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地面から天に向かって伸びる背の高い木々の合間から、陽光が降り注ぎ地面にまばらに揺らめく影を描く。木の葉は朝露に濡れて雫が光っている。
小さな動物が草木の中を駆け抜けていく音が冒険者の耳に伝わる。
踏みしめた柔らかな苔の弾力が足下に伝わる。遠くには苔が倒木を覆っているのが見えた。
樹梢湖と呼ばれる湖まで曲がりくねった小道が伸びている。樹梢湖の由来は湖が木々を反射して水面が緑色に見えることから、周辺に住む者に何時しかそう呼ばれるようになった。
湖の手前には目印となる奇妙な形をしたうろの大木がある。そろそろ目的地が近いと男は足を速めた。
湖までたどり着くと冒険者は注意深く周辺を窺った。
湖の水面は太陽の光を反射してちらちらと光る。風に吹かれて水面がさざめいていた。湖の形は楕円を描いていて、その周辺を木々の枝葉がこうべを垂れるように湖を覆っている。
この周辺ではよくジェルモンスターが出現するのだ。冒険者の目的はジェルモンスターだった。
ジェルモンスターは別名スライムとも呼ばれる、水の塊である。弱いものは冒険者や魔術師の訓練用として扱われている。
冒険者である男は少し魔術をかじっていた。ジェルモンスターを凍らせて生きたまま捕獲することが冒険者ギルドからの依頼だった。
凍った後もジェルモンスターは生きている。訓練用のジェルモンスターはそうやって捕獲された後、訓練の前に解凍されて初心者相手になってもらうのだ。
冒険者にとってジェルモンスターは決して強敵ではない。だが、弱いからといって侮っては痛い目を見る。新人の冒険者が慢心してジェルモンスターに挑んだ結果、一匹倒して油断したところをたくさんのジェルモンスターに集られた末に、毒にやられて動けなくなったところをボコボコにされたという笑い話もあるくらいだ。
ジェルモンスターは陽気な存在で、人や動物を見ると無邪気に飛びかかってくる習性を持つ。先ほどの話のように冒険者にとって油断しなければ、ぼこられるだけで命の危険性は少ない。
だが、肥大化した個体は違う。滅多に見かけることはないが、素手で触れたものを同化させ、そのまま取り込み喰らうので注意が必要だ。
逆に通常個体が食事している光景は見られたことがないので、研究者たちの間でも謎の多き生物として研究されている。
どうして巨大化した場合のみ生き物を喰らうようになるのか、もっぱら不思議がられているようだ。
暫く茂みに隠れて男が待っていると、どこからか跳ねるような音が聞こえてきた。
ぽよんぽよん。
(ついてるな。早々に帰れるぞ)
男がジェルモンスターを捕獲しようと魔術を唱えようとした瞬間。
ぽよんぽよんぽよよ~ん。
どんどんとジェルモンスターが姿を現していく。まるで湖を囲うように増えていく。男が呆気にとられて見ている間にも、まるで分裂しているのではないかと疑う勢いで増していく。
ぽよぽよぽよぽよぽよぽよぽよよん。
押しくら饅頭のようにひしめきあっているジェルモンスター。ある意味狂気的な光景が広がる。
(こりゃヤバいぜ……)
我に返った男は即座にこの場から引き上げることにした。長年冒険者として生きてきた男の勘が「危険だ」と告げる。忍び足でジェルモンスター達に気づかれないように立ち去ると、その足で冒険者ギルドに異常事態を報告した。
この大量発生したジェルモンスターに困った冒険者ギルドは薔薇十字教団に依頼を出すことを決定した。町にある小さな冒険者ギルドだけでは人手が足りないと判断したのだ。
教団側もこの依頼を承認した。ちょうど新人浄化師を鍛えるにはいい指令になると判断したからだ。
かくして司令部の思惑はともかく新人達に新たな指令が下った。
諸君等に告ぐ。大量発生したジェルモンスターを討伐せよ!
