《悲嘆の先導者》フォー・トゥーナ Lv 41 女性 ヒューマン / 墓守


司令部は、国民から寄せられた依頼や、教団からの命令を、指令として発令してるよ。
基本的には、エクソシストの自由に指令を選んで問題無いから、好きな指令を受けると良いかな。
けど、選んだからには、戦闘はもちろん遊びでも真剣に。良い報告を待ってる。
時々、緊急指令が発令されることもあるから、教団の情報は見逃さないようにね。


ラメントーソの告解
普通|すべて

帰還 2021-02-16

参加人数 1/1人 土斑猫 GM
 神は消えた。  人に堕とされ。  人に殺され。  たった一つの想いと共に。  幾多数多を置き去りに。  ◆  澱んだ眠り。  望みもしない、覚醒。『ニオ・ハスター』は、身を起こす。  視界に映るのは、自室。世界。  眠って、覚めて。  そうすれば、何もかもがリセットされないだろうか。馬鹿げた妄想を、嘲笑う。  全ては、己の愚かさの結果。それ以外の何物でもない。  戦いが終わった。  長き争いに、終止符が打たれた。  神は去り、使徒達も共に。  世界は、少しずつ平和になっていくだろう。  人々は、手を取り合うだろう。  数多の障害は、まだ。けど、それでも。  その流れの中で。  皆が、それを紡ぎ上げる中で。  自分は。  ワタシは。  何をしていた?  重い体。無理矢理に引きずって、ベッドから降りる。時間が、遅い。指令を、受けなければ。浄化師として。せめても、繋ぎ止めなければ。  外に出ると、何やら騒がしい様な気がする。本部? いや、団員寮? 何だろう。  一瞬、何者かの襲撃かとも思う。けれど、それにしては空気は重くない。聞こえる悲鳴は、世の終わりの如くだけど。もっとも、もうこの世界に神はいない。人を不要と断じた神はいない。人に仇成す、神はいない。  そう。  神など。  いなかったのだ。  ワタシが信じた、神など。  喧噪は変わらず続いているけれど、空気は変わらず間の抜けたまま。  どの道、大事ではないのだろう。それよりも、指令を。  ワタシが。  彼が。  在る、意味を。  夢現の様に、ぼんやりと歩く。と。  不意に。  唐突に。  感じた。  見えた。  気配が。  その、『存在』。  知っている。この感覚。  いつか感じた、圧倒的な存在。その証明。  高みたる存在の、『顕現』の気配。  思わず向けた視線の先。眩い、けれど優しい光が揺れる。  護る様に浮かび輝く、六彩の宝珠。胸に金色の勾玉を抱いて現れたのは、巫女服を纏った龍翼の少女。  浄化師であれば、知らぬ者はいない。  『太陽の命姫・シャオマナ』。  命と再生を司る、若き八百万の一柱。  こちらを見る無垢の瞳。視線が合った瞬間、走る畏怖。 「シャオマナ、様……ッ! 失礼致しました!!!」  咄嗟に後ずさり、膝跨いで、首を垂れた。  突然の事に、ビビるシャオマナ。 「申し訳、ありません……」  ただ、畏まる。怖れる。  新しき世の神。古き神に傅いていた罪。溺れていた罪業。見透かされるを、恐れる様に。  しばし見つめていたシャオマナが、得心した様に頷く。  静かに屈み、伸ばして取った。儚く震える、彼女の手。  見上げた顔は、ただただ優しく。  微笑んでいた。  ◆ (お話しよう) 「え……?」  目の前に出されたホワイトボード。書かれた文字に、戸惑う。  思いもしない事に答えに窮している間にも、シャオマナは手早く文字を綴る。 (建物の中が、賑やかだね。何か、あった?) 「教団内? い、いえ。自分には、よく……」  困るニオに小首を傾げて、阿鼻叫喚満ちる寮を見る。 (そうだね。ちょっと、困った方が遊んでる。少し、近づかない方が良いね) 「困った、方……?」 (そう。今の貴女は、会わない方が良いかな?)  実の所、騒ぎの根源には『無明の賢師・アウナス』がちょっかいを出している。決して人に情は深くない妖神。今の彼女には、決して良い影響はない。  シャオマナが顕現したのは、正にこの為。ダヌに言われて、アウナスの悪趣味を咎めに来た。けれど、ニオがその事を知る道理はない。  否、察せる余裕すらもない。 「シャオマナ様……自分の様な何も為さなかった半端者なぞに、時間を割いていただかなくても……」  ただただ、畏まる。無様な程に。怯えていると言っても良い。  神。  自分が信じた存在。  生きていた意味。  それを無為と見せつけ。  全てを道連れにしてしまった存在。  新しい神。  けれど、同じ神。  縋ってしまえば、きっとまた。  怖い。  恐い。  ただ、コワイ。 「ですから……どうか……」  遠ざける。  拒絶する。  救いを求める意味も。  資格すらも、ないのだから。  シャオマナは見つめる。  目の前で、小さく俯く人の少女。  聞こえるのは、彼女の心。中で響く、苦しみ。悲しみ。痛み。  重なるのは、かつて慟哭龍と呼ばれた母の声。信じていたモノに、裏切られた果てのソレ。  人の所業。人の業。  けれど。  救ってくれたのも、人。癒してくれたのも、人。  それならば。  古龍の姫は、手を伸ばす。  神としてではなく。  信仰を、求む為でなく。  ただ。  共に未来を歩む。  友として。  触れた髪は傷み切り。  撫でた頬は細くこけ。  悲しい程に、痛々しい。  けれど、その肌は確かに温かく。  その奥に、淡くも確かな鼓動が香る。  それが。  とても。  愛おしい。  ◆ 「自分……ですか……? 指令です……。浄化師である以上、務めは……」  結局、逃げる事は叶わなかった。  中庭のベンチに共に座り、龍の姫神と言葉を交わす。  強制された訳ではない。  縛られた訳でもない。  自分に向けられる、何処までも無垢な笑顔。髪を櫛削った、指の優しさ。拒む事は、酷く残酷な事の様に思えたから。  残酷?  人のワタシが、神たる彼女に為す行為。  それが、残酷と言う意味を?  絶対存在に対する、愚者の所業。届く筈も。響く道理もないのに。  理解出来ぬまま、会話が進む。  シャオマナは、声を出さない。ホワイトボードを使って、筆談するだけ。  聞いた事がある。  高位八百万である彼女の言葉には、強い言霊が宿ると言う。紡いだ言葉は理を捻じ曲げ、かつては『告死の権能』ですら一時であれ散らしたと。  何故だろうと、思う。  何故この方は、今言葉を紡がないのだろう。  そうすれば、全ては解決するだろうに。愚かで浅いワタシの妄念など、たったの一綴りで霧散する筈。なのに。何故?  分からない。  神たるモノの、思いなど。 「……みっともなく、命に縋るワタシは愚かですか……?」  それでも、ニオの言葉は止まらなかった。  止める事が、出来なくなっていた。  いつしか、シャオマナは文字すらも綴らなくなっていた。ただ、ニオの言葉を受け止める。静かに。ただ、穏やかに。 「……いいえ。あの日、真実を知った日に殉教すらできなかったワタシは……」  語り続けながら、ニオは思う。  そう。何故あの時、ワタシは死を選ばなかったのだろう。  この人生の根幹が、意味が、否定されたあの時に。  ――お前達のうちのどちらかが問題を起こせば、すぐに処分する――。  瞬間、沼底から泡立つ様に浮かんだ文言。  教団に在したその時から。上司達から刷り込まれていた言葉。  彼と、共に。  危険思想のワタシ。  罪人であった彼。  そんな時、彼は言った。 ――一緒に、断頭台に行こうって言ったじゃんか――。  正しい文言は、覚えていない。  けれど、込められた意味だけが。彼の口調を象り、刻み付いていた。  ああ、そうか。  ワタシが。  ワタシが、しがみつく理由は。 「……思うのです。この命はどうなろうと良いのですが……」  それは、きっと。否、違う事無く。 「それをすれば、カリアはどうなる?」  彼の為。 「アレは、馬鹿です。呑気だし、何か今もろくでもない事に巻き込まれてそうな」  自分勝手で。享楽主義者で。刹那的で。  いつもヘラヘラ笑ってて。たまに残酷で。人形が好きで。  教団に入った理由も、酷く自分勝手で。 「それでも! カリアは守護天使様を前にして、自分の命を差し出そうとしました!」  そう。あの時彼は、少しの迷いすら見せず。 「自分の命が、一番大事だと言ったカリアが!」  それが、答え。  それが、全て。  ワタシが、今の自分が。生きる事にしがみつく、意味。 「今更、自分のくだらない考えなぞで彼は巻き込めない……」  ワタシが死ねば、カリアも生きる意味を失う。  彼は一緒にと言ったけど。  ワタシが、ソレを望めない。  生きて欲しい。  幸せになって欲しい。  でも、彼はワタシと一緒に。  けど、ワタシは。  だから。だから。 「でも、もう、どうすればいいのか……ワタシには……」  纏まらない、思考。  だから、せめても願う。 「神よ……。我らが主よ……。カリアだけは、どうか……」  その為ならば、全てを代価に。  言い放とうとした、その時。 (答えは、出てる)  意思が、届いた。音としての、言葉じゃない。視認としての、文字じゃない。純粋に、中に響いた。  顔を上げる。映るのは、ただただ優しい、少女の笑顔。 (『彼』は貴女を愛してる。そして、貴女も『彼』を愛してる) 「ワタシが……カリアを……?」  思いもしなかった言葉。あまりにも直球で、戸惑う。 (貴女は言ったよ? 自分の為に、彼を巻き込めないと。それは、彼の事を想う事。愛してる、証左) 「それは、カリアがパートナーだから……」 (ソレだけじゃ、人は他者をそこまで想えない)  胸が鳴る。痛く。高く。 (人の愛は、万象じゃない。神のソレとは、違う。全てを抱く事は出来ないし、変わらずにいる事も出来ない。でも、だからこそ……)  シャオマナの、指が伸びる。示すのは、ニオの心臓。高鳴る、鼓動。 (ソレと定めた時の気高さと尊さは、全てに勝る。神の言うソレよりも、ずっと) 「!」  思わず押さえる胸。シャオマナは説く。確たる証と。 (間違えないで。神は、ただ神と言う括りの存在に過ぎない。世界の理の中に在り、時と共に世を移ろう。ただの、命。死あるモノ。人と、貴女達と同じ)  命の姫は、告げる。  人は人。  神は神。  そこに、尊も卑もありはせず。  ただ共に、この星に在るだけのモノ。 (この身が朽ちて。この魂が散ずるまで。私はそう在る。在ると、決めた)  白い手が、触れる。濡れた頬を、そっと拭う。 (分かるよね?)  唄う声は、心の中。権能でもなく。捻じ込むでもなく。ただ、唄う。 (神は人を救えない。神は人を導けない。ソレを本当に出来るのは、同じ、人)  巡るのは、日々。  彼と過ごした日々。 (彼は、貴女を救った。神と言う楔を失い、堕ちるしかなかった貴女を救った)  信仰と言う虚ろを満たした、彼の声。笑顔。  確かに。それは。 (そして、彼を救ったのも、また貴女) 「!」 (空っぽだった彼を満たしたのは、貴女だよ? 違う事なく。だから、貴女達はもう一つ)  ああ、そうか。だから、彼は。だから、『自分』は。 (寄り添って。傍にいて。貴女はもう、神に縛られた狂徒じゃない。救い、救われた、一人の人間。二人でずっと、未来を造る)  握り締めた手は、小さくて。温かい。  神と言う虚構ではなく。  確かなる、命。 (それでもし、しんどくなっちゃう時があったら)  ほんの少し、混じる照れ。 (ちょっとだけ、支えさせて)  小さな身体を、抱き締める。  そっと囁く、言の葉は二つ。 ――ありがとう――。 ――友よ――。  ◆  目の前に差し出された器。満たされた黄金が、綺羅綺羅光る。  甘光。  シャオマナが醸した、命の霊薬。  酷く痩せた様を心配した彼女が、この場で。出来立て。  どんな物かは、知っている。ヤバさも、当然。  でも、拒むつもりは毛頭ない。彼女の事は信頼してるし。  何より、心配そうなこの顔ときたら。  受け取って。笑いかけて。一気に煽った。  まあ、当然の様にとんでもない代物で。  吐き出しそうになったけど、理性総動員で飲み込んで。朦朧として倒れた頭を、シャオマナが受け止めて。  ゆっくりと、澄んでいく。何もかも。  微睡みの中、声が聞こえる。  彼の声。愛しく、大切な人。  目が覚めたら、伝えよう。  答えも。  想いも。  ささやかな、抱擁と共に。  だから、今はもう少し。  この安らかな、微睡みを。
Show must go on.
普通|すべて

