~ プロローグ ~ |
1718年12月――教皇国家アークソサエティは、「クリスマス(ユール)」ムードに包まれています。
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~ 解説 ~ |
現代社会とは、起源などが異なっていますが、基本的なイメージは同様のイベント内容になっています。
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~ ゲームマスターより ~ |
※イベントシチュエーションノベル『聖なる夜に祝福を!』の対象エピソードです。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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4 かーくん、なんだか楽しそうだね こういうお祭り、前までは興味なかったのに それなのに今日は、かーくんから誘ってくれるなんて もちろん楽しいよ!けど… 前から思ってたんだけど かーくん、どうしてわたしに敬語なの? 尊重…してくれるのは嬉しいけど なんだか、壁を感じちゃうな そうだ、今日は敬語とさん付けは禁止にしよう! いいじゃない、クリスマスくらいいつもと違う感じでも 行こう、楓 わたし、ホットワインが飲みたいなあ 腕を絡め、恋人のように歩く 雰囲気に流されてドキドキするの、前は嫌だったけど 自分の気持ちに蓋をすることに、何の意味があるんだろう…今はそう思う え、プレゼント…? あ、ありがとう、嬉しい…! わたしもね、プレゼントあるの。はいっ お互いに開けると、同じモチーフの装飾品でびっくり …ふふ、わたしたち気が合うね わたし今、彼に恋してる でもそれは、きっと特別な夜だから でも、もしこの気持ちが消えなかったら、その時はきっと… |
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~ リザルトノベル ~ |
エトワール地区、リュミエールストリートを前に、『アユカ・セイロウ』は目を輝かせた。
「綺麗だねぇ、かーくん」 「はい」 道の両脇に並ぶ商店は、魔術や魔結晶を用いた飾りで華やかに彩られている。軒先や壁につけられた、星のように瞬く飾りを横目に、人々はリュミエールストリートの中心部に向かっていた。 日ごろから賑わっているこの場所の、中心。普段は買い物客たちの憩いの場になっている広場では今、クリスマス・マルシェが開催されている。 「行きましょう、アユカさん」 凛と背筋を伸ばした『花咲・楓(はなさき・かえで)』に促され、アユカは一瞬だけ間をおいて頷いた。 「うん!」 腰のあたりで手を結び、興味深そうに歩いていくアユカに、楓は目を細める。 いわゆるクリスマス市であるクリスマス・マルシェの賑わいは、少し離れた位置からでも十分に知ることができた。喧噪の合間を縫うように、屋台を開いている者たちの声が響いてくる。 顔を上げれば、広場の中央に設けられた、クリスマスタワーと呼ばれる塔が見えた。 「大きいですね」 「すぐ近くまで行ったら、てっぺんは見えなくなりそうだね」 クリスマス・マルシェは塔を囲むように展開している。特徴としては、どの屋台も木造の、小さな家のような形になっていることだろう。 まるで小人の住居だ。装飾品を売っている店もあれば、店外に簡易的なテーブルと椅子を置いた軽食店もある。 常日頃の広場周辺とは異なる光景だ。魔術と魔結晶を駆使したイルミネーションも、このあたりはひときわ豪奢だった。 ちらりとアユカは半歩後ろに立つ楓を見る。 真面目を絵に描いたような、引き締まった表情を浮かべていることが多い楓も、今は少し楽しそうだった。視線を動かして屋台や人ごみを観察している。 「クリスマス・マルシェに行きませんか?」 先日、そう誘われたことを思い出す。楓からお祭りの誘いをもらえるとは思っていなかったアユカは、やや緊張した様子でかけられた言葉の意味を理解するのに、一拍を要した。 「かーくんと?」 「はい」 「二人で?」 「……はい」 断られると思ったのか、楓の目の奥がわずかに曇る。アユカの胸にじわりと喜びが満ちた。 「行きたい! 行こう、かーくん!」 前までは、こういうお祭りに興味を示さなかったのに。 心情の変化でも気まぐれでもよかった。