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「今までお世話になりました」
力なくそう言う男性の声に反応するものはいなかった。
彼の両脇には屈強な男が二人鋭い目を光らせながら立っている。
周囲の人間は彼をなるべく視界に入れないように作業を続けていた。
ここは市民の生活に欠かせない食料を管理する施設。日々増え続ける人類を飢えから救うべく家畜の品種改良や魔術を使った栄養価の高い土地の作り方などが研究されている。
ここに勤めるには高度な生物と魔術の知識が必要であるため研究員の数は極めて少ない。
そんな希少な研究員が一人去ろうとしていた。
それは定年退職などと言ったものではなく強制撤退といったものであった。
彼は理想を追い求めるが故にとある禁忌に手を出してしまったのだ。
研究所の人たちは皆それを知っていた為に彼の言葉に答える事ができない。
答えると言う事は彼と友好関係にあると言う事、それはつまり自身も禁忌に加担した可能性があると言う事となってしまう。
そうなればたった今、教団に連行されている彼と一緒に罰せられる。
その恐怖から逃げる為その場にいた人は皆口を噤む。
それはついさっきまで彼の友人であったルードルフも例外ではなかった。
ルードルフは研究所から立ち去る友人、エルヴィンを横目に捉えながら歯を食いしばった。
そして誰にも聞こえないほどの小声でこう呟く。
「どうして相談してくれなかったんだ……」
ルードルフの無念な思いがルールを破壊できるわけもなくエルヴィンはそのまま連れ去られた。
後日彼が処刑された事は、掲示板の端に小さく書かれていた。
天涯孤独の身であったエルヴィンが格安貸家の自宅に残したものは一つの資料と二匹のネコ。
そしてそれを受け取ったのは自ら家宅整理をしたいと名乗り出たルードルフであった。
これから数ヶ月間ルードルフは職場の人間から少し距離を置かれる事になるだろうが、そんな事は彼にとってどちらでも良い事であった。
何故なら彼の脳内は友に秘密を明かしてもらえなかった悔しさと、死を恐れた自分への嫌悪で埋め尽くされていたからだ。
そして彼の手元にはエルヴィンが残した禁忌魔術に関するレポートがあった。
最早、冷静を失った彼がすることは一つしかなかった。
次の日からルードルフは行方をくらませた。
ルードルフが失踪してから三ヶ月後、アークソサエティ内にある共同墓地『カタコンベ』はいつもと変わらない陰鬱な空気を垂れ流していた。
その瘴気にあてられてかため息をつく屈強な男が一人、周囲を見張っている。
「なんだあいつは」
見張りが前方から来る大きな荷物を背負った痩せこけた男性を見て呟いた。
その男はボロボロになった白衣を揺らしながら幽鬼の様に近づいていた。
「おい! そこの男! 止まれ! ここが何をする場所か分かっているのか!」
場所が場所だけに幽霊かと思い、少し恐怖した見張りが声を張り上げる。
しかし、その男は見張りの声を無視し依然ふらふらとしながら迫ってくる。
「止まれといってるだろうが!」
見張りはそう言うと、手に持っていた長槍を男に向けて威嚇する。
「うるさいなぁ」
男は岩を避ける水流のようにひらりと身を動かせながら見張りの横を進む。
「おい! 待て、んッなんだこれはッ」
男を追いかけようとした見張りであったがその行動は出来なかった。
「僕は友達に会いに来ただけだよ」
男はそう言い残しカタコンベの奥へと入っていった。
倒れた見張りの胸にはナイフが突き刺さり、周囲には深紅の水溜りが出来ていた。
「あ、いたぁ。久しぶりエルヴィン」
カタコンベの中でも重罪を犯し無縁仏となった人物が埋葬されているエリアに、童のような無邪気な声が響く。
生首を持ち上げるその男性、ルードルフは笑顔を浮かべていた。
過去に蓄えた知識は消え、人としての倫理も滅び、精神が幼児退行を起こした彼の中に残った思い。
それはエルヴィンへの償いだけであった。
「エルヴィン? 体どこに行っちゃったの? まあいっか!」
どす黒い湿った土に塗れながらルードルフは言う。
そして背負っていた荷物を地面に降ろす。
その中には二匹のネコと魔方陣が書かれた大きな紙が入っていた。
「この前はごめんね、すぐに楽にしてあげるから」
そう言ってルードルフは二匹のネコとエルヴィンの生首を魔方陣の中央に置き魔術を編み始める。
それは仕様を禁じられた禁忌魔術。
