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教団本部室長室。
今回も今までと同じく、浄化師に関連する人物についての話し合いがされていた。
「広域連絡網の構築が終わりました」
ウボーの連絡を受け、ヨセフは返した。
「そうか。なら、浄化師の家族に何かあっても、即座に対応できる体制は整ったんだな」
「はい。これで本部から人員を割くことなく、緊急時に対処できます」
「分かった。ようやく、懸念無く戦えるようになったということだな」
ぎしりと、ヨセフは椅子に体をあずける。
息をつくような間を空けて、続けて言った。
「決戦の時は近い。デイムズも近い内に仕掛けて来るだろうし、そちらが終ればアレイスターを仕留める。アレが支配している守護天使を解放する手段も手に入れた。浄化師の諸君には、その時には全力を尽くして貰わねばならんが――」
浄化師達に少しでも報いるため、ヨセフは言った。
「戦いの前に、家族に会いたい者もいるだろう。そのための時間は作ろう」
そう言ったヨセフは、部屋にいる者の1人、マリエルに視線を向け呼び掛けた。
「どうした? 何か思うことがあるなら、言ってくれ。出来る限りのことはしよう」
これにマリエルは、小さく笑みを浮かべ返した。
「気になるっていうか……未来のことを、少し考えただけ」
「未来、か……」
「ええ」
決意を滲ませ、マリエルは言った。
「私は、カルタフィリスだから。きっと、この先もずっとずっと死ねないんだと思う。大好きな2人が、いつか寿命で居なくなっても、ずっとずっと」
愛する者を想いながら、マリエルは続ける。
「でもね、そうだとしても、私は一緒に生きたい。だって、2人のことが、大好きなんだもの。一緒に生きて、愛したい。そんな未来が、欲しいって思ったの」
そう言うと、小さく笑みを浮かべ言った。
「ごめんなさい。色々考えてたら、何だか纏まらなくて」
「いや、言いたいことは分かる」
ヨセフは静かに返した。
「俺も浄化師の諸君も、戦っているのは結局の所、未来が欲しいからだ。だが、未来を掴むためにも、過去と向き合わなければならない者もいる。今を生きる必要のある者もいる。最後の戦いが近付く中、それらを望む者の願いに応えなければならない。そのためにも、浄化師の諸君が望むように動いて欲しい。いつも手間を掛けるが、よろしく頼む」
ヨセフの頼みに、皆は応えた。
そんなやり取りがあった後、ある指令が出されました。
それは浄化師が家族に会えるよう、指令の形で便宜を図るので、希望者は申請して欲しいというものです。
それだけでなく、離れ離れになってしまった家族が居るのなら、その家族を探す手助けをしてくれます。
また、記憶を無くしたりなどで、家族のことが分からない場合は、その記憶を手繰ることから協力してくれるとの事でした。
他にも、今まで関連する指令に参加した者については、そこからさらに何かあれば尽力するとの事でした。
縁と絆を手繰る、この指令。
アナタ達は、どう動きますか?
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東方島国ニホン。その一地方都市であるキョウト。
そこへと通じる街道に、不穏な一団が集まっていた。
「キョウトを壊滅させます」
「おう、分かってるよ」
トウホク地方の反政府組織を束ねる芦屋道満は、ニホン植民地化の先兵であるグラバーに返した。
「俺達がキョウトに着くころにゃ、火の海に包まれてるから、そこをダメ押しで攻めるってこったな」
それはニホンを混乱に陥れるための先駆け。
地獄の一部と繋がっているキョウトを焼き討ちし住民を虐殺することで、キョウトの守護神である九尾の狐の八百万の神、玉藻を祟り神へと堕とす計画。
玉藻が祟り神になれば、キョウトは地獄との境が薄くなる。そうなれば地獄の瘴気が地上に溢れ、妖怪達は狂暴化するだろう。
今の幕府に、それらを制する力はない。そこに付け込んで、各地の反政府組織をたきつけ、ニホンの情勢を不穏にすることで植民地化へと繋げていく。
それを実現するため、すでにキョウトには300人近い手勢が潜んでいた。
今ここに居る一団。
グラバーの集めた、ならず者や終焉の夜明け団が500人。
そして、道満が率いる妖怪軍団300。
彼らはこれから、キョウトを目指し進軍するつもりだった。
「キョウトに潜伏してる奴らが動くのは、まだなんだよな」
「はい。我々の進軍に合せ動くよう指示を出しています。あと1時間ほどで動き出しますから、そろそろ我々も進軍を開始しましょう」
「おう、分かった。で、俺達は、どういう配置で動きゃ良いんだ? 一番乗りは、させてくれるんだよな」
「いえ、我々が先に進みます」
「はぁ? おいおい、手柄を横取りする気かよ」
「そういう事ではありません。現地に潜入させている者達を貴方は知りません。それは向こうも同じです。下手に貴方達が先に踏み込むと、同志討ちの危険があります。ですから、貴方達は殿をお願いします。恐らくキョウトの異変を知り、幕府や教団から兵が出て来るでしょう。そちらの対応をお願いします」
「マジかよ」
道満は眉を寄せながら返した。
「どうせなら楽な仕事の方が良いんだがよ。骨が折れるぜ」
「頼みますよ。そのために貴方を引き入れたんです。私達の国で安穏とした生活を手に入れたいなら、奮闘してください」
「へいへい、分かってるよ。せいぜい身を粉にして働くから、そっちも約束忘れんじゃねぇぞ」
「もちろんです」
グラバーは静かに頷きながら、心の中で罵倒する。
(馬鹿が。お前らはただの盾だ。せいぜい、我らを守れ。幕府と教団の犬どもとやり合って消耗した所で処分してやる)
敵対勢力と戦って疲弊している所に、背後から不意打ちを食らわせる。
それがグラバーの目論見だ。それを――
(分かり易いな)
グラバーから離れながら道満は思っていた。
トウホク地方の反政府勢力を取りまとめる道満は、その実、薔薇十字教団ニホン支部室長である安倍清明のパートナーであり、グラバーたちの思惑を挫くために侵入しているスパイである。
道満は懐から1枚の符を取り出し、誰にも見えない様、そして聞こえないように喋る。
「話は聞いてたな」
『はい』
符を介して、道満にしか聞こえないそれは、清明の声だ。
『キョウトの方は、アークソサエティの浄化師と、幕府からの派兵。それと神選組に任せています』
「なら、こっちの対応は?」
『私が率いる浄化師で対応します。真正面から進軍しますので、背後を突いて挟み撃ちにしましょう』
「分かった。わざわざ向こうが、やり易い配置にしてくれたんだ。1人も残さず平らげるぞ」
『勿論です』
その通信が終わると、ほどなくして、グラバー率いる一団と道満率いる妖怪軍団はキョウトに向け進み出した。
この状況を、指令を受けたアナタ達は知らされています。
その上で、対応を求められる場所は次の3つです。
ひとつ目は、キョウト殲滅に向かう一団の全滅。一団の後詰めには妖怪達が付いていますが、味方です。挟み撃ちにして、全員吹っ飛ばしましょう。
ふたつ目は、キョウトの焼き討ちのため、潜伏している放火犯を見つけ出し捕縛することです。
みっつ目は、キョウトの守護神である玉藻を祟り神に堕とすため、彼女の社の破壊と、周辺に住んでいる狐の妖怪やキョウト民を虐殺するために向かって来る一団の討伐です。
味方として、勇猛さで知られる真神武士団と、神選組が協力してくれるとの事です。