帰還 2021-02-09

参加人数 1/1人 土斑猫 GM
 昏かった。  月のない新月の夜とは言え、その世界は昏きに過ぎた。  澱んだ空気。  満ちる退廃。  神は消え。  魔は沈み。  それでもなお。  世の歪みは消えず。  虚しき悪意も、また絶えず。  ◆ 「スラムの街並み、何だか少し懐かしいわね」  昏い路地裏を歩みながら、『リコリス・ラディアータ』はそう独り言ちる。 「ま、ね。何だかんだ、わたしらの人生には重要な要素だしね~」  隣りを歩いていた『セルシア・スカーレル』がそう言って『ねぇ、同胞』などと笑む。 「と言っても、もうあんな暮らしは懲り懲りだけど」 「同意」  笑うのは、声だけ。その瞳は、獲物を探す猛禽の様に。 「変わんないなぁ……。本当に、変わんない……」 「神様がいなくなっても、人間がすぐに変わる訳じゃない」  悲しげな『カレナ・メルア』に、『トール・フォルクス』は静かな声で言う。 「世界にはまだ悪い奴だっている。教団もまだまだ、忙しそうだな……」  感じる視線。猜疑。妬み。恐怖。憎悪。 「でも、此処の人達の怯え方は変。貧しさとかひもじさだけじゃあ、こんな怖がり方はしないよ」 「ああ。つまりは、こう言う事だろ?」  矢を放つ。真っ直ぐに飛んだソレが、闇に消える。  呻き声。走り去る気配。 「気づいてた?」 「当然さ」  此処に入ってから、ついて来ていた気配。心当たりがあった。 「人形遣いの手下。バレてないつもりだったのかな?」  腕の『ウニコルヌス』を唸らせるカレナ。彼女が機会を伺っているのに気づいたから、トールは先手を打った。  無駄な人死には、無いに越した事はない。  もっとも、その起因は彼女達の忌しき過去。理解している。だからこそ、今回の作戦を成功させる事は意味がある。 (それに、リコも昔、同じ目に会いかけたらしいし。こういう組織は早めに潰していかないと……)  人身売買組織。神無き世に尚残る、明確なる悪意の具現。  調査の結果、統べるモノが人外であると知れた事がせめてもの救い。 「そんな訳だから、カレナ、セルシア、今回もよろしくな」 「でも、ほどほどにね」 「了解」 「はーい」  頷き合う皆の行手。アジトと定めし廃墟の館が、闇に佇む。  ◆  敷地に踏み入るなり、開け放しの入り口や割れた窓の中から飛んでくる銃弾。魔法弾。 「……思いの外、強力だな」 「頭があの人形遣い(悪魔)だからねぇ。強化でもされてるんでしょ」  応戦しながらぼやく、トールとセルシア。その二人の横を、リコリスとカレナが駆け抜けていく。  ――相手は人形遣いだ。なら、俺達がここを突き止めたのは知られているだろう。搦手も得意じゃないし、一気に突っ込もう――とは、トールの談。  少ない人手。元より消耗戦は得策の筈もなく。加えて女性三人は揃ってバトルモード。異論など、出る道理もない。 「先に、行ってるわ」 「気をつけろよ」 「ええ。後方支援、お願い」 「任せろ」 「かしこまり」  トールの範囲攻撃とセルシアのダガーが、精密作業の様に敵を薙ぎ払う。それを背に、カレナの構えたパイルバンカーを盾に、リコリスは入り口に向かって走る。 「相変わらず、速いわね」 「お姫様は、守らなくちゃ」  相変わらずの天然たらし。あのヤンデレに刺されなきゃ良いがと苦笑する。  迫る入り口。並ぶ構成員達が、障壁を張る。その奥に、蠢く影一つ。 「……居るよ」 「ええ……」  獲物を捕捉した二人の目が、鋭く光る。 「ぶち抜くから、追いかけて!」 「分かったわ!」  迫る二人に備える様に、障壁の向こうの構成員達が武器を構える。ウルコルヌスの能力、『開闢の獣牙(フォールティア・デンス)』に対する備え。やはり、情報は知られているらしい。けれど。 「キミ達なんかに……」  彼女の構える破獣の頭骨。立て続けに薬莢を吐く。 「つっかわないよ!」  最大出力で放たれた鉄杭が、物理威力だけで障壁も構成員もまとめて吹っ飛ばす。  状況を一歩引いた所で見ていたのは、黒衣を纏った小柄な人物。フードの中で笑む気配を残すと、踵を返して走り出す。 「待ちなさい!」 「リコさん、コイツらボクが引き受けるから! 追いかけて!」  生き残りの構成員をウルコルヌスで殴り倒すカレナの声に、頷くリコリス。 「分かったわ、気をつけてね!」 「リコさんもね!」  頷き合うと、リコリスは黒衣が消えた闇に向かって走り出した。  ◆ 「待ちなさい!」  逃げる黒衣を、追う。満ちる闇に溶け込もうとする姿を、魔力探知始め、あらゆる感覚器官を駆使して捕捉する。見失いさえしなければ、足では負けない。  やがて走り出たのは、アジトの裏手。 「逃がさないわよ!」  言われて、止まる馬鹿はいない。 (たった一欠片でも、潰しておかなきゃ)  其は、無限の災厄を振り撒く禍つの誘い手。決して、許してはならぬモノ。  抜き放つ、『告天子』。 「Show must go on!」  解号。歌。 「!」  一変した世界の感覚。黒衣が、足を止める。 「……空間閉鎖? 厄介な術を、お持ちの様で」 「『クライマックス・フィールド』。告天子(この子)の第二能力」  周囲を見回しながら向き直る黒衣。歩み寄りながら、リコリスは言う。 「外界との支援のやり取りは不可能。体の一部も、使い魔なんかも、通り抜け禁止」 「それはそれは。嫌なモノですね」  まろび出た白い手が、被っていたフードを払う。  現れたのは、長い黒髪。エレメンツの少女の顔。知る風貌ではない。けれど、纏う魔力の禍しさを見誤りはしない。 「……お色直しが好きね」 「数少ない趣味でして。この世界のエレメンツは美しいですからね。良い機会ですので、『頂戴』させていただきました。もっとも……」  綺麗な顔が、ニヤリと歪む。邪悪と言う概念。その、具現。 「『生命』と言う、高慢極まる芸術紛いを嬲る悦には、到底及ぶ筈もありませんがぁ!?」  走る風。閃いた刃を、人形遣いの手が無造作に掴み止める。  歪なつばぜり合い。冷ややかな声で、リコリスは言う。 「悪魔は見てくれは綺麗でも、声は聞くに堪えない。話に聞いた通りね」 「人の語りは、得てして真理を捉えるモノです」  弾ける衝撃。間合いを取ったリコリスが、告天子を見せつけて挑発する。 「さあ、ショーを続けましょう!」 「では、ダンスのお相手をいたしましょう。伴侶を奪えば、相方の方はどんな憎悪と絶望を見せてくれましょうや?」 「言ってなさい!」  再び風となったリコリスが肉薄する。華麗に素早く。ステップを踏んで、攪乱。魔性憑きの神髄。目視も困難な連斬。けれど、人形遣いは人外の反射で尽くそれを弾く。 「素敵なダンスですね。良い目の癒しです」  連続展開する障壁の間を縫って伸びくる手。猛禽の様に長い爪が、リコリスの顔に掴みかかる。 「!」  咄嗟に逸らす。冷たい痛みと共に、頬に一筋朱が走る。 「いけませんね。避けないでください。綺麗なお顔が、壊れてしまいます」 「狙っておいて、結構な言い様ね」 「だからですね、切り取って持って行きたいのですよ。腐敗しない様に加工して、飾って差し上げます。自分の美が永遠に残るんですよ? 女性冥利でしょう?」 「……もてないわね。あなた」  嫌悪の籠った一撃が、人形遣いの肩を裂く。飛び散る鮮血。けれど動じる様子もなく、人形遣いは笑う。 「あはは! 人の愛なぞ、虫唾が走るだけです。あなた達はただ、私の手で踊る玩具であればいいのです!」 「お断りよ!」  もう一度。今度はフェイントを入れて、心臓を狙う。しかし。 「もう、飽いました」  伸びた手が、告天子の刃に突き刺さる、握り込み、幾重の捕縛魔法がリコリスの腕を絡める。 「ち……」 「捕まえましたよ。可愛い小鳥(ナイチンゲール)」  歪な笑みを浮かべ、勝ち誇る人形遣い。 「それにしても、あなたのこの能力は些か厄介に過ぎますね。こと、私にとっては鬼門でしかない……」  周囲を囲むフィールドを鬱陶しそうに見回して、リコリスを見る。 「このタイプの術式は時間制限があるのが定番ですが、待つ義理もありません。術者が死ねば解除されるも、また定番。如何です?」  黙って睨み返すリコリス。肯定と受け取り、笑む。 「どの道、この世界で私が遊ぶには能力保持者のあなたは邪魔ですし、この場で片付けておくのが得策でしょう」  告天子を押さえるのとは別の手の爪が、軋み声を上げて伸びる。 「では、さようなら。リコリス……いえ、『ララ・ホルツフェラー』」 「……知ってるの?」  業とらしく投げかけられたその単語に、リコリスが眉を潜める。 「ええ。この世界の事は、何でも。光も闇も、善も悪も。全ては心を抉る刃に変えられますから」 「勤勉なのね」 「お褒めに預かり、光栄です。ラ……」 「でも、駄目よ」  嘲りの言葉を、冷たい声音が遮る 「その名前を呼んで良いのは……」  瞬間、走る風切り音。人形遣いが顔を上げると同時に、その眉間に突き刺さる矢。 「俺だけの権利なんでね」  リコリスの向こう。ボウガンを構えたトールが、激情を込めた眼差しで見つめている。 「何故……?」 「言ってなかった? 私が指定した相手以外は、出入り自由なのよ。このフィールド」 「……何と、都合の良い……」  不敵に笑むリコリスを、忌々しげに睨む人形遣い。せめても道連れにと言う様に、爪を振り上げる。 「ところがギッチョン!」  セルシアの声と共に、飛来するダガー。人形遣いには毒華鳥(ピトフーイ)。リコリスには、叛逆の羽風(イカルス・アルビオン)。  停滞と活性。相反する毒が、二人の身体を同時に蝕む。 「ぬぅ!?」 「離れなさい!」  力を奪われ、弱まる拘束。増した力で引きちぎり、蹴り飛ばすリコリス。 「変な執着こいて既存の生物体なんか着込むから、そーなんの!」  嘲るセルシアの横を、紅い影が駆け抜ける。 「リコさん」  抜ける瞬間、届く声。 「決めて」  理解し、頷く。 「玩具は大人しく嬲られていればいいもの、を……!?」  体勢を立て直そうとした人形遣いに肉薄する少女。驚く視界に、真っ赤なポニーテールが踊る。 「開闢の獣牙(フォールティア・デンス)!」  穿つ牙が、人形遣いの全ての盾を破壊する。 「……これまで……」  勝機が失せた事を悟った人形遣いの背中が弾け、黒い翼が広がる。けれど。 「告天子」 『承りました。マスター』  吹き上がる歌と羽根。飲み込まれる感覚に、下を見る。見えたのは、不敵な笑みを浮かべるリコリスの顔。 「逃がさないって、言ったでしょう?」  全てを悟った人形遣いもまた、笑う。 「成程。『此の私』はここまでですね。でも、私は『個』には非ず」  聖翼の顎(あぎと)に呑まれながら、それでも邪悪の笑みは消えない。 「また、お会いしましょう」  捕食封印。  後にはただ、薄く満ち始めた朝霧が揺れる。  ◆ 「リコさん!」 「あらら。大丈夫」  フラリと倒れたリコリスに、皆が駆け寄る。 「……まだ、反動が大きいみたい……。でも、すぐにきっと使いこなして見せるわ……」  強がる彼女を抱き起したトールが、愛しく微笑む。 「リコ、お疲れ様」  嬉しそうに微笑み返して、リコリス。 「それにしても、疲れた……。甘光が飲みたいわ……。アディティ様から、貰ってきてくれる?」 「うぇ!?」 「マジで!?」  想起されるは、名伏しがたき恐怖。硬直する、カレナとセルシア。 「……あの、滅茶苦茶甘いやつを……?」  引き攣る恋人に、綻ぶ様な笑顔を向けて。  リコリス・ラディアータはゆっくりと頷いた。
明日への輪舞曲(ロンド)
普通|すべて

