~ プロローグ ~ |
雨が、続いていた。 |
~ 解説 ~ |
【概要】 |

~ ゲームマスターより ~ |
【ゲームマスターより】 |

◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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目的 幼竜を親の所まで無事に連れていくこと。 会話 ジークリート …お母さん、心配しているだろうから連れて帰ってあげないと…。 フェリックス はい、リート。 …でも、どうすればいいですか? ジークリート …ええと…、なんとかして気を引くしかない、のかなあ…。 行動 まずは、ルートの確認。 ルートは危険個所はどこかとか、幼竜に通れそうか。 それから、幼竜に自分たちを認識してもらう。 話しかけたりして(通じなくても)、興味を持ってもらう? |
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ドラゴンは元気だよなぁ、子供でもパワーに満ち満ちているのがわかる。 どうしようか、ナニカ。 うーん、人形使って誘導かぁ、やってみるけど壊されるのが怖いな……。 何いってんだ、ナニカを危険な目には合わせられないって。 極力被害は少なく、楽しくやろうぜ! それはそれとして、ドラゴンの卵って食べられるのかな? 冗談だって! |
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~ リザルトノベル ~ |
「……ええと……、回収するのは卵って聞いてたんですけど……」 「孵ってるよなぁ……。これ……」 目の前で寝息を立てながら横たわる巨体を見つめながら、『ジークリート・ノーリッシュ』と『キールアイン・ギルフォード』は呆然と呟いた。 ここは竜の渓谷の最下部。清澄の渓流。 ここ数日続いていた大雨で、巨竜「ティアマト」の卵が渓流に流されたとの報が入ったのは数刻前。渓谷管理者の「ワインド・リントヴルム」によって卵の回収を依頼された教団は、二組の浄化師達を派遣したのだが……。 「まいったねー。まさか孵っちゃってるとは、想定外だなー。どうする? キルー」 ケタケタと笑いながら、キールアインに訊くのは彼のパートナー、『ナニーリカ・ギルフォード』。持ち前の性格ゆえか、この不足の事態にもあまり動じていないらしい。そんな相方に、キールアインは腕組みしながら答える。 「どうもこうも、何とか親竜の所まで連れて行くしかないよな。そういう命令だし。なあ、あんた」 「……は、はい……?」 急に話を振られたジークリートが、驚いて返事をした。 「あんた、生成(デモン)だろ? こいつ、持ち上げるか引きずるか出来ない?」 その問に、しかしジークリートは困った様な申し訳ない様な顔をする。 「……すいません……。わたし、生成は生成なんですけど、そんなに強くないんです……」 「あれ? そうなの?」 「……そうなんです……。ごめんなさい……」 深々と頭を下げられて、今度は狼狽してしまう。堅苦しいのは、得意じゃない。 「いや、別にいいよ。そんなの、あんたのせいじゃないし……でも、そうなると……」 キールアインの瞳が、ジークリートの隣りに流れる。そこにいるのは、細身の少年。 「何でしょう?」 「お前は、ええと……」 「申し遅れました。僕は『フェリックス・ロウ』と言います。どうぞ、よしなに」 そう言って、ペコリと頭を下げるフェリックス。 「あ、こりゃどうも。ご丁寧に」 また頭を下げられて、またまた畏まる。 (何か、やり辛いなぁ) そんな事を思う彼の横では、ナニーリカが「おー、よろしくー」などと陽気に挨拶している。目の端では、「……こちらこそ、よろしくお願いします……」と返すジークリートの姿。何だかんだで社交力の高い相方に感心しながら、しげしげとフェリックスを見つめる。 「お前は……俺の同類……?」 