君の名でこの花を呼ぶ
普通 | すべて
8/8名
君の名でこの花を呼ぶ 情報
担当 あいきとうか GM
タイプ ショート
ジャンル シリアス
条件 すべて
難易度 普通
報酬 少し
相談期間 4 日
公開日 2020-03-18 00:00:00
出発日 2020-03-25 00:00:00
帰還日 2020-03-30



~ プロローグ ~


 私は夜。私は闇。
 そのように創られた。そうあれかしと定義された。
 異議はない。異和もない。
 それでいい。
 大陸の一部を任された。私が住処と定めた其処に、二度と陽は昇らなかった。
 それでいい。
 この暗さを頼りとする者はいる。眩い陽射しではなく、星月の幽かな明りに縋る者がいる。私はその者たちのためにある。その者たちを守るために存在する。
 長いときが流れた。
 雲ひとつない真冬の夜空のように澄んでいた精神が、徐々に濁っていくのを感じていた。
 これがなにか、私は『識って』いる。
 人の心。ここに身を寄せる者たちの感情。

 憎悪があった。
 憤怒があった。
 悲嘆があった。
 哀切があった。
 孤独があった。
 嫉妬があった。

 負の感情が私を穢す。
 それでもいい。
 私がなすべきことは変わらない。私はこの地の守護天使。お父様にかくあれかしと定義された、翼と光輪を持つ神の使徒。
 常闇に手を伸ばした、すべての人類に希望あれ。
 そこに至るまでに負う瑕疵は、私が担う。

「天使様?」

 陽光を退けたがゆえに、一年を通してひんやりとしたこの場所が、ひと際冷えるようになる冬のある日。
 丘に佇む私を見て、その者は問うた。
 いつもならその時点で姿を消すのだが、真ん丸に見開かれた目が今宵の月を想わせて、気づけば頷いていた。
「わ、すっごい。初めまして!」
「……初めまして」
 最近やってきた移民のうちの誰か。
 蝙蝠の羽のような耳の先まで興奮で紅潮させて、まだ幼子に見える人類は一歩、私に近づいた。
 逃げよう。
 思った矢先、袖を握られた。
「行かないで! もうちょっとだけお話ししよ!」
「話すことなどない」
「天使様に会ったこと、誰にも言わないから!」
 だからと幼子は必死に願う。
 少し前から私の体の内側では闇よりも黒く粘ついたなにかがぐるぐるしていて、いつも頭にかすみがかかっているようだった。
 そうでなければ、人類と向きあうなどという酔狂な真似はしなかっただろう。
「やった!」
 浮かべられた笑顔が眩しくて、目を伏せる。

「この地がずっと夜なのは、天使様の力?」
「力ではなく、性質」
「僕たち、ヴァンピールっていうんだ」
「そうか」
「ずっと遠い土地からやってきたんだよ」
「そうか」
「国を作るんだって」
「そうか」
「天使様、守ってくれる?」
「お父様がそれを望まれるなら」
「僕の名前はセレナーデ。天使様は? 名前ある?」
「……ニュクス」
「ニュクス様!」

 セレナーデが笑う。
 土産だと渡された焼き菓子の包みを膝に置いたまま、私は不思議な思いで幼子を見る。
 内側の暗黒は今にもあふれそうだった。
 あふれれば、衝動のままにこの子どもを殺し親族を殺し友を殺すだろう。
 それで――いい、はずが、ない。

「ニュクス様、お花って知ってる?」
「知識として」
「ここには太陽がないから、咲かせるのは難しいんだって」
「そうか」
「……見たい? お花」

 答えられなかった。
 なのにセレナーデは自身に満ちた微笑を浮かべて、勢いよく立ち上がる。

「じゃあ、僕が作ってプレゼントするよ。常夜の国で咲く、とってもきれいなお花!」

 時間が流れる。
 私という存在が塗りつぶされていく。
 お父様。お父様。一緒に創られたきょうだいたち。
 私は――なぜ――つくられ――ひとが、にくい。
 にくい。ころしてしまおう。すべてのこらず。こんなせかいいらない。しっぱいだ。げーむはおしまい。
 それで、いいのか?

「久しぶり、ニュクス様」
 ――お前は誰だ?
「やっとできたんだ。見て」
 ――男。やつれた顔をしている。もう先は長くないのだろう。
 手には小瓶。私の視線がそちらに向く。白い花。
「月輝花。陽の光の下ではすぐに枯れてしまう、夜の花。月と星の光で開く、この国だけの、貴女だけの花」
 ――手に持っていた袋の中身を、男があたりにまき散らす。恐らく、この花の種だ。
「じきに芽吹くよ。これと同じ花が咲く。貴女の土地で、僕たちのこの丘で、花は開く」
 ――私は、お前を、知って、いる。
「種をとることはできるだろう。町中に植えることもできるだろう。でも決して摘めない。貴女がここから離れられないように、この花もどこにも行けない」
 ――笑う。男が笑う。愛しそうに笑う。切なそうに笑う。月のない夜の中でそれはあまりに眩しくて。
「貴女に全て、捧げます」