キョウトを、ひいてはニホンの平和のため、皆さんの力を貸して下さい。
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ブルーベルの丘の近くにある、星読みの祭壇。
その奥には、アルフ聖樹森の集落から浚った八百万の神『リシェ』が水晶に閉じ込められていた。
「うちにも、魔結晶を作り出す力があったらいいやろ。何故、うちにはその力がないんっちゃ……」
水晶を眺めていた『心象のブリジッタ』は、溢れ出る様々な感情を敢えて吐き出す。
夢の聖女であるプリムローズが、八百万の神『リシェ』を安楽死させる為には、相当に強力な力を秘めた魔結晶が必要だった。
強力な魔結晶を作り出した事で、ギガスは身体をごっそりと削り、一時的に弱体化していた。
(うちも協力するとは言ったけん。でも、何も出来なくてはがいい)
先程の出来事を振り返る度に、ブリジッタはもどかしさを感じている。
自らを責めてやまぬブリジッタに対して、ギガスは静かに諭した。
「主は自らを責める必要はない。主には、主にしか出来ぬ事があろう」
「なら、ギガス様が回復するまでの間、うちがギガス様の力になるっちゃ!」
ギガスは、苦しませずに殺す事を望んでいる。
だからこそ、安らかに死なせたいと願うプリムローズの想いに応える事も当然の帰結だった。
(うち、ギガス様のこと、好いとうけん。ギガス様の力になりとーと)
ブリジッタは、ギガスの力になれる事に心を弾ませていた。
●
薔薇十字教団本部の地下にある監獄内。
そこに、カタリナと縁の深いエレメンツの青年が収容されていた。
「カタリナ……」
エレメンツの青年――イヴルの溢れ出る想いは、滴となって目尻から零れ落ちる。
「イヴル様……」
その時、あなた達と一緒に、ドッペル達がそれぞれ姿を変えて牢獄に現れる。
皆一様に顔を青褪め、焦燥感に駆られていた。
「何をしにここに来た?」
「……イヴル様。リシェ様が……リシェ様が浚われました……」
イヴルの険のある物言いに、ドッペルの切迫した声が鉄格子越しに満ちる。
「リシェが浚われた……? どういう事だ?」
ドッペルの言は現実を伴って、イヴルの耳朶を震わせた。
「先日、アルフ聖樹森の集落で起きた出来事だ」
躊躇いを滲ませたイヴルを意識して、あなたは教団の指令部で聞かされた内容と報告書を踏まえて話す。
「サクリファイスの幹部の1人――プリムローズは恐らく、『ヴァルプルギス』一族の氏神となっている、八百万の神『リシェ』の死を望んでいるんだろう。実際に、リシェの集落は壊滅したという報告が上がっていた」
「――っ!!」
あなたが語った事実に、イヴルは悲しみと喪失感に打ちひしがれた。
「集落の調査に出向いたレヴェナントの話では、今回の件には3強の1人――最硬のギガスだけではなく、別の高位ベリアルが関わっているみたいなんだ」
話が進むにつれ、イヴルの表情に更なる陰りが増していく。
あなたが全てを話し終えた後、イヴルは絶望に染まった顔で肩を震わせていた。
(集落の人々は……もういないのか……)
あの日、新たな拠点として選んだリシェの集落。
互いの肩書きなど関係なく、イヴル達を温かく迎えてくれた集落の人々。
それが完全に喪われてしまったという現実を突き付けられて、イヴルの心が悲鳴を上げる。
だが、イヴルは今、囚われの身だ。
教団に対しての不信感は未だ強く根付いており、何よりギガスには自分の行動を助けてもらった恩がある。
「……リシェは、おまえ達、浄化師が助ければいい。私は囚われの身だ。何も出来ない。それに、ギガスには借りがある」
「イヴルさん。あなたが、あなたとして一番に願う事を聞かせて下さい」
意図的に視線を逸らしたイヴルに向けて、パートナーが語りかける。
「これが、リシェさんを救う最初で最後のチャンスかもしれないから……」
パートナーは一片の曇りもない眼差しで、踏ん切りのつかないイヴルに問う。
「君が、俺達の事を憎むのはわかる。だが、ドッペル達は、君と一緒にリシェを救いたいと望んでいるんだ」
「ドッペル達が……」
あなたの視線の先には、決意を込めた眼差しで――だけど、何かを期待するドッペル達の姿。
イヴルは拳を強く握り締め、あなたが語った一言一言を噛み締める。
「教団に居る、全てのドッペルさん達が、私達に懇願してきたんです。イヴルさんに、事の真相を伝えてほしい。その上で、イヴルさんの願いを出来る限り、聞き届けてほしいそうです」
「イヴル、君はどうする? このまま、ここに居るのか?」
パートナーの言葉を繋ぐように、あなたは真意を尋ねる。
(私は、リシェを守りたい。だが――)
イヴルの心は、一際切実で逼迫していた。
ただ座して迷うしかないイヴルに、パートナーは決定的な言葉を投げ掛ける。
「イヴルさん。あなたの心の中では、既に答えは決まっているのではないですか」
「――っ」
その言は熾火のように、確かにイヴルの心を焼く。
「ドッペル達は、君を信頼しているんだろう」
「だから、ここまで無理を強いて、あなたとの面会を望んだのだと思います」
あなたの言葉を繋げるように、パートナーは言った。
「どうか、ドッペルさん達の想いを無駄にしないで下さい」
「……私は、もう誰も失いたくない。別れなど認めない」
イヴルは迷いを振り切る口調で呟き、心中で決意を固めた。
「頼む。私にも、リシェを救う手助けをさせてほしい……」
「ああ、よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
イヴルの悲痛な申し出に、あなたとパートナーは嬉しそうに応えた。
●
「イヴル。君が一人で、ギガス達をアルフ聖樹森へ誘い出すのか?」
イヴルの発意に、あなたは少なからず、驚異の念を抱いていた。
監獄から出た後――。
面と向かってイヴルが口にしたのは、アルフ聖樹森への誘引。
あの地に居る守護天使『カチーナ』や、アルフ聖樹森に居る八百万の神のまとめ役である『テスカトリポカ』と『ケツァコアトル』の協力を得れば、ギガス達を弱体化させることが出来ると踏んだのだ。
「ああ。アルフ聖樹森に行けば、弱っているリシェを回復させる事も出来るはずだ」
「それは――」
あなたが内心で抱いた不安に答えるように、イヴルは話を再開する。
「私は、教団を信用していない」
イヴルはあなた達から視線を外し、あくまでも自身の見解を貫き通した。
「だが、ギガスに借りがあるように、おまえ達、浄化師にも借りがある。その借りを少しでも返したい」
「イヴル……」
あなたは胸の内の迷いを問うかのように、パートナーを掴む手に想いを込める。
「カタリナとの約束を果たす事が、私の生きる理由だった。その願いを叶えさせてくれたおまえ達には感謝している」
イヴルは自身の生き様を語った。
「私の事はこのまま、監視対象で構わない。不審な動きがあれば、即座に捕らえてほしい」
遠ざかっていくリシェの記憶を、イヴルは瞼を閉じて手繰り寄せてみる。
「それでも私は、リシェを救いたい。リシェに生きてほしい」
込み上げてくる苦いものと、絡みついてくる甘い感傷を振り払うようにして、イヴルは願いを乞う。
わだかまりも、澱みもない、その想いと決意がドッペル達を突き動かす。
「イヴル様」
その話を聞いたドッペル達は、コルク達や魔女達に力を貸してもらえるように各地に要請へと出向く事を願った。
心から発したドッペル達の願いは聞き届けられ、他の浄化師達と共に協力者を求めて各地へ赴いていく。