名をゴエティア。
至ってシンプルなその効果は、キメラの練成。
「さあ、蘇れ! 僕の友達!」
『栄養価の高い生物と繁殖力の高い生物を掛け合わして最高の食料が作りたかったんだ』
過去にこの魔術を用いたことにより処刑された悲しき人物の犯行理由が何処かから聞こえてきたような気がした。
可視化された呪文の網が弾ける。
その中央、魔方陣の上には三つ首の獣がいた。
二つのネコの首に挟まれた中央には生気を失ったエルヴィンの首が舌を垂らした状態で引っ付いていた。
その生物の胴体は一メートルほどの大きさをしたネコの体であり、そこからはネコの手足が八本伸びていた。
「ねぇ知ってるエルヴィン! ネコって命を九個持ってるんだって! すごいよねそれって何回死んでも生き返れるってことでしょ! だからもうエルヴィンは死ななくていいんだよ! やったね!」
「ニャァアアアアアアアアアアアア!!」
ルードルフの意気揚々とした呼びかけにキメラは叫び声をあげるだけであった。
『指令発令! 指令発令! カタコンベにてキメラ出現。繰り返す……』
薔薇十字教団内に声が響き渡る。
『尚今回出現した個体は人間の死体とネコを掛け合わせたとの情報あり。これより排除目標をシュレディンガーキメラと称する。出撃可能な団員は直ちに駆除活動に取り掛かれ。繰り返す……』
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桜も散り、気温もだんだんと高くなってきたころ。
日照時間も伸びてきて、最近ではたくさんの虫を見かけることもあり、誰もが少しずつ夏の訪れを感じていることだろう。
そんな時期に、こんな指令が司令部に流れ込んできた。
なんでも、『春も終盤に差し掛かり、夏が近づいてきた。そこで、浄化師各位にはベレニーチェ海岸とその周辺の安全を確認してきてほしい』とのことらしい。
見た感じでは普通の指令なのだが、実のところ言うとこれは【超優良指令】なのである。
それを語るには、指令の目的地である【ベレニーチェ海岸】とそのほかの海について少し話さなければならない。
現在、ほとんどの海はアシッドレインによって汚染され、まともな海洋生物はほぼおらず、そこにはベリアルと化した生き物たちが大量に蔓延っている。
そんな海にいるベリアルは多種多様で、その上どれもが凶暴で、凶悪だ。
地上のベリアルとはもはや比べるのがおこがましいくらいの差であり、その絶望的な光景はもはや魔境というのが相応しいくらいである。
そんな中でなぜベレニーチェ海岸が一般に開放されているのかといえば、それはひとえに教団のお陰なのである。
教皇国家アークソサエティのヴェネリアにある海水浴場、ベレニーチェ海岸は地中海に面していて、その地中海は教団の管理下にある。
もちろん危険な生物もあまり存在しておらず、安全も確保されている。
そんなベレニーチェ海岸は、世界でも有数の美しい海岸だ。
さて、今回はそんなベレニーチェ海岸へ行って、海岸とその周辺の安全を確認する指令となっている。
恐らくこの指令の意味としては、いくら比較的安全な海とはいえ、すぐに開放するのは流石に不安だから、完全に夏になってこの海岸を開放する前にあらかじめ安全の確認をしておこう、ということだろう。
とはいえ、そもそもこの海岸がある地中海は教団によって管理されているのである。
要するに、だ。
ぶっちゃけてしまうと、この指令は【お金を支給するから海に行ってきてほしい】ということなのである。
なんて羽振りのいい教団なのだろう。
もちろん仕事として海周辺の記録を取ることは忘れてはいけない。だが、そのあとのことは何一つ書かれていないのだ。
それさえ終わってしまえばもちろん自由。
海に入るのもよし、砂浜で遊ぶのもよし、景色を眺めるのもよし、だ。
唯一問題があるとすれば、まだ時期が少し早いのもあって海水が冷たいということだろうか。
とはいえ、最近は結構温かくなってきているので入れないほどではない。
海開きはまだまだ先なので、言ってしまえばこれはもう【事実上の貸し切り状態】である。
指令として海を満喫して、その上お金ももらえる。なんてすばらしい指令なのだろう。
この機会に、少し早めの海を満喫してはいかがだろうか。
