【冬祭】月夜の妖精の秘伝レシピ
簡単 | すべて
8/8名
【冬祭】月夜の妖精の秘伝レシピ 情報
担当 oz GM
タイプ EX
ジャンル イベント
条件 すべて
難易度 簡単
報酬 少し
相談期間 4 日
公開日 2019-12-12 00:00:00
出発日 2019-12-19 00:00:00
帰還日 2019-12-29



~ プロローグ ~

「スターリー・ナイトをご存じですか?」
 浄化師達は初めて聞く言葉に首を傾げる者もいれば、軽く相槌を打つ者など様々だ。
「知らない方が多くても無理はないです。シャドウ・ガルテンでも一部でしか伝わっていない伝統行事ですから」
 教団へ依頼人であるヴァンピールの名士『マテュー・リュデケ』が穏やかに微笑む。
 落ち着いた雰囲気の室内には彼の趣味なのかドールハウスやミニチュアのテーブルや椅子が飾られていた。
「他の国々でいうところのクリスマスやユールのようなものだと思って下さい」
 この町『ニュンパリア』の名士であるマテュー・リュデケは窓の外へと視線を向ける。
「もう町をご覧になったでしょう。あれも星の祝祭『スターリー・ナイト』に向けての準備なんです」
 浄化師は納得したように頷くと、ここに来るまでの街並みを思い浮かべる。
 町の至る所に星と月のランプやオーナメントが飾られ、町全体が星月夜となって輝いていた。
 マテューの周囲を仄かに輝く何かが横切った。
「もうまどろっこしいわね、マテューは。ほら、早く本題にはいりましょう」
 どこからか声が聞こえる。
 宙に散る燐光。
 いつの間に現れたのだろう。菫色の二枚羽をもつピクシーだ。
 羽ばたく度に月光にも似た銀の光をまき散らしながら、ピクシーは美しいカテーシーを披露する。
「改めまして妖精とヴァンピールが暮らすニュンパリアへようこそ。私は月夜のピクシーのニアよ」
 月夜のピクシーを代表してここにいるの、とニアは告げる。
「私がピクシーたちの代理として依頼を出しましたが、あなた方にはボタフメイロ(振り香炉)に使う香をピクシー達と一緒に作って欲しいんです」
「私たちピクシーはそれぞれ独自のレシピを持ってるんだけど、この時期になると、どの香りがいいか競い合うの。スターリー・ナイトにふさわしいのは、どれなのかをね」
 妖精にとっては自分のレシピが選ばれることは大変名誉なことらしい。
「正確に言えば試作品ですね。あなた方の作った香を参考にしてピクシー達が本番に使う香を仕上げるんです」
 浄化師の一人がどうやって決めるのか疑問に思い尋ねると、ニアが愉快気に笑いながら答える。
「私たちが選ぶんじゃないわ。くらがりの森が選ぶのよ」
 ニアはそれ以上答える気がないのか、マテューの肩に座って足をぶらぶらとさせる。
「実際にその年にふさわしい香りが不思議と選ばれますからね」
「今年の香りはどうしようかしらっておしゃべりしてたら、誰かが浄化師を巻き込もうと言い出したのよね。浄化師は魔力が多いし、なにより面白そうだと思って。なによりもポムドールも賛成したしね」
 ピクシーたちの友人であるポムドールの大樹の意思も絡んでいるらしい。
「てっきり、娯楽のために呼び寄せたのかと思ったんですが、違ったんですか?」
「それもあるわ」
 マテューが驚いた顔で尋ねると、ニアがきっぱりと答える。
 ピクシーたちの娯楽のために浄化師をほいほい呼び出すな。そう突っ込みたくなる発言だ。もしや自分たちが娯楽の対象にならない為に、身代わりにされたのではという考えすら浮かんでくる。
 心なしか冷たい視線を向けてくる浄化師たちに気づいているのか、いないのか。マテューは人の良さそうな笑みを浮かべたままだ。
「我が国シャドウ・ガルテンと教団のよりよい交流になればと思い、今回依頼させていただきました。私も手伝ったことがありますが、科学の実験みたいで楽しかったものです」
「国の為とかどうでもいいけど、外から来る住人ならではのアイディアを期待しているわ」
 浄化師の何か物言いたげな表情もなんのその、二人はマイペースに話を続ける。

「材料は色々あるけど、メインとするものは乳香よ。後は適当に選んじゃっていいわよ」
「ニアもう少し詳しく説明しないと分かりませんよ。乳香の他にも様々な樹脂香があります」
 ニアの投げっぷりに浄化師が唖然としていると、慣れたようにマテューが補足する。
「次にハーブとスパイス、香木もちろん、花や樹木の葉を入れたりすることもありますね。さらにこの町では果物の果皮あるいはドライフルーツを入れることが多いです」
 実際に材料を見てみた方が早いだろうとマテューは安心させるように微笑んだ。
「材料は粉末状にしたものを使ってもいいですし、切り刻んだり、そのまま使っても大丈夫です」
 まるで料理みたいでしょう、と笑いながらマテューはニアの代わりに説明していく。
「それをアルコール度数の高いお酒で混ぜるんです。この町では大抵赤ワインを使いますけどね」
 シャドウ・ガルテンは果実酒や赤ワインの名産地だ。土地に馴染みのあるお酒を使うとより良い香りになる気がすると、マテューは口元を綻ばせる。
「魔結晶も扱うわ。ここがちょっと難しいけど、浄化師なら大丈夫よね」
「火気や光気の魔結晶を入れておくと煙を浴びたとき、体が温まるんですよ。煙のカーテンが下りて、星空を紗に透かしたように見えて本当に美しいんです」
 その光景を思い起こすように目を細めながらマテューは饒舌に語る。随分と思入れがあるのだろう。その声は僅かに熱がこもっていた。

「魔結晶を混ぜるときは私たちと協力して魔力を少しずつ注ぎ込むの、中々根気いるかもね」
 ニアが言うには多すぎても少なすぎてもダメらしく、一定の量の魔力を込めなければならないそうだ。
「注ぎ込んだ魔力によって香りがまた変化するの。同じ相手が魔力を込めるのが理想なんだけど、ボタフメイロに使う魔結晶はえげつないくらいに多いから無理なのよね。せめて相性の良い魔力同士じゃないと……」
 だからこそ、魔力が多い浄化師へ依頼がきたのだ。パートナー同士なら魔力の相性が悪くないとの判断らしい。
「同じ魔力をしている人はいないと言われていますからね。個人の魔力の違いか、それとも魔力の属性が影響しているのかは分かりませんが、面白い現象ですよね」
「そして最後の仕上げに月輝花を少々。月光の元で熟成を促す魔法をかけるの」
 ニアが何気ない顔でさらりととんでもないことを言う。
 月輝花はシャドウ・ガルテン固有種の純白の花だ。百合にも似ている、月と星の光がそのまま花の形をしたかのような美しさ。それ故に、摘めばじわじわと崩れていってしまう。
 手折ることができないからこそ、『幻の花』とも呼ばれていた。
 どうやってと尋ねる前にニアが鈴の音のような声で釘を差す。
「この町では月輝花も使っているのよ。――……どう摘むのかってそれは私たちだけのヒミツ」
 ニアが口元に人差し指を当てて無邪気に笑う。どこからかクスクスと二重に聞こえた。見えないだけで他にも妖精達がこちらを伺っているのかもしれない。
 話を元に戻すようにマテューが口を開く。
「そう難しい作業ではないので安心してくださいね。魔力切れする方もいますが、あなた方なら大丈夫でしょう」
 やはり完全に魔力目的だ。華やかな祝祭の裏側を垣間見た気がする浄化師達だった。
「ふざけて変なの作ったらピクシー総出で悪戯するから覚悟してね」
 ニアはにっこりと妖精の女王のごとく微笑んだ。


~ 解説 ~

●目的
 一組ずつ試作品である香作りをします。

●スターリー・ナイトについて
 シャドウ・ガルテンの一部で行われる伝統行事。寒さが厳しくなる冬を無事に越せますようにと願う予祝行事でもあり厄払いもかねていたが、近年になると星月夜をモチーフにしたものを身に纏い、町は飾り付け、飲んで食べて踊るイベントとなっている。