「その様ですね」 確認し合う、マドールチェ二人。キールアインが、ハア、と溜息をついた。 「じゃあ、力仕事は畑じゃないよなぁ」 「そうですね。すいません」 そう言って、再び頭を下げるフェリックス。 「だから謝らないでいいって。お前達のせいじゃないから」 「あはは。ものの見事に不適材不適所だねー」 ケタケタ笑うナニーリカの横でもう一度溜息をつくと、キールアインは腹を決めた様に言った。 「まあ、折角だし。ぼちぼち楽しもうか」 バサリ。 晴天の光の中に、銀色の羽が閃く。羽の主はジークリート。生成の特技である「天空天駆(スカイワード)」で宙に舞った彼女は、空の高みから渓流とその両側の崖の様子を確認していた。限界時間をたっぷりと使って周りの状況を目に焼き付けると、彼女は皆の待つ場所へと舞い戻った。 「どんな具合ですか? リート」 地面に降り立ったジークリートに、フェリックスが問う。 「……うん。崖上までの道は、何とか幼竜(その子)でも通れそう……。ただ、雨のせいかな……? あっちこっち地盤が緩んでたり、流木とかの障害物が引っかかったりしてる……。気を付けないと、落っこっちゃうかも……」 「では、極力気をつけなければいけませんね。……どうしました? リート」 何処か悲しげなジークリートの様子に、フェリックスが小首を傾げる。 「……空に上がったら、遠くの方にドラゴンの影が見えた。ジッとこっちを見てるみたいだったよ……」 「ああ、それはきっと親竜でしょう。身体が重くて雨で泥濘んだ崖を動くのは危険と言う事で、待機を命じてるそうですから」 「……とても、悲しそうな視線だった……」 フェリックスの言葉に対し、ジークリートは辛そうに息を吐く。 「……お母さん、心配しているだろうから、早く連れて帰ってあげないと……」 その言葉を聞いたフェリックス。優しい相方の心を察する様に頷くと言った。 「はい、リート。……でも、どうすればいいですか?」 フェリックスの問いに、ジークリートは考える様に顎に手を当てた。 「……ええと……、なんとかして気を引くしかない、のかなあ……?」 彼女の考えは、こう。 まずは、幼竜に自分たちを認識してもらう。孵りたてで、言語は分からないだろう。しかし、話しかけたりしていれば通じなくても、興味を持ってくれるかもしれない。 あとは、安直だが力頼みだ。押したり引いたりして、歩を進ませるしかない。 「非常食糧で気を引いてみるというのは、どうでしょう?」 「あ、それいいかも!」 フェリックスの言葉にジークリートが手を打ったその時、 クルルルルル……。 小さな地鳴りの様な声が、彼女達の耳に障った。 「お? お? お?」 地面を揺らす振動に、ナニーリカがトットと軽い足取りで後ずさる。彼女の目の前で、眠っていた幼竜がゆっくりとその頭を持ち上げていた。 ティアマトはドラゴンの中でも最大種。生まれたての幼竜とはいえ、有に体長は5メートルはある。それが体長の3分の1を締める首を天に伸ばす様は、なかなかに壮観。 「ドラゴンは元気だよなぁ、子供でもパワーに満ち満ちているのが分かる」 「そうだねー、あの小さい身体のどこにあんなエネルギーがあるんだろうね。あ、小さくはないかー。アハハハハ」 そんな事を言い交わすキールアインとナニーリカの前で、動き出す幼竜。その丸太の様な足に踏まれた卵の殻。数センチはありそうな厚さのそれが、バキバキと容易く砕けていく。 「さて、どうしようか。ナニカ」 「そだねー。キルの人形で、注意を引っ張って誘導できないかな?飽きられないように工夫するのが大変そうだけど」 そんな相方の提案に、複雑そうな顔をするキールアイン。 「うーん、人形使って誘導かぁ、やってみるけど壊されるのが怖いな……」 「あ、飽きられたり壊されそうになったら、私が人形の代わりになろうか?」 「何言ってんだ! ナニカを危険な目には合わせられないって」 「アンデッドだから、死なないけどなぁ。ふふ、でも心配してくれて嬉しいよ」 「まあ、極力被害は少なく、楽しくやろうぜ!」 