 感情があった。
 あらゆる感情が私の中にあった。
 邪念だった。
 絶望だった。
 猜疑だった。
 自尊だった。
 驕慢だった。

 無垢な愛だった。

 瞬く。風が吹く。
 眼前の塵をさらっていく。それの元の形を私は知らない。
 それでいい。


 『毒の王』カチーナに感化されたわけではないでしょうけど、と断った上で美貌の妖精は言葉を続けた。
「シャドウ・ガルテンに守護天使が現れましたわ」
 教団本部、作戦会議室。
 集められた浄化師の表情は様々だ。妖精は傍らに立つ同族にちらりと視線を投げてから、
「『闇の王』ニュクス。月輝花の丘をご存知の方はいらっしゃるかしら? そこに、現れたり消えたりしていますの」
 月輝花。
 常夜の国シャドウ・ガルテンにのみ咲く花だ。
 夜闇の中、月と星の光を浴び続けなくては開かず、陽の光にあてるとすぐに枯れる。
 摘もうとしてもすぐに朽ちるという性質から、土産にもできない。ただし種は運べるため、シャドウ・ガルテン内の花壇などにはよく植えられている。
 別名を『セレナーデ』。
 月輝花の丘はそれなりの範囲にわたり、件の花が群生している土地の通称だ。
「協力をとりつけられれば、いい戦力になると思いますの。……ただし」
 きゅっと妖精は眉根を寄せる。
「どうにも様子が変ですわ。守護天使は人の邪念に触れすぎて、精神を壊している方が多いと聞いています。向かうならくれぐれもご注意くださいませ」

 ――ひとがくる。
 なにか明確な意思を持った人類が。
 ころしてしまおう。このくにごと。このせかいごと。
 記憶の裏でなにかが閃く。月のような、なにかが。


~ 解説 ~

 シャドウ・ガルテンに赴き、守護天使と面会してください。

●守護天使
 英雄や聖人の魂を核として、創造神ネームレス・ワンに創られた。
 創造神の権能である全知全能をいくらか分け与えられているため、膨大な知覚と能力を有している。
 役割は守護と審判。全世界で七名いて、各国に一名ついている。
 その国の住民が守るべきかどうか知るため、担当する国の民が過去に行った所業を見続けている。

●第四天使『闇の王』ニュクス
 女性型の守護天使。シャドウ・ガルテン担当。
 自国の民が過去に行った所業を見続け、負の感情に触れすぎたため自我が崩壊寸前。記憶も曖昧。
 世界もこの国も亡ぼすつもりでいる。
 
●月輝花の丘
 シャドウ・ガルテン内に存在する、丘の通称。
 月と星の光で開く『月輝花(別名セレナーデ)』の群生地。
 不思議なことにこの場所に咲く月輝花だけは季節の変化や時間の経過で枯れることはない。
(太陽の光をあてたり摘みとったりしたら枯れます)

●試練
 ニュクスが辛うじて自我を保っているのは、『慈しむべきなにか』がここ(月輝花の丘)にあった気がするためです。
 それの正体を思い出させればニュクスは正気に戻り、協力者になる可能性があります。

 また、ニュクスは出会い頭に皆様を浄化師様単位で闇の空間に閉じこめます。
 その直後、パートナーを庇うことはできても回避は不可能な一撃死の攻撃を仕掛けてきます。
 攻撃を受けた方は確実に死にます。

●PL情報
 証明すべきは無垢な愛です。親愛でも恋愛でもなんでもいいです。
 ひとつの命を救うなら、ひとつの代償(いのち)が必要だとニュクスに言われます。どう答えても不採用にはなりません。
 物騒なことが書いてありますがこの指令によるキャラロストは発生しません。
 疑似的に死亡するだけですので、ニュクスに解放されれば蘇生します。


~ ゲームマスターより ~

 初めまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。

 セレナーデと月輝花の関係については、

・むかしむかし常夜の国に天使様がいた。
・ひとりで国を支える天使様に敬服したセレナーデという青年が白い花を創って、天使様に捧げた。
・天使様は喜んだ。セレナーデはそれに満足して、塵になって消えた。

 ということが童話として残っています。あくまでただの伝承です。
 知っている方も知らない方もいらっしゃると思います。
 この童話はシャドウ・ガルテンにのみ伝わっていたものであり、最近の交流を通じてようやくアークソサエティに至ったものです。
 また、『セレナーデが天使様に渡した花が月輝花だ』と明記はされていません。
 予想ができる程度です。

 狂気に侵された守護天使とパートナーの死を前に、皆様がどのような行動をとるのか。
 ご参加お待ちしています。





◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇

ルーノ・クロード ナツキ・ヤクト
男性 / ヴァンピール / 陰陽師 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
ルーノは妖精の忠告を危惧、ナツキはルーノを守ると決め現地へ
ニュクスの攻撃はナツキがルーノを庇って受ける
庇う事に躊躇は全く無い

ルーノは倒れたナツキに必死で回復魔術をかけ続け
無駄だと分かると何も考えられず茫然
次の手を打たなければならないのに、頭も体も動いてくれず

ニュクスの言葉にはしっかり向き合い答える
「ナツキを救って欲しい。代償が要るなら私の命と引き換えで構いません」
「…私のパートナーを、返して下さい」

不確定な要素に命まで賭けるなど、本当に自分らしくないと思う
他人の為にここまでしたいと思ったのも初めての事で少し戸惑って
それでも今はその気持ちに従ってみる
そのくらい彼が大切だと自覚してしまったのだから
リチェルカーレ・リモージュ シリウス・セイアッド
女性 / 人間 / 陰陽師 男性 / ヴァンピール / 断罪者
以前シャドウガルデンを訪れた際 
小さな子に見せてもらった絵本を思い出す
あのお話の天使様が ニュクス様だったのね

たったひとりのためだけに 作られた月の花 
ニュクス様と話がしてみたいわ 
きっと彼は 貴女の笑った顔が見たくて花を作ったんですよと

月輝丘で天使と向かい合う
ニュクス様 初めまして
…あの、大丈夫ですか?お加減が…きゃあ!?
急に闇に包まれて小さく悲鳴

ここは いったい…
離れるなというシリウスの声に頷こうとして 
嫌な予感に 反射的に体が動く
シリウス 危なーっ!

