~ プロローグ ~ |
「リネット、お願いなのだワ~!!」 |
~ 解説 ~ |
【概要】 |

~ ゲームマスターより ~ |
御閲覧ありがとうございます。 |

◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
|
||||||||
![]() |
◆アユカ えっ、かーくんの誕生日過ぎてたの!? どうしよう、わたし何も… え、贈り物…したっけ? ああ、あの時…! でも、たまたま作ったケーキが美味しくできたからってだけだったし… それに、パートナーの誕生日も把握できてなかったなんて、情けないよ…! だから、これだけでも言わせて 遅くなっちゃったけど…お誕生日おめでとう、かーくん ◆楓 誕生日…私は、二月ほど前でしたね …やはり気づいていなかったんですね 気にしないでください、誕生日に拘る年でもありません それに、アユカさんからの贈り物はもう頂きましたから あの日、部屋にケーキを持ってきてくれたでしょう 私はあの時、十分に嬉しかったんです …ありがとうございます、アユカさん |
|||||||
|
||||||||
![]() |
誕生日というと、ナイフを思い出す 便利だからと思ってナイフを誰かの誕生日に渡した記憶があるんだ 当然、隠し持ち方や投げ方、どうやったら斬れるかもちゃんと教えた 誰に渡したのかは忘れたがな。だが我がことながらセンスのないチョイスだったと思う まあそんなおぼろげな記憶があるんで、ドクターの誕生日は外せないと思った とは言え何を渡せばいいのか皆目見当がつかない そこで同僚に相談して返ってきたのは とりあえず美味い飯でも食って、わがまま一つ聞きますって言っとけという言葉だった ぽかんとしたが、まあ参考になると思った わがまま?自分が眠るまで傍にいてくれ、だったよ 何でそんなことをと思ったが、寝顔を見られて幸せだったな |
|||||||
|
||||||||
![]() |
小さい頃は家族で誕生日のお祝いしていたけれど、一人になってからは祝ったことなんてなかったわ… その日が何日なのかも分からないような暮らしだったもの もう10年近く、誕生日会なんてやったことない でも今年は…そういえば、今年もやってない!? 私達二人とも春生まれで、その時はちょうど契約や新生活でバタバタしていたものね えっ…?トールも、誕生日のお祝いしていなかったの? てっきり、教団の外のお友達に祝ってもらってたとばかり… し、仕方ないから一緒に祝ってあげるわ 二人きりの小さな食事会を開く トールも小さい頃は、家族に祝ってもらったりしてた? …!?そ、そうなの…ごめんなさい 知らなかった…トールが天涯孤独だったなんて |
|||||||
|
||||||||
![]() |
最近、クリスと話せてない日が続いてて… 見かけても、すぐ行ってしまうので、忙しいのかなって思ってたんですが 10日の日 突然現れたクリスに連れて行かれたお店で クラッカーの音にビックリ 誕生日…この花、私に…? 綺麗に飾り付けられた個室 丸い可愛いケーキ…… こんな風に祝って貰った事は無かったので嬉しいと同時に申し訳なさが 私、本当の誕生日分からないんです… だから祝って貰う資格なんて… 教団に保護された時、私は「アリシア、10歳」としか覚えてなくて 他の事は何も… この日は私が保護された日、なんです…… 二つ目の誕生日……そんな風に考えた事は、なかったです ありがとう、この日に意味をくれて とても素敵な贈り物を、ありがとう |
|||||||
|
||||||||
![]() |
無反応なシリウスを窺う シリウスはどんなお祝いが嬉しかった? 返ってきた答えに眉を下げる 美味しいケーキも どきどきするプレゼントも おめでとうの声も暖かいハグも シリウスにはなかったのと そう思うと悲しくなる 宙を睨んでいたシリウスが ぽつりぽつりと話し出す内容に目が丸く ナイフ 投げるの? 盛大にクエスチョンマークを浮かべつつ 柔らかくなったシリウスの顔を見て笑顔 ふふ 面白いプレゼント でもきっと そのひとはシリウスを大事に思っていたのね だってそうでしょう? プレゼントは 贈る相手が大事だから渡すんだもの ほんの少し赤くなったシリウスの顔が いつもより幼く見えて 声をあげて笑う 皆が笑顔で生まれた日を祝う それがお誕生日でしょう? |
|||||||
|
||||||||
![]() |
暫らく休養をと決めてから暫らく後 喰人から誘われ 断る理由も無かったので承諾 365日の歌へ ヨ 誕生日祝い用のお店?誰かに送るんですか え、私の?…もうとっくに過ぎているのですけど ベ それはそうなのだが…実はこの店 客足が芳しくないと聞いて それでな ヨ なるほど なら最初からそういえば良いのに ベ それらしい理由でも考えればよかったんだが思いつかなった(肩竦め ヨ そこは正直ですね… サリーとリネットに話聞ききながら店を見て回る サービスの種類も豊富で素敵なお店です ヨ そういえば ベルトルドさんの誕生日って… ベ ああ。正確な事は分からないから前のパートナーの爺さんと契約した日にしている ヨ あ…すみません 込み入った事を聞くつもりでは |
|||||||
~ リザルトノベル ~ |
