~ プロローグ ~ |
1718年12月――教皇国家アークソサエティは、「クリスマス(ユール)」ムードに包まれています。
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~ 解説 ~ |
現代社会とは、起源などが異なっていますが、基本的なイメージは同様のイベント内容になっています。
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~ ゲームマスターより ~ |
※イベントシチュエーションノベル『聖なる夜に祝福を!』の対象エピソードです。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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食堂で楽しむ:1
おお~!すげぇ!これがなんとかボード? 見たことない料理もある! この赤いのなんだ? お!酒もある!シャドウ・ガルテン産か。これにしよっと。ルドはどうする? ん?なんだよ頭抱えて 手伝いに行く?別にいいんじゃねぇの? 俺はやめとく。足手まといになるし ルドは厨房手伝いに行っちまったし、一人で飲んでるか (ルドが帰って来る頃にはすっかり出来上がって) ルドおかえり~ なんだそれ?カルパッチョ?サシミ? へ~サシミは初めてみるな~ルドが食べるのか? …サシミは俺に? …なんで? つまみ食いして美味しかったから? ……おう、サンキュー …ぐすっ ルドがこんなに俺に良くしてくれるのに、俺はルドになんも返せしてやれない(ぐすっ おう、食べる(ぐずぐず うまい… ルドが相棒でよかった 俺、教団に入るまで友達も仲間もいなかったからさ。嬉しくて (ルドは迷惑かもしれないけど。俺は嬉しいんだ) |
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~ リザルトノベル ~ |
●聖夜の食卓 薔薇十字教団の食堂は、口の悪さと料理の腕は超一流と言われるライカンスロープのコック、ギヨーム・フェールが料理長を務め、メニューになくとも注文すれば大抵の料理は出てくることで有名である。訓練や指令で多忙な日々を過ごす浄化師たちが温かい食事に気を緩め、日常のひとときを過ごす。そんな和やかな空間だが、急を要する指令が舞い込めば真っ先に駆り出されるのは本部内の浄化師であるため、一定の緊張感は保たれているのが常だ。 しかし、十二月二十五日――教団の創始者であるアレイスター・エリファスの生誕を祝う日であり、世間一般には伝説の魔術師サンタクロース・ニコライが贈り物を配る祝祭として浸透している今日この日は、常にない賑わいが食堂室を晴れやかに彩っていた。 「おお~! すげぇ! これがなんとかボード?」 たたっと軽い足取りでクリスマスツリーの横を通りすぎ、『アシエト・ラヴ』は歓声を上げた。 カウンターで注文をして料理を受け取る普段とは異なり、今日ばかりは既に豪勢な料理の数々がテーブルを埋め尽くしている。 「なんとかボードじゃない。ユール・ボードだ」 テーブルに駆け寄ったアシエトを淡々とした歩調で追い、『ルドハイド・ラーマ』は訂正を加えた。パートナーほど祭り事に高揚するたちではないが、確かにこれだけ並んでいると見事だ、とルドハイドも食堂を見回して感心する。 ユール・ボードとは、この時期に催されるビュッフェスタイルの食事のことを言う。 香ばしくローストされたチキンにポーク、薄くスライスされピンク色の断面を覗かせるローストビーフ。魚介をふんだんに使ったパスタやピッツァに、大きく浅い専用の鍋に焚かれたパエリア。果てには見慣れぬニホン料理まで。およそ、ご馳走と称されるものの全てが勢ぞろいしているのではないかというような様相だった。 勿論、ユール・シンカやブッシュ・ド・ノエルも食べきれないほどに用意されている。 ユール・シンカというのは、豚もも肉のハムにマスタードとパン粉をまぶしてこんがりと焼いたもので、その名はずばり『聖誕祭のハム』を意味する。樹氷群ノルウェンディやアークソサエティ北部を中心に親しまれる、この時季の風物詩だ。 「見たことない料理もある! この赤いのなんだ?」 「それはたぶん……」 ビーツを使った煮込み料理だろうと言いかけて、ルドハイドは止めた。