「そうだね、楽しくやろう! やろうやろうー!」 二人がそんな事を言い合って、頷きあったその時―― フッ。 「ハッ!」 辺りを覆う、黒い影。二人が咄嗟に飛びず去ったその瞬間―― ドグワァアアッ! 落ちてきた太い尻尾が、それまで二人がいた場所を粉砕した。 「だ、大丈夫ですかー?」 幼竜の身体の向こうから、ジークリートの(かなり)焦った声が聞こえてくる。当の幼竜は、自分の所業に気づいた様子もなく、大口をあけて欠伸などしている。 「ほ、ほら、キル。楽しまなくちゃ楽しまなくちゃ」 「そ、そうだな……。はは、ははははは……」 陥没し、激流の中に崩れていく地面を見ながら、乾いた笑いを浮かべる二人だったりする。 「じゃあ、いいか?」 「いいですよー」 幼竜の前に立ったキールアインが、尻尾側にいるジークリートに向かって声をかけた。 話し合いの結果、ジークリートとナニーリカが後ろから幼竜を押し、前方ではキールアインとフェリックスの二人が人形と食べ物で前進を誘うと言う事になった。何でか弱い女性陣がしんどい押す役なんじゃいと言う意見もあるかもしれないが、実際問題としてこの面子、女性陣の方が力がある。そして重ねて言えば、前と後ろではどう考えても口や角が生えた頭のある前の方が危険である。まあ、後方も尻尾と言う不安要素があるが、それだけなら注意しとけば大事にはなるまいと言う事で、この様な布陣と相成った。 それぞれスタンバイすると、彼らは早速行動に移る。 「ほら、あんよはじょーず」 「ほらほら、見えますか?美味しいですよ。いい子だから、こっちに来てください」 キールアインが人形で、フェリックスが非常食料をチラつかせて幼竜を誘う。 クルルルル……。 もの欲しげに喉を鳴らした幼竜が、一歩足を踏み出した。 「今です!」 「はいな!」 その勢いに合わせて、ジークリートとナニーリカが押し上げる。 ズズ……。 一気に数メートルが動いた。 「いけるぞ!」 「このまま!」 もう一度。さらに数メートル。進む。順調に。 (あれ?これ割と楽勝なんじゃね?) 皆がそう思い始めた、その瞬間―― ズォッ! 「きゃっ!」 「うわっ!」 急に軽くなった手応えに、ジークリートとナニーリカは思わずつんのめった。 何が起こったのか。 幼竜が、唐突にジャンプしたのだ。宙に浮いたその巨体が向かう先は―― 「あれ?」 フェリックス。否。正確には、彼の持つ非常食料。 どうやら、彼が食料をチラつかせるばかりで渡さないものだから、 『何でくれないの?プンプン』 とまぁ、焦れたらしい。 惨劇が迫る。 ドッカァアアアアアンッ! そのまま、フェリックスを巻き込んで崖の土壁に激突する幼竜。 「きゃー! フェリックスー!」 真っ青になったジークリートは慌てて幼竜を飛び越えると、フェリックスがいた場所へと駆け寄った。そりゃ、青くもなろう。 「大丈夫? 大丈夫なの? フェリックス!」 「あ、はい。大丈夫ですよ。リート」 フェリックスは、モッチャモッチャと美味しそうに非常食料を咀嚼する幼竜の頭の横で、土壁に張り付く様に立っていた。どうやら、かなりスレスレの所で避けたらしい。 「大丈夫? 本当に大丈夫? 何処か、曲がっちゃいけない方向に曲がったりしてない?」 「大丈夫です。まぁ、もうちょっとでスクラップでしたけど……」 いつも表情の薄いフェリックスの顔が、この時ばかりは引きつって見えたのは気のせいだろうか……。 「よ、よし! それじゃあ、もう一回始めるぞ……」 頭の方が危険な事がめでたく証明された所で、一同は改めて作業を始める。ただ、先とは違う事が一つ。 「ほ、ほら、あんよはじょーず」 「お、美味しかったでしょう?まだ、おかわりありますからね」 フェリックスは手にした非常食料をちぎっては、定期的に幼竜の口に放り込んでいる。そりゃ、そうであろう。さっきと同じ轍を踏んだら、今度こそオシマイ。人形で誘導するキールアインも、心なしか腰が引けている。無理もない。