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晩春の風は日毎に暖かさを増し、今では初夏とも呼べるほどの気候が続く日もあった。そんな、5月末のよく晴れた日。薔薇十字教団に一つの依頼が持ち込まれた。指令掲示板でそれを見つけ興味を持ったあなたたちは、詳細を聞くために受付へと向かった。
「依頼人はブリテン地区に住む老夫婦で、ルネサンス地区ニッキオ地方からの移住者です」
指令掲示板からほど近い受付カウンターでは、二十歳前後と思しき教団員が職務に当たっていた。彼女はあなたたちの話を聞くと、慣れた手つきで分厚いファイルを捲る。彼女は制服を少し早めに夏服に変えたようで、長めの半袖が涼やかだった。
ニッキオ地方は、ルネサンス地区北東にある海沿いの小さな地方だ。ここには良い漁場があることが古くから知られており、中心都市のニッキオも古代の貝塚が多く発見されていることからその名が付けられたのだという。今回依頼を持ち込んだ老夫婦は、ブリテン地区在住のニッキオ地方出身者で構成された互助会で代表を務めている。
「ブリテンでは蒸気機関や魔術人形を中心とする工業技術が発達しているのは、もうご存知のことかと思います。蒸気機関は大型のものから小型のものまで、工業製品として大量生産されるものが大半ですけれど、そうではないものも存在するんですよ」
彼女の話によると、後者にあたる特注品は主に貴族や大商人から制作を依頼されるもので、その機械に装飾を施す作業は短くても数週間、長い場合には数年を要する仕事なのだという。そのため装飾技術を持った者を探している工房は、ブリテン地区には常に存在している。彼らは芸術の盛んなエトワール地区を中心として集められていて、デザイナーや多種多様な工芸技術を持つ職人が、安定した仕事と収入を得るためにブリテンへ来ることも珍しくはなかった。今回の依頼も、そのような経緯で移住してきた若い職人に関連するものだ。
その職人は今から5年ほど前、金属細工職人として独立するためにニッキオ地方からブリテンへ移住してきた。下積み期間を終え、工房を構えられるまでに腕を上げた彼は、故郷から愛する女性を呼んで結婚することになったのだという。
二人の故郷の村では、婚約の際に男性が色とりどりのブーケを相手の女性に渡し、自らの愛情の深さを示す風習がある。これは二人に関係のある者が一輪、あるいは一枝ずつ植物を持ち寄って作られるもので、ブーケは地域の共同体から二人に贈られる親愛の情の深さと、変わらぬ相互援助の誓いを示すものでもあるのだそうだ。そのブーケに使う植物を集めるのが、今掲示している指令での任務だった。
「で、ここまで話を聞いて、疑問に思われている事がありますよね?」
受付の女性に促され、あなたたちは頷く。その職人がニッキオ地方からの移住者で構成される互助会に入っているのならば、そこの会員たちがブーケに使う材料を集めればいいだけの話だ。薔薇十字教団に依頼を持ち込んだ場合、そう多くはないにせよ費用も時間も掛かってしまう。互助会に教団員やその協力者が居るのであれば話は別だが、市民から多種多様の依頼が教団に持ち込まれることを差し引いても、この指令はいくらか奇妙に思える。
「実はこのブーケ、様々な場所から、色んな立場の人が花を持ち寄るほど良いものになると考えられているんです。今回教団にこの話が持ち込まれたのも、そのためなんですよ」
話が一区切りついたところで、彼女はカウンターの中から一枚の紙を取り出す。紙にはそれを作成した職員の署名とメモが入っており、それが学院で作られた資料であることを示していた。
今回この依頼が持ち込まれたのは、ブリテン地区外に派遣されて仕事をしていた互助会の会員が一人、ヨハネの使徒に襲われ命を落としたことが原因だった。使徒は浄化師たちによって既に討伐されたが、互助会の代表である老夫妻や会員たちは、この事件に酷く心を痛めていた。
ブーケに使われる植物が多くの立場の者から持ち寄られるのは、古くはその身分や立場にある者たちから庇護や援助を受けられることを示すものでもあり、現在ではあらゆる凶事を払いのける祈りの形として捉えられている。そして今回は、あなたたち浄化師たちに植物の採集が依頼されていた。つまりこの指令には、新たに夫婦となる二人がヨハネの使徒やベリアルに襲われて命を落とすことが無いようにと願う、互助会会員たちの祈りが込められているのだ。