逐一答えたところで、どうせ相手は聞いていやしない。実際、アシエトは次々に関心の矛先を変えて、今はもう、別のテーブルへと移動している。 「お! 酒もある!」 アシエトはずらりと並んだボトルに目を付け、喜々としてラベルを確かめ始めた。 「初めて見るやつも多いな。なあ、ルドはこれ飲んだことあるか? 美味いかな」 自分から聞いておきながら返事を待たずに別のボトルを手にとり、好みの銘柄だったのか、嬉しそうに破顔する。酒を嗜むのは種族も年齢も性格も異なる二人の数少ない共通点だが、ルドハイドが『酒が好きな男』だとすればアシエトは『酒浸りの男』だ。 飲む前からこれでは、飲みだしてからのことが思いやられる。ルドハイドは、だんだんと頭痛を覚えて額に手を当てた。 「シャドウ・ガルテン産か。これにしよっと。ルドはどうする?」 ちゃっかりボトルを抱えこんで顔をあげたアシエトは、そこで初めてパートナーの様子に気が付いてぱちんと瞬いた。 「ん? なんだよ頭抱えて」 ルドハイドは答える代わりに嘆息し、厨房へ視線を投げた。 「……厨房が騒がしいな。人が足りていないのかもしれない」 家庭で行われるユール・ボードでは、参加者それぞれが一品か二品、料理を持ち寄るのが作法だ。教団には先述のギヨームをはじめとするプロの料理人が揃っているので、そうした気遣いは不要といえば不要だが、浮かれているアシエトが少々鬱陶しくなったこともあり、ルドハイドは手助けに赴く気になった。 実際、厨房は大変なことになっているはずだ。浄化師に限らず、いつあるともわからぬ緊急事態に備えて教団本部を離れられない職員は少なくない。せめてものクリスマス気分を味わおうと食堂を訪れる人々は後を立たず、料理の皿は次々に空になっていく。厨房からは、包丁を振るいフライパンを揺する料理人たちによる戦いの喧噪が漏れ聞こえていた。 手伝いに行くと言うルドハイドに、アシエトはふぅんと軽く頷き、 「別にいいんじゃねぇの? 俺はやめとく」 あっさり手を振って、ルドハイドを送り出した。 「足手まといになるし」 そう付け加えるように言ったが、ルドハイドは彼が普段自炊することを知っている。だらしない生活態度の割には、アシエトは家事に慣れているのだ。料理の腕に自信が無いのではなく、単に早く酒が飲みたいだけだろう、とルドハイドは目を細める。しかし彼がどう過ごそうとどうでも良い話なので、指摘はせずに厨房へと向かった。 「うーん……」 その場に残されたアシエトは、ボトルとグラスをしっかり確保したまま周囲を見遣った。 取り皿を手にテーブルの合間を行ったり来たりしている職員や、席に腰を落ち着かせて舌鼓を打つ同僚の姿を一通り見回す。中には見覚えのある顔もあったが、親しげな様子でパートナーや友人と笑い合っているのを見ると、そこへ割って入る気にはならなかった。 「……あそこでいっか」 結局、部屋の隅に空いているテーブルを見つけ、ひとり陣取った。 ●聖誕祭の本音と気まぐれ ボナペティ! ――意訳すると、ここはもう良いからお前も食って来い! と料理長に言われ、ルドハイドは厨房を後にした。食堂室には相変わらず多くの姿があったが、大方食べ終わった後の一服を楽しむ人々が主なようで、どこかのんびりとした空気が流れている。 さて、アシエトはどこにいるのか――どうせ一人で寂しく飲んでいるに違いない、と視線を走らせて、部屋の片隅に見慣れた白髪頭を見つけた。自分用のグラスと未開封のボトルを見繕い、そちらに向かう。 「アシエト……」 近づいた横顔が楽しげにどこかを見つめているのに気がついて、ルドハイドは足を止めた。 色白の頬はアルコールですっかり紅潮している。まなざしを辿れば、大人数でテーブルを囲み、歌いながら酒を飲み干す一団がいた。乾杯の歌と呼ばれる短いメロディを口ずさんではグラスを鳴らし、豪快に煽る。ユール・ボードでよく見られる、お馴染みのやりとりだ。かちん、とグラスが澄んだ音を立てるたび、笑い声が弾ける。その陽気さにつられて、ボトルやグラスを手に後から加わる者もいる。 そうした光景を、アシエトはただ穏やかな目をして静かに眺めているのだった。 「……」 「あ、」 瞬いた黒い瞳がルドハイドを視界にとらえ、ぱっと振り返る。 「ルド、おかえり~」 ふにゃりと相好を崩した締まりのない笑みに迎えられ、ルドハイドは向かいの席に腰を下ろした。