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「なぁなぁ! おもしれーもん見つけたんだ!」
「何よ? アンタが言う面白いものってどうせ熊のフンとか変な色のカエルでしょ? 早くお仕事して帰るわよ!」
年の頃は12、3歳くらいだろうか。活発そうな男の子と真面目そうな女の子が山道を歩いている。
背中には柴(しば)が入ったカゴ。恐らくは家の手伝いなのだろう。
ここはミズガルズ地方、ソレイユ地区の端。木々が生い茂る小高い山に隣接するように村があり、村人達はその恩恵を受けて生きている。主にここで採れるのは質の良いナッツで、その実を加工した工芸品や食料品で生計を立てているが、あまり裕福では無い為に成長したらこの村を出て行く若者が多く、過疎化に悩まされているのが実情だろうか。
「ほんとだって! 今度は変なものじゃねーよ! 白くてツヤツヤスベスベな岩なんだ! 姉ちゃんもきっと気に入るし、もしかしたらなんかの宝石かもしれねぇ。そしたら俺達お金持ちかもよ?」
「はぁ……。アンタねぇ。ここの山は土は良いけど鉱石の類いなんて出ないって昔に偉い学者先生が言ってたでしょ? ホラ、そんな事よりこのカゴいっぱいにしなきゃ、またお母さんに叱られるよ?」
姉と呼ばれた少女は溜息を吐いて柴を拾いながらカゴに入れていく。きょうだいの家はナッツの加工を主に請け負っており、ローストする為に大量の質の良い焚き木や柴が必要なのだ。なので他の村人達よりは比較的に山の中を歩くのは得意としている。弟が変な石だか岩だかを見つけたのは山を遊び場にしていた事もあるのだろう。
「姉ちゃん! こっちこっち! ……あれ?」
男の子が得意気に先導するが、次の瞬間、怪訝な表情になった。
「何よ、どうしたの? アラ、本当に綺麗な岩ね。石灰が混じっているのかしら。大理石の材料にはなりそうもないけれど、これはこれで良いわね」
「う、うん。……あんなところにあったっけ? 俺が見た時はあの大きな岩の影にあったんだけど」
首を捻る男の子だったが、少女はゆっくりと岩に近づく。大きさは今少女達が背負っているカゴにかろうじて入るくらいだろうか。
「丸いからちょっとした事で転がっちゃうのかもね。でもここは平坦になっているから大丈夫よ」
手に持った小枝で岩を軽くつついたり、叩いたりする少女。動いたりしないと解ると、直に手で触り始めた。
「わ、本当にツヤツヤしてスベスベ! これって削ったら美白の化粧品にならないかな?
うーん。……石灰だったら無理ね、かぶれちゃうから」
「姉ちゃんってホントに金の事しか興味無いんだな」
「当たり前よ。私はこんな村早く出て都会のお金持ちと結婚するんだから」
「出たよ出たよ。姉ちゃんの妄想が」
岩を撫でさする少女は何とか岩を持ち運べないか試行錯誤しているようだ。
「ねぇ、アンタ。私のカゴに入っている柴を全部そっちに移してくれない?」
「え、まさか」
「まさかよ。持って帰るの。ホラ、キリキリ働いて」
「うぇぇ……。マジかよ」
文句を言いつつも弟は姉のカゴから柴を全部自分のカゴに移した。おかげで姉のカゴは空。
「じゃ、この岩を私のカゴに入れるから手伝ってちょうだい。帰ったらナッツクッキー焼いてあげるから」
「ヘイヘイ、全く人使いの荒い姉ですこと」
そう言いつつも弟の顔は笑顔だ。お菓子に釣られたのかもしれない。
「ありがと。……ッ! 結構、重い、わね!」
「っとと! 姉ちゃん足元!」
「えっ!? うぐっ! カハッ!」
姉が木の根にひっかかり、転ぶのに釣られる形で弟も倒れる。
「ってて……。姉ちゃん、大丈夫か? ……姉ちゃん?」
「……」
しかし姉の顔は目を見開いたまま瞬き一つしない。腹部の上には先程二人で持ち上げようとした岩。
「オ、オイ……。冗談やめろよ、姉ちゃん、こ、これどかさなきゃ……」
弟は慌てて姉の腹の上に乗っている岩をどかそうと押すがびくともしない。
「なんでだよぉ……」
半泣きで岩を押す弟。しかし視界が歪んでいるために岩の変化には気が付かなかった。弟の死角になっている部分がピキリパキリと音を立てて罅割れて行く事に。
「ね、ねぇちゃあん。……ウオッ!?」
弟が岩の変化に気付いた時にはもう遅かった。
「ミイィィイイイイ!」