「――というわけでして、皆さんには首都エルドラドやその郊外で、ブーケの材料集めをお願いしたいんです。1人につき1つですから、浄化師1組につき2つの植物ということになりますね。街角で見つけたお花、草原で見つけた綺麗な植物、何でも構いません。郊外には今の季節の花があるでしょうし、お店は色んな季節や土地の植物を置いてるかもしれませんね。
種類や色が被るのもよくある事だそうですので、そこらへんはあんまり気にしないで下さい!」
たどたどしい説明を終えると、彼女は資料をぱたんと閉じてあなたたちに笑いかける。初夏の陽気に誘われて、植物採集に行くのも悪くないかもしれない。そう思い始めたあなたたちに、受付の女性が思い出したように告げる。
「あっ、当然のことなんですけど、良くない意味のある植物とかは持ってこないでくださいね。誰かのお庭とかから勝手に持って来たりするのも駄目です。郊外ならだいたいどこでも平気ですけれど、立ち入り禁止区域には入らないでくださいね」
そう言って彼女は、エルドラド周辺の大まかな地図をカウンターから取り出す。立ち入り禁止区域と聞いて身構えるあなたたちだったが、この地図を見る限りではどこで植物を採取しても問題なさそうだ。
「この指令を受けた方は、後日ブリテンで開催される結婚式に出席可能です。皆さんお忙しいでしょうから、希望者だけで構わないと依頼人ご夫妻から伺っています。式ではブーケトスなんかもあるらしいですから、お時間があるなら参加されてみてはいかがでしょう。
――あ、それと! お店で植物を買う時は、必ず領収書、切ってくださいね!」
受付の教団員は申請書類を取り出し、カウンタの上に置いてあった羽ペンごとあなたたちに差し出す。あなたたちはそれにサインをしながら、彼女の詳しい説明に耳を傾けた。誰かの幸せを願う真摯な気持ちは、いつかきっとあなたたちにも返ってくるだろう。二人の人生を祝う、優しい願いを込めた植物。それを探しに、二人でエルドラドをあちこち歩いてみるのも悪くないかもしれない。
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農業地区ソレイユ。自然豊かな一帯で、憩いを求めて数多くの観光客が訪れる。ソレイユは山や川、湖などが有名である。そんなソレイユには綺麗な湖がある。この湖は現在、密かな人気スポットとなっている。季節外れに暑い日々が続いたことも関係し、湖に生息するニジマスが繁殖し、格好の釣り場となっているのである。
釣り好きにはもちろんだが、家族連れやカップルなどにも人気があり、アークソサエティでは話題になっているのだ。湖は主にニジマスやブラウントラウトなどを棲んでいるのだが、中には、その湖に棲みついた主と呼ばれる巨大魚がいることも明らかになった。
湖を支配している巨大魚の存在がエクソシストたちにも伝わってくる。決して、危険な生物ではないので、早急に処置をする必要はないのであるが、釣り人の中にはこの巨大魚を釣りたいと考えている人間も多いようだ。
湖は穏やかな自然が溢れており、格好の憩いの場となっている。普段、戦闘に明け暮れているエクソシストたちとって、束の間の癒しの時間となってくれるだろう。
基本的な楽しみ方はいくつかある。湖のそばには貸しボート屋や釣り具を貸し出している場所がある。そのボートに乗って湖に繰り出し、釣りをしてみるのだ。湖には数多くの魚が生息しているため、釣りを楽しめるだろう。最近は特にニジマスがよく繁殖している。湖に棲むニジマスやブラウントラウトなどは一年を通してよく釣れるのだ。多く繁殖しているため、比較的初心者であって釣りやすい。湖の近くには、釣った魚を実際に調理してくれる場所があり、そこで塩焼きなどを楽しむとよいだろう。
別の楽しみ方もある。それは巨大魚を釣ってみることだろう。湖の主と呼ばれる巨大魚は、釣り人の興味を引く存在だ。噂によると、巨大魚には伝説があって、その姿を見ると絆が深まるというものがある。それ故に、家族連れや恋人たちの中には、絆を深めるためにも、巨大魚を一目見たいと考える人たちも多いようだ。
これまでに巨大魚を釣った人間は一人もいない。そのため、釣り上げるのは難しいだろう。しかし、巨大魚を目指してパートナー同士で協力し合えば、きっと絆も深まるはずだ。但し、巨大魚は神聖な湖の生物である。そのため、仮に釣り上げたとしても、勲章として持ち帰るのではなくリリースするのがいいだろう。それでこそ、絆が深まるという伝説が広がるのだ。
