぜい、気をつけるんだな」
ぼんやりとした視線をさ迷わせ、陸奥はそれだけいうと報告書の提出があると口にして行ってしまう。
「ありゃ、思ったよりも重症だな。お前ら、今回は他人事じゃない。今後のことも含めて、よくパートナーと話し合って、あいつの対応にあたってくれ」
「すいません。よろしくお願いします。私に出来ることはなんでもご協力しますから」
|
|
|
「ポール・キュヴィリエ」
ヤコブ・フェーンは不機嫌そうに一人の男の名を読み上げる。
「そいつは浄化師の素質を持つ男だ。……ビッシュ孤児院と自警団の両方から通報があった」
ヤコブはいかにも中間管理職といった中年男性だった。
「貴重な浄化師候補だ。どんな手段でも構わん。連れてくるんだ、分かったな」
誰かが説得では駄目ですか、と発言する。ヤコブは鼻で笑って切り捨てた。
「一度接触したようだが、手負いの獣のような有様だったらしい。酒浸りの冒険者一人すら、連れて来られんとは嘆かわしい……浄化師の質も落ちたものだ。我々司令部がこれだけ頑張っているというのに、全く情けないとは思わんかね」
ヤコブは嫌みったらしい言葉を投げかけ、浄化師の反応を楽しむように口の端を上げた。
「教団に入るぐらいなら死んだ方がマシだとまで吠えたらしい。これは教団への冒涜だ! 縄にかけても連れてこい!」
自分の言葉に酔っているのかヤコブは浄化師達に居丈高に命令を下す。
そんなヤコブに反論するように、嫌がる相手を無理矢理連れて来るなんて、と非難の声を上げる者もいる。
「なら、死んでもいいんだな?」
「え?」
その場にいた浄化師達が言葉を失う。すぐにどういう意味なのかと喰ってかかる前に、ヤコブが口を開いた。
「すでに魔力の消費に体が追いつかずパンク寸前だ。お前達が行かなければ、いつ死んでもおかしくないだろうな」
浄化師の素質を持つ者は、常人より多くの魔力を保有する代わりにひどく短命だ。
その理由は、限界を超えて生成される魔力に体が耐えきれないからだ。
魔力パンクでの死亡率は100%だ。浄化師が教団でしか生きていけないのは、その為だ。
魔力パンクする前には、胸の付近が苦しくなったり、動悸・息切れが引き起こったり、自身の意志で魔力をコントロールできなくなる等の症状が現れる。
さらに最悪なのは、コントロールできなくなった膨大な魔力に引き寄せられて、ヨハネの使徒に通常以上に狙われやすくなる。下手すれば、本人だけでなく周辺の者にも危害が及ぶ。
だから、浄化師は生きる為だったり、身の回りの者を巻き込まない為に否応なく教団の門を叩く。
教団に所属すれば、戦闘員として扱われる。魔力を安定させコントロールする術と衣食住の保証が与えられる代わりに、ヨハネの使徒とベリアルの討伐に駆り出されることになる。それを嫌がって浄化師になるのを拒む者も少なくない。
「そいつは樹梢湖に何か用でもあるのか頻繁に潜っているようだ。樹梢湖から帰ってきたところを勧誘したが逃げられている。さらに樹梢湖付近の村でよく目撃情報が挙がっており、樹梢湖内に逃げられないように自警団の者に見張りを立たせている」
ヤコブは面倒くさそうな顔を隠さず、話を続ける。
「幸いにもヨハネの使徒の目撃情報はないが、いつ現れてもおかしくないだろうな。村人を危険に晒したくなければ、早急に連れてくるんだな」
ヤコブがまるで他人事のような言いぐさで書類をめくる。
「逃げ回る馬鹿者を生かしたいなら、教団に連れてくるしかない。浄化師は教団でしか生きられないのだからな」
残酷な事実を何の感慨もなく浄化師に向かって言い放つ。
「すでに他の教団員が出向いたが説得に失敗しているんだ。説得ができるものならしてみるんだな。私はできない方に賭けるが」
意地悪げに眼を細めると、立派に整えられた髭を撫でる。
「そいつの出身の孤児院長も説得したようだが、無理だったようだなしなあ……お前達が説得失敗するのが目に浮かぶようだな」