何かに体を貫かれる感覚
急速に薄れる意識 痛みより凍り付いたシリウスの顔が苦しくて

だいじょうぶ、だから そんなかお しないで
…わたし あなた、の わらった かお が
ショーン・ハイド レオノル・ペリエ
男性 / アンデッド / 悪魔祓い 女性 / エレメンツ / 狂信者
ドク、ター…?
…ドクター?
身体から温もりが消えていく…
脈が、ない…呼吸も…嘘だ…
…ドクター、嘘だと…冗談だと仰ってください…
…心のどこかで、この状態がずっと続くと思っていました
何せ貴女はエレメンツだ
逝くのは私が先でしょう
だから…このままずっとずっと二人で…

…分かっていたでしょう
私が貴女を好いていたのは

ひとつの命を救うなら、ひとつの代償が必要だ…?
黙れ!愚昧な言葉を囁くな!
力あるものが命を天秤にかけるような選択を強いる状況は何があっても批判しろ
人一人の命はこの世界より重い
その思想が無いと力は人の命を湯水の如く犠牲にする
それがドクターの教えだ!
代償を強いる妄言を嘯く輩は、俺が残らず叩き潰してやる!
アリシア・ムーンライト クリストフ・フォンシラー
女性 / 人間 / 陰陽師 男性 / アンデッド / 断罪者
ニュクス様にご挨拶しようとした瞬間に訪れた闇
クリスの声が聞こえて

…え?
くり、す…?

力なく崩れる身体を支えようとしてできず思わず縋る

クリス、クリス!
しっかりしてくださいっ!
今、今、回復をっ!

天恩天賜をいくら掛けても弱っていく彼

どうして…どうしてっ!?
私のせいで…私を助けようとして、いつもいつも…
お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんも
クリスまで…っ

お願いします
何でもします
必要なら、私の命を差し上げます
だから、だから、どうか彼を…クリスを助けて、下さい
お願いっ…!

クリスっ?
なんですか…?

こんな、時まで、あなたは…
私も、大好き…愛して、ます

涙を流しながら唇を重ねクリスの身体を抱き締め

最期まで、一緒です…
ヴォルフラム・マカミ カグヤ・ミツルギ
男性 / ライカンスロープ / 拷問官 女性 / 人間 / 陰陽師
其処は暗かったけど、夜の暗さだ
こんな黒に塗り潰された暗さじゃなかった
「…試練?」
それってどんな……カグちゃん?

……これが試練、か。
僕の命は12年前に潰える筈だった
カグちゃんと出会えなかったら、僕は研究室のあの部屋で死んでた
彼女と一緒に生きる、それが出来ないなら…
「カグちゃんが死んじゃった世界なら、僕は生きてる意味はない」
生きてるカグちゃんと世界とどちらかとか言われたら、困るけど
僕の命と引き換えにカグちゃんを生き返らせるとか言われても
生き返ったカグちゃんが泣くと思うから、その取引は成立しないね
「あ、その代わり世界は残してくれる?それとも別の世界があるのかな?」
彼女と生きるのは次の生にでも賭けるさ
カリア・クラルテ ニオ・ハスター
男性 / ヴァンピール / 人形遣い 女性 / エレメンツ / 占星術師
死ぬ側:ニオ

守護天使様だってー、ニオくん
…やっぱり心ここにあらずだねぇ?
緊張ほぐしておきなよ、ほら見えてきた…

…ニオくん?
自分の前で倒れるパートナーを見下ろし
なにしてるの ねぇ
天使を睨み あんた、何してんだよ
ねぇ返してよ ニオを返せよ
代償?そんなの………おれの指(いのち)やるよ
役立たずになったら処分されるし
でもニオくんは違う 死んじゃダメ
おれを信じてくれたひと 今度こそ見捨てたくない
あぁなんだ おれ あんなこと言っといて
ニオを選べるんだ

人が憎いの?
だったら何であんたずっとここにいるんだよ
ここに大事なものがあるんじゃないの
これだけは失くしたくないって思ったものがあるんだろ
あんたも素直になったら?ニュクスサマ
タオ・リンファ ステラ・ノーチェイン
女性 / 人間 / 断罪者 女性 / ヴァンピール / 拷問官
ステラを守ります
私は報いを受ける覚悟はあります、でもあの子には必要ない
あなたという悔いは、残りますが……


ステラ:なんだよそれ……
オレにはむずかしいことはわかんないけど、そんなの違うってのはわかる!

