~ プロローグ ~ |
1719年12月――教皇国家アークソサエティは、今年もクリスマスムードに包まれています。
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~ 解説 ~ |
現代社会とは、起源などが異なっていますが、基本的なイメージは同様のイベント内容になっています。
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~ ゲームマスターより ~ |
※イベントシチュエーションノベル『聖なる夜は終わらない』の対象エピソードです。 |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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スポット6
初めて行く大聖堂にびっくり ニオくん おれ本当に入っていいの? え、だって元奴隷でヴァンピールだよ? わわ 腕引っ張るなんてだいたーん ニオくんは優しいね おれにあーしろこうしろ言わないじゃん おれがカミサマそんなに好きじゃなくても ニオくんおれのこと嫌わないじゃん …おれニオくんのそういうところ好きだよ ずっと思ってたんだ もし、もしおれの大事なものとニオくんのどっちかしか選べないとして おれ ニオくんのこと選べないよ ニオくんのこと好きだけど そうじゃなくて ずっとこれしかなかったから 簡単に選べないんだよ こんなおれでもカミサマって許してくれると思う?…ニオくんはゆるしてくれる? ……えぇ…マジで…?(きょとんとした表情) あーもう悩んでるの馬鹿らしくなってきた これがおれ達ってことでいいんだよね おれ やっぱりニオくんのこと好き! |
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~ リザルトノベル ~ |
鐘楼から時報の鐘が響くと、灰褐色の羽根が一斉に飛び立った。 突き抜けるような青い空の日だった。 ドーム型の天井と小尖塔が並んで陽光に照らされている。 鮮麗な大理石の階段。繊細な彫刻で縁取られた天窓(トレサリー)。 赤と緑のリースを提げた扉は開かれ、オレンジ色の灯と歌うパイプオルガンが来訪者を出迎える。 ここは元々、サンタクロース・ニコライの名で知られる魔術師が管理する小さな聖堂であったと言う。 今はその名残すら見えない巨大な聖堂を見上げ『カリア・クラルテ』は自然と薄い唇を開いていた。 棺にしては荘厳で、神殿にしては賑やかだ。 恐れ知らずのトリックスターが短時間とは言え、心を手放すのは珍しいことだった。 それほどまでに初めて見るサン・グラデッレ大聖堂は彼にとって縁遠い場所であり、驚嘆すべき場所であったのだ。 「いつ見てもこの大聖堂は素晴らしい場所だ」 隣から感嘆の白い吐息が聞こえ、カリアは我に返った。 短く柔らかな金の髪。通った鼻筋。冷たい空気にふれたせいか頬と鼻先が少し赤くなっている。 カリアが、少女と見まごう愛らしさをもっているとするならば、パートナーである『ニオ・ハスター』は少年のような凛々しさをもつ麗人である。 大聖堂を訪れるきっかけ。パートナーの瞳に浮かぶのは誇らしげな色。 「ニオくん、おれ本当に入っていいの?」 誰かに聞き咎められる事を恐れるように、カリアは声を潜めた。ニオはキョトンとした表情を変えぬまま、瞬きも忘れてカリアを見つめ返した。 「……? 何を言っている」 言葉の通りの、疑問だった。 カリアの居辛さがニオには理解できない。戯れの言葉ではない事は理解できた。カリアの顔からは普段浮かべている淡い笑みが消えている。 「え、だって元奴隷でヴァンピールだよ?」 例えるなら白地に浮かぶ黒い点のような存在だと、常闇の住人は己を卑下する。その事に慣れきっている。漆黒の瞳は当然のように光を飲み下し、亡羊として動く事はない。 そこで、ようやくニオは思い至った。カリアは大聖堂に入るに当たって……何か思うところがあるのだろうと。 「それがどうした」 だがフンと一息に吹き飛ばした。ニオにとって、カリアの出自がどうあれ大した問題では無い。