帰還 2021-02-04

参加人数 3/3人 春夏秋冬 GM
 親しい皆を前に『リチェルカーレ・リモージュ』は提案した。 「ダヌ様にお礼とお見舞いをしに行こうと思うんです」 「好いね、行こう!」  真っ先に返したのは『レオノル・ペリエ』。  今にも踊り出しそうな弾んだ声で賛成する。 「楽しみだね!」  これに『アリシア・ムーンライト』も笑顔で頷く。 「良いと、思います。ダヌ様、賑やかなことが、お好きなようですし。お茶会とかも、喜ばれるかも」 「好いね! お菓子いっぱい持って行くよ!」 「それなら、手作りのお菓子を作りませんか?」  リチェルカーレの提案に、レオノルとアリシアは笑顔を浮かべ応えていく。  そんな女性陣の賑やかさに、パートナーである男性陣も笑みを浮かべていた。 「みんな楽しそうで好いね」 「……そうだな」  静かな声で『シリウス・セイアッド』は『クリストフ・フォンシラー』に応える。  シリウスの眼差しはリチェルカーレに向かい、いつもよりも柔らかい。 (多少は、余裕が出来ているみたいだな)  シリウスの様子に『ショーン・ハイド』は気付かれないように苦笑する。  少し前、創造神との戦いで負った傷で寝込んでいたシリウスの世話をしてあげたショーンとしては、今のシリウスの様子は好ましい。  だからリチェルカーレの提案も巧くいくと良いと思っていた。 (ダヌ様の様子を、か……あの時はだいぶ創造神に狙われたしな……。神とはいえ、傷は回復されただろうか?)  創造神との戦いの際、浄化師達に助力していたダヌは、化身とはいえ上半身の右半分近くが吹き飛ばされていた。  戦いの後も平然としていたのだが、気になっていたリチェルカーレは、お礼も兼ねてお見舞いに行こうと皆に提案したのだ。  リチェルカーレたち女性陣の話を聞いていたクリストフが、ショーンとシリウスに言った。 「ダヌ様へのお見舞いについてはアリシア達に任せるとして、俺達は室長――じゃなかった、ヨセフ教皇に許可を貰いに行こうか」  言い間違いを訂正しつつクリストフは提案する。  ヨセフは創造神との戦いの後、各国の王とアークソサエティの貴族連合の支持により教皇となっているのだが、今も変わらず教団本部の室長室で執務を行っていた。  彼に言わせると『実務に都合が良い』ということらしい。  そもそもがヨセフに言わせると、教皇といっても実務面での権限を得ただけで雇われ社長のようなもの、ということらしい。 「ヨセフ教皇なら、今の時間帯なら室長室に居るだろう。なんなら俺が許可を貰いに行くが」  ショーンの提案にクリストフが返す。 「それなら俺も付いて行くよ。シリウスはどうする? リチェちゃん達の話に加わるかい?」 「……いや、いい。俺も付いて行く」  見ている分には好ましいと思ってはいても、そこに混ざるのは無理というように、シリウスは室長室に向かおうとする。  そんなシリウスを見て、ショーンとクリストフは苦笑するように顔を見合わせた。  その後、話をつけに室長室に向かうとヨセフは快く許可を出し、ついでとばかりに頼んできた。 「トゥーレに行くのなら船を用意しよう。転移方舟で行っても良いが、それだと物資は運べんからな。ダヌに会いに行くというのなら、バレンタイン家から彼女への捧げものとして物資を受け取っている。それを送り届ける特使として向かってくれ。それに――」  少しばかり悪戯めいた表情でヨセフは言葉の最後を潜めると、トゥーレに向かう御膳立てを整えてくれた。  次の日の早朝、皆は魔導蒸気船ホープ・スワローに乗ってトゥーレに向かっている。 「シリウス、見て。陸から随分と離れたのに、カモメが飛んでるわ」 「ああ、そうだな」  船と並走する様に飛ぶカモメを見て弾んだ声を上げるリチェルカーレに、シリウスは苦笑するように応えた。  今リチェルカーレも含め皆は甲板に居る。  船内で皆で楽しく朝食を取った後、気分転換に甲板を歩いているのだ。 「リチェ、あまり覗き込むと危ない」  船のへりから海面を覗き込んでいたリチェルカーレに、シリウスは近付きながら言った。 「もう、大丈夫よ。子供じゃないんだから」  笑みを浮かべながら軽く拗ねたようにリチェルカーレは言うと、感慨深げに眼を細めた。 「リチェ?」  不思議に思ったシリウスが呼び掛けると、リチェルカーレは静かな声で応えた。 「初めてこの船に乗った時とは違うなって思ったの」 「……ああ、そうだな」  戦いのために造られた船で、今は穏やかに運ばれている。 (日常、か……)  今はこれまでとは違うのだと、おぼろげにだがシリウスは感じていた。  日常に包まれているのは、アリシアも同じだった。 「船旅も、良いものですね」  穏やかな時をクリストフと過ごしながら、アリシアは呟く。  それにクリストフは応えた。 「そうだね。エルリアや、母さんや父さんと一緒に、いつか家族旅行で巡る時に乗っても良いかもしれないね」 「家族旅行、ですか?」  思ってもいなかった、というようにアリシアは聞き返す。  くすりと笑いながらクリストフは言った。 「うん。いつになるかは分からないけど、それも良いかもしれないって思ってね。みんな喜ぶんじゃないかな?」 「……そう、ですね。はい、喜ばれると、思います。とても、素敵です」  少し前、エルリアと共にクリストフの両親に会いに行った時のことを思い出しながら、アリシアは夢見るように呟く。 「いつか、そう出来れば、良いです」  嬉しそうなアリシアに、くすりとクリストフは笑みを浮かべると悪戯っぽく続けた。 「そうだね。でもその前に、2人っきりでしないとね」 「え?」 「新婚旅行。船旅も良いと思わない?」 「ぁ……」  恥ずかしげに頬を染めるアリシアを、楽しげに見詰めるクリストフだった。  ひとときの日常を皆は過ごす。  それはレオノルも変わらなかった。 「ダヌ様、お元気かなぁ?」  ショーンと一緒に甲板を散歩しながらレオノルは言った。 「神様とはいえ怪我を負ったら辛いと思うんだ」 「ええ、確かに」  レオノルの歩幅に合せながらショーンは応える。 「戦いが終わった後も平然とされていましたが、それだけでは分かりません。会いに行くにはちょうど良い機会だと思います」 「うん、そうだね」  レオノルは静かに頷くと、沈みかけた気持ちを盛り上げるように明るい声を上げる。 「でも、みんなが会いに行ったらきっと元気になって貰えると思うんだ。お菓子も一杯、用意しているしね」  そういって彼女は手にしたバスケットをショーンに見えるように掲げてみせる。  中にはリチェルカーレとアリシアと一緒に作ったお菓子が入っていた。  明るい声のレオノルに、ショーンも合わせるように茶目っ気のある声で言った。 「ドクター。ダヌ様に逢いに行くのは、お菓子が目当てなんじゃないですか?」 「お、お菓子は楽しみだけどさぁ……違うんだって」  ギクリ、とするように、僅かに視線を逸らして応えるレオノル。  そんな彼女にショーンは苦笑する。  彼の穏やかな表情に、レオノルも苦笑する様に笑みを浮かべ、視線を合わせながら続けた。 「ふふふ……でも楽しみなんだよねー。だってこんな風にしてみんなでお茶会なんて、とっても久しぶりな気がしてさ」 「そう……ですね」  ショーンは感慨深げに頷くと続けて言った。 「これからは、いつでもできますよ」 「……うん」  ショーンと寄り添うようにしてレオノルは頷いた。  船旅は進み、お昼前にはトゥーレに辿り着く。  以前、島の設備の手伝いで訪れた時よりも整備された港に接岸し、船の揺れが収まった所で下船することに。 「到着ー! さあ、ダヌ様に会いに行こう!」  るんるん気分で小躍りするようなステップで降りようとするレオノルに、ショーンは微笑ましげに小さく笑みを浮かべ声を掛ける。 「そんな跳ねてこけないで下さいねー?」 「大丈夫だって、うわわっ」 「ドクター!?」  船が急に揺れて少しバランスを崩したレオノルを、慌てて支えに行くショーン。 「ありがとう、ショーン」  くすりと笑みを浮かべながら礼を言うレオノルに、軽くため息をつきながら安堵するショーン。  2人の様子に皆は微笑ましげな笑みを浮かべながら降りて行くと、嬉しそうな声で出迎えられた。 「シアお姉ちゃん!」 「姫さま?」  桟橋に小走りで駆け寄って来たトゥール王国王女メアリーに、アリシアは驚いたように返す。 「迎えに来て、くれたんですか?」 「うん! お姉ちゃんと、みんなで来たの」  視線をメアリーの後ろに向ければ、エルリアやヴァーミリオン、そしてルシオとカミラが迎えに来てくれていた。 「いらっしゃい、シア。皆さんも、よく御出で下さいました」  エルリアが皆を改めて迎え入れる。  姉の出迎えにアリシアが嬉しさを感じていると、メアリーの視線に気づく。  期待するような眼差しで、他のメンバーを見詰めていた。  くすりとアリシアは小さく笑うと、メアリーに皆を紹介する。 「姫さま。リチェちゃんと、レオノル先生です」  アリシアの紹介に合せ、2人は挨拶する。 「リチェルカーレと言います、姫さま。リチェと呼んでください」 「私はレオノルだよ。姫さま、よろしくね」  2人に挨拶され、はにかむように笑顔を浮かべ、メアリーは応えた。 「リチェお姉ちゃんと、レオノル、先生?」  少し不思議そうに首を傾げるメアリーに、アリシアは応える。 「レオノル先生は、色々なことを知っている、先生なんです」 「先生は、先生なの? なら、算数とかも、知ってるの?」  じっと見上げてくるメアリーに、レオノルは笑顔で応える。 「うん。専攻は物理学だからね。姫さまは、算数は好きかな?」 「嫌いじゃないけど……難しいの」  恥ずかしそうにもじもじしながらメアリーは言った。 「難しいから、覚えられなくて……」 「覚えるのも大事だけれど、算数で大切なのは気付きなんだ」  レオノルは優しい声で言った。 「算数は沢山の気付きに溢れてるんだ。それに気付くことが出来たら、もっともっと楽しくなれる。もし良かったら、その気付きの手伝いならしてあげられるよ」 「そいつは良い」  レオノルの言葉に返したのはヴァーミリオンだった。 「嬢ちゃんが姫さまに勉強を教えてくれるなら、姫さまは勉強が捗る。俺はショーンと酒が飲める。一挙両得だな」 「……おい」  呆れたように突っ込むショーンに楽しげな笑みを浮かべるヴァーミリオン。  2人のやり取りにレオノルとメアリーは、お互いを見合わせ笑い合う。  そしてメアリーは言った。 「算数、教えてくれますか?」 「うん。分からない所があったら教えてあげるよ」  レオノルの応えに、メアリーは嬉しそうに笑顔を浮かべた。  和気藹々とした空気が漂う中、シリウスにルシオが声を掛ける。 「よく来たね、シリウス。疲れてないかい? 荷物があったら持つよ」 「大丈夫だ」  気安い声で返すシリウスに、隣りに居たクリストフが少し驚く。 (シリウス、彼が相手なら、人見知りせずに話せるんだ)  物珍しげに見ていると、ルシオに声を掛けられる。 「クリストフさん、ですね? いつもシリウスがお世話になってます」  親しげに呼び掛けるルシオに、クリストフも柔らかな声で返す。 「クリスって呼んで良いよ。シリウスとは、お互い助け合ってるよ。彼女は、カミラちゃん、だよね? 「……」  ルシオの背中を護るようにしていたカミラに声を掛けると、すぐには応えが返ってこない。  拒絶しているというよりは、どう返せばいいか悩んでいるようだった。  どこかシリウスに似た彼女に、クリストフが苦笑を堪えていると静かな声が返ってくる。 「……カミラだ……よろしく頼む」  不器用な彼女の応えに、クリストフは笑みで応えた。  ひと通り出迎えが終わると港の少し先に向かう。  そこには一台の魔導蒸気バスがあった。 「これに乗って、ダヌさまに会いに行けるんだよ」  嬉しそうに言うメアリー。  話を聞くと、島の全周を巡るバスを運用しており、今回は特別に貴賓用の物を用意してくれたとのことだった。  それに乗ってダヌの祀られている森へ向かう。  道中、皆で楽しくお喋りをしている内に辿り着き、バスから降りてダヌの元へと辿り着いた。 「お久しぶりです、ダヌ様」  ダヌに会い、リチェルカーレは礼を告げた。 「あの時はありがとうございました」 「気にしないで良いのよ。貴女達のお蔭で、今があるんだから」  おっとりとした声で返すダヌは、あの時とは違い体が欠けた様子は無い。  とはいえ見た目だけで量ることは出来ないので皆は尋ねる。 「おの、お加減は……?」  リチェルカーレが心配そうに訊くと、アリシアも同じように声を掛ける。 「ダヌ様、お怪我は大丈夫、だったでしょうか。傷はもう、癒えたんでしょうか……」  これにダヌは笑顔で応える。 「ありがとう。大丈夫よ。少し寝たら、すっかり良くなったわ」  ダヌの笑顔に皆はほっとする。 「良かった」  リチェルカーレは安堵するように息をつき、同じように安心したアリシアはダヌに言った。 「いつも見守って下さって、ありがとうございます。今日は、お礼を兼ねて、おもてなし、させていただきます」  そう言うとリチェルカーレに視線を合わせる。  リチェルカーレは笑顔を浮かべ頷くと、今日訪れた目的を告げた。 「皆で新年祭もかねて、パーティをしようと思うんです」  周囲の広々とした公園を示し続ける。 「ここなら小さなガーデンパーティーも開けると思うんです。ご一緒にいかがですか?」 「嬉しいわ。みんなでお祭りね」  にこにこ笑顔のダヌに、皆も笑顔を浮かべる。  するとダヌは、茶目っ気のある声で続けた。 「なら準備をしなきゃダメね。貴方達はお客さまだから、準備が整うまでお茶をしておきましょう」  そう言うと、ぽんっという音と共にドーム状のテントが現れる。 「さあ、どうぞ」  ダヌに招かれるも戸惑っていると、ヴァーミリオンがショーンの肩に腕を回し引っ張っていく。 「ダヌ様のご招待だ。ありがたく招かれようぜ」 「……お前、何か知ってるだろ」 「秘密だ。それよりお茶しようぜ。なぁ、嬢ちゃん」  レオノルを誘うと、笑顔で頷く。 「もちろん! ダヌ様、お茶しましょー! たくさんお菓子も持ってきましたよ!」 「あら嬉しい」  笑顔のダヌと一緒に中に入り、皆も続いていく。  中に入り、リチェルカーレは歓声を上げる。 「わぁ――絵本の中みたい」  天幕の中は陽光で明るく、見事に編み上げられた絨毯が広々と敷かれている。魔法で中の空間が拡張されているのか、全員が入っても余裕があった。  内装は座り心地の好さそうなクッションや素朴な味わいのテーブルなどが用意され、外とは違い温かい。  目を輝かせるリチェルカーレに、シリウスは苦笑する。 「……子どもだと言うと怒るくせに……」  小さく呟くが、楽しそうな様子に無自覚に表情が和らいでいた。 「さぁ、お茶にしましょう」  ダヌに呼び掛けられ、皆はティータイム。 「ダヌ様、お菓子どうぞ」  早速レオノルは、持って来ていたバスケットからみんなで作った手作りクッキーを取り出す。 「かわいいー! お姉ちゃん達が作ったの?」  ネコの形のクッキーを手に取ったメアリーが歓声をあげると、アリシアが微笑ましげに見詰めながら応える。 「動物の、形をしたものは、私とレオノル先生で。お花の形のものは、リチェちゃんが作ったんです」 「これもあれも全部お姉ちゃん達が作ったの!?」  目を輝かせるメアリーに、リチェルカーレはは応える。 「姫さまも、今度は一緒に作ってみますか?」 「いいの!? うん!」  満面の笑顔でメアリーは言うと、クッキーを食べる。 「美味しい!」  嬉しそうな笑顔に、皆の表情は緩んだ。  そして楽しくお茶をしていると、外で人の気配が。  同時に作業音。  不思議に思っていると、やがて心地好い音色が聞こえてきた。 「準備が出来たみたいですね」  ルシオは席を立つと、皆を外に招く。  外に出るとそこでは、妖精楽団が音楽を奏でていた。 「アリバさん!」  リチェルカーレが驚いて声を上げると、アリバは応えた。 「ヨセフ教皇に頼まれてねぇ」  話を聞くと、ヨセフが手配したらしい。  アリバは本来、浄化師一組以上と一緒でなければ外に出られないが、リチェルカーレ達を担当浄化師ということにして手続きをしてくれたようだ。 「ダヌ様の祭なら、ぼく達妖精が馳せ参じないと。なにより、きみたちに少しでも恩返しが出来るチャンスだからねぇ」  今日、この場に居る皆は、アリバが消滅しかけたあの時に関わっている。  その時を思い出し、そして今の彼を見て、皆は喜びを浮かべた。  そして祭りが始まる。  妖精達は、魔法も使い音楽を奏でていく。  それは寒い冬から、命の芽吹きである春を喜ぶような明るい曲。  楽しげな旋律が広がる中、美味しそうな料理も並べられる。  島民でもある魔女達が、魔法でテーブルを設置すると、良い匂いの料理が載った皿を、ふわりと浮かべテーブルに置く。 「さぁ、楽しみましょう」  ダヌの呼び掛けで、皆はお祭りを満喫していく。 「リチェちゃん、このマリネ、美味しいです」  色とりどりの野菜と果物で出来たマリネを小皿に乗せて、アリシアは勧める。  リチェルカーレも食べてみると笑顔が浮かぶ。 「美味しい。さっぱりしてて、幾らでも食べられちゃいそう」 「こっちのエビの料理も美味しいよ」  レオノルも加わり、料理談義。  そんな彼女達の様子を離れて見ているのはシリウス。  人の多い場所を避け、なるべく目立たないようにしていたが―― 「シリウス、食べてる?」  彼の様子に気づいたクリストフが声を掛けた。 「お茶会の時も何も食べてないし、何か食べなきゃ」  そう言って美味しそうな料理をきれいに盛り付けた皿を差し出す。 「いや、俺は――」 「食べておけよ、シリウス」  シリウスの言葉を遮り、ショーンも大盛りの皿を持って言った。 「怪我は回復してるかもしれないが、体力までは違うだろう。食べないと大きくなれないぞ」 「……もう、子供じゃない」  山盛りのお皿に遠い目をした後、どこか拗ねるようにシリウスが言うと―― 「子供じゃないなら、食べれるだろ? シリウス」  にこやかな笑みを浮かべたルシオが近付き、蒸し鶏を刺したフォークを差し出す。 「はい、あーん」 「……」   軽くため息をつくように、そして断りきれず、無言で食べるシリウスだった。  そうして食事を楽しみ終る頃、妖精楽団の曲調が変わる。  より軽快でアップテンポな物に代わり、それを聞いていたヴァーミリオンが笑みを浮かべながら言った。 「そろそろ、俺も加わらせて貰うとするか」  そう言って、口寄せ魔方陣でチェロを取り出す。  取り出されたチェロを見て目を輝かせるリチェルカーレに、ヴァーミリオンは笑顔を浮かべ言った。 「嬢ちゃん、どんな曲が好きだ?」  これにリチェルカーレは笑顔のまま応える。 「みんなで楽しくなれるような曲が好いです」 「お、好いね。じゃ、こんなのはどうだ?」  そう言うとヴァーミリオンは、妖精楽団の曲に合わせながら、途中からリズムカルで弾んだ音を響かせていく。 「昔、冒険者が集まる酒場で、こういうのを弾いたもんだ。あいつら酒を飲みながらグラスを打ち合い、よく踊ってたぜ」 「素敵。レオノル先生、踊りませんか? シアちゃんも踊りましょう? 楽しいわ」 「好いね! 踊ろう!」 「はい」  誘われたレオノルは笑顔を浮かべ、アリシアは少し恥ずかしそうにして、リチェルカーレとダンスを楽しむ。  彼女達のダンスを盛り上げるように、妖精楽団もヴァーミリオンの演奏に合わせ軽快な音を響かせる。  曲に合わせ、3人は友人の手を取ってくるくる踊っていく。  楽しげな様子に、メアリー達が走り寄る。 「お姉ちゃん、私も一緒に踊って良い?」  メアリーが期待感に目を輝かせ、彼女を保護者のように連れて来たルシオも頼む。 「一緒に、躍らせて下さい」  もちろんリチェルカーレたち3人は快く頷き、楽しく踊っていく。  その踊りの最中、リチェルカーレは気付く。 (シリウス)  ちらりと見えた、目を眇めたシリウスの横顔が優しくて、どきりとしてしまう。  大切な人を見詰めているのは、シリウスだけじゃない。 「ドクター、楽しんでるみたいだな」  踊りの途中からダヌも加わり、はしゃぐレオノルを見てショーンは安堵する。 「良かったじゃねぇか」 「……ああ」  ヴァーミリオンと顔を見合わせ、安堵する様に頷く。  同じようにアリシアを見つめていたクリストフは、安堵しつつも心が誘われる。 (ちょっとムズムズしてきたかな)  見てるだけじゃ物足りないというように、アリシアの元に行くと、彼女の手を取って誘う。 「アリシア」 「クリス? ぁ……っ」  くるりと回し引き寄せると、笑顔を向けながら言った。 「みんなで踊るのも良いけど、こうやって2人で踊るのもいいだろ?」 「……はい」  アリシアは手を取られ、くるりと回され驚くと目を瞠り、クリストフに体を預けるようにして踊り始める。 (嬉しい……たぶん、顔赤くなってる気が、します)  それを見たレオノルは、ショーン目掛けて突進。 「ショーン、踊ろう!」 「ドクター!?」 (踊りに誘うのに相手にタックルをかまされるなんて後にも先にも俺だけじゃなかろうか???)  目を白黒させながら思っていると、ヴァーミリオンが楽しげに声を掛けて来る。 「ははっ、お姫さまのご指名だ。モテるなぁ、ショーン」 「こらそこヴァーミリオン、茶化すな!」  そう言うと、軽くため息をつきながら思う。 (……まぁ、いつもの日々が戻ってきてくれた証拠か) 「ドクター、踊りますか?」 「うん、踊ろう」  手を取り合って踊っていく。 「それにしてもドクター」 「なに?」 「タックルしてこなくても」 「だって君こうでもしないと動かないじゃん」 「……善処します」  拗ねたように言うレオノルに、誠心誠意踊っていくショーンだった。  そうしてパートナーとのダンスを楽しみながら、クリストフ達は親しい人達のことも気に掛ける。 (シリウス……)  リチェルカーレを誘わず独りでいるシリウスに気付き苦笑すると、アリシアに言った。 「ごめん、少しだけ離れるけど良い? シリウスが気になるんだ」  これにアリシアは頷きながら返す。 「はい。私も、リア姉様が気になりますから」 「じゃ、また後で」 「はい」  2人は一端離れると、それぞれ向かい声を掛ける。 「シリウス何やってる」  リチェルカーレに身体を向けさせ言った。 「こういう時は男が誘うもんだろう」  肩を掴んでそのままリチェルカーレの方へぐいぐいと向かわせる。 「……リチェ」 「シリウス?」  小首を傾げるリチェルカーレに、シリウスは手を差し出す。 「……上手く踊れはしないけど」  シリウスの言葉に、リチェルカーレは花咲くような笑顔を見せる。  彼女の笑顔に、シリウスは受け止めるような間を空けて、笑顔を返した。  そして2人は手を取り合って踊り始める。  同じように、アリシアはエルリアに声を掛けた。 「姉様も、ヴァーミリオンさんと、踊ったら……?」 「……私、は……」  迷うような表情をエルリアが見せていると―― 「ヴァーミリオンさんもリアちゃんと一緒においでよ!」  レオノルがヴァーミリオンに呼び掛ける。  するとメアリーが目を輝かせ―― 「お姉ちゃんとおじちゃん一緒に踊るの!?」  期待感一杯に、嬉しそうな弾んだ声を上げる。  するとヴァーミリオンは苦笑すると、チェロを口寄せ魔方陣で収納。  そして妖精楽団に演奏を任せ、エルリアの手を引いて言った。 「踊ろうぜ、エルリア」 「……はい」  恥ずかしそうに応えると、ヴァーミリオンに体を預けるようにして、2人で踊っていく。  それを見ていたルシオは、カミラの手を引っ張って―― 「踊ろう、カミラ」 「……」  言葉で返すことは出来なくて、恥ずかしそうに顔を伏せながら頷くカミラだった。  そして妖精楽団の軽快な音楽に合せ、皆は踊っていく。  顔には笑顔が浮かび、喜びが満ちている。  それは新しい明日を感じさせるような、活力の溢れる舞踏。  明日(みらい)へと繋がる今を共に、皆で過ごしていった。
甘光狂騒曲!?
普通|すべて