●二ヶ月遅れのおめでとう 教団の司令部には、様々な指令書が張り出されている。緊急性の高いもの、急がないもの、危険なもの、安全なもの――いまのところ、緊急性が高く危険を伴う依頼は無いようだった。束の間のことかもしれないが、世の中が平穏なのはいいことだ。 「あっ、これなんてどうかな」 パートナーに向けて言いながら、『アユカ・セイロウ』は一つの指令書を指差した。報酬は通常通りだが、内容は至って簡単で、戦闘の必要はない。 「店主からの依頼ですか」 指令の詳細を読み、『花咲・楓(はなさき・かえで)』は、ふむ、と思案する。 「誕生日……私は、二月ほど前でしたね」 依頼主の店を利用するには時期を逃している。そう冷静に述べる楓に、アユカは、えっ、と高い声を上げた。 「かーくんの誕生日、過ぎてたの!?」 明るい葡萄色の目が、驚きにおおきく瞬く。普段はのんびりとした雰囲気の彼女だが、わたわたとせわしなく、楓と、指令書と、壁に掛けられているカレンダーとを見回した。ゆるく曲線を描く、瞳と同系色の髪が動きに合わせて跳ね上がる。 いくら視線を巡らせど、今は十一月であり、過ぎ去った月日を巻き戻すことはできない。そう悟ったところで、アユカはぴたりと動きを止めて俯いた。 「どうしよう、わたし何も……」 「……やはり、気づいていなかったんですね」 決して責めるような口調ではなかったけれど、楓の呟きに、アユカはますます項垂れる。 パートナーの誕生日を祝えなかったばかりか、日付すら把握出来ていなかった。その事実に狼狽えているアユカは、傍らで、日頃は冷静沈着な面持ちの楓がそのまなざしや口元にどことなく喜色を滲ませていることに気が付かない。 「気にしないでください、誕生日に拘る歳でもありません」 「でも……」 しゅんとするアユカの気分を救い上げるように、それに、と一段明るい楓の声が続いた。 「それに、アユカさんからの贈り物はもう頂きましたから」 「え、贈り物……したっけ?」 予想外の言葉を受けてアユカは不思議そうに呟き、パートナーの赤い双眸を見上げる。 「あの日、部屋にケーキを持ってきてくれたでしょう」 二ヶ月前、楓の部屋、ケーキ――首を傾げたところで、脳裏にふっと該当する記憶が浮かんだ。 「ああ、あの時……!」 あれは、農作物の収穫を手伝う指令の前だったろうか、後だったろうか。まだ紅葉が始まったばかりの、九月下旬のことだ。 その日は休日で、特に用事もなかったアユカはキッチンに立ち、ケーキ作りに勤しんでいた。 刻んだチョコレートに生クリーム、玉子、それから小麦粉を少し。手際よくチョコレートを湯煎にかけ、まんべんなく溶けたところで順々に材料を混ぜていく。教団に保護される以前の記憶がないアユカではあるが、お菓子作りの手順は体が一から十までしっかりと覚えていて、戸惑うことは無い。丁寧に混ぜ終わった生地をパウンド型へ流し込み、予熱しておいたオーブンへ入れる。ボウルや泡だて器を洗っているうちに、チョコレートの甘い香りが漂ってくる。 暫くののち、オーブンの蓋を開けて焼き加減を確かめたアユカは、思わずにっこりした。 「美味しそうに焼けてる! ひとりで食べるのは、もったいないな……」 チョコレートケーキは日を置くと生地がしっとりと馴染んで、より濃厚な味になる。けれど焼きたての、まだすこしふんわりとした食感も、とても美味しいのだ。チョコレートの合間に優しい玉子の風味を感じられるのは、焼き立てならではだ。 「……かーくん、部屋にいるかな」 約束は無いから、訪ねて行っても留守かもしれない。けれど一度思い立ったら、どうしてもこのチョコレートケーキを分かち合いたくなって、アユカはいそいそと出かける準備をした。 浄化師たちの住まいである寮は男女で棟が分かれているが、許可さえもらえれば行き来も出来る。アユカがパートナーを訪ねたい旨を伝えながらバスケットのケーキをちらりと見せると、寮母は一つ頷いて入館を許可してくれた。 幸いにも、お目当ての人物は出掛けることなく寮の部屋にいた。 今日は休日で、お天気で、ケーキがうまく焼けて、ちゃんとパートナーに会えた。小さなことだけれど、良いことが続いてアユカは嬉しくなる。 「このチョコケーキ、すっごくいい感じにできたの! かーくん、よかったら一緒に食べよう!」 楓は驚いた顔でアユカを迎えたが、一瞬ののち、口の端に笑みを灯してパートナーを部屋の中へといざなった――。 アユカの言葉や態度はいつも嘘をつくことなく、正直だ。それだから楓は、一瞬の間に、彼女が自身の誕生日だから訪ねてきたわけではないと悟ったのだった。 「私はあの時、充分に嬉しかったんです」 誕生日だと言わなかったのは自分なのだし、今になってアユカが焦ることなど何もない。楓は心からそう思って告げたのだが、アユカはまだ納得できないらしかった。 「でも、たまたま作ったケーキが美味しくできたからってだけだったし……それに、パートナーの誕生日も把握できてなかったなんて、情けないよ……!」 「アユカさん……」 気にしなくていいのだと重ねて言おうとしたところで、アユカがぱっと顔をあげた。 「だから、これだけでも言わせて」 澄んだ瞳にまっすぐに見つめられて、目が離せなくなる。楓は微かに頷いて、続く言葉を待った。 「遅くなっちゃったけど……お誕生日おめでとう、かーくん」 楓は、改めて今年の誕生日を思い出す。あの日、アユカは終始上機嫌で、ケーキを食べる間も、そのあと紅茶を飲みながら楓と話す間も、ずっと天真爛漫な笑みをこぼしていた。焼き立てだというチョコレートケーキはほんのりと温かく、口に入れた瞬間はやわらかくて、なめらかな舌触りが絶品だった。 やさしくて、あまくて、幸福な、二人だけのティータイム――偶然であっても、彼女が他ならぬ誕生日に来てくれたことに、楓は運命めいたものを感じた。 