ヤコブは浄化師達が説得できず、武力行使で連れてくると確信しているようだった。
「殊勝なことに死ぬ前に随分と院長に金を預けていったようだ。説得できないのはお前達のせいだが、必ずそいつを連れて帰ってこい。くれぐれも私の顔に泥を塗る行為はするんじゃないぞ、いいな!」
長身痩躯のヤコブは壇上から見下ろすように命じる。
浄化師達は無言のまま。それに焦れたヤコブは、
「私なら簡単に連れて来ましょう、と上司に言ってしまったんだ。必ずその男を連れてこなければならん!」
ぽろりと自身の事情を暴露したことにも気づかずに感情的に叫ぶ。
「いいか、絶対に失敗するんじゃないぞ! 分かったなら、今すぐ行け! さあ、行くんだ」
そうヤコブは部屋の扉を指さすと、犬でも追い払うかのようにシッシッと追い払った。
後味の悪い任務になりそうな予感に、浄化師達は重いため息をつくのだった。
|
|
|
ある昼下がりの午後。
教団に一人の少女から、依頼が持ち込まれた。
ふわふわとした長い金髪に、頭には白いリボンを付けた可愛らしい少女だった。
その少女は困った顔をしながら、教団員に言った。
少女の話を聞けば何でも、少女が住んでいる村では毎年収穫祭が行われていると言う。
収穫祭は村で収穫される果物を使ってタルトを作り、歌や劇、色んな催し物をして村人たちが楽しむ祭りとなっていた。
だがあまりにも自然豊かな村である為、年々村を出ていく若者達が多かった。
その為今まで収穫祭で執り行われていた歌や劇、催し物は全て廃止になり、収穫祭では村人たちで名物のタルトを食べて雑談するだけのつまらない祭りとなった。
少女……アリスは自分の祖父である村長に収穫祭を変えるように掛け合ってみるが、
「若者がいないから仕方ないじゃろ。それに子供たちも大好きなタルトが食べれれば満足なんじゃよ」
と言って全く聞く耳を持たない。
困り果てたアリスは今回浄化師たちに協力を求めて、依頼をしてきた。
『昔みたいな皆の笑顔で溢れる収穫祭にしたいんです。浄化師さん、どうかお願いします』
教団員から指令内容を聞いた貴方たちは────。
|
|
|
穏やかな日差しや心地良い風に秋の訪れを肌で感じる様になってきた、ある日のこと――。
「ゴホ、ゴホゴホっ……」
一室で、苦しそうに咳き込む女性が一人。
「コホッ。ハァ……まさか風邪を引くなんて……」
彼女は白髪の混じった自分の頭を抱え、ぽつりと独り言を零した。
季節の変わり目は体調を崩しやすいというが、本当にその通りだと痛感する。
場所はアークソサエティの中心街から外れたとある小さな村。
その村で行われる秋の収穫祭も間近だというのに、何故自分は風邪など引いてしまったのかと、彼女は部屋から見える裏山を寂しげに見つめた。
畑にはお芋やセロリ、ニンジンなどの野菜が実り、その向こう側に見える山の麓には葡萄や林檎、栗の木なんかが少しずつ植わっている。
農作物を育てるのが好きとはいえ、色々植え過ぎただろうかと僅かに過ぎる後悔に「そんなわけない」と瞳を閉じた。
苗木から育てた作物は可愛い我が子も同然。
「きっと熱があるから、弱気になってしまうのね」
手塩にかけて育てた作物が、負担になるわけがないのだ。
だからこそ、心配は尽きない。
彼女は重い瞼を押し上げて今一度窓の外を眺めた。
夏が暑かった分、実りが早かったり水不足から枯れ始めている作物が多く目に留まる。
「樹木の葉が茶色くなりかけてるわね」
しかし、起き上がるのも困難なこの身体ではどうすることもできない。
なかなか取り除く事のできない倦怠感に、彼女は一人、大きな溜息を零した。
「そろそろ収穫してしまわないと、あっという間に冬が来てしまうわ」
どうしたら良いのだろう……。
それに加えて雲行きが怪しい。
天気の変わりやすい山は晴れていると思ったら急に雨が降り出したり、嵐にでもなろうものなら危なくて山に踏み入る事さえ困難だ。