ドッペル達が各地に出向いている間に、あなた達はギガス達をアルフ聖樹森へ誘い出す事になるイヴルの監視と護衛、水晶に囚われているリシェの救出を行う事になった。
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機械都市マーデナクキス郊外。
都市の恩恵が届かない代わりに、統制も及ばない場所。
つまり荒れ果てている代わりに、国のあずかり知らぬ施設や集団があってもおかしくない場所だ。
そこで人形遣いは、伝葉を使った宣戦布告を行った。
「マーデナクキスを蹂躙しようと思います」
いま人形遣いは、一枚の葉っぱを手に喋っている。
手に持っている葉っぱが、離れた相手と話が出来る魔法植物を用いた伝葉だ。
それは少し前、マーデナクキスで支援している奴隷商人が浄化師により壊滅させられた時に手に入れたもの。
本来は、人形遣いの居場所を探るために仕込もうとしたものだが、それに気付いた人形遣いは逆に利用している。
「数日以内には決行しますから、今から準備をして下さい」
『……それを私達に伝える意味は何かね?』
伝葉の通信相手が尋ねる。
相手の名前はオッペンハイマー。
政府とは別の、外国勢力との戦いに備え組織された集団のトップだ。
以前は、思うように動けない政府と敵対一歩手前の状況ではあったが、浄化師達との対話の後、水面下で協力関係を結び始めている。
その一環として、ニホンから提供された伝葉の木を使った広域情報通信機構。
それをマーデナクキス全土に張り巡らせ始めた矢先に、人形遣いが連絡を取って来たのだ。
「遊び相手は、多い方が良いですからねぇ」
にちゃりと、ねとついた声で人形遣いは言った。
「浄化師の皆さんも宴に招待したいと思ったのですが、私は慎み深いので。直接招待状を渡すなど、恥ずかしくて出来ないのですよ。だから貴方達に、招いて欲しいと思いましてねぇ」
楽しげな人形遣いの言葉に、オッペンハイマーは静かに応えた。
『ここ数日、マーデナクキス内で不穏な動きがある。そちらから私達の目を逸らすのが目的かね?』
「おやおや、素晴らしい。気付いていましたか」
『君は芝居が下手だな。いや、隠す気も無いだけか。いま確信したよ。マーデナクキス内で武器をバラ撒いていたのは君達だね』
「もちろん。求められるだけ、差し上げましたとも」
『……与えるだけ与えて、そのあとは放置しているんだね。暴発する時期の調整は、しているようだが』
「正解です。そろそろ破裂しそうなぐらいには、内圧が高まってそうですからねぇ。それに合わせてこちらも動こうと思ったのですよ」
楽しげに人形遣いは笑う。
格差が大きく社会不安と不満が高いマーデナクキス内に武器をバラ撒き、不安と不満の行先を政府へと向けさせ、あとは自然と暴動へと繋がるまで待ち続ける。
自分達の人的資源は極力消費せずに、マーデナクキスというひとつの国を混乱へと落そうとしていた。
「最早彼らは、私達が何もせずとも死と破壊をバラ撒いてくれるでしょう。そうなれば、あとは刈り取るだけです」
『君達は収穫人というわけかね。ならば、その邪魔となる浄化師を呼ぶ必要はないだろう』
「とんでもない。大いにありますとも」
人形遣いは、心外だというように返した。
「先程も言ったじゃないですか。遊び相手は多い方が良いと」
『……正気かね?』
「はははっ、そこで『本気か?』と訊かない辺り、貴方もこちら側ですよ」
『否定はしない。だが私は君と違い、大切な人も、大切なものもある。君ほど振り切れていると思われているなら、心から訂正を求める』
「ふふ、それは残念です。どうやら貴方と私は重ならないようだ。では、この辺りで。さようなら」
人形遣いは、一方的に通信を行い、一方的に言いたいことだけ言うと、一方的に通信を切った。
その後、人形遣いの言葉を無視するわけにもいかず、オッペンハイマーは国王であるエアに連絡。
エアは即座に、教団本部のヨセフ室長に事態を伝え、すぐさま現地に浄化師が派遣された。
その数日後、マーデナクキス内で多発的な暴動が発生する中、マーデナクキス郊外に終焉の夜明け団500人の集団が居た。
「準備整いました。人形遣い様」
「そうですか」
少女姿の人形遣いが、終焉の夜明け団を率いる男から報告を受ける。
「いつでもマーデナクキス内に進攻できます」
「でしょうね。ですが、お客がまだ揃っていません。まだ待ちなさい」
「……どういうことですか?」
訝しそうに男が尋ねると、そこに部下からの連絡が入る。
「伝令! こちらに向かって来る一団があります! おそらく浄化師です!」
「おやおや、ようやくお客が来ましたか」
にこやかに言った人形遣いに、男が返す。
「何を言ってるんです……まさか、我々がここに居ることを浄化師に伝えたのですか!」
「ええ。招待状を出しておきました」
「どういうつもりです! ここで我々と浄化師を戦わせるつもりですか!」
「いいえ、違いますよ」
笑顔で人形遣いは応えた。
「貴方達は、もうひとりのお客を呼ぶための餌です」
「何を――」
男が問いただそうとするより早く、雷轟が響いた。
同時に吹っ飛ぶ終焉の夜明け団。
「来ましたか」
楽しげに見詰める人形遣いの先に居たのは、1体のべリアル。
手に戦鎚を持った彼の名は、最強のトール。
最も優れた3体のべリアルのひとつ。
「クソ共が。雁首揃えて居やがるじゃねぇか。ぶっ殺す」
そして虐殺が始まる。
次々圧倒的な力で殺戮するトールに、終焉の夜明け団は必死に反撃する。
「はっ、いいぞ。やるじゃねぇか」
反撃されたトールは、嬉しそうな笑みを浮かべ言った。
「俺が与える死の形は尊厳死! 死にたくなけりゃ抗え! 抗って抗って、俺という死を乗り越えてみせろ!」
逃げ惑うのではなく、戦うことを選んだ終焉の夜明け団に、トールは嬉々として戦う。
そこに突然、空を覆う巨大な魔方陣が現れる。
茶色と緑色のそれは、アルフ聖樹森の守護天使カチーナと、マーデナクキスの守護天使ジェロニモ、2人掛かりの二重結界。
並のべリアルなら吹き飛ぶほどの重圧。それを――
「なっっっめるなああああっ!」
トールは吠えるような絶叫と共に耐える。
肩甲骨周辺の肉が裂けたかと思えば、そこから3対6枚の漆黒の羽を生やし、守護天使の力に抵抗した。
「なるほど。べリアルの行き着く果ては死告天使ですか」
興味深げに観察する人形遣いに、男は言った。
「何を言ってるんです! このままではアレに殺されます!」
「それが貴方達の役割です」
にこやかに人形遣いは言った。
「貴方達が死ねば死ぬほど、アークソサエティの国土魔方陣に、貴方達の寿命分の魔力が充填されるようになってるんです。死んで貰った方が、お得なんですよ」
「ふざっ――」
「本気ですよ?」
人形遣いは、男の腹を腕で貫き言った。
「貴方達は餌。いま暴れているべリアルは純然たる邪魔ですが、ここに来る浄化師がどうにかしてくれるでしょう。一番良いのは共倒れですが、さて?」
腹を貫かれ瀕死の男を蹴り飛ばし、竜の翼を背中から生やした人形遣いは、空に飛び上がりながら言った。
「文字通り、高みの見物をさせて貰いましょう。貴方はそこで、部下が死に続けるのを見ていなさい。死ぬまで、ね」
そう言うと人形遣いは、攻撃の届かない上空まで飛び上がった。
この状況に、アナタ達は遭遇しています。
数百の終焉の夜明け団と、彼らを殺そうとしている最強のトール。
この中でアナタ達は、どう動きますか?
