~ プロローグ ~ |
1719年12月――教皇国家アークソサエティは、今年もクリスマスムードに包まれています。
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~ 解説 ~ |
現代社会とは、起源などが異なっていますが、基本的なイメージは同様のイベント内容になっています。
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~ ゲームマスターより ~ |
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◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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食堂:1
◆ローザ 聖夜にも関わらず任務だったが、早めに帰還する事が出来た 部屋に戻ろうとする男の背に声を掛ける …ヘイリー、夕飯に付き合ってくれ ・喧騒から少し外れた端の席へ 部屋に戻っても、携帯食料で食事を済ませて寝る気だっただろう? 今夜は折角の聖夜なんだ 美味しい食事で身体を休むのもいいだろ ● 話題は戦闘の事ばかりだが、想定よりも穏やかな食事が出来て、少し安堵する デザートの前に…本題を切り出そう なあ、ヘイリー 貴方が殺しても死なない程度には頑丈、というのはまぁ…分かって来たんだが それにしたって、防寒に気を遣わなさすぎだ 今日の任務でも、指先が冷え切って真っ白だった …指先の感覚が鈍れば、その、武器を振るう際にも支障が出るだろう! いや、責めたい訳じゃないんだ… バツが悪くなりつつ…プレゼントをテーブルの上に置く 中身は、手袋だ …私達は曲がりなりにも、パートナーだろう 贈り物をするのは、可笑しい事じゃない、はず…だ |
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~ リザルトノベル ~ |
●聖夜の晩餐 冬、晴れの夜は殊更冷える。 聖夜の任務から戻った『ローザ・スターリナ』は屋内の温かな空気に、ふと息を吐いた。雪深いノルウェンディの外れに生まれ育ったとはいえ、寒さが全く堪えないわけではないのだ。隣で同じく息を吐く気配がして、長身のローザよりも頭一つ分背の低い男がさっさと歩きだす。 「……ヘイリー」 壮麗な作りをしたエントランスホールに馴染まぬその無骨な背へ、ローザは声をかけた。 「夕飯に付き合ってくれ」 くすみのある肌にこけた頬、無精髭。落ち窪んだ瞳の下には陰気な隈が色濃く染みついている。鬼人の証である額の角も加わって、なんとも人相の悪い顔が振り返った。 『ジャック・ヘイリー』――ヴァンピールであり、女であり、色素の薄い髪と瞳を持つローザとは一つとして共通点のないこの男が、彼女のパートナーだった。 ジャックはほんの一瞬思案気な顔をした後、まあ良いだろうと頷いた。 花やリボンで飾り付けられた食堂は、いつにもまして賑わっていた。聖夜の名物ユール・ボード――多種多様な料理が並ぶ大テーブルが設置され、誰でも好きなものを好きなだけ食べられるようになっている。 「料理を調達して来るから、席を確保しておいてくれ」 「欲張って取りすぎるなよ」 「おっさんは胃が軟弱なんだったな、気を付けるよ」 軽い悪態の応酬をして、二手に分かれる。 ジャックは一足先に杯を交わして大いに盛り上がる連中を避け、隅の席へ陣取った。 「待たせたな」 ほどなくやってきたローザは、器用に掲げ持った大小の皿を次々と並べた。二人掛けの小さなテーブルは、すぐにいっぱいになる。 「おい……。取りすぎるなと言ったはずだがな」 思わず睨みつけたジャックを気にした様子もなく、ローザは最後に脇へ挟んでいたワインボトルを置く。 「携帯食糧で食事を済ませて寝る気だっただろう? 今夜は折角の聖夜なんだ。美味しい食事で身体を休めるのもいいだろ」 「……うるせぇよ」 ジャックは日頃から食事に頓着しないタチだし、祝祭に和気藹々とするような暮らしとは久しく縁が無い。今更、そんな風に過ごせる気もしなかった。お見通しだとばかりに笑むローザへ、低く返す。負け惜しみだとは自分でも分かっている。 ここ数年で他国との交流が活性化したことを反映するように、例年にも増して国際色豊かな料理が揃っていた。