帰還 2021-02-03

参加人数 1/1人 土斑猫 GM
 その日、薔薇十字教団の本部を不穏な気配が覆っていた。  気配の出所は、敷地内にある病棟。その会議室。規則正しく並べられた机には、沢山の看護師の姿。数から察するに、恐らくは患者に付き添う係を除いた医療班メンバーほぼ全員。 「皆、揃いました。院長」 「ありがとう。君も、席についてくれ」  助手を務める女性看護師の言葉にそう返すのは、医療班班長にして病棟の院長を務める『ナイチンゲール・アスクラピア』。  『博愛の看護師』の二つ名を冠し、数多の命を死地より引き戻した彼は、自身も席に着くと皆を見回す。 「今の状況は、把握しているね?」  唐突にかけられた問いに、しかし集まった皆は戸惑う事もなく頷く。 「創造神の暴走は止められたが、浄化師諸君が負った傷は深い。身体的なモノだけではない。仲間を、家族を、そして信ずるものを失い、心に傷を負った者もまた多い。命さえあれば、身体の傷は癒せる。だが、心の傷はそうはいかない。この私の、全てを持ってしても」  室内に満ちる、悲痛な空気。皆が、憤っている。己の、無力に。 「けれど……」  俯き気味だったナイチンゲールの視線が、前を向く。そこに在るのは、硝子の瓶。そして、満たされるのは綺羅綺羅と輝く蜂蜜色の液体。 「今の私達には、『コレ』がある」  他の団員達もまた、『ソレ』を見つめる。一心に。  彼らの瞳に、太陽の彩の輝きが映る。まるで、燃える炎の様に。 「医療に、神の奇跡は必要ない。考慮すべきではない。だが、在る手段を無視するのはただの愚行だ」  輝く液体。名を、『甘光(かんびつ)』。  生命を司る八百万、『太陽の命姫・シャオマナ』によって醸される、霊薬。  その権能は、あらゆる身体と心の傷を癒し、不浄を清める。正しく、神の恵み。  けれど、進んで嗜もうとする者はほとんどいない。皆、知っているのだ。この霊薬がその癒しと引き換えにもたらす、人知及ばぬ恐怖を。  それを知り、なお医神の術師は断言する。『些事だ』と。 「命と健康は、あらゆる事象に優先される」  頷く、皆。 「健康は、権利ではない。義務だ」  また、頷く。 「その義務の前に、人権など存在しない」  頷く。……何か、妙な言葉が。 「先ずは入院患者。次は、通院カルテに名前のある者。そして、本部にいる者全て!」  頷く。いや、ちょっと待て。 「逃げる者は捕らえろ。隠れる者は、引きずり出せ」  頷く。あの、皆さん? 「抵抗する者は、容赦しなくていい。徹底的に、無力化しろ。そして、まずは本部内にいる者全員に甘光を摂取させるんだ」  頷く。頷くな! 誰か止めろ!  異様な熱気を孕み始める室内。立ち込める熱を煽る様に、部屋の扉が開く。入って来た女性看護師が、昏く高揚した声で報告する。 「本部全域、結界封鎖完了しました! アリどころかスギ花粉一つ抜けれません!」  何やってんの!? 「よし、作戦開始だ! 同士諸君!」  室内に轟く、狂信の雄叫び。 「この世界に、絶対不変の健康の秩序を!」  纏っていた白衣を開くナイチンゲール。露わになった服の裏には、ダイナマイトの如く縫い付けられた無数の試験官。満たすは金に輝く狂薬、甘光。  応じる様に服を開く看護師達。そこには、同じ彩に満たされた試験官が。 「行こう! 導こう! 命輝く健全たる未来へ!」  かくて、賽は振られた。  恐怖の日が始まる。  健康と言う狂気が満たす、無間絶望の宴が。  ◆ 「な、何なの!? 何事なの!? 何がどうなってんの!?」 「馬鹿! 静かにしてろ!」  訳も分からず上げた声を、口を押える手に空気ごと押し込まれて『カリア・クラルテ』は目を白黒させた。  昼前、ボ~っと通路を歩いてた所を、突然近場にあった物置に引っ張り込まれた。混乱しながら周りを見ると、知った顔の浄化師達が数人。真っ青な顔で閉じた戸に鍵をかけている。それどころか、結界魔術を重ね掛けした上にそこらの荷物を積み上げてバリケードまで築いている。  ベリアル相手だって、ここまでしない。多分。 「何なのさ、一体! 敵襲!? でも、もう創造神は……」 「そんな生易しい事態じゃない!」  創造神のアレが生易しいって何? 何が来てるの? 全く訳が分からんぞ!?  混乱の極みに陥るカリアを他所に、戸の向こうに耳を澄ます皆。聞こえてくる怒号。悲鳴。絶望と苦痛に満ちた怨嗟の声。断末魔。 「……こんな深部にまで……。怖ろしい奴らだ……」 「反撃は出来ないのか?」 「完全に虚を突かれた。武器はないし、魔喰器を口寄せしようにも、術式が無効化されてしまう」 「どう言う事だ!?」 「向こうが『アウナス』様を顕現させている。その権能だ」  暇を持て余した神々の遊び。そう言うヤツだよ。アイツは。 「くそ……」 「奴等が、こんな非道な事を企んでいたとは……」 「あ、あのさ……。ホントに何が起こってんの? 誰が攻めてきたの?」  問うカリア。とにかく、何者かが戦闘を仕掛けてきている事は確からしい。  ならば、嫌も応もない。戦わねばならない。今の自分には、守らなければならない者がいるのだから。 (ニオくん……)  脳裏を過ぎる、『ニオ・ハスター』の顔。愛しい娘。創造神の真実を知って、信仰を裏切られた彼女は失意の中にある。戦える状態ではない。  大切な人。  必ず。  それにしたって、敵の正体が分からなきゃ対処のしようもない。  創造神は堕ち。ベリアルは刃を下ろし。ヨハネの使徒は無辜のガラクタ同然。  ならば、考えられる敵は同じ『人』。愚かしい話だが、今もって人の悪意はなお絶えない。  サクリファイスの生き残りか。  はたまた、終焉の夜明け団の残党か。  息を飲んで答えを待つカリアに、浄化師の一人が沈痛な面持ちで告げる。 「……医療班だ」 「……は?」 「襲撃して来ているのは、医療班の看護師達だ」  想像の斜め上どころか、果てしなく明後日のそのまた向こうの答え。  分からない。全く、理解出来ない。 「な、何ソレ? 何で看護師さん達が……」 「恐ろしい事を、企んでいる……」 「お、恐ろしい事……?」 「奴等は……俺達を……」 「おれ達を……?」 「『健康』にするつもりだ……」 「…………」  看護師だもんね。仕方ないね。 「何を呆れているんだ! その手段が悍ましいんだ! 奴らは甘光を使うつもりなんだぞ!?」 「かんびつ?」  聞いた単語ではある。ただ、繊細は知らない。件の騒動の時には、指令で遠出してたのだ。帰ってきたら仲間に、『何でお前らだけ』とほぼ八つ当たりな憎悪を向けられたのは忌まわしい思い出。  要領を得ないカリアにイラついたのか、『読め』と言う言葉と共に一枚の紙が渡される。 「え? 報告書じゃん。どうして?」 「いいから、読め」  訳が分からぬまま、読み込む。  読んでるうちに、顔から血が引く。ついでに、その他のモノも引く。主に、気迫とか決意とか勇気とか。 「ヤバイじゃん! これ!!」  思わず飛び出る、魂の叫び。多分、ベリアルとの戦いでもこんな声出た事ない。 「甘光ヤバイじゃん!! これ!!」  大事な事なので、二度言いました。  『一件は百聞に如かず』と言う言葉がある。大方の場合、なんぼ文章で表現しても実際の体験には及ばない。自明の理。ソレを踏まえて、この報告書。  ヤバイ。  読む以前に、眺めただけでヤバい。  文字を見て湧き上がる怖気が、実際に魑魅魍魎を前にした時のソレを凌駕するとは如何なる現象か。著者の苦悶を表すかの様に歪む書体。所々滲んでいるのは、苦痛の汗かはたまた不条理に対する憎悪の涙か。 「理解したか……?」  震えるカリアに、隣りの浄化師が問う。 「甘光がもたらすのは、間違いなく健康だ。ただし、命も。人としての尊厳さえも犠牲にする健康だ……!」  不条理の塊。 「ど、どうすれば……」 「退路は全て絶たれている。増援も望めまい。せめて、ここで出来得る限りの抵抗を……。俺達の、誇りを示すしかない……」  多分、創造神との最終決戦でもこんな悲壮な覚悟なかった。 「で、でも……」  瞬間、戸が結界やらバリケードやらまとめて吹っ飛んだ。 「ぬぁあああ!?」 「えぇえ!?」  腰を抜かす皆の前に、雪崩れ込んでくる看護師の皆さん。ちゃんと白衣。尊き使命は忘れない。 「お待たせしました」 「何!? あの人達、何で目が血走ってんの!?」 「貴方達の健康を守る、その使命感故です」  ビビるカリアとその他。  返答が狂ってる。いつから使命感は狂化を付与するバフと化したのか。 「い、いや! そもそも何でアンタ達そんなすんなり入ってこれるのさ!? 皆で目一杯強力な結界張ってたのに!!!」 「アウナス様の助力です」  ホントに何をやってくれてるのか。邪神か何かかアレは。 「では……」  取り出す試験管。悍ましい、金色の輝き。 「ひぃ!」  引き攣る悲鳴。 「に、逃げろー!! 飲まされるーっ!!」  戦う意思も誇りも、人知を超越した恐怖の前には無力。カリアの絶叫と共に逃走を図る。けれど。 「無駄です!」 「でぇえぇえ!?」  飛んできた鬼門封印やら禁符の陣やらが、容赦なく体を縛る。  看護師の方々も、浄化師。アライブスキル、使用可。  マジでガチ。 「さあ、始めましょう」 「ちょ、ちょっと待ってぇえ!!」  絶望の叫びは虚しく響く。  かくて、神意のサバトが幕開ける。  ◆ 「そ、そりゃちょーっと不健康な生活は送ったかもよ!?」  禁符で雁字搦めにされつつも、ビチビチ跳ねて抵抗するカリア。その様、陸揚げされた鰹の如し。 「そうですねぇ。先の健康診断の結果も良くないですし……」  持参したカルテを見ながら、そんな事言う看護師さん。律儀。 「で、でもでももっと重病人とかいるじゃん!? そっちに飲ませた方が……」  必死。生きとし生ける者の特権。諦めたら、全てが終わる。  看護師さんが視線を向ける。コワイ。めっちゃコワイ。 「い、いや拒否してないよ!? でも、順番ってもんがあるじゃん!?」 「そうですね。重病の方は、確かにいます」 「ね? ね!? だからやめろ今すぐにやめ……」  白い手が、ムンズとカリアの頭を掴む。 「大丈夫。その方々には既に投与済みです」  閉ざされる希望。こじ開けられる口。 「ちょ、ストップやめ、やめぇーーーーーっ!!!?!?」 「はーい。良い子ですねー」  注がれる慈愛。  此よりは、地獄。  ◆ 「……ニオくん? あぁ、えっと」  無間の甘味。意識を反復横跳びさせながら、カリアはかけられた問いに答える。 「それ飲ませても、無理だと思う……」  確信。 「だって、仕方ないじゃん……。ぼーぜんじしつ? だもん……」  空っぽの、彼女。 「だって、ある意味で人生全否定だよ……? そりゃ、生かしてもらってるだけ有難いけど……」  神の傷。同じ神でも。 「……押しかけに行くなよ? 飲ませたら、おれ本気で怒るから……」  苦笑する気配。では、貴方が? と。 「……いやだから、そもそも、飲ませないってのー!?」  激情と共に飛び起きる。笑う看護師。『元気になりましたね』、と。  ◆  何やら外が騒がしい。  自室で重い微睡みに揺れながら、ニオは思う。  『甘光』と聞こえた。  確か、シャオマナ様が授けてくださった命の霊薬。  全てを癒す。傷も。病みも。  あぁ、でも。  それはきっと、自分が触れていいものではない。  信ずる事も。  抗う事もしなかった。  何もかも中途半端だった自分。  命の光など、過ぎるもの。  あぁ……。  外が、騒がしい。  揺蕩う心。  虚しい。  虚しい。  ただ、微睡む。  ずっと。  ずっと。
六花の舞う空
普通|すべて

