~ プロローグ ~ |
「ひ、ひぃい!」 |
~ 解説 ~ |
【目的】 |
~ ゲームマスターより ~ |
上記及びプロローグの内容より推察。以下の可能性から二つを選び対応(参加人数を半分に分け、一つずつ担当する) |
◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇ |
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エルヴィス卿の遺体……額と掌に擦ったような痕があったそうです もがき苦しんだ時についた傷と考えていましたが、どうも違う気がします 貴方なら何か、心当たりがあるのではないでしょうか?デニファス元班長 私達は2を担当、格子の内側で監視します 例えば虫や小動物という形もありなら脅威的です。一つとて見過ごさぬようにします (……?この音、どこかで聞いたような?) (確か……そうだ。邸宅の一件が終わった時、どこか妙な気配を感じて……) 2の相手なら封壺によって手早く封じましょう 3の該当存在なら……動きを止め襲撃の阻害を重点に攻撃します いざという時はデニファスを庇います ましてやパートナーの前で悲劇など起こさせはしません |
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2 中で警護 ヨナ 今回の話を聞いて内心安堵さえ覚えてしまう自分が悔しい あの時 あの瞬間 理性の欠片もなく 感情に任せた 己の未熟さに苦い思いで自身の手を見やりぎゅうと握る あのような事は 二度と デニファスの相手は決してせず ほんの些細な魔力の変化も見逃さないよう魔力感知に集中 どこから来る…? 感覚をもっと 深く鋭く… 喰人 デニファスが煩いようなら少し黙っていてくれないかと指を鳴らしながら釘を刺し 魔力感知の邪魔しないよう自身も集中しながら待機 天姫の様子も気になる エルヴィス卿とは無関係らしいが それにしても奇妙な関係だ 天姫の献身さを見れば取り込むのも容易かろうに 何故デニファスは天姫を遠ざけた どちらかといえば天姫の動きに注視 |
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これだけ沢山の警備を潜り抜けて どうしてこんなことが…? シリウスの言葉に首を傾げる …そうね まずはデニファスさんを守らないと どうぞよろしくお願いします 何かありましたら教えてください 天姫さんにぺこりと挨拶 護衛の手順等確認しながら …デニファスさん 天姫さんから見たらどんな方ですか? 相手が傷ついた風なら質問を撤回 ごめんなさい 無神経でした 3を担当 配置につく前にデニファスさんを含め 皆に浄化結界 格子外側で敵襲に備える 敵が現れれば魔術真名詠唱 禹歩七星を仲間に付与 あなたはいったい誰 どうしてこんなことをするの 回復や鬼門封印をかけながら 正体を探る デニファスさんへの攻撃は盾に 相手がいれば捕縛の方向 真相究明を |
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はー…なんかきな臭いわねぇ まぁお仕事だもの、きちんとしなきゃね! 担当:3 警備前に光帝やデニファスに軽く話を 心当たりがあるか、そのほかに以前に類似した事件がなかったかどうか べっつにあんた(デニファス)が苦しんで死のうが あたし個人としてはどーでもいいけどさ まぁほら、私刑って横行するのはよくないじゃない? 知ってたなら話せ、知らないならこれでおしまい 警備は外にて 外敵を確認次第警戒、魔術や攻撃等の動作が見えた場合はエッジスラスト あくまで捕縛が目的、通常攻撃はなるべく峰打ちで 何が目的か分からないけどさ はい殺して終了ってわけにはいかないのよ! せめてちゃんと法の裁きを受けさせてからにしなさい! |
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2 使役担当 格子の内側でデニファスの警備 ずいぶん恨まれているみたいね それとも口封じかしら デニファスに心当たりが無さそうなら質問等は他の仲間に任せて警備に専念 魔力感知も使用して常に周囲に注意を払う 使役が現れたら、デニファスを庇える位置に 使役に近づかれたら武器で弾く等してデニファスから遠ざけ 余裕をもってから封壺を使用 もし3だったら、魔術真名詠唱 格子に近づいてきた奴を迎え撃つ 格子の隙間から武器を刺して攻撃 中に入られたらスポットライトで引き付け、戦踏乱舞で支援 天姫の動向にも注意する デニファスのパートナーらしいけど、今回のこととか、ゴドメス達とのこと、どう思っているのかしら…? |
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セルシアちゃん、カレナちゃんに、酷い事をした人達 だけど、だからって、裁きを待たずに殺されてしまう、なんて… 罪を償って貰う為に、守ります… 誰かが、勝手にしていい命なんて、ないのです、から… 天姫さんには事前に挨拶を 元とは言え、パートナーだったのですし、傍にいてあげて、ください 3の可能性を担当 クリスと一緒に檻の外側で警戒にあたります ウィッチコンタクトの力で辺りの魔力を探ります せめて、どこから魔力が来るのか、判れば… 外で戦闘になった場合は禁符の陣で敵の足止めを 中には入れさせません 鬼門封印での支援と天恩天賜での回復を中心に動きます 他の可能性だった場合はそちらを支援するように あなたは、誰 どうして、こんな… |
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幽閉されても捜査の為に囮にされるとは 班長殿はお忙しい身分なこって おっと「元」班長殿だったか? 皮肉はこの辺で ドクターが威嚇中の猫みたいになってるしな ドクターと共に実存在の可能性を探る とりあえず警備をしていた人間への聞き込みをする 被害者が出た時間帯に共通する項目を探し出すためだ 直接的な目撃は無いだろうが、犯行時間の前後に変わったことはあるかもしれん 些細なことでもいいから見つけよう 警備は檻の外で行う 相手がいるのかいないのか分からんが、命中は最大限に上げておくか… 攻撃が効かないようなら黒炎解放で賊の防御を下げてやる デニファスに攻撃が飛ぶなら庇う 死霊の石で一撃死は腕を代償に免れられるしな |