ひとまず一番手前から片付けようと目を落とした皿には、見慣れぬ鮮やかなトッピングのされた米料理――ニホンのちらし寿司が盛られていた。 「サクラデンブというそうだ。確かに、以前見たサクラの花を思い出すな」 散らされた具材を零さぬようすくいながら、ローザは解説を添えた。 サクラはアークソサエティでは珍しい樹木だがニホンでは一般に広く愛好されてる。ジャックが所有する和傘にも、サクラを描いたものがあった。 「こんな派手な色じゃねぇだろ」 「これはこれで可愛らしいじゃないか。まあ、おっさんに理解できないのは仕方ないかもしれないが」 貴公子然としているローザがジャックに対しては容赦ない憎まれ口を叩き、ジャックもまたローザに対してはちょっとしたことで喧嘩腰になるのが常だ。 だが、今夜の二人はそんなやりとりをしながらも、心なしか和やかな雰囲気に包まれていた。 ユール・ボードの隣で煌めく大きなツリー、そこかしこで沸き起こる笑い声や歌声――そんな聖夜の雰囲気に引きずられているのかもしれない。それとも、料理長ギヨームが一流の腕を振るった極上料理のおかげか。 日頃は怜悧な印象を湛えるアイスブルーの双眸が楽しげに瞬いて、異国の料理を見つめている。その味に、唇がほんのわずかに緩む。 食事を楽しむローザを眺めて、ジャックは内心苦笑した。こんな空気の中では、誰だってそうそう険悪になどなれやしない。ジャック自身でさえ、柄にもなくノスタルジックな心持ちになっているのを否定できなかった。耳を撫でる心地良い喧噪に、今は遠き、あたたかな日々の感触が蘇ってくる。 肉料理に取り掛かろうというタイミングで、シャドウ・ガルテン産のワインをお互いのグラスに注ぎ、唇を軽く湿す。 「春雷迅というのは、まだ魔術が無い、古い時代のものを元にしているのだろう? それにしては、随分と威力があるな」 「ああ。狙いをつけるのがちと難しいがな。認めるのは癪だが……まだ使いこなせてねぇ部分もある」 「おっさんにしては謙虚な物言いじゃないか」 「やかましい。お前こそ、今日は狙いが甘かったぞ」 「ちゃんと一発で仕留めたさ」 食事の合間に交わす話題は今日の指令で使っていた武器のこと、二人の連携について、それから教団が開発した新しい武器のこと――つまりは戦闘にまつわる内容ばかりだったが、思いのほか穏やかに流れる時間に、ローザは密かに安堵していた。 グラスを戻しながら、無意識のうちに空いた手を懐へあてる。今夜、ジャックを食事に誘ったのにはわけがあった。男女別に分かれた寮へ帰ってしまえば機会を失ってしまう。それだから帰還直後に声を掛けたのだが、いまだ目的を果たせずにいる。 今、では、いささか唐突すぎるか。食事はまだ中盤だ、焦ることは無い。デザートの前にでも切り出せば良い、とローザは自分に言い聞かせた。 聖夜の風物詩ユール・シンカは豚の尻肉を使った料理で、まぶされた蜂蜜とマスタードの風味がよく、焼き目の付いたパン粉の食感がアクセントになっている。一般家庭では余ったユール・シンカを翌日以降サンドイッチやポトフの具にするのだが、大勢が出入りする教団の食堂ではきっと余らないだろう。それが少しばかり惜しく思われる味わいだ。 棒状の風変わりな見た目をしているのは、ルネサンス周辺の郷土料理カンネッローニ。パスタ生地で肉や野菜をくるくると巻いたものへ、ペシャメルソース、次にラグーソースをかけ、仕上げにチーズをたっぷりとまぶして焼いてある。パスタの詰め物にもチーズが入っているらしく、ワインと相性が良い。 「ふむ……美味しいな」 「……」 「……なんだ?」 ふと、ジャックが手を止めて自身を見ていることに気が付き、ローザは顔を上げた。些か食事に気を取られて会話がおろそかになっていたかもしれない。気恥ずかしさを誤魔化すように、一旦ナプキンで口元をぬぐう。 ジャックは、なんでもないと言う代わりに肩を竦めた。 「美味そうに食ってるなと思っただけだ」 「それは……実際に美味しいのだから、何も変ではないだろう」 「変とは言ってねぇ」 ぶっきらぼうに言いながら、ジャックはカンネッローニを口へ運んだ。咀嚼し、飲み込む。そしてまたフォークを刺す。美味しくてつい手が伸びるというよりは、皿を空にすることだけを目的としたような機械的な仕種――味気ない携帯食糧を齧っている時と大差ない様子に、ローザは眉をしかめた。 