帰還 2021-01-31

参加人数 1/1人 駒米たも GM
●  四季のうつろいは色の変化と共に訪れる。  夏には青々としていた境内も今は白い。まるで厚い綿布団を被っているようだ。  せっせと雪かきをしていた付喪神は人の気配に顔をあげた。  こんな日に誰だろう? そんな疑問は来客の姿を見た瞬間に吹き飛んだ。 「こんにちは、雨降小僧さん」  雨降小僧は飛び上がって喜んだ。  石段を昇ってきたのは『リチェルカーレ・リモージュ』と『シリウス・セイアッド』。  世界の窮地を救い、そしてこの辺りの付喪神からは良き遊び相手として認識されている二人の来訪に雪かきから逃げていた付喪神たちが一斉に顔を出す。 「りちぇ?」「しりうす?」 「ようこそー」「こそこそー」「祝、ご無事」  俄かに境内が騒がしくなる。二人の足元に群がってきた付喪神はそれぞれが好き勝手に歓迎の舞を踊っているようだ。 「付喪神ちゃんたちも元気だった?」 「危ないぞ。蹴飛ばすだろう」  一体一体を撫でていくリチェルカーレと、溜息を吐きながら纏わりつく付喪神たちを安全な場所へ移動させるシリウス。三度目ともなると付喪神のあしらい方が上手い。 「おっ、りちぇ殿。しりうす殿!」 「二人とも息災か?」 「ミズナラ様、鬼さんお久しぶりです」  ペコリと頭を下げたリチェルカーレに合わせてシリウスもまた会釈をする。ミズナラは微笑み、鬼は豪快に破顔した。 「外は寒い。中へ」  ミズナラは注連縄のかかった社殿の扉を開いた。 「それで今日は何用で?」 「お礼を言いに来たんです」  雨降小僧が運んできた茶に礼を言うとリチェルカーレは背筋を正して話を切り出した。 「先の戦いでは、助けて下さってありがとうございました」  頭を下げるリチェルカーレ。  シリウスへと視線を移せば、真摯な翡翠がひたとミズナラを見つめている。 「助力に感謝を。おかげで助かった。……ありがとうございました」  それを聞いたミズナラが感じたのは驚きと安堵であった。  ヴァンピールという種は総じて警戒心の強い者が多いと聞く。そんな青年が礼を告げた事に、ミズナラは喜びを隠しきれずにいた。  これから世界の垣根は少しずつ低くなるだろう。  必ずしも良い方向へ向かうとは限らないが、少なくともひとつ、希望が存在している事をミズナラは知ることができた。  リチェルカーレ。優しい、春の光を思わせる少女。  誰かを思いやれる強い心を持つ人の子は、頑なだった氷を溶かしつつあるようだ。 「いつか杏の咲く季節が来るかもしれぬな」 「どうした?」 「いや、ひとつの可能性を視ただけのこと」  白と枯木色の重ねをずるりと擦り、ミズナラもまた深く頭を下げ返す。 「人の子、そして夜の子よ。先の闘いで救われたのは我(わ)等のほう。おかげで長年の枷であった八百万の軛も解放された。礼を言う」 「俺たちが今も生きているのはお前さんたちが頑張ってくれたお陰だ。んでよ。そろそろ誰か、頭を上げちゃあくれねえか?」  鬼の冗談にどちらともなく笑い合う。そんな時、襖の向こうから廊下を走る足音が聞こえてきた。 「ねえ、ミズナラまだー? そろそろお祭りに行こうよー!」 「雪女さまっ、まだお客様が」  すぱーんと障子がスライドし、上から下まで白い女が顔を覗かせた。そしてリチェルカーレとシリウスの姿を見るとパッと顔を輝かせる。 「可愛い陰陽師ちゃんと夜の子だあ! はじめましてー、雪女だよー」 「は、はじめまして?」  リチェルカーレは驚いて瞬きをし、シリウスはどういう反応を取れば良いのか分からず静の表情のまま固まっている。 「そういや今日は雪祭りの日だったな」 「忘れないでよー、私頑張ったんだからー」 「近くの村で厄払いの雪祭りがある。良ければ二人とも寄っていかぬか?」  此度は帰りを急ぐ旅でもない。  リチェルカーレとシリウスは視線を交わして頷いた。 「ええ、ぜひ」 「ウフフ、着替えましょう」 「ひゃっ」 「リチェ?」  小さな悲鳴にシリウスが横を向くと、黒髪の女童が二人、リチェルカーレの両脇に控えていた。  初めて会う筈なのだが、二人とも初見の気がしない。どことなく人の足元に体当たりしてコロコロ転がって遊んでいそうな気配がある付喪神だ。 「ウフフ、やっと地底湖に落ちかけた所を救って下さった御恩返しができまする。さあさ、此方へ」 「ウフフ、殿方は村の入り口で待っていてくださいませ。『でぇと』とはそういう物でございまする」  眼を白黒させているリチェルカーレを目の前で誘拐され呆然としたシリウスだったが、困った様子の雨降小僧と狐火に袖を引かれて我に返った。 「……着替えて、村の入り口で待っていれば良いんだな?」  溜息で山が出来そうだ。  シリウスは疲れた顔で頷く狐火と雨降小僧の頭を撫でてやった。 ●  視線を感じる。  ミズナラ神や付喪神たちと共にいるからだろうかと、シリウスは視線から逃れるように銀灰色の襟巻きをかき寄せた。  宵色の表地と雪雲色の裏地を合わせた着物は加護があるのか、ぬくぬくと温かい。  締めた焦茶の帯は六華模様が刻まれ、帯から垂れた翡翠の蝙蝠が風に揺れている。巻きつけた朱紐が一筋、艶やかな結び目で黒髪を彩っていた。 「しりうす君が格好いいから、みんな見てるんだよー」 「かっこいい?」  表情を変えぬままシリウスはオウム返しに雪女が発した単語を繰り返した。まるで未知の言語と出くわしたと言わんばかりの発音に雪女は思わず笑う。  実際、見慣れぬ若武者が来たと村の中は大賑わいだ。 「りちぇ殿も来たぞ」  牛鬼の視線を追ったシリウスは両の眼を大きく開いた。  風花のなか、雪模様の白いケープが珊瑚色の振袖の上で羽衣のように踊っている。  歩くたび、耳元に流れる銀糸の連菱がしゃらりと氷鈴の音を奏でた。  リチェルカーレの流水のように美しく豊かな髪は一つに纏められ、優しい水仙の花に彩られている。  桜色の紅をさした唇と眦、酔ったように潤んだ瞳にはシリウスが映っている。  言葉を忘れていたのはどちらも同じ。  笑い声に気づいたシリウスは夢から醒めたように瞬きをすると小さな犯人たちをジロリと睨んだ。 「集合」  精神年齢年少組付喪神たちがシリウスを揶揄う裏で、ミズナラおよび年長組は静かに顔を寄せあった。 「二人の顔面偏差値の高さ、なめてたねー」  藍染の紬に袖を通した凛としたシリウス。  そして空を思わせる清楚なリチェルカーレ。  版画絵に出てきそうな気品ある二人が並べば、更に浄化師だと知られれば、あっという間に人気者として囲まれるだろう。 「これではゆっくりと観光させてやれそうもない」 「ふたりの時間は守らねえと」  楽しくニホンを見物させてやりたいという純な気持ち。  そしてあわよくば良い雰囲気にしてやりたというお節介な気持ちがコラボレーションした結果、思った以上の結果を叩き出してしまった。 「二人はお忍びでやってきた、やんごとなき身分の若君と姫君でー、二人の邪魔しちゃダメだよって村人に伝えるー?」 「そうしよう」 「合点だ。おーい。りちぇ殿、しりうす殿。俺たち何か色々忘れ物したから先に祭りを楽しんでくれ!!」  言うが早いか付喪神たちは空気の中に姿を消した。 「え?」 「何か色々って、なんだ?」  あとに残されたのは着物姿の二人。  誰もいなくなった村の入り口にぴゅるりと風が吹き抜ける。 「……あのね、シリウス」  リチェルカーレはそうっと指を持ち上げた。細い指が戸惑うように胸元で揺れてはシリウスへ向かい、最後にはきゅっと拳の中へと隠れてしまう。 「ううん、何でもない」  そう言ってリチェルカーレは控えめに微笑んだ。  感情を隠したその笑顔を見るとき、シリウスの心にはいつだって冷たさに似た小さな痛みが奔る。それが何の感情であるのか、彼にはまだ分からない。けれど。 「……迷子になると困るだろう」  差しだされた手。よく無機質だと称される青年の表情が、実は豊かであることをリチェルカーレは知っている。 「うん」  シリウスは人に触れるのが苦手だ。  だけど、手をつないでくれる。  シリウスがリチェルカーレを見る瞳は花を愛でるかのように穏やかだ。  熱くなった耳に気づかれませんようにとリチェルカーレは密やかに願い、手を取り合った。 「わぁ、大きな像。あれはミズナラ様よね。あっちは誰かしら?」 「……鬼、か?」  信仰が深いのか。それとも身近な存在なのか。村には八百万の神や妖怪を象った雪像や氷像が幾つも並んでいた。  その半分が荘厳で、後の半分はどこかコミカルだ。  リチェルカーレは瑠璃と新緑の瞳に好奇心をいっぱいつめこんで周囲を見渡した。見慣れた雪も、見知らぬ場所では新鮮に見える。  サクリ、ザクリ。パイ生地を崩すような楽しげな足音はリチェルカーレが雪道に足を取られないようにとのんびりしたリズムだ。  小さな心遣いに気づいたリチェルカーレはそっと頬をゆるめる。 「ニホンの冬は寒いと聞いていたが、嫌な寒さでは無いな」  シリウスは白い吐息を燻らせながら呟いた。  飾られた青白磁色の氷花が眩しい。透き通ったネモフィラの花のようだと思い……誰かさんの髪色にもよく似ていると心の中でシリウスは呟いた。  ――そう。とても、綺麗だ。 「そうね」 「んっ」 「どうしたの? シリウス」  あまりにもタイミング良く頷いたものだから、声に出してしまったかとシリウスの心臓がドキリと跳ねる。 「何でもない」  ふいと顔を逸らしたシリウスの心の内を知ってか知らずか。リチェルカーレは優しく目を細めてシリウスを見上げた。 「空気が澄んでいて寒いけれど綺麗。ねえ、シリウス。少し、しゃがんで?」  リチェルカーレは愛情に満ちた手つきでシリウスの髪についていた雪を払った。木の葉のようにはらはらと、雪花の欠片がすべり落ちていく。 「はい、とれた」  クスクスとした笑い声が風に混じる。雪と氷に囲まれているのに、ふたりで見ると暖かい。  夕日が白銀の世界を紫陽花色に染め、ぽつぽつと道の雪燈籠に朱色が灯りだした。  ひんやりとした世界に一瞬だけ色が溢れ、二人はそれを眺めるためにベンチへ座った。 「今年は……未来はこれからどうなるのかしら」  幻想的な光景が夜の帷に包まれていく様子を、リチェルカーレはぼんやりと見つめていた。  その指先にほんのりとした温かさが灯る。  はぐれる心配もない。転ぶ心配もない。ふれた指先は純粋な意思の元で絡まった。  リチェルカーレの手を握るとき、シリウスはいつだって、その指が壊れやすい砂糖菓子であるかのように扱う。  それが嬉しくて、少しだけ、悔しい。 「区切りはついたけれど まだやることは多そうだな」  シリウスもまた空を見上げていた。  その横顔には少しの畏れと決意が見え隠れしている。それは迷っている時の眼差しだ。 「その……今年も、よろしく」  傍にいたい。いてほしい。  リチェルカーレは控えめな一等星の不器用さを、輝きを、受け止めてきた。  だから、声無き声に応えるために。手をつないだまま、ゆっくり体重を、命の重さを隣へと預けた。 「うん、こちらこそ」  桜のようにはらはらと、月光の欠片が瞬いた。  白月からふたりへ贈られた六花の香りに満たされて、星に祝福された舞台で肩を寄せあう。 「これからもどうぞよろしくね」 「うん」  囁きを聞いたのは舞い散る雪だけ。  ふたりだけの、白い世界で。
過去の面影
普通|すべて

帰還 2021-01-28

参加人数 2/2人 桂木京介 GM
 羽織ることすらもどかしく、『ショーン・ハイド』は上着を肩にかけただけで足早に歩む。駆け出したかったが自制した。走りだせばたちまち、取り乱す心を抑えられなくなるだろうから。  扉の前で『リチェルカーレ・リモージュ』が待っている。血の気の失せた顔色、目に悄然とした表情をたたえていた。 「お願いします」  リチェルカーレは扉を開けた。黙礼してショーンは部屋に足を踏み入れる。  絶句した。  目にしたのは、ベッドの上にある『シリウス・セイアッド』の姿だ。 枕元に死神が座っている、そう錯覚するほどの状態だった。  まあたらしい包帯を巻かれてはいるものの、呼吸は浅く肌は青白く、天井を向いた瞳もうつろだ。両手にすくいあげた海水のように、ぽたぽたと生命力がしたたり落ちていく音が聞こえるようだ。 「朝から容態が急変して……なのにシリウス、医務室にはどうあっても行かない、医療担当の人間にも会いたくないって言い張って……それで……」  リチェルカーレの肩が小刻みに震えていた。  可哀想に。彼女はきっと、誰よりも自分を責めている。 「大丈夫」  ショーンは、まずリチェルカーレに微笑してみせた。 「必ず助ける」  だからここは任せてと告げてショーンは扉に目を向け、一時退出をうながした。リチェルカーレ自身にも休息が必要だ。  ためらうようにリチェルカーレは、しばしシリウスを見つめていたがやがて、 「お願いします……」  深く頭を下げると、名残惜しげに振り返りながらドアノブを回した。  銀青色の髪が力なく、垂れたまま扉の向こうに消えた。  ショーンはため息をついた。だが次の瞬間にはもう、上着を投げ捨てベッドに駆け寄っている。 「シリウス」  だがシリウスは、視線をショーンに向けることすらない。 「お前、どうしてこんなになるまで放っておいたんだ……!」  怒鳴りつけたつもりだったが、ショーンの声は詰まり、囁き声と大差がなくなっている。  シリウスの自室は、よく言えば整頓されていた。だが悪く言えば、物らしい物のほとんどない部屋とも言えた。壁紙はなくカーペットもない。窓にカーテンすらついていない。大きなメタルラックもほぼ空で、下段に武器の手入れ道具と、小さな救急箱だけが申し訳なさそうに置かれていた。ワードローブらしいものは見当たらず、針金のハンガーにかけた制服が壁に吊されている。  寝台があればいい、着るものも最低限あればいい、そんなシリウスの考えが透けて見えるようだ。  シリウスが死にかかっている、そうリチェルカーレからの報を受けショーンはこの部屋に急行した。  最終決戦で負傷したシリウスは医務室に行かず、誰にも知らせぬまま部屋に転がっていたという。寝ていれば治ると過信していたのだろう。すんでのところでリチェルカーレに発見され手当されたものの、危険な状態であったことは疑いようがない。  しかも一夜明けて、一時的に鎮まっていたものが急激に悪化したというのだ。  脈は……安定している。  シリウスの手首から手を離し、その手でショーンは額をぬぐった。我知らず汗をかいていた。見た目ほど悲惨な状態ではないらしい。  けれど包帯をとき、傷口を目にするやショーンは顔をふたたび曇らせた。 「よくもまぁこんな雑な処置のまま……コイツらしいといえばらしいか」  皮膚に抽象画を刻印したようになっている。  やはりリチェルカーレには退出を願って正解だった。彼女が手当していたのである程度食い止められてはいるものの、負傷したその日から数日、放置に近い状態にしていたのがよくなかった。  だが手遅れではない。ショーンは袖をまくった。  持参した包帯、それに消毒液を取り出す。余るほど持ってきたつもりだったが、むしろ足りなくなるかもしれない。  大仕事になりそうだ。  深呼吸するべく伸ばしたショーンの腕が、目測を誤りベッドサイドの小棚に当たった。  カタンと音がして何かが床に落ちた。  拾い上げてみると小ぶりの短刀だ。  ……ナイフ?  刀身は短く細身で、ショーンの手であればすっぽりと収まるほどの大きさだった。取り回しはよさそうだが一般人向けだ。浄化師の魔喰器と比べれば玩具のようなものだろう。よく使い込まれているらしくグリップがすり減っている。  鞘から抜いてみた。刃は新品のように鋭く、冷たい光を宿らせていた。  このナイフ、確か……。  ショーンには見覚えがあった。記憶を探ってあっと声を上げる。  俺が昔、プレゼントに渡したものだ。  まだ持っていたのか。  柄の模様がほとんど消えていたので気がつくのに時間がかかった。刃が新品同様であるところからすると、シリウスが大切に使っていたことは間違いない。 「まったく……義理堅いというかなんというか……」  ナイフを棚に戻す。苦笑に似たものがショーンの唇から漏れた。  直後、シリウスの身体が動いた気がした。  幼子の手を離れた赤い風船のように、ぷかりとシリウスの意識は浮上した。  うん……?  最初は、沸騰した湯から気泡が生まれては消える音かと思った。  しかしすぐに、音は誰かのつぶやきだとわかった。  リチェじゃない。  深みのある男性の声だ。聞き覚えがあった。 「……ショー、ン……?」  かさかさの唇を動かし、首を右側に傾ける。  手が見えた。リチェルカーレよりずっと大きくて骨張った手だ。  手の主を見上げる。  やっぱり。  シリウスの表情がゆるんでいる。 「――よか、った。いきてた」  ショーンは言葉を失った。  シリウスが自分を見ている。  しかし彼は、本当に現在のシリウスなのか、応じる言葉がとっさに見つからない。  かつてシリウスがよく見せた笑顔だった。純粋で屈託がなく、ショーンのことを信頼しきっている表情。棒きれを飼い主の足元に落とし、投げてもらうのを待っている子犬のような。  けれど空に浮かんだ赤い風船は、たちまちしぼんで風に流された。  シリウスは瞼をおろし、まもなく寝息を立てはじめたのだ。  ショーンはそれでも、しばらく口を半開きにしてまばたきしていたが、 「『生きてた』か……それは定義によるな」  短くつぶやくと首を振り、作業を開始した。  どれほど時間が経っただろうか。  汚れ物をまとめて袋にしまうともう限界だ。なすべきことが一通り終わり、ぐったりとショーンは壁に寄りかかる。茹ですぎたブロッコリーにでもなった気分だ。もう、腕を上げるのだってわずらわしい。  このときシリウスが目を開けた。まるで、ショーンがダウンするのを待っていたかのように。 「……何?」  不審者に投げかける口調でショーンは言った。愛想がないのは声色だけではない。首だけこちらに向けて眉をひそめている。  なんでショーンがここに?  シリウスには理解ができない。  俺、リチェに看病されていたよな――?  そのはずだった。少なくとも昨夜までは。  だがそこから先はいささか記憶に自信がなかった。  ずっと夢を見ていたように思う。長い長い夢、これは夢だと自覚しながら、それでも目覚めることのできないような夢だ。  高熱が出ていたに違いない。暖炉みたいに火照る頭をかかえ涸れ井戸のようになった喉に苦しみながら、シリウスは自分の半生を振り返る夢路をたどっていた。  記憶は時間軸の通りには進行しなかった。しばしば寄り道し、飛び、戻って、同じ光景が何度か現れたりもした。  しかし中心テーマだけはぶれなかった。  シリウスが夢で見た己の半生、これをつらぬいたものはただの一言だ。  死。 『大切なひとほど殺してしまう』  死んだ。みんな死んだ。  両親が死んだ。故郷の村ごと、侵略者に焼かれて死んだ。目の前をよぎるのはベリアルの大きな影、使徒のぞっとするような眼差し。  ルシオが死んだ。それが宿命だというように、命の花を散らして消えた。  夢の中でひとつひとつの死を、シリウスは間近で再確認していった。  実際に目にした記憶がないはずの光景すら、スローモーションで見ることができた。炎の熱さも、血の臭いもねばつく感触も、ありありと感じることができた。  けれど誰の死も、どんな死だってシリウスには絶対に止められない。なすすべもなく眺めるしかない。  そして彼は繰り言する。 『大切なひとほど殺してしまう』  と。  俺がそばにいてほしいと願った人は皆、死んでしまった。  だからシリウスは決めた。  また誰かを殺すくらいなら、もう誰も好きにならない。  そうすれば、もう大切なものを失うことはないから。  そう思っていたけど――。 「……ショーン?  よかった、生きてた」  でも長い夢の中で、ショーンだけは死ななかった。  これだけは現実と違っていた。  孤児になり教団の隔離施設に収容されたシリウスを、ときどき訪ねてきた歳上の友人、兄であり父のようでもあった存在、それがショーンだ。  研究協力者という名目で教団内での生活を認められたシリウスだったが、実態は人語を解するモルモットだったにすぎない。詳細は覚えていないが、定期的にRAN数値変動試験を課され、人体や精神面への影響を逐一調べられた。  当然といえば当然だが、実験動物と親しくしようとする人間はいない。教団の研究者たちはシリウスに対し、必要最低限の接触しかしてこなかった。  だから、 『お前、いつも一人だな』  とショーンが初めて話しかけてくれたとき、シリウスはそれが、自分にかけられた言葉だとしばらく理解できなかったくらいだ。  ショーンはナイフをくれた。護身用に、ということだった。 『ナイフというのはな、こうやって隠すものだ』  あのときショーンはそう言って、煙のように簡単にナイフを消してみせた。実際は袖に忍ばせただけなのだが、神業みたいに見事だった。格好良くて、憧れて、以来ずっと練習したものだ。 『手じゃない。ナイフは腕全体を使って投げる』  いくら投げても木の幹にはじかれたナイフが、ショーンに指導されたとたん、引き抜くのに苦労するくらい深く木に突き刺さった瞬間もよく覚えている。 『やればできるじゃないか』  ナイフ隠しの技にようやく成功したとき、誉めてくれたこの言葉も忘れられない。  ショーンの立場はシリウスとは異なる。十一歳から教団に所属し、エージェントとしての教育を受けていたという。シリウスと出会った時期は、運命の皮肉により反教団組織に身を置き、二重スパイとして教団を探っていた時期だったようだ。  ショーンがシリウスに優しかった理由も不明だ。情報を引き出すために利用していただけかもしれない。それとも、シリウスの身をあまりに不憫に思ったためか。  でもこれだけは間違いない。シリウスからすれば、当時のショーンは教団で唯一の、親身になってくれる存在だったということだ。  そんなショーンが、あるとき死んだと聞かされた。  襲われ、酷い怪我をして息絶えたという。  それきりまた、シリウスは教団で孤独になったのだった。  なのに熱に浮かされた夢の中でも、シリウスはショーンの死を見ることはなかった。  そればかりかショーンは無事だった。無傷でひょっこりとシリウスのもとに顔を出し『ナイフの手入れはしているか?』とたずねてきたのだ。  もちろん、とシリウスは答えたと思う。  そうしてベッド脇の棚に手を伸ばし――。  シリウスの手がナイフに触れた。 「動けるようになったか。いい兆候だ」  ショーンが近づいてくる。  腕を広げ歓迎したくなる衝動に駆られたが、『違う!』とシリウスは心の中で声を上げた。  違う。あのショーンは、違う。  一度『死んだ』ショーンだ。アンデッドとして蘇った男、俺を見て『誰だ』と言い放った男……!  シリウスが普段通りなら、飛びかかってショーンの喉元にナイフをつきつけていたかもしれない。そうして『俺なら問題ない。出てってくれ』と冷ややかに告げたかもしれない。けれどいまは身を起こすのがやっとだ。 「大きく動こうとするな。傷口が開く」  刺すようなシリウスの目をものともせず、ショーンはグラスに水を注いで差し出した。 「飲むといい。必要なはずだ」  平気だと言いたかったが体は正直だった。シリウスはグラスをひったくるようにして受け取ると、ほとんど一息で飲み干した。冷たくておいしい。油膜が張ったような喉を洗い流してくれた。  だが、にこりともせずシリウスはショーンに言い放つ。 「手当ならいらない」  病院嫌いに手当嫌いはあいかわらずだな、とショーンは思ったが口にしなかった。かわりに言う。 「それで結構、手当ならもう終わった」 「……!」  シリウスはようやく気づいて我が身を調べた。ショーンの言った通りらしい。頭痛もずいぶん軽くなっている。熱が下がったのだ。 「礼なら彼女に言うんだな。俺を呼び出してくれていなければ、危ういところだった」  ショーンが見たところ、シリウスは何も覚えていないようだ。それならそれでいい、あとはリチェルカーレが説明してくれるだろう。 「俺ができるのはここまでだ。せいぜい養生しておけ」  と立ち去りかけたショーンを、 「――待て」  シリウスが呼び止めた。  真顔で空のグラスを突き出す。 「おかわり」  ショーンは口元を押さえた。不覚にも吹き出しそうになったのだ。だが咳払いしてなんとかしのぐと、黙って冷えた水を注いでやる。  もしかしたら、シリウスはショーンが近くに来るのを待っていたのかもしれない。今度は一息では干さず、半分ほど空けてからやっとポツリと言った。 「一応、礼は言っておく……」  意地悪をしたいわけではない。しかしうつむき気味に、ぽそっと告げたシリウスの姿がかつての姿と重なって見えて、どうしてもそのままやり過ごせなくなりショーンは口の端をゆがめたのである。 「何と言った? 声が小さくて聞こえなかったが」  シリウスが目を上げた。透き通るような翡翠の瞳、この部屋をショーンが訪れたときとはまるで輝きが違っている。分厚い埃をかぶっていたものが、きれいにぬぐわれたかのようだった。 「……すまん、助かった」 「もう少しストレートに言ったらどうだ?」 「お前……! 聞こえなかった、っての嘘か」  牙をむきそうな表情になったシリウスだが、もう諦めたのかまっすぐにショーンの目を見て告げた。 「手当してくれてあり……がとう」  これでいいな、と言うように腕組みして背を向けたシリウスの頭に、ショーンの手が乗った。 「やればできるじゃないか」  わしゃわしゃと撫でる。撫でるというよりは、髪をかき回しているというのに近い。 「……何する!」  ふりほどきたかったが、あいにくとシリウスの体はまだ思い通りに動かせる状態ではない。大変不本意だが、されるがままになるしかないようだ。  腹立たしくも妙にくすぐったく、なぜか懐かしくて気恥ずかしかった。 「昔はこんな子どもだったな」  ショーンが何か言っているが、シリウスは聞こえないふりをする。 「そう変わったわけではないようだ……俺も、お前も」  これも聞こえないふりをする。  後で追求されたら、頭痛のせいで忘れたとでも言ってやろう!  このやりとりはドアの隙間から漏れている。  部屋の扉の外にはリチェルカーレが立ち、どのタイミングで入ればいいだろうかと迷っていた。
ラニ・シェルロワの1日
普通|すべて