「……ありがとうございます、アユカさん」 あのひとときは、良い思い出として胸に残っている。それだけでも充分だったのに、今日改めて、アユカは楓の誕生日を祝ってくれた。その事実に自然と頬が緩んだ。 「う、うん……」 どきっとして、アユカはぎこちなく頷いた。お礼を言われるほどのことは出来てないとか、来年こそはちゃんと当日に祝いたいとか、言いたいことがあったはずなのに、なんだかすべて吹き飛んでしまった。 (かーくんのこんな笑顔、初めて見た……) アユカの動揺にも、その理由にも、楓は気が付いていないらしい。アユカは楓を見上げながら、熱くなった頬をそっと押さえた。 ●時を経て受け取る贈り物 それが他人のものでも、自分のものでも、誕生日というのはなんだか気分が明るくなる話題だ。 少なくとも『リチェルカーレ・リモージュ』にとって誕生日とはそういうものだったから、指令書の内容を見てもこれといった反応の無いパートナー『シリウス・セイアッド』の様子が気にかかった。 ふたりとも、誕生日祝いにはまだ早い。『365日の歌』には、過去にあった誕生日のエピソードを提供するかたちになるだろう。 二人は司令部を離れて場所を移すことにした。 「街に出ても良いけれど……カレッジのカフェテリアに行ってみる?」 パートナーの提案に、シリウスは特にこだわりなく頷く。 通称カレッジと呼び習わされている魔術学院は、稀少本を含めた膨大な図書を有することから学生に限らず浄化師の出入りも盛んだ。一般の部外者は早々入れる場所ではないので、さほど周囲を気にせずに話し合える。今回の平和な指令について意見を交わすには、うってつけのスポットだった。 南瓜が彩るハロウィンの街並みを楽しんだり、様々な思惑と事情を抱える魔女と対峙したのはついこの間のことのように思えるのに、気が付けば十二月を迎えて数日が過ぎている。本格的な冬の気配が近づいていた。寒風に冷えた指先を湯気のあがるカップで温めたところで、リチェルカーレは本題に入る。 「シリウスは、どんなお祝いが嬉しかった?」 青と碧の瞳に見つめられ、シリウスは僅かに首を傾げた。 「……特にない」 そう長く考え込むこともなく結論を出して、端的に答える。 シリウスが教団に来たのは、まだ幼い時分のことだった。ヨハネの使徒襲撃によって家族を喪い、自身は命こそ助かったが喰人としての能力を暴走させかけた。そのせいで保護されてからも暫くは病棟に隔離され、無味乾燥な――人間性に乏しい生活が続いた。教団の研究や訓練に明け暮れる日々が続き、個人的なことを祝うような暇も、誕生日パーティーを開くような知り合いもいなかった。様々な種族が集まる教団内にあっても比較的珍しいヴァンピールであるシリウスは周囲から多少遠巻きに見られていた節があったし、彼自身、余人に対して一線を引いていた。教団に在籍している年数こそ長いものの、シリウスの過去や境遇を詳しく知る人間はごく少数だ。 そういうわけで、シリウスにとって誕生日とは単にひとつ歳をとる日という以上の意味を持たなかった。 「誕生日に何かするという習慣が無かった」 ただの事実だ。訊かれたことに対して素直に答えただけで、他意は無い。 けれど、そのただの事実に、リチェルカーレは物憂げに目を伏せた。 皆でわかちあう美味しいケーキに、一体なにが入っているのだろうと胸をどきどきさせながら開けるプレゼント。おめでとうの声に、温かいハグ――そのいずれもがシリウスには与えられなかったのだと思うと、少女は自分のことのように悲しくなってしまう。 気落ちした様子で俯いてしまったリチェルカーレに、シリウスは感情の薄い面貌へ微かな困惑を滲ませた。 決して、悲しませたかったわけじゃない。少しでもリチェルカーレの表情が明るくなるようなエピソードを求めて記憶を探る。 「……そういえば」 宙を睨むようにして思案すること数瞬。どうにかそれらしい記憶の断片を拾い上げて話し出すと、リチェルカーレは顔をあげ、じっとシリウスを見つめて続きを待った。その顔を笑顔にできるほどの話かどうかは、正直自信が無い。それでも一旦口を開いたからには、最後まで話さなければリチェルカーレは納得しないだろう。 おぼろげな記憶を手繰り寄せながら、言葉を紡ぐ。 「子どもの頃、護身用にとナイフを貰ったことがある」 ナイフと言っても、そう仰々しいものではない。浄化師として長剣や双剣、様々な魔喰器を扱う今となっては、頼りないとさえ思うような他愛ないものだ。子どもの手でも扱える細身の柄と、短い剣身。それでも刃物には違いないから、扱い方には注意が必要ではあったが。 「隠し持つ方法とか、投げ方とか教わって……」 ぽつりぽつりと語られるシリウスの思い出に、リチェルカーレは二色の双眸を丸くする。 「ナイフ、投げるの?」 不思議そうな声で問われ、シリウスは瞬いた。近頃よく振るうのは剣身の長い双剣であるから、意外な組み合わせに感じられるのだろうか、と思いながら、ナイフの扱いを学んでいた頃の心境を振り返る。 「当時は単純に嬉しかった。……気にかけてくれる人が、まだいると」 ほんのわずかな変化ではあるけれど表情を和らげたシリウスに、リチェルカーレは温かなものを覚えて微笑んだ。まだ自分と出逢っていない頃のシリウスに贈り物をした人がいること、その思い出を彼が喜ばしい出来事として語ってくれるのが嬉しかった。 「ふふ、面白いプレゼント」 ようやく、シリウスは先ほど彼女が不思議そうにしていた理由に思い当たった。これまで疑問に思ったことは無かったが、確かに、子どもへの贈り物としてナイフは不適当な気もする。