●ポムドールについて
 ポムドールはスターリー・ナイトの日だけしか食べてはいけない。というより、食べることができない貴重な果実。別名、黄金の果実。

●材料について
・樹脂香:乳香、ミルラ、安息香、マスティック、ドラゴンズブラッドなど。
・ハーブとスパイス:柑橘系全般、サンダルウッド、パチュリ、ローズ、シナモン、クローブ、ラベンダーなど。
・花:バラ、ジャスミン、菫
・葉:クスノキ、クロモジ、モミ、ヒノキなど。
・香木:白檀、沈香、伽羅など。
・果物の果皮:柑橘系全般、ポムドールなど
・ドライフルーツ:イチジク・プルーン、クコの実など
・お酒:赤ワイン、ウォッカ、ジン、ブランデー、ラム酒など
・魔結晶:全属性

 ここに紹介していないものも使えますが、トリカブトなどの毒草など人に危害を加えるものは使えません。
 下記に参考となるレシピを用意しましたので参考にして下さい。

【ニアの特製レシピ】
 樹脂香:乳香、ミルラ
 ハーブ:ポムドールの果皮、ベルガモット、ホーリーフ
 スパイス:シナモン
 花:アイアンローズの花びら、月輝花
 ドライフルーツ:レモン
 お酒:赤ワイン
 魔結晶:火・陰・光

●作り方
1.材料選び
2.魔結晶以外の材料をお酒で混ぜ合わせる
3.2に魔結晶に魔力を込めながら混ぜる
4.3に月輝花を入れて、熟成の魔法をかける。


~ ゲームマスターより ~

 ここまでプロローグを読んで下さり、ありがとうございます。
 浄化師にとって息抜きでもあり、シャドウ・ガルテンの文化を知ったり、妖精やヴァンピールたちとの交流を深めたりすることが目的です。
 今回は書くことが多くてプランが大変かもしれませんが、できる限りくみ取らせていただきます。
 もし材料選びが面倒なら「お任せ」と書いていければ、こちらの独断と偏見で選ばせていただきます。あるいは「神聖でハッピーな気分になれる香り」などとイメージを伝えるだけでも大丈夫です。ただふざけすぎるとピクシー総出で悪戯されるかもしれません。
 あまり難しく考えずお気軽に参加して下さい。





◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇

ルーノ・クロード ナツキ・ヤクト
男性 / ヴァンピール / 陰陽師 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
ルーノ:…まぁ思惑はともかく、スターリーナイトの準備なら協力は惜しまないよ
ナツキ:そうそう、細かい事はいいじゃねぇか!今日はよろしくな、ニア!

ルーノは香りの相性を気にしつつ故郷の外での体験を思い出しながら選ぶ
ナツキは記憶にある良い香りを楽しみながら探す
ナツキ:お、この辺の材料全部混ぜたら面白そう…
ルーノ:それは流石に欲張り過ぎだ。それに、あまりふざけると後が怖い
ナツキ:(総出で悪戯の一言を思い出して固まり)…お、おう

■レシピ
樹脂香:ドラゴンズブラッド
ハーブ:ローズ、カモミール、ポムドールの果皮
スパイス:カルダモン
花と葉:月輝花、梅の花、ヒノキの葉
ドライフルーツ:林檎
お酒:赤ワイン
魔結晶:陰、光
ラウル・イースト ララエル・エリーゼ
男性 / 人間 / 悪魔祓い 女性 / アンデッド / 人形遣い
※アドリブ歓迎します

(折角だし、ララエルをイメージした香りを作ってみようかな)
ララ、これから材料をいれるから、ちょっと見てて。

『優しい水の流れのレシピ』
・樹脂香:乳香
・ハーブとスパイス:レモン、ローズ、ラベンダー
・花:バラ、月輝花
・葉:クスノキ
・香木:白樺
・果物の果皮:ポムドール
・ドライフルーツ:オレンジ
・お酒:果実酒、赤ワインを一滴
・魔結晶:水、光

これを混ぜて、と…
(なんだこれ、魔力が吸われてる感じがする…!
妖精たち、これが狙いだったな…!?)

はあ、はあ…ララ、これを少しつけてみて。
ニア、これでいいかな?
ラシャ・アイオライト ミカゲ・ユウヤ
男性 / 人間 / 魔性憑き 女性 / ライカンスロープ / 陰陽師
【目的】
マタタビを使った香を作りたい

【行動・心情】
ミカゲちゃんがピクシーに興味を示してたのと
最近元気が良すぎる時があるからね
マタタビを使った香を作れば眠ってくれるかなと思って
ふふ、今日は宜しく御願いします

せっかくなら、シャドウ・ガルテンの物は入れたいよね
月輝花は使って…どうせなら月にまつわる物を入れたいから
月下美人を入れてみたいんだけど…希少な花だから無いなら沈丁花に


『香レシピ』
樹脂香:乳香、エレミ(あれば)
ハーブ:ポムドールの果皮、バレリアン、レモンバーム
スパイス:スターアニス
花:月下美人(難しそうなら沈丁花)、月輝花
ドライフルーツ:イチヂク
お酒:ジン、マタタビ酒
魔結晶:陰・水・光
ヨナ・ミューエ ベルトルド・レーヴェ
女性 / エレメンツ / 狂信者 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
ベ 今年もスターリー・ナイトの季節か。早いものだな。ニア達も…相変わらずで元気そうで何より
ヨ ポムドールの木はあれから虫が巣食ったりはしていませんか?
  あの振り香炉に使われる香は毎年変わるものなのですね。どんな香が選ばれるのか楽しみです
ベ (去年のアロマキャンドル作りを思い出し)今回はご一緒しても問題ないか?
ヨ も、勿論ですよ。根に持ってたんですか…!?
ベ ほんの少し(楽しそうに)

沢山ある材料を一つ一つ確かめながらピクシー達の助言も受けながらああでもないこうでもないと香作り
意見は合ったり合わなかったり。それも含めて楽しい

乳香にヘリオトロープの甘い香りにアクセントでシナモンをほんの少し 続
リコリス・ラディアータ トール・フォルクス
女性 / エレメンツ / 魔性憑き 男性 / 人間 / 悪魔祓い
どんな食材でも美味しくなる魔法の香り、それがカレー
…駄目?
それじゃあ…とびっきり甘くてスパイシーな香りがいいわ
でもどれを使えばいいのかしら?

ホットワイン風、よさげだけど甘さが足りない気がするわ
何か甘そうなハーブもたくさん入れちゃいましょう(お任せ)
せっかくだしもちろんポムドールもね
樹脂香は乳香をメインに甘めのものを
花、ドライフルーツはお任せで
魔結晶は火、陰、陽

ええ、いいわよ(手のひらを差し出し)
手の温度だけじゃない、何か温かいものを感じるわ…トールの魔力がこちらにも伝わっているのかしら
ふふ、何だか適合診断の時を思い出すわね
あの時はそっけなくしてしまったけど…今は何だか離れがたい
ぎゅっと指を絡め
リチェルカーレ・リモージュ シリウス・セイアッド
女性 / 人間 / 陰陽師 男性 / ヴァンピール / 断罪者
月輝花を使ったお香ですって
幻の花を摘むことができるなんて、夢のよう
妖精さんってすごいのね
すてきなお香になるように頑張らなくちゃ

どんな香りにしよう ね、シリウスはどんなものがいい?
少し恨めしそうな顔に 苦手そうかもと笑顔
新年が近いでしょう?
春の花を入れたいの 
沈丁花に薔薇、レモングラスやカモミールも
…あとは どんな物がいいかしら

シリウスは?
香がイメージしにくければ 星月夜や月輝花と聞くと何を連想する?
変わらない表情 唯一感情を映す翡翠の瞳が困惑に揺れる
零れ落ちた言葉に目を丸く
彼の前で 歌った夜を思い出す
覚えていてくれたんだ 
赤くなる頬を抑え笑う

…じゃあ あの歌に似合う香りにしましょう

出来上がったら 愛おしそうに触れ 
アルトナ・ディール シキ・ファイネン
男性 / 人間 / 断罪者 男性 / エレメンツ / 悪魔祓い
『優しい』って…
それだけじゃ分からない
…なるほど? 『甘い』感じ
なんとなく分かった
俺はアンタが言うので良い
はいはい、じゃ、材料はあれとそれとこれ、か?