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「ほう、これはこれは。皆様、なかなかに良いお顔でありんすなぁ」
大きな虹色の双翼が、パチリパチリと雷粉を散らす。雅な衣装を上品に着流して、優雅に煙管をくゆらす彼女は、艶やかな声でそう言った。
◆
その日、薔薇十字教団本部の上空を大きな雷雲が覆った。
奇妙な雲だった。そりゃあ、もう。
何せ、覆ったのは本当に本部の真上だけ。他のアークソサエティ全域は、雲一つない青空だったのだから。
この手の現象は大概……と言うか、確実にろくでもない事件の前兆である。ついでに言えば、強力多重の防御結界に守られる本部に易々と接近する存在。控えめに言って、『普通じゃない』。
この間のエリニュスの件を忘れた者なぞ、浄化師には一人もいない。ちなみに、自慢の結界を素通りされた担当の魔女達は、プライド崩壊の果てにやさぐれして朝まで飲んだくれた。多分、今夜もそうなる。彼女達の肝機能が心配。
はてさて。
今度出るのは鬼か蛇か。はたまたもっと厄介なモノか。皆が息を飲んで見上げる中、果たしてソレは起こった。
大音響と共に堕ちる雷光一閃。不自然な軌道の先に飛び込んだのは。本館の一室。
アレ? あそこって……。
一斉に青くなる浄化師及び関係者。途端、その不安を裏付ける様に鳴り響く鐘の音。
緊急招集の合図。
泡を食って駆け出す皆さん。這う這うの体で辿り着いたのは、先の雷光が飛び込んだ部屋の前。
『室長室』。
戦闘の者が、警戒しつつも急いでドアを開ける。急いた者達が、制する者達を振り切って飛び込む。
途端――。
「おやおや。威勢が良いでありんすねぇ」
そんな声と共に、舞って飛んだ雷帯が飛び込んだ者達を叩き伏せる。倒れる仲間を見て、他の者達も次々と飛び込むが、やっぱり軒並み薙ぎ払われる。
「キリがないでありんすなぁ。少し、落ち着くが宜しいかと」
「そうだ。皆、落ち着け」
呆れ声の後に、続いた声。嫌と言うほど聞き慣れたそれに、皆の足がピタリと止まる。
目の前には、卓に付き苦い顔をしている薔薇十字教団本部室長・『ヨセフ・アークライト』と、彼にしなだれかかる様にして笑っている見知らぬ女性。否、『女性』と言う表現すらどの様なモノか。
その背に生えた大翼。放つ神気。あからさまに、人ではない。
誰かが、『何者だ?』と問うと、彼女は妖艶な笑顔を浮かべてこれに返す。
「これはこれは、失礼を。わっち は『アディティ』と申しんす 。どうぞ、よろしく お願いしんす 」
――アディティ――。
少なからぬ者が、知る名だった。
伝承に。そして、数多の神と教団の橋渡しの旅を続ける同胞が伝えた名。
息を呑む皆の様子に、クスリと笑うアディティ。
「素直でよろしい事でありんす。お可愛い部下さん達で、幸せですなぁ。旦那はん」
「……部下を褒めてくれるのは有難いが、そうベタベタしないでくれないか?」
アディティの豊かな胸を頭に押し付けられたヨセフが、憮然とした顔で言う。
「おや? まだお若いでしょうに。もう枯れてありんすか?」
「パチパチパチパチ痺れてる状態で、そんな気になると思うか?」
「おっと、これは御免なんし」
そう言って、彼にしなだれていた身体を話す。パチパチと雷紛を散らしながら、扇子で口元を覆って哂うアディティ。わざとである。絶対。
「残念ですなぁ。思ったより良い男故、対価にいただこうかと思いんしたが」
「対価? お前との、契りの対価か?」
尋ねる言葉に、今度は酷く妖艶に笑む。
「然様。約定も取り付けてありんすよ? あの先駆けのお二人。ちょいとイキんした様子の銀髪娘と、エライ猪突猛進な朱毛の小僧っ娘」
「……セルシアとカレナか?」
「ああ、そう言いんしたな。ええ、その者らが、ハッキリ言いました故。対価はなんなりと、旦那はんからいただけと」
皆の間に走る、緊張と動揺。
「慌てるな」
浮き足立とうとする皆を宥める様に、ヨセフが言う。
「俺が、そう言えと指示した。何の問題もない」
静まり返る、皆。それを確認すると、ヨセフは改めてアディティに告げる。
「人間(俺達)が創造神に打ち勝つには、高位八百万(お前達)の力が必要だ。その為ならば、贄でも愛玩動物でも喜んでなってやろう。ただし、事が全て済んでからの話だがな」
毅然と言い切るヨセフを眺め、苦笑する彼女。
「おやおや。思いの外、猛しいお人でありんすなぁ。これは、迂闊に囲えば首根っこ咬み切られそうでありんす」
『それもまた、一興でありんすが』などと言いながら、アディティは続ける。
「いいでありんしょう。その件は、一旦棚上げとしんす。此度来たるは、別用でありんすし」
「別用とは?」
「契り」
ヨセフの問いにさらっと返して、朱で粧した眼差しを流す。先には、固唾を飲んで見守る浄化師達。
「何、大方の話は先駆け二人と先だってのエリニュスさんの一件で片付いてありんす。大層な事、面倒な事は致しんせん。ただ……」
艶がかっていた声。一瞬だけ、鋭くなる。
「事が事故、肝は改めて据えて貰おうと思いまして」
瞬間、大きく広がる虹色の翼。空間の限りを超えて、浄化師全員を包む。
「少々、お借りしんす」
「ちゃんと、返せよ」
「ご心配なく」
短いやり取り。そして、声が皆を向く。
「では、まいりんす」
羽ばたく気配。浮かび上がる、感覚。
「なれ様方が、『背負うモノ』を見る旅へ」
皆の意識を抱いて、天に上る羽風。
遠くて短い、天津神の旅が始まる。
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「……次は汝が行くか? 我が友の子よ」
大陸は北。白氷の大地、ノルウェンディ。その空を覆う雲の中。不可思議な空間。隠里世(かくりよ)と呼ばれる神域の中で、二つの影が向かい合っていた。
一つは逞しい巨躯。全身を白銀の鎧で覆った戦士。
一つは幼く小さい。龍の翼を負い、七色の宝珠に守られる少女。
白銀の戦士。『軍神・オーディン』は、重ねて問う。
「汝が選びし取りし権能は、違う事なく凄まじきもの。確かなる縁(えにし)を結べば、かの者達にとって至上の加護の一つとなろう」
ニッコリと笑う少女。嬉しそう。
「それで、契りの術は如何様に致すのか?」
聞いた少女。後ろに両手を回してゴソゴソ。取り出したのは、デッカイ瓶。中には、蜂蜜色に輝くトロリとした液体がなみなみと。ってか、どっから出した?
