~ プロローグ ~ |
1719年12月――教皇国家アークソサエティは、今年もクリスマスムードに包まれています。
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~ 解説 ~ |
現代社会とは、起源などが異なっていますが、基本的なイメージは同様のイベント内容になっています。
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~ ゲームマスターより ~ |
※イベントシチュエーションノベル『聖なる夜は終わらない』の対象エピソードです。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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17
今年はクリスマス中に本部に戻るのはスケジュール的にきつそう 指令帰りに、二ホンの年越しを体験してみましょう へえ…温かそうね でもあんまり甘くないわ…お砂糖はないの?…はーい 簪って、確か二ホンの髪飾りよね へえ…鼈甲に木に…どれもすごく綺麗 え?本当だわ…彼岸花もある まるでパパのアクセサリーみたい ねえおじいさん、この簪を作った職人さんのことを教えてほしいの どんな人だったの?名前は? …え?外国の人で…あるぶれひと? じゃ、じゃあ娘さんの名前は…謡子(ようこ)? 旅の細工職人で…二人は結婚した後、職人さんの故郷へ移り住んだのね…そう… へ、変なこと聞いてごめんなさい、これと似た髪飾りを見たことがあったから気になって 内心動揺 間違いなくパパとママだわ…それじゃあこの人は、私のおじいちゃん… 浄化師だから名乗り出ても一緒には暮らせない それでも、一目会えただけでも…自分のルーツを知れただけでも良かった |
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~ リザルトノベル ~ |
教皇国家アークソサエティは今ごろ、クリスマスに沸き立っているのだろう。
今朝、客室のカレンダーを見てそんなことをふと思った。落ちこむほど残念なことでもないが、今年は間にあわないだろうなと『リコリス・ラディアータ』は冷静に分析する。 現在地は東方島国ニホン。指令を受けているし、なによりクリスマスを楽しみたいから教団本部に帰りたい、など言えないし、言う気もない。 今日がなんの日か、ということを頭の隅に追いやって、リコリスは『トール・フォルクス』とともに事態を解決した。近ごろこの国では特に八百万の神々に絡んだ厄介事が多い。 ――世界は目まぐるしく動いている。どこに向かって? 「ニホンにはまだ、クリスマスが浸透していないんだ」 微かな疲労が混じった思考に耽っていたリコリスは、傍らのトールの声で我に返った。 遠くに教団支部が見える。街は茜色に染まっていた。 「だからクリスマスっぽいイベントはないけど、年末年始には色々催しがあるから。これはこれできっと楽しいと思うよ」 「そうなの?」 年明けまで教団本部に顔を出すのは難しそうだ、ということは、トールも感じとっていたらしい。浄化師は基本的に、世界中を駆け回る忙しい仕事だ。 「確かもう年越しイベントのひとつが行われていたはずだよ。行こうか」 微笑んだトールに、リコリスは少し考えてから頷いた。 「急いで報告しないといけないこともなかったし……。ちょっとだけ、寄り道しましょう」 「よし。そこの角を曲がってしばらくしたら見えてくると思うよ。歳末市っていうんだ」 「冒険者だったころに、行ったことがあるの?」 「ああ。当時のニホンには、今以上にクリスマスの文化がなかったんだ。それなのに妙に賑わっていたから、なにが行われているのか不思議になって、見に行ったんだよ」 説明をするトールに相槌を打ちながら、リコリスは彼の隣を歩む。 角を曲がり、しばらく行くと途端に喧噪に包まれた。 「まるでお祭りね」 「確かに、市というより祭りに近いかもしれない」 夕暮れの赤に勝るとも劣らない提灯が、ひしめくように並んだ屋台の軒先で揺れている。露天商の数も多く、威勢のいい客引きの声があちらこちらから飛んできた。 ニホンの民族衣装に身を包んだ物見客たちは寒そうに首を縮めながら、笑みや言葉を交わしつつ、ゆっくりと歩いて買い物や買い食いを楽しんでいる。 「リコ、はぐれないように手を繋ごうか?」 