「ぎゃあああああ!」
緑色の何かが弟の視界を埋め尽くしたのだから……。
***
「おーい! ったく、アイツラどこまで行ったんだ? 村の皆にまで迷惑かけやがって」
「まぁまぁ、もしかしたら怪我でもして動けないかもしれないし、父親なんだから理由も無く頭ごなしに叱ってやるんじゃねーぞ」
「チッ! 分かってるよ。……すまんな、手を貸してもらって。アイツらが怪我でもしてたら背中に担いで帰ってやるよ。……小さい時のようにな」
山火事防止の為だろう。柄の短い松明を掲げた大人達が総出で森の中を捜索している。
その中にはきょうだい達の父親も居た。
しかし、少し先から男の野太い悲鳴が聞こえて来た。その声に父親は駆け出した。
「見つかったか!?」
「オイッ! 待てッ!」
隣に居た友人であろう男の制止を振り切って。
……しかし辿り着いた父親は絶句する。
「……なんだよ、これは」
そこにあったのは無残に食い散らかされた子供達の遺体。そして卵の殻のような白い破片。まるで遺体を白い花が飾るように、ばら撒かれていた。
「なんだよ、これはぁあああ!?」
父親は同じ言葉を繰り返すとその場にくずおれた。
「……獣にやられたか。この近くには凶暴な種は居なかったんだがな。巣を追われたクマかもしれん。人の味を覚えた獣は凶暴だぞ。悲しいかもしれんが、一旦村に……ってなんだこりゃ」
父親の肩にそっと手を置く友人だったが、自身の体に纏わり付くナニカを感じ、振り払おうと松明を振る。しかし何かに絡め取られるように、その腕は中空で止まった。
見回すと周りの男達も皆一様に妙な体勢のまま固まっている。複数の操り人形の糸を絡め合わせたらこんな感じに見えるだろうか。
……糸!? まさか!
「おい! 皆! 気をつけろ! コイツは獣じゃない!」
友人が何かに気付いて警告を発した時にはもう遅かった。すでに全員が罠にかかっていたのだから。
「ミィイイイイ!」
「ぎゃあっ!?」
それは例えるならば大きな緑色の芋虫だった。ただただ巨大である以外は。
捜索に来た男の肩にじゃれつくように乗る姿は愛嬌があるかもしれない。……首筋に噛み付いていなければ。
「ぎゃあっあっッッァッ……!」
芋虫が口から白い糸を出し、男の顔に吹き付ける。悲鳴をあげていたが、頭全体を覆うように糸が巻きつけられ、やがてガクリと力無く首が垂れ下がった。
男から離れた芋虫は地面に落ちた松明を避けるように進み、次のターゲットを物色しにかかる。
「ッ!? オイ! いつまで放心してやがる! コイツは手に負えねえ! 背を低くしてるお前は糸にかかってねぇ! こいつはベリアルだ! そのまま伏せながら逃げて教団に応援を、ギャアッ!」
友人が父親に声をかけるが、生気に満ちたと判断されたのか友人の首に芋虫が噛り付く。そのまま糸を吐き、友人は物言わぬ屍になった。
「スマン……! すまない!」
泣きながら這い蹲り、逃げる父親をその場で縫いとめられた村人達は諦めと縋る様な感情が入り混じった視線で見送るのみだった。
誰も言葉を発しない。何故ならば声を出した瞬間に自分の死が確定するのだから……。
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これは新人浄化師への洗礼という名の悪しき慣習の話だ。
真夏。それは人を開放的な気分にさせる季節。夜更けの寮で男たちは大盛り上がりでゲームに興じていた。
始まりは先輩浄化師の誘いからだった。
「お前ら、今暇か? ちょっとこっちでカードゲームやらねぇ」
いつもお世話になっている先輩達から新人達にゲームを持ちかけられた。
それは徐々に白熱していき、誰かが負けたら罰ゲームをしようと言い出す。
「安心しろ。お前らが勝ったら俺らが何でも奢ってやるよ。その代わり負けたら、……そうだなあ。指令を手伝ってもおうかな」
先輩の一人がそうフォローする
日頃頑張ってるからな、というお言葉と共になんか賭けた方が面白いだろとトランプをシャッフルし出す。
「今は夏だし祭りやイベントが多いからな。浄化師が駆り出されることも多くて人手が足んないんだよ」
人当たりのいい笑みでそう言われ、罰ゲームに身構えた者も肩の力を抜いた。ゲームは口実で人手が欲しいのだろう。