マーはオレにごはんをくれるし、オレの服も洗ってくれる、毛だってよくなでてくれる
でもマーはオレになんにも無理やりさせたりしなかった!
けいやくってのをしたのは、はじまりは仕方なくだった
だけど、ついていくって決めたのはオレ自身だ!
マーにたくさんしてもらって、それをもっとたくさん役に立って返したいって願ってるのはオレ自身なんだ!

もらうのが多すぎて、まだちっとも返せちゃいないんだ
だからマーを!もっていくな!!!
ヨナ・ミューエ ベルトルド・レーヴェ
女性 / エレメンツ / 狂信者 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
ヨ いました あの方が常闇の国の守護天使⋯
ベ 待て 様子がおかしい

先導していたヨナを狙った即死攻撃を咄嗟に突き飛ばして代わりに受ける
俺は身を呈してまでこいつを庇うような性格だったか
ただ 己の目の前で大事なものを失う あんな経験は二度とごめんだ
そう思ったら身体が勝手に動いた
無事か? ならいい

ベルトルドさん⋯?
嘘嘘嘘 待ってこんなの うそ 目を開けてください ねえっ
守護天使がどうして ああ もう自我が保てないんだわ⋯

私の命を差し出せば彼を救える⋯?
それで良いから早くしてと言いかけるのをぐっと飲み込んで
いいえ いいえ それは出来ません
命はそのように扱えない 命とは受け継ぐこと


~ リザルトノベル ~


 夜の風景が暗闇に変わる。
 あ、と思ったときにはもう、【ナツキ・ヤクト】が倒れていた。
「ナツキ……?」
 躊躇いなく自分の前に出て、守護天使ニュクスからの一撃を受けた彼の傍らに【ルーノ・クロード】は崩れるように膝を突く。
 一拍遅れて頭がこの非常事態を理解した。
「ナツキ! 目を覚ましてくれ!」
 喉が裂けそうなほど叫び、ルーノはナツキに回復魔術を施す。傷は塞がらない。ナツキから流れ出る赤が、妙に鮮明に映る。
 無駄だ。もう手遅れだ。
 ――大丈夫だって! ルーノは俺が守るからな!
 教団本部を出る際、彼は妖精の忠告に危惧を抱き表情を硬くしていたルーノに、そう笑って見せた。太陽のように明るく温かい声と顔で。
「一緒に、帰ろう。ナツキ、ほら……」
 大切な部分がごっそりと抜け落ちたように、頭が回らない。震える手でナツキの指を握った。それ以上、体も動いてくれない。
 次の手をうたないと。ここは危険だ。
 思考の片隅、現実を受け入れることを完全に拒否した部分が冷静を装ってそう伝えてくる。そうだね、とルーノは他人事のように肯定した。
「ひとつの命の代償は、ひとつの命」
 抑揚のない声が降ってくる。
 緩慢な動きでルーノは顔を上げた。宙に浮く守護天使が、虚ろな双眸で二人を見下ろしている。
「……ナツキを、救ってほしい」
 重かった舌が急に軽さをとり戻した。
「代償が要るなら、私の命と引き換えで構いません」
 滑らかに言い放ってから、自分で驚く。
 浄化師になったのは自分が助かるためだった。自分自身を守ることが、ルーノの根本にいつもあった。
 その先に得たパートナーに、それが揺るがされるとは。
 不確定な要素に命を懸けるなんて本当に自分らしくなくて――しかし、撤回しようとは思わない。
 他人のためにここまでしたいと思ったことに戸惑いはあっても、ナツキがそれほどまでに大切だと自覚してしまったのだから。
「私のパートナーを、返してください」
 この命が絶たれる刹那でいい。ナツキが生き返ったと知覚したい。
 願うようにルーノは彼を見て、握った手に力を籠める。彼との日々が脳裏をよぎって、自然と口許がほころぶ。

「う……」
 動揺と歓喜がルーノの中で渦巻いた。
「ナツキ!」
「ルーノ……。俺、どうなっ」
 ゆっくりと身を起こしたナツキの肩に、ルーノは額を寄せる。
 生きている。自分も彼も。
 ニュクスは二人の命をとらなかった。
「あー。心配かけた。ごめんな?」
「……いい」
 ぽんとルーノの背を叩いてから、ナツキは月輝花の中に立つニュクスを見る。
 ふと、白花と天使の童話を思い出した。
「この花。ニュクスがひとりで寂しくないようにって、咲いてるみたいだな」
 考えが口をつく。
 ニュクスの双眸に感情のさざ波が立った。

(私の寂寞を憂えた者がいた? それは私にとって……)