――カタカタ……。
吹く風が戸を叩く。
「シートを掛けて保護だけでも……ゴホゴホっ、……ああ、無理そうね……」
無理に起き上がろうとすると頭がズキンと痛み、身体が軋む。
再び布団に倒れ込んだ彼女は、打開策を必死に考えた。
「近隣の人に頼む?」
そう呟いてから溜息を漏らす。
(――駄目よね。みんなだって収穫祭の為に頑張ってるんだから。無理は言えないわ)
「やっぱり自力でなんとか……」
できていたら苦労はしない。
例え治ったとしても、短期間で全てを収穫するのは難しいだろう。
それでも諦めるなんてことはできなくて――。
「そうだわ! あっ……イタタタ……っ」
閃いたと上げた自分の声が頭にズキンズキンと響き、咄嗟に両手で頭を押さえる。
「うっ……。とりあえず、少し寝てからにしましょう……」
そうして、少し起き上がれるようになってから、彼女はペンを取ったのだった。
――それから二日後。
教団に一通の依頼状が届けられた。
内容は、農作物の収穫のお手伝いをしてもらいたいとのこと……。
秋の収穫祭も間近なので、直ぐに出られる浄化師は依頼人の元へ向かい、手分けして収穫をお願いします。
依頼人が無事に収穫祭を迎えられるよう、精一杯尽力してもらいたい。
|
|
|
教皇国家アークソサエティ「ヴァン・ブリーズ」の西。
柑橘生産の盛んなこの村では、夏の終わりに「柑橘まつり」が開催される。
夏の終わりは、秋の始まり。
村人達は秋の始まりに、神に無事の収穫を祈るのだ。
過去を辿れば村人達だけでおこなっていた、このまつり。
だが、現在は誰でも参加できる。
しかもだ。
数年前、このまつりで出逢った者達が結ばれ、話が広まっていった。
出逢いを求める者は勿論、愛しい者とともに参加する姿も、見られるようになったのである。
貴方も、そんな参加者のひとりなのですね。
さぁどうぞ。
この通りでは家の前に、各家庭ごとの屋台が並びます。
村人達が柑橘を使ったお菓子やお料理をつくりますので、お楽しみに。
まっすぐ進んでいただくと、村人達が共同で使っている倉庫があります。
壁にどどーんと柑橘の絵を描きますので、よろしければご参加ください。
あぁそうでした。
お連れさまとの縁結びをご希望でしたら、倉庫の手前を南に。
ちょうどいま手を振ってくれている、あの女性のいるところが受付です。
お好きな色の紐におふたりのお名前を書いて、柑橘の木に結んでください。
おふたりの幸せを、お祈りしておりますね。
|
|
|
焼けるようだった夏が終わり、涼しい秋がやってきた。
長かった日は短くなり、ふと気がつけば夜が訪れている。この日もそんな調子だった。
「眠れない」
教団寮の自室で呟く。もう何度、ベッドの上で寝返りを打ったことだろう。安眠作用があるというハーブティも飲んでみたが、どうやら今夜は効かないらしい。
気が昂っているのだろうか。そうなるようなことがあっただろうか。緊張か、興奮か。
そんなことを他人事のように考えながら、ナイトウェアを脱いで教団の制服に着替える。ふらりと司令部を訪れ、掲示板をぼんやりと眺めた。
「……あ」
夜警募集。日付を確認してみれば、今夜だ。
慌てて受付を見ると、眠そう顔をした司令部教団員と目があった。
「三時間ほど適当に巡回してください~。たぶんなにも起こらないので~」
なんて、適当なことを言ってくる。とはいえ浄化師は二人一組で行動するもの、と思っていたところで。
以心伝心でもしたのか。ぬっと隣に現れた人物が、あまりにも見慣れたいわゆるパートナーが、片手を上げた。
「奇遇?」
「どうだろうねぇ」
肩をすくめ、夜警の依頼を受ける。どうやら教団本部周辺の夜警担当だった警備員が何名か、風邪で休んでいるらしい。代役として浄化師を立てようというわけだ。
白い満月が空に浮かぶ夜。気の抜けた夜警の指令。
さて、なにを話そうか。
|