もちろん、釣りだけが楽しみ方ではない。ボートを借りて、湖を遊覧するもの楽しみ方の一つである。湖自体が大変透明度が高く、春終盤から初夏にかけては心地よい風が吹き、ちょうどよい気温であるため疲れた体を休めるのにはうってつけなのだ。
幅広い楽しみ方がある湖で、束の間の休日を満喫してみてはいかがだろうか? 癒しにも繋がるし、気分もリフレッシュするだろう。
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その古びた大きな木の下で愛を誓えば、必ず、叶う――。
教皇国家アークソサエティ「ソレイユ」から、さらに北に位置する、平和な農牧が盛んな村で、唯一人々の口にあがる伝説があった。
そこには昔、永遠を誓った恋人たちがいて、彼らが幸せになったということから【恋人たちの樹】と噂されている。
すでに数百年と経った、その樹はずいぶんと年取って、すでに枯れ樹といっても過言ではないが、村人はもちろん、他のところから噂を聞いた魔術師、エクソシストたちが調査や観光がてらに訪れては愛を誓う若者たちも多い。
その日も、また
「す、すきなんだ。ヨハンナ」
「ヨルン……そ、そんなこと言われても、ご、ごめんなさい」
「ヨハンナ、今はいいよ。けど、そのうち、答えをくれよ?」
農家のヨルンが告白したのは、パン屋のヨハンナだった。二人は木の下で互いの気持ちを確信していたが、照れもあり、言葉を紡ぐ。
――にくらしい、あいが。
――うらやましい、あいが。
――あいされたい、あいされたい、あいされたい、こいつがいなくなればあいされる、あいされる、あいされる。
木々が囁くように揺れる。二人の若者はうれし気に微笑みあい、木の下から去っていくので気が付かなかった。
樹の下からしゅるりと音をたてて木の蔦が伸びる。それは愛されて幸せそうなヨハンナに狙いを定めていた。
◇◇◇
平和な村で、若者がいなくなる、という事件が起きた。
それも条件となるのは村の愛を誓う木の下で告白をした、互いに想いあう者同士……とくに恋人、親友といったものだという。
どこかに連れ去られているのかわからないが、告白した翌日、まだその返事すらしてくれてないヨハンナという大切な女性が失踪し、心配したヨルンという青年から、助けてくれ、という依頼があった。
ヨハンナのベッドにはいくつもの木々の枝と葉が落とされていたそうだ。
たぶん、夜に寝ている隙に連れ去られたのだろうことは安易に予想がつく。しかし、目的は不明だ。一体、この犯人は何を求めているのだろうか。
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イースターはアンデットが新たな種族として認められた記念日として花冷えする季節から、5月終わりまである復活祭だ。
イースターの語源は、アンデットを新たな人種として認める運動が始まった事に由来している。
アンデットには体のどこかに穴が開いているので、それを象徴するものとして卵が使われる。そのため、墓から復活するアンデッドを殻から破って孵る雛に喩えられる。よって卵は「復活する命」の象徴でもある。
「アンデッドとして蘇ったあなたがまた死者に戻ったりしませんように、第二の生を末永く謳歌できますように」との意味を込めて「実に復活!」と挨拶を交わすのが風習になっている。
また、ここ近年では種族問わず「寒い冬を乗り越えて春が来た。瑞々しい生命が復活し、一年の幕開けが健やかに過ごせますように」とのような意味でも使われるようになった。
この時期になると、町はイースターでどこのお店も盛り上がり、飾り付けした家で少し豪華なご馳走を家族と食べて休日を過ごす。
イースターは、アンデッド人権運動の指導者がウサギのライカンスロープだったことが由来して「ウサギ」とアンデッドを象徴する「卵」が主なモチーフとされている。特に卵にデコレーションを施すイースターエッグが有名だ。
イースターエッグを公園などに隠してみんなで探す「エッグハント」や、イースターエッグを割らないようにスプーンで転がしながらゴールを目指す「エッグロールレース」などの遊びがある。
今では商業的な意味でイベント化しており、色々な謂れはあるが、それはそれとしてみんなで騒ぐお祭り扱いされている。
そんなイースターの真っ直中である日、司令部に貼られた1枚ポスターが、あなたの目に留まる。ポスターにはイーストエッグの可愛らしい絵と共に「イースターエッグ講座」とポップな字体で大きく書かれていた。その内容はというと。