もし負けても指令を手伝ったら先輩が奢ってくれるかもしれないという打算が働いた者もいた。
その場の空気に流されて、賭事は始まったのだ。
10回勝負で新人と先輩に分かれて勝ち数が多い方が、先ほどの条件が叶うということに決まり、最初は新人達が勝っていた。これなら勝てるかもしれないと言う空気が漂う。だが、中盤になると勝ったり負けたり繰り返す。
夏の暑さにも負けずヒートアップしていくゲーム。負けた者は次こそ勝つべく勝負に乗る。そうしてゲームはさらなる泥仕合へと突き進んでいく。
賭事に勝者と敗者はつきものだ。今回のゲームもはっきりと勝者と敗者に分かたれた。
「いやー、負けちゃいましたね……せっかく先輩に奢ってもらえると思ったのに」
負けた新人浄化師が残念そうに頭を掻く。
「それで、何を手伝えばいいんですか、何でもやりますよ」
「なら、女装コンテスト頼むな!」
「え?」
どうにも耳に何か詰まっているらしい。よく聞き取れなかった。
「すみません、よく聞こえなかったんでもう一度言ってもらっていいですか?」
「お前らは女装コンテストに出場するんだ」
先輩は真顔。逃げようにも肩を強く掴まれ逃げられない。
「男に二言はない筈だ。負けたら指令を手伝ってくれると言ったよな」
先ほどの人当たりの良さは彼方に飛んでいき、いつの間にか用意されたエントリー用紙を目の前でひらひらさせる。まるで連帯保証人に借用書を突きつける高利貸しのようだ。
「ひでー、あんたら俺らのことハメたな!?」
「何言ってんだ。賭事に乗ったのはお前らだろ」
「そんな指令だって分かってたら絶対に乗らなかったのに!」
「事前確認が大事だと学べて良かったじゃないか」
「イヤだー、女装はイヤだー!」
それでも往生際悪く新人は足掻く。
「俺らも申し訳なく思ってるんだよ」
「申し訳なく思ってんなら参加しなくていいですよね」
「それは無理な話だ。毎年この指令は来るんだよな。でも、やりたがる者は中々いない」
「そりゃそうでしょうよ」
新人は荒んだ顔で吐き捨てる。そこに先輩への敬意は全くない。
「ってわけで、毎年新人から尊い犠牲、ゴホンッエントリーされるわけだ」
「犠牲!? あんた犠牲って言っただろ!?」
新人は不意にあることに気づく。
「それならあんたらも新人時代にしたってことか!?」
先輩方は無言の笑みを浮かべる。
「自分がされて嫌なことは人にしないで下さいよ!」
「ふざけんなっ! 俺らだけがあんな目に遭うなんて納得いかねー、逆に後輩ができたら絶対に参加させてやると決意したわ!」
「最悪だな! そこで止めろよ、俺らを巻き込むんじゃねえ!」
「だが、断る! さあ、とっととエントリー用紙に名前を書くんだ」
先輩と新人の醜い争いが深夜に響く。それは寮母であるロードピース・シンデレラが駆け付けるまで続けられた。
毎年夏になると、ピットーレ美術館で開催される同人即売会の運営から教団にある依頼が来る。
女装コンテストを盛り上げる為に浄化師に参加して欲しい、と。
市民にもっと親しみを持ってもらう名目で毎年新人は強制参加させられる。
そうこの為に、あらゆる手段を使って新人浄化師の中から生け贄を選出するのだ。いつから始まったかは分からないが、毎年密かに行われている選出の狂乱騒ぎは教団内では夏の風物詩であった。
新人時代に女装コンテストに出場させられた歴代の先輩方が、絶対に他にも道連れをつくってやるという決意の元、負の連鎖が毎年起こっているのだ。
結局、一悶着あって女装コンテストに出場することになったあなた。
ある者はハメられたと頭を抱えたり、未だに放心状態でいる者、パートナーに泣きつく者、嬉々として楽しむ者、自分でなくて良かったと内心安堵する者といった悲喜交々な人間模様が繰り広げられる。
賭事に負けて参加することになった者もいれば、先輩に公衆面前で土下座されて否とは言えず流された者、あるいは借りの清算を求められ嫌々参加することのなった者、パートナーが面白がって勝手に了承された者と参加理由は様々だ。
もちろん女性陣の方にも話は伝わっており、彼女達は彼らが着る服のコーディネート、化粧を施す手筈となっている。
パートナーにばれたくないと隠そうにもエントリーされた――指令を受けた時点でパートナーには知らされており、どこにも逃げ場はない。