|
|
「お前たち、そろそろ、こういう仕事をまわそうかと思う」
エントランスにやってきた浄化師たちは、いつものように指令を受けようとすると、ロリクに呼ばれた。
「ちょっと精神的に危険なやつがいて、その対応をお願いしたいんだ。もしかしたらそいつは自分の行いに固執しすぎているのかもしれない」
自分の存在意義。
それにあまりにも固執しすぎるとそのことだけしか考えることができず、逆に蔑ろにすることで、どうしてこの世に存在するのかが見失い、精神が不安定となる。
「今回、気になっているのは今年の春に浄化師になったルイ・シュナイダーという男だ。
種族はヒューマン、もともと医者を目指していたそうだが……相棒はリリカ・ルルで、こっちはベリアルに村を滅ぼされたことから浄化師を目指してきた。
相性は悪くないんだが……リリカは無鉄砲でけっこう傷を作ることが多く、ルイはしょちゅう、彼女の治癒にあたっていたらしい。
その上、今年はタチの悪い夏風邪がはやってなぁ」
ああ、ロリクもかかっていたよなぁ。
「そう、それにリリカもかかったらしい。らしいと……曖昧なのは彼女は寮以外のところで暮らしていて、一週間ほど姿を見ていない。そして、ルイ・シュナイダーの姿も」
ふぅとロリクはため息をついた。
「ルイ・シュナイダーは病を治すことを志して浄化師となったんだ」
浄化師のなかでも人々の命を尊み、病を憎むことを行動概念、信念とする者が掲げるのが『病魔根絶』の精神だ。
自分の信念を蔑ろにすれば、その者は人を癒す意味を見出せず、己の命の尊さすら忘れて廃人となってしまう。
逆に人々を癒すことにのみ心を砕き、行動するといずれは正常をなくし、ささいな傷でもオペをはじめてしまうほどの狂気を出してしまう。
「先ほども言ったように、ルイは指令のたびにケガをするリリカや他の仲間たちの治癒に専念していた。
まぁもともと過去に起こったデス・ワルツを話で聞いて、二度と起こしたくないと思って医者志望となったそうだ。
医者志望だと、どうしてもあの事件のことを勉強するからな、人一倍病に対しては敏感になってしまうからなぁ。
しかし、今はペストにしろ、他の病気にもきちんと対処法があるんだが……彼はあまりにも命を守ることに固執しすぎて、常識を忘れ、
手段を択ばなくなっているのではないかと思われる。
ちょっと前から少し気にはなっていたんだが……お前たちにお願いしたいのは、リリカ・ルルの住まいへと訪れ、無事かの確認。
そしてルイがいれば、彼の状態を確認し、彼への説得を試みること。
リリカがいるなら彼女にも事情を説明し、一緒に説得にあたること。精神的に追い詰められて、精神が暴走状態にあるやつはベリアル化の可能性もあるが、
絆を結んだパートナーの声で戻ってこれる。ただリリカも突然のことでびっくりして説得もなにも考えつかない可能性は高いから、
お前たちがあれこれとアドバイスしたり、サポートしてやれ。
これは他人事じゃない。お前らだってある可能性があるんだ。今後のためにもきちんと対応してこい」
●
光を嫌い、彼はカーテンをしっかりと閉めた。薄暗い部屋のなか。
彼はマスクをかぶる。自分が病にかかってはいけない。病から守らなくては。大切な人たちを。
強い香辛料の匂いが漂う、鳥のようなマスクをつけて彼は助けるべき患者を見る。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ、たすける、たすける、たすけてみせる」
メスを握りしめ、彼は告げる。
「いのちをたすけてみせる。きみをすくってみせる。やまいよ、きえろ」
救うための、その指先は、黒く染まり、ひび割れていた。
|
|
|
晩夏のある朝、霧深い森の中を、黒い外套に身を包んだ四人の男が音も無く駈け抜けてゆく。
一定の速度で、息も乱さず、木々の間を滑るように疾走していく彼らの姿は、さながら死神か、幽鬼のようだ。