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「イースターエッグの作り方」
1.準備する道具は卵、ボウル、ピンや画鋲、接着剤、絵の具などの色を付ける道具、つまようじ、接着剤、ピンの刺さったボード。ビーズやスパンコール、リボン、生地などはお好みで。
(材料や道具はこちらで準備しておきますので、手ぶらで来て下さって大丈夫です)
2.ピンで卵に小さな穴を開けます。無理をせず、少しずつ開けましょう。
3.卵の中身を取り出します。まず、つまようじで黄身をつぶしてから、開けた穴から中身を取り出します。
(出した中身は食堂に持ち込むと美味しく調理できますので、捨てないでください)
4.水で殻をすすぎ、こちらで用意したピンを刺したボードで乾かします。
5.お好みに飾り付けてください。
6.細長い紙にメッセージを書きます。書き終わった紙をくるくると巻き、くり抜いた穴から紙を入れてフォーチュン・イースターエッグの完成です。
完成したイーストエッグは学校のイベントで使わせていただきます。
子供たちもエッグハントを楽しみにしているので、イースターエッグ講座に参加してくださると大変助かります。
事前に1から4までの作業工程はこちらで終えております。もちろん最初から手伝っていただけるなら大歓迎です。是非、実行委員にお声かけ下さい。
主な作業は、卵の殻に飾り付けをしていただき、最後にメッセージを書いて入れることとなります。
開催場所は教団寮の2階にあるアトリエです。ご都合のつく方は是非ともご参加下さい。
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あなたはイースターエッグ講座の開催日に、アトリエにやって来た。テーブルの上には見本なのか色とりどりのエッグが飾られている。
シンプルに赤やピンク、青、黄色など様々な色で染め上げられたものもあれば、ドット模様にマーブル、ストライプ、EASTERの文字が入っているエッグもある。
さらに凝ったものでは、花柄や立体的にデコされていたり、可愛らしいウサギやひよこの絵が描かれているものあり、見るものの目を楽しませる。
できのいいものは家のインテリアに飾ったり、お店に置かれていたりしそうな洒落たものもある。逆に手作り感満載なものは、これはこれで味があっていい。
今回はイースターエッグを無料で作れる代わりにボランティアになるが、アトリエにある材料を使って自由に工作していい。あなたのアイデア次第でいくらでもアレンジできる。
あなただけのイースターエッグをパートナーと共に作ってみよう。きっと二人だけの思い出になるだろう。
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時計の針が天辺を越えた頃。遥か遠くまで続く藍の空は地上との境界線を隠している。一体化した空間は宇宙のように神秘的だ。
月の薄明かりに照らされる巻雲はゆっくりと形を変えて流れていく。満天の空を泳ぐよう瞬く鮮やかな星々は、結び紡がれ星座の記憶を綴っているようだ。
『教皇国家アークソサエティ』首都エルドラドより東南に位置するソレイユ地区。アールプリス山脈と呼ばれる雪に覆われた山々を中心に、農業が特に栄えている地区だ。豊かな自然から、山・川・湖でのレジャーが人気で、観光客も多く存在する。
そんなソレイユの街は灯りがすっかり消え、静寂に包まれていた。茹るような昼間と変わって、夜間は羽織物が必要なほど冷え込む。大小様々な山々に囲われている地域特有の現象かもしれない。
街の中心部から離れた場所にある小高い丘の上。そこで佇む浄化師の二人。闇と混ざり合った風が藍の空を通り過ぎた。
寂寞の音は波紋に、耳元で揺らぐ声は小さく響く。この丘の上には浄化師の二人しか存在しない。
星を眺めたり、話したり、感傷に浸ったり、パートナーと知り合って間もない浄化師にとって、お互いをより深く知るいい機会かもしれません。
また、普段周りに人がいて話せないことや不安に思う気持ちを打ち明けてみてもいいかもしれません。
薔薇十字教団より浄化師たちの交流を深めることを目的に発令された今回の指令。
夜が明けるまでの少しだけ特別な時間。あなたはこの空の下で何を想いますか?
