イベント概要
12月19日 22:30 から 1月10日 23:59 までの期間中、
エピソードイベント『神へと捧げる叛逆の徒』を開催いたします!
期間中にエピソードタイトルの先頭に特別な文字「【神捧】」が記入されたエピソードが公開されます!
エピソードイベント『神へと捧げる叛逆の徒』を開催いたします!
期間中にエピソードタイトルの先頭に特別な文字「【神捧】」が記入されたエピソードが公開されます!
クリスマス――それは、魔術の開祖であり、薔薇十字教団(教団)の創始者である存在「アレイスター・エリファス」の生誕を祝う日。
元々は彼の生誕を祝う、生誕祭として、魔術的な行事となっていたが、年月が経過するにつれて、
少しずつ商業主義に傾倒していき、現在では、恋人や家族が食事や団欒を楽しむ、一大イベントと変化していました。
しかし、終焉の夜明け団はもちろんのこと、魔術師として国家資格を持つ者、魔術に精通するものであれば、
アレイスター・エリファスの名は必ず耳にし、その技術を身に感じるものです。
そのため、「アレイスター・エリファス」の誕生日は、魔術によって発展した世界にとって、大きな意味を持つ日です。
同時に、「ベリアルやヨハネの使徒という神の使いに叛逆する人間――それを助長する魔術という技術の内、
特にアライブスキルは、対ベリアル、ヨハネの使徒として行使されるものであることから、「サクリファイス」にとって、忌み嫌うべきものです。
1718年。数多くの優秀なエクソシストが教団に所属し、地中海の危機、竜の渓谷の危機、魔女の引き起こした事件、
そして、シャドウ・ガルテンでのテロ行為を解決してきました。
人間が、ベリアルやヨハネの使徒に対抗できる力をつけてしまうこと。それは、サクリファイスからすれば、許し難いことです。
シャドウ・ガルテンでのテロ行為、教皇国家アークソサエティ内で引き起こされていたテロ事件は、
すべてこの「クリスマス」に引き起こす事件の予行演習だったのです。
創造神が人間を滅ぼすと決めたのだから、人間は滅びを受け入れるべき。
その信念の下、サクリファイスのトップ『カタリナ・ヴァルプルギス』は、ついに総力をもったテロを企てました。
サクリファイスが活用した魔術は『サクリファイス・タナトス』と呼ばれる、禁忌魔術。
魔術式の発動と同時に、膨大な魔力――なければ人間の肉体とその魔力回路――を必要とします。
その効果は、『魂を生贄に捧げることで、ベリアルの体内に存在する神方術へ、直接魂を喰わせ強化する』というもの。
この禁忌魔術は、カタリナ・ヴァルプルギスが『核』として用意した魔方陣を基盤として、
同一の魔術式を発動することで、その効果を増幅させていきます。
つまり、サクリファイスが『サクリファイス・タナトス』を多数発動させれば発動させるだけ、その効果は増幅していきます。
サクリファイスの目的は、ベリアル高スケールの存在に昇華し、「教皇国家アークソサエティ」内に放ち、
最終的には、エクソシストすら、ベリアル化させて、世界を滅ぼす存在を生み出すこと。
魔喰器(イレイス)が元々ベリアルであるために、影響を受けてしまうために、エクソシストの持つ、
『魔喰器にも強制的に作用し、精神に異常をきたしやすくする(存在理由に影響を強く及ぼすようにするということ)』。
これは、テロを行っているサクリファイスを止めずに放置する結果となれば――いずれ、エクソシストの精神を蝕むでしょう。
サクリファイスは、禁忌魔術「口寄魔方陣」を使用し、ベリアルを国内に呼び出し、
近隣の住人や、術者以外の信者の魂を生贄に捧げることで、ベリアルを強化し、暴れ始めます。
さらに、シャドウ・ガルテンで発見された、禁忌魔術「ヘルヘイム・ボマー」によるテロも、相次ぎます。
ヨセフは、サクリファイスの動きを「レヴェナント」から仕入れ、
「レヴェナント」の所属メンバーも、何人も殺害されていることから、今回のテロの脅威を強く認識します。
自体は可及的速やかな対応が求められる状況であり、慈悲を与える余地もないものと判断。
レヴェナントから仕入れた情報を下に、国内各地で起こる事件を、指令として発令し、
エクソシストにサクリファイスの「即時処刑」を指示しました。
プロローグ
●『神の御心のままに』
1718年12月――。
新たなエクソシスト達が誕生してから、早くも9ヶ月が経過しようとしていた。
彼等は、もはや新人と呼ぶには遠い力を着々と身につけ、数多くのベリアル、ヨハネの使徒を滅ぼし、サクリファイスの企みを阻止した。
ヴァンピールと同じくして、迫害の歴史を持つ、魔女との問題も好転しつつある。
「なんと愚かな……」
サクリファイスの企てとして、最も明確に阻止されたのは、シャドウ・ガルテンでの一件だ。
ウラド・ツェペシェは、「期待にそえるかと」とそう言った。しかし、蓋を開けて見ればどうだ。
聞くところによれば、まともに発動した禁忌魔術は彼の使用した「シャドウ・ミスト」のみで、「ヘルヘイム・ボマー」は不発に終わったそうではないか。
しかも、それはエクソシストの調査能力もあるが、ウラド・ツェペシェが助力をしたところもあると思われる。
つまり、かの常夜の代表は、神の御心の体現者であるサクリファイスを裏切ったのだ。
「神の御心の体現者である私を裏切るということは、神への叛逆行為に他ならない」
元より、ウラドのことなど、信用はしていなかった。
アシッドを吸血し、自身の糧に変換することができる種族など、碌な存在である筈がないのだ。
アークソサエティとも国交を行っていない、閉鎖的な空間が魅力的であった、ただそれだけのこと。
国交を開始した今となっては、もはや用はない。
不服な点があるとすれば、国交がはじまったこと、アークソサエティへ定期的にウラドが足を運ぶようになり、警戒態勢が強くなり、裁きを下せないことだろうか。
「しかしそれも、時間の問題というものです。冒涜者たる存在には、我々の手で鉄槌を下すのですから」
カタリナ・ヴァルプルギス。彼女こそ、神を妄信し、ベリアルとヨハネの使徒が与える滅びの運命を、許容するべきと提唱する宗教組織「サクリファイス」のリーダーだ。
もはや、エクソシストの愚行は、まるで神々の居城「ヴァルハラ」という禁足地を踏み荒らす愚者の如し。不敬な叛逆者には、死を持って償わせる必要がある。
カタリナは、手に持つ十字架を聖母の如く優しく胸に抱き、ステンドグラスに描かれた、美しい神の絵を見上げる。