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>目的 デニファスを守りきる エルヴィス卿の関わった事件について 語る人がいなくなっては困るから 誰が何のために こんなことをしたのか 手がかりが見つけられたらいいんだけど >事前 他の被害者がいた牢も調べ 魔力感知 何か共通点等ないか調べたい 気付いたことは仲間に周知 >2対応 格子の中側 死霊や使役の警戒を リ:魔力感知も使いながら 不測の事態に備える 他の魔力感知を使う人と分担 抜けのないよう 何かわかれば周知 デニファスを守る 封印にむけ仲間と連携 セ:ペンタクルシールドを展開 デニファスを守りながら敵襲に備える もし使役や死霊が現れれば デニファスの盾をしながら「封壺」 選択肢以外が原因なら セラはシールド張りながら護衛 リューイは攻撃 |
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~ リザルトノベル ~ |
「ん? あの夜、何があったか……かい?」 問いを受けた壮年の浄化師が、手にしていたコーヒーを置く。かの事件の時、番をしていた彼。記憶を巡らす様に、宙を仰ぐ。 「上の方にも話したけどね。何もなかった。本当に、何もなかったよ。足音も、気配も。息遣い、気の流れ、魔力の波動。何にもだ。相方が、そう言うの得意なんだがな。随分と、落ち込まれたよ」 それでも何かと食い下がると、また少し思案。やがて、ふと目を開ける。 「そう言えば、音がしたな」 音? 「ああ、『羽音』だ。丑三つも過ぎた頃に、パタタ……とね。こんな場所で? と思って見たら、何もいなかった。小鳥か、蛾の大きいのが迷い込んだんだろうと思ってたんだが……」 それだけだ、と頷く彼。礼を言い、立ち去ろうとすると呼び止められた。 「君達、デニファスの護衛に志願したんだってな。今度の案件、どうにも得体が知れない。ヤバいと思ったら、迷わず逃げろよ。いくら重要な参考人でも……」 親し気な声が、冷たく下す。 「命をかけてまで生かす価値なんて、ない男だ」 そして、彼は苦いコーヒーを飲み干した。 「お待たせしました」 魔術学園。過去の事件の資料が収められる場。書籍を抱えた司書が、小走りで来る。 「『タナトス』に関する資料は、これで全部です」 卓上に積まれた資料。数は多いが、量が少ない。件数は多けれど、得られている情報は僅かと言う事。それでも、ないよりはマシ。分担して、ページをめくる。一番目に付いたのは、被害者達の顔写真。やはり、数が多い。浄化師。一般人。貴族。政治家。男。女。老人。若者。素人もいれば、手練もいる。殺害場所は、牢獄の他。路上。宿屋。そして自宅の寝室。一見、まるで見境がない。けれど、一つ。たった一つだけ、共通点。 被害者は皆、『罪人』。 重き罪を犯し。顧みず。罪に身を染め続けた。そんな輩達。 遡れば、最初の事件は十年前。タナトスは、その頃から稼働していた。手口を、変える事なく。 十年。それだけの時があれば、人ならば。生物ならば。変わる。技術は洗練され。身体は衰え。変化して然りの、手口。それが、変わらない。延々と。淡々と。 まるで、作業を繰り返す機械の様に。 「あの……」 おずおずと聞こえた声に、顔を上げる。 先の司書が、見ていた。 「今度の事件の事を、調べてらっしゃるんですよね?」 恐る恐る、言う。 「その、タナトスって……放っておいちゃ、駄目なんですか?」 思いもしない言葉。バツが悪そうな、顔。 「殺されてるのって、悪人ですよ? それも、生前は上手く逃れてて、死んで初めて発覚したって言うパターンばかり……。エルヴィス卿だって、そんなだったし……」 少し躊躇って、言った。 「生きてちゃ駄目な人間て、いるじゃないですか?」 気怠い午後の書室。窓の外で、小鳥が鳴いた。 魔術錠が解除された扉が開く。狭い独房。肌寒いこの薄闇の中で、彼らは絶えた。看取られる事も。惜しまれる事もなく。憐憫の情は、ない。犯した、罪過を思えば。 冷えた空気の中、漂う鉄錆の匂い。床に残る、血の跡。視線を逸らし、巡らせる。ウィッチ・コンタクトによる、魔力探知。感じるのは、取り囲む無数の魔力の流れ。本部を。監獄を守る、多重結界。防御魔法。抜ける事は、容易ではない。実体があろうと。なかろうと。けれど、タナトスと言う存在は、それを成した。いとも、容易く。 視線を部屋の宙へ。微かに舞う、魔力残滓。微量。希薄。 存在の隠蔽。結界の突破。人一人の、殺害。それだけの事を、立て続けに成したと言うのに。もっと、明確な痕跡が残って然るべきなのに。 そこまで考えて、ふと思い当たる。 本当にこの残滓は、術によるモノなのか。 もしこれが、存在そのものによるモノだったら? 生物が、生命活動において二酸化炭素を排出する様に。 存在の証として、残されたモノだとしたら? 「あんまり、根を詰めなくてもいいんじゃないすか?」 思考の途中でかけられた声。振り向くと、戸口に立った看守が怠そうな眼差しで見ていた。 「面倒が減って、良かったと思ってんですがね。飯食わせる意味もないでしょ?」 吐き捨てる。唾棄する様に。 「あんな、ゴミ共」 感じた安堵は、罪だろうか。 「調べられる事は調べたのですが……」 闇に沈んでいた霊安室に、光が灯る。浮かび上がった台の上に横たわるのは。小太りの遺体。 「こちらが、解剖時の画像です」 渡されたそれに、表情が曇る。 「心臓が、痕跡も残さないレベルで融解しています。外部に目立った損傷は皆無です。呪殺にしても、こんな状態になるモノは記憶にも記録にもありません」 遺体に近づき、手を伸ばす。触れるのは、解剖痕。魔力探知で、内部を探る。 何も、感じない。 それはむしろ、不自然な事。これだけの人体破壊を、凶器の使用もなく行う事など出来る筈もない。 「誰かが、新しい術式でも開発したのでしょうか?」 それも、ない。 どんな未知の術式であれ、魔術である以上魔力の使用は絶対。残滓は、残る。それがないという事は、『魔術ではない』。 では、何か。 物理的攻撃でもなく。 魔術的干渉でもなく。 これだけの破壊を、起こす手段。 「それにしても、酷い表情です。余程苦しんだのか、恐ろしい目にあったのか。