カリアが大聖堂から拒まれる理由など無いと、一番良く知っているのはニオだ。 だからこそ、一刀両断にばっさりと切って捨てる。 「入るのが嫌なわけでは無いんだな?」 戸惑いがちにカリアは頷いた。 「そうか」 それだけ分かれば充分だった。ニオの表情に安堵が浮かんだ。 聖堂を見上げていたカリア。普段のポーカーフェイスを崩すほど驚いていたのだから、中を見ればもっと驚くに違いない。 そう考えるだけでニオの胸は弾んだ。 だから彼女は呆気なく、自然に、そして容赦せず。頑なに一歩を踏み出そうとしないカリアの手を取った。 「ほら行こう。流石のお前でも驚くぞ!」 ニオの表情は……やはり先程と変わりないように思えた。けれど言葉に、態度に、カリアへと向ける眼差しの中に隠しきれない興奮が滲んでいる。瞬く間に絡んだ利き手。カリアは思わず一歩を踏み出した。 「わわ、腕引っ張るなんてニオくんてばだいたーん」 唇の端に浮かんだ仄かな笑みは、普段被る道化の仮面とは異なっていた。 クリスマスに大聖堂を訪れるのは熱心な信者だけではない。祈りたい者。赦しを得たい者。感謝を伝えたい者。様々な姿が、そこにはあった。 フレスコの宗教画に薔薇窓といった芸術作品は、観光目的に訪れた者の目も楽しませる。カリアもまた、大聖堂という存在に圧倒されながら主廊を歩いていく。時折、ニオの満足げな視線が自分にも向けられるのを感じ、カリアは何とも言えずむず痒い気分でいる。 奥へと進むごとに空気は厳かなものへと変化していった。礼拝堂は最奥だ。神に祈る為の場所を一言で表すなら、静謐な空間。信徒も市民も、喜んで静寂の中に身を任せている。 一際衆目を集めているのは一枚の絵画だった。 ――神を描いた巨大な芸術品。 信者の為に用意された幾つもの長椅子が絵画の前に整列している。 数百人が一斉に座っても余裕がありそうだとカリアは思った。 その一つに、手慣れた様子でニオは座った。倣ってカリアも、おずおずと座る。 厳かな空気の中、熱心に祈るニオの横顔をカリアは見つめた。 信者の祈りだ。目の前に掲げられている神の絵よりも、よほど宗教画に相応しい光景だとカリアは思う。そう思うこと事体、ひどく不信心な考えなのだろう。口に出さないだけの自制はもっている。 チカチカと光る視界が眩しくて、カリアは片手を翳した。 それに比べて自分はどうだろう。 明るい世界に、清らかな世界に、居心地の悪さを感じてしまう。 高窓から差し込んだ太陽の光。その中で踊る埃を見つめながら、カリアは呟いた。 「ニオくんは優しいね」 思わず胸に潜めていた言葉が溢れた。 懺悔。告解。それとも告白だろうか。 何れにせよ一度口にしてしまえば止められなかった。 「おれにあーしろこうしろ言わないじゃん」 感謝を伝える日。赦しを請う日。……祈る日。 溢れたコップから滴る水のように床へと落ちていく。 絵画から目を逸らしたくて、カリアは自分の膝へと視線を落とした。 「おれがカミサマそんなに好きじゃなくても、ニオくんおれのこと嫌わないじゃん」 ぽたん。ぽたん。 一体、自分は何が言いたいのだろうとカリアは自問する。マーブルを描く頭の中は、周りの静けさに反してぐちゃぐちゃだ。けれど、止められなかった。今止めてしまえば、再び自分は道化になる。言葉を飾ってしまう。膝に落ちた手に力をこめれば、綺麗にプレスされたズボンに皺が寄った。 微睡みから覚めるように少女は目を開けた。 「本当にどうしたんだ?」 問いかけるニオの中に先程までの儚さはない。光の中に佇むのは強い意志を宿した瞳だ。疑問と労わりを宿した緑色が、隣で俯く黒を捉えている。 「お前の好き嫌いと自分の信仰心に何の関係がある」 はっきりと告げた言葉は冷たくも聞こえるだろう。 「そもそもだ。強制される意思に心が宿るはずがない。勿論、お前が共に主の意志の元戦ってくれるなら心強いことはないが」 ニオは口を噤んだ。今日のカリアは何処かおかしい。次に続けるべき言葉をニオは慎重に探していく。 ニオの信仰心は地に挿さる神殿のような、言うなれば正義の柱に似た側面を持っている。 中にはそれを狂気だと呼ぶ者もいるだろう。彼女が自分の信仰心を狂気に近いと自認しているのにも関わらず、だ。 だからニオはそれを他者に強制しない。例えカリアであろうとも。 