全員が終焉の夜明け団の信者だが、巨大で異様な組織の中でも、彼らはひときわ異彩を放っている。
彼らは、組織の裏切り者や、敵対者の抹殺を主な任務として活動している信者たち――いわゆる処刑人、暗殺専門のスペシャリストなのだ。
当然ながら、その実力は折り紙つきで、彼らに狙われて命を落とさずに済んだ者は、数えるほどしかいないという。
(そろそろ、か……)
四人の先頭をゆくアインは、ターゲットが近いことを察して、後方の部下たち――ツヴァイ、ドライ、フィーアに注意を促すハンドサインを送った。
経験豊富で、普段は常に冷静沈着な三人の部下も、今回ばかりは内心の不安と緊張がはっきりと顔に表れてしまっている。
(まあ、無理もないな)
アインは、五感を研ぎ澄まして前方の気配を探りながら、乾いた唇を舐めた。
組織のアジトのひとつが、ひとりの女によって壊滅させられた――数日前、本部にその情報が届いた時には、アインも思わず自分の耳を疑った。
やられたのは、辺境にある小規模な拠点ではあったが、それでも常に十名以上の魔術師が所属し、防衛にあたっていたはずなのだ。それを、まさかたったひとりの女に潰されるとは――。
敵の正体は不明だが、相当な実力者であることだけは間違いない。
油断すれば、こちらがやられる――アインが額に浮いた汗を無意識に拭いながら、木々の間を抜け、小さな丘の上に出たとき――、
「待っていましたわ」
突然声がして、慌てて見上げると、丘の頂上にたっている若い女が、こちらを見つめて微笑んでいるのに気づいた。
「……っ!!!」
四人の男は驚愕し、不用意にもその場で硬直してしまう。
(ばかな……この俺が、まったく気配を察することができなかったというのか……)
アインは、信じられないような表情で女の柔和な顔を見つめる。
女の周囲には、キメラと思われる異形の怪物が、三体。
大きさは、大人の人間とほぼ同じ。爬虫類の顔と皮膚をもつ、二足歩行のモンスターだ。おそらくは、トカゲとサルを合成して生み出したキメラだろう。
あえて名付けるなら、リザードマン、といったところか――。
なるほど、キメラを引き連れていたのだとすれば、女ひとりにアジトが壊滅させられた、というのも納得がいく。
「……我々のアジトを襲ったのは、お前か」
アインの隣にたつツヴァイが、重たい声で訊くと、
「ええ、そうです」
着古した修道服に身を包んだ女は、金色の眼を細めて余裕たっぷりに答えた。
「なぜだ……なぜ、我々の敵となる?」
四人で一番若いドライが口を開くと、女は小さく肩をすくめた。
「ここで命を落とすあなた方が、それを知る必要はありません」
「なるほど……」
フィーアが殺気を放ちながら不気味な笑みを浮かべると、アインはしずかに腰のナイフに手をかけた。
「女……殺すまえに、お前の名を聞いておきたい」
アインの問いに、女は、軽く笑って、
「ルシア……それが、わたしの名です」
意外にも素直に答えた。
「そうか……。では、覚悟しろ。ルシア」
アインがそういって、ナイフを手に駈け出そうとした、まさにその時――、
「ま、待てっ!」
油断なく周囲に気を配っていたツヴァイが、緊迫した声をあげた。
アインがとっさに振り向くと、部下の視線の先に、今しがた森から出てきたばかりの一団の人間がいるのが目に入る。
「!? ……教団の浄化師が、なんでこんなところに……?」
アインが苛立たしそうにつぶやくと、
「わたしが呼んだのです」
ルシアが、金色の眼を細めて、嬉しそうににいった。
「なに……?」
「終焉の夜明け団のアジトを襲えば、あなたたちが追ってくることは、はじめからわかっていました。ですから、アジトを襲う前に、教団に情報を流しておいたのです」
「…………」
「わたしは、今まであなた方からただ逃げていたわけではありません。彼ら――教団の浄化師たちをずっと探していたのです。わたしに代わって、あなた方を倒してもらうために」