まあ、どちらにしろ……」 遺体を見下ろしていた検死員が、呟く。 「自業自得としか、言えないですがね」 チラリと見る。視線が、合った。 「すいません。医療従事者として、あるまじき発言でした」 謝罪する声に、後悔の気配はなかった。 ◆ 夜が、来る。 ゆっくり。 ゆっくり。 夜が、落ちる。 ◆ 「幽閉されても捜査の為に囮にされるとは。班長殿はお忙しい身分なこって。おっと『元』班長殿だったか?」 『ショーン・ハイド』の皮肉に、部屋の真ん中で椅子に拘束された『デニファス・マモン』は憎々し気な顔を向ける。 「黙れ、ヨセフの犬が……。それと、そこの雌猫を黙らせろ。喧しくて敵わん」 睨む先には、文字通り猫の如く牙を剥いて唸る『レオノル・ペリエ』。 「がるるるる……いくらアンデッドが頑丈とは言え、ショーンを傷付けた罪は重いよ! カレナちゃん達にした事も、許してないからねっ! フシャーーーッ! 囮で使われるだけありがたく思え! がるるる……!」 敵意剥き出しの彼女から目を逸らすと、デニファスは自分を囲む面々を見回す。 「ふん。どいつもこいつも……。どんな餌を貰ったものやら……」 「あんたには言われたくないわねぇ。この権力の犬!」 ジト目で睨み返しながら詰め寄る、『ラニ・シェルロワ』。 「べっつに、あんたが苦しんで死のうが、あたし個人としてはどーでもいいけどさ。まぁほら、私刑って横行するのはよくないじゃない? 知ってたなら、話せ。知らないなら、これでおしまい」 「正直、ゴドメスは殺されたのは自業自得な気もするけど……」 フン、と鼻を鳴らすラニの隣りに進み出る『クリストフ・フォンシラー』。 「俺達の苦労を水の泡にしてくれた礼はしないとね。その為にも、デニファス……」 眼鏡の奥の眼差しが、冷たく細まる。 「知ってる事を、洗いざらい吐いて貰おうか」 目を逸らそうとするデニファスの頭を掴み、前を向かせる。 「お前だって、命は惜しいだろ? 犯人に、心当たりは?」 しばしの間。皆の視線が、集中する。 「く……くく……」 クリストフを見上げていたデニファスの口から、笑いが漏れる。 「言う訳が、ないだろう?」 「……死ぬ事に、なってもかい?」 脅し付ける様に、低い声。けれど、デニファスは笑んだまま。まるで、泣きそうな顔で。 「……言えば、私は確実に死ぬ。言わなければ、万に一つの可能性がある。何処に、選択の余地がある?」 「言えば、必ず守ると言っても?」 『タオ・リンファ』の言葉。けれど、望む答えは返らない。 「無理だ」 「何故?」 「お前達では、何も出来ん」 断言する。怪訝な顔をする、タオ。 「皆、高スケールベリアルの討伐経験がある、手練です。加えて、黒炎魔喰器の使い手も複数。例え、スケール4クラスが相手だとしても……」 「……殺せるのか?」 「え?」 デニファスが、見上げていた。血走った、眼差しで。 「お前達は、『死』を殺せるのか?」 「……どう言う、意味ですか?」 「言ったままだ。経験やら黒炎やらで、お前達は『死』を殺せるのか?」 『死』を、殺す? 意味が、分からない。沈黙する皆を見回して、デニファスは笑う。嘲る様に。絶望する様に。『無理だろう?』とだけ言って。 「……質問を、変えます」 同じ問いを続けても、無駄と悟ったのだろう。溜息つきつき、タオが言う。 「エルヴィス卿の遺体……額と掌に擦ったような痕があったそうです。もがき苦しんだ時についた傷とも思いましたが、どうも違う気がします。何か、心当たりがあるのではないでしょうか? デニファス元班長」 「……見たくは、ないだろう?」 「?」 「目の前で手招きする『死』、なんてな……」 それだけ言うと、デニファスは深く息を吐く。話す事はもうないと、言う様に。 「……やはり、話してはくださらないのですね……」 チリンと鳴る、鈴の音。同時に聞こえて来た物静かな声に、デニファスの肩がビクリと震えた。 「……この状況であれば……と思ったのですが……」 立っていたのは、教団制服の上に、黒白が奇妙に絡み合った意匠の唐衣を纏った女性。足首まで伸ばした濡れ羽色の髪が揺れる度、飾る鈴櫛が微かに鳴く。 「……哀しい事です……。デニファス様……」 「……天姫……」 かつてのパートナーである筈の自分を、怯えた様な眼差しで見るデニファス。彼を、像を結ばぬ瞳で見下ろし、『光帝・天姫(みつかど・あき)』は寂しそうに。本当に寂しそうに顔を伏せた。 ◆ 「ずいぶん恨まれているみたいね。それとも口封じかしら?」 「亡霊達を使ってかなりの殺しをやっていたらしいし、他にも繋がっていた気配がある。どちらの可能性も、在りだろうな」 尋問は皆に任せて魔力探知をする『リコリス・ラディアータ』。彼女の邪魔をしない様に、『トール・フォルクス』は囁く様に言う。 「屋敷にいた奴ら全員か……。ゴドメス以外は、それなりの腕がある奴らだった。それを、一方的に。一体、どんな奴が……?」 「それを知るためにも、この件は突き止めなきゃね」 「ああ……」 リコリスの言葉に頷きながら、チラリと後ろを見る。 「デニファス(あいつ)を守りながらと言うのは、正直気は進まないがな……」 昏い表情で拘束されている、かつての上司。その惨めな姿に、溜息をつく。 (……浄化師が皆、使命と理想に燃えている訳じゃないのは分かってたつもりだが……) 染み込む闇を払う様に、彼は瞳を逸らした。 「どうぞ、よろしくお願いします」 目の前の天姫にペコリと挨拶する、『リチェルカーレ・リモージュ』。 「こちらこそ、よろしくお願いいたします」 微笑んで、お辞儀を返す天姫。その目が、己を捉えていない事に気づく。 「天姫さん、目が……?」 「はい。生まれつき、この様な有様でして……」 「す、すいません……」 思わず、謝る。何か、とても失礼な事をした様な気がして。けれど、天姫は変わらず微笑んだまま。 「大丈夫ですよ。貴女の中に、悪意がない事は分かりますので」 「え……?」 ポカンとするリチェルカーレの前で、己の目を示す。 「この眼は確かに光を映しませんが……代わりに別なモノを、視る事が出来ますので……」 「別な、モノ?」 「はい」 その顔は、何処までも穏やか。 「お噂通り、お優しい方なのですね。リチェルカーレ様」 酷く嬉しそうに、天姫は言った。 背後で、彼の息遣いが聞こえる。 あの邸宅の中に満ちていた、悪意。思い出す、かの者の今際の顔。振り払う様に。