~ プロローグ ~ |
1719年12月――教皇国家アークソサエティは、今年もクリスマスムードに包まれています。
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~ 解説 ~ |
現代社会とは、起源などが異なっていますが、基本的なイメージは同様のイベント内容になっています。
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~ ゲームマスターより ~ |
※イベントシチュエーションノベル『聖なる夜は終わらない』の対象エピソードです。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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15:ノルウェンディでオーロラを
白いファー付きのコート フードを被った頭を空へ向けて とてもとても寒いけれど 冬の夜空はとても綺麗で 星空が落ちてきそう 振り返った先に 自分を見つめる翡翠の瞳を見つけて頬が赤く ううん もう少しここにいる 不思議そうなシリウスの顔に少し笑う グラースさんに聞いたの この辺りで綺麗なオーロラが見られるんですって いつもと変わらなく見える彼の表情 だけど 時々酷く不安そうに苦しそうに翡翠の眼差しが揺れるのに気づいた 「側にいちゃいけない」 「一緒にいない方がいい」 いつか零したあの言葉が きっとシリウスを縛っている 誰がそんなことをシリウスに言ったのかは わからないけれど オーロラは「暁の女神」とも言うのですって きっと良い兆しを女神様が運んでくれる 何か言おうとした彼を遮り シリウスの目を見る シリウスと一緒に見られたら とても嬉しい 表れた光のカーテンに 一拍遅れて歓声 ぎゅっと彼に抱きつく シリウス 見て なんて綺麗 |
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~ リザルトノベル ~ |
樹氷群ノルウェンディの一角、教団に用意されたリゾートホテルからソリでしばらく走った先にある雪原を、『リチェルカーレ・リモージュ』は軽い足どりで歩いていた。
「もうすぐよ、シリウス」 ちらりとリチェルカーレは肩越しに振り返る。案じるような目をしながら、『シリウス・セイアッド』は微かに頷いた。 二人背後には枝葉を凍らせた木々が林立している。ソリでは抜けられなかったため、移動手段を徒歩に切り替えるしかなかったのだ。 寒い。とてもとても。 自身が吐き出した息がそのまま白く凍って雪に変わってしまいそうな気温に、リチェルカーレは首を縮める。ふわふわした飾りがついたフードからわずかにこぼれた髪の先や、睫毛の先まで凍てつきそうだった。 でもそれを声に出せば、シリウスはまだ胸中に収めている「帰るか?」という問いを放つだろう。 それはちょっと、欲しい言葉とは違うからと、リチェルカーレは前を向いて新雪を踏みしめる。 雪はやんでいたが、夜だからか元より人も動物もあまり訪れないのか、足跡は二人の後ろにしか刻まれていない。わずかに傾斜していることから推測するに、丘になっているようだ。 「ついたわ……」 軽く息を弾ませるリチェルカーレに、シリウスは周囲を見回してから首を傾けた。 「……なにもないが?」 見渡す限り真っ白だ。少女の目的を彼はまだ聞いていなかった。 予想していたその発言に、リチェルカーレは小さく笑んで冷たい空気を細く吸う。心を落ち着けて、ぱっと上を向いた。 一拍遅れて心の底から歓喜がわき上がり、あふれる。 「見て、シリウス!」 手袋に包まれた指が示した先を、シリウスは目で追った。 満天の星空だ。 黒い布に宝石を散りばめたようだった。空気が澄み切っているためだろうか、星の大小も、瞬きも、色の違いさえ見分けられる。 今宵は月が出ていなかったのだと、シリウスはふと気づいた。今にも落ちてきそうな星の灯りだけが、二人の行く道をほのかに照らしていたのだ。 「星が降ってきそうだわ」 ぽろりとひとつ、星が夜空から剥がれてくることを期待するように、リチェルカーレは色違いの瞳で天を見つめていた。 「……ああ」 感嘆に似たシリウスの反応を、少女はきっと同意と受けとったのだろう。白いフードの中で微笑の花が咲く。 (星なら、ここに) 飽きもせずに星を観察するリチェルカーレの横顔に、シリウスは淡く笑んだ。