彼女の跪拝に呼応するように、近くに参列していたサクリファイスの信者もまた、同様に跪き、祈りを捧げた。
修道服に身を包み、金髪の髪を揺らして祈る彼女は、遠目で見れば美しい女性に見えたかもしれない。
けれど、その表情は「死と滅び」への妄信に傾倒し、もはや「生」を映してはいない、おぞましいものだ。
死と隣り合わせのこの世界に置いては、なるほど、死への恐怖を信仰と変え享受するのも、頷ける。
だが、彼女は、彼女等はそれだけでは留まらない。死を喜ばしいものだと、他者に強要する。
「神は既に決心したのです。世界の初期化、大いなる破壊、平等なる破壊を。それに抗うことは、赦されざる大罪である」
なればこそ、大罪を犯した者に、今こそ裁きを下す。
日光が照らしたステンドグラスからうつった神の影が、血で綴られた魔方陣に重なった。
●『誕生せし、魂喰らいの悪魔』
「と、ここまでが報告の一部始終です」
教皇国家アークソサエティ 薔薇十字教団本部 エントランスホール地下3階「室長室」。
薔薇十字教団本部の室長ヨセフ・アークライトは、フォー・トゥーナの報告を聞きつつ、神妙な顔で報告書を一読する。
報告書に書かれているのは、サクリファイスの動向が纏められた数十枚の資料。
「情報源は、ほぼすべて『レヴェナント』からのものになっています。
いくつかの情報は、エクソシストと魔術師、派遣した冒険者の調査で裏が取れているので、信用して良いかと」
レヴェナント。それは、教団司令部の管轄下にある組織で、世界各地で「終焉の夜明け団」と「サクリファイス」を追っている組織だ。
組織の所属者は諜報員や捜査官、探偵のような立場に近く、入手した情報は、主にヨセフ、トゥーナ、アゼルに報告される。
教団の闇の部分であるとして公に話されることは少なく、口さがない者、あるいは敵対者などは、彼らを揶揄して「死神」「亡霊」と呼ぶ。
特に、ヨセフはこの組織の存在を、極力エクソシスト達には伝えないようにしている。
それは彼等が、『本名を使用せず、割り当てられたコードネーム等を使用し、日常生活では偽名を使用しており、書類上では死亡している扱い』であるためだ。
エクソシストが光であるなら、レヴェナントは闇といえる存在。
ヨセフは、そうした闇の存在を、極力エクソシスト達に見せることをしたくないのだ。
「今回のテロは、これまで引き起こされた規模を遥かに超えるものである、と思って良いでしょう。
特に、『ヘルヘイム・ボマー』による爆破テロ、そして『サクリファイス・タナトス』と呼ばれる禁忌魔術によるベリアルの強化。
どちらも、シャドウ・ガルテンで企てられたテロよりも、多くの被害を出すことが予想されます」
加えて、とトゥーナは続けて、もう1枚の書類をヨセフへと手渡した。
「既に、被害はこれまでのテロを超える勢いで出ており、特に『ヘルヘイム・ボマー』の被害が甚大です。
現状、街中では発動が確認されていませんが、調査に向かったレヴェナントの構成員から数名の死者が出ています。
魔術の発動精度から考えて、近日中に街中で引き起こされても不思議ではありません」
ヘルヘイム・ボマーは、シャドウ・ガルテンでエクソシスト達が解除をした実績を持つ、禁忌魔術だ。
しかし、あの時は解除方法をその場でエクソシストが発見したことで、被害が抑えられたものの、魔術の知識の無い一般人には解除は不可能といって良い。
かつて、ヘルヘイム・ボマーはロスト・アモールの際に、殺傷目的で使用され、その後に禁忌魔術として指定されている。
この魔術は、魔力回路を持つ人間・生物が魔方陣内に侵入すると術式が発動し、侵入した対象と近くに存在する人間や者を爆炎で吹き飛ばす。
いやらしいのは、魔力量によって、殺傷能力を低下させることもでき、重症ではあるものの死亡しない、という傷をつくることができる点だ。
この非人道な部分も、禁忌魔術に定められた理由の1つだと言われている。
「禁忌魔術は総じて、魔術師級の人間でなければ使役が難しいものばかり。
レヴェナントの調べから、サクリファイスのトップはかつて魔術師の資格を持っていた女性。そう推察されています」
ヨセフが資料を捲ると、一枚の写真がはらりと机の上に落ちた。
金髪のエレメンツの女性――カタリナ・ヴァルプルギスの写真だ。
「かつての天才魔術師が、サクリファイスのトップとはな」
独りごちたヨセフのつぶやきに、トゥーナは報告を止めて尋ねる。
「知り合いですか?」
「いや、面識はない。だが、俺の世代で知らない人間は、そうそう居ないさ。
今から。20年程前か。君達はまだ大変な時期だっただろうからな。知らなくても、無理はない」
当時、世間を賑わせたエレメンツの少女が居た。
貴族として名を馳せていた「ヴァルプルギス」一族の一人娘として生まれた彼女は、類稀な才能と努力によって、弱冠8歳で魔術師の国家資格を手に入れた。
「アゼル君や、トゥーナ君のように、同年齢でエクソシストとして魔術師水準の力を持つ者も居る。
だが、エクソシストとなる素質を持たずに、8歳で魔術師となったことは、驚くべきことだった。
その珍重さから、彼女と一族は大変な脚光を浴びたそうだ」
ずず、とコーヒーをすすり、ヨセフは続ける。
「が、その生活は10歳のクリスマスに崩壊する。教団の調査により、ヴァルプルギス一族の母方が、魔女の家系であることが明かされたからだ」
「……魔女の集会を、ヴァルプルギスと言うそうですよね。
貴族だったとのことですから、知識を持つ者なら、薄々勘付いて居たのでは?」
「ああ。元々、教団はその事実を知っていたが、彼女の父親が教団に多額の資金援助をしていたことから、黙認していたそうだ。
その弱みに付け込んで、教団は年々高額な資金を請求し、最終的には資金を払えなくなったらしい」
らしい、というのはヨセフも書類や人伝で聞いたのみで、詳しくは知らないということなのだろう。
彼もまた、その当時は10歳であり、魔女が怖い存在であるということ程度の噂を聞いたことしかなかった。
「当時の魔女への風当たりは、もはや説明するまでも無いだろう」
ヨセフが室長に就任する前の教団は、徹底的に魔女を排斥するように、世間の印象操作を行っていた。
その風潮に則って、教団からの使いは彼女の両親を捕らえ、魔女裁判にかけた。
「魔女裁判は、ほとんど死刑確実の異端審問……」
「そうだ。両親は、公開処刑は免れたものの、教団の地下深く――薔薇十字教団地下大監獄に投獄されている」