 一瞬で周囲が闇に塗り替えられる。
 強烈な敵意に【クリストフ・フォンシラー】は素早く反応した。
「アリシア!」
 挨拶をするつもりでいた【アリシア・ムーンライト】の反応は一歩遅れる。状況を把握したとき、彼女はクリストフに、覆いかぶさるように抱き締められていた。
 え、と思う。
 衝撃。
「……え?」
 今度は声に出た。
 ずるりとクリストフの体が頽れる。とっさに彼を支えようとして力が足りず、一緒に闇の中で座りこんだ。
「くり、す……?」
 手のひらがなにかに触れる。
 血だった。
 一時的に停止した思考が、恐慌状態に陥る。
「クリス、クリス! しっかりしてください!」
 彼の目から光が失われていく。アリシアは震える手をクリストフにかざした。
「今、回復をっ!」
 治癒術の光りがぼんやりと灯る。常なら傷口を塞いでくれるそれが、今は光源にしかなっていなかった。
 血は流れ続ける。彼の命はすさまじい速度で死に向かう。
「どうして!?」
 なぜ術が効かないのか。なぜ彼まで奪われなくてはならないのか。
「お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんも……っ」
 アリシアを助けようとして命を落としてしまった。私のせいで、とアリシアは自分を責める。
(違うって、言ってあげないと)
 迫る死を冷静に見ながら、クリストフは残った意識をかき集めてそう思っていた。ただ、体が動いてくれない。
(大丈夫だよって、笑って見せなければ)
 ぼろぼろとアリシアが泣いている。泣き虫だとからかって、涙を拭ってあげたかった。
「ひとつの命は、ひとつの命で贖われる」
「助けて、くれると……?」
(だめだよ、アリシア)
「お願いします、なんでもします。必要なら私の命を差し上げます」
(俺のために自分の命をなんて、そんなこと)
「だからどうか、クリスを助け……っ」
「……リ、シア……」
 ひく、とアリシアの喉が引きつった。
「クリスっ?」
「大丈夫、だよ、アリシア……」
 最後の力を振り絞り、クリストフは笑う。
 うまく笑顔を作れているだろうか。いつものように。彼女を安心させられるように。
「アリシア、愛してる」
 嗚咽と涙がクリストフに落ちてくる。
「だから笑って。君の笑顔が、見たい……な……」
 こんなときまで、彼は彼のままで。
 泣きながら、アリシアは小さく笑う。
「私も、大好き。愛して、います……」
 重ねた唇は、微かに涙の味がした。
「最期まで、一緒です」

 視界が一変する。
 覚悟していた攻撃はなく、代わりのようにクリストフが動いた。
「そんなに泣くと目が溶けちゃうよ」
「クリス……?」
「うん。死んでなかったらし……っ、アリシア?」
 ぎゅっと抱きついてきた彼女の背を、小さく息をついたクリストフは優しく撫でる。
 守護天使の双眸には、わずかな思案があった。

(私は見送るしかできなかった。……誰を見送った?)


 微笑みながら挨拶をしようとした途端に、視界が真っ黒に染まる。
「きゃあ!?」
 急なことに【リチェルカーレ・リモージュ】は小さく悲鳴を上げた。【シリウス・セイアッド】がとっさに彼女を庇うため動く。
「ここは……」
「離れるな」
 他の浄化師と分断され、眼前にはニュクスが浮いている。
 頷こうとしたリチェルカーレの肌が粟立つ。嫌な予感。
「シリウス、危な――っ!」
 反射的に両手でシリウスを突き飛ばす。衝撃が少女の細い体を貫いた。大切なものが急速に抜け落ちていく感覚。
 寒い、と思った。痛い、よりも先に。
 それ以上に、苦しかった。シリウスが顔を凍りつかせている。
「だいじょ、ぶ、だから……。そんなかお、しない、で……」
 重い手でリチェルカーレは彼の頬に触れた。うまく笑えているだろうか。
 視界がかすむ。シリウスの唇が音のない声を放った。リチェ。
 あなたにそう呼んでもらうの、好きよ。
 伝えている時間はない。だから一番大切なことだけを。
「わたし、あなた、の、わらった、かお……が……」
 色違いの瞳が意思の光を失う。支えた体から力が完全に抜ける。
「リチェ……?」
 破裂しそうなほど強く心臓が動いていた。息ができなくなり、シリウスはリチェルカーレを抱き締めるようにうずくまる。
 もうどこにも、彼女の温もりはない。春の陽だまりは永遠に閉ざされた。
 夜闇の守護天使に、月輝花はどれほど眩しかったことだろうと、考えていたことを思い出す。傍らの少女を見て、闇とそれを照らす光を想ったのだ。
 血のにおいがする。
 ――次ハソノ子ヲ殺スノ?
 脳裏に響く呪いの声に、音のない悲鳴を放った。
「……め、だ……っ! 駄目だ、死ぬな……っ!」
 震える声で呼びかける。間に合うかどうかを判断している余裕などなかった。片手で傷口を押さえる。
 彼の頬についた血の跡は、涙に流されることなく乾いていく。
「ひとつの命の対価は、ひとつの命」
「分かった」
 めちゃくちゃになっていた頭は垂らされた希望に縋るように、その言葉の意味だけは正確に理解した。
「俺の命をとればいい」
 剣を抜く。自身の膝を枕にしている少女の目を、閉じさせる。
「リチェのいない世界に、生きる意味はない」
 宣誓するように呟き、逆手に構えた剣を自らの首にあて、躊躇いなく――。

「シリウス!?」
 手首を掴まれた。
「あなた、あなた……っ!」
 混乱しているリチェルカーレがぱくぱくと口を開閉させている。
「リチェ……? 生きている、のか……?」
「生きているわ。だから剣を離して!」
 シリウスの手から力が抜けた。月輝花の花畑に刃が落ちる。
「よかった」
 強く、彼女を抱き締めた。リチェルカーレの温かな手が、シリウスの背を柔く叩く。
 ニュクスは呆然と二人を見ていた。

(死なせてはならないと思った? 殺す気だったのに?)