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「何々? パン屋さん主催の運動会?」
ここは教皇国家アークソサエティ。ソレイユ地区の市場。ふと覗いた店先の窓ガラスにこんな張り紙がしてあった。
日差しは柔らかく降り注いでいるが、それでも動くと少し汗ばむような陽気。
「え~。運動苦手」
「そんな事言ってるから、この間も防具を買い換える羽目になったんじゃないの? 体型が丸くなったから」
「ち、違うよ! 古くなったし、あちこち傷んでいたからだよ!」
パートナーをからかうとムキになって返してきます。その姿にクスクスと笑いながらも、あなたはその下の一文に心を惹かれました。
「優勝賞品は……エトワールの超有名パン屋から派遣された新進気鋭のパン職人が作る新作スィーツパンの試食権?」
その言葉にパートナーも驚いた様子で張り紙を覗き込みます。
「エトワールの超有名パン屋って言ったら確かお金持ち御用達のお店だよね。一度食べたことあるけれど、クロワッサンひとつとっても外側はサクッとパリッとしていて噛むとバターの甘い香りと舌の上で溶けるような柔らかさなんだよ。あれはまるで天使が神様の為に作ったパンだよ……」
「ずいぶん詳しいね。いつの間にそんなもの食べたのか知らないけれど」
ウットリしているパートナーにジットリとした視線と言葉を送ると慌てて弁解をし始めましたが、あなたはすでに別の事を考えています。
この新作スィーツパンを食べた人の笑顔を。
「えーっと、開催地はソレイユ地区の牧草地を利用するんだ? これなら転んでも怪我をする心配は無いね。種目は卵運びと宝探し競争、最後に二人三脚かぁ。運動苦手な人も参加できる様に配慮されているんだね」
「一般の人も観戦するので種族特有の能力や特別に秀でた技能を持っている人は要事前申告って書いてあるね。もしかしてそれに応じてハンデがあるのかな。相手選手の妨害を行った場合も即失格って書いてあるよ。でも、この種目なら皆平和的に楽しめると思う。参加賞もあるみたいだし面白そう、かも」
「よっし! んじゃエントリーしてみますか!」
あなたは気合を入れてパートナーを振り返りますが、周りにも何人かのエクソシスト達が参加を検討しているようでした。
それはとてもうららかな陽気の午後。
空は青く高く、人はキラキラしていて、穏やかに通り抜けて行った風はとても気持ちよかった、とある日のお話。
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カーン、カーン
バチバチバチ
熱した金属を打つ高い音や、溶接する火花の音が響いている。
ここはブリテン地区アルバトゥルスにある鉄道修理工場である。アルバトゥルスは蒸気機関をはじめとする工業で栄える都市であり、鉄道組合ビッグ・トーマスの作業場も数多く存在していた。
鉄骨組みの素っ気ない作業場には、調整中の車両や修理中のレールなどが設置され、複数の作業員が立ち働いている。
「うん? なんだ、こりゃあ……」
若手作業員のビル・カーニーは、用足しの帰り、外の資材置き場を通り抜けようとしてその異変に気が付いた。
泥、泥である。
大仰に言えば、通路に沼が出現していた。水の腐った匂いと、カビのような匂いとが漂っている。
「ひでぇな、肥溜めでもぶちまけたみてえだ」
今朝になってようやく晴れたが、昨日まで季節外れの大雨が降り続けていた。その影響で、下水が溢れでもしたのだろうか。
鉄はともかく、木材が汚れれば使い物にならなくなってしまう。早く親方に報告しなければなるまい。
ビルは泥をまたいで通路を抜けようとし、そして、腰を抜かした。
「う、うわッ……!?」
泥が動いている――否、ミミズだ。一メートルはあろうかという巨大ミミズだ。それが、数匹もつれ合うようにしながら地面を這っていた。泥はミミズにまとわりついていたものらしく、辺りはべっとりと汚れている。
こんなのは見たことがない。
「うわあああッ」
「こ、この野郎、ボブを離しやがれっ!」
咄嗟に目を遣ると、作業場の入り口で、仲間のボブ・パークが大ミミズに巻きつかれていた。その手には鉄の棒が握られている。すぐそばには、鉄板やバーナーを構えた者たちもいた。どうやら追い払おうとして逆襲にあったらしい。巻きつかれた仲間を助けたいが、動くに動けずにいる。
「ぎゃっ……」
ごき、と鈍い音がやけに大きく響き、喚き声が途絶えた。