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平和と秩序を守る為、害なす存在と直接戦うだけが、エクソシストたちに課せられた任務ではない。
例えば、戦いに巻き込まれた民の心身へのケア。
例えば、犠牲となった者への心からの弔い。
例えば、破壊された街の後片付け。
「みなさん精が出ますね。ですがそろそろ休憩してはいかがです?」
冷酷無比に人里にやってきたヨハネの使徒と繰り広げた先の戦闘では、幸運なことに死人こそ出なかったものの、負傷者の数や瓦礫と化してしまった建物は多くもないがゼロでもなかった。
教団員と住民が入り交じり、協力しながらの清掃活動の中、この地域出身でもあるひとりの女性祓魔人が顔見知りである一般市民にそっと労いの言葉をかける。
声をかけられた男性は額の汗を拭き、そうするか、と破顔した。
だが、その表情には、ヨハネの使徒の襲撃を受けた不安とはまた異なる類の翳りがあった。
「どうかしました? どこか怪我でも……?」
「いや、そうじゃねえんだ。ほら、ウチは夏の間は毎年プールで稼いでるだろ? 今年は馬鹿に暑いからいつもより早めにオープンするつもりだったんだが、街がこんなんじゃあどこの清掃会社にも頼みづらくてな」
なるほど、と祓魔人は頷く。
確かにこの男性は、自分がまだ幼い頃から子どもたち向けの安価なプールを開放してくれていた。
流れるプールだの滑り台だのもない分だけ安く、ガラの悪い大人もいちゃつくだけの大人も来ない場所の為、まだまだお小遣いが少ない年代の子どもたちからは絶大な人気があるのだ。
その証拠に、今も親を手伝って箒で土を集めていた少女が、プールまだなのー? と唇を尖らせている。
謝る男性に頭を撫でられ頬を膨らませる少女の顔に己の幼少時代を思わず重ねてから、祓魔人は思考を巡らす。
「ちなみに、プール自体は無事なんですか?」
「ああ、中心街から離れてたからな。だから例年通りの清掃だけ、なんだが……ま、今年は地道にひとりでどうにかするさ。プール内に溜まったゴミを出してプールサイドも綺麗にして、水を流して次はデッキで擦って……なんとかなる。心配すんな」
「あの! それでしたら、我々に任せていただけませんか?!」
目を瞠る男性の隣で、もうすぐプール入れるのー? と少女は小さな両手を上げて喜ぶ。
からん、と箒の落ちる音が、快晴の空に良く響いた。
今日も暑い。
こんなにも暑いと、水辺が恋しくなるのが生き物の性だ。
プールが開放されれば、きっと子どもたちは喜んでくれるだろう。
街の活気も、いち早く戻ってくれるはずだ。
これも、エクソシストの立派な任務のひとつ。
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春になるとイースターが始まる。
イースターはアンデッドが種族として認められたことを記念した大祭で、一般に復活祭とも呼ばれている。慕わしい人間が新たな生を受けたことに対する喜びが感じられて、いい風習だと、アンデッドの妻がいる教団員セス・アトリーは口元をほころばせた。
「イースターバニーのぬいぐるみでもお土産に買って帰ろうかな……」
祭りでは「アンデッドの種族特徴である孔」「新たに生まれ出る命」を象徴するものとして卵がメインモチーフとして用いられるが、アンデッド人権運動の指導者がウサギのライカンスロープだったことに由来して、ウサギもイベントの顔だ。
うきうきした気持ちでイースターエッグとイースターバニーに彩られたエトワールの中心街を歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「あ、アトリーさん、実に復活! 教団に依頼に行こうかと思ってたんですよ。丁度よかった」