夏のバカ騒ぎ。これもあなたたちにとっていろんな意味で忘れられない思い出となることだろう。
さあ、楽しい楽しい女装コンテストの始まりだ。
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海洋に住む生物を元にしたベリアルが出現した、と報せが広まったのはつい先日。その情報から海辺の街は警戒を強めた。
むろん、浄化師たちの活躍もあるが、自衛も必要と海辺の街にある自警団たちは、昼間と夜と海辺の警戒を行っていた。
夜。自警団たちは警備のため海岸近くにテントを張り、松明を焚いて夜の海を警戒していた。
光のない暗闇に、めらめらと燃える炎。
何事もないようにと祈る、のだが。
くおおおおおおおおおおおおおおおおおん。
海から不気味な声が轟き、その場にいた者たちは驚いき視線を向け、それを見た。
暗い闇のなかに白くうごめく巨大なそれを。
「山? 違う、あれは……悪魔っ!」
一人が蒼白に顔で叫んだ。
白い骨の山だった。否、骨と骨が組み上げられ、なにかの力によって生き物の形をしている――20メートルほどのそれは炎に照らされるとわかるが、透明に近い。
骨以外はほぼすべて透明で、ぶよぶよとした水の塊。
骨と透明なぷよぷよとした塊の中心――人でいうところのあばら骨に守られた、心臓部分には青い石がきらきらと輝いていた。まるで魂のように。
それは目もなく、鼻もない。ただ口らしいものは存在し、そこから不協和音を漏らす。
くおおおおおおおおおおおおおおおおおん。
ただの大声なのだろうが、一定の音を越えたものは鼓膜にダメージを与える。たいした装備もしていなかったなら余計に。
音のせいで動きをとめた人間を殺すのに、それは動くだけでよかった。体をくねらせるだけで穏やかだった波は嵐のごとく大きくうねりあげ、その場にいた人間を、ものを無造作に襲う。
塩辛い大きな波の一撃は人々の体力をそぎ落とし、歌うように紡がれるその声は疲弊した肉体に恐怖という精神的ダメージを与えるには十分だった。
サミシイ。
サミシイ。
トテモ、
サミシイ。
何度も押し寄せる波によって蹂躙される人々には絶望が広がった。
「だめだ、一時撤退! おい、確か、調査にきている浄化師がいるって聞いたぞ! そいつに助けを求めてこい」
「はい!」
足の速いものが急いで街へと走り出す。その間も波は荒れ、一人、また一人と倒れて、ランプを持つ者が仲間を抱えて逃げようとしたとき、それが歌をやめた。
透明なそれは闇に溶け、姿が見え難い。
海は波打つ。
静寂。
ざばん、と海から顔を出したのは大きな穴だった。
穴が、迫る、迫る、迫る――。
「ひぃ!」
もうだめだ、と仲間を抱えて目を閉じた。
炎が飛び――ぐしゃりと血肉が砕けた。
● ● ●
浄化師たちへ指令発行を行うロリクは少しばかり憂鬱そうな顔をして告げた。
「海辺の街がベリアルに襲われている。
今回、たまたま他の調査にこの街に立ち寄った浄化師のユギルが、自警団たちは守り切ったそうだが……」
「守り切ったとは優しい言い方じゃのぉ。ストレートに根負けして逃げかえってきたと言ってもいいぞ?」
ロリクが説明していると、奥から狐の面をつけたユギルが出てきた。その片腕は折れたのか、肩から吊るされている。
「ユギル! お前、安静にしろって」
「仕方なかろうが、あれを見たのは吾なのじゃから、かわいい子らへ説明せねばなるまいよ。
今回の討伐対象はただの鯨を元にしたベリアルではない、白い……骨の鯨を元にしているようじゃ。元は骨鯨という生き物じゃろう。
大きさとしては20メートル程度で、骨はむきだしじゃが、その骨を白い膜のようなもので覆われ、ぶよぶよしたクラゲのような見た目をしておる。
その中心部……人でいうところの心臓があるところじゃ、あばら骨に囲まれるようにして青く輝く石が存在した。
骨鯨は大きな声で、人の動きを止め、暴れまわり、疲労して疲れたところに大口を開けて、その場におった自警団らを食べようとしておった。
ふふ、片腕は犠牲となったが、その場にいた人間はみな無事じゃ。
しかし、いつ、あれが命を貪るために街へと入らんとも限らん。
あのベリアルはカタコトとはいえ言葉を語るゆえ、スケール2よ。お前たち、スケール2と戦ったことは?