「……平気よ」 ぎこちなく視線をそらしたリコリスは咳払いをひとつして、トールの服の裾を握った。 ちょっと照れたとか、なんだかこそばゆくなっただとか、そういう感情は表に出ていたとしても、きっと夕日が隠してくれるだろう。 そうであれ、とリコリスは思ったが、笑みを深めたトールを見る限り怪しかった。 「見たことがない商品もあるわね」 誤魔化すわけではないが、リコリスは屋台をちらりと見て言う。トールが浅く頷いた。 「ここでは、新年を迎えるのに必要なものや、お祝いの縁起ものなんかがたくさん売ってあるんだ」 「あのお餅に蜜柑を重ねたものも?」 「鏡餅か。あれは神様へのお供え物なんだ。ちなみに上に載ってるのは蜜柑によく似てるけど、橙っていう果物だよ」 「へぇ……」 興味深くリコリスが鏡餅を眺める一方で、トールがなにかを見つける。 「あっちでは甘酒を振舞ってるな。リコ、飲んだことあったか?」 「ないわ」 「酒と言ってもノンアルコールだから、リコでも飲めるよ。行ってみようか」 「ええ」 頷いたリコリスを伴って、トールはすいすいと人ごみを抜けていく。 市の一角で、大鍋を背に数名の女性が竹製の容器に注いだ飲み物を配っていた。トールが二つ受けとり、片方をリコリスに渡す。 白く濁ったそれは、甘い香りとともに温かな湯気を立てていた。 少し吹き冷ましてから、リコリスはひと口飲む。 「……あんまり甘くないわ。お砂糖はないの?」 「甘さ控えめなのは米麹の自然の甘味だから、できればそのまま飲んでくれ」 「はーい」 苦笑気味のトールに言われ、リコリスは肩をすくめて甘酒を口に含んだ。 不味くはないし、体が内側から温まる。少量だが、柔らかく煮こんだ米粒のようなものも入っていた。 「あのあたり、女性客が多いのね」 ぼんやりとあたりを観察していたリコリスの言葉に、トールが瞬いてから納得した。 「ああ、あっちはアクセサリーを売っている店が集まっているんだ。せっかくだし、見に行こう」 首肯したリコリスは、空になった竹の容器を係の女性に返す。トールも同じようにして、人の流れの中を上手く縫い、目的地に向かった。 「首飾りに襟巻に……、こっちは簪か」 「簪って、確かニホンの髪飾りよね」 「そうだよ。素材によって雰囲気が違うんだ」 「へぇ……。鼈甲に木に、どれもすごく綺麗」 木で作られた簪には柔らかな温かみがあり、鼈甲や硝子で作られたものには凛とした美しさがある。 遅々とした足どりで、リコリスとトールは簪を売るいくつかの店を眺めた。 「時期柄、晴れ着にあわせる縁起物のモチーフが多いけど……」 ふと、トールの目に露店のひとつがとまる。低い木の椅子に座る男が、トールと目があうと気さくに笑って片手を挙げた。 「このあたりの花簪、他と雰囲気が違うな」 「え?」 店主に手で挨拶を返して、トールは厚手の布に広げられた商品の数々を見下ろす。リコリスも屈んで、布の端に置かれた赤い明かりを照り返す簪の数々を見た。 「本当だわ……、彼岸花もある」 「リコの髪飾りにちょっと似ていないか?」 「……そう、ね」 引き寄せられるようにリコリスの手が繊細な彼岸花の簪に伸びる。喧噪が急速に遠のいた。 「お客さん、お目が高いね!」 はっとしたリコリスと商人の目があう。好々爺とした笑顔に、リコリスは無意識のうちにとめていた息を吐いた。 「そいつは俺の娘の、夫が作ったものだよ」 「……娘、さんの……」 なにかが、リコリスの中で身じろいだ。 かくしゃくとした老爺の顔から、視線をそらせない。 彼女の様子がおかしいことに、トールはすぐに気づいた。眼差しでリコリスを案じる。トールの服の裾を握る少女の手に、力がこもった。 「お客さん、もしかして浄化師さんかい?」 「はい。指令でこっちにきていて」 「そうかい、そりゃあご苦労さんだねぇ。どこからきたんだい?」 「教皇国家アークソサエティからです。今年中に戻れそうにありませんが」 「大変だねぇ。俺はエドの商人なんだが、ひとり娘がね、外国に嫁いだんだよ」 「そうでしたか」 「娘が嫁いでからは、ひとり暮らしさね。ああ、長話したのに名乗ってもなかったな。俺は神崎・佳治郎」 「トール・フォルクスです。こっちは……」 「ねえ、おじいさん」 愛想よく商人と握手を交わしたトールの声を遮り、リコリスは意を決して問う。 「この簪を作った職人さんのことを教えて欲しいの」 「ほう?」 「どんな人だったの?」 強張った表情のリコリスに、佳治郎は不思議そうに目蓋を上下させてから、懐かしむように目を細くした。 