「馬鹿野郎! そいつはドレインワームだ、刺激するんじゃねえ!」
奥の方から親方が怒鳴っている。
ビルは生唾を飲み込んだ。へたりこんだ靴先から五十センチと離れていない場所を、大ミミズが這っている。目らしい目が無いので、ビルに気が付いているのかどうかも分からない。
「畜生めがッ! 増水した川を流れてきやがったな。近寄るんじゃねえ、腑抜けども! 早く扉を閉めろ!」
お、俺はここにいます、と訴えたいのに、ビルの口ははくはくと無意味に震えただけだった。叫んだ途端、目の前の大ミミズが飛びかかってくるような気がした。
ごぉん、と重い音を立てて鉄の扉が閉まる。
まだ、半分開いている。
「お、おれは……お、おや、親方……」
今駆けこめばまだ間に合う。そう頭では思うのに、膝はがくがくと震えるばかりで一向に立ちあがれない。
ごぉん。
扉は閉ざされた。
閂の通される音を聞きながら、ビルは呆けた顔で蠢く大ミミズを眺めていた。
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●アルバトゥルス駅舎にて
「復活!」
「実に復活!」
ブリテン地区の中心部アルバトゥルスで、賑々しい男女の声が響き渡った。
ここは大小の荷物を抱えた人々が行き交う駅舎である。奥の方から、蒸気機関車のあげる汽笛の音がしている。
「復活!」
「実に復活!」
イースター定番の挨拶であるが、ことさらに朗々と交わされるので、いったい何事かと視線が集まる。
声高に喋りたてるのは、汽車を運行する鉄道組合ビッグ・トーマスの制服を着た男女だった。
「みなさん、本日も当駅のご利用、誠にありがとうございます。イースター特別列車のご案内です!」
「列車の中でエッグハントを楽しんでみませんか?」
「食堂車では今だけ! 季節限定の特別メニューをお出しします!」
詳しくはこちらをご覧ください、とビラが配られ始めると、あれよあれよと言う間に人が集まった。
「気になる人と座れば恋が叶う!? そんなムード満点のお席も用意しておりますので、ぜひ特別乗車券をお求めください!」
福々しい、華やかな空気が広がった。
●教団司令部にて
「イースター特別列車?」
司令部に配属されたばかりの新人教団員リネット・ピジョンは、アトリエ勤務の実姉アマリエ・ピジョンが差し出すビラを受け取った。
「ええ。アルバトゥルスから出発して二時間くらい、ぐるっと走るらしいわ。面白そうでしょう?」
「へぇ……って、姉さん、究極の出不精の癖に」
アマリエは、アトリエに籠って絵筆を握っているのが一番の幸せと言って憚らない人種だった。
「ふふ、まあね。わたくしは乗らないけれど、楽しそうでしょう? 浄化師のみなさんの、息抜き……? 慰安? ええと、どう言ったら良いのかしら。そういうお話が、あると聞いたのよ」
おっとりとした姉の話に、リネットは根気よく耳を傾け、どうにかこうにか本題を把握した。
作業待ちの書類が入ったトレーを漁ると、確かに鉄道組合ビッグ・トーマスからの依頼書が見つかった。
ビッグ・トーマスは民間の組合であるが、その長トーマス・ワットは教団に所属しており、また、国家の安全保障に関わる事業であることから、実質的には教団の管理下に置かれていた。
そういう事情もあって、今回、イースター特別列車の試乗が浄化師たちに依頼されたということらしい。アマリエが言った通り、日頃危険を伴う任務に就いている浄化師たちを労う意味もあるのだろう。
「食堂車では特別メニューが出るのよ。アスパラガスのキッシュなんて素敵じゃなあい?」
「……それを買って来いって言いに来たわけね、姉さん」
「この街にも美味しいキッシュを出すお店はあるでしょう?」
うふふふふと笑って、アマリエはさっさと部屋を出て行ってしまった。つまりは、ビラを見てキッシュが食べたくなったので、リネットにお遣いを頼みに来ただけか。端から自分で買いに行くつもりは無いらしかった。
まあ、アスパラガスは春の風物詩のひとつである。リネットも食べたくないと言ったら嘘になる。
「姉さんのお遣いはひとまず脇に置くとして。……内勤の私たちはともかく、確かに浄化師の人たちには息抜きが必要かも」
司令部に勤めていると、日々あまたの事件が起こり、そのひとつひとつへ浄化師たちが如何に懸命に対処しているか、よくわかるのだ。
手の空いている者ばかりではないだろうが、少しでも楽しんでもらえればいい。
リネットは張り切って指令書の作成に取りかかった。