「……おれニオくんのそういうところ好きだよ」 先に沈黙を破ったのはカリアであった。眩しそうに微笑んでニオを見ると、神の絵を見あげた。 「ずっと思ってたんだ。もし、もしおれの大事なものとニオくんのどっちかしか選べないとして」 カリアは言葉をきった。ここに来て初めてちゃんと、神の絵を見たかもしれない。右手と左手を見比べて、拳を握る。 「おれ、ニオくんのこと選べないよ」 痛むのは爪を立てた掌ではなく自分の心。相手を傷つけかねない言葉を吐く恐怖。 けれどこれ以上、カリアは自分という存在の根底を、価値観を隠したくなかった。 ニオを裏切りたくはなかった。例え自分の内面が彼女という存在を裏切るようなものだとしても。 だけど怖い。告げてしまった今になって、どうして言ってしまったのだろうとカリアは自嘲する。こんなのって矛盾してる。 「ニオくんのこと好きだけどそうじゃなくて。ずっとこれしかなかったから、簡単に選べないんだよ」 いつの間にか握った拳が震えていた。 「こんなおれでもカミサマって許してくれると思う?」 冗談にしたくてカリアは笑った。いつだってそうだ。苦しい時でも痛い時でも、笑っていれば悟られることはない。 なのに、どうして。肝心な時には上手くできないんだろう。 「……ニオくんはゆるしてくれる?」 ニオはきっと、神に愛されている。 だってこんなにも優しくて、綺麗で、神様を愛しているのだから。 高窓から差し込んだ光が聖堂内を照らした。 「……謝るな」 ニオは目を伏せた。それは迷わず、真っ直ぐな彼女が一瞬だけ見せた、痛みであった。 カリアが本当に赦されたい相手は神ではない。何故なら、普段は不透明な光を湛えたカリアの瞳が、縋る様にニオを見ているのだから。 ニオはカリアから視線を外し、考えこむように、もしくは縋るように神を見上げた。その表情は迷い子にも似て、罪の意識を孕んでいた。 「それを言うなら……自分も、ワタシも、謝らないといけない」 瞳が揺れる。 「お前と信仰、どちらかを選べと言われたら自分は信仰を選ぶ」 これはニオにとっての右手と左手。天秤の傾きであり告解だ。 カリアに赦せと請う訳ではなく不誠実でいたくない。 ただ、それだけの気持ちがゆるやかに動く舌を後押ししている。 「でもそれはお前の方が好きじゃないとか、そういうのではなく」 告げる言葉を内面で咀嚼しているようにニオは唇を噛んだ。 「単純にこれが『自分』なんだ」 自分の中心。形作ってきたもの。 「お前と同じだ。簡単に変えられないけど」 神を見上げるニオの横顔は次第に晴れていく。いっそ清々しいくらいだ。視線がぶつかった。 「それでいいんじゃないか。少なくとも自分はそれでいいと思う」 「……えぇ〜」 ようやくカリアが絞り出した声は、言葉の体を成していなかった。 ぽかんと開いたままの口はしばらく自力で閉じられそうもない。 初めてサン・グラデッレ大聖堂を見た時よりも、もっとずっと驚いた表情だ。 「マジで……?」 そう、マジだ。念を押す為にニオはしっかりと頷いた。互いの一世一代の告白は思ったより内容が似ていて、しかもどうやら、それで良いらしい。 「あーもう悩んでるの馬鹿らしくなってきた」 がしがしと乱暴に頭を掻く所作は、教会に行くのだからと綺麗に整えたカリアの身形と合っていない。 取り繕っていない乱暴で自然なものだ。 「これがおれ達ってことでいいんだよね」 ニオに向けられたカリアの笑顔は明るい。 「おれ、やっぱりニオくんのこと好き!」 そして純粋で、眩しかった。 「……そうか」 だからニオも微笑んだ。 彼の眩しさに、純粋さに。 器用で不器用な優しさに答えるように。 「自分もお前が好きだよ」 ――優しいのはお前だよ、カリア。 胸中で揺蕩うばかりの言葉はお前に届かないけれど。 神よ、この優しき者と共にいられる日々に感謝します。 そして願わくば。 この感謝が少しでも彼に届きますように。 Merry Christmas
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*** 活躍者 *** |
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