スクラップになりたくないのは、全世界のマドールチェ共通の思いである。幼竜が満腹になって歩みを止めてしまう可能性もあったが、それも先の危険に比べたら些細な問題であろう。 「よかったねー。大事なくて」 「は……はい……、心臓、止まるかと思いました……」 明るく気遣うナニーリカに、青息を吐きながら答えるジークリート。 「そんな訳だから、そっち気をつけてねー。じゃないと、リートちゃんの身が持たないからー」 「そんな事は、こいつに言えよ……」 そうボヤいたキールアインがふと前を見ると、幼竜の顔がズイッと近づいてきた。 「ウワッ! 何だよ何だよ?」 思わず身構える。けれど、幼竜は何をするでもなく彼の胸に鼻先を擦り付けると、クルクルと喉を鳴らす。 「な、何……?」 「甘えてるんじゃないですか?」 フェリックスの言葉に、ああ、なーると納得するキールアイン。恐る恐る手を伸ばして鼻先を撫でると、幼竜は嬉しそうにクルルと鳴いた。 「あはは、結構可愛いじゃん」 「そうですね。ずっとこうしてくれてると助かるんですが。ねぇ、リー……」 向こう側にいる筈の相方に声がけようとしたフェリックス。けれど…… 「キャー!」 「わーっ! ストップストップー!」 それどころじゃ、なかった。 フェリックス達の目に入ったのは、ビッタンドッタンと泥の中を暴れまわる尻尾と、それに翻弄されて転げ回る相方二人の姿。どうやら、幼竜が子犬の様に尻尾を振ってるらしい。しかし、モノがモノである。子犬どころの話ではない。 「わ~!」 「誰か~、この子止めてください~!」 「あ……」 「あ~。リート……」 その惨状を、呆然と見つめるしかない男性陣だったりするのだった。 「うう……泥だらけです~」 「覚えているがいいよ……。キル……」 「え……俺のせいなの……?」 泥塗れで半泣きしながら幼竜を押す、ジークリートとナニーリカ。半ば本気の殺意と抗議の意が詰まった視線を受けながら、誘導する男性陣二人。もう、小さくなるしかない。 そんな事を何回か繰り返しながら(そう。恐ろしい事に何回か繰り返しながら)、一行はようやく崖を登る道にまで辿り着いた。着いたはいいが、その道を見てゲンナリする。長い。とにかく、長い。さほど急ではないが、それなりの角度を持った坂道が延々と伸びている。 「この道、どれくらいあるんだ……?」 「ええと……、さっき空から見た感じだと、大体5kmくらいかと……」 「うわ、キツ……」 「……参りましたね……」 そろって溜息をつく一同。道がさほど急でないのは、多少距離が伸びても登り易い様にと言う配慮なのだろう。なのだろうが、その気配りが今は憎い。 すっかり重くなった足を引きずり、一人(?)元気な幼竜を導きつつ長い道を上り始める一同だった。 「わー。落ちたら一巻の終わりだなー。足元はヌルヌルだし、気を付けようねー。皆ー」 幼竜を押しながら下を見下ろしたナニーリカが、そんな事を言う。 そう。事の始まりだった大雨は、いつもは涼やかな流れである渓流をも様変わりさせている。皆の眼下、轟々と渦を巻く激流。ナニーリカの言葉は、皆も承知の上だった。道に転がる流木や大小の瓦礫を避けつつ、慎重に進む。 「頼むぞー。余計な事してくれるなよー」 狭い道をジリジリと進みながら、キールアインがそう呟いたその時、 ピタリ! 幼竜が、突然動きを止めた。 「!」 当然、皆の動きも止まる。 何だ?何が来る? 皆が固唾を飲んで見守る中、幼竜は―― ヘプチッ! クシャミをした。それはそれは、可愛いクシャミ。しかし、起こった事態は可愛くなかった。 ボゥンッ! 「へ?」 「何?」 地面に走る、黄土色の光。途端、 ビキビキッ! ボコォンッ! 「んなっ!」 「ええっ!」 キールアインとフェリックスの下の地面が盛り上がったかと思うと、轟音と共に爆発した。 「どわぁあああああ!」 「わぁ~っ!」 飛び散る土砂と共に、空中高く吹き飛ばされる二人。 『爆ぜる大地(レイジング・ガイア)』。大地に宿る魔力(マナ)を凝縮、爆発させる。