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●燻る炎
ダニエル・ジンガーは正義感の強い少年だ。
今年で10歳になる彼は、聡明で気高い母を持ち、そして街の衛兵として殉職した父を心から尊敬していた。
彼は仕事に出かける母の代わりに身の回りの家事を行い、そして昼に差し掛かるころ尊敬する父の墓を訪れその手入れをするのが日課だった。
その日も変わらずいつものように家事をこなし、父の墓へと足を運んだ。
母に似て聡明なダニエルは近所でも評判で、彼の歩く姿には様々な大人が声をかけ、またダニエルもその声に律儀に挨拶を返していく。
それはいつもと変わらぬ日常の風景である。
しかし、意気揚々と墓地に着いたダニエルはそこで思いもよらぬものを目にして愕然とする。
「えっ! これは……なに?」
目を疑う光景に言葉を失い辺りを見渡す。
一言でいうと、それは『荒らされていた』。
建てられていた墓標の多くは倒れ、地面には多くの穴。そして墓地を囲うように作られた柵は何か所も破られている。
「お父さん!」
居ても立っても居られずダニエルは父の墓の元へと駆け出す。
願ったのは無事な父の墓の姿。
荒らされているとはいえ決してすべての墓が壊されているわけではない。全体で見るなら無事な墓の方が圧倒的に多い。
それなら、父の墓が無事である可能性だってきっと――。
「そんな……」
しかし、その期待は儚く裏切られる。
彼の目の前に現れたのは地面に大きな穴が空き、無残にも倒れ打ち捨てられた父の墓だった。
「なんで、こんな事……。誰が……」
歯を食いしばり拳を握るダニエル。
「絶対、許さないからな……!」
しかし、彼の目に浮かぶのは悲しみでも絶望でもなく、ただならぬ正義の怒りだった。
●死者の種類
「墓荒らしだって?」
その報告を聞いて教団付きのマドールチェの男は眉を潜めた。
「そうよー。全部で10人分のお墓が荒らされてたって」
執務の机を挟んで正面に立つ長身の女性が、言いながら事件の概要が書かれた資料を男に渡す。
二人の慎重差は男の方が見上げるほどあり、ほぼ大人と子供という様相であるが、これは種族上低身長が多いマドールチェの種族ゆえである。
「墓穴が掘り起こされていて、複数の足跡があり、柵も乱暴に破壊されている……。素直に考えればゾンビ、か」
「ゾンビねー。アシッドが地下まで浸透しちゃったって事?」
「いや、それはない」
「え?」
女性が何気なく口にした推察をマドールチェの男はあっさり否定した。
「ベリアルになるには魂が必要だ。埋められた死体がアシッドでゾンビになることは無い」
「あれ? でもアンデッドさんとかもいるでしょ?」
「彼らは意志の力で魂の乖離を拒んだ者たちだ。それにしたって通常二日程度が限界で、その間に蘇生する事が条件だ。墓に埋められて時間が経った時点でアンデッドとして復活はしない」
「へぇー、そうなんだ」
男の解説にうんうんと首を振る。と、そこで何か思いついたのか、動きが一旦止まり視線が右上にズレる。
「ん? ちょっと待って? じゃあゾンビってなんなわけ?」
「ゾンビは禁忌魔術によって人工的に作られた存在だ。……俺達と同じようにな」
男はよく見えるように自身の肘を掲げて見せた。そこには魔術人形の成れ果てであるマドールチェの特徴、球体関節が備わっていた。
「えっと……ということはもしかして……」
「犯人がいる、ということだ。わざわざ夜の墓場に忍び込んで禁忌魔術を実行した奴がな」
「ワオ……」
少し大げさな手ぶりで驚いてみる女性。その女性にマドールチェはささっと書類にペンを走らせ、最後にハンコを押してそれを差し出した。
「犯人を捕まえられればベストだが、今は安全の確保が優先だな。これを頼む」
「了解」
笑顔でその書類を受け取り、女性は浄化師への指令掲示板へと向かって行った。
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「なんでそんなこと言うの!」
「そっちこそ、なんでわかってくれないんだ!」
最初は、ちょっとした、意見の行き違いだったはず。
それがいつのまにやら、声を荒げてのケンカになった。
「ああ、もうっ」
相手の考えも、わからないではない。
でも、自分の考えを、覆すことはできなくて。
八つ当たりなのは重々承知で、あなたは力強く、床を踏む。
その衝撃で。
「あっ……」
近くの棚の上から、花瓶が落ちた。
がしゃん!