あいつらは子供並みとはいえ知識を持っているから、きちんと討伐方法を考えて挑まねば、食い殺されるゆえ注意しておいき。
腹が立つことに鯨が出るのは、夜よ。今回、自警団が松明を灯した海岸へとやってきよったわ。
目も鼻もないが、皮膚でそうした温度を感じているようじゃな」
ユギルの説明を受けている浄化師たちに、ロリクが続けた。
「一応、こちらの用意している討伐方法としては、海岸際で焚火をして鯨を寄せての待ち伏せだ。
昼間のうちに罠や鯨の動きを止めるか考えるといいだろう。
鯨のでかさと強さは半端ないが、骨鯨を元にしているからには、水気の少ない海から遠く離れることはほぼないだろう。
なんとか海から引っ張りだして一斉攻撃できるようにもっていくんだな」
「かわいい子らよ、真正面からいけばみな無事ではすまんことになる。よぉく策を練っておいき。この周囲についてはすでに調べておるので、地図を持っておいき。
海じゃが、すでに時期なのかクラゲが多くての、こやつらは透明で照らせば輝く性質を持つが、毒を待つ。長居すれば刺されて動きが鈍くなるじゃろうから、気を付けるんじゃ。
岬には灯台がある。照らすことで攻撃をしやすくすることは出来るじゃろう。
この海岸の端には洞窟があっての、普通の人間なら四人くらいなら入れる。入り口は奥へと進めば進むほどに狭くなり、さらに海水がなくなる作りじゃ」
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教皇国家アークソサエティ。薔薇十字教団。司令部。
「おー、お前ら、今回は大活躍だったな」
与えられた指令を完遂し、パートナーとともに報告を済ませたあなたは、先輩の浄化師の男性からそんな労いの言葉をかけられていた。
「さすがに疲れただろ。今日はゆっくりと休んどけよ。最近は、気温が下がったり上がったりで、体調を崩し易い。浄化師といえども、人の子だからな。健康管理には充分に……」
と、まさにそのとき、あなたの隣でパートナーがゴホゴホと咳き込む音が聞こえた。
大丈夫?
あなたが訊ねると、パートナーは大丈夫と頷く。
しかし、その辛そうな顔や、さっきの苦しそうな咳のことを思うと、あまり大丈夫そうには見えない。
「あー、噂をすれば何とやら、だな……。とにかく今日は寮に帰ってゆっくり休んどけ」
くしゃくしゃと髪をかきまぜながら、先輩の浄化師が早く寮に戻って休むように促した。
あなたとパートナーは、一礼し、その場を辞そうとする。
と、そのとき。
「え……?」
あなたの隣で、ガクリとパートナーがその場に膝をついた。
「……って、おいおい。全然大丈夫じゃないじゃねーか……。自分やパートナーの体調の変化を察するのも浄化師の実力の内だぜ?」
少し呆れたように、どうしてもっと早く気づいてやらなかったと咎めるように、先輩の浄化師がぽつりと呟く。
(……私のせい?)
あなたはその言葉に、ズキリと胸の奥が痛むのを感じる。
パートナーは、そんなあなたを気遣うように、大丈夫ですからと立ち上がる。
けれども、その様子はやはりどう見ても大丈夫そうではない。
パートナーは、自分に余計な気を遣わせまいと必死で体調不良を押し隠しているのが見え見えだ。
「あー……。まあ、本人が大丈夫って言うなら野暮は言わねぇけどな。でも、一応、検査だけでもしてもらっとけ。
あと寮の部屋まではちゃんと連れていってやれよ? パートナーの看病ってことなら、許可も下りるだろ」
その先輩の言葉に、あなたは一も二もなく頷いた。
言われなくても、たとえロードピース・シンデレラにぶん殴られて部屋から追い出されそうになっても、徹夜で看病でも何でもするつもりだった。
かくして、あなたとパートナーの長い一夜が始まる。
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教皇国家アークソサエティのブリテンで薬屋を営んでいるアルフは、傷口によく効くという薬を作り評判である。今回、彼は新しい薬を作るために、薬草や薬樹などを探していた。
調査してみると、ブリテンの奥地にある『毒花の森』に、新しい薬に使えそうな、薬草や薬樹などがあると判明する。ただし、毒花の森は危険地帯であるため、一般の人間は立ち入りが禁止されている。
新しい薬を作れば、今よりもたくさんの人々を救えるかもしれない。そのように考えたアルフは、薔薇十字教団の門を叩く。彼は、エクソシストたちを護衛として、毒花の森に立ち入ろうと考えたのである。
当初、毒花の森への立ち入りは、危険であるので門前払いされてしまった。しかし、アルフは熱心に薬の重要性を説いた。新薬の開発は、戦闘に赴くエクソシストたちにも有効に働くはずである。その結果、ようやく毒花の森への通行許可が下りたのだ。
毒花の森は、至る所に毒花が咲き、危険な地区として認知されている。基本的には、毒花が危険とされているが、それ以外にも問題がある。この森には、ゴブリンが棲みついているのだ。