 守護天使の話をしていた。
 今になって関わる理由について。
「ドク、ター……?」
 闇の中、【ショーン・ハイド】は抱きとめた【レオノル・ペリエ】を座らせる。支えた肩から急速に熱と力が抜けていくのが分かった。
 生き生きと輝いていた青の双眸が、無機質に変わる。濁っていく。レオノルの体からはおびただしい量の血が流れていた。
「ドクター」
 呼びかけに応じない。脈がない。呼吸もない。
「……嘘だと……冗談だと、仰ってください……。今なら、怒りませんから……」
 引っかかったねと。
 事前に打ち合わせをしていたのさ。守護天使の一撃が私を殺めたように見せかけて、びっくりさせる計画だったんだと。
 得意気に笑ってくれるのを、期待した。
 ありえないのだと、分かっていながら。
「逝くのは、私が先でしょう……?」
 彼女はエレメンツだ。長命な種族だ。
 だからこの状態がずっと続くと、心のどこかで思っていた。ずっと、二人でいられると思っていた。
 置いていくのは自分のはずだった。
「……分かっていたでしょう。私が貴方を好いていたのは」
 まだ、伝えられていない。答えももらっていない。
 こんな状態で終わるなんて、
「ひとつの命を救うなら。ひとつの代償が必要だ」
 混乱が、動揺が、喪失感が、無感動な声に変換され束ねられる。
 生じた怒りを隠さず、ショーンはニュクスを睨んだ。
「黙れ! 愚昧な言葉を囁くな!」
 叫ぶ人類と守護天使の視線が交わった。
「力あるものが命を天秤にかけるような選択を強いる状況は、なにがあっても批判しろ。人ひとりの命は世界より重い」
 彼女の声が耳の奥でよみがえる。
 いいかい、ショーン。
「その思想がないと、力は人の命を湯水のごとく犠牲にする。それがドクターの教えだ!」
 片手で狙撃銃を掴んだ。
「代償を強いる妄言を嘯く輩は、俺が残らず叩き潰してやる!」
 闇の王が緩慢に瞬く。

「しょーん……?」
 大げさなほどショーンの肩が跳ねた。
 恐る恐る彼は視線を落とす。いつの間にか闇ではなく、月輝花が広がっていた。
 幻覚を疑う。
 薄く目を開いたレオノルが、案じるように眉を動かした。
「どうしたの? すごく悲しそうな顔してる……?」
「ドクター?」
「うん」
「ドクター!」
「うわっ!?」
 体を起こそうとしていたレオノルを、ショーンは抱き締めた。
「ちょっとショーン、苦し……」
「よかった、よかった。ドクター……っ!」
 レオノルはもがくのをやめ、ショーンの背に手を添える。まだ苦しかったが、心の奥で灯った熱がそれを望んでいた。
「ベアバックは私の専用必殺技なんだけど」
 冗談めかして、呟いてみる。
 分かっているのかいないのか、頷いたショーンからは、嬉しいような、泣きたくなるような、優しい感じが伝わってきた。

(人の命は……そうだ、とても重い命が、あったのだ)


 守護天使は人類に、試練を与えるのだという。
 世界が塗りつぶされる。夜の暗さから、真なる闇の暗さへと。
 ふら、と【カグヤ・ミツルギ】が前に出た。
「……カグちゃん?」
 試練の内容について考えていた【ヴォルフラム・マカミ】の眼前で、カグヤが膝を折る。反射的に支えると、カグヤは得心したようにヴォルフラムを見上げた。
「ヴォル……。あのね、私」
 むせる。吐き出された血が彼女をさらに染め上げる。
 これが試練だと、ヴォルフラムは理解した。ゆっくりと、彼女とともに腰を下ろす。
「ヴォルの声も、温かさもないなら……、私は、生きていなくていい」
「カグちゃんが死んじゃった世界なら、僕が生きてる意味はないよ」
 なんで庇ったの、と言外に問う。
 庇えたから、と光を失いかけているカグヤの目が返す。
「生きて、ヴォル。……また、好きになる、から……」
 カグヤの目の前で、ヴォルが死んだことがあった。
 好きだと言ってくれた人。存在を肯定してくれる人。――好きな人。
 幻だったがカグヤは本当に死んだと思って、なにも考えられなくなった。
 そんな思いはもう嫌で、死ぬなら自分が先であればいいと願って。
 今、叶った。
(次があって、またあなたに出会えたら。どんな姿でも会いに行く。きっと)
 上々の結果ではないが、カグヤはおおむね満足だ。
 残されたヴォルフラムは、しっかりと彼女の体を抱き締めたまま顔を上げる。
 この先のことは、もう決めていた。だからこそ胸中に激情の嵐はない。
「ひとつの命にはひとつの対価が必要だ」
「ああ、そういうこと。手伝ってくれるならそれはそれでいいけど、取引は不成立だよ」
 カグヤの目を閉じさせ、その額に頬を寄せてヴォルフラムは微かに笑む。
「生きてるカグちゃんと世界のどちらかとか言われたら、困るけど。僕の命と引き換えにカグちゃんを生き返らせるとか言われても、生き返ったカグちゃんが泣くと思うから」
 共に生きるのは、次の生にでも賭ける。
 この縁を今生で終わらせはしない。次の世でもヴォルフラムはカグヤを探し出す。
 どのような姿になろうとも。どれほど時間がかかろうとも。
「あ、その代わり世界は残してくれる? それとも別の世界があるのかな?」
 ごめんね、と内心でカグヤに謝った。
 生きてと言われたが、カグヤがいないならそのお願いは聞けない。
 守護天使の双眸に、苦痛が閃く。