その後、彼女がどうなったかは語るまでもない。
貴族はその地位の高さから尊敬を受けることもあるが、そのほとんどは金があるからこそのものだ。
金も名声も失った貴族の運命は、没落のみ。当時10歳のカタリナがどうしようが、それを変えることなどできなかっただろう。
「どうして彼女がサクリファイスへの道に進んだのかまでは、想像の域を出ない。しかし、道を踏み外すには、十分過ぎる理由だ」
自分を形成してきた世界すべてが一瞬にして崩れ去ったのだ。
自分の世界を破壊した、人間社会すべてを憎むという思考に達するのは、驚くべきことではない。
「それでは、カタリナ・ヴァルプルギスは魔女を迫害した人間社会への復讐を?」
「いや、それは無いだろう。それならば、サクリファイスではなく、魔女側についていただろう。
さらに言えば、彼女が使うのはあくまでも『魔術』だ。魔法じゃない。
カタリナ・ヴァルプルギス本人は、魔女ではなく、ただのエレメンツだ」
母方が魔女であったという事実があるのみで、そもそも母と血の繋がりがあるのかさえも断言できないのだ。
「彼女の母は信心深く、神への信仰があったそうだ。
裏付けは無いが、精神が崩壊していく中で、唯一信じられるに値したのが、神だったのかもしれない」
八百万の神を信仰する者はいくらでも存在するが、ベリアルやヨハネの使徒の被害をもたらした創造神を信仰しているのは、サクリファイスくらいのものだ。
まさしく奇特と言う他無いが、それが彼女達の信じる正義なのだろう。
「……どんな理由があろうとも、それを容認して良い理由にはならない」
ドアをゆっくりと開く音と共に、堅実さを思わせる声が室長室に響いた。
「アっくん!?」
そこには、ホムンクルス襲撃の一件で怪我を負っていたエノク・アゼルが立っていた。
「トゥーナ、心配をかけた。もう大丈夫だ。院長の魔術で治療を受けたからな」
ナイチンゲール・アスクラピアの得意とする医療魔術は、細胞を活性化させることで治癒速度を強制的に上げる魔術。
アゼルの受けた傷は深いものだったが、その傷は早い段階で治っていた。けれど、細胞を活性化させ回復に努める体はエネルギーを要する。
そのため、療養に時間がかかってしまっていたのだ。
「それに、寝ても居られない状況だ。レヴェナントと先行して同行したが、『サクリファイス・タナトス』は危険だ」
「先行して動向って、どういうこと? ……まさか、あの体で私に黙って指令に出たってこと……?」
「……それについては、後でいくらでも文句を聞く。ホムンクルスの一件で内部の情報が漏れていることはわかっていた。
だから、怪我をしたことを最大限利用し、『エノク・アゼルとフォー・トゥーナが動けない状況』を印象付けた。
体を慣れさせるにも、丁度良かったから引き受けただけだ。無理はしていない」
今にも殴りかかりそうな剣幕で睨むトゥーナに、アゼルは顔を引きつらせながら弁明する。
トゥーナは納得こそしていない様子だったが、状況の解決をこの場では優先し、それ以上の私的意見を控えた。
「『サクリファイス・タナトス』は、設置した定式陣の上部に生贄を配置し、術式を発動することで魂をベリアルに与える魔術のようでした。
実際に、サクリファイスが発動した瞬間を確認しましたが、ベリアルのスケールが1から2に上がっていた。
スケール3クラスになれば、元帥でも苦戦する強さになります。このまま静観することはできない」
魂を取り込むことで進化するベリアルへ、強制的に魂を与えることで進化させる。
それが、禁忌魔術『サクリファイス・タナトス』。
「室長。このままではアークソサエティだけではなく、他国にも被害が出ます。サクリファイスには情けをかけるべきじゃない」
情けをかける、それはつまり命を見逃す行為のこと。
「正直、気が進まない話だ」
ヨセフは、優しい人間だ。しかし、それは逆に甘いということの同義でもある。
魔女やヴァンピールのように歩み寄ることができる存在も居るだろう。逆に、今回の件は歩み寄ることができない。
「…………」
ヨセフは数秒の間黙考し、呟くように言葉を紡いだ。
「俺も覚悟を決めよう。――サクリファイスは、禁忌魔術の使用を視認した場合、その場で極刑に処すことを命じる。
情報を引き出すために捕らえる必要も無い。今回の一件で、すべてのサクリファイスを討伐するつもりで挑むんだ」
アゼルとトゥーナは深く頷き、すぐさまエクソシスト達の元へと向かう。
極刑が許可されたこの状況であれば、あるいはテロによる被害は減らすことができるかもしれない。
それの引き換えとして、サクリファイスに組するすべての人間は、この世から消える。
ヨセフは1人になった室長室で、自分が殺せと命じた人間の写真を見やり、覚悟を決めたように一息をついた。
●『己が信念に呑まれた者』
これは、シャドウ・ガルテンと国交が復活する、少し前のお話。
自分の思考が、少しずつ偏ってしまっていた自覚はあった。
「血の香りで思考をトレースするという特異な体質」により「ヴァンピール達が胸中で抱える復讐心の意識」に影響され、「すべての種族を愛するのが平和」であるという自身の存在理由から大きく逸れた、復讐に近い「ヴァンピールの痛みを、すべての人間が理解することこそが、平和である」という思想が生まれた。
いや、生まれた、というよりは、元々発芽していたものが、花を咲かせたという表現が正しいのかもしれない。
ヴァンピール達が押し殺した復讐心が、彼の思想を蝕み続け、目の前に破壊が可能な動機をチラつかされて――、誤った思想が確立されてしまったのだ。
テロを持ちかけられ、考え付いたのは「サクリファイスを利用し、国家的な信用を喪失させずに、かつ世界に対してエクソシストを喪うという痛みを与える計画」。
そこで必要になるのは、仮に計画が失敗した場合の保険。
ヴァンピール達が再び強い迫害の対象になることなど、あってはならないこと。
そのためには、サクリファイスの所為で引き起こされたことであること、またサクリファイスの情報を手にしておく必要がある。
サクリファイスの脅迫に対し「テロの協力」を持ちかけ、「カタリナ・ヴァルプルギスとの会談」を成立させた。
そこで、サクリファイスがクリスマスにテロを画策するであろう、という思考をトレースすることができた。
実際にサクリファイスから提示されたテロの内容は、2つ。
1つ。『サクリファイス・タナトス』と呼ばれる魔術を展開し、ベリアルを進化させる。