きらきらと輝く青と碧の双眸は、冬夜の星々に勝るとも劣らない。 視線を感じて振り返ったリチェルカーレは、慌てて夜空に顔を戻した。 最近は増えてきたとはいえ、まだ貴重なシリウスの笑みと、なにより柔らかな光を宿していた翡翠の眼差しに頬が熱くなったのだ。 たった一瞬、目にしただけだったのに、シリウスのその表情はしっかりと少女の脳裏に刻まれてしまった。 とくとくと速度を上げる心臓に、リチェルカーレはそっと手をあてる。 「リチェ?」 「えっとね、あの星、背伸びをしたら掴めそうだなって思って」 唐突に落ち着きをなくした少女に、シリウスは目蓋を上下させた。リチェルカーレはどうにか誤魔化そうと、夜空で一番明るい銀色の星を指さす。 「……そうだな」 応じる声色がひときわ優しいように感じられて、戻りかけていたリチェルカーレの心拍数がまた上がった。 目を閉じ、シリウスはこぶしを握る。厚着をしていても寒そうな彼女の肩を、抱き寄せてしまいそうだった。 陽だまりのように温かく、宝石のようにきらめく目でこちらを見て、花のように笑う少女。側にいてほしいとも、触れたいとも思う。 だが、そうすればリチェルカーレは壊れてしまうかもしれない。 痛みを伴う恐怖が、過去をちらつかせながらシリウスを制止する。 「っくしゅん」 奥歯を噛み締めていたシリウスは、リチェルカーレのくしゃみで我に返った。シリウスと目があうと、恥ずかしそうに少女がはにかむ。 「……だいぶ冷えてきた。そろそろ戻るか?」 「ううん、もう少しここにいる」 首を左右に振ったリチェルカーレの、思いのほかはっきりとした返答にシリウスはひとつ瞬いた。 不思議そうな顔をする彼に、少女は少し笑う。 「グラースさんに聞いたの。このあたりで、綺麗なオーロラが見られるんですって」 「オーロラ?」 本格的な冬になってから教団で見かけることが増えた、氷精の顔をシリウスは思い出す。ノルウェンディは氷精グラースの庭のようなものだ。 「うん。この前、お茶をしたときにクリスマスの話になってね。その時期ならうちで一番綺麗なオーロラが見られるから、行っておいでって」 悪戯好きも多いとはいえ、妖精種は基本的に人々を我が子のように慈しんでいる。 ある日の食堂でリチェルカーレとお茶を楽しんだグラースが、嬉々としてオーロラの話やこの場所までの道のりを説明している姿は、想像に難くなかった。 「説明が遅くなってしまって、ごめんなさい」 「いや、いい。リチェが行きたいというならついて行く」 「……ありがとう、シリウス」 当然のように言ったシリウスに、また体温が上がるのを感じながら少女は彼を見る。風が吹き、シリウスのコートが揺れて、細かな雪が二人の足元から舞い上がった。 「オーロラは、暁の女神ともいうのですって」 意を決して、リチェルカーレは彼の手を握る。緩く触れているだけではするりと離れてしまいそうで、力をこめた。 少女を見下ろすシリウスの瞳が揺れる。 彼女の顔が赤いのは、寒さのためだけではないと分かっていた。シリウスの胸が甘く締めつけられ、すぐにそれを咎めるように腹の底が冷える。 「きっと、いい兆しを女神さまが運んでくれるって、思ったの」 シリウスの表情は、いつもと変わらないように見えた。 だが、リチェルカーレはもう知っている。彼がときどき酷く不安そうに、苦しそうに翡翠の双眸に感情の波を作ることを。変化に乏しい顔の下で、ときおり激しく葛藤していることを。 ――側にいちゃいけない。 ――一緒にいない方がいい。 いつか彼がこぼしたあの言葉が、きっとシリウス・セイアッドという青年を縛っている。 (誰が、そんなことを言ったの?) なんでもないときに思い起こしては、深い悲しみにリチェルカーレを誘う言葉たち。誰が彼にそう言ったのかは分からない。 しかし、リチェルカーレがそう感じる以上に、シリウスは傷つけられたのだ。 深い傷は癒えることなく、彼の中に呪いとしてあり続けている。 (わたしは、どんなときでも側にいる) 自身と彼への誓いを胸中で再び唱えて、リチェルカーレは笑んだ。 「もうすぐだと思うわ」 「……ああ」 彼女の手を握り返せないまま、シリウスは緩慢に頷いた。 大切だと思う。そこに一片の嘘もない。 側にいたいと思う。痛いほどに、苦しいほどに。 そしてそのたびに崩れた故郷と蜃の中で聴いた母の声が、脳裏をよぎる。 ――次ハ、ソノ子ヲ殺スノ? 慈愛すら滲む優しい声音が耳の奥で響くのだ。責め立てるでもなく、ただ刃の鋭さと血のにおいを含んで。 