「実に復活! 貴方は確か商店街の……僕は今日は休みなのですが、休み明けであれば受理致しますよ。何でしょう」
イースター特有の挨拶を交わして、用件を伺う。相手はエトワールのメインストリートに店を構えている婦人だった。
「ほら、リュミエールストリートが復活祭で賑わってますでしょ。スリだとかが出るんじゃないかって心配で。教団の方に巡回を手伝ってもらえないかって話になりまして」
「ああ、なるほど。それは大変ですね……人手を回せばよろしいんですね?」
「でもあんまり厳めしいのは困るんですのよ? 警備員がぞろぞろ見回ってたら、お祭りの雰囲気に水を差してしまいますし」
それは確かにそうかもしれない。だが、ではどうしろと言うのだろう。アトリーは眼鏡の位置を直しながら、婦人の顔を見た。
「こちらで貸し出しますので、『これ』をつけてお祭りの雰囲気を壊さないように巡回してほしいんですの。お願いできますかしら」
婦人がアトリーに握らせたのはカチューシャだった。
ウサギの耳がついたやつ。
「……お願いできるかは、聞いてみないと分かりませんねえ」
アトリーは苦笑いした。
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新米浄化師の貴方達は先輩浄化師に連れられて、慣れない実戦を繰り広げ……とても疲れていた。
流石に連日連夜の戦いだ。
まだまだ慣れてない現状であれば、疲れた、と思っても可笑しくはないだろう。
それは自分も通った道……とばかりに見ていた先輩浄化師が、そんな貴方達にひらりと取り出した物があった。
「さてと、先輩から貴方たちにご褒美よ」
そう言って微笑んだ先輩から渡されたのは、2時間焼肉食べ放題のチケットだった。
お高いお肉ではないけれど、種類は豊富だという。
デザートもお野菜もあるというから、まんべんなく食べれられるだろう。
「と、言っても勿論ただってわけにはいかないわ」
まぁそうですよねと眉を下げる貴方たちに、そこまで難しいことは頼まないわよと豪快に笑う。
だってこれは頑張った貴方たちにご褒美ですもの、と。
「倉庫にある魔導書をね、片付けて欲しいのよ」
そう言って微笑んだ先輩の言葉に貴方は頬をひきつらせる。
それはもう、これでもかという程の量の魔導書の山だったからだ。
本棚からおろされたその魔導書の山は、皆で手分けすれば大体1人100冊程を本棚にいれれば完了するだろう。
たかが100冊、されど100冊だ。
背表紙をみれば、シリーズものや背の色によって、ジャンル自体をわけることは可能だろう。
残念ながら、その魔導書は既に貴方がたには見たことがあるものばかり。
新しく魔術などを覚えることはできないだろう、というか、本の中身なんてみていたらいつまでたっても焼肉にありつけない!
さっさと終わらせて、このご褒美を堪能しなくては……。
貴方がたは心を一つにすると、さっそく本の山へと挑むのだった。
漸く終わった本の整理。
さてさて焼肉だー! とばかりに向かった焼肉屋は自分たちでとる形式だった。
とりどりの肉に、はしやすめだろうか、サラダやカレーも取り放題だ。
勿論、飲み物も自由……お酒は飲み放題についていないけれど!
脇をみればコンソメスープも飲めるようで。
ケーキは、チョコにチーズ、それにシュークリームや水ようかんもある。
果物はどうやらメロンとパイナップルのようだ。
あぁ、何から食べよう……貴方たちはさっそく取りに向かうのだった。
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