その効果はベリアルに影響を及ぼすことから、効力が最大限発揮できれば、イレイスにも影響を及ぼす可能性がある。
イレイスを持つエクソシスト達は精神を蝕まれ、シャドウ・ガルテン内を蹂躙し、ベリアル化するという寸法だ。
2つ。『ヘルヘイム・フレイム』によって、ベリアル化しなかった者を殺害。
死体から、エクソシストが暴走し、シャドウ・ガルテンを破壊したという事実が生まれるようにするというものだ。
表向きはこのテロ内容を承諾し、『ヘルヘイム・フレイム』の魔術式を説明させた上で、準備を頼んだ。
カタリナは、サクリファイスの信者を使い、魔方陣などのギミックを仕掛けていた。
しかし、ヴァンピールの国民を殺すようなことは許容できない。
サクリファイスが帰った後に、ヴァンピールの国民に危険がないように、特定の時間にはメインストリートに近づかないように指示を出した。
そこまで行動して、『ダーク・シャドウ・ミント』について思い出した。
元々、ダーク・シャドウ・ミントは、『シャドウ・ミスト』を国の防衛のために発動するため、処分せずに生息させていた植物だ。
だが、「痛みを共有するという思想」は、「エクソシスト自身の手で、大切なパートナーを殺すという痛み」を与えるために、使用することを促す。
「とはいえ、完全に狂気に奔っていたわけではありませんでした」
ヴァンピールの男性は、暗闇の中でそう独りごちる。
そう、彼の心は完全に喪われていたわけではなかった。
心のどこかで、自分の行動を止めてほしいという心が残っていた。
シャドウ・ガルテンでエクソシストが保護した猫――ポエナリ。
彼女は、9つ目の魂を持つ猫であり、自分と政治の話すらできる特別な存在。
ポエナリは否定するだろうが、シャドウ・ガルテンのもう1人の代表と言っても差し支えない存在だ。
彼女は、テロへの協力を迷う自分に「エクソシストとの勝負にするのはどうだ」と提案。
それゆえに、エクソシスト達に課した探索行動は「シャドウ・ミストを突破されたら、自分の敗北として投降する」という勝利条件をつけるものとなった。
結果、エクソシスト達は勝利条件をクリアし、勝利を収めた。
「私の負けだ。シャドウ・ガルテンの信用はどうにか回復するように努める。――ヴァンピールの未来を任せたよ」
最後にポエナリと交わした言葉は、それだった。
敗者は語るべきではない。殺そうとしたのだから、負ければ殺されるのは当然のこと。
ただし、死ぬのは自分であり、シャドウ・ガルテンの国民は悪くない。
サクリファイスへの責任追及と、今後の国交についてのお話を持ち出し、自分の命だけで済まることが、責任を取るということだ。
シャドウ・ガルテンの代表――ウラド・ツェペシェは、自嘲するように一つ笑みをこぼす。
「このような監獄にいらっしゃるとは。処刑執行はこれからということでしょうか」
走馬灯のように思考を巡らせていたウラドは、檻の外に立つ存在に声をかけた。
薔薇十字教団本部 室長 ヨセフ・アークライト。
すべてを決意した面持ちで茶化すウラドの問いには答えず、ヨセフは問い返す。
「俺のことを、痛みを知る人間だ、と彼等の前で言ったというのは本当か」
「……そうですね。あなたが就任する前の教団については、私の方が遥かに知っています。
ロスト・アモールも地獄でしたが――かつての教団も、地獄といって差し支えなかった。
そんな地獄で室長になったのは、やはりあなたの妹――ディナさんのことがあったからでしょう」
ウラドの口から語られた名前に、ヨセフは僅かに眉を動かした。
「よく知っているな。教団内の人間でも、ほとんど知らないことだというのに」
ふふっ、と力なく笑ってから、ウラドは返す。
「今となっては、シャドウ・ガルテンの代表と、アルフ聖樹林の長ですか。
しかし、かつてはエクソシストとして活動していたこともあった、ということですよ」
アルフ聖樹林の長老、アルフ・レイティア。彼は、ウラドとエクソシストの契約を結んでいる。
この情報は、教団の上層部と一部の人間程度しか知らないことだ。
「……なら、隠していても仕方がないな。俺は、妹のディナと約束したんだ。エクソシストを護る、とな。護るためには権力と武力が要る。
だから俺は、室長となり、エクソシストの害となる障害を取り払い、地獄だったこの教団を、帰る場所にしようと決めた」
ウラドは自分とは正反対だ、と言わんばかりに自嘲の笑みを浮かべる。
「一人の責任ある立場の人間として、よくもまぁ、あの状態から、ここまでの変化をさせたものだと感心しますよ」
ヴァンピールとして迫害の歴史を持つ彼にそう言わしめるほど、当時の教団はおぞましいものだった。
人間を人間とも思わない仕打ちに、医療とは名ばかりの人体実験。昔から教団に在籍しているエクソシストの中には、その当時のトラウマが抜けていない者も居る。
「エクソシストとしても、責任者としても大先輩の存在に言われて、悪い気はしないな。
だが、俺だけではできなかった。部下……いや、仲間が手助けしてくれているからこそ、俺はエクソシストを護れているんだ」
一度組み上げられた組織を変えるのは、並大抵のことではない。
それも、国に影響をもたらすような組織であるのならば、尚更だ。
ヨセフは簡単に仲間の手助けで実現したと言ってのけるが、その仲間を培うのに一体どれほどの尽力があったのか。
国の代表を努めるウラドは、その尽力が目に浮かぶようだった。
「……それで、そのエクソシスト達に危害を加えた私には、それ相応の処刑方法が用意されているのでしょうね」
死力をつくして護っている存在に、危害を与えようとしたのだ。命が助かるとは思っていない。
「斬首の後に、磔の刑だ」
淡々と、ヨセフは告げる。
「まさに、フルコースでのおもてなしだ」
ヴァンピールの迫害、魔女裁判の際にも、見せしめに晒し首にされたり磔にされた死体は、ウラドにとって見飽きてきたものだ。
聞けば、こうした文化はニホンにも、サンディスタムにもあるという。それだけ、効果的な手段なのかもしれない。
「とはいえ、実際に首を斬るわけじゃない」
ヨセフは帯刀している黒刀に置かれていた手を離して、自分の首を切るようなジェスチャーをする。
「シャドウ・ガルテンの国民達に、ブラフミンをクビにされ、その醜態を晒せば、十分、見せしめになるだろう。
もっとも、国民がウラド・ツェペシェを見放さないのなら、刑は無いようなものだがな」
これまでじっとヨセフの影を見やって話をしていたウラドが、顔を上げてヨセフ本人と視線を交わす。