投擲するとなれば、ますます子どもにはハードルが高い。何故、ナイフだったのか。 「……子ども相手の贈り物なんて、選んだことが無かった……?」 遠い年月を経て、贈り主に思いを馳せる。子どものシリウスは、向けられた好意を受け取るのが精いっぱいで、相手の気持ちまで推し量る余裕は無かった。 「きっと、そのひとはシリウスを大事に思っていたのね」 すっかり憂いを払ったリチェルカーレを、シリウスは見つめた。 「だって、そうでしょう? プレゼントは、贈る相手が大事だから渡すんだもの」 「大事……」 そうなのだろうか。あのナイフは単なる気まぐれなどではなく、贈り物に慣れているわけでもない人物が、自分のために慣れないなりに考えて――シリウスを大切だと思うから、贈ってくれたものなのだろうか。 リチェルカーレの言葉を噛みしめるうちに、ナイフの使い方を丁寧に教えてくれた口ぶりや慎重な手つきなどが次第に思い出されてくる。 「……」 じわり、と頬が熱くなった。きっと、赤くなっている。その証拠に、シリウスが顔を背けると、リチェルカーレは声を立てて笑った。 「みんなが笑顔で生まれた日を祝う。それがお誕生日でしょう?」 シリウスには、誕生日に何かするという習慣が無かった。祝われて嬉しかったことなど特になかった。それはただの事実――ではなかった。ただ、ちょっと取りこぼしていただけだ。 リチェルカーレと出逢ったことで、シリウスは幼いころ受け取り損ねていた祝福を、今ようやく完全な形で受け取ることが出来たのだった。 ●誕生日のわがまま 九月も残り数日という頃のことだ。 洞窟の調査や、森に棲みついたゴールの退治、教団本部の夜警――司令部には、期間も内容も様々な派遣要請がひっきりなしに舞い込んでくる。 スケジュールを確認していた『ショーン・ハイド』は、ふと、もうじきパートナーである『レオノル・ペリエ』の誕生日が近いことに気が付いた。仕事一筋の組織人と見られがちな――そしてあながち外れでもない――ショーンではあるが、人並みには情緒も持ち合わせている。 誕生日にちなんで思い出されるのは、誰かの誕生日祝いにナイフの贈り物をしたことだ。古い話で相手が誰だったのか、それは忘れてしまったが、余人に知られずに持ち歩く方法や投げ方、どうやったら斬れるのか、一通りの扱い方を教えた覚えもある。我がことながらセンスの無いチョイスだったとは思うが、当時は役に立つものをと、それなりに考えた上での結果だった。 おぼろげながらもそんな記憶があるショーンにとって、レオノルの誕生日となればなおさら外せない。 「とは言え……」 一体なにを贈ったものか。腕を組み思案するも、皆目見当がつかない。ショーンは自力で結論を出すことを諦め、寮のエントランスでたまたま顔を合わせた同僚に相談を持ちかけた。 「誕生日祝い?」 同僚は、何だそんなことかと言わんばかりの顔をして、こともなげに応じた。 「とりあえず美味い飯でも食って、わがまま一つ聞きますって言っとけ」 「……そんなことで良いのか」 あまりに軽く返ってきた答えに、ぽかんとする。だが、趣味に合うかどうかわからない物を贈るよりは、普段よりいくらか上等な食事をして、相手の要求を伺う方が合理的ではある。ショーンは、参考になった、と相手に礼を述べて別れた。 九月三十日、レオノルの誕生日当日。二人はルネサンス南部のローゼズヘブンに滞在していた。近場での指令を終えたところであり、本土からの定期船を待つため一泊することになったのだ。陸地から遠く離れたこの島は海岸沿いに多くの要塞を持っているが、温暖な気候のためか住民たちの気質も穏やかで、至って安穏とした空気が流れている。 「ドクター、夕食を食べに出ませんか」 指令に関する覚書をあらかたまとめ終わったところで食事の誘いを受け、レオノルは軽い驚きにその碧眼を瞬かせた。朝、顔を合わせた時に誕生日祝いの言葉を貰っていたから、てっきりそれでしまいだと思っていたのだ。長命のエレメンツであるレオノルは、もう己が何歳になるのか覚えていないほどの年月を重ねていることもあり、それだけで十分嬉しかったというのもある。 「ご馳走してくれるの?」 「ええ。なんでも、好きなものを頼んでください」 大真面目に頷くショーンに、レオノルはなんだか可笑しくなってくすりと笑う。 「それじゃあ、お言葉に甘えようかな」 こうした時、固辞するのは野暮というものだ。 夏に比べて、随分と日が落ちるのが早くなった。宿を出た時にはまだ明るかった空は、見る見る水色から緋色、緋色から藍色へと暮れていく。仕事を終えた地元民たちは馴染みの店へ吸い込まれていき、遊び疲れた観光客はあちこちの看板を指差して話し合っている。 広大な海のただなかにあるだけあって、ローゼズヘブンは魚介料理を出すレストランが充実している。特に評判なのは、余所で獲れるものに比べて格段に柔らかいタコで、そこかしこにオススメの看板が出ていた。海の幸以外ではウサギ肉の料理や、リコッタチーズを包んだ甘くないパイ等が有名らしい。 「ここはどうかな」 「良いと思います」 うかうかしていると席が埋まってしまいそうだと思った二人は、早々に雰囲気のよさそうな一軒に目をつけて扉を押し開いた。店内は親しみのある橙色の灯火と、一日の終わりを美味しい食事で締めくくらんとする人々の和やかなさざめきに満ちている。 「うーん……うん、決めたよ」 メニューの決定権を託されたレオノルは迷いに迷ったのち、前菜と主菜からバランスよく数品ずつ注文した。 