「なんだと……」
「あなたたちと、薔薇十字教団の浄化師……はたして、どちらが強いのでしょうね……」
ルシアは、頬に手をあてながら、不敵な笑みを浮かべる。
浄化師たちは、終焉の夜明け団の信者とおぼしき男たちと、キメラを従えている女を交互に見つめつつ、武器を構える。
数日前、「ソレイユ地区の北部にある廃村に終焉の夜明け団のアジトがある」という未確認の情報が教団の本部に入り、その真偽を確かめるために派遣されてきたのだが――どうやら、今回はあの女に利用され、上手く操られていたらしい。
まったく、不本意で癪に障ることこの上ないが、こうして終焉の夜明け団の信者と、禁忌魔術を使用する者を見つけた以上、浄化師としてやるべきことはひとつしかない――。
「面倒だが、両方やるしかないな……」
アインはナイフを構えつつ、部下たちに頷いて見せる。
ルシアと、教団の浄化師を同時に相手にするのは厳しいが、かといってここで尻尾を巻いて逃げ出すわけにもいかない。
見たところ、女と浄化師たちは、友好関係にあるわけでもなさそうだ。となれば、こちらにも十分つけ入る隙はある――。
朝霧の流れる草原の丘で、今、奇妙な三つ巴の戦いがはじまる――。
|
|
|
「お前らは、自分の武器って大切にしているか?」
指令受付口でロリクが問うた。
浄化師たちの使う武器――魔喰器は、生け捕りにしたベリアルを武器へと変えたそれは魔術鍛冶職人ヴェルンド・ガロウなどの一部の腕のよい鍛冶職人によってつくられたものだ。
「魔術鍛冶職人はわりといるが、魔喰器を作れるのはとても少ない。それだけ大変難しい技術によってつくられている。
うん、たまに、ハリセーンとかよくわからないものがあるが、本当にたまによくわからないおたまとかあるが、あそこらへんはほんとよくわからないけど、ヴェルンドのおちゃめもたまに理解できないもんだ。疲れていたのか? いや、ほんと」
ロリクはこほんと咳を一つしたあと話を戻した。
「今回はその魔術鍛冶職人からの依頼だ。あ、といっても魔喰器を作れるやつじゃない。将来的にはなりたいとは口にしているが、将来的にどうなることやら」
「どうなることとはなんザマス! 僕は必ず魔喰器を作るザマス!」
いきなり声をあげたのは金髪に青い瞳、とがった耳の――エレメンツの青年だ。ほっそりとした肉体の青年は胸を反らした。
「はじめましてザマス! 僕はウィリ・ウィリカ・レイド・ノルト・ヴァ」
「長い、長い、長い! 気軽にウィリでいいだろう!」
「むぅ。自己紹介くらいはきちんとしようと思ったザマスが、まぁ、本気出してやったら一日かかっちゃうザマスからねぇ」
ウィリはロリクを睨みつつ、笑った。
「将来、世界一の魔術鍛冶職人になる僕のことをきちんと覚えておくザマス!」
「今は見習いだろう」
ロリクが冷たくつっこんだ。
「今回の依頼人はこいつだ。なんでもここから一日ほどかかる距離に森があって、そこを抜けたところにある崖にいい魔結晶があるそうなんだ。
ただこの崖はちょっと危険でな、実はソードラプターの巣があって、二羽ほど目撃されてる。
ちなみに巣はちょうど崖の中央部で、上から紐を吊るして降りるなんかは危険すぎるし、下からのぼるのも険しすぎて困難だ。デモンなんかで飛べるやつがいたらぎりぎり手が届く、ぐらいの高さの場所だ。
ソードラプターを退治しつつ、魔結晶を集めるのを手伝ってほしいというものだ」
「野宿の準備はばっちりするザマス! 調理用発火符なんかは僕が用意しておくザマス。
なんでついてくるかって……道具となる大本の素材はぴちぴちなときがいいザマス! それに素人が乱暴にやって傷がついても困るザマス! といっても僕は戦うなんて野暮なことはしないザマスからしっかりと僕のことを守るのはお願いザマス。
武器や道具を粗末に扱うやつは軽くおしおきしちゃうザマスよ?」
|
|