「………………」
どうやら、生存の希望を与えてから、処刑という絶望を与える企てというわけではないらしい。
ヨセフの表情は、そうした邪気を帯びたものではなかった。
とすればこの人間は、本気でテロに加担した存在を許そうと言っている。
「……ふ。ふふふ、はははっ。本当に、昔の教団には考え付かない采配ですね」
これまでの自嘲的な笑いではなく、本当に面白おかしいという笑い声が、監獄内に響き渡った。
「ウラド・ツェペシェという人間を利用した際の有用性を、教皇に熱弁したまでだ。
それに、エクソシスト達を殺そうとした罪を、死ぬだけで償えると思わないことだな」
悪戯をする子どものような悪い顔で、ヨセフはウラドに言い放つ。
「なるほど、わかりました。アークソサエティとの国交について、正直口八丁な部分がありましたが、本腰を入れましょう。
教皇は信用できないですが、あなたのことは信用できる」
監獄の冷たい床に座っていたウラドは、ゆっくりと立ち上がり、ヨセフの元へ近づいた。
影を落としていたウラドに、色がつくように光が照らされていく。
「わざわざ俺が説明するまでもないだろうが、シャドウ・ガルテンは、今回の事件で実質的な植民地のような扱いになることが予想される。
国民をすべて奴隷にする、など直接的なことはさせないが、不利な国交が行われるだろう」
「ええ、すべては私の責任です。ヴァンピールが差別される世界――いえ、差別自体が生み出されないように、尽力しますよ」
爽やかさすら感じる笑みを浮かべて、ウラドは強く首肯した。
「俺もシャドウ・ガルテンの扱いが悪くなることは本意ではない。お互いの護るべき信念のため、協力してくれ」
そう言って、ヨセフは檻の中に手を差し出す。
一度はテロを企てた人間だ。大切なその手をどうにかされてしまうことも考えられる。
しかし、ヨセフはそんな行動をウラドはしないと看破した上で、手を差し出した。
「まったく、責任者として、怖い後輩を持ったものです」
ウラドもまた、手を伸ばしヨセフの手を握る。
そうしてウラドは、ブラフミンとして、またシャドウ・ガルテンで活動することとなったのだった。
1718年12月――。
新たなエクソシスト達が誕生してから、早くも9ヶ月が経過しようとしていた。
彼等は、もはや新人と呼ぶには遠い力を着々と身につけ、数多くのベリアル、ヨハネの使徒を滅ぼし、サクリファイスの企みを阻止した。
ヴァンピールと同じくして、迫害の歴史を持つ、魔女との問題も好転しつつある。
「なんと愚かな……」
サクリファイスの企てとして、最も明確に阻止されたのは、シャドウ・ガルテンでの一件だ。
ウラド・ツェペシェは、「期待にそえるかと」とそう言った。しかし、蓋を開けて見ればどうだ。
聞くところによれば、まともに発動した禁忌魔術は彼の使用した「シャドウ・ミスト」のみで、「ヘルヘイム・ボマー」は不発に終わったそうではないか。
しかも、それはエクソシストの調査能力もあるが、ウラド・ツェペシェが助力をしたところもあると思われる。
つまり、かの常夜の代表は、神の御心の体現者であるサクリファイスを裏切ったのだ。
「神の御心の体現者である私を裏切るということは、神への叛逆行為に他ならない」
元より、ウラドのことなど、信用はしていなかった。
アシッドを吸血し、自身の糧に変換することができる種族など、碌な存在である筈がないのだ。
アークソサエティとも国交を行っていない、閉鎖的な空間が魅力的であった、ただそれだけのこと。
国交を開始した今となっては、もはや用はない。
不服な点があるとすれば、国交がはじまったこと、アークソサエティへ定期的にウラドが足を運ぶようになり、警戒態勢が強くなり、裁きを下せないことだろうか。
「しかしそれも、時間の問題というものです。冒涜者たる存在には、我々の手で鉄槌を下すのですから」
カタリナ・ヴァルプルギス。彼女こそ、神を妄信し、ベリアルとヨハネの使徒が与える滅びの運命を、許容するべきと提唱する宗教組織「サクリファイス」のリーダーだ。
もはや、エクソシストの愚行は、まるで神々の居城「ヴァルハラ」という禁足地を踏み荒らす愚者の如し。不敬な叛逆者には、死を持って償わせる必要がある。
カタリナは、手に持つ十字架を聖母の如く優しく胸に抱き、ステンドグラスに描かれた、美しい神の絵を見上げる。
彼女の跪拝に呼応するように、近くに参列していたサクリファイスの信者もまた、同様に跪き、祈りを捧げた。
修道服に身を包み、金髪の髪を揺らして祈る彼女は、遠目で見れば美しい女性に見えたかもしれない。
けれど、その表情は「死と滅び」への妄信に傾倒し、もはや「生」を映してはいない、おぞましいものだ。
死と隣り合わせのこの世界に置いては、なるほど、死への恐怖を信仰と変え享受するのも、頷ける。
だが、彼女は、彼女等はそれだけでは留まらない。死を喜ばしいものだと、他者に強要する。
「神は既に決心したのです。世界の初期化、大いなる破壊、平等なる破壊を。それに抗うことは、赦されざる大罪である」
なればこそ、大罪を犯した者に、今こそ裁きを下す。
日光が照らしたステンドグラスからうつった神の影が、血で綴られた魔方陣に重なった。
●『誕生せし、魂喰らいの悪魔』
「と、ここまでが報告の一部始終です」
教皇国家アークソサエティ 薔薇十字教団本部 エントランスホール地下3階「室長室」。
薔薇十字教団本部の室長ヨセフ・アークライトは、フォー・トゥーナの報告を聞きつつ、神妙な顔で報告書を一読する。
報告書に書かれているのは、サクリファイスの動向が纏められた数十枚の資料。
「情報源は、ほぼすべて『レヴェナント』からのものになっています。
いくつかの情報は、エクソシストと魔術師、派遣した冒険者の調査で裏が取れているので、信用して良いかと」
レヴェナント。それは、教団司令部の管轄下にある組織で、世界各地で「終焉の夜明け団」と「サクリファイス」を追っている組織だ。
組織の所属者は諜報員や捜査官、探偵のような立場に近く、入手した情報は、主にヨセフ、トゥーナ、アゼルに報告される。
教団の闇の部分であるとして公に話されることは少なく、口さがない者、あるいは敵対者などは、彼らを揶揄して「死神」「亡霊」と呼ぶ。
特に、ヨセフはこの組織の存在を、極力エクソシスト達には伝えないようにしている。
それは彼等が、『本名を使用せず、割り当てられたコードネーム等を使用し、日常生活では偽名を使用しており、書類上では死亡している扱い』であるためだ。