空いたボトルを脇に退け、厨房からくすねてきた皿を卓上に置く。 「なんだ、それ?」 アシエトが興味津々な様子で皿を覗きこむ。 「カルパッチョとサシミだ」 「へ~、サシミは初めて見るな~。ルドが食べるのか?」 「……いや、サシミはお前に」 何の期待も含まない単純な声音に一瞬躊躇するも、サシミの乗った皿をアシエトの方へ押しやりながら答える。 「……なんで?」 まっすぐに見つめられて、いささか居心地が悪い。だが咄嗟にうまい誤魔化し方も浮かばず、隠すことでもなし、と気を取り直した。 「つまみ食いして、美味だったから貰って来た」 「美味しかったから……?」 何故だか、アシエトはルドハイドの言葉を復唱して、サシミをじっと見つめた。どうにも様子がおかしい。見た目よりも、ずっと酔っているのかもしれない。 「……おう、サンキュー」 倒れ込みやしないだろうなと警戒するルドハイドの前で、サシミに向けられたままの双眸がじわりと潤み、ぽろぽろと雫を零した。 「う~っ」 アシエトはその涙をぬぐいもせずグラスを煽る。酔っている上に泣きだすものだから、頬や目尻どころか鼻まですっかり赤くなっていた。 「おい……」 「る、ルドがこんなに俺に良くしてくれるのに、俺はルドになんも返してやれない……」 ぐずぐずと嗚咽混じりに告げられた言葉に、ルドハイドは言葉を失った。情けない顔だと、いつものようにこき下ろすのは容易いが、今のアシエトは叩けば叩いただけぺしゃんと潰れそうな雰囲気で、そんな気になれなかった。 アシエトはサシミの皿を両手で抱えたまま、うっうっ、と泣いているのだか呻いているのだかよくわからない声を上げながら、己の不甲斐なさを嘆いている。 「……いいから食べろ」 酒のせいだ。酔っ払いのたわごとだ。真面目に受け止める必要はない――ルドハイドはそう自分に言い聞かせ、相手にフォークを押し付けた。 「おう、食べる……」 ぐすっと一度大きく洟をすすったアシエトは素直にそれを受け取って、のそのそと皿に向き合った。新鮮な白身魚のサシミを一切れ口に含み、うまい、と呟く。その頬を、またぽろりと雫がひとつ伝い落ちた。 「ルドが相棒でよかった」 食べ始めれば黙るだろうという、ルドハイドの思惑は外れた。 咀嚼する合間に、ぽつぽつとアシエトは言葉を漏らす。 「俺、教団に入るまで友達も仲間もいなかったからさ。嬉しくて……」 「……そうか」 ルドハイドは新しいボトルを開けて自分のグラスを満たした後、まだ鼻をぐすぐすと言わせているアシエトのグラスにもたっぷり酒を注いでやった。 アシエトは礼を言い、勢いよくワインを飲み干した。 「うまいなあ……」 呟いて、皿の脇へ突っ伏す。 (……ルドは迷惑かもしれないけど。俺は嬉しいんだ) 頭のてっぺんまで回ってきた酩酊感に逆らわず、アシエトは目を閉じた。 ようやく大人しくなったパートナーを見下ろし、ルドハイドはグラスを静かに傾けた。シャドウ・ガルテン産だというそれは美しい琥珀色をして、アイスワインに似た芳醇な香りと後味のすっきりした甘みを持っている。だが、脳裏を占めるのは上等な酒ではなく、目の前でみっともない寝顔を晒している男のことだった。 (孤独なのは一緒、か? いや、こいつには家族が……) 今年の初夏、ヴァン・ブリーズの公園で巡回任務中に交わした会話が思い出される。 孤児院育ちのアシエトに血縁はない。だが、彼は孤児院の経営者や共に育った『きょうだい』を家族だといって憚らない。事実、温かな情の結びつきがそこにはあるのだろう。 対するルドハイドはといえば、血の繋がった親がいるものの関わりは希薄で、もう長い間便りのひとつも交わしていない。愛する妻子がいたが――炎の中で喪った。 二人の孤独が同質であるはずはないのだ。 だが、ある点では、 「……お互い様だな」 それくらいは、認めても良いかもしれなかった。無論、お前が相棒で良かったなどと、明け透けに告げる気は毛頭ないが。 「全部飲み干せ! 歌え! ラーランレイ!」 食堂室の一画で、また誰かがお馴染みのフレーズを歌い出す。 そういえば、二人でやって来たというのに乾杯のひとつもしなかった。ルドハイドは手にしたグラスを、卓上の、アシエトが空にしたグラスにかちりと合わせる。 聖誕祭の、ほんの小さな気まぐれだった。
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*** 活躍者 *** |