ゴブリンは単体ではそれほど危険にはならないが、毒花の森のゴブリンは集団で冒険者を襲うと言われているのである。それを知ったアルフは、毒花の森へ行くために、教団のエクソシストたちに護衛を頼んだ。
エクソシストたちに護衛を頼み、いよいよ毒花の森に入る。
その日は、天気の良い日で、燦々とした陽射しが降り注いでいた。ここが毒花の森でなければ、気分良く散策ができるだろう。毒花の森の奥まで入っていき、アルフは長年の知識を基に、草花を採集する。毒の危険があるため、手袋をして細心の注意を払っている。毒花が咲き乱れる森であるが、治療に有効となる草花や樹木も多いのである。アルフはエクソシストたちの護衛をバックに、速やかに草花を採集していく。
途中まで、何の異常もなく事は進んだ。しかし、魔の手はすぐそこまで迫っていたのである。草花を採集し始めて数十分。突如、森の奥から足音が聞こえていた。
なんと、五体のゴブリンが襲い掛かってきたのである。
通常、ゴブリンは気が小さく、人を襲うことは滅多にない。しかし、毒花の森のコブリンは、敵を倒す行為に慣れており、それを快楽として楽しんでいた。手斧を持ち、集団で襲い掛かってくるゴブリンたち。
それを見たアルフは腰を抜かしてしまった。
ここで登場するのが、歴戦のエクソシストである。
アルフを守り、ゴブリンを倒し毒花の森から薬草を持ち帰れるのか? すべてはエクソシストたちにかかっている。辺りは騒然としたムードに包まれ、戦闘が始まろうとしている――。
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指令を受け取るためにエントランスホールを歩いていると。
「子ら、今から仕事か? 精進しているな」
声をかけてきたのは現在、メインが調査員であるユギルだ。
指令発行をメインに行っているロリクとは浄化師としてパートナーかつ、夫婦という二人だ。
狐面に口元だけ見えている、多少個性的な先輩はふふふと楽しそうに笑っている。
「ん? ようやく仕事を終えたところだ。今回はある結婚式やら誕生日をお祝いされなくて恨んでいる呪いがあっての」
あー。そういえば、お二人は結婚式とかしたんですか?
「……は?」
いや、だから、結婚式とか、確か、二人は結婚して一年くらいたってるって聞きましたよ?
「ん?」
お?
「……しもたぁ! 吾、プロポーズすら妻にしとらん!」
ふぁ! それでどうやって結婚したんですか!
「そ、それはノリと勢いとタイミングが合って……わ、吾が妻を押し切って勝手に結婚手続きやらその他いろいろを」
おっと! なんかわりとてきとーだった、この人たち!
「……誕生日……祝ったことないなぁ。出会ってからすでに六年目であるが」
やらかしてますよっ! それ!
「おー、お前たち、指令をよういって、ユ、ユギル、どうした!」
「ロリク、吾、やらかしたかぁ!」
飛びつく勢いで迫るユギルにロリクが驚き、浄化師たちに視線を向ける。
かくかくしかじか。
「あー……そんな今さらなぁ」
ロリクが呆れてため息をつく。
「浄化師として契約を交わしてからはや六年……今年で七年かぁ。誕生日やら結婚式やら結婚記念日やら……いっぺんもねぇなぁ」
「……ろ、ロリク」
「ふつーに愛想つかすレベルだよなぁ。はははは」
ああ! ユギルさんが倒れてる。倒れてます。ロリクさん! そ、そこまでショックを! いや、気持ちわかります。パートナーに、実は内心嫌われていたらとか、記念日を忘れていたとかなにげにやらかしたって結構ダメージに
「ユギル、おーい、ユギルって、はぁ、反応でかすぎだろう。俺はそんなの気にしないっての……ん? お前たちも仕事に忙しくて大切なパートナーの誕生日やら二人の記念やらお祝いしてないってことはないよなぁ? 運命としてつながっていても、そういうささいなことをしないと愛想つかされて捨てられるぞぉ」
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ソレイユ地区の一角。樹梢湖を囲う森林の、すぐ近く。
「なんだこれ?」
「洞窟?」
この付近のジェルモンスター相手に戦闘訓練を行おうとしていた浄化師が、それを見つけた。
一言で表すなら空洞だ。ちょっとした丘のように盛り上がった土地の脇腹に、ぽっかりと穴が開いている。浄化師はまだ見たことがなかったが、洞窟はこれに近い形をしているのだろうな、と思った。
「こんなところにあるって、報告されてたっけ?」
「いや、聞いてない」
周囲を見回す。このあたりはジェルモンスターやフシギノコの生息地から外れており、魔物の気配はない。だが、内部までそうなのだろうか。
そもそも、十歩も歩めば暗闇になりそうな洞窟は、どこまで続いているのか。
「ランタンあるけど……、調査……」
「もっと人数、集めた方がいいんじゃない? 魔物がいたら手に負えないかも」
「だよな」
うん、と頷きあった浄化師は踵を返そうとして。