「う、ん……」
「カグちゃん?」
 瞬きの間に闇から月輝花の丘に場所が移っていた。
 唸ったカグヤが目を開く。
「痛いところはない?」
「……大丈夫」
 貫かれたはずの体は、傷ひとつなかった。
「たとえ体が塵になっても」
 視線を感じ、カグヤはニュクスを見る。唇は自然と動いていた。
「魂はまた、帰ってこられると、思う」
 
(ただ一緒に生きたかった。それなのに、なぜ……)


「ステラ、大丈夫ですか? また嫌なものを見るかもしれません」
 【タオ・リンファ】が表情を曇らせる。
「へへん、オレならへーきだ! マーがいっしょにいてくれるからな、もう大丈夫だ!」
 胸を張って【ステラ・ノーチェイン】は応えた。
 少しだけリンファが強張りを解いて、頑張りましょうと言ってくれて。
 気がついたら闇の中で、危ないとリンファが叫んで、鮮紅が散って、それから。
 へたりこんだステラは彼女に手を伸ばす。
「マー……?」
「けが、は……?」
 力なくステラは首を左右に振った。リンファが微笑む。
「よかった、あなたが……無事なら……」
「マー?」
 呼びかけて、軽く揺すった。眠っているんじゃないかと疑う。無反応。
 ぱき、とどこかにひびが入る幻音を聞いた。
「なんで動かないんだ! おい、起きてくれマー! おいってば!」
「ひとつの命の対価は、ひとつの命だ」
 氷のような声が降る。
 ぐしゃぐしゃになった顔に、ステラは怒りを足した。
「なんだよそれ」
 名残惜しく、手を離す。心がばらばらになりそうだった。
「オレにはむずかしいことはわかんないけど、そんなの違うってのはわかる!」
 滑るように走った。途中で武器を構える。
 強烈な一撃はしかし不可視の壁に阻まれ、ステラの体が吹き飛ばされた。
「マーはオレにごはんをくれるし、オレの服も洗ってくれる。毛だってよくなでてくれる。でもマーは、オレになんにも無理やりさせたりしなかった!」
 ニュクスを両断しようとする。また防がれるされた。
「けいやくってのをしたのは、はじまりは、仕方なくだった」
 闇の王の目は冷たく、しかし無感動ではないのが感じとれる。
「だけど、ついていくって決めたのはオレ自身だ! マーにたくさんしてもらって、それをもっとたくさん役に立って返したいって願ってるのは、オレ自身なんだ!」
 ついに不可視の壁が破れた。
「もらうものが多すぎて、まだちっとも返せちゃいないんだ」
 刃が、守護天使に。
「だからマーを! もっていくな!」
 届く――寸前。

 空中でひねられて転がされたステラが花群に落ちる。
「ステラ……。大丈夫ですか……?」
「マー!?」
 体を起こしたリンファにステラが飛びついた。
 どうにか受けとめたリンファは素早く目蓋を上下させる。
「よがっだぁっ」
「……あまり状況は飲みこめていませんが、どうやら心配させてしまったようですね」
 ステラの髪を梳くように撫でたリンファが、ひゃっと悲鳴を上げた。
「ちょっと……! 甘噛みは、だめですって……っ!」
「うぅぅぅ」
 周囲にはニュクスから解放された浄化師たちがいるのだが、ステラはお構いなしに耳や首を噛んでくる。
「ステラ……っ!」
 無理に引き剥がすこともできず、リンファは慌てて少女を制止した。

(私も返せていない。白花を褒める間すらなかった)


 衝撃が文字通り体を貫く。
 驚く【ヨナ・ミューエ】の顔を視界の端に映しながら、【ベルトルド・レーヴェ】は一種の感慨を覚えた。
 自分は身を挺してまで、ヨナを守る性格だったか。
 ただ、己の目の前で大事なものを失うのはもう二度とごめんだと思って、気づけば体が動いていた。
「ベルトルド、さん……?」
「無事か?」
 脱力して座りこんだヨナが呆然と頷く。
「ならいい」
「うそ、待って……」
 悪いが待てないらしい。
 胸の内で謝り、ベルトルドは意識を手放す。
「ねぇ、目を開けてくださいよ」
 震える手を伸ばした。ベルトルドの手に触れ、毛を撫でる。
「待って、こんなの、嘘……」
 守護天使がこちらに向かって攻撃してきた。闇の中に閉じこめて、確かな殺意を以て一撃を放ち、彼は前にいたヨナを引き戻して庇った。
「どうして……」
 彼の血が指に触れる。
「ひとつの命の代償は、ひとつの命だ」
「……それ、は。つまり、……私の命を差し出せば、彼を助けて、もらえる……?」
 首肯すらされない。だが誤認ではないはずだ。
 それでいいから早くしてと動きかけた唇に歯を立てた。言葉をのみこむ。
「いいえ」
 深く息を吸い、吐き出した。
「いいえ。それはできません。命はそのように扱えない。命とは、受け継ぐこと」
 自我を失った守護天使を、毅然と見る。
「それに、私がそうしたと知れば、彼は……きっと、怒ります」
 赤く濡れていない方の手を、差し伸べた。
「素敵な場所ですね。あの花が咲いたときのあなたの気持ちは、花を送った人の顔は、言葉は、きっとあたたかいものだったでしょう?」
 ニュクスの口が微かに開き、閉じられた。
「自分自身を手放したくないのなら。そんなときは手を出して、触れあうだけでいいの。ベルトルドさんが私にそうしてくれたように」
 震える膝を叱咤して、ヨナは立ち上がる。守護天使の手をとるために。
「人のためにこんなになるまで……。ありがとう、ごめんなさい」
 慎重に一歩、近づいた。
 手段でも言葉でも、拒絶されない。さらにもう一歩。
「守護天使ニュクス。さぁ、手を。あなたはそこにある。……願わくは、その足元に咲き誇るあなたと、あなたの『花』を思い出せますよう」