それをただの幻だと、シリウスは振り払えないでいた。 視線を落とす。自身の手を握る、リチェルカーレの指先を見た。 距離を置いた方がいい、と頭の隅が囁くのに、体は動かない。それどころか、五指は彼女と手を繋ぐことを望んでいた。 心の中で天秤が揺れる。どうすればいいのか、彼女を想えば想うほどシリウスは分からなくなる。 「……俺、は」 「シリウスと一緒に見られたら、とても嬉しい」 なにかを言いかけた彼を遮って、リチェルカーレは真剣な声で言った。 真っ直ぐな眼差しは胸に染み入って、焦げついた恐怖を溶かしていくようで、シリウスは言葉を失くす。 「綺麗なものも、怖いものも。わたしはシリウスと一緒に見たい。……だめ?」 「……だめ、では……」 (ない。俺も、リチェと一緒に……) 声は喉の奥に絡まって、上手く出てこなかった。それでも、リチェルカーレは意思を汲みとったように安堵の笑みを浮かべる。 その、無垢な信頼と親愛が苦しくて――愛おしい。 不意にリチェルカーレが目を見開いた。シリウスも一面の雪景色が色を変えたことに気づく。まるで、見えない刷毛で七色を塗られたようだった。 「見て、シリウス……!」 呆気にとられた少女の歓声は、一拍遅れで放たれる。手が離れて、それをシリウスが惜しむ間もなく、リチェルカーレは彼にぎゅっと抱きついた。 「なんて綺麗」 青や紫、翡翠に色づいた光が、天上のカーテンのようにひだを描いて光っている。 きわめてゆったりと動く様は、全貌を見ることさえ叶わない生物か、暁の女神の衣装の裾のようでもあった。 星々はオーロラに場を譲るように、光量を落としているように見える。支配者のように悠然と、オーロラは夜空を彩っていた。 「……ああ」 興奮余って抱きつかれ、固まっていたシリウスはぎこちなく首肯してから、こみ上げてきた想いを一度、のみくだした。 「本当に、綺麗だ」 (今だけでいい。ほんの一時でいい。だから、許して欲しい) 眩いほどの極光に、暁の女神に、シリウスは願う。 この、刹那だけでも。 全身に絡みつく過去のすべてが、力を失いますように。 「あ……」 抱き寄せられ、リチェルカーレは瞠目した。驚いた顔のまま彼を見上げ、ふわりと笑う。 「シリウス」 名を呼ぶ声は明るく、笑顔は花が開くようで、眼差しは春の陽だまりを思わせる。 そのすべてが、泣きたくなるくらい綺麗だった。 「なんだ、リチェ」 湿っぽく震えた声音にならないよう、注意しながらシリウスは少女の愛称を舌にのせる。 腕の中の温もりは、小さくてはかなくて、しかしどのような窮地でもシリウスを奮い立たせてくれるほど、強い生命力を持っていた。 「どうしてかしら。呼びたくなったの」 少女の表情に照れが混じる。そうか、とシリウスは朱色に染まった目元を微かに和ませた。 「来年も、一緒にオーロラを見ましょう?」 彼に体重を預けて、リチェルカーレはほんのひと匙の緊張を言葉の裏に隠す。 世界は目まぐるしく動いている。変化は自分の中でも、シリウスの中でも起こっていた。いつだって不透明な未来のことが、現在はいっそう見通せない。 それでも。だからこそ。 小さな約束をリチェルカーレは望んだ。 「クリスマスじゃなくてもいいの。ノルウェンディは一年中、どこかでオーロラが見られるそうだから」 双眸に不安を閃かせた少女に、シリウスは顎を引いた。 「……ああ」 一緒に、と口の中でつけ足す。 指切りはしなかった。リチェルカーレの笑顔はほんの少しだけ泣き出しそうに歪んでいて、シリウスの胸がほろ苦くなる。 「リチェ」 「はい」 「……特に用はないのだが」 ふふ、と少女が笑う。胸の奥、凍った部分に花が舞い落ちたような気持ちになって、シリウスも頬を緩めた。 明日も、明後日も、来年も、その次の年も。 こうしてリチェルカーレとともにいても、いいのだろうか。隙を見つけた恐怖が、過去が、じわりとシリウスを侵蝕し糾弾する。 「ホテルに戻ったら、ケーキを食べましょう」 「ああ」 苦しみに捕らわれるより早く、シリウスは目を閉じた。 オーロラが消えるまででいい。どうしようもなく温かなこの時間に、浸らせてほしい。 想いに応えるように、鮮やかな極光が強さを増したようだった。
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*** 活躍者 *** |
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