ほどなくして運ばれてきた料理は期待を裏切らぬ味であったが、二皿目の主菜が運ばれてきたところで、ショーンはふと、自分の好みによった物ばかりであることに気がつき、食事の手を止めた。 「……ドクターの好きなものを食べてもらいたかったのですが」 「充分、私も楽しんでいるよ」 ショーンを納得させるように、どれも美味しいね、とレオノルは笑いかけた。 誕生日だからという彼の気遣いはわかるが、ショーンが少し嬉しそうな顔をして料理を口に運んでいると、レオノルも嬉しくなる。だから遠慮などではなく、今テーブルに並ぶもの――そして向かいでそれを食べる男の姿こそが、レオノルの望みなのだった。 「今日は、わがままを叶えますよ」 宿へと戻る道すがら、そう告げられて、レオノルは本日二度目の驚きに長身のパートナーを見上げた。何を言い出すのだと怪訝に思うも、黒と青の瞳が至極真剣な色合いをしていたから、言葉を選び直して口を開く。 「それじゃあ、今日、私が眠るまで一緒にいて」 冗談めかしたレオノルの声音に、ショーンはいつもの冷静沈着な、生真面目な面持ちで頷いた。 時は流れて十一月の下旬。丁寧にラッピングされた焼き菓子やジャム、雑貨が宝の山のように並べられた店内に、はわわ~! と間の抜けた恍惚の声が響いた。 「素敵ですワ! それはもう、ステキなステキな一夜をお過ごしに?」 セレクトショップ『365日の歌』店主、サリーである。店内の一画に置かれたテーブルセットで、彼女は浄化師の男女から誕生日の話を聞いていたのだった。 黒い斑のある耳をぴくぴくさせながら目を輝かせる店主に、レオノルはやわらかく笑む。 「ショーンは真面目だから、手を握っていてくれたんだ。何か温かくって優しくて、幸せだったよ」 「はわ~! わかりマス、わかりマス、ときめきますワ! まさに、物より思い出!」 サリーは爛々と輝くまなこを、今度はレオノルの隣に座るショーンへと向けた。 「ショーン様の方は、どのようなお気持ちでしたノ!?」 答えるまで逃がす気はない、とその顔には書いてある。獲物を狙う肉食獣の如しだ。なんの危険も苦労もない簡単な依頼だと思っていたのは、少々認識不足だったかもしれない。 ショーンはいくらか居心地の悪さを感じながら、努めて冷静に対応した。 「……“わがまま”の内容を聞いた時は、なんでそんなことを、と思ったよ」 だが、伏せられた睫毛の繊細さが窺えるほど近しい距離で、その安らかな寝顔が見られて幸せだった――という本音まで他人であるサリーに聞かせるつもりはない。ショーンは、それきり口を噤んだ。 ●君が生まれた日 エントランスでパートナーの姿を見つけ、『アリシア・ムーンライト』は僅かに表情を緩めた。 十月中は立て続けに指令が入ったため、今月は少し休息をとろうということになって、久しぶりにゆっくりとした日々を過ごしていた。 教団寮は男女で分かれているため、特に指令や約束が無いときにはパートナーと一日顔を合わせないこともある。だから、こんな風に偶然会えると、すこし嬉しい気持ちになった。 「クリス……」 視線の先で、『クリストフ・フォンシラー』がアリシアに気が付いて笑顔になる。だが、クリストフはにこやかに手を振っただけで、足早に外へ出て行った。 近頃、こんなことが続いている。クリストフは精神科医を志しており、浄化師としての業務と並行して心理学や会話術などを熱心に学んでいる。それで忙しいのかもしれない。 アリシアは、遠ざかる背中をぼんやりと見送った。 そんなクリストフが突然アリシアを訪ねてきたのは、十一月十日のことだった。 「アリシア、一緒に来てくれるかな」 他に予定はなかったので戸惑いながらも頷けば、特に説明もなく、街へと連れ出された。少し前まではどこを見てもハロウィンの飾りが目に入ったのに、今は影も形もない。気の早いいくつかの商店が、クリスマスツリーやリースを店頭に掲げている。 辿り着いたのは一軒のレストランで、扉を開けたクリストフに促され、アリシアは中へと足を踏み入れた。心得顔の店員に案内されて、二階の個室へと入る。 まっさきに目に入ったのは、白やピンク、水色の花飾りだった。宙に浮いている――否、薄い布で作った鞠状の飾りを、細い糸で天井から吊るしているらしい。花飾りの合間では、複雑なカットの施された硝子や羽を広げた金色の小鳥が光を受けてキラキラと輝いている。 「どうぞ、座って」 クリストフが引いてくれた椅子に腰を下ろし、アリシアはそろそろと室内を見回した。 目に優しいクリーム色の壁に、品の良い花柄のカーテン。テーブルクロスは淡いミントグリーンで、縁に白い糸で蔦模様が刺繍されている。こじんまりとした部屋だがその分心配りが隅々まで行き届いており、居心地の良さと、うきうきするような華やかさが同居した空間になっている。 素敵なお店、と思ったところで、ぱん! と軽い破裂音が響き渡った。驚いた視界に、色とりどりの紙ふぶきが舞う。 「え……」 向かいの席に座っているクリストフを見ると、穏やかに微笑み返される。ぱちぱちと瞬いているうちに、給仕が傍へやってきて、アリシアの目の前に皿を置いた。運ばれてきたのは、丸いケーキだ。つやつやとした真っ赤な苺に囲まれてクリームの薔薇が咲き誇り、チョコレートの蝶が羽を休ませている。 「クリス、あの……」 給仕が下がって二人きりになったところで、クリストフは花束をアリシアへ差し出した。一体いつの間に用意していたのだろうと、アリシアはまた驚いた。 「誕生日おめでとう、アリシア」 可憐で愛くるしい、ピンク色のミニ薔薇だ。こんな風に祝われるのは初めてのことで、アリシアは頬が熱くなるのを自覚する。