見ない様に。 今回の件で、安堵さえ覚える自分。それを忌みながら、『ヨナ・ミューエ』はぎゅうと手を握った。 ――そう。あんな事は、もう二度と。 魔力探知に集中していると、ふと隣の『ベルトルド・レーヴェ』の様子が目に入った。 彼は見ていた。悟られない様に。けれど、確かに。『彼女』の、事を。声を潜め、問う。 「……天姫さんが、何か?」 「どうも、気になってな」 視線を離す事なく、言う。 「……エルヴィス卿とは無関係らしいが……。奇妙だ。天姫(彼女)の様子から察するに、人心の掌握に長けたデニファスならば取り込むのも容易いタイプに思える。内部協力者なら、多いに越した事はない筈。なのに、何故デニファス(奴)は彼女を遠ざけた?」 言われてみれば……。 目を向ける。リチェルカーレや、『アリシア・ムーンライト』と話す天姫。穏やかな笑顔。それが、仮面に彫り込まれた造物の様に見えてくる。と、その時。 クルリ。 唐突に、天姫の顔がこちらを向いた。 ニコリと、笑む。 得体の知れない怖気が走り、ヨナは思わず顔を背けた。 「そろそろ、犯行があった時間だ。皆、持ち場へ」 時計を見た『シリウス・セイアッド』の言葉に、皆が動く。半分はデニファスが居る檻の外。残り半分は、中に入って警備をする。デニファスの逃亡対策と、敵が何処に現れても対処出来る様にとの布陣。 「元とは言え、パートナーだったのですし。傍にいてあげて、ください」 「……はい」 アリシアに礼を言い、天姫が檻の中に入る。陰陽師である彼女は、回復の役も兼ねて檻内部の班。踏み込んだ時、投げつけられる声。 「近づくな」 足が、止まる。 「いつも言っているだろう。貴様の目は、気味が悪い。離れていろ」 「ちょっと! 何よ、その態度!!」 あまりの言い草に憤るラニを、天姫が宥める。『大丈夫ですから』と。 見ていたクリストフが、呆れた様に溜息をついた。 「……君、別れて正解だったんじゃない?」 「どうなので……しょうね……」 苦笑する顔は、とても寂し気で。 「……アンタ……本当に、大丈夫か?」 気遣う『ラス・シェルレイ』に、天姫はか細く『はい』と返した。 「カレナさん達に貴方がした事を思うと不本意ですが、護衛をします」 デニファスの前に立った『セシリア・ブルー』が、冷ややかな眼差しで見下ろす。 「良かったですね。デニファス『元』班長。こんなに沢山の人に守られるなんて、一生に一度の経験ですよ」 感情のない、棒読みの様な声音。顔は、笑顔。完璧な程に。賢しい彼女。激情を誘い、情報を引き出すつもり。けれど、デニファスも心理戦は心得ている。火花散らす二人の横では、『リューイ・ウィンダリア』が天姫に語りかけていた。 「光帝さんは、魔力感知に優れていると聞きました」 「はい。エレメンツ(貴方方)程ではありませんが、術は心得ております」 頷く天姫。リューイは、言う。苦しげに。けれど、ハッキリと。 「……僕は、僕達は……あの人が好きではありません……。だけど、ちゃんと守りたいと思っています」 真っ直ぐに見上げる瞳。光のない瞳が、受け止める。 「どうか、力を貸してください」 しばしの間。天姫が、クスリと笑う。 「ああ、綺麗ですね……」 「……?」 「貴方も、他の方々と同じ。とても。とても、綺麗……」 するりと伸びる手。細い指が、少年の頬を撫でる。酷く、愛しげに。 「大丈夫ですよ……」 琴の音の様な声が、唱う。 「デニファス様は、やつがれの片羽。守る事に、何の異論がございましょうか」 屈む、天姫。流れる艶髪。甘い香りが、鼻をくすぐる。 「助力を仰ぐは、此方の方……」 薄桜色の唇が、リューイの額に軽く当たる。 「どうぞ、お力添えを。リューイ様……」 硬直する少年にそう願い、天姫は眼差しを細めた。 「……さっきの話、確かか?」 「はい」 檻の外に立つシリウスが、背中合わせで内に立つタオに問う。 「俺も聞いた。事件があった夜、確かに何かの『羽音』が聞こえたと」 「ならば、私とシリウスさんを入れて三人……。偶然と言うには、些か出来過ぎですね……」 ショーンの報告に、考え込むタオ。 「羽音……となると、鳥か蝙蝠? 式神、でしょうか?」 「確かに式神なら構築によって結界を抜ける仕様にも出来るかもしれんが、話から察するに相当小さいぞ? そのサイズに、複数の抗魔術式と強力な人体破壊式。組み込めるか?」 「不可能ではないでしょうが……かなり高度な技術が必要かと」 「構築技術なんて、どうでもいい」 悩む二人に、シリウスが言う。 「どんな代物だろうと、式神ならば封壺(ふうこ)で捕えられる」 示すのは、タオがはめた指輪。『封壺』と言う、魔術道具。式神の類を、無条件で封印する効果を持つ。 「呪殺なら、反衝(はんしょう)が弾く」 天姫。その胸に下がる、丸鏡。『反衝』。あらゆる魔術・魔法を弾き返す。 「そして、何かが特攻してくるのなら、俺達が……」 シリウスが握る蒼剣アステリオスが、静かに鳴る。 「確かに、抜けはないと思いますが……」 「最後のは、あまり歓迎したくないけどね」 歩いてきたレオノルが、周囲を見回しながら割り込む。 「これだけの障害を、何の痕跡も残さず抜けてくる様な奴だよ。多分、とんでもなく強い」 「確かにそうですが。まあ、こういうモノも用意してあります。多少の不安は想定の内と言う事で」 「私としては、『ソレ』も気に食わないんだけどなぁ」 ショーンが上げてみせた左腕。はめられた紫珠のブレスレットを睨む、レオノル。 『死霊の石』。即死系の攻撃を受けた際、腕一本を犠牲にする事で命を留める魔術道具。 「好きじゃないよ。こういう、身を削る手は」 ジト目で睨むレオノルに、バツが悪そうに微笑むショーン。 「あくまで、念のためです。やすやす許す程、甘くはありませんよ。ドクター」 「でもさぁ……って、どうしたの? ステラちゃん」 視線の先には、異様に張り詰めた様子の『ステラ・ノーチェイン』。紫の髪をざわめかせ、落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回している。 「夜になってから、こんな調子で……。いつもはこんな事、ないのですが」 困った様に首を傾げるタオ。レオノルが、問う。 「どうしたのかな? ひょっとして、デニファスの奴が嫌なの?」 首を振る、ステラ。 「あいつは悪いヤツ。嫌いだ。だけど、そうじゃない」 「?」 「なんか、嫌だ。ザワザワする。