で、それを見たオーディン。何と言うか、複雑な顔をする。フルフェイスの兜の上からでも分かる。露骨に、分かる。
「……やはり、使うのか? 『ソレ』を……」
少女、言われて少し悲しそうな顔をする。
「あ、いや……まぁ、命に障りがないのであれば、やぶさかではない……が……」
何か不穏な言葉を混ぜつつ、取り繕うオーディン。畏怖と崇拝を集める軍神も、泣く子には勝てないらしい。
聞いて、笑顔に戻る少女。またどっかから取り出した杯に瓶の中身をトクトク注ぐと、オーディンに差し出す。
『飲め』と言っているらしい。
強張るオーディンの顔。つくづく、情報伝達機能に優れた兜である。彼の権能なんだろうか?
「いや……今はその……気分ではなくてな……」
誤魔化すオーディン。真剣に嫌そう……と言うか、ビビってる?
凄く残念そうな顔をする少女。でも、無理強いはしない。素直に杯を宙に置く。
『後で飲んで』と言う事らしい。『心得た』と頷く軍神様。何か、思いっきりホッとしている。
少女がお辞儀を一つして、クルリと背を向ける。
「行くか?」
振り向いて、頷く。
「創造神の権能に及ぶ可能性がある汝を、疎ましく思う輩もいる。何かあれば、呼べ。我のみならず、必ずや誰かが駆け付けよう」
ニコニコ笑って、また頷く。感謝する様に飛び交う、六色の宝珠。
「気を付けて行くがいい。『シャオマナ』」
名を呼ばれた事が、嬉しいのか。パタパタと羽が動く。尻尾が揺れる。
大きく手を振ると、囲む宝珠が光る。眩い光が消えると共に、少女の姿もまた。
――『太陽の命姫(みことひめ)・シャオマナ』……か――。
「うむ。かの人の子らから頂いた名を、綴り合せたそうだ」
背後から聞こえた声に、振り返りもせずに答える。
――良いのか――?
後ろに立つオーディン(彼)の同士、『神馬・スレイプニル』が問う。
「何がだ?」
――八百万が人に真名を賜る等、前代未聞だ。真名の掌握は、そのまま存在概念の掌握。良い様に、利用される可能性がある。まして、あの者は――。
「杞憂だ」
相棒の懸念を、軍神は一笑に付す。
「それを望んだのは、あの者だけではない。母にして我が友、『アジ・ダハーカ』と兄たる息子も願っての事だ」
――………――。
「我は、信じても良いと思うのだ。憎悪と復讐の願いに壊れた我が友の魂を、見事救ったかの者達の心を。神(我ら)が成せなかった事、成して見せた想いの力を。それに……」
――それに――?
「シャオマナ(あの者)は、すでに己の存在定義を成している。自分に名を与えた者達が歪んだ時は、己が『神核』を破壊し、魂魄残さず無に還る定義をな」
――……然様か――。
『――全く、人とはどちらに向いても罪深きモノだ――』
そんな事を思って苦笑したスレイプニルが、ふと視線を移す。そこには、シャオマナの杯が宙に置かれたまま。満たされたのは、華の様な香を放つ黄金の液体。
――で、此れは何なのだ――?
「ああ、それか。『甘光(かんびつ)』だ。シャオマナが権能で醸したモノでな。命の劣化を防ぎ、寿命を延ばす効果がある」
――ほう。生じて間もないのに、その様なモノが醸せるか。流石と言おうか……――。
「例の者達との契りの盃に、使うのだそうだ」
――成程。人の身には、ありがたかろう。内容が甘いは、仕方のない事か――。
その言葉を聞いたオーディンが、妙な顔をする。気づいたスレイプニルも、怪訝な顔をする。
――如何した? 同胞よ――。
「いや、多分……甘くはないぞ? いや、甘いと言わば『甘い』のだが……」
ちょっと、何言ってるか分からない。
当然、スレイプニル様も。
――……何を言っているのだ――?
しばし、考え込んだオーディン様。その末に、相棒に促す。
「……飲んでみよ……」
示すのは、件の液体が入った杯。
――はて――?
首を傾げつつ、口をつける。
ゴクン。
途端――。
ブッフォ!!!
盛大に吹き出して、ぶっ倒れた。
そのまま白目を向き、ブクブク泡を吹いてビクンビクンと痙攣する。
……何か、真面目にやばそう。
「破呪」
オーディンがグングニルの穂先で叩くと、ハッと目を開いて起き上がるスレイプニル。
ああ、良かった。
「どうであった?」
ゼエゼエと、黄泉路を駆け戻ってきた様な形相で息を吐くスレイプニル様。戦慄く声で、言う。
――あ、甘い……現世界線の如何なる言語を持ってしても、言い表せぬ程に……――!!!!!
「我も、一度口にして神核が割れかけた……」
恐怖と畏怖に震える相棒にそう明かし、オーディンは目を遠くに向ける。
ちなみに、『神核』と言うのは八百万の神の心臓みたいなモンである。
つまり、『死にかけた』。
何ソレ怖い。
――こ、コレを……あの者達に……人間(ひと)に飲ませるだと……――!!??
咄嗟に走り出すスレイプニルの尻尾を掴んで止める、オーディン様。
行動、読んでたらしい。
――放せ! 同胞――!
「止めておけ」
――あの者達が、死ぬぞ! 間違いなく――!!
まあ、神様が死にかけるんだから。人間が生き残れる道理は、ない。どう考えても、ない。もし生き残ったら、それはすでに神を超越した『未知の超越存在X』である。
そんなんいるんだったら、直接創造神にけしかけた方が早く片が付くだろう。今までに積み上げてきた色々なモノが、全部滅茶苦茶になるが。
「大丈夫だ。問題ない」
――お前、馬鹿なの――?
真顔で返すスレイプニル。
怒りもしない、オーディン様。そう言われるの、分かってたんだろう。
「シャオマナ(アレ)が創造したモノである以上、命あるモノに害を為す事はない。そういう定義の元に、『アレ』は生まれたのだから」
――いや、実際死にかけたんだけど――?
「我らは同じ位相に存在する神。『アレ』の定義の外の存在だ。故に、『ダイレクト』に食らったに過ぎん」
――……そう言う、モノなのか……――?
「そうだ」
言い切られちゃ、それ以上反論してもしょうがない。大体、やった所で体育会系二人(?)。最終的にリアルファイトに発展するのは自明の理である。軍人と馬だし。
しかし、スレイプニルは聞いた。オーディンが。
「……『ワイルドハント』が、増えるかもしれんな……」
などと呟いたのを。
正味、ドタマ蹴り割ったろうかとも思ったが、やっぱり不毛なので止めた。
口が甘味で痺れている。
激辛の、大根食べたい。
太陽の命姫はウキウキしながら進む。
大事な友達。皆、喜んでくれるかな?