帰還 2020-12-28

参加人数 1/1人 春夏秋冬 GM
 プロローグ 死神(レイン)  男は、まさに死神だった。  地に伏したる死屍累々。  全ては男1人の手によるもの。  数多の死を齎した男の顔には、感情の色が酷く薄かった。 「つまらん」  それは殺した者達だけでなく、今だ殺意を放つ者達へと向けたもの。  男は――レインは、命を狙われ囲まれていた。  時は夜。人里離れた荒地にて。  星明りに照らされた闇の中、レインは暗部と殺し合いをしていた。 「どうした。来ないのか?」  レインを囲む者達は動かない。  待っているのだ。  レインが仲間の誰かを殺そうと動いた瞬間、他の者達が一斉に襲いかかり絶命させる。  命を捨てることを前提とした決死の戦術。  だからこそレインは再び言った。 「つまらん。生き残ろうとする意志が薄い。あがけ。もがけ。それすら出来んなら、死ね」  それは本心からの言葉だったが、暗部達は応えず待ちに徹する。 「そうか。お前達は、そういうものか」  心底呆れたように言うと、レインは出来の悪い生徒に教えるように言った。 「なら、手心をくれてやる」  そう言うと、レインは手にした魔剣チェルノボグで自分の首を斬る。  血の花が咲く。 「どうした? まだ足らんか」  血の気を薄れさせながら、レインは魔剣を深々と地面に突き刺す。  弱り、武器を手放す。  罠を訝しみ、されど好機と判断した暗殺者達は一斉に襲い掛かった。  レインは地に刺した剣を引き抜くが、その分の時間を浪費する。  それでもなお、レインは暗殺者達を斬り裂く。  1人2人、3人殺した所で、死角から跳び込んだ4人目が心臓を貫いた。 (殺した)  暗殺者が思った瞬間、レインは首を掴み握り潰す。  さらに腹を蹴り大きく跳ばすと、残りの暗殺者を次々殺していく。  しかし心臓を貫かれ動きが鈍った所に、暗殺者達の更なる追撃が襲い掛かる。  何本も剣を突き刺されたレインは、立ったまま死に絶え―― 「――は」  哄笑と共に蘇った。  体に突き刺さった剣を引き抜くと、驚愕する暗殺者達に投げ次々刺し殺す。  生き残っているのは、咽喉を潰され内臓を蹴り潰された者のみ。擦れ潰れた声で彼は言った。 「な、ぜ……」 「死なないのが不思議か? 心配するな、死んでいる。生き返っただけだ」  レインは魔剣を見せながら続ける。 「こいつは、事前に能力や魔術を3つまで保存することが出来る。そして条件を設定しておけば、条件が満たされると発動させることも出来る」  死にかけた暗殺者に近付きながら種明かしをした。 「神殺しがなされたことで、一時的な上位種族になれるようになった。だから私は、死神の能力『死剋』が使える。それを保存しておき、私の死を発動条件として使ったというわけだ」 「……なぜ、そんなまねを……」  死に逝く暗殺者はレインの種明かしを聞いても、疑問を浮かべ続ける。  それにレインは答えた。 「実験だ。愛すべき生徒の前に、教師である私が試す必要がある」  壊れた笑みを浮かべレインは言った。 「殺しても生き返せれば、何度でも壊(ころ)せる。死の経験を得れば、より強く成長させられるかもしれない。その果てに私を壊(ころ)せるなら、これほど喜ばしいことは無い」 「……いかれてる」  その言葉を最後に、暗殺者は息絶えた。  確認したレインは、その場を後にする。 「待っていろ。すぐ会いに行く――」  笑みが浮かぶ。亀裂のように薄く、壊れた笑みを。 「――ラス」  死神は笑みを浮かべたまま、かつての生徒を求め歩き始めた。 ●第一章 過去へと繋がる始まり 「ラス~、夢魔の誘惑プリン買いに行かない?」  昼下がり、『ラニ・シェルロワ』は『ラス・シェルレイ』に駆け寄り提案した。 「今から行って、残ってるか?」 「売り切れてたら、それはそれ。ついでだから、ぶらぶらすればいいじゃない」 「ん……まぁ休日だし、それも良いか」  苦笑しながらラスは安堵する。 (今まで通りになったな)  少し前、ラニは燃え尽き症候群の如く黄昏ていたのだが、一緒にニホンに行って見て回り、『ひめちゃん』にも会って、宴を楽しむ中で気力を取り戻している。  それが続くかどうかが心配だったが、今の様子を見ていると大丈夫なようだ。 「ぶらぶらするのも良いけど、何か買って帰るか?」 「んー、それもありなんだけど、どうせならメラじぃちゃんも連れて行かない?」 「じぃ様も?」 「うん。偶には良いかなー、って思って」  2人が話題にしているのは魔女エフェメラのことだ。  彼のことを気にするシィラの頼みもあり、エフェメラは教団本部に居るのだが、それだけで性格が変わる訳もなく。  極端に人前に出ることが少なく、一部では、見つけられると幸運が訪れるレアキャラみたいな扱いになっていたりする。 「ずっとあのままって訳にはいかないと思うし」 「そうだな。誘ってみるか」  ラニに頷いて、ラスがエフェメラを探しに行こうとした時だった。 「ラニ、ラス」  シィラに呼ばれる。気のせいか、少し張り詰めた表情をしているように見えた。 「どうしたの?」  ラニが気になって聞くと、シィラは応えた。 「近い内に指令が出ると思うから、気をつけて」 「何かあったのか?」  ラスが尋ねると、シィラは応えた。 「数日前のことだけど、侵入者があったの」 「侵入者? ここって魔女の結界に護られてるんじゃ」 「それを潜り抜けて入って来たの」  シィラの話では、侵入自体には気付いた上でヨセフが話をしたらしい。  そこで幾つかの情報を提供してきたとのことだ。 「救世会……」  話を聞いて、ラスは溜め息をつくように呟いた。  侵入者である少女が渡した資料によれば、『本物の神』による世界の救済を目的とする組織らしい。 「へぇー……まだあのカミサマに助けてほしい連中がいるってこと?」  ラニは心底嫌そうに言った。 「趣味わるっ」  続けてシィラを気遣うように声を掛ける。 「シィラも大丈夫だった?」  シィラは家精霊(シルキー)として本部を守護しているので心配したのだ。 「大丈夫よ。ありがとう」  笑顔でシィラは応える。 「私は本部の要ってことで、護って貰ってるから。それより2人こそ気をつけて。大きな指令になるかもしれないから」 「大丈夫! カミサマ相手でもどうにかなったんだから、そんなのに頼ろうとする奴らなんか、ぶっとばしてやるわ!」 「ふふ、その意気よ。何かあれば私も手伝うから、やっちゃいましょう。でも無理だけはしちゃダメよ」  発破を掛けるように。同時に気をつけるように言うシィラに、ラスは思う。 (大きな存在がいなくなれば、今度はまた別のが……何となくシィラ達が警戒、もといハッスルしてるのも頷けるな)  世界は良い意味でも悪い意味でも変わらないと思いながら、指令の時を待つことにした。  それから更に数日後。  2人は指令部に呼び出しを受けた。 「襲撃ぃ!? なんでこんなあちこちに……!」  広げられた地図に記された襲撃地点を確認し、ラニは驚いて声を上げる。 「何をしたいわけこいつら」 「それは分からん」  司令官であるアゼルが言った。 「理由を探るためにも対応する必要がある。その中でもここは、君達に行って欲しい」  ある場所を指すアゼルにラニが疑問を返そうとするが、それより早くラスが言った。 「……そこは、オレの家だよ」 「って、ラスの家?」  ラスは頷くと続けた。 「もう十年くらい帰ってないけど、どうして……」 「帰ってないって、帰りたくなかったの?」  ラスは軽く首を振って応える。 「帰りたくない、というより気まずいんだよ。向こうもオレも、今更どうとも思ってないし」 「ラス、行けそう?」  心配するラニに、ラスは静かに頷いた。 「……ならよし! どうせ近いんだし――」  ラスを元気づけるように、ラニが呼び掛けようとした時だった。エフェメラが司令部に入って来る。 「メラじぃちゃん、どうしたの?」  これにエフェメラは、いつになく真剣な表情で言った。 「嫌な予感がするのだ。話は、悪いが聞かせて貰った。我も連いて行く」  断固たる意志を感じさせるエフェメラに、ラニは応えた。 「……嫌な予感がする? 珍しいね。いいけどおじいちゃん倒れないでね!」 「もちろんだ」  護るという意志を漲らせ、エフェメラは応えた。  そして3人で襲撃地点へと向かう。  魔女の支援により現場近くに転移。  そこで先に来て対応していた浄化師達から状況説明を受ける。 「周囲の襲撃者の排除と近隣住民の避難は終わらせた。問題はこの先の屋敷に向かった襲撃者の排除がまだだ」  話を聞くと、発端はこの先の屋敷、ラスの実家だったらしい。  そこで襲撃者と何者かが争う音が響き、それを周辺住民が教団に連絡。 「俺達は魔女達が転移門を維持してくれる間、護らないといけない。すまないが向かって貰えないか」   話を聞き、ラス達3人は屋敷へと向かう。  そこに居たのは―― 「嘘、あんた何で生きて……って、そうか。あっちが幻だったものね」  かつて神契を交わすための試練で、幻として現れた男――レインが居た。  彼を見た途端、ラスは血の気が引いていく。 (そんな――どうして――レインが)  幻としては倒した。  だがそれだけで、かつてのトラウマが癒える訳もない。  喜びに満ち溢れた笑みを浮かべるレインに、今にも恐怖で倒れそうになり―― 「ラス、しっかりしなさい!」  ラニのお蔭で、かろうじて踏み止まる。  だが普段のラスではない。  どうするべきかラニが考えていると、エフェメラが魔法を放った。 「つまらん」  魔法により作られた大波をレインは大剣で斬り裂く。  斬り裂かれた大波は魔力へと還元され消え失せた。 「じぃちゃん!?」  驚いてラニが呼び掛けると、エフェメラは今まで見せた事のない怒りを滲ませていた。 「じぃちゃん。あいつ知ってるの?」 「かつて、弟子を浚われた」 「あぁ、あの時の魔女か」  レインは、いま思い出したというように言った。 「お前の弟子は良い生徒だった。死ななければ、もっと良かったがな」  これがエフェメラの怒りをさらに煽った。  膨大な魔力を解放しながらエフェメラは言った。 「何故ラスとラニを見詰める。うちの孫に手を出したらその前に貴様を泡にするぞ」  先ほどとは比べ物にならない魔法の予兆が発生する。 「絶対許さん。うちの子に近づくんじゃない」  そう言って魔法を放とうとするエフェメラをラニが止める。 「じぃちゃん!? ちょ、ストップ! ラスの家が流される!」 「だが――」 「だめよ! 昔のラスの姿が拝めなくなるじゃない!」  なんとかラニが宥めている間に、ラスはレインに問い掛けた。 「どうして、アンタが」 「どうして、か。あぁ。お前たちもそろそろ知るべきだろうな」  ラスだけでなくラニも見詰めレインは言った。 「レプリカント、これだけ今は覚えていろ」  そう言うと、その場から疾走。瞬く間に姿を消した。  追いかけようとするエフェメラをラニが宥め、屋敷の人間の無事を確かめるために屋敷の中に入る。だが、そこには―― 「……」  物言わぬ両親を目の前に、ラスは無表情に近づいた。 「ラス、この人達って……」 「……両親だよ」  その声は静かで、感情の起伏を感じさせなかった。  何も感じない。  そのことに僅かな罪悪感を抱きながらラスは言った。 「あぁ、もういいよ、ラニ」  心配するラニに、ラスは言った。 「オレの家は、ここじゃない」  乾いた声で告げるラスを、ラニは涙を堪え抱きしめるのだった。
冬とはどんなものだろか?
普通|すべて