ずっと前、ヘビに咬まれて死にかけたときみたいだ」 皆が顔を見合わせた、その時。 パタタ。 音がした。微かな。本当に、微かな音が。 タオが、固まる。 そう。この音だ。自分が、あの時聞いた、『羽音』は。 振り仰ぐ。 仄明るい、魔術灯の光。その中を、一匹の蝶が飛んでいた。 小指程の大きさ。夜色の羽。彩る、青燐の模様。 見た事もない、妖しく、儚く、美しい蝶。 こんな地下の個室に? 厳重に隔離された場所に? 何故? どうやって? 夢幻の様に、妖しく舞う姿。麻痺する思考。見つめる先で。 ユラリ。 蝶の輪郭が、振れた。スルリと舞い出る、もう一つ。 (……え……?) 増えた蝶。増える。また一つ。もう一つ。そして、一つ。 「え、え……?」 増えていく。蝶が分かれ。それが分かれ。次々と分かれ。 瞬く間に。夢の如くに。悪夢の、様に。 増えていく。染みていく。侵していく。 部屋を。空気を。世界を。意識を。 黒い。黒い。黒い、蝶が。 「何よ!? これ!!」 「普通じゃないぞ!」 「慌てちゃ駄目だ! 体勢を!」 気づいた皆が、叫ぶ。叫ぶ間にも、蝶は増えていく。延々と。世の光を、蝕む様に。 「これは……」 「アリシア……?」 見上げるアリシアが、気づく。小さな羽から溢れる、微量の魔力。象る、青燐の紋。 「まさか……」 行き着いた答え。戦慄く。 「この、蝶……一匹一匹が、召喚式……?」 「な……!」 クリストフが息を飲んだその時。 「うわぁああああああ!!」 響き渡る、絶叫。振り返る。 デニファスが、叫んでいた。 血走った目を見開き。縛られた身体をガタガタと揺らして。 「来たぞ! 来たぞ! 来たぞぉ!!」 普段の彼からは、想像も出来ない狂乱。 「連れに来た! 私を! 皆の様に! 奴らの様にぃ!!」 叫ぶ。叫び続ける。 「『死』だ!」 まるでそれが、せめてもの抵抗だと言わんばかりに。 「『死神』だ!」 かの存在を、叫ぶ。 「『イザナミ』だぁあああ!!」 「……『イザナミ』……?」 ヨナが眉を潜めた、その時。 「見て!」 リコリスが叫んだ。彼女が指差す先で、起こる異変。 舞っていた、無数の蝶。集まり始める。一箇所に、固まる様に。結び始める、型。 黒衣の様に揺らぐ輪郭。 枯れ木の様に伸びる、六本の細い腕。 ズルリと浮かび上がり、掲げられるのは、白色無地の仮面。 ボゥと広がる、荒れ髪の様な青白い燐火。 無地の仮面の上を青燐が這い、単眼の模様を描き出す。 リィイイイイイイイ……。 鳴り響く、鈴虫の様な音。 異形。 黒衣の中に青燐の紋を蠢かす、異形の人型。 白磁の面を彩る燐火が、表情を表す様に、クネクネと笑んだ。 「何、だ……? コイツは……」 汗で滑る斧を構え直すラスの後ろで、セシリアが沈黙したままの封壺を見る。 「反応しない……。使役の類じゃ、ない……」 「でも、『術』じゃないわね。どう見ても……」 リコリスの呟きに、トールも頷く。 「かと言って、ベリアルや使徒……まして、人でもない……」 「とゆー事は……」 「ああ……」 ラニの呟きに、頷くクリストフ。 「神……。八百万の神、か……」 リィイイイイイ……。 肯定する様に、『ソレ』が鳴った。 「なら!」 膠着を破って、飛び出す者が一人。 「シリウス!」 リチェルカーレの声に大丈夫と言う様に頷くと、シリウスは疾走する。すでに、浄化結界は付与済み。状態異常の心配はほぼない。禹歩七星によって強化された脚力で、一気に間合いを詰める。 反応は、ない。惚けた様に宙を仰いだまま、ユラユラ、ユラユラと佇む。 (どう言うつもりだ?) 不審には思ったが、すでに間合いは詰まっていた。反撃は、間に合わない。 「押し通す!」 閃くアステリオス。ソードバニッシュ。一撃は過たず、相手の身体へと吸い込まれ――。 何の手応えもなく、抜けた。 「何!?」 振り向くと、あったのは何の変わりもなく立つ、『ソレ』。否、変化はある。刃が走った痕は確かに断ち切られ、向こうの景色が見えている。けれど、それだけ。血も。肉も。臓物も。黒衣の切れ端さえも。ただ、蝶が舞う。青い燐が散り、舞い戻る。 それだけで、元通り。 「くっ!」 返す刃。心眼剣。 同じ事。手応えなく。ただ、蝶と燐が舞うだけ。 「この!」 「これで!」 突っ込むラニとラス。 叩き込む、エッジスラストと献魂一擲。ただただ虚しく、蝶が舞う。 「――っ!!」 「ん、だとぉ……!?」 絶句する二人を無視する様に、『ソレ』が動き出す。スルリ。スルリと。滑る様に。 「シアちゃん!」 「はい!」 二人の陰陽師が、鬼門封印と禁符の陣を放つ。絡まる束縛。けれど。 縛られた部分は解け、個となった蝶は木の葉の様に魔力の流れに乗ってすり抜ける。 「そんな……」 「こうやって、結界を……」 集まる蝶が、結ぶ。何事もなかった様に、進む。檻に。獲物に。デニファスに向かって。 「それなら!」 立ちはだかったクリストフが、ロキを振りかぶる。 「お前の力を示せ、ロキ!」 解号。ロキを彩る、漆黒の焔。双眼を黒い輝きで満たしたクリストフが、牙を剥いて吼える。 裁き。 切ったモノを焼き焦がす、ロキ。斬撃を受けた蝶が、燃え落ちる。 「やった!?」 身を乗り出す皆。けれど。 残った蝶が、羽ばたく。可動する、無数の召喚式。焼き滅ぼされた数を上回る数が、一瞬で舞い上がる。 「な……何よ、それ! 反則じゃん!」 喚くラニ。届く訳も、ない。 「駄目だ! 一匹でも残したら、そこからまた……!」 「ならば!」 唇を噛むレオノルの横で、ランキュヌを構えるショーン。 「ドクター! 魔力探知を!」 「!」 「群体と言うならば、何処かに核がいる筈です! それを落とせば!」 「分かった!」 探知を試みるレオノル。スコープを覗く、ショーン。 照準の向こうに、白いモノが見えた。 白磁の仮面。 『ソレ』が、見ていた。 青い燐光で描かれた単眼。それが、ショーンを見ていた。 合わさる、視線。 途端。 ボ ト リ。 「……え?」 奇妙な音。 見る。 落ちていた。 最初は、何か分からなかった。 少し。ほんの少し真っ白になって。気がついた。 腕だった。 ショーンの、左腕。 それが、肩口から丸ごと。枯葉の様に。 落ちていた。 「ぐ……お、ぁ……」 崩れ落ちるショーン。 一拍置いて溢れ出した鮮血が、みるみる衣装を染めていく。 「ショーン……。ショーン!!」 我に返ったレオノルが飛びつく。 「リチェちゃん!! シアちゃん!! 