クリスマスの日が近づくにつれ、教団内で噂話として度々耳にしていたクリスマス・マルシェに、二人で行けることがただ嬉しかった。 (嬉しかった、けど) 口許に寂しい笑みが宿らないよう、頬の内側をきゅっと噛んで、アユカは密かに息をつく。白いもやのような呼気が自身の胸の内側そのもののようで、早く夜の空気に溶けてくれることを願った。 「つまらないですか?」 「え、ううん! もちろん楽しいよ! けど……」 和らげた声で気遣われ、アユカは慌てて振り返る。けど、と言ってしまってからわずかだけ後悔した。心から楽しめていません、と自白したのも同然だ。 彼はきっと、アユカが楽しむことを望んで誘ってくれた。クリスマス・マルシェに行ってみたいと思っていたことも、知っていたのかもしれない。 「楽しいのならば、よかったです」 ひとまず胸を撫で下ろした様子の楓は、すでにアユカが抱える複雑な心境について察しているようだった。 逃げようと思えば、逃がしてもらえる。分かっているからこそ、アユカは誤魔化しも嘘も投げ捨てて、真っ直ぐ楓を見た。 ひとつまみの緊張が、腹の底をひやりと冷たくする。アユカはそれを表に出さないようつとめた。 「……前から思ってたんだけど」 「はい」 「かーくん、どうしてわたしに敬語なの?」 思いもよらない問いかけだったらしく、楓は眼鏡の奥で緩やかに瞬く。思案するような沈黙を挟み、彼は真摯に応じる。 「最初は、初対面の女性にどう接すればいいか、迷っていたというのが大きいです」 「今は?」 出会って、契約して、もう何度も一緒に任務に出かけた。今はこうして、指令でもないのに二人でいる。 初め、彼に対して感じていた気後れを、アユカはもう抱かない。厳格で冷静な楓が、本当はとても優しくて誠実な人物だということを、十分に理解している。 お祭りに誘ってくれるようにまでなったのに、それでもずっと、楓はアユカに対して敬語のままだ。 「今は……。習慣と、尊重したい相手だから、ですかね」 しっかりと自らの心を探りながら、楓は答えを出す。アユカの肩から力が抜けた。 (悪い理由じゃなかった) 安堵したのも束の間、寂しさが一陣の風となって胸中に吹いた。 「尊重……、してくれるのは、嬉しいけど。なんだか、壁を感じちゃうな」 細く息を吸う。こっそり吐き出したつもりが、吐息は夜気に冷やされて白く染まってしまった。 もう、とアユカは内心で唇を尖らせつつ、困ったように目を伏せた楓に明るい声を放つ。 「そうだ、今日は敬語と、さんづけは禁止にしよう!」 なんでもない風に聞こえていますように。跳ね上がる心臓に気づきませんように。 名案とばかりに、ぱん、と手を打ち鳴らしたアユカは願いながら、きょとんとしている楓に微笑む。 「いいじゃない、クリスマスくらい。いつもと違う感じでも」 「……別に、構いませんよ」 あっさりと承諾した楓が、わずかに口の端を上げた。 「それなら、アユカさんも……、いや、アユカも、楓と呼んでくれ」 「うん!」 温かくて柔らかなもので、胸が満たされるのをアユカは感じる。呼吸さえままならなくなりそうなくらい膨れていくその気持ちに促されるように、楓の左腕を絡めるようにとった。 「行こう、楓。わたし、ホットワインが飲みたいなぁ」 びしりと音が聞こえそうなほど明らかに、楓が固まる。アユカは彼の目を覗きこみ、首を傾けた。 「楓?」 「……呼び捨てにされると、思わなかった」 「ご、ごめんね、嫌だった?」 「いや、いい、全然。行こう」 「うん」 首を縦に振る動作で、赤くなった顔は隠れただろうか。 腕を組むことは受け入れられたのだと、気づいてしまったアユカの鼓動がさらに早くなる。 楓が真剣な声で言った。 「でも酒はだめ。ホットチョコレートで我慢してくれ」 「えー」 「だめ」 「仕方ないなぁ。じゃあホットチョコレートで」 大げさに肩を竦めたアユカは、くすぐったいような、可笑しいような気持ちになって、吹き出す。くすくすと笑うアユカを楓は穏やかな目で見て、歩き始めた。 ふわふわと足元が柔らかい。雲の上を歩いているようだ。楓の腕の温もりを、衣服越しでも感じとれた。 歩幅をアユカにあわせて。アユカの肩がすれ違う人々とぶつからないよう、さり気なく気を配って。 星の光のようなイルミネーションに横顔を照らされながら、楓は綺麗な姿勢で歩く。 (まるで恋人みたいね、楓) ホットチョコレートを購入して、スノードームをたくさん並べた屋台をひやかす。