「外国からきた男でね。真面目で優しくて、明るく笑う子だったよ。大切なひとり娘だけど、この男にならって、最後には思っちまってねぇ」 「……名前、は?」 「アルブレヒト。この国じゃ馴染みのない響きだからね、よく噛みそうになったものさ」 「……あるぶれひと」 眉尻を下げて笑声を上げる商人の言葉を、リコリスはたどたどしく繰り返す。内心の動揺は激しくなるばかりだった。 「じゃ、じゃあ、娘さんの名前は……、謡子?」 「そうだよ。もしかして会ったことがあるのかい?」 自身の心臓のあたりを握り締め、口を閉ざしたリコリスに微笑んでから、佳治郎は刻々と夜に近づく空を見た。 「アルブレヒトは旅の細工職人でねぇ。謡子はアルブレヒトと結婚してから、そっちの故郷に移り住んだのさ」 「……そう、だったの。へ、変なこと聞いてごめんなさい。これと似た髪飾りを見たことがあったから、気になって」 「おや、そうだったのかい?」 口早に言ったリコリスに、彼は慈しむような視線を投げる。リコリスはうつむいた。 「この簪、ください」 「はいよ」 彼岸花の簪を買ったトールは、リコリスを伴って立ち上がる。佳治郎に見送られ、二人は歳末市の中心部から離れた場所に向かった。 「リコ、クリスマスプレゼント」 「……ありがとう」 「どうしたんだ? さっきから様子がおかしいけど」 包装された簪を両手で大切に持って、リコリスはゆっくりと顔を上げる。泣き出しそうな表情に、トールが狼狽えた。 「リコ……」 「あの人ね、私のおじいちゃんなの」 瞠目したトールが息をのむ。 微かに震える声で、リコリスは続ける。 「アルブレヒトは、パパ。謡子はママの名前よ」 「そんな……!」 振り返ったトールの目に映るのは、緩やかに動く人垣と提灯の灯りだった。佳治郎の姿はわずかも見えない。 「浄化師だもの。名乗り出ても一緒には暮らせないわ」 「でも、せめてリコのことを」 「いいの」 すぐにでもあの場所に戻りそうなトールの腕を掴んで、リコリスは首を左右に振る。 「一目会えただけでも……、自分のルーツを知れただけでも、よかった」 「リコ……」 「簪、ありがとう。大切にするわ、トール」 ほんの少しリコリスが口の端を上げた。トールは衝動的に動かしかけた両腕を理性で制し、片手は体側に垂らす。 逆の手で、リコリスの頭をぽんと撫でた。 「メリークリスマス、ララ」 声を潜めたトールの言葉に、リコリスは澄ました顔で応じる。 「メリークリスマス、トール。甘酒、もう一杯いただいてもいいかしら?」 「もらいに行こう」 「クリスマスケーキのような習慣はないの?」 「どうだったかなぁ……」 考えながらトールが歩き出す。リコリスはできるだけ自然に、彼とはぐれてしまわないように服の裾をつまんだ。 (ママ……) 雲雀姫の名を与えられたベリアルになろうとも、リコリスにとって彼女は母だ。その苦しみから解放し、救いたいと願う相手だ。 (おじいちゃんに会ったわ。とても元気そうだった) もう二度と会えないとしても、リコリスはあの顔を生涯忘れない。 (パパ。おじいちゃん、パパのことを話すとき、とても誇らしそうだったのよ) 実際に、本人にそう告げたことはなかったかもしれない。 それでも間違いなく、神崎・佳治郎にとってアルブレヒトは自慢の娘婿だったのだ。 「ほら、リコ」 「ありがとう」 甘酒が入った竹の容器をトールから受けとって、リコリスはゆっくりと飲む。祖父も、祖母も、両親も、いつかこの味を愉しんだのだろう。 「やっぱり甘さが足りないわ」 「こういうものなんだよ」 地平の彼方に日が落ちて、夜が訪れた歳末市の片隅で、トールが明るく笑う。彼の赤い髪は提灯の光に照らされて、燃えるように輝いていた。 眩くなって、リコリスは目を眇める。 「トール、簪のつけかたって分かる?」 「ああ」 「帰ったらお願いしてもいい?」 「もちろん」 片目をつむったトールにリコリスは頷いて、竹の容器に口をつけた。 (どうか、健やかに) 願いをこめて甘酒を飲み干し、歳末市をあとにする。晴れ渡る夜空では星が瞬き、月が浩々と光を帯びていた。喧噪はすぐに遠のく。 支部までの道を、二人は肩を並べて歩いた。
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*** 活躍者 *** |
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