エクソシストが光であるなら、レヴェナントは闇といえる存在。
ヨセフは、そうした闇の存在を、極力エクソシスト達に見せることをしたくないのだ。
「今回のテロは、これまで引き起こされた規模を遥かに超えるものである、と思って良いでしょう。
特に、『ヘルヘイム・ボマー』による爆破テロ、そして『サクリファイス・タナトス』と呼ばれる禁忌魔術によるベリアルの強化。
どちらも、シャドウ・ガルテンで企てられたテロよりも、多くの被害を出すことが予想されます」
加えて、とトゥーナは続けて、もう1枚の書類をヨセフへと手渡した。
「既に、被害はこれまでのテロを超える勢いで出ており、特に『ヘルヘイム・ボマー』の被害が甚大です。
現状、街中では発動が確認されていませんが、調査に向かったレヴェナントの構成員から数名の死者が出ています。
魔術の発動精度から考えて、近日中に街中で引き起こされても不思議ではありません」
ヘルヘイム・ボマーは、シャドウ・ガルテンでエクソシスト達が解除をした実績を持つ、禁忌魔術だ。
しかし、あの時は解除方法をその場でエクソシストが発見したことで、被害が抑えられたものの、魔術の知識の無い一般人には解除は不可能といって良い。
かつて、ヘルヘイム・ボマーはロスト・アモールの際に、殺傷目的で使用され、その後に禁忌魔術として指定されている。
この魔術は、魔力回路を持つ人間・生物が魔方陣内に侵入すると術式が発動し、侵入した対象と近くに存在する人間や者を爆炎で吹き飛ばす。
いやらしいのは、魔力量によって、殺傷能力を低下させることもでき、重症ではあるものの死亡しない、という傷をつくることができる点だ。
この非人道な部分も、禁忌魔術に定められた理由の1つだと言われている。
「禁忌魔術は総じて、魔術師級の人間でなければ使役が難しいものばかり。
レヴェナントの調べから、サクリファイスのトップはかつて魔術師の資格を持っていた女性。そう推察されています」
ヨセフが資料を捲ると、一枚の写真がはらりと机の上に落ちた。
金髪のエレメンツの女性――カタリナ・ヴァルプルギスの写真だ。
「かつての天才魔術師が、サクリファイスのトップとはな」
独りごちたヨセフのつぶやきに、トゥーナは報告を止めて尋ねる。
「知り合いですか?」
「いや、面識はない。だが、俺の世代で知らない人間は、そうそう居ないさ。
今から。20年程前か。君達はまだ大変な時期だっただろうからな。知らなくても、無理はない」
当時、世間を賑わせたエレメンツの少女が居た。
貴族として名を馳せていた「ヴァルプルギス」一族の一人娘として生まれた彼女は、類稀な才能と努力によって、弱冠8歳で魔術師の国家資格を手に入れた。
「アゼル君や、トゥーナ君のように、同年齢でエクソシストとして魔術師水準の力を持つ者も居る。
だが、エクソシストとなる素質を持たずに、8歳で魔術師となったことは、驚くべきことだった。
その珍重さから、彼女と一族は大変な脚光を浴びたそうだ」
ずず、とコーヒーをすすり、ヨセフは続ける。
「が、その生活は10歳のクリスマスに崩壊する。教団の調査により、ヴァルプルギス一族の母方が、魔女の家系であることが明かされたからだ」
「……魔女の集会を、ヴァルプルギスと言うそうですよね。
貴族だったとのことですから、知識を持つ者なら、薄々勘付いて居たのでは?」
「ああ。元々、教団はその事実を知っていたが、彼女の父親が教団に多額の資金援助をしていたことから、黙認していたそうだ。
その弱みに付け込んで、教団は年々高額な資金を請求し、最終的には資金を払えなくなったらしい」
らしい、というのはヨセフも書類や人伝で聞いたのみで、詳しくは知らないということなのだろう。
彼もまた、その当時は10歳であり、魔女が怖い存在であるということ程度の噂を聞いたことしかなかった。
「当時の魔女への風当たりは、もはや説明するまでも無いだろう」
ヨセフが室長に就任する前の教団は、徹底的に魔女を排斥するように、世間の印象操作を行っていた。
その風潮に則って、教団からの使いは彼女の両親を捕らえ、魔女裁判にかけた。
「魔女裁判は、ほとんど死刑確実の異端審問……」
「そうだ。両親は、公開処刑は免れたものの、教団の地下深く――薔薇十字教団地下大監獄に投獄されている」
その後、彼女がどうなったかは語るまでもない。
貴族はその地位の高さから尊敬を受けることもあるが、そのほとんどは金があるからこそのものだ。
金も名声も失った貴族の運命は、没落のみ。当時10歳のカタリナがどうしようが、それを変えることなどできなかっただろう。
「どうして彼女がサクリファイスへの道に進んだのかまでは、想像の域を出ない。しかし、道を踏み外すには、十分過ぎる理由だ」
自分を形成してきた世界すべてが一瞬にして崩れ去ったのだ。
自分の世界を破壊した、人間社会すべてを憎むという思考に達するのは、驚くべきことではない。
「それでは、カタリナ・ヴァルプルギスは魔女を迫害した人間社会への復讐を?」
「いや、それは無いだろう。それならば、サクリファイスではなく、魔女側についていただろう。
さらに言えば、彼女が使うのはあくまでも『魔術』だ。魔法じゃない。
カタリナ・ヴァルプルギス本人は、魔女ではなく、ただのエレメンツだ」
母方が魔女であったという事実があるのみで、そもそも母と血の繋がりがあるのかさえも断言できないのだ。
「彼女の母は信心深く、神への信仰があったそうだ。
裏付けは無いが、精神が崩壊していく中で、唯一信じられるに値したのが、神だったのかもしれない」
八百万の神を信仰する者はいくらでも存在するが、ベリアルやヨハネの使徒の被害をもたらした創造神を信仰しているのは、サクリファイスくらいのものだ。
まさしく奇特と言う他無いが、それが彼女達の信じる正義なのだろう。
「……どんな理由があろうとも、それを容認して良い理由にはならない」
ドアをゆっくりと開く音と共に、堅実さを思わせる声が室長室に響いた。
「アっくん!?」
そこには、ホムンクルス襲撃の一件で怪我を負っていたエノク・アゼルが立っていた。
「トゥーナ、心配をかけた。もう大丈夫だ。院長の魔術で治療を受けたからな」
ナイチンゲール・アスクラピアの得意とする医療魔術は、細胞を活性化させることで治癒速度を強制的に上げる魔術。
アゼルの受けた傷は深いものだったが、その傷は早い段階で治っていた。けれど、細胞を活性化させ回復に努める体はエネルギーを要する。