帰還 2020-12-25

参加人数 1/1人 春夏秋冬 GM
 わくわくして、うずうずする。 (まだかな、まだかな)  おとうさんと一緒に、ぼくはおじたんを待っている。  でも、まだ来ない。  今すぐにでも、走り出したい気分。 (はやく、行ってみたいな)  おとうさんから話を聞いてから、ぼくはずっと楽しみなのだ。 (冬って、どんなものなんだろう)  おじたんのいるアークソサエティに行くっておとうさんが言った時、ぼくは訊いたんだ。 「どんな場所なの?」 「今だと冬らしい」  冬ってなに? って訊いたら、ずーっと寒いんだって教えてくれた。  変なの、って思ったけど、話を聞いている内に知りたくなった。 (どんな感じなんだろう。それに、いっぱい魔術の本があるっておとうさん言ってたし、読んでみたい)  わくわくして、うずうずする。  はやくはやく。おじたんむかえに来てくれないかな。  そんな風に興奮した様子を覗かせている男の子の名前は、メトジェイ。  彼の傍には、息子の様子に苦笑している父親、バルザールがいた。  そして2人の近くを、ときおり教団員が通り過ぎている。  いま2人が居るのは、サンディスタムにある教団支部だ。  ここにメトジェイとバルザールが居る理由を語るには、少しばかり時をさかのぼる。 「室長ー……じゃないや教皇ー、先行お試しでウチの兄ちゃんと甥っ子の1~2週間の滞在と転移箱舟の使用許可くださーい」  教団本部室長室に『クォンタム・クワトロシリカ』と共にやって来た『メルキオス・ディーツ』は、部屋に入るなり言った。 「その内、浄化師候補の他の青衣の民の留学生受け入れる時、事前に何を用意しておくかとか知れるから、いいでしょ?」 「甥っ子というと、カレッジに通わせるのか? 歳は幾つだ」 「5才、だったな?」  クォンタムの言葉にメルキオスは返す。 「そうだよー。名前はメトジェイって言うんだ」 「メトジェイ……バレンタイン家からの資料にあったな」  そう言うとヨセフは机の引き出しから資料を取り出して見せる。 「え、なにこれ」  見れば、メトジェイと思われる男の子の絵が載っていた。  癖のないまっすぐな絹糸の様な白髪と翠眼をした、女の子に間違えられるくらいの男の子が、肩に付くほどの髪を後ろで一つにして結っている。 「何でこんなものがあるの?」 「サンディスタムとの交流と物流経路構築のための周辺調査の一環ということだ。その中で教団に関わりそうな人物について情報提供を受けている」 「これって僕らに見せていいの?」  メルキオスの問い掛けに、ヨセフは資料を渡しながら応える。 「構わん。必要なら関係者に伝えても良いし資料を渡すことも良しと聞いている。向こうとしても、その辺りを隠すつもりはないようだ」 「んー、だったらさ、色々と貰える物は貰っても良いってことだよね。こっちとお近づきになりたいなら、それぐらいはしてくれそうだし」 「程度次第だ。あまり大きな物を求めると、向こうとしても何らかの見返りや報酬を取り立てざるを得なくなるからな。今の所、教団本部に寄付という形で自由に使える資金援助を受けている。その範囲なら向こうも口を挟んでこないから、欲しい物があれば用意しよう」 「なら、とりあえず暖房用の薪は多めに用意してほしいかな~」 「承知した。それなら申請を出せばすんなり通る。これに書き込んで出しておけ」  などというやり取りがあり、少しばかり迎え入れの準備に手間が掛かった後、転移方船の許可も下りたので、メルキオス達は迎えに行った。   「やぁ、兄ちゃんメトジェイ。迎えに来たよ」 「おじたん」  たたたっと、ぼくは声が聞こえてきた方に走る。 「おじたん、はやく行こう」   見上げながらおねだりすると、おじたんはへらへら笑いながら応えてくれる。 「うんうん、それじゃ行こうか」 「ちょっと待て」  ぐいっと、おじたんの首根っこをきれいなおねえさんが捕まえる。 「ぐぇ」  なんかおじたん変な声でた。おもしろい。 「転移方船をこちらから使う手続きがまだだ」 「え~、その辺は事後報告で良くない?」 「駄目に決まっているだろう……」  おねえさんが呆れたように言うと、おとうさんが来て言った。 「足労をかけてすまない。俺はバルザールだ。これからよろしく頼む」  おとうさんは大人なので、ちゃんと挨拶できるんだ。  だからぼくも、見倣わなきゃ。 「えっと……ぼくは、メトジェイ・ディーツ、です。よ、よろしくおねがいします……おうちでは、おじいちゃんにばっとうじゅつを、習ってます」  挨拶したら、おねえさんは優しく笑ってくれた。 「えらいな。ちゃんと挨拶できて」  ほめて貰えた。うれしい。 「前に、睡蓮の花の八百万の神に歌を捧げている時、見たことがある。上手に歌っていたな」  ちょっと前に、みんなと一緒にニムファさまに歌を捧げたことがある。  その時、見てくれてたみたい。 「ありがとうございます」  もっともっとうれしくなって、ぼくも笑顔が浮かんじゃう。  おねえさんも笑ってくれて、おとうさんもおじたんも笑ってくれた。 (よかった)  うれしい気持ちのまま、ぼくはおじたん達と一緒にアークソサエティへ行くことになった。  てんいはこぶね? というものを潜って、外に出たとたんに匂いが変わった。  それと一緒に―― 「さむい」  思わず体を縮めちゃう。  おとうさんを見たら、同じだった。 「ようこそ! クッソ寒い真冬の教団本部へ!」  なんでか知らないけど、おじたんは楽しそうに言った。 「その恰好では寒いだろうな」  おねえさんは、ぼく達を見て言った。 「まだ雪は降ってないが、これだけ寒い日に素足にサンダルは、寒い所の居住者でもしないだろう」  ゆき? ゆきってなんだろう?  疑問に思うけど、それよりさむいよぅ。 「とにかく、こちらの今の季節に合った服装を買いに行こう。購買部に行けば何かあるだろう」 「そうだね、それじゃ行こうか。僕は準備万端だからまだ良いけどね」  おねえさんの言葉の途中で、おじたんは機嫌よさげに言うと、くちよせまほうじんで何かを取り出した。 「ニホンでハンテンっていう綿が入った上着買ったから、今年は少しマシだね!」  おじたんずるい。 「……メルキオス、購買部まで貸してやれ」 「ヤダよ、僕が寒いじゃないか!」  おじたんは大人なのに子供みたいだ。 「おじたん……」  ぼくは寒くて、おじたんにくっつく。  でもまだ寒いから、もぞもぞ潜り込む。 「さむいよぅ」  おじたんは、しょうがないなぁと言うように、ぼくを抱き寄せる。 「メトくらいなら抱っこついでに一緒に包ま……兄ちゃぁん! 背中に頭突っ込まないでぇ!」 「うるさい。お前だけずるいぞ」  おとうさんも一緒だ。 「僕が寒いからぁ!」  3人で騒いでいると、くすくすと笑い声が聞こえてくる。 「……3人とも、行くぞ」  どこか呆れたようにおねえさんは言うと、1人で歩き出す。  ぼく達3人は、くっつきあって、とてとてついていった。 「一番いい防寒具を頼む」  おねえさんが、お店の人に頼んでくれる。お店の人は、笑顔で選んでくれた。  服とか靴をいっぱい買って全部着る。  ふわふわもこもこしてる。  なんだか変なの。おもしろい。  ふわふわもこもこで、とてとて歩いてみる。  歩いている内に、だんだんぽかぽかしてきた。  でも、おとうさんもおじたんも動かないから、ぽかぽかじゃないみたい。 「まだ寒いな」 「寒いよねぇ」  おとうさんとおじたんが、同じように言っている。  それを見た、おねえさんは言った。 「建物の中でこれじゃ……外はまた今度だな」 「そと、だめなの……」  色々見て回れると思ったから、しゅんとしてると、おねえさんは言った。 「行きたい所があるなら、あとで聞こう。それよりまずは腹ごしらえだ。食べれば身体も暖まるからな」  そう言って食堂にぼく達を案内してくれた。  色んな人がいっぱいいて、きょろきょろしちゃう。  ご飯はあったかくておいしくて、全部食べちゃった。 「さて、行先の希望はあるだろうか」  おねえさんに、ぼくとおとうさんは応える。 「ぼく……魔術の、本見たい……それと街が見渡せるような、所!」 「日課の修練に……楽器弾きたい」  こうして二手に分かれる。  クォンタムがメトジェイと一緒に時計台に向かうと、メルキオスはバルザールと共に声楽部へ。  そこでバルザールはメルキオスに言った。 「……メルお前、歌の修練はしてるか?」 「しーてーまーすー」  へらへら笑いながら言うメルキオスに、バルザールは楽器の調律をしながら静かに言った。 「あの娘に、歌は贈ったのか?」  メルキオスも、今度は静かに応えた。 「……しないよ。クォンはそういうんじゃない」 「道を間違えそうなら、連れ戻すと言われたそうじゃないか」 「この先共に生きるってワケじゃない……僕より良い人がクォンには居ると思うよ?」 「……まぁ、後悔しない様にと言っておく」  無理強いはせず、けれど男兄弟として、バルザールはメルキオスに言った。  その頃、メトジェイはクォンタムに連れられて時計塔の天辺に居た。 「うわぁ」 (すごい、遠くまで見える)  今まで見たこともない建物がいっぱいで、どこまでもどこまでも広がってる。 「おねえさん、あっち、あっちなに?」  ぼくは気になったものを何でも指差して、おねえさんに尋ねる。 「ああ、あれは――」  おねえさんは、全部答えてくれた。  それはみんな聞いたことのないもので、自分が知らないものがいっぱいあるって、ぼくは知った。 (知りたいな)  わくわくしながら、そう思う。  だからいっぱい質問してたけど―― 「くしゅんっ」 「寒いだろう。そろそろ降りよう」  心配するおねえさんは、ぼくの手を繋いだ。その時だった―― 「つめたい」  首筋に、つめたいものが。  それは空から降って来た。  思わず見上げたら、白い何かが降ってくる。 「おねえさん、おねえさんこれなに?」 「雪だ」  ゆき? そう言えば、おねえさん言ってた。 「ゆきってなに?」 「それは……空から降ってくる氷の欠片だ。冬になると降って来るんだ」  ぼくは、ぽかんとして。そしておどろいた。 (すごい。冬って、すごい)  ぼくが知らないことが、いっぱいいっぱいあるんだ。  もっと色々なことが知りたいって、ぼくは思った。  そのあと、ぼくはおねえさんと一緒に、カレッジって所に行って。  まじゅつの本を夢中になって読んだ。  気付いたら、時間がいっぱい過ぎて。  おねえさんと一緒に外に出る。  手を繋ぎ、おねえさんと一緒に歩きながら、ぼくは気になったことを尋ねた。 「おねえさんはおじたんのこと、どう思ってますか?」  ちょっとだけ、思い出し笑いをするような顔をして、おねえさんは言った。 「世話のかかる奴、かな」  そう言うおねえさんは、どこか嬉しそうだなって、ぼくは思った。  そのあと、おとうさんの所に行って。  今日泊めて貰う、おじたん達も住んでる、教団寮に行く。  おねえさんに見送られる時、おとうさんは言ったんだ。 「メルキオスは、この通りふざけた奴だが……弟を頼む」  ぼくも言った。 「おじたんを、よろしくおねがいします」  おねえさんは少し笑いながら、頷いてくれた。  それが、ぼくがアークソサエティに来た、最初の日のことだった。
聖夜に咲く花
普通|すべて

帰還 2020-12-24

参加人数 1/1人 春夏秋冬 GM
 トゥーレに『シリウス・セイアッド』と共に訪れた『リチェルカーレ・リモージュ』は、満面の笑顔で言った。 「一緒にクリスマスプレゼントを買いに行きませんか?」 「……プレゼント?」  困惑したように聞き返したのはカミラだ。  何をどうすれば良いのか分からない、というのが見て取れる。  そんな彼女の背中を押すように、ルシオが言った。 「ありがとう、誘ってくれて。カミラも一緒に行こう」 「私は……」  カミラは迷っているように言いよどむ。  するとルシオは苦笑したあと、シリウスに視線を合わせ言った。 「シリウスも一緒に来てくれるんだろう?」 「……ああ」  静かに返すシリウス。  嫌がっている様子はないが、カミラと同じく、何をどうすれば良いのか分からない、と全身で語っているようだった。 (大人になっても正直者だな、シリウスは)  シリウスの様子に、くすりとルシオは笑みを浮かべる。  同時に、安堵した。  幼い頃、実験体として扱われ。  離れている間に、生きているのか? そして、変わってしまっていないだろうか?  ずっと気に掛けていた。  けれど今、目の前に居るシリウスは、あの頃の面影を失わないでいてくれる。それはきっと―― (彼女のお蔭だな)  リチェルカーレに感謝する。 (シリウスの傍に居てくれて、ありがとう)  心から、思う。  それを形にするためにも、リチェルカーレの申し出は願っても無かった。  ルシオとカミラがいるトゥーレに2人が来てくれたのは、昼よりも少し前。  トゥーレが諸外国から正式に国家として認められ設置された転移方船を通ってやって来たのだ。  会いたいという連絡を受け、すぐに向かい。  そこで切り出されたのがクリスマスプレゼントの買い出しだ。  一緒にリュミエールストリートへ4人で行こうと誘ってくれた。 「楽しみだよ。リュミエールストリートの話は聞いたことはあったけど、実際に行ったことは無かったから。姫さまやエルリアさん達のプレゼントも用意したいと思ってたし、ちょうど良かった」  にこにこ笑顔のルシオに、カミラは小さく頷く。  そんな彼女の表情は、少しだけ柔らかい。 (ルシオさんが嬉しそうだから、カミラさんも嬉しいのね)  2人の様子を見ていたリチェルカーレは、自分のことのように嬉しくなる。  シリウスに視線を向ければ、彼も柔らかな表情を見せていた。 (好かった。シリウスも喜んでくれてる)  みんなが喜んでくれて、リチェルカーレの心はぽかぽかと温かく、幸せな気持ちに包まれる。  だからみんなの笑顔がもっと見たくて、リチェルカーレは誘いの言葉を口にする。 「ルシオさんもカミラさんも、シリウスも一緒に行きましょう」  これにルシオは笑顔を浮かべ、シリウスとカミラは不器用な笑みを小さく浮かべ応えた。  そして今、4人はリュミエールストリートにいる。 「うわぁ、すごい。人でいっぱいだ」  小さな子供のように、ルシオは歓声を上げる。  ルシオの言葉通り、リュミエールストリートは大勢の人々で賑わっていた。  種族も構成も様々で。  親子連れもいれば、友達らしい数人のグループが談笑しながら歩いている。  そして恋人同士らしいカップルも。  共通しているのは、皆が笑顔で楽しそうだということだ。 「いつもここは、こんなにいっぱい人が居るのかな?」  ルシオの素朴な疑問に、リチェルカーレが笑顔で応える。 「クリスマスが近いから、いつもより人出は多いです。でも、今日ほどじゃないですけど、いつも賑わってるんですよ」 「そうなんだ……すごいね。やっぱり、世界は大きいや」  目を輝かせながら、ルシオは言った。  それには感嘆と、喜びがあった。  幼いころから実験体として扱われ、シリウス達の活躍が無ければ、今こうしてここには居ないはずの彼にとって、何でもない日常が驚きの対象なのだ。  それはカミラも変わらない。  どこか場違いだというような表情を見せながらも、周囲の賑わいに驚きを隠せないようだった。  そんな2人に、リチェルカーレが呼び掛ける。 「行きましょう。案内しますね」  リチェルカーレを先頭に、4人でリュミエールストリートを進んでいく。  道中、ルシオが目を輝かせながら尋ねてくる。 「あのお店、何なのかな? ご飯屋さん?」 「アモールっていうカフェテリアです。ラテアートを店長さんが描いてくれるんです」 「うわ、何だか楽しそう。買い物終ったら、みんなで寄ってみる?」 「好いですね」  ルシオの提案に喜ぶリチェルカーレに、シリウスとカミラの2人は静かに頷く。  頷きながらシリウスとカミラの2人は、リチェルカーレとルシオを護るように少し後ろを進む。  道中、主にお喋りをしているのはリチェルカーレとルシオの2人。  シリウスは、ルシオはともかくカミラにどう接すれば良いのか分からないでいたが、ちらりと見た先で合わせた視線は、彼女も同じようなことを思っているように感じた。  そうして進みながら、お喋りを楽しんでいたリチェルカーレはルシオに尋ねる。 「そういえば、小さな頃のシリウス。どんな子だったんですか?」 「大人しくて、優しい子だったよ」  昔を思い出しているのか、優しい笑みを浮かべながらルシオは言った。 「今は、おっきく育ってくれたけど、昔は小柄な子でね。シリウスは男の子だから、こういう言い方は変かもしれないけど、可愛い子だったよ」  「やっぱり!」  リチェルカーレは笑顔を浮かべながら言った。 「ショーンさんも、昔はちっちゃくて可愛らしかったって言ってました」 「リチェ……」  嬉しそうに言葉を続けようとするリチェルカーレに、焦ったようにシリウスが名前を呼ぶ。  恥ずかしいのか、僅かに頬が赤かった。 「ふふ」  リチェルカーレはシリウスの様子に、微笑ましげに笑顔を浮かべ。  同じように、ルシオも笑みを浮かべている。  楽しそうな2人を見て、カミラの表情は綻んでいた。  皆の様子に、シリウスは力を抜くように苦笑する。  和やかに進み、やがてフリーマーケットである「オルヴワル」に到着する。 「ここからは男女で分かれてプレゼントを探しましょう。プレゼントを渡すまで中身は秘密ね」  茶目っ気のあるリチェルカーレの提案に、ルシオは頷きシリウスを引っ張って連れて行く。  残ったカミラは困ったような顔をしながら、リチェルカーレの護衛に就くように、少し後ろを進もうとする。  そんな彼女の手を繋ぎ、リチェルカーレは引っ張っていく。 「カミラさんはわたしと!」 「ぁ……ああ」  リチェルカーレに連れられて、カミラはプレゼント探しに出発。 「ルシオさんは、どんなものが好きなんですか?」  プレゼントに悩むカミラを助けるように、リチェルカーレが聞いていく。 「ルシオは……動物が好きだけど、プレゼントするには違うと思う」  考え込むと、助けを求めるように訊いてくる。 「貴女は、何をプレゼントするつもりなんだろうか? もしよければ、教えて――」 「リチェって呼んで下さい、カミラさん」 「ぁ……うん」  どこか恥ずかしそうに目を伏せてしまったカミラに、リチェルカーレは言った。 「懐中時計の鎖を探そうと思うんです」  それはシリウスの父親からの贈り物。  形見ともいえるそれを大事に出来るよう、シリウスのことを想っての物だった。 「そうか……喜ぶと思う、リチェ」  柔らかな笑みを浮かべるカミラ。  そして2人はプレゼントを手に入れる。  リチェルカーレは懐中時計につける白金の鎖。  そしてカミラは、万年筆を選ぶ。 「ルシオ、珍しい動物を見つけると、すぐにメモしたりするから」  そしてどこか苦しそうに呟いた。 「……喜んで、くれるかな……」 「勿論です」  リチェルカーレは自信を持って言った。 「ルシオさん。カミラさんのこと大好きじゃないですか」  リチェルカーレの言葉に、はにかんだ笑顔をカミラは見せた。 (ああ、シリウスに似ている)  カミラの笑顔に自然と思ったリチェルカーレは、笑顔を返した。  2人がプレゼントを決め終る頃、シリウスは悩んでいた。 「大切なプレゼントなんだな」  カミラのための猫のぬいぐるみを買ったルシオがシリウスに尋ねる。  するとシリウスは、静かに応えた。 「誕生日プレゼントも、一緒だから」 「誕生日って、リチェちゃんの? だったら、特別なものは贈らないのか?」  なんのことかわからず首を傾げるシリウスに、ルシオは苦笑しながら言った。 「指輪とか」  聞いた瞬間は意味が理解出来なかったシリウスは、しばらくして完全に硬直して返事もできなくなる。 「そういう選択肢もあるということだよ」  勇気づけるように温かな笑顔を向けるルシオに、シリウスは何かを応えようとするが出来ない。 (まだ、自分に自信がない)  それはリチェルカーレを大切だと思うからこそ。  隣りにいて良いのかどうかすら、迷ってしまう。  けれど、願ってしまう。彼女の傍に居たいと。  そして誰にも渡したくないとも、想ってしまうのだ。  だけど、ずっと一緒にと言える勇気がまだなくて―― 「大丈夫だよ、シリウス」  ルシオはシリウスを安心させるように言った。  「リチェちゃんは、シリウスの傍に、一緒にいてくれてるんだ。シリウスも、同じだろう?」  言葉にして応えることは、シリウスには出来なかった。  けれど祈るように思わずにはいられない。 (いつか、願うだけなら……――)  想いを抱くシリウスを、ルシオは愛おしむように見詰めていた。  そうしてプレゼントを買い終る。  買い物を終え、カフェテリア『アモール』で小休憩。  そこで店長自慢のカプチーノを飲みながらお喋りを楽しんで、その日は帰宅した。  日が過ぎて、クリスマス当日。  この日は特別に、寮で異性を呼んで過ごすことも許されている。  リチェルカーレもシリウスを呼んで、ささやかなクリスマスパーティを。  料理の用意をして、シリウスは飾りつけを担当する。  そして一緒に夕食を楽しみ、一休みした所で、プレゼント交換。 「シリウス」  リチェルカーレが用意してくれたのは、シリウスの父が遺した懐中時計に合う白金の鎖。  シリウスに合ったシンプルなデザインの鎖には、お守りのように小さな翡翠が一粒あしらわれている。 「ありがとう、リチェ」  僅かに震える声で、嬉しそうに目を細めるシリウスに、リチェルカーレも嬉しくて笑顔になる。  彼女の花開いた笑顔も贈り物として受け取ったシリウスは、今度は彼女へのプレゼントを差し出した。 「誕生日おめでとう」 「覚えていてくれたの? ありがとう!」  満面の笑顔を浮かべるリチェルカーレにシリウスは耳元を赤くしながら、願うように言った。 「付けても良いか?」  笑顔のまま頷くリチェルカーレに、シリウスは贈り物であるネックレスの留め金を外す。  シリウスが用意したネックレスは、雨粒のような小さな青い石が連なるネックレス。  彼女の瞳の色のような澄んだ色が似合うだろうと選んだそれは、実際よく似合っていた。  震えそうになる手でネックレスをつけ、祈るように想う。 (もう少し、自分に自信が持てたら。その時は――)  その想いを誓うように、髪を一筋すくい。気づかれないよう口づけした。
過去から今へ続く空
普通|すべて