 触れあう寸前、景色が切り替わった。
 白花が夜風に揺れている。
「ヨナ……?」
「ベ、ル……っ!」
 起き上がったベルトルドが自身とヨナとニュクスを見比べた。致死の傷は癒えている。
 限界だった。
「ヨナ、おい……」
 腰から落ちるように座り、泣き始めたヨナにベルトルドは駆け寄る。
「もう大丈夫だ。だから泣くな」
「しん……っ、しんぱい、して、しんじゃうって、うそって……っ」
 我慢と緊張の糸が切れてしまったヨナを、ベルトルドはやや困った顔でぎこちなく撫でた。

(忘れたくなかった。お前のことを永遠に覚えていたかった)


 ずっと悩んでいた。
 緊張をほぐしなよと、パートナーにへらりと笑われてからも。ニュクスと対峙してからも。
 報告書越しに知った世界の真実に。信仰心に変わりはなく、あってはならないと自戒しながら。
 なにが正しいのか。思考は肉体が闇に囚われた途端に断ち切られ、
「カリア!」
 体が動いたことに【ニオ・ハスター】は感謝する。
 衝撃はあった。痛みはほとんどなかった。【カリア・クラルテ】が倒れたニオを無表情で見下ろす。
 珍しいと素直に驚いた。消えていく意識の中で、微かに笑う。
 願う。
「いきろ」
「……ニオくん?」
 不思議そうな声で呼び、カリアは屈む。ニオの頬をつついた。
「なにしてるの。ねぇ?」
 動かない。やめろとも言われない。ニオから流れた血がカリアの靴の先に至る。
 ゆっくりとカリアは顔を上げた。闇の中に浮く守護天使を睨む。
「あんた、なにしてんだよ」
 闇の王は口をつぐんでいた。吹き上がった感情に意識がついて行かず、カリアは眩暈を覚える。
 奥歯を噛み締めて堪え、軋るような声を上げた。
「ねぇ返してよ。ニオを返せよ」
「ひとつの命には、ひとつの代償が必要だ」
「……代償?」
 淡々と返された言葉に、すっとカリアの血の気が引く。思考が白くなる。
 それはつまり、カリアが犠牲になるならニオを生き返らせるということだ。カリアの視線がニオに向く。
 ぴくりともしない。血も吐かない。糸が切れた人形のように、血だまりに伏している。
 もう二度と、一緒に大聖堂に行くことだってできない。
 ひゅ、と息を吸った。
 自分の命を選ぶ。いつものように。死にたくないから。ずっとそうして生きてきたから。じゃあいいや、なんて笑ってこの場を終わらせる。
「おれは……」
 笑いたくなった。
 とうに出ていた結論に。あんなことを言っておいてと思いながらも、納得してしまっている自分に。
「おれの指(いのち)、やるよ。役立たずになったら処分されるし」
 こんなにも素直に、選べる。
「でもニオくんは違う。死んじゃダメ」
 ニオを。なんだかんだ真っ直ぐで、眩しいあの子を。
「おれを信じてくれたひと。今度こそ、見捨てたくないから」
 へらりと笑う。

 瞬く間に景色が変わっていた。
 夜闇の中に白い花が咲いている。自分は死んでいなくて、ニオは花の中で寝息を立てていた。すぐに目覚めるだろう。
「……生きてる」
 疲れが押し寄せて、カリアもニオの隣に寝転ぶ。守護天使の視線を感じた。
「人が憎いの?」
 沈黙。
「だったらなんであんた、ずっとここにいるんだよ」
 悩むような気配。
「ここに大事なものがあるんじゃないの。これだけは失くしたくないって思ったものが、あるんだろ」
 カリアは短い笑声をこぼす。
 目を覚ましたのは、ニオだけではなさそうだ。

(思い出した。……セレナーデ、私に花を与えた子ども)


君の名でこの花を呼ぶ
(執筆:あいきとうか GM)



*** 活躍者 ***

  • ヨナ・ミューエ
    私は私の信じる道を
  • ベルトルド・レーヴェ
    行くか

ヨナ・ミューエ
女性 / エレメンツ / 狂信者
ベルトルド・レーヴェ
男性 / ライカンスロープ / 断罪者




作戦掲示板

[1] エノク・アゼル 2020/03/15-00:00

ここは、本指令の作戦会議などを行う場だ。
まずは、参加する仲間へ挨拶し、コミュニケーションを取るのが良いだろう。