…にしても、寝る前に甘い香りを部屋中に満たすって…
変わってる、な…次の日、鼻が鈍りそうだ…
てかなんか格が違う。アンタのとこ、かなりゴージャス…
貴族というか、金持ちのそれだろ

…飲まなさそうな気はしてた
けど、理由がまさかの母親とはね
別に。良いんじゃないか
俺は十七だし、そもそも無理だ
…シキ、混ぜるの代わる(交代でまぜまぜ)

…こういうの、好きなんだなアンタ
頬緩みっぱなしだぞ
まあ…そうだな。雰囲気とか、悪くない
ヴォルフラム・マカミ カグヤ・ミツルギ
男性 / ライカンスロープ / 拷問官 女性 / 人間 / 陰陽師
うーん…実はあんまり強い匂いって苦手なんだよね…お茶や料理は大丈夫だけど
香水とかはちょっとね
「そういえば、カグちゃんこういうの詳しいよね?」
確か、お茶や薬にするんだっけ?
まぁ、確かに君の部屋にある薬草室に入りたくないかな
「あの部屋、色んな匂いが混ざってすごいよ?よく長々と居られるよね…」
それもあるけど、それ以前に異性の部屋だし長く居られないよ?

刻んだり粉末するのは任せて!
「…こういう調合みたいなのは大丈夫で、なんで料理になるとあぁなるんだろうね?」
小さい頃一緒に作ったりんご飴が
同じ材料の筈なのに、カグちゃんが作ったのだけ呻き声上げてたよね

まぁ、それは置いとくとして

どんなお香になるか楽しみだね


~ リザルトノベル ~

●『ヨナ・ミューエ』『ベルトルド・レーヴェ』

「今年もスターリー・ナイトの季節か。早いものだな。ニア達も……相変わらず元気そうでなにより」
「あなたたちも元気そうで良かったわ。うん、ベルトルドの毛並みもバッチシね。ヨナも久しぶり」
 ニアが機嫌良さそうに二人に笑いかける。
「……今日は指令で来たんだぞ」
 言外に触らせないぞ、とベルトルドは集い始めるピクシー達から逃れるようにヨナの背に隠れる。
「ベルトルドさん、大人げないですよ。ポムドールの木はあれから虫が巣食ったりはしていませんか?」
「今年は大丈夫よ、ヨナ。あの子のこと心配してくれてありがとう」
 ――去年の反省をいかして虫除けを量産したんだ! ポムドールは元気よ。
 ――またここに来てくれて嬉しいね。そうね、ヨナの耳飾りも懐かしいわ。
 たくさんのピクシー達がポムドールの近況を話したり、ヨナ達を歓迎して、てんでバラバラに話しかける。
「あの振り香炉に使われる香は毎年変わるものなんですね。どんな香が選ばれるのか楽しみです」
「同じものだと飽きちゃうでしょ。飽きさせないようにしなくちゃ」
 ニアが含みのある笑みを浮かべて答える。

 沢山ある材料を一つ一つ確かめながら、ピクシー達の助言も受け、ああでもないこうでもないと選んでいく。当然意見が合ったり合わなかったり。それを含めてヨナは楽しいと感じていた。
「ちょっと意外ね。ヨナとベルトルドはさっぱりした香りを選ぶものとばかり思ってたわ」
 何か心境の変化でもあったのかしら、とニアの鋭い指摘にヨナはどきりとする。
 バニラに似たヘリオトロープにスパイシーな甘さのあるシナモン、優雅で甘美な月輝花。
「俺が柑橘系の匂いは得意じゃないんだ」
「ああ、なるほどね。でも、ベルトルドがカンパニュラの花を選ぶなんてねぇ」
 ニアが納得すると、面白がるように笑った。
 カンパニュラの別名は「風鈴草」。それを知って選んだのか、それとも花言葉で選んだのか。ベルトルドは普段通りなので何も知らずに選んだのかもしれない。
 それにしても、これまで何気なく嗅いでいた香も、こうやって手間暇かけて作られていたのかと改めて実感する。
(『作る』って大変。一人なら迷っていたかも……)
「オレが居て良かっただろう?」
 心の中を見透かしたような言葉にヨナは一瞬、動きが止まった。
 ベルトルドは去年のアロマキャンドル作りのこと思い出し揶揄っただけだったのだが、
「も、勿論ですよ。根に持ってたんですか……!?」
「ほんの少し」
 ヨナが心外だと言わんばかり声を上げ、ベルトルドは楽しげに口の端を上げる。
 それを見てヨナはむぅ、とほんの少し頬を膨らます。ベルトルドの脇腹をつつきたい気分だ。
「でも……そう、こうやって誰かと一緒に何かをする行為そのものが尊いことなのかもしれませんね」
 誰にいうわけでもなくヨナはぽつりと零した。

「さあ、下準備は終わり。これからが本番よ」
 ニアがぱちんと手を鳴らし、別のテーブルに置かれた「銀の杯」と「銀の薬匙」の元へ飛んでいく。
「これは魔法道具の一種ですか?」
 ヨナは魔力探知でこれらの品が魔術式ではなく別の原理で動いているのを見抜いた。
「そうよ、これに触れると魔力が自動的に吸い取られて、中にあるものを変容させるの」
「つくづく魔法とは出鱈目だな……で、これに入れればいいのか」
 ヨナが観察に夢中になっているので、ベルトルドがこの場を仕切る。
 銀の杯に下準備した材料を流し込み、魔結晶にベルトルドが手を伸ばすと、
 ――ダメダメ。属性にも相性があるんだ。順番を考えなくちゃね。
「あ、教えちゃダメでしょ。実験なんだから」
 他のピクシーやニアの言葉にヨナが真っ先に反応する。
「ということは、正しい順番があるってことですか?」
「正しいも間違いもないわ。正しさはこれまでの積み重ねで、間違いの中から新たなものが見つかるかもしれない」
 ニアはそれ以上、助言するつもりはないようだ。ヨナは暫く考え込むと、
「まずは私が混ぜます。水と闇の魔結晶を入れた後、ベルトルドさん交代して下さい」
 薬匙を握り、水気の魔結晶を入れると中に入ったものが徐々に変容していく。混ぜていると、賑やかなクリスマスの香りが漂い始める。
 さらに陰気の魔結晶を投下すると、全てが溶けて混じり瑠璃を思わせる液体へと代わる。それと同時に夜のしじまの奥にある高潔な香りが鼻腔を擽った。
「ベルトルドさん、お願いします」
 ヨナは薬匙を渡しても銀の杯から目を逸らすことなく好奇心に目を輝かせている。
「最後は陽気か。む……色が変わったな」
 劇的な変化にベルトルドは目を丸くする。夜空がレモンを思わせる色へと変わり、香りもクリスマスを楽しんだ次の日の朝の名残を残していく。
 妖精達は月輝花を入れると魔法を紡ぐ。歌い始めると、銀の杯入った液体はレモンクオーツの結晶と化し、鉱石の花を咲かせた。それは小さな星、カンパニュラの花だった。