帰還 2020-12-15

参加人数 1/1人 春夏秋冬 GM
「マーデナクキスへの支援をしたいと?」 「はい」  静かな声で『セシリア・ブルー』はヨセフに返した。  彼女の隣にいる『リューイ・ウィンダリア』が、セシリアの言葉を繋げるように続ける。 「これから冬になるので、あると助かると思うんです。マーデナクキスが順調に復興しているにしても、冬を超えるのに食料や防寒具はあるに越したことはないと思います」 「確かに」  ヨセフは賛同するように応えた。  いま3人が居るのは室長室だ。  ネームレス・ワンとの最後の戦いが終わり、一息ついたころ、セシリアに提案したリューイと共に訪れている。 「向こうに物資を届けるなら、その前に、現地での詳しい情報があると良いだろう」  ヨセフはセシリアとリューイの2人に言うと、魔術符で呼び出しを行う。  それで来たのはウボー達3人組。事情を聞いたウボー達は、リューイ達の提案に賛同した。 「向こうはこれから冬ということで、都市部に食料や防寒着などが不足するらしい」 「元から住まわれている方達の方は大丈夫なんですか?」  原住民のことを心配するリューイに、セパルが応える。 「そっちは大丈夫。そういう環境で暮らしていたから対応策は出来てるみたい。最近までは色々と騒動があって難しい所もあったけど、君達のお蔭で解決したし助かってるみたいだよ」 「騒動というと、人形遣いが起こした暴動のことかしら?」  セシリアの問い掛けにセレナが応える。 「ええ、それも含めたものね。あの時、貴女達が頑張ってくれたお蔭で、現地に食い込んでいた終焉の夜明け団はあらかた駆逐できたから。それ以外もまだ残っては居るみたいだけど、そっちは今こちらで対処してるから心配しないで」  話を聞くと、どうやら人形遣いの残した物や、新興組織に関する物らしい。  そちらはすでに動いている部隊が居るとのことで、話を戻す。 「なら、エア王の元に持って行けば良いんですか?」  リューイの問い掛けにウボーが応える。 「ああ。ただ、出来ればオッペンハイマー氏を間に挟んで行えると助かる」 「どういうことですか?」 「友好ムードを出したいんだ」  リューイにウボーは続ける。 「今後のことを考えれば、オッペンハイマー氏とエア王の間の友好を世間に知らしめることは意義がある。2人ともオッペンハイマー氏とは面識もあるし、良ければ特使として向かってくれると助かるよ」  そう言うとウボーはヨセフの判断を仰ぐ。するとヨセフは賛同した。 「君達が良ければだが、頼めるだろうか?」 「はい!」 「ええ、引き受けさせて貰います」  リューイとセシリアの2人は、快く応えた。  そして支援物資の準備が始まる。  現地での伝手を太くしたいということで、ウボーの実家であるバレンタイン家も参加。  倉庫単位の物資が用意される。  それに加え現地に事情を知らせると、リューイとセシリアの2人を感謝の意味もあり招きたいと連絡があった。 「セラ、会いに行こう!」  目を輝かせるリューイに、セシリアは苦笑するように応える。 「そうね……会いに行っても良いかもしれないわね」 「うん、行こう。セラも、ヴァイオレットさん達に会いたいでしょう」 「会いたくなくはないけれど……別に気を使わなくてもいいのよ?」  セシリアはリューイを気遣うように続ける。 「あの子は私の妹ともいえるけど、血のつながりがあるわけじゃないし」 「血のつながりが無くても関係ないよ」  リューイは言った。 「ヴァイオレットさん、優しい目でセラを見てたよ。オッペンハイマーさんも。あの国にも、セラの家族がいると思うと僕は嬉しい。……セラだってそう思うでしょう?」  まっすぐな目に見られて、くすぐったそうにセシリアは笑みを浮かべる。 「そう、ね。あなたのお家が私の家族で、それになんの不満もないけれど。あの国に私を受け入れてくれる人がいるというのは、悪い気はしないわ」  笑みを浮かべ過去を懐かしむように呟く。 「……『彼』も喜ぶ」 「……? なに? 最後、聞こえなかった」  首を傾げ聞き返すリューイに、セシリアは微笑みながら返す。 「何でもないの」  それは歳の離れた姉が、弟に向けるような微笑み。  そんな彼女に、リューイは気の利いた言葉が浮かんで来ないので、いつものように頷いた。  かわいらしい弟の様子にセシリアは微笑ましさを感じながら、同時に遠い過去を思い出していた。 「君が『セシリア』になる前は、どこにいたんだろうね?」  リューイによく似た琥珀の瞳をした彼。  セシリアを見つけ出し匿ってくれた人。  旅路の果てに、友人だというリューイの家にセシリアを預け。  そのまま魔力切れで眠りに就いたセシリアは、彼が贈ってくれた言葉を胸に、今まで生きてきた。 「きっと君を起こすから。また一緒に、あの国に帰ろう」  遠い遠い約束。とても大切な思い出が蘇る。 (過去に興味はなかったけれど)  ほんの少し、思う。 (調べてみてもいいかもしれない) 「行きましょう、マーデナクキスに」 「うん!」  そして2人は現地に持って行く物資の準備を手伝う。  人の移動は転移方舟で行うが物資ならば口寄せ魔方陣で召喚することが出来る。  だから転移用の魔方陣に物資を置き現地で召喚する魔術師の手配も終わらせた。 「バレンタイン印の刻印も押してもらったし、支援物資はこんなものでいいかな?」 「室長やウボーさん達が本部からも送ってくれると言っていたし。私達が運べるのはこんなものでしょう」 「じゃあ、早く行こう!」  最終確認を終わらせ、リューイはセシリアの手を引っ張って転移方舟に向かう。 「はりきっているのね。そんなに楽しみ?」 「だって、セラの故郷なら僕にとっても大事な場所だよ」  弾むリューイの声と笑顔に、くすぐったそうにセシリアは笑う。  そして思う。自分は幸せだと。 (私達の作り手は、そんな物を望みはしなかったでしょうけれど)  ドールシリーズの最初のひとり。戦闘用の人形として作られた自分。  作り手の思い通りにならなかったことに、残念でしたと笑ってやりたい。  そう思えるほど、今のセシリアは幸せなのだ。  リューイと手を繋ぎながら、セシリアは転移方舟を潜りマーデナクキスの教団支部に転移した。  現地の教団員に連絡すると、オッペンハイマーからの迎えが来ると応えが返ってくる。 「迎えって、誰だろう?」 「誰かしら? まだ時間はあるみたいだし、転移完了の手続きをしておきましょう」  セシリアはリューイを引っ張って事務所に向かい手続きを終わらせると、迎えが来てくれる教団支部入口に向かう。  道路が整備されている場所で待っていると走行音が聞こえてきた。 「あれ、魔導蒸気自動車だね」  以前、指令で制作に関わった時よりも洗練された車が、2人の前に止まりドアが開いた。 「ヴァイオレットさん!?」  運転席から降りてきたヴァイオレットにリューイが驚いて声を上げる。  すると彼女は笑みを浮かべ応えた。 「ようこそマーデナクキスに、リューイくん。それに――」 「お久しぶりです」  笑顔を浮かべるセシリアに、ヴァイオレットも笑顔で応える。 「歓迎するわ、姉さん」  嬉しそうな彼女に、セシリアは言った。 「わざわざ来てくれてありがとう」 「どういたしまして。来てくれて嬉しいわ。ずっと貴女に、また逢いたいと思ってたんだもの」 「そうなの?」 「ええ。貴女達を案内してマーデナクキスを回れるなんて夢みたい。行きたい所があったらどこでも言ってね。すぐに連れて行ってあげるから」  そう言うと運転席に戻り、車に乗り込むよう勧める。  セシリアを想って笑顔を浮かべるヴァイオレットに、セシリアはリューイに感じるようなくすぐったさを感じ取る。だから―― 「姉さん?」  運転席に座り、ちょうど高さが合うようになったヴァイオレットの頭を撫でる。 「ありがとう、ヴァイオレット」  小さな妹を褒める姉のように、セシリアはヴァイオレットを見詰めた。 「もー、姉さんったら、キュートね!」  喜んだヴァイオレットはセシリアをハグし、一緒にリューイもハグする。 「わわっ、ヴァイオレットさん」 「あら、顔が赤くなってるわよ、リューイ」 「ふふ、かわいい」 「うぅ、もぅ……」  姉2人にからかわれる弟のように、軽く拗ねるリューイ。  そんなリューイの様子に、くすくすと笑いながら車に乗り込む。 「まずはオッピーの屋敷まで案内するわ」 「オッピー?」 「オッペンハイマーのことよ。親しい間だと、そう呼んでるの」  ヴァイオレットはセシリアの問い掛けに返すと車を発進させる。  以前制作を手伝った物よりも加速は鋭く、それでいて反動は感じない。  音も穏やかで動きもスムーズだ。 「うわぁ、随分進歩したんですね」  窓の外の景色が目まぐるしく進んでいくのを見て、リューイは興奮したように言った。 「興味あるみたいね。あとで運転してみる?」 「いいんですか!」  喜ぶリューイに、セシリアは苦笑しながら言った。 「まずは仕事を済ませてからね。それと運転する時は、安全に気をつけて」 「分かってるよ、大丈夫」  笑顔で応えるリューイにセシリアも笑顔で返し、ヴァイオレットも心地好さそうに笑みを浮かべる。  そして笑顔を浮かべたまま、ヴァイオレットは問い掛けた。 「2人は、どれぐらいこちらに居られるの?」 「しばらくは大丈夫です。室長やウボーさんから、皆さんと交流して欲しいと言われていますから」 「そうなの? 好かった。なら、しばらくこっちでホームステイすると良いわ。オッピーの屋敷には空きの部屋が多いから、そこを使って」 「ありがとう。なら、好意に甘えさせて貰うわね」  セシリアの応えに、ヴァイオレットは笑みを深める。 「嬉しい! ふふ、2人は甘い物は好き? 2人が来るって聞いてチェリーパイを焼いたの、ぜひ食べていってね」  運転を続けながらヴァイオレットは言葉を続ける。 「こちらにしばらく居れるなら、色々な場所を案内するわ。行きたい所があったら言ってね。それに会いたい人がいれば、出来るだけ会わせてあげる。オッピーやエア王、それに――」  僅かに迷うような間を空けて、ヴァイオレットは言った。 「姉さんの『昔』のことを知っている人に会いたいなら、探してみるわ」 「それって、セラがマドールチェになる前のことですか!?」  驚くリューイにヴァイオレットは応える。 「ええ。オッピーなら、ドールシリーズのことをよく知っているし、そこから辿れるかもしれない。姉さんが、嫌じゃなければだけど」  ヴァイオレットの申し出に、セシリアは呟くように言った。 「まさか、今になって昔を知る人と会うなんて」 「オッペンハイマーさんなら、セラの小さい頃の話が聞けるかな?」 「小さい……ああ、マドールチェになる前? 彼も知らないんじゃないかしら。私のような子どもが沢山いたという事だし」  そう言うと悲しそうな表情をするリューイに、セシリアは笑みを浮かべ応える。 「そんな顔しないで」  そして自分の心を落ち着けるように、窓の外から空を見上げた。  見上げた空は青く、どこまでも広がり、どこにでも行けそうな気がした。 (あの時と、同じ空ね)  起こしてくれたマスターであり、世界を見せてくれた恩人であり、恋人のような存在であった『彼』。  その時の旅路を思い出しながら、セシリアはリューイと共に、オッペンハイマーの屋敷へと向かった。