純粋な心に無垢の好意を抱き、向かう先は教団本部。
阿鼻叫喚の午後が、始まる。
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虚栄の孤島。
教皇国家アークソサエティ「ルネサンス」内、『ローゼズヘブン』のすぐ隣に存在する島だ。
かつては小国として栄えていたが、今では衰退し見る影もない。
荒れ果てた廃墟が広がるものの、庭園などには草花が美しく咲き誇り、野生動物の棲む楽園にもなっている。
そして島全体に無数の魔法によるトラップが存在し、島ひとつがダンジョンとして認定されていた。
それが少し前の虚栄の孤島である。
しかし今は違った。
王族の末裔である少女、王女メアリー・スチュアートを象徴に国の復興が行われている。
浄化師の協力もあり、国民である魔女の助けも借り、かなりの速さで進んでいた。
そんな虚栄の孤島の中央。
改修中の王城の主である、王女メアリーの部屋。
そこでメアリーは、嬉しそうに窓を磨いていた。
「よいしょ、よいしょ」
まだ10歳のメアリーは、背が低いので椅子を足場に窓を磨いている。
磨いている彼女は笑顔だ。
大切そうに、窓枠を磨いている。そこに――
「姫さま」
メアリーの侍女であるエルリアが声を掛けた。
「いけません。姫さまが窓掃除なんてしていたら、威厳が無くなってしまいます」
「……だって」
メアリーは、近付いて来たエルリアに、上目づかいで返す。
「お部屋、綺麗にして貰ったし。みんなも、頑張ってるし。私も、何かしたい」
メアリーの言葉に、エルリアは微笑ましげに眼を細める。
そして優しい声で言った。
「お部屋、綺麗にして貰いましたものね」
エルリアの言葉に、メアリーは顔を輝かせる。
「うん! かわいくして貰ったの!」
メアリーの言葉通り、少し前までは必要最低限の物しかなかった部屋が、女の子の部屋らしい可愛らしい内装になっている。
それは少し前、浄化師達が島の開拓を手伝ってくれたのだが、その時にメアリーの部屋の内装も手を加えてくれたのだ。
それが嬉しかったメアリーは、部屋を宝物のように、空いた時間があれば掃除していた。
満面の笑顔を浮かべるメアリーに、エルリアも笑みを浮かべながら言った。
「嬉しかったんですね、姫さま。でも、お部屋の掃除は、私に任せて下さい」
「ん……でも……だめ?」
信頼し、甘えるように尋ねるメアリーに、エルリアは苦笑するように応えた。
「なら、今だけ、一緒にしましょう。でも、部屋を綺麗にしたら、お勉強しないといけませんよ」
「うん! 分かった!」
笑顔を浮かべるメアリーに、笑顔で応えるエルリアだった。
そして部屋の掃除をして、終わる頃。
窓の外から庭が見えたエルリアは、剣の師であり、保護者ともいえるヴァーミリオンを見つける。
彼は庭に植えられた白い花を見詰めていた。
「ヴァーミリオンのおじちゃん、どうかしたのかな?」
いつもと違う、どこか感慨深い雰囲気を漂わせているヴァーミリオンに、メアリーは小首を傾げる。
同じように小首を傾げていたエルリアは応えた。
「なんでしょう? 珍しく、たそがれてるみたいですね」
そう言うと、メアリーに顔を向け続けて言った。
「気になるので、声を掛けてきますね。そのあと、おやつを持ってきますから、待ってて下さいね」
「やったー」
喜ぶメアリーに、侍女としてエレノアは続ける。
「しばらく掛かりますから、その間に姫さまは、お勉強をしておいて下さい」
「はーい」
元気に応え机に向かうメアリー。
そして庭に行ったエルリアは、ヴァーミリオンに声を掛けた。
「その花、気になるんですか?」
「ん? まぁな」
ヴァーミリオンは、白い花を見ながら言った。
「じぃさんの故郷の……シャドウ・ガルテンに咲く花に似てるかもしれないと思ってな。まぁ、あれは国の外に持ち出すどころか、摘み取ることすら出来ない花らしいから、実際は違うんだろうが」
「……行ってみたらどうですか?」
エルリアの言葉に、ヴァーミリオンは肩を竦めるように応える。
「その気はねぇよ。別に俺の故郷じゃないしな」
「でも、気にはなるんでしょう?」
「暇がねぇ。代わりにお前が見に行くか? 良い男でも見つけたら、ハネムーンで行けばいい。旅費ぐらい出してやるぞ」
「……相手が居ません」
ヴァーミリオンを見詰めたあと、エルリアは言った。
「私はここに残ります」
「……戦場になるぞ、ここは」
「分かってます」
何度か繰り返した話を2人はした。
「私の居場所は、姫さまと……オクトです。1人で逃げ出すような真似は出来ません」
「逃げる訳じゃねぇだろ。ちょっと避難するだけだ。それに何かあった時の逃げ場所は作っておいた方が良い。お前にゃ、そっちの方に回って欲しいんだがな」
「嫌です」
「……ったく、相変わらず頑固だな。家族とも会えたんだ。お前はもう、自分が幸せになることだけ考えてりゃ良いんだよ」
「それよりも大事なものがあります」
決して譲らぬエルリアに、ヴァーミリオンは苦笑する様に、ぽんっとエルリアの頭に手を置く。
「そう言うな。姫さまも俺も、お前のことが大事なんだ。生き残ってくれる方が、嬉しいんだからよ」
「……子ども扱いは止めて下さい。もう、昔とは違うんですから」
「はははっ、そういうこと言う内は、まだまだ若ぇ証拠だ。心配すんな、お前は十分に大人だよ」
そう言うとヴァーミリオンは、その場を離れようとする。
「どこに行かれるんですか?」
エルリアの呼び掛けに、ヴァーミリオンは応えた。
「他の場所を回ろうと思ってな。だいぶ開拓が進んだ所もあるが、まだの場所もある。状況をまとめて、また教団に協力要請を出すつもりだ」
「なら、私も手伝います」
「そりゃ助かるが、姫さまの所に行かなくて良いのか?」
「もちろん、姫さまにおやつを持って行ってからです。後で合流します」
「おう、任せる」
そんな日常があった数日後、教団に指令が出されました。
内容は、虚栄の孤島の開拓を手伝って欲しいという内容です。
以前にも、浄化師は島の開拓を手伝っていることもあり、かなり進展しているとの事ですが、それをさらに広げるために手伝って欲しいとのこと。
この指令を受け、アナタ達は――?