●『アルトナ・ディール』『シキ・ファイネン』

「どんなのが良い? 俺は『優しい』のとか良いなって!」
「『優しい』って……それだけじゃ分からない」
 どんな香りがいいのか尋ねたところ、シキは抽象的な言葉を返してきてアルトナは呆れた表情を浮かべる。
「えー? ……あっ、『甘い』感じ!」
 腕を組んで考え込んでいるシキは「!」がピコーンと頭に浮かぶ。
「……なるほど? 『甘い』感じ。なんとなく分かった、俺はアンタが言うので良い」
「やったー! ルーくんやさしー! このイメージでやってみよーぜ」
 ぶっきらぼうにアルトナが告げると、シキは両手を上げて喜ぶ。アルトナはうるさそうに一瞥するが、シキは慣れっこなのかはしゃいだまま材料を選ぶ。
「これ優しい! でもって、これ甘くて爽やか! んー迷うな」
 ――右手に持ってるのはラベンダーよ。左はオレンジスイートだね。
 あれもこれもと手を伸ばして選びきれないシキを見かねたのか、ピクシー達がふわりと寄ってくる。
 ――乳香は穏やかでほんのりレモンが香るの。安息香はバニラのようだよね。ええ、それにリンデンは甘くて落ち着くわ。
「アドバイスありがとなー! イメージに近づいてきたよな、アル」
「はいはい、じゃ、材料は乳香とラベンダーと安息香に……苺も、か」
 苺のドライフルーツをたくさん持ってくるシキ。
「そんなにいらないだろ、戻してこい」
 きっぱり切り捨てると、シキは残念そうに肩を落とした。
 分量を量っていると不意に思い出したようにシキが話し出す。
「俺の実家じゃあさ、寝る前に甘い香りを部屋に満たして寝ることがあったんだぜ!」
「……寝る前に甘い香りを部屋中に満たすって……変わってる、な。……次の日、鼻が鈍りそうだ……」
「そうかあ? 起きた頃には香りは少し残るぐらいだし、気にならなかったぜ」
「てかなんか格が違う。アンタとこ、かなりゴージャス……貴族というか、金持ちのそれだろ」
 アルトナはそういえば貴族だったな、と思い出す。クリスマスにシキが話したことだが、普段が普段なので忘れていることが多い。
「酒、俺飲んだことねぇんだよなあ」
 シキは数種類あるワインをまじまじと見る。
「……飲まなそうな気はしてた」
 アルトナがぼそりと呟く。
「母様……母親が二十になったってのにシキはダメって止めるから、な。アルは飲んだりすんの?」
「別に。良いんじゃないか。俺は十七だし、そもそも無理だ」
「アルは十代だった……!?」
 シキが赤ワインを混ぜながら叫ぶ。ショックを受けた顔のシキにアルトナは渋い顔をする。
「……おい、混ぜ終わったなら次にいくぞ」
 銀の杯と薬匙のあるテーブルにさっさと移動するアルトナに、慌ててシキはボールを抱えて追いかけた。
「おおー綺麗な品だな、シンプルな見かけだけど高そう……」
 ――それに触ると魔力が吸い出されちゃうよ。魔力がカラカラになってもいいならいいけどね。
 ピクシー達の言葉にシキは慌てて伸ばした手を引っ込めた。
「何コレ、そんな恐ろしい品なの?」
 ――必要最低限しか触らないなら大丈夫。多分ね。
 シキが覚悟を決め触る前に、アルトナがボールに入った材料を入れ、陰気と陽気の魔結晶を同時に加えてしまう。
「アルトナきゅん、俺の覚悟を返して!」
「ほら、覚悟が決まってんならさっさと混ぜろ」
 アルトナが顎で指示すると、シキが真面目な顔で薬匙を混ぜ始める。
「マジ魔力が吸われていく……うわぁスライムになってんだけど、ねえ、コレ本当に大丈夫なの!?」
 黄と紫のマーブル状態の粘液になり、シキが悲鳴を上げる。横で見ていたアルトナは絶句し、ピクシー達はぐっと親指を立てる。
 恐ろしいことに見た目とは違い、ゆっくりと呼吸したくなるような澄んだ香りが漂ってくる。
「……シキ、混ぜるの代わる」
 魔力を吸われぐったりとしたシキと交代し、アルトナは反発しあう魔力をねじ伏せる気持ちで混ぜると夕焼けのように時間が経つ毎に色合いが変化する。香りもまた穏やかで優しいながら奥深さを増す。
 ――仕上げだね!
 月輝花が光の粒子になり、ピクシー達が歌にも似た詠唱を紡ぐと変化は一瞬だった。
 こんぺいとうのような星屑が降り注ぎ、銀の杯の中には夕焼けを閉じこめた宝石の原石が存在していた。
「すげーマーブルスライムから宝石になってんだけど!」
 ――この町では練香鉱石(アロマオール)って言うんだ。まっ、香って縮めて呼ぶ奴が殆どだけどさ。
 シキが練香鉱石をまじまじとあらゆる角度から見ていると、
 ――この香を焚くとね、最初に混ぜたときに感じた香りがするんだ。一番はっきりとして短い香り。
 ――次は本来の香り。最後は完全に混ざった時の香りがするの。練香鉱石は時間とともに香りが変化するんだ。
 ピクシーが香について教えてくれる。
「頬ゆるみっぱなしだぞ」
「いや、だってさー、こんなのできると思わないじゃん。にしても興味深い文化? あるんだな」
「まあ、……そうだな。意外と悪くない」



●『ルーノ・クロード』『ナツキ・ヤクト』

「……まぁ思惑はともかく、スターリー・ナイトの準備なら協力は惜しまないよ」
「そうそう、細かい事はいいじゃねぇか! 今日はよろしくな、ニア!」
 ルーノも口ではそう言いつつも表情は朗らかで、ナツキは快活な笑みを浮かべた。
「おかえりなさい。そしてお久しぶりね、ルーノ。ナツキも相変わらず魅力的な尻尾と耳だわ」
 ニアが親しげに挨拶を交わす。ナツキの獣耳を眺めながらニアは惚れ惚れとため息を付く。相変わらず月夜のピクシーはライカンスロープに弱い。
 ニア以外にも見慣れた顔のピクシー達がちらほらと声をかけてくる。
 おかえりなさい、と何気なく交わす挨拶が、去年のニアに言われた「おかえりなさい」と重なる。今でも祝祭の記憶とともに鮮明にルーノの脳裏に蘇る。
 ルーノにとってシャドウ・ガルテンは故郷であると同時に複雑な想いのある場所だが、ここニュンパリアの町は特別だ。

「さあ、材料を選びましょうか。練香鉱石は時に思いも寄らぬことを引き起こすしね。同じ材料を使ったとしても同じものができるとは限らない」
「練香鉱石?」
 ルーノがニアの話の中で気になった言葉を繰り返す。
「香の正式名称よ。最終的は鉱石みたいな見た目になるからそう呼ばれてるの。折角だし、作業工程も楽しんでいってちょうだい」
 ふふっと楽しげにニアが笑い口元に人差し指を当てる。
「……どうやら普通の香作りではないみたいだな」
「おー、自分だけのオリジナルっていいよな! ルーノ、とりあえず材料を選んじまおうぜ」
 全力で楽しむナツキを見て、ルーノもなるようにしかならないかと気を取り直す。
「お、この辺の材料全部混ぜたら面白そう……」
「それは流石に欲張りすぎだ。それに、あまりふざけると後が怖い」
「……お、おう」
 総出で悪戯するの一言を思い出しナツキは固まった。
 ルーノは香りの相性を気にしつつこれまでの体験を思い出しながら選び、ナツキもまた記憶にある香りを楽しみながら宝物探していく。
「宵闇達を連想するドラゴンズブラッド入れようぜ」
「樹脂香は決まりか。祝祭の場でもある月輝花に……そうだな梅の花も入れようか」
 ルーノは手に取った梅の枝とニホンから贈られた美しい梅と重ね合わせた。
「ポムドールは絶対入れる!」
「はいはい、ならドライフルーツは林檎がいいんじゃないかな」
 ポムドールの果皮を指さしながらナツキが主張する横で、ルーノがさらりとナツキが好きな果物をどさくさに紛れて選んでいた。
「この匂い、確かサンディスタムで……カルダモンっていうのか。こっちはノルウェンディの温泉の……そうだヒノキだ! 両方入れようぜ!」
 カルダモンの種とヒノキの葉を手に取りナツキは鼻をくんくんと利かせる。
「お酒はルーノの好きな赤ワインだ!」
 他にも記憶に残る香りを選んだ二人は材料を下準備し、ニア達が用意した銀の杯にまとめて入れてしまう。
「さあ、魔力を込めるわよ。最初はナツキ、陽気の魔結晶を入れたら薬匙で混ぜて」
 ニアが銀の杯の縁に座り、他の妖精達も触れ始める。
 ナツキが慌てたように薬匙を握り混ぜると、確かに魔力が吸い取られていくのを感じる。
「大丈夫か、ナツキ? それにニア達も」
 ――平気、平気! よほどムチャクチャやらなければ問題ないよ。
「戦闘の時に比べりゃ問題ないぜ。それよりルーノ、これを見ろよ」
 さっそく変容を始めたのか、銀の杯は太陽のような黄金の液体でキラキラと輝いていた。朝日を浴びて光り輝くローズやカモミールの香りの中にきりっとした清涼感あるカルダモンが気を引き締めてくれる。かすかに香るのは青林檎の爽やかな香り。
 その美しさとかぐわしい香りにルーノは言葉もない。
「さて、次はルーノよ。魔結晶を入れてみて、どんな変化を起こすかしらね」
 ルーノが陰気の魔結晶をそっと入れると太陽は隠れ夜の帳が落ちる。夜を煮詰めたような液体からは、先程とは正反対の香りがする。
 ドラゴンズブラッドの甘くもなくきりりとした香りがエキゾチックでありながら、どこでもない普遍的な夜の訪れを感じさせる。月の光を浴びて咲き誇る花のほのかな気品ある甘みから、心落ち着くヒノキの香りへ。
「最後の仕上げね。――月輝花の花よ、かぐわしい香りの糧となり永遠に咲き誇りなさい」
 ニアがそう告げると月輝花は崩れるように光となり、妖精達の聖歌が響きわたる。
「おお、すげー!」
 ナツキが歓声を上げる。銀の杯の中は渦巻き光と闇が一体化したような結晶が産声を上げる。紫と黄色がかったグラデーションの練香鉱石が出来上がっていた。
 練香鉱石から発せられる光の粒が弾ける度に香る。まるで自分たちが歩いてきた道を思い起こす香り。
「まるで朝がやってきて夜に沈むように一日がやってくる。それが当たり前ではないのだと気づかせてくれる香りね。シャドウ・ガルテンの香りもするのに、どこでもない香りだわ」
 ニアがあなたたちらしい香りね、と祝福するように囁いた。