観衆を驚かせている大道芸人たちを横目に、楓と他愛もない話をしながら、アユカは胸の内で呟く。 (雰囲気に流されてどきどきするの、前は嫌だったけど) 楽しそうに言葉を交わす恋人たちと、すれ違う。 きっとこの瞬間、自分たちは彼らと同じような関係に、見えている。 (自分の気持ちに蓋をすることに、なんの意味があるんだろう) 今はそう思う。 しばらく屋台を見て回り、見つけたベンチで休憩をとることにした。手すりと背もたれに、ぴかぴか光る丸い飾りがいくつかつけられている。 「アユカ、これを」 いつ渡そうかと考えていた楓は、今がそのときだろうと判断し、事前に用意しておいた小箱をとり出した。 「……え、プレゼント?」 「クリスマスは、贈り物をするもの、らしいから」 呆然としていたアユカが、はっと我に返る。 「あ、ありがとう、嬉しい……! わたしもね、プレゼントあるの。はいっ!」 小箱を受けとったアユカも、あわあわと贈り物を出す。こちらもあらかじめ準備してあったものだった。 「アユカも用意してくれたのか」 感動と喜びが、熱となって楓の胸から体の隅々に行き渡る。 用意したものを気に入ってもらえるか、という不安さえ塗り替えてしまいそうな感情を、楓は目を伏せて噛み締めた。 今夜は、幸せなことが起こりすぎて、酩酊してしまいそうだ。 「せーので開けない?」 「ああ、分かった」 「じゃあ、いくよ? せーの」 アユカは、正方形に近い小箱を。 楓は、横にやや長い長方形の小箱を。 優しく開いて、息をのむ。 「雪の結晶……!」 「同じ、だな」 楓はアユカに髪飾りを、アユカは楓にネクタイピンを、それぞれ贈った。 どちらも、雪の結晶をモチーフにしたものだ。 「ふふ、わたしたち、気があうね」 「そうだな。ありがとう、大事にする」 「わたしも!」 互いに箱から贈り物を出し、愛しい偶然に笑みをかわしあう。 ずいぶんと近くに見えるようになった塔の光に透かすように、髪飾りを持つアユカを見ていると、これは夢なのではないかとすら思えてきて。 考えるよりも早く、楓は彼女に手を差し伸べていた。 「髪飾り、つけさせてくれないか?」 「いいの? ふふ、お願い」 照れたように笑んだアユカが、楓の手のひらに髪飾りをのせる。 (ああ) 警戒もなにもなく、楓に背を向けたアユカの髪を指で梳く。頬にかかったひと房を、後ろにそっと持ってくる。 (……俺は、弱い男だ) 髪に、頬に、触れたいと願ってしまった。その衝動を抑えられなかった。 彼女の迷惑になるかもしれない、ならば封じよう、と決めた恋心が、痛いほどにうずく。 (このいっときを、俺は永遠に忘れない) 雪の結晶の髪飾りは、思った通りアユカによく似合っていた。 (わたし今、彼に恋してる) ぎこちなく髪を梳く指先を、アユカはそっと目を閉じて受け入れる。 (でもそれは、きっと特別な夜だから) 雰囲気に流されること。それを嫌っているからと、自分の気持ちに蓋をしてしまうこと。 喧噪さえ遠のくほど、背後の彼のことを想いながら、アユカは考える。 (今夜が終わって、明日がきて) 話し方は、呼び方は、御伽話に出てくる魔法が解けるみたいに、元に戻るだろうか。 未だ落ち着かない心音も、恋人たちも多いクリスマス・マルシェの熱にあてられただけ。彼に抱いているのは結局、恋心と呼べるほど成長した感情ではないと、これまで通り認めずにいられるのだろうか。 (でも、もし、この気持ちが消えなかったら) 贈りあった雪の結晶が、溶けないように。 これが一夜の夢でないと知ってしまったなら。 (そのときは、きっと……) 楓の指が頬を掠める。アユカは彼に気づかれないよう、祈るような形に手を握りあわせた。 「できた。痛くないか?」 「うん、大丈夫。似合う?」 「とても」 真剣な表情で楓が頷く。アユカははにかんで、楓からもらった小箱を仕舞い、跳ねるように立ち上がった。 「今度はクリスマスタワーの近くまで行ってみない?」 「ああ、行こう」 アユカからの贈り物を丁寧に仕舞った楓も、ベンチから立ち上がる。アユカはできるだけ自然な動きで、再び楓と腕を組んだ。 「楓、あの飴細工、可愛い!」 「アユカ、向こうの菓子店にお菓子の家がある」 寄り道をしつつ広場の中央、噴水に設営された塔を目指す。 夜が更けきるまで、お菓子のように甘くて幸せな時間を堪能すると決めて。
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*** 活躍者 *** |