土気の性質を持つドラゴン、ティアマトが使う攻撃魔法。どうやら、クシャミの拍子に暴発したらしい。 子供故、規模は控えめ。しかし、人二人を吹っ飛ばすには十分過ぎる威力。高々と宙を舞った二人。そのままヒュルル~と落ちてきて、呆然と見つめる相方二人の前でグシャリと嫌な音を立てて地面に激突した。 ……谷底に落ちなかったのは、奇跡というべきかも知れない。 「大丈夫? ねえ、大丈夫?」 「だ、大丈夫です……。綺麗な川と、向こうで手招きしてる人達が見えるだけです……」 「大丈夫じゃないから! それ、大丈夫じゃないからー!」 ボロボロになったフェリックスを抱えて泣きじゃくる、ジークリート。そして、 「……ワザとじゃないよな……? 本当に、ワザとじゃないんだよな……」 「あはは、ワザとじゃないよ。ワザとじゃない筈だから。ほら、どうどう! 構え解いて! キル!」 今にも破壊衝動全開で操裂糸を繰り出しそうなキールアインと、そんな彼を引きつった顔で押し留めるナニーリカ。 色々、いっぱいいっぱいらしい。無理もないが。 まさに、阿鼻叫喚の地獄絵図。しかし、そんな中で比較的冷静だったナニーリカが、『それ』に気づいた。 「……待って……」 「……? どうした?」 怪訝そうな顔を向ける皆に、ナニーリカは言う。 「何か、聞こえない……?」 「え……?」 その言葉に、皆が耳を澄ます。 ……聞こえた。何処か遠くで。けれど、間違いなく。それは静かで、それでいて妙に不安を煽る音。それが、ゆっくりと近づいてくる。 押し寄せる、得体の知れない危機感。皆が、それに息を飲んだ瞬間―― 突然、音が頭上で弾けた。 「うわっ! わっ!」 「な、なになに?」 降り注いでくる、大量の土砂と瓦礫。土砂崩れだ。 元々、大雨で緩んでいた地盤。それが、先のレイジング・ガイアの衝撃で崩れたのだ。 「いけない!」 「みんな、避けてー!」 叫ぶフェリックスとジークリート。けれど、逃げようとして逃げられるものではない。と、皆が狼狽える中、ナニーリカがそれに気づいた。 それは、キールアインに向かって落ちくる、一際大きな岩。瞬間、全てを占めたのは、理性ではなく本能。思考ではなく、反射。ナニーリカが、動く。 「キル! 危ない!」 一瞬早く、キールアインを突き飛ばす。よろめいた視界の中で、微笑んだナニーリカの身体が岩に弾き飛ばされた。先にあるのは、奈落の向こう。 「――っ! っかやろう!」 叫びながら繰り出す、操裂糸。舞った人形が落ち行くナニーリカの手を掴み、踊る糸が腕に巻き付いた。 ガクンッ! 「くぅっ!」 襲う衝撃に耐えて、ナニーリカの身体を支える。苦悶の表情を浮かべるキールアイン。それを見たナニーリカが叫ぶ。 「何やってるの? 離して!」 「出来る訳、ないだろ!」 「私、アンデッドだから! 落ちても死なないから!」 「そう言う問題じゃ、ないんだよ!」 刹那の間際で言い合う二人。そして、もう一組も、刹那の時間の中にあった。 「リート! あれを!」 「!」 フェリックスの示した先を見上げたジークリートの目に映ったのは、轟音と共に落ちてくる、一際巨大な土砂の塊。あれに飲まれれば、身動きの取れないキールアイン達はもちろん、幼竜さえもひとたまりもない。 判断は、一瞬だった。 「フェリックス! 魔術真名(アブソリュート・スペル)を!」 「はい!」 阿吽の呼吸と共に、合わさる二人の手。そして、 ――「わたしは」―― ――「僕は」―― 「あなたを、守ります!」 同時に唱えられる、彼女達の魔術真名(アブソリュート・スペル)。瞬間、溢れ出す魔力光。同時に、二人の手に展開する魔法陣。口寄。顕現した魔喰器(イレイス)を、それぞれが握り締める。 「『デス・バレット』!」 「『命削り』!」 雄叫びと共に放たれる技。連続して放たれる矢の群れと、鎌が纏う衝撃波が落ち来る土砂の雪崩を押し留める。しかし、次から次へと押し寄せる土砂の猛威は止まらない。徐々に押しやられるジークリートとフェリックス。 それを見たキールアインが叫ぶ。