高く響いた音に、慌てて近付いてくるパートナー。
しかし「大丈夫か」と言いかけて。
パートナーはすぐに、そっぽを向いた。
仲直りをしたいけれど、意固地になっているのは、相手も同じなのだ。
「ああ、もう、まどろっこしいわね!」
そのやり取りを見ていた教団員が、声を上げた。
「ちょっと二人共! こちらに来なさい!」
普段、世話になっている人の言葉である。
あなたとパートナーは渋々、彼女の前に足を進め。
「手を出しなさい」
言われたとおりに従うと、なんと二人の手首を、赤いリボンで結ばれてしまった。
「もういっそ、夜までそうして過ごしなさいよ。そうすれば仲直りせざるを得ないでしょう?」
さて、手首を結ばれてしまったあなたとパートナーは、この後どう過ごすのでしょうか。
仲直りはできるでしょうか。
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「天に輝くスピカがきれいね」
「うん、ただし、君にはかなわないけど」
「ぷー。なに、それ?」
パートナーのわざとらしいキザなセリフに思わず笑ってしまった。
「あたしたち、ゆるく天体を見るはずよね?」
「冗談だし。楽しければなんでもありということで」
目に見えるのは、満天の星空と、白い雪に覆われたアールプリス山脈。
ここは、「教皇国家アークソサエティ」内、農業に栄えるソレイユ地区。
山脈の麓にて。浄化師たちは芝生に寝っ転がり、春の夜空を楽しんでいる。
眼下の町では、祭りが行われていた。人々の声は届かないが、夜店の明かりや広場で燃える薪から熱狂が伝わってくる。
浄化師たちは観光客として休日を満喫していた。
きっかけは、初春のある日。山脈の麓にある町の観光協会が薔薇十字教団に連絡を取ってきたことだった。
「浄化師さんには日頃からお世話になってます。そこで、我が町で開かれる春の祭りにご招待したいのですが。ゆるゆるに天体観測でもお楽しみいただければ」
薔薇十字教団が参加希望者を募り、今に至る。
天に輝く星を見ながら、パートナーと語らう浄化師たち。のどかな休日を送っていた。
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アークソサエティの中心部から東南に位置する農業地区「ソレイユ」。農業地区らしく、自然豊かな特徴がある。この自然あふれる一帯に、綺麗な小川が流れているのであるが、そこは恋人や家族を中心に人気があると話題になっている。
季節は春本番。暖かくなり、涼しい場所で憩いを求める人間も増えてきた。
エクソシストになりたてである、あなたとパートナーは、これからの仕事を円滑にしたいと考えていた。そんな中、ソレイユの小川が季節的に訪れるのにちょうどいいという話を聞き、親睦を深めるためにも、小川に赴いていた。幸い、天気の良い日で、水は冷たくて気持ちがいい。小川の近くには農家があって、そこでチーズやビールが売られていた。どれも自然豊かな場所で作られた製品であるため、味は良いと評判である。あなたとパートナーは、ここで農産物を楽しみながら、小川で束の間の休日を満喫する。
小川を上流に上っていくと、小さな滝がある一帯があり、そこは「力の滝」と呼ばれている。その滝の水を飲むと、不思議と力が湧いてくる伝説があるのだ。あなたとパートナーは、これからの仕事が上手くいくようにと、力の滝へ行き、水を汲み飲んでみようという話になる。
小川は自然が豊かなため、大変滑りやすい。そのため、二人で協力しながら滝へ向かうといいだろう。小川を上流に上っていくほど、自然が濃く、木々の緑が深くなり、水の透明度も増していく。小川の自然を満喫するためにも、上流に上り、滝を見てみよう。滝を見るころには、二人の仲もそれなりに進展するだろう。
あなたとパートナーはエクソシストになってから、まだ時間が経っていない。ベリアルを討伐するためにも、二人の仲を高め、絆を深めるのは、今後の戦闘を進める上でも優位になるはずだ。親睦を深めるためには、やはり、一緒にいる時間を増やすのがいいだろう。そのために、ソレイユの小川を利用してもらいたい。二人の親睦が深まることを祈る。
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イースター。