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「我(わ)は浄化師と契約をしようと思う」
「待て、唐突過ぎて話が見えん」
島国ニホン、フクシマ藩。
抜けるような青い空。沸き立つような白い雲。青々とした山の稜線と裾野に広がる沼地の水芭蕉。
こんもりとした巨大苔のような神木の下、古びた社の縁側に座った二つの影が同時に茶を啜った。
伸びた枝葉のような髪。千草と朽葉の色を重ねた大袖の着物。
いつでも眠っているかのように瞳を閉じているこの麗人こそ、フクシマ藩に住まう八百万が一柱。ミズナラである。
「以前、洞窟に夜明け団が棲みついた事があったろう」
「ああ、あの時は世話になった」
ミズナラの隣に座るのは縮れ毛の大鬼。巨躯に似合わぬ繊細な手付きで茶の入った椀を空にした。
「我は何もしておらん。とにかく、その時浄化師たちに言うたのだ。力を貸すと」
「ほぉう。で、今がその時って訳かい」
小さくミズナラは首肯する。
「しかし試練の内容に悩んでおる。『汝らの力を見せよ。さすれば我の力を貸してやる』というのも、我らしくあるまい。ゆえに汝に知恵を借りようと呼びつけたわけだ」
「ははぁ、そいつは困った相談だ。俺も世話になった身なんでね、正直何もせず力を貸してやりてぇ」
「……そうか。そうであろうな」
ミズナラは長い長い溜息をついた。
「ん、どうした。雨降小僧?」
鬼の目の前には傘をかぶった小さな鬼が一匹、箒を片手に立っていた。
「洞窟の掃除を頼む? それでは試練にならねえぞ」
「いや、それは良いかもしれぬ。雨降小僧、よくやったな。褒美に飴をやろう」
鬼の住む鍾乳洞は自然の迷宮である。
中には放置された数多の祭具が転がっており、中には付喪神と化したモノも居るという事だ。
その総数は大家である鬼も把握しておらず「またチビが増えたか?」という程度である。
「闇に潜んだ悪ガキの相手をしつつ、洞窟の中に放置された祭具やら自然やらをできるだけ整えて欲しい」というのが試練らしい。
「雨降小僧や狐火などは久しぶりにかくれんぼができると大喜びでな。見つけてやれば満足するだろう、あとは上手く使ってやれ」
「終わったら昼餉にしよう。何が食べたい? 西瓜も冷やし飴もあるから頑張ってくれ」
「遭難に気をつけろよ」
ミズナラと鬼は並んで竹箒を手渡してきた。
浄化師とは。そして契約とは一体何なのか。
その謎をつきとめるべく、浄化師たちは洞窟の奥へと向かった――。
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虚栄の孤島。
かつて島ひとつが丸ごとダンジョン認定されていた場所ではあるが、今は開拓が始まり、危険な場所は少なくなっている。
しかし西部にある『試練の塔』と呼ばれる場所は違った。
真四角でまっすぐに伸びる煙突のような外観の塔の内部には、外から見て分かる以上の広さと高さがあり、様々な魔法のトラップと、無数のゴーレムが侵入を拒んでいる。
といっても、命に関わるようなことは起きないので、まるでわざと侵入させ、入った者を鍛えるような場所であった。
そんな場所を造った魔法使い、魔女メフィストは、縄で縛られて連れて来られていた。
「酷くないですかー」
「逃げるからでしょ」
メフィストの言葉に、娘であるセパルは返した。
「ここの攻略するから手を貸せってヨセフくんに言われてたのに、のらりくらり逃げ回ってるからでしょ」
「おーう。そんなこと言われましてもー。私は私で、色々と忙しかったのですよー」
そう言うとメフィストは、ぬるりと縄を抜け出し、続けて言った。
「ハデスに捕まってデスマーチさせられてましたしー。というわけで、さよならでーグェ」
首元を掴まれ、くぐもった声を上げるメフィスト。
「逃げてどうすんの」
ため息をつきながら捕まえるセパル。
そこに、一緒に来ていた2人が、間を取り持つように声を掛けた。
「セパル、それぐらいにしといた方が良いわよ」
「メフィストさまも、娘(セパル)で遊ぶのはそれぐらいにしといてください」
セレナとウボーの2人は、そう言いながらメフィストを囲む。
「のーう。逃げ道ないでーす」
「逃がす気はないです。それより、ここの塔の最上階をクリアすれば、ダヌ様に会えるというのは本当ですか?」
ウボーの問い掛けに、メフィストは応える。
「会えますよー。それと、契約することも出来るようになりまーす」
「契約というと、少し前に教団に契約の儀式を行った、エリニュス様の物と同じですか?」
セレナの質問に、メフィストは返す。
「そうでーす。試練の塔に訪れた者の内、契約する資格のある者を見極め、執り行えるようになっていましたー」
「なんでそんな面倒なことしてるわけ?」
セパルの疑問にメフィストは応える。
「ダヌと契約できると、アークソサエティの守護天使を解放する手段を手に入れられるのでー、人を選ぶ必要があったのでーす」
メフィストの話を纏めると、次のような内容だった。
試練の塔の最上階をクリアすると、大樹の女神ダヌと契約することが出来る。
現在ダヌは、アレイスターに支配されている守護天使を解放するための力を蓄えるため、眠りについている。
最上階をクリアすれば、ダヌを起こして契約することが出来る。
試練の塔は、ダヌと契約できる者を選定するための場であると同時に、アレイスターと戦える者を鍛えるための場でもあった。
塔の内部は、塔の分身であるゴーレムにより管理されており、最上階をクリアするためには、最強のゴーレムを倒す必要がある。
「というわけなのですよー」
話を聞いた3人は、早速塔の中に入りクリアしようとした。が――
「あーっ」
「またか」
「いつものことね」
塔の中に入るなり落とし穴に落っことされた。
「なんでさー!」
落とし穴から這い上がり、セレナとウボーと共に塔の入口に戻ってきたセパルはメフィストに詰め寄る。
「毎回毎回、なんでボク達だけ落とし穴に落とされるのさ!」
「そういう仕組みで造ったからでーす」
「なんでさー!」
「セっちゃんの呆れる顔が見たかったからでーす」
「よし埋めよう」
「のーう、目がマジでーす!」
追いかけるセパルから逃げ回るメフィスト。
放っておくと延々とやってそうなので、ウボーとセレナが間に入った。
「セパル、話が進まないからそれぐらいで」
セレナがセパルを宥めている間に、メフィストをとっ捕まえたウボーが尋ねる。
「セパルが落とし穴に落ちるのは分かるんですが、なんで俺達まで落ちるんです?」
「セっちゃんと貴方達2人に因果線が繋がっているからでーす。ディア・マイ・フィアンセ、掛けてますよねー」
今メフィストが口にしたディア・マイ・フィアンセとは、契約した魔女に死後憑りつく魔法だ。
「2人とも、よくやりますねー」
「セパルだけ置いて死ぬのは嫌なので」
さらっとウボーは応えると、続けて問い掛けた。
「それより、この塔をクリアして会えるのは、本当にダヌ様なんですね?」
「気になりますかー?」
「ええ。うちの家の祭神ですから」
祭司の家系出身のウボーは言った。
「お隠れになられた、原初の巨木であるダヌ様を見つけ出すことは、うちの家の宿願なんです。本気にもなりますよ」
「ダヌが原初の巨木であることは失伝してないんですねー。大したもんでーす。他の国だと、とっくに失われてますよー」
原初の巨木は、創造神が最初に創った生物であり、自分の細胞から無数の植物を造り出し広げることで自然を創り出した、自然創生神だ。
彼女達が、世界を生物の生きていける環境にしたことで、今の世界がある。
そして人類の黎明期。文明が形になる前に、人類を庇護していた存在でもある。
人類が生活し文明を広げるには水が必要なので、川や海に本体を置き、文明が成長するまで守っていた。
その後、人類が文明を発達させていく内に、幾つか人間でも使える魔術(サンディスタムのナイル川の氾濫に関する魔術も含まれる)を伝えた後に、各国の八百万の神のまとめ役になっている。
だが今では、その辺りの過去の歴史は残っておらず、『何か知らないけれど随分昔から居る八百万の神』ぐらいの認識である。
ぶっちゃけ『大したことないんじゃね?』とか思われていたりする。そう思われるぐらい、生物に対してメチャクチャ甘い。
けれど最高位の八百万の神であることは確かだ。
契約することが出来れば、大きな力になることは間違いない。だからこそ――
「ダヌ様を起こすことが出来るなら、うちの家から資金を引っ張って来ることができます」
是が非でもダヌに辿り着くため、ウボーは言った。
「今この島には国民が居ますから、勝手に冒険者を派遣するのも難しいので、塔を攻略するための資金を提供することで協力して貰う、という形にするつもりです」
「波風たたないためには、それが良いでしょうねー」
というわけで、王女メアリーに事情を話し、資金を提供する代わりに塔の攻略をして貰うことに。
オクト達が中心になり、首領のヴァーミリオンや侍女のエルリアも参戦して最上階一歩手前まで攻略した。
そして最上階の攻略を浄化師に頼まれました。
これはダヌと契約し、戦力をアップするためです。
そのための指令が発令され、アナタ達は集まっています。
試練の塔、最上階クリアのためアナタ達は、どう動きますか?