そのため、療養に時間がかかってしまっていたのだ。
「それに、寝ても居られない状況だ。レヴェナントと先行して同行したが、『サクリファイス・タナトス』は危険だ」
「先行して動向って、どういうこと? ……まさか、あの体で私に黙って指令に出たってこと……?」
「……それについては、後でいくらでも文句を聞く。ホムンクルスの一件で内部の情報が漏れていることはわかっていた。
だから、怪我をしたことを最大限利用し、『エノク・アゼルとフォー・トゥーナが動けない状況』を印象付けた。
体を慣れさせるにも、丁度良かったから引き受けただけだ。無理はしていない」
今にも殴りかかりそうな剣幕で睨むトゥーナに、アゼルは顔を引きつらせながら弁明する。
トゥーナは納得こそしていない様子だったが、状況の解決をこの場では優先し、それ以上の私的意見を控えた。
「『サクリファイス・タナトス』は、設置した定式陣の上部に生贄を配置し、術式を発動することで魂をベリアルに与える魔術のようでした。
実際に、サクリファイスが発動した瞬間を確認しましたが、ベリアルのスケールが1から2に上がっていた。
スケール3クラスになれば、元帥でも苦戦する強さになります。このまま静観することはできない」
魂を取り込むことで進化するベリアルへ、強制的に魂を与えることで進化させる。
それが、禁忌魔術『サクリファイス・タナトス』。
「室長。このままではアークソサエティだけではなく、他国にも被害が出ます。サクリファイスには情けをかけるべきじゃない」
情けをかける、それはつまり命を見逃す行為のこと。
「正直、気が進まない話だ」
ヨセフは、優しい人間だ。しかし、それは逆に甘いということの同義でもある。
魔女やヴァンピールのように歩み寄ることができる存在も居るだろう。逆に、今回の件は歩み寄ることができない。
「…………」
ヨセフは数秒の間黙考し、呟くように言葉を紡いだ。
「俺も覚悟を決めよう。――サクリファイスは、禁忌魔術の使用を視認した場合、その場で極刑に処すことを命じる。
情報を引き出すために捕らえる必要も無い。今回の一件で、すべてのサクリファイスを討伐するつもりで挑むんだ」
アゼルとトゥーナは深く頷き、すぐさまエクソシスト達の元へと向かう。
極刑が許可されたこの状況であれば、あるいはテロによる被害は減らすことができるかもしれない。
それの引き換えとして、サクリファイスに組するすべての人間は、この世から消える。
ヨセフは1人になった室長室で、自分が殺せと命じた人間の写真を見やり、覚悟を決めたように一息をついた。
●『己が信念に呑まれた者』
これは、シャドウ・ガルテンと国交が復活する、少し前のお話。
自分の思考が、少しずつ偏ってしまっていた自覚はあった。
「血の香りで思考をトレースするという特異な体質」により「ヴァンピール達が胸中で抱える復讐心の意識」に影響され、「すべての種族を愛するのが平和」であるという自身の存在理由から大きく逸れた、復讐に近い「ヴァンピールの痛みを、すべての人間が理解することこそが、平和である」という思想が生まれた。
いや、生まれた、というよりは、元々発芽していたものが、花を咲かせたという表現が正しいのかもしれない。
ヴァンピール達が押し殺した復讐心が、彼の思想を蝕み続け、目の前に破壊が可能な動機をチラつかされて――、誤った思想が確立されてしまったのだ。
テロを持ちかけられ、考え付いたのは「サクリファイスを利用し、国家的な信用を喪失させずに、かつ世界に対してエクソシストを喪うという痛みを与える計画」。
そこで必要になるのは、仮に計画が失敗した場合の保険。
ヴァンピール達が再び強い迫害の対象になることなど、あってはならないこと。
そのためには、サクリファイスの所為で引き起こされたことであること、またサクリファイスの情報を手にしておく必要がある。
サクリファイスの脅迫に対し「テロの協力」を持ちかけ、「カタリナ・ヴァルプルギスとの会談」を成立させた。
そこで、サクリファイスがクリスマスにテロを画策するであろう、という思考をトレースすることができた。
実際にサクリファイスから提示されたテロの内容は、2つ。
1つ。『サクリファイス・タナトス』と呼ばれる魔術を展開し、ベリアルを進化させる。
その効果はベリアルに影響を及ぼすことから、効力が最大限発揮できれば、イレイスにも影響を及ぼす可能性がある。
イレイスを持つエクソシスト達は精神を蝕まれ、シャドウ・ガルテン内を蹂躙し、ベリアル化するという寸法だ。
2つ。『ヘルヘイム・フレイム』によって、ベリアル化しなかった者を殺害。
死体から、エクソシストが暴走し、シャドウ・ガルテンを破壊したという事実が生まれるようにするというものだ。
表向きはこのテロ内容を承諾し、『ヘルヘイム・フレイム』の魔術式を説明させた上で、準備を頼んだ。
カタリナは、サクリファイスの信者を使い、魔方陣などのギミックを仕掛けていた。
しかし、ヴァンピールの国民を殺すようなことは許容できない。
サクリファイスが帰った後に、ヴァンピールの国民に危険がないように、特定の時間にはメインストリートに近づかないように指示を出した。
そこまで行動して、『ダーク・シャドウ・ミント』について思い出した。
元々、ダーク・シャドウ・ミントは、『シャドウ・ミスト』を国の防衛のために発動するため、処分せずに生息させていた植物だ。
だが、「痛みを共有するという思想」は、「エクソシスト自身の手で、大切なパートナーを殺すという痛み」を与えるために、使用することを促す。
「とはいえ、完全に狂気に奔っていたわけではありませんでした」
ヴァンピールの男性は、暗闇の中でそう独りごちる。
そう、彼の心は完全に喪われていたわけではなかった。
心のどこかで、自分の行動を止めてほしいという心が残っていた。
シャドウ・ガルテンでエクソシストが保護した猫――ポエナリ。
彼女は、9つ目の魂を持つ猫であり、自分と政治の話すらできる特別な存在。
ポエナリは否定するだろうが、シャドウ・ガルテンのもう1人の代表と言っても差し支えない存在だ。
彼女は、テロへの協力を迷う自分に「エクソシストとの勝負にするのはどうだ」と提案。
それゆえに、エクソシスト達に課した探索行動は「シャドウ・ミストを突破されたら、自分の敗北として投降する」という勝利条件をつけるものとなった。
結果、エクソシスト達は勝利条件をクリアし、勝利を収めた。