それは4月1日から5月31日まで行われる大祭の1つ。
アンデッドが種族として認められたことを記念して始まったものだ。
このお祭りでは、アンデッドのことを想い2つのことが願われる。
「アンデッドとして蘇った君がまた死者に戻ったりしませんように。そして第二の生を末永く謳歌しますように」
死んだ筈の誰かがアンデッドとして復活したことの喜びを込めて、復活祭とも呼ばれていたりする。
それと同時に、春の訪れを祝うお祭りでもあった。
「寒い冬を乗り越えて春が来た。瑞々しい生命力が復活し、健やかにありますように」
そんな意味も込めて「実に復活!」と、まじないをかけるが如く挨拶を交わすのが風習になっていたりもする。
このお祭りは各地で行われいるのだが、そこでよく扱われるのが「卵」と「ウサギ」だ。
卵は、アンデッドの種族特徴である孔や新たに生まれ出る命を象徴するものとして使われる。
卵の殻を使った工芸品や料理など様々だ。
ウサギは、ぬいぐるみなどが扱われ、時には仮装をしたりする者も。
これはアンデッド人権運動の指導者が、ウサギのライカンスロープだったことに由来してのものだ。
そんなイースターが、リュミエールストリートでも行われていた。
教皇国家アークソサエティの中心部から、西に位置する大都市エトワール。
そのメインストリートであるリュミエールストリートには、さまざまなお店が立ち並び、それぞれイースターにちなんで催し物が。
早い! 安い! そこそこ! を売りにした大衆食堂「ボ・ナ・ベティ」では、イースター料理を食べ放題。
隠れ家的な雰囲気のカフェテリア「アモール」では、大人気のラテアートを、イースター仕様のウサギ模様に。
大手ファッションショップ「パリの風」では、ウサギの仮装衣装を大売り出し。
フリーマーケット「オルヴワル」では、イースターエッグやウサギのぬいぐるみといったイースターにちなんだ商品を、商人だけでなく市民も参加して売り買いに大賑わい。
飲み屋街「ボヌスワレ・ストリート」では、ブランデーをベースに卵黄を使用したエッグリキュールとチョコレートリキュールを組み合わせたカクテル「イースターエッグ」が振る舞われている。
そして子供はお断りなキャバレーが連なる「スターダスト・ルージュ」では、バニー姿になった女性と男性がもてなしてくれる。
とにもかくにも賑やかだ。
そんなリュミエールストリートで行われているイースターの催し物に、貴方達は参加することにしました。
大事なことはただ一つ、イースターを楽しむことです。
皆さんは、どう楽しまれますか?
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「お前ら今回の実戦演習は終焉の夜明け団を想定して行うからな。今回は自警団に所属する魔術師に頼んで来てもらった……って、おっかしいなー、もうマヌエルさん来てる筈なんだけど」
「まあまあ、少し準備が遅れているのかもしれません。今のうちに新人たちに心構えについて話しておかないと」
赤髪の青年浄化師が頭を掻きながら、ぼやく。それを優しげな風貌のパートナーである女性が宥める。
本日は新人浄化師の実戦演習が行われる日だった。
ベテランである喰人と祓魔人が同行し、新人達を教導することになっていた。
演習場所は、世界大戦「ロスト・アモール」時に放棄された防御拠点だ。薄暗い建物の内部は老朽化が進んでおり、澱んだ空気が肌にまとわりつく。かつての生活拠点として利用されていた広間には人がいた名残が亡霊のように残っている。
薔薇十字教団は成り立ての浄化師を戦いの場に駆り出すほど、万年人手不足なのだ。浄化師の才能は先天的なもので、むざむざ失うのは惜しい。
今年は例年よりも新人の数が多い。司令部の方でも使える人材を育てたいという意向もあり、今回の演習が行われることが決定した。
索敵の訓練も兼ねて敵役となる魔術師を新人達に倒させる予定だった。もちろんベテラン浄化師が教導する為にいるのだが、この訓練結果を上に報告するためにこの場に待機していた。
厳しい訓練ではあるが、本来リスクの少ない指令の筈だった。