治癒を!! 早く!! 早く!!」 泣き出しそうな悲鳴。リチェルカーレとアリシアが、真っ青な顔で駆けつける。震える手で治癒を始める二人。レオノルは、考える。狂転しそうな思考。それを、懸命に奮い立たせて。 (何が起こった!? 何を、された!?) 苦悶する、ショーンの声。竦み上がる心臓。震える指を、血が滲む程に噛み締める。 (考えろ!! 考えろ!! 考えろ!! たどり着かなくちゃ、見つけなくちゃ!! じゃないと、じゃないと――) ――皆、殺される――。 頭を振り、恐怖を払う。跳ねる心臓を、押さえ込む。 長い年月。積み重ねた知識。掘り返す。必死に。ただ、必死に。 理由は明白。死霊の石が発動した。即死の攻撃。物理的なモノじゃない。所作も、気配も、微塵もなかった。魔法? 違う。あの瞬間、自分は魔力探知を全開にしていた。何らかの魔力流動があれば、気づく。どんなモノでも。どんなに、僅かでも。 なら、何? 物理でも。魔法でもなく。一撃で、死を付与する術。 何をしていた? あの時、『アレ』は何をしていた? そう。あの時、アレは――。 ――ショーンを、『見て』いた――。 はまった。 記憶の。知識の彼方。確かになぞったソレは、存在すらも虚ろな、神代の悪夢。 「『視線』だ!!」 叫ぶ。 皆に。 全ての仲間に、届く様に。 「見ちゃいけない!! 『ヤツ』の目を!! 『視線』を!! 合わせちゃいけない!! これは、これは――」 たどり着きたる、忌み語。それを、吐き出す。 「『邪視』だ!!」 紡いだ言の葉は、確かに届く。何処までも、悍ましい響きを持って。 ◆ 「邪視……?」 「まさ、か……」 魔術研究者である、ヨナとアリシアが戦慄する。 『邪視』。 世の何処かに存在すると言われる神性、『魔神』が有する災禍。 其は、『かの眼と視線を合わせた者は滅ぶ』と言う『理(ことわり)』。 法にあらず。術にあらず。技でもなく。直意の『理(ことわり)』。 日が東より昇る事。水が火を消す事。生きるモノは死せる事。それらと同じ、当然不可逆の決まり事。 防ぐ事は叶わない。覆す事も叶わない。抗う事自体、無意味。 敵うとすれば、理そのものを司る存在。 ――『神』。ただ、それのみ――。 「何よ……。それ……」 「何で、そんな化物が……」 愕然とする皆の中で、『ソレ』は佇む。リィイイイ。リィイイイ。と鳴りながら。 ユラリユラリと、佇む。 当然ある筈のショーンへの追撃すら、心無き様に。 滑る。 止まっていた『ソレ』が、動く。スルリスルリと、檻へと進む。 「不味い!」 「くっ!」 クリストフと、黒炎を開放したシリウスが追撃する。叩き込む攻撃。舞い飛ぶ蝶。意にも介さず、進む。 黒炎魔喰器とは言え、武器は武器。干渉出来なければ、意味はない。 「来ます!」 「フゥウウ――ッ!!」 蒼白の顔で叫ぶタオ。髪を逆立て、威嚇するステラ。 「くそ!」 弓を向けるトール。『駄目!』と飛びついたリコリスが、それを掴んで引き下ろす。 「見ちゃ駄目! 見ないで!」 「くっ!」 見る事で攻撃を成立させる悪魔祓い。視線を合わせると成立する邪視。相性が、悪い。 ヨナが、ナイトメアを放つ。視線を遮る、闇。僅かな。本当に僅かな、時間稼ぎ。 「他の術でも、駄目か?」 「エアースラストもオーパーツグラウンドも、結論は物理破壊です。見た所、陰気の持ち主の様ですが、恐らくライトレイ程度では……」 苦々しげに答える、ヨナ。右手にはめた竜哭を撫でながら、『やれやれ』と息をつくベルトルド。 「ままならないな。力を得ても、必ず上回る存在が現れる」 「せめて、蝶を一掃する術があれば……」 リィイイイ……。 見据える闇の向こうで、『ソレ』が鳴る。 背後で、耳障りな声が聞こえる。 喚いているのだ。彼が。無様に。外面もなく。 「全く!」 一閃。顔面に叩きつけた裏拳が、騒ぐデニファスを仰向けにひっくり返す。 「セ、セラ!?」 「キョロキョロされていては、邪魔です。少し、そうしていてください」 吃驚するリューイを他所に、澄ましてそんな事を言うセシリア。 「もう……。無茶、しないでよ」 「大丈夫。この程度でどうにかなる人じゃ、ないわ。それより……」 促す視線。格子のすぐ向こう。闇から舞い出す、蝶の群れ。あのまま、隙間を通り抜けて……。 「来るね……」 「ええ……」 双剣を構えるリューイ。手が、震える。 「呪詛返しで、弾けるかな?」 「多分、無理。呪いじゃなくて、理だから」 「ペンタクルシールドは?」 「駄目。視線は、通る」 「……参ったなぁ……」 苦笑い。セシリアも、笑い返す。 「援軍を、呼ぶ?」 提案する、魔術通信の使用。でも、リューイは首を振る。 「駄目だよ。人を呼んでも、対処出来ない。死ぬ人が、増えるだけだ」 「なら……」 そっと寄り添う、小さな身体。 「私が、守るわ」 「僕も、守る」 向ける、視線。格子を抜けた蝶達が、型を結ぶ。皆が攻撃を始めるが、結果は知れた事。ベルトルドの黒炎も。ヨナのライトレイも。止める事は叶わない。 リィイイイ。 リィイイイ。 昏い音を鳴らして、『ソレ』が来る。 最後の守りは、リューイとセシリア。 怖くないと言えば、嘘になる。絶対の死。身体は叫ぶ。逃げろと。全てを捨てて、逃げ出せと。 けど、選ばない。 守らなきゃならない、命がある。 汚くて。醜くて。どうしようもない存在かもしれないけれど。 確かな、命。 切り捨てて良い筈なんて、きっとない。 浄化師としての決意と。 人としての矜持。 それを支えに、二人は立つ。 絶対不変たる、死の前に。 「駄目だ!」 「リューイ! セシリア! 逃げなさい!!」 響く、トールとリコリスの声。死が立つ。二人の前に。ユラリユラリと、哂いながら。上向いた仮面。それが、落ちた時――。 チリン。 鈴が、鳴る。 「ああ。何と、美しい……」 彼女が。 囁く。 「あなた方は、死すべきではありません」 チリン。 鳴る。 「リューイ様。愛しき、方々」 チリン。 「天姫は。やつがれは」 鳴る。 「あなた方にこそ、殉じましょう」 チリン。 ――喰らえ――。 チリン。 ――貪れ――。 チリン。 ――噛み砕け――。 チ リ ン。 ――火雷大神(ほのいかづち)――。 途端、世界が弾けた。轟音。吹き飛ばされる、檻。誰かが上げた、悲鳴。かき消される。眩んだ視界。戻った、其処に居たのは。 長い艶髪を、幽鬼の様にざわめかせる天姫。周囲に浮かぶ、八つの昏い光。 