●『リコリス・ラディアータ』『トール・フォルクス』

「どんな食材でも美味しくなる魔法の調味料、それがカレー」
「美味しいけど、さすがにカレーそのものの香りはちょっと……」
「……駄目?」
 リコリスが辛くて美味しそうなのに、と上目遣いで見てくる。トールは内心ぐうっと呻きながら、
「スパイスとして、よく使われるものを少し入れるくらいなら大丈夫だと思うけど」
「それじゃあ……とびっきり甘くてスパイシーな香りがいいわ」
 リコリスが艶やかに微笑みながら提案するが、すぐに首を傾げた。
「でもどれを使えばいいのかしら?」
「んー、それじゃあ、いくつか使いたい材料を選んでみて、後はお任せにしようか」
 リコリスもトールも香料について知らないのだ。分からないならば、最低限の材料を選んで後の細かい部分は専門家であるピクシーに任せてしまった方が早い。
「甘くてスパイシーなら、シナモンかな。それに合わせるならホットワイン風にしてみるのもいいかも」
「ホットワイン風、よさげだけど甘さが足りない気がするわ」
 その提案に相槌を打つが、リコリスはまだしっくりとこないでいる。
「それならりんごの果皮と、ワインは数種類もあるな。濃いめの赤ワインを入れてみようか。他に、入れたいものはある」
 トールは数種類のワインから甘口のものを選び、リコリスの方へ振り返る。
「折角だしもちろんポムドールもね……後はそうね何か甘そうなハーブもたくさん入れちゃいましょう」
 ――スパイスの女王「カルダモン」は? それより甘くてオレンジの香りがする「マンダリン」がいいわ。
 いつの間にか現れたのかピクシー達が一斉に喋り出す。
「じゃあ、そのハーブ全部入れちゃいましょ」
 トールが感心している横で、リコリスが大胆な決断をする。
「えっ!? いいのか、リコ?」
「折角紹介してくれたんだもの使わなくちゃ。さらに甘くするならドライフルーツもたくさん入れた方がいいわよね」
 下準備を終え、リコリス達はピクシーに案内され銀の杯に材料を入れる。

「リコ、空いてる方の手のひらを合わせてみようか。混ぜやすくなるかも」
「ええ、いいわよ」
 リコリスが手のひらを差し出す。
「手の温度だけじゃない。何か温かいものを感じるわ……トールの魔力がこちらにも伝わっているのかしら」
 合わせた手のひらをまじまじ見つめ、リコリスは懐かしむように口元を綻ばせた。
「ふふ、何だか適合診断の時を思い出すわね」
「適合診断懐かしいな。確か90%くらいだったっけ。今計ったら数値変わってるかな?」
 そんなことを話しながらトールはそっと恋人繋ぎにしてみる。トールの耳が真っ赤に染まっているのにリコリスは気づいていた。
(あの時はそっけなくしてしまったけど……今は何だか離れがたい)
 リコリスはぎゅっと指を絡めると、
「さ、さあて後は魔力を込めるだけだな」
 トールは上擦った声を上げた。薬匙を握りしめると魔力が徐々に吸い込まれていくのを感じる。
 火気の魔結晶を入れ下準備した材料ごととろりと溶け混じり合うのに時間はかからなかった。ルビー色の液体は爽やかでキレのあるレモンとポムドールといった果実の濃厚さ。
「美味しそうな香りね、フルーツタルトみたい」
 リコリスがそう呟き陽気の魔結晶を入れると、
「あらワインがオレンジジュースになっちゃたわ」
 サングリアの香りへと変化し、フルーティーなのにシナモンやカルダモンのように甘い、東洋のエッセンスを持った温かみのある気配。
「ふう、疲れたがホットワインっぽい香りになったんじゃないか?」
「そうね、見た目は別物だけど。でも後一つ魔結晶が残ってるわよ」
 リコリスが陰気の魔結晶を見せると、トールは後一踏ん張りだと気合いを入れ直す。
 最後の一個を入れると、オレンジジュースは溶けたチョコレートへと変わる。
 甘い乳香の香りが冬の星空を見上げているような静謐な空気を余韻を残して去っていく。
 最後の仕上げにピクシーが月輝花の花びらを持ってきて、熟成の魔法を楽しげに歌い出す。すると花びらは光の粒子になり、少年とも少女ともつかない歌声が響く度にチョコレートは固まっていく。
 最後には鉱石のようなチョコレートだけが残されていた。
「すごい。これが七変化って言うのかしら。匂いからしてチョコっぽくてスパイシーで甘い香りがするし、魔法で本物のチョコになったんじゃない。……食べちゃ駄目かしら」
「見た目はチョコっぽいけど、チョコじゃないから。リコ、食べるのは止めておこう、な」
 リコリスはチョコっぽい香から目を逸らすことなくじっと見つめている。
 いい香りに仕上がったと思う。ある意味リコリスの望み通りの香りだ。
 カレーとは違うが、極上のお菓子を前にしているような美味しそうな香り。疲れた時には甘いものはどうだと誘惑されている気分だ。さらに身体の内側からがぽかぽかと温かく、ホットワインを飲んだような錯覚に陥るのがヤバい。
「リコが楽しんでくれて良かったよ……」
 満更でもないリコリスの姿を見てトールは呟いた。