「もっと味わったらどうだ」 「人の食い方にケチ付けてないで、お前もさっさと食え」 聞く耳持たぬ風にフォークの先を振られて、むっとする。 「少しはゆっくり食事をすることを覚えるべきじゃないか。頓着しなさすぎだ」 そうだ、ジャックはあまりにも無頓着すぎる。食事に限らず、戦闘でも――そう、常々思っていたのだ。 堪えていたものが溢れる感覚のままに、ローザは言葉を続けた。 「なあ、ヘイリー。貴方が殺しても死なない程度には頑丈、というのはまぁ……分かってきたんだが。それにしたって、自分をおざなりにしすぎじゃないか。今日の任務だって、防寒に気を遣わなさすぎだ。指先が冷え切って真っ白だった」 意外なことを指摘された、という風に、赤褐色のまなこが瞬いた。 ローザが気が付いているとは思わなかったのだろうか。だとしたら、心外だった。たとえ馬が合わなかろうとも、ローザはジャックのパートナーなのだ。戦闘中の様子くらい、見ているに決まっている。 「……指先の感覚が鈍れば、その、武器を振るう際にも支障が出るだろう!」 いつものように反論や悪態が返ってくると思いきや、ジャックは黙って話を聞いていた。彼らしくもない態度に、ローザはバツが悪くなって視線を落とす。 「いや、責めたい訳じゃないんだ……」 穏やかに過ごせて嬉しいと思ったのはつい先刻のことなのに、結局、自分がそんな時間を乱してしまった。うまく話を運べない己の不器用さを感じて嘆息する。 「それで、お前は何が言いたいんだ」 一旦フォークを置いて、ジャックは促した。食べ方については、ちんたら食べていると完食より先に胃が根を上げそうだと判断しただけのことなのだが、重要ではないので捨て置く。 食事の間、ローザが妙にそわそわしていることには気づいていた。夕食に誘った動機が単なるジャックへの苦情申し立てであるなら、落ち着きを無くす必要はない。そろそろ本題に入って良い頃合いだ。 背凭れに身を預けて話を聞く構えを示すと、ローザはおずおずと懐から何かを取り出した。 テーブルに置かれたそれを、ずいと押しやられて、ジャックは素直に驚いた。贈り物が出て来るとは、全く予想していなかったのだ。いつだったかハンカチを寄越されたことはあるが、あれは雨に濡れた成り行きでだった。 「中身は、手袋だ」 開けていいものか迷うジャックに、ローザが告げる。 「……私達は曲がりなりにも、パートナーだろう。贈り物をするのは、可笑しい事じゃない、はず……だ」 躊躇いがちに言いながら、しかし澄んだ淡青色の双眸はしっかりとジャックを見つめている。 咄嗟に言葉が出ず、代わりにジャックは袋の封を開けた。出てきたのは、黒革の手袋だ。明らかに男物で、日頃ローザが身に着けるものに比べれば飾り気は無いが、物は良さそうである。試しに嵌めてみれば、よくなめされた革はやわらかく肌にそった。 「……悪くはねぇな。使わせて貰う」 手を閉じたり開いたりして、感覚を確かめる。これなら、武器を扱う際も支障はなさそうだ。 「ありがとよ、スターリナ」 ●甘い星空 「甘そうだな」 デザートの段になって、ジャックはぼそりと呟いた。甘味が嫌いなわけではないが、濃厚なケーキは満腹の胃袋には負担だ。ローザは気が付かず、喜々としてケーキ皿を引き寄せている。水を差す気にはならず、ジャックは濃いコーヒーを調達することにした。 定番のブッシュ・ド・ノエル、ガトー・デ・ロワ、シュトーレン――様々なケーキが並ぶ中からローザが選び取ったのは、チョコレートケーキだった。艶の良いビターチョコレートに散りばめられた大小のアラザンが、まるで星空のようで目を惹いたのだ。 「中はカシスのムースで、甘さ控えめだそうだ」 「そうかい」 素っ気なく応えるジャックを、ローザはちらりと見遣る。 贈った手袋は元通り梱包されて、今はジャックの懐に仕舞われている。渡す瞬間まで、受け取ってもらえるかどうか、そもそも何故自分は聖夜に贈り物をしようと思ったのか、不安や迷いがあった。だが、今は嘘のように気が晴れている。 春の夜に青白く輝く星、スピカ。このケーキを見たとき、いつか二人で見上げた夜空を思い出したのだと、ジャックは気が付いただろうか。 「甘ぇ……」 「……ああ、甘いな」 聖夜に食べるケーキは、不思議とローザにも甘かった。
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*** 活躍者 *** |