――きん。
と高い音を聞いた。
「なに!? 洞窟から聞こえた!?」
「待って待って怖い。逃げよう」
手をとりあって二人は逃げる。ぽっかりあいた洞窟の口からなにかが出てきそうで、ひたすらに怖かった。
とめていた薔薇十字教団の浄化師用の馬車に飛び乗り、本部に戻って。
「変な洞窟見つけた!」
「調査隊を派遣してください!」
半泣きでエントランスホールの司令部教団員に叫んだのだった。
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●ある男の悲劇
自分の才能というものを、後悔した事があるだろうか。
古い埃を被った小屋の中、男は自分の両手を眺めていた。
黒ずんだ火薬の染み付いた掌。昔はそれが誇りに思えて、彼の自慢だった。
なのに、今は。
笑顔を作る為にあったはずの腕によって、悲劇が作られている。
それは男にとって、耐え難い苦痛に他ならなかった。
涙の代わりに止まらない震えを眺めながら、どうか惨劇が終わって欲しいと願っていた。
「おい、何時までボケっとしていやがる」
「ひっ」
野太い声をかけられて、男の肩が跳ねた。
振り向けば、細身の彼より2回りは筋肉がついた、図体の大きな男が苛立ちを隠さずに見下ろしている。
「よぉレガート。話が違うじゃねーか。今回の爆弾は不発だったって? 俺はお前に玩具を作れといっているんじゃねぇんだぜ?」
大男――特徴的な耳や尻尾からして、犬系のライカンロープだろう――は持っていた新聞を汚い机に叩きつける。
新聞の見出しは『サクリフェイスによる連続爆弾テロ』の文字が躍っていた。
今回は爆発する前に爆弾を回収できたとも。
「す、すまない。こんな予定では」
「謝罪なんかいらねぇんだよ! 俺は確かに『人を殺す為の爆弾を作れ』って言ったはずだぜ! それともお前の娘がどうなっても良いってのか?」
怒鳴り散らされて、細身のレガートはすくみあがる。
舌打ちをする大男。
大男が斧を片手に隣の部屋へ行こうとすれば、レガートが驚いたように縋りついた。
「やめてくれ! 娘には、娘にだけは手を出さない約束じゃないか!!」
「それはお前が俺の言う事を聞いたらの話だ!」
「お願いだ、本当に娘だけは……! 娘だけは! も、もう4つ目の爆弾も完成したんだ。今までよりも広範囲を吹き飛ばせる、とっておきのやつが……」
言葉を聞くなり、ニタリと口端をあげる大男。
同時にレガートの顔はどんどん青ざめていく。
「……ば、爆発すれば10人……いや、20人は吹き飛ばせる威力を持っている、んだ。だから……、だから娘にはこれ以上」
「ほう、そいつはいい。だったら早速、派手に使わせてもらおうじゃねぇの。明日の朝までに次の場所へセットしておけよ」
「わ、わかった」
斧を下ろす姿を見て、レガートはへたり込む。
もう、こんな日常は終わって欲しいと願いながらも、その糸口が見つからない。
「俺が人助けをしようなんて、コイツを助けちまったばっかりに――」
悔しさを嘆いても、彼の力では現状を打開する案が浮かばない。
呟きながら小屋から見上げた三日月は、何とも不気味な色で鈍く輝き始めていた。
●薔薇十字教団
時間は少し巻き戻り、教団には1つの依頼が舞い込んでいた。
「至急、連続爆弾魔を捕まえて欲しく思います」
依頼の説明をする教団員は、険しい顔をして話す。
ここ数日で3件、エトワールのとある都市、リファンで爆弾が発見されていた。
うち2件は爆発し、建物などに被害が及んでいる。
昨日は幸いにも、爆弾が起爆するまえに発見され回収されたところだ。
そしてどの事件にも同じように、爆弾の傍にメッセージが添えられていたという。
『世界を救済するための生贄を』
「敵はサクリフェイスと思われます。幸い、今のところ被害者は出ておりませんが、事件が続けば時間の問題かと」
サクリフェイス――有名で狂信的な宗教組織だ。
ロスト・アモールの戦禍の中で発生したラグナロク。
その被害は、神が人間達に与えた罪であり、滅びることに抵抗することは神に背く行為だと考えている集団。
要するに、人の命を奪うことが善だと心酔する、危険な輩だ。
今までの爆弾は人の少ない場所や、人のいない時間帯で爆発していたが、次はどうなるかはわからない。
サクリフェイスに心当たりがないか、浄化師が問えば。教団員は頷いて見せた。
「実は数ヶ月ほど前に、この街に隠れていたサクリフェイスの集団を逮捕しているんです」
そのときに逃げた残党が恐らく主犯だろう、というのが教団の考えだ。
「取り逃がした残党の名前は、ザック。サクリフェイスのメンバーの1人で、大変逃げ足の速いことが判っています」
ザックが何らかの手を使って、爆弾を入手し、復讐とばかりに起爆させているのか。
それとも協力者が爆弾を爆発させているのだろうか。
「また、もう1つ。関係者と思われる人物がおります」
提示された資料写真に目を通せば、其処にはやせ男の顔。