けれど、一拍遅れて湧いた申し訳なさが胸の温かな気持ちを掻き消してしまった。 「アリシア……?」 表情を曇らせたアリシアに、クリストフは心配になって呼びかけた。ここ数日、アリシアには内緒であちこちの店を回ってケーキや花束を選んだり、飾り付けについて店員に相談したり、彼女の喜びそうなものを揃えたつもりだった。だが、クラッカーの音にびっくりしたようだし、サプライズは失敗だったか――。 「ごめん、驚かそうと思ったんだけど、言っておけば良かった」 「ち、違うんです、クリス……」 クリストフが悪いわけでは、決してない。アリシアは息苦しさを覚えながら言葉を絞り出す。 「私、……本当の誕生日がわからないんです」 だから祝ってもらう資格なんて、と言う声は小さく掠れた。 教団の書類には、確かにアリシア・ムーンライトは十一月十日出生と記載されている。けれど、それが真実であるかどうか知る者はいない。アリシア本人にさえ、分からないのだ。 アリシアが持つ一番古い記憶は、薔薇十字教団の団服をきた大人にあれこれと質問されている光景だ。まだ子どもだったアリシアが答えらえたのは『アリシア』『十歳』、たったの二つだけだった。両親のこと、居たかもしれない兄弟姉妹や友人のこと、住んでいた場所のこと――そういう記憶を、アリシアはすっかり失っていたのだ。大人になった今もなお、思い出せていない。 「今日は、私が保護された日、なんです……」 「そうか……」 俯いてしまったアリシアを見つめて、クリストフは己の迂闊さを悔やみながら慎重に口を開いた。 「本当の誕生日が分からないと言うのは、辛いね」 でも、と続けると、花束越しにアリシアが僅かに顔をあげた。深いアメジストの瞳が揺れている。 「この日、君が保護されなかったら、俺は君と出会えてなかったかもしれない。浄化師になる君が生まれた日……君のふたつめの誕生日、じゃダメかな?」 祝われる資格が無いだなんて、思って欲しくなかった。失われた記憶があるとしても、それがアリシアの生を否定する理由にはならない。記憶を失うほどのなにか恐ろしい、悪い出来事があったのかもしれないが、その日が今日までに続くアリシア・ムーンライトという浄化師のスタート地点であることは間違いのない事実だった。 だとすれば、パートナーであるクリストフにとっては、やはり本当の誕生日と同じくらい大切な日だ。 「ふたつめの誕生日……」 呟きながら、アリシアは眼鏡の奥の、優しい色をした双眸を見つめた。そうして微笑まれると、肩から力が抜け、驚くほど気持ちが軽くなる。 「そんな風に考えたことは、なかったです」 アリシアは、花束を柔らかく抱いた。 「クリス、ありがとう。この日に意味をくれて……」 このミニ薔薇も、ケーキも、飾りつけされたこの空間も、クリストフの言動全てが、アリシアの誕生を祝福している。『ふたつめの誕生日』という言葉を、素直に受け止めることが出来た。 「とても素敵な贈り物を、ありがとう」 花が開くように顔をほころばせたアリシアに、クリストフは自身も笑みを深めた。当初の想像とは少し違ったが、今日のために準備を重ねて良かったと思う。アリシアが自分の思いを打ち明けてくれたこと、クリストフの言葉を受け入れて、笑顔になってくれたことが嬉しかった。 「ありがとう、アリシア。生まれて来てくれて」 このところあまり話せなかった分を取り戻すように、二人は誕生日の特別なひとときをゆっくりと味わった。 ●未来の約束 寮の自室で『ヨナ・ミューエ』は書物を広げ、文字の世界に没入していた。心理学についての研究書だ。最新版が発行されたと聞いて以前から気になってはいたのだが、なかなか読む機会を得られずにいたものだ。机の上には、他にも何冊か同じような境遇の本が詰まれている。 今年の秋は、随分と忙しく過ぎていった。 ホムンクルスの襲撃、ダンジョンの探索、仕立て屋からの依頼に探偵のサポート、魔女の対処――中には戦闘や危険の無い平和的な指令もあったが、いさかか働きすぎた感は否めない。つい先日、喰人の『ベルトルド・レーヴェ』が倒れて医務室送りになったのを機に二人は話し合い、しばらく休養をとることを決めたのだった。 ちょうど一区切りついたところで、扉がノックされた。本に栞を挟んでから応対すると、戸口にいたのは同じフロアに部屋のある同僚だった。ヨナに客が来ているので呼んできてほしいと、寮母に伝言を頼まれたらしい。 「客、ですか」 「すぐに外へ出るから呼んでくれたら良い、って言ってるのが聞こえたわ。姿は見てないけど、男のひと。一緒に出掛ける約束でもしてたの?」 そんな覚えは無かったが、心当たりはひとつしかない。ヨナは同僚に礼を言い、フードつきのケープを羽織ってエントランスへ向かった。 「急にすまんな。ちょっとそこまで、付き合ってくれるか」 予想通り、ヨナを待っていたのはベルトルドだった。 「構いませんが……休んでいなくて大丈夫なんですか」 倒れた時、医務員が下した診断は過労だった。深刻な病気や怪我でなかったのは幸いだが、外傷と違って傍目には回復の度合いが分かりにくい。体毛に覆われて顔色の読めないライカンスロープでは、尚更だ。 気遣う、というよりは若干、疑う目つきのヨナに、ベルトルドは万全であることを示すように軽く片腕を回す。 「多少は動かんと、身体が鈍る。遠出するわけではないしな」 「それなら、良いのですけど……」 ヨナはひとまずベルトルドの言を信用することにした。 辿り着いたのは、ヨナが初めて訪れる店だった。 看板には、『365日の歌』と書かれている。一見したところ、雑貨屋のようだ。