額に符を頂く、八つの頭骨。牙獣の、首。ガチガチ。ガチガチ。牙を鳴らす。 牙が泣く度、漏れる黒炎。昏い眼窩、奔る黒雷。不吉に満ちる、硫黄の香。 伏した身を起こして、リコリスは言う。 「何よ……。コレ……」 ステラを抱いたタオ。戦慄きながら、呟く。 「まさか……黒炎魔喰器……?」 ヨナが、惑う。持っていた認識。あまりにも外れた、ソレ。 「これは……こんな……」 「ご無事の、様で」 リューイとセシリア。呆然と見上げる二人に微笑んで、天姫は言う。『今しばし』と。 部屋の中。弾かれ、散り散りになった蝶。 天姫が、呼びかける。 「アリシア様」 「え……?」 顔を上げるアリシア。 「『雷龍』を。出来るだけ」 願う、声。 「巻き込んで、しまいます故」 「!」 悪寒。軋む身体が、無意識に動く。 召喚された雷龍達が、皆を守る。見えない目で見届けて、天姫は囁く。 「クリストフ様が、教えてくださいました」 八つの獣骨が走る。舞う蝶達を、追う様に。 「あなた……」 チリン。鈴が、鳴る。 「燃えるの、ですね」 咆哮。 獣骨達が自ら噴き出した黒雷を纏い、巨大な光球へと姿を変える。 息を吞む、レオノル。 「球電……現象……!」 瞬間、再度の轟音。弾ける光球。爆風と共に、プラズマ化した大気が部屋を満たす。 軋む雷龍が、悲鳴を上げる。荒び猛る雷禍。浄化師達は、ただ耐える。愛しき者を抱き締め、想い人にすがり。無力な子供が、夜の嵐に震える様に。 永遠とも思える、刻。やがて。 「皆様」 彼女が、言う。 「終わり、ました」 顔を、上げる。あったのは、熱い空気。細かく弾ける、雷の残滓。溶け削れ、鏡面と化した部屋の壁。何事もなかった様に佇む、天姫の姿。 見回す。 蝶は、いない。一匹も。一片も。一切、残さず。 「やっちまった……」 「何で……こんな人が一般団員(ヒラ)なんてやってんのよ……?」 煤けた顔。抱き合った姿勢のまま、茫然と呟くラニとラス。 「天姫さん……貴女は……」 ヨナが、問おうとした時。 悲鳴が、響いた。 振り返る皆。そこには、殴り飛ばされて転がるリューイと、足を切り裂かれた上に、首を掴まれたセシリア。そして、彼女の首に短剣を突き付けるデニファスの姿。 「あいつ……!」 リコリスが呻く。先の混乱で彼女が落とした短剣。それを利用して、拘束を断った。 「はは、はははっ! そうか! やはり、そうなのだな!」 血走った目で、喚く。 「まだなのだ! 私は、まだ死ぬべき人間ではないのだ!!」 「セラを離せ!」 「黙れ!」 組み付こうとしたリューイの腹を蹴り飛ばす。咳き込む彼を踏みつけ、呼びかけるのは、背を向けた『彼女』。 「素晴らしい! 素晴らしいぞ! 天姫! 流石は、私のパートナーだ!!」 「貴様、今更何を……」 「おおっと! 攻撃すれば、この人形(ガラクタ)の首を掻っ切るぞ!?」 弓を向けようとしたトールに向かって、喘ぐセシリアを突きつける。浅く埋まる切っ先。白い首を、紅い雫が流れる。 「月並みだがな、貴様らの様な偽善者には最も有効だ! 覚えておくと良いぞ!」 「あんた……何処まで腐ってんのよ……!」 歯噛みするラニ。セシリアが、か細い声で言う。 「皆……わた、しに……カハッ!」 遮る様に締め上げ、嘲笑う。 「『構わずに、やれ』か? 無駄だな! こいつらには出来ん! 絶対に!」 言葉の通り、動きを取れない皆。見渡して、呼びかける。『彼女』の背へと。 「天姫! こいつらを殺せ!」 細い肩が、ピクリと動く。 「出来るだろう! お前なら! 一人残らず! そう、一人残らずだ!!」 太い指が、ギリギリと締め上げる。 「殺れ! 『死』を屠った様に! そうすれば、この人形(ガラクタ)だけは助けてやる! 0か1かだ! 悩むまでも、あるまい!!」 絶叫。何処までも、狂気に満ちて。 ラスが、隣りのベルトルドに問う。 「……行くか?」 「遠いな……。辿り着く前に、セシリアが殺される」 「『アレ』がいたとは言え、迂闊でした……。」 爪を噛むヨナ。冷静を装っているのは、明白だった。 「殺るでしょうか……?」 「奴の性格は知っている。迷いは、しない。俺達に、傷を残す意味でも」 シリウスの言葉に、舌打ちするタオ。ステラが、苛立たしげに唸る。 「く……」 「アリシア、リチェちゃん、無理は駄目だ」 無理に身を起こそうとする二人を、クリストフが制する。 「でも……」 「すまん……俺の、せいで……」 苦しい息の下で、ショーンが言う。 彼の傷を癒す為に、魔力を使い切ったリチェルカーレとアリシア。特にアリシアは、雷龍の多重召喚も影響している。それでも、叶ったのは止血止まり。ショーンもまた、戦う事は出来ない。 「大丈夫。いざとなったら、私が行くよ。恨まれてるの、私だから」 「関係ないよ。どうせ奴は、俺達全員を殺す気だ」 クリストフの指摘に、黙るレオノル。聡明な彼女らしくない。やはり疲弊し、混乱している。 「となると……」 頼みの綱は……。 クリストフの目が、『彼女』を見た。 「どうした、天姫! 早く殺せ!」 「……殺す?」 デニファスに、初めて声が返る。振り向く事も、ないまま。 「この方々を、ですか?」 「そうだ! そして、私と行こう! 一緒に!」 「貴方と?」 「ああ! 私なら、お前を理解出来る! お前の力を、活かす事が出来る! 全てを、約束する! 富も! 地位も! だから、だから来い! 私の! 私の元へ!」 「……無理、ですよ」 「何故だ!?」 「何故って……」 デニファスの声が止まる。彼女が。天姫が、見ていた。肩越しに。見えない目で。彼が恐れた、無明の眼差しで。 「貴方は、もう……」 「……え?」 呆けた、声。瞬間。 「ぐがっ!?」 デニファスが、ビクンと仰け反った。戦慄く手から、セシリアが落ちる。 「ゲホッ! コホッ!」 「セラ!」 咳き込む彼女に駆け寄る、リューイ。 「リューイ様。セシリア様」 声。顔を、上げる。 「離れて、くださいませ」 語りかける、天姫。 「でも……」 「貴方方が、汚れます」 「え……?」 途端。 「ガガッ! ゲゴッ!」 響く、濁った声。仰け反ったデニファスが、ガタガタと痙攣を始める。 「な、何!?」 「リューイ、離れましょう!」 ただならぬモノを感じて、駆け出す二人。呟く、声が聞こえる。 「……御免なさい……」 「天姫、さん……?」 「守れ、なくて……」 泣きそうで。だけど。酷く、透明な声。 