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蒸気機関車が走る線路に向けられる視線。
平原の只中で、彼女は運行する蒸気機関車だけを見ていた。
刻んだだけ進む時間。
その枠に、いつか自分も入れる事を願って、彼女は踵を返し、悠然と歩き去っていく。
『……神の御心を分からぬ愚者は罪だ』
彼女は瞼を閉じる。
無音の暗闇の中に、兄の意思が泡のように浮かんで消えた。
「……全ての者達に救済を与えていけば、いずれは兄の無念を晴らす事も出来ましょう」
兄の昔日の面影を呼び起こしながら、彼女は決然と答える。
その想いが時に自分の枷になり、絶望を生む基になる事を知りながらも、彼女はなお、歪んだ思想を深めていった。
●
薔薇十字教団駅舎。
教皇国家アークソサエティ、首都エルドラド内、薔薇十字教団本部に存在する駅舎だ。
通常の駅舎とは異なり、指令の際などに利用する形になっている。
常に数台の機関車が配備されており、指令に向かう際には、優先的に線路を運行できるようになっていた。
残酷なほど穏やかな空気が流れる駅舎。
しかし、その日は混乱が波及し、沈鬱な空気に包まれていた。
ブリテン方面に運行していた蒸気機関車で起きた不審な延焼火災。
乗員、乗客が全員、死亡するという悲惨な事故が発生していたからだ。
唯一の手がかりは、レールに残されていた弾丸雨注の跡のみ。
「弾丸か……」
あなたはその報告を聞いて、不穏なものを感じていた。
先日、ブルーベルの丘の近くで発生した、夢の聖女が関わっているとされる凶変。
光の檻の中に、多くの者達が囚われるという奇怪な事件が起きていた。
光の檻の周辺に配置されている要を破壊すると、光の檻が消滅する。
あなたは報告書の情報を元に、要に向かっていた際に起きたトラブルの事を確認し、推論を口にする。
「この事故には、夢の聖女が関わっているのかもしれないな」
「そうね」
あなたの危惧に、パートナーは指令書に目を落としたまま、不安を強める。
要に向かっていた際中に起きた出来事。
それは今回と同様に、弾丸雨注に晒されて、蒸気機関車が急停車させられたものだった。
「とにかく、一度、アルバトゥルスに行って聞き込みするしかないな」
「何か掴めるといいんだけど……」
あなたとパートナーは言葉を交わし、アルバトゥルス駅舎へと向かおうとした。
だが、その矢先、あなた達は男の遺体が運ばれてくる所に遭遇する。
「あの人は……?」
「……俺達と同じレヴェナントさ」
あなたが尋ねると、周辺を行き来していたレヴェナントの1人が答えた。
「最近、様子がおかしかったんだが、どうも夢の聖女と内通していた疑いがあるらしいんだ」
別のレヴェナントの男も加わり、彼に課せられた身の上を説明する。
遺体として発見されたレヴェナントの男は、夢の聖女と夢の中で内通していた疑いが持ち上がっていた。
それによると、コルクが浄化師達と一緒に、記憶改竄を受けた人々を元に戻しているという事を、レヴェナントの男が夢の中で夢の聖女に伝えていたというのだ。
「夢の聖女と夢の中で会話をしていた人か……」
あなた達は、レヴェナントの男が、コルク達が光の檻に閉じ込められてしまうきっかけを作った人物だと知り、困惑する。
「これって……銃殺されたのか?」
レヴェナントの男の胸にあった銃弾の跡。
張りつめたような混乱と静寂に支配される。
あなたは心を落ち着かせるように、パートナーと向き合う。
(銃弾の跡と蒸気機関車の事故を発生させた弾丸雨注の跡か。もしかして、同一人物による犯行……?)
あなたは事態を把握した。
それでも、戸惑いは続いている。
思考がまるで追いつかない。
死亡したレヴェナントの男が、コルク達を危険に晒すきっかけを作ってしまった人物。
その事実は、あなたが想像していた以上に重く圧しかかっていた。
(……いや、まだ、断定は出来ない。もう少し調べてみる必要がありそうだ)
言い様のない喪失感を抱えたまま、足早に立ち去るレヴェナント達を見送った後、あなた達はアルバトゥルス駅舎へと調査に向かった。
●
「まずは、どこから調べたらいいんだろうか」
帰趨の見通せない事件に、ホームに降り立ったあなたは現状の状況を鑑みる。
アルバトゥルス駅舎に着いたパートナーは手掛かりを求めて、駅舎にある路線図に触れた。
「――っ」
その瞬間、路線図が光を放つ。
光が止んだ後、あなた達はゆっくりと瞼を開ける。
『鉄道修理工場……』
一番、最初に認識したのは、耳に流れ込んでくる幼い声音だった。
あなた達の眼前に居たのは、あなたの見知った人物の幼い姿。
しかし、その人物が普通でない事は、隣で驚きを滲ませるパートナーの存在で一目瞭然だった。
あなた達の目の前には、子供の頃のパートナーが立っていた。
『鉄道修理工場は、レヴェナントの男を殺害した人物に深い関わりがある場所だよ』
どこまでも静かな口調。
だけど、その静穏な言葉の中には、聞き流す事の出来ない部分があった。
「鉄道修理工場が、あの人を殺害した人物にとって深い関わりがある場所なのか?」
あなたの疑問に応える前に、子供の頃のパートナーはその言葉だけを残して姿を消してしまった。
「どういう事なんだ?」
「近くの人に先程の現象について、話を聞いてみたら何か分かるかもしれない」
あなたが途方に暮れたように呟くと、パートナーは状況を改善する為に提案する。
「あの、すみません」
あなたが近くに居た乗客に話を聞くと今、現在、アルバトゥルスでは何かを知りたいと願って物に触れると、残留思念が見える現象が発生している事が解った。
残留思念は、物に触れた人物の過去の姿を模してここで起きた出来事を伝えてくるという。
アルバトゥルスに住む人達からは、『リーディング現象』と呼ばれている不思議な現象。
『鉄道修理工場は、レヴェナントの男を殺害した人物に深い関わりがある場所だよ』
先程の残留思念の残した言葉が、反射的にあなたの心に浮かぶ。
(残留思念は、鉄道修理工場がレヴェナントの男を殺害した人物に深い関わりがある場所だと伝えてきた。まずは、そこに足を運ぶ必要がありそうだな)
あなた達は、この現象の証言と周囲の聞き込みをしながら、事件の真相解明へと調査に乗り出す事にした。
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