●『ヴォルフラム・マカミ』『カグヤ・ミツルギ』

「うーん……実はあんまり強い匂いって苦手なんだよね……お茶とか料理は大丈夫なんだけど、香水とかはちょっとね」
 香の材料が置いてあるテーブルからは様々な香りが漂ってきてヴォルフラムは眉根を寄せる。
「そういえば、カグちゃんはこういうの詳しいよね?」
「私がやってるのは、ミツルギの家に伝わっている漢方っていう使い方だから、芳香療法はやらないけど……」
「確か、お茶や薬にするんだっけ?」
 カグヤはこくん小さく頷いた。やっぱりカグちゃんってすごいね、とヴォルフラムは全身で語り掛けてくる。
「まぁ、確かに君の部屋にある薬剤室に入りたくないかな……」
 ヴォルフラムは少し困った表情を浮かべ、狼耳と尻尾が項垂れている。
「あの部屋、色んな匂いが混ざってすごいよ? よく長々と居られるよね……」
「ヴォルが、私の部屋に長く居ないのって、薬の匂い、強いから?」
(薬の匂いって苦い感じがするから、かな?)
 ヴォルフラムはカグヤの考えたことを読んだようなタイミングで口を開いた。
「それもあるけど、それ以前に異性の部屋だし長く居られないよ?」
「……じゃ、苦い匂いのしない様なの使おう」
 カグヤは植物学の知識を用いて迷いない手つきで材料を選んでいく。
「樹脂香はそのままで、クローブは荒く砕くだけでいいけど、シナモンは細かく砕いて欲しいの」
「刻んだり粉末にするのは任せて!」
 ヴォルフラムはカグヤが秤で計った材料を乳鉢で砕いていく。
「匂い大丈夫? 砕いた後が強く匂うから……」
「うん、大丈夫。スパイスは料理でも使うから平気だよ」
 カグヤにとってシナモンとクローブは漢方の材料として使うので馴染み深いものだが、ヴォルフラムの鼻は大丈夫だろうかとそっと横目で見る。
 ヴォルフラムは手際よく砕いてしまうと、次はドライフルーツのりんごを細かく切り刻み始めた。
「……ポムドールの果皮って金箔みたい」
 カグヤの珍しい材料に興味深そうに見ながら切り刻む。ポムドールの果皮は金箔にしては分厚く萎びていた。
「……こういう調合みたいなのは大丈夫で、なんで料理になるとあぁなるんだろうね」
「……料理は……うん、何でだろう?」
「覚えてる? 小さい頃一緒に作ったりんご飴が同じ材料の筈なのに、カグちゃんが作ったのだけ呻き声上げてたよね」
「あのりんご飴で台所の黒い悪魔が死んだものね……何故あぁなるのか……」
 ヴォルフラムが遠い目をしていると、カグヤも死んだ目で答える。
「まぁ、それは置いとくとしてどんなお香になるのか楽しみだね」
 りんご酒「シードル」材料に加え、魔結晶を混ぜる専用器である銀の杯に材料を全て入れる。準備は万端だ。
「魔結晶は……私達の属性だと、火を消しちゃいそう……」
 カグヤが顎に手を当て考え込んでいる間に、ピクシー達がやってきた。
「うーん……木を入れてから火を入れて陽入れたら、あったかい?」
 ――おねーさんは水、おにーさんは土。
 ――水を吸って木は育ち、火は木によって勢いを増し、燃えた灰は土へと還る。光は日差しそのもの、変容の性質を持つんだ。
 ピクシー達が歌うように助言する。
「……ということは私が最初に魔力を注いで、火の魔結晶の時にヴォルが注ぎ込むのが、ベスト?」
 ――さあ、始めようよ。
 ピクシー達が数人がかりで木気の魔結晶をぽーいっと投げ込む。
 ――早く早く!
 カグヤ達が呆然としていると、薬匙を指さしてピクシー達は銀の杯の縁に座り込む。
「……っ!」
「カグちゃん、大丈夫!?」
 カグヤが薬匙を握ると一気に魔力を持って行かれ、軽い倦怠感を感じる。
「平気、それよりヴォル見て、……すごい」
 カグヤが薬匙で混ぜ始めると、魔結晶がとろりと溶けだし、二人で下準備した材料を巻き込んで青緑の粘り気のある液体へと変化する。
 ――次は火だよ!
 慌ててヴォルフラムへと交代する。ヴォルフラムは丁寧に混ぜると、まだ形を残していたドラゴンズブラッドが火の魔結晶に反応して溶けだし、赤く変化していく。まるで血が煮えたぎっているよう。
「最後に陽気だね、カグちゃんお願い」
 カグヤが陽気の魔結晶を入れると、夕日を連想される色へと変わる。その頃には全ての材料が混ざり合い、朱と金に染まった液体が鎮座していた。
「……すごく興味深い。後は月輝花と熟成。どんな香りになるのかしら、ね」
 カグヤの伏し目がちな目が好奇心に輝いているのを見て、ヴォルフラムも嬉しそうに尻尾を振る。
 ――最後の仕上げね!
 月輝花の花びらをピクシー達が銀の杯へと入れると光の粒子へと代わり、ピクシーは魔法の旋律を編み上げる。
 銀の杯を覗き込んでいた二人は驚く。液体はみるみる凝縮し、ぴしぴしと音を立てて琥珀の原石へと生まれ変わる。
 ふと黄金色の落ち葉が二人に降り注ぐように落ち、触れる前に香りだけを残して消えていく。
 親しみやすいりんごの甘酸っぱい香りが通り過ぎると、森の中で朽ちゆく枯れ葉の奥底に温かな大樹の香りが残った。



●『ラシャ・アイオライト』『ミカゲ・ユウヤ』

「ピクシーちゃんとお友達になれるかにゃ?」
「きっとミカゲちゃんなら友達になれるよ」
「にゃー、友達になりたいにゃー!」
 ミカゲが尻尾をしたしたと床に叩きつけていると、黒猫のライカンスロープがいると聞きつけたピクシー達が燐光を散らしながら姿を現した。
「ふふ、今日は宜しく御願いします」
 ラシャは驚きながらも穏やかな物腰を崩さず挨拶をする。
 ――よろしくね。本当に黒猫さんなのね! つやつやの耳に揺れる尻尾!
「ミカゲっていう立派な名前があるのにゃ! 黒猫さんじゃないのにゃ」
 ミカゲがふんすと息を吐きながら胸を張る。
 ――ミカゲって言うのね! 初めまして。僕らは月夜のピクシー!
「ところで、何をすればいいのにゃ?」
「いい香りのする香を作るんだよ、ミカゲちゃん」
 ピクシーを頭に乗せたままのミカゲに、ラシャは目線を合わせて説明する。
「わかったー! にゃー、頑張るにゃー!」
 ミカゲの頼もしい返事にラシャは笑顔を浮かべる。
「ピクシーちゃんと一緒に作るのにゃ! 手伝って欲しいにゃー!」
 ――いいよー! タリもほら客人の頭で昼寝しない。……ネリうるさい。
 それでどんな香りにする、とピクシー達に聞かれたラシャは少し考え込んで答える。
「最近元気が良すぎる時がありますから。マタタビを使った香を作れば眠ってくれるかなと思って」
 ――なるほどね。策士ね、ラシャは。微睡みの香りね。惰眠なら任せろ。
 ――それにマタタビを使うなんて初めて! 面白そうだな!
「……お手柔らかに御願いしますね」
 気分屋のピクシーの琴線に触れたのか一気に盛り上がる。ラシャは内心困ったことになったぞ、と思いながらも穏やかに微笑んだ。
(折角なら、ここならではのものを入れたいよね。月輝花は使うし……どうせなら月にまつわるものを入れたいから……)
 ラシャの脳裏にある花が思い浮かぶ。
「……月下美人を入れてみたいんだけどあるかな……希少な花だからないなら沈丁花に――」
 ラシャが話し終わる前にピクシー達がピタリと止まり、
 ――ますます面白くなったね! あれ、酒漬けにしておいた奴あったろ? 持ってきたよ!
「あ、ありがとう……」
 突如現れた瓶詰めされた月下美人。ますますテンションを上げるピクシー達になんとかラシャは言葉を返す。
 材料のあるテーブルを見て回っていたミカゲがラシャの服をくいくいと引っ張る。
「ど、ドライフルーツ……食べちゃダメかにゃ?」
「今食べたらご飯が食べれなくなっちゃうよ」
「食べないにゃ! 食べない、食べない」
 そう言いつつもじっとドライフルーツから目を離さないミカゲ。
「ミカゲちゃん、めっ!」
「だ、大丈夫にゃ!」
 ラシャが目を離した隙に、
「……ちょっとだけ、ちょっとだけイチジクをつまみ食いするのにゃ」
 こっそりと隠れるようにつまみ食いするミカゲだったが、ラシャには丸見えだった。
(本当はちゃんと叱った方がいいんだろうけど……ピクシーと半分こしてるから今日は見逃そう)
「あまーいにゃー!」
 ――甘い。もっと酸味のあるやつがいい。
 ミカゲのうまーと言いたげな声と眠たげなピクシーの声が聞こえてくる。
 材料選びが終わり、ミカゲが楽しそうに尻尾を揺らしながらかき混ぜる。
「混ぜて混ぜて……にゃ?」
 さっとラシャがマタタビ酒を入れると、
「ご主人様、今何をいれたのにゃ?」
 ボールの中をミカゲはくんくんと嗅ぐと、すぐに酔っぱらったのか顔が赤くなりくたーとなってしまう。
「うーん、マタタビの効果はすごいな」
 椅子にもたれかかるミカゲが寒くないよう上着を掛けておく。
 ラシャは銀の杯に材料と水の魔結晶を入れて混ぜ始める。
 暫くすると、他の材料はどこへいってしまったのか青く澄んだ水だけが残っていた。
 純粋無垢な気配を感じさせるレモンバームの澄み切った香り。
 陰気の結晶を入れれば青空が広がる。バレリアンに乳香、エレミが森の揺りかごとなって穏やかに眠りに誘う。
 最後に陽気の魔結晶で全てが一変した。
「え、……えぇ?」
 ラシャが戸惑うのも無理はない。
 明らかにヤバい色へと変化したからだ。そう、まるで媚薬のようなピンク色の液体へと変わり果て、濃厚で甘い香りが漂ってくる。
「ミカゲもやるにゃん!」
 突如、酔っぱらいミカゲは銀の杯を掴み、火気の魔力を思いっきり注ぎ込む。
 さらに酩酊感を覚えるような香りが強くなり、その匂いを直接嗅いだミカゲは昏倒するように倒れる――寸前でラシャが抱き留めた。
 ――とにかくこの香りを押さえるぞ。
 月輝花の花を用いて、熟成の魔法をピクシー達が使うと拡散し始めた香りは収まった。残ったのは可愛らしい桃色の鉱石だけ。
 ミカゲは穏やかな顔で熟睡していてラシャは安堵する。その横でピクシー達がこっそり話し合っていた。
 ――どれが原因だと思う? いや、組み合わせに問題だろ。がつんとくる甘い香りなのに不思議とぬくもりのある官能的な香りに仕上がってたし。
 ――ヤバかった。うん、温めると酔いそうになるのヤバいな。
 お蔵入りとなった香はピクシー達によって回収されていくのだった。