店内にこれでもかと並ぶのは、可愛らしいぬいぐるみやミニチュアの置物、デザインのこった文房具、小さな瓶に入ったジャムにカラフルなアイシングクッキー等々。およそベルトルドのイメージとは結びつかない雰囲気に内心首を傾げながら、扉をくぐった。 ちりん、とドアベルが鳴ったのを聞きつけて、獣の耳をぴんと尖らせた女性――店主のサリーがやってくる。 「いらっしゃいませなのだワー! 当店では皆さまの年に一度の大切な日、お誕生日をお祝いすることをコンセプトに、贈り物からパーティプランまで、よりどりみどり! 取り揃えておりマスの!」 店主のやかましい――もとい、想像以上の熱烈歓迎にすこしばかり身を引きながら、ヨナは訝しげに隣を見遣った。 「誕生日祝い用のお店? 誰かに、贈るんですか」 知り合いの女性に贈り物をしたいので、女性目線での助言が欲しいということか。そうあたりをつけたヨナだったが、ベルトルドは、 「なに、ちょっと、お前にな」 と、こともなげに答えた。 「え、私の? ……もう、とっくに過ぎているのですけど」 ヨナの誕生日は十月だ。もうじき丸二ヶ月が経つ。 「それはそうなのだが……」 怪しむパートナーのまなざしを見返し、ベルトルドは声を潜めた。幸い、店主は少し離れた場所でにこにことしているだけで、棚の前で顔を寄せる二人の客をそっとしておいてくれるようだ。 「実はこの店、客足が芳しくないと聞いて……それでな」 なるほど、とヨナは納得した。そういえば、店のサービス向上のためにご協力願いたい、というような指令が張り出されているのを、ちらりと見たような気がする。視線を巡らせれば曖昧な記憶を裏付けるように、店の奥にいたらしい、制服を着た団員リネットが店主の隣へ並んで何事か話しかけていた。 「なら、最初からそう言えば良いのに」 顔の向きを戻したヨナに、ベルトルドは肩を竦める。 「それらしい理由でも考えれば良かったんだが、思いつかなかった」 「そこは正直ですね……」 軽く呆れてしまうが、不快ではなかった。 二人はサリーとリネットに話を聞きながら、店内を順繰りに見て回った。所狭しと物が置かれているが、こだわった上でのディスプレイらしく、きらきらしたものを詰め込んだ宝箱のような楽しさがある。要望とあらば、いつでもどこでも最高のパーティをセッティングしてみせると意気込むサリーの熱意に、ヨナは感心した。 「そういえば、ベルトルドさんの誕生日って……」 瓶詰の焼き菓子を眺めながら何気なく尋ねたヨナに、ベルトルドは、ああ、と軽く頷いた。 「正確なことは分からないから、前のパートナーの爺さんと契約した日にしている」 「あ……すみません、込み入ったことを聞くつもりでは」 「畏まれる方が困る。なに、隠すような話でもない」 実際、気にした様子の無い軽い口ぶりであったので、ヨナは謝罪よりも相応しい言葉を探して思考した。 「では、ええと……話してくれて、ありがとうございま、す……?」 ベルトルドは緑の目を細めて、にこりと笑った。 店を後にするヨナは、両腕で紙袋を抱いていた。中に入っているのは、茶色い毛並みをした大きな兎のぬいぐるみだ。 「それでよかったのか? 結構、可愛らしいのを選んだな」 「目が訴えてきた気がして。本当は、本物が飼えればいいんですが……帰れない日もあるのを考えると丁度いいかな、と」 転移方舟があるとはいえ、任地によっては汽車や徒歩での移動を強いられることもあるし、現地での対応に数日間かかる場合もある。指令のために何日も寮を開けるのは珍しいことではない。そんな浄化師が生き物を飼うのはなかなかに難しい。 そうか、とベルトルドは相槌を打った。 教団寮の前まで来たところで、ヨナは足を止めた。ベルトルドに向き直り、ぬいぐるみを落とさぬようにしながらお辞儀をする。 「お祝いは口実みたいでしたけど、今日は楽しかったです」 「それなら、来年はもう少し計画を立ててやるか。あの店に手伝って貰うでも良い」 面白いパーティに仕立ててくれそうだったぞ、と笑い含みの声に、ヨナは顔をあげる。来年、という言葉を小さく復唱した。 「また来年……そうですね」 その『来年』がある確証はない――脳裏をよぎった考えを押し隠すように、唇へ微笑を浮かべる。先のわからぬ世の中ではあるが、いま楽しめることはそのままに感じようと、屈託のないベルトルドを見て思うのだった。 ●二人きりの小さなパーティ 可愛らしいものや便利なもの、ちょっとした贈り物から特別な贈り物まで揃った『365日の歌』の棚を眺めながら、『リコリス・ラディアータ』は誕生日の記憶に思いを馳せた。 「小さい頃は家族で誕生日のお祝いをしていたけれど、一人になってからは祝ったことなんてなかったわ……」 両親を喪ってから教団に保護されるまでの間、リコリスはスラム街でその日暮らしの生活をしていた。すさんだ街に満ちるあらゆる悪意をかいくぐり、僅かな食べ物を得、身を縮めて寒さを凌いで眠る――生きるのに精いっぱいで、今日が何月何日か、なんてことにはすぐに構わなくなった。 「誕生日か……」 リコリスの隣で、『トール・フォルクス』もまた誕生日にまつわるエピソードを脳裏に探った。 「思い出……というわけじゃないけど、俺の誕生日はエイプリルフールの次の日で、真実の日とも呼ばれているらしい」 真実の日はトゥルーエイプリルとも呼ばれ、前日とは反対に真実しか喋っていけないとされる。そのため、嘘偽りのない愛の告白、つまりプロポーズをする者が多い――と言われているのだが、実のところ、元を辿るとそれ自体、ある年にとある青年が吐いた『エイプリルフールの嘘』である。