けれど、 「馬鹿! 何やってるんだ! 早く逃げろよ!」 「駄目です!」 彼の言葉は、ジークリートによって即座に却下された。 「貴方達と、この子を犠牲になんて出来ません!」 「お前……」 「命を守る事! それが、わたしの存在意義です! 曲げるなんて、出来ません!」 凛と言い放つ言葉。それに、隣りのフェリックスが苦笑する。それは、彼が初めて見せる表情らしい表情。 「無駄ですよ。この手の事に関しては、リートは強情ですから」 そう言う彼に、笑いかけるジークリート。 「ごめんなさい。フェリックス。付き合わせてしまって……」 「命を守る事が貴女の存在意義なら、貴女を守る事が僕の存在意義です。気にしないでください」 「ありがとう」 微笑み合う二人。その腕が、悲鳴を上げる。防衛線が歪んでいくのを見たナニーリカが叫んだ。 「駄目だよ! 持たない! キル、私はいいから、二人とあの子を!」 「出来ないって言ってんだろ!」 「そんな事言ってる場合じゃ……」 「ちくしょう! どいつもこいつも、好き勝手言いやがって!」 やけくその様に叫ぶ、キールアイン。その後方で、ついに決壊する防衛線。誰もが最期を覚悟したその時―― ――フォン―― 大気が、揺れた。そして―― ドパァアアアンッ! 押し寄せていた土砂の塊が、粉微塵に弾け散った。 「きゃっ!」 「リート!」 抵抗を失ってつんのめるジークリートを、フェリックスが支えた。お互いに、ポカンとした顔を見合わせる。 「何が、起こったんだよ……?」 ようやくナニーリカを引き上げたキールアインが、訳が分からないと言った顔で呟く。と、何かに気づいたナニーリカが上を指さした。 「みんな、あれ!」 言われて、皆が上を見上げる。そこにあったのは、崖の上からこちらを見下ろす、巨大な存在。 「あ……」 「お母、さん……?」 そう。それは違う事なく、幼竜の親であるティアマトの顔。彼女がブレスを吐いて、土砂崩れを丸ごと吹き飛ばしたのだ。 「はは。危ないから近づくなって、言われてた筈なのに……」 「やっぱり、お母さんなんですね……」 へたりこんだジークリートとナニーリカが、笑い合う。 「凄いな。お前の母さん」 「本当に」 キールアインとフェリックスにポンポンと鼻先を叩かれて、幼竜はクルルと嬉しそうに喉を鳴らした。 「よし! もう少しだ!」 「いっせーの!」 「そーれ!」 谷の中に、4人の声が木霊する。 母竜の介入は、もう望めない。先は危険範囲外から長い首だけを伸ばして、ギリギリ届いた結果。これ以上近づけば、重みで地盤が崩れる。だから、残りは皆が力を合わせて。面子はそろってヘトヘト。けれど、母が見守ってくれている。その温かい感覚が、残りわずかな力を奮い立たせる。最後の十メートル。4人でもって、大きな身体を押し上げた。そして―― 「着いたー!」 登りきった崖の上。4人そろって歓声を上げる。キールアインとフェリックスは手を打ち合い、ジークリートとナニーリカは抱き合って喜ぶ。訳も分からず、それでも嬉しそうに尻尾をバタンバタンと振る幼竜。そんな皆の様子を、母竜が優しい眼差しで見つめていた。 少し後、残りの卵を回収してきたワインド・リントヴルムとその一行が見たものは、巣で幼竜と一緒に母竜に抱かれて眠る4人の浄化師の姿。その泥だらけの様に全てを察し、ワインドは苦笑する。 「むにゃむにゃ、ドラゴンの卵って食べられるのかな~?」 「ちょっとキルゥ、それはダメェ!めっ!むにゃむにゃ」 「冗談だって~。むにゃ……」 夢の中でも交わされる、姉弟の絶妙な合いの手。 明日からは、また過酷な戦いの日々が始まるだろう。だから、せめて今は彼らに安らぎの時を。 ワインドと母竜は目を合わせ、静かに静かに頷きあった。
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*** 活躍者 *** |
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