●『ラウル・イースト』『ララエル・エリーゼ』

「えへへ、ラウル。ワクワクしますね!」
 目の前の溢れかえるような材料を前にして、ララエルは楽しそうにしている。バラの匂いを確かめてみたりと、たくさんある香料に夢中になっていた。
「ララ、そのバラが気に入ったならそれも入れようか?」
「いいんですか! えっと、……ラウル、どんな香りにするのか決まったんですか?」
 純白の淑やかな女性を思わせるバラを手に取ると、なぜだかララエルの顔が赤くなっていた。
(王子様、ううんバラを持った騎士様……すごく様になってます)
 ララエルが熱くなった頬をさますように両手を手に当てていると、
「水、かな。優しい水の流れを感じられるような……」
 ラウルは考え込むように香りのイメージを口にする。
「え、水をイメージしたかおりを作るんですか?」
「うん、後はイメージに近い材料を選ぼうと思うんだ」
 ラウルは材料の持つ香りを一つ一つ選んでいき、時にはララエルが持ってきた材料に首を振ったり、満面の笑みを浮かべたりした。
「ララ、これから材料をいれるから、ちょっと見てて」
「じゃあ、かおりに水が宿るように、水をイメージした曲を弾きますね」
 ハープで奏でるアリア。水が揺蕩う音に弾かれるように妖精達がララエルの元へと集まってくる。
 その傍らでラウルはレシピの手順をぶっ飛ばし、直接銀の杯に「これぐらいでいいか」と計りもせずに入れていく。バラの生花もそのままだ。
 ここでも壊滅的な料理の腕がいかんなく発揮されている。
 ――うわぁ、参加者の中で一番ムチャクチャだよ。大丈夫かしら? 大丈夫じゃないと思う。
 ――分量って言葉を知ってるか? 私達よりも直感的だわ!
 妖精達がラウルの背後でひそひそと話していると、
「よし、これを混ぜて、と……」
 集中しきっているラウルは水と光の魔結晶を妖精達が止める間もなく投下する。
 薬匙で混ぜると全ての材料がどろどろと溶けていくが、ラウルが料理を作ると大抵こうなるので気にしていなかった。
(なんだこれ、魔力が吸われてる感じがする……! 妖精達、これが狙いだったな……!?)
 当の妖精達は慌てて銀の杯に触れて、ラウルの補助をしている。
 粘液状に溶けた黄緑色の液体にラウルは首を傾げ、近くにあった水気の魔結晶を二個程追加する。
 さらに魔力を吸い上げられるが、ララエルを想い耐える。妖精達も声なき悲鳴を上げる。
 すると、ラウルが思い描いていた海を思わせるコバルトブルーへと変化する。ラウルは満足げに頷くと魔力の殆どを持って行かれたことに気づき、テーブルへと寄りかかる。
「ら、ラウル、大丈夫ですか!? ……妖精さんたちも!?」
 銀の杯付近で伸びた妖精達とラウルを見比べてララエルはオロオロとする。
 惨事を聞きつけた妖精達が同胞を回収していく。妖精達が怒るよりも早く、
「こんなに過酷なものを毎年だなんて……君達のことを尊敬するよ」
「みなさん、すごいです!」
 ラウルが真剣な眼差しで言い、ララエルが感動で目が潤んでいるのを見て、妖精達は怒る気も失せ、もはや遠い目をしている。
 ――……早く終わらせようぜ。そうね、早く終わらせましょう。
 月輝花を銀の杯に放り投げ、妖精達が歌う。まるで聖歌隊のような歌声が響く。歌声は人の言語で理解できない発音はグラスハープにも似ていた。ララエルもそれに合わせるようにハープを奏でる。肌で感じるような神聖な空気感。厳粛で壮大なのに全てを洗い流す聖水のように清らかな調べが天に届いたのか、それとも執念が奇跡を起こしたのか。
「……ララ、出来たよ! 宝石みたいだ」
「うわぁ……きれい……使うのがもったいないです」
 銀の杯をのぞき込むと夕暮れの海を思わせるタンザナイトの原石が完成していた。
「はいはい、……いつまでも眺めてないで香りを確かめなくちゃ」
「お久しぶりです、ニアさん!」
「久しぶりね、ララエル。それにラウル……まさかやらかすのがあなただなんて思わなかったわ」
 いつの間にか現れたニアの生温かい目に二人は揃って首を傾げる。
 香炉にはチャコール(タブレット状の炭)が用意され、練香鉱石を入れる。
「ニア、これでいいかな?」
 香炉に練香鉱石を入れ、ラウルが火を付けると、
「え? 雨粒?」
 室内に小雨が降り始めたかと思うと触れるとぱちんと香りを放って消えていく。
「わぁ……いい香り……まるで海の中にいるみたい」
「……ララエルをイメージして作ってみたんだ。本当は水のつもりだったんだけどね。でも、気に入ってくれて良かった」
 透明感のあるさわやかな香りは海の波を反射する陽光をイメージさせるレモンの香り。高貴な花々が海の慈愛と安らぎを感じさせ、白樺の香りが波に流される流木と静かな海の余韻を残す。
「すごく素敵な香りです。香作りって過酷だったのに……ありがとうございます、ラウル」
 新たな勘違いが生まれていたが誰も訂正するものはいなかった。



●『リチェルカーレ・リモージュ』『シリウス・セイアッド』

「月輝花を使ったお香ですって、幻の花を摘むことができるなんて夢のよう」
 リチェルカーレはほのかに輝く月輝花にそっと触れ、パートナーであるシリウスの方を振り返った。
 見ているこちらがほんわりとする雰囲気をまとった少女が柔らかく微笑む。シリウスも彼女につられるように僅かに口の端を上げる。
 不意に甘い香りが鼻腔を擽る。
 一度だけ見たことのある月輝花の香り。
 淡い光を放つ純白の花畑の中で「星の海にいるみたい……」とスカートをふわりと浮かせ、微笑みながら振り返る彼女の姿を思い出す。
 月輝花のことを語る彼女は本当に幸せそうで、無意識に自身の表情も緩む。リチェルカーレの澄んだ歌声が今でも耳に残っている。
「シリウス、すてきなお香になるように頑張りましょう」
 名前を呼ばれてシリウスは我に返る。あの時と変わらない微笑みを見ながら小さく頷いた。

「どんな香りにしようかしら。ね、シリウスはどんなものがいい?」
 そう尋ねられたシリウスは表情こそ変わらないものの瞬き一つして黙り込んだ。苦虫を噛み潰した表情を浮かべながらも困惑した声で尋ね返す。
「……俺が、そういう話題にのれると思うか?」
 リチェルカーレの微笑みには苦手そうかもと言葉にせずとも顔に出ていた。
「新年が近いでしょう?」
 暖かな日差しのような優しい声。
「春の花をいれたいの。沈丁花に薔薇、レモングラスやカモミールも……後はどんな物がいいかしら?」
 リチェルカーレは嬉しそうに顔を輝かせ弾むような声で話しかける。シリウスもまた楽しそうに語る声に耳を傾けながら、
「……イメージと言われても」
 ぽつりと呟いた。
「シリウスは? 香りがイメージしにくければ、星月夜や月輝花と聞くと何を連想する?」
 変わらない表情。水面に一滴の雫が落ちたように唯一感情を写す翡翠の瞳が困惑に揺れる。
 星も花も教団に来てからの自分にはあまりにも遠すぎてイメージがわかない。それでも彼女の為にシリウスは頭を悩ませる。
 唯一浮かんできたのは、彼女の歌声だった。
「……セレナーデ……」
 彼から零れ落ちた言葉にリチェルカーレは目を丸くする。
「前に月輝花の別名はセレナーデなのだと教えてくれただろ」
「覚えていてくれたの」
 リチェルカーレは赤くなる頬を手のひらで抑えて笑う。
 月輝花の花畑の中、彼の前で歌った夜のことを思い出す。
 『深き思いを 君や知る わが心 騒げり』
 優しく澄んだ調べ。仄かに甘く響いた小夜曲。
「……じゃあ、あの歌に似合う香りにしましょう」
 シリウスは居たたまれなさに視線を逸らした。一瞬見たその目尻が赤く染まっていたのは気のせいだろうか。