「私たち浄化師が一定の身分と衣食住が保証されているのは、命を懸けて戦っているからです。悲しいことですが、浄化師である以上、戦いから逃れられません」
女性浄化師は新人達に語りかけるように声音で厳しい現実を叩きつける。
声が反響しやすい構造なのか、さほど大声を出していないのに、少し離れた場所で待機していたあなたたちにも声が届いた。
「それぞれ戦う理由があるのでしょう。私もかつてのパートナーは大切な幼なじみでした。彼は浄化師として生き、戦いの中で死にました」
悲しげに瞼を伏せる女性はしばらく沈黙した後、
「浄化師として生きる以上、時には大切なものを守るために重要な選択をしなければならない局面も来るでしょう」
それには覚悟が必要だ、と女性は告げる。
アブソリュートスペルに誓ったときに捧げた覚悟が。
誰もが女性の話を遮ることなく、パートナーである赤髪の青年も沈痛な面持ちで聞いている。
「浄化師はどんなときでも冷静な判断を下さなければなりません。その判断を間違えたときに失われるのは、自分の命か。他者の命です。……私は彼が死んだとき、冷静な判断などできませんでした。みなさんにはそういった後悔をしてほしくありません」
女性の穏やかで悲しみに満ちた口調に誰もが黙って話を聞いていた。
沈黙の満ちた広間。突如、別の男性の声が響く。
「今回はそのための実戦ですよ。きっと神の意志に触れることができる有意義な時間になるでしょうね」
「……マヌエルさん? 準備が終わったのか、なら――」
にこやかに笑いながら近づいてくるマヌエルに赤髪の青年が声をかける。マヌエルと呼ばれた男性はそのまま腰の剣の柄に手をかける。
視界が赤く染まる。
「あっ?」
剣に貫かれた青年浄化師が不思議そうな顔で自分の腹を見る。足下は彼の体から流れた血溜まりができていた。
青年浄化師の腹を貫いたまま、こちらにむかって優しく微笑みかける。
「これが実戦です。身を持って覚えなさい」
剣を持っていない方の手で眼鏡を元の位置に直すと、先ほどと変わらない表情で語りかける。
一瞬にして怒号と誰ともしれぬ悲鳴が響きわたり、突然起こった惨劇に誰もが冷静さを失う。
「冷静な判断が大事だと先輩が教えていたでしょう?」
先生が教え子を窘めるような口調に誰もが背筋に氷塊を落とされたような怖気が迸る。
そのまま貫いた剣を引き抜き、青年浄化師は地面に倒れ込んだ。
倒れた青年は虫の息だが、まだ生きている。
だが、誰も動けない。目の前には得体の知れない人間の形をした化け物がいる。未知への恐怖が一気に溢れ出し、全身が強張っていた。
その中で真っ先に動いたのは、女性浄化師だった。
「マヌエルさん、どうしてっ!?」
「『プリズン・ソーン』」
女性の足下に浮かんだ魔方陣から、茨が幾重にも生えるとあっという間に頑丈な檻に閉じこめられてしまう。女性は何とか出ようと両手杖で殴りつけるが、びくともしない。
「何をする気なの!?」
「すみませんね、あなた邪魔なんですよ。少し大人しくしていただけませんか。……『フォール・ディアブロリィ』」
炎のような魔力の光が発生すると、女性が重力に押しつぶされるように地面に叩きつけられる。
そのまま動かなくなった女性をマヌエルは何の感慨もなく見つめると、新人達の方を向き話しかけた。
「私もね、彼女のように大切な人を亡くしているんですよ。さあ、私たちは兄のように人生を精一杯生き抜き、最期の瞬間まで抗いながら安寧の死を受け入れなさい。私たちは罪を贖わなければなりません」
敬虔な神父のように優しく言い含めるその異様な姿は、完全に常軌を逸していた。どこにでもいる男性なのに、精神はここではない別の世界に棲んでいる住人だった。直感的に「あぶない」と思わせる尋常ではない目の色に誰もが気圧されていた。
「戦いこそが、私たちの生が充実している瞬間。そのときこそ神に与えられた命を返すのに最もふさわしい」
優美な風貌は血に濡れ、穏やかに語りかける内容は明らかにおかしい。
「神よ、罪深い我らにどうか救いを。神の思し召しのままに!」
天に召します父への賛美を高らかに謡う。
裏切りの魔術師は血に濡れた剣を構え、神父のように慈悲深く微笑んだ。
「その身を持って神に殉じなさい」
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