甲高い濁声と共に、デニファスは痙攣を繰り返す。 「ちょ……!?」 「おかしいぞ!」 皆も、うろたえ始める。気づいたのは、比較的近くにいたリコリス。 「………?」 デニファスの、見開いた目。大きく開いた口。そこから、舞い上がるモノがある。青く光る粒子。否。それは、青く燃える鱗粉の群れ。 「あれは……」 息を呑むリコリス。隣りにいた、トールも気づく。 「……あの蝶の、鱗粉……?」 そう。それは紛れもなく、死告の蝶を彩っていたモノ。 「まさか……」 意味するのは、悍ましい事実。 「混乱に紛れて、奴の中に……!?」 かの蝶は、自体が召喚式。例え、一匹でも侵入すれば――。 ボッ。 響く、間の抜けた音。そして。 「うおぉ!」 「きゃああ!」 デニファスから吹き上がる、黒と青燐の噴煙。目から。鼻から。口から。耳から。舞い上がる、無数の蝶。 呆然と見守るしかない浄化師達の前で、魅せる様に極彩が舞う。やがて、輝き始める青紋。逆回転する、召喚式。消え始める。消えてゆく。まるで、晴れゆく霧の様に。 瞬く間に死告の群れは減り、最後の一匹も結界の流れに溶けて消える。 残るのは、深々と舞う青い燐。 鈍い、音が響く。 崩れ落ちた、デニファス。 眼球が落ちた双眼。 洞穴の様に開いた口。 苦悶の、表情。 もう、動かない。 生きて、ない。 「……馬鹿な、人……」 声が響く。 天姫。 俯いたまま。振り返りも、しない。 「本当に……。本当に……。馬鹿な人……」 呟く声は、泣いていて。 けれど。 けれど。 笑っている、様だった。 ◆ 「……報告は、以上となります」 「分かった。戻っていい」 返った言葉に、顔を上げる。 「簡単ですね。大事な参考人が、消えたと言うのに……」 「問題ない」 卓上で腕を組む班長。彼を見つめ、言う。 「やはり、真意での『囮』でしたか……」 答えは、返らない。 求める、意味もない。 一礼すると、天姫は部屋を出た。 「あら」 建物を出ると、そこに待ち人がいた。 ベルトルドと、ヨナ。笑いかける、天姫。 「どうなさいました? お体はもう、宜しいので?」 「ああ」 「……貴女こそ、大丈夫なのですか?」 ヨナの問い。小首を、傾げる。 「影響がない様ですね。あれほど強力な黒炎を、駆使したと言うのに」 答えない。ただ、微笑む。 「黒炎を使っている間も、貴女は変わらなかった。あって当然の筈の、アウェイクニング・ベリアルの発現さえ」 歩み寄るヨナ。見据える、顔。 「答えて、もらえませんか?」 問う。 「貴女は、『何者』ですか?」 しばしの間。 やがて。 「やつがれは、『やつがれ』です」 楽しそうに答えて、脇を抜ける。ヨナは、追わない。 前を過ぎようとした時、ベルトルドが言った。 「敵か?」 止まる、足。 「お前は、敵なのか?」 また、間。ゆっくりと、振り返り。 「いいえ。愛しい方」 ニコリと答え、歩み出す。 「楽しみにしております。また、あなた方と共に在れる時を」 言い残す言葉。微塵の、濁りもなく。 遠ざかる、背。ただ見送る、ベルトルドとヨナ。 リィイイイ……。 何処か遠くで、音が鳴った。
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*** 活躍者 *** |
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[22] リューイ・ウィンダリア 2020/03/02-22:24
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[21] リチェルカーレ・リモージュ 2020/03/01-23:24 | ||
[20] リューイ・ウィンダリア 2020/03/01-22:18
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[19] リコリス・ラディアータ 2020/03/01-20:38
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[18] タオ・リンファ 2020/03/01-13:58 | ||
[17] クリストフ・フォンシラー 2020/03/01-09:38 | ||
[16] ヨナ・ミューエ 2020/02/29-16:05
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[15] リューイ・ウィンダリア 2020/02/29-11:22 | ||
[14] リコリス・ラディアータ 2020/02/28-13:25
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[13] ヨナ・ミューエ 2020/02/27-20:37
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[12] リチェルカーレ・リモージュ 2020/02/27-00:19
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[11] ラス・シェルレイ 2020/02/26-12:22
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[10] クリストフ・フォンシラー 2020/02/25-22:07 | ||
[9] リコリス・ラディアータ 2020/02/25-21:43
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[8] ヨナ・ミューエ 2020/02/25-15:30 | ||
[7] レオノル・ペリエ 2020/02/24-22:42 | ||
[6] リチェルカーレ・リモージュ 2020/02/24-22:26 | ||
[5] ラス・シェルレイ 2020/02/24-22:05
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[4] リューイ・ウィンダリア 2020/02/24-20:00 | ||
[3] クリストフ・フォンシラー 2020/02/24-19:03 | ||
[2] タオ・リンファ 2020/02/24-16:43 |