「私の負けだ。シャドウ・ガルテンの信用はどうにか回復するように努める。――ヴァンピールの未来を任せたよ」
最後にポエナリと交わした言葉は、それだった。
敗者は語るべきではない。殺そうとしたのだから、負ければ殺されるのは当然のこと。
ただし、死ぬのは自分であり、シャドウ・ガルテンの国民は悪くない。
サクリファイスへの責任追及と、今後の国交についてのお話を持ち出し、自分の命だけで済まることが、責任を取るということだ。
シャドウ・ガルテンの代表――ウラド・ツェペシェは、自嘲するように一つ笑みをこぼす。
「このような監獄にいらっしゃるとは。処刑執行はこれからということでしょうか」
走馬灯のように思考を巡らせていたウラドは、檻の外に立つ存在に声をかけた。
薔薇十字教団本部 室長 ヨセフ・アークライト。
すべてを決意した面持ちで茶化すウラドの問いには答えず、ヨセフは問い返す。
「俺のことを、痛みを知る人間だ、と彼等の前で言ったというのは本当か」
「……そうですね。あなたが就任する前の教団については、私の方が遥かに知っています。
ロスト・アモールも地獄でしたが――かつての教団も、地獄といって差し支えなかった。
そんな地獄で室長になったのは、やはりあなたの妹――ディナさんのことがあったからでしょう」
ウラドの口から語られた名前に、ヨセフは僅かに眉を動かした。
「よく知っているな。教団内の人間でも、ほとんど知らないことだというのに」
ふふっ、と力なく笑ってから、ウラドは返す。
「今となっては、シャドウ・ガルテンの代表と、アルフ聖樹林の長ですか。
しかし、かつてはエクソシストとして活動していたこともあった、ということですよ」
アルフ聖樹林の長老、アルフ・レイティア。彼は、ウラドとエクソシストの契約を結んでいる。
この情報は、教団の上層部と一部の人間程度しか知らないことだ。
「……なら、隠していても仕方がないな。俺は、妹のディナと約束したんだ。エクソシストを護る、とな。護るためには権力と武力が要る。
だから俺は、室長となり、エクソシストの害となる障害を取り払い、地獄だったこの教団を、帰る場所にしようと決めた」
ウラドは自分とは正反対だ、と言わんばかりに自嘲の笑みを浮かべる。
「一人の責任ある立場の人間として、よくもまぁ、あの状態から、ここまでの変化をさせたものだと感心しますよ」
ヴァンピールとして迫害の歴史を持つ彼にそう言わしめるほど、当時の教団はおぞましいものだった。
人間を人間とも思わない仕打ちに、医療とは名ばかりの人体実験。昔から教団に在籍しているエクソシストの中には、その当時のトラウマが抜けていない者も居る。
「エクソシストとしても、責任者としても大先輩の存在に言われて、悪い気はしないな。
だが、俺だけではできなかった。部下……いや、仲間が手助けしてくれているからこそ、俺はエクソシストを護れているんだ」
一度組み上げられた組織を変えるのは、並大抵のことではない。
それも、国に影響をもたらすような組織であるのならば、尚更だ。
ヨセフは簡単に仲間の手助けで実現したと言ってのけるが、その仲間を培うのに一体どれほどの尽力があったのか。
国の代表を努めるウラドは、その尽力が目に浮かぶようだった。
「……それで、そのエクソシスト達に危害を加えた私には、それ相応の処刑方法が用意されているのでしょうね」
死力をつくして護っている存在に、危害を与えようとしたのだ。命が助かるとは思っていない。
「斬首の後に、磔の刑だ」
淡々と、ヨセフは告げる。
「まさに、フルコースでのおもてなしだ」
ヴァンピールの迫害、魔女裁判の際にも、見せしめに晒し首にされたり磔にされた死体は、ウラドにとって見飽きてきたものだ。
聞けば、こうした文化はニホンにも、サンディスタムにもあるという。それだけ、効果的な手段なのかもしれない。
「とはいえ、実際に首を斬るわけじゃない」
ヨセフは帯刀している黒刀に置かれていた手を離して、自分の首を切るようなジェスチャーをする。
「シャドウ・ガルテンの国民達に、ブラフミンをクビにされ、その醜態を晒せば、十分、見せしめになるだろう。
もっとも、国民がウラド・ツェペシェを見放さないのなら、刑は無いようなものだがな」
これまでじっとヨセフの影を見やって話をしていたウラドが、顔を上げてヨセフ本人と視線を交わす。
「………………」
どうやら、生存の希望を与えてから、処刑という絶望を与える企てというわけではないらしい。
ヨセフの表情は、そうした邪気を帯びたものではなかった。
とすればこの人間は、本気でテロに加担した存在を許そうと言っている。
「……ふ。ふふふ、はははっ。本当に、昔の教団には考え付かない采配ですね」
これまでの自嘲的な笑いではなく、本当に面白おかしいという笑い声が、監獄内に響き渡った。
「ウラド・ツェペシェという人間を利用した際の有用性を、教皇に熱弁したまでだ。
それに、エクソシスト達を殺そうとした罪を、死ぬだけで償えると思わないことだな」
悪戯をする子どものような悪い顔で、ヨセフはウラドに言い放つ。
「なるほど、わかりました。アークソサエティとの国交について、正直口八丁な部分がありましたが、本腰を入れましょう。
教皇は信用できないですが、あなたのことは信用できる」
監獄の冷たい床に座っていたウラドは、ゆっくりと立ち上がり、ヨセフの元へ近づいた。
影を落としていたウラドに、色がつくように光が照らされていく。
「わざわざ俺が説明するまでもないだろうが、シャドウ・ガルテンは、今回の事件で実質的な植民地のような扱いになることが予想される。
国民をすべて奴隷にする、など直接的なことはさせないが、不利な国交が行われるだろう」
「ええ、すべては私の責任です。ヴァンピールが差別される世界――いえ、差別自体が生み出されないように、尽力しますよ」
爽やかさすら感じる笑みを浮かべて、ウラドは強く首肯した。
「俺もシャドウ・ガルテンの扱いが悪くなることは本意ではない。お互いの護るべき信念のため、協力してくれ」
そう言って、ヨセフは檻の中に手を差し出す。
一度はテロを企てた人間だ。大切なその手をどうにかされてしまうことも考えられる。
しかし、ヨセフはそんな行動をウラドはしないと看破した上で、手を差し出した。
「まったく、責任者として、怖い後輩を持ったものです」
ウラドもまた、手を伸ばしヨセフの手を握る。
そうしてウラドは、ブラフミンとして、またシャドウ・ガルテンで活動することとなったのだった。