花火師のレガート――娘のレティと一緒に行方不明になっていた人物だ。
「彼を爆発現場付近で見かけた、という目撃情報が寄せられています。もしかしたらサクリフェイスと関係あるかもしれません」
レガートが爆弾を提供している、と考えるなら可能性は高い。
幸いにも、レガートの居場所は大まかに見当が付けられている、とも団員は話す。
「皆さんには至急、レガートが隠れていると思われる現場へ向かっていただき、爆弾事件と関係するようであれば捕まえて欲しいのです」
最悪、生死は問わないそうだ。
教団を後にする浄化師達。
たどり着く頃には、既に日は傾きかけていた。
目的の現場は、リファンの街から離れた森の中にあった。
元は伐採などの森仕事で使われていた古い道具小屋だ。今は破棄され無人のはずだが、なぜか窓から光が漏れている。
野良犬とは思えない、番犬らしき犬の姿も見える。
浄化師達は目を合わせた。
さて、この依頼。どうやって乗り切ろうか――。
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最近、教団内である噂が目立つようになってきていた。
教皇国家アークソサエティは郊外にある誰も近寄らない山奧に、廃れた小さな屋敷があって、何でもそこにヴァンピールと思しき肌の白い少女が目撃されたのだとか。
ただ確認された、というだけの話であれば、別段気にする必要もないのだが。
噂には、続きがあった。
『そこに行った奴の話じゃあよ、ちょっと奇妙なもんを目にしたらしいんだ』
『奇妙?』
『あぁ。全く同じ姿をしたもう一人の女の子が、同じ屋敷の敷地内にいたんだってよ』
双子か、あるいは、教団に所属する者であれば、それが恐らく”人形遣い”なのだろうと予想も出来るが、情報にあるその少女は、教団には所属していない。
加えて、まったく同じ姿であるということが問題でもある。
同じ背丈に同じ顔——全て、まるでその少女のコピーや分身であるかのように、その屋敷にいるのだ。
故に、その事象を表す為に皆が用い始めた言葉は。
—―—幽霊屋敷——―。
『逃げなさい、ミオ。逃げるのです。逃げて、せめて何も近付かない場所で生き長らえるのです』
『で、でも、それじゃあ先生が……』
『私なら大丈夫。きっと追い付いて、また貴女を護ると約束しますから。あるいは、別のエクソシストの誰かが——』
本当に人形遣いなのであれば、可能性とは言え、それには魔術的要因が絡んでいそうである為に、教団がそれをただの噂と放る筈もなく。
調査や保護目的で、正式な仕事として考えられていた。
そんな折。
時を同じくして、その屋敷付近で”ヨハネの使徒”が目撃されたという報告も入って来ていた。
今はまだ被害こそ出てはいないが、情報の少女が人間である以上、ヨハネの使徒と相対してしまえば状況は最悪だ。
魔術の才ある可能性の少女。そして、ヨハネの使徒。
教団は、任務の内容を《少女の保護・必要時教団への引き入れ、及びヨハネの使徒討伐》と決定し、エクソシストの作戦参加を募った。
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唸るように暑い日差しを受けて、指令をひとつ終えて報告を提出したのは夕方。
キャバレーにくりだすぞーとどこぞの浄化師が叫び、経費で落ちないとか叫んでいる人がいる。本部も大変だなぁ。
ようやく帰れる……と思った矢先のことだ。
「おや、かわいい子ら。日々鍛錬しておるか?」
声をかけてきたのは狐面で顔の半分を隠している調査員のユギルだ。
指令発行前の事前の調査などを行う彼は基本的に本部にいることはないのだが、本日は珍しくいたらしい。
「うむうむ。良い子、良い子。そうじゃ。よければこれからもう一つ指令に付き合ってくれぬか?」
え、これから指令ですか!
スナック『マリアの夜』。
リュミエールストリートの一角にちょこんと存在する、その小さな店のドアを開けると、むきむきのフリルエプロンの男……ママが出迎えてくれた。
おっと!
「あらぁん、ユギルちゃん、それに後輩まで連れてきてくれたのぉ? やぁん、かわいい人たちねぇ」
とっても濃ゆいが可愛らしい化粧をしたママが手をふってくる。二の腕もむきむきだ。
「うむ。マリアママ、人は多いほうがよいじゃろう? ああ、指令の内容は、この店を楽しむ、ことじゃ。
ここは好い酒場じゃが、いかんせん、マンネリ化しておってのぉ。
今宵楽しんだあと、レポートを提出しておくれ。
マリアママ、吾はニホン酒「大魔王」を一つ。あと、つまみは適当に頼む。
吾は店の端におるゆえ、すきに飲んで、食べよ、子らよ」
「やぁねぇ、ユギルちゃんたらほんとぉ酒豪なんだからぁ。あ、ほかの子たちは楽しんでねぇ。ママがなんでも用意してあげるわぁ~。いいのよ、日々の愚痴やらなんやらママが聞いてあ、げ、る」
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