 ――下準備が終わった? なら、コレに材料と魔結晶を入れるんだ。後は二人で魔力を込めるだけ。
「妖精さん、ありがとう。シリウス、手を繋ぎましょう」
「ああ、かき混ぜるのは俺がやる」
 小さく相槌を打ったシリウスは彼女に負担をかけまいと薬匙を奪うように取っていく。リチェルカーレは目を丸くすると、すぐにありがとう、と微笑む。
 シリウスがかき混ぜていると月の雫を集めたような色合いへと変化する。
 しんと静まりかえった夜を乗り越え、春を告げる沈丁花のかぐわしい香りが心に切ないほど響く。
 春の宵、鐘霞み花の香りが柔らかに香り立つ。
 幻想的な夜は仄かに甘さを含む優しい白檀の香りと深く穏やかな乳香の香りが手を招いているよう。
「春の香りだわ……」
 春のかぐわしい花の香りにリチェルカーレはうっとりとする。
「リチェ、中を見てみろ」
 月は寡黙なまま刻々と見える顔を変えていく。銀の杯の月は冴え渡るように鋭い時もあれば、白梅の月のごとく透き通っていたり、時には幸福な金貨みたいな月相を見せる時すらあった。
「これが妖精の作るお香なのね、まるで魔法みたい……」
 リチェルカーレは喜びのあまり繋いだ手をぎゅっと握りしめる。一瞬の動揺を隠し、シリウスはその手を離すことはなかった。
 ――本当の魔法はこれからよ! 見ていて!
 月輝花の花びらがゆっくりと光へと代わり、妖精達の聖歌が始まった。
 月灯りのように繊細に響き重なり合う詠唱。夜の美しさを歌い上げるように詠唱は広がっていく。
 月のきらめきが細やかな光の粒子となって何重もの白いヴェールに優しく包まれていく。
 幻想的な光景と香りが広がり、二人は言葉もなく見つめていた。
 ヴェールは室内全体へと広がり、銀の杯が見えるほど薄れた頃、練香鉱石ができていた。
 月の光を宿した月長石の荒々しくも美しい原石だった。
「これは……鉱石か?」
 ――ちゃんとした香だよ。練香鉱石!
「きれいな宝石……お香として使うのがもったいないぐらい」
 リチェルカーレが感嘆の声を上げる。
 妖精に勧められ香を焚けば、冬から春へと移り変わる香りがした。小夜曲が奏でられているように月のヴェールが揺蕩う。ヴェールの向こう側には月輝花の花畑が見えた気がした。





【冬祭】月夜の妖精の秘伝レシピ
(執筆:oz GM)



*** 活躍者 ***

  • ラシャ・アイオライト
    もう、仕方ないなぁ(苦笑
  • ミカゲ・ユウヤ
    ニャーは最強の黒にゃんこにゃー!
  • リチェルカーレ・リモージュ
    どんな時でも、側にいる
  • シリウス・セイアッド
    …何が正解なのか、わからない。

ラシャ・アイオライト
男性 / 人間 / 魔性憑き
ミカゲ・ユウヤ
女性 / ライカンスロープ / 陰陽師

リチェルカーレ・リモージュ
女性 / 人間 / 陰陽師
シリウス・セイアッド
男性 / ヴァンピール / 断罪者




作戦掲示板

[1] エノク・アゼル 2019/12/12-00:00

ここは、本指令の作戦会議などを行う場だ。
まずは、参加する仲間へ挨拶し、コミュニケーションを取るのが良いだろう。  
 

[11] ルーノ・クロード 2019/12/18-23:51

確かにサンダルウッドはオイルに加工されたりそのまま香木と称されている事が多いが、乾燥させて刻んだ物をドライハーブとして取り扱っている事もある。
もちろん草とは言えないものだから香草・薬草とは少し違うが、
人の暮らしに有用な香りの有る植物がハーブであるとするのなら、当たらずといえども遠からずといった所かもしれないね。  
 

[10] カグヤ・ミツルギ 2019/12/18-16:59

……サンダルウッドって、白壇のこと、だけど…スパイスやハーブ??
オイルには、薬効成分あったと思うけど、スパイスやハーブじゃないと思う…  
 

[9] ヴォルフラム・マカミ 2019/12/18-00:26

えーと、ヴォルフラムとカグちゃんです!よろしくねー。
あれ、何気に初シャドウガルデン、かな?

お香を作る、でいいのかな?
色々あるみたいだねぇ…カグちゃんは何の香りが好きとある?

カグヤ:……好きな…古い本のにおい、とか?

……それってカビの匂いじゃない?  
 

[8] ミカゲ・ユウヤ 2019/12/17-21:25

こんにちにゃー!!(テンション高く扉バーンッ)

にゃーはミカゲだにゃー!
あ、飼い主のラシャちゃん…居ない!
ラシャちゃんが迷子!?
まぁ、きっと後から来るにゃ!(走りすぎて置いてきてしまった)

はいはい!香りがする?棒?石?作るって聞いて参上したのにゃー!!(元気良く手をあげて尻尾したしたしながら)

皆宜しくなんだにゃ!!(ニカッと笑い)
 
 

[7] ベルトルド・レーヴェ 2019/12/16-17:18

(遠慮がちだが嬉しそうにララエルを抱き止めているヨナに口元を綻ばせつつ)

シャドウ・ガルテンも暫くぶりになる。ベルトルドとそっちはヨナだ。皆よろしく。
色々な種類の材料があって、今から目移りしてしまうな。
今回は、去年のアロマキャンドル作りの時みたく締め出しをされなければいいんだが(苦笑)

ヨナ「今、その話をしなくても…」

ともかく、皆が良い時間が過ごせるといいな。  
 

[6] シキ・ファイネン 2019/12/16-03:50

カレー……。リコリスちゃんそれなかなか面白いなっ(目きらきら)
ああ、うーんと。アルとシキだぜっ! 飛び込んじまったけど、どーぞよろしくっ

俺はねーなんか優しくて甘い香が良いなーって思ってんだ! アルに話してみるっ
俺らが材料選んで優しい甘い感じになるか、分かんねえけど!  
 

[5] リコリス・ラディアータ 2019/12/16-00:23

リコリスとトールよ、よろしくね。
香は詳しくないのだけれど、せっかくシャドウ・ガルテンまで来たんですもの。
私たちも作ってみることにしたわ。
みんなの作品も楽しみにしているわね。

うーん、好きな香り…おいしそうな香りがいいかしら?
だったらカレーよね。


トール:それならクミンやターメリック、レッドペッパーやコリアンダーとか…
ってちょっと待って!?
確かにカレーは色々スパイス使ってるけど、なんか違うような…


リコリス:えー。辛くておいしいのに…
仕方ないから、何か別のものを考えるわ。  
 

[4] リチェルカーレ・リモージュ 2019/12/15-23:17

リチェルカーレです。パートナーはシリウス。
どうぞよろしくお願いします。

ふふ、こんばんはララエルちゃん。
今日も元気そうで安心しました(にこにこハグを)。
ラウルさんも、シリウスにそんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。
普通にしてくださいな(くすくす笑顔)。

どんな香りができるか楽しみです。皆さん、素敵な時間になりますように。  
 

[3] ナツキ・ヤクト 2019/12/15-19:41

ナツキ・ヤクトとルーノ・クロードだ。よろしくな!
へー、香っていろんなものが入ってるんだな。材料、迷うなぁ…

おおう!?あはは、あいかわらずだなぁララエル!(尾は時々機嫌よく揺れ、触れられるままに任せる)
ラウルも気にすんなって、俺も久しぶりに会えて嬉しいぜ。今回もよろしくな!  
 

[2] ララエル・エリーゼ 2019/12/15-13:27

くいっ、くいっ(ナツキさんの側に座り、尻尾を弄んでいる)

ラウル:こら、やめなさい。

ララエル:だってだって、久しぶりにナツキさんとルーノさんと会うんだもの、嬉しくて!
ヨナさんとリチェさんもいる~!(二人に抱きつきにいく)

ラウル:ご迷惑をかけて本当に何と言ったら良いか…
あ、僕はラウル、あの子はララエルです。
皆さん宜しくお願いします。
…あっ(姿勢を正し)シリウスさんも…
宜しくお願い致します(一礼をしてほのかに微笑む)