だが、そのリアリティある設定とロマンティックな説明によって多くの人々が信じ支持した結果、近年、新しい風習として巷に根付いていた。 「だから、その日に恥じないよう正直に生きたいと思ってる」 気負うでもなく軽やかに言って、トールは、にかりと笑う。 トールらしいと、リコリスはほのかな憧れと共に思ったが、それを悟られるのはなんだか気恥ずかしい。陳列されたマグカップを見るふりをして顔を背け、誤魔化すように別のことを口にした。 「もう十年近く、誕生日かなんてやったことないわ。でも今年は……」 と言いかけて、はっとする。 「そういえば、今年もやってない!?」 リコリスは五月の下旬生まれだ。今年の誕生日は一体なにをしていただろうと振り返り、ああ、と得心した。 「……ちょうど、契約や新生活でバタバタしてたものね」 契約を結び浄化師として活動するようになった直後から、訓練は勿論、ベリアルとの実戦にも駆り出された。演習のつもりだったところにサクリファイスの奇襲を受け、大怪我をしたこともある。スラム暮らしをしていた頃とは別の理由で、誕生日どころではなかったのだ。 納得しているリコリスの隣で、トールも頷いた。 「確かに、浄化師になってからはしてないな」 「えっ……? トールも、誕生日のお祝いしていなかったの? てっきり、教団の外の友達に祝ってもらってたとばかり……」 トールはいわゆる好青年で、乗馬や登山、釣りなど趣味や特技も多いし、困っている人を見れば放っておけないお人好しでもある。リコリスに比べたら、ずっと広い交友関係を持っているのだろうと、なんとなく想像していた。 「俺も、春はばたばたしてたからな」 そうだ、とトールは笑顔になって、リコリスを見遣った。 「リコ、すごく遅れたけど、今からでも今年の分の誕生日祝いをしないか? せっかくこの店に来たんだし、手伝ってもらって」 ささやかなパーティを開こう、という突然の提案にリコリスは瞬き、一拍おいてから小さく頷いた。 「し、仕方ないから、一緒に祝ってあげるわ」 「とびきり甘いケーキも頼もうか」 素直じゃない返事に笑って、トールは店の奥にいる店主へと声を掛けに行った。 およそ半年遅れの誕生日会は、二人きりの小さな食事会となった。 店主サリーはさすがの手腕で、トールとリコリスの要望を叶える、気取りすぎない居心地のいいレストランを見つけてきた。個室だから、食事も会話も人目を気にする必要が無い。特別な飾りつけなどは無いが、テーブルには花の形をしたキャンドルホルダーが置かれ、灯火の揺らめきが暖かな光を放っていた。 「ん……美味しいわ」 メインディッシュのビーフステーキを味わい、リコリスは満足げに呟いた。 メニューについても相談に乗ってもらい、薄味を感じられないリコリスの分は味付けを濃くしたり、濃厚なソースをたっぷりと掛けてもらうなど、二人がそれぞれ楽しめるような内容になっている。 自身もステーキを切り分けながら、トールは微苦笑を浮かべる。 「健康のためには少しずつでも薄味に慣れてった方が良いんだけどな……まあ、美味しく好きに食べるのが大事な時もあるか」 「いつだって、美味しく食べることの方が重要よ」 過去に、カフェオレへ好きなだけ砂糖を入れていたところをトールに見られて没収されたことを思い出し、リコリスは唇を尖らせた。 誕生日会の最後を飾るのは、勿論ホールケーキだ。 風味豊かなアーモンド生地を土台に、濃厚なチョコレートムースとベリーのムースが層を作っている。天辺には飾り付けとして小さなシュークリームとクッキーが二つずつ。こればかりは一つを二人で分けるかたちになるので、全体的にリコリスの味覚に寄せたものになっている。 「この顔、よく似てるな」 秋に、リコリスは同僚の浄化師たちと女子会なるものを体験した。その時、クッキーにチョコレートでパートナーの顔を描き楽しかった記憶が残っていたので、つい相談の際に「クッキーに顔を描いてもらえるかしら」と口に出してしまったのだった。 プチシューに寄り掛かるようにして、トールとリコリスの特徴をよくおさえた顔つきのクッキーが並んでいる。出来上がったものを見ると、随分恥ずかしいことを頼んでしまったような気がする。ちらりとトールの様子を伺うと、彼は出来に感心するばかりでなんとも思っていないようなので、リコリスも努めて気にしないことにし、ケーキを切り分けた。 「トールも小さい頃は、家族に祝ってもらったりしてた?」 何気なく尋ねると、予想に反してトールは即答せず、少し思案するような顔をしてから口を開く。 「……実は俺、家族の記憶ってないんだ。物心ついた時には一人だった」 その返答に、リコリスは驚いてフォークをいったん置いた。 「だから誕生日は、その時の旅の仲間や滞在中の街の人たちとかに祝ってもらってたんだ」 「そ、そうなの……ごめんなさい」 知らなかった、とリコリスは心の中で呟く。今現在、家族と呼べる人がいないのはリコリスも同じだが、トールには幼い時分に両親とすごした覚えすらないのだ。 俯きがちになったリコリスを気遣うように、トールは明るい声をあげる。 「別に、謝ることじゃないさ。相棒や仲間たちもいたから、寂しくはなかったしな」 今日みたいに、とパートナーへ笑いかけながら、トールは甘すぎるケーキを頬張った。
|
||||||||
![]() |
![]() |
![]() |
*** 活躍者 *** |
|
![]() |
|||